非国民通信

ノーモア・コイズミ

家族会の総意

2010-03-31 23:01:37 | ニュース

蓮池透さんの退会決議 拉致被害者家族会「方針に違い」(朝日新聞)

 北朝鮮による拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表は28日、拉致被害者で帰国した蓮池薫さんの兄透さん(55)を、家族会から退会させる決議をしたと表明した。家族会と支援団体「救う会」の合同会議後の記者会見で明らかにした。

 増元照明事務局長は理由として、日本政府に求める北朝鮮への対応方針が異なると指摘。「透氏は(経済制裁などの)圧力より対話と主張しており、家族会の総意と違う。この4年ほど家族会の総会にも出ず、総意を無視する発言が続いており、国民に家族会の意思が変遷したと誤解を招くため」と述べた。27日の家族会総会で決議したという。

 透さんは朝日新聞の取材に対し「まだ何も聞いていない。意見の多様性を認めない理由がわからないが、私を外すことで拉致問題の解決につながるなら甘んじて受け入れる」と話した。

 あくまで圧力路線を掲げる拉致被害者家族会の中で蓮池氏は浮いた存在になりつつあったわけですが、とうとう追放処分が下されたようです。一応、家族会にしても目的は拉致問題の解決ということになっているはずですので、その点では蓮池氏と一致しているはずですが、圧力一辺倒の継続か対話も視野に入れるかで見解が分かれた結果、対話を考えるような人の在籍は認められないとの結論に達したのでしょう。どうも私には、家族会(&救う会)の目的が問題解決ではなく圧力そのものとなっているように見えます。

 当初は諸々の社会問題を解決することが目的だったはずが、そのための手段として政権交代を掲げ、その政権交代の最短経路として民主党支持を打ち出しているうちに、やがては盲目的な民主党信者へと変貌していく人が(とりあえずブログ界では)よくいると、そう以前に書きました。その手の人々の中では民主党の勝利こそが至上命題となり、当初の目的など二の次になってしまう、当初の目的であった社会問題の解決を共に願った同士であっても、民主党を応援しない人であれば攻撃し出す、民主党に道を譲らない政党を敵と見なすようにもなるわけです。たぶん、家族会も似たようなものでしょう。当初は拉致問題の解決を願い、そのための手段として圧力を考えている内に、いつの間にか圧力そのものが目的化するようになったと。

 拉致問題に関して、首相就任後の安倍晋三は何一つ事態を進展させることがありませんでしたが、それでも家族会からは最も信頼された政治家であり続けました。拉致問題の解決が目的であればダメ出しをされていてもおかしくないはずですが、そうならなかったのはやはり、すでに当時から問題解決よりも圧力の継続/強化に重点が置かれていたからでしょう。問題解決には結びつかなくとも圧力を強めさえすれば良し、とするなら家族会にとって安倍晋三は最も好ましい政治家であり、そして蓮池氏は疎ましい存在にならざるを得なかったようです。

 まぁ、政治全般にも似たようなところがあると思います。家族会もある意味、社会の縮図です。つまり問題解決そのものよりも、自分たちにとって気にくわない何かに圧力を加えてくれることを、我々の社会は望みがちなのではないでしょうか。問題解決ではなく圧力によって支持を集めたのは安倍晋三だけではないはずです。小泉純一郎だって、当時の社会的な課題を解決するどころか悪化させるばかりでしたけれど、国民から嫌悪されていた「古い自民党」や族議員、官僚を攻撃することで拍手喝采を浴びてきたわけです。そして橋下徹、河村たかし、竹原信一、そして民主党もまた問題解決への期待ではなく公務員/官僚への圧力を期待されてこそ票を集めてきたのではないでしょうか。問題解決を優先して圧力を緩める、圧力以外の方法を考えようものなら、蓮池氏のように周囲から見限られる、そういうものですから。

 

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外国人参政権に反対している人

2010-03-30 23:01:58 | ニュース

出馬辞退の前田日明氏「話が違う」民主党に激怒(スポーツ報知)

 今夏の参院選に関し一度は民主党から「公認内定」を得たが、3日に発表された第1次公認候補から外れた元格闘家・前田日明氏(51)が23日、出馬辞退に追い込んだ同党への怒りをぶちまけた。24日には都内で会見し、小沢一郎幹事長(67)をはじめ同党との確執など、出馬辞退に至った理由をすべて語る。

(中退)

 辞退の理由については、鳩山内閣が推進する永住外国人への地方参政権付与法案に反対の姿勢を示した前田氏と民主党の間で認識の違いがあったことを挙げた。同法案について、民主党内でも反対派は少なくないが「選挙の応援演説のときにガンガンしゃべったけど『選挙にさしさわるのでやめて』って怒られた。ありえない話」とまくしたてた。

 また、内定当初に約束されていた、選挙活動時の党からの資金援助を取りやめられたことも挙げた。「選挙で全国をまわるには2~3億円かかる。党から出してくれるって言われていたのに、最初の話と全く違うんだよ」と怒りをあらわにした。

 小沢幹事長は、前田氏の公認見送りについて、今月3日の定例会見で「前田なにがしにつきましては、いろいろ本人の認識のことやら何やらありましたので、今回は見送り」と説明。その後も「選挙を進めるにあたって、お互いの認識が若干違っていた」とも語っていた。前田氏は「小沢さんと会ったのは2回。どちらもたった3分くらい。今後、もう民主党から政界に出ることはないと思う」と鋭い目で話した。

 ちょっと遅れましたが、民主党の公認候補に内定していながら一人だけ公認から外れた前田日明氏を取り上げます。まぁ色々と行き違いがあったようで、普通だったら政府与党相手に折れてしまうものなのでしょうけれど、前田日明と言ったら政治家としてはともかく格闘技のプロモーターとしては大人物ですから、お互いに譲り合うことなく物別れに至ったのかも知れません。両者の相違点となった外国人参政権に関しても、民主党内にだって反対派は少なくないわけですが、一応は党幹部の顔色を窺って調子を合わせる議員が多い、しかし我の強い前田氏には難しいことだったようです。ヘイトスピーチには寛容な民主党も党執行部の方針に背くことには厳しいですから、お互い縁がなかったことにするしかなかったのでしょう。

 ちなみに前田氏は日本国籍取得済みですが、在日韓国人三世で日本国外にルーツを持っています。しかし、外国人参政権には明白に反対の立場をとっているわけです。自分と同様、国外にルーツがある人の権利よりも、国内の保守派の主張することの方が前田氏には近しいようです。別に、珍しいことじゃありませんよね。少数派だからと言って少数派の権利を訴える人ばかりではない、むしろ多数派の価値観に同化しようとする人、多数派以上に多数派的な価値観に染まる人だっているわけです。ニコラ・サルコジしかり、アーノルド・シュワルツェネッガーしかり、そして前田日明しかりです。

 生まれながらの国籍保有者でないことから諸々の不利益を被ることがある一方で、そうした不利益を乗り越えて成功を成し遂げた人もいます。前出のサルコジ、シュワルツェネッガー、前田日明などは皆そうですね。そしてこのタイプの人には、移民/非日本国籍ということで差別的な取り扱いを受けたとしても個人の努力で乗り越えられるという信念があり、それを他の移民/非日本国籍にも要求する傾向が見られます。生まれながらの国籍保有者の倍の努力をすれば成功できるのだから、甘えたことを言うんじゃない、と。本当は生まれながらの国籍保有者ではないことで、倍の努力が必要になるその不平等が是正されなければならないのに、そうした問題を個人の努力に還元してしまうわけです。外国人参政権を認めると日本が乗っ取られるとか真顔で叫んでいる人もいますけれど、むしろ永住している外国人にはその国の多数派に同化しようとする人、保守的な価値観になびく人も少なくないとも考えられるのではないでしょうか。

出馬辞退の前田日明氏、会場なく会見中止(スポーツ報知)

 会見開始20分前の午後2時40分ごろ、30人以上の報道陣を前に、関係者が「会場が用意できなくなったため、会見は中止とします」と説明。会場となった会議室は、リングスの事務所があるビル内の別のオーナーが所有し、同1時ごろ「会場を貸せなくなった」と連絡を受けたという。

 ちなみに「24日には都内で会見し~出馬辞退に至った理由をすべて語る」とのことでしたが、ドタキャンしたそうです。会場の都合云々が本当か嘘かはわかりません。そして――

前田日明氏、国民新が東京で擁立 民主比例出馬は破談(朝日新聞)

 国民新党の亀井静香代表(金融担当相)は26日の閣議後の会見で、今夏の参院選東京選挙区(改選数5)に元格闘家の前田日明(まえだ・あきら)氏(51)を同党公認で擁立する方針を明らかにした。前田氏は昨年末、民主党の比例区候補として内定していたが、調整がこじれて今月上旬の1次公認では発表が見送られていた。

 亀井氏は25日、東京都内で前田氏と約1時間話し合い、擁立で大筋合意したという。26日の会見で、亀井氏は前田氏について「非常に素晴らしい男だ」と指摘。前日の会談について「『何より民主党をひっぱたいてきたからお前を評価する』と言った」などのやりとりを紹介した。

 で、今度は国民新党から出馬予定とのことです。何というか、亀井静香は相変わらずいい度胸してますね。議席数は同程度でも存在感や影響力で社民党を上回っているのは、この辺のふてぶてしさが決め手なのかも知れません。かつてアルベルト・フジモリ氏を擁立していたのを思い出します(やはり民主党と揉めた末の結果との噂も)。まぁ国民新党が誰を日本人と認め、誰を日本人とは認めないかを考えさせられる一幕でもありますね。

 

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議員だって市民の代表なんですよ

2010-03-29 22:51:58 | ニュース

河村市長、市民に「市議会解散請求を」 街頭で呼びかけ(朝日新聞)

 市民税減税や市議の報酬削減をめぐって議会と対立している名古屋市の河村たかし市長は27日、市議会の解散請求(リコール)を呼びかけるための街頭演説を行った。

 リコールのためには1カ月間で約36万5千人の署名が必要。その後、住民投票を実施して過半数の賛成があれば解散する。河村市長側は、署名を集めることができる「受任者」を5千人登録してから、署名活動を始める予定で、署名開始は5月の連休明け以降になる見通し。河村市長は自らの知名度を生かして、頻繁に街頭に出ることで、署名集めを優位に進めたい考えだ。

 この日、栄・三越前と大須商店街で演説した河村市長は「議員報酬について、議会側から一切提言は無かった。市民に立ち上がってもらいたい」と呼びかけた。

 大須で演説に居合わせた同市内の会社員女性(26)は「議員の給料や市民税が減るのは自分のためになるのでぜひ署名したい。でも1カ月で36万も集めるのはちょっと厳しい気がする」と話した。

 さて、久々に登場のたかし君です。このブログで前々から書いてきたように、市長だけでなく市議会議員だって市民の投票によって選ばれた市民の代表者であるはずですが、その辺を名古屋市民はどう思っているのでしょうね。市民の支持を集めて当選した市議会議員の声を蔑ろにすることは市民の声を蔑ろにすることでもあるのですが、名古屋に限らず有権者は首長の側にばかり肩入れする傾向があるような気がします。

 たかし君は「議員報酬について、議会側から一切提言は無かった。市民に立ち上がってもらいたい」と訴えているそうですが、議員報酬についての提言がないからと非難される謂われはあるのでしょうか。少なくとも議員の仕事は議員報酬の削減案を練ることではない、他にやるべきことはいくらでもあるわけです。真面目な議員であれば議員報酬を削減したところで市の財政規模からすれば誤差にすらならないことくらい理解している、もっと他にやるべきことがあると心得ているはずですから。有権者の歓心を買うためには議員報酬の削減は手軽な方法なのでしょうけれど、重要課題を蔑ろにしてパフォーマンスに走るばかりの政治家こそ、仕事をしていないとして非難されるべきでしょう。

 ちなみに会社員女性(26)は「議員の給料や市民税が減るのは自分のためになるのでぜひ署名したい」とのこと。この人、自分が支払った市民税の額を把握した上で回答しているのでしょうか? 高額所得者で何百万円も市民税を納めている人が市民税減税を歓迎するならわかるのですが、たいした額を納税しているわけでもない人が減税を無邪気に喜んでいるとしたら、まぁ結構なお笑いですね。

 議員の給料が減るのが自分のためになるとも会社員女性(26)は信じているようですが、これも何か根拠でもあるのでしょうか。自分以外の人間は給与に見合った働きをしていないから、報酬額を引き下げるべきだと思っているのかも知れません。あるいは自身の市民税の納税額を考えずに減税を歓迎したのと同じノリで、議員報酬の削減分が市の財政から見てどの程度か、やはり考えずに歓迎の声を上げているのでしょうか。携帯電話やゲーム機を取り上げたところで子供が親の思い通りに勉強するようになるわけではないのと同様、なにか「気にくわない」予算を削ったからといって、思い通りに予算が使われるようになることなどあり得ないのですが、結局は削減そのものを歓迎しているのかも知れません。より確実なのは削減された市民税の分だけ公共サービスの予算が少なくなることに思えますけれど、この会社員女性(26)はそこまで考えてはいないようです。数年後、彼女が「働こうにも子供を預けられるところがない!」なんて悲鳴を上げることにならなければいいのですが。

 

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そういう風にできている

2010-03-28 22:56:45 | ニュース

【ビジネス】残業する人 VS しない人、どっちの評価が高い? “評価の裏事情”を探る(COBS ONLINE)

 「仕事に無駄がなく、アウトプットも完ぺき。もちろん残業する必要もなく定時に帰宅するA君」

 「まじめに仕事に取り組んではいるが、毎日残業することでどうにか仕事をこなしているB君」

 A君、B君、どちらが高く評価されるのだろう。もちろん、仕事ができるA君の評価が高くなるのが当然だと思うのだが、本当にそうなのだろうか? 本音と建前を使い分ける日本人。評価基準の本音が知りたい。

 「社風にもよりますが、B君の方が高く評価される可能性はありますね」と話すのは、多くの企業で管理職研修を行っている本間正人氏。和を重んじる日本人は、周りが残業しているのを横目に、自分の仕事は終わったからと帰宅する社員を快くは感じないものらしい。「快く思われないのは、ノー残業を推進している会社でも同じです」。

 皆様のお勤め先の場合はいかがでしょうか。結構な数の職場を渡り歩いてきた私ですけれど、どこでも評価されるのは「B君」の方ですね。「A君」のタイプが評価される職場にはお目にかかったことがないですから、引用文中の本間氏の説明も妥当に思えます。中には例外的な会社もあるかもしれませんが、大体の会社はそういうものなのでしょう。

 ただ厳密に言うなら「B君」が高く評価されることは、まずないはずです。つまり「B君」は決して高く評価されないけれど、それ以上に「A君」は低く評価される、だから相対的に見ると「B君」の方が高く評価される、そんなところだと思います。仕事をきっちり時間内に片付けたからといって評価されることがないのと同様、真面目に仕事に取り組んだだけでは評価されることがない、相対的な順位付けはできるけれど、どちらも「評価されない」という点では変わらない、五十歩百歩であるとも言えます。

 総じて日本は「減点法」で評価する社会だと、そんな趣旨のこと以前に書きました(参考、事業仕分けが好評なのは)。つまり何か良いところを見つけて、そこを高く評価していくのではなく、どこか悪いところを探して、そこから減点していくのが評価法として好まれているように思えるのです。だから、この場合「A君」の業務遂行能力はあまり問題にならない、「B君」の真面目さも取り立てて評価の対象とはならないのではないでしょうか。その代わりに評価対象になるのは「A君」の「残業せずに帰ってしまうこと」であり、「B君」の「時間内に仕事を終わらせられないこと」ですね。評価する人が重点的に見るのは、あくまで減点の対象となるポイントですから。

 ゆえに「A君」とは「残業せずに帰る奴」であって、「残業せずとも仕事を終えられる」能力は取り立てて考慮されない、「B君」は「仕事が遅い奴」であって、「真面目に頑張っている」点はオマケみたいなものに過ぎません。そこで「残業せずに帰る奴」と「仕事が遅い奴」が比較対象となったとき、前者よりも後者の方がまだ許せると、そう評価されがちなのが実態と言えるのではないでしょうか。

 結局、どんなに仕事ができても余力を残していれば、その余力を仕事に投入しないことが減点の対象となる、評価を下げる結果ともなるわけです。これが「和を重んじる」風習の行き着く先なのでしょう。評価されたければ、あらゆる点でケチがつかないように努めなければならない、どんなに頑張っても仕事のために人生を捧げなければならない、そういう風にできているようです。

 

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脱・競争で成功する会社もある

2010-03-27 22:59:50 | ニュース

競争させないから社員が成長する(日経BP)
横塚裕志・東京海上日動システムズ社長が説く「育成型人事」

 当社では、社員同士を競争させない人事評価制度を採用しています。

 その中身は、レベルの高いSE(システムエンジニア)に共通して見られる32項目ほどのコンピテンシー(行動特性)を規定し、それらを社員が実行できているかどうかを絶対評価で判定するものです。相対評価で社員を比較して、優劣をつけることはしません

(中略)

 こうした制度を導入して間違っていなかったと確信した時があります。昨年のことです。経済協力開発機構(OECD)の国際的な学習到達度調査(PISA)でトップの成績を収めたフィンランドについて話を聞く機会がありました。

 トップになった要因の1つとして、フィンランドでは子供たちを競争させないことが挙げられていました。17歳になるまで一切、テストを行わないそうです。

 テストをすると、点数が低かった子は勉強する意欲をなくします。一方で、点数の高かった子も、「もうこれでいいや」と満足して勉強しなくなる。どちらにしてもいいことがありません。

 それよりは子供がそれぞれ好きで興味のあることを追究させ、知識を習得したり考えたりすることの楽しさを自覚してもらう。それが学力世界一の土台になったという内容でした。

 この話を聞いて、社員を競争させずに、SEの面白さを実感してもらいながら仕事に取り組んでもらうことが大事だと改めて思いました。やはり会社に来て仕事をするのが楽しくないと、社員は成長しない。会社がお仕着せで行う能力開発ではうまくいかないと確信しましたね。

 優劣をつけることはしません――脱・競争で成功したと自負する社長さんのお話です。脱・競争が成功の主因かどうかは確実でないかもしれませんが、ともあれ東京海上日動システムズ社では離職率1%とのことですから社員満足度も国内企業の平均からすれば高い方、大まかに見れば成功していると見てよいでしょう。ちなみに引用ばかり長くなってしまうので省略した「中略」の部分では、コンサルティング会社から成果主義/競争原理の導入を勧められたエピソードが語られています。コンサルタントは業界の「お約束」として給与に差をつけるべきと主張したものの、そこまでする必要があるのかと、この社長さんは断ったそうです。結局、競争原理など煽らずとも社長が成功を自負できるだけの結果は出ているわけで、まぁコンサルタントなど所詮はそんなものとも言えます。

 「中略」以降の部分では、競争原理とは異なる方法論の裏づけとして、フィンランドの教育が例示されています。曰く「テストをすると、点数が低かった子は勉強する意欲をなくします。一方で、点数の高かった子も、「もうこれでいいや」と満足して勉強しなくなる。どちらにしてもいいことがありません」とのこと。まぁ、ごもっともですね。ただし、逆の言い方も成り立つわけです。テストがないと、勉強ができない子は勉強ができないことに気づかず、勉強しなくなる、勉強のできる子は評価される機会を得られず意欲をなくす、こういう風に考えたとしても、別に間違いではありません。どちらの言い方も成り立つわけです。

 昨今の日本は猫も杓子も競争原理万歳ですから、ここで取り上げた社長やフィンランドの教育の考え方は新鮮であり、バランス感覚を取り戻させるものであるように見えます。ただ、別にどちらか一方が絶対的に正しく、どちらか一方が間違っているわけではありません。上述したように、どちらも成り立つわけです。そしてこういうケースは珍しいことではありません。しかし、競争原理がそうであるように「どちらも成り立つ」にもかかわらず、片方の立場だけが一面的に是とされているケースもまた多々あるように思われます。

 たとえば、高所得者への課税を考えて見ましょう。高所得者に効率の累進課税を課すと、金持ちがやる気を失ってしまう、経済に悪影響があると真顔で説く人がいるわけです。しかし、累進課税が抑えられると高所得者はすぐに財産を築いてしまう、「もうこれでいいや」と簡単に満足してしまって、そこから働かなくなってしまう、そうも考えられないでしょうか。高所得者には課税を増やし、巨万の富はそう簡単に積み上げられない、ちょっとやそっとの収入では金持ちであり続けられないようにした方が、むしろ稼ぐ意欲は湧いてくるとも言えます。物は言い様、どちらも成り立つわけです。

 日本の少子化世代は虐げられた世代みたいに言われる一方で、中国の少子化世代(一人っ子世代)は甘やかされた世代みたいに言われることも多いと思います。少子化が進めば、必然的に子世代が支える親世代の数は増えますから、ともすると高齢者を支える負担の重くなる、割を食った世代に見えるかもしれません。しかし、子供世代より親世代の方が多いと、その分だけ養育に費やされるリソースは集約されるわけです。子供が10人もいれば、全員が自分の子供部屋をあてがわれたり、全員が大学に進学したりすることは、よほどの裕福な家庭でないと難しい、しかし子供が一人だけであれば、自分だけの子供部屋は確保できるでしょうし、一人分くらいの進学費用なら、よほどの貧困家庭でもなければ工面してもらえるでしょう。団塊世代なら同世代に競争相手がたくさんいますけれど、少子化相手ならば椅子を争うライバルは少ないですしね。要するに、良くも悪くもどっちにも言えるのです。

 他にも雇用が流動化すれば転職しやすくなる、嫌ならやめて別の会社を探せるようになる、そんな議論もあります。でも、転職者が増えれば企業側としても即戦力を補充しやすくなる、手元の社員を入れ替えやすくもなるわけです。逆に雇用が安定化すると転職先も限られてくるかもしれませんが、企業側から見れば転職者が減って即戦力の補充が難しくなる、今いる社員を大切に確保するしかなくなる、だから待遇改善を考えざるを得なくなるとも言えます。例によって、どうとでも言えるのです。

 結局、この手の「どうとでも言える」「どちらでも成り立つ」議論は、あくまで見解の一つであって不変の真理ではありません。そんな「見解の一つ」をこういう考え方もあるよ、と参考にする程度なら有益なのですが、「見解の一つ」に過ぎないものを不変の真理のごとく押し売りするとなるとどうでしょうか。競争原理を巡る主張はしばしば、そうなりがちです。競争すれば伸びるとも言えますが、競争しないことで伸びるとも言える、それなのに唯一絶対の方法であるかのごとく「競争原理を導入せよ」と迫るとしたら、それはいわゆる「ためにする議論」とでも呼ばれるべきものですよね。特に経済系の主張では、この類が多いと思います。

 

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若者に媚びるお笑いダイヤモンド

2010-03-26 22:53:12 | ニュース

 本来的には相容れないはずのものが、時に不思議な共闘関係を結んでしまうことがあります。たとえばポルノ規制であれば、家父長制的な男女関係を理想とする保守的な道徳主義者と、女性の権利を重んじると称する人々が、結果的にではあれ同じ主張を展開しがちです。そこで雇用/規制緩和もまた、本来は対極にいるはずの人々が肩を組む傾向にあるのではないでしょうか。ほら、構造改革時代に最も割を食ったとされる若年層――より幅を狭めて言うなら「ロスジェネ」層が、実は最も小泉改革の支持が厚い世代でもあったわけです。若い世代ほど構造改革/規制緩和路線に肯定的である、そうした傾向の中で、これから引用する記事は書かれたのかもしれません。

日本社会は中高年の雇用を頑なに守り、若者を見捨て続ける(DIAMOND online)

 これをひっくり返して考えれば、新卒で就職できなければ、その後に大企業に職を得ることは極めて難しいということになる。なぜか。もはや、高度成長期はとうに過ぎた。低成長時代にいずれの企業も雇用を大幅に拡大することなどありえない。

 どういうノリの記事であるかは見出しから大体の推測はできると思いますが、本題に入る前に、この財界(の代弁者)にありがちな世界設定を(繰り返しにはなりますが)指摘しておきます。つまり、「高度成長期はとうに過ぎた」「(これからは)低成長時代」という認識ですね。確かにこうした論調は政財界の「常識」とすらいえます。しかし、日本以外の国は概ね成長を続けているわけです。高度成長時代が終わったのは日本だけの話であって、まぁ今後も日本だけは例外的に世界の経済成長から取り残され続ける可能性は否定しませんけれど、もう少しグローバルな視点に立てば「高度成長期はとうに過ぎた」と考えるのはいかがなものでしょうか。引用記事ではあくまで低成長を前提に話が進められていくわけですが、普通に成長していく、もう一つの未来は可能だと思います。

 行きつく答えは、正非、男女、年齢を超えた「同一労働同一賃金」の実現である。人件費枠を拡大するわけにいかないのだから、有利な立場にある人々の既得権をはぎ取って、不利な立場にいる人々に再配分するしかない。

 で、この辺りから本題です。まぁ要するに正社員を既得権益者と呼び、その「既得権」を剥ぎ取れと、しかもそれを「若年層(非正規社員)を救うため」と称して主張しているわけです。しかし、ここでもやはり前提条件の部分からして偽りがあります。曰く「人件費枠を拡大するわけにいかないのだから」とのこと。う~ん、これはいくらなんでも、日本の企業活動には該当しない、どこか架空世界の設定の域を出ませんよね? ソ連時代のSF小説に出てくるような、悪夢のごとき管理社会であれば人件費枠が固定されていて動かないなんてこともありうるのかもしれませんが、現実の資本主義社会においては人件費枠は増えたり減ったりするものです。人件費枠を拡大させたくない、という論者の願望の現われなのか、それとも論者の主張を成り立たせるために架空の前提を捏造しているのか知りませんが、ともあれ議論の前提が誤っている以上、そこから先の主張は言うまでもない、現実には当てはまらない話です。

_________経常利益____従業員給与
1997年:27.8兆円____146.8兆円
1998年:21.1兆円____146.8兆円
1999年:26.9兆円____146.0兆円
2000年:35.8兆円____146.6兆円
2001年:28.2兆円____138.5兆円
2002年:31.0兆円____136.1兆円
2003年:36.1兆円____133.3兆円
2004年:44.7兆円____139.7兆円
2005年:51.6兆円____146.2兆円
2006年:54.3兆円____149.1兆円
2007年:53.4兆円____125.2兆円

 たしかに人件費枠が決して拡大しないのであれば、正社員と非正規雇用、中高年と若年層で分け合うことが唯一の方法になってしまうのかもしれません。しかし実際には人件費は増減するわけです。まぁ昨今は減少する方ばかりですが、微増した年もあったはずです(個々の企業を見れば、当然のことですが人件費枠が拡大し続けている会社もありますよね)。そもそも人件費枠が固定であるなら、誰か(たとえば若年層)が貧困化すれば、その代わりに他の誰か(たとえば中高年層)の取り分が増えていなければなりませんが、現実はどうだったでしょうか? 一部の階層の給与が減った分は、お笑いダイヤモンドが主張する中高年正社員のためではなく、もっと他のところに回っているように見えますが。

 こちらで小倉秀夫氏が指摘していますが、この10年で30〜34歳大卒男子の賃金労働者の平均年収は7%下落する一方で、50〜54歳は14%、55〜59歳は17%、60〜64歳は10%、それぞれ賃金が下落しているわけです。どうも若年層の貧困化も深刻ながら、中高年を取り巻く事情はもっと大変なのかもしれません。不況の初期段階に、真っ先に狙い撃ちにされたのはどんな人々であったか、「リストラ」という言葉がはやりだした頃に標的にされたのはどんな人々であったかを思い出してください。まず初めに行われたのは賃金の高い中高年を対象とした人員整理であったはずです。たぶん、ロスジェネ層の中には不況の初期に父親がリストラされて、それで教育機会を損ない、貧困を引き継いでしまった人も結構な数、いるのではないでしょうか。

 まぁ人件費枠が増えないというのであれば、被雇用者間で分配を考えるしかないとの主張も意味を持ちますが、ありえない前提で議論を進めるよりも分配のパイを増やすことを考えたほうが建設的です。それは可能なのですから。経済成長もさることながら、併せて会社と従業員で利益を分け合う、株主と従業員で利益を分け合うことだって当然、可能な選択肢です。正社員の給与を今まで以上に削らずとも、人件費を圧縮することで利益を確保する傾向を改めれば、雇用は確保できます。ただし、一社だけがそれをやると同業他社との競争で不利になるだけ、正直者が馬鹿を見る展開になってしまいますから、そうならないためには全国的に足並みを揃える必要があるわけです。そのためには必要なのは当然、行き過ぎた規制緩和の見直しとなりますね。

 

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この辺はあくまで印象論ですが

2010-03-25 22:45:58 | ニュース

英国では「若い」は36歳まで、58歳から「老い」=調査(ロイター)

 平均的な英国人は、「若さ」は36歳で終わり、「老い」は58歳から始まると考えていることが、欧州21カ国で4万人以上から回答を得た調査の結果分かった。

 ただ、この節目と考える2つの年齢には、回答者自身の年齢によって大きなバラツキがあり、また一般的に男性の方が女性に比べいずれの節目についても2年早く考えていることも明らかになった。

 国別では、「若さ」が終わる年齢が特に低かったのは北欧諸国で、ノルウェーでは34歳。一方、キプロスでは「若さ」は52歳に終わり、「老い」は67歳から始まるというのが平均的な考えだった。

 元になっている調査の詳細を見つけられなかったので、その辺はどこかで公開されているのを知っている方がいたら教えていただきたいのですが、ともあれ国によって「若さ」「老い」を感じる年代は異なるようです。総じて高緯度の国ほど「若さ」が早くに終わると感じる傾向にあり、低緯度の国ほど、いつまでも若いつもりでいるみたいですね。経済的な要因を除けば、自殺率なんかとも似たような分布になるのかもしれません。調査は欧州21カ国が対象とのことで、残念ながら日本は含まれていません。もし日本がここに含まれていたのなら、果たしてどういう結果になったでしょうか。

 一口に「若さ」といっても多様なニュアンスがあるだけに難しいのですが、なんとなく日本は「大人」である期間が短いような気がします。特に性的な意味で。たとえばほら、結構な年齢になっても「女子」であろうとする一方で、ある日を境に(性的に枯れ果てた)「ババア」になってしまう、間にあっても良さそうな「大人の女」の期間が極端に短かったり、あるいはすっぽりと抜け落ちてはいないでしょうか(公平を期すために付け加えるなら男も似たようなもので、まぁ割れ鍋に綴じ蓋ですね)。この辺は社会的な需要にもマッチしたところで、ある種の未熟さにハァハァする一方で、一定の年齢を過ぎた相手には性的なものから遠ざかることを要求する、そんな風潮に応えるものでもあるはずです。

 性的な要素には強い忌避感を見せる一方で、老若男女が子供に黄色い声援を送り、子供で遊びたがる、子供に興奮する傾向を我々の社会は有しています(参考、12歳の子供の国)。じゃぁ子供が年齢を重ねていったらどうなのかと言うと、「女子(男子)」という微妙なカテゴリーを用いることによって、ちょっと長めに子供であろうとする、子供であることを要求するわけです。その段階を終えてようやく性的に成熟した大人になるかといえば、むしろその段階をすっ飛ばして、性的に枯れた「ババア(ジジイ)」へと一直線に突き進んでしまいがちです。そこで性的なものを子供に相応しくないものとして遠ざける一方で、「ババア(ジジイ)」もまた性的なものと関わるのは年甲斐のないこと、はしたないこととして忌み嫌う、そうした傾向はないでしょうか。

 調査がないので単なる推測に過ぎませんけれど、日本はその緯度に比して「老い」が始まるまでの期間がかなり早いのではないかという気がします。その実、「若さ」の前段階である「幼さ」の続く期間(すなわち、女子/男子の期間)は長いのではないかとも。性的に成熟した大人である期間の長い文化圏がある一方で、性的に未熟な子供の期間と性的に枯れた爺婆の期間に二極化した文化圏が日本なのではないでしょうか。キャピキャピした30歳はたくさんいる一方で、セクシーな40歳は極端に少ない気がするんですよね(特に女性は異性から望まれない、枯れることが求められがち、日本の女性は母親になると女ではなくなると言われるのはステレオタイプに過ぎるでしょうが)。日本は主要国中で最も年間セックス回数の平均が少ないそうですが、その辺は「性的に成熟した大人」の少なさも影響しているような気がします。ヘイトスピーチの類には寛容な一方で、性表現への規制には妙にノリノリであったり、言論の自由は大事だが性表現だけは別枠とばかりに規制に賛成する世論が存在するのも、「性的に成熟した大人」が少数派であるのが一因なのかもしれません。

 

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いずれ日本に戻るしかなくなる?

2010-03-24 22:59:37 | ニュース

優秀な中国人学生を採用できなくなった日本企業(DIAMOND online)

 前述したように、中国人人材といえばコストダウンを理由にこれまで現地で採用するのが一般的だった。現地に日本人を駐在させれば1年間のコスト(給料含む)はざっと2000万円。住宅手当、家族帯同であれば教育費まで上積みしなければならない。

 その管理職クラスの代用を2万元前後の月給で「日本語が流暢な中国人人材」にシフトさせれば、現地ビジネス拡大にもつながる。こうした認識で“現地化”を進める日本企業は少なくなかった。

 だが、こうした採用も限界に達した。優秀な人材ほど、日本企業の給料の安さ、年功序列は耐え難いものになる。

 現地採用の中国人社員からは、「上海子会社の日本人社員、日本本社、欧米企業と比較すると魅力が薄い」との不満が漏れるように。日本企業への就職はただの腰掛けとして、機を見て待遇のいい多国籍企業に転職するケースも出てくるようになった。

 優秀な人材を取りこぼす状況に「上海の日本企業は単なるマナー教育的な役割に陥ってしまった」との指摘さえも出た。


離職率70%、嫌ならさっさと辞める(日経BP)

 この電機部品メーカーでは、春節前に、ワーカーに対し例年より少し多めのボーナスを支給し、中国人人事担当が、休暇が終わってもちゃんと帰ってくるよう、事前の説得をした。そしてワーカー一人ひとりの携帯電話番号を聞き出し、休暇も終わる頃、担当者が手分けして、電話をかけまくった。

(中略)

 日系企業同士では、お互いの足を引っ張るようなことはやめようという暗黙の協定ができている。しかし、自社のワーカーを引き留めるため、待遇改善は待ったなしだ。従業員食堂で出す食事の質を上げ、会社の補助を増やし個人負担を下げる、医療費に補助を出す、寮を提供するなどなど。

(中略)

 上海のある電子部品工場では、昨年の離職率が70%にも上った(在籍していた従業員のうち、1年間で70%が辞めた)という。ちょっとでも職場に不満があれば、出社してこなくなる。もう、いくらでも職がある。嫌になったら別の工場に行けばいい、というわけだ。

(中略)

 企業の対応策は、期間工を減らし、その分、常雇用を増やすというものだ。福利厚生費用もかかってコストアップになるが、背に腹は代えられない。

 最初に引用した週間ダイヤモンドの記事はホワイトカラーの場合、次に引用した日経新聞の記事はブルーカラーの場合ですね。背広を着て働くか制服を着て働くかの違いはあれ、中国での採用が難しくなってきている、決して安上がりではなくなりつつあることが伝えられています。雇用が海外に流出するなどと現実味のないことを平然と主張して憚らない人もいるわけですけれど、どうやら日本企業が海外で人を雇うことの方にこそ、限界が見え出しているようです。日本じゃないと人が雇えない、そういう未来を考えておいたほうが良いでしょうね。

参考1、日本人の方が安上がりになる日が来るかも(中国のケース其の二)

参考2、雇用者天国ニッポン(ベトナムの場合)

 ともあれ、ウルトラ買い手市場の日本国内と違って、今や中国で人を雇うのは簡単ではないわけです。そこで「従業員食堂で出す食事の質を上げ、会社の補助を増やし個人負担を下げる、医療費に補助を出す、寮を提供する」「期間工を減らし、その分、常雇用を増やす」などの待遇改善が進められていると伝えられています。日本とはまったく、逆の流れですね。これが世界の流れでもあるのでしょうか。中国ではコストをかけて待遇改善を進めていかないと人が雇えない、それでも1年間で70%が辞めてしまうそうです。一方で日本は「3年で3割が辞める」と、その程度のことで大騒ぎしている有様です。海外に比べれば、これほど雇う側が楽をできる環境はないと思うのですけれど。

 「3つの理由があります。第一に、農民工の世代交代があります。1990年代から2000年初頭の出稼ぎは、一人っ子政策以前の世代。数も多いし、本当に貧しい人々でした。しかし、今の世代は、いわゆる80年後世代といわれる一人っ子。相対的に数は少ないし、仕事に対する考え方も違います。ハングリー精神が少し足りない」

 一人っ子世代は必然的に母数が少ないですし、ついでにハングリー精神が足りないそうです。仕事ならなんにでも飛びついてくれる世代ではないということでしょうね。そして一人っ子世代=少子化世代は中高年層に比べると数が少ない、つまりは仕事を巡って争う競争相手も少ないわけで、相対的に一人っ子世代は他の世代よりも立場が強くなる、その辺が採用する側の企業を悩ませているようです。高齢者層に搾取されているなどと被害妄想に走るばかりの日本の少子化世代(参考)と違って、中国の少子化世代は企業にとって悩みの種なのでしょう。将来的にもこの傾向が加速されていくであろうことを鑑みれば、中国に進出した日本企業が日本に逃げ帰る日もいずれは訪れるのかも知れません。

 

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日本は新興国を目指すか

2010-03-23 21:46:19 | ニュース

法人税減税「参院選の公約に」 大塚金融副大臣が言明(朝日新聞)

 大塚耕平金融副大臣は21日、テレビ朝日の番組で、法人税減税について「参院選のマニフェスト(政権公約)に方向感を出した方がいい」と述べた。「法人税率引き下げと財政改革をやり、有権者の信頼が得られれば次の総選挙で消費税率引き上げへの理解を求める」とした。

 法人税は実効税率が約40%と海外より高い。経済界などに減税を求める声が強く鳩山由紀夫首相も減税に前向きな発言をした。大塚氏は具体的な水準として「少なくとも(実効税率が)30%を切るところまで持っていくべきだ」との考えを示した。

 日本の法人税は高い、ってのは経済に詳しい「フリ」をしている人の間では定説と化しているわけですけれど、世界の№1であるアメリカは法人税が40%超なんですよね。州や市によって差がありますので35%程度の州もあれば、ニューヨーク市では45%を超えるほどです。日本の経済に詳しい「フリ」をしている人の言うことが正しいとすれば、今頃ニューヨークからは企業が軒並み撤退しているはずですが、現実はどんなものでしょうか。ともあれアメリカと同程度の税率をもって「海外より高い」とは、なんとも国際感覚に欠ける発言です。

 法人税が低い国にも大まかに2パターンあって、一つはヨーロッパ先進国型で、額面上の法人税率は低いけれど雇用主の社会保障負担が大きく、トータルで見れば国や自治体に納める額は日本などより大きくなるケースです。もう一つは新興国型で、割安の税率を武器に他国に攻勢をかけたり、外国企業を招いたりして自国の経済発展を目指すタイプですね。そこで日本はどちらを目指そうというのでしょうか? 社会保障はあくまで消費税で行うというユニークな方法論に固執している以上、少なくとも前者のパターンではなさそうです。では後者、新興国を目指す――新興国に逆戻りしようとするのが日本と言えるのかも知れません。一定の産業インフラと安い人件費の両立する新興国型社会の方が、製造業中心の産業構造とは相性が良いですしね。

 しかし安売りってのは、売り上げを伸ばすためにやるわけです。値下げしても、販売数が増えて結果的に売り上げが伸びれば経営的には成功ですが、逆に値下げした分だけ売り上げが下がってしまえば、単に顧客に便宜を図っただけです。では法人税はどうなのか、税率を下げても黒字企業が増加して結果的に税収が増えれば大塚金融副大臣の語る財政改革の面では成功になるのかも知れませんが、ただ税収が減るだけでは、単に財界に便宜を図っただけにしかなりません。経済成長の時代は終わったと政財界が口を揃える現代においては、後者の結果の方が有力であり、そして減少した法人税秋分を消費税増税で穴埋めであろうことが確実であるように見えます。

 現行の法人税ってのは黒字の企業が払うものであって、赤字の企業からは税が取れない、景気に左右されるところが大きい税制です。一方で社会保障費は黒字であろうが赤字であろうが、人を雇えば必ず納めなければならない、財源としては安定しています。ですから社会保障費の財源確保、財政の安定化を意図するなら法人税を下げて、その代わりに社会保障費の企業負担分を増やすのは意味のある話ですし、それがヨーロッパ先進国の標準に近い形でもあります。しかるに法人税は下げるが社会保障費は消費税増税で、とはユニークな考え方です(そもそも日本でさえ、社会保障を名目にして消費税増税が行われても、結局は法人税減税の財源にしか回されてこなかったのですから。二度あることは三度ある?)。確固たるビジョンを持って税制を変えようというのなら評価のしようもあるのですが、単に財界の要望に応えるだけ、単に「日本の法人税は高いんだ!」という偏った信念に基づく趣味に走った税制論議には呆れるほかありません。

 

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経営目線は万能ではない

2010-03-22 14:37:03 | ニュース

「商売人の感覚、なさすぎる」JAL稲盛会長ぼやき節(朝日新聞)

 「商売人という感覚を持った人があまりにも少ない」。日本航空の稲盛和夫会長(京セラ名誉会長)が17日の記者会見で、社員への「ぼやき」を連発した。京セラ創業者としての経営手腕を買われ、日航の再建を託されて1カ月半。企業文化の違いは想像以上だったようだ。

 稲盛会長は2月1日の着任以来、会議の合間などに精力的に各職場を回り、社員と意見交換してきたという。その感想として「責任体制が明確になっていない。損益を考えて努力する人が少ない」などと苦言を呈した。

 京セラ/稲盛和夫と言ったら創業者への個人崇拝と宗教的社風で有名なわけですが、その「教祖様」にとってJALとの企業文化の違いは想像以上だったそうです。どちらかといえば京セラの方が特殊性は強い、非常識な会社でぬるま湯に使っていたせいなのではないかと思わないでもありませんけれど。ともあれ、「商売人という感覚を持った人があまりにも少ない」、「損益を考えて努力する人が少ない」とのこと。しかし、「商売人という感覚」や「損益を考え」ることは、果たしてあらゆる社員に求められることなのでしょうか? 総じて世論は経営者寄り、経営者目線の言説に頷く傾向にありますけれど(その次に多いのが消費者目線で、労働者目線というのは皆無に近いですね)、それが好ましい結果をもたらすとは言い切れないはずです。経営する側にとって居心地の良い世界を築く上では有用なのかもしれませんが。

 稲盛氏といえば、社内を少人数のチームに分けて収益や生産性を競わせる「アメーバ経営」で知られるが、日航にアメーバ経営を導入するかを問われた稲盛氏は「アメーバ以前に、普通の企業として採算がとれるようにしたい」とばっさり。「企業再生支援機構の計画を実行すれば再生は可能と思い引き受けたが、正直、容易でない。愚痴をこぼしてもしょうがないので頑張っている」と、弱気とも取れる心境を明かした。

 収益性や生産性、採算性といった類とは必ずしも相容れないものもあるわけです。たとえば公共性であったり安全性であったり、ですね。極論すればJALの黒字化のためには「(採算性の低い)田舎の路線を切り捨てる」ことが求められますけれど、この辺はどうでしょうか。収益が上がるほどの利用者が見込めない路線を大量に抱えているのがJALですが、採算性を理由に地方を切り捨てることはどこまで許されるのか。小泉内閣の時代を考えれば、国民の理解は得られるものなのかもしれません。切り捨てられる地方からは不満の声が上がるとしても、都市部などから上がる賛同の声のほうが大きい、全体としてみれば肯定的に評価されると見て間違いないでしょう。しかし、そういうやり方を継続することは、営利企業としては正しくとも何らかの形で公共性に寄与する組織としては問題があるはずです。

 お客さんを相手にするにしても、大口の顧客もいれば、小さな客もいるわけです。損益を考えるなら大口の顧客だけを相手にした方が儲かります。取引額の小さい相手に時間をかけていては生産性など上がりません。ならば大口顧客だけを大切にして、小さな相手は適当にあしらっておけばよいのでしょうか。小さな買い物が将来的には大口の取引につながることもありますが、小口の取引先に手間隙をかけることを厭う人もいます(ほとんどはその場限りの付き合いで終わってしまいますので)。家電量販店で働いていたこともあるのですが、数百円程度の小物ひとつを探しに来たお客さんに接客の時間をかけすぎると、時には店長や先輩社員から嫌な顔をされたものです。採算性を考えるなら、それは正しいと言えます。でも現場の人間としては、目の前の顧客相手に精一杯のサービスをする、損得抜きで行動できるようであった方が、少なくとも消費者と労働者にとってはプラスではないでしょうかね。

 

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 ちなみに、全日空も業績が思わしくなくなってしまったそうです。その主たる要因といえば、JALが値下げしたからだとか。値下げでJALが新規顧客を獲得して、それでJALの経営状態が上向いたとしても、その分だけANAの顧客が減る、ANAの経営状態が悪化するのであれば、社会全体で見ればプラスマイナス0ですね。むしろ混乱を招いているとも言えるでしょうか。あくまで営利企業とし振舞うのなら、業界のライバルからシェアを奪おうとするのは正しいのですが、航空会社ってのは社会のインフラの担い手でもあります。その辺は考慮されるべきではないかと。

全日空赤字610億円に…日航の割安戦略響く(読売新聞)

 全日本空輸は19日、2010年3月期連結決算の業績予想を引き下げ、本業のもうけを示す営業利益の赤字幅が09年10月時点に予想した200億円から610億円に、税引き後利益の赤字幅が280億円から650億円にそれぞれ拡大すると発表した。

 売上高は1兆2200億円(09年10月時点では1兆2600億円)と予想した。日本航空が1月に会社更生法の適用を申請して以降、各種の割安運賃を打ち出したことが響き、客単価や旅客数が見込みより低調に推移した。

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