非国民通信

ノーモア・コイズミ

まぁ若手と言っても民間企業ならリストラ候補に入ってくる年ですけれど

2015-06-28 10:59:20 | 政治

自民勉強会:木原・青年局長を更迭 1年間の役職停止処分(毎日新聞)

 自民党の谷垣禎一幹事長は27日、党本部で記者会見し、報道機関に圧力をかけるような発言があった若手勉強会の代表を務める木原稔青年局長(衆院熊本1区、当選3回)を更迭し、1年間の役職停止処分とすると発表した。

 また、問題の発言を行ったのは大西英男(東京16区)、井上貴博(福岡1区)、長尾敬(比例近畿ブロック)の各衆院議員(いずれも当選2回)だとして、3人を厳重注意とした。

 

 野党の主張を聞けば聞くほど自民党の天下は揺るがないであろうなと思える昨今ですけれど、しかし外から切り崩されるのを待たずして自壊していった王朝や体制は枚挙に暇がありません。自民党にも、そういうことはあるのでしょう。今回、問題発言で更迭された自民党の青年局長は「首相の応援団」とも位置づけられているとのこと。思想信条面で首相との距離は近かったのかも知れませんが、号令を待たずに先走る兵隊など組織にとって弊害でしかないわけです。暴走する傘下の人間を統制できていない、という点は安倍内閣の綻びとして理解されるものです。

 

「百田さんにも言論の自由ある」 松井一郎・大阪府知事(朝日新聞)

 松井一郎・大阪府知事(維新の党顧問)は26日、自民党議員の勉強会での百田尚樹氏の発言をめぐり「(メディアに)『圧力をかけよ』と言ったのは自民党。自民党をたたくのはいいが、講師として行った百田さんにも表現と言論の自由はある」と擁護した。

 

 例えば朝日新聞や東京新聞などは福島に対するヘイトスピーチを繰り返してきましたが、その辺に対する批判を受ける度に「言論の自由が脅かされている」みたいに強弁してきたのは記憶に新しいところです。言論の自由とは、その人の言論が「批判されない自由」ではないのですけれど、朝日新聞は自らの煽り記事が批判されることを言論の自由の危機と理解しているようです。そして松井知事の「言論の自由」観も、朝日新聞的なものと言えます。発言が封じられたのではなく、発言内容が批判されていることに「言論の自由」を持ち出して抗弁する、これはまさに朝日新聞の「言論の自由」の用法と同一です。

 なお自民党の若手勉強会及び百田氏の発言については民主党だけではなく維新の党も国会では批判する風を装っています。しかし、霞ヶ関における維新の会が批判している一方で党の顧問である松井知事は明確に擁護しているわけです。まぁ、国政では「野党でござい」と自民党への対抗馬を演出しつつ、地方議会では共に首長を擁立し、連立与党の一員として自民党を固く手を結んでいる民主党のそれと同じようなものでしょうかね。地方組織と国会議員との思惑の違いもあれば、政策的な距離の近さか与党への批判票への下心か、まぁ立ち位置は都合良く使い分けられるものなのだと思います。

 若い人が偉くなる組織ってのは、大体において腐っていると思います。所謂ブラック企業などは典型的で、「年を取った社員は当たり前のように切り捨てられて新人に入れ替えられる」ような会社は必然的に真っ当な企業よりも格段に若い人が管理職に就いていたりするものですが、そうした人々はしばしばアウシュビッツにおけるカポー(収容者でありながら他の囚人を監視する役目)のような類であったりするのではないでしょうか。まぁ、出世する能力が高いだけの人は単に年を取っているだけの人よりも遙かに有害です。

 「自分は偉い」という勘違いを増長させるような組織は、腐っているわけです。偉くなるために長い年月を強いる組織と、若いと言うだけでチヤホヤされて権限を与えられる組織とでは、どっちがマトモなのでしょうね。時に政治の世界では「若害」と言いますか、若手ほどダメな人が多いなと感じることも多いです。若い人の持つ思い切りの良さや勢いは魅力でもあるかも知れません。しかし今回の自民党の若手勉強会の面々はどれほどのものでしょう。若手を傲慢にする組織か、それとも若手を制御できる組織かは、問われるものだと思います。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント

YESと言えない日本人

2015-06-24 22:48:34 | 雇用・経済

 先日、マクドでコーラを飲んでいたところ、どうやら昼休み明けの時間に事前面接でも受けるのでしょうか、求職者と人材会社のコーディネイターらしき人が隣で話していました。なんと言いますか、私って「遠慮されない」タイプのようで不思議と「空いているときでもすぐ隣に人が座る」ことが多いんですよね。よく電車で「自分の隣に人が座ろうとしない」なんてネタ話もありますけれど、私は対極です。老若男女問わず、引き寄せられるように私の隣に座ってはパカパカ股を開いていきますから。

 そして「部外者に聞かせるべきではない内容」でも、何の気兼ねもなく私の周りではベラベラと口にされていることが多いですね。会社の偉い人が結構な重要事項を聞こえる距離で普通に話していたりして「私もいるんだけどな」みたいに感じることも多いもので、もしかすると自分はスパイとかに向いているのではないかと思ったりもします。それはさておき、これから面接に向かうであろう二人組が隣で会話していたわけです。

 人材会社のコーディネイターと思しき人が、おそらく求職者であろう人に色々とアドバイスしていたのですが、これまた通り一遍の何の役にも立たない代物でした。そうは言っても「こうすれば採用される」みたいな都合の良い魔法はありません。特別なことができるのは特別な人だけ、普通の人は普通のことをやっていくしかないのです。有用なアドバイスなど初めから存在しない、そういうものなのでしょう。

 さて変わり映えのしない助言の中に「最後には必ず、質問してください」なんてのもありました。面接の定番として「何か質問はありますか」みたいに聞かれるわけです。そこで特に質問が無くても「十分にお伺いさせていただきました」ではダメで「必ず何か質問してください」と、コーディネイター風の人は語っていました。まぁ、慣習としてはそうなのだろうと理解はしています。しかし、特に聞きたいこともないのに無理に質問をひねり出すというのもまた不毛で非効率的な因習だと私は思ったものです。

 しかしながら、入社した後でも同じようなことは続きます。連日連夜の会議でも同様、何も言うべきことが無かろうとも「発言しろ」と求められるのが日本の一般的な職場なのではないでしょうか。会議の早い段階で真っ当な報告と真っ当な方針が示されて、それで完了かと思いきや必ず誰かがイチャモンを付け出すのが常です。結局ああでもない、こうでもないと会議は迷走、「最初の案で良いじゃないか」と呆れ果てていれば「お前は何か意見はないのか」「他人事だとでも思っているのか」と詰られ出す始末、そうして会議は延々と続いていきます。

 面接では質問しなければならないと信じられているように、会議でもやはり発言しなければならない、そうしない人はやる気がない、当事者意識が欠けているのだと、そう誤って信じ込まれているものなのではないでしょうか。必要の無いことは言わない、賛成なら賛成で異議は唱えない、無駄を省くとはそういうことなのですが、しかし日本の一般的な職場でこれは通用しません。必ず何か、言わなくてはならないのです。二つ返事でOKは出せない、YESとは言えない、何かしら議題を追加して話を終わらせない姿勢が「やる気」として勘違いされているように思います。

 上司への報告なり提案でも同様ですね。全く問題の無い事柄でも素直にYESとは言わず、無理矢理にでも問題点を探し出して必ず一度は突き返すみたいな流れが私の勤務先では完全にできあがっていたりします。たぶん、それが上司の仕事と心得られているのでしょう。あっさりとOKを出せば、それは上司として何の仕事もしていないのと同じことなのです。何かしら「口出しをする」ことでようやく上司として仕事をしていると認められる、そういうものなのかも知れません。

 だから私は最初に敢えてグレードの落ちる案を持っていき、上司にダメ出しを食らった後に「改善した案」として当初から用意していたプランを提言することにしていたりしますが、まぁ大いに無駄ですね。でも、最初からマトモな案を出してしまえば、それがダメ出しを食らって終わりなのです。結果は上長の意見を取り入れて改変する必要が出てきて、余計に酷い方向で物事を進める羽目になったりします。そしてこの不毛な工程はウチの部課だけではなく、隣の部署でも同じ、部門の偉い人達の間でも同じことなのです。だれもが素直に「YES」とは言わない、必ず何かしらダメ出しをする、そうやって「仕事をしている」とアピールしているばかり、何とも下らない話ですが――この辺は必ずしも私の今の勤務先に限定して見られる光景でもないと思います。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント

朝型勤務をめぐる司法判断

2015-06-21 11:22:28 | 雇用・経済

朝型勤務では「残業減らない」8割(R25)

長時間労働の撲滅などワークライフバランス推進のため、政府は今年「夏の生活スタイル変革」と名付けた国民運動を推進している。7〜8月の夏季期間中、全府省で出退勤時間を1〜2時間早め、「朝型勤務」を導入するという。いわば日本版「サマータイム制度」だが、労働者からは懸念の声もあがる。「出勤時間を前倒しにしても退勤時間は変わらず、労働時間が長くなるだけでは?」という理由だが、現場の若手会社員たちはどう考えているのか? 20〜30代の男性社会人200人にアンケートを実施した。

〈「朝型勤務」で残業は減ると思う?〉
・減らないと思う 81.0%
・減ると思う 19.0%

(中略)

では、実際に自分の勤務先で「朝型勤務」が導入されるとなったら、ビジネスマンたちの賛否はどちらのほうが多いだろうか?

〈もしも勤務先が「朝型勤務」を導入するなら賛成?反対?〉
・賛成 47.0%
・反対 53.0%

 

 まぁ、朝方勤務云々という旗振りもあるようですが、アンケートの結果は上記の通りです。その反面、同じ調査で朝型勤務に賛成か反対かを募ったところ、ほぼ同率で賛否が拮抗する結果ともなりました。「残業は減らないと思うが、朝型勤務には賛成」という人が一定数いることがわかります。必ずしも残業を減らしたくないと考えている人が、会社員の中にも少なくないわけですね。日本の労働者たるもの、貧乏人でも末端の非正規でも心はいつでもエグゼクティヴ、経営側の目線で物事を考えるのが当たり前、それが社会人としての常識ですから。

 

報われぬ「朝型勤務」に警鐘 過労自殺遺族、17日に講演(産経新聞)

 政府や企業で普及が進み、“健康的”なイメージが強い夏場の「朝型勤務」だが、環境整備の整わない中での拡充に、警鐘を鳴らす過労自殺の遺族がいる。関西在住の女性(45)の夫は10年前、仕事に追われて早出出勤を繰り返し、心を病んで自ら命を絶った。労災は認定されたが、勤務先を相手取った訴訟では早出を個人的な生活スタイルとみなされ、敗訴。女性は17日に大阪市内で講演し、朝型勤務にも弊害がある-と訴える。

(中略)

 2審大阪高裁は、早出を除く夜間の残業が最長月72時間にとどまることから「それほど長時間労働とはいえない」と指摘。「早出は恒常的で、業務が過重だったという理由ではなかった」と判断し、逆転敗訴の判決を言い渡した。女性は最高裁に上告している。

 

 では実際に朝型勤務を実践してみた実例はどうでしょうか? なんでも「上司は残業の抑制を指示しただけで、仕事量を減らすことはなく、効率を上げる具体的な方策も示さなかった」そうで、日本では一般的な職場と言えます。減らない業務量に見かけ上の残業時間を抑えつつ対応するための具体策として、夜間ではなく早朝に仕事をするという結果が導き出されたわけですが、必然的に過労自殺へと至ったことが伝えられています。この一件に対する司法の判断はどうでしょう。曰く「早出を除く夜間の残業が最長月72時間にとどまることから『それほど長時間労働とはいえない』と指摘」したとのこと、産経新聞が括弧付で伝えている部分よりも、その少し前の部分に重大な点がありますね。

 過労死をめぐる残業時間の認定で、始業時間よりも前に出社して働いた分は含まれるのかどうか――ここでの大阪高裁は「早出を除く」時間のみを問題視しているわけで、つまりは「早朝出勤は残業にあらず」という判例を作ったことになります。これはなかなか、画期的な判決と言えるのかも知れません。政府による「夏の生活スタイル変革」は「これから」ですが、このような司法判断を変えていくつもりなのか、それとも踏襲していくのかは問われるところでしょう。残業削減には無意味な朝型勤務も、「自主的な」労働ではなく会社が命じる仕事として公に勤務時間と認められるようになれば、僅かなりとも良い変化と言えます。しかし司法判断を現状のまま据え置くのならば、何一つ良いことはありません。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント (2)

福祉削減のしわ寄せはいずれ若者に

2015-06-17 22:44:58 | 社会

介護費軽減、通帳のコピー必要に 施設の高齢者対象(朝日新聞)

 特別養護老人ホームなどの介護保険施設を利用している高齢者に、全国の自治体が預貯金通帳のコピーの提出を求める通知を出し始めた。施設での食費や居住費の負担軽減を受けている人らが対象。昨年6月の介護保険法の改正に伴い、所得だけでなく、資産が一定以下であることも軽減の要件になったためだ。自治体には、本人やケアマネジャーらから「なぜ必要なのか」「本人が認知症で、家族も近くにいない。どうしたらいいのか」といった問い合わせが相次いでいる。

 厚生労働省によると、軽減の認定を受けている人は全国で約110万人(2013年度末時点)という。コピーを提出しなければ、8月から軽減は受けられなくなる。ケースによって違うが、おおむね月に数千円~数万円程度の負担増になるとみられる。

 コピーが求められるのは、施設に入っている人や、自宅暮らしでショートステイを利用している人たち。厚労省の指示に基づくもので、これまでは、世帯全員が市町村民税非課税なら受けられた軽減が、省令改正により、単身なら1千万円、夫婦の場合は計2千万円を超える資産がある人は軽減されなくなった。財政難に伴って、所得だけでなく、資産にも着目するようになった。

 軽減を受けるには申請が必要で、1年ごとに更新する。軽減されている高齢者らの元には毎年、自治体から「更新申請」のための通知が届く。今年から、引き続き軽減を受けるには、申請の際に資産を証明できるものを提出するよう求められている。資産には、預貯金のほか、有価証券や投資信託、タンス預金なども含まれる。借金は差し引かれる。

 さらに、申告している資産内容が正しいか確認するため、自治体が金融機関に預貯金や有価証券などの残高を照会しても構わないという「同意書」も併せて提出するよう求めている。

 

 まぁ昨今では財政難も錦の御旗みたいなところがありますから、こういう類も通ってしまうのでしょう。確かに「資産家」には公の福祉に頼る前に自腹を切ってもらうべきだとは思います。とはいえ要介護状態に至ってから冷遇するよりも、財を築いた人には年齢を問わず、しかるべく課税しておけば財政難はもう少し早い段階で緩和できたのではないかという気もしますね。とんでもない金持ち優遇の税制をほったらかしにしておきながら、いざ介護が必要な年寄りになったら厳しい態度を取ろうというのでは、まさに人倫に悖るというものですから。

 なお今回の条件では「単身なら1千万円、夫婦の場合は計2千万円」が閾値だそうで、この辺は20代のサラリーマンなら一財産に見えるかも知れませんけれど、「老後の蓄え」としてはどうでしょうか。年金だけが収入源で要介護の高齢者とあらば、その程度の資産など何ら安心をもたらしてくれるものではありません。ちょっと大きな病気でもして入院すれば、すぐに吹き飛んでしまいかねない水準です。この程度の資産で軽減措置から外れてしまうのも厳しいですね。本物の資産家ならば軽減措置の対象から外されるのも理解できるところですが、「単身なら1千万円、夫婦の場合は計2千万円」は寂しすぎます。

 なおタンス預金等は自己申告とのこと、通帳だって複数の金融機関に分散していればどうでしょう、残高の少ない通帳だけを提出するという手もありますし、元より介護が必要なレベルの高齢者ならば悪意のない「漏れ」は普通にあり得ます。そこで「申告している資産内容が正しいか確認するため、自治体が金融機関に預貯金や有価証券などの残高を照会しても構わないという『同意書』も併せて提出するよう求めている」とのことですが、そちらにこそ一種の悪意を感じるところです。加えて財産が「ない」ことを確認するためにコストも安くはないような気がしますね。「ない」ことを証明するのは何かが「ある」ことを証明するより格段に難しいことですし。

 このブログでは何度となく書いてきたことですが、高齢者向けの福祉の問題は、それを支える子世代の問題でもあります。自分たちの親の介護費や医療費が嵩み、親の貯蓄だけでは賄えなくなった時に支出を余儀なくされるのは、当然ながら「子」です。高齢者向けの福祉が充実していれば、子世代が私的に親を経済的に支援する必要性は薄れることでしょう。しかし高齢者向けの福祉予算が削られ自己負担が増えれば増えるほど、その分を「子」が補ってやらねばなりません。若い世代も、いずれは親の面倒を見る日が来ます。その時に親世代が受ける福祉が充実しているかどうかは、高齢者だけではなく若年層にとっても重要なのです。

 まぁ、筋金入りの自己責任論者が高齢者向けの福祉削減を説くならば、それは――決して賛成はできませんが――異論として認められるべきだとは思います。むしろタチが悪いのは「若者の味方」を装って高齢者向けの福祉を悪玉視する人の方ですね。曰く福祉のための公的支出が現役世代の重荷になっている、若者が老人に搾取されているみたいに説くペテン師達です。これは完全な欺瞞で、高齢者向けの福祉が削られた先に待っているのは、子世代が「自腹で私的に」親を養う未来でしかありません。保険料がちょっとばかり安くなっても、自分の親を経済的に支えなければならないとしたら、それは現役世代にとって紛れもない負担増です。若者もまずは自分が高齢者になったときではなく、自分の親が要介護となったときのことを先に考えるべきではないしょうか。どう足掻いたところで福祉の世話になるのは親の方が先なのですから。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント (5)

日本で必要とされている人材

2015-06-14 10:45:03 | 雇用・経済

 これまた少し昔の話になりますけれど、ある求人サイトが「高卒を使おう!」なんてキャンペーンを展開していたこともありました。曰く「人件費のコスト削減をしたい。」事業者向けで「最低コストで優秀人材を確保!」との触れ込みで、まぁ要するに「高卒の人材を安く買い叩きましょう」というキャンペーンだったわけです。本当の大昔になりますと高卒が「金の卵」と呼ばれていた時期もあったようですが、21世紀の日本的採用における高卒の扱いとは、果たしてどれほどのものなのでしょうね。

 そして今現在においては「女性や高齢者の労働参加率を高める」云々や「外国人労働者の受け入れ」などが叫ばれてもいるわけです。労働力人口の減少が将来の脅威と声高に説かれる中での施策と思いきや、一方では就職したくてもできない失業者は少なからず存在しており、社会全体として労働力が不足しているとは言いがたいのが実態でもあります。結局、日本において「人を雇う側」が何を求めているのか、そこに尽きるでしょうか。夫が主たる家系の担い手で補助的に働きたい女性、年金を受給しつつも収入を少しばかり上乗せしたい高齢者、日本人相手にはとうてい許されない低賃金を受け入れてくれる貧困国出身の外国人、そうした人が求められているんだろうな、みたいな印象は拭い去ることができません。

 

その学部、本当に必要? 全国立大に見直し通知、文科省(朝日新聞)

 文部科学省は8日、全86の国立大学に、既存の学部などを見直すよう通知した。主に文学部や社会学部など人文社会系の学部と大学院について、社会に必要とされる人材を育てられていなければ、廃止や分野の転換の検討を求めた。国立大に投入される税金を、ニーズがある分野に集中させるのが狙いだ。

 国立大には、法人化された2004年度以降、6年ごとに「中期目標」を作って文科省に提出する義務がある。6月末が16年度からの目標案の提出期限で、大学の認可を受けるには、目標が通知の趣旨に沿っている必要がある。

 通知は「特に教員養成系や人文社会科学系学部・大学院は、組織の廃止や社会的要請の高い分野に転換する」ことを求めた。例えば、人文社会系の卒業生の多くがサラリーマンになるという実績を踏まえ、大学は地元で必要とされている職種を把握。需要にあった人材を育てる学部に転換するなどといった想定だ。

 

 さて、なにやら文部科学省がコンサルタントやエコノミストの受け売りを始めたようです。日本経済の迷走に歩調を合わせ続けてきた人々の真似事をしても上手く行くはずが無かろうと思われるところでもありますけれど、雇用側に便宜を図ることこそが経済政策として罷り通ってきたのが我が国ですから、こういうこともあるのかも知れません。国民の知識や教養の向上よりも、会社の要請に応えること、それこそが大事だというのが文科省の見解と言うことです。まぁ、せっかくですから多寡はあれ助成金を受ける私学にも目を向けたらどうでしょうかね。成蹊大学の政治学部とかが社会的要請に応えているかどうか、国会で審議してみれば良いと思います。

参考、真珠は豚の餌にはなれない

 先にOECDが所謂「ニート」の学歴や読解力、数的思考力を調査したところ、日本のニートは世界トップレベルの高い水準を示す結果となりました。どうやら日本は、十分に知的な人が労働市場からあぶれているようです。裏を返せば、在野に優秀な人材が犇めいていると言うことでもありますね。他国に比べて能力の高い人間が会社に囲われない状態に止め置かれているわけで、まぁ優秀な人材を確保したい事業者にとって日本は大いに狙い目と言うことができるでしょう。

 ただし、どんな高価な真珠も豚の餌の代わりにはなりません。何事にも求められているものと、そうでないものがあります。サッカーに喩えるならば、世界に名を轟かせたファンタジスタがレギュラーから外されることだってあるわけです。あるいは細かくパスを繋ぐことを至上命題にしているチームならば、体を張って相手からボールを奪ったり、逆に体をぶつけて相手を押しのけてゴールを奪うような無骨なファイターは能力があっても出番が与えられるとは限りません。社会的要請ならぬチームの志向によって、優れた選手でも機会に恵まれないことはあるのでしょう。能力はあっても、必要とされるとは限らないのです。

 では日本のチームカラーは果たしてどんなものなのか、その辺は「労働力不足の危機!」「高卒を雇おう!」「女性や高齢者の活用」「外国人の受け入れ」そして今回の「文系学部の見直し」などから、見えてくるものはあるように思います。要するに「知的エリートは一握りで十分」で、むしろ安価な労働力の大量動員によって事業を成り立たせていこうと、こうした方向性で構築されているわけです。それは前時代的なプランテーションを彷彿とさせるビジネスモデルですが、しかし現代日本とはまさしく、そういう方向に突き進んでいると言えます。かくしてローカルな社会的要請に応えようと文科省は経済誌の受け売りをして見せたようですけれど、しかし発展性のある経済モデルに沿っているとは、私にはどうも考えられませんね。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント (5)

雇う側が求めるものは相変わらず……

2015-06-10 22:18:43 | 雇用・経済

 その昔、山崎パンの採用ページが露骨に差別的だと話題になったことがありました。採用情報のトップページには「大学生の方はこちら」と「高校生の方はこちら」と記されたリンクが張られており、大学生向けのページは全員が黒のスーツを着た若者達の写真が、高校生向けのページには制服を着て工場で働く人の写真が掲載されていたわけです。まぁ、いわゆる背広組と制服組の格差なんてのは昔から見られる話ですけれど、山崎パンの場合は画像があまりにも露骨、しかもそれを同じページに並べたことで期せずして学歴による差別を可視化してしまったと言えます。

 昨今は一部大学の職業訓練施設化なんかも論議されているところですが、どうしたものでしょうね。「良い大学」を出ていることは求められこそすれ、大学で何を学んだかなど問われないのが日本の採用というものです。大学での教育が仕事に直結するのは医療/福祉分野くらい、専門学校で技能を学ぶよりも有名大学を出た人の方が、あるいは商業科や工業科よりも普通科の出身者がエリートコースを歩むのが日本の働き方でもあります。学校で仕事に使う技能を身につけたとしても、企業が求めるのは「良い大学の出身者」であったり「コミュニケーション能力」であったりするのですから、まぁ職業訓練云々は実に不毛な話ではないでしょうか。

 ……で、定期的に求人情報をチェックするのが習慣化していたりもするのですが、頻繁に目にするのはこの「女性のおしごと」という記載だったりします。私なんかはどうしても労働条件重視、あまり残業時間の長くないところ、普通に週休2日のところを絞って探してみるわけで、その結果として出てきた求人を見ると9割以上にこの「女性のおしごと」という指定が付いていたりするのです。まぁ、最初から「男性お断り」と暗に示してくれれば、こちらとしても応募の手間が省けるというものではあります。しかし、バリバリ働くのは男性の仕事、ほどほどに働くのは女性の仕事と、そう求人上で明白に隔てられている現状は、いったいどうしたものでしょうね。いつの間にか忘れられつつありますけれど、「限定正社員」なんて枠組み作りが論議された時期もありました。しかし、限定正社員なんて呼称を用意しても、それは往年の(女性)一般職と何ら変わらないものになるとしか思えません。

 そしてこんな求人広告もありました。私は間違ってもバリバリ派ではない、どちらかを選べと言われたらジックリ派になるのですが――どうにもバリバリ派は男性、ジックリ派は女性向けのコースであることは、そう断言されてこそいないものの、容易に窺えるわけです。世の中にはバリバリ派の女性もジックリ派の男性も存在するはずですけれど、しかし選択肢としては「男性向け」と「女性のおしごと」の2種類しかありません。そんな日本的採用が総合的に見て上手く行っている、日本経済が躍進を続けているというのなら、こういう男女の二分法も理に叶ったものなのでしょう。しかし日本的採用がもたらした「結果」はどうなのか、結果が芳しくないなら、たぶん何かが間違っているのだと思います。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント (4)

反対派の意見を聞くと自民党案が正しく見えてくる

2015-06-07 11:14:33 | 雇用・経済

労働者派遣法改正案「3年ごとに新人になるのはたまらない」緊急電話相談に不安の声(弁護士ドットコム)

労働者派遣法改正案の国会審議が大詰めを迎える中、日本労働弁護団は6月3日、記者会見を開き、派遣労働者たちを対象に受け付けた緊急電話相談の結果を発表した。棗一郎弁護士は、改正案に対する不安の声が相次いで寄せられたとして、「法改正の内容が全然伝わっていない」と警鐘を鳴らした。

弁護団は「改正案が通ったら、通訳などの『専門26業務』の扱いが廃止され、同じ派遣先で3年を超えて働き続けることはできなくなる。全ての業務で一律に3年で派遣切りになる」と報道などを通じて注意を呼びかけ、6月2日に無料の電話相談を実施。午後2時半〜午後9時半までの半日に40件の電話が寄せられた。専門業務で仕事に慣れた40代の労働者から「それは本当か?」「たまらない」などと心配する声が目立ったという。

 

 さて労働者派遣法の改正が国会では俎上に上っており、年金記録の漏洩と言った派遣法とは全く関係の無い事情で審議の引き延ばしを計ろうとする野党筋の存在こそあるものの、まぁ自民党案が阻まれることは議席数的にあり得ないところでもあります。争点の一つは「専門26業務」の特別扱いの廃止で、この点に関しては良い方向の変化であろうとは言える一方、旧態依然たる構造改革/規制緩和路線にしがみついている人々や、「内容はともあれ自民党案には反対」みたいな勢力からは強い反対を受けてもいるわけです。その一つが、ここで引用した類ですね。

 この「専門26業務」とは、「5号(事務用機器操作)」や「14号(建築物清掃)」「16号(案内・受付、駐車場管理等)」などの「専門性の高い業務」を派遣法で定められた期間制限の例外とするもので、要するに「パソコンを使った仕事」ですとか「事務所の掃除」のように高度な専門性があると法律で定められた業務であれば、「いくらでも派遣社員のまま働かせることができる」制度になっていたわけです。これは事業者側にとっては大いに好都合でしたが、当然ながら「何でも派遣で置き換えられる」状況を作り出す天下の悪法でもありました。

 3年も4年も同じ仕事があるのなら、「派遣」という留保付の雇用形態で「働かせる」必然性はありません。それだけの期間、継続的に業務があるのならば正規に雇用すべきだと、そう考えるのがマトモな行政というものですし、それが引いては雇用の安定に繋がり、日本で働く人々の購買力の増加すなわち市場の活性化にも繋がります。ところが現行では「パソコンを使った仕事」のような「専門職」であれば「派遣のまま好きなだけ働かせる」ことが可能なため、人件費の削減を何よりも重んじる日本の事業者は非正規への置き換えを進めるばかりだったわけです。

 今回の改正案でも引き続き抜け道が残されているフシはありますが、それ以上に悪質な類は反対論の中にも見受けられたりします。上記の日本労働弁護団によるそれも色々と酷いと言いますか、圧倒的多数の人には無縁であろう危機を煽って世論をミスリードするものです。曰く「全ての業務で一律に3年で派遣切りになる」とのこと。それこそ、この自称・労働弁護団がいかに派遣労働の実態に無関心であるかを端的に示す例ではないでしょうか。普通の派遣労働者は、「パソコンを使った仕事」のような専門26業務で働いていても、事業者の都合次第で3年と経たずに首を切られるものなのですから。

 私自身、問題の専門26業務で長いこと働いてきました。一つだけ3年を超えたことはありましたが、4年目はありませんでした。2年で終わることもあれば、1年を待たずに雇い止めに会うこともありましたし、周りの人も同じようなものです。5年、6年と派遣のまま契約が続いている人なんて、見たことがありません。それはもちろん、探せば見つけられないことはないのでしょう。しかし、実際に派遣社員で3年を大きく超えて同じ職場で働き続ける(すなわち今回の法改正で影響を受けうる)人って、全体の何%いるのでしょうね。私としては「そんな人は見たことがない」としか言えませんが。

 

また、寄せられた電話のうち1件は、なんと「派遣元の業者」からだった。

その派遣元業者は、40〜50代のベテラン専門技術者20数人を長年、1つの会社に派遣してきた。「その仕事を長年やっているからこそ評価されて使用してもらっている。次の職場を紹介しようと思っても、その人たちは逃げ道がない」「派遣先が正社員にしてくれるのは30歳近辺しかない。派遣先は100%正社員にしてくれない。今のうちの派遣社員は全員が路頭に迷うことになる。なんとかしてあげたいが、どうすればよいか」と悩みを打ち明けた。

この相談に対応した弁護士は「改正法を前提とするなら、(彼らを)救うことはできない」と答えたという。

 

 そしてこれも日本労働弁護団によるものですが、あまりの労働者軽視の姿勢に怒りすら覚えます。そもそもが本来の派遣労働は「派遣元」が雇用を保障する必要がある、つまり「常用型派遣」として派遣元(派遣会社)と期間を定めない労働契約を結んで雇用されるもの、そして派遣期間が終了しても派遣元との労働契約は続くものであったはずです。しかるに「登録型派遣」という雇用主にとってのみ好都合な逸脱型がいつしか一般化し、派遣期間が終われば派遣元との労働契約も終了してしまうような何の保証もない派遣雇用が生まれてしまったわけです。上で挙げられているのも然り、ですね。

 労働者寄りの立場から言うならば、登録型派遣事業者に同情の余地はありません。派遣期間が終わったら、ハイそれまでと自社に登録している派遣社員を野に放り出そうとしている、そんな事業者に相応しいのは共感ではなく糾弾の方です。「専門(パソコン操作でしょうか、それとも清掃とかでしょうか?)技術者」を何年も「登録型派遣のまま」働かせておきながら、その雇用の保障をしようとしないなら、その咎は誰にあるのやら。少なくとも現行の脱法状態に手を入れようとする政府が悪いと迫るのは、まさに言いがかりあるいは盗人の逆ギレとしか思えません。

 労働者を「永遠に派遣のまま」働かせることが、今回の法改正が「正しく」適用されれば難しくなります(求人広告には虚偽記載が許されるとか、雇用/労働関係の法律は違反しても逮捕されるわけじゃないとか、法律があっても機能するとは限らないのはさておき)。反対に現行路線を継続して規制緩和を続け、「ずっと派遣のまま働かせることができる」状態を堅持すれば、この日本労働弁護団の類は満足するのでしょうか? 労働弁護団の弁護士は「改正法を前提とするなら、(彼らを)救うことはできない」と応えたそうです。じゃぁ、「ずっと派遣で続けられますよ」という制度なら救われるんですかね?

 前述の通り、現行制度なら事業者の望むだけ「派遣のまま」働かせることが可能です。しかし、正社員であれば異動になるのと同じようなタイミングで派遣社員とは入れ替えられていくものです。中には派遣のまま5年、10年と契約が続いているレアケースも存在するのかも知れません。しかし「何年働き続けても派遣のまま」を許す現行制度は、果たして今回の改正案に比べてどうなのでしょうか? それは労働者にとっても同じことです。今の制度はあまりにも雇用する側にとって都合が良すぎる、だからこそ非正規への置き換えも進むわけです。もっと派遣社員を事業者にとって「使いにくい」ものにしていかないと非正規化の流れは止められません。その点では、ここで挙げたような批判はまさに不毛で自民党の改正案以下と思えます。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント

中小であろうとブラック企業は社会の癌です

2015-06-03 22:43:30 | 雇用・経済

ブラック企業の社名公表は「大企業のみ」のワケ 全国チェーンの「外食」「小売」が標的か(キャリコネニュース)

厚生労働省は5月18日から、違法な長時間労働などを労働者にさせる「ブラック企業」について、是正勧告の段階で社名を公表する新しい取り組みを始めた。従来は労働基準法違反容疑などの書類送検が公表の基準となっていたが、一定の条件が揃えば行政指導の段階で公表できるようにする。

ただし、新基準が適用されるのは大企業のみで、中小企業はこれまで通り書類送検されないと公表されない。ネットでは「はいザルでしたー」「意味ないじゃん」など失望の声も多く聞かれているが、果たして本当に無意味なのか。

(中略)

社名公表による波及効果は、大手の方が大きいという側面もある。対象が大企業だけであっても、それなりの効果が期待できる所以だ。中小企業の立場からは、こんな書き込みもある。

「限られたマンパワーの中小企業から労働時間を奪ったら効率的な大企業しか生き残れない社会になっちゃうよ」

 

 この「ブラック企業の社名を公表する(ただし大企業に限る)」という厚労相の方針については既に私のブログでも取り上げたところですが(参考)、やはり多数派である中小企業が対象から外されていることで「ザル」との印象を受ける人が多いようです。まぁ、社名の公表がダメージになるのは有名企業であってこその話です。名前を挙げられても業界人以外には何のことだか分からないような無名の中小企業を晒し上げても効果は薄いところもあるのかも知れません。中小企業には、社名公表とは別の対策――例えば営業停止処分など――が必要であろうとは思います。

 それはさておき、引用元で紹介されている「中小企業の立場」とやらは、いかがなものでしょうか。曰く「限られたマンパワーの中小企業から労働時間を奪ったら効率的な大企業しか生き残れない社会になっちゃうよ」とのこと。いやいや、それはまさに「理想の社会」だと思いますね。無給で時間外労働をさせることでしか生き残れないようなダメな企業には、一日でも早く市場から撤退してもらうことこそが改革というものです。「弱い企業」への温情は、それに削除される弱い労働者を犠牲にするだけです。効率的な企業だけが、生き残る資格があります。

 雇用・労働規制が厳しい社会では、会社もそれに対応する必要があります。低賃金で長時間労働を強いることが不可能ならば、経営を効率化しなければ生き残ることができません。だからこそ、イノベーションも模索されるというものです。翻って日本ではどうでしょうか? 日本のように雇用・労働条件の無法地帯では、イノベーションは必要ありません。従業員を非正規に置き換え、契約外の業務を無理強いし、一銭も払わず時間外にも働かせれば済むだけですから。規制の緩い社会では労働者を締め上げるという「簡単な」解決法が存在しているために、イノベーションなき企業も生き延びてしまうわけです。

 何かを変えるための改革もあれば、何かが変わってしまうのを避けるための改革もあります。改革とは一概に変革を指すものではなく、現状を維持するための改革もまたあるのです。そして日本にして「改革」と呼ばれるものは往々にして後者ではないでしょうか。橋本龍太郎や小泉純一郎の改革とはまさに典型でした。すなわち規制を緩和し労働者を絞り上げることを可能にすることで、非効率的な企業が延命できるようにするものだったと言えます。それとは正反対に、規制を強化して非効率的な企業を市場から撤退させる道もあり得たはずですが、選ばれた道は不採算企業を延命させることの方でした――労働者の犠牲の上に。

 法律を守ったら潰れてしまうような企業は、まさに潰れてくれることこそが最大の社会貢献です。残業代を払ったら経営が成り立たない、最低賃金が上がったら会社を存続できない、果たしてそんなレベルの企業が日本経済に何をもたらしてくれるのでしょうか? むしろ行政は、弱い企業に対してもっと厳しくあるべきなのではないかと思えます。違法な長時間労働の上に成り立っているような会社は、大企業であろうと中小企業であろうと有害であることに変わりはありません。ダメな会社には一刻も早い撤退を促し、優良な企業を残していくことこそが健全な競争というものです。単に労働者を安く長く厳しく働かせる、それだけで生き残っているような会社は日本の癌ですから。

 

 ←ノーモア・コイズミ!

コメント (2)