非国民通信

ノーモア・コイズミ

正月休みも残り半分

2008-12-31 22:26:01 | 編集雑記

 こんばんは、新年の幕開けよりも、正月休みが早くも後半を迎えようとしていることに暗澹たる気分の非国民通信です。日付が変わってから読まれる数の方が多いような気がしますが、とりあえず2008年の最後のエントリです。去年一昨年も、微妙にショッキングなニュースがあって、それを取り上げて終わっていたのですが、とりあえず今年は一年を振り返るエントリで終わらせたいと思います。中東地域では大変なことになっていますが……

 この1年ですが、私生活にはあまり変化がありませんでした。「将来に希望は持てないが、今すぐ困るわけではない」というレベルの貧困について、こちらのエントリで言及したのですが、私の収入状況もそんなところでして、「今のままではいけない」と思いつつも「今のところは何とかやっていける」ので、グズグズしている内に1年が過ぎてしまったような印象です。今の仕事をクビになったら……などと思っていると、不思議と契約延長が続いたりするものなんですよね。

 ブログ上のことですと、年末に近かったこともあってか(年始に起ったことなんて、もう忘れちゃいました)国籍法改正を巡る一連の騒動が印象に残りましたね。法案自体は特に議論するようなところもなかったわけですが、一部のレイシストが騒ぎ出した、これ事態はいつものことですが、それに同調する人が予想外に多かったわけです。まぁ敢えて言うなら、ネット上の妄言に媚びるタイプか、それとも毅然として反論できるタイプか、それをはっきりさせるのには役立ちました。この騒動を契機に、新たなブログとの出会いもありましたし。

 逆に別れもありました。護憲だ平和だと口にしていたはずの人が、いつの間にかウヨのケツを舐めるのに一生懸命の「自称中道」みたいなブログに転向してしまったり、大いに失望させられることもありました。ブロガーではありませんが、東浩紀もそうですね。デビューした当時の東浩紀(浅田彰の後継者みたいな触れ込みでしたね、浅田だって別に引退した訳じゃないはずなんですが)の著作を、私はかなり熱心に読んでいました。90年代の東の愛読者だったのです。しかるに華々しいデビューの一方で、その後はめぼしい著作が出てこない、対談集や雑誌掲載をまとめた程度の本は出てきましたが、新しい本ほど退屈な出来映え、いつの間にか東を読むことはなくなりました。そして彼のことなどすっかり忘れていたわけですが、ひょんなことから東浩紀の名前を再び目にしたのが11月末のことでした。歴史修正主義の擁護者として。いつの間にか自称中道ブロガーの屁理屈みたいな今年か言えなくなっているようです。今、東の10年前の著作を本棚から引っ張り出してきたところです。昔はこんなでは無かったような気がするのですが……

参考、
東浩紀の嫌韓流容認論 - 私にも話させて
10万はてなポイントを進呈します - (元)登校拒否系

 ちなみにこの1年、なんだか意地になって毎日更新を続けてきました。一度更新を休んでしまうと、そのままズルズルと放置しちゃう気もするのですよね。他所のブログでもそんな終り方をしたところが数件有りますし。ただまぁ、ブログを更新するためだけに他人の誘いを断って日付が変わる前には家に帰る、みたいな生活は本末転倒も甚だしいと思うので、来年は書きたいことがあるときだけ、更新のための更新はしないようにしたいと思います。

 とはいえ、無駄な更新は減らして空いた時間に何か有意義なことをやるのかと問われれば、全然そんなことはない、何もしないで終わっちゃいそうなんですけれどね。元々、1日12時間労働が基本のブラック企業から逃げ出して派遣社員に転向、概ね定時に帰れるようになって暇な時間が出来た、無為に過ごすのもアレだから、せめて何か残せるものを……と思って始めたのがこのブログですし。

 将来のためにも色々と勉強することがあるだろうと、そう思わないでもないのですが、何となく後回しになってます。今年の初めには思うところあって英語の参考書など引っ張り出してきたこともありましたが(海外のPCゲームをやるためではありませんよ、別に)、う~ん、学生時代に毎日猛勉強しても無理だったのが、働きながらカタテマにやったところでどうにかなるものではないよなぁと、早々と挫折したり……

 後はそう、ブログの「目次」欄の、自分でもあまり意味があるとは思えない分類をどうにかしたいなぁ、と。「社会」とか「政治」「経済」に分類することも考えているのですが、大体の場合は3つとも絡んでくると言いますか、特定のジャンルに切り分けできるという感じでもないので、無理に分類すると逆に、目的の記事が探しにくくなりそうでもあるわけです。まぁ、基本的には更新分を見てもらうものなのでしょうけれど。低機能のgooブログでも可能で、かつ機能的な分類方法があればご教示願います。

 最後に、コメント欄のことです。皆様のおかげで閲覧数も増加傾向、コメントをお寄せいただく件数も増えており、御礼申し上げます。御礼申し上げます、といったその口で申し訳ないのですが、読者数が伸びても私の仕事量は伸びないものですから、頂いたコメントにご返信できない機会も今後は増えると思います。ツッコミどころのあるコメントに切り返すのは簡単なのですが、逆に「それ以上付け加えることがない」コメントにお返事を書くのは難しく感じるものでして(その点では赤旗より産経新聞の方が、このブログ的には美味しいメディアなんですよね)、下手をすると「優良コメントほどブログ主からの返信がない」なんてことになるかも知れませんが、決して無視しているわけではありませんので、どうか御容赦下さい。

 それでは、良いお年を。

 

 ←除夜の鐘に合わせて108回クリックしても、何も出ません

コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

烙印を押せ

2008-12-30 22:05:11 | ニュース

 今年ももう終りなので、最後に何を扱うかは色々と悩むところですが、まぁ色々な意味でお世話になったネタ系メディアから、ネタではないニュースを紹介することにします。

日本IBMの退職強要疑惑に、日本綜合地所のずさんな内定取消問題(ダイヤモンド・オンライン)

 それにしても今回気の毒なのは、対象者が「成績下位15%」であるという選定基準が公になってしまったということ。つまり、成績下位であるというレッテルを貼られてしまったということになる。これは、転職活動をするにしても非常に不利になると思われる。

 日本IBMはここ数年、地方の生産拠点などを中心に、会社分割や事業売却などによって従業員を減らしてきたという経緯がある。そのため、労働組合の活動が活発になっていたといえる。そんな中に降って湧いた今回の大胆なリストラ。そういう意味では、問題がより表面化しやすくなっていたといえるだろう。

 それにしても、これだけの大企業が、「成績(社内評価)」をリストラの選考基準にしたケースは非常に珍しい。そういう意味でも今回の事件は、今後整理解雇をするにあたって、ドラスティックに正面突破を図ってくる企業が増えてくる、という予兆なのかもしれない。

 こちらは、日本IBMが社員に退職を強要していた件ですね。派遣切りに比べれば規模は小さいかも知れませんが、こちらも同様に深刻です。制度を作ってもそれを守らせるための仕組みは作らない、制度を破っても企業に罰は与えないのが日本の労働法制ですから(正社員と非正規雇用の「保護」の差は、制度上の差よりもむしろ雇用側の遵法意識の差に拠るところが大きいのです)、こういう前例が認められてしまうと、堰を切ったかのように惨事が続出する可能性があります。

 そして今回、日本IBMが退職を強要した対象は「社内評価の下位15%」だそうです(なんでも管理職を除けば、2人に1人の割合だとか)。もちろん、会社の評価が低いからと即解雇が合法化されるわけでもなく、必ずしも合理的な判断に基づいた退職勧告とは言えません。ただ、仮に雇用側の不当性が認められ、退職の強要という事実上の解雇処分が撤回されたとしても、「成績下位15%」として貼られたレッテルは消えません。引用元記事でも触れられているように、このレッテルは重くのしかかってくることでしょう。

ニート・引きこもり支援新法制定へ 通常国会で政府提出へ(産経新聞)

 ニートや自宅に引きこもっている若者の存在が社会問題化している中、こうした若者の自立や社会参加、就労を官民連携で支援するために、政府が「若者支援新法」(仮称)を来年の通常国会に提出する方針を決めたことが、28日分かった。急速な景気の悪化で非正規労働者らが解雇されるケースが相次いでいることを受けて、今後のニートや引きこもりの増加に備えるねらいもある。

(中略)


 地域協議会は、各機関の情報を集約して、ニートや引きこもりになっている若者がどこにいるかを把握し、専門相談員「ユースアドバイザー」や医師、保護司らが自宅を訪問する。こうした活動を繰り返す中で、引きこもりの原因を探って、社会参加への計画を策定。コミュニケーション能力を回復させる方向へと導くとともに、就業体験に参加できるように協力し、同居する保護者への助言なども行う。

 政府は新法の成立後、若者支援のためのより細かい実施計画をまとめる予定だ。

 ニート 「通学せず、仕事に就かず、職業訓練も受けていない」という意味の英語の頭文字(NEET)を取った略語。明確な定義があるわけではないが、平成20年版「青少年白書」によると、家事も通学もしていない15~34歳のニートは19年で62万人いるとされる。一般的には、ハローワークに通うなどの就職活動を行う「失業者」や、アルバイトなどを行う「フリーター」とは区別される。

 麻生首相の肝煎りだそうです。一般に想定されているような、絵に描いたようなニート/引きこもりの実数はごく僅かで「親の援助などがあるため日雇い派遣などのブラック仕事に飛びつく必要性に迫られてはいない、のんびり仕事を探しているだけ」ぐらいの人が大半だと思います。まともな仕事があれば就職したいが、まともな仕事がないから就職しない人ですね。これで親の援助がない場合、選ぶ余地を失ってブラック企業や製造業への派遣などに取り込まれるわけですが、そうならずに済んでいる人が「ニート」と呼ばれている気がします。ハローワーク? あんなブラック企業しか紹介してくれないところ、行っちゃダメです。

 ならば満足できるだけの仕事を創出するのが、当の支援対象者にとって最も満足できる解決方法なのでしょうけれど、しかるに対策としては「各機関の情報を集約して、ニートがどこにいるかを把握し、専門相談員が自宅を訪問する」とか。怖いですね。まさに「引きこもり狩り」の世界です。この手の支援、自立支援となりますと、これとかこれとかこれとか、全く良いイメージがない、人間を不良品扱いして、何とか役に立つように調教してやろうと、そういう扱いをされる印象ばかりですが、実際はどうなんでしょうね?

参考、誰のためのセーフティネット?

 それはさておき、産経新聞は正直に吐露しています。ニートとは「明確な定義があるわけではない」と。そうですね、考え出したのはイギリス人らしいですが、この言葉を実際に使うのは日本人で、とりあえず他人を貶めたいときに便利に使われる言葉が「ニート」ですから。明確な定義に基づいて使われているはずもないでしょう。それにもかかわらず、曖昧な定義のまま他人を「ニート」と認定し、押しかけようというのが今回の法案です。もはや魔女狩りみたいなものです。むしろ行政による積極的な「ニート」というレッテル貼りと呼ばれるべきでしょう。産業兵卒として役に立たないであろう人間をあぶり出して、それに「成績下位者」との烙印を押して回る作業です。「社会不適格者」と認定された人のプラスにならないことだけは間違い有りません。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (13)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現実に立ち向かえ

2008-12-29 21:48:51 | ニュース

働き盛りの7割、内閣支持せず=雇用悪化が影響か(時事通信)

 景気後退を受けて雇用情勢が急速に悪化する中、経済動向に敏感な働き盛りの40、50歳代の7割前後が麻生内閣を支持していないことが、時事通信社の12月世論調査で明らかになった。
 麻生内閣の支持率は、全体では発足以来最低の16.7%で、不支持は64.7%。年代別に見ると、すべての世代で不支持が5割を超え、最も高い50歳代は73.7%で前月比34.7ポイント増。次いで40歳代が69.4%で同29.1ポイント増となった。以下、60歳代67.5%(同29.7ポイント増)、30歳代65.9%(同34.6ポイント増)などと続く。40歳代は支持率でも12.5%で最低を記録。50歳代の12.7%がこれに次いだ。

 何を今さらという人もいるかも知れませんが、重要なことなので元記事の掲載期間が切れる前に取り上げておきたいと思います。記事が伝えるのは要するに、40~50歳の働き盛り世代の内閣支持率が低いことです。以前からと、何も変わらない傾向ですね。20~30代は自民党支持傾向が強く、年代が上がると自民党支持が弱まる(高齢層になると、ある程度の盛り返しが見られますが)、今回の調査でも目立った変化はありません。あらゆる年代で内閣支持率が下がっているとはいえ、年代ごとの傾向は不動です。

 整理しますと、内閣を「支持しない」人の割合は高い方から順に50代、40代、60代、30代、そして20代もしくは70歳以上ですね。結局のところ、経済成長期に会社に入って働いてきた世代が自民党を見限る一方で、若い世代は今なお自民党に未練たらたらのようです。ふ~む、今の社会を築いた自民党を何とかするためには、思い切って若者を顧みないことが必要でしょうか。若者の意見を取り入れて政治家を選んでいては、自公政権を延命させるばかりですから。

 生活保護の不正受給ですとか、救急車のタクシー利用ですとか、これまで色々と取り上げてきました。方や実際の数値は極めて軽微で誤差の範囲に過ぎなかったり、方や数字を出せば出すほどボロが出るあやふやな根拠に基づく眉唾物であったりと、まぁ結論としては「取るに足らない」問題であったわけです。じゃぁ、軽微な問題は軽微な問題として取り扱いましょう、というのが私の意見でもあります。

 軽微な問題は軽微な問題として扱う、重大な問題は重大な問題として扱う、当たり前のことですよね? ところが、軽微な問題を重大な問題として扱う、重大な問題を軽微な問題として扱う、そんな逆転が生じているフシも多々あります。

 例えば生活保護の不正受給、実際は軽微な問題ですが、一部の例外的な事例、特異な事例を持ち出しては、あたかもそれが広く一般に見られるケースであるかのように騙る人、数字の全体ではなく一部だけを抽出することで印象を違えようとする人もいるわけです。そして軽微な問題をあたかも深刻な問題であるかのように見せかけ、行政もまたそれに迎合します。この結果、軽微な問題を重大なものとして扱い、逆に重大な問題を蔑ろにする事態が発生しているのが生活保護行政の今です。何というムダ!

 間違った認識の上に、有効な対策など取れようはずがありません。そう、先日のエントリに書きました。何事も正しい現状認識なくしては始まりません。些細なことを過大に評価し、重要なことを過小に見ている限りは問題を解決など出来ないわけです。そこで自民党支持、内閣支持の問題です。ともすると「政治が若者を顧みていない、中高年にばかり目を向けている」「経済成長期を生きてきた世代が既得権益を守るため若者に不利益を押しつけている」なんてヨタが蔓延しがちですが(参考)、こういう思いこみに基づいて何が出来るのでしょうか?

 今の政治を選んだのは中高年ではなく若者であり、若者が支持した政党が権力を握っているのに? 若者の声を聞き入れ、若者が代議士を選んだ結果なのに? 中年世代は、若者と違って別の政党を選んでいるのですけれど? 現実的にならなければなりません。若者は昨今の政治家の被害者かも知れませんが、同時に加害者、他の世代よりもずっと責任の重い加害者であることを認めるところからスタートしなければなりません。

若者顧みぬ政治に異議―ルポにっぽん(朝日新聞)
- 特に読むべきところはないので引用はしません、タイトルそのままです

 「現実に立ち向かう」とは、まず現実を直視し、その後に現実を変えようとすることです。決して、現実から目を背け、他人に責任を擦り付けて自己正当化を図ること――現実を拒むこと――ではありません。上記の朝日新聞で取り上げられているように、若者=被害者と印象づければ、さも現在の政治状況に責任がないかのように振る舞うことができます。しかし、今の政治を選んだのも若者であることから逃げていては、虚妄の上に虚妄を積み重ねるだけ、何一つ成し遂げることは出来ないでしょう。苦くとも現実を受け容れないと、何が有効で何が無意味か、それは見えてきませんから。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

立ち上がらない日本

2008-12-28 22:58:30 | ニュース

騒音うるさい!村人らがデパートを襲撃―広東省東莞市(レコードチャイナ)

2008年12月24日、広州日報によると22日、広東省東莞市郊外の企石村で、村人数百人が村内にできたデパートを襲撃するという事件が起きた。

事件の発端は、2日後のオープンが予定されていたデパートが大音量で流していた客寄せの音だった。デパートの向かいで薬局を営んでいる女性によれば、このデパートが客寄せを始めたのは1か月ほど前。毎日午後4時頃から夜10時まで大音量で客寄せ放送を流し続け、附近の住民はこれまで我慢に我慢を重ねてきたのだという。

22日午後6時頃、あまりの騒音に耐えかねた近隣の住民が、店の警備員に音量を下げるように求めたところ、警備員に店内へ連れ込まれて袋叩きに遭い、村人4人が次々に大ケガを負った。これを知った村人たちは激怒。8時頃、村人数百人が店へ押しかけ、店をめちゃくちゃに破壊。ガラスというガラスは割られ、ショーウインドウや陳列棚も破壊された。知らせを受けた警察が駆けつけ、事態は収束した。店の外には「新規オープン!」の垂れ幕が残されているが、とても開店できる状態ではなくなってしまった。

現在、警察が事件発生の経緯などを詳しく調べているが、店を襲った村人は700人にのぼると見られている。村人にケガを負わせた警備員たちは行方をくらましているという。

 日本ではなかなか見られない光景です。近隣住民の迷惑など考えない大音量の客寄せ諸々は日本でも良くあることですし、店舗関係者から客に対する暴行はあまり例がないかも知れませんが、店舗内部での暴行で重傷を負わせるなどの事例は、探せば結構出てくるものです。例えばこれとかですね。しかし、その後の対応が日本と中国では違ったようで、なんと村人700人が蜂起してデパートを破壊するに至ったとか。

18 : ネチズン(関東・甲信越):2008/12/26(金) 23:58:15.62 ID:T3WGsegc
日本人に足りないのはこういう行動力

19 : ネチズン(千葉県):2008/12/26(金) 23:58:25.64 ID:RE58MwRI
相変わらず中国さんの行動力はすげえ

28 : ネチズン(三重県):2008/12/26(金) 23:59:39.56 ID:q480iHiH
日本人じゃ無理

30 : ネチズン(福島県):2008/12/26(金) 23:59:50.27 ID:neoSW4Ob
さすが中国、これこそが本来の人間だ

31 : ネチズン(長屋):2008/12/26(金) 23:59:57.71 ID:QbVnnVBh
村人やるな

32 : ネチズン(千葉県):2008/12/27(土) 00:00:01.22 ID:jSfoVoZB
これは気持ちは分からんでもないな

33 : ネチズン(コネチカット州):2008/12/27(土) 00:00:11.62 ID:U1EsyOS0
政府の狡猾さと国民の熱さ
少し分けてもらいたいくらいだ

37 : ネチズン(兵庫県):2008/12/27(土) 00:00:54.38 ID:l4d82q9z
日本人ならせいぜいまちBBSに書き込む程度

41 : ネチズン(三重県):2008/12/27(土) 00:01:38.07 ID:sJLcGR6r
>>37
しかも「クレーマーざまあw」とレスされる

49 : ネチズン(catv?):2008/12/27(土) 00:02:36.63 ID:SZrGxzCp
>>41
プロ市民扱いもされちゃうよね

42 : ネチズン(神奈川県):2008/12/27(土) 00:01:49.45 ID:ckspTIi4
やったことは野蛮で許されるものではないが
日本人が失った何かがそこにあるような気がする

50 : ネチズン(コネチカット州):2008/12/27(土) 00:02:57.65 ID:+qrjtL21
なんぞこの一体感wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

54 : ネチズン(関西地方):2008/12/27(土) 00:03:41.00 ID:a7MKgNGt
頑張れば共産党も倒せるはず

57 : ネチズン(大分県):2008/12/27(土) 00:03:59.76 ID:9X5XU5Ub
これこそが人間というものではないか

58 : ネチズン(長屋):2008/12/27(土) 00:04:07.87 ID:GcvBTA1i
これが正しい民主主義、切られた派遣は見習え

71 : ネチズン(神奈川県):2008/12/27(土) 00:05:55.34 ID:DpQPAJpV
中国人のすぐに徒党をくんで暴動を起こせるレスポンスのよさは評価したい

73 : ネチズン(catv?):2008/12/27(土) 00:06:08.74 ID:1h8/J5a7
単純に羨ましい、日本もこういう抑止力があれば派遣ももう少し立場良かっただろうに
ただバランスが問題だわな

 かの2ちゃんねるでさえも好意的な見解が多めです。そして私も大体同感です。こうあらねばなりません。それなのに日本人は大人しすぎるのか、立ち上がる人はごく少数に留まっています。相継ぐ派遣切りに労組を結成して立ち向かおうとする動きが出てきたものの、そんな彼らの呼びかけに応じる人はほとんどいないとか。同じように首を切られた派遣社員でありながら、一緒に立ち上がろうとする人はほとんどいないそうです。う~む、雇用側にとっては従順で扱いやすい国民かも知れませんが……

139 : ネチズン(石川県):2008/12/27(土) 00:23:07.74 ID:9EYzAS4A
袋叩きにあった報復70人
便乗ヒャハー 630人ってとこだろ

 一見すると、この立ち上がった村人達を誹謗しているような書き込みです。ただ、デモにせよ抗議行動にせよ革命運動にせよ、大体はそういうものなのです。よく海外でデモが起った際、日本のメディアやジャーナリストが取材に行くわけですが、時に参加者の「軽さ」に焦点が当てられることがあります。運動の発端や主旨を理解せずに、ほとんどお祭り気分でデモに参加している人の存在をクローズアップする、そんな論調がありますよね。けしからん、こんなデモに正当性はない、ただ混乱に乗じて騒いでいるだけだ!と、そう印象づけたいのかも知れません。

 でも、そういうものなんです。参加者全員が運動の大義と必要性を理解し、世のため人のために自分を犠牲にして献身的に行動する、そんな高尚なデモや政治運動なんて実在しません。現実はもっと卑俗なものです。発起人は大真面目、崇高なる理想のために行動しているかも知れませんが、その旗の下に集う人たちは、別にそこまで深刻じゃない、単なる仲間意識や有り余るエネルギーの矛先を探すために運動に加わるケースだって多々あるわけです。過去の労働運動、政治運動や革命だって、大半の参加者はノリで動いていた部分が少なくないのです。成功した運動とは、そう深刻に考えなくても、気軽に加わることのできるものだったと考えてください。

 しかるに、現代の日本では左翼や労働組合、市民運動に対して妙な期待を抱いている人が多いのではないでしょうか。左翼や労働運動を、献身的で崇高なものだと、そう信じている人がいます。そして、このように信じている人にとって、現実に起っている「卑俗な」運動は、「本来あるべき姿」とはかけ離れたものに映るはずです。

 70人が本気で戦って、630人は便乗しているだけ、私から見れば普通の光景です。しかるに参加した700人全員が大義のために己を捨てて戦っているのが市民運動の「あるべき姿」だと思いこんでいる人からすれば、9割の便乗者は「不純な」存在に見えるでしょうし、9割の不純物を含む運動は、それ全体が不純なものであるかのように見えることでしょう。勢い、運動全体を否定する方向に傾きがち、とりわけ日本の世論はそうです。

 労働者や社会的弱者でありながら、労組や左翼を否定し、拒絶したがる人もいます。それはたぶん、彼らの心の中の「あるべき姿」と現実の労組や左翼の乖離の大きさに原因があるのでしょう。母親のように無償の愛で自分を守ってくれる、そんな役割を労組や左翼に抱いている人は、当然のように裏切られます。無理な要求ですから(参考)。それで反サヨクに回るわけですが、もうちょっと現実的になるべきですね。

 そして、労働運動や市民運動への参加が極端に少ない、デモや暴動に発展することの極端に少ないのも、やはり運動を崇高なものと思っているが故でしょうか。理想をもって、世のため人のため、己を捨てる覚悟で参加するのが社会運動であると、そう信じている人にとって、運動への参加は極めて敷居の高いものです。でも、それは単なる勘違いです。実際の運動は、思っているよりずっと卑俗なものです。だからこそハードルも低い、門戸は誰にでも開かれているのです。しかし、高尚なものでなければならないと、そう信じたい気持ちが目を背けさせているのかも知れません。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

相変わらず、働く人には厳しい

2008-12-27 22:32:02 | ニュース

派遣労働者、07年度は20%増 製造業では倍増(朝日新聞)

 07年度の派遣労働者の数は384万人で、前年度より20%増えて過去最多を更新したことが26日、厚生労働省のまとめで分かった。特に04年に解禁された製造業派遣は前年度の1.9倍の46万人にのぼり、その急増ぶりが、今秋以降の急激な「派遣切り」の要因になった形だ。

 派遣労働者のうち、数カ月程度の細切れ雇用を繰り返す登録型派遣が280万人(前年度比19%増)、比較的長期に雇用される常用型派遣が104万人(同21%増)。

 派遣事業所は5万カ所、年間売上高は総計6兆5千億円で、いずれも前年度より19%増えた。

 派遣労働者が受け取る平均日給(8時間換算)は、主に登録型が働く一般派遣事業所では9534円(前年度比10%減)、常用型のみが働く特定派遣事業所では1万3044円(同8%減)。製造業派遣など、専門業務以外の単価の低い分野の労働者が増えた影響が大きいとみられる。

 また、派遣先による直接雇用を前提に、最長6カ月間派遣で働く「紹介予定派遣」の利用者は5万3千人で、前年度より19%増えた。

 平成19年度のデータですが、製造業派遣が1.9倍に、登録型派遣が19%増、派遣事業の売り上げが19%増、紹介予定派遣の利用者が19%増えたそうです。これだけ同じ数値が揃ったのですから、何かご祝儀でも出して欲しい気がします。人材派遣会社の一つであるフルキャストが、足代まで出してマクドナルドのハンバーガーを振る舞ったのは、まさかこういう理由からじゃありませんよね?

 それはさておき、派遣労働者が1年で20%増えました。それ自体も相当なものですが、こと製造業に限ればわずか1年で1.9倍と、まさに激増です。昨今の相継ぐ「派遣切り」で年内に職を失う人は8万人以上と推計されていますが、その大規模な契約打ち切りを遥かに上回るペースで派遣労働者が増えています。今までは非正規雇用者の増加が問題視されてきたわけですが、ここ数ヶ月の急激な契約打ち切り乱発で派遣社員が激減、結果的に非正規雇用者の割合が減って、その分だけ正規雇用の割合が増える、見せかけ上は非正規雇用の増加に歯止めが掛かり改善傾向、そんな展開を私は予測していました。しかし、間違いでした。これだけの派遣切りがあっても尚、それを上回るペースで雇用の非正規化が進められている真っ最中でした。悲観的に物事を眺めているつもりでしたが、現実はもっと深刻でした。

 ちなみに派遣労働者が20%増加、派遣事業の売上が19%増と伝えられています。人数が増えた分だけ、派遣事業の売上も増えたとのでしょう。しかるに、派遣労働者が受け取る平均日給は登録型で10%減、常用型で8%減だそうです。派遣会社と派遣社員の取り分は連動しているはずですから、派遣社員の給与が下がった分だけ、派遣会社の取り分も減るはずです。それなのに派遣事業者の売上は人数の増加と綺麗に比例していますね。単価が下がっているはずなのですが、売上に影響がない、あれ?

 自分のことだから何でもわかっているかと思いきや、実際はそうでもないのですよね。日本人なら日本のことは何でも分かっているかと言えば、当然違いますし、フリーターなら貧困問題に詳しいかというと、そういう触れ込みで祭り上げられている人がいないでもないですが、実際は全然わかっていない人もいます。で、私は現役の派遣社員でして、ともすると派遣業界のことがわかっている「つもり」になってしまうのですが……そこに結構な落とし穴があるものです。例えば私は長いこと派遣社員と派遣会社の取り分は「7:3」と決まっているものだと、そう思いこんでいました。しかるに、半分近く上前をはねたり、会社とスタッフの取り分を公表していなかったり(あるいは、嘘を吐いていたり?)、そういうタチの悪い派遣会社も相当に多いようです。

 で、派遣社員が20%増えた、派遣社員本人の取り分は8~10%減った、それなのに派遣会社の売上は19%増えた、このことから何が読み取れるでしょうか? 派遣先企業から派遣元企業に支払われる、派遣社員一人当りの金額にはほとんど変化がないということです。だからこそ、派遣社員の人数が増えたのと同じだけ、売上も増えたわけです。それなのに、派遣される労働者の取り分は減っているのは何故でしょうか? 残業時間も変動要因にはなりますが、それ以上に考えられるのは、より多くマージンを取る、派遣先から金を取るのではなく、派遣社員に渡す分を懐に入れようとする、そんな傾向が派遣業界に強まっている可能性です。

 例えば派遣先企業から派遣会社に、1時間当り2000円を支払う契約が結ばれていたとしましょう。マージン率は30%、派遣会社が600円、派遣社員が1400円を受け取る契約です。このとき、派遣会社が派遣社員一人当りの利益を増やす方向は2つあります。一つは派遣会社と派遣先企業が交渉して、1時間当りの契約額を引き上げることです。1時間当りの契約額を2200円に引き上げ、マージンはそのまま、派遣社員の取り分は1540円に、派遣会社の取り分は660円に増えます。そしてもう一つは、派遣先企業との契約額は据え置き、マージンを引き上げることで派遣会社の取り分を増やすことです。1時間当りの契約額は2000円のまま、しかしマージンは35%にすれば、派遣社員の取り分は1300円に減りますが、派遣会社の取り分は700円に増えます。

 前者は、スポーツビジネスの代理人と一緒です。状況次第では、働く人の味方になってくれるときもあります。しかるに派遣会社から見て、派遣先企業と派遣労働者、どっちが与しやすいかというと、当然後者ですよね? 派遣先企業に契約金額の引き上げを求めるより、派遣スタッフの取り分を減らす方がずっと簡単です。派遣会社だって慈善事業じゃありませんから、自社の利益の最大化を目指すもの、派遣先企業が強く、働く人の立場が弱い分だけ、後者を選ぶ派遣会社が増える、そういうものなのでしょう。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

派遣叩きの理由

2008-12-26 23:24:10 | 編集雑記

324 :無名の共和国人民 :08/12/25 21:20:32 ID:5tGSQEab
ニュー速板で派遣関連のスレッドが立つ度に、
「派遣なんて自己責任だろ!」というアンチ派遣と
「政府は派遣を救済すべきだ」という救済派
が激しい論争(罵り合い?)を繰り広げる。
それが要因でスレが凄く伸びるのだけれども、
派遣を叩いているのはどういう人達(職業・年齢・年収)なのだろう?

http://yy31.kakiko.com/test/read.cgi/x51pace/1159007496/324-325

 なぜか私の環境からではオルタナティブ@政治経済板に書き込みできないので、代わりにここで疑問に答えてみます。どういう人がどういう理由で派遣を叩いているのでしょうか?

 例えば、若い世代や貧困層は、他の階層より自民党支持傾向が強いわけです。そして自民党政治、とりわけ若い世代の支持を集めるようになった向こう10年の自民党政治を真っ向から批判してきた身として、その支持母体たる若者や貧困層に、私は厳し目です。中年男性や中堅サラリーマン層はとっくに自民党を見限っているのに、若く貧しい抵抗勢力のせいで政権交代が妨げられている、そんな現状への苛立ちから派遣叩きが起っているのでしょうか? さすがにそれはないです。

 少し、視点を移してみましょう。例えば国旗・国家の強制に対する不服従がありますが、この不服従を、どういう人たちがバッシングしているのでしょうか。色々と考えられます。そんな中でも有力なものの一つとして、「自分自身が様々な場面で物事を強制され、その強制に抗うことが出来ない人」の存在に注目してみましょう。何かを強要されているのは教員だけではない、自分達だってあれやこれやと非合理なものを強いられている、だけど背かずに耐えている、自分達は我慢している、それは仕方がないことだ、みんなで耐えていくしかないんだ、それなのに我慢せず反抗している奴らがいる、けしからん! ……と、そんな風に考えている人がいますよね?

 公務員とかマスコミとか、実態はさておき好待遇とされている職業へのバッシングも似たようなものです。自分達の給料は低いけれど、我慢している、みんなで耐えて行かなきゃダメなのだ、誰でも苦しいのだ、それなのに一部には自分だけ楽な仕事で高い給料をもらっている奴らがいる、けしからん! ……と、こんな風に自分の持っていないものを持っている人をバッシングの対象とする、そうした傾向があるわけです。

 顔の見えない無名の投稿者による派遣叩きも、似たようなところがあるのではないでしょうか? 強制に抗うことの出来ない人が不服従を貫く人を憎悪し、劣悪な労働環境から抜け出せない人が健康で文化的な職場を誹謗して止まない、自分の持てないものを手にしている人を悪罵する、そして切り捨てられてゆく派遣社員への攻撃もまた同様です。

 公務員の好待遇と同じで、それは実状より「思いこみ」に近いわけですが、派遣社員には「気軽さ」があります。少なくとも、あると信じられています。そこで「民間人」が公務員は高給取りと信じて公務員を叩くのと同じノリで、派遣社員を叩く人がいます。派遣社員は「気軽な」存在と信じて!

 非正規労働者が増える中で、正社員は少なからず選別され、そこに加えられる重圧も高まるばかりです。派遣社員で働いてみれば「派遣も正社員も同じ、派遣だからって真面目に働かなくていいと思ったら大間違いだぞ」と、一度や二度は説教されるものですが、逆に正社員になれば「社員は派遣とは違うんだから、もっと責任を持って働いてくれないと困る」と言われます。非正規オンリーですと、何となく社員と同じ仕事をしている気分になりがちですが、しかるに正社員経験しかないと、正社員として非正規とは違う過重な責任を負わされている気分になるでしょう。

 正社員と派遣社員の仕事の差は職場によりけりかも知れませんが、正社員の業務負担はどこでも増加の一途です。何時でも会社に縛り付けられ、身を粉にして働かなければならない、正社員の座にしがみつくために、残業代の不払いなどの不法行為も飲まなければならない、そんな人も多いわけです。そこで大した責任も負わされず、会社とも簡単に縁が切れる派遣社員が、自分にはない「軽さ」を持っている、そう感じる正社員も少なくないのではないでしょうか。思いこみに過ぎないとしても、です。

 自分は会社に拘束され、自由を犠牲にして尽くしている、それなのに会社に縛られない派遣社員はけしからん! ……と、こういう勢いで派遣叩きに精を出している人の姿が思い浮かんだわけです。統計調査も何もないので推測ですが、公務員叩きに熱狂する人が公務員の厚遇を信じているのと同様、派遣社員叩きに盛り上がっている人は、「派遣社員は自由で気軽な存在」と信じているのだと思います。自分は責任を負わされているのに、あいつらは気楽に生きやがって! 派遣叩きは、そんなノリです。たぶん。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (23)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まず現状認識に疑問がある

2008-12-25 22:50:04 | ニュース

英語で授業、単語500増=脱ゆとり踏襲、理数前倒し-高校新指導要領案・文科省(時事通信)

 文部科学省は22日、2013年度の新入生から適用する高校の新学習指導要領案を公表した。小中学校の「脱ゆとり」を踏襲し、英語は単語数を500増の1800語とし、教員が英語で指導するよう定める。数学・理科の内容拡充は1年前倒しして12年度から実施する。高校の全面改定は10年ぶりで、意見募集を経て来年3月までに告示する。

 卒業単位は現行と同じ74以上。授業は標準の週30コマを超えて行えることを明示する。指導内容を広げる半面、義務教育段階の反復学習を認め、学校の実情に応じたカリキュラムを組めるよう工夫した。伝統・文化を重視して必修の世界史の中で日本の扱いを広げたり、各教科で論述・討論を充実させたりした。 

 要は教育行政の介入を減らし、学校が独自にカリキュラムを組めるようにすることが最重要だと思うのですが、今度の新方針はどうなのでしょうか? 「学校の実情に応じたカリキュラムを組めるよう工夫した」というのは、とりあえず方向性としては歓迎できます。しかし、強制されようとしているものもありますね、何でも英語は教員が英語で指導するように定めるとか。こりゃ随分と思い切ったものですが、教育面への影響はどうなるのでしょう?

 なんとなく、「英語は英語で教えた方が良い」「ネイティヴが教えた方が良い」「会話を重視した方がよい」と信じられているわけです。ただ、その根拠となると、途端に靄が掛かってきます。日本語を交えて英語を教えた場合と、英語だけで英語を教えた場合、後者の方が教育効果が高いと、そう客観的に示すデータでもあるのでしょうか? そうではなく、単なる思いこみで大胆な方針転換を図ろうとするなら百害あって一利無し、今までの教育行政の実績を考えるなら、なおさらです……

日本代表の評判、ドイツ編 - 蹴球計画 ~スペインサッカーニュース~

 ところが、今回のワールドカップにおける日本代表は、守備的に”イノセンテ(無垢)”であり組織がないチームと評価された。この一方で、個人能力はそれなりの評価を受け、特に中盤の技術は高く評価された。例えば、オーストラリア戦の終了間際に福西がミドルシュートを放った場面では「日本人って上手ね」という言葉が聞かれ、ブラジル戦の開始直後に中田が玉田へ出した絶妙の縦パスは感嘆をさそった。このため、今回の日本代表は「技術のある選手はいるが組織がない」という、これまでとは正反対の評価を受けた。

 とても面白いサイトなので、サッカーファンなら是非一読して欲しいサイトなのですが、それはさておき、試合を観戦した人が日本代表をどう評価したかを見てください。従来の紋切り型の評価では、日本サッカーとは個人技ではなく組織力のサッカーでした。ところが、実際に見てみたら大違い、組織力には欠けるが個人技は悪くないのが日本代表の姿だったわけです。少なからずジーコの志向も反映された結果ではありますが、思いこみと実態は必ずしも一致しないものです。そこで、個人技はあるが組織力がない、組織力に問題を抱えているにもかかわらず、「日本には組織力はあるが個人技が足りない、個人の能力を何とかしなければ」と、間違った認識に基づいて対策を練るとしたらどうなるでしょうか? 間違った認識の上に、有効な対策など取れようはずがありません。

参考、ビューティフル・ジャパニーズ

 上のリンク先はだいぶ昔に書いたものですが、TOEFLの平均点を取り上げたものです。日本人受験者の平均点は低いのですが、それは日本人受験者の数が極端に多い――実力診断や資格代わりにと軽い気持ちで受ける人も多い――からであって、別に日本人の英語力に問題があるわけではないことを指摘しました。日本よりずっと貧しい国が、日本より遥かに高い平均点を記録したりもしますが、「受験者の大半は外務官僚志願者」みたいな国と比較するのはナンセンスです。

 で、あまり平均点の高くない日本人受験者ですが、リスニングの点以上に、リーディングの点が低かったわけです。リスニング能力に全く問題がないとは言えませんが、それ以上に読解能力に不足がある、そう判断するのが妥当でしょう。しかし、一般に信じられている現状認識はどうでしょうか? 文法能力が問題なのではない、会話能力が不足しているのだと、そう固く信じられています。その認識が間違っている可能性は、どれだけ考えられているのでしょうか? 考える必要もないとばかりに打ち捨てられているのではないでしょうか? 「文法重視の英語教育は誤りだ」を合い言葉に、体系的な理解を蔑ろにしてきたことこそが日本人の英語能力を損ねてきた可能性があります。

 もし本当に会話能力に問題を抱えているのであれば、昨今の教育方針は、とりあえず方向性としては正しいのかも知れません。しかし、会話能力ではなく読解能力に不足があるのなら、欠陥を放置したまま脆弱な土台の上に重荷を積み重ねるようなもの、砂上の楼閣を築くがごとしです。思いこみで教育現場を振り回すのを止め、正しい現状認識を心がけること、今までの偏見にしがみつくのではなく、現実を直視することが求められます。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (5)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

溶けゆかない日本

2008-12-24 23:00:14 | ニュース

「にきびがつぶれた」でも救急車 増える不搬送(神戸新聞)

 要請に応じて救急車が出動したものの、現場で「緊急性なし」と判断し、搬送しなかったケースが二〇〇七年、神戸市内で千六百八十六件あり、十年前の約三倍に増えたことが分かった。「にきびがつぶれた」「ガラスの破片で指を切った」など明らかに緊急性がなくても、同市消防局は原則、現場へ急行。だがここ数年は安易な要請が全国で課題となっており、同局は「ほかの患者の搬送に影響する可能性もある」と頭を悩ませている。

 〇七年、同市内の出動件数は六万七千二百九十二件。このうち現場へ向かったが既に死亡していたり、引き返したりするなど搬送しなかったケースは約15%に当たる一万二百五十八件だった。

 一万二百五十八件のうち、現場で「緊急性なし」と判断し、救急隊員が要請者を「説得」したケースは千六百八十六件。一九九七年の五百二十八件から大幅に増えた。

 「モラルの崩壊」云々を信じたがる人も多いですよね。自虐現代観とでも呼びましょうか、産経新聞の「溶けゆく日本人」シリーズに象徴されるように、「日本人の道徳意識が低下している!」とあることないこと誹謗中傷を続ける「反日勢力」がいるわけです。ここで引用したような事例もその類で、「救急車はタクシー利用されているんだ!」と固く信じてやまない人が少なくありません。しかるにこの神戸新聞の記事、どう見ても変です。こういうレベルでしか実態を語れないのでしょうか? ゴマカシを重ねて印象操作を繰り返さないと、救急車のタクシー利用を描き出せないのなら、救急車のタクシー利用云々は都市伝説や被害妄想のレベルでしかないことを意味しているような気がします。

 出動件数が67292件、そのうち「緊急性なし」と判断されたケースは1686件です。全体の2.5%くらいですね。「にきびがつぶれた」等のエキセントリックな事例を持ち出すことで、あたかも「緊急性なし」=「不心得な119番通報」であるかのような印象づけが行われていますが(生活保護の受給者に対してよく使われる手です)、実際のところはどうでしょうか? 医療の専門家が見れば「緊急性なし」でも、心配性の素人が見れば一大事!というケースも多いでしょうから、「不心得な119番通報」はせいぜい1%あるかないかぐらいに見積もっておいた方が良さそうです。

 一応、「緊急性なし」と判断されたケースが10年前の約3倍に達しているということですが、これだってどうなのでしょう? 10年前はまだ、個人の権利を主張する人を「モンスター~」と呼ぶ風習などありませんでしたから、たとえ緊急性がなくとも「せっかくだから」とばかりに搬送していたのかも知れません。しかし昨今は悪者を作る方が好まれます。拒める人は出来るだけ拒む方向で運用した結果、「緊急性なし」と判断されるケースが急増したのかも知れません。この辺は軽犯罪の検挙数と同じです。警察がキャンペーンでも張って重点的に取り締まる、些細なことにも目くじらを立てるようになれば軽犯罪の検挙数は激増しますが、逆に凶悪犯罪に重心が置かれていた頃は軽犯罪の検挙数が少なかったわけです。要するに110番も119番も、方針が変われば件数は変わるものなのです。

 同局は、〇六年度に一台、〇七年度に二台、救急車を増やしたが、出動から現場到着までの平均所要時間は五年連続で五・七分。九七年に比べて〇・一分延びている。

 この記述から引き出せる範囲で、各年度の平均所要時間を整理してみましょう。

   平均所要時間
97年 5.6分
03年 5.7分
04年 5.7分
05年 5.7分
06年 5.7分 救急車1台追加
07年 5.7分 救急車2台追加

 どうですか? モラルに欠ける利用者が激増していると言いつつも、現場到着までの平均所要時間には全く影響を与えていません。5.7分という平均所要時間に対して0.1分という増加幅は誤差のレベルであり、有意な変化とは呼べないでしょう。同時に、救急車を増やそうが増やすまいが、到着までの平均所要時間には影響がないこともわかりますね。そして言うまでもなく、「緊急性なし」と判断されるケースの増加が救急車の到着時間を損ねているわけでもないことが、一目でわかります。

 たぶん記事の意図としては、あたかも不心得な利用者が増えたから、それで救急車の台数を増やす必要に迫られた、そして救急車を増やしたのに到着までの時間が増えたと、そう見せかけたいのでしょう。しかし、どこの自治体でも高齢化が進み、医療費の増加が頭痛の種になっているはずです。当然、救急車のお世話になる高齢者だって増えているわけで、救急車を増やしたのは、もっと現実的な問題、高齢化に対応するためでしょう。それなのに別の要因にすり替えようとする、悪質です。でも、こうでもしないと救急車のタクシー利用は語れないのでしょう。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (13)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トヨタの轍を踏むな

2008-12-23 22:26:07 | ニュース

絶望的な粗利益率、数字で見るGM凋落の道(NBonline)

 ゼネラル・モーターズ(GM)が瀬戸際に立たされている。12月14日の報道によれば、GMなど自動車大手に対する上院での救済法案の協議決裂を受け、米政府は12日、140億ドル規模の年越えの運転資金の融資などを考えているという。再建が時間との戦いになってきたということである。

(中略)

 もう1つは、コストが経営者の思惑通りに下がらなかったからだ(ちなみに、この2つの体質は2008年まで一向に改善されず、ついには致命傷となった)。2005年、GMは北米12拠点の閉鎖と3万人の人員削減を実施した。この結果、粗利率は4.8%から9%に上昇したが、2007年には再び8%に低下した(トヨタは18%)。労働組合が強いため、賃金カットはままならず、しかも休職中の従業員に対して所得を補償する米自動車業界特有の慣行がある。さらに、年金や退職者に対する医療費も負担しなくてはならない。

 ちなみに、時間当たり人件費はGM工場従業員78.21ドルに対して、トヨタ自動車の米国工場従業員47.6ドル。GMの時間単価が高いのは、福利厚生費としての年金・医療費負担(約50ドル)が含まれているからだ。

 こうした事情で人件費は簡単には減少しない。生産縮小による工場稼働率の低下と人件費の重しは、製品原価を押し上げ、粗利率は一向に良くならないのである。

(中略)

 財務諸表から見えるGMの姿は、ガソリンをがぶ飲みするアメ車そのものである。これを高利益率(強力なトルク)で、高資産回転率(高回転エンジン)の会社(自動車)に作り替えなくてはならない。そこに立ちはだかる障害は、強力な労働組合ゆえの高い人件費と巨額の退職後給付債務である。これらを取り除かない限り、再生は難しい。

 さすがに、GMは(1)9万6500人の米国従業員を、2012年までに6万5000人から7万5000人程度に削減する(3)時間当たり人件費を、2012年までに45ドル程度に引き下げる(5)660億ドルの負債総額(退職者向け健康保険料負担含む)を2012年までに336億ドルから501億ドルに削減する旨をまとめた報告書を、上院と下院に提出した。

 引用したのはアメリカの代表であるGM社の例ですが、これを逆転させてみればトヨタを筆頭とする日本の自動車業界の姿が見えてきます。GMと違って利益率の高いトヨタ、米ビッグ3と比べて利益率の高い日本の自動車産業の実態は、果たしてどんなものなのでしょうか。単純にGMの事例を裏返してみるならば、こういうことです……

 労働組合が弱く、賃金カットが容易で、休職中に補償を受けられる従業員は限られており、非正規雇用が多いため退職後の面倒を見る必要もない、企業側の社会保障負担割合も小さく、経営者の思惑通りに人間のコストを下げられる……これがGMと比較したトヨタなど日本の製造業ということになります。ふ~む、どちらが「いい会社」なのでしょうね。

 時間当たり人件費はGM工場従業員78.21ドルに対して、トヨタ自動車の米国工場従業員47.6ドル、巨額の退職後給付債務を抱えて自転車操業のGMと、無尽蔵の内部留保を貯め込んでいるトヨタ、単純に経営の視点から見れば、トヨタの方が優良企業なのでしょう。引用元の著者もGM「再生」のために人件費の削減を唯一絶対の手段と訴えています。要するに、GMはトヨタのようにならなきゃいけないというわけです。まぁ、GM1社だけをどうにかするなら、ごくごく近視眼的に見るなら、それも正しいのかもしれません。

 例えば「このコーヒー豆は時給10ドルの非正規労働者が作りました。既に雇用契約は打ち切られており、製造者がどうなったかは我が社の知るところではありません」と書かれた商品と「このコーヒー豆は時給20ドルの正規労働者が作りました。製造者は退職しましたが、医療や年金は我が社が面倒を見ています」と書かれた商品、どちらを選びますか? もし、フェアトレードに口先だけではなく理解を示すつもりがあるのなら、後者を選ばなければなりません。前者は、淘汰されるべきものです。環境に優しい?ハイブリッド車なんかは捨てて、働く人に優しいアメリカ車を買いましょう。

 働く人により多くの賃金を支払い、退職後の生活まで保証する、素晴らしい会社ではありませんか。日本企業も少しは見習うべきです。そもそも日本式経営、トヨタ型経営で儲かるのは会社だけです。輸出企業を牽引役として戦後最長の景気回復を記録し、空前の利益を確保した日本経済ですが、国民の暮らし、国家財政はどうだったでしょうか? 企業業績に反比例するかのように給与所得の平均は下がり続け、国や自治体の財政も内部留保を貯め込むどころか赤字を積み重ねるばかりだったはずです。GMがトヨタの真似事をすれば、GMは儲かるかも知れませんが、アメリカの国民やアメリカの財政に好影響をもたらす保証はどこにもありません。

 戦後最長の景気回復と言ったところで、あくまで海外市場の「おこぼれ」をもらっていたようなもの、アメリカを含む日本以外の国は、日本よりもずっと早いペースで経済成長を実現してきたわけです。かつて世界1を争っていた国民一人当りのGDPでも、日本は今や中堅国に落ちそうなくらい、それだけ世界経済からは取り残されてきました。たしかに自動車産業だけに視野を狭めて判断するなら、トヨタは勝者です。このままGMがどん底まで落ち込めば、シェアを争う上では今まで以上に日本車が強くなることでしょう。しかし、もっと広い目で見たらどうなのでしょうか? トヨタを象徴とする日本経済は諸外国に立ち後れ気味、国民の暮らし向きはひたすら右肩下がり、財政も好転する兆しがない、これはむしろ、悪い例です。轍を踏むような愚は避けねばなりません。GM一社の経営を考える立場なら、引用元の論者の語るところは、たぶん的外れでもないのでしょう。ただし、社会や政治を視野に含めて考えるなら話は違ってくるのです。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (21)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

労働組合について、日頃から思っていたこと

2008-12-22 23:08:18 | 編集雑記

 昨今はクビキリが相継いでいるせいもあって、それに対抗すべく新たな労組の結成が伝えられることも多くなりました。まぁ、働く人が追い詰められたという前段階は好ましくありませんが、組合を作って自分達の権利を守ろうとする動きが、たとえ小さくとも出てきたことは希望でもあります。

 ところで、労組って何なのでしょう。個人では立場の弱い人が「自分を守る」ために寄り集まったのが労働組合だと、そう私は理解しています。現に今、新たに誕生している労組はまさしく「寄り集まって自分達を守る」ためにこそ結成されているわけです。私はそれでいいと思います。ただ、一般的な認識としてはどうなのでしょうね? 

 労働者が自分を守るために寄り集まったのが労組だと考えるなら、たぶん、そんなに労組に不満を感じることもないはずです。もうちょっと強く出るべきだ、経営側を甘やかすなと、そう思うことはあるかも知れませんが、かといって労組を否定するような発想に至ることもないでしょう。

 しかるに、労組に慈善団体のようなイメージを求めている人もいるような気がします。もっと利他的な、組合とは無関係な人でも助けてくれる、そんな役割を労組に期待している人も多いのではないでしょうか。こうなると、途端に労組が力不足に見えてきます。労働関係の法制度はまだしも、実際の運用となりますと雇用側が圧倒的に有利なのが実状ですから、労組は自分達を守ることすら難しい、非組合員の保護までは手が回らないのが普通です。そうなると非組合員から見た労組のイメージは、むしろ悪いものになるのかも知れません。「組合員を守ろうとするばかりで、私のことは守ってくれない!」と。

 まぁ「労組が守ってくれることを期待する」よりも、労組に入ることで自分を守るべきであり、そこで労組が門戸を閉ざすようなら労組は非難されるべきですが、ただ非組合員の保護まで労組に求めるのはどうかと思うわけです。それは労組の元来の役割ではありません。とはいえ、この「非組合員を守ってくれない労組」像を強調したがる人は、雇用側だけではなく労働側にも少なからずいます。なぜでしょうか?

 労組が非組合員を守れなかったなら(そもそも組合員すら守れない場合が多いわけですし)、それは労組の力不足、ぐらいにしか思わないわけです、私は。ところが、労組は守ってくれない!と、組合否定を説く被雇用者(あるいは、間違いなく社長ではないであろうブロガー等)もいます。こうした人は往々にして、左翼及び左派政党にも同様の態度を取るわけですが、自分達に劣悪な労働環境を強いる雇用主に対してではなく(政府与党に対してではなく)、「守ってくれない」労働組合への攻撃――というより、的外れな中傷――に走ります。

 こういう人たちはおそらく、労組(あるいは左派政党)に「母親」的な役割を求めているのでしょう。何か不都合なことが起ったとき、子供の不満はその不都合を巻き起こしている原因に対してよりも、むしろ「守ってくれない」母親に向かいます。自分で問題を解決しようとするよりも、母親に何とかしてもらうことを期待するのであり、そこで母親が助けてくれないことに怒りを感じるのです。そこで自分を冷遇する雇用主ではなく、「守ってくれない」労組を非難し、生きづらい社会を作った政府与党ではなく、「守ってくれない」左派を非難する、そうした陳腐な反サヨクの言説には事欠きませんが、そうした主張を繰り返している人々は、要するに子供と母親のモデルから抜け出せていないのだと思いますね。

 

 ←応援よろしくお願いします

コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする