非国民通信

ノーモア・コイズミ

拉致問題とかもそうですよね

2014-09-30 22:34:09 | 政治

福田元首相、中韓との歴史認識問題に「過去の話、きりがない」(産経新聞)

 福田康夫元首相は25日、都内で講演し、中国や韓国との歴史認識問題に関し「過去の話をいつまでしていてもきりがない。過去のことは多少時間をかけて静かに交渉していけばいい」と述べ、両国との関係改善を優先すべきだとの考えを示した。

 

 さて久々に福田「あなたとは違うんです」康夫元首相の登場です。世の政治家には不当に高くあるいは低く評価されている人は多く、また実態とはかけ離れたところで期待あるいは非難されている人もまた目立つように思いますが、このあなたとは違う元首相はどうでしょう。例えば民主党などは前原誠司を希少な例外として、党全体が左からは誤った期待を、右からは勘違い甚だしい罵倒を受けていたものですが、自民党の面々はそれに比べればマシと言えるでしょうか。記録的な低支持率を記録した森元総理などは実態と国民の理解が概ね一致した例と言えますが、小泉は正反対でしたね。そして福田は? 安倍のようには警戒もされていませんでしたけれど、実際にやったことは意外に……

 それはさておき、例えば北朝鮮に対して日本は拉致問題を絶えず持ち出してきたわけですが、そこで北朝鮮のトップが「過去の話をいつまでしていてもきりがない」と述べたら日本側はどう反応するのでしょう。過去の問題は解決済、ここからは未来志向で云々と、この辺は日本が言ってきたことであるのと同様に、日本が言われたことでもあります。自身が加害者として償うべき相手には「過去の話」と切って捨てるのに、いざ自分が被害者側になって「過去の話」「未来志向で」と退けられれば猛反発する、そういう態度は率直に言えば「みっともない」ですかね。

 実際のところ日本側が北朝鮮との拉致問題のように自らが被害者の立場にある案件をも「過去の話」と冷徹に扱ってきたのであれば、中国や韓国との戦後問題を福田元首相のように「過去の話」として軽視するのも筋は通るのかも知れません。しかるに、自分が相手を責める側に回ったときは決して相手を許そうとしない、無理難題を押し続けて問題の解決を拒む、北朝鮮に対してそうした外交姿勢を続けてきた日本が、いったいどの面下げて中国や韓国に対して「過去の話をいつまでしていてもきりがない」と言えるのか。その様な振る舞いはまさに盗人猛々しいと非難されても致し方ないでしょう。どうにも福田元総理は自国を客観的に見ることができるとは言いがたいものがあります。

 

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政治家になる人って

2014-09-28 11:27:45 | 政治

AV撮影した旅館を保養所に購入 渋谷区議が区長を提訴(朝日新聞)

 過去にアダルトビデオ(AV)の撮影に使われた旅館を保養所として、東京都渋谷区が購入したのは不適切だったとして、堀切稔仁区議が24日、桑原敏武区長らに対し、購入代金など約1億8千万円を区に賠償するよう求める住民訴訟を、東京地裁に起こした。

 訴状によると、区は4月、静岡県河津町の旅館を購入。だがこの旅館は2006年以降、少なくとも計11回、AVの撮影に使われていた。このため、区議側は「区民が安らぐ保養所にならない」と主張。撮影の過去や建物の老朽化を適切に評価せず不当に高い代金で購入したとして、「違法な支出にあたる」と訴えている。住民監査請求をしたが、棄却されたため提訴した。

 区によると、既存の保養所が人気で予約がなかなか取れないため、新たな保養所としてこの旅館を購入。AV撮影の過去は知らず、購入後に週刊誌の取材を受けて知ったという。今年度予算に、改修費などと合わせ約2億2800万円を計上。改修工事も終え、10月下旬にオープン予定という。提訴に対し、区は「区監査委員の判断が出ており、適法と考えている」とコメントした。

 

 ……という話ですが、旅館がAV撮影に使われていたなんて、よく分かりましたね。私もAVはそれなりに見ていますので例のプールぐらいだったら判別が付きますけれど、旅館を見てAVの撮影に使われていたかどうかなんて絶対に気づけません。今回の原告である堀切稔仁区議は相当なマニアなのでしょう、きっと。しかも「少なくとも計11回」云々と「たった一度の過ち」ではないことまで確認しているわけです。そこまで調べられるのには、率直に感心します。鶏鳴狗盗の故事が示すように、議員活動を続ける上でAVに精通していることでも役に立つ場面はあるのかも知れません。

 

渋谷区議:議員活動妨害と、区を提訴へ−−賠償を求め /東京(毎日新聞)

 議会事務局に議員としての活動を妨害され精神的苦痛を負ったとして、渋谷区の堀切稔仁(ねんじん)区議(無所属)は25日、区を相手に110万円の損害賠償を求める訴えを東京簡裁へ26日に起こすと明らかにした。

 訴状によると、堀切区議は今年6月と7月、他区の区政状況について議会事務局に調査を依頼したが「議長の了承が必要」などとして拒否された。今年10月には議会運営に関する文書を2回、議長に送付したものの返送され、議会事務局長から「議長に対する文書による質問、申し入れは一切認めない」と通告された。一連の対応により、議員としての活動に重大な支障が生じているとしている。

 堀切区議は記者会見で「他の議員の調査依頼には応じており、差別的な扱いを受けている。本来の職務ができない状態だ」と訴えた。議会事務局は「訴えている内容が分からないのでコメントできない」としている。【戸上文恵】

 

 この堀切稔仁氏とはどんな人物なのでしょうか。自分が住む自治体でもない地方議員ともなりますと知る術は多くないのですが、既に昨年も(上の記事は2013年11月26日付)全国紙に登場していたようです。今回は区長相手ですが前年は区を相手に裁判を起こしていたとのこと、議会事務局は「訴えている内容が分からないのでコメントできない」としていることが伝えられています。この記事だけでは議会における堀切氏の扱いが不当なものであったのか妥当なものであったのかを判断する材料が不足しており、毎日新聞の取材不足としか言いようがありませんけれど、実際のところはどうだったのか気になるところです。

Amazon.co.jp: 堀切稔仁さんのプロフィール (←本人かどうかは不明)

 なお本人は自身のHPにて「完全無所属」を標榜しており(渋谷区議会での表記は普通の「無所属」)、地雷臭を漂わせています。こういう無所属を看板に掲げる議員は100%ハズレというのが私の経験則なのですが、どうなのでしょう。自分を不偏不党と強く信じて自らの偏りに無自覚な人ほど、無所属を強調したがるものです。どうにも一部の個人ブログからは全面的に支持されている一方、区議会側からはマトモに相手にされていない人のようにも見受けられるところ、本人のHPにて今回の訴状を公開(真贋は不明)していますけれど、まぁ性産業への穢れ意識みたいなのがプンプン漂っていて、嫌な感じですね。

 少し前には兵庫の号泣議員が話題にもなりました。小佐古敏荘以来の見苦しさと支離滅裂さを披露してくれたものですが、そういう精神的にちょっと危ない人でも行政の結構な地位に就けてしまうのはどうなのかと思ったものです。まぁ、逆に「ちょっとおかしい」ぐらいの人ではないと政治家にはなれないものなのかも知れません。とかく議員報酬が高すぎる云々と騒ぎ立てる人も目立ちますけれど、労力に見合うほどなのでしょうか。金が目当てだったら、もう少し楽して稼げる方法はありそうなものです。そこを敢えて政治家になる道を選ぶのは、合理性よりも先に立つ何かがあったからではないのかな、と。

 良くも悪くも、政治家は世間の注目を集める仕事です。私はその辺の大臣なんかよりもマトモな政策を決められる自信はありますけれど、しかし政治家としての生活に耐えられる自信はありません。絶えず衆目に晒され、タチの悪い週刊誌やネット上の自称評論家、玉石混淆の市民団体にあることないこと書き立てられ追い回される人生を選ぶ、その精神的なタフさは私では逆立ちしたって敵うものではないですから。政治家として生きて行くには、何があろうとも悪いのは他人だと思える強い心や何にでも噛みつく狂犬のような闘志がないと無理でしょう。私のような小市民には、とうてい務まる世界ではありません。

 ちなみに冒頭のAV撮影が云々の件に戻りますと、利用者として見込まれる東京の人間は(よほどのAVマニア以外)撮影現場と気づかないはずですし、それが撮影現場と判別できるほどの好き者がAV撮影を理由に敬遠するとも考えにくいわけで、いずれにせよ保養所としての利用に支障はないと判断できます。ことによると地元の町民であればAV撮影を知っているかも知れませんが、渋谷区の保養所として買収されてしまえば撮影には使えなくなる、地元でAV撮影が行われるのを嫌がっている人であれば歓迎すべきこととも言えます。いずれにせよ、撮影の過去を理由にダメ出しをするのが適当とは思えません。

 

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やらせる側からは人気

2014-09-25 22:57:42 | 社会

組み体操で事故多発…「人間ピラミッド」高層化(読売新聞)

 運動会で人気のある人間ピラミッドなど組み体操の小学校での事故が2012年度、6533件に上ったことが日本スポーツ振興センター(東京)の統計で分かった。

 後遺症が残る事故も12年度までの10年間で20件発生。人間ピラミッドは近年、高層化しており、分析した名古屋大の内田良准教授(教育社会学)は「他の種目に比べて深刻な事故も多く、徹底した安全対策が必要だ」と指摘している。

 同センターは学校での事故の医療費給付事業を行っており、事故件数が増加しているとの情報を受けて集計を開始。その結果、11年度は5976件、12年度は6533件(部活動を除く)だった。内田准教授が種目別で調べたところ、跳び箱、バスケットボールに続く3番目で、上位10種目のうち組み体操だけが学習指導要領にある体育授業で扱う種目ではなかった。

 近年は一部で高層化し、小学校で9段、中学校で11段と建物の2、3階に相当する高さに挑戦する学校もあるという。支える子どもへの負荷を計算したところ、11段の場合は最大で4・2人分を1人で支えていることも分かった。

 

 学校での運動に関わる事故というと柔道とラグビーがツートップなわけですが、まぁ必修化の対象になっている方は輪をかけて懸念されるところでしょうか。そして今回の「組み体操」でも事故は結構、多いようです。私の小学校時代にも、人間ピラミッドの下敷きになって複雑骨折を負った人がいました。マスゲームを中断させられた教師達は大激怒、泣き叫ぶ負傷者を囲んで怒鳴りつける姿をよく覚えています。まぁ、学校教師にとって大切なのは児童ではなく行事を成功させることの方ですからね。

 「運動会で人気のある人間ピラミッドなど」との文面で報道は始まりますが、「人気のある」とは何なのでしょう。生徒から人気があるのか、それとも保護者から人気があるのか、あるいは教育行政に介入する政治家達から人気があるのか、学校教員から人気があるのか――単純に「人気のある」とだけ伝えるのは一面的と思われます。むしろ、それを強いられる側などの立場も慮られてしかるべきではないでしょうか。果たして人間ピラミッドは児童から人気があるのか、歓迎されているのか、そこは問われるべきもののはずです。

 総じて「子供を守れ」「子供のために」「子供を大切にしろ」と叫ぶ人ほど、その実は子供の自己決定権を蔑ろにする傾向が見受けられます。結局は子供を盾にして自分の立場を押し通そうとする、子供の口から自分の主張を代弁させたがる人ばかり、そういう大人の列に学校教員は大いに連なるものなのかも知れません。あたかも児童の教育に熱心な風を装って、実際は自分の思い通りに子供をコントロールしたがっているだけ、そうした欲望の発露が日本の運動会に特徴的なマスゲームであり、危険な組み体操にも繋がっているのではないでしょうか。

 人間ピラミッドに組み込まれてしまえば、危ないと思っても逃げ場はありません。個人の判断による離脱を許さず潰されていくことを強いる日本の学校教育の精神を見事に体現しています。日本における「右」の人々は、とかく学校のセンセエ方を嫌っているようですけれど、その行動原理はどう映っているのでしょうか。小中学校教育こそ、日本の戦前の空気を受け継いでいる気がしないでもありません。運動会におけるマスゲーム、今回のような教員達の自己満足でしかない人間ピラミッドみたいなのは、まさに狂気の沙汰として左右双方から袋叩きに遭っても良さそうな気がするのですが。

 

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女性の活躍する社会

2014-09-23 18:09:37 | 社会

イスラム国目指す女性続出=欧米から、戦闘員の婚約者も(時事通信)

 【エルサレム時事】イスラム教スンニ派の過激組織「イスラム国」に参加するため、欧米諸国からイスラム教徒の若い女性が続々とシリアへ渡っている。勧誘されたりネット上で自ら志願したりして、イスラム国の戦闘員の「婚約者」や「ジハーディスト(聖戦主義者)」となっているもようだ。

 イスラム国のシャリア(イスラム法)の解釈では、女性は前線で戦えないが、自爆攻撃は許されている。また、戦闘員と性的関係を持つことも「性のジハード(聖戦)」として奨励している。

 イスラム国に加わる女性が特に多いのは、英国とフランスだ。英紙デーリー・テレグラフによると、イスラム国が本拠地を置くシリア北部ラッカでは、女性部隊「アル・ハンサ」が結成され、「シャリア警察」として活動している。女性の服装に関する取り締まりなどが任務で、主に英国人とフランス人の女性で構成されているという。

 

北が女性にも徴兵制、食糧難で兵力枯渇? 韓国紙報道(産経新聞)

 【ソウル=藤本欣也】韓国紙、東亜日報は20日、北朝鮮が今月中旬、兵力不足を補うため、来春から17歳の女性を対象に7年間の兵役義務を課すことを決定したと報じた。男性も現行10年の徴兵期間が11年に延長される。北朝鮮が近く発表予定の改正「軍事服務法」に盛り込まれるという。

 同紙によると、北朝鮮は当初、男性の兵役期間を13年にしようとしたが、1990年代に延長措置で失敗した前例があり、女性にも徴兵制を導入することにした。軍における女性兵士の比率は現行の22%から40%に急増する見込みという。

 兵力不足の背景には、90年代に深刻化した食糧難の影響がある。当時、出生した男児が最近、兵役に就く年代に育っているが、同世代の出生率が極めて低い上に栄養失調で除隊する者も多く、現在の120万人の兵力を維持するのが困難になっているという。

 

 ……さて、世界各国で女性の活躍が目立つようです。安倍総理も国際社会から向けられる日本への懸念などどこ吹く風とばかりに女性の活躍できる社会を云々と口では語っているわけですけれど、その行き着く先はどうなるのでしょうか。欧米からはイスラム国に加わって現地女性の抑圧のために積極的に活動する人もいる、北朝鮮では武器を手に取る女性も増えるであろうことが伝えられています。権力の上の方に目を向けてもサッチャーなど災厄としか言いようのない政治家もいますし、メルケルなんかもお世辞にも褒められた類ではないでしょう。一口に女性の活躍と言っても、まぁ様々ですよね。

 

女性はなぜ管理職になりたがらないのか 地位や権力にはひかれない(SankeiBiz)

 それは女性にとって「今の管理職」があまりに魅力やメリットがないからです。

 「下手したら残業代がなくなる分、給与も低くなり、責任は重くなり、残業は増える」わけです。女性は現実的な動物なので「地位」や「権力」にはひかれません。

(中略)

 「アンケートをとると、6割の女性がワークライフバランスを保つことができる仕事なら、転職して給与が下がってもいいと回答しています」

 

 時に差別的理由から兵役の対象から外れている人々もいまして、そうした人々が軍務に服する権利を求めて平等を訴えるなんてケースもあったりします。そんな権利なんて向こうから金を積まれたってお断りだと私は言いたいですけれど、まぁ平等や権利に対する考え方には幅が広いようです。そして「仕事」に関してはどうなのでしょう。上記の引用もまた酷い女性観だなと思いますが、一方で的を射ている部分もありそうです。実際のところ出世したがらない男性も昨今は多いわけで、それは要するに昇進しても責任を負わされるばかりで得るものは少ない、対価に見合わないものを押しつけられるだけと感じている人が多いからです。果たして出世は権利なのかどうか……

 在職中でも求人・転職サイトに登録していると色々な案内が来るものです。そしてこの頃目立つのは「主婦向け」の求人だったりします。曰く「扶養内で働けます!」云々。結局のところ女性には家事・育児負担を押しつけられやすいこともあって男性以上にワークライフバランス志向も強く、家計を支えるのは男性の役目という意識への便乗も相俟って「給与が下がってもいい」みたいな感覚が生まれやすい、そこに企業がつけ込む形で「安価な労働力」を確保すべく「ワークライフバランスは保てるけれど、給料は格安」の求人を連発しているのが実態ではないでしょうか。そうやって「働く女性」が増えた先が「女性が活躍する社会」であるのかどうか、まぁ色々と考えて欲しいと思います。

 ヨーロッパのサッカーを対象にした研究によると、クラブの成績は概ね年俸に比例するそうです。ただし過去には、有色人種の多いチームは年俸による序列を覆して上位に食い込むこともあったのだとか。黒人選手は白人選手に比べて給与を低く抑え込まれていたため、総じて肌の色の黒いチームほど年俸以上のパフォーマンスを見せていたわけですね。一方で高度に商業化が進んだ現在、スタジアムでの差別行為の存在を尻目に選手の給与や移籍金の面で人種による差はまったくと言って良いほど見られなくなってもいます。好成績を残せる選手でさえあれば、肌の色は気にされなくなったのでしょうか。

 黒人選手が活躍したからヨーロッパのサッカーは商業的に大きく成功した――と考えるのは、幾分か行き過ぎであるように思います。むしろ逆で、商業化が進んで選手獲得競争が激化していったからこそ、肌の色で人を選別している場合ではなくなった、その結果として白人も黒人も同列の市場価値を持つようになった側面の方が強いはずです。経済における女性の場合も然り、女性が活躍すれば経済が発展するみたいな説も大仰に掲げられていますけれど、私は順序が逆だと思います。経済が発展して人材獲得競争が過熱することによってこそ、性別を問わない人選が始まり、結果的に女性も活躍するようになる、と。不況で人が余っていれば、企業は偏った層からでも必要な人材を調達できるものですし、実際にそうしてきました。それを覆すために最も有効なのは経済成長に他なりませんが、結果はいかに。

 

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遠い世界の話

2014-09-21 12:39:47 | 政治

「沖縄の独立運動」紹介 英紙ガーディアン(沖縄タイムス)

 英北部スコットランドの独立を問う住民投票を前に、英紙ガーディアン(電子版)は15日、沖縄の基地被害と独立の動きを紹介する記事を掲載した。「スコットランドに比べ沖縄の独立運動は小規模だが、新基地建設計画と県民の怒りに後押しされている」と記した。

 現地を訪れている琉球民族独立総合研究学会共同代表の友知政樹沖縄国際大教授が「住民投票で独立賛成が多数だった場合、英国や国際社会がどう反応するかに関心がある。沖縄や世界中の人々と同様に、スコットランドの人々には独立や自らの将来を決定する権利がある」とコメントした。

 記事はさらに沖縄戦から続く米軍基地の集中からオスプレイ配備、名護市辺野古の新基地建設問題まで、不平等な状況を解説。かつて琉球王国だったことにも触れた。

 県民の声として「東京の政治家は私たちの願いを数十年にわたって無視してきた」「独立したら経済的にも軍事的にも成り立たない。生き残るためには、日本の一部が一番」などの意見を紹介した。

 取材を受けた友知教授は本紙に対し「掲載後、日本やスペインのメディアから取材依頼があった。16日に来て以来、連日のように住民投票が報じられており、賛成、反対にかかわらず多くの人から話を聞きたい」と話した。

 

 さて先日はスコットランドの独立投票がありまして、一時は独立賛成派が優勢となるも独立の実現を前に躊躇した人も多かったのか結局は独立反対が多数派として盛り返す結果となったわけです。分離独立派の背後にアメリカが付いているとか、独立がロシアの勢力を弱めることに繋がるとかあれば国際的な後押しも強かったのではないかと思われるところですが、概ねニュートラルな状態で独立を問われた結果としては「自治権の拡大を引き出した」ぐらいに落ち着いたと言えます。

 スコットランドの他にもスペインのカタルーニャ州など古くから独立運動の盛んな地域もありまして、場合によっては「飛び火」も予想されたようですけれど、その辺の反応はどうなるのでしょうか。そして日本でも、沖縄は所謂「本土」とは異なる反応が見られるようです。古くは日本でも蝦夷地に独立政府を興そうなんて企てた人々もいたりしたものですが、戦後に根付いた単一民族神話も相俟ってか奇妙なまでに高い国家への帰属意識が全国に行き渡っているのが日本の現状です。スペイン人である前にカタルーニャ陣である、イギリス人である前にスコットランド人である――そうした意識は沖縄の外では見られないことでしょう。

 逆に自治権の拡大を求める声は日本でこそ強いものがあったりもしますよね。しかるに、自治を要求する政治指導者の多くは日の丸を掲げて忠誠を誓わせ、国歌を歌うかどうかを監視する体制を築き上げていたりするのですから、まぁヨソの国から見れば大いに不可思議な世界なのかも知れません。スコットランドの自治強化を訴える人がユニオンジャックを掲げ、住民にGod Save the Queenを歌うことを強要するシーンというのは私には全く想像できないのですけれど、日本ではむしろ普通だったりします。孤高のガラパゴス列島では世界の常識は通用しないわけです。

 国民の切り捨てには乗り気なのに、領土が削られようとすると神経質になる、そういうタイプの論者も多いと思います。高齢者や障害者、低所得者や社会保障受給者の処遇には冷淡である反面、不毛の地であろうと領土を守ろうという段になれば熱烈な反応を示す人は少なくありません。かつてチェコスロバキアだった国では、経済的に優位なチェコが「弱い地域」であったスロバキアを切り捨てるなんて事態もありましたが、日本ではあり得ない話なのでしょう。沖縄も独立なんて夢のまた夢、自治の拡大ですら次元の違う話という状態が続きそうです。

 

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街を歩いてるバカどもと変わるもんか

2014-09-18 23:14:08 | 社会

全盲女子生徒傷害:44歳男を任意捜査 埼玉県警(毎日新聞)

 埼玉県川越市のJR川越駅で8日、同市の県立盲学校「塙保己一(はなわほきいち)学園」(荒井宏昌校長)の高等部専攻科に通う全盲の女子生徒が足を蹴られ全治3週間のけがをした傷害事件で、同県警は12日、同県狭山市の男(44)を容疑者と特定し、任意捜査を開始したと発表した。男には知的障害があり、刑事責任を問えるかどうかも含め慎重に調べている。

 県警捜査1課によると、複数の目撃情報などから男が浮上。受け答えが困難なため、明確な供述は得られていないという。男は同市内の施設に住み込んで軽作業に取り組んでいる。

 容疑者の特定について、荒井校長は「まずは安心した。学園内外で啓発活動を続け、視覚障害者が安心して歩ける社会になるよう努めたい」と話した。女子生徒も校長に「とにかくほっとしている」と話したという。【川畑さおり、大島英吾】

 

 容疑者が特定されただけで犯人と断定されたわけでもないのかも知れませんが、上述のような人物が捜査線上に浮き上がってきたわけです。先般の盲導犬が刺されるという一件に続いて今回の全盲の学生が蹴り飛ばされた件で拳を高く振り上げていた人もいたものですけれど、その先はどうなるのでしょう。毎日新聞報道に寄れば被害者は「とにかくほっとしている」と話したとのこと、この被害者が容疑者もまた健常者との括りには入れられない人間であることを知っての上での発言なのかどうか興味がないでもありません。

 

 良くも悪くも差はないと言えるものは多いと思います。先日は女性議員も男性議員に無能さの点で劣るところはないと書きました。為政者としての能力に男性も女性も差はないですから――女性政治家もまた男性政治家と同様に愚かな決定を下すであろう、と。そして障害者とカテゴライズされる人と、いわゆる健常者の場合も同様です。障害者だって健常者と同様、被害者にもなれば加害者になる、そういうものなのではないでしょうか。まぁ、どこまで男性と女性、障害者と健常者を同等に扱って良いものなのか、平等に扱うべき場面と配慮が求められるべき場面、両方ありますよね。

 近年は「大人の発達障害」という、新たな「障害」もまた認識されるようになりました。結局のところ、「障害」かどうかの基準は属する社会の要求によって変わるところも多いわけです。学生生活を送る上では何の問題もなかった人が、就職して会社で働くようになると「障害」が見つかるのは典型的と言えます。現代の会社における「当たり前」に対応できなければそれも障害になる、日本経済が再び不況に逆戻りして「働かせる側」が強くなって、その要求がエスカレートし続ければ、いずれは「ちょっと鈍くさい人」「ちょっと気の利かない人」でも障害持ちということになるのかも知れません。人間はエラ呼吸できなくても障害者とは呼ばれませんが、もしもエラ呼吸できる人が多数派で社会が水中で生活できることを前提に作られていたらエラ呼吸できない人が障害者になる、そういうものです。

 

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気にするべきはそこじゃない、と思った

2014-09-16 23:06:17 | 社会

「妊婦マーク」男性6割知らず=育児支援策、認知度低く(時事通信)

 内閣府が13日に発表した「母子保健に関する世論調査」によると、妊婦が身に付けて周囲に知らせる「マタニティマーク」を男性の6割近くが知らないことが分かった。ダイヤル「#8000」でつながる小児救急電話相談の存在を知っている人も1割にとどまった。少子化解消への取り組みが急務となる中、育児支援策が十分に浸透していない実態が浮き彫りとなった。

 同種の調査は今回が初めて。今年7月、全国の成年男女3000人を対象に面接方式で行われた。有効回収率は62.3%。

 公共交通機関などで妊婦への配慮を促すために導入されたマタニティマークについて、言葉だけも含め「知っている」と答えたのは、女性63.8%に対し、男性は41.4%。60歳以上は男女でも半数に満たなかった。

 

 ……という報道がありました。先日は朝日新聞の吉田「調書」報道に関して見出しを使った悪質なミスリーディングであると書きましたが、しばしば記事の中身以上に見出しの記述が印象を左右してしまうこともあるように思います。見出しの付け方にはセンスと共に誤解を生まない誠実さが求められるところ、この辺は私も苦慮することが多いのですけれど、今回の記事はどうでしょうね。率直に言えば、「大事なのはそこ?」という印象がないでもありません。

 問題のマタニティーマークは、これです。私などは結構、見る機会が多いのですが恥ずかしながら呼び名は初めて知りました。アンケート回答者の場合はどうなのでしょうか。見たことはあるけれど、マタニティーマークという名称までは知らなかった、「マタニティーマーク」という言葉を聞いて街中で目にしたあのマークのことであると分かった人が少なかっただけではないかという気もします。面接方式云々と伝えられていますが、果たして調査対象者にどんな尋ね方をしたのやら。実際に上のマークを見せて「このマークを見たことがありますか?」と聞いたなら、結果は随分と異なったのではないかと思われます。

 そしてこのマーク、読者の皆様がご存じであったかどうかはさておき、意味はおわかりでしょうか。マタニティーマークと言われてピンと来ない人でも、見ればだいたい何を示しているかは分かるような気がします。そして大事なのは、そっちの方です。言葉を知っているかどうかではなく、このマークと付けている人を見て、その意味するところを理解できるのかどうか、調査されることに意味があるとすれば後者の方ですよね?

 なおマタニティーマークを「知っている」と答えたのは、女性63.8%に対し、男性は41.4%。しかし60歳以上は男女でも半数に満たなかったとのこと。60歳未満では男女で認知度の差があるけれど、60歳以上では報道されるほど大きな差はなかったのでしょうか。そうは言っても、60歳以上の人にマタニティーマークを見せて、「これがどういうことか分かりますか?」と尋ねれば、大半の人は正答できるように思います。このマークを見て何のことか分からない人が多いとなれば問題ですけれど(そうであればデザインが悪いと反省されるべきでもあります)、「見れば意味するところは分かる」のなら、その名称が知られているかどうかは、あまり大事ではないはずです。

 

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過失でないことは確かだ

2014-09-14 11:14:14 | 社会

 新聞(web掲載分含む)報道では当たり前のように「菅氏」という見出しが飛び交っているわけですが、これでは菅氏のことなのかそれとも菅氏のことなのか分かりません。テレビのニュースなど音声を伴う放送でも字幕上は区別が付けられるようにした方が親切なのではないかと思いますね。現・官房長官の方は「菅(官)」とか書けば良さそうです。元首相の方は――「菅(邪)」とか「菅(馬)」「菅(無)」なんてのはどうでしょうか。まぁ紛らわしい一致とはたまにあるもので、昨今では朝日新聞の吉田調書報道と吉田証言報道が話題を呼んでいます。ふむ……

 

吉田調書「命令違反で撤退」記事取り消します 朝日新聞(朝日新聞)

 朝日新聞社は、政府が非公開としていた「吉田調書」を独自に入手し、5月20日付1面などで「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福島第一原発にいた東電社員らの9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」と報じました。

 しかし、社内で精査した結果、「命令違反で撤退」という記述と見出しは裏付けがない、と判断しました。多くの所員らが吉田所長の命令を知りながら第一原発から逃げ出したような印象を与える間違った記事でした。

 

 この吉田調書、当初は聴取対象であった吉田所長の意向で非公開とされていたものですが、合法か非合法化はさておき独自に入手したと称する朝日新聞の恣意的なトリミング報道によって俄に注目を浴びることになりました。朝日新聞的には非公開文書を「自分たちだけが」手に入れているからには好き勝手に報道できるとの思惑があったのでしょう。しかるに紆余曲折を経て調書は公開へと向かい、朝日新聞の偏向報道ぶりは隠せない事態に陥ったと言えます。

 どうにも「誤報」扱いされているようですけれど、これは誤報とは違うようにも思います。誤報というとどうにも「過失」みたいなニュアンスを感じさせますが、朝日新聞の吉田調書報道は誤報ではなく悪意あるミスリーディングの結果ではないでしょうか。そもそも当時の報道において断片的に切り貼りされた吉田調書の内容を見ても、朝日新聞が主張するように東京電力社員が「命令違反で撤退」したものと読むには、かなり無理があったはずです。それでも朝日新聞は「命令違反で撤退」と大きく見出しに掲げることで、読者に誤った印象を与えようと努めたと言えます。それを過失のように扱ってはいけないでしょう。

 まぁ、この手の偏向報道やミスリーディングは、他のメディアでも普通に見られることです。朝日新聞だけが特別でもありませんし、朝日新聞に限っても吉田調書及び吉田証言関係以外でも問題のある報道は山のようにあります。新聞社による断定ではなく取材対象者の言葉と逃げ道を作りつつ、事実とは異なることが何の注釈も裏取りももないままに垂れ流されるのは至って日常の風景、これを一つ一つ誤報だと認めていたら日本のメディアの一面は毎日が謝罪記事で埋まってしまうことでしょう。戦前の日本軍と似たようなことを他国もやっていたのだから日本が責められるのはおかしいと、そう主張する人も多いですが、朝日新聞と同じようなことはヨソの新聞社もやっているわけですから、朝日新聞が咎められるのはおかしいのかも知れません。

 もう一つの話題は吉田証言を巡る報道の方です。もっとも吉田証言に基づく朝日新聞報道で従軍慰安婦問題の認識が作られたと考えているマヌケは日本国内に限られているようで、対外的な影響は小さそうです。むしろこの吉田証言に関しては他紙の報道に、朝日新聞の吉田「調書」報道を思わせるものがある気がしますね。朝日新聞は吉田調書報道で調書を都合良く切り貼りして自分たちに実態とは異なる印象を読者に与えるよう企てたわけですが、吉田「証言」報道の場合、証言の誤りを認めたとされる朝日新聞記事の中身をマトモに伝えている他紙の報道は皆無です。朝日新聞報道が吉田調書を都合良くトリミングしたように、他紙は朝日新聞の吉田証言「誤りでした」報道をこれまた都合良くトリミングして報道している、吉田証言と一緒に従軍慰安婦問題までをもなかったことにしようとミスリーディングしていると言えます。

 

大きな間違い犯した…古舘氏、川内原発報道謝罪(読売新聞)

 テレビ朝日は、12日のニュース番組「報道ステーション」で、10日に同番組で報じた九州電力川内原子力発電所(鹿児島県)の安全審査の審査書決定に関するニュースについて、事実誤認などがあったとして謝罪した。

 原子力規制委員会事務局の原子力規制庁が、ニュースの訂正と謝罪をテレビ朝日に求めていた。

 規制庁によると、火山の審査基準の修正を検討することは現時点で予定していないのに、10日の番組では「今後修正することも検討している」と報じた。10日の記者会見でのやり取りが大幅に割愛され、規制委の田中俊一委員長の発言姿勢について視聴者に誤解を与える点があったという。

 古舘伊知郎キャスターは番組で「大きな間違いを犯しました。田中委員長をはじめ関係者の方々、テレビをご覧の皆様におわび申し上げます」と謝罪した。

 

 悪質な報道は多いです。これなんかも「間違い」ではなく、意図的に歪曲した報道ですよね。断じて過失ではありません。もっとも、結局のところはニーズがあるから成り立っている、繰り返されているところもあるように思います。「お客様」重視の結果として、事実をそのままに伝えるのではなく、顧客が欲しがっている形に歪めて報道するのが常態化しているのではないでしょうか。新聞やテレビの不要論を偉そうに語る人も主張の大元としては新聞やテレビが取材した情報に端を発しているわけで、決してマスメディアの役割が不必要になることはないでしょうけれど、それを「受け止める側」はもう少し賢くならなければならないと言えます。報道の偏り、ミスリーディングに惑わされずに事実だけを拾っていかなければいけません。まぁ、メディアリテラシー云々と声高に叫ぶ人ほど、実際のところは「自分好みの」偏向報道をしてくれるところを選り好みしているものですが。

 

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女性からは少しだけ期待されている模様

2014-09-11 23:27:06 | 政治

内閣支持率47%に上昇 朝日世論調査(朝日新聞)

 朝日新聞社が6、7日に実施した全国世論調査(電話)で、安倍内閣の支持率が47%(前回8月調査42%)に上昇した。特に女性の支持率の回復ぶりが際立った。3日の内閣改造で女性閣僚を過去最多に並ぶ5人に増やしたことについては「評価する」が55%で、「評価しない」の28%を大きく上回った。

(中略)

 一方、女性5閣僚の起用を「評価する」女性は59%で、男性の51%より多かった。このことが、女性の内閣支持率を押し上げたとみられる。

 首相の女性活用政策が、女性にとって働きやすい社会の「実現につながる」は40%(同38%)、「そうは思わない」は42%(同44%)と二分されたが、男性で「つながる」と答えた人が36%(同37%)とほぼ横ばいだったのに対し、女性は44%(同38%)と増えた。

 

 随分と久しぶりに、女性閣僚の数が取り沙汰されている印象がありますね。かつての自民党政権時代には女性閣僚の少なさを問題視していた人も、同様に女性閣僚の起用に消極的だった民主党政権時代には沈黙していたように思いますが、今回の内閣改造はどうなのでしょう。5人で過去最多というのもなんと言いますか微妙な話ですけれど、どのみち女性政治家だって男性政治家に無能さの面で劣るところは何もないわけです。閣僚の性別が男性であろうが女性であろうが、あまり関係ない気がしないでもありません。

 例えば労組の支援を受ける政党が(実際に政権を取ったときに)組合員にとって好ましい政策を採ったかと言えば、結果はむしろ逆であったりもしました。支持層の利害を代弁するクラシックな政治家も滅んではいないのかも知れませんが、現代は利益を誘導「しない」ことを誇るタイプが政治家の主流です。女性議員だからと言って女性贔屓、女性のための政策を訴えるとは限りません。そもそも閣僚起用された顔ぶれの日頃の主張はどうなのでしょう、その考え方は男女平等に近いのか、それとも旧来の男性的な価値観に同化しているタイプなのか、往々にして男性社会で偉くなるのは後者の女性だったりします。

 それでもまぁ、世論調査によると女性からの内閣支持率が上昇したそうです。思いのほか、新内閣に期待している女性もいるのでしょう。そして女性にとって働きやすい社会の「実現につながる」との回答も女性では前回調査時の38%から44%へと増えたことが伝えられています。男性からの評価は誤差と言える範囲の変化しか見られないのに対し、女性からの評価は大幅とは言えないながらも確実に上昇しているわけです。ふむ、高市早苗や山谷えりりん、有村治子辺りの理想とする社会が女性にとって働きやすいのかどうか、私の判断は保留させていただきます。

 そもそも「女性にとって働きやすい社会」とは、いったいどういうものなのでしょうか。この頃は「主婦向けの求人」が盛んに出ていますけれど、この辺の需要が労使共に数としては最も多いのかも知れませんね。自分の稼ぎで生活が成り立つレベルの賃金を求めている女性と、あくまで家計の補助としてほどほどに働きたい女性、切実さは前者にあるように思いますが、頭数として多いのは後者の方と言えます。そういう人をターゲットにした求人であれば、政治が介入せずとも企業が率先して作り出してくれることが予測されますし、それで多数派からの支持が得られることもありそうです。

 

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説得力に乏しい

2014-09-09 23:20:22 | 文芸欄

電子書籍より紙の本で読んだほうが、内容をよく記憶できる:研究結果(ライフハッカー[日本版])

Inc.:デジタル化の流れは、森林にとっては良いことでしょう。しかし、記憶にとっては悪いことのようです。最近の研究によると、電子書籍で本を読んだ人は、紙の本で読んだ人に比べて、内容を記憶している度合いが著しく低いことがわかりました。

ノルウェイのスタヴァンゲル大学の研究者、アン・マンゲン(Anne Mangen)氏の新しい研究では、50人の被験者に28ページの短編小説を読んでもらい、後から重要なシーンをどれくらい思いだせるかをテストしました。このとき、被験者の半分はKindleで、残りの半分はペーパーバックで読んでもらいました。

登場人物や設定を思い出すことに関しては、どちらのグループも同程度の成績だったと、ガーディアン紙が報告しています。ところが、物語のプロットを再構築するよう頼んだところ、大きな違いが見られました。電子書籍で読んだ人は、14のストーリーイベントを正しい順番に並べるテストにおいて、著しく悪い成績を示しました。

マンゲン氏は、先月イタリアで開かれたカンファレンスにおいて、研究発表を行い、この結果についての推論を話しています。

「物語の進行に合わせて紙をめくっていくという作業が、一種の感覚的な補助となります。すなわち、触覚が、視覚をサポートするのです」とマンゲン氏。「おそらくこのことが、読書の進捗度合いと、物語の進行度合いを、よりはっきりと印象付けるのでしょう」

 

 ……という研究発表をした人がいたそうですが、信憑性はどれほどのものなのでしょうね。曰く「物語の進行に合わせて紙をめくっていくという作業が、一種の感覚的な補助となります。すなわち、触覚が、視覚をサポートするのです」とのこと。むしろ私なんかは、そういう理由付けを聞くと逆に疑わしく思えてしまうのですけれど、読者の皆様は納得されるでしょうか? 電子書籍端末でも紙の本とは違うにせよ「ページをめくる」という動作は存在します。電子書籍でも進行に合わせて指先を動かさなければならないわけで、それもまた「一種の感覚的な補助」には違いないはずです。

 どちらかと言えば、電子書籍の場合は「自分の読んでいる位置が分かりにくい」ことが問題になるような気がします。紙の本の場合、読み終えたページと未読のページの厚みで、自分が読んでいるのが後半部なのか前半部なのか、大まかな地理を把握しているものですが、電子書籍だとその辺が微妙です。故に、物語の進捗と実際に読んでいる章の関連づけが甘くなる等々。もっとも「読み終えるまで○○分」とか「全体の○○%」とか、そういうガイドラインを読者が意識していれば話は別になりますけれど。

 より大きいのは、電子書籍は紙の本のようにはつまみ食いできない、ということですかね。紙の本ならパラパラと簡単に好きなページをめくることができる一方、電子書籍ではその辺が難しいように思います。画面下のスライダーをいじれば「飛ぶ」ことは可能ですが、なかなか紙の本と違って狙い通りのページを探すことができないと感じる人が多いのではないでしょうか。紙の本ならば、ちょっとページをさかのぼって前章のエピソードを確認するのは簡単です。そしてページに指を挟んで、別のページを読み返しながら次の章を読み進めていけば、話の繋がりを把握するのは容易になるものです。しかし電子書籍の場合は、この辺が上手く行かない、ひたすら1ページずつ読み進めていくことになってしまいがち、それがストーリーイベントの順序を正しく記憶できない結果にも繋がっているのかも知れません。

 もっともこの辺は、電子書籍端末(というよりソフトウェア)の操作性の向上で将来的にはカバーできそうにも思えます。もう少し直感的に、ページをまとめてめくる、章をさかのぼるような操作が可能になれば、紙の本との差異は減るのではないでしょうか。あるいは、電子書籍ならではの付加価値が付け加わることで逆に紙の本に対する優位が生まれてくる可能性だってあります。今でもkindle端末なら辞書機能との連動なんかがありまして、重たい辞書など持ち運べないような環境でも簡単に作中の不明な語句を調べることができたりと、紙の本にはない利便性がないでもありませんし。

 まぁ私の場合、電子書籍の利用は専ら収蔵スペースの問題が大きいと言いますか、紙の本を買っても置き場所がない、そもそも本棚を増設するスペースがない、本や本棚を買う金はあっても無理なく本棚を増設できるだけの広い部屋に移り住む金はない、本を買えば買うほど汚部屋化に拍車がかかるとあって、この頃は電子書籍化されているものは電子書籍で済ませるようにしています。そもそも日本の国会図書館でも収蔵スペースの問題は深刻、出版不況なのに出版点数は増えるばかりで建物を増設してもすぐに追いつかなくなる有様です。電子化はまぁ、好むと好まざるとに関わらず不可避なのでしょう。

 ちなみにヨタ話になりますが、ソ連時代の書籍には時々「途中で紙が変わっている」ものがありました。本の半ばまでには普通の白い紙が使われているのに、何故か途中から――章の分かれ目でも何でもないところから――茶色っぽく質の悪い紙に変わっていたりしたものです。他の国でも似たようなことはあるのでしょうか。もしかすると社会主義リアリズムの思想の元では「印刷されている中身が重要なのであって、紙の質などどうでも良い」ということだったのかも知れません。紙の書籍を好む人の中には実物としての本の質感を称揚する人も多いですけれど、ソヴェト体制下では生きられませんね。

 

さらに、プリンストン大学の今年はじめの研究で、手書きでノートをとった人は、キーボードでノートをとった人に比べて、長期的によく記憶していることがわかりました。マンゲン氏らはこれから、デジタル化が認知機能にもたらす影響を調べ、効果的な学習方法を探る予定だそうです。

この研究が進むまで、社員に重要な情報を知らせるときは、メールするだけでなく、紙に印刷して渡すほうがよいかもしれませんね。

 

 なお引用元の後半部ではこんな調査結果も伝えられています。この辺も、手書きかキーボード入力で認知機能がどうこうという感じではないような気がします。単純にキーボード入力でノートを取るのは難しい(ついでにタッチパネル端まるでは文字を入力するのが絶望的)、どうしてもレイアウトの自由な手書きの方が講義の内容をまとめるのに集中できるだけではないでしょうか。ただ口述されたことを順番通りに文字化するだけならいざ知らず、一般的な板書の内容をまとめるには、どうしても右へ左へ上へ下へと書き込む場所を動かさなければならない、この辺はよほど画期的なソフトウェアが開発されない限りは「手書きの方が楽」なのだと思います。順路通りに読み進めれば済む本と違って、ノート作りは紙を使った方が授業に集中できるのでしょう。

 どこも流行には迎合したがるもので、学校の授業にタブレット端末を無理矢理使おうとしたり、職場でも老朽化したPCのリプレースを放棄してiPadを配ったりすることは珍しくありません。ただまぁ「並べて見比べる」ということが、この種の端末では難しいですよね。解像度の数値ばかりが無意味に増大して、それをありがたがる向きも多いですけれど、画面が小さいままではあまり意味がありません。間違い探しも絵が隣り合っているのと、ページをめくりながら見比べなければならないのとでは難易度が全く異なります。タブレット端末を一人で何台も併用すれば紙にも負けない運用は可能かも知れませんが、それは流石に馬鹿げた話ですし。

 

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