非国民通信

ノーモア・コイズミ

たまには競争原理を主張してみる

2007-11-30 23:32:44 | ニュース

広島ファン、甲子園爆破予告=新井の移籍、「気に食わない」-兵庫県警 (時事通信)

 阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)の事務所に、「球場を爆破する」などと繰り返し脅迫電話をかけたとして、県警捜査1課などは28日、威力業務妨害の疑いで、無職の男(40)=広島市中区=を逮捕した。男は容疑を認めている。同球場は改修工事中で、電話のたびに職員が球場内を捜したが、爆発物はなかった。

 男は熱狂的な広島カープファンを自認。同球団からフリーエージェント(FA)宣言し、21日に阪神タイガースへの移籍が決定した新井貴浩内野手について、「移籍するのが気に食わない」と話している。このほか、同様に阪神に移籍した金本知憲外野手などの名も挙げており、同課は詳しい動機を調べている。 

 熱いオッサンですね。さぞかし周りから煙たがられていたのではないでしょうか。とは言え普段は真面目でおとなしそうな人やお堅い人も、贔屓のクラブのこととなるとまるで別人格になる人もいます。そこがスポーツのおもしろいというか、素晴らしいところでもありますね。平素は理知的で打算的な人のはずが、阪神タイガースのこととなると急に感情むき出しになったり、とか。

 だいぶ前に村上ファンドが摘発されたわけですが、悪質な脱法行為を繰り返す輩が数多いて、そのほとんどが黙認されている中でなぜ村上氏だけがしかるべき法の裁きを受けたのでしょうか? 私が思うに、彼の失敗は阪神電鉄に手を付けたことだったと思うのです。そして従来は悪徳資本家の脱法行為を追認するのが仕事だった監督官庁の中に、実は結構な阪神ファンがいたのではないでしょうか。あくどい稼ぎは許してきたが、愛するタイガースに仇なす輩は許すまじ、そんな勢いで村上ファンドは摘発されたような気がするのですが、強引ですかね? でも阪神ファンを侮ってはいけませんよ?

 それはさておき、政府与党や財界の掲げる競争原理に否定的なことを何度となく書き連ねてきた私ですが、とは言え何もかも反対ではありません。状況によっては競争原理を強めるべきところもあるでしょう。例えば、球団運営とか。

 今回の事件の容疑者である広島ファンから見れば、阪神が金銭にモノを言わせて選手を強奪したように映っていると推測されます。そしてこういう見方を共有する人も少なくないでしょう。しかし、広島の親会社阪神の親会社を考えると、広島の方がずっと金を動かせる立場にありそうなものです。これは要するに、球団のために投資を惜しまない経営陣と球団経営を切り離そうとして金を出さない経営陣の差であって、別に阪神が悪いことをしたわけではないような気もします。どちらかというと広島側の球団トップの方が責められるべきではないかと私には思われますね。本当に選手を引き留めたいなら、相手と競わなければいけません。

 その昔、近鉄と阪神が何かの協議で対立したときに、近鉄側の経営幹部が「そんなにゴタゴタ言うなら親会社ごと買い取ってやるぞ」と宣ったとか。この辺はゴシップに過ぎませんが、阪神電鉄と近畿日本鉄道ではそういう発言ができるくらい経営規模に差があるわけです。しかしまぁ、親会社が小さくとも優良経営を続ける球団がある一方で、親会社が大きくてもどうしようもない球団もあります。「カネの力」を理由に物事を善悪に置き換える考え方が、とりわけスポーツ界では強いところもありますが、本当のところは経営努力、経営戦略の差であって、カネの力を行使しない、できないが故に善のつもりになっている球団はその辺を誤っているのかも知れません。

 最も「カネの力」を行使している読売にしたところで、実は球団単体で利益を出している優良経営、単に親会社のカネの力にものを言わせたのではなく、球団経営の面でもやるべきことをやってきたわけです。むしろ批判されるべきは共存共栄という競争のない空気の中に甘えて経営努力を怠ってきた赤字球団の方でしょう。新規参入が徹底的に制限され、どれほど低迷しても決してその社会から追い落とされることはなく、またドラフトという一方的な指名権を割り振ることで、どれほど魅力のない球団にも平等に選手獲得の権利がある、巨人戦というドル箱によって不人気球団でも集客が見込める、ならば放漫経営でもやっていけるわけですが、そういう経営努力を怠る球団には勝って欲しくないと感じます。

 まぁ、メジャーリーグなどはもっと強烈なぬるま湯ぶりで、どんなに酷い経営の球団でも利益が分配される、選手獲得の機会が平等に保障されるどころか優遇されるなど、スウェーデンなど眼中にない見事な福祉国家ぶりです。市民としてそこに住めるなら羨ましい限りですが、プロスポーツの世界でそれはどうよ?と。もう少し自由な競争原理を導入して、クラブの運営に力を入れたところが強くなれる、手を抜いているところは脱落する、そういうリーグであった方がおもしろいと思うのですが、それは私が日米の野球よりも欧州サッカーを見てる方が多いからですかね?

 

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根本的には変わっていない

2007-11-29 22:47:24 | ニュース

宮崎知事、徴兵制発言で釈明 今度は「徴農制」必要(共同通信)

 宮崎県の東国原英夫知事は29日、徴兵制に賛意を示したとされる発言をめぐって「徴兵制を容認していない。戦争に直結するものでは全然ない」と弁明した。同時に、若者に一定期間、強制的に農業を体験させる「徴農制」などの仕組みが必要との考えを強調した。東京都内で開かれた「道路整備の促進を求める全国大会」終了後に報道陣に答えた。

 先日の徴兵制発言で物議を醸した東国原氏ですが、今度は「徴農制」だそうです。西の石原慎太郎かと思いきや、西の稲田朋美、極東のポル・ポトとでも呼びましょうか? いずれにせよ、若者に何かを矯正することに強い意欲を燃やしている点では変わりがありません。

 しかし何でしょう、淫行と暴行で警察のお世話になった人が規律を云々するのもどうか、そうではなく自分の若い頃の奔放な日々をもっと肯定的に捉えてはどうかと、昨日の段階では思ったわけです。東国原氏自身のタレント時代にしたところでモラルや規律などあったものではなかったはず、その若かりし頃の自分自身を東国原氏はどう考えているのでしょうか? 若者に上からの規律を押しつけるのは、自分自身の過去の生き様を否定するようなものですよ、と。

 ただ、よくよく考えてみると東国原氏のタレント時代は、氏の考える規律なりモラルなりをそれなりに遵守したものだったのかも知れません。なんと言っても「軍団」ですから。「軍団」―――、それは軍隊の構成単位を表す名称で、師団や旅団よりも大きな単位であり、あまりにも我々の生活に馴染んでこそいるものの、れっきとした軍事用語です。そして「軍団」の一員として東国原氏は上官の命令に従って暴力を振い、「集団の規律や規範を乱す」との理由で軍団の兵卒に暴行を加えてきたわけです。これは日本の法律では許されないことですが、軍団のルールでは規律に沿った行為なのではないでしょうか。

 要するに市民としての規範ではなく所属する組織の規範に従ってきたこと、組織の規範に従うことを是とする点では、在りし日のそのまんま東と現在の東国原知事は一貫しているのかもしれません。ただ、たけし軍団の代わりに自衛隊が、あるいはキブツに変わっただけの話です。

 しかしまぁ、東国原氏や経団連が教育組織として期待を寄せる自衛隊も、その実態は個々の不祥事を挙げるまでもないようです。とうとう産経にすら「自浄期待せず」と銘打たれてしまう有様、こんなところに若者を閉じこめたところで、ろくな人間が育ちませんよ、と。

防衛省、官邸主導で改革 自浄期待せず 有識者会議を設置(産経新聞)

 守屋武昌前防衛事務次官の接待疑惑やイージス艦の中枢情報流出事件など相次ぐ不祥事を受け、政府は16日、防衛省の改革プランを検討する「防衛省改革に関する有識者会議」を設置すると発表した。首相官邸主導で同省の「再生」を目指すもので、月内に初会合を開き、来年2月中に改革案の中間取りまとめをする方針。福田内閣発足後、内閣官房に有識者会議が設けられるのは初めて。

 有識者会議の設置により、今後は官邸主導で防衛省改革に取り組むことになるが、防衛省は石破茂防衛相が抜本改革に向けた取り組みを始めたばかりだけに、自浄能力の限界を露呈した格好だ。

 しかし、思わぬ形で政府が文民統制の方向に動いているのが不思議なものです。結果オーライと言えなくはありませんが。で、この防衛省なり自衛隊なりがダメで今度は徴農制ということですが、農家にモラリストのイメージを持っている人ってそんなにいるのでしょうか? たぶん肝心なのは若者自身の意思ではなく、党指導部の意思なのだと教え込むことであり、農業は方便に過ぎないのかも知れませんけれど。

 

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みんな軍隊が好き

2007-11-28 22:56:11 | ニュース

「徴兵制あってしかるべき」 東国原知事が持論展開(朝日新聞)

 宮崎県の東国原英夫知事は28日、宮崎市の知事公舎であった若手建設業者らとの懇談会で「徴兵制があってしかるべきだ。若者は1年か2年くらい自衛隊などに入らなくてはいけないと思っている」と述べた。記者団に真意を問われた知事は発言を撤回せず、「若者が訓練や規則正しいルールにのっとった生活を送る時期があった方がいい」と持論を展開した。

 懇談会には県建設業協会青年部の地域代表ら12人が参加。若手の育成方法などが議論になり、知事が個人的意見として語ったという。

 懇談会の終了後、知事は「道徳や倫理観などの欠損が生じ、社会のモラルハザードなどにつながっている気がする」と言及。「軍隊とは言わないが、ある時期、規律を重んじる機関で教育することは重要だと思っている」と語った。

 私は彼のことを西の石原慎太郎と勝手に呼んでいますが、注目度が高い割には今一つ批判に晒されていない気もします。官僚や議会など、嫌われ者をこれ見よがしに悪罵してみせることであたかも自分が県民の側に立っているかのごとく装う、こういう手法の有効性を証明し続けているのでしょうか。あるいは、1期目の石原慎太郎と同様に自民党候補を破っての当選と言うことで、今なお彼に旧体制に対する改革派と幻想を抱いている人もいるのかも知れません。

 さて、曰く「徴兵制があってしかるべきだ。若者は1年か2年くらい自衛隊などに入らなくてはいけないと思っている」「若者が訓練や規則正しいルールにのっとった生活を送る時期があった方がいい」だそうで。別に珍しい発言ではないのかも知れません。経営層と貧困層にはこの発言に同調する人も少なくないでしょう。近年は研修として新入社員を自衛隊に入隊させるケースが急増しており、昨年度は2万5700人が「研修」として自衛隊の訓練に参加しています。きっと自衛隊が大好きなのでしょう。

 時にセットで語られることがあるのが、改憲問題と憲法9条の問題です。この徴兵制と憲法9条を結びつける人は護憲派にはあまり多くないような気がしますが、逆に改憲派は空想上の護憲派への反論として「たとえ憲法9条を改正しても徴兵制導入などはあり得ない」と語ります。しかし私には思われるのですが、憲法改正の有無とは無関係に徴兵制は十分にあり得るのではないでしょうか?

 もちろん、この国では憲法が守られていない、改正されていないだけで、憲法が保障しているはずの諸権利が無視されているという点で憲法が守られていないわけですが、しかるに徴兵制云々は憲法改正云々とは無関係なのかも知れません。なぜなら、この国において期待されている軍隊の役割はアメリカにおけるそれとは違い、他の一党独裁の国と同じもの、銃口は他国ではなく自国民に対して向けられるものであり、他国を侵略するためのものではなく自国民を調教するためのものだからです。

 現代の軍隊では徴兵によって集められた付け焼き刃の新兵など役には立たないというのが改憲論者の定説ですが、そんなことは関係ありません。自衛隊に求められているのは交戦能力ではなく、社会的な規範であることなのですから。自衛隊的なるもの、軍隊的なるものを模範と信じる人が、内閣にも多ければ企業経営層にも多い、ついでに貧困層にもかなり多く、そして自治体の首長にも多いとなれば、これはどういう結果を招くでしょうか?

 凶悪犯罪の減少や諸々の報道を考慮に入れる限り、道徳や倫理観などの欠損、社会のモラルハザード云々が、俗流若者論の類と同様に根拠のない風説と感じられるのですが、ただ「そうあって欲しい」という欲望を持ち、道徳の崩壊を頑なに信じる人もまた少なくありません。そうした人は同時に軍隊的なものに奇妙な夢を抱く傾向があり、彼らの信じる道徳の崩壊から免れた理想郷をそこに投影するようです。

 たしかに上官の命令一つで指示通りに動いてくれた方が、その人の意思よりも上官の意思を躊躇うことなく優先してくれた方が、支配する側にとっては好都合に違いありません。市民であるよりも兵士の方が、町民であるよりもサムライである方が好ましい、東国原知事は自分の欲望に正直なようですが、そこをモラル云々で理由付けする辺りに卑劣さを感じますね。もっとも、様々な不祥事を見るにつれ自衛隊も期待されているほど規律正しい高潔な兵隊達ではないと思いますが。

 

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参考、
会社は軍隊が好き

軍隊化する社会

あなたが異常なのはタミフルのせいではない

そのまんま東は西の石原となるか?

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肩書き社会ですから

2007-11-27 22:39:12 | ニュース

お見合いパーティーで医師の名刺使い詐称 仙台 (河北新報)

 他人の名刺で歯科医になりすましてお見合いパーティーに参加し、女性と交際したとして、仙台市の男が9月に逮捕された事件が、パーティー業者の間で波紋を広げている。厳密な本人確認は参加を尻込みさせるとして、参加者の職業や肩書は自己申告で済ませているのが実情。業者らは「信頼関係を逆手に取った詐称は防ぎきれない面もある」と頭を抱えている。

 歯科医になりすまし、私印不正使用の罪で起訴されたのは、青葉区の会社役員の男(37)。起訴状などによると、男は高収入の男性に参加を限定したパーティーで、通院していた歯科医院の窓口備え付けの名刺を女性に渡し、交際を申し込んだ。

 仙台地裁で8日にあった初公判で、男は「歯科医の名刺を見せれば周囲の見る目が違うと思った。もてたかった」と動機を供述。地裁は22日、懲役1年、執行猶予3年を言い渡し、裁判官は「自分自身を出し、自信を持って」と説示した。

 この手の代物は化かし合いの世界、就職活動だって似たようなものですが、はったりの一つや二つは当たり前、それが逮捕に至ったのは何ともツキがなかったとしか言いようがありませんね。まぁ、年齢や年収、3サイズや趣味特技を偽るのは許容範囲なのかも知れませんが、他人の名刺を持ちだしてしまったことに失敗がありそうです。口先で身分を偽るだけならば逮捕には至らなかったでしょうけれど、こうして物証を残してしまうようでは失態としか言いようがありません。

ジュニアアイドルが年齢詐称!? 未成年“偽装問題”の是非(日刊サイゾー)

「現在16歳とされる藤村みゆは、2005年に『現役女子高生グラビア 立花美貴 17歳』という作品を発表したタレントと同一人物ではないかと、また、現在14歳とされる藤瀬じゅりは、水瀬優という元コスプレイヤーで、本来は18歳ではないか等々、年齢詐称疑惑の例は枚挙にいとまがないですね」(ジュニアアイドルに詳しいライター)

 では、藤軍団の年齢詐称、あるいは偽りの年齢を表示して商品を販売したことは、問題とならないのだろうか?

「彼女たちが実際には18歳以上だとすれば、当然児童ポルノ法違反には問われません。消費者が販売側を詐欺罪に問うことも難しいでしょうし、『騙された』と感じた消費者が損害賠償請求することも、『生じた損害』がたかだか数千円では現実問題としては難しいのではないでしょうか」(児童ポルノ問題に詳しい弁護士)

 ま、偽装は色々あります。なんだかんだ言って食品絡みの偽装の方が大きく取り上げられるわけですが、どれも根っこは似たようなものなのかも知れません。各種の偽装問題が話題になり、消費者がマイクを向けられると、必ず誰かが「もう何を信じていいのかわからない」と定番の台詞を使います。でも何を信じればいいのかなんて、迷うことではないのではないでしょうか?

 私は穴子など好きなわけですが、安い穴子は実はウミヘビだという説も良く耳にします。でも、そんなの関係ありません。ウミヘビだってちゃんと食べられます。要は、食べたときにおいしいかどうかが重要なのです。おいしければウミヘビだって立派な料理ですし、逆にれっきとした穴子だってまずければ御免被ります。皆様はいかがでしょうか? どんなにおいしくてもウミヘビだったらダメ、まずくても純正の穴子だったら喜んで食べますか?

 要するに私が言いたいのは、看板やラベルではなく、もう少し自分の目や舌を信じたらどうかということです。箱に書いてある賞味期限で判断するのも結構ですが、風味が落ちたかどうか、悪くなっていないかどうか、それを判断する材料はラベルの印字だけではないはずです。あるいはパッケージに書いてある宣伝文句で中身を評価するのを止めて、自分の目や舌で考えてみることです。パッケージに比内地鶏だの何だのと書いてあるから美味しい、プロイラーと書いてあるからダメ、そうではなく、もっと自分の舌で判断してみる必要があると思うのです。

 ジュニアアイドルの件も同様ですね、ファンの人たちはパッケージに記載された年齢に興奮しているのでしょうか? 実年齢がどうであろうとも、中身が良ければそれはそれで評価されても良さそうですが、どうも様子は違うようで、ついさっきまでは気に入っていたはずの代物が、実年齢がもっと上と知ると急に評価が変わってしまうみたいです。

 そして冒頭のお見合いパーティも同様です。歯科医を自称しようと本来の職業を名乗ろうとその人には変わりがありませんが、どうやら歯科医の肩書きを持っていた方がずっと株は上がったようです。歯科医の肩書きを持っている彼は愛せるが、会社役員の彼は愛せない、中身は一緒でもラベルを重んじる人にとっては重要な違いがあるようです。中身が同じでも比内地鶏と書いてあれば美味しいと感じるが、廃鶏と書いてあれば不味いと感じる、そういう心理と同一のものでしょう。

 別に各種の偽装を擁護するつもりはありませんが、なぜこうも偽装が常態化するのかを考えたときに、それは自らを偽ることが社会に求められているからだと、そうも考えられるのではないでしょうか。中身は一緒でも、豚肉と書かずに牛肉と書くことで、冷凍保存品と書かずに作りたてと書くことで、廃鶏と書かずに比内地鶏と書くことで、そして会社員と言わずに医師を称することで評価を大きく変えることができる、そのラベルをありがたがる人がいるわけです。偽装した人たちはそんなラベルを重んじる人たちの期待に応えただけなのかも知れません。我々がラベルを無視して自分の目や舌で判断するようであったなら、わざわざ表示を偽る必要はなかったはずです。

 

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平気でうそをつく人たち

2007-11-26 22:19:23 | ニュース

新農家補助制度 鳩山法相が批判 「詐欺に近い」(西日本新聞)

 鳩山邦夫法相(衆院福岡6区)は24日、地元の福岡県大川市で開いた後援会主催の大臣就任祝賀会であいさつに立ち、政府が今年導入した農家への新しい補助金制度「品目横断的経営安定対策」について「麦で言えば2割増産した農家が2割から3割減収になっている。増産して減収となるのは、(品目横断対策に)どこかにうそがある。詐欺に近い。だましている」と批判した。その上で、同対策で苦しむ農家への緊急対策の必要性を訴えた。

 また「私の友人の友人がアルカイダ」「テロリストの怖いのが平気で日本をうろうろしている」と発言したことについても触れ、「うそは1つも言ってないのになぜ批判されるのだ」とあらためて述べ、物議を醸していることを「非常に不思議な現象」と語った。

 「品目横断的経営安定対策」とは何とも飾り気のない名前ですが、飾り気がないからと言って虚飾がないとは限りません。曰く「意欲と能力のある担い手に対象を限定し、その経営の安定を図る施策」だそうで、あたかも農家のためであるかのごとく喧伝しつつも、実際は減収に繋がっているようです。まぁ農家にとっての減収=国家にとっての歳出削減ですし、この仕組みを考えた人が結果を予測できなかったはずもありませんから、たぶん制度を作った人にとっては思惑通りに事態が進んでいるのではないでしょうか。とは言え、農家の困窮に繋がる措置を農家のためと称して導入すれば、それは嘘だ、詐欺だと非難されるのも当然の帰結でしょう。

 さて、国際テロ組織との関係をほのめかす人物が平気で国会をうろうろしていることに深刻な危機を感じる今日この頃ですが、当の本人の口を借りれば「うそは1つも言ってない」そうです。たぶん「品目横断的経営安定対策」を導入した農政関係者だって制度導入に当たっては似たようなことを言ったと思います。当初掲げていたはずの目標を遂げるどころか逆に事態を悪化させる事態に繋がるのが通例ではありますが、誰だって最初は本当のことを語っている振りをするものです。最初から正直に嘘をばらしては、さすがの翼賛体制でも通用しませんから。

 一口に嘘を吐くと言っても、例えば分かった上で意図的に嘘を吐く場合もあれば、それを本当のことと信じて期せずして嘘を吐く場合もあります。新手の社会保障制度や「品目横断的経営安定対策」を導入する際の行政官僚の場合は基本的に前者ですね、初めから欺すつもりで嘘を吐きます。逆に内閣のお坊ちゃま議員達の場合は後者の色合いが強く、本当にそうであると信じ切った上で、本人は真実と信じて嘘を吐くわけです。

 あるいは意図的に嘘を吐く場合でも、その動機が利害関係によるものか、それとも願望によるものかという違いがありそうです。やはり行政官僚など場合は前者で、自身の属する体制の利害関係を調整するために嘘を吐きます。この辺は利害関係の変動によって悪くもなれば良くもなりうる可能性があるのですが、ただ日本のように党が所有する国家では難しいでしょうか。そしてタカ派やレイシスト、修正主義者に多いのが願望型で、「そうであって欲しい」ものを真実だと信じ、それを語ってしまうパターンです。こっちはほとんど信仰みたいなもので、他人の手によって考え方を変えるのは難しそうです……

 そしてまぁ、嘘を信じる人がいるわけです。社畜なら日経新聞、主婦ならみのもんた等、それぞれの重んじる権威が語ったことを信奉してしまう人が、数としては非常に多いのです。たとえ説得力に乏しい嘘でも、それが権威を伴っていれば決して無力ではありません。どんなに馬鹿げた言葉でも、社会的に重んじられている人がそれを語れば、あるいは無名の群衆でも集団でそれを語れば、あたかもそれが事実であるかのように錯覚されてしまう、そう言うこともあるわけです。そしてこの信じやすい人たちのために、粘り強く嘘を吐き続ける人がいます。

 

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従属政権がまた一つ消え

2007-11-25 21:38:42 | ニュース

豪総選挙、野党・労働党圧勝 11年ぶり政権交代(朝日新聞)

 オーストラリアで24日に投開票された総選挙では、ケビン・ラッド党首率いる労働党が、ジョン・ハワード首相の率いる自由党・国民党の保守連合に圧勝し、約11年ぶりの政権交代を実現した。

 一方、1974年の初当選以来、シドニー近郊のベネロン地区で議席を守り続けてきたハワード首相は、労働党が擁立した元テレビ局政治記者のマキシン・マキュー候補に敗北。オーストラリアで現職首相の落選は1929年以来のこととなる。 

 新首相となるラッド氏は、選挙期間中、新世代のリーダーであることを有権者に強く印象付けていた。イラク駐留豪軍の撤退や京都議定書の批准を公約に掲げており、米国との緊密な同盟関係の維持を表明しているものの、外交面ではブッシュ米政権と一定の距離を置くことになる。一方、中国語にも堪能なラッド氏は、中国やアジア各国との連携も深めていくとみられる。

 「ヨーロッパのナベツネ」ベルルスコーニ、「ファシスト」アスナール、「プードル」ブレアとヨーロッパの三馬鹿トリオが国家元首の座を追われて久しいわけですが、オーストラリアでも米軍追従を国是としてきたハワード首相が自らの選挙区ですら落選するなどの大敗を喫し、いよいよ以て世界の風向きが変わってきました。ある意味では非常に日本的な政治家であるサルコジという後退はあるものの、一歩は後退でも三歩は前進したと見て良いでしょうか。これでますますアメリカと……日本の国際的孤立が深まりそうです。

 日本政府の外交姿勢はもはやメンヘルとでも言うべきでしょうか、アメリカとの二国間の関係の中に閉じこもって外の世界に目を向けようとしない、信じ切っている相手以外は敵に見える病的な被害妄想に取り憑かれているようです。しかし対北朝鮮外交を見れば分かるように、いかに日本政府が狂気とも言える愛を捧げたところで所詮はホストに入れあげて貢いでいるようなもの、アメリカ様は日本のワガママに付き合ってはくれないわけです。それでもアメリカに付き従おうとする忠誠心は涙ぐましいものがありますが、かといって誰かが同情してくれるというものでもありません。

 そもそも、アメリカにしたところで先の議院選挙では大敗を喫するなど、共和党政権の敗北は濃厚です。言わば沈み掛かった船なのです。共和党政権が盤石であるならば、それに媚びを売るのも一つの政治判断ではあったかもしれませんが、その共和党政権が危ういとあれば、その沈みゆく船に殺到する必要などありません。共和党政権と一定の距離を保つというのは、単に強い側に付こうとする打算的な判断からしても理に適った結果ではないでしょうか? 共和党政権の敗北が見えているならば、ならば共和党政権からは距離を置いて次の民主党政権を視野に入れてプランを立てる、それが政治判断というものです。

 ところがまぁ、中には近視眼的な判断しかしない、できない国もあるものでして、その一つが恥ずかしながら日本であるわけです。世界の主要国で政権交代が相次ぐ中で、日本は政権交代の気配など見せずに一党独裁が続いています。先進国の中で例外的に政権交代の可能性がない国だからこそ、オーストラリアなりスペインなりとは違った政治判断が可能になるのかも知れません。しかし国内の政権維持は盤石でも、国際社会はそうは行きません。その辺は自民党のお偉いさんにも理解してもらいたいものです。

 

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AVとエロゲーを比べてみると

2007-11-24 23:14:17 | 編集雑記

 休日はだいたいそうなのですが、アクセス数が適度に落ち込んでいますので、今日はこの隙にエロ話でもしましょうか。エロ話と言っても、何のことはないアダルトメディアについての話なので中身は全く色気のない代物になりますが、ちょっと書いてみたいこともありましたので。

 さて私は万能の両刀使いを目指して自らを調教中なのですが、なかなか以て生来の志向を克服できず、かつ面倒くさがりでもありますのでどうしても守備範囲が偏りがちです。しかし、他の人もこと性的志向に関しては割と偏りがちですよね? 男性専門だったり女性専門だったり、受け専だったりペドフィリアだったり、あるいは二次元専門だったり三次元専門だったり…… やはりそれだけの違いがあるのでしょう。そこで今回は、エロメディアの代表格であるアダルトビデオと、とかくオタク向けと目されがちなエロゲー、ギャルゲーの類を比べてみようと思います。

 さてAVとエロゲーは何が違うのでしょうか? AVは生身の女性を使って撮影したもので、エロゲーは生身の女性が登場しないCGの世界? AVは動画で、エロゲーは概ね静止画の世界? まぁ色々とあると思います。しかるに私が注目したいのは、それが男性中心か女性中心か?という点なのです。

 AVにしろエロゲーにしろ山とあるわけで、一緒くたに語ってしまうと必ず例外はあるわけですが、そこは敢えて目を瞑って、そのジャンルで主流となっているスタイルを考えてみましょう。AVとエロゲー、男性中心か女性中心か、その辺はどうなのでしょうか? 女性向けのエロメディアもありますが、市場を席巻しているのはあくまで男性向け、その辺が頭にある人は、AVにしろエロゲーにしろ、どっちも男性中心の構図なんじゃないの?と、そう思うかも知れません。でも、実際に画面を見てみるとどうでしょうか?

 AVの画面を思い浮かべてください、絶えず画面の中心に映っているのは誰でしょうか? いつでも画面の中央に映っているのは女優であって、男優は端から顔を覗かせる存在に過ぎません。そして女優が最初から最後まで世界の中心に居続けるのに対し、男優の方は場面によっていたりいなかったり、時には別の男優に取って代わられるわけです。性の商品化云々の意見もあるかも知れませんが、それでもAVの中では世界の中心はあくまで女優であって、女優は世界の始まりから終わりまで存在し続けるけれども男優は容易く入れ替えられる、すなわち作品自体は女性によって連続性が保たれている女系世界なのです。

 ではエロゲー、ギャルゲーはどうなのかと言いますと、こちらはAV以上に幅が大きく例外も多いわけですが、それでも売り上げランキングでトップを争うような主流派を対象に見てみますと、実はAVとは全く反対の傾向が見られるのです。そもそもAVが基本的にエロを追求しているのに対し、購買層の違いもあってかエロゲーはいわゆる「萌え」を追求するタイプの方が多いわけでして、その「萌え」とエロがしばしば対立することもあります。なにしろエロゲー購買層の中にはイスラム原理主義者みたいな貞操観念の持ち主も多いですから、色っぽいヒロインが歓迎されるとは限らなかったりもするのです。

 それはさておき、AVでは世界の中心軸である女性一人とその他大勢である男性複数が登場しますが、このような構成はエロゲーではまず見ることが出来ません。そうではなく、複数のヒロイン達と、主人公である男性一人、これが基本的なエロゲーの人物構成です。少なくとも、AVのように女性が単独で主人公、なんてことはまずありません。

 エロゲーの最もよくあるパターンはAVの正反対で、まず主人公は男、この男主人公が世界の最初から最後まで登場し、ヒロインは複数、選択肢によってヒロインは登場したり退場したり、あるいは全く出番がなかったりするなど、その物語の連続性を保つのはあくまで男性という男系世界です。それでも一応、画面の中心に居座るのは女性であるヒロインの場合が多いわけですが、しばしば中心は男性で、その周囲をヒロイン達が取り囲む構図も見られます。この世界の主人公が誰なのか? 少なくとも複数いるヒロインの一人ではないことは明らかでしょう。

 一口にエロゲーと言っても、中には過激な性描写を売りにした、ちゃんとエロを追求したタイトルもあるわけで、そうしたタイトルの場合は女性が主人公でヒロインによって物語の連続性が保たれており、画面の中心はヒロインで男たちは周辺というケースも増えます。しかし、それでもヒロインが一人で主演する代物となると、内容を削った低価格商品を別にすれば皆無に近いわけでもあります。そして圧倒的に売れているのはエロではなく「萌え」を追求した代物、臆面もなく純愛だの何だのと語られがちな代物でもあったりします。そしてそういうタイトルにおいては、世界の中心はあくまで男性主人公であってヒロインは周辺領域の存在に過ぎなかったりもするわけです。

 もしかしたら、AVを見なかったりエロゲーをやったことがなかったり、そういう人にはわかりにくい話なのかも知れません。ただ個人的には、エロ=反体制のイメージがあって、性的な表現の解放と不当な支配からの解放は少なくとも私の中ではイメージの重なりやすいものでもあります。アメリカでもポルノ業界で作る組合は先陣を切ってイラク戦争に反対してしましたし、日本の週刊誌でもプレイボーイなどは比較的リベラル色が強いわけで、エロは解放だ!と。

 そこでエロゲーなりギャルゲーなりの購買層とされる人々が保守的というより国家主義的、権威主義的なのはなぜかというと、実はそれがエロくないからではないかと、そうも思うわけです。なんと言っても売れているエロゲーは基本的にハーレム型で、男性主人公一人が複数のヒロイン達に取り巻かれている代物であり、そこで要求されているのはエロではなく、主人公すなわちプレイヤーによる支配や独占に見えます。たぶん、色っぽい女の子の淫らな振る舞いにに興奮するよりも、美女達に次々と傅かれる自分に興奮している、そんな気もします。そこにあるのはエロ魂=解放ではなく、支配欲なのかもしれません。

 

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働く側には悪くない

2007-11-23 23:17:56 | ニュース

労働力、2030年には1070万人減 厚労省が推計(朝日新聞)

 女性や高齢者らへの雇用対策が進まなければ、10年後の2017年の労働力人口は約440万人減り、2030年には約1070万人減少するとの厚生労働省の推計が22日、明らかになった。最新の将来推計人口をもとにした初の試算で、予想以上の少子化により、前回の05年推計よりも減少幅が拡大。働き手の急減で、将来の社会保障制度の維持や経済成長の持続はさらに難しくなる見通しだ。政府には、就業率の向上を図る対策がますます急務となる。

(中略)

 一方で、女性や若者、高齢者への就業支援の拡充により、働く人や職探しをする人が増えた場合も推計。減少幅を17年までは約100万人に、30年までだと約480万人に抑えられるとする。報告書案は「当面5年程度の重点施策」として、出産後の女性への再就職支援や、70歳まで働ける高齢者雇用制度の普及、フリーターら不安定な状態で働く若者の正社員化などを挙げている。

 何か支離滅裂と言いますか、方針が右往左往している印象を受けますね。たとえば従来の労働力世代だけでは社会保障が維持できないから高齢者も働かせるとしたら、それはどこかがおかしいのではないでしょうか? 高齢者が無理して働かないと維持できない社会保障って何なんでしょう? 10mの穴を掘ってそれを埋めるような行為にしか見えません。

 もう一つ支離滅裂なのは、「フリーターら不安定な状態で働く若者の正社員化」という行ですね。規制緩和によって非正規雇用を大々的に後押ししてきたはずなのに、本気でそれに逆行するつもりがあるのでしょうか? 経済成長を口実に企業優位の労使関係を作ってきたわけですが、そこで正社員化を押し進める、正反対の政策に切り替えるのであれば、まずは近年の構造改革が誤りであったと公式に認めることから始めねばなりますまい。

 富国強兵の視点から見れば、労働力の減少は懸念事項なのでしょうけれど、そうではなく労働者の観点から見た場合はどうでしょうか? 労働力人口の減少はマイナスでしょうか? 少子化が進んで大学全入時代が到来したなどと言われますが、ならば少子化の進行によって就職に関しても全入時代が到来してもよさそうなものです。進学希望者であればどこかの大学には必ず入れるように、就職希望者はどこかの企業には採用される、そういう展開も予測できます。それは必ずしも悪いこととは言えないでしょうね。

 しかし、そうした全入時代は既に到来しているとも言えます。「どこの大学でもかまわないのなら」誰でも大学に入れるように、「どんなに劣悪な条件でも構わないのなら」誰でも就職できる訳です。そして少なからぬ大学が定員割れに苦しんでいるように、企業側も求人難を訴えています。厚労相は将来の労働力不足を心配しているようですが、お友達の財界は今の段階で労働力不足を語っています。

 その一方で、失業者及び統計に表れない実質上の失業者もまた少なくありません。失業者は少なくないのに、どうして労働力が不足だというのでしょうか? 問題は労働者の数ではなく、給与や待遇などの雇用環境にあるのではないでしょうか? 労働力が足りないというのは、すなわち企業側の提示する給与や雇用条件では人が集まらないと言うことに過ぎません。そこで本当に企業が人手に餓えているのなら労働者を巡る獲得競争が激化して賃金の高騰に繋がるはずですが、企業がバブル期を上回る好業績を続ける中で被雇用者の給与所得は下がり続けています。これで本当に労働力が不足していると言えるのでしょうか? 企業側の言うなりに従順に働く奴隷が不足しているだけでは?

 ですから殖産興業の視点からすると将来的な労働力人口の減少は懸念事項に違いないのでしょうけれど、働く側からすればどうなのか? むしろ不足しているのはまともな椅子の数で、今は椅子取りゲームの敗者が嫌々ながらに壊れた椅子に座っているのが現状です。そして財界側に椅子の数を増やす意思がないのであれば、この椅子取りゲームの参加者としては競争相手が減った方が好ましい、そうも考えられるのではないでしょうか?

 

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非国民通信は多田野選手とザンクトパウリを応援しています

2007-11-22 23:38:09 | ニュース

多田野数人投手 日本ハム入りでネットで大騒ぎ(アメーバニュース)

 元大リーガーの多田野数人投手(27)が北海道日本ハムファイターズからドラフト一巡目で指名されたことを受け、さっそくネットでは大盛り上がりとなっている。2ちゃんねるでは多田野に関するスレッドが乱立し、コメントがすぐに1000に到達、次々と新たなスレッドが立つ「祭り」状態となっている。

 話題はやはり過去にゲイビデオに出ていたことと、これからどのようになるか? に集約されており、何かと「アッー」と書き込む人が多くいる(かつて出ていたビデオで「アッー」と言っていたことを受けて)。「日本ハムファイタアッー!ズ」や、同僚となるダルビッシュ有を心配する声などもあり、過去のインパクトはあまりに強かったようだ。

 今年の日ハムのドラフト1位は大当たりですね。高校生では中田翔、そして社会人・大学生枠では多田野数人、これは注目せざるを得ません。

 日本におけるメジャーリーグ人気は相変わらずアメリカ本国を上回り、喩え通用しなかったとしても元メジャーの看板さえあれば野球選手として実力不足でも食っていける世界です。ならば同様に元メジャーである多田野はドラフトの目玉として注目されてしかるべきなのですが、不思議なことにスポーツメディアでは黙殺に近い扱い、不当ですね。

 その代わり、タブロイド型のメディアでは割と注目度の高いのが多田野です。何でこうなるかと言えば、彼がゲイビデオに出演したことがあるからで、そのために彼の大学時代に獲得がほぼ確定していたはずの横浜が指名を見送るなど、同性愛を忌避する人々にとって、多田野はなかったことにしておきたい存在だったわけです。一方で彼の出演したビデオがかなりおもしろかったこともあって一部では独特の人気がありまして……

 彼がゲイであることをネタとして煽る人々もいれば、真面目なつもりのスポーツメディアは彼がゲイであることから目を背けて、それを無かったことにしようとします。多田野自身もアメリカ時代に「自僕はゲイではありません」「たった1度の過ち」(ビデオ出演は1回ではありませんが)などと、ゲイであることを否定する発言を強いられるなど、ゲイではない「ノーマル」として生きてきました。そして野球で活躍すれば、スポーツメディアはゲイのことには触れずに彼を報道するでしょう。

 別に野球に性癖は関係ないわけで、そこに触れないのは間違いではありません。しかし今なおホモフォビアが色濃く野球界に残っているからこそ(そして近代日本が衆道の伝統を失っているからこそ)、多田野にはゲイであることを隠して活躍するよりも、ゲイとして活躍して欲しい気がします。ゲイであってはならない、ゲイであるならばそれを隠さねばならない、そういう風習に従うのではなく、それを壊すような活躍を多田野には期待したいのです。

 

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大連立の火は消えず

2007-11-21 23:06:20 | ニュース

尾崎氏が優勢 2氏が追う 高知県知事選情勢調査(朝日新聞)

 橋本大二郎知事が退き、無所属の新顔4氏が立候補した高知県知事選(25日投開票)について、朝日新聞社は17、18の両日電話調査を実施し、取材で得た情報とあわせて中盤の情勢を探った。元財務省職員の尾崎(本名は山へんに立に可)正直氏が優勢で、学校法人理事長の近森正久氏、学校教材販売会社長の国松勝氏の2人が懸命に追う展開。毎日新聞社員の関谷徳氏は伸び悩んでいる。ただ、投票態度を明らかにした人は半数にとどまり、情勢が変わる可能性もある。

 投票態度を明らかにした人でみると、自民、公明、社民の3党と民主党県連が推薦する尾崎氏は自民支持層の7割、民主支持層の6割をまとめ、無党派層のほぼ半数にも浸透。40代以上の支持が厚い。

 大阪のある選挙では民主党の推す候補が自民党の推す候補を破ったようですが、一方で高知県知事選挙では自民党と民主党が同じ候補を推薦する相乗りの形となっております。二大政党制だの大連立だのと色々と騒がれてはいるわけですが、地方自治体レベルでは既に大連立、共産党を除くオール与党体制が珍しくないことは常に念頭に置いておかねばならないでしょう。東京都議会のように自民党系議員と民主党系議員ががっしりと肩を組み、一貫して知事を支えている自治体は決して特殊なケースではなく、むしろ国会の方が例外的なのだと、そう考えてみることも必要なのではないでしょうか。

今も大連立は正しい 小沢氏(共同通信)

 民主党の小沢一郎代表は20日の記者会見で、自民党との大連立構想に関し、現在も次期衆院選に向けた正しい選択肢との認識を持っていることを明らかにした。ただ党内の異論に配慮し、今後も党の方針としては封印していく考えを示した。小沢氏は「実際に政権の一端を担うことで、自民党政権では絶対できないことが実現できれば、国民は喜ぶのではないか」と述べた。

 さて、大連立に未練を残す小沢代表です。小沢氏からすれば、各自治体のレベルでは普通にやっている大連立を国会のレベルでやってもおかしくはないと、そう感じたのかも知れません。参議院で第一党になったとはいえ、いかに参議院で頑張ったとしても衆議院で強行採決されてしまえば結局は自民党案が通るのが現状です。ならば、自民党政権の中に入ってしまった方が意見が通せるのではないかと、その考え方はそれなりに目的に適っているのではないでしょうか。

 もちろん、与党にならなければ何もできないわけではなく、少数政党でもできることはあります。可能なことは大幅に限られてしまうわけですが、全くの無力でもありません。共産党など、議席数に比してという留保付きではありますが、それなりの成果は出しているわけです。それでも民主党大好きっ子に言わせれば政権を取れる可能性のない政党が頑張っても無駄だそうで、だから政権交代に一番近い位置にいる民主党に道を譲るべきだと、まぁそんな感じです。

 たしかに、野党としてできることと政権を取ってこそ可能になることの間には雲泥の差があるわけですが、だからと言ってその政権を取ること、与党になることを重視するあまり、それが何のために必要だったのかを蔑ろにしてしまうと、この小沢代表のような結論に落ち着くのではないでしょうか。政権を取れなければ無駄だからと、左派政党を沈黙させたがった民主党大好きっ子の考え方と、今回の小沢代表の考え方、相通じるところは非常に大きいように思いますね。

 

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