非国民通信

ノーモア・コイズミ

解決困難――企業の自由に任せている限りは

2014-07-29 23:48:36 | 雇用・経済

日本の失業率、低水準なのに労働力不足 「特殊な状況」は解決困難=中国メディア(サーチナ)

 さらに記事は、日本総合研究所調査部の山田久首席エコノミストの発言として、「日本は“人手不足なのに賃金が下落する”というパラドックスに陥っている」とし、その原因として「非正規雇用」にあると指摘。現在では日本の労働市場の約4割前後を非正規雇用が占めていると伝えた。

 さらに、労働力不足の解決のため、日本政府が女性の就業を促進する政策を打ち出したことや、東京や福岡などで外国人労働者の受け入れを強化したことを紹介。一方で、日本が労働力不足を解決するためには「人手不足なのに賃金が下落する」というパラドックスの解決が必要不可欠だとし、非正規雇用を正規雇用へと改めることで労働者の定着が必要だとの見解を示した。(編集担当:村山健二)

 

 さて、こんな逆輸入報道もあるわけです。事実上の閉店や休業が相次いだすき家の例からも分かるように、政権交代前までは唯々諾々と会社側に強いられるままに働くしかなかったアルバイトが反旗を翻すなど、まぁ非正規雇用の中での雇用情勢は良くなっているのは間違いありません。非正規雇用の中では、ですね。景気の回復につれて非正規雇用の求人は急増、今までのように募集さえかければ雇う側の選り取り見取りという状況ではなくなってきました。非正規雇用というカテゴリの中では一方的な買い手市場も改められつつあるのですが、しかし――

 すき家などのアルバイトにしてみれば、「もっと他にマシなバイトがある」と考えられる程度に状況が好転しているのは間違いありません。しかるに被雇用者全体の給与水準が上がったかと言えば、僅かに下げ止まりの傾向こそ見られないでもないですが、アルバイト求人の時給が上昇しているにもかかわらず「全体としては」賃金が下落し続けています。要因は上でも指摘されているように非正規化の流れを止められていないことにある、正社員と非正社員の給与が上がっても正社員が非正社員に置き換えられる流れが変わっていない以上、全体の平均は下がってしまうわけです。

 

契約社員、3年で「無期雇用」に…三菱UFJ銀(読売新聞)

 三菱東京UFJ銀行は、現在は6か月~1年程度ごとに契約更新している契約社員を、期間を定めず定年まで働くことができる無期雇用の契約社員にする方針を固めた。

(中略)

 契約社員の9割を占める女性が活躍する場を提供する。人手不足が懸念される中、人材確保につなげる狙いもある。

 

 先日はベネッセに勤務していた非正社員が顧客情報を持ち出して名簿業者に売却していた件が話題を攫いましたが、その被害者への謝罪はヨソの人材派遣会社に外注するとか。まぁ、日本企業の非正規雇用への拘りは実に強いですね。顧客情報を一手に管理できるような立場すら非正規に任せ、大問題を起こした後の対応もまた非正規に任せる、要するに「何でも可能な限り非正規で」というのが日本的経営というものなのでしょう。そして引用した三菱東京UFJ銀行のケースです。無期雇用に切り替える――ただし非正規のままで、と。曰く「長く働いた契約社員は、部下を指導する役割を持たせ」るとのこと、非正規のままであるにも関わらずです。事実上の店長に等しい責任を押しつけられるアルバイトも日本では珍しくありません。日本の会社経営者にとって至上命題は、利益を上げることよりも非正規雇用比率を引き上げることであるかのように見えてきます。

 冒頭の逆輸入報道で伝えられているように、「労働力不足の解決のため」という旗印の下、「女性の就業を促進する」「外国人労働者の受け入れを強化」といった政策が掲げられているわけです。しかし、その中身はどうなのでしょう。女性なり外国人なりの就労を期待するのは結構ですが、その雇用の実態は? とにかく非正規雇用に止めて置きたがるのが日本の財界人というもの、しかし正規雇用を求める日本の男性ばかりを労働力と見なしている限り、会社の求める安価な非正規労働力は確保できない、ゆえに人手不足だと騒ぎ出しているのが実情ではないでしょうか。

 結局のところ家計補助的な=非正規雇用でも十分な働き方に馴染んでいる日本の女性や、出身国の所得水準からすれば日本の非正規雇用の給与でも高級に見えてしまうであろう外国人が、新たな「非正規の」鉱脈として目を付けられていると言えます。「非正規雇用を正規雇用へと改めることで労働者の定着が必要だ」というエコノミストの指摘は至極当然なのですが、それを阻む要因として「労働力不足の解決のため」との触れ込みで持ち出されているものがあるわけです。女性や外国人が安い労働力として使われている限り、財界筋が人手不足を託つにもかかわらず賃金水準は下落する、それが経済成長の足を引っ張る事態は変わらないでしょう。実際のところ、正社員を目指そうと思えば今でもガチガチの買い手市場のままですしね……

 

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ないことを証明する、ということ

2014-07-27 23:10:17 | 社会

血液型と性格「関連なし」…日米1万人超を調査(読売新聞)

 血液型と性格の関連性に科学的根拠はないとする統計学的な解析結果を、九州大の縄田健悟講師(社会心理学)が発表した。

 日米の1万人以上を対象にした意識調査のデータを分析した。「A型の人は真面目」「B型は自己中心的」といった血液型による性格診断は、国内で広く信じられているが、就職や人事などで差別される「ブラッドタイプ(血液型)・ハラスメント」の問題も指摘されており、一石を投じそうだ。

(中略)

 血液型を巡っては、特定の血液型の人格が否定的にとらえられる例があり、問題視されている。厚生労働省によると、採用面接などで血液型を尋ねられるケースは後を絶たず、同省は「血液型は職務能力や適性とは全く関係ない」として、血液型を質問しないよう企業に求めている。大阪労働局によると、採用試験の応募用紙に血液型などの記入欄を設けていた企業に対し、是正するよう行政指導した例があるという。

 

 一昔前には「水からの伝言」ですとか近年なら「EM菌」などに代表される似非科学の教育現場への進出は一部で批判を浴びているところですが、しかし本当に似非科学が蔓延しているのは学校ではなく企業の方だと思います。教室ではなく研修の場でこそ、「メラビアンの法則」を筆頭にした根拠のない都市伝説が大々的に教えられているもの、むしろ似非科学の洗礼を受けているのは子供よりも大人なのではないでしょうか。そして今回、取り沙汰されている血液型然りですね。私も何度か面接で血液型を問われたものです。ちなみに大学の成績は、一度も聞かれたことがありません。

 血液型と性格に関連性がないことは、ちょっとマトモな人間なら誰にでも分かりそうなものですが、一方でコミュニケーション能力の高い人は、言説の真偽よりも「皆で同じものを信じる」ことの方を重んじると言えるでしょうか。世に憚る、会社で偉くなる、人事にも影響を及ぼすような地位に昇るような人ほど、いかがわしい教えを真に受けるものなのかも知れません。かくして血液型信仰は日本社会に幅広く浸透してきたわけです。そんな中で「ないことを証明する」という難事に取り組む研究者が出てきたのが今回と言うことですね。

 

先天異常率「全国と同じ」 厚労省、福島の赤ちゃん調査(朝日新聞)

 東京電力福島第一原発の事故後に福島県内で生まれた赤ちゃんは、全国の赤ちゃんと比べて先天異常の発症率がほぼ同じ傾向だったとする報告を、厚生労働省研究班がまとめた。27日に相模原市で開かれる日本先天異常学会学術集会で発表する。

(中略)

 放射線被曝(ひばく)と先天異常の関係はわかっていない。WHOなどは05年、チェルノブイリ原発事故で先天異常が増えた証拠はないとの報告書をまとめた。一方、一部の異常が増えたとする論文が、米国小児科学会誌に10年に発表された。主任研究者の平原史樹・横浜市立大教授は「今後さらに症例数を増やすとともに、解析の方法も検討したい」と話している。(岡崎明子)

 

 「ないことを証明する」ことの難しさは、低線量被曝と健康との関係においても課題になっていると言えます。今さら調査を繰り返さずとも、福島の居住を制限されていないような地域で可能な限り最大限の被曝をしたところで、影響が出たと言えるような前例のないことはわかっているのですが、しかるに朝日新聞記者のようにちょっと頭の足りない人に言わせれば「被曝との関係はわかっていない」ことになってしまうのです。「この部屋にカバはいない」ことを果たしてどうやって証明したらいいのやら……

 まぁ一見するとカバなどいないに決まっているように見えて、それが証明されているかと言えば絶対ではない、もしかしたらどこかに隠れているかも知れない、これから見つかるかも知れない、その可能性が0であることは証明されていないわけです。だからといってカバが部屋の中にいる可能性を示唆する人がいるとしたら、その人は正真正銘のバカであるか相手にするだけ無駄な屁理屈屋であるかのどちらかと言えますが、被爆の影響についてはどうでしょう。屁理屈屋を相手にするために随分と社会的なリソースが費やされてきたようにも思いますが。

 

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「働かせる側」は楽なものだが

2014-07-24 23:04:43 | 雇用・経済

 例えば納期が20日で24日に問い合わせして、「22日には着荷する予定です」と回答する業者があったら、流石にクレームに発展しても不思議ではありませんよね。でもJRだと30分に着の予定の電車が来なくて、それで今の時間が50分なのに「次の電車は46分頃に到着の予定です」とか普通にアナウンスしてくるわけです。私なんかは電車が遅れたことより、こういう乗客を愚弄したところに不快感を覚えるのですが、あんまり気にする人はいないのでしょうか。JRのように「許される存在」になりたいなと思った今日この頃です。それはさておき……

 

アルバイトが学生生活を脅かす(NHK)

学生時代に経験する人が多いアルバイト。景気の回復で人手不足が深刻化する現場を重要な労働力として支えています。その学生アルバイトの姿が、今、大きく変わっています。学生たちから、過剰な負担を強いられていると悲痛な声が上がっているのです。取材を進めるなかで見えてきたのは、「やめたくてもやめられない」学生たちの姿でした。

(中略)

取材を進めるなかで見えてきたのは、アルバイトが正社員並みの「責任」を負わされている姿でした。

生活費のために小売店でアルバイトを続けてきた平田さんも、その1人です。平田さんによると、正社員は店長の1人だけです。しかも、1人で複数の店舗を担当するため、一つ一つの店に十分な目配りをする余裕はありません。店の営業は、店長に代わってパートやアルバイトのリーダーに任されていたといいます。レジや品だしを担当していた平田さんは、働きぶりが買われて、売り場のレイアウト作りまで任されるようになり、当初はやりがいを感じていました。

その後、アルバイトの募集やシフト作りなど、リーダーの業務はどんどん広がっていきました。ついには、店の責任者として、乱暴な客に対するクレーム処理などトラブルの矢面にも立つようになったのです。日ごとに責任が重くなり、平田さんはやめようかと考えたこともあったそうです。しかし、ほかの学生アルバイトにしわ寄せがいってしまうと考え、とどまったのです。

平田さんは、「自分がやらなければお店が回らなくなるし、そうなって困るのは結局、現場にいるほかのスタッフ。ほかのスタッフが困るのに見捨てることはできない。だから、やるしかなかった」と語ります。

 

 このNHKの記事、もう少し見出しはどうにかならなかったのかと思います。これでは、アルバイト従事者が善良な市民の生活を脅かす危険な犯罪者予備軍であるかのように見えてしまいますし、本当に学生生活を脅かしている存在が隠蔽されてしまうでしょう。学生生活を脅かしているのはアルバイトなのか、そうではなく引用元で例示されているような、人件費を圧縮しつつ従業員に無理を強いて利益を確保するという日本的経営――経済誌で批判されているような非実在の日本的経営ではなく、現実の日本で広範に見られるという意味での日本的経営――こそが名指しされてしかるべきと思われます。

 

日本の「残業代ゼロ論争」にモノ申す!(上) 残業ご法度なシンガポールで面食らった僕(DIAMOND online)

 インド人の部下が、「娘が熱があるから病院に連れて行きたい、夕方4時頃に早退させてくれ」と頼んできた。しかし彼は、ある重要な機能の開発の要。しかも、その機能の開発期限がかなり迫っていた。

 詳しく聞いたところ、娘さんはインフルエンザやデング熱といった大病ではなく、普通の風邪であることが判明した。だというのに、これから専業主婦の奥さん、同居しているお母さん、そして従兄弟も一緒に家族全員で今から病院に行くとの話だ。大人の付き添いがすでに数人、しかも大病でもない……。僕は「必要な仕事が終わってから帰ってくれ」と彼に頼んだ。

 一家の大黒柱がプロジェクトの危機に瀕して、仕事を優先する。多くの日本人ワーカーの価値観からすれば、それは当然のことだ。その晩は結局、何度も家族に連絡する彼に無理強いし、午後10時頃まで働かせたのだ。

 その翌日、彼に前日のことを軽く謝った。すると、予想外の反応が返ってきた。

 「今回は事情が事情だけに許す。しかし、今度このようなことがあれば俺は会社を辞めるし、お前を決して許さない」と激怒したのだ。

 

 一方、日本的経営の常識が通用しない世界ではどうでしょうか。日本人なら、たとえアルバイトであっても「自分がやらなければ会社が回らなくなるし、そうなって困るのは結局、現場にいるほかの従業員」と考え、言われずとも家族や己を省みずに黙って仕事を優先する、それを至って自然に受け入れているわけです。しかし、そんな都合の良い労働力は日本くらいにしかいません。ヨソの国の文化で育った人に日本人のような働き方を求めれば当然、ここで引用したような反応が返ってくるものです。

 私にしてみれば日本人「以外」から、その様な反応が出るのは当然のこととしか思えないのですけれど、しかるに引用元の著者にとっては「予想外」なのだとか。う~ん、この辺も実に日本的と言えるでしょうか。結局のところ、日本の「働かせる側」の人間はあまりにも甘やかされてきた、それゆえに日本以外の世界の常識が理解できていないと言えそうです。

 日本人なら非正規であってさえ、末端の人間一人一人がマネジメントの観点を持っているもの、自分の行動が組織にどう影響するかを常に考え、当たり前のこととして会社を優先して行動してくれます。そういう社会では、「働かせる側」は実に楽なものです。マネジメントが責務であるはずの人の仕事を、会社の最も下にいる人ですらもが個々に肩代わりしてくれるのですから。

 ところが、そうしたマネジメントを末端に丸投げできる日本的経営はグローバル社会では通用しません。自分に割り当てられた仕事に関しては責任を持つけれど、その他の職責まで対価もないのに背負い込むつもりは毛頭ない、マネジメントは管理職の仕事、組織が上手く回るかどうかを考えるのは末端の役割ではなく上の人間の仕事と、そう人々が考えているような社会においては、日本の甘やかされた経営者では当然ながら通用しないわけです。日本企業が他国への進出において苦戦するとしたら、それは「働かせる側」がぬるま湯に浸かりすぎたせいでしょうね。

 

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もし藤原氏がイケメンであったなら

2014-07-22 22:08:57 | 社会

自分好みに育てたかった、と供述 倉敷・女児監禁容疑で逮捕の男(山陽新聞)

 倉敷市の小学校5年女児(11)が下校途中に連れ去られ、5日後に無事保護された事件で、監禁容疑で現行犯逮捕された岡山市北区楢津、自称イラストレーター藤原武容疑者(49)が、倉敷署捜査本部(本部長・野上幹夫刑事部長)の調べに、「少女に興味があった。自分の好きな女の子のイメージ通りに育て、将来は結婚したかった」と動機を語っていることが20日、捜査関係者への取材で分かった。

 

 ……こんな事件もあったわけです。発覚に至る子細を見るに、どうにも周辺住民が少なからず容疑者を監視していたイメージを受けないでもない、こういう覗き見趣味の隣人がいると大変だなと思いました。それはさておき、逮捕された容疑者曰く「自分の好きな女の子のイメージ通りに育て、将来は結婚したかった」とのこと。この発言に光源氏が頭に浮かんだ人は少なくないのではないでしょうか。しかも姓は藤原だそうで、実際に光源氏のモデルとされる中には藤原一門の人間も多い、せっかくならイラストレーターを称するよりも天皇家の末裔を称した方が格好は付いたかも知れません。

 さて先日は同様に(罪状はさておき)逮捕されて「自称・芸術家」と報道された人の事例を出汁に色々と書きましたけれど、今回は「自称・イラストレーター」と伝えられていますね。自称芸術家呼ばわりも酷いですが、自称イラストレーターとのレッテルもまた失礼な話ではないでしょうか。あるソ連の裁判官は詩人になるための職業訓練を受けたりしているのでもなければ詩人とは認めないとの判決を下したようですが、日本社会においてイラストレーターと認められるための条件は、いったいどこにあるのやら。

 この手の事件が起これば決まって、容疑者の本棚が暴かれると言いますか、そこにアニメや漫画が見つかれば同様に容疑者として持ち出されるのが常です。何とも馬鹿げた話ではありますけれど、例えば今回の藤原氏の愛読書が源氏物語であったりしたらどうなのでしょう。今回はたまたま容疑者が光源氏みたいなことを言い出しているだけであるとしても、源氏物語の主人公にあこがれて作中人物と同様の行為に走る人が出て来る可能性は決して否定できるものではないと思います。

 結局のところ我々の社会において――この辺は日本に限らないかも知れませんが――芸術や文化を知ることとは権威に阿ることなのかも知れないなと感じるわけです。既に権威を確立済の作品に対しては「芸術」としてありがたがり、一方で現代の漫画やアニメに関しては低俗なものとしてその影響を危険視する、そうした接し方をする人も多いですけれど、「文化」として棚に上げられている作品の中で描かれているものは必ずしも道徳的ではない、現実の人間にも実行可能であり、かつ実行すれば法に触れるようなことが盛りだくさんです。しかし知識人ぶって芸術や文化を持ち上げている人ほどそれを危険視しない、と。

 

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((i))

2014-07-20 10:50:14 | 社会

裁判官「あなたの職業は?」
「詩を書いています。誌の翻訳もしています。僕の考えでは……」
裁判官「あなたの考えなど聞いていません。ちゃんと立ちなさい! 壁にもたれないで! まっすぐ前を見て、きちんと答えなさい! 定職はもっていますか?」
「それが定職だと思いますが」
裁判官「正確に答えなさい!」
「僕は詩を書いてきました。その詩が出版されると考えていました。僕の考えでは……」
裁判官「あなたがどう考えようと、そんなことに我々は関心ありません。あなたの専門は?」
「詩人です。翻訳家の詩人です」
裁判官「誰があなたを詩人だと言ったのです? 誰があなたを詩人だと認定したのです?」
「誰も。では、誰が僕を人間だと認めたのですか?」
裁判官「で、あなたは専門の勉強をしたのですか?」
「何の?」
裁判官「詩人になるためのです。あなたはそのための教育を受けようとしましたか……」
「教育によって詩人になれるなんて考えてもみませんでした……」
裁判官「では、どうすればなれます?」

 これはソ連の裁判所における一幕で、被告人はヨシフ・ブロツキー、就職も就学もしていなければ職業訓練を受講中でもない――日本風に言えばニート――との嫌疑で捕まった時のことです。ブロツキーは自らの職業を詩人であると答えましたが、ソヴェトの司法はそれを認めませんでした。詩を生産する会社に就職しているわけでもなければ詩人になるための専門学校に通っているわけでもない、それでは詩人とは認められない、と。かくして自称・詩人のブロツキーは服役を余儀なくされました。

 

女性器3Dデータ配布容疑 自称芸術家の女「ろくでなし子」を逮捕(Sponichi Annex)

 警視庁保安課は14日までに、自身の女性器の3Dデータを配布したとして、わいせつ電磁的記録頒布の疑いで、「ろくでなし子」の名前で活動する自称芸術家五十嵐恵容疑者(42)=東京都世田谷区=を逮捕した。同課によると、3Dデータをわいせつ物と認定して立件するのは全国初。

 データは数字や文字の羅列だが、保安課は3Dプリンターに入力すると石こうなどで形状を再現できるとして、わいせつ物に当たると判断した。

 逮捕容疑は3月、インターネットを通じて自身の陰部の3Dデータを香川県の男性会社員(30)に配った疑い。保安課によると、「そのものの画像ではなく、警察がわいせつと認めたことに納得がいかない。私にとって手足と一緒と思っている。データがわいせつとは思わない」と否認している。

 

 ……で、先週はこんなことがありました。時に「自称芸術家」という肩書きで報道される人がいるわけです。今回の「ろくでなし子」氏に関しては「自称」を付けずに「芸術家」として報道しているメディアの方が多いようではありますが、しかし人は何によって「芸術家」と認められるのでしょうね。冒頭のブロツキーは「天賦の才能」と語ったようですけれど、それは公的には認められませんでした。日本ではどうなのでしょうか、日本でも人を芸術家と認めるためのハードルが高い人は少なくないようです。

 男性器を模した像は、しばしば信仰の対象として日本でも飾られていたりもするところです。男性器に比べると女性器のタブー視は強くて、その辺は疑義の一つもあって良さそうに思わないでもありませんし、この「ろくでなし子」氏の活動の中にはそうした意味合いもあるようです。ところが警察にしてみれば女性器の3Dデータは「わいせつ物」であり即座に逮捕の対象になるとのこと。独立した女性器の3Dデータで興奮できるのはかなりの上級者ではないかという気がしますけれど、警察にはその手の人が多いのでしょう。

 真面目に考えれば、結局は警察へのみかじめ料が足りなかった、3Dデータに関しても○○倫理協会の類でポストを用意して警察には甘い汁の一つも吸わせてやらないとダメだったのだろうと推測されます。警察から身を守るための対策は、ちゃんと考えないといけませんね。なお「ろくでなし子」氏は「データがわいせつとは思わない」とコメントしているようです。世の中には、常人の想像を超えたものに性的な興奮を覚える人がいるもの、何が猥褻であるかは極めて個人差が大きいわけですが、一般論として「逮捕されるほどのことではあるまい」と感じる人が多いのではないでしょうか。

 そもそも芸術とは同時代の人間にとってしばしば不道徳なものです。往々にして芸術について理解がある風を装っている人ほど、既に権威を確立済の芸術を追認するばかりで芸術について凝り固まったイメージを持っているところですが、現代において「高尚な」扱いを受けている芸術作品の多くは、その産み出された当時の評論家からは悪し様に言われてきたケースが少なくありません。芸術とは昔から露出趣味であって裸体を隠したりはしないもの、その当時の価値観に喧嘩を売ってきた類は数知れないはずです。この「ろくでなし子」氏のように、ちょっと危ない橋を渡る人にこそ十分に「芸術家」を名乗る資格はあると思いますね。

 

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ミスリードに最も熱心なのは……

2014-07-17 23:35:28 | 政治

再稼働に批判鮮明 滋賀知事に卒原発派 政権運営に痛手(朝日新聞)

 また、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定後、多くの報道機関の世論調査で安倍内閣の支持率が下落。菅義偉官房長官は9日、「安全保障が引き金になったことも事実だ」とも認めた。朝日新聞が13日に滋賀県内の投票所で行った出口調査によると、知事選では、行使容認に慎重だった公明党との選挙協力に乱れも見えており、今後の選挙への影響も予想される。

 自民党の石破茂幹事長は13日、東京都内で記者団に原発再稼働について「方針に変更はない」と明言したが、「選挙期間中、『集団的自衛権はよくわからない』という声を少なからず聞いた。国政上のことで(知事選に)影響があったとすれば、我々の責任だ」と語った。

 

卒原発派、滋賀知事に 三日月氏が当選 再稼働、根強い批判(朝日新聞)

 衆院議員を4期10年半務めた三日月氏は、3選への立候補を模索していた嘉田由紀子知事(64)と政策調整の末、原発を段階的になくす「卒原発」の主張を引き継ぐことを条件に後継指名を受けた。5月に民主党を離党して立候補表明。隣接する福井県の原発の「被害地元」として、再稼働の判断にかかわれるよう訴えた。

 選挙戦中盤からは集団的自衛権を使えるように閣議決定をした安倍政権への批判を強調。前回の知事選で、過去最多の約42万票を集めた嘉田知事の支持票を取り込んだ。

 内閣参事官として安倍政権の成長戦略の立案に携わった小鑓氏は国とのパイプをアピールしつつ国政の課題に踏み込まず、地域経済活性化を中心に訴えた。自民党は延べ200人近い国会議員を送る総力戦で臨んだが、及ばなかった。坪田氏は「原発即時ゼロ」を掲げ、政権批判を強めたが、支持は広がらなかった。

 

(時時刻刻)敗北、政権に誤算 滋賀知事に卒原発派 再稼働路線に冷や水(朝日新聞)

 一方、告示1カ月前の自民党の調査で小鑓氏がリードし、「ふつうにやれば負けない選挙だった」(自民党幹部)だけに、政権はショックを隠せない。三日月氏の原発政策の批判は想定内だったため、選挙戦中の今月1日に、集団的自衛権の行使を認める閣議決定が行われたことが影響したとの見方もある。

(中略)

 しかし、小鑓陣営の幹部は「1日の閣議決定で雰囲気が変わった」と語る。実際、朝日新聞が13日に行った出口調査で、集団的自衛権をめぐる閣議決定に慎重だった公明党支持者の足が投票に向いていないという傾向も明らかになった。公明党幹部の一人は13日夜、朝日新聞の取材に「安倍首相のオウンゴールだ。集団的自衛権の閣議決定の時期を間違えた。安倍首相の欲望むき出しのやり方を変えてくれればいいのだが」と不満を口にした。今後、10月に福島、11月に沖縄と二つの知事選が待ち構え、来春は統一地方選も控える。自公間の選挙協力がうまくいくのか不安も残った。

 

 ……とまぁ、朝日新聞の記事をまとめて3本ばかり引用しましたが、何とも朝日新聞の姿勢をよく表わしていると言えるでしょうか。他紙でも選挙結果を伝える記事は多々ありますけれど、朝日新聞だけが異彩を放っている、どうにも違う世界に生きているかのごとき印象を免れません。「滋賀知事選敗北、失言・ヤジ問題で苦戦した自公」と読売新聞、「<滋賀県知事選>前民主の三日月氏が初当選 自公が敗北」と毎日新聞、「安倍政権に突然の逆風 自公系敗北は「複合的」な要因 滋賀県知事選」と産経新聞が伝える中、朝日新聞だけが一人で原発稼働を争点にしているようです。あの偏向報道の中日新聞でさえ「「後継」浸透、逆境しのぐ 県知事選、三日月さん初当選」と書いています。しかし朝日新聞にだけは、別の何かが見えているのでしょうね。

 朝日新聞と言ったら「プロメテウスの罠」に代表される悪質なノンフィクション風フィクションや、何故か科学医療部に在籍している大岩ゆり記者の性懲りもないミスリード記事など色々と問題のある代物が目立つわけです。5月頃に掲載された吉田調書を巡る報道などもお粗末極まりなく、見出しで読者を誤解させようという意図がありありと窺われたものですが、まぁ戦前の世論をリードした朝日新聞の精神は現代にも受け継がれているのかも知れません。朝日新聞の原発に関する記事は初めに結論ありきで読者を誤解させるように書かれているから、あんまり読まない方が良いだろう、せめて他の媒体で裏を取りながら眺めるぐらいにしておくべきだろうと、そんな気がします。

 そんな朝日新聞が、今回の滋賀県知事選挙で一紙だけ「原発こそが争点であった」と見せかけるべく頑張っているわけです。ただ吉田調書報道の時がそうであったように、注意深く伝えられている内容を検討すると、大きく掲げられた見出しとは幾分か事実は異なることが分かると思います。実際、朝日新聞も伝えざるを得ないように、当初は自民党候補の圧勝が予想されていました。そして見出しを飾った原発稼働に関する自民党の態度は、選挙戦の序盤も中盤も終盤も特に変化はない――遅々として進まない――ままです。では事前の予想とは大きく異なった結果に至った「変化」はどこにあったのか、それは当然ながら選挙期間中に起こったことに求められるのが自然というものでしょう。

 「原発即時ゼロ」と、実質的には嘉田氏の唱えてきたことに近い立場を取っているはずの共産党候補は、さっぱり票が伸びませんでした。原発を段階的になくす「卒原発」とは実際には自民党の政策に近いわけですが、それを看板に掲げた――ただし主張は卒原発というよりも急進的で非現実的な――候補が勝ったわけです。問題は原発の是非であると言うよりも、選挙期間中に自民党が大きな反発を買ってしまったことにあるのではないでしょうか。それは読売の伝えるような議会でのヤジもありますし、自民党側も認めざるを得ない、朝日新聞も伝えざるを得ない、そして勝者である三日月陣営も批判を強めたという集団的自衛権の問題も大きかったはずです。

 集団的自衛権そのものもさることながら、「解釈の変更」という超理論だってどうなんだろうと私などは思うところです。「解釈の変更」で憲法上許されないはずのことにGOサインが出るなら、もはや何でもアリ、立憲主義を放棄しているようなものですから。まぁ、日本は昔から内閣の下に司法がある国でしたからしょうがありません。ただ朝日新聞も、つい先日までは集団的自衛権に反対の立場を取っていたはずです。しかるに、いつの間にやら後ろへと追いやられてしまったのでしょうか。選挙の動きを見れば、集団的自衛権に対する反対の世論を強調することは至って自然なことと思えるのですけれど、朝日新聞が無理筋を厭わず前面に掲げたのは「原発反対」でした。こういう「脱原発が第一」な人々の節操のなさには付いていけませんし、朝日新聞社の変わらぬ煽り体質にも辟易しますね。

 

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先延ばしのための改革はいらない

2014-07-15 22:52:52 | 雇用・経済

日本の外国人実習に懸念=「強制労働の温床」-米大使(時事通信)

 【ワシントン時事】人身売買問題を担当する米国のシデバカ無任所大使は8日、上院外交委員会の小委員会で開かれた公聴会で証言し、日本政府が運営する外国人技能実習制度が「強制労働」の温床になっていると改めて懸念を示した。
 シデバカ大使は「人身売買業者は(外国人を)強制労働に服させるのに同制度を利用し続けている」と指摘。日本政府が運用を十分に監督できていないところに問題があるとした上で、「われわれは監督機能を強化するため、日本政府と緊密に協力していくつもりだ」と語った。 
 外国人技能実習制度の拡充は、安倍晋三首相の成長戦略の柱の一つとなっている。

 

 こうした指摘は過去にも少なからず例があり、まさしく日本の恥部とも言えるものではあるわけですが、しかるに人身売買の「売り手」側の対応はどうなんでしょうね。今回、日本の制度に懸念を示しているのはアメリカの大使ですけれど、アメリカから日本に「実習生」を売っているケースは限りなく少ないはずです。そういう国からではなく、この「実習生」の供給元になっている国、日本が労働力を買ってくる国から、もう少し強い非難の声が上がっても良さそうに思います。例えば中国とか、この問題でこそ日本を強く批判する資格がありそうなものです。自国側のブローカーをかばい立てしたいわけでもないでしょうに。

 総じて21世紀の日本は、構造的欠陥として低賃金労働への依存度が高い国だと言えます。最低賃金ギリギリで働く人の存在に支えられている、最低賃金が上がったら経営が成り立たないような企業すら犇めいている、従業員の賃金を抑制することで収益を確保するのが日本的経営の標準になっている、低賃金で働いている人がいないと成り立たない社会が構築されているわけです。もし薄給で激務をこなしてくれる人がいなくなったら潰れてしまう業界も少なくないでしょう。しかし、今や日本の生命線となっている低賃金労働者に感謝する人はいません。ウナギよろしく国内に資源が枯渇すれば外国から略奪してくればいいとばかりに考えている人も多いのではないでしょうか。その必然的な帰結が、移民の受け入れであり外国人技能実習制度の拡充であると言えます。

 人権や労働者の権利を重んじる立場から、この技能実習制度を否定的に見る人は少なくありません。引用したアメリカの大使の場合も然りですね。逆に移民を含めた外国人の存在を憎悪して止まない人々はどうでしょう。こうした人々もまた移民の受け入れには批判的のようですが、ただし日本における外国人の扱いが悪いからこそ、こうして政財界の偉い人が外国人を日本に連れてこようとしていることには自覚的であるべきでしょうね。レイシスト連中の思惑通りに外国人の権利が否定されればされるほど、外国人は日本人よりも「安価な労働力」として使い勝手の良いものになるのですから。

 いずれにせよ、日本の政財界の低賃金労働者を求める旅は、結局のところ上で言及したウナギと同じような道を辿ることになりそうです。国内でウナギを取り尽くして資源が枯渇すれば中国へ進出し、中国の資源を枯渇させた次は新たな略奪先を探す、それが限界に達してウナギを絶滅危惧種にまで追い込んでしまったわけですが、日本企業が求める安価な労働力はどうなのでしょうか。待遇の悪い日本が外国人労働者から敬遠されるようになる、出稼ぎに行くにしてももっと他の国が選ばれる時代は遠からず訪れるはずです。低賃金労働に依存した日本的経営が改められない限り未来はない、外国人を「買って」も可能なのは延命だけ、先延ばしにしかなりません。必要なのは低賃金労働依存からの脱却であって、低賃金労働者の確保先を増やすという改革は退行にしか繋がらないことを理解すべきでしょう。

 

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あ、これ進研ゼミに登録したやつだ!

2014-07-13 22:36:07 | 社会

ベネッセ社長、容疑者は「絞り込めた」(読売新聞)

 顧客情報760万件が流出したベネッセホールディングス(HD)の原田泳幸会長兼社長は10日、読売新聞の取材に応じ、「セキュリティーシステム(の痕跡)によって(流出させた容疑者は)ある程度絞り込まれた」との認識を明らかにした。

 原田氏は、警備体制について、「他社に比べて欠陥があったゆえの事故だとは思っていない。どんなにシステムに二重、三重のパスワードをかけてもその人たちが結託したら(情報を盗むことは)できる。最後は倫理だ」と強調した。そのうえで、「ハード(設備)、ソフト(内容)のさらなる強化を考える」と述べた。

 

 進研ゼミで有名なベネッセ社からの顧客情報流出が話題になっていますね。ベネッセの現社長はマクドナルドの元社長で、顧客情報ならぬ顧客そのものを大量流出させたことで名高いプロ経営者の原田泳幸氏、曰く「最後は倫理だ」とのこと。私も職務上は顧客情報にアクセスできますので、まぁ盗もうとすれば不可能ではありません。「最後は倫理だ」というのはわからないでもないですけれど、では倫理を担保するのは何なのか。誠意とは言葉ではなく金額です。流出させたのはベネッセの子会社の業務委託先の非正規社員とも伝えられています。端金しか渡していないであろう相手に倫理を期待する権利があるのか、普通に働くよりも情報を盗んで売り渡した方が得になるような、その程度の待遇しか提供できていない会社に「倫理」を求める資格はないでしょう。

 なお流出した顧客情報はベネッセの子会社の業務委託先の従業員から名簿業者へ渡ったと推測され、それがまた別の名簿業者へ、さらにまた別の名簿業者を通じてジャストシステム社に売られ、このジャストシステムから送りつけられたダイレクトメールを不審に思った人からの問い合わせで事態が発覚したとか。結構、同名の企業は多いだけに最初はジャストシステムと聞いてATOKで有名な徳島の会社ではなく、それとは同名の別企業と思ったのですが、残念ながらATOKのジャストシステムでした。

 ATOKだけではなくShurikenも使っている、過去には一太郎もKasperskyも買っていた私としては、こういう形でジャストシステムの名を目にするのは悲しいものがありますね。しかしまぁ、気になって久々にジャストシステムのHPを見たら随分と怪しい商売に手を出している印象と言いますか、これまでのソフトウェア開発では食えなくなっているんだろうなと、悲しい現実を目の辺りにさせられた気分です。会社はともかく事業には寿命があるもの、遠からず創業当時の事業とは全く別の分野に活路を切り開くことが会社の存続には必要なのは分かりますけれど。

 何かを登録したわけでもないのにジャストシステムからDMが届いたということで、それを不審に思って問い合わせをする人がいたことから事態が発覚したと伝えられています。しかしまぁ、流出元のベネッセの場合はどうなのでしょう。ベネッセの看板商品である進研ゼミのパンフレットが定期的に自宅に送りつけられてきた記憶のある人は多いはずです。こちらから何かを伝えたわけでもないのに、正確に対象年齢を把握してDMを送ってくる進研ゼミの存在も、よくよく考えれば意外に不気味なのかも知れません。

 一昔前には合法的に、そして今でも法律の抜け穴やグレーゾーンを通じて個人情報に相当するものは市場に流通しているわけです。そう言えばパソコンや家電製品でも保証書に大手量販店の印が押された商品が、秋葉原の裏通りなどの格安店で新品と称して売られていることがあります。あるいはメーカーから商社への卸値よりも安値で売り出されているのを目にすることも時にある等々、そうした商品はどこから仕入れられているのでしょうね。万引きやカード詐欺で量販店から騙し取った商品を市場に流す人もいるようですが……

 流石にジャストシステムも、ベネッセから情報を抜き取った従業員から直接、名簿を買い取ったりはしないでしょう。ただ結局のところは「盗品」を買っていたわけです。情報を盗んだ人からリストを購入した名簿業者があり、それをまた別の名簿業者が買う、このようにロンダリングを重ねて非合法性を隠して有名企業の手に渡る、という流れだったようです。しかしまぁ名簿業者も微妙ですが最終的な顧客の側にも省みられるべきものはやはりあるのではないでしょうか。

 どこかから入手された名簿に基づいて営業をかける、そんなのはジャストシステムに限らず他の会社でも当たり前にやっていることだとは思います。とはいえ、この辺も議会でのヤジと似たようなもので「今まで」はよくあることとしてスルーされてきたとしても、「これから」は問題のある行為として批判的に見られた方が良いのかも知れません。「トレーサビリティ」という概念もあります。専ら食品分野で用いられることが多いですけれど、今回のような顧客情報の類もまたトレーサビリティが必要なのではないでしょうか。大元が盗品ではないか、偽装がないか、その点をハッキリさせられない代物は「怪しい商品」として退けること、企業が自社のイメージを守りたければ、それができなければダメです。

 

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私だったら駅員の方を探しますが

2014-07-11 21:44:06 | 社会

 先日は通勤中に駅のホームで倒れた方がいまして、まぁ電車通勤をしていれば時に目にする光景ではあるわけです。そういうときは近くの駅係員を呼び止めて対応を任せれば良いものと私は思っているのですが、その日は駅員になど目もくれず、電光石火の勢いで駅の非常停止ボタンを押しに行ったお嬢さんがいらっしゃいました。う~ん、もしかしたら眼病とかで駅員の姿が目に入らなかったのかも知れませんね。何はともあれ、昏倒したおじさんを尻目に電車は止まることとなりました。

 この頃は、非常停止ボタンをレストランの呼び出しボタンみたいなのと勘違いしている人も多いのでしょうか。駅のホームで誰かが倒れたからといって電車を止める必要が全くないのはいうまでもありません。むしろ、駅係員の初動が遅れそうな気がします。列車の事故ではないのかも確認しなくちゃ行けなくなってしまいますから。少なくとも駅員よりも優先して非常停止ボタンを探さなければならないものではないはずです。しかるに、急病人が出たら電車を止めるという、この不思議な流れがいつの間にか頭にしみこんでいる感じの人は、私がたまたま目撃した場合に限らず存在するようです。

 JRのアナウンスがそれぞれ食い違っているのはいつものことで、もう場当たり的に不正確なことしか言えないのなら放送の度に「別に確認したわけではありませんが私の個人的な推測では~」とでも付けたらどうかと思わないでもありません。ただまぁ、電車の遅れを告げる放送で「安全確認のため」と「お客様急病のため」が混在しているのは、上で挙げたようなケースがあるせいなのでしょうか、いつも駅構内でのアナウンスと電車の中で流されるアナウンスで遅延理由の説明は異なるわけですが、場合によっては「どっちでも正しい」こともあり得るようです。

 急病人が出たのは確かなので、遅延理由は「お客様急病のため」と車掌は説明し、同時に非常停止ボタンが押されて必然的に安全確認を行わなければならなかったため、駅のホームでは遅延理由として「安全確認のため」が告げられる、二重に馬鹿馬鹿しい展開には頻繁に出会います。何なんでしょうね、電車を止めなければ倒れた人の容態が悪化すると思われているわけでもないでしょうし、電車は通常運行させてやった方が、駅員が急病人の対応に当たる余裕はできそうなものなのですが。

 まぁ、無意味なことや実は足を引っ張るような類でも、善意の衣を着せられると批判が封じられることもあるような気がします。EM菌云々とか典型的でしょうか、実際は生ゴミを河川に投棄しているだけ、安全性不明の雑菌を他人に飲ませているだけの活動ですが、しかるに悪意ある破壊活動としてではなく河川を綺麗にするため、子供達の健康を守るためみたいな名目で行われているわけです。そして善意だけで評価される、その中身に意味があるのかどうか、むしろ有害ではないのかと言った検証は、善意にケチを付けるものであるかのごとくに見られがちです。

 ホームで人が倒れたら電車を止めるという、よくよく考えれば救護には何の関係もない行動もまた然り、目の前で危機的状況に陥っている人を助けたいという善意によって塗りつぶされ、「それは必要のない行動じゃないの」というツッコミは退けられてしまうのかも知れません。人助けの善意と電車を止めるのはセット扱い、電車を止めることを批判すれば、急病人を助けようとする善意まで否定しているかのごとくに扱われるものなのではないでしょうか。そんなわけで、今日も明日もJRは止まり続けます。

 後はまぁ、他人の時間を奪うことに寛容な社会ってのもありますかね。日本で働く外国人の目線からすると、日本人が時間にうるさいなんて大間違い、始業時間にうるさいだけで終業時間にはルーズということのようです。私も、日本人が時間に正確だなんてのは自惚れでしかないと思います。他人の時間を奪うことが特に悪いとは考えられていない、むしろ他人を待たせることに不平でも述べたら逆ギレされることの方が目立つくらいですから。だから電車を止めるぐらい、どうってことありません。時間の遅れにとやかく言う方が悪者と決まっているのです。

 

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「憲法上認められない」ことを可能にするのが「解釈の変更」なのだから

2014-07-08 23:30:27 | 政治

政府HPで説明「徴兵制は憲法上認められない」(産経新聞)

 政府は5日までに、内閣官房のホームページ(HP)で、集団的自衛権の行使を容認した閣議決定を説明する一問一答を掲載した。計22問で、閣議決定について「わが国を防衛するために、やむを得ない自衛の措置として必要最小限の武力の行使を認める」と理解を求めた。「戦争への道を開くものではない」とも強調。徴兵制が採用されるのではとの質問には「全くの誤解だ。徴兵制は憲法上認められない」と答えた。

 

 ……とまぁ、こんな風に伝えられているわけです。いつも思うのですが報道側もweb上に掲載する以上は言及しているHPへのリンクでも張った方が読者の理解を促す上で適切ではないかという気がします。単に紙の新聞の引き写しというのでは芸がないですよね。

参考、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答 - 内閣官房

 なお引用した産経新聞の伝え方にはある種の感情がこもっていると言いますか、何となく大元とニュアンスが異なって聞こえるところです。曰く「徴兵制が採用されるのではとの質問には『全くの誤解だ。徴兵制は憲法上認められない』と答えた」とのこと、この辺は内閣官房の大元の言葉では「全くの誤解です。例えば、憲法第18条で『何人も(中略)その意に反する苦役に服させられない」と定められているなど、徴兵制は憲法上認められません。』となっています。政治家のオフレコ発言を後から記事にするのなら多少は言葉遣いが異なってしまうのもやむを得ないですが、政府が文書で示していることなのですから、その辺は正確に引用してやった方が良いのではないでしょうか。産経報道を鵜呑みにしてしまうと、政府の発表が随分とぶっきらぼうな代物に見えてしまいます。

 そうは言っても、報道以前に内閣官房の語ることが答えになっていない印象がないでもありません。「徴兵制は憲法上認められません」とのことですけれど、元々は憲法上は認められないはずの集団的自衛権を「解釈の変更」という超理論によって可能であると政府が決定してしまったことに端を発しているわけです。ならば、内閣官房が挙げた憲法18条だって「解釈の変更」の対象にならないのか、その辺を内閣官房は応えるべき義務があるように思います。「解釈の変更」という魔法で集団的自衛権の行使が可能になるのなら、徴兵制の導入だって「解釈の変更」を行えば済むことですから。

 とかく知ったかぶり系の論者は「徴兵制は高度に専門化した軍隊では役に立たない」とか「自衛隊は今や人気職種で人手不足にはほど遠い」みたいなことを語ります。一方で十分に近代化を果たした国でも徴兵制度の残る国はあるわけですし、元より日本において自衛隊とはサラリーマンの研修機関として最も人気のある存在だったりします。従業員の新人研修として自衛隊へ体験入隊させる日本の会社は何ら珍しい存在ではありません。そして中高年職員なり職に恵まれない若者なり、とにかく自分が憎悪している層を「自衛隊に入れて叩き直せ」と説く人は政治家の中にもたくさんいる、軍事に詳しいフリをしている人ほど分かっていないのですが、軍隊の役割とは他国と闘うことではないのです。

 かつてソ連には「徒食罪」みたいな括りがありました。働きぶりが(国家から見て)芳しくない人は罪人として刑務所送りにされてしまうわけですね。日本ではどうでしょう、やはり働きぶりが権力を持った人々から見て芳しくない存在、ニートなり社内ニートなりとレッテルを貼られるような人々などが矯正の対象として自衛隊に送られるぐらいのことはあり得ない話ではないように思います。もちろん憲法上は問題のありそうなことですけれど、「解釈の変更」を行えば何でも可能にできるわけですし。徴兵ならぬ「懲兵」ってところでしょうか。

 

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