非国民通信

ノーモア・コイズミ

雇う側が変わらないことには

2023-03-05 23:53:36 | 雇用・経済

長時間労働、飲みニケーション…オッサン文化が日本をダメにする。筋金入りのオッサンを変えるには?(FNNプライムオンライン)

――とはいえ、自分がパワハラをしていることにさえ無自覚な、筋金入りのオッサンを変えるにはどうすればいいんでしょう?

青野氏​:
お勧めはその人の下でもう働かないことですね。いま日本の企業で大問題になっているのは、人材を採用できない、採用しても定着しないということです。ですから社員がどんどん離れていけば経営者も変わらざるをえなくなる。それが僕は大事だと思います。“失われた30年”の理由の1つは「終身雇用」という考え方です。1社に入って長く勤める文化が、企業の変化を遅らせました。人生100年時代を考えると転職、副業や兼業をするスキルの方が大事ですね。

 

 表題に掲げられているような「長時間労働、飲みニケーション」が害悪でしかないこと自体は同意するところですが、それを「オッサン文化」と定義して良いかは疑わしくもあります。以前に「いじめ」の成立要件として私は「周囲の支え」を挙げました。元から問題児として扱われている人間が誰かに暴行を加え、結果として処罰するのであれば非行でしかありません。しかし加害行為自体は同質でも級友の賛同や教員の黙認が加わると、「いじめ」として刑事罰の対象からは外れるわけです。

 パワハラも似たようなところがあって、「会社の評価」が成立要件であると言えます。最初から問題社員として認定されている人が何らかの加害行為によって懲戒処分を下されるのであれば、それがパワハラと呼ばれることはないでしょう。会社から評価されて一定の権力を与えられてる人が誰かを傷つけてこそのパワハラです。その前段には必ず、ハラスメントを行えるだけの「パワー」がどこかで与えられている、という点に注目が必要だと思います。

 問題のある人間に「パワー」を与える、すなわち社内での立場を強くさせる人事があってこそのパワハラです。加害傾向のある社員に「パワー」を与えないことこそが雇用側の責務と言えますが、上記の引用でインタビューを受けている青野氏は大企業の社長ですから、自社にパワハラが存在するのであれば責任を問われるのが筋でしょう。パワハラは「オッサン文化」のせいなのか、そうではなくハラスメント傾向のある社員に地位と権力を与えた側の問題なのか、少なくとも私は青野氏とは違う見解を持っています。

 終身雇用が悪であると、30年ばかり言われ続けてきました。同じことを30年言い続けてきた結果が“失われた30年”ですから、その辺の認識にも何らかのアップデートが必要だと私は考えていますけれど、財界人の論調は私が子供の頃から何ら変わることがないようです。そして青野氏は同時に「日本の企業で大問題になっているのは、人材を採用できない、採用しても定着しないということ」と語もっています。さて──

 もとより若年層の3割は入社から3年以内に離職するのが現状で、その割合は緩やかな増加傾向にあるわけです。ただ、雇用の流動化とはそういうものでしょう。なんだかんだいって若ければ転職先は見つかるもので、生産性の低い会社から生産性の高い会社へと転職を考えるのは至って自然なことです。日本国内のどの会社も若い人材を欲しがるのならば、他社に移るために辞める若者は増えるのが当然、若年層の雇用流動化は避けられないと言えます。

 一方で「終身雇用」が悪であると認定する人の望みはどこにあるのでしょうか。終身雇用の否定を換言すれば、すなわち終身「ではない」雇用です。つまりは「若い間だけ」雇用したい、水商売と同じようなものです。しかるに我々の社会では経験より若さの方に価値があるだけに、年齢が上がるほど転職は難しくなります。紐では押せない──市場の需要に乏しい中高年ほど会社に止まる傾向が強まるのは必然です。

 現実問題として年齢が上がるほど転職先は頭脳労働から肉体労働へとシフトする傾向があります。若い人は頭を使って働き、老いた人は体を動かして働くことが求められているわけですが、その合理性はどれほどのものでしょうね。中高年社員が転職することも多い介護・福祉や運輸関連は社会的な必要性が高い反面、賃金水準は他業種よりも低いことが一般的です。

 人件費を低く抑えるのが“失われた30年”における国是のようなものでしたから、実績の乏しい若者を安く雇用し、実績を積み上げて昇給した中高年には低賃金の業界に転職してもらう、というのが日本の財界人の理想なのかも知れません。ただ公然と経営側の都合の良い思惑を語るのは憚られることでしょうから相応に切り口も変わる、だから「1社に入って長く勤める」ことを悪玉視し、給料が上がる頃には辞めることが世のためであるかのように語るわけです。

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日本で働く人が貧しくなった原因

2023-02-12 21:52:50 | 雇用・経済

 先日、源泉徴収票を受け取ったのですが、自分の手取りから想像していたよりもずっと額面の年収が多かったことに驚きました。世間で「年収○○万円以上~」みたいに語られることは多いですけれど、この場合の年収とは額面と手取りのどちらを指しているのでしょうね。額面で悪くない収入に見える人でも、手取りだと相当に目減りしてしまいますから。

 スポーツ界でも日本のプロ野球であれば額面の方で報道されるのが一般的であるのに対し、ヨーロッパのサッカー界では手取りでの発表が基本になっているようです。ただどちらの場合も、その金額が額面であるのか手取りであるのか明記されているケースは稀で、都合良く使い分けたり解釈されたりしているケースも多いように思います。見栄を張りたい場合は額面で、高給を隠しておきたい場合は手取りでと、結局は状況次第になるのかも知れません。

 それはさておき、今年も春闘の時期がやってきました。微々たる賃上げが大成果であるかのように語られる時期でもありますけれど、当の給与所得者から見て実感できるレベルの賃上げには遠いのが現状でしょう。前年度と給与明細を見比べれば僅かに額面が上昇していることを判別できる──この程度の賃上げでは国内の消費が活発することはない、ひいては日本経済が発展することもないと言えます。

 かつてはデフレの継続に加え、実態とかけ離れた円高が放置されたこともあって、日本人の購買力が高いように見えた時期もありました。しかしデフレという日本やジンバブエぐらいでしか発生しない異常現象は終わり、急速なコストプッシュインフレと日本の経済力を正しく反映した円安で、日本人の購買力の低下は誤魔化しようがなくなっています。ならば相応の賃上げが社会の維持に必要との結論に至るわけですが、その実現に向けた道筋は描かれているのでしょうか。

 30年前の父親の年収は、2022年の私の年収の倍を上回っていました。そこまで行かないまでも、自身と配偶者を合わせた世帯年収が30年前の父親一人分の年収に及ぶかどうか、という人も多いであろうことが統計からも推測されます。賃上げ自体は亀の歩みでも進んでいるはずなのに、どうして現代人は一世代前の人々よりも経済的に貧しいのか、その原因は問われるべきです。

 私の勤務している会社の場合、昇進しなければ給料は上がりません。では昇進すれば給料が上がるかと言えば、決して大幅なものでもありません。そして昇進できるのは限られた人だけです。過去に勤めていた離職率の非常に高い会社であれば若くして肩書きの付く人が多く、20代で管理職に昇進する人も珍しくありませんでしたが、昇進が昇給に結びついているかと言えば、それはまた別の話でした。自分の周りで高給を得ているのは、親会社からの天下り組と歩合で稼いでいるトップ営業の人ぐらいですね。

 結局のところ今の世代が前世代よりも薄給なのは、社会全体での賃上げではなく個人単位での昇給ペースに問題があると言えます。入社時点では今時の新卒よりも低い給与であったとしても、数年勤めている内に給与がどんどん上がっていく、その結果として現代人よりも高い給料を前世代の労働者は受け取っていたわけです。しかし現代日本において、単に勤続年数を重ねることで賃金が上昇することは皆無でしょう。入社当時からろくに昇給が行われないのであれば、多少のベースアップが続いたところで誤差の範囲に過ぎません。

 扶養家族のいない気ままな若い時期の給与は微増しても、その先の昇給がないから結婚や出産の適齢期に入っても家族を扶養できるような高級取りは出てこない、家を建てたくなっても将来の昇給の目算が立たないのでローンを組むのも躊躇われる、それが現代です。もし勤続年数によって着々と賃金が上昇していくような仕組みがあったなら、もう少し世の中は変わっていたことでしょう。しかし現代人の多くは、将来の昇給をライフプランに組み込めないわけです。

 年功序列は悪であると、おまじないが30年ばかりに唱え続けられてきました。その甲斐あってか日本からは年功序列の賃金体系が根絶されたかに見えますが、結果はどうなったでしょうか。競合の中国企業や韓国企業よりも日本の人件費が安くなったのは意図した通りなのかも知れませんが、子供を作って欲しい年齢に達しても給料が低いままという現状は少子化を加速させ、将来の昇給を当て込んで高価な買い物をする人が減り国内消費も順当に落ち込んだのは、十分に予測できたことのはずです。この四半世紀の日本経済低迷の過ちを認めるのであれば、何を「悪」と見なしてきたかという点でもまた、態度を改める必要があると言えます。

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野党の存在意義

2023-01-22 22:58:24 | 雇用・経済

連合岐阜、今井瑠々氏を批判 自民への転身「断じて許されない」(朝日新聞)

 4月の統一地方選で、岐阜県議選多治見市選挙区(定数2)に自民党推薦で立候補することを表明した今井瑠々(るる)氏(26)について、前回の衆院選で推薦した連合岐阜の筒井和浩会長は17日、「断じて許されない行動であり、強く非難する」とする談話をホームページで公表した。

 今井氏は2021年の衆院選岐阜5区で、立憲民主党から全国最年少の25歳で立候補して落選。その後も同党の総支部長として活動していた。

 立憲民主党が17日、離党を申し出ていた今井氏を除籍処分としたことを受け、筒井会長は「組織・組合員の皆さん、投票いただいた皆さんへの裏切りであり、いかなる理由を説明されても到底理解できない。私たちは今井氏の行動に負けるわけにはいかない」と批判した。

 

 元・民主党候補が自民党への転身を表明したことで一部では動揺が広がっています。事実上の支持母体である連合も「断じて許されない行動であり、強く非難する」などと宣っているわけですが、どうしたものでしょう。そもそも連合自体が前回の参院選では必ずしも全面的な民主党支持ではなかった、選挙区によっては自主投票を呼びかけるなど、自民党への接近と解釈される動きも見せていたはずです。それは民主党サイドから許される行動だったのでしょうか。

 民主党と連合との亀裂は、枝野派と共産党との選挙協力が発端でした。そもそも連合とは労使協調の理想を追求すべく、共産党の影響力が強い組合を排除することで形成された組織です。連合とは統一教会と並ぶもう一つの勝共連合であり、「連合は共産党の影響を排除するために闘ってきた」と明言してきました。枝野派の進めた共産党との選挙協力は、単に共産党に道を譲らせるだけで共産党を利するものではないとしても、連合の許容できるものではなかったわけです。

 だから今井氏も、連合会長の発言と歩調を合わせて反共を理由に掲げて離党するのであれば、少なくとも連合から非難されることはなかったような気がします。もっとも枝野派が泉派に変わって以降は共産党との選挙協力もトーンダウンしているだけに、別の何か戦略的な理由付けが必要になるでしょうか。とは言え今井氏からすれば低迷の続く党の支援に不信を抱いてきた以上、今さら民主党から非難されても構わない、大した影響力を持たない連合ごときに何を言われようが気にならないところはありそうです。

 

立憲のホープが電撃転身 今井瑠々氏、自民に心が傾いたきっかけは(朝日新聞)

 「自民党から県議選に出たいのですが、選択的夫婦別姓の問題など、自民党とは考え方の違いがあります。どう思いますか」

 そう切り出した今井氏に、古屋氏は応じた。「大いに歓迎しますよ。自民党は多様性の党ですから」

 

 実際のところ、政権を奪取できる見込みの乏しい野党にいるのと、政策面で一致がなくとも与党の内部に入るのと、どちらが政策実現に近いのかは私も分かりません。取り敢えず今井氏は自民党の内部に入った方がまだしも希望があると考えたのでしょう。そもそも選択的夫婦別姓に関しては民主党が先の政権交代の前夜に取り下げた代物であって民主党執行部に実現への意思があるかどうか疑わしいですし、今井氏の鞍替えは正解に近いのではないかと思います。

 先日も書きましたが、日本は政治的な対立が少ない国です。自民党への失望が高まれば当て馬として野党に投票する人が一時的に増えますが、たまに政権交代が起こったところで日本の政策に抜本的な方向転換が起こるかと言えば、決してそのようなことは起こりません。政権交代は単純に与党への批判の高まりを受けて発生するに過ぎず、野党側の(与党とは異なる)政策が期待されてのことではないと判断できます。過去に民主党が政権を取っても政策面で目立った変化がなかったのは、そうした民意を理解してのことでもあったのでしょう。

 むしろ自民党政権が続く中で変化が起こると言いますか、近年の相対的に大きな変化としては第二次安倍内閣の経済政策を挙げたいです。これは橋本龍太郎以来のマイナス方向に一貫した経済政策を出鱈目な方向へと修正するもので、部分的には良い部分もあったと私は評価しています。そして次なる大きな変革は、まさに目の前で行われている岸田内閣での軍拡路線です。アメリカの衛星国として、世界を陣営によって分断する方向へと舵が切られているわけですが、そのツケをどのように支払わされるのかは考えられねばなりません。

 ここで野党側が意見を異にしているようだと希望は持てるのですが、主立った野党はいずれもアメリカ陣営に属しているかそうでないかで敵と味方を隔てる外交感覚を自民党と共有しています。意見が分かれているのは軍備拡張の財源を何に求めるか、ぐらいです。そうした面では緊縮財政に走りかねない野党の方がむしろ危ういとすら感じざるを得ません。現政権への批判が高まることは当然ですが、では野党第一党や第二党が立場を強めれば事態が改善されるかと言えば、そうなっていないところに日本の政治の問題があります。

 こうした中では、野党の中で議席の拡大を目指すよりも、与党入りして与党自身を変えていくことの方に可能性を見出す人も一定数いるのではないでしょうか。件の今井氏の場合も、そのような判断を下したと解釈できるように思います。今の民主系諸政党や維新が果たしている役割は、政権与党への批判票が自民党とは方向性の異なる政党に流れないようにするための受け皿でしかありません。むしろ自民党内の派閥対立の方が政策の転換に影響力を持つとすら言えるでしょう。

 まぁ野党の唱える増税への反対自体は影響力を強めて欲しいとは思います。ただ、単に与党とは違うことを主張してみただけなのか本気なのかは問われるべきです。例えば10%への消費税増税を決めたのは民主党であって、その施行時期が自民党政権下であったに過ぎません。民主党系諸派は、自らの与党時代に決定した消費税増税が誤りであったと公式に認めて国民に謝罪し、消費税増税を決めた当時の総理大臣と経済産業大臣を強く糾弾するぐらいの姿勢は見せるべきでしょう。その程度のことすら出来ないなら、単に与党批判で点数稼ぎのため増税反対を口にしているだけと判断されるべきです。

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看板を変えても現実は変わるまい

2022-11-13 23:05:07 | 雇用・経済

 先週はツイッター社の日本法人で行われたという一斉解雇について触れました。我が国では「外資系企業は簡単に首を切られる」という言説と「日本では社員を解雇できない」という言説が共に深く根付いているわけですが、両者の整合性はどうなのでしょうか。その企業の本社がどこの国であるか、という観点から優遇や差別がある可能性は否定しませんけれど、少なくとも制度上は外資系企業でも日本国内のルールが適用されるはずです。

 殺人は、どこの国でも禁止されています。しかし禁止されているはずの殺人は、やはりどこの国でも発生しています。不当解雇も然りで、仮に禁じる規定が存在していたとしても、それが「できない」ことにはなりません。ましてや殺人であれば非親告罪として警察組織による取り締まりの対象となりますが、不当解雇に関しては親告罪ですらないわけです。やりたければいつでも可能ですし、やったからと言って公的な罰が下るものではない、日本における解雇の位置づけはそんなものです。

 もちろん自力救済として、個人的に訴訟を起こすことで解雇に対抗することは出来ます。特にアメリカの場合は訴訟リスクが高く、解雇が差別的な理由で行われていると判断されれば企業側に巨額の賠償金が課される可能性もあるわけです。しかし日本においてアメリカのような訴訟リスクが企業側にあるかと言えば──日本に暮らしていれば誰でも分かるように、答えはNOです。

 

経団連の影響力占う試金石、「中途」改め経験者採用呼びかけへ…消極的な印象払拭(読売新聞)

 経団連は、新卒者ではない従業員の採用で一般的に使われている「中途採用」という言葉の使用をやめ、「経験者採用」に統一するよう会員企業に呼びかける方針を固めた。「中途」が与える消極的な印象を払拭し、円滑な労働移動を促して経済の活性化につなげる狙いがある。

 2023年春闘の経営側の交渉方針などを示す「経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)の素案に盛り込んだ。まず来年から経団連の会員企業向けの書類やアンケートなどで「経験者採用」の表記に統一する。会員企業にも採用活動などでの使用を推奨する。

 

 さて経団連が「中途採用」を「経験者採用」と言い改めるよう呼びかけているそうです。曰く「中途」が与える消極的な印象を払拭し云々とのことですが、どうしたものでしょう。そもそも中途採用=経験者採用ではなく、異業種・未経験職種の中途採用だって珍しくないわけで、むしろ通年で求人を出しているような事業者ほど「未経験者歓迎」を唄っている実態からは大きく乖離した名称に見えます。

 以前にも書きましたが、私の勤務先は中途でしか人を採用していません。ただし親会社は反対に、ほぼ新卒でしか社員を雇っていません。他の企業グループでも似たようなところはあるように思います。社員を0から教育できて、かつ離職率も低い大手ホワイト企業であれば新卒一括採用を可能としている一方で、離職率が高く年間を通して人員補充の必要に迫られている中小ブラック企業は中途採用を行っているのが実態ではないでしょうか。

 つまり新卒一括採用で成り立つことが一流企業の証であるのに対し、三流の企業は必然的に中途・通年採用しか選択肢がないわけで、こうした実態が中途採用のイメージを損ねているとは考えられます。しかし、これを「経験者採用」などと言い改めたところで何かが変わるかどうかは大いに疑わしい、というのが私の感想です。

 加えて「円滑な労働移動を促して経済の活性化につなげる狙い」とも伝えられていますけれど、新卒社員の3割が3年で離職するなど若い世代については既に円滑な労働移動が行われているわけです。では若年層の早期離職に伴う労働移動が経済の活性化に繋がっているかと言えば、こちらも当然ながら答えはNOでしょう。

 若年層の雇用が流動的であるのは「転職先が見つかるから」です。若さとはそれ自体に価値を見出されるもので、社員の採用もキャバクラの営業も変わるものではありません。若ければ、需要は必ずあります。今の会社を辞めても次がある、だからこそ若い人は会社を移ることへのハードルが高くない、ゆえに新卒で入った立派な会社でも3割が3年で離職する雇用流動化が起こるのです。

 一方で経験を重ねても加齢による評価の低下を補うことは実際問題として著しく困難です。経験があるからと言って中高年を採用する企業は多くありません。「紐では押せない」となんて言い回しもありますが、中高年の雇用を巡ってこそ然りではないでしょうか。中高年が若者のように引く手あまたであれば、3年で3割くらいの人は転職するかも知れません。しかし労働市場に中高年の需要がない限りは、いかに経済誌が中高年バッシングを繰り広げたところで何の意味もないと言えます。

 「第二新卒」なんて言葉もあります。これも広義の中途採用に含まれるところですが、とりあえず新卒を採れない二流の企業が「経験はなくとも若い人を」募るのにはお似合いでしょうか。逆に経団連の呼びかける「経験者採用」とは、字面上は若さより経験に重きを置くような印象を受けますが、では「若くはないが経験はある」人に採用の門戸を開くのかと言えば、そのような意図は伝えられていません。経験を重んじた採用への切り替えを訴えているのではなく、単に呼称を別のものとすることでイメージを変えようというだけですから。

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グローバルな給与水準

2022-06-14 22:48:27 | 雇用・経済

初任給28万円、TSMC破格の好待遇 身構える九州製造業(日本経済新聞)

半導体の受託生産世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本進出が九州の人材需給を揺さぶっている。2024年の工場稼働に向けて新規採用する人数は実に1200人。同社の進出は九州半導体産業の復権へ向けた起爆剤になるとの期待も高いが、地場製造業の間では人材獲得が一段と難しくなるとの懸念が広がる。先端研究を担う高度人材の育成でも後れを取るなか「シリコンアイランド」の底力が問われている。

 

 半導体受託生産の最大手であるTSMCが熊本に工場を作るわけですが、そこで新規採用する社員の初任給は28万円だそうです。アメリカの不当な制裁を受ける前のファーウェイが40万円台の初任給で人を募っていた当時のインパクトに比べれば慎ましい話ですけれど、それでも日経新聞に言わせれば「破格の好待遇」であり、「地場製造業の間で~懸念が広がる」水準なのだそうです。

 たしかにTSMCの初任給は私の今の給料よりも上ですが、ただこの程度が「破格の好待遇」と言われてしまう日本の給与水準自体がどうなんだろうと思わないでもありません。東京に比べて熊本では給与水準が相当に落ちるとしても、28万円程度で破格というのは寂しい話ではないでしょうか。破格の好待遇と言うからには、もう少し夢のある数値であってほしいものです。

 

TSMCが8%賃上げか、半導体人材囲い込み(トップニュース)/台湾

 TSMCは、例年3〜5%の賃上げのほか、2021年1月に給与体系を見直し、変動給の一部を固定給に変更して、台湾の正社員の基本給を20%引き上げた。世界の従業員の20年年収(退職金などの福利厚生費を除く)は、中央値が181万台湾元(約740万円)、平均値は237万7,000元だった。

 またTSMCは、事業の成長と技術開発のため、今年8,000人以上を雇用する計画だ。TSMCは、修士のエンジニアで平均年収200万元以上など、競争力のある待遇で、女性も歓迎していると説明した。

 

 こちらは少し前の記事ですけれど、今の為替レートならばTSMC台湾社員の年収中央値は800万円超、平均値は1,000万円超になりますね。日本でこの水準の給与を出している会社は相当に限られます。長らく日本では、人件費が高い故に新興国の企業にコスト面で押されていると盲目的に信じられてきました。しかし現実は違う、世界市場で活躍する企業はどこもグローバル水準の賃金体系を設けており、競合する日本企業よりも高い給料を払っているわけです。

 日経新聞に言わせればTSMCの進出で「地場製造業の間では人材獲得が一段と難しくなる」そうです。しかし市場とは競争原理を基本とするものであって、人材を獲得したいのであれば事業者は他社と競い合うのが当然ではないでしょうか。プロスポーツで名手を獲得するためには移籍金や年俸でライバルクラブと競り合うもの、企業だって同じです。日本の会社が例外となる理由はありません。

 しかるに日本企業の場合は暗黙裏のカルテルが機能しており、長年にわたり初任給を低い水準のまま足並みをそろえて据え置いてきました。それは採算性に劣り従業員に十分な賃金を支給できない「弱い企業」を延命させる上で大いに役割を果たしてきたわけですが、資本主義の原則に照らして健全なものであったのかどうかは疑わしく思えないでしょうか?

 結局のところ日本経済は四半世紀にわたって成長していない、先進国も新興国も発展途上国も程度に差はあれ経済規模を拡大させてきた中で日本だけが例外的に全く成長していない以上、グローバル化から取り残された日本の経済運営が間違っていたと言うほかありません。その誤りの筆頭は、人材を確保すべく給与水準を競い合うことを避けてきた点にあるはずです。

 競争を避け、給与所得を上げてこなかったことが日本で働く人即ち日本で生活する人の可処分所得を低下させ、ひいては国内消費を抑え込む状態に導いて来ました。企業間の人材獲得に競争原理を導入し、給与所得を上昇させることが「普通の資本主義」であれば求められるところですけれど、しかるに日本独自の「新しい資本主義」を掲げる現総理は給与ではなく資産所得を倍増させるとの決意を表明しています……

 いうまでもなく資産所得を得られる機会があるのは、投資に回せるだけの可処分所得のある人だけです。投資に回せる余裕もなく、給与も上がらない人には何のチャンスもありません。新型コロナウイルス対策の持続化給付金を巡る大規模な詐欺事件が世間を賑わせてもいますけれど、容疑者の約7割に当たる約2500人は20歳代以下の若者だったとか。若さ故の騙されやすさもあるかも知れませんが、真面目に働いても給与は上がらないことを理解しているが故の行動でもあったのではないでしょうか。詐欺の中心メンバーが集めた資金を投資に回していたという事実はなんとも象徴的です。

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第四の輪:国際関係

2022-05-13 22:27:57 | 雇用・経済

序:日本経済の現状

第一の輪:金融政策

第二の輪:財政出動

第三の輪:税からの続きです

 最後の提言となります第四の輪は、国際関係の見直しです。日本は明治以来、徹底した脱亜入欧の路線を継続してきました。それはロシアのウクライナ侵攻が始まって一層のこと顕著になったと言えますが、そこに未来はあるのでしょうか。何より本稿の主題となります経済の面から見ると、むしろ機会を逸しているばかりであるように思われます。

 昨今の急激な物価高の要因としては、燃料価格の高騰が大きいわけです。しかし対応の余地がないとは言えないでしょう。例えばインドなどはロシアから割引価格での石油輸入を急増させています。インドという国家の損得を考えれば賢い判断ですけれど、同じことを日本が出来ないはずはありません。このような世界情勢であるからこそ、ロシアから化石燃料を安く買う好機です。アメリカ陣営の意向に沿うかではなく、日本にとって利益があるかどうかで政策を決める、その権限を独立国家である日本は有しているのですから。

 またウクライナとは異なり自国民の国外脱出を制限していないロシアでは、既に300万人を超える出国が確認されています。その中には国際的なビジネスから切り離され本拠地を移さざるを得なくなったIT技術者も少なくないと伝えられるところですが、これもまた日本にとっては好機ではないでしょうか。ロシア国内限定で活動する技術者であればいざ知らず、世界を相手に仕事を引き受けている技術者ともなれば、当然ながら日本のビジネスにも貢献できるところは大きいはずです。

 通常であれば日本の低い賃金水準ではライバル国に勝てない、欧米の企業だけではなく中国や韓国の企業であっても、IT技術者に対しては日本企業のそれを上回る給与を提示しているのが実態です。しかし今、欧米諸国では空前のロシア排除が進められている、それは決して為政者に限ったことではなく、普通のロシア人が契約を打ち切られたり、取引から除外されている状況です。つまりは欧米というライバルが不在、平時と異なり競争相手が激減していることを意味するもので、日本にとっては割安で技術者を獲得できるまたとない好機と言えるでしょう。

 世界の人口は70億を超えましたが、内40億人以上はアジアに暮らしています。一方、北米大陸とヨーロッパの住民はロシアを含めても12億人程度です。人口の増加ペースもアジアが欧米を大きく上回り、人口規模の差が今後も開いていくことは確実です。経済力に関して欧米の先行は確かであるものの、アジア諸国の経済成長率は日本を除いて非常に高く、欧米諸国との差は着実に縮まっています。現在はさておき遠くない時代にアジアが世界市場の中心になることは不可避です。

 その日が訪れたとき、日本はどこにいるのでしょうか。あくまでもアメリカ第一、アメリカの世界戦略に合致するかどうかを基準にした政策を続けるのか、それとも発展するアジアの一員として存在感を残せるのか、間違いは早急に正されなければなりません。日本はアジアでは珍しい対ロシア制裁に熱を上げている国ですけれど、要するに欧米と歩調を合わせている一方でアジア地域内では孤立しているとも言えます。それは果たして日本の国益にかなうのでしょうか?

 欧米諸国への厚いウクライナ支援は、白人たちの強い絆を感じさせるものでもありました。一方で、アジアやアフリカで軍事侵攻が発生した時、及びアジア人やアフリカ人が祖国を追われて庇護を求めてきた時との歴然たる扱いの差を露にするものでもあったわけです。どんなに美辞麗句を並べて事態を正当化しても、欧米諸国がウクライナ人とアジア人・アフリカ人を同列に扱っていないことは隠せませんし、そこに反省が見られない以上は今後も変わることはないと断言できます。

 ならばこそ、日本はもう少しアジアの一員としての自覚を持った指針に沿って行動を改めていく必要があるのではないでしょうか。日本人は自国を西洋の一国、自分たちを(名誉)白人と考えているのかも知れません。しかし欧米諸国の目から見れば、日本人も中国人も韓国人も同じです。ウクライナが公開した感謝対象国のリストに日本の名前が挙っていなかったことは象徴的で(参考)、日本が欧米諸国から「同胞」と心の底から思われることは決してないのです。

 「釣った魚に餌はやらぬ」という諺もありますけれど、今のアメリカと日本の関係そのものではないでしょうか。アメリカから見れば日本は無条件で従ってくれる都合の良い国です。この関係に満足している日本人も多いですが、現代の日本が利を得ているとは言いがたいわけです。そこは多少の駆け引きがあってしかるべきで、アメリカを含む周辺国から利益を引き出すことも必要でしょう。取り敢えずはマーシャル・プランの発動要件を満たすことを目標に、アメリカとは異なる動きの一つも見せることから始めるのが良いと思います。

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第三の輪:税

2022-05-12 22:38:21 | 雇用・経済

序:日本経済の現状

第一の輪:金融政策

第二の輪:財政出動からの続きです

 日本経済の再生に向けた第三は、税です。日本で働く人々の給与が上がらない中、事実上の税である保険料負担ばかりが増加して国民の生活を圧迫する等々、税制次第で人々の暮らし向きは変わります。そして日本経済が上向かない理由には消費の低迷が挙げられており、そのことは政府も認めているにもかかわらず、何故か消費への課税を強めることで国民の消費に制約をかける政策を続けているのが日本という国です。消費を抑制したいのでなければ、そこへの課税は強めるのではなく緩めるべきと言えますが……

参考:消費税についてのまとめ

 上記はちょうど10年前、野田内閣時代に消費税増税への動きが本格化した際に書いたもので、その当時から消費税が抱える問題については何一つ変わらず、何一つとして解消されていません。消費税増税によるダメージはひたすらに国内の消費者や一部事業者へ転嫁されたままです。詳細は上記リンク先のまとめをお読みいただければと思いますが、負担は偏在し国内消費は低迷、増税の口実であった社会保障は全く充実に向かわずと言った有様です。

 この消費税については、完全なる撤廃が最良の解決法です。消費税を撤廃することで税がシンプルなものとなり事務処理コストを低減させることができますし、逆進性の強い税を廃止することは格差の是正にも繋がる、そして消費への課税をなくすことで国内消費の促進効果が期待できます。消費税の撤廃こそが、簡単でありながら最も効果的な経済対策であり、合理化であることに議論の余地はないでしょう。

 一方で消費税増税は民主党が強く主張し自民党との合意を取り付けたものであり、その後の自民党安倍内閣は民主党政権時代を「悪夢」などと呼んでおきながらも消費税増税については民主党との約束を遵守するなど、与野党双方が悪い方向で意見を一致させているものでもあります。何をやるべきかは明白でありつつも、単に政権交代では解決しない、与党だけではなく野党側の政治家にも考えを改めてもらう必要があるという点ではハードルが高いのかも知れません。

 消費税増税以外の面でも、やれることはあります。例えば現状では給与所得にこそ緩やかな累進課税が存在するものの、資産からの所得は別枠で税率が低く抑えられており、中途半端な高給取りよりも資産から所得を得る大富豪の方がトータルで適用される税率が低くなる逆転現象が発生しています。これは給与からの所得に対する課税と資産からの所得に対する課税が徹底して分離されていることによるものですが、もし国家の財政を気にするのであれば、ここにメスを入れるのも良いでしょう。分離課税を撤廃することは社会的な公平性にも繋がります。

 そしてもう一つ、人件費にも設備投資にも取引先への支払いにも回されない眠ったお金へも、課税は強化して良いでしょう。これは財政上の問題と言うよりも、景気刺激策という面で有意義です。つまりは人件費や設備投資、取引先への支払いの増加が節税に繋がる仕組みを作る、そうすることで資金の循環を促していくわけです。消費に課税して消費を押さえ込むのではなく、経済成長に貢献しない眠ったお金の方をターゲットにする、そうした転換が望まれます。

 

第四の輪:国際関係へ続く

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第二の輪:財政出動

2022-05-11 22:39:05 | 雇用・経済

序:日本経済の現状

第一の輪:金融政策からの続きです

 日本経済の再生に向けた第二は、至って当たり前のことではありますが財政出動です。しかるに日本では与野党ともに財政再建や無駄削減の方を好む、有権者もまた国家財政を家計と同様なものと捉え、財政支出は浪費であるかのように勘違いし、節約(緊縮財政)に励む政党・政治家に票を投じがちではないでしょうか。日本の政治には民意に応えるほどに経済を悪化させ国民の生活を犠牲にするというジレンマがあります。国民に嫌われる勇気を持てるかも、重要なのかも知れません。

 背景として、お金を限りある資源であり大切に使わなければならないと、そう信じ込んでいる人が多いように思います。しかしお金を使って、それがなくなったのを見たことがある人はいないはずです。お金を使っても、それは持ち主が変わるだけなのですから。何かを購入して代金を支払ったとき、自分の手元からお金はなくなるように見えますが、それは売り手にお金が移動しているだけです。お金はなくならない、ただ所有者が変わるだけ、これは理解されるべきです。

 そこで日本政府がお金を使った場合です。使った分だけ日本政府の支出は増えますが、使われたお金は別の人の懐に納まります。海外の投資家が入り込むと少しばかり問題となりますが、日本国内でお金のやり取りが行われている限り、日本国内のお金がなくなることはない、政府の帳簿にマイナスが増えることはあっても、その分だけ民間の帳簿にプラスが上積みされて帳尻が合うわけです。反対に税が上がってもお金が増えることはない、政府の帳簿が黒字になって、その分だけ民間が赤字になる、お金の量はなくならず、ただ移動するだけです。

 これを踏まえ、まずは何より政府からお金を動かしていく必要があります。昔ながらの土木事業は何かとムダ呼ばわりされがちですが、しかるに日本全国の生活インフラの老朽化は顕著であり、むしろ大々的に行ってこそ経済ではなく国民の安全を支えることにも繋がります。これに加えて需要はあるが採算性の問題で不足している分野の公営化も進めていくべきでしょう。営利事業として成り立たせるのが難しく、民間任せでは解決しない問題は山積みされています。

 顕著なのは福祉系人材の不足で、有資格者に関しては必ずしも不足していない一方で賃金水準の低さを理由に職を離れる人が多いと伝えられるところです。ならば国が十分な給与を払うことで問題を解決してしまいましょう。それ以外にも問題はあるとしても、賃金の問題に関してなら解決するのは簡単な話です。単にお金を出せば良いのですから。民間企業にとっては採算性の問題で難しいことも、国にとっては容易いことです。ただ日本国内でお金を移動させるだけですから。

 地方の公共交通機関は軒並み赤字、どこも都市部の路線の黒字で補填していると聞きますけれど、一部は国営に戻しても良いのではないでしょうか。地方住民の生活インフラを守り、民間企業の経営を守り、そして国有インフラに勤める新たな雇用を創出する、誰も損をしません。日本政府の帳簿にマイナスは増えますが、それは日本で働く人々の賃金になっているだけ、決してお金がなくなるのではなく、政府から働く人へとお金の所有者が変わるだけです。何も問題はありません。

 現在は円安が急激に進み、国外から何かを買うには不利な状況です。しかし円とドルの相場は変わっても、円と円の相場は当たり前ですが変わりません。国外から何かを買う力は減っても、日本国内で生活する人を雇う力が減っているわけではないのです。民間企業が十分な賃金を払おうとしないのであれば、代わりに国家が模範となる雇用主として賃金を払う、民間で出来ないことは「官」が行う、それが日本で生活する人々を豊かにしていく方法ではないでしょうか。

 

第三の輪:税に続く

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第一の輪:金融政策

2022-05-10 22:35:32 | 雇用・経済

序:日本経済の現状からの続きです。

 まず最初に、私は第二次安倍内閣を評価しています。その理由は、この四半世紀における他の内閣が軒並み「マイナス方向で一貫」した経済政策をとってきたのに対し、安倍晋三は最も支離滅裂であったからです。悪い政策しか打ち出してこなかった内閣と比べるのであれば、やることがバラバラで一貫性に欠ける内閣の方が、時には正しい方向を向くことがあった、というのが安倍内閣の妥当な評価ではないでしょうか。

 そんな安倍内閣も民主党時代からの政権交代後は、かなり順調な滑り出しでした。狂ったような円高の是正と財政出動、そこに今後への期待感が加わり俄に景気は回復へと向かい始めたわけです。残念ながら短期間で緊縮財政へと逆戻りしたあげくに消費税増税と誤った判断が重なり日本経済は急ブレーキ、その後は僅かに良い方向へのブレもあったながら、全体像としては低迷を続けたまま退陣へ相成ったと言えます。

 経済を好転させたいのか暗転させたいのか異なる方向性の入り交じるアベノミクスではありましたけれど、一つだけ一貫していたのは金融政策で、これは在任期間中から今に至るまで緩和路線が継続されています。当初は行き過ぎた円高の是正に効果覿面であった、財政出動との組み合わせで効果を上げたと評価できる部分なのですが、その後は逆風が吹くことも多いようで非難の槍玉に挙げられることも目立つのが現状です。

 車輪を一つだけ回転させても前進するのは難しい、というのが実態ではないでしょうか。財政出動と金融緩和、2つの車輪が回転していれば、それが逆回転でない限り車両は前に進むものです。しかし車輪の中で回っているのが一つだけであるならば、車両はその場をグルグル回転するだけになってしまう、それがまさに消費税増税後のアベノミクスの姿であったと言えます。

 では現状で成果に乏しい金融緩和路線を逆行させれば良いのかとなりますと、そこはまた別の話です。むしろ他の車輪が逆回転している中で金融引き締めを図ろうものなら、それこそ全速力で景気が後退してしまう可能性もあります。悪いのはあくまで金融政策一本しかなくなってしまったことであり、金融緩和そのものではありません。金融緩和を止めるのではなく、他の政策と連動させることが大事なのです。

 それはすなわち続いて述べる3つの車輪との同時進行が鍵となるわけで、どの政策も一本だけで事態を改善に向かわせることは難しい、車輪は最低でも2輪、最大限の成果を望むのであれば4輪同時に進行方向へと回転させる必要があります。せっかく他の車輪を前方へ回転させるようにしても、これまで成果に乏しかったからという理由で金融面を停止または逆回転に変えてしまえば、第二第三の経済政策を無効化してしまうことになるでしょう。そうならないために、金融政策は今しばらく緩和路線の継続が望まれます。

 

第二の輪:財政出動へ続く

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序:日本経済の現状

2022-05-09 22:41:20 | 雇用・経済

政府も認めた「賃金上がらず結婚できず」の厳しい現実(毎日新聞)

 内閣府は、総務省「全国家計構造調査」「全国消費実態調査」の個別データをもとに1994~2019年の世帯所得の変化を分析した。政府は今年の「骨太の方針」に「人への投資」の強化策を盛り込む予定で、その基礎資料として3月3日の経済財政諮問会議に提出した。

 それによると、全世帯の年間所得の中央値は94年の550万円から19年は372万円と32%(178万円)下がった。

 中央値とは、全世帯を所得順に並べたとき真ん中にある世帯の所得の値だ。統計では、平均値を使うことが多いが、格差が大きい状況では、平均値は一部の富裕層の所得に影響されて「普通の人」の所得よりずっと高くなってしまう。中央値はそうした影響を受けにくく、実態をより示しやすい。

 

 日本国の1人当たり名目GDPは1994年も2021年も40,000ドル前後です。この期間、他のG7各国は同期間でGDPを概ね倍増させており、日本だけが異次元の低成長を継続しているわけです。加えて算術平均では横ばいに見えても、その内実はどうでしょうか。ここで発表された世帯所得の「中央値」を見るとむしろ四半世紀前よりも下がっていることが分かります。日本以外の国がいずれも豊かになっていく中で、普通の日本人は貧しくなっている、低成長で格差が広がっているという実態は益々以て否定できない状態です。

 

岸田首相、「資産所得倍増プラン」を表明 貯蓄から投資へ誘導(毎日新聞)

 その具体策の一つとして資産所得倍増プランに取り組むとした。首相は、日本の個人金融資産の半分以上が現預金で保有され、「その結果、この10年間で米国では家計金融資産が3倍、英国は2・3倍になったのに、我が国では1・4倍にしかなっていない」と説明。「ここに日本の大きなポテンシャル(潜在力)がある」とし、少額投資非課税制度(NISA)の拡充や預貯金を資産運用に誘導する仕組みの創設などを通じて「投資による資産所得倍増を実現する」とした。

 

 岸田首相の唱える「新しい資本主義」については具体的に何を考えているのか誰も分からないといった有様でしたが、漸くプランの一つが発表されました。なんと「投資による資産所得倍増」だそうです。首相曰く「この10年間で米国では家計金融資産が3倍、英国は2・3倍になったのに、我が国では1・4倍にしかなっていない」とのこと、しかし10年前と比べると英米の1人当たりGDPは大きく上昇している一方で、ドル建てで見ると日本のそれはむしろ下がっています。日本にポテンシャルがあるとは、日本を知る人であれば決して口には出来ないでしょう。

 10年前の日本の名目GDPが高くなったのは異常な円高を放置していた影響であり、為替レートの影響を考慮すれば「25年前からも10年前からも全くの無成長」というのが日本経済の妥当な評価と言えます。ただし1人当たりGDPは変わらなくとも世帯所得の中央値は着実に下がっているだけに、一部の人が平均よりも多く資産を持つ一方、資産を持てない人も増えていると推測される状況です。ここから資産所得の増加を図った場合に得をするのは投資できるだけの種銭を持った人だけであり、投資に回せるだけの可処分所得がない人とのさらなる格差拡大が予測されます。

 一時は世界各国が自国の通貨安を誘導する政策をとっており、我関せずの姿勢を貫いた民主党政権時代には1ドル70円台という異次元の円高水準へと突入しました。その後、第二次安倍政権は周回遅れで通貨安競争に参戦し円相場は妥当なところへ落ち着いたかに見えましたが、ここに来てアメリカを中心に金融政策の転換が起きつつあり、何もしないと円高になる状況から何もしないと円安になる状況へ変わっているわけです。対ドルで円安が進むどころか時には対ルーブルですら円の価値が下落するなど、円の凋落は鮮明と言えます。

 これに加えて長年のデフレから堰を切ったような値上げラッシュが各方面で起こっており、家計が苦しくなってきた人も当然ながら増えていることでしょう。普通の国の場合にインフレは景気の過熱と連動するものですが、日本は所得水準が向上しない中で物価高が進んでおり、すなわちスタグフレーションと呼ばれる状況に陥っています。「景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまう」とは党派を問わず幅広く支持された小泉純一郎の言葉ですが、この呪縛から一日でも早く抜け出さない限り、未来はより悪いものにしかなりません。

 そこで3本の矢ならぬ4つの輪にテーマに分けて、日本経済が四半世紀の低迷から脱出するための手段を描いていきたいと思います。

第一の輪:金融政策

第二の輪:財政出動

第三の輪:税

第四の輪:国際関係

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