非国民通信

ノーモア・コイズミ

差別と言い切るべきだと思う

2022-05-20 22:11:43 | 編集雑記・小ネタ

避難の外国人をどう扱うべきか ウクライナ問題が突きつける課題とは(朝日新聞)

 戦禍のウクライナを逃れてきた人々への支援の輪が広がり、埼玉県内の自治体も続々と住居の提供などを打ち出している。一方で、県内に多く住むクルド人は、迫害を受けて祖国を逃れてきたが、公的支援は乏しい。日本に避難してきた外国人間の差が、浮き彫りになっている。

(中略)

 川口市に住む30代のクルド人の男性は、5年前から難民申請をしているが、いまだに認められない。働くことは許されず、医療保険にも入れず、県外への移動も禁止されている。自治体からの支援もない。入管の収容におびえながら、他人名義で家を借りて妻と子ども3人と何とか暮らしている。

 男性は、戦禍から逃れてきたウクライナ避難民への支援は必要だと認めつつ、「彼らと私たちは立場が違うのかもしれない。差別とは言わないが……」と言葉を濁す。

 政府はウクライナから逃れてきた人たちを「避難民」と位置づけ、クルド人やアフガニスタン人ら「難民」とは区別している。避難民は90日間の短期滞在の在留資格で入国させ、1年間働ける特定活動への切り替えを認め、その更新も考慮するなど、前例のない対応をしている。

 

 こういうウクライナ人と、その他の難民との扱いの違いは幾度となく指摘されているところですが、今のところ改められる様子はありません。ヨーロッパと同様に日本もまた二重基準を設け、手を差し伸べる相手を出身国によって選別しているわけです。日本と欧米がウクライナ人への特別措置を深めるほどに、アジアやアフリカ諸国から逃れてきた人々との処遇の差は広まるばかり、こういうものを「差別」と言います。

 幸いにしてトーンダウンしましたけれど一時はウクライナを特別にEUに加盟させるなんて話もあって、長らくEU加盟を拒まれているトルコからは当然ながら疑義が呈されました。そしてフィンランドのNATO加盟を巡っても、やはりトルコからは反対意見も出ていることが伝えられています。優遇される国とそうでない国、後者に属する側からすれば、すんなりと賛同できるものではないのでしょう。

 日本の外交面ではしばしば「価値観を共有する国」という言葉が使われます。確かにまぁ、どこの国/人を優遇し、どこのどこの国/人を冷遇するかという面では、価値観の共有とやらはあるのかも知れません。ただ差別的な取り扱いを受ける側の国と人からどう思われているかは少しくらい考えた方が良いでしょうね。「価値観を共有する国」とは結局のところ排他的な仲良しサークルに過ぎず、そこに属さない国々とも共存しない限り平和などあり得ないのですから。

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目次

2022-05-20 00:00:00 | 目次


なんだかもう、このカテゴリ分けが全く無意味になりつつあります……

社会       最終更新  2022/ 1/30

雇用・経済    最終更新  2022/ 5/17

政治・国際    最終更新  2022/ 5/ 5

文芸欄      最終更新  2021/ 3/21

編集雑記・小ネタ 最終更新  2022/ 5/20

 

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「武器」はどこから来たのか

2022-05-17 22:43:37 | 政治・国際

 去る5月9日、アメリカではウクライナ支援のための「レンドリース法」が制定されました。このレンドリース法、日本では「武器貸与法」と訳されます。元の英語では"Lend-Lease Act"ですけれど、いったいどこから「武器」が出てきたのでしょうか。「貸与」は分かります。しかし"Lend"にも"Lease"にも"Act"にも、「武器」という意味はないはずです。"Lendlease"という名前の会社も調べたら見つかりましたが、不動産屋であって武器商人ではありませんでした。

 実際のところレンドリース法は軍事支援に係る手続きの簡略化を図るものであって、そこに含まれるのは武器だけではありませんし、法の制定以前から武器の供与は始まっていたわけです。レンドリースを「武器貸与」と訳してしまえば、その内容を歪曲して伝えることになってしまいます。正しい訳であるとは言いがたいですが、誤訳が発生しうるほどの難しい単語でもないことは明らかで、ならば意訳を超えた「意図のある訳」と解釈する他なさそうです。

 先日も言及したように、ガンジーが掲げた「非暴力」が日本ではしばしば「無抵抗」と訳されて来ました。この辺は武を尊ぶ日本の精神がよく現れていると言いますか、抵抗とは力があってこそ可能になるものと信じる人々、力なき抵抗など想像できない人々からすれば暴力(軍事力)の放棄は無抵抗に等しいものだったのでしょう。多くの日本人にとって「武」の有無は決定的な意味を持っている、非暴力は無抵抗と受け止められがちで、逆に軍事支援であるからには「武器」を指すものと自然に考えられてしまうと言えます。

 戦争は本来、武器だけで成り立つものではありません。兵員の生活や輸送に必要な物資もそうですし、それを支えるインフラ資材がなければ戦争など行えない、武器しか持たない軍隊など戦地に辿り着く前に崩壊してしまうわけです。これを理解しなかったのが昔年の大日本帝国で、餓死・病死が戦死を上回ることすらありました。だからこそ軍事支援は武器「以外」でも当然のこととして行われているのですが、それでも「レンドリース」に「武器貸与」との訳を当てるところに日本の変わらぬ戦争観が滲み出ています。

 実際のところ日本もまた、平和ではなく勝利を訴えるウクライナ現政権へと軍需物資の支援を続けています。日本も立派にウクライナの戦争へ積極的に協力しているのですが、それでも「武器は送っていないので軍事支援ではない、戦争参加ではない」との国内向けの建前があるのかも知れません。日本が送った物資も戦争継続には立派に貢献していますけれど、「殺傷能力を持たないので武器輸出ではない、軍事ではない」みたいな理屈が国内では通用するわけです。そしてアメリカの軍事支援と日本の支援との違いを強調するべく、レンドリースに敢えて「武器」という原語には存在しない訳を付加してきたのでしょう。

 

・・・・・

 

 昨今「日本の防衛力はもっと強化すべきだ」と考えている有権者が増加しているとのことで、朝日新聞と東京大学の共同調査によると6割を上回ったそうです。こうした傾向を否定的に見ているメディアもありますけれど、調査を発表した朝日新聞でも一面を飾るのはNATO陣営のプロパガンダやウクライナの大本営発表をそのまま垂れ流すような記事なのですから、自業自得ではないかという気もします。私自身、現実が大手メディアによって報道されているとおりであるならば防衛力強化しかないと思いますので。

 護憲派と目されるようなメディアであっても、大々的に報じられるのは専らロシアの非道であって、公正な報道と呼べる代物にはロシア国内で稀に出てくる反体制発言と同じくらいの頻度でしかお目にかかれません。大手はどこの新聞を読んでも、急にロシアが攻めてきた、一方的に侵攻してきたようにしか読めない記事を前面に掲げているわけです。そうした報道を信じるのであれば、防衛力すなわち軍事力の強化しか選択肢はないと判断するのが当然です。

 しかし現実には戦争の開始へと至るまでに長い段階がありました。首脳会談レベルでは合意があったはずのNATO不拡大は反故にされ、ウクライナでは暴力革命による体制転覆もあった、ロシア側の当初の要求はウクライナのNATO非加盟であり、この時点では平和的な解決も可能だったことは言うまでもないでしょう。そして外交での解決を拒んだのはウクライナでありNATOです。勿論ロシア側には泣き寝入りという選択肢もあったにせよ、外交での解決という選択肢を自ら放棄した側が戦争での解決を選んだ国を非難するという構図には、疑問を感じるところもあります。

 外交での解決を放棄するのであれば、他に何が解決策となるのでしょうか? 本当に隣国が突如として攻め込んでくるのなら、防衛力=軍事力の強化が必要だと考える人の増加は妥当です。逆にもし軍備増強へと舵を切ることを快く思わないのであれば、戦争が始まる前に対立を解消することは可能であったと世に知らしめる必要があります。ウクライナとNATOは外交での解決を拒んだから戦争を回避できなかったのであり、軍事力に頼る前段階での解決は可能だった──そう伝えてこそ、防衛力=軍事力強化への反対に一貫性を持たせることが出来ます。

 軍事力による解決を望まないのであれば、別の手段での解決のために不断の努力が求められるはずです。戦争には必ず前段があります。しかるに護憲派と目されるようなメディアであっても、いざ戦争が始まってから攻めている側の国を非難するだけに終始する、一方の国にのみ肩入れし「勝利」を希求しているのが実態です。現代でこそ平和を謳いつつ、過去には開戦を煽る急先鋒だった新聞社もあります。そうした精神は現代にも脈々と受け継がれているのではないでしょうかね。

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関心を持つ人は多くても知識を持っている人が多いかは別の話

2022-05-15 22:28:47 | 編集雑記・小ネタ

 時に元官僚で「○○を批判して○○省にいられなくなった」みたいな肩書きで局所的に支持を集めている人がいるわけですが、そういう人の主張を聞くとむしろ官庁側にも一定の自浄作用はあるのかな、と感じるすることが多いです。歴史を振り返ればソヴィエト政権から弾圧されたという肩書きで西側諸国に華々しいデビューを飾った人も結構いましたけれど、「被・弾圧」という冠なしではどうだったのかなと言う印象は拭えません。近年でも資金洗浄の罪で国際手配されながらもプーチンと対立しているからという理由でイギリスでは国賓扱いだった元オリガルヒがいましたね。

 先にロシア外務省が発表した日本の入国禁止者のリストを見たときに私が思い浮かべたのは上記のようなことですが、世間一般の受け止め方はどれほどのものだったでしょうか。何が載っていようが「悪いのはロシア」で初めから結論が決まっているところも多い気はしますけれど、例えばリストの16番には共産党委員長である志位和夫が挙げられているわけで、この辺がどう受け止められているのかは少し興味深いです。

 政治に関する「知識」のある人であれば妥当な判断と受け止めていることでしょう。しかし政治に「関心」はあるけれども知識がない人は当の政治家にすらも多く、そうした人々からすれば意外な人選に映っている可能性はあります。政治に関心はあるけれども知識はない、己の偏見と信念に沿って突き進んでいる人からすれば、「共産」と名前の付くものは元・共産党国家であるロシア寄り、中国寄りに映っているのではないでしょうか。実際は真逆なのですが、ロシアに対してと同様に共産党に対しても色眼鏡でしか見ていない、それでも政治に関心だけは持ち続けている人が結構いるように思います。

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第四の輪:国際関係

2022-05-13 22:27:57 | 雇用・経済

序:日本経済の現状

第一の輪:金融政策

第二の輪:財政出動

第三の輪:税からの続きです

 最後の提言となります第四の輪は、国際関係の見直しです。日本は明治以来、徹底した脱亜入欧の路線を継続してきました。それはロシアのウクライナ侵攻が始まって一層のこと顕著になったと言えますが、そこに未来はあるのでしょうか。何より本稿の主題となります経済の面から見ると、むしろ機会を逸しているばかりであるように思われます。

 昨今の急激な物価高の要因としては、燃料価格の高騰が大きいわけです。しかし対応の余地がないとは言えないでしょう。例えばインドなどはロシアから割引価格での石油輸入を急増させています。インドという国家の損得を考えれば賢い判断ですけれど、同じことを日本が出来ないはずはありません。このような世界情勢であるからこそ、ロシアから化石燃料を安く買う好機です。アメリカ陣営の意向に沿うかではなく、日本にとって利益があるかどうかで政策を決める、その権限を独立国家である日本は有しているのですから。

 またウクライナとは異なり自国民の国外脱出を制限していないロシアでは、既に300万人を超える出国が確認されています。その中には国際的なビジネスから切り離され本拠地を移さざるを得なくなったIT技術者も少なくないと伝えられるところですが、これもまた日本にとっては好機ではないでしょうか。ロシア国内限定で活動する技術者であればいざ知らず、世界を相手に仕事を引き受けている技術者ともなれば、当然ながら日本のビジネスにも貢献できるところは大きいはずです。

 通常であれば日本の低い賃金水準ではライバル国に勝てない、欧米の企業だけではなく中国や韓国の企業であっても、IT技術者に対しては日本企業のそれを上回る給与を提示しているのが実態です。しかし今、欧米諸国では空前のロシア排除が進められている、それは決して為政者に限ったことではなく、普通のロシア人が契約を打ち切られたり、取引から除外されている状況です。つまりは欧米というライバルが不在、平時と異なり競争相手が激減していることを意味するもので、日本にとっては割安で技術者を獲得できるまたとない好機と言えるでしょう。

 世界の人口は70億を超えましたが、内40億人以上はアジアに暮らしています。一方、北米大陸とヨーロッパの住民はロシアを含めても12億人程度です。人口の増加ペースもアジアが欧米を大きく上回り、人口規模の差が今後も開いていくことは確実です。経済力に関して欧米の先行は確かであるものの、アジア諸国の経済成長率は日本を除いて非常に高く、欧米諸国との差は着実に縮まっています。現在はさておき遠くない時代にアジアが世界市場の中心になることは不可避です。

 その日が訪れたとき、日本はどこにいるのでしょうか。あくまでもアメリカ第一、アメリカの世界戦略に合致するかどうかを基準にした政策を続けるのか、それとも発展するアジアの一員として存在感を残せるのか、間違いは早急に正されなければなりません。日本はアジアでは珍しい対ロシア制裁に熱を上げている国ですけれど、要するに欧米と歩調を合わせている一方でアジア地域内では孤立しているとも言えます。それは果たして日本の国益にかなうのでしょうか?

 欧米諸国への厚いウクライナ支援は、白人たちの強い絆を感じさせるものでもありました。一方で、アジアやアフリカで軍事侵攻が発生した時、及びアジア人やアフリカ人が祖国を追われて庇護を求めてきた時との歴然たる扱いの差を露にするものでもあったわけです。どんなに美辞麗句を並べて事態を正当化しても、欧米諸国がウクライナ人とアジア人・アフリカ人を同列に扱っていないことは隠せませんし、そこに反省が見られない以上は今後も変わることはないと断言できます。

 ならばこそ、日本はもう少しアジアの一員としての自覚を持った指針に沿って行動を改めていく必要があるのではないでしょうか。日本人は自国を西洋の一国、自分たちを(名誉)白人と考えているのかも知れません。しかし欧米諸国の目から見れば、日本人も中国人も韓国人も同じです。ウクライナが公開した感謝対象国のリストに日本の名前が挙っていなかったことは象徴的で(参考)、日本が欧米諸国から「同胞」と心の底から思われることは決してないのです。

 「釣った魚に餌はやらぬ」という諺もありますけれど、今のアメリカと日本の関係そのものではないでしょうか。アメリカから見れば日本は無条件で従ってくれる都合の良い国です。この関係に満足している日本人も多いですが、現代の日本が利を得ているとは言いがたいわけです。そこは多少の駆け引きがあってしかるべきで、アメリカを含む周辺国から利益を引き出すことも必要でしょう。取り敢えずはマーシャル・プランの発動要件を満たすことを目標に、アメリカとは異なる動きの一つも見せることから始めるのが良いと思います。

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第三の輪:税

2022-05-12 22:38:21 | 雇用・経済

序:日本経済の現状

第一の輪:金融政策

第二の輪:財政出動からの続きです

 日本経済の再生に向けた第三は、税です。日本で働く人々の給与が上がらない中、事実上の税である保険料負担ばかりが増加して国民の生活を圧迫する等々、税制次第で人々の暮らし向きは変わります。そして日本経済が上向かない理由には消費の低迷が挙げられており、そのことは政府も認めているにもかかわらず、何故か消費への課税を強めることで国民の消費に制約をかける政策を続けているのが日本という国です。消費を抑制したいのでなければ、そこへの課税は強めるのではなく緩めるべきと言えますが……

参考:消費税についてのまとめ

 上記はちょうど10年前、野田内閣時代に消費税増税への動きが本格化した際に書いたもので、その当時から消費税が抱える問題については何一つ変わらず、何一つとして解消されていません。消費税増税によるダメージはひたすらに国内の消費者や一部事業者へ転嫁されたままです。詳細は上記リンク先のまとめをお読みいただければと思いますが、負担は偏在し国内消費は低迷、増税の口実であった社会保障は全く充実に向かわずと言った有様です。

 この消費税については、完全なる撤廃が最良の解決法です。消費税を撤廃することで税がシンプルなものとなり事務処理コストを低減させることができますし、逆進性の強い税を廃止することは格差の是正にも繋がる、そして消費への課税をなくすことで国内消費の促進効果が期待できます。消費税の撤廃こそが、簡単でありながら最も効果的な経済対策であり、合理化であることに議論の余地はないでしょう。

 一方で消費税増税は民主党が強く主張し自民党との合意を取り付けたものであり、その後の自民党安倍内閣は民主党政権時代を「悪夢」などと呼んでおきながらも消費税増税については民主党との約束を遵守するなど、与野党双方が悪い方向で意見を一致させているものでもあります。何をやるべきかは明白でありつつも、単に政権交代では解決しない、与党だけではなく野党側の政治家にも考えを改めてもらう必要があるという点ではハードルが高いのかも知れません。

 消費税増税以外の面でも、やれることはあります。例えば現状では給与所得にこそ緩やかな累進課税が存在するものの、資産からの所得は別枠で税率が低く抑えられており、中途半端な高給取りよりも資産から所得を得る大富豪の方がトータルで適用される税率が低くなる逆転現象が発生しています。これは給与からの所得に対する課税と資産からの所得に対する課税が徹底して分離されていることによるものですが、もし国家の財政を気にするのであれば、ここにメスを入れるのも良いでしょう。分離課税を撤廃することは社会的な公平性にも繋がります。

 そしてもう一つ、人件費にも設備投資にも取引先への支払いにも回されない眠ったお金へも、課税は強化して良いでしょう。これは財政上の問題と言うよりも、景気刺激策という面で有意義です。つまりは人件費や設備投資、取引先への支払いの増加が節税に繋がる仕組みを作る、そうすることで資金の循環を促していくわけです。消費に課税して消費を押さえ込むのではなく、経済成長に貢献しない眠ったお金の方をターゲットにする、そうした転換が望まれます。

 

第四の輪:国際関係へ続く

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第二の輪:財政出動

2022-05-11 22:39:05 | 雇用・経済

序:日本経済の現状

第一の輪:金融政策からの続きです

 日本経済の再生に向けた第二は、至って当たり前のことではありますが財政出動です。しかるに日本では与野党ともに財政再建や無駄削減の方を好む、有権者もまた国家財政を家計と同様なものと捉え、財政支出は浪費であるかのように勘違いし、節約(緊縮財政)に励む政党・政治家に票を投じがちではないでしょうか。日本の政治には民意に応えるほどに経済を悪化させ国民の生活を犠牲にするというジレンマがあります。国民に嫌われる勇気を持てるかも、重要なのかも知れません。

 背景として、お金を限りある資源であり大切に使わなければならないと、そう信じ込んでいる人が多いように思います。しかしお金を使って、それがなくなったのを見たことがある人はいないはずです。お金を使っても、それは持ち主が変わるだけなのですから。何かを購入して代金を支払ったとき、自分の手元からお金はなくなるように見えますが、それは売り手にお金が移動しているだけです。お金はなくならない、ただ所有者が変わるだけ、これは理解されるべきです。

 そこで日本政府がお金を使った場合です。使った分だけ日本政府の支出は増えますが、使われたお金は別の人の懐に納まります。海外の投資家が入り込むと少しばかり問題となりますが、日本国内でお金のやり取りが行われている限り、日本国内のお金がなくなることはない、政府の帳簿にマイナスが増えることはあっても、その分だけ民間の帳簿にプラスが上積みされて帳尻が合うわけです。反対に税が上がってもお金が増えることはない、政府の帳簿が黒字になって、その分だけ民間が赤字になる、お金の量はなくならず、ただ移動するだけです。

 これを踏まえ、まずは何より政府からお金を動かしていく必要があります。昔ながらの土木事業は何かとムダ呼ばわりされがちですが、しかるに日本全国の生活インフラの老朽化は顕著であり、むしろ大々的に行ってこそ経済ではなく国民の安全を支えることにも繋がります。これに加えて需要はあるが採算性の問題で不足している分野の公営化も進めていくべきでしょう。営利事業として成り立たせるのが難しく、民間任せでは解決しない問題は山積みされています。

 顕著なのは福祉系人材の不足で、有資格者に関しては必ずしも不足していない一方で賃金水準の低さを理由に職を離れる人が多いと伝えられるところです。ならば国が十分な給与を払うことで問題を解決してしまいましょう。それ以外にも問題はあるとしても、賃金の問題に関してなら解決するのは簡単な話です。単にお金を出せば良いのですから。民間企業にとっては採算性の問題で難しいことも、国にとっては容易いことです。ただ日本国内でお金を移動させるだけですから。

 地方の公共交通機関は軒並み赤字、どこも都市部の路線の黒字で補填していると聞きますけれど、一部は国営に戻しても良いのではないでしょうか。地方住民の生活インフラを守り、民間企業の経営を守り、そして国有インフラに勤める新たな雇用を創出する、誰も損をしません。日本政府の帳簿にマイナスは増えますが、それは日本で働く人々の賃金になっているだけ、決してお金がなくなるのではなく、政府から働く人へとお金の所有者が変わるだけです。何も問題はありません。

 現在は円安が急激に進み、国外から何かを買うには不利な状況です。しかし円とドルの相場は変わっても、円と円の相場は当たり前ですが変わりません。国外から何かを買う力は減っても、日本国内で生活する人を雇う力が減っているわけではないのです。民間企業が十分な賃金を払おうとしないのであれば、代わりに国家が模範となる雇用主として賃金を払う、民間で出来ないことは「官」が行う、それが日本で生活する人々を豊かにしていく方法ではないでしょうか。

 

第三の輪:税に続く

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第一の輪:金融政策

2022-05-10 22:35:32 | 雇用・経済

序:日本経済の現状からの続きです。

 まず最初に、私は第二次安倍内閣を評価しています。その理由は、この四半世紀における他の内閣が軒並み「マイナス方向で一貫」した経済政策をとってきたのに対し、安倍晋三は最も支離滅裂であったからです。悪い政策しか打ち出してこなかった内閣と比べるのであれば、やることがバラバラで一貫性に欠ける内閣の方が、時には正しい方向を向くことがあった、というのが安倍内閣の妥当な評価ではないでしょうか。

 そんな安倍内閣も民主党時代からの政権交代後は、かなり順調な滑り出しでした。狂ったような円高の是正と財政出動、そこに今後への期待感が加わり俄に景気は回復へと向かい始めたわけです。残念ながら短期間で緊縮財政へと逆戻りしたあげくに消費税増税と誤った判断が重なり日本経済は急ブレーキ、その後は僅かに良い方向へのブレもあったながら、全体像としては低迷を続けたまま退陣へ相成ったと言えます。

 経済を好転させたいのか暗転させたいのか異なる方向性の入り交じるアベノミクスではありましたけれど、一つだけ一貫していたのは金融政策で、これは在任期間中から今に至るまで緩和路線が継続されています。当初は行き過ぎた円高の是正に効果覿面であった、財政出動との組み合わせで効果を上げたと評価できる部分なのですが、その後は逆風が吹くことも多いようで非難の槍玉に挙げられることも目立つのが現状です。

 車輪を一つだけ回転させても前進するのは難しい、というのが実態ではないでしょうか。財政出動と金融緩和、2つの車輪が回転していれば、それが逆回転でない限り車両は前に進むものです。しかし車輪の中で回っているのが一つだけであるならば、車両はその場をグルグル回転するだけになってしまう、それがまさに消費税増税後のアベノミクスの姿であったと言えます。

 では現状で成果に乏しい金融緩和路線を逆行させれば良いのかとなりますと、そこはまた別の話です。むしろ他の車輪が逆回転している中で金融引き締めを図ろうものなら、それこそ全速力で景気が後退してしまう可能性もあります。悪いのはあくまで金融政策一本しかなくなってしまったことであり、金融緩和そのものではありません。金融緩和を止めるのではなく、他の政策と連動させることが大事なのです。

 それはすなわち続いて述べる3つの車輪との同時進行が鍵となるわけで、どの政策も一本だけで事態を改善に向かわせることは難しい、車輪は最低でも2輪、最大限の成果を望むのであれば4輪同時に進行方向へと回転させる必要があります。せっかく他の車輪を前方へ回転させるようにしても、これまで成果に乏しかったからという理由で金融面を停止または逆回転に変えてしまえば、第二第三の経済政策を無効化してしまうことになるでしょう。そうならないために、金融政策は今しばらく緩和路線の継続が望まれます。

 

第二の輪:財政出動へ続く

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序:日本経済の現状

2022-05-09 22:41:20 | 雇用・経済

政府も認めた「賃金上がらず結婚できず」の厳しい現実(毎日新聞)

 内閣府は、総務省「全国家計構造調査」「全国消費実態調査」の個別データをもとに1994~2019年の世帯所得の変化を分析した。政府は今年の「骨太の方針」に「人への投資」の強化策を盛り込む予定で、その基礎資料として3月3日の経済財政諮問会議に提出した。

 それによると、全世帯の年間所得の中央値は94年の550万円から19年は372万円と32%(178万円)下がった。

 中央値とは、全世帯を所得順に並べたとき真ん中にある世帯の所得の値だ。統計では、平均値を使うことが多いが、格差が大きい状況では、平均値は一部の富裕層の所得に影響されて「普通の人」の所得よりずっと高くなってしまう。中央値はそうした影響を受けにくく、実態をより示しやすい。

 

 日本国の1人当たり名目GDPは1994年も2021年も40,000ドル前後です。この期間、他のG7各国は同期間でGDPを概ね倍増させており、日本だけが異次元の低成長を継続しているわけです。加えて算術平均では横ばいに見えても、その内実はどうでしょうか。ここで発表された世帯所得の「中央値」を見るとむしろ四半世紀前よりも下がっていることが分かります。日本以外の国がいずれも豊かになっていく中で、普通の日本人は貧しくなっている、低成長で格差が広がっているという実態は益々以て否定できない状態です。

 

岸田首相、「資産所得倍増プラン」を表明 貯蓄から投資へ誘導(毎日新聞)

 その具体策の一つとして資産所得倍増プランに取り組むとした。首相は、日本の個人金融資産の半分以上が現預金で保有され、「その結果、この10年間で米国では家計金融資産が3倍、英国は2・3倍になったのに、我が国では1・4倍にしかなっていない」と説明。「ここに日本の大きなポテンシャル(潜在力)がある」とし、少額投資非課税制度(NISA)の拡充や預貯金を資産運用に誘導する仕組みの創設などを通じて「投資による資産所得倍増を実現する」とした。

 

 岸田首相の唱える「新しい資本主義」については具体的に何を考えているのか誰も分からないといった有様でしたが、漸くプランの一つが発表されました。なんと「投資による資産所得倍増」だそうです。首相曰く「この10年間で米国では家計金融資産が3倍、英国は2・3倍になったのに、我が国では1・4倍にしかなっていない」とのこと、しかし10年前と比べると英米の1人当たりGDPは大きく上昇している一方で、ドル建てで見ると日本のそれはむしろ下がっています。日本にポテンシャルがあるとは、日本を知る人であれば決して口には出来ないでしょう。

 10年前の日本の名目GDPが高くなったのは異常な円高を放置していた影響であり、為替レートの影響を考慮すれば「25年前からも10年前からも全くの無成長」というのが日本経済の妥当な評価と言えます。ただし1人当たりGDPは変わらなくとも世帯所得の中央値は着実に下がっているだけに、一部の人が平均よりも多く資産を持つ一方、資産を持てない人も増えていると推測される状況です。ここから資産所得の増加を図った場合に得をするのは投資できるだけの種銭を持った人だけであり、投資に回せるだけの可処分所得がない人とのさらなる格差拡大が予測されます。

 一時は世界各国が自国の通貨安を誘導する政策をとっており、我関せずの姿勢を貫いた民主党政権時代には1ドル70円台という異次元の円高水準へと突入しました。その後、第二次安倍政権は周回遅れで通貨安競争に参戦し円相場は妥当なところへ落ち着いたかに見えましたが、ここに来てアメリカを中心に金融政策の転換が起きつつあり、何もしないと円高になる状況から何もしないと円安になる状況へ変わっているわけです。対ドルで円安が進むどころか時には対ルーブルですら円の価値が下落するなど、円の凋落は鮮明と言えます。

 これに加えて長年のデフレから堰を切ったような値上げラッシュが各方面で起こっており、家計が苦しくなってきた人も当然ながら増えていることでしょう。普通の国の場合にインフレは景気の過熱と連動するものですが、日本は所得水準が向上しない中で物価高が進んでおり、すなわちスタグフレーションと呼ばれる状況に陥っています。「景気が回復したら、改革する意欲がなくなってしまう」とは党派を問わず幅広く支持された小泉純一郎の言葉ですが、この呪縛から一日でも早く抜け出さない限り、未来はより悪いものにしかなりません。

 そこで3本の矢ならぬ4つの輪にテーマに分けて、日本経済が四半世紀の低迷から脱出するための手段を描いていきたいと思います。

第一の輪:金融政策

第二の輪:財政出動

第三の輪:税

第四の輪:国際関係

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総統は相当お喜びかと

2022-05-08 22:16:13 | 編集雑記・小ネタ

「ヒトラーにユダヤ人の血」外相発言 プーチン氏、イスラエルに謝罪(朝日新聞)

 ロシアのプーチン大統領とイスラエルのベネット首相は5日、電話協議した。両国はユダヤ人を大虐殺(ホロコースト)したナチス・ドイツの独裁者ヒトラーに「ユダヤ人の血が流れていた」というロシア外相の発言をめぐり対立していたが、イスラエル首相府によると「プーチン大統領が外相の発言について謝罪した」という。

 ロシアのラブロフ外相の発言を巡っては、イスラエルのラピド外相が「ユダヤ人に対する最低レベルの人種差別」などと激しく非難。イスラエル国内世論も強く反発していた。

 イスラエル首相府によると、ベネット首相は謝罪を受け入れ、「プーチン氏がユダヤ人やホロコーストの記憶に対して態度を明らかにしたことに感謝を示した」。5日はイスラエルの独立記念日で、プーチン氏は祝いの言葉を述べた。

 

 先日の話の続きとなりますが、「プーチン大統領が外相の発言について謝罪した」とイスラエルが発表しています。まぁ軍事侵攻への非難が全て自国に跳ね返ってくるであろうイスラエルは概ね中立を維持しており、ロシア側としても今のタイミングで敵を増やしたくもなかったのでしょう。ウクライナがヒトラー・ムソリーニ・昭和天皇の顔写真を並べて日本から抗議されたときと同じで(参考)、誤っているわけではないが謝っておく、そういう政治判断だと言えます。

 しかしヒトラーがユダヤ人であったとして、それが「最低レベルの人種差別」に当たるというイスラエルの独自の世界観は面白いですね。イスラエルという国家ならではの人種(ユダヤ人であるかないか)への偏執ぶりが伝わってきます。一方、欧米諸国と日本からも「ヒトラーはユダヤ人ではない」と連呼している人が少なからずいるようです。ユダヤ系であることを免罪符みなさないラブロフ外相発言の本筋から外れた議論ですが、まぁ知性よりも政治的な立ち位置を重要視する人にはふさわしい振る舞いでしょうか。

 元より「ユダヤ人」の定義なんて時と場合により都合良く使い分けられるものですし、海を隔てたわけでもない同じ国の中で1000年以上も暮らしているヨーロッパ人で、先祖にユダヤ人がいない人など存在するはずもありません。だからこそユダヤ人差別は滑稽なのですが、しかるに欧米諸国と日本では「ヒトラーはユダヤ人ではない」と著名人も無名のネット世論も断言しています。これを一番喜んでいるのは、他ならぬヒトラー自身でしょうね。「その通り、君たちは正しい」と、ヒトラーなら答えてくれることと思います。

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