非国民通信

ノーモア・コイズミ

会社命令で県をまたいで移動する人にも注目して欲しい

2020-08-09 22:18:47 | 雇用・経済

 通勤客は通す、転勤者も通す、帰省客は通さない……と、5月の連休前に私は書きました。3ヶ月後の今はどうでしょう。政府は帰省を制限するものではないと繰り返す一方、各自治体の首長は移動を控えるべきと主張するなど、足並みの乱れが目立ちます。そもそも自治体側の移動自粛要請にしたところで、「連休直前に言われても今さらキャンセルできない」と反応する人も多いですよね。

 日本は幸運にもSARSウィルス、MERSウィルス、そして新型インフルエンザの影響をほとんど受けてこなかったせいか、こうした新興感染症への備えが出来ていなかったように思います。その結果として「(SARSやMERSの時のように)日本は大丈夫だろう」との楽観的観測で時間を費やし、新型コロナウィルスの感染拡大への有効な手立てが遅れたところもあるのではないでしょうか。

 他の会社も似たようなものではないかと思いますが、私の勤務先では4月に大量の転勤者を出しました。東京から大阪へ、大阪から東北へ、北海道から東京へ、日本全国で大きく社員を動かしたわけです。その中に無症状のコロナウィルス感染者がいたかどうか定かではありませんが、「県をまたいだ移動」を増やす事で従業員と地域住民の双方に少なからぬ健康リスクを負わせた可能性は高いです。

 2月の時点では、「4月にはもう収まっているだろう」との楽観的観測が一般的だったと記憶しています。だから会社の人事関係者も、「大規模な配置転換で改革姿勢をアピールだ」と意気込んで全国社員の転勤を次から次へと決めていったのでしょう。ところが新型コロナウィルスの感染拡大は止まるどころか増加のペースが上がるばかり、しかし会社にとって転勤は絶対のもの、緊急事態宣言を数日後に控えたままシャッフル人事は強行されました。

 そして4月7日には主要都市を対象に緊急事態宣言が発令、政府の動向に敏感な我が社は急遽テレワークへの移行が行われたのですが――転勤して1週間を待たずにテレワークという状況に、「何のために転勤してきたのか」と疑問を感じる人も多少はいたものと思います。ついでに「転居先でインターネット回線が用意できないのでテレワーク対応できません」という人も結構いました。

 10月から、また社員を大きく動かそうとしている会社も少なくないのではないでしょうか。十中八九、2ヶ月後に新型コロナウィルスの感染拡大が収まっているとは考えられません。県をまたいだ移動がリスクを伴う状況はしばらく続くことでしょう。しかし人事の考えは人知の及ぶところではありません。再度の緊急事態宣言発令が考慮される中でも、東京から地方へ、地方から東京へと移住を余儀なくされる人は出てくるものと予想されます。

 転勤は社員を支配するための伝家の宝刀、断るものは首を斬ることすら許される代物です。転勤のために新居を離れる人もいれば、家族と離れて暮らす人もいる、配偶者の転勤のために仕事を辞める人もいれば、親の転勤のために友人と別れる子供もいる、そして昨今であれば新型コロナウィルスへの感染リスクと、それを広めてしまう二重のリスクの増大も加わりますが、果たしてこのままで良いのでしょうか?

 パワハラやセクハラと同様に、転勤命令もまた従業員の生活を侵害するハラスメントとして再考されるべき時期が来ているように思います。新型コロナウィルスの感染拡大は、非合理な労働習慣を改めさせる転機でもありました。ならばこの機会に「正社員は転勤必須」とする風習にメスが入れられても良いのではないでしょうか。このまま企業任せにしている限り、どれほどコロナウィルスの感染拡大が続いても、定期的に転勤者は産み出され、県をまたいだ移動も繰り返されます。社会を感染症のリスクから守るとの大義名分がある今こそ、企業に介入するチャンスです。

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目次

2020-08-09 00:00:00 | 目次


なんだかもう、このカテゴリ分けが全く無意味になりつつあります……

社会       最終更新  2020/ 8/ 2

雇用・経済    最終更新  2020/ 8/ 9

政治       最終更新  2020/ 6/ 7

文芸欄      最終更新  2019/12/14

編集雑記・小ネタ 最終更新  2020/ 4/26

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途中までならヨソでもありそうな話

2020-08-02 22:15:20 | 社会

「おかねのけいさんできません」男性自殺 障害の記載「自治会が強要」(毎日新聞)

 知的・精神障害がある男性(当時36歳)が自治会の役員らに障害者であることを記した書面を書くよう強要され、自殺したとして、男性の両親が自治会と役員らに計2500万円の賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。両親によると、男性は「おかねのけいさんはできません」などと障害の影響についても詳しく書かされ、他の住民にも見せると告げられた翌日に自殺していた。31日に第1回口頭弁論があり、役員らは争う姿勢を示した。

 訴状などによると、男性が1人暮らしをしていた大阪市内の市営住宅では2019年11月、自治会の班長を住民同士がくじ引きで選ぶことになった。男性は障害を理由に選考から外してもらうよう役員らに求めたが、「特別扱いできない」と聞き入れられなかった。

 役員らは集会所で男性と対応を話し合った際、障害があることや日常生活への影響を記すよう要求。男性が書面を作成すると、役員らは他の住民にも書面を見せて男性のことを紹介すると説明したという。翌日の11月25日、男性は自宅で命を絶った。

 

PTA「免除の儀式」は嫌 家の事情告白、泣き出す親も(朝日新聞)

 学校のPTAの役員を「免除」してもらうためには、「病気や離婚といった家庭の事情を他の親の前で言わないといけない。おかしくないでしょうか」という投稿が、読者の疑問や困りごとを募って取材する「#ニュース4U」取材班に寄せられた。SNSにはこうした親の声が相次ぐ。記者が投稿をした母親に会いに出かけた。

(中略)

 司会は前年度の役員。役員ができない人は、くじ引きの前に他の親の前で「できない理由」を話す。「闘病中で体調が不安定」。「離婚して、私が働かないと生活ができない」。途中で泣き出す親もいる。

 説明が終わると、他の保護者は顔を伏せるように言われる。「免除してもよいと思う人は手を挙げてください」。目の前の人を免除すれば、他の保護者が役員に「当たる」確率があがる。出産直後で「『孤』育て」中という母親の免除希望は、「否決」された。ここで知った各家庭の「家庭の事情」について口止めはない。「教室を一歩でたら、『こんな人がおったで』と、うわさがぱーっとまわるんです」

 

 上の自治会についての報道は最近のもので、下のPTAについての報道は2019年のものです。自治会(町内会)とPTAとは、なかなか酷似した組織だと思っています。後は連合傘下の既存労組も多少は似たところがあるでしょうか。班長や役員決めに関する諸々のハラスメント、非加入者への嫌がらせ等々、自己目的化した組織には付きものなのかも知れません。

 こうした事例は決して特定地域の自治会・PTAに限定された話ではないように思います。全国各地の自治会でもPTAでも、似たような光景は見られる、新聞沙汰になることは少なくとも、涙を呑まされている人は多いはずです。ある意味、これが日本の文化なのでしょうか、善し悪しは別にして普遍的なものがあるような印象を受けます。

 (他人が)苦痛から免れることを許さない、というのが国民性なのかも知れません。上級生から下級生への無意味なシゴキを止めさせたら、前年までシゴキを受けてきた上級生の多くが涙を流して悔しがった……なんて話を聞いたことがあります。あるいは職場でも、自身の残業負担に不満を持つよりも、「働いていない人がいる」ということに憤りを持つ人も多いのではないでしょうか。

 公務員叩きの根本には、公務員が高給取りであり、仕事も楽であるという思い込みがあります。本当に高給で仕事が楽であるならば、それは良い事であり羨まれこそすれ叩かれる謂われはありません。しかるに自身の待遇改善を求めるよりも、公務員の待遇悪化の方を願う人も多い、そうした人々を焚き付けるのが専門の政党・政治家も目立つわけです。

 だいたいの自治会・PTAにおいて、その役職者の負担を軽減する事は二の次になっているような気がします。最優先事項は、班長・役員から「免れる事を許さない」ことなのでしょう。そのためには常軌を逸したハラスメントも辞さないわけです。冒頭の報道に出てくる自治会役員だって、決して好きで役員を務めてはいないと思います。だからこそ、免れる事を許さないという気持ちも強い……

 上級生からのシゴキを受けて来た部員が、自らが上級生になった時に「自分が受けて嫌だった事」をどうするのか、「止める」よりも、「続ける」ことを選ぶ方が多数派なのが実態ではないでしょうか。自分が受けた苦痛を下級生も受ける、そのことに公平さ、平等さを感じるのが我々の社会の文化なのだと思います。

 自治会の役員や班長も然り、自分が役員を押しつけられて面倒な思いを強いられているからこそ、そこから免れている人の存在を許せない、自治会(そしてPTA)の役職を断るのあれば、相応に罰を受けてもらう――そうした発想が自然に出てくるわけですね。今回は偶々、追い詰められやすいポジションの人だから新聞沙汰に発展しただけの事です。

 日本社会の文化は、それこそ個人の内心の問題だけに外から変える事は難しいと言えます。そうである以上、根本的な解決は、自治会・町内会の解体しかありません。本来は行政が担うべき役割を民間任せにしている事で、誤った権力者を誕生させていることに目を向ける必要もあるでしょう。行政がやるべきことは行政が行い、自治会から代行者としての役割を剥奪する事で、関わり合いを持たずとも不利益を被らない状態を作っていくべきです。

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思想犯

2020-07-26 22:17:07 | 社会

ALS患者を嘱託殺人容疑、医師2人を逮捕 京都府警(朝日新聞)

 全身の筋肉が衰える難病「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)の女性患者=京都市=から依頼を受け、薬物を投与して殺害したとして、京都府警は23日、医師2人を嘱託殺人の容疑で逮捕した。捜査関係者への取材でわかった。

 捜査関係者によると、宮城県名取市で開業する医師大久保愉一容疑者(42)と東京都港区の医師山本直樹容疑者(43)は、50代のALSの女性患者から依頼され、昨年11月、京都市の女性宅で薬物を女性に投与し、殺害した疑いがある。

 女性は一人暮らしで、看護が24時間必要な状態だったとみられる。医師2人は主治医ではなく、SNSを通じて知り合ったという。

 

 「死にたい」などと口癖のように連呼する人も身の回りにはいますけれど、誰かがその人の首を絞めたら、間違いなく抵抗されるわけです。あるいはネット上で「死にたい」という書き込みを探すのは至って容易なことですが、自殺志願者の集うサイトの管理人が実は猟奇殺人鬼――みたいな展開はフィクションの定番とも言えます。では実際に「死にたい」と語る人を殺してみた結果がこちら、なのでしょうか。

 最近ではれいわ新選組の立候補者である大西恒樹氏が「どこまで高齢者を長生きさせるのか。命、選別しないと駄目だと思う」などと発言したことが報じられました。維新の立候補予定者であった長谷川豊氏も「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」と主張して有名になりましたが、天下の副総理である麻生太郎など、そういう志を以て政界を目指す人は少なくないのだと思われます。

 今回の嘱託殺人容疑についても、被害者から金銭の振り込みがあったことが伝えられてはいるものの、開業医である容疑者にとってリスクに見合った報酬額とは考えられないところです。ではなぜ殺人として逮捕される危険を冒してまで凶行に及んだのか、それはやはり志があったから、方向性はさておきその人なりの「理想」を追い求めた結果と考えられます。

関連、賛同者も多いようではありますが

 昨年には公立福生病院で、患者の「もう透析を受けたくない」という弱音を言質に透析治療を中止、患者側から中止撤回の意思表示があったにも関わらず透析治療を再開せず死亡させる、なんてことがありました。医師曰く「十分な意思確認がないまま透析治療が導入され、無益で偏った延命措置で患者が苦しんでいる。治療を受けない権利を認めるべきだ」とのこと、これもまた(医師側の)理想を追った結果なのでしょう。

 ナチズムの世界観における良きユダヤ人とは、自らの死を望むユダヤ人でした。そしてある種の理想を持った人々にとっては、自らの死を望む人こそが良き難病患者(あるいは良き障害者)なのでしょう。生きようとする人ではなく、死のうとする人の背中を押す方に意欲を駆り立てられている人もまたいるわけです。「死にたい」という人に賛同して見せ、それが世のためである等々……

関連、大量殺人では、彼はアマチュアです

 障害者施設を狙った大量殺人事件の被告である植松聖なども、本人なりの思想信条に沿った行動ではありました。結局のところ個人として個人を殺害する限りは、かろうじて殺人として扱われます。一方でそれが社会を動かそうとする訴えともなれば、一定の反発はあっても罪にまではなりません。表向きは批判されても匿名の賛同者は多い、トランプ大統領のように世論調査で見える以上の支持を得ている可能性があります。

 安楽死が合法な選択肢となったなら、「なぜ安楽死を選ばないのか」という問いも出てくることでしょう。一見すると選択肢が増えるようでいて、その実はセーフティネットの底に穴を開けてしまう結果になる気がしないでもありません。安楽死という道がないからこそ無条件に生きる権利が認められていたところに、死ぬ権利という選択肢が追加されたならば、必然的に周囲から死を促される人も増えてくるものと思われます。

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自衛隊機を飛ばすことでは解決しない問題

2020-07-19 23:35:36 | 社会

 単体で見れば「敗戦」とは好ましくないことに見えるかも知れません。ただ長期的に見ると日本にとって「敗戦」とは進歩のために欠かせない契機でした。敗戦がなければ、20世紀後半の日本の繁栄はなかったことでしょう。では新型コロナウィルスの感染拡大が第二の敗戦になるかどうか、「災い転じて」となって欲しいと思います。

 迷惑としか思っていなかった東京でのオリンピック開催が延期され、制度上の存在であって実際に利用される予定のなかったテレワークは現実のものになり、飲み会もすっかりなくなるなど、少し仕事が忙しくなったことを除けば私にとっては悪くない状況です。勤務先を見ても、出張やイベントの中止で劇的に経費が削減され、増益が確実視されているところだったりします(偉い人が満足しているかはさておき)。

 子供好きな大人の頭の中の理想の子供は学校が大好きで、「学校に通えなくて辛い」みたいな声の方ばかりが取り上げられがちです。ただ夏休み終了前には児童の自殺が急増するなど、少なからぬ子供にとって学校通いは苦痛の種でした。暴力が支配し、窃盗や恐喝の横行する「学校」に行かずに済んで、助かったと感じている子供、落ち着いて勉強できるようになった子供も決して珍しくはないことでしょう。

 一方で飲食業や観光業など、大きく割を食う業種もあり、その辺は国策としてしかるべき対策が求められるところです。そしてもう一つ苦境に陥っているのが医療の世界で、負担やリスクが増えたにも関わらず、その労働への対価を減らされようとしていることが伝えられています。

 

ボーナスなく看護師数百人退職の恐れ 東京女子医大病院(朝日新聞)

 東京女子医科大学病院(東京都新宿区)が、夏の一時金(ボーナス)を支給しないと労働組合側に伝えていたことがわかった。新型コロナウイルスの感染拡大で経営が厳しくなり、医療従事者がしわ寄せを受けている。看護師らが数百人規模で退職する可能性もあり、地域医療に影響が出ることが懸念されている。

 関係者によると、東京女子医大病院ではコロナ禍で大幅に収入が減ったなどとして、6月半ばに夏のボーナスを支給しないことを決めた。看護師の昨年の実績は、1人あたり平均で約55万円だったという。

 労組は理事会に再検討を求めているが、待遇の悪化を受けて退職を検討している看護師らが多数いる模様だ。関係者によると、退職する意向の看護師は、都内の系列病院も含めて全体の約2割に相当する400人規模になるとみられる。

 

 保育士不足は頻繁に語られますが、実のところ保育士の有資格者は不足しておらず、資格はあっても低賃金を理由に離職してしまう人が多いのが不足の原因だそうです。看護師も、将来的には同じ事になるのでしょうか。感染リスクに晒される最前線で働いているにもかかわらず、賞与は勤務先次第で全額カットもあり得るというのですから、やる気をなくす方が正常と言えます。

 「地球上で一番たくさんの “ありがとう” を集めるグループになろう」――とは、日本を代表するブラック企業として知られるワタミのスローガンですが、似たような社訓を掲げる会社も少なくないと思われます。社員の幸せは「ありがとうを集める仕事を持つ」ことだとワタミでは定義されているわけですが、いかがでしょうか? ワタミそのものは一定の非難を浴びるようになりましたが、「ワタミ的なもの」は?

 先般は「医療従事者に感謝を伝える」と称して都心上空を自衛隊機に編隊飛行させ、喝采を浴びるなんて事がありました。自衛隊のやることとなれば不祥事以外は何でも喝采を浴びるのが常ですけれど、少なくとも私が医療従事者であれば賞与の代わりにブルーインパルスで満足することはありません。自衛隊大好きな国民はパフォーマンスに満足するかも知れませんが、それで何かをしたつもりになっているのなら、ワタミの社長と発想は同じだな、と思います。

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学生のためというよりは

2020-07-12 22:53:01 | 社会

 さて新型コロナウィルス感染拡大の影響は多岐に渡るわけですが、そうした混乱にかこつけて9月入学が取り沙汰されるなんてこともありました。ここぞとばかりにポピュリスト系の知事が挙って賛意を表明、一時はどうなることかと思いましたが、まぁ政府トップが悪い意味で実行力に溢れるタイプでなくて本当に良かったです。

 会社でもどこでも「変える」ということ自体は大きな実績として評価されますので、その変更の影響を受ける下っ端教員や学生と違って自治体首長や大学経営陣ともなれば、とりあえず変える方向に賛意を示しておくのが無難なのかも知れません。ただ「欧米で」主流である9月入学に合わせることの意義は、どれほどのものなのでしょうね。

 大学の偉い人は専ら留学を理由に挙げているようです。欧米の学校は9月入学が多数派ですから、日本も入学時期を同じくした方が留学も盛んになると、そう匂わせる人が目立ちます。昨今は英会話と留学(そして就職)をアピールしたがる大学が隆盛を極めているだけに、時代の流れなのでしょう。自分の学生時代は就職氷河期まっただ中でしたけれど、今のように英会話や留学に縛られず自由に勉強できて良かった……と思わないでもありません。

 ただ日本とは違って留学に出る人が多い韓国は3月入学だったりします。3月入学の韓国と4月入学の日本の違いを鑑みるに、入学時期を9月にすることで思惑通りに留学が増えるかは疑わしいです。そもそも日本へ留学に来るのは中国やヴェトナムからが多いですが、どちらの国も9月入学で日本とは入学時期が異なります。一方でインドは(人口比はさておき)留学に出る人の絶対数の多い国で、かつ日本と同じ4月入学ですけれど、インドから日本に留学する人は少ないです。

 あるいはオーストラリアやブラジルなど南半球の国では1~3月入学が主流であり、4月入学の日本人学生にとって時期の合わせやすい国と言えますが、留学先としての人気は高くありません。入学時期よりは別の問題があるような気がしますけれど、それでもやはり名誉白人の国である日本にとって学ぶ価値があるのは「西洋」であり、合わせるべき先は欧米諸国となるのでしょうか。

・・・・・

 (新卒)一括採用は、他国では珍しい採用形態として絶えず批判に晒されています。ただ年間を通して退職者が続出し常に人員補充の必要性に迫られているブラック企業は、昔から通年採用を行っているわけです。4月限りの一括採用で組織が回るのは、辞める人が少ない優良企業だけです。そう考えると一括採用とは悪習ではなく、むしろ優良な風習に思えてきます。

 逆に「一括入学」の方を見直すのはどうでしょうか? 一括採用を止めて通年採用にするべきだと、そう無批判に連呼されるのを聞くと、では一括入学を止めて通年入学にしてみるのはどうだろう、なんて思ったりします。英語ばっかりアピールしている大学も多いですけれど、英会話学校なら4月でなくてもいつでも入学できます。ならば大学で同じ事をしても罰は当たらないでしょう。

 通年入学までは対応できないとしても、半期単位で入学を4月と9月の2回に分けるくらいなら、大学にとってはそんなに無理のある話でもないはずです。ただ、日本企業の好みは学年制で上下関係をたたき込まれた体育会系でもあります。入学時期は年1回に限定し、きっちりと学年分けをした方が好ましいと考えられるところもあるのかも知れません。

・・・・・

 首都圏を中心に感染者拡大の続く新型コロナウィルス感染への対策で、オンラインでの授業も増えているようです。ならばオンラインでの「留学」もあって良さそうに思うところですが、どうなんでしょうね。昨今の大学の偉い人の言葉を聞くに、留学だけが唯一無二の価値みたいな持ち上げ方もされていますけれど、他の選択肢もあって良い気がします。

 それでも大学教育のゴールが就職である以上、選択肢は偏ったものにならざるを得ないのかも知れません。大学なんてものは好きな時期に入学して好きなように学んで、好きな時期に出て行けばいいと私などは思うところですが、大学を運営する側の思惑は異なる、単純に勉強したいだけの人にではなく、もっと別の層にアピールしたいものがあるのでしょう。

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社長のありがたいお言葉

2020-07-05 22:06:00 | 社会

 ダーウィンの有名な言葉に「生き残る種は最も強い種ではなく最も変化に対応できる種だ」というものがあります。

 ……とは、私の勤務先の社長が第二四半期の挨拶で述べたことですが、いかがなものでしょうか。それはダーウィンの言葉ではなく「ダーウィンを騙るコンサルタントの言葉」ではないかと思わないでもありません。でも、会社の中では社長の言葉こそが真理であり、自己啓発本は聖典です。会社にアカデミズムを持ち込むのは野暮ですよね?

 

進化論の誤用、憲法改正に引用 自民のツイートに批判(朝日新聞)

 自民党広報のツイッターアカウントが、ダーウィンの進化論を誤用した言い回しを引用して憲法改正の必要性を訴え、批判のツイートやコメントが相次いでいる。専門家は、進化と関係のない憲法の改正にダーウィンを結びつけるような発信に懸念を示している。

 問題となっているのは、憲法改正についての19日の投稿。「もやウィン」という架空のキャラクターが4コママンガで、「ダーウィンの進化論ではこういわれておる」などとして「最も強い者が生き残るのではなく 最も賢い者が生き延びるのでもない。」「唯一生き残ることが出来るのは 変化できる者である。」などと説明。憲法改正の必要性を訴える内容だ。

 ダーウィンの進化論で重要な「自然選択」は、生物の集団の中に性質の違う多様な個体がいることで、環境の変化などが起きても、生き残るものがいることを指す。あくまで集団レベルでの現象であり、個体のレベルや憲法改正に適用できるものではない。

 

 さて自民党もまた、ウチの社長や研修講師と同じようなことを語っていたようです。とりあえず、ビジネス界の常識とは合致していると言えますね。ただ実際のダーウィンの説とは相容れないだけに、日本人間行動進化学会からも抗議されているようです。もっとも会社の偉い人であれば学者よりもコンサルタントの言葉を信じるもの、自民党も似たようなものでしょうか。

日本人間行動進化学会(https://www.hbesj.org)
『ダーウィンの進化論』に関して流布する言説についての声明
https://www.hbesj.org/wp/wp-content/uploads/2020/06/HBES-J_announcement_20200627.pdf

 誤用だ、と大きく伝える朝日新聞もまた科学に忠実かと言えば状況次第のところもありまして、例えば原発報道などでは学者の見解よりも素人の思いつきの方を正しいものとして喧伝してきたわけです。改憲のためにダーウィンの名前を使って都合良く物事を歪曲する政党もあれば、反原発のために科学を無視して虚構を広めようとする新聞社もある、人は事実よりも信念を優先するものなのだと言えます。

 結果論で語るなら、変化によって生き延びたように見える企業もある一方、変わらないのに生き延びている企業もある、逆に変わったことで破滅していった企業もあります。変化さえすれば事態が好転するかは運次第、好転することもあれば暗転することもあるわけで、一概に変化が企業にとって好ましいとは言い切れません。

 もっとも企業の業績はさておき、企業における個人の評価に限れば、「変化」は常に肯定的に受け止められるような気がしますね。とにもかくにも変えることが大事、それで現場を大混乱に陥れたとしても「変えた」という実績を認められて昇進していく人は後を絶ちません。変化こそが正しいと、偉い人は誰もが信じているのでしょう。

参考、変革(方向性は問わないものとする)

 4年前のアメリカ大統領選挙では、下馬評を覆してトランプが当選しました。隠れレイシストの動向もさることながら、保守派のヒラリーよりは支離滅裂なトランプの方が、より「変化」に近いと判断されたところも大きいと私は考えています。少なからぬ有権者は変化そのものを期待したと言えますが――それが良い方向であったか悪い方向だったかは別問題ですね。

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アメリカからの評価

2020-06-28 23:38:35 | 雇用・経済

人身売買報告で日本格下げ 米国、技能実習生など問題視(朝日新聞)

 米国務省は25日、世界の人身売買に関する年次報告書を発表した。日本については、外国人技能実習制度や児童買春の問題を取り上げ、「取り組みの真剣さや継続性が前年までと比べると不十分だ」として、前年までの4段階のうち最も良い評価から、上から2番目の評価に格下げした。

 今回不十分と判断したのは、人身売買の摘発件数が前年より減ったことなどを考慮したためという。報告書ではこれまでも日本の技能実習制度を問題視してきたが、今回は「外国人の強制労働が継続して報告されているにもかかわらず、当局は一件も特定しなかった」とし、「法外な手数料を徴収する外国の仲介業者を排除するための法的措置を、十分に実施していない」と改善を求めた。

 人身売買問題を担当するリッチモンド大使は記者会見で、「技能実習制度の中での強制労働は長年懸念されてきたことで、日本政府はこの問題にもっと取り組むことができるはずだ」と指摘した。(ワシントン=大島隆)

 

 日本が絶対の信用を寄せるアメリカから、このような報告書が出たそうです。時には国際機関に背を向けることもある日本国ですが、これまでずっと宗主国であるかのような扱いを続けて来たアメリカの見解に対して、日本政府はどう向き合うのでしょうか。

 格下げの根拠は「人身売買の摘発件数が前年より減ったことなど」と伝えられています。時期的にはコロナウィルス感染拡大が起こる前を調査していると思われますので、取り締まるべき事例が減っていたわけではなかったはずです。そうした中では、「取り組みの真剣さや継続性が前年までと比べると不十分」と評価されるのは当然かも知れません。

 もっとも前年までは「4段階のうち最も良い評価」だったようですから、随分と甘い評価である印象も受けます。やはりアメリカからの評価ですから、アメリカに付き従う姿勢を鮮明にしている日本へは緩い基準で評価し、アメリカの意向に沿わない中国やロシアには厳しめの基準で評価する等々、あまり客観的でないところはありそうです。

 一方でコロナウィルス感染拡大後は各国が国境を閉ざし、技能実習生の往来も途絶えました。安価な労働力に頼って利益を上げていた業界からの悲鳴も聞かれるところですが、「輸出元」の国ではどうなのでしょうね。とりあえず私としては、騙されて日本に来る(そして恨みを抱えて帰る)人が減って良かったと思っています。

 なお技能実習生の最大の供給元であるヴェトナムは新型コロナウィルスによる死者数「0」とされています。一応は感染症対策の優等生であり、日本より経済のリスタートも早い、日本とアジア諸国の経済格差は縮まり続けていますが、この傾向は加速することでしょう。ヴェトナム人にとって日本の賃金水準が魅力的でなくなる日は決して遠くありません。他のアジア諸国も同じで、いずれ「日本なんかに行っても稼げない」というのが世界の共通認識になる日が来ます。そうなれば――技能実習生に纏わる人身売買の問題は解決する、というのが私の見立てです。

 「技能実習」という言葉からは、児童買春を「パパ活」などと呼ぶのと同様のおぞましさを感じます。名称が実態を表すものになっていない、汚い部分、暗い部分を言い換えることで塗り隠している、まだしも「徴用工」と呼んだ方が内実に近いとすら言えないでしょうか。軍隊によって強制連行されたわけではないとしても、甘い言葉で日本に誘い、自由を奪っては低賃金で過酷な労働に従事させるのなら、何かしら「罪」を連想させる言葉の方が適切です。

 なお「法外な手数料を徴収する外国の仲介業者」も、呼び方を変えた方がいい気がしますね。こういう存在は「親日派」と書くのはどうでしょうか。自国民を日本に売り渡すことで私腹を肥やす、韓国において断罪されるようになった「チンイルパ」も、現代における中国やヴェトナムのブローカーも、時代が異なるだけでやっていることは似たようなものですから。

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社会の免疫

2020-06-21 22:37:40 | 社会

 「社会が免疫を付けて受け入れてしまう方が早いような気がしないでもありません」と、私は3月8日にブログに書きました。言うまでもなく新型コロナウィルスの感染拡大を指してのことで、感染者0に到達することは至難であり、そうなる前に「社会」が免疫を付けてしまうことを予測したものです。

 感染拡大が始まった当時には分からなかったことも多く、各国政府の対策や諸々の「専門化」の予測が外れることは珍しくありませんでした。私にしても、重傷化リスクや飛沫感染の範囲などについては認識を改めるばかりなのですが――海の向こうでは自説の正当化に固執して対応を誤り続ける大統領がいるのはどうしたものでしょう。

 東京ではジワジワと感染者の増加が続いています。にも関わらず、東京アラートは解除され、県境をまたぐ移動も解禁となりました。南米やインドなどの状況を見る限り、インフルエンザとは違って高温多湿の気候が大きく感染リスクを下げる可能性は低いと考えられますが、警戒態勢は着々と緩んでいます。

 よく言われる「集団免疫」と、私が思い描いた「社会が免疫を付ける」事態は、全く別の意味です。その社会の構成員の身体が免疫を持つのではなく、気持ちの面で免疫が付いてしまうこと、つまり感染者の増加を平然と受け入れるようになってしまうことを想定して、「社会が免疫を付ける」可能性を予想しました。

 新しいものには、社会も敏感に反応します。季節性インフルエンザで死んだ1,000人より、未知なる感染症で死んだ10人の方が、世間の注目は集まるものです。新型コロナウィルスも当然、最初は後者の扱いでした。ところが月日が経過するにつれ当初の警戒感は薄れ、感染者の拡大にも平然としていられるようになる、それが目下で進行中の事態ではないでしょうか。

 実際のところ、健康リスクが季節性インフルエンザと同程度に止まるのであれば、過剰に恐れる必要はないのかも知れません。ただ、季節性インフルエンザよりも重症化リスクは高い、暖かくなっても感染リスクは減らないことが判明していく中では、この「社会が免疫を付ける」状態は今後の大きなリスクに繋がっていく可能性があります。

 夜の街に繰り出す人々は、先行して「社会的(精神的)免疫」を身につけた人々であると言えます。こうした人にとって新型コロナウィルスは季節性インフルエンザと同じようなもの、恐怖を感じることのない代物となっているのでしょう。ただ、社会的免疫はあくまで気持ちの問題であって、ウィルス感染には無力です。そして夜の街のお客さんも昼間は普通の勤め人、満員電車に乗って出勤したり、時には全国各地に出張したりしているわけです。

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普通の会社なら高く評価されるタイプ

2020-06-14 22:22:04 | 社会

内部告発者の異動は「他職員守るため」 町が想定問答集(朝日新聞)

 山口県田布施(たぶせ)町が、固定資産税の課税ミスを内部告発した職員を1人だけの部署に異動させたことを巡り、住民らからの問い合わせへの「想定問答集」を作った。その中で異動の理由として、この職員が原因で周りの職員が精神的に行き詰まったとして「他の職員を守る必要がある」と記していたことがわかった。

 町総務課の亀田典志課長が10日、朝日新聞の取材に説明した。想定問答集はA4判2枚。人事についての報道で住民らから問い合わせが殺到し、主に対応する総務課員向けに作ったという。亀田課長は「報復人事との指摘を否定するため」と理由を話した。

 職員は2018年4月に税務課に着任以降、3回異動して今年4月に町史編纂(へんさん)室に移った。問答集には、これらの異動歴のほか、人事について「隔離ではありません」と説明するよう書かれていた。

 また亀田課長は、想定問答とは別に、対応した職員が「指示を聞かず、窓口や電話の対応をしない」「自分の興味ある仕事ばかりやる」「コミュニケーションがとれない」などと説明したこともあったと話した。(高橋豪)

 

 さて確認の取れている事実としては内部告発を行った職員がいて、その職員が「約30年ぶりに設けられた町史編纂室(人員1名)」へと異動させられたそうです。この町史編纂室は公民館の和室から畳を取り除いて急遽用意されたとのことで、少なくとも市の説明中の「隔離ではありません」とする部分は大いに疑わしいと言えます。

 曰く「この職員が原因で周りの職員が精神的に行き詰まった」「指示を聞かず、窓口や電話の対応をしない」「自分の興味ある仕事ばかりやる」云々と伝えられていますが、真偽はどれほどのものでしょうか。挙げられた問題点を聞くと「どこの職場にもそういう人はいるよね」と言った印象ですが――そういう人はむしろ評価が高い方が普通だと思います。

 他人の足を引っ張って周囲のパフォーマンスを落とす人材がいると、足を引っ張られる側の同僚の評価は下がり、相対的に足を引っ張る側の人間の評価が上がる、それが普通の職場です。人の指示で動けば「あいつは言われたことしかできない奴」とレッテルを貼られ、窓口や電話対応などの日常業務を「誰にでもできる仕事」と蔑んできたのが21世紀の日本の人事ではないでしょうか。

 逆に評価を高めていくのは決まって(誰からも望まれていないことを)自分から行動していく「主体的な」人材です。評価に繋がらないルーチンワークは周囲に押しつけ、自身は意見を言うことに徹する、組織内のコンサルタントとして積極的に現在の仕事にダメ出しして改革を訴えていく、そういう人を取り立ててきたのが日本の能力主義であったはずです。

 もし、この田布施町の課長の言うことが事実なら「そういう人が肯定的に評価されていないのはおかしい」と私は思います。田布施町が日本の一般的な民間企業とは180°異なる独自の人事評価方針を持っているのでない限り、街の説明には疑義が残るところです。左遷されたのはやはり、内部告発に対する報復人事じゃないのか?と。

 まぁ町史編纂室なり社史編纂室なり、閑職への異動は(私を含め)ある種の人にとってはご褒美という気がしないでもありません。報道写真を見る限り、今回の取って付けたような町史編纂室も居心地の悪い部屋ではなさそうです。それでも報復人事と感じられた理由の中には、本人が「やる気に満ちあふれている」こともあるのでしょうね。

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