非国民通信

ノーモア・コイズミ

物質的豊かさの不足こそが日本の課題

2013-12-30 22:57:21 | 社会

 何でもマルハが群馬県の工場に作らせていた冷凍食品から農薬の成分が検出されたそうで、私などはJTが中国の工場に作らせていた冷凍餃子から殺虫剤の成分が見つかって大騒ぎになったことを思い出すところです。あの頃は専ら「JTの餃子」ではなく、「中国製餃子」と国内では報道され、中国からの輸入品が軒並み危険視される一方JTの商品イメージにはさしたるダメージもなかったと記憶しています。今回はどうでしょう? 危険視されるのは「マルハの冷凍食品」なのか「グンマーの食品」なのか。JTの餃子の場合を考えれば、群馬県で生産された食品が市場から敬遠される方が一貫性はあります。それはさておき……

 

日本の子どもの幸福度は6位 豊かさの一方、深刻な貧困(朝日新聞)

 【田中陽子】日本の子どもの幸福度は先進31カ国中6位。でも、物質的豊かさは21位――。国連児童基金(ユニセフ)と国立社会保障・人口問題研究所がこんな報告書をまとめ、25日に公表した。日本では貧困状態にある子どもの割合が高く、貧困の程度も深刻なことが改めて示された。

(中略)

 物質的豊かさの順位が低いのは、貧困ラインを下回る子ども(0~17歳)の割合が14・9%と高いことや、下回った子どもたちの所得の平均が、貧困ラインの額の約7割にとどまっていることなどが理由だ。所得は世帯収入などから算出している。

 健康と安全の分野では、低体重(2500グラム未満)で生まれた乳児の割合が高かったのが響いた。報告書は、低体重の女性の増加や、妊娠中に厳格に食事を管理する傾向などを原因に挙げている。

 研究所の阿部彩・社会保障応用分析研究部長は「貧困状態にある子どもがこれだけ多いということは、いま好成績の分野も、今後悪化する可能性がある」と懸念する。

 

 「先進31カ国」という触れ込みですが、東欧のお世辞にも豊かとは言えないはずの国も含まれたランキングで、日本の子供の「物質的豊かさ」は21位という下の方に位置することが伝えられています。「日常生活上のリスク(治安関係?)」と「教育」分野で1位に選ばれたのが効いて総合では6位という結構な高い評価を得ている一方で、物質的豊かさの欠如が大きく足を引っ張る格好となったわけです。日本に欠けているのは何よりも「物質的豊かさ」なのだと、それを認識する必要があります。

 結局のところ21世紀の日本は精神的な満足感ばかりを追求しては、物質的あるいは経済的な豊かさを蔑ろにしてきた、そのツケがここにも表れていると言えます。あの愚かな小泉以来(橋本龍太郎時代にも政策面での萌芽はありましたが)、専ら改革の理想を追うばかりで経済成長を犠牲にしてきた、不況から脱却することよりも「こうあるべきだ」という己が理想に向けて労働市場をねじ曲げる方を優先してきたのが日本の政治ですから。

 遅ればせながらもこの十数年来の誤った経済政策を部分的にでも転換しつつある安倍晋三にしたところで、経済優先という看板を掲げつつも靖国参拝という誰の得にもならない暴挙に打って出ました。国内外に無知と恥を晒すだけ、一銭の利益にも繋がらない行為ですが、ある種の人々は、そこに精神的な満足感を覚えるものなのでしょう。そしてこの精神的な満足感こそ、日本が物質的もしくは経済的な豊かさ以上に優先してきたものであり、この点において安倍もまた従来の日本の政治家像から抜け出すことができていないと言えます。利より大切なものがある、と。

 「貧困状態にある子どもがこれだけ多いということは、いま好成績の分野も、今後悪化する可能性がある」――そう調査元の担当者は懸念を表明しています。親の経済格差は子供の教育格差にも直結するだけに、今後は評価の高かった教育分野でも次第に経済的な貧しさ相応の結果に落ち着くこともあり得るでしょう。物質的な豊かさの欠如こそが日本の課題であると、そう認識することが何よりも大事ではないかと思うところです。我々はもっと損得を考える必要があります。

 

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説明を受けるべきは日本の方だな

2013-12-28 22:57:56 | 政治

 日本の宗教はと問われれば、概ね仏教もしくは無宗教との回答が多数を占めると思います。日本人の自画像としては、そういうものなのかも知れません。そしてイスラムやカトリックの原理主義者がテロ行為に及んだりするのを対岸に見て、彼らと違って宗教的に寛容な日本では、そういうことは起こらないのだと自画自賛している日本人も多いのではないでしょうか。でも本当にそうなのかな、とも。

 ムハンマドを笑いのネタにでもすれば、イスラム過激派が黙ってはいないわけです。では、日本においてはどうなのでしょう。日本において「○○を冒涜したら○○が黙っていない」ものとは? そこから日本の「宗教」が見えてくるように思います。ここで最も当てはまりやすいのは国旗や国歌が象徴する国家であり、天皇である、それを笑いのネタにすれば右翼が威嚇してくる、時には刃傷沙汰に発展したこともあったはずです。仏教のように単に習俗として残るのみで信仰が形骸化している代物よりも遙かに日本の宗教として根付いているのは、今も昔も一貫して国家神道なのではないでしょうか。

 で、この国家神道の聖地と言うべき靖国神社へ参拝するという小泉以来の愚挙に、現首相である安倍が踏み切ったわけですが……

 

安倍首相靖国参拝:野党は猛反発(毎日新聞)

 安倍晋三首相の靖国神社参拝は、与野党にも波紋を広げた。

 自民党の石破茂幹事長は26日午前、党本部で記者団に「平和を願い、国のために殉じた御霊(みたま)に哀悼の意を表する思いで参拝を決意された」と説明。「真意を分かってもらえれば外交問題に発展することを避けるのは十分可能だ。中国、韓国にも冷静な対応を期待したい」と述べた。首相からは同日朝、電話で参拝の意向を伝えられたという。

(中略)

 日本維新の会の松野頼久・国会議員団幹事長は「国のために命を落とされた先人に哀悼の意を表されたことは評価する」としたうえで「国会での特定秘密保護法や国連平和維持活動での(韓国軍への)弾薬提供など安全保障問題と絡んだ時期に参拝したのは、少しタイミングを考えるべきではなかったか」と疑問を呈した。みんなの党の渡辺喜美代表は「個人の信仰の問題であり、とやかく言うことはない」とのコメントを発表した。

 

 この毎日の報道では「野党は猛反発」と見出しに掲げられています。しかし、維新やみんなと言った極右政党から出されたコメントを見るに「猛反発」が実在しているのか大いに首を傾げるところです。最大野党の民主党にしたところで靖国に参拝していた議員は少なくありません。あたかも与党の対抗馬であるかのような虚像が作り上げられがちな民主党ですけれど、デフレ継続か不況脱出かという点を除けば自民党と決して大きな違いはないはず、本当に野党が猛反発しているのか、反発している議員は意外に少数派なのではないかと、そんな疑問も頭に浮かびます。

 公明党は靖国参拝に反対していたと代表が公に発言しているものの、結局のところ歯止めになっていない辺りに限界を感じさせるのはいつものことでしょうか。いつもは日本経済を崩壊させるようなことばかり主張している財界筋も、この件に関しては概ね妥当な見解を述べているところですが、まぁ「無能な怠け者と無能な働き者」と言いますか、往々にして本人の思い入れの深い分野でこそ間違った方向に力を入れてしまうもののようです。外交に関しては現実を見る目のある財界人も経済に関しては狂気としか言い様がないように、経済に関しては久々に真っ当なところのある安倍晋三も、やはり自身が本当に関心のある分野では、現実を見るよりも己の脳内設定にしがみつく方を優先してしまうのでしょう。

 安倍のコメントも大差ないのですが、冒頭に引用した石破の説明(自称)からも、まぁ「いかに分かっていないか」が伝わってきます。政府の幹部の認識がこんなものなのですから、諸外国から理解が得られないのも当たり前、日本とは縁が少ない故に問題の本質を知らない国からならともかく、事情を分かっている隣国から許容されることは、とうてい考えられませんね。外国に説明して誤解を解いていく云々などと政府筋は述べているようですが、誤解しているのは安倍や石破の方であって、説明を受けるべきは日本の方でしょう。

 国内レベルで見てもどうなのかも問われるべきところです。現代に置き換えて見ると、「英霊」とは過労死など会社によって死に追い込まれた人もまた該当するでしょうか。「国のため」という旗印の下わざわざ国外まで出征させられて、挙げ句に待っているのは餓死や病死だったりする、そうして「日本のために尊い命を犠牲にされた~」などと祭り上げられた人もいるわけです。会社から無茶な職務やノルマを押しつけられて、過労や鬱病で身心を害して自殺してしまう人も少なくない昨今ですが、これを「我が社のために尊い命を犠牲にされた英霊」などとして顕彰する制度を作っている会社があったら、どう思いますか? ワタミ神社で、ワタミに殺された人が「英霊」として勝手に(そして死に追いやった側の人間まで一緒にして)奉られていたらどうなのでしょう。

 戦没者は決してやむにやまれぬ犠牲などではなく、自国の愚かさのために不必要な犠牲を強いてられた被害者でもある、にも関わらずその犠牲者に謝罪するのではなく、被害を「貴い犠牲」へとすり替え、賛美してきた、犠牲を強いることを正当化してきたのが靖国というものです。そのことへの反省と自覚が安倍や石破には微塵も見られません。結局のところ、「何も反省していません、悪いとは思っていません、何が問題なのかすら分かっていません」というメッセージを国内と国外の双方に向けて発信しているわけです。戦犯の合祀や日本が侵略した先の国への配慮と言った問題を取り除いてもなお問われるべきものは残ります。

 

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靖国参拝「失望している」…在日米大使館が声明(読売新聞)

 在日米大使館は26日、安倍首相の靖国神社参拝について「日本は大切な同盟国だが、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」と批判する声明を発表した。

 米政府が、日本の首相の靖国神社参拝を批判する声明を出したのは極めて異例で、日本政府関係者は「過去に同様な声明があった記憶はない」と語った。

 

英紙「中韓の激憤買った」…欧州メディアも速報(読売新聞)

 【ロンドン=佐藤昌宏】欧州各メディアも26日、安倍首相の靖国神社参拝を東京発などで速報した。

 英紙ガーディアン(電子版)は、「26日の参拝は中国や韓国の激憤を買った。参拝は、日本と近隣国との関係をさらに悪化させるだろう」とした。

 英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は、「皮肉にも、第1次安倍政権時に参拝しなかったことで(近隣国との)関係改善を果たしたのが安倍氏だった」と指摘。その上で、「今回の参拝は、日本が統治する尖閣諸島を巡り、(中国との関係が)行き詰まっている中で、関係をさらに悪化させることになった」と強調した。

 【パリ=三井美奈】安倍首相の靖国神社参拝について、仏紙ル・モンド(電子版)は26日、「日本と中韓両国の関係は(尖閣諸島や竹島の)領土をめぐる係争ですでに最低水準にあるが、さらに悪化することになる」と評した。その上で、靖国神社は、過去の日本の帝国主義と関連付けられていると紹介した。

 

首相靖国参拝は「日本のオウンゴール」(日刊スポーツ)

 安倍晋三首相の靖国神社参拝について、有力紙オーストラリアンは28日付の社説で「国際関係における日本のオウンゴール」との表現を使って国益を害する行為だったと指摘、東アジアの緊張が高まっている中で「参拝は有益ではなかった」と批判した。

 オーストラリアの保守連合政権は日本を「アジアの最良の友」(アボット首相)と位置づけ、中国による防空識別圏設定問題でも、再三にわたって中国側に懸念を表明している。

 しかし同紙は、安倍首相による靖国参拝は、日本の軍国主義を口実に軍拡を進める中国を利するだけだとした上で「(沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中対立で)危険を冒して安倍首相を支えてきたオーストラリアなどの同盟・友好国にとって事態をより困難にした」と述べ、自制を求めた。(共同)

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いずれ自分の仕事が取り上げられるときが来る

2013-12-26 23:32:18 | 雇用・経済

 その昔、上田利治という野球の指導者がいました。特筆すべき点はと言えば「最初から指導者として期待されていた」ことですかね。一般には選手としての功績に対する論功褒賞として指導者の地位は与えられるものですが、この人の場合は選手としての実績が皆無に近いにもかかわらず、指導者としての才能を認められて抜擢されたという稀有な存在だったりします。監督の座に就いた時期の早さもさることながら、25歳でのコーチ就任は日本プロ野球界の最年少記録だったとのこと、今となってもなお異例中の異例と言えるでしょう。

 むしろ、論功褒賞型の人事は昔よりも増えているんじゃないかという気がしますね。指導者は指導者としての才能で選ばれるのではなく、まず現役時代の選手としての実績があって初めて機会が与えられるわけで、第2第3の上田利治は今後もう出てこないのではないかとすら思えてくるところです。指導者には指導者としての能力があるものを、ではなく、現役時代に功績のある人間を据える傾向は、むしろ過去よりも現代の方が強いように感じますので。

 この辺はプロ野球の世界に限ったことではなく、会社の人事でも似たようなところがあるのではないでしょうか。管理職としての能力を評価された人と、営業として高い評価を得てきた人、果たして管理職へと昇進するのはどちらの人なのでしょう。ヒラの営業として平均以下の成績しか残せていない若手社員でも「君には指導者としての才能がある」として管理職に抜擢するのなら、それこそ能力主義です。しかし、営業として好成績を積み重ねてきた人を、その成果に報いる形で出世させれば、言うまでもなく論功褒賞/成果主義型の人事ですよね。さて一般的なのはどちら?

 いずれ自分の仕事が取り上げられるときが来る、そういうものだとも思います。指導者としての才能がありながら選手としての機会しか与えられずに本領を発揮することなく終わる人もいれば、選手としての才能と指導者としての才能が区別されず、次第に選手としての活躍の機会を奪われていく人もいるわけです。野球で言うなら、現役続行のつもりだった選手が球団の要望で監督就任、しかし監督としては好成績を残せずに短期間で退任、みたいなケースが挙げられます。あるいは選手兼任監督として二足のわらじを履くことで、やはり選手としての寿命を縮めてしまったと言わざるを得ないケースも少なくありません。

 普通の会社でも、ヒラの担当者としてはそれなりにできる人だったのが、出世することで自分の得意な分野から切り離されてしまう場合も多いのではないでしょうか? 一つ手前の職責でいる内はそれなりに有能と見なされたからこそ昇進したはずが、出世して別の業務を担当することになったために能力を発揮できなくなった、そうして「無能な中高年」だの「ただ乗り社員」だのと経済誌や経済誌を鵜呑みにするバカから誹られる人もまた多々いるように思います。そこで能力を発揮できなくなった社員を、より一方的に解雇できるようにすべきだと説くのが近年のトレンドですが、これはマネジメントの失敗を社員に押しつけるだけの経営側の責任放棄と言えます。

 選手として優秀だった人を、まだ現役続行の意思があるのに監督に据え、そして翌シーズンが終わってみれば球団は成績不振で監督交代――こうなった場合の責任は果たして監督にあるのでしょうか。選手として有能な人を(現役引退を前倒しさせてでも)監督に据え、その監督が結果を残せなければ退任させてしまう、日本的なリストラの発想ですと、そうなるのかも知れません。普通の会社でも同じことです。自分は「できる」社員のつもりで、上司として活躍できていない中高年をネット上で罵倒するのに余念がない人も、いずれ自身の仕事を取り上げられる日が来ることでしょう。自分が得意にしている仕事から外され、上司としての仕事を任される日が来て、それが自分に合わなかったならば今度は自分が若者と経済誌から誹謗中傷される番です。ヒラの担当として有能ならいずれ出世するとして、次なる新たな職務においても有能であり続けなければ、いずれ退任ならぬ退職を迫られるわけです。

 

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被災地を追い出し部屋の代わりにする市長

2013-12-24 22:55:08 | 雇用・経済

東北派遣拒み、5部長「辞めます」 茨城・かすみがうら(朝日新聞)

 【長田寿夫】茨城県かすみがうら市で部長11人のうち6人が辞職の意向を示す異例の事態となっている。うち5人は、東日本大震災の復興支援で東北3県への2年間の派遣を指示された。家庭の事情などをあげて拒んだが、市長は「言うことを聞けないなら辞めてもらう」と強硬姿勢を示している。

 宮嶋光昭市長(69)によると、被災した東北3県から職員の派遣要請を受けた市長は、11月に全職員を対象に希望者を募った。しかし、1人しか応募がなく、12月13日に総務、市民、土木、教育、会計の部長5人に派遣に応じるよう求めた。

 これに対し、全員が「受けられません」と拒み、数人はその場で「辞めます」と伝えた。残りも17日に来年3月の退職を申し出た。部長側は「親の介護がある」「自分の健康問題がある」などと事情を訴えたという。

 派遣を打診されたのは全員58歳。2010年に初当選した宮嶋市長は人件費の削減を掲げ、昨年から「58歳以上は管理職から外す」と公言している。ある部長は「お前は必要ないと言われたのと同じ。働き続ける意欲を失った」と話す。

 宮嶋市長は「家庭の事情を考慮していたら、きりがない」と述べた。市としては別の職員4、5人を派遣する意向という。

 

 何かに連れ活躍ぶりが喧伝され、賞賛や感謝の対象になるのは自衛隊ばかりですけれど、武器を持たない普通の公務員もまた、被災地に派遣されては色々と活動しているわけです。同じ公務員でも武装していれば賛美され、非武装なら罵倒されるというのも随分な話ではないでしょうかね。ここで退職を余儀なくされた5人の公務員達も、迷彩服を着込んで猟銃でも斧でも何でも良いですから武器の一つも携えて市長に謁見すれば、もう少し敬意を以て扱われたのではないかという気がします。

 それはさておき、事態を伝える報道にも悪意が感じられると言いますか、これだと部長側に問題があるように見えてしまうところです。普通の組織で部長という幹部クラスが5人も揃って辞意を表明するなんてのはまさに異常事態で、まず組織運営に致命的な欠陥がある、トップの責任問題として扱われるのが道理でしょう。「58歳以上は管理職から外す」などと市長は公言しているとのこと。それよりも先に69歳で既に判断能力を喪失している疑いの濃厚な市長から実権を取り上げる方が先決では?

 解雇規制の緩い日本では特定の年齢層を狙い撃ちにした退職強要が一般的ですが、アメリカでは差別的な理由による解雇は厳しく制限されていると聞きます。年齢を理由とした職責の剥奪や、年齢を理由とした左遷人事などをアメリカで連発すれば、それはもう訴訟合戦に発展して、当然ながら市側に賠償金の支払いが命じられるところでしょうか。アメリカと違って雇用関係の規制が皆無に等しい日本だからこそ、今回のような事例が見られると言えますね。

 しかしまぁ、58歳以上の管理職ばかりをまとめて派遣するというのは、派遣先の要望に添ったものなのでしょうか。一般に人材派遣の世界では、事前面接によって派遣先が人員を選定する過程が入るわけです。では役所間の「応援」としての派遣はどうなのか、少なくとも派遣先の東北3県側にもニーズはあるはずですし、それがブラックボックスということもないでしょう。東北で不足しているのは部長級の管理職なのか、それとも管理職1:部下4ぐらいの比率なのか、それとも純粋に下っ端を欲しがっているのか、その辺の事情は報道されていませんけれど、とりあえず管理職5人という人選が派遣先の需要に応じたものとは、なかなか考えにくいです。

 公務員叩きと並んで中高年叩きもまた世間の共感を得やすいところで、とりわけ選挙の時期にもなると若年層の被害者意識(被害妄想)を焚きつけては中高年層を敵視させようとする連中が次々と沸いてくるわけです。その辺は在日外国人を標的にしているレイシストの手法と変わるところがないように私には思われるのですが、ともあれ公務員であり、なおかつ58歳という年齢は世間の敵意をぶつけるのには最適の相手と言えます。中高年公務員に厳しく当たれば有権者のウケは悪くない、ポピュリスト首長の考えそうなことです。

 その先のキャリアが長いならいざ知らず、58歳にして「2年間の派遣」というのは旨みの無い話です。そもそも正規雇用であってさえ労働者の権利が守られない日本では、退職金の減額という労働条件の一方的な不利益変更によって、長く勤めれば勤めるほど労働者側の取り分が減ってしまうことだってあり得るわけです。退職金を減らされるより先に止めてしまった方が良いと、そう判断して退職時期を早めた公務員も、とりわけ警察関係には多かったりします。今回の部長職5名も、市長という権力者から嫌がらせを受けてまで仕事を続けるより、今のうちに辞めた方が賢明だと判断したのでしょう。

 能力を評価されての抜擢ならいざ知らず、単に「高齢だから」という理由で選ばれたのなら、真っ当な人間はやる気を失うものです。もしやる気を失わない人間がいるとしたら、それは病気です。結局のところ「58歳以上は管理職から外す」と公言する市長が選んだのは全員が58歳、彼らの能力の程はともかくとして、市長が「追い出したがっている」人選であることに疑いの余地はありません。そして自分の役所では「いらない」と思っている人員を、応援を求める東北の自治体に送りつけようとしているわけです。何とも無礼な話ではないでしょうか? 被災地復興の助けになるように選りすぐった人員ではなく、自分のところからは「捨てたい」人員を押しつけているのです。東北の役所は追い出し部屋ですか? 派遣先の自治体は、この市長に公式に抗議して良いと思います。

 

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余った時間は何をしてればいいのかな

2013-12-22 23:00:28 | 社会

勉強してもゲームし過ぎで台無し 東北大と仙台市調査(朝日新聞)

 【福島慎吾】長く勉強しても、ゲーム機やスマートフォンで長時間遊んでいる中学生の成績はよくない。東北大と仙台市は18日、そんな調査結果を明らかにした。調査チームは「ゲーム機などの遊びは長くても1日1時間以内に」と呼びかけている。

 仙台市が設けた「学習意欲の科学的研究に関するプロジェクト委員会」(座長・川島隆太東北大教授)が4月、市内の中学生約2万4千人にアンケートを行った。ゲーム機、スマホを含む携帯電話、パソコンでそれぞれ遊ぶ時間と、勉強時間、試験の成績を尋ねた。その結果、ゲーム機などで遊ぶ時間が長いほど成績は悪かった。

 詳しく分析すると、2時間以上勉強するが、ゲーム機で3時間以上遊ぶ生徒の数学の成績は、勉強は30分しかしないが、ゲームは全くしない生徒よりも低かった。最も成績がよかったのは、遊びは1時間未満で勉強は2時間以上している生徒だった。

 

 ……とまぁ、上記のような調査結果が各紙で取り上げられているわけです。座長はかの川島隆太東北大教授とのこと、この時点で既に眉唾に思えてしまうところも少なくありませんが、とりあえず任天堂の糞つまらないゲームとかに時間を費やすのは止めておくべきだとでも言っておけば良いのでしょうか。なお朝日新聞はやはり際立って記者の質が低いと言いますか、何かと不足の目立つ報道となっています。参考までに他の新聞ではどうでしょう?

 

長時間のゲーム、携帯→勉強効果打ち消し 川島・東北大教授ら発表(産経新聞)

 東北大加齢医学研究所の川島隆太教授(脳科学)らのグループは18日、「ゲームやパソコン、携帯電話を使用する時間が長い生徒は、長時間勉強しても成績が悪化する」との調査結果を発表した。調査は中学生が対象。川島教授は「学習した効果がゲームなどで打ち消されている可能性を示す、衝撃的なデータ」と説明した。

 数学では「30分未満しか勉強しないがゲームも全くしない」生徒の平均点が60点なのに対し、「2時間以上勉強するが、ゲームを3時間以上する」生徒の平均点は59点。勉強量に関係なく、ゲームなどの長時間使用が成績に悪影響を与えているという。1日1時間未満の使用では成績に悪影響がみられなかった。

 

 朝日新聞が見出しから「ゲーム」と悪玉視する対象をおそらくは意図的に絞っているのに対して、産経の報道では見出しで「ゲーム、携帯」、本文中では「ゲームやパソコン、携帯電話」と、相対的には調査結果に近い伝え方となっています。新聞報道としては、こちらの方が誠実と言えそうです。

 さらに朝日新聞では「2時間以上勉強するが、ゲーム機で3時間以上遊ぶ生徒の数学の成績は、勉強は30分しかしないが、ゲームは全くしない生徒よりも低かった」とのみ伝えており、全く以て不十分な報道と言わざるを得ません。一方産経では「『30分未満しか勉強しないがゲームも全くしない』生徒の平均点が60点なのに対し、『2時間以上勉強するが、ゲームを3時間以上する』生徒の平均点は59点」と具体的な数値が挙げられています。具体的な数値を挙げられると、随分と印象も変わってくるのではないでしょうか。平均60点と平均59点、それって単なる誤差、個人差の範囲では?

 

長々スマホ、学力に悪影響 仙台市教委と東北大、中学生調査(河北新報)

 4月に市内の中学生約2万4000人を対象に実施した生活・学習実態調査を基に分析した。1日当たりの利用時間を「ゼロ」から「4時間以上」までの6段階、家庭での学習時間を「30分未満」「30分~2時間」「2時間以上」の3段階で回答してもらい、市標準学力検査の数学の平均点との相関関係を調べた。
  家庭学習を2時間以上している層で見ると、携帯電話の利用を1時間未満にとどめている生徒の平均点は75.0点なのに対し、利用が4時間以上は57.7点で、17.3点の開きがあった。ゲームも1時間未満が74.1点、4時間以上が59.1点で大きな差が出た。
  家庭学習が30分未満の層についても、携帯電話を4時間以上利用する生徒の平均点は47.8点で、1時間未満の63.1点を大幅に下回った。ゲームは1時間未満が62.4点、4時間以上が50.4点だった。
  一部を除き、全く利用しない層よりも、1時間未満で利用している層の平均点が、やや高くなる傾向を示した。委員会座長で同大加齢医学研究所の川島隆太教授は「好奇心が旺盛な層が適度な息抜きとして使い、良い影響を与えた可能性もある。引き続き分析を進めたい」と話した。

 

 もうちょっと真っ当にデータを伝えているのは河北新報で、まぁこれぐらいの情報は提示してほしいものです。朝日だと見出しが「ゲーム」になっているのに河北新報では「スマホ」になっているのも興味深いところではあります。ともあれ、家庭での学習時間とテストの点数は概ね正の相関がある、逆に携帯やゲームに触れている時間とテストの点数の関係は、放射線ホルミシス仮説みたいな動きを見せているようです。つまり「少しだけゲームをする」ぐらいでベストの値が得られる、と(因果関係は別問題ですけれど)。

 ただ今回のゲームやスマートフォンのように、とかく世間が槍玉に挙げたがるものもあるわけですが、もっと別の活動も比較対象として調査されなければ片手落ちであるようにも思います。部活動や家庭の手伝い、友達づきあい等々、ほかの要因と比較してこそ意味も出てくるのではないでしょうか。もし私が川島教授の上司であれば、それぐらいのアドバイスはしますね。

 例えば長野県では、学校での授業を初め児童の生活に悪影響が多いとして部活動の朝練を廃止する方向で検討しているなんて報道がありました。たとえ家に帰ってからの勉強時間が長くとも、部活動に参加している時間が長い生徒のテストの平均点はどうなのでしょう。あるいは家事を否応なしに手伝う子供の平均点は、もしくは友達と外に出かける時間の長い生徒のテストの結果はどうなのか、単に「ゲームし過ぎで台無し」という結論をひねり出せばメディアのウケは悪くないのかも知れませんが、調査の対象に含めるべきものは多々あるように思います。

 大人の場合でもどうなのでしょうか。生涯学習云々とは昨今はあまり聞かなくなった気もしますが、大人の勉強時間と仕事の時間の関係とかも調査できたらおもしろそうです。同等の勉強時間でも、完全な失業中の場合、年収103万円未満に抑えて働いている場合、フルタイムで働いている場合等々。案外、「2時間以上勉強するが、8時間以上働く被験者の数学の成績は、勉強は30分しかしないが、仕事には就いていない被験者よりも低かった」みたいな結果が得られるかも知れません。

 そもそも「ゲーム」とか「スマホ/携帯」とかあるいは部活動や仕事でも良いですけれど、それを一括りにしていいのかなと言う疑問もあります。ゲームにもDSの退屈な代物もあれば、初心者お断りの複雑怪奇な代物もある、スマートフォンでできることだって諸々あるわけです。一口に「ゲーム」「スマホ」という分類では見落としてしまう要素も少なくないのではないでしょうか。どういうゲームをやるのか、スマホで何をするのか、そこにも問われるべきものがあるはずです。

 

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給料が安くても仕事が楽になったりはしないんですよ

2013-12-20 22:56:51 | 雇用・経済

世論が真っ二つに割れる賛否両論の生き方 「プア充」に共感できる? できない?(DIAMONDonline)

 「プア充」、共感できる? こんな調査がヤフーの意識調査で行われたのは11月中旬。「プア充」とは宗教学者の島田裕巳氏が著書『プア充―高収入は、要らない―』で提唱した言葉で、年収300万円でも希望にあふれ豊かで幸せな生活が送れること、「そこそこ働き、企業に縛られず、自分の生活を生き生きさせていく」考え方だという。俄かに浸透しつつあるこの「プア充」という言葉に、世間の反応は?

(中略)

 島田氏はインタビュー「年収300万円だからこそいい “プア充”提唱者が語る、女性が本当に幸せになれる結婚とは?」、「出産・子育ても年収300万円で十分! リスクだらけの高収入男性より、”確実な幸せ”をつかむべし」の中で、昔よりもお金をかけずに娯楽を楽しめる方法がたくさんあることや、「少ないお金のなかでやりくりする」ことの大切さを説いている。また、教育費については「高校まで公立なら実質タダ」とし、学歴主義が今後なくなっていくのではという予測も。本当に年収が低くても「豊かな暮らし」は叶えられるのかというインタビュアーの問いにひとつひとつ答えている。

 

 「プア充」なる浸透しているとはとうてい考えられない言葉が、お笑いダイヤモンドで取り上げられています。提唱者の島田裕巳氏は上記引用元のリンク先でも色々と無茶苦茶なことを述べていますけれど、まぁ先日取り上げました朝日新聞が識者とヨイショするところの論者と似たような性質を感じますね(参考、胡散臭い就活ビジネスで学生をカモにする輩へギャラを払うのをやめろ)。海老原嗣生という占い師が、さも「中小へ入ればストレスから逃れられますよ」という根拠のない、かつ中小企業を舐めたミスリーディングを繰り広げていたものですが、今回の島田氏の「プア充」も似たようなものでしょう。

 まず「(教育費については)高校まで公立なら実質タダ」、「学歴主義が今後なくなっていくのでは」といった発言があります。しかし公立の学校でマトモに勉強を教えてもらえるところがどれだけあるのやら。塾代を出せない家庭の子供と、ただ公立の学校に通うしかない子供とでは深刻な教育格差が生まれるものです。学歴主義云々もまた無責任かつ根拠なき憶測が披露されていますけれど、いかがなものでしょう。そりゃ大学の成績が問われる時代は遙か昔に過ぎ去ったかも知れませんが、大学のネームブランドは今なお根強く問われ続けており、そこに変化の兆しは見えていないと思います。

 

 「『そこそこ働いて低収入か、一生懸命働いて高収入か』と言っているが、一生懸命働いても低収入という場合も多い。そういった場合はどうやって充実させればいいのか」(20代男性/年収200万円代)

 

 こちらは「プア充」を巡るアンケート回答の一つですが、まさにその通りと言いますか、島田氏の想定できていない現実があるわけです。今回の島田氏や前述の海老原氏のように社会を舐めている連中の頭の中では、高収入/大企業の仕事=激務、低収入/中小企業の仕事=楽という設定があるのかも知れません。そうであったなら、意図して中小企業を選ぶ意味、収入の少ない仕事を選ぶ意味もあると言えます。しかるに現実は厳しいもの、論説委員のようにバカでも務まるのに高給の仕事もある一方、激務でありながら低収入で不安定な仕事も数多あって、「年収300万円でも希望にあふれ豊かで幸せな生活」なんてものは収入や企業規模を妥協さえすれば得られるようなものではないのです。

 むしろ賃金の安い仕事の方が過酷かつハイリスクのケースも多いのではないかという気がしないでもありませんし、本当に「給料は(非常に)安いけれど楽な仕事」は若者や主婦の家計扶助向けであって、自分の稼ぎで生活している人が年金受給年齢まで働き続けられる仕事など皆無でしょう。ましてや経済衰退の続いた日本で年収300万円というのは決して軽くない、むしろ300万円の年収を得るために私生活上の諸々を犠牲にすることを厭わない人も少なくない領域です。金のためなら何でもと覚悟を決めても状況によっては300万円が「無理」な場合すらあるはずです。年収300万円を、さも「妥協した額」であるかのように思えるのは「持てるもの」の奢りでしかありません。

 給料が安くても負担の少ない仕事か、過酷でも高給を求めるか、それは本人が決めることであって他人がとやかく言うものではないのですが、「給与(企業規模)を妥協すれば楽な仕事にありつける」というのが幻想でしかないことは、改めて繰り返しておきたいと思います。そもそも仮に運良く「給料は安いけれど余裕のある仕事」にありつけたとして、それを周りがどう見るのか。本人は満足していたとしても、婚活「女子」がそれを嫌がるなら(婚活女子が求める「平均的な年収」は682万円だそうで)、なおさら日本の少子高齢化は進みそうです。むしろ本人より「周り」の問題もあるのではないでしょうか。

 

 「『低収入でもいいじゃない』という考え方は“逃げ”のように感じる。甘えることの得意な人もなかにはいるので、頑張らないことの言い訳に『プア充』という言葉を使おうとするなら違うと思う」(30代男性/年収500万円代)

 「上昇志向がないと仕事ができるようにならないと思うから。一緒に働く人には上昇志向を持っていてほしい」(40代男性/年収1000万円代)

 

 こちらも同様に「プア充」を巡るアンケート結果の一つです。全く共感できない言葉ではありますが、島田氏の想定できていないものを端的に語ってくれているようにも思います。「仕事よりも自分の生活を充実させるのが優先なので、年収は300万円くらいで十分です」と――私自身がそう感じないでもないのですけれど――このような姿勢を人事権を持つ側がどう判断するか、権限のある方が変わらないとどうにもなりません。正規に採用するのは上昇志向を持った人だけ、そして中高年になっても上昇できなければリストラしたい、そういう思惑が強い中で仕事より私生活を優先する人が安定した仕事に就く機会があるのかどうか、その辺は考えてから発言して欲しいなと。

 

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論説委員くらいなら、自分でもできそうだ

2013-12-18 23:01:42 | 社会

新聞・書籍・雑誌に軽減税率適用を 新聞協会が声明(朝日新聞)

 日本新聞協会(会長=秋山耿太郎・朝日新聞社会長)は15日、新聞、書籍、雑誌には消費税の軽減税率を適用するよう求める声明を公表した。

 声明は、知識への課税強化は国の力を衰退させかねないこと、欧州では民主主義を支える公共財として新聞などの活字媒体には課税しないという共通認識があることを指摘した。その上で民主主義社会の健全な発展と国民生活に寄与する新聞を、全国どこでも容易に購読できる環境を維持することが重要であるとして軽減税率の適用を求めた。

 

 ……とまぁ、これは今年の1月の時点での報道ですが、当時は朝日新聞社の会長が会長職を兼務していた日本新聞協会が新聞などへの軽減税率適用を求める声明を出していたわけです。これは逆進課税原理主義者のみならず、消費税に反対している人々や軽減税率に肯定的な人々からも囂々たる反発を買っていたものと記憶していますが、まぁ新聞を含めたメディアへの軽減税率は優先的に適用されるべきではないでしょうかね。

 朝日新聞や各種の自称経済誌を筆頭に粗悪な報道も目立ちますけれど、そうしたメディアへの批判もまた大元を辿ると新聞社等の取材が端緒になっているのが常です。偉そうに新聞など不要と豪語しておきながら、情報源を新聞に頼っている人は数限りなくいる、むしろそれが「普通」です。社説や論説などの新聞各社の主張はゴミでも、何かを論じるに当たって題材となる大元を取材してくる専門家の必要性がなくなることは決してないでしょう。朝日新聞は紛れもない糞です。でも、ネット上で持ち上げられている論者が新聞社に代わって諸々を取材してくれるわけではありません。新聞の必要性が消えてなくなるのは遠い未来のことでしょう。

 

軽減税率―増税の趣旨を忘れるな(朝日新聞)

 それだけ、軽減税率には課題が多い。

 まず、所得が多い人まで恩恵を受け、税収が目減りする。社会保障と税の一体改革の手直しが避けられず、社会保障が手薄になれば、低所得者への対策がかえって弱まりかねない。

 適用する商品やサービスの線引きも難しい。海外でも「店で食べるか持ち帰りか」など、区分けに苦労している。混乱を避けようと対象を広げると、税収減が大きくなる。

(中略)

 取引ごとに、適用される税率や税額を記した書類(インボイス)を導入することだ。中小業者は事務が繁雑になると反発するが、税率が複数になれば欠かせない。

 消費者には、負担した消費税の一部が業者の手元に残る「益税」への不信がある。インボイスは、取引の透明性を高めることにつながる。

 

 しかるに、朝日の社説では毎度のミスリーディングを書き連ねて軽減税率に明白に反対しているわけです。会長と論説委員の対決でも載せて欲しくなるところですね(恒例の「悪しき両論併記」になりそうですが)。それとも朝日新聞的には「軽減税率には絶対に反対だ、ただし新聞は除く」ということなのでしょうか。朝日新聞で自家撞着なんていつものことですから、そんなものを気にしても仕方がないのかも知れません。

 上記引用の作文では、軽減税率は区分けが難しい云々とダメ出ししながら、その直後には「事務が繁雑になる」との中小事業者の反発を無視してインボイスを導入せよと迫ります。朝日新聞的には軽減税率区分けはダメな煩雑さ、インボイスは良い煩雑さのようです。まぁ価格転嫁が難しい中小事業者の悲鳴を蔑ろにして消費税増税を説いてきた朝日新聞社なのですから、その辺に負担を押しつけるのは何とも思わないのでしょう。

 順序をさかのぼりますが、「所得が多い人まで恩恵を受け」云々は、それこそ経済誌並みのバカげた誤魔化しです。大事なのは所得が「少ない」人が、その収入に応じて高い「割合で」恩恵を受けることにあります。加えて「税収が目減りする」とのこと。しかるに日本の税収に占める消費税の比率は、5%の段階で既に消費税率が高いとされるヨーロッパ各国と比べても大差ない水準にあるわけです。これが軽減税率なしの10%に引き上げられれば、日本は世界でも類を見ないウルトラ消費税依存国家になってしまいます。

 日本の税収が不足しているのは十数年間の長きにわたって経済政策が根本的に誤っていたこと、デフレ不況を放置してきたことにありますし、徹底した分離課税によって本当の高所得者から税を徴収できていないことにもあると言えます。朝日新聞社社員のように「単に給与所得が多いだけ」の人からなら多少は所得税を取れても、「資産家」からはロクに徴税できない、こういう仕組みを改めて総合課税へと移行することの方が先決なのは誰の目にも明らかではないでしょうか? まぁ、ブルジョワ新聞の雄たる朝日新聞としては絶対に守りたい人々がいるのかも知れません。

 GDPには「実質GDP」と「名目GDP」と呼ばれるものがあるわけですが、名前だけを見ると「実質」が大事で「名目」は字義通りに名目的なものみたいな印象を受けると思います。もちろん「名目」GDPの停滞が「実質」上の日本経済に及ぼしてきた影響は少なくなく、まぁ「字面に惑わされないように」とでも言うべきでしょうか。同様に、法人税の「実効税率」という言葉も良くないと思うのです。これまた名前だけを見ると誤解しやすい、あたかも「実際に払う税率」に見えてしまうのではないかと。そこで正しく理解されやすいように表記を改めてはどうでしょう、すなわち「額面税率」と。実効税率とは額面の税率に過ぎない、実際に支払う税率ではないのですから。

 結局のところ、消費税とは裏腹に引き下げの相次ぐ法人税は元より穴だらけで額面よりも遙かに低い率でしか徴税できておらず、その減少幅は消費税による税収をほぼ単独で食ってしまっているわけです。そして今回の消費税増税においても然り、消費税増税が確定的になる中で法人税は額面すらもが引き下げられ、消費税増税による税収を食いつぶすことが既定路線となっています。今後とも、消費税増税を財源とした法人税の引き下げは続くことでしょう(そしてフランスのように法人税が低い分だけ社会保障費の雇用者負担が多くなることもない、と)。消費税増税はあくまで法人税減税の穴埋めであって、社会保障目的使われてきたのではない、その実績は記憶されなければなりません。

 

 軽減税率をめぐる自公両党の駆け引きを見ていると、今後、消費税率10%への引き上げ自体を見送ろうという空気が政府・与党内で強まりかねない危うさを感じる。

 消費税の2段階増税は、社会保障を安定させつつ財政再建を進めるための一歩である。その趣旨を肝に銘じて欲しい。

 

 逆進課税に精神的な満足感を覚えているらしき朝日新聞は軽減税率に反対し、今後の引き上げの動きが鈍ることへの懸念を率直に表明しています。最後に思い出したかのように社会保障を持ち出して来るわけですけれど、消費税を上げても、それに応じて法人税が下がるだけ、社会保障には何の関係もありません。際限なく消費税増税を続けていけば、いつかその分が社会保障に回されるだろうなどと、何の根拠もなく夢想できるバカは新聞記者だけで十分です。国民は朝日新聞に騙されないよう、そっちを肝に銘じておくべきなのでしょう。

 

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市長、親がヤクザでも仕送りしなきゃダメですか?

2013-12-16 22:53:49 | 社会

生活保護の親族に「仕送りを」 大阪市、職員に金額示す(朝日新聞)

 大阪市は12日、生活保護費の受給者の親族に市職員がいる場合、受給者への仕送りを職員に求めていく方針を発表した。金額についても独自の目安を定めた。橋下徹市長は「職員には自分の家庭もあるだろうが、節約して親族をサポートしてもらう」と述べた。

 大阪市は昨年、市内の生活保護受給者11万8千世帯を対象に親族の勤務先などを調べ、市職員156人が含まれていることを確認した。そのうち、仕送りをしていたのは13人だった。今後は受給者の了解を得たうえで、受給者を扶養する能力と意思がある職員に対し、仕送りを求める。ただし強制はしないという。

 金額の目安は、職員の親が受給者の場合、最高で月6万1千円。職員と離婚した元妻の母子家庭が受給者の場合、年収630万円の職員なら月額6万~10万円、年収1千万円なら10万~14万円。仕送り額を引いた生活保護費を支給する。

 

 これに先立っては東大阪市でも類似の企てが注目を集めたことがありまして、まぁ社会保障受給者を敵視する風潮は絶えないと言えます。なお東大阪市の場合に顕著であったのは、「市職員は民間人に比べると、親族で生活保護を受給している人の割合が極端に少ない」ことでした。市職員の人数に比して、市職員の親族で生活保護を受給している人員数は、民間の場合に比して著しく少ない、この理由は推測するほかありませんが、元より公的扶助の不備を私的に補っている人が多いのではないでしょうかね。

参考、印象操作としては一般的な手口か

 なお、大阪市の場合も同様のことが分かります。基本的なデータは以下の通り。

大阪市推計人口 2,683,487(H25)
大阪市職員数    36,049(H24)
生活保護受給世帯 118,000(今回報道より、最新?)
生活保護受給世帯 117,374(H23)
被保護人員    151,648(H23)
うち、市職員の親族  156(今回報道より)

 市全体の住民の内、およそ5.65%の人が生活保護を受給しています。一方で市職員と親族に限った場合、親族の範囲が今回報道では明示されておらず取材が不十分と言うほかありませんが、職員一人につき親族10人くらいが対象と見た場合はどうでしょう。受給者側の親族で市職員なのが156人ということで受給者側の人員数もまた明示されておらず朝日新聞社の取材の質の悪さを痛感するところですけれど、ともあれ市職員を親族とする受給者数も概ね同数と推定して計算した場合、市職員の親族の内0.04%の人が生活保護を受給している計算になります。やはり市職員の人数に比して市職員の親族で生活保護を受給している人員数は、民間の場合に比して著しく少ないことが分かります。

 報道では「職員の親が受給者の場合」「職員と離婚した元妻の母子家庭が受給者の場合」が例示されています。後者の場合は、そもそも養育費の支払いが適正であるかを先に考えるべき問題ではないかと思われますし、前者の場合もまた同様、勤労世代の親ともなれば相応に老齢のケースが一般的なはずですが、ならば年金支給が健康で文化的な最低限度の生活を保障するに十分かどうかがまず問われなければなりません。生活保護費を槍玉に挙げる前に、その前段階でやらなければならないことがあるわけです。

 例えば日本でずっと働き続けてきたにもかかわらず国籍を理由に年金加入から排除されてきた人が、老いてから生活保護受給者になるケースがありますけれど、ここで生活保護受給を咎めるのは全くの筋違いであることは言うまでもないでしょう。生活保護受給に至るのは、その前段階でのセーフティネットの不備や就労機会を十分に作り出せない経済政策の過ちなどが積み重なった結果です。その結果に対する責任を生活保護受給者本人や、その親族に負わせようというのは行政の許しがたい怠慢でしかありません。

 ちなみに今回の大阪の市長である橋下の父親はヤクザであったとのこと。既に亡くなったそうですが、もし存命だったらどうなのでしょう。親子関係が気になるところです。例えば親が反社会的勢力の一員であった場合を想定してみてください、必死で親元から逃れて社会的に成功したと思いきや、老いた親はすっかり零落しており、生きるためには親族からの扶助を得るか公的な扶助を得るすなわち生活保護を受給するかしかなくなっている、そんなケースもあるはずです。あたなは親族が面倒を見るべきだと思いますか?

 日本でも介護や相続を巡る家族観のトラブルは絶えませんけれど、扶助を巡るものが今後は増えることにもなりそうです。親族が経済的に困窮した場合、従来は公的に扶助されていたものが今後は私的な扶助が求められる、感情的な繋がりのある相手ならまだ納得できるかも知れませんが、さして親しくもない親戚が経済的に困窮した場合は災難だと思うほかないのでしょうか。親族と言えど頼りたくない/助けたくない相手もいるはずです。その辺の「家庭の事情」は安易に他人が踏み込んで良い場所ではありませんし。

 まぁ、公的扶助から私的扶助へという流れは、生活保護に限らず例えば年金などでも潜んでいるのではないでしょうか。率直に親族間での扶助を説くようであれば、それは全く賛成しませんけれどまだしも異論として尊重できないわけではありません。しかるに「勤労世帯/現役世代のため」を装って公的扶助から私的扶助へと密かに誘導したがる輩もまたいるわけです。生活保護を削れば勤労世帯のためになる、年金をカットすれば現役世帯の負担軽減になる、そうした御為ごかしで公的扶助の切り下げへと世論を誘導したがる連中もいて、この辺が最も卑劣だなと思うところです。公的扶助を減らせば、その分は身内が個人的に支払いを求められるだけで決して現役世代が楽になることはないのですが、この辺への想像力の欠如につけ込む人もまたいますので。

 

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日経の編集部の頭は大丈夫か?

2013-12-14 22:49:26 | 社会

軽減税率の導入で消費税の逆進性は解消しない(日経ビジネスオンライン)

一生のスパンで見れば消費税に逆進性はない

 また、この連載コラムの読者にとっては既に当たり前の事実であるが、消費税が逆進性を持つというのも誤解である。というのは、一時点における年収ではなく、生涯賃金ベースで増税負担を見る場合、「逆進性」は概ね消えてしまう。この理由は単純だ。各個人が生涯に消費する金額は、基本的に、生涯賃金に一致する傾向があることに関係する。

 この理由は以前のコラム「消費税に「逆進性」は存在しない」でも説明したが、もう一度簡単に説明しよう。議論を簡単にするため、生涯賃金が10億円のAさんと生涯賃金が2億円のBさんがいて、両者とも遺産を残さずに寿命を終えるとする。この時、AさんとBさんが合理的であるならば、その生涯ベースの消費はそれぞれ10億円と2億円になるはずである。

 その際、両者が生涯で直面する消費税率が仮に10%とすると、AさんとBさんが負担する生涯ベースの消費税負担は1億円(=10億円×10%)と0.2億円(=2億円×10%)と計算できる。この消費税負担額が生涯賃金に占める割合は、どちらも10%で同じである。

 

 日経のサイトで、すんげーバカがコラムを書いているわけです。朝日新聞とかもそうですけれど、あまりにも頭の悪い人の作文ばかり載せていると新聞社としての良識を疑われるばかり、信用を損ねるばかりと思うのですが、まぁ朝日も日経も編集部の人間は一度、病院で頭を診てもらった方が良いんじゃないでしょうかね。で、すんげーバカが軽減税率に難癖を付けつつ、消費税という名の逆進課税を擁護しているつもりのようです。まぁウケ狙いにしか見えないところもありますけれど、経済誌の「お約束」はこの程度のものなのかも知れません。

 軽減税率に関しては落とし穴を掘ってその中にクッションを敷いておくようなものと言いますか、消費税撤廃もしくは消費税増税撤回の方が当然ながら好ましく、弥縫策の域を出ないところはあります。ただ何もやらないよりはマシですし、そもそもヨーロッパ各国では一般的な軽減税率の先駆であった物品税を施行していた日本にとっては馴染みやすい制度とも考えられます。今でも酒や煙草、ガソリンなど個別に間接税を徴収されている物品は少なくないだけに、やりようはいくらでもあるでしょう。

 しかるに、すんげーバカが説くには「世帯の収入が高いほど、軽減税率による負担軽減額も大きくなる」そうです。本当に、凄いバカだと思います。そりゃ、負担「額」はそうでしょうよ。問題になっているのは公平性であって、それは収入に比しての負担「割合」で求められるものです。年収200万円の人が2万円分だけ軽減されて、年収2000万円の人が10万円分の軽減を受けたとして、それは確かにバカが言うように「世帯の収入が高いほど、軽減税率による負担軽減額も大きくなる」には違いありません。でも税率よろしく「率」で見たらどうなのか、こんな糞作文を自社サイトで掲載している日経の編集部の人間は、少しくらい考えてみるべきでしょう。

 そして、最高のお笑いが冒頭に引用した部分です。「一生のスパンで見れば消費税に逆進性はない」と。その前提はなんと「遺産を残さずに寿命を終えるとする」ことだとか! う~ん、こんな非現実的な脳内設定を元に「逆進性はない(キリッ」などと強弁されても、消費税云々以前に論者の頭の方を心配してしまいます。もうちょっと現実的な想定に基づいて話を進めようとかは考えられなかったのでしょうか。まぁ、現実を気にしていては経済誌など成り立たないのは分からないでもありませんが。

 「一時点における年収ではなく、生涯賃金ベースで増税負担を見る場合、「逆進性」は概ね消えてしまう」とバカは夢想します。しかし「一時点における年収」と「生涯賃金」は等価に扱いうるものでしょうか? 子供の頃、ローンや分割払いは愚かな選択だと思っていました。一括で払った方が安いのに、と中学2年生くらいの頃までは、そう思っていたわけです。たしかに、何事も一括払いの方が最終的に支払う金額が少なくて済むのは間違っていないのですが、それでもローンを組む人はいる、分割払いを選ぶ人がいるのは何故でしょう?

 産まれたと同時に2億円の資産を渡されるのと、生涯を通じて2億円を稼ぐのと、あるいは死ぬ間際になって2億円を手にするの場合、いずれのケースも生涯賃金は2億円です。生涯賃金ベースでみれば、それも変わりません。しかし、三者に歴然たる差があるのは日経新聞編集部の人間でもなければ容易く理解できることでしょう。生涯の「合計」が同じであろうとも、それをいつの時点で手に入れるかで懐事情は全く異なってくる、それは当たり前のことです。

 色々と切り詰めた生活をしている人にとって「買い物の都度に支払わなければならない税金」と「自分が死んだ時点で支払えば済む税金」、どちらが優しいでしょうか。仮に支払う金額が同じだとしても、実際に負担になるのがどちらなのかは誰の目にも明らかなはずです。「一時点における年収」に課せられる増税と「生涯賃金」に課せられる増税も然り、トータルでは同じに見えても支払いを迫られる時期次第で負担の度合いは大きく異なるもの、収入の低い時期ほど所得に占める納税額の割合が高まり、逆に収入が増えれば率が下がる、その様な税は言うまでもなく逆進的であり、これが逆進的でないというのなら「逆進~」という言葉の意味すらひっくり返ってしまいます。

参考、消費税についてのまとめ

 

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そんなにしてまで

2013-12-12 20:14:51 | 社会

相次ぐリベンジポルノ 法整備訴える声(産経新聞)

 インターネット上に別れた交際相手の裸の画像や動画を公開する「リベンジポルノ」が問題になっている。米カリフォルニア州では今年10月に罰則を科す法律が成立。国内でも同様の事件が発生し、国会内で対応が取り沙汰されるなど、ネット文化の発達とともに問題視されている。

 こうした行為は交際相手に別れを切り出されたことによる嫌がらせが多いといい、カリフォルニア州のほかニュージャージー州でも同様の法律が成立。いったんネット上に流出した写真を完全に消去するのはほぼ不可能で、多くの女性が泣き寝入りをしているのが現状だという。

 現行法では、わいせつ物頒布罪や名誉毀損(きそん)罪などが適用されるが、女性の被害者意識とのバランスが取れているとは言い難い。自民党の三原じゅん子女性局長も「女性の一番見られたくない姿を流出させるなんて許せない。新たな法整備が必要」と訴えている。

 

 先日は、有名な武器商人の坂本龍馬と同姓同名の人物が「交際時の写真や映像をばらまくぞ」などと相手を脅したとかで逮捕されるなんて事件がありました。これとは別に最終的には殺人にまで発展した事件でも、被害者の「裸の画像や動画」が公開されるなんてことがあったばかりです。そこで俄に「リベンジポルノ」という言葉が聞かれるようになったのですが、ふ~む、今時のカップルならハメ撮りぐらいは一般的なのでしょうか。かつてはAVの中のファンタジーに等しいような行為だったのが、いつの間にやら普通の人の間でも行われるようになるってのは、いくつか例が思い浮かばないでもないですけれど。

 

【衝撃】日本の女性の10人に1人は「クリスマス用の恋人『クリスマス彼氏』を作ったことがある」という調査結果 / クリスマス後には彼氏と別れる女性も(ロケットニュース24)

もうすぐ楽しいクリスマス。でも2013年のクリスマスは平日だしね、歳末で忙しいしね、関係ない! と、思っていたら甘い!! 世の女性は是が非でも恋人と一緒に過ごしたいと思っているのである。

その願望を叶えるべく、わざわざクリスマス用の恋人『クリスマス彼氏』を作る女子もいるのだとか。クリスマスというワンナイトを一緒に過ごすためだけの恋人だと!? こ、これは、けしからん!!

(中略)

・のるか、そるか

当の女子も悪気があるわけではなく、謎の強迫観念から平常心を失っている可能性が高いので、正直、クリスマス彼氏自体を世から根絶するのは難しいだろう。もし、ハロウィンが終わった頃あたりから、急にモーレツにアタックしてくる女子がいたら、クリスマス彼氏としてロックオンされている可能性がある。

 

 京都大学総長の松本紘氏は、「高校時代にやっておくべきこと、例えば音楽とか、恋愛始め人間関係の葛藤とか、幅広い経験をしてきた人に入試のバリアを少し下げる」との構想を語りました。何ともお粗末な発想ですけれど、まぁ古くは「結婚して初めて一人前」みたいな考え方をする人もまたいたわけです。京大総長だけが突出して俗物というものでもないのかも知れません。付き合っている異性の有無は、ある種の人にとって何よりも重大なステータスなのでしょう。

 一つ上の「クリスマス彼氏」云々はヨタ話のようでありつつも、そういったものを生み出す背景が見え隠れしてもいるように思います。「謎の強迫観念から平常心を失っている可能性」云々と、要するに結構な数の女性が「クリスマスを一緒に過ごす『彼氏』がいないのは恥ずかしい」と感じているのではないでしょうか。純粋に付き合う相手が欲しいという以前に、自らの名誉を守るためにクリスマスに向けて「彼氏」を作る、そういう人は多少なりともいるはずです。

 いずれは京都大学受験に向けて彼氏/彼女を作る人も出てくるのかなと思わないでもありませんが、それはさておくにせよ「異性との関係」がステータスになる場というのは決して少なくないわけです。性交経験の有無や、付き合っている相手の社会的地位はしばしば本人の属する世間での「カースト」を左右すると言えます。童貞/非童貞の間に一種の卑下と優越の関係が発生することは珍しくありませんし、有色人種にとっては白人女性を連れ回すのが成功のステータスになったり、あるいは旦那の社会的地位が主婦コミュニティでの上下関係を決したり等々。

 ……で、異性と付き合っていることが仲間内での自慢になる(京都大学へ入学する上でのアピールポイントにもなる!)、異性とは無縁でいることが恥ずかしいことになる、そんな状況が徐々にエスカレートしていった先の当然の帰結として、「痴情のもつれ」もまた発生するのではないでしょうか。彼氏/彼女がいることから始まり、やがては性交経験の有無がステータスになる、この過程で高校生(時には中学生)の望まない妊娠なども発生するように思います。ちょうど盛りの付いてくる年頃というのもさることながら、「彼女とセックスした」というのは男の子社会でのカーストを高めてくれる、そしてカーストの高い男との恋愛関係は女の子社会でのカーストを引き上げてくれる、時には見栄や「己の地位を守るため」に行われるセックスもまたあるはずです。

 そして冒頭のハメ撮りも然り。高校生ぐらいなら性交経験が自慢になりますが、大人になるとそうも行かない、「大人しい」普通のセックスではダメ、もっと過激な行為の一つもないと誇れないところも出てくるのかも知れません。その一環としてハメ撮りが普及して、リベンジポルノのネタが作られるところもあるのではないでしょうかね。そしてクリスマスだけのために「彼氏」を作ろうと足掻く人もいるように、恋愛感情とは別のところで男を確保しておきたがる人もいて、それがまた「男の要求を拒めない」結果に繋がるところもあるように思います。

 ハメ撮り写真/動画の公開くらいならまだしも、路上で復縁を巡って刺殺にまで発展した事件もありました。自分以外の男性ともトラブルを抱えていて、それとはまた別の男性とくっついている女性に復縁を迫るようなバイタリティはむしろ羨ましくなるところですが、それだけ大事なものがあるのでしょう。リベンジポルノ云々だって本気で調べられれば遠からず足が付く可能性は高い、それ専用の法律がなくとも何らかの形で刑罰が下されるであろうことが想像できる中、もはや自分の方を向いていない相手のためにリスクを冒せるのは並大抵ではありません。

 脅しで復縁を迫るというのも冷静に考えれば奇妙な話です。普通に考えれば、ヨリを戻すどころか反対に嫌われて当然のことをやっているのですから。相手が好きなら、ちょっと違うのではないかという気がします。むしろ好き=大事なのは自分のステータスの方なのかな、と。女性にあっさり捨てられる自分であることへの嫌悪感があって、そこから脅してでも女性を取り戻すことで己のプライドが回復されるみたいなところもあるのではないでしょうか。そんなにしてまで、と思わないでもありませんけれど、でも異性との関係は時に死活問題ですらあるのかも知れません。愛情が冷めても世間体を慮って離婚はしないみたいな構図は一昔前の遺物と思いきや、似たようなものは今も受け継がれているようです。異性との関係は、かの京都大学の入試ですら問われかねない代物、相手ではなく「己」の地位を守るためにこそ必要になることがある、時には相手の意思など尊重している場合ではなくなってしまうこともあるのでしょう。

 

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