非国民通信

ノーモア・コイズミ

I Wanna Be the Gay

2015-07-29 23:25:08 | 社会

 異性愛者のミソジニスト(女性嫌い、女性蔑視)ってのは普通にいるわけですが、まぁ世の中は割り切れないものなのでしょう。ミソジニーが高じて同性愛に走る例は右翼層に割と多かったりもしますけれど、大体の場合においてミソジニーと女性に惹かれる感情は同居していると言えます。女性全般を罵りつつも本当にイイ女には魅力を感じる、それは全く珍しいことではありません。

 反対に男性嫌いはミサンドリー/ミサンドリストと呼ぶそうで、これまた異性愛者のミサンドリストも当たり前のように存在しているわけです。男性全般にダメ出ししつつも、やはりイイ男はものにしたいと思っている異性愛者の女性もまた珍しくはないでしょう。一見すると女性蔑視あるいは男性蔑視に見える人でも、要は「選り好みが激しいだけ」なのかも知れません。

 これが異性愛者ではなく同性愛者に置き換えて考えてみると、ちょっと不思議な取り合わせに感じられるでしょうか。女性を性欲の対象にしているけれども女性蔑視の態度を崩さない男性、あるいはその反対の女性は至って普通の存在です。しかし、男性を性欲の対象にしているけれども男性蔑視の発言を繰り返す男性(及び女性を云々の女性)というパターンは、なかなかすぐには思い当たるものが見つかりません。

 昨今、芸ならぬゲイを売りにする芸能人は、これまた珍しいものではなくなりました。ただ、その手の人々は専ら類型的なゲイ像を演じているような印象も受けます。異性愛者の男性が女性を選り好みするように、同性愛者の男性だって当然のこととして男性を選り好みするはず、異性愛者の男性が少なからぬ女性に嫌悪感を抱くように同性愛者の男性もまた少なからぬ男性に嫌悪感を抱くものでしょう。しかるに、そういう姿をメディア経由で目にすることは稀です。

 むしろ異性愛者だからこそ、異性に対する注文が多くなることもあると言えます。似たような振る舞いでも同性より異性の場合の方が、より「醜い」と感じることもあるのではないでしょうかね。ならば同性愛者の場合はどうなのか、単純に性別を裏返して考えれば当てはまる、というものではないのかも知れません。あるいは、まだまだ不寛容な世の中で表沙汰にはできないでいる、異性愛者の目には映らないでいるものも多いのでは、とも思います。

 

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日本的な、あまりに日本的な

2015-07-26 11:09:03 | 雇用・経済

 以前に、「出世する力」あるいは「昇進力」とでも言うべきものがあると書きました。年功序列という都市伝説を尻目に同期を差し置いて管理職や役員へと階段を駆け上っていく人もいるわけです。業務遂行能力には乏しくとも出世街道を突き進む人は普通にいるもの、逆に実務の要でありながらも非正規に止め置かれている人だって珍しくありません。日本の会社の研修と言えば自衛隊への体験入隊が一番人気、専ら「実務以外の何か」を教え込まれるものばっかりです。会社で求められるもの、人事権を持っている人が評価するのもまた「実務以外の何か」なのでしょう。それすなわち「昇進力」であろうと。

 元・理研の小保方晴子氏は良い例で、彼女よりも秀でた研究者は他にいくらでもいたはずです。しかし、栄えある理研入りを果たしたのは就職する力に秀でた小保方氏であり、その後に若くしてユニットリーダーに抜擢されたのは出世する力に秀でた小保方氏でした。より真っ当な研究者は他にいくらでもいたはずですが――高い地位を得るためには研究者としての能力よりも別の何かが求められるのでしょう。これは普通の会社でも同じことです。実務はからっきしでも、常日頃からアピールを欠かさない、そんな努力を積み重ねてきた人こそが上長からの評価を勝ち得、昇進して行くものですよね?

 昨今は東芝の水増し会計問題がメディアを賑わせています。社内で最も経営能力の高い人がトップに据えられていれば、もうちょっと別の選択肢もあったように思うところですが、実際のところ経営陣とは往々にして「最も出世する能力の高い人」の集まりでしかないのではないでしょうか。いかに自身の功績を喧伝し、他人に認めさせるか――その能力に秀でていたからこそ、今の地位を得たのです。小保方氏と同じで、その中身はハッタリや誤魔化しでも案外、通用してしまうものなのだとも思います。どんな組織でも己の業績を膨らませることで地位を得ている人はいる、それが日本的人事評価の辿り着くところなのです。

 「我儘を押し通す力」が「リーダーシップ」と呼ばれて評価されているところもあるはずです。例えば目の前から暴走族が迫ってきたら、たいていの人は敢えて立ちふさがらず道を譲るでしょうか。善悪はさておき、他人に道を空けさせる能力の高い人はいるもので、そういう人を評価して管理職ひいては経営層に引き立てることもまた日本の会社では普通に行われています。かくして地位を与えられた人が「利益を上げろ」「数値を改善しろ」「目標を達成しろ」と――野球で喩えれば「勝て」「ホームランを打て」「優勝しろ」みたいな――指示を出すわけです。東芝の経営陣の場合も、結局はそういうことなのでしょう。

 どんなアホな指示でも、大元が「我儘を押し通す力」に秀でていた人達であり、そこに権力が与えられてしまえば結果はいうまでもありません。「無茶です」「不可能です」「現実に向き合ってください」みたいな良心の声は押さえつけられてしまいます。結局はトップの命令に逆らうものはなく、命じられたままの数値が捏造される、時には東芝のように露呈してしまうこともあるのかも知れませんが、上手くやり仰せている人も本当は結構いるのではないでしょうか。そして自身の業績を上手く取り繕い、しかるべくアピールする努力を欠かさなかった人が次世代の経営を託されるわけです。それこそが、日本というアピール社会の帰結であり、日本の人事なのです。

 

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魔法使いの去った後

2015-07-22 23:05:53 | 雇用・経済

アップル、集団訴訟に直面-「士気失わせる」所持品検査で(Bloomberg)

米アップルのカリフォルニア州の店舗従業員らは、毎日退社の際に行われる「士気を失わせる」所持品検査の時間に対しても賃金を支払うべきだと主張し、同社を相手取り訴えを起こしたが、集団訴訟として争うことが裁判所に認められた。

サンフランシスコの連邦地裁判事は16日、アップルの50店舗余りの1万2000人を上回る従業員の集団訴訟を認定する判断を示した。これに伴い、「カルト的」ともいわれる強い忠誠心で知られるアップルの従業員の待遇が裁判で争われる可能性が出てきた。

 

 さて、同様の問題はアマゾンでも存在したようですが、アップルとアマゾン、両社のイメージはどうでしょうね。やっていることは似たようなものでも、片方は悪玉視され、もう片方は無批判に扱われてきたりはしなかったでしょうか。かつて国際労働組合総連合が「世界最悪の経営者」を決めるアンケートを行ったとき、栄えある有名税の支払い対象者に選ばれたのはアマゾンのジェフ・ベゾスでした。もっと早くにスティーブ・ジョブズが選ばれていても良いだろうにと私などは思ったものですけれど、そうならなかったところにこそジョブズの天才はあったのかも知れません。

 上述の持ち物検査もそうですが、昨今はようやくアップルによる下請けイジメの類も報道されるようになりました。ジョブズの生前には、滅多に見られなかったことです。しかし下請けイジメはジョブズ時代から続いてきたことでもあります。違うのは、負のイメージをジョブズの存命中には完璧に封じ込めることができていたことですね。ジョブズが死んでも大差ない新製品の発表は続いていますけれど、しかしジョブズの時代ほど現在のアップルは好印象を持たれてはいません。ジョブズはいったい何を変革してきたのか――それは要するに「市場に対するイメージ」に尽きると言えます。

 携帯音楽プレーヤーも多機能携帯電話もタブレット端末も、アップル製品に先んじるものは常に市場にありました。しかし「イノベーション」として評価され、市場での勝者となったのは常にジョブズのアップルだったわけです。後発でも変革者として賞賛され、セールスでは連戦連勝、そこはまさしくスティーブ・ジョブズの天才ぶりを認めるほかないでしょう。実際のところアップル社が本当に他社に先駆けて行ったのは今日「ダブルアイリッシュ&ダッチサンドイッチ」と呼ばれるという実質的な脱税手法くらいかも知れませんが、それでもジョブズのアップルは「革新的」と市場から信じられ続けてきたのです。

 私はジョブズ復帰後のアップル製品に魅力を感じたことは一度もありませんが、だからこそジョブズは凄いと思います。競合他社よりも圧倒的に優れた製品であれば、それが売れるのは当たり前です。しかし、大したことの無い製品であるにも関わらず爆発的に売れていたら、それはどう受け止められるべきでしょうか? むしろそれこそが、販売者の力量の証であると私は考えます。良いものならば売れる、そんな程度ではセールスマンとしては十人並みでしかありません。本当に天才的なセールスマンであれば、どんな商品でも売れる、そういうものでしょう。私はアップル製品に魅力を感じないからこそ、ジョブズの販売力には今なお驚嘆しています。

 ……で、「日本にもスティーブ・ジョブズのような人材を」みたいなかけ声は少なからずある、予算は僅かながらも官公庁のプロジェクトの中にすら存在するわけです。確かにまぁ、日本製品の国際的な優位の失われている昨今、ジョブズのような天才がいれば既存の製品を画期的な新発明として世界に売りさばいてくれるのかも知れません。しかしアップル(及びその委託元)で働く人の待遇はどれほどのものでしょうか。上述のようにアップルは租税回避の先駆者であり、時価総額の№1でありながらアメリカでの納税額は甚だ微妙です。日本にスティーブ・ジョブズが生まれても日本国内に良質な雇用をもたらしてくれるとは思えない、日本の税収に貢献してくれるとは考えられないところですが、それでも待望されるところがジョブズのカリスマたるゆえんなのでしょうね。

 

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前に進むためには、誤った道を引き返さなければならない

2015-07-19 11:24:57 | 政治

「新国立見直しはパフォーマンス」 民主・安住氏(朝日新聞)

■民主党・安住淳国会対策委員長代理

 安倍首相も都合がいい。新国立競技場は数で押し通さないで、支持率を上げようと見直しをしたんでしょ。都合がいいことだけそういうパフォーマンスをやり、安保法制はそうじゃない。自民党にいる多くの議員もこれは本当はよくないんじゃないかなと思っている。しかし、党内から声が出ないのが今の自民党の悪いところ。だから今、耳を澄まして皆さんの心の声を聞かせてもらえば、「おまえたちしっかりしろ。今ここで民主党が頑張らなければ、日本はまたおかしな道をいくんじゃないか」と聞こえてくる。そのことを心に刻んで民主党を立ち直らせると共に、戦後歩んできた日本の大事な道を踏み外させないためにも、頑張らないといけない。

 

 さて、巨額の建設費が批判を浴びていた新国立競技場の建設問題ですが、とうとう安倍内閣が白紙撤回を宣言するに至りました。まぁ批判する側の思惑もそれぞれで、無茶な計画が撤回されて良かったと素直に受け止める人も一部にはいるのでしょうけれど、一方で自民党批判こそが目的であった人も少なくありません。そういう人はこの撤回宣言を受けてどう言い繕うのか、一つの典型的な例をこの民主党議員は示しているように思います。なお「おまえたちしっかりしろ~」云々との声は幻聴に違いありませんので、安住氏は早急に医師の診察を受けるべきでしょうね。

 

ハディド氏事務所「工費、デザインのせいではない」(朝日新聞)

 工費が膨らんだのはデザインのせいだと昨今報道されているが、それは違う。我々のデザインは、日本の建設会社の能力に応じた基本的な資材や技術を使っており、JSCの想定する予算に合致するものだ。東京の物価が急激に上がるなかで工費を抑えることと、決められた工期を守ることが本当に難しかった」

 

 問題の競技場を設計したハディド氏の事務所の言い分としては「デザインのせいではない」とのことです。まぁ、確かに採用の決まった民主党政権時代であればデフレの真っ盛りでしたから、事情は違ったのかも知れません。ゼネコンも他に良い仕事がないので仕方なく採算割れの仕事でも受けざるを得ない、下請けも仕事がないので良いように買い叩かれ、作業員の工賃も限界まで切り下げられていた時代であれば、発注する側のコストは違ってきます。加えて常軌を逸した円高も放置されたままでしたから国外からの輸入資材は常時3割引、これなら新国立競技場の建設費が安く見積もられていたとしても仕方ありません。

 まぁ、そういう狂気のデフレ時代を終わらせたのが安倍政権の功績であると私は評価しています。民主党や維新の党が頓珍漢な言いがかりを付けてくることもあるでしょうけれど、「今ここで自民党が頑張らなければ、日本はまたおかしな道をいくんじゃないか」ぐらいに考えておいた方が良いのでは、ぐらいに思います。どうにも民主党政権時代の悪夢の記憶も薄れてきた昨今、安倍内閣の支持率も低下し始めましたが、民主党政権時代のデフレ放置、不況一直線に逆戻りしないためにも踏ん張りどころでしょう。

 前々から繰り返してきたことですけれど、総じて政治家は思い入れの強い分野においてこそ有害であると言えます。無能な働き者以上に迷惑な存在はありません。安保法制と違って新国立競技場の建設問題に関して、安倍内閣は批判の声に耳を傾け方向性を修正しましたが、当の安倍総理が熱意を持っていたのは、果たしてどちらの問題でしょうか。どんな傲慢な政治家も、自分の関心の薄い分野に関しては案外、謙虚に国民の声に応えようともする、自身の理想を追うばかりではなく現実を見ようともするものです。しかし政治家が自身の得意分野と勘違いしている分野においては?

 ついでに言えば「損切り」ができるかどうかは非常に重要ですね。私の父はバブルの最盛期に株へ手を出しまして、そこから雪崩を打つように株価が下落していったわけです。「早く手放さないと損が膨らむ一方だよ」と私は言いましたけれど、父は全く理解できなかったようで「今、株を売ったら損をしちゃうんだよ」と株を手放すことはありませんでした。もちろん、株価の下落がその先も続いたことはいうまでもありません。「ここで止めたら今までの投資が無駄になる」「犠牲を無駄にするな」的な発想しかできない人も多いですが、それこそが大いなる過ちなのだと思います。一刻も早く撤退すること、それこそが損失を最小化するのです。継続は犠牲を増やすだけ、権力者がそれを理解できているかどうかは時に国民の命運を左右します。

 

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もっと不快なことはある

2015-07-15 22:57:47 | 社会

【関西の議論】「電車内で化粧やめて!!」 地下鉄の駅に異例の啓発ポスター…乗客苦情で決断(産経新聞)

 電車内での女性の化粧。数十年前はほとんど目にしなかったが、現在では堂々と行われるようになった。そんな中、「見苦しい」「においがいや」といった苦情が寄せられていた大阪市営地下鉄・大国町駅が独自判断で、乗客にやめてほしい行為として、駅構内に啓発ポスターの掲示を始めた。市交通局はスマートフォンを歩きながら操作する「歩きスマホ」や車内での通話、さらに一般的な迷惑行為については啓発してきたが、「電車内での化粧」を取り上げるのは初めてで、全国的にも珍しい。なぜ異例の措置に出たのか。(張英壽)

(中略)

 では、実際に電車で化粧したことがある人や、その周りにいた人たちはどう思っているのか−。大阪ミナミで聞いてみたところ、賛否両論があった。

 電車内の化粧経験がない和歌山市の専門学校生の女性(20)は「見苦しい」と断言し、「隣の人にファンデーションが飛んで迷惑」。奈良県大和郡山市の女性会社員(42)も経験はなく、「見たら気分がよくない。鏡を見ながらマスカラやアイシャドーを塗るのは下品」という。男性からも厳しい意見はあり、大阪府枚方市の男性会社員(57)は「化粧する姿は人に見せるものではない」と述べた。

 これに対し、理解を示す声は若い男性に多く、大阪市浪速区の男性会社員(26)は「電車内の化粧は全く問題ない。座席にバッグを置くなどの行為のほうが迷惑」。大和郡山市の男性会社員(29)も「化粧することは(人前に出る上で)マナーだ。時間がなかったら仕方がない」という。大阪市住之江区の調理師の男性(22)も「近くでされたら、いやだけど、あんまり気にしない」と話した。

 

 常日頃より、揺れる電車の中で目元の化粧をする女性達の度胸には感心している私ですが、そうした人々に「けしからん」と憤っている人もいるわけです。そんな中、大阪の地下鉄では啓発ポスターを作るところまで現れたと伝えられています。これは全国的にも珍しいとのこと、まぁ電車内でのNG事項の中には携帯電話の使用禁止など迷信に基づくトンデモなども多々あるものですけれど、この社内での化粧については、どうなのでしょうね。

 何故女性は電車の中で化粧をするのかと聞かれたなら「あなたがイケメンじゃないからですよ」と答えます。あなたがイケメンで、目の前の女性に意識されるような存在であったのなら、敢えて化粧する姿を見せようとは思わないことでしょう。しかし、あなたが「どうでも良い」存在であったのなら――目の前の女性は遠慮することなく自身の化粧に勤しむわけです。周りの目線が気にならない、周りに気になる人がいないから、自分の世界に入れるのだと言えます。

 それはさておき、街頭インタビューでは賛否両論だったそうです。「見苦しい」と語る人もいれば「全く問題ない」と語る人もいることが伝えられています。私としても化粧なんかよりもずっと迷惑な行為や品のない振る舞いを目にする機会が多いだけに、「化粧ごときで目くじらを立てるのもどうか」といったところです。そして興味深いのは「理解を示す声は若い男性に多く」との行ですね。化粧をする側の女性よりも、むしろ男性側に理解があるのでしょうか。

 日本民営鉄道協会のアンケート調査「平成26(2014)年度 駅と電車内の迷惑行為ランキング」によると、「車内での化粧」を迷惑行為として挙げたのは女性が18.8%に対し、男性は15.8%でした。それほど大きな差ではありませんが、2013年度以前も概ね同じで、電車内での化粧に関しては女性の方が少しだけ厳しいようです。なお同調査によると「混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車」を迷惑行為として挙げたのは男性が16.5%に対し、女性は30.2%との結果が出ています。ふむ、この辺は専ら男性目線ばかりで、女性の視点が無視されている分野なのかも知れません。

 

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教科書の記述を書き換えても事実は変わらない

2015-07-12 10:25:03 | 雇用・経済

「介護は重労働で低賃金」教科書記述に業界反発(読売新聞)

 介護の仕事を「重労働で低賃金」と記述している2社の教科書について、介護業界6団体が今月上旬、「表現が不適切」として出版社に修正を求める要望書を提出した。

 人手不足への危機感から、業界挙げての異例の動きとなった。

 要望書を出したのは、特別養護老人ホームの運営法人でつくる全国老人福祉施設協議会や日本介護福祉士会など。「中学社会 公民 ともに生きる」(教育出版)と高校向けの「最新現代社会」(実教出版)に、不適切な表現があると指摘した。

 「公民」では、本文で「介護の仕事が重労働で低賃金」と記述。「現代社会」では、介護する男性職員の写真に「特別養護老人ホームで非正規社員としてはたらく若者 介護現場は重労働で賃金も高くない」という説明を添えている。

 

 ……ということなんですけれど、こういうのも所謂「修正主義」の一形態ではないでしょうかね。自分たちに都合良く物事をねじ曲げよう、あるいは記述を改めさせようとする動きは、何も戦前戦中の歴史を対象としたものばかりではないように思います。70年前、80年前のことばかりではなく、現在あるいは数年前のことであっても事実を歪めて伝えさせようとしている人は少なくありません。

 なお「要望書を出したのは、特別養護老人ホームの運営法人でつくる全国老人福祉施設協議会や日本介護福祉士会など」「介護業界6団体」とのことです。まぁ「人に介護をさせる」ビジネスに従事している人からすれば、抗議したくなる事態であったのかも知れません。しかし「人に介護をさせる仕事」ではなく、「自ら介護をする」仕事をしている人にとっては、どうなのでしょうね。

 実際のところ、介護業界の低賃金と非正規率の高さは広く知られるところです。「賃金も高くない」との教科書の表現は、まだしもソフトな伝え方をしている方なのではとすら思えます。しかし、それを覆い隠したがっている人もいる、ということを今回の報道は示しているわけです。しかし事実を隠蔽したところで業界の問題が解決するはずもないでしょう。

 読売報道によると業界の動きは「人手不足への危機感から」なのだそうです。確かにまぁ、人手不足は賃金水準や重労働と同様に遍く知られているところではあります。しかし、人手不足という業界の抱える問題に対して出された答えが「業界の実態を伝える教科書の記述を修正させる」というものであったのなら、それはまさしくブラック企業を超えたブラック業界体質だと言うほかありません。

 人手不足を解消したいのなら、求職者が「働きたい」と思える条件をオファーするしかないわけです。低賃金で重労働、かつ非正規待遇と三拍子が揃おうものなら、それを知っている人は可能な限り避けようとするのが当たり前のことです。ならば、知らせなければ良いのだなと考えた結果として業界団体が教科書の記述に介入し出すのは、「人に介護させる仕事」をしている人々のモラルを端的に表わしていますね。

 

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同じようなことを聞いてもつまらないので

2015-07-08 23:22:11 | 社会

「男は仕事、女は家庭」否定と肯定がきっ抗 横浜市の意識調査(神奈川新聞)

 横浜市は3日までに、「男女共同参画に関する市民意識調査」の結果をまとめた。「男は仕事、女は家庭を中心にする方がよい」との問いに対し、否定的な考えの割合が前回(2009年度)調査から7・2ポイント増え、33・7%と肯定派の34・0%とほぼ同程度となった。市の担当者は「固定的な性別の役割分担意識の解消が進んだ」と分析。ただ、男性だけの結果では、依然として肯定派が否定派を上回っている。

 調査は昨年10月、市内に住む18歳以上の男女5千人(うち外国籍市民100人)に郵送で配布し実施。有効回答率29・2%に当たる1462人から回答を得た。調査はおおよそ5年おきに行っている。

 「男は仕事、女は家庭を中心にする方がよい」との考えについて、前回調査では全体で26・5%が否定的な考えで、39・0%が肯定的な考えだった。男女別でみると、否定派は男性で21・4%、女性で30・2%。肯定派は男性46・4%、女性32・5%だった。

 今回の調査では、否定派が男性で6・9ポイント、女性で6・8ポイント増え、それぞれ28・3%、37・4%となった。一方、肯定派は男性で3・9ポイント、女性で4・7%減った。結果、全体では否定派が33・7%、肯定派が34・0%とほぼ同じになった。

 しかし、男性では前回調査より減ったものの肯定派(42・5%)が否定派(28・3%)を大きく上回っており、依然として男女での意識の差が目立っている。

 

 ……ということですが、同様の調査は内閣府によっても行われており、既報であったりします。とりあえず、両者の結果を比べるとどうなのでしょうか。横浜市の場合、「男は仕事、女は家庭を中心にする方がよい」との問いに対し「否定的な考えの割合」が「33・7%」で「肯定派」が「34・0%」なのだそうです。一方、同2014年の内閣府調査によると「夫は外で働き,妻は家庭を守るべきである」との項目で「賛成」が44.6%、「反対」が49.4%との結果でした。どちらも賛否は拮抗しているように見えますが、少し違いがありますね。それでは神奈川新聞が報道できていない部分を、突っ込んで眺めてみましょう。

横浜市の場合「男は仕事、女は家庭を中心にする方がよい」という考えについて
「そう思う」が7.1%
「どちらかといえばそう思う」が26.9%
「どちらともいえない」が30.6%
「どちらかといえばそう思わない」が9.4%
「そう思わない」が24.3%

出典:横浜市政策局 男女共同参画に関する市民意識調査(平成26年度実施)

内閣府調査の場合「夫は外で働き,妻は家庭を守るべきである」という考えについて
「賛成」が12.5%
「どちらかといえば賛成」が32.1%
「わからない」が6.0%
「どちらかといえば反対」が33.3%
「反対」が16.1%

出典:内閣府 女性の活躍推進に関する世論調査(平成26年度)

 両調査で微妙に文面は異なりますが、賛否が拮抗しているのは内閣府の調査でも横浜市の調査でも同じです。これで同じような結論しか導き出せないのなら、国と自治体が同じことを別々に予算を投じて行っていることになる、これぞ二重行政の弊害云々と批判されかねません。なお神奈川新聞報道によれば「33・7%」と「34・0%」という数値を挙げつつ、「男性だけの結果では、依然として肯定派が否定派を上回っている」とのこと。回答数がわずか1400人程度の調査で0.3%の差なんて誤差の範囲、当初は神奈川新聞の記者が統計の見方を理解していないだけに思えてしまいましたが――同段落で挙げられた数値は男女混合でした。なお男性に限れば高低派が否定派を上回るってのは、言うまでも無く内閣府が公表済の調査結果と同じです。

 それはさておき、内閣府の調査では「わからない」と賛否を表明しなかった回答が6%に止まるのに対し、横浜市の場合「どちらともいえない」との回答が30%を上回っているわけです。ここに内閣府――全国規模での調査結果――と横浜市調査との大きな差があるのではないでしょうか。その一方で内閣府調査では「どちらかといえば反対」が33.3%で「反対」が16.1%、横浜市の場合は「どちらかといえばそう思わない」が9.4%が「そう思わない」が24.3%と、一転して明確な反対意見が強いことも分かります。横浜市は全国に比べて、「明確な反対派」と「どっちにも付かない派」が多いのでしょうか。ともあれ「国がやっていることとは別に」地方自治体が調査したのですから、その違いぐらいは分析してくれないと予算の無駄遣いになってしまいますね。

 内閣府の平成24年調査では「夫は外で働き,妻は家庭を守るべきである」という考えに賛成する回答が51.6%と過半数に達していました。これは平成21年調査の41.3%からの大幅増で、一時は「妻は家庭」と考える人が増加に転じていたことが分かります。まぁ、何事も希少なものほど価値が上がるわけです。不況のピークともなれば、夫だけの稼ぎで妻子を養えるような甲斐性のある男性を捕まえるのは、女性にとって会社勤めで昇進を重ねること以上に難しいことなのではないでしょうか。キャリアウーマンになるよりも専業主婦になることの方が難しければ、野心的であるからこそ家庭志向の強い女性が増えたとしても不思議ではありません。

 こういうのは景気によって左右されるところも大きいと思います。景気が良ければ会社勤めに価値を見出す人も増えますし、逆に景気が悪ければ「働いたら負け」ですから。内閣府の調査によると、女性は家庭云々に反対する理由として「妻が働いて能力を発揮した方が,個人や社会にとって良いと思うから」と回答した人の割合は大都市で高くなっているそうです。田舎と都会とでも、傾向の違いは現れるものなのでしょう。内閣府(全国)の調査と、横浜市という全国平均よりも格段に規模の大きい自治体とでは当然ながら違いも現れるはず、そこを調査してこそ意味のある調査と思えますが――どうにも横浜市は国と同じことを自治体がバラバラにやっただけみたいな印象を拭えませんね。

 年代別、地域別あるいは性別による違いも興味深いところではありますけれど、既婚者と未婚者の違いとかも私は気になります。よくネット上でミソジニーをむき出しにしている人を見かけるところ、そうした人は軒並み「女も働け」的な立場で、良くも悪くも「女性は家庭」という価値観には明確に反対しているわけです。でも、そういう類の人が「妻」を持つ可能性は低いでしょう。逆に「妻」の就業機会を左右するであろう妻帯者の男性の見解はどうなのか、そこに的を絞った統計があると面白いと思います。女性に縁のなさそうなミソジニストが「女も働け」と「女性は家庭」に反対しても、肝心の妻帯者男性が「女性は家庭」に賛成だったら、単純な両者の合計とは違ったものが導き出されるはずです。

 

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詐欺は必ずしも金銭目的ではないらしい

2015-07-05 11:33:55 | 社会

検挙少年、8割報酬目的=特殊詐欺、半数知人勧誘で関与-警視庁調査(時事通信)

 特殊詐欺事件に関わったとして警視庁が検挙した少年100人のうち、8割以上が報酬目的で関与したことが3日までに、同庁のまとめで分かった。知人からの誘いで関与した少年が半数で、身近な人間関係をきっかけに加担する傾向も浮かび上がる。

 昨年4月~今年6月上旬、特殊詐欺で検挙した19歳以下の少年100人に対し、取調官を通じた聞き取りの形で調査した。無職が56人で最も多く、残りは学生と有職者がほぼ同数。

 年齢別では19歳が40人と最も多く、最年少は15歳で3人だった。複数回答で動機を聞いたところ、報酬目的を挙げた少年が8割以上に上り、「先輩や友人の頼みだから」とした少年も3割近くいた。役割別では現金を受け取る「受け子」役が最多だった。

 また、関与のきっかけが先輩や同い年の友人など知人からの誘いだった少年が50人で、「いいバイトがある」「簡単に金が入る」「絶対に捕まらない」などと甘い言葉で勧誘されていた。自分から闇サイトなどで探し申し込んだ少年も12人いた。(2015/07/03-05:00)

 

 曰く「8割以上が報酬目的で関与したことが~分かった」とのことですけれど、どうなんでしょう。ニュアンス的に時事通信からすれば僅かなりとも意外な結果であったようにも見えます。しかし詐欺なんて金目当てに決まっているだろうと考えるのなら、ほぼ100%が報酬目当てと想定していても良さそうなもの、むしろ驚くべきものがあるとしたら詐欺師の2割弱は「報酬目的ではなかった」ということの方ですよね。「8割が報酬目的」ということではなく、「報酬目的は8割にとどまる、報酬目的でない人も2割近くいる」ことを前面に押し出した方がニュースとしての価値はありそうな気がします。

 ただまぁ、これもまた日本的なのかも知れません。日本において、働くことは金のためではない――ことになっている――わけです。就職の動機は金のためではなく「やりがい」等々であったり、経済的な必然性から働こうとしているよりもむしろ社会的な承認のために働く人もいる、いずれにせよ「金のために仕方なく働いているのだ」という姿勢は表に出せないのが我々の社会です。先日も私の同僚が「この人は金のことばっかり考えて会社のことを考えていない」云々と陰口を叩いていたもので、とにもかくにも「金のためではない」と信じ込むのは日本における社会人の常識と言えます。

 そんなわけでか、詐欺のような非合法な営利行為ですら「必ずしも金のためではない」という実態に繋がるのでしょうか。犯罪に手を染めるのが純粋に「金のため」であるならば対処は簡単です。合法的に金銭を稼ぐ手段がありさえすれば済むのですから。しかし「金とは別の何か」を求めて詐欺に関与する人々には何ができるでしょう? 総じて経済的な利益のために行動している人よりも、その人なりの思想信条に駆られて行動している人の方が厄介なもの、話の通じない相手でもあります。利を追う相手には別の利を示すこともできますが、利を追わない人を釣れる餌はありません。

 なお「知人からの誘いで関与した少年が半数」とも伝えられています。ここも注目すべきは、時事通信が伝えているのとは反対の部分ではないかと思われます。つまり、知人からの誘いで関与したのは半数、残りの半数は「知らない人」の状態から詐欺に関与したことになるわけです。悪い仲間に誘われて――という流れ「以外」からも犯罪に手を染めるようになる人の存在を窺うことができますね。すなわち「身近な人間関係」だけでは済まない闇の深さがあるということなのでしょう。

 

売春場所提供した疑い、漫画家を逮捕 ネットで参加募る(朝日新聞)

 「乱交パーティー」と称し、東京都新宿区内のホテルで売春の場所を提供したとして、神奈川県警は千葉市花見川区朝日ケ丘4丁目、漫画家樋口武志容疑者(27)を売春防止法違反(場所提供)の疑いで現行犯逮捕したと、29日発表した。容疑を認めているという。

(中略)

 樋口容疑者はペンネーム「草人(そうと)」で萌(も)え系の漫画を自費出版しているという。「同じようなパーティーに出たことがあり、自分でもできると思った」と話しているという。

 

 だからどうしたというものでも無い話ですが、全国紙で「漫画家」として紹介された人の実績が「萌え系の漫画を自費出版しているという」辺りに、少しばかり興味深いものを感じます。「無職」ではなく「漫画家」として認められる基準はどこにあるのでしょう。ちゃんと作品を売って生計を立てているはずなのに「自称芸術家」と新聞報道された人や、下手なサラリーマンより稼いでいるのにやはり新聞には無職と描かれたドローン少年などを思うと、ちょっと不公平な気がします。そして冒頭の時事通信報道ではどうでしょう、「特殊詐欺で検挙した19歳以下の少年100人」の内訳は「無職が56人」なのだそうです。自費出版でも漫画家として認められるなら、検挙された少年は無職ではなくプロの詐欺師として認められるべきではないでしょうか。

 なお「特殊詐欺で検挙した19歳以下の少年100人」で無職56人を除くと「学生と有職者がほぼ同数」とのこと。一瞬、有識者と見間違えました。ともあれ詐欺「以外」の「職」を持っている人が3割程度はいるという計算になります。公的機関であるハローワークが紹介する仕事でも非合法なものはありますし、会社の命令通りに働いた結果として死に追いやられる人もいます。あるいはフルタイムで働いても生活保護水準以下の賃金しか支払われないこともあるわけです。果たして詐欺と、どっちがマシな仕事だったのやら。

 

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遠くない過去の記憶

2015-07-01 22:48:37 | 社会

「電波止めるぞ!」民主党幹部が目の敵にする表現の自由(現代ビジネス)

「間違った情報ばかり流すなら、電波を止めてしまうぞ!政府は電波を止めることができるんだぞ。電波が止まったら、お前らリストラどころか、給料をもらえず全員クビになるんだ」

 いまどき、こんな暴言を吐く政治家がいたとは驚くほかないが、これは民主党の輿石東幹事長の発言である。

 

 上記は2012年の報道ですが、こういうこともあったわけです。原発事故をめぐる諸々の感情的対応や官僚に対する姿勢などを見るに、自民党よりも民主党の方が強権的な傾向は目立つ、若手が暴走する自民党よりも幹部が暴走する民主党の方が「一線を越える」危うさがあるのではないかと私には思えないでもありません。まぁ自民党の偉い人も色々と企んでいるのは間違いないのでしょうけれど、より「ブレーキが壊れている」と感じるのは今でも民主党の方です。

 先日も取り上げましたが自民党の若手勉強会で「報道機関に圧力をかける」云々との問題発言があった絡みで、民主党の過去の言動に注目する人もいるようです。過去の記事を短いスパンで消してしまう(あるいは非公開にしてしまう)メディアも多いですが、一方でこのように報道が残っていたりもします。とはいえ過去を忘却するのは政治に限らず日本社会のお家芸みたいなフシもある、日本において歴史とは都合良く修正されるもの、何かが「なかったこと」にされても驚くには値しません。民主党の過去の言動も然り、だからこそ語り継ぐことが大切になってくるのでしょう、きっと。

 

 そして関連するツィートを一つ。曰く「こんな大騒ぎは無かったと記憶します」とのこと。でもこの人、上記の発言(だけではありませんが)を問題視され、大臣就任から僅か9日間で辞任に追い込まれています。民主党による報道への圧力も多くの人から忘れられているのかも知れませんが、その当時にも問題発言として結構な――閣僚の辞任に発展するレベルの――騒ぎにまで発展したことを忘れている人もいるようです。やれやれ、記憶とは容易に風化するものですね。戦争中の記憶など諸々もさることながら、小泉政権時代や民主党政権時代の記憶も、忘却されないように語り継いでいく必要性を痛感させられます。

 先日は瀬戸内寂聴氏が安保法政に反対する集会にて、「最近の状況は戦争にどんどん近づいている。本当に怖いことが起きているぞ、と申し上げたい」などと主張したそうです。しかるにこの人、2012年には原発再稼働に反対する集会で「私か生きてきた90年でこんな悪い時代はなかった、戦争中の方がまだましでしたよね」と語っています。まぁ、実際に戦争中を生きてきた人の発言ですから、尊重することにしましょう。戦争時代の生き証人が「戦争中の方がマシ」と断言しているのです。そして「最近の状況は戦争にどんどん近づいている」とのこと、つまりはマシな時代に近づいている?

 雇用情勢を巡っても、昨今は就活の後ろ倒しを批判するメディアも目立ちます。しかし、そうしたメディアがほんの数年前には就活の早期化を批判していたことを私は忘れていません。これが民主党政権下に起こったことであったなら、朝日新聞は就活の後ろ倒しを批判しなかったのではないか等々、そんな風にも思います。あるいは派遣法改正に関しても、つい最近まで「いつまでも派遣で働かせられる」仕組みを批判してきた論者やメディアが、今度はそれを禁じられることに異議を唱えていたりもするわけです。なんとも節操のない、信用のおけない人々だなぁ、と私などは呆れるところだったりしますが、昔のことを忘れている人にとっては違うのでしょうかね。

 

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