問題そのものよりも、その問題に対する過剰反応の方が遥かに大きな害をもたらすことがあります。アレルギー反応とはそういうものですが、それは身体のみではなく社会においても見られるわけで、とりわけ生活保護行政や治安対策といった面で顕著です。昨今では海賊問題も同様でしょうか。軽微な問題を過大に扱うことで、当初の問題よりも格段に大きな「副作用」が我々の社会を蝕みます。
松屋フーズ「豚テキ定食」販売中止 「お客さまの心象考慮」(共同通信)
牛丼チェーンの松屋フーズは27日、メキシコ産の豚肉を使った「豚テキ定食」(税込み680円)の販売を同日から一時、中止することを決めた。同社は「メキシコ産豚肉が安全であることは、政府からも見解が表明されている通りだが、お客さまの心象などを考慮した」(広報担当)という。メキシコ産を使用していない「豚めし」と「豚焼肉定食」については販売を続ける。
たぶん、豚インフルエンザ自体は深刻な問題なのでしょう。これが北朝鮮の発射実験のように「日本だけが騒いでいる」みたいな代物であってくれればよいのですが、WHOもフェーズ5宣言を出すなど、日本以外の国でも問題になっているようですから。しかし、この松屋の「豚テキ定食」販売中止はどうなのでしょうか?
野田聖子消費者行政担当相は28日午前、閣議後の記者会見で、豚インフルエンザの発生を受け、大手外食チェーンの一部がメキシコ産豚肉を使ったメニューの販売を中止したことについて、「豚肉に関してはまったく安全で、(こうした動きは)心外だ。風評被害を起こしては困るし、消費者に間違ったシグナルを送ってもらっては困る」と述べた。
なんだかカイワレ大根を思い出します。まさか菅直人に倣って野田氏がメディアの前で豚肉を食べてみせる……なんてことにはならないでしょうけれど、豚肉の売上は落ちそうですね。O-157騒動の際はカイワレ業者が壊滅的な被害を被ったそうですが、今度は養豚業者が泣きを見る羽目になるのかも知れません。他にはこんな事例もあったようです。
新型インフルエンザ発生を受け、佐賀市三瀬村の観光牧場「どんぐり村」は28日、5月2‐6日に予定していた特別ショー「3匹の子豚」の中止を決めた。
どんぐり村では、生後8カ月の子ブタ「ツボミちゃん」と、名前募集中の生後4カ月の2匹の子ブタの一般公開が始まったばかり。この3匹はショーに向け猛特訓し、回れ右やお座りの芸も身に付けていたが、「豚インフルエンザに不安を抱く来園者がいるかもしれない」と配慮したという。
トンだ災難のピンチヒッターとしてショーに登場するのは、7匹の子ヤギ。子ヤギの担当者は「ショーを成功させ、子どもたちのブーイングは避けたい」。
何やら脳天気な報道ですが、「災難」を被ったのは代役のヤギ担当者ではないでしょう。何ら危険性があるわけでもないのに、「不安を抱く来園者がいるかもしれない」という理由でお役御免となった豚担当者こそ災難です。この一件だけを見れば軽微な事態かも知れませんが、兆候としては危険なもの、西日本新聞のこの取り上げ方はどうかなぁ、とも思います。
で、松屋曰く「メキシコ産豚肉が安全であることは、政府からも見解が表明されている通りだが、お客さまの心象などを考慮した」だそうです。どんぐり村の言い分とも似たようなものですね。要するに危険性があるわけではないけれど、危険性があると認識しているお客さんもいるだろうから、そうしたお客さんの心証を考慮して、豚を排除しますよ、と。
この論法、何かを思い出しませんか? 「外国人お断り」の口実は、だいたいこんなのでしたよね? 自分自身(店舗責任者)が外国人を差別するわけではないが、お客さんの中には外国人を危険視する人もいるので、そうした「お客様」の心証に配慮して「外国人お断り」としているだけ、別にレイシズムではない、と。勿論これは「お客様」を言い訳にしてレイシズムに荷担しているわけで二重に卑劣ですらありますが、この手の考え方は色々と応用されているようです。松屋しかり、どんぐり村しかり。
「危険な外国人」幻想に基づく「外国人お断り」が「危険な外国人」イメージを増幅するように、「メキシコ産品/豚は危ない」という誤った認識から「メキシコ産/豚は使用しておりません」と企業がメッセージを発する、そうしたメッセージが「メキシコ産品/豚は危ない」という印象を強める、そうした懸念は当然あってしかるべきでしょう。こと日本国内では豚インフルエンザによる被害者<<<風評被害にあった輸入業者や養豚業者、そういう結果になりそうです。
望んでそうなったにせよ、そうでないにせよ、社会的な注目度のある人、影響力のある組織や団体には、事実に基づかない害ある風評をキッパリと退ける責任が求められるのではないでしょうか。松屋のような全国展開しているチェーン店で一斉にメキシコ産の豚メニューが撤去される、「お客様への配慮」と言えば聞こえはいいですが、それは根拠のない流言飛語を肯定する、後ろ盾を与える行為なのですから。
本文を書いた後に見つけました。美しい国に先んじて暴挙に出たのはエジプトのようです。
エジプトが国内すべての豚処分へ、FAOは再考促す(トムソンロイター)
エジプト政府は29日、新型インフルエンザの被害が世界的に拡大していることを受け、国内で飼育されている豚30万─40万頭すべてを殺処分にすることを決めた。
これに対し、国連食糧農業機関(FAO)は、「間違った判断」と再考を促している。
エジプトのガバリ保健相は、国営通信社を通じて発表した声明で、「エジプト国内の豚全頭を本日から処分することに決めた」と述べた。
一方、FAOのドメネック主任獣医は同日、ロイターに対し「間違った判断。そうした処分を行う理由はない。これは豚ではなく、人間のインフルエンザだ」とコメント。エジプト政府に連絡を取ろうとしていると話した。
さらに追加、こんな記事もありました。色々ととばっちりを食らっている人が出ているようです。インフルエンザ感染よりも先に、「被害」は発生しているわけです。