非国民通信

ノーモア・コイズミ

遺伝子はいつから神になったのか

2011-01-30 23:46:44 | ニュース

田辺誠一、世間の常識に流されない グレーな部分あっていい(産経新聞)

 作品のテーマは、代理出産。簡単に是非を決められない問題と感じる。「産みたい人がいて、技術があるなら、選択肢のひとつ。でも、金銭が絡む恐れがあれば、規制せざるを得ないでしょうしね」

 自分の遺伝子を残すこだわりや重圧は理解できるが自身にはないという。「僕は自分のDNAって、そんなに大したものではないと思っているので」と笑う。育てたい気持ちや環境、愛情に重きを置く。「だから、養子も選択肢のひとつだと思う。家族の形がもう少し自由であってもいいと思っているんですよ」

 この十数年来の経済政策が継続されれば、いつか代理出産というビジネスで生活を立てざるを得ない人が日本にも少なからず出てくるような気がしてならない昨今です。その代理出産をテーマにした映画に出演した田辺誠一氏のインタビューが掲載されているわけですが、引用した部分の後段は「今時珍しい」意見かも知れませんね。体外受精や代理出産が急増する一方、養子縁組というのは極めてレアなケースともなりました。見出しにあるような「世間の常識」からすれば、体外受精や代理出産を選ぶ人の方が圧倒的に多いわけで、今や養子縁組など最初から検討の対象にすらならないもののようですから。

 ちょっと昔には高田延彦と向井亜紀夫妻の代理出産が耳目を集めたことがありました。向井亜紀は「高田延彦のDNAを残したい」などと口にしていましたし、似たような発言は他でも散見されるように思います。いったいいつからDNAは、そこまで神聖なものになってしまったのでしょうか。個人の趣味としては許される範囲ではありますが、あまりにも「DNA」が絶対視されるようであれば、そこに気持ち悪さを感じないでもありません。どうしてもDNAの繋がりがなければならないのか、そこは疑問視されても良さそうなものです。

 全く品種改良されていない野生の植物にも毒性や発がん性のあるものは無尽蔵にありますし、伝統的な農耕手段によって生態系が破壊されたケースもまた枚挙に暇がありません。その一方で、何かにつれ非難に晒されがちなのは遺伝子組み換えやクローン技術といったDNAに触れる手法です。もちろん何らかのリスクを含むものが批判的検証の対象とされるのは当然のことなのですが、DNAに触れる類の新技術に関しては、そのリスクとは別の動機で不当な非難を受けていることも多いように思います。

 つまり、伝統的な手法であろうとDNAに関わる手法であろうと、危険なものはその危険性に応じて慎重に取り扱おうとするのではなく、DNAに触れるか否かによって線引きされる傾向があるわけです。あたかも個人の資質によってではなく国籍の違いによって扱いが隔てられるように、その安全性の度合いではなく、まずDNAに触れるかどうかによって扱いが代わる、DNAに触れるものであれば、それだけで全否定されてしまう傾向は少なからずあるはずです。

 必然的に遺伝子組み換えもしくはクローン技術であることを理由とした否定は、科学的根拠を欠いたものとなりがちです。概ねそれは信仰心の如きものから発していて、「とにかく遺伝子組み換え/クローン技術はいけないんだ」みたいな信念が最初にあるように思われます。そして発せられるのが「道徳的には」あるいは「倫理的には」という問いですが、しかるにDNAを神聖不可侵なものとして扱う道徳や倫理なんてのは随分と歴史の浅いもので、それこそ「作られた伝統」の類ではないでしょうか。遺伝子を扱う技術に関しては宗教界からの論難も多々ありますけれど、その教典に「DNA」なんて言葉が書かれた宗教なんて、それこそごく一部の新興宗教だけのはずです。にも関わらずDNAに触れる技術を神の教えに反するものであるかのように考えるのは、すなわち遺伝子を神と同一視しているようなものと言えます。

 少子化が進む一方で、産んだ子供を育てるのに著しい困難を抱えている親の存在もクローズアップされることの多い時代です。昔とはひと味違った形で、新たに養子縁組制度が発展すれば問題のいくつかは緩和されそうな気もしますが、「世間の常識」が望むのはDNAの継承なのかも知れません。科学技術の発展に負の側面があるとするなら、その筆頭にはDNAが繋がっていてこそ親子という感覚の蔓延を上げたいところです。もうちょっと、DNAに対する強迫観念から解き放たれても良いのではないか、引用した田辺氏が言うように「家族の形がもう少し自由であってもいい」のではないかと思います。その辺を掲載メディアがどう思っているかは知りませんが。

 

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議員定数削減と一票の格差是正

2011-01-28 23:47:00 | 文芸欄

日本がもし100人の村だったら

北海道民は4人です。
また、東京都民が10人であり
神奈川県民が7人、
千葉・さいたまが県民が5人
同様に、静岡3人・愛知6人・大阪7人・兵庫4人となり、
残り37府県は1人か2人となります。
しかし、鳥取県だけは0人となり、
鳥取など存在しないことが解ります。

 

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もはや上辺を取り繕おうとすらしないのか

2011-01-26 23:24:52 | ニュース

日本郵便、年功改め成果主義へ 年500億円削減見込む(朝日新聞)

 日本郵政グループの郵便事業会社(JP日本郵便)は17日、国営時代の名残である年功序列の給与体系を民間企業なみの成果主義に改める意向を労働組合に伝えた。早ければ新年度から導入する。昨夏の宅配便統合と遅配問題などに伴う業績悪化を受け、人件費の見直しを検討していた。導入で年間500億円程度のコスト削減効果を見込む。

 2007年10月に民営化した日本郵便は、非正規を含め約18万人の社員を抱えるが、給与体系は現在も旧郵政省時代の年功序列型がベースになっている。これを改め、基本給に加え、配達の個数などに応じた歩合制を上乗せする。成果を上げた人は従来より給与が高まる体系を導入する。

 日本郵便は、年間約1兆円の人件費を5%程度抑制できるとみている。今月28日までに総務省に提出する経営改善策にも盛り込む方向だ。

 まぁ年功否定、成果主義導入は今さらながらの感もありますが、将来的な昇給の期待が無くなると将来の収入をアテにした消費もなくなり内需も冷え込むことは、ここ十数年来の日本が証明しているところです。個別の企業が「自分だけでも生き延びる」ために賃下げに励むことは、その企業自身にとっては有益なのでしょうけれど、国の経済全体から見ると著しく有害と言えます。そうした「自分だけでも生き残ろう」とする企業の動きを適度に抑制し、国全体の経済が上向くように取り計らうのも政治の重要な役目のはずですが――その政治の役割を放棄して企業がお金を貯め込めるように便宜を図ってきたのが、やはりこの十数年来の日本だったりするわけです。

 さて、成果主義導入が流行り始めた当初は「成果を上げた人は従来より給与が高まる」と称して、あたかもニンジン作戦のごとく従業員のモチベーションを高めるという旗印が振りかざされるのが一般的であったように思います。もちろん本当の狙いが成果主義を口実にした賃金削減にあったことは流行当初から全く代わっていないわけですけれど、それでも表面を取り繕うことには一定の努力がなされていたように記憶しています。しかるに今回の記事はいかがでしょうか?

 一応は「成果を上げた人は従来より給与が高まる」と、決まり文句も書き添えられてはいるわけです。しかし、見出しには「年500億円削減見込む」と大々的に掲げられていますし、本文中でも同様の削減見込みが伝えられています。そして「年間約1兆円の人件費を5%程度抑制できるとみている」とも。これはつまり、従業員が成果を「上げない」ことを前提にしていることを意味しています。そもそも成果とは何なのか、日本的経営(経済誌上のではなく、現実の日本的経営)の元では企業業績が上向いても従業員給与は決して増えないものです。会社の業績が上がっても従業員の成果とは認められない、これもまた日本的成果主義の特徴の一つです。日本郵便の業績が上向こうとどうなろうと、従業員は成果を上げなかったものとして賃金をカットされる、それが今の時点で既に決定されていることを引用した記事は伝えています。

 かつては賃下げを目的にしつつも「成果を上げた人に報いるため」と成果主義導入に当たっては上辺を取り繕う努力がなされていたものです。しかるに昨今では、もはや上辺を取り繕うことすら放棄されているように見えます。「成果を上げた人に報いるため」の成果主義ではなく、あくまで賃金カットのための成果主義であることが最初から明言されているわけです。公然と賃下げを宣言すれば世間の反感を買うであろうと、そういう想像が働いた時代はとうの昔に過ぎ去ったのかも知れません。今や賃下げを公言しても反感を買うどころか「もっとやれ」とばかりに世間が経営側に理解を示す、そういう時代に入ってしまったのでしょう。

 

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政治的にも貧しさを感じる

2011-01-24 23:24:30 | ニュース

B型肝炎救済へ所得増税案 数年に限定、3兆円規模(朝日新聞)

 菅政権は21日、B型肝炎集団訴訟で札幌地裁の和解案を受け入れるのに伴い、患者らの救済に必要な3兆円規模の財源について、所得税を増税してまかなう方向で調整に入った。数年程度に限定して増税する案が有力だ。近く、自民党など野党と具体的な協議に入る。

 対象の患者は3万3千人、感染しているが症状が出ていない人は40万人おり、政府の試算では、和解案に沿って救済する場合、30年間で最大3兆2千億円が必要になる。歳出削減で捻出するには財源の規模が大きいため、増税で国民に広く負担を求めたい考えだ。社会保障分野に使われている消費税の活用は見送る。

 具体的な増税の仕組みや導入時期はこれから詰めるが、5~40%の6段階ある所得税率を一律1%上げると、年1兆円程度の増税になる。この場合、3年程度で必要な財源を確保できる。ただ、税率引き上げは高所得者の負担額が多くなるため、所得にかかわらず、国民に等しく一定額の拠出を求める案も検討する。このほか、社会保険料の増額と組み合わせる選択肢もある。増収分で救済のための基金を創設し、申請に応じて和解金などを支払う。

 主眼はB型肝炎救済の件なのでしょうけれど、サラッととんでもないことが書かれていますね。なんでも患者救済に必要な財源を賄うとして所得税増税の方針で検討に入ったとか。こういう形で増税が決定されてしまうと、救済対象となったB型肝炎患者が悪者にされてしまいそうな気がしないでもありません。社会的弱者を公的資金で救済することには際だって否定的なのが日本という国です、社会保障受給者が不当な受益者と見なされがちな我々の社会においては、こうした「救済」を受ける対象の人が謂われなき非難に晒されたとしても驚くには当たらないでしょう。

 それはさておき「数年程度に限定して増税する案が有力」なのだそうです。う~ん、恒久的に必要な財源であれば増税が妥当な選択肢かも知れませんが、本当に「数年程度に限定」であるならば一時的な財源の確保で済むことを意味します。そして一時的な財源の確保で良いのなら、制度改正に伴うコストを支払ってまで不況期に増税という選択よりも、国債発行で対応した方が無難ではないでしょうか。国債発行額をほんの数%増やすだけの話なのですから、これが恒久的に続くならいざ知らず、本当に一時的な費用であるのなら決して無理な話ではないはずです。

 あるいは無意味な法人税減税を止めることでも容易く財源は確保できますね。元より企業では金がだぶついているわけです。現金預金を筆頭に内部留保が山積みされて資本が有効活用されていない現状では、この眠らされたお金をいかに有効活用するかも考えられてしかるべきでしょう。企業が有り余る資金の有用な使い道を見いだせないのであれば、国が代わって必要なところへ予算を振り向ける、それもまた政治の役割です。

 まぁ異常な金持ち優遇税制になっている日本の所得税には増税の余地がありますが、しかるに案として例示されているものは「所得税率を一律1%上げる」とか、「所得にかかわらず、国民に等しく一定額の拠出を求める」など逆進性の強いものばかりです。そんなことをしなくとも累進課税の最高税率を高度経済成長期の水準に戻すとか、無茶苦茶な分離課税を止めて証券などからの所得も合わせて累進課税を適用するなどの方法でも財源は捻出できます。にも関わらず逆進性の強い増税案ばかりが先行しているのは何故でしょうか。元より日本で増税と言ったら実質的に消費税増税を指すなど、どうにも逆進性を強める方向でしか税制が考えられていないようです。

 ここでは朝日新聞の記事を引用しましたけれど、これは残念ながら朝日新聞独自の見解などではなく、世間一般の感覚すなわち世論もしくは民意を如実に反映しているものと思われます。たぶん、この国の有権者は応能負担的な税制よりも均等負担的な税制の方にこそ「平等」を感じるものなのでしょう。より苛烈なバッシングの対象となるのは多くを「得ている」人よりも、ある種の負担から「免れている」人です。従業員の賃金を削って利益を確保することは容認されるけれど、社会保障受給者など労働の義務から免れている人の存在は許せないと感じるように、納税の負担から免れている人の存在もまた悪と考えられがちなのではないでしょうか。その結果として収入がなければ払う必要がない増税よりも、収入の有無に関わりなく一律の増税が是とされてしまうのかも知れません。

 「税率引き上げは高所得者の負担額が多くなる」と本文では書かれています。しかし、「税率引き下げは高所得者の受益が多くなる」と報じられたケースは皆無であるように思います。記憶に新しいところでは名古屋で市民税の一律減税があったわけですが、この時の報道はどうだったでしょう? もちろん一律の減税は所得が大きい人ほど恩恵も大きくなるわけです(そして大半が所得控除の対象となってしまうような収入の少ない人々にとっては全く意味のない減税でもあります)。にも関わらず、世間の注目を集めるのは片方だけです。「税率引き上げは高所得者の負担額が多くなる」といって税率引き上げを厭う一方、「税率引き下げは高所得者の受益が多くなる」ことには何の関心も払わず減税を歓迎する、それが民意でもあります。

 政権交代前、民主党はムダ削減で財源は捻出できると口から出任せを繰り返してきました。結果は言うまでもありませんし、そうでなくともムダ削減だけで必要な財源が賄えるなどあり得ないことは選挙前からわかりきっていたことです。ただ、その辺は大手メディアも大半の有権者もスルーしてきたわけです。そして今、ムダ削減で財源は捻出できると強弁していた政党が逆進性を強める形での増税を企てています。B型肝炎救済の財源もムダ削減でなどと言い出すようならそれこそ本気を疑うところでもありますけれど、ムダ削減で賄えなかった財源は国債発行で凌いできたものを、ここに来て逆進課税に切り替えようとする、色々な意味で支離滅裂な話です。

 

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二重に貧しさを感じさせる記事

2011-01-22 22:58:32 | ニュース

生活保護、最多の3兆円超 09年度、失業者が急増(朝日新聞)

 2009年度に支払われた生活保護費が初めて3兆円を超えたことが、21日分かった。08年9月のリーマン・ショック以降、失業者が生活保護に大量に流入し、働ける年齢の受給者が急増したためだ。厚生労働省は、就労・自立支援の強化などを中心に、生活保護法などの改正を検討する。

 生活保護費は国が4分の3、地方自治体が4分の1負担している。厚労省のまとめによると、09年度決算では国負担分が2兆2554億円、地方負担分が7518億円で、総額は3兆72億円。前年度より約3千億円増えた。

 年金だけでは生活できない高齢者世帯の増加で、生活保護受給者は増え続けている。さらに08年9月以降は生活保護を申請する失業者が増えた。保護受給世帯は昨年10月時点で過去最多の141万世帯。このうち、病気や障害がなく働ける年齢の世帯は23万世帯で、2年で倍増した。

 だいたい2兆5000億程度で踊り場に止まっていた感のある生活保護費ですが、一気に3兆円を超えたのだそうです。とりあえず、この「総額3兆円」という数値は覚えておくべきでしょうね。より頻繁に報道されるものとして不正受給の総額などありますけれど、その不正受給額が全体から見ていかに些細なものでしかないかを理解することは、問題の本質を見誤らないために必須ですから。不正受給は微々たるものでしかなく(金額ベースで0.4%未満)財源面では実質的に何の影響もない、問題はもっと別のところにあるということを意識しないと現状に即した議論はできません。

 それはさておき、散漫な記事です。見出しには「失業者が急増」と掲げられているのに、本文では真っ先に高齢者世帯の増加を挙げています。この辺は公的年金の不備のツケが生活保護に回されている点が問題視されてしかるべきでしょう。なんだかんだ言って年金もまた格差を実感させる制度です。現役時代にバリバリ稼いでいた人なら結構な額が受け取れるけれど、若い頃は貧しくて最低レベルの年金支払いにも苦慮していた人には雀の涙であったり、あるいは支給対象から外れる有様ですから。生活保護費の増額を厭うのであれば、それよりもまず公的年金を貧困世帯に優しいものに変えていくことを考えるべきでしょう。

 そして「病気や障害がなく働ける年齢の世帯は23万世帯で、2年で倍増した」ことが報じられています。有効求人倍率が0.5ちょっとしかない社会であるにも関わらず生活保護受給が23万世帯に止まっているのは、むしろ奇跡に近いような気がしないでもありません。とはいえ、こちらの増大もまた失業保険などの不備のツケが生活保護に回された結果と言えます。額が少ない、期間が短い、なにより支給要件が異様に厳しい、失業保険制度が欠陥品であるが故に、そこからこぼれ落ちた人のごく一部が生活保護を頼っただけでも2年で倍増という結果に繋がるわけです。よく生活保護は「最後のセーフティーネット」と呼ばれますが(ただし日本では刑務所が実質的な「最後のセーフティーネット」の役割を果たしているフシがあります)、その「最後のセーフティーネット」の対象者が増えると言うことは、それ以前のセーフティネットが機能不全に陥っていることを意味します。

■自治体の財政「火の車」 支出は都市部に集中

 増え続ける生活保護申請で自治体財政は「火の車」だ。生活保護が集中するのは失業者が多い都市部。東京都、政令指定都市、中核市で、保護費の6割にあたる1兆9千億円が09年度に支出された。

(中略)

 指定都市市長会が昨年10月に国に要望した改革案の柱の一つは、働ける年齢の人には3~5年の期間を設け、「集中的かつ強力な就労支援」をすることだ。期間が来ても自立できない場合、保護打ち切りも検討する仕組みだ。

 市長会の提案に、弁護士らで作る生活保護問題対策全国会議などは「生活保護に期限を設けることになり、生存権を保障した憲法25条に違反する。生活保護の増加は非正規雇用の増加や社会保障の不備に原因があり、働く場を用意しなければ解決しない」と強く反発している。

 この社会的貧困とセーフティネットの不備から来る生活保護費増加への対応として、行政サイドが考えているのは生活保護に期限を設けて打ち切りを計ることです。これは言うまでもない憲法違反ではありますが、何かにつれ憲法の守られない国でもありますから(憲法が改悪されないよう「護る」こともさることながら、憲法を蔑ろにする行政に「遵守させる」という意味で憲法を守る意識は、もうちょっと高まって欲しいところです)、地方分権の旗印の下、自治体独自の生活保護打ち切りや切り下げが大々的に進められたとしても不思議ではありません。

 だいたい「民間では~」と行政に民間企業の感覚を持ち込ませるのが大好きなお国柄なのに、「働けるかどうか」の判断については役所と民間企業の基準が全く異なっている、その役所と民間の感覚の違いには全く無批判なのがまた不条理です。役所で「働ける」と太鼓判を押して生活保護から遠ざけられた人の大半は、民間企業からは「働けない」と判断される、こういう齟齬を放置したまま就労支援だの自立云々と語られても、単なる行政サイドの言い訳にしか聞こえません。

 それ以前に中見出しの「自治体の財政『火の車』」とは! まぁ、読者の感覚すなわち国民の感覚からは、そう外れてはいないのかも知れません。しばしば自分の生活よりも国や自治体の財政の方を気にしてしまうのが我々の社会です。ましてや自分ならぬ隣人や他人の生活と自治体の財政であったらどうでしょうか。本来、生活保護世帯の増加は社会的貧困の度合いとして意識されなければならないはずです。本当に「火の車」なのは自治体の財政ではなく住民の家計の方でしょう。しかるに生活保護の増大を不正の尺度や財政上の重荷としか考えないのがこの国の民意であり、それに媚びを売るメディアなのかも知れません。だから生活保護が必要なほどの貧困にあえぐ住民の増加ではなく、まず自治体の財政の方が心配されてしまうわけです。そういう面で今回の記事は二重に社会の貧困を伝えるものと言えますね。

 

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プラヴダ主義経済学

2011-01-20 23:31:04 | 非国民通信社社説

 モスクワの政治集会、党宣伝員がソヴェト連邦の首都における輝かしい成果を語る。
「ゴーリキー通りには10ブロックの住宅を建設し、レーニン通りでは13ブロックも建設された。ソーコリニキ区ではなんと6つの工場が建設されたのだ!」
「宣伝員同志」と一人の労働者、「あたしはゴーリキー通りに住んでおりまして、レーニン通りを通って、毎日ソーコリニキ区へ働きに行くんですがね、新住宅も工場も見たことがない。」
 宣伝員は答えて曰く「通りをぶらぶらする暇があったら、もっとよく新聞を読みたまえ!」

 ……ってのは新聞に書かれた大本営発表やスローガンがゴリ押しされるソヴェト体制下のジョークですが、21世紀の日本だって似たようなものではないかという気がします。とりわけ経済や雇用分野では八代尚宏とか城繁幸に代表されるトンデモ系の言説が幅を利かせているところもありますが、その特徴はと言えば目の前にある現実よりも経済誌の「お約束」的なものを前提として結論が下されているところにあるわけです。経済誌における「日本の問題」とされるものへの対策を提唱する一方で、目の前で実際に起こっていることへの対策とはなり得ていない――それが日本における雇用並びに経済政策であると言えます。そこで現実を訴えようものなら、権威筋から「もっと新聞(経済誌)を読みたまえ」的に一蹴される、日本における主流はもはや新自由主義ですらないのでしょう。現実よりもプロパガンダが優先される、言うなればプラヴダ(ソ連共産党の機関誌)主義経済学、略して「プラ経」とでも呼ぶべきものが、日本の経済言論を支配しています。

 例えばホラ、一般的に「日本的雇用」として名指されているものは、限られた時代の限られた会社における男性正社員のみに見られた例外的な状態であって、決して現代の日本において一般的な雇用形態(長年働いても給料が上がらない、簡単に解雇される、残業代が支払われない等々)を指す意味では使われていないわけです。現代の日本において一般的なものではなく、あくまで例外でしかない雇用形態を指して「日本的○○」などと呼ぶとしたら、それこそ典型的なプラヴダ経済学と言えますね。目の前で実際に起こっていることではなく、経済誌上の「設定」に基づいて話を進めたがる、これでは正しい処方箋を書くことができるはずがない、日本の凋落が止まらないのも当然でしょう。

 「限られた時代の限られた会社における男性正社員」みたいな例外的存在ではなく、もっと一般的な、この社会を構成する多数派である人々に目を向ける必要があります。例えば大学生の就職難は連日のように新聞紙上を賑わしますが、その一方で大卒「未満」の就職難についてはあまり積極的に報道されていないようです。しかるに日本の大学進学率はようやく5割を超えたレベルでしかありません。これはOECD諸国では中位に属する数値でしかないですし、少子化で教育リソースが集中投下されていることを鑑みれば、日本は大学生が少ないと言えます。しかも大学に進学したからといって誰もが無事に卒業できるわけではありません。2007年の段階で大学卒業者は38.8%(OECD諸国でデータがある24国中の12位)です。4割にも満たない大卒者ではなく、6割以上を占める大卒未満の「多数派」にこそ、もっと注目すべきであるように思われます。

 それでも敢えて大学卒業者という少数派の就職難にばかり目を向け、多数派の置かれた状況から目を背けているのは、やはり「限られた時代の限られた会社における男性正社員」という例外をモデルとして語りたがるプラヴダ経済学の流儀でしょうか。まぁ、あたかも大学新卒者だけが就職難であるかのごとく扱うことで、「大学生の就職難は大学生が増えすぎたからだ」みたいな妄論を正当化しているところもあるのかも知れません。実際のところ高卒では就職できないからこそ大学に行く人も多いのですが(現に雇用情勢の悪化と反比例するかのごとく大学進学率は上昇してきた、バブル崩壊後の長期不況に入ってから日本の大学進学率は上昇に転じたわけです)、その辺の現実よりも経済誌上の定義の方が何かと幅を利かせてしまう、これが日本という国なのでしょう。

 「大学生の就職難は、大学生が中小企業に目を向けないからだ」みたいな、これまた目眩のしてくるような妄論が喧しいわけです。でも本当に中小企業に目を向けていないのは、いったいどういった人たちなのでしょうか。本当に中小企業に目を向けたことがある人であれば、年功序列型賃金体系なんて昔から例外に過ぎなかった、終身雇用もまた一時的な例外に過ぎず、今となっては解雇規制など実質的に存在しない、日本は解雇自由の国であることがわかるはずです。それが理解できず、未だに年功序列や終身雇用批判、解雇規制緩和論を唱えている人こそ、中小企業に一度たりとも目を向けたことがない人と言われるべきです。

 大卒者よりも大卒未満の人の方が多いように、大企業で働く人よりも中小企業で働く人の方が多いわけです。一部大企業において一時的に見られた例外的な雇用慣行ではなく、より一般的な多数派の就業環境にこそ目を向けなければなりません。そりゃ中小企業といってもピンキリです(大企業もピンキリですが、有名企業の内実は事前に調べられる分だけマシです)。「中小にも優良企業はある」というのは間違っていないのかも知れません。そして「中小企業は採用に積極的」というのも、統計の数値上は正しいのかも知れません。しかし、「中小で優良」な企業が「採用に積極的」かどうかは全く別の問題です。

 確かに採用に積極的な中小企業は珍しくないのでしょうし、私自身そういう企業で正社員として働いていたこともあります。では何故、採用に積極的だったのでしょうか。それは往々にして、「社員が次々と辞めていくから定期的に新人を補充しないと会社に人がいなくなってしまう」からだったりします。当たり前のことですが、社員の定着率が低い企業は採用に積極的にならざるを得ません。一方で社員の定着率が高い、安心して年金受給年齢まで働けるような会社であったなら、そうそう社員を補充する必要などないわけです。では採用に積極的な前者と、そうなる必然性のない後者、中小でも優良と呼べるのはどちらでしょうか?

 ホワイトカラーの派遣社員の場合、派遣社員と派遣会社の取り分は7:3が一般的です。そして派遣社員本人の取り分は概ね、その会社の新入社員と同じくらいになります。例えば新人の給与が21万程度の会社であったら、派遣社員の給与も21万、派遣会社の取り分は9万ぐらいです。派遣先企業が派遣社員を雇うのには、だいたいそれぐらいのコストが掛かるわけですね。そこで派遣会社のマージンが高いことを理由に、「派遣は安上がりではない、派遣に置き換えるのはコストカットのためではない」と強弁する、ちょっと頭の足りない人もいます。

 派遣が高く付くか安く付くかは会社次第なのです。額面給与は正社員と派遣社員で同じであったとしても、直接雇用であれば各種社会保険料を折半する義務がありますし、社員の通勤交通費ぐらいは会社負担が常識的です。それに加えて従業員寮や扶養手当など福利厚生の類、賞与や退職金の積み立てといった、法的に義務づけられてはいないコストも優良企業であるほど投じられているわけです。ついでに言えば、派遣社員には残業代を払っているけれど(派遣社員への不払いは取引先である派遣会社に対する不払いともなりますから)、直接雇用の社員にはサービス残業という会社も多いはずです。社員にも残業代を払い、福利厚生を充実させ、賞与と退職金を真面目に積み立てている会社にとっては、派遣会社に支払う3割のマージンなど安いものでしょう。一方、残業代は出さない、福利厚生の類はない、退職金などない、そういった会社からすれば派遣会社にマージンを支払わねばならない派遣社員は高く付くことになります。ある会社にとって派遣社員は安上がりで、別の会社にとっては高く付いたりするものなのです。そこで前者は派遣社員への置き換えに積極的であり、逆に後者は直接雇用中心だったりします。たしかに「(正社員)採用に積極的」な企業もあるわけですが、なぜ正社員採用に積極的なのか、その理由は気にかけるべきでしょう。

 他には一年中求人広告を出しているけれども採用実績のないカラ求人も、ハローワークに行けばたくさん見つかりますね。数値上の「中小企業の求人件数」を引き上げこそすれ、就職難にあえぐ学生の助けにはならない会社も無尽蔵にあるものです。あるいは、社員の「若さ」を前面に押し出している会社も往々にして採用に積極的だったりしますが、社員が若手ばかりというのは要するに「若い間しか働けない」会社ということでもあります。それでは派遣と大差ありません。たぶん「プラ経」の論者からすれば、中高年をどしどし追い出して若者に雇用機会を提供しているブラック企業こそ理想を体現する存在なのでしょうけれど、実際に働く側からすれば、いつクビにされるかわからない職場などアテにはできないわけです。不足しているのは派遣やブラック企業のように「若い間なら働ける」仕事ではなく、中年以降になっても安心して働き続けられる仕事なのですから。

 「中小にも優良企業はある」というのも「中小企業は採用に積極的」というのも、それ単独では誤っていないのかも知れません。ただし中小の優良企業が採用に積極的かと言えば、まったくそんなことはないはずです。採用に積極的なのは、採用されたとしても本人にとって決してプラスにはならないような、そんな会社であることが多いですから。統計上の就職難さえ解決できればいい、数値上の就職実績さえ積み増せればいい、就職する人自身の希望や幸せなど知ったことか、我慢しろ、わがままを許すな――そう言ってブラック企業へ人材を供給することに熱心な人が我が国の経済言論では主流派を占めているわけですけれど、その結果が失われた十数年であり、深刻化するばかりの社会的貧困であり、日本の経済的凋落だと言うことは自覚すべきだと思います。

 

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もう大人なんだからさ

2011-01-19 23:45:57 | ニュース

新成人実行委がアダルトグッズ、出席者に配る(読売新聞)

 愛知県豊田市で9日に行われた成人式で、新成人らで作る実行委員会が、市の補助金でアダルトグッズやわいせつなDVDを計約1万3000円分購入、一部の出席者に配っていたことがわかった。

 同市の成人式は26会場で開催。アダルトグッズなどは、このうち155人が出席した豊田産業文化センターで、式典後のビンゴゲームの景品として配られた。市は、同センターの実行委員会に56万円を開催費用として補助。景品代には約20万円が充てられ、新成人の委員らがディスカウントストアなどで購入した。市がレシートを確認したところ、アダルトグッズやわいせつなDVD計十数点が含まれていたという。各会場の運営には市職員も携わっているが、景品については「自主性を重んじてチェックしていなかった」(豊田市)という。

 これが問題扱いされるということが、本当の問題なんだと思います。景品代20万円のうち1万3000円分がエログッズだったそうですが、だからどうしたというのでしょう。残る18万7000円分の使途と何が違うのか、よく考えて欲しいものです。これが政治資金であれば使い道に厳しい制限が掛かるのは当然ですけれど、所詮は景品代です。エログッズではなかった残りの景品だって、くだらない代物に使われたという点では変わらないのではないでしょうか。くだらない景品のために補助金を使うのは許される一方、エロが絡んだらダメというのは随分と了見の狭い話です。

参考、変態だー!

 まぁ、とにかくエロはダメなんだという考え方は根強いのかも知れません。性的な要素の有無が、他の何よりも重大な基準として扱われるのも我々の社会の特徴の一つなのでしょう。「子ども」に黄色い声援を送り、「子どもらしさ」に魅力を感じ、「子どもっぽい」スポーツ選手やタレントに熱狂する、その一方で児童ポルノ「所持」規制には熱心なのが日本という国です。性的な要素の有無にかかわらず「子どもであること」を売りにする、「子どもらしさ」を期待する、子どもをビジネスに組み込むような在り方全般に見直しが必要であるように思われるのですが、世間一般の線引きはあくまで性的な要素の有無に重きが置かれています。

 そんなわけで、購入した景品にしても性的な要素の有無によって是非が判断されるようです。性的な要素が含まれていなければ、くだらない代物に補助金を費やしても特に問題視はされないけれど、それがエロ関係とあらば全国紙に取り上げられる、挙げ句の果てには市の責任さえ問われかねない問題に発展してしまうわけです。何だかなぁ、と思いますね。そもそも配った相手は「成人」なのです。成人向けグッズを配るのも成人のお祝いとしては趣があるというものではないでしょうか。それ以前に成人式で大張り切りしているような人には早婚多産なヤンキー文化の人が多いような気がします。結構、既に結婚していたり子どもがいたりする人もいるのではないでしょうか。そういう人たちに「これで子作りに励んでください」とエログッズを渡すのも一つの少子化対策というものです。

秋田で4年ぶり奇習「嫁つつき」 子宝願う小正月行事(共同通信)

 新婚夫婦が子宝に恵まれるようにと願い、集落の子どもたちが新妻を囲んで棒でつつく奇習「嫁つつき」が15日、秋田県にかほ市の大森地区で行われた。小正月行事として続いてきたが、最近3年間は同地区に新婚がいなかったため2007年以来、4年ぶりの再開となった。

 新婚夫婦がいる2軒のうち、農業今野正作さん(77)方では、座敷に通された小学生4人が棒で畳をたたきながら「初嫁出せじゃ」と連呼し、昨年9月に孫の会社員伸哉さん(24)と結婚した奈美さん(24)が着物姿で登場した。

 児童は「つつくは今だ」と奈美さんを囲み、何度も棒で周囲をつつくようなしぐさ。伸哉さんが「あとやめてけれ」と割り込んで行事は終了し、子どもたちはお菓子や餅などをもらった。

 ……これって、昔は子どもの役割ではなかったのでしょうね。子宝を願うと言うからには集落の年長者、既に子供を作る能力を証明している男たちが、木ではない棒で新嫁をつついていたものと容易に推測されます。とかく子孫繁栄とか子宝を願う類の伝統行事には、実はヤバイ感じのものが多いわけです。男性器を大々的にフィーチャーした「かなまら祭り」なんてのもあるわけですし、それを思えば成人式でエログッズを配るくらいは、なおさらご愛敬というものでしょう。むしろ、その程度のことで目くじらを立てる不寛容や純潔カルトの方こそ病理と見なされるべきです。

「セックス嫌い」が倍増 若い男性、やはり草食化(共同通信)

 16~19歳の男性の3分の1は、セックスに「関心がない」または「嫌悪している」との調査結果を、厚労省研究班が12日公表した。2年前の調査から倍増した。分担研究者の北村邦夫・日本家族計画協会クリニック所長は「若い男性の草食化を裏付ける結果だ」としている。セックスレスの夫婦も増え、40%を超えた。調査は昨年9月、16~49歳の男女2693人を対象に実施、57%から回答を得た。

 しかるに、こんな調査結果もあるようです。記憶に新しい東京都の性表現規制からも窺われるように、性的なものに対するネガティヴなイメージが、近年はとみに強まっているのかも知れません。そしてセックスヘイターの声が主流となる、性的潔癖主義が幅を利かせ、エロはすなわち悪として放逐の対象となる、成人にとってすらエロは避けるべき害毒として扱われ、性的なものからは無縁であることが要求されるようになるのでしょう。冒頭で挙げたニュースのような些事が問題視されることこそ、大いに問題と言えます。誰しも下半身に淫行の道具を備えて式に出席しているのですから、そこでちょっとばかりエログッズが振る舞われたからと言って大騒ぎするようなことではありません。

 

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「不適切な申請」など誤差の範囲に思えるのだが

2011-01-17 23:15:26 | ニュース

奨学金貸与基準、厳格化へ 文科省、両親の年収を合計(朝日新聞)

 文部科学省は、日本学生支援機構による大学生らへの奨学金事業について、新年度から貸与基準を厳しくする方針を決めた。貸与の判断材料になる学生の家庭の年収を、両親の合計で把握する。不景気で奨学金の希望者が増えるなか、経済的に困っている学生を正確に選び、支援する考えだ。

 学生支援機構の奨学金は無利子の第一種と、有利子(上限年3%)の第二種がある。貸与を決める際は学校での成績のほか、年収998万円以下(無利子奨学金で、私立大に通う4人世帯の大学生の目安)といった家計基準を満たしているかどうかをみることになる。基本的に自己申告だが、年収を証明する書類の提出が必要になる。

 この家計基準はかつては、世帯全体の収入の合計が対象だったが、貸与規模を拡大した1999年度、手続きを簡素化するために対象を「主たる家計支持者」の収入に限定。基本的に父母どちらか1人の収入が基準になっていたが、共働き世帯が増加しており、家計の収入状況を正確に把握できないと指摘されていた。

 年収が基準を超えないよう、父母のうち収入が低い方を「主たる家計支持者」と指定する不適切な申請もあることから、11年度から第一、二種ともに共働きの場合は父母2人の収入の合計を基準にするよう制度を変更し、それぞれの年収を証明する書類の提出が義務づけられる。

 奨学金は現在、大学生の3人に1人が利用している。第一種の場合、条件によって違うがおおむね月3万~6万円ほどが貸与されている。10年度の貸与人数は第一種が34万9千人、第二種が83万5千人。進学率の上昇や景気低迷を背景に人数は増加傾向が続いている。

 だが、特に無利子の奨学金には貸与枠に限りがあり、成績や現行の家計基準を満たしているのに奨学金を受けられない学生が、2万6千人ほどいるという。文科省は基準を満たす全ての学生に貸与できるよう枠を広げたい考えだったが、新年度政府予算案で認められたのは、9千人増にとどまった。

 家計基準を父母の合計収入に変更すれば、基準を超過する年収がある家庭が出てくるとみられている。文科省は基準変更によって、不適切な申請を防ぎつつ、本当に経済的に困っている学生に優先的に貸与できるようにしたい考えだ。

 「本当に経済的に困っている学生に~」と書けば聞こえは良いのでしょうけれど、どこか引っかかるものを感じないでもありません。あたかも不適切な申請のせいで経済的に困っている学生に奨学金が回らないかのような印象を与える記事ですが、その実態はどうなのでしょうか。本文で示されるところによると、無利子の貸与が34万9千人、有利子が83万5千人、そして奨学金を受けられない学生が2万6千人いるとのことです。奨学金で利子を取るなど言語道断ですので無利子分だけを分母にするとしても、奨学金の補足率は93%に上ります。15~20%と推計される生活保護の補足率に比べると、格段に優秀な数値ではあります。

 ともあれ奨学金を受けられない学生は2万6千人いるわけです。では、あたかもその原因であるかのごとく示唆されている「不適切な申請」とやらは果たして何人いるのでしょう? これは重大なことのはずですが、不適切な申請の存在はほのめかされるばかりで数値は一切、示されていません。数値化できるほどの数にはならないと言うことでしょうか。具体的な数値を挙げることなく、ただ不正の存在を匂わすことによって、その不正が原因で必要な人に奨学金が回らないかのごとく思い込ませるとしたら――その辺は生活保護行政と似たような狙いがあるのかも知れません。

 生活保護の不正受給の総額は約90億円、一方で生活保護費の総額は2兆5000億円程度ですから、その不正受給の占める割合は全体の0.36%程になります。つまり不正受給の存在は誤差の範囲レベルで財政的には何ら影響がない、不正受給があろうとなかろうと必要な人に行き渡らないことには変わりがないのです。しかるに、この不正受給の金額と生活保護費の総額が並べて報じられることは皆無と言っていいでしょう。必ず片方だけ、大抵は不正受給額の方だけが単独で取り上げられるわけです。そうなると、それが全体から見れば微々たる額でしかないことに気づかれなくなります。その結果として「不正受給者がいるから本当に経済的に困っている人に生活保護が回らない」などという事実に反するイメージが作り上げられてきました。この誤ったイメージに沿って国民の脳内では不正受給者像が肥大化し、そこに責任がなすりつけられることで行政の根本的な不備が免罪されてきた、それが生活保護制度と言えます。

 奨学金に関しても、生活保護と同様のペテンを狙っているのかも知れません。つまり不適切な申請(不正受給者)の存在を示唆することで、あたかも受給できない人がいるのは不正を働く輩がいるからだと錯覚させる、それによって行政の不備から目を逸らせようとするわけです。不適切な申請とやらが全体の中でどの程度の割合を占めるのか、それを明示しようとしない辺りは生活保護行政における不正受給者の扱いと同質のものを感じさせます。不適切な申請者のせいで、本当に経済的に困っている学生に奨学金が回らないのだ――そう国民に思ってもらうことに成功すれば、行政側が非難に晒される恐れはなくなる、行政側にとっては好都合ですから。

 ちなみに「年収998万円以下」が家計基準として挙げられています。しかるに年収が1000万円を超える世帯は全体の13%程度、つまり「年収998万円以下」という申請基準を満たさない世帯は13%しかいないのです。母集団が僅かに13%しかいないのなら、必然的に「不適切な申請」の占める割合も少ないと見るのが自然と言えます。

 そもそも給付ではなく貸与でしかないくせにケチ臭いことを言うなとか、この超低金利時代に学生から利子を取るなどは貧困ビジネスの域ではないのかとか、まぁ不満に感じるところは少なくありません。でもまぁ、世界経済フォーラムでは高学歴の人材不足が懸念される中(参考)、学生への投資を惜しみ、貧乏人は進学せずに働けと説くのが日本社会です。次代を担う若手に勉強させるよりも、変に知恵を付けないで欲しい、安価な単純労働者であって欲しいと願うのが日本経済でもあります。そういう中では奨学金という未来への投資も歓迎されない、むしろ抑制の対象とみなされるものなのでしょう。

 

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カンフル剤中毒

2011-01-15 22:32:25 | ニュース

国家公安委員長に中野氏=江田氏が法相-菅再改造内閣、今夕発足(時事通信)

 菅直人首相は14日夕、菅再改造内閣を発足させる。これに先立ち、官房長官に決まった枝野幸男民主党幹事長代理(46)が閣僚名簿を発表。岡崎トミ子国家公安委員長(66)が退任し、後任に中野寛成元衆院副議長(70)を、古川元久官房副長官(45)に代え、藤井裕久元財務相(78)をそれぞれ充てることとなった。再改造内閣の顔触れをみると、法相に起用された江田五月前参院議長(69)を含め新任4人、横滑り2人、11閣僚が留任で、小幅の改造にとどまった。参院議長経験者の入閣は初めて。

(中略)

 岡崎氏に関しては、野党からテロに関する警視庁の内部文書が流出した事件の責任を問う声が上がっていた。新任は中野、江田、枝野の各氏のほか、たちあがれ日本を離党して経済財政担当相に起用された与謝野馨元財務相(72)。中野氏は拉致問題と公務員制度改革も担当する。

 海江田万里経財相(61)は経済産業相に、大畠章宏経産相(63)は国土交通相に玉突きで異動。仙谷氏と同様、参院で問責決議を可決された馬淵澄夫国土交通相(50)は閣外に去った。前原誠司外相(48)、野田佳彦財務相(53)、民主党政調会長を兼ねる玄葉光一郎国家戦略担当相(46)、国民新党の自見庄三郎金融・郵政改革担当相(65)、民間出身の片山善博総務相(59)ら他の閣僚や参院の福山哲郎(48)、事務の滝野欣弥(63)両官房副長官は続投することとなった。 

 この内閣改造で早くも支持率が上昇に転じたという話も聞きますが、遠からず元に戻るでしょう。それでも内閣改造というカンフル剤に頼る辺りは、ますます以て末期自民党政権と似てきたように思います。まぁ内閣改造と言いつつ留任や横滑りが多く、新任は4人と意外に小幅な改造ではありますが、どの辺から突っ込んだらいいのか迷うところです。

 まず官房長官が仙谷から悪しき隣人である枝野に変わりました。枝野のアホだけは勘弁してくれ、と思わないでもないが、冷静に考えてみれば枝野以外の誰が起用されようと最悪であることには変わらない気がするのでなおさらどうしようもありません。まぁ仙谷は小泉カイカクを右から批判していた輩で、その官僚嫌いも合わせて本来ならみんなの党辺りとよろしくやっている方が自然な人物、沖縄に向けて米軍基地を甘受せよと説くなど左派からすれば決して容認できない政治家ではあります。その実質的な罷免は歓迎できなくもないですけれど、そこに至るまでの流れはどうなんでしょう。フィクションと現実の区別が付かない人々からサヨクと設定されて嫌われていたようですけれど、そんな脳内設定に基づく批判に応えるような形で政治家がポストを追われるというのは、何とも呆れる話です。学生運動をやっていた時期があるからサヨク、その仙谷を重用する菅内閣は左翼政権というのなら、共産党活動歴のあるナベツネは今でもコミュニスト、読売新聞は共産党機関誌と言うことになりそうなものですが。

 もう1人、フィクションと現実の区別が付かない人々から嫌われた閣僚であった岡崎トミ子氏も任を解かれ、後任には旧民社系が入ることになりました。法相としての適性が皆無だった旧民社の柳田氏が先だって閣僚を辞したこともあり、旧民社系の政治家にポストを与える必要もあったのでしょう。まぁ拉致問題担当のポストに右派が据えられるのは既定路線で、岡崎氏の起用の方こそ気の迷いだったのかも知れません。ちなみにこの人事異動の結果として新内閣の女性閣僚は蓮舫のみとなりました。鳩山政権発足時から一貫して、民主党政権は女性閣僚の起用に消極的に見えます。単に女性の頭数を増やせば済むものではないにせよ、こういうところにも民主党と自民党の同質性は窺えるはずです。

 目新しいところでは与謝野馨の入閣があります。菅首相自らが明言したように菅と与謝野の考え方は共通性が高い、それは私も同意するところです。とはいえ昨今では政策の共通性よりも政治家同士の好き嫌いや党利党略の方が優先されるだけに、かなり意外な結果にも感じました。たとえば新官房長官の枝野がみんなの党に秋波を送っては肘鉄を食らうような一幕もあったわけです(参考)。確かに、みんなの党と枝野の政策的な距離は非常に近いでしょう。しかし「民主党なんかと組めるか!」という感情論が勝った結果として連携は拒絶された、落ち目の与党に付くより与党批判の受け皿であり続けた方が党利に叶うという判断が勝った結果として連携は拒絶されたのではないでしょうか。民主、自民、みんなと似たような政策の党が幅を利かせているからこそ、政策論議ではなく「我こそが真の改革者だ」と訴えるような不毛な主導権争いや与党の不祥事をつつくようなことしかできなくなっている点は否定できないはずです。そんな中でも好き嫌いや損得勘定を抜きにして、政策的な共通性から入閣を選んだ与謝野の決断は政治家として筋の通ったものだと思います。政策的には何一つとして賛同できる相手ではありませんが、政策本意で行動しているだけでも今時は貴重ですから。

参考1、無能な経営者の考えそうなこと

参考2、デマに媚びるな

参考3、悪いのは相手だとしても

 ちなみに新官房長官の枝野を端的に評するなら、「考えが足りない人」と言ったところでしょうか。前任の仙谷が菅内閣の「サヨクという脳内設定(曲解)に基づいて批判される」という一面を代表する人物であるとすれば、枝野は菅直人の「ええかっこしい」の部分を象徴しているように思えます。あまり物事を深く考えない、というより政策的な芯がない、その場その場でウケの良さそうな、とりわけネット世論に受けが良さそうな言動を選んでしまう傾向があると言えるでしょう。中国を声高に非難すればウケは良いけれど、その結果までは考えない、公務員を叩けばウケはよいけれど公務員削減の影響までは考えが及ばない、それが枝野です。しかるにネット世論に近い立場を取りながら、菅や仙谷のようにサヨクと設定されてネット上では叩かれる、そういう憐れな末路を枝野も辿るような気がしないでもありません。

 

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極東戦線異状なし

2011-01-14 23:32:05 | ニュース

死体遺棄容疑で沖縄のIT社長夫婦を逮捕 社員暴行し死なす「勤務態度悪かった」(産経新聞)

 沖縄県警は2日までに、経営するIT関係会社の社員とみられる男性の遺体を同県南城市の山林に捨てたとして死体遺棄の疑いで、会社社長、真田由紀則容疑者(42)=同県浦添市港川=と、妻の美貴容疑者(42)の2人を逮捕した。

 2人の逮捕容疑は、2009年3月下旬~4月上旬の間に、共謀して同県南城市の国道331号沿いの山林に男性の遺体を遺棄した疑い。美貴容疑者の供述から、県警が1日に遺体を発見した。

 県警によると、由紀則容疑者は「勤務態度が悪かった」と容疑を認め、美貴容疑者は由紀則容疑者が男性を暴行して死なせ、遺体を遺棄したと話している。県警は遺体は男性とみて確認を急いでいる。

 

暴行は「教育の一環」と供述…白骨2遺体事件(読売新聞)

 埼玉、群馬両県にまたがる神流(かんな)湖岸で、新潟県南魚沼市、土木作業員佐野 航(わたる)さん(当時19歳)とみられる白骨遺体など2遺体がみつかった事件で、佐野さんへの傷害容疑で逮捕された建設土木・人材派遣会社の社長更科 朗(ほがら)容疑者(35)と従業員の計5容疑者の一部が、新潟、埼玉、群馬3県警の合同捜査本部の調べに対し、「教育の一環だった」などと供述していることが12日、捜査幹部への取材でわかった。

 佐野さんは更科容疑者の会社に勤めており、2009年12月中旬~10年2月下旬頃、勤務先で、拳や木刀で殴られるなど日常的に暴行を受けていたとみられている。5容疑者の中には、「手は出したが、道具は使っていない」などと供述する者もいるという。

 合同捜査本部は、もう1人の遺体は行方不明になっている佐野さんの同僚男性とみて、両遺体の身元特定を急ぐとともに、死亡した経緯を慎重に調べている。

 

<賃金未払い>09年、最多2万7133件 解決率も最低水準--厚労省調査(毎日新聞)

 全国の労働基準監督署に09年、労働者から申告があった賃金未払い件数が2万7133件に達し、過去最多を記録したことが厚生労働省のまとめで分かった。前年からの繰越件数を含めた3万602件のうち、是正勧告により支払われた解決件数は1万4868件(48・6%)で少なくとも05年以降では割合は最低で、08年秋のリーマン・ショックが与えた影響の深刻さが浮き彫りになった。

 同省のまとめによると、賃金未払いの新規申告件数は、99年は1万7125件で10年で約1・6倍に達した。09年の新規申告総額は229億9100万円。総額は「ITバブル崩壊」の影響を受けた02年などに、より高額化したことがあり、比較的賃金の安い中小企業で賃金支払いが滞っている現状が浮かぶ。

 前年からの繰り越しを含めた未払い賃金259億700万円のうち、是正勧告により賃金が支払われたのは69億6900万円で、額面上の「解決率」は26・9%。10年に繰り越された分などを除く1万1784件(148億4200万円)は倒産、是正勧告に従わなかったことによる書類送検、事業者の行方不明などで労基署では「解決不能」と判断された。厚労省によると、90年代前半のバブル崩壊以降、解決不能の割合が増えているという。

 

極東戦線異状なし、報告すべき件なし

 

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