非国民通信

ノーモア・コイズミ

左派政党がこの先生きのこるには

2010-07-31 22:58:06 | 編集雑記

 先の参院選では共産党が1議席減、社民党は2議席減になりそうなところを最後の滑り込みで何とか1議席減に止まったわけですが、こうした流れはいつまで続くのでしょうか。共産党はまだしも、何とか1議席減で踏みとどまったはずの社民党は辻元清美が離党、完全にジリ貧です。辻元氏に関しては消費税増税を容認する発言が記憶に新しいところで、元より社民党の方向性とは相容れない部分もあったようなことも聞きますが、ともあれ党勢という面では非常に厳しい事態に追い込まれたと言わざるを得ません。

 まぁ社民党は仕方ないとして、共産党はどうでしょうか。中には真摯に敗因を分析して今後を考えている人もいれば、これ見よがしに共産党批判をぶち上げているだけの人も多いです。上から目線系のアドバイザーに典型的な論旨としては、左派政党を「反戦や平和のみを掲げている~」みたいに矮小化して認識した上で、それではダメだからもっと○○や△△を訴えろとか、あるいは消費税に反対するだけではなく別のビジョンを示せみたいな類が挙げられます。しかし、その手の論者の設定とは裏腹に共産党は反戦や平和以外にも色々と言及してきた、消費税増税に反対するだけではなく累進課税強化の必要性も語ってきただけに、この辺の批判は不毛である以前に、現実に対応できていません。そこから先を考えないことにはどうにもならないでしょう。

 ある種の「歩み寄り」的なものを求める意見もあります。たとえば議員定数削減に反対するような一部の政治に理解のある人にしか支持の得られない主張を前面に出すのではなく、もっと幅広い層に訴求できるものを押し立てるべきだと、そういった感じの提言をする人もいます。ただ、有権者に合わせて政策の力点をずらすことがどれだけ効果的なのかは甚だ疑問を感じないでもありません。どうも上から目線系アドバイザーはみんなの党の成功に倣うことを想定している、それで成功できると確信しているようですが、むしろ国民新党や新党改革、日本創新党の失敗からも学ぶ必要があるような気がします。

 先の参院選における国民新党は、紛れもない極右政党でした。経済や雇用政策面の左派的な部分は表に出さず、「バカでもわかる」ような部分=真性保守としての要素を強調していたわけです。結果は無残にも当選0、全滅でした。あるいは新党改革、日本創新党はどうでしょう? こちらは痛々しいまでのポピュリストが率いる党であり有権者に媚びるような主張も目立ったわけですけれど、新党改革がかろうじて1議席を確保しただけで他は全滅です。ちょっと有権者に「歩み寄り」を見せたところで、それは民主・自民・みんなに次ぐ「四番煎じ」以下でしかありません。そこで下手に共産党が主張を劣化させて、素人ウケしそうな部分を強調して見せたとしたら……逆に埋没の度合いを深めてしまうように思えてならないのです。

 むしろ学ぶところがあるのは、自民党なのかも知れません。なんと言っても自民党は得票数を減らしながらも議席を増やしたわけです。もちろん得票数を増やすことこそ王道ですが、得票を議席獲得につなげるための戦略、選挙区の絞り込み方などは党の規模の違いこそあれ、参考にすべきところはあるのかもと思います。

 根本的に、有権者に左派が少ないとも言えます。故に左派政党が左派である限り、得票には限界があるのかも知れません。有権者は経営者の目線で考える、政府の財政を何より憂慮しているとしたら、労働者目線の政策を掲げる政党が支持を得られるはずもありませんし、国民の家計を考える政党が得票を伸ばすこともまた困難ですから。かつて社会党はそれなりの議席を持っていましたが、それは左派として集めた票によるものだったかは再考する必要がありそうです。むしろ都市部の富を公共事業で地方にばらまく土建型政党=古い自民党への批判が、都市型政党としての社会党に集約されていたとも考えられます。社会党が強かったとしても、それは左派政党が強かったのではなく、都市型政党が強かったのではないか――

 小泉内閣以来、地方をばっさりと切り捨てた代わりに自民党は都市部や若年層の支持を取り付けることに成功しました。逆に切り捨てられた地方の票を拾い集めていったのが小沢一郎であったと言えますが、政権交代後のゴタゴタで地方の票は再び自民党へ、一方で都市部の票は「自民はもうダメ、民主でもダメだった、では次は~」という形でみんなの党へ流れていったところでしょうか。元より左派のファクターは有権者にとってあまり重要ではなかったように思います。結局、国民が変わらない限り選出される政党に期待されるものは変わらない、左派政党にできることは地道に国民を説得していくしかないような気がします。左派が左派として票を集めるには、いかに国民を変えていくかを考えていくしかありません。国民と根本的に考え方の異なる党が自他を偽ることなく多数派となる、そんなことを可能にする特効薬などないですから。

 

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環境に悪い政策

2010-07-30 23:06:52 | ニュース

高速無料1カ月、思惑通りには…車両倍増、渋滞の裏目も(朝日新聞)

 高速道路の一部区間で無料化の社会実験が始まって28日で1カ月。無料区間の交通量は倍増し、沿線の観光地はマイカー族でにぎわう。半面、連休には各地で渋滞が発生。高速バス会社からは悲鳴が上がり、物流業界の反応も冷ややかだ。民主党の目玉公約だが、その効果を見せつけるところまでは至っていない。

(中略)

 無料化1週間の時点で無料50区間の平均交通量は1.8倍に増えたが、渋滞は平日で2~5区間、休日で8~11区間と局地的だった。ところが3連休中の18日は20区間で渋滞が発生。舞鶴若狭道上りの24.2キロを最長に、ほとんど渋滞がなかった山形道でも海水浴客らで最長12キロに達した。

 渋滞の影響を最も受けるのが高速バスだ。山交バス(山形市)が運行する高速バスは3連休中、山形道で渋滞に巻き込まれ、2日続けて1時間半から2時間の遅れが出た。無料化でバス自体の通行料は節約できるが、大友茂之取締役営業部長は「定時運行が守れなければ乗客は減る」と渋い表情だ。

 鉄道にも影響が出ている。一部無料化された京都縦貫道と並行する北近畿タンゴ鉄道は、団体での鉄道利用に高速料金分を返金するキャンペーンなどで生き残りを図る。

 民主党は高速無料化の最大の効果を「物流コスト引き下げによる地域活性化」としてきたが、物流業界に効果が浸透しているとは言い難い。

 ほぼ県内全域が無料化された山形県で、特産のサクランボなどの運送を手がける庄内市場運送(酒田市)の上林孝佳社長は「物流にとって(無料化の)プラスはない」と言い切る。「渋滞で(到着)時間が読めなくなった」。生鮮品だけに、もし運送に遅れが出れば、会社の信用に傷が付きかねないという。

 民主党の目玉政策の中では最も賛同が少ない部類に入る高速無料化ですが、色々と弊害も出ているようです。もちろん歓迎する声もあるわけですけれど、トータルで見ればどうなのでしょうか。民主党は「物流コスト引き下げによる地域活性化」を掲げている一方、高速道路に一般利用者がなだれ込むことで高速道路の渋滞が頻発、運送に遅れが発生するリスクも高まっていることが伝えられています。無料化は物流事業者限定にしておくべきではないのかと、そう思わないでもありません。

 料金を理由に高速道路の利用を控えてきた人々にとってはメリットがある一方で、普段から高速を利用してきた人にとっては利用者増に伴う渋滞の増加というデメリットがある、また高速と競合する公共交通機関にとっては利用者減の恐れがあるわけです。まぁ、何もかもが上手く行く政策というのはなかなか難しいだけに、ある一方のメリットためにもう一方のデメリットはやむを得ない、トータルで見た場合にプラスになれば良いとするのも政治判断として認めたとしましょう。ただ「トータル」でプラスにするための整合性のとれた構想が民主党にあったのかどうか、その辺は甚だ疑わしいところです。

 たとえば民主党は温暖化ガス排出量の削減なども掲げてきたわけです。そのためには、自動車利用の増加や渋滞は絶対にダメですよね。公共交通機関を衰退させるような政策も当然NGです。長距離輸送でしたら一般道をダラダラ走らせるよりも高速道路を一気に駆け抜けさせた方が環境には優しいですので、物流事業者を対象に高速無料化とするなら温暖化ガス排出量削減とも矛盾しません。しかし、個人利用者ともなれば話は別です。公共交通機関を利用する代わりに個人で自動車を走らせれば当然ながら環境負担は大きくなりますし、高速道路が渋滞すればなおさらムダは増えます。民主党が本当に環境のことを考えているのなら、この政策は明らかな矛盾でしかありません。トータルでプラスになるどころか、お互いに足を引っ張り合っているだけです。

 小さな政府を目指していながら、結果的に歳出を増やしているのが近年の国政でもあります。民主党だって公務員削減と歳出削減を看板に掲げた、紛れもなく小さな政府を志向する政党ですが、最終的な歳出は増大しました。この辺もまた自民党時代と一緒です。結局、全体を包括するビジョンに乏しいまま、その場その場で良い顔をしていると、それぞれの政策が足を引っ張り合う結果にしかならないのでしょう。自動車利用者の前では高速無料化を唱い、財界人の前では法人税減税を約束し、子育て世代の前では子ども手当をアピールする、国際社会に向けては温暖化ガス排出を宣言する等々、それぞれ訴求する対象のウケは悪くないのかも知れませんが、全体で見た場合に整合性がとれているかというと首を傾げざるを得ません。

 

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回収しやすい税と、そうでない税

2010-07-29 22:57:49 | ニュース

法人税や所得税など、滞納額大幅減…税収減で(読売新聞)

 2009年度に新たに発生した法人税や所得税などの国税の滞納額が、前年度比16・8%減の7478億円で、大幅に減少していたことが27日、国税庁のまとめでわかった。

 申告などで課税された税額を示す徴収決定済額も41兆9459億円で、前年度より9・7%減少しており、同庁では、景気低迷による税収減が滞納額の縮小につながったとみている。

 発表によると、滞納残高は11年連続減少の1兆4955億円で、このうち消費税が約3分の1の4419億円だった。

 国税の滞納額が減っているそうです。徴収決定済額41兆9459億円に対して、滞納額は前年度比16.8%減の7478億円だとか。徴収決定済額が9.7%減少したことを差し引いても、滞納が大幅に減っていることがわかります。そこで徴収額に対する新規滞納額の割合を計算してみると2%弱になる、滞納残高ベースで見ると3.5%程になるわけですが、この数値を皆様どうご判断されますでしょうか?

 私が以前に働いていた会社では、売掛金の未回収は2~5%くらいありました。滞留額が2%程なら業界標準からするとかなり優秀らしく、このラインを目標に頑張れということでもありました。そして国税の滞納額は4%を切るラインにある、新規発生は2%以下に抑えられているわけでわけで、まぁ民間企業の感覚からすれば上出来と言えそうです。しかし、中にはもっと徴収が上手く行っている分野もあります。たとえば、総額4000億円余のうち滞納額は20億円程度に収まっている、僅かに0.5%の滞納しか許していない領域もあったりします。これと比べると国税の徴収や民間企業の債権回収は甘いのかも知れません。

 ちなみに、総額の内0.5%しか滞納の発生していない分野とは、学校給食費のことです。世の中には各種の税金を滞納する大人がそれなりにいるわけですけれど、給食費を滞納する人は格段に少ないことがわかります。国税は滞納しても、給食費だけは何とか納めている、そういう人が多いのでしょう。給食費を納めるのと同程度の納税意識、給食をを納めるのと同程度の支払い意識が事業者や国民に浸透していれば、国税や売掛金の滞納額も随分と減りそうな気がします。

 ちなみに滞納残高に占める消費税の割合は約3分の1に上ることが伝えられています。しかし、消費税の徴収額は国庫分で9兆円台です。徴収決定済額の4分の1にすら届きません。徴収額は4分の1以下なのに滞納額は3分の1、ちょっと釣り合いがとれていないように見える、徴収額に対して滞納額がかなり高めと言えます。俗説によると消費税は「取りやすい税」「確実に徴収できる税」「取りっぱぐれのない税」みたいな言い方をされますけれど、それはどこまで現実に符合しているのでしょうか? とりあえず明らかなのは、消費税とは徴収額の割に滞納額が大きい税ということです。それはつまり、消費税とは回収しにくい税、徴収効率の悪い税であることを示しているのではないでしょうかね。

 

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エエカゲンではいられない

2010-07-28 22:59:44 | ニュース

7月27日付 天声人語(朝日新聞)

 数学者の森毅(つよし)さんは京大の教授だったころ、授業で出席をとらなかった。あるとき、出席をとってほしいと学生が言ってきた。単位取得に出席を考慮してほしい、ということらしい。そこでこう答えたそうだ▼「よっしゃ、出席してないヤツは少々答案の出来が悪くても同情するけど、出席したくせに出来の悪いのは容赦なく落とすぞ」。学生は黙ってしまったそうである。自身、学生のころよくサボった。父親には「学校を休んだ日は、学校へ行くより充実した一日を送れ」と言われていたそうだ▼さまざまな逸話や、社会問題へのユニークな発言で「最後の名物教授」と親しまれた森さんが亡くなった。退官後は自ら「老人フリーター」や「言論芸能人」と称していた。自分にも他人にも、自由と放任を貫いた人だった▼発言はしなやかで飄々(ひょうひょう)、ときに過激でもあった。だが姿勢は一貫していた。「新しいことを始めるには優等生だけではだめ。突拍子もないことを言い出すのは、大抵はスカタンですわ」。はみ出しがちな人への愛情が言葉の端々ににじんだ▼『エエカゲンが面白い』『まあ、ええやないか』『ぼちぼちいこか』……。肩の力を抜いた著書名の数々は、人生の達人からのエールでもあったろう。「元気になれ、がんばれというメッセージが多すぎる」と案じてもいた▼入学から就職まで最短で駆け抜ける今の大学に、さぞ苦言は多かったに違いない。「予定通りの人生なんてそうあるもんやないよ」。享年82。あの柔らかい関西弁がどこからか聞こえる気がする。

 先日亡くなった数学者の森毅氏が取り上げられています。「最後の名物教授」などとも紹介されているわけですが、この辺はどうなのでしょうね、「名物教授」と呼べるようなタイプが今の大学では絶滅してしまったのでしょうか。たしかにまぁ、型にとらわれないタイプは居場所を失いがちです。「新しいことを始めるには優等生だけではだめ」『エエカゲンが面白い』とのことですけれど、研究計画にエエカゲンな部分など残していようものなら事業仕分けで晒し者にされて潰されてしまう、そうでなくとも予算削減の対象にされてしまう時代でもあります。名物になれるような、ちょっと変わった人間は地位を得られなくなっているところはあるのかも知れません。

 それはさておき、冒頭のエピソードはいかがでしょうか。出席をとってほしいと訴える学生に「よっしゃ、出席してないヤツは少々答案の出来が悪くても同情するけど、出席したくせに出来の悪いのは容赦なく落とすぞ」と答えたそうです。学生側は出席を評価して欲しかったのでしょうけれど、まぁ大学ってのは本来、出席することが目的ではないですからね。どれほど出席したところで何も身につけていなければ意味がない、大学が勉強するところであるならば、そういう評価も当然と言えます。大学が就職の前段階の一つであるならば、何も身につけておらずとも卒業のための要件を満たす=単位を取得することが目的になるのかも知れませんが……

 ちょっと前のことになりますが、どこかで議会を監視しているオンブズマンがいるというニュースを見た記憶があります。議員の出席状況や議会での態度、途中で退席していないかなどを逐一チェックしているのだとか。そうでなくとも議員報酬に関しては出席日数に応じたものにすべきだとか、議会への出席日数が少ないことを理由に議員報酬が高いと主張する人がいたりするわけです。どうやら大学はおろか議会ですら「出席点」で評価される時代のようです。この辺、森毅氏はどう思っていたのでしょうか。むしろ議会に顔を出しているだけで何もしていない、ただ賛成票を投じているだけの議員にこそダメ出しした方が良いのではないかという気すらしてきます。「議会を休んだ日は、議会へ行くより充実した一日を送れ」と。

 むしろ出席した人を高く評価することよりも、欠席した人を罰して欲しいという思いが強いようにも見えます。出席そのものが負担という意識が強くて、自分は嫌でも必ず出席しているのに、その負担から免れている奴らがいる、自分と奴らが同等に評価されるとしたらおかしい、奴らは低い評価を与えられるべきだ――そうした考え方が根底にあるからこそ、大学にせよ議会にせよ、出席を基準とした評価(欠席を理由とした減点)が望まれるのでしょう。本当に勉強したがっているなら出席は負担ではないはずですが、出席による評価を求める学生は森毅氏の授業に出席することを苦痛に思っていることが窺われます。自分が本当に勉強したい科目もあれば、必修なので履修せざるを得ないだけの科目もあるだけに、後者の部分では出席による評価を求める気分も理解できないではありません。ただ本当に勉強したいのであれば、授業に出ないことこそが損です。損した人には同情するけれど、損をしていない、ちゃんと授業を聞く機会があったくせに答案の出来が悪い奴には容赦しない、これも一理ありそうです。

 

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役に立たない就職支援の例

2010-07-27 22:59:03 | ニュース

人模様:長続きする就職のために--高山千代子さん・田嶋裕美さん・秋元真理さん(毎日新聞)

 就職後すぐ辞めてしまう「早期離職」が問題になっている。高卒だと3年以内に離職する人は5割。人材派遣会社で同僚だった高山千代子さん(41)、田嶋裕美さん(36)、秋元真理さん(32)は、若者の離職を防ごうと、以前の職場に近い埼玉県立深谷商業高で就職指導のボランティアを続けている。

 3人が同じ職場にいた3年前。2、3年で離職した経験がある人は、派遣先での仕事が長続きしない傾向があることに気づいた。仕事の向き不向きより、職場での人間関係がうまくいかなくて辞めたケースが目立った。「社会でのルールやコミュニケーション能力を身につけていれば、辞めずにすんだのでは」。派遣業での経験を還元したいと、就職支援の環境が不十分な高校生の支援を始めた。

 指導では、具体的な人生設計の仕方など、「就職後」に力点を置いている。景気低迷で厳しい時代だが、「社会人としてまず大事なのは、与えられた仕事をやり抜くこと。それができれば次のキャリアにも生きてきます」。

 就職支援と言えば聞こえは良いですが、何かとツッコミどころ盛りだくさんの記事です。名前の挙げられている3名は元・派遣会社の同僚とのこと、この人達はどれだけ長く会社にいたのでしょうか。高山千代子さん(41)はともかく、秋元真理さん(32)も既に派遣会社から離れているとしたら、年齢的にそれほど長く在職していたわけではない、割と早期に会社を辞めた人ではないかとも推測されます。そうでなくとも派遣会社の営業は割とよく辞める印象があります。派遣社員が雇い止めになるより先に、派遣会社の担当営業の方が退職してしまうなんてことも何度となくありました。どこも営業は激務ですからね。まぁ30代にして離職した人々が自身の経験から、「自分とは同じ道を歩ませないように」語るのであれば説得力がないわけでもないでしょう。

 そもそも「派遣先での仕事が長続きしない傾向があることに気づいた」などと宣っていますけれど、長く続けようとしても遠からず切り捨てられるのに長続き云々もないものです。頑張ったところでいずれは契約を打ち切られるのですから、嫌なことがあったら早めに見切りを付けて別の職場を探すのが当たり前であり、それこそ環境に適応した行動と言えます。そうした実情を無視して「社会でのルールやコミュニケーション能力」などと手垢にまみれた決まり文句を持ち出されたところで、何を今さらとしか言いようがありません。使い古しの俗流論に頼るより前にもうちょっと自分の頭で考えろ、今まで重視されてこなかった部分にも目を向けてみろと、むしろこの3人に対して指導が必要な気がします。

 「社会人としてまず大事なのは、与えられた仕事をやり抜くこと」などとも語るわけですが、「与えられた仕事をやり抜く」ことで相応の評価が得られるのでしょうか。与えられた仕事をやり抜いたところでどうせ使い捨てにされることには変わらないのに(そうでなくとも「与えられた仕事をやるだけじゃダメだ! 自分から仕事を探せ!」と罵倒されるのがオチです)、それを「社会人として大事」などと平然と口にできるのは、いかにこの人達が「働かせる」側の立場だけでしか物事を見ていないかを明確に表しています。「働く」側にとって「与えられた仕事をやり抜く」なんてことは何の対策にもならないのですから。

 だいたい、派遣会社の営業だったら実体験として理解できそうなものです。自分が誠実に仕事をしたところで、派遣先企業の思惑一つで契約を打ち切られる、約束を反故にされるなんてことは日常茶飯事だったはず、派遣社員だけではなく派遣会社の営業だってそれなりにダメージを負ってきたはずです。自分がどれだけ与えられた仕事をやり抜いたところで報われるとは限らない、逆に利用されるだけ利用されて捨てられるリスクには常に晒される――こうしたことは派遣会社側の人間だって「働く」立場としては味わってきたはずなのです。そうした環境でいかに生き抜くかこそ、これから就職しようという学生には必要なことなのではないでしょうか。「与えられた仕事をやり抜く」ことを教えたところで、企業の役には立っても労働者の役には立ちません。必要なのは、与えられた仕事をやり抜くか否かではなく、自分を守るための方法論です。

 

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おまけ ↓こういう状況↓に対応できて初めて、意味のある就職支援と言えます

働くナビ:IT業界で働く、若者の環境は。(毎日新聞)

 同じく大学院を出て「未経験可、正社員募集」の求人で採用された女性(30)は、実は正社員ではなく、契約社員として扱われていた。入社後、コンピューターの研修を受けている期間は賃金が支払われず、日雇い派遣で生計を支えながら研修を受け、仕事ができる日を待った。

 初仕事では、いきなり膨大な量の作業を命じられた。細かいミスをしただけで人格を否定するような言葉が容赦なく飛んでくる。心が縮んでしまう日々を繰り返すうち、うつ病になった。自殺願望が強くなり、「つらいので仕事を休みたい」と言うと、「契約社員なんだから我慢しろ」と言われ、初めて正社員ではなかったことを知った。うつ病のダメージは大きく、今も働くことができない。女性は「初めての仕事でこんな扱いをされて、もう働くことが怖い」と目を伏せた。

 別のIT関連組合のベテラン組合員は、こうした労働の背景を「コンピューターは技術の進歩が速いことなどもあり、企業は大量に労働者を採用するが、大量に辞める。実際、毎年半分近くは1年で辞めたり、辞めさせられたりする」と指摘する。技術者が育成されず、定着率も低くなり、偽装請負や違法派遣などが横行する土壌があるという。特に複数の企業が間に入る多重派遣による中間搾取が行われ、労働者は厳しい状況で働きながら低賃金を強いられたり、派遣料金を巡るトラブルに巻き込まれるケースも少なくない。

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勉強する場所は減るばかり

2010-07-26 22:55:06 | ニュース

27国立大が消える?=交付金減なら「知的基盤破壊」―概算要求に向け、協会試算(時事通信)

 政府の2011年度予算概算要求をめぐり、86の国立大学法人でつくる国立大学協会(会長・浜田純一東大学長)は24日までに、運営費交付金の1000億円規模での削減が懸念され、27大学が消滅しかねないとの試算をまとめた。「国の知的基盤を破壊する」として、削減対象から外すよう求めている。

 政府は社会保障費の自然増1兆3000億円を容認する一方、国債費を除く歳出を今年度並みの71兆円以下に抑える方針。同協会関係者は、運営費交付金が10%前後削減され、1000億円減となることも予想されるとしている。

 同協会によると、日本の高等教育への公的支出は現時点でもOECD(経済協力開発機構)諸国で最下位。交付金は過去6年で計830億円削減され、今年度は1兆1585億円だった。企業からの受託研究を増やすなどして対応しているが、研究者からは「成果が出るまで時間のかかる基礎研究が難しくなった」との声が上がる。

 1000億円が削減されれば、小樽商科大の15億円を始め、福島大35億円など交付金が少ない大学順に合計すると、27大学分に相当するという。実際には各大学の交付金がほぼ一律に削減されるとみられる。

 東北大は「教員を400人解雇するか、53万円の授業料を75万円に値上げしなければまかなえない額」と分析。27大学の1校で、52億円の交付金を受けた愛知教育大の松田正久学長は「既に教員を削減し、光熱水道費も削った。さらに減らせと言われても難しい」と顔を曇らせた。 

 引用記事でも指摘されているように日本の高等教育への公的支出は著しく小さいわけですが、にも関わらずさらなる削減の強行が確実視されています。先進国中では最も少ない部類に入る議員の削減や、同様に少ない部類に入る公務員の削減に血道を上げる日本ですが、高等教育への公的支出もまた同様の扱いなのでしょうか。議員や公務員の場合がそうであるように、「高等教育への公的支出が多すぎる!」などと信じている人もいるのかも知れませんね。教育は自腹で受けるもの、カネがない奴は働け、という意識など際だって強そうですし。

 日本は教育水準の高さを武器にする国ではなく、人件費の安さを武器にする国と同じ土俵(製造業など)で競争したがっている国でもあります。それだけに社会的な需要も、高等教育修了者ではなく低賃金で従順に働いてくれる人の方に偏りがちです。高等教育を受けるのは一部のエリートだけで十分、そう考えられている部分も少なくないでしょう。ゆえに、タダでさえ少ない教育のための予算をさらに削ることに対してロクに批判も起こらないわけです。今回のように大学協会側が声を上げたところで、世間的には大学関係者が「既得権益」を守ろうとしているかのごとく扱われそうな気すらします。

・・・・・

 大学では人気のある講義と不人気の講義の差が著しく、初日には400名以上の受講希望者が集まって座席に座れない人まで出る講座もあれば、私と教授のマンツーマンになる講座もありました。私の専攻はロシア文学で、言うまでもなく不人気分野ですからマンツーマンになる頻度は高かったです。しかも私は専門外の講義も含めて卒業に必要な単位の倍ほど受講していたので、たぶん大学からすれば赤字だったと推測されます。食べ放題に喩えれば、1人分の料金で2人分食べた、しかも原価の高い料理ばかり食べたようなものですから。コストカットに明け暮れざるを得ない昨今の大学からすれば、さぞかし私は出来の悪い学生に映ることでしょうね。

 今や大学からすれば、人気のある講義にだけ出席し、単位取得は卒業に必要な最低限、後は就職活動に専念して大学に「実績」をプレゼントする、それが理想になってしまいそうです。学生一人に教員一人、採算がとれるはずもないマンツーマンの授業は潰して、学生200人に教員一人で済むような人気講座だけを残せば、大学の経営は格段に楽になるでしょう。卒業に必要な単位数を超えて受講しようとする学生には追加で授業料を求めようなんて計画を立てていた大学もあったように記憶しています。その一方で「就職のため」であれば割引料金で留年できるプランが各地の大学で用意されるようになりました。社会の養成を反映する中で、研究/教育機関としての大学は着々と死に向かっているようです。

 

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不快のタネを増やしてる

2010-07-25 22:59:20 | ニュース

就活面接でドアノック 何回たたくのが正解?(J-CAST)

   就職活動において、何かと気になるのが「面接時のマナー」。あいさつや敬語の使い方、質問への切り返し方などについて、ネット上でさまざまな情報が交換されている。中でも、意見が分かれているのは「ノックの回数」だ。

ノック2回は「トイレ」を連想
   ふつうノックといえば、「トントン」と2回たたけばよさそうなもの。しかし「2回はダメ、3回にすべき」というアドバイスも少なくない。理由は、

「2回はトイレのノックを連想させ、下品なため」
だそうだ。一方、「ノックは4回」がベストという説も。「Yahoo!知恵袋」には、

「3回は親しい相手に対する回数であり、4回は初めて訪れる所や礼儀の必要な相手に対する回数です。単に4回ノックするのでなく、2回+2回する方が、日本人的に印象が良いらしいです」
   さて、本当のところはどうなのだろうか。英国留学の経験もあるマナー講師、ウィズの西出ひろ子氏によると、ノックは3回が無難だという。

「ヨーロッパでの常識では、2回はトイレ、3回以上はその他の部屋です。日本のビジネスマナーでは、オフィスや面接においては3回とされています」
   ツイッター上には、「人事の方から『今日面接した中で、正しく3回ノックしたのはあなただけだった』と言われた」というつぶやきも見られる。回数をいちいち数えている面接官も、実際にいるらしい。

 世の中にはノックの回数まで気にする人もいるのですね。ノックの回数など意味がない、相手に伝わるかどうかだなどと合理的に考えていると、知らぬ間に減点されていたりするのかも知れません。ちなみに私の習慣では、ノックは2回です。しかるにノック2回だと「トイレのノックを連想」する人もいるのだとか。ノックの回数でトイレを連想して「下品」などと感じる人は被害妄想としか思えないのですけれど、そこまで想定して相手の機嫌を損ねないように立ち回らないと、いまどきは就職できないものなのでしょう。

 バスや電車内での携帯禁止は、必ずしも万国共通のマナーではないようです(巷で言われる医療機器への影響はほとんど迷信の世界で、昨年の総務省の調査でも否定されています)。ただ単に日本人が「車内で携帯を使ってはいけない」と思い込んでいるだけの話です。しかし単なる「思い込み」も、それが社会的に共有されるようになると実行力を持つようになります。車内で携帯を使うのは悪いことなのだ、と周りが信じている限り、車内での携帯利用は悪事になってしまう、元々は何でもない行為が、他人に不快感を与える行為になってしまう、車内で携帯を使う人に苛立ちを感じる人が出てきてしまうわけです。

 そう言えば挨拶の仕方も悩みどころです。というのも言葉で挨拶をしてからお辞儀をするか、お辞儀をしながら挨拶をするか、流儀は二つに分かれているみたいですので。どちらの側にも「こちらが正しい」と主張する論拠はあるようですが、困るのは相手が「どちらの流儀を信奉しているか」がわからないと言うことです。ある会社では「挨拶をしてからお辞儀」が正しいとされているのに、訪問先の会社では「お辞儀しながら挨拶」が正しいとされているとしたらどうなるでしょうか? ここで「挨拶してからお辞儀」すれば先方から「挨拶の仕方がなっていない!」と睨まれ、逆に「お辞儀しながら挨拶」すれば同行した先輩社員から「おまえは挨拶もロクにできないのか!」と詰られる、そんな事態すらあり得ます。

 ノックの回数にしても、面接の担当者が「ノックは2回が常識だ!」と信じているなら、3回ノックしたらアウト、逆に「ノックは3回が常識だ!」と信じている担当者であるなら4回だとアウトです。そこで「ノックは3回」とルールが統一されれば悩むところは減るかも知れませんが、しかしノックの回数なんて本来はどうでもいいことじゃないですかね? ノックの回数が多いか少ないかにまで目くじらを立て、それが2回なら「下品だ」などと感じるとしたら、むしろ問題があるのは採用担当者の方でしょう。根拠のないルールを作っては、そこに違反する人にダメ出しする――他人を縛り付けるだけではなく自らをも不快にする、何とも不毛な行為ですから。ノックは3回などと、怪しげなマナー=社会人の常識なんてものを身につけたばっかりに、2回や4回のノックが非常識な行為に聞こえるようになってしまうとしたら、そんなマナーは有害でしかないでしょう。

 

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水と安全はタダではないと思っているようですが

2010-07-24 22:54:46 | 編集雑記

 何かとムダ削減が好まれる昨今ですが、じゃぁムダ扱いされないものって何なのでしょうね。必要なものであっても、周囲の理解が得られなければムダ扱いされますし、政府筋に目を付けられて事業仕分けの対象にでもされれば、それこそよほど弁の立つ人間を用意できなければ即座にムダ認定されるわけです。どうも現政権や前政権、そして国民から「ムダ」と見なされているものの大半は、一概にムダとは言えない、単に政府与党や国民が必要性を理解できていないだけのものであるような気がしてならないのですが……

 日本人は水と安全はタダだと思っている、みたいな言説も多々ありますけれど、この辺は甚だ疑わしいところです。たとえばホラ、税金を上げると言えば「その前にやることがある」と反発を買い、税金を下げれば微々たる影響しかないであろう低所得層からも絶大な支持が集まる一方、水道料金が政策上の争点になるようなことはほぼ皆無なのではないでしょうか。水道料金はどこの世帯でも払わされるにもかかわらず、目立った不満の声が上がることもなく、これを大きく取り上げる政治家も滅多にいないはずです(水不足の地域では事情が違ったりもするのでしょうか?)。してみると、水に対して対価を支払うことには国民は納得している、水はタダではないとの感覚が浸透していると見た方が良さそうです。

 安全もまた同様です。凶悪犯罪が減少し、かつ公務員削減が強行される中でも治安関係は逆に増員されてきましたが、これだけ公務員叩きが盛んで、政府与党を含む少なからぬ政党がいかに公務員を減らすかを競い合っているにも関わらず、治安関係の公務員増が世間の批判を浴びることは、これまた皆無に近いわけです。つまり行政職の公務員に対価を支払う(税金が使われる)ことを国民は嫌悪するけれど、治安関係の公務員に対価を支払うことには国民は納得している、安全はタダではないという意識を強く持っていることが窺われます(私にはどうも、現在は安全のために過剰な対価を支払っている、もう少し支払いを減らしても日本なら十分な安全が保たれるように思えてなりませんが)。

 一方で民主主義はタダだと思っている、という辺りが日本人に当てはまりそうです。民主主義には議員や政党に支払われる金(国や自治体の財政規模からすれば微々たる額にすらならないにせよ)、議会運営に費やされる時間というコストが掛かるわけですけれど、この辺は特にムダだと思われがちなのではないでしょうか。人気のある政党は挙って議員定数の削減を掲げ、議会を無視して独断で物事を推し進める首長が各地で絶大な支持を集めるのは、この民主主義のコストを支払うことに国民は納得していないから、行政はタダであるべきと思っているからとも言えます。自らの給与をカットしつつ、何事も議会に諮らずに一人で決定してしまう、そんな金と時間の掛からない行政を、ムダのない姿として理想としているのが多数派の民意なのかも知れません。

 

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パフォーマンスは程々に

2010-07-23 22:58:24 | ニュース

金元工作員の上空“遊覧”認める 中井氏、ヘリ移動めぐり(東京新聞)

 中井洽拉致問題担当相は23日、金賢姫元北朝鮮工作員(48)が22日に、長野県軽井沢町から東京都内へ向かう途中にヘリコプターで遊覧飛行をしたと批判されていることに関し「ちょっと上空を飛ぶ(ことが)、非難されるとは思わない」と述べ、移動だけでなく遊覧の要素があったことを認めた。

 中井氏は、ヘリ使用の第一の理由は渋滞回避のためだと強調。批判に「こんなことが非難されるなら、世界中だれも情報持った人は日本に来てくれない」と述べた。

 元工作員は東京都調布市の調布飛行場から直線距離で30キロ離れた江東区の東京ヘリポートにヘリで移動した際、約40分をかけ神奈川県藤沢市の江の島上空などを大回りした。

 金賢姫の来日に関しては方々で取り上げられていることですが、まぁ現政権のピンボケぶりをよく象徴しているような気もします。産経新聞以外のメディアから見ても、まるで国賓でももてなすかのような厚遇ぶりには首を傾げているところが多いようですし。テレビを点けたら丁度この中井蛤が「何が悪いんですか!」と逆ギレしている姿が映っていました。まぁ悪いとは言わないにせよ、自分を客観的に見ることができていないとしか。

 中井洽と言えば、昨年はサッカー北朝鮮代表の入国に反対する発言で一悶着おこした人であり、法務大臣時代にはマラドーナの入国を拒否した人でもあります。その一方で金賢姫は丁重に迎えようというのですから、どこに基準があるのかはっきりしません。サッカー北朝鮮代表の選手達には何の罪もありませんし、マラドーナだって粗暴なヤク中かも知れませんが人を死なせたわけじゃない、そういう人々への入国を拒んでおきながら金賢姫は歓迎する、いかに拉致問題が特別扱いされているかがわかろうというものですが……

金賢姫元工作員「国賓扱いにもかかわらず、新情報はなし?」-韓国(サーチナ)

  父親の滋さん(77)は、めぐみさんに関する新たな情報は、今回は得られなかったことを明らかにした。金元工作員はめぐみさんと一度だけ会ったと語ったという。一方、母親の早紀江さん(74)は、めぐみさんが猫好きでたくさん飼っていたことや、落語のようなユーモアある表現で周囲をいつも楽しませていたとのエピソードを金元工作員から聞いたと語った。

  韓国の複数のメディアも、金元工作員の訪日の様子を報じている。特例措置で訪日を実現させ、国賓級の待遇まで行った日本政府は、金元工作員の新証言に注目しているが、果たして「国賓級の証言は出るのか」と懐疑的な見方を持って、この面会の様子を伝えている。北朝鮮の専門家による「金元工作員は長らく北朝鮮に帰ることができずにいる状況の中、良い情報を持っているとは考えにくい」とのコメントを紹介し、北朝鮮を離れ、長い年月が過ぎ去った今、事実上説得力のある証言は期待できないと指摘している。

  北朝鮮はこれまで、田口さんは1986年に交通事故で亡くなったと主張しており、金工作員が北朝鮮を去ったのが1987年だとし、既に20年以上が経過しており、今回の面会で新しい情報を期待することは当初から困難だったと伝えた韓国のメディアもみられた。

 「こんなことが非難されるなら、世界中だれも情報持った人は日本に来てくれない」と中井洽は語ったわけですけれど、どうも私には金賢姫が「情報持った人」に該当するようには思えません。新たな情報など持っていないであろうことは、最初からわかりきっていたことのはずです。それ以前に、わざわざ日本に迎えなくとも情報を聞き出すことぐらいはできたでしょう。にもかかわらず特別待遇で呼び寄せる、経費のことはさておくとしても、政治的に何か意味のある行為なのか、そこは厳しく問われるべきです。拉致問題解決に取り組んでいる姿勢を示すだけのパフォーマンスではないのか、いつまでこんな不毛なパフォーマンスを続けるつもりなのか、そこは問われねばなりません。

 とりわけ安倍内閣時代から、拉致問題への対応はパフォーマンスに徹するようになりました。事態解決には全く結びつかなくとも、行動している「フリ」をする、対岸から声高に北朝鮮を罵ってみせる、こうした対応で関係者や世論の支持を集めるのが一般的だったわけです。その点で民主党、とりわけ担当相である中井洽は前政権以来の方針を忠実に引き継いでいると言えます。ただし、周りの見る目が違っていることには気づけなかったのかも知れません。自民党政権時代なら、拉致問題に関してはどれほど無理があっても特別扱いが当たり前だった、拉致問題の関係者であればVIP扱いが当たり前で、そこを批判的に見る人など超の付く少数派でした。しかし政権が変わって、今度の政権は違うのではないかと周りが批判的に見るようになると、今までと同じような対応でも色々と目を付けられやすくなるのではないでしょうか。客観的に見れば、政府の拉致問題への対応はおかしなことばかりなのですから。

 

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配達の人には同情を禁じ得ない

2010-07-22 23:01:51 | ニュース

配達員6万人、一斉におわび行脚 ゆうパック遅配(朝日新聞)

 日本郵政グループの郵便事業会社(JP日本郵便)の宅配便事業「ゆうパック」が大規模な遅配を出した問題で、同社の郵便配達員約6万人が21日から、国内の全5千万世帯を対象に「おわび行脚」を始めた。これとは別に配達員はこの日から、地上デジタル放送の周知活動も始め、おわびの言葉とともに「地デジ対応はお済みですか」と声をかけるという。

 「この度のゆうパックの遅れにつきましては、お客さまに大変ご迷惑をおかけしました。今後ともお客さまの信頼回復に向け、社を挙げて取り組んでまいります」。配達員は、おわびの言葉を記したはがき大のチラシを全戸に配る。在宅している場合には、直接声をかけて謝罪する。集配拠点の混乱が落ち着き、15日に鍋倉真一社長がサービスの正常化を宣言したのを受けて始めることにした。

 一方、総務省は20日、郵便物の配達に合わせ、地デジへの対応ができているか、配達員に声かけ運動をしてもらうと発表。地デジを受信する準備が済んでいないと分かったら、遅配の謝罪チラシとは別に、総務省テレビ受信者支援センター(デジサポ)の電話番号と「でんわ急げ!デジサポへ」というメッセージが書かれた名刺大のカードを渡す。

 来年7月24日の地デジ完全移行まであと1年と迫るなか、「地域をくまなく回る郵便配達員は、お年寄りへの周知にまさに打ってつけ」と白羽の矢が立った。だが、遅配のおわびと地デジの声かけが重なることになり、日本郵便と総務省は互いに「タイミングが悪い」と苦笑している。

 先日はロクな準備もないまま強引にペリカン便を統合し、荷物を捌ききれず大量の遅配を発生させたゆうパックですが、今度は郵便配達員に「おわび行脚」をさせるそうです。しかも、おわびの言葉とともに「地デジ対応はお済みですか」と声をかけるとか。こんなことを考えた人は頭がおかしいので、速やかに降格処分とするべきだと思います。配達員が会社の代わりにお詫びするのはやむを得ないとしても、ついでに地デジの宣伝をさせるとは、全くもって非常識ではないでしょうか。まぁ、どこの会社も独自の「常識」を持っているもので、往々にしてその会社の中で生きていた人は自社の「常識」が会社の外でも通用するものと思い込んでしまうものですが……

 たいていの人は「あっそう」のレベルでしょうけれど、ゆうパックを利用して遅配の被害にあったり、送ったものを腐らされたりした人にとっては、神経を逆なでされる行為にもなりかねません。お詫びしたその場で「地デジ対応はお済みですか」などと声をかけようものなら、「おまえは何をしに来たんだ、本当に反省しているのか!」ということにもなりますよね? 現場の配達員にしても、これは頭の痛いところでしょう。タダでさえシステム統合の失敗でしわ寄せを食らっているところに、これまた余計な仕事を押しつけられるのですからたまったものではありません。それでも頭を下げて回るだけならまだ許せるところを、一緒に地デジの広報までしなければならないとなると、何とも気が重いのではないでしょうか。引用記事にも漫画が載っていますけれど、こういう掌を返すような対応をすれば顧客との関係も損ないかねません。まぁ民間では当たり前のことでもありますが、現場が誠意ある対応をしたくともアホな業務命令が足を引っ張るわけです。

 そもそも、宅配便業界では決してシェアの大きくないゆうパックだけに、遅配騒動とは無関係な人の方が圧倒的に多い、それだけに国内の全世帯を回るのはかなり不毛でもあります。まぁ郵便配達のついでと言うところはあるにせよ、無駄な仕事を増やしている印象もぬぐえません。そして日本郵便と総務省は互いに「タイミングが悪い」と苦笑しているとのことですが、どうもこの苦笑している人たちは何が問題だったのか理解できていない、反省もしていないように見えます。ペリカン便の統合も「タイミングが悪い」と苦笑する程度で済ませてはいないかと邪推したくなるほどです。どちらが先に予定を立てていたのか知りませんが、お互いの状況を確認して、まずいタイミングで動かないように調整したりはしないのでしょうか。とりあえず一般論として、お詫びと地デジの宣伝を同時にやってしまうのは甚だ礼を失した行為と言えるはずです。どうせ怒られるのは現場の配達員だからと安易に考えていると、ゆうパックや地デジへのイメージは確実に悪化すると思うのですけれど。

 

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