非国民通信

ノーモア・コイズミ

コロナがなくても

2022-01-16 22:28:15 | 社会

受験生「本当に公平性保てるのか」 大学共通テストの〝救済〟波紋(西日本新聞)

 大学入学共通テストが今週末に迫る中、文部科学省は新型コロナウイルスの影響でテストを受けられなかった受験生の救済策を通知した。西日本新聞「あなたの特命取材班」が12日、無料通信アプリLINE(ライン)でつながる「あな特通信員」にアンケートを実施すると、臨機応変な対応を評価する保護者らがいる一方で、「本当に公平性が担保できるのか」と、疑問視する受験生は少なくなかった。九州の大学関係者は土壇場での決定に戸惑い、大慌てで検討を始めている。

(中略)

 福岡県福津市の高3女子(18)は今回の対応に納得がいかない。東京にある国立大を目指し、共通テストのために2次試験では出題されない社会や理科などの科目にも取り組んできた。「自分のように合格ラインぎりぎりの人にも不利益にならないことをきちんと示してほしい」と話す。

 

 さて新型コロナウィルスの感染拡大を受けて急遽、文部科学省が「救済策」を持ち出したことにより随所で混乱が出ているようです。まぁ、この段階で言われても困る人の方が多いでしょうか。感染や濃厚接触により正規の日程で受験できなくなってしまった人からすれば恩恵はありますが、幸か不幸かそういう人はまだ少数派ですので。

 ただ受験機会が実質的に年1回しかないのは問題だとは、ずっと昔から言われ続けてきたことでもあるように思います。それでも今に至るまで抜本的な変化はなかったわけですが、新型コロナウィルスの感染が拡大するに至り、別日程での受験機会が設けられるなど動きが出てきました。これはどう評価するべきでしょう。

 以前にも書きましたが、私の勤務先では「コロナ前」から在宅勤務の制度がありました。ただし実際に在宅勤務が認められるのは、何らかの事情があって通勤できない社員に限る──結果として事実上の障害者枠になっていたわけです。それが政府の緊急事態宣言を受けて急遽「普通の」社員も在宅勤務を行うことになったのです。

 結果として「普通の」社員が在宅勤務を行っても会社の売上は割と好調なまま推移し、業務運営に支障は出ませんでした。では、それまでずっと在宅勤務が「ワケあり」の社員に限定されてきたのは何だったのかと、問われるべきものがあるように思っています。コロナ前からだって、在宅勤務は出来たはずですので。

 同様に大学入試の受験日程に幅を持たせることは、新型コロナウィルスの感染拡大の有無にかかわらず検討すべき課題であったはずです。それを今までずっと怠ってきたツケが、ここで回ってきたとも言えます。コロナという危機に迫られてようやく本当の意味での変革が始まるとしたら、そこに省みるべきこともあるでしょう。

・・・・・

 なお「福岡県福津市の高3女子(18)」からの不平も伝えられています。「共通テストのために2次試験では出題されない社会や理科などの科目にも取り組んできた」そうですが、多分この人は、共通テストの対象でなければ社会や理科はろくに勉強しなかったのでしょうね。まぁ受験対象の科目しか勉強しないのは、この人に限ったことではありません。

 学校で何を学んできたか、それが就職の際に重要視されるのは極めて稀なことです。一方で著名な(総じて入試難度の高い)大学をストレートに卒業しているかどうかは、しばしば最も優先度の高い選別条件になっていたりします。企業が秘密裏に定める大学群に入っていなければ面接対象から外されるなど、いわゆる「学歴フィルター」は誰もが知るところです。

 ただ大学や高校も似たようなものなのかも知れません。大学だって「高校で何を学んできたか」を軽視しているからこそ受験科目を絞る、英語さえ出来れば十分だったり、社会や理科は全く勉強していないような受験生だって合格させるわけです。大学生が英語しか勉強しなかったり、高校生が受験対象の科目しか勉強しなかったりするとしても、それが次のステップで求められるものだったとするのなら、致し方ないことと言えるでしょう。

 私も大学を出たおかげで高卒社員より少しだけ高い基本給を設定してもらえたり、出身校のネームバリューのおかげで面接機会を得られたことはありますが、大学で学んだことを職場で生かせる機会が巡ってきたことは一度たりともないです。ただ仕事の役に立っていないから意味がなかったかと言えば、それは別問題でもあります。この「福岡県福津市の高3女子(18)」にしても、高校で社会や理科を学んだことが卒業後に就職した先で役に立つことはないでしょう。しかし自分の人生にとって意味があるかどうかは、本人の心がけ次第ですね。

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他の自治体でも探せば出てくる気がする

2021-12-26 22:56:34 | 社会

ケースワーカーが精神障害がある男性に「知能が足んない」 市が陳謝(朝日新聞)

 東京都八王子市の30代のケースワーカーの男性職員が、精神障害がある男性(41)から相談を受けた際、「自殺未遂したからって容赦しねえぞ」「知能が足んない」などと発言していたことがわかった。男性は20日、市に対応改善などを求める意見書を提出。市は陳謝した。

 男性の代理人弁護士らによると、男性は11月、受給する生活保護の法解釈などをめぐって市役所窓口で職員と話した後、パニック発作を起こし、庁舎内で自殺を図った。12月1日、男性は改めて市に電話し、職員とのやりとりを録音した。

 職員は「何、うそついてるんだよ。いい加減にしろよ、お前よう」「自殺未遂したからってな、容赦しねえぞ」と繰りかえした。「自分に頭が足んないって分かってるんだったら、おとなしくしてなよ」「知能が足んないってことだよ」とも述べた。凶悪犯罪者と男性を結びつけるような発言もあった。

 職員は生活保護受給をめぐる収入認定についても、「自殺未遂しようと何しようが変わんない」として、誤った解釈を押し通した。

 男性は「間違った説明をされた上、人格を否定され、あおられ、精神的苦痛を感じた」と話す。市側は「申し訳ない発言だった。あらためて職員に対して研修を行いたい」と述べた。(高田誠)

 

 色々と思うところはありますが、この30代のケースワーカーは正規職員なのか非正規なのかも気になりますね。生活保護の打ち切りや申請の拒絶など、水際作戦の成果次第で次年度の契約が左右される立場であったなら、同情しないでもありません。生活保護の給付を阻止できず自治体の財政に損害を与えたとして、評価を下げられ職を失う非正規職員も結構いるでしょうから。

 「市は陳謝した」「職員に対して研修」云々とのこと、生活保護受給者を巡る処遇であれば、これぐらいが相場のようです。過去には小田原市で職員が生活保護受給者を罵倒する文面の入ったグッズを製作・販売し、受給者訪問時の着用も10年ばかり続けていたなんてことがありました。これが問題視されるようになったのは2017年のことですが、市はグッズを製作した職員を処分しない方針を表明するなど、生活保護受給者相手であれば許される、というのが行政の認識なのだと思われます。

参考、【改善させました!】「保護なめんなジャンパー」の小田原市ホームページは制度を利用させない「仕掛け」が満載だった。(稲葉剛公式サイト)

 この小田原市でも当時、生活保護制度について誤った説明を市の公式ホームページに掲載しており、上記のグッズ製作が報道され問題視されてから慌てて正しい記載に修正するなどあったようです。小田原固有の問題でないであろうことは、今回の八王子の事例からも窺われます。虚偽の説明を行ってでも生活保護は退けたいというのが自治体の統一見解なのでしょう。

 何らかの事件で関係者の「人となり」が報道されることはよくあります。しばしば被害者側の故人が、ちょっと気持ち悪いレベルで肯定的に持ち上げられていたりするものですけれど、今回のケースワーカーの場合はどうだったのか興味深いところです。水際作戦のエースとして市からは高く評価されていなかったか等々、報道各社にはそこまで突っ込んで欲しい気がします。

 なお「知能が足んない」と市の担当者が受給者を評価しているわけですが、本当にそうであるならば生活保護受給にふさわしいと言えます。有能なら就職してくださいという話になりますが、逆なら拒む理由はないでしょう。ただ、実際には代理人弁護士を立てたり発言を録音したりと、それだけの行動力があって始めて生活保護受給にたどり着けたんだろうな、という解釈も出来ます。

 本当に無能なら、役所の窓口を突破できないのが現状です。結果として生活保護水準以下の──健康で文化的な生活を送るには無理のある──賃金で働く人もいれば餓死する人もいる、これが我が国の社会保障です。そして行政サイドが水際作戦に励む一方、民間でもあれやこれやと不正受給のエピソードを語り伝えては生活保護受給者の社会的評価を貶めていくことで、行政を間接的に支えてきたとも言えないでしょうか。

 先日は、まず日本は「普通の資本主義」を目指すべきと書きました。我が国の普通ではない資本主義の特徴の一つに著しい失業率の低さが挙げられます。日本という不思議の国では、不況なのに失業率は低いまま、失業率は低いけれど国民の所得水準は高くない、完全雇用に等しい状況が続く期間ですらGDPも給与も全く伸びない等々、資本主義の常識は全く通用しないのです。

 原因の一つに、生活保護水準を下回る低賃金の仕事が市場に溢れており、そこで働く人が多いことが挙げられます。中には生活保護の申請を申請を拒まれた人もいる、生活保護受給者に向けて作られたネガティブなイメージを信じ、そうなりたくないと思って、より取り分の少ない職を選んでしまった人もいることでしょう。取り敢えずこれが健全であるとは、私は思いませんね。

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アビガン、タミフル、放射能、ワクチン

2021-12-12 22:39:13 | 社会

 「(タミフルを)5日間ほど飲み放題飲んだ。異常言動に走るかも知れないが、大きな心で受け止めてほしい」──とは、2007年の当時は飛ぶ鳥を落とす勢いであった宮崎県知事・東国原英夫氏の言葉です。このタミフルについては服用した児童が窓から飛び降りて死亡するなどの事例が報告されたことから、飲むと異常行動を引き起こすとのイメージが幅広く定着、自治体の首長などの間でもそれが共通認識となっていました。

 実際のところ、子供やインフルエンザなど高熱を発しているケースでは一定の確率で異常行動は見られ、その頻度がタミフル服用によって増加することはない、タミフルを飲んでも飲まなくても異常行動を起こす可能性は変わらないことが現代では判明しています。しかるに世間一般の認識はどうでしょうか? 今でもタミフルに関して、そのまんまの認識でいる人は少なくない気がします。

 

コロナ患者にアビガン不適切投与、厚労省が指導 千葉の医療機関(朝日新聞)

 千葉県いすみ市の公立病院「いすみ医療センター」で8~9月、新型コロナウイルスの治療薬としては未承認の抗インフルエンザ薬「アビガン」が、厚生労働省が定めたルールに反する形で、自宅療養中のコロナ患者90人超に処方されていたことがわかった。厚労省は11月25日付で同センターに状況報告などを求める指導をした。健康被害は確認されていないという。

 アビガンは昨年10月にコロナ治療薬として承認申請されたが、明確な有効性が示されないまま審議が継続中。医療従事者の間でも評価が定まっていない。

 このため、コロナ患者への投与は「観察研究」という枠組みで実施されている。厚労省は、研究名目で、患者の同意を前提に、投与状況が管理しやすい入院患者に限って使用を認めている。動物実験で胎児に奇形が出るおそれがあるとされ、妊娠可能性のある女性や妊娠させる可能性がある男性への使用には注意が必要だからだ。観察研究をまとめる藤田医科大によると、7月1日時点で、全国869医療機関で約1万5千人に投与されている。

 

 個別の事例によってマイナスのイメージを負わされたタミフルとは対照的に、プラスのイメージを付与されたのがこのアビガンです。言うまでもありませんが、新型コロナウィルス感染から回復した人の中にアビガンを投与された人がいたことから、ある種の人々の間でコロナの特効薬として信奉されるようになったものです。ただアビガン投与の有無によって回復程度が異なると判断できる材料はなく、コロナ治療薬として公的な地位を得るには至っていません。

 「犯罪者の98%はパンを食べている」なんてジョークがあります。犯罪者の98%がパンを食べているという客観的事実はありそうなものですけれど、しかし犯罪とパン食の間に因果関係を求める人は稀でしょう。ただ、容疑者の自宅にゲームやアニメが発見されれば、そこに犯罪との関連を認定する人は少なくありません。結局のところは「人の選択次第」とも言えます。

 あるいは反ワクチンのように、諸々の症例の原因をワクチン接種の副反応によるものだと「特定」する人もいます。人体とは何もしていないように見えても、どこか悪くなっていくものですが、そうした症状を化学物質のせいにしたり放射能のせいにしたり、自己診断して結局は医療ネグレクトになっている人もいるわけです。それはいつも食べているパンのせいかもしれないし、思いもよらぬ原因が別にあるかも知れないのですが、何を原因とするかはしばしば個人の信条に左右されがちではないでしょうか。

 コロナに限らず、安静にしていれば病気が治ることは少なくありません。鰯の頭でもレメディと称した砂糖玉でも、治るときは治ります。ただ、民間療法や代替医療を信奉するあまり、逆に適切な医療から遠ざかるケースも散見されるだけに、鰯の頭や砂糖玉のように無害に見えるものですらもが時には危険になってしまうこともあるようです。

 ましてやアビガンのように顕著なリスクも確認されている薬剤の評価ともなれば、その利用には慎重になってしかるべきでしょう。(他に手の打ちようがないので)ものは試しでアビガンを使ってみた──というコロナ対応の最初期段階では許されても、その投与によって有意な差が見いだせていない状況で自宅療養患者にまでアビガンを処方というのは、医療従事者としての資質が疑われる振る舞いです。

 まぁ代替医療の推進者の中にも、本物の医師免許保有者は結構いますので、そういうものなのかも知れません。歯科医療の世界など医者それぞれが独自理論を持っていたりするのも当たり前だったりしますし、人命優先の医師もいれば延命色の強い治療の打ち切りを患者にささやく医者もいます。2011年の原発事故当時も、このレベルの放射線量では影響が確認できないと説明する人もいれば、脅威を煽ることに専念する医師もいました。

 放射「能」で不妊になる、胎児に影響が出ると、盛んに喧伝する人が10年前は非常に多かったのですが、そうした言動を真に受ける人もまた多かったと記憶しています。翻って胎児に奇形が出るおそれがあると公式に認められているアビガンをコロナ治療薬として待望している人も目立ったのは、なんとも奇妙な話ではないでしょうか。

 放射能で生殖機能が侵されると信じていた人と、コロナはアビガンで治ると信じている人、これはどこまで重なるのか興味深いところです。少なくとも私が10年来フォローしている、放射線の影響を適切に評価していた人は軒並み、アビガンの効能には懐疑的ですし、ついでにワクチンについても投与のメリットが上回るとしています。その正反対の人も結構いて、患者の側からアビガンを所望するケースも多少はあったのでしょうね。

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工事の騒音に悔し涙を流しても共感は得られないよね

2021-10-31 22:26:21 | 社会

「やっと寝てくれたのに…」選挙カーの爆音に悔し涙するママに共感殺到「これで『子育て支援』と言われても」(まいどなニュース)

やっと思いで寝かしつけたのに、選挙カーの大音量でぐずり始めたわが子はやがて大泣き。感情があふれそうになった母は窓を開け、選挙カーに向かってー。日曜日に衆院選の投開票が迫り、候補者の訴えも熱さを増す今、「まさに昨日それでした」「今日のお昼寝まさにこれだった。窓開けてうるさい!って叫びたくなる」とSNSで読まれている漫画があります。みんなの代表を選ぶ選挙、大事です。大事だとはわかっていますが、選挙カーの爆音、何とかなりませんか。

保育園に通うはるちゃん(2歳)とちーちゃん(4歳)姉妹のママとして、姉妹の発言や行動を優しいタッチで表現している、やまぎし みゆき(@yukiyama_27)さん。「選挙の時期に思い出すこと。」と題した漫画をSNSに公開すると、2万超のいいねが付きました。

 

 選挙カーがうるさい……と言う声は選挙の都度に聞かれるものでもあります。私なんかは生まれてこの方ずっと近隣で工事が繰り返される人生を送っており、今さら選挙カーごときで心を掻き乱されることはないのですが、普段は静かな環境で暮らしている恵まれた人にとっては感じ方も違うのでしょう。私からすれば、なんとも羨ましい悩みです。

 自分の身の周りで言えば、まず第一の騒音源は人生の伴侶となりつつある工事ですけれど、その次は子供でしょうか。通学児童もそうですし、隣の家から子供の泣き叫ぶ声と母親と思われる女性の怒り狂う声を聞く日々も10年以上続いています。子供が育つには十分な年月が経過しているはずですが、継続して幼児の声が聞こえるあたり、定期的に新しい子供が生まれているようです。

 あるいは犬の鳴き声であったり、深夜に徘徊する人々の奇声、信号待ちの暴走族等々、身近な騒音は多岐にわたります。立地によっては保育園であったりエコキュートや風力発電施設であったり、あるいは商業施設に屯する人々や基地から飛び立つ軍用機であったり、そして集合住宅であればマナーのない上下左右の隣人等々、騒音によって日常生活を脅かされている人は多いことでしょう。それを思えば選挙カーごとき、可愛いものです。

 

四十住さくらの母、夢支えるため赤ちゃん誕生の隣人に手紙「どうか滑らしてもらえないでしょうか」(スポーツ報知)

 自宅の庭にコンクリートを敷き詰めて練習場を作ったときのことだ。隣人に赤ちゃんが生まれ「新生児の間は練習しないでもらえないか」と頼まれた。練習の音がどうしても響くからだ。清美さんは手紙を丁重にしたため、理解を得た。「うちの子は、日本一を目指すと言っています。決めた時間や赤ちゃんが起きている時間にだけ滑らせてもらうので、どうか滑らしてもらえないでしょうか」

 

 こちらは東京五輪のスケートボードで金メダルに輝いた四十住さくら選手のエピソードです。栄えあるメダリストの故事に倣って各政党も「うちの候補は、当選を目指すと言っています。決めた時間や赤ちゃんが起きている時間にだけ(選挙カーを)走らせてもらうので、どうか走らしてもらえないでしょうか」と手紙を丁重にしたため、理解を得るのが良いのではないかと思います。

 まぁ騒音を巡るトラブルは色々とあるわけですが、総じて騒音を発する側と被害を被る側の力関係によるところが多いようです。無職が音楽を流していてうるさいという事案では無職が逮捕されたかと思いきや、法廷で国が定める環境基準を超えていることが認定されたにもかかわらず「(子供の声には)健全な発育を感じてほほえましいと言う人もいる」との理由で原告の訴えが退けられるなど、騒音の度合いよりも別の要因が重要であることが分かります。

 では選挙カーはどうでしょうか。一般に政治家は嫌われがちですから、選挙カーをうるさいという声も一定の共感を呼ぶわけです。その一方で政治家はまた力を持った存在でもあります。政治家が有権者に向けて自分をアピールする行為は公共性があるとして、裁判所からも尊重されるであろうことは想像に難くありません。

 そもそも選挙カーで住宅地を回って反感を買うことがあるとしても、このやり方で当選を重ねてきた議員がいることもまた確かなのです。嫌われることはあっても名前を売るメリットの方が大きい、そう選挙のプロが認めているからこそ選挙カーは走り回っていると言えます。敗戦やコロナのような大きな転機が選挙の世界にも起こらない限り、このスタイルは長く続くことでしょう。

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日本人の条件

2021-10-10 22:53:34 | 社会

真鍋氏にノーベル物理学賞 地球温暖化予測に貢献―「気候モデル」確立(時事通信)

 スウェーデン王立科学アカデミーは5日、2021年のノーベル物理学賞を、コンピューターを使った地球温暖化などの予測手法を確立した米プリンストン大の真鍋淑郎上席研究員(90)ら3氏に授与すると発表した。

 真鍋氏は愛媛県出身。1958年に渡米し、米海洋大気局などで研究を続け、75年に米国籍を取得した。

(中略)

 日本人のノーベル賞は2019年に吉野彰・旭化成名誉フェロー(73)が化学賞を受賞して以来で計28人目(米国籍取得者を含む)。物理学賞は15年の梶田隆章・東京大宇宙線研究所長(62)以来で6年ぶり、12人目となる。

 

 さて今年も終身名誉ノーベル賞候補である村上春樹氏の落選を聞く季節がやってきました。文学賞はさておき物理学賞に関してはアメリカで活動するアメリカ国籍の真鍋淑郎氏等が選出されたそうです。曰く「日本人のノーベル賞は2019年に吉野彰・旭化成名誉フェロー(73)が化学賞を受賞して以来で計28人目(米国籍取得者を含む)」とのこと。

 言うまでもなく日本は現代もなお成年の二重国籍を認めていませんので、アメリカ国籍を選択した以上、今回の真鍋氏を含む一部のノーベル賞受賞者は日本国籍ではないことになります。ただ日本国籍であろうとなかろうと、「日本人」のノーベル賞受賞者としてカウントされることには特に異論は出ていません。国籍の有無は、日本人の要件とは関係がないのでしょう。

 栄えある国民栄誉賞の第一号受賞者である王貞治氏もまた日本国籍ではありません。そんな王氏はかつてWBCでのインタビューで自身について問われた際、「私は生まれたときより日本で育ち、日本の教育を受け、日本のプロ野球人として人生を送ってきました。疑うことなく日本人です」と答えたことが伝えられています。

 似たような境遇としては同様に中華民国籍の父親を持ち、生まれたときより日本で育ち、日本の教育を受け、日本の芸能人を経て日本の政治家として人生を送ってきた蓮舫氏が挙げられるところです。まぁ蓮舫にもまた「疑うことなく日本人」と言い切るだけの資格はありますよね。ではアメリカの研究者として人生を送ってきた人はどうなんだ、と思わないでもありませんが。

 外国籍を取得すると日本国籍を失う国籍法の規定は憲法違反だとして、海外在住の原告が日本国籍を維持していることの確認などを国に求めた訴訟もありましたが、これは今年の1月に合憲として訴えを退ける判決が地裁から出ています。今回の真鍋氏も日本の法律に違反していない限り、日本国籍の剥奪からは逃れられないわけですね。

 一方、大相撲では白鵬や武蔵丸、旭天鵬など日本国籍の力士が優勝したり横綱として活躍したりしてきました。しかるに「日本出身」という用語が好んで使われ、同じ日本国籍でも外国出身とそうでない力士を区別してきたのは広く知られるところで、この辺りからも日本国籍の有無は「日本人」であることの要件にはならないことが分かります。

 現実問題として「日本人」であるかどうかによって社会における扱いは大きく変わってきます。しかし外国出身者は日本国籍を取得しても日本人とは認められない、他国の国籍を取得しても「日本人」として扱われる、かと思えば日本国籍を維持していることの確認を裁判に訴えれば退けられる等々、日本人の条件は時と場合によって都合良く使い分けられるのだろうな、と思うばかりです。

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白鵬と日本人

2021-10-03 22:33:51 | 社会

白鵬の引退と「間垣」襲名承認 異例の条件付き、誓約書にサイン―相撲協会(時事通信)

 日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で理事会を開き、横綱白鵬(36)=本名白鵬翔、モンゴル出身、宮城野部屋=の引退と年寄「間垣」襲名を承認した。白鵬は10月1日午後3時から両国国技館で記者会見を開き、引退を決断した理由などを説明する。

 理事会では白鵬の間垣襲名を認めるに当たり、年寄として当然守るべき事項を誓約することを条件とした。白鵬は両国国技館を訪れ、師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)が同席した上で誓約書にサイン。5月に年寄名跡を取得したが、その際に年寄資格審査委員会から受けた忠告がその後守られなかったため、条件付きという異例の襲名となった。

 相撲協会によると、白鵬が誓約した事項は「新人の親方として、理事長をはじめ先輩親方の指揮命令、指導をよく聞き、本場所等、与えられた業務を誠実に行うこと」「大相撲の伝統文化や相撲道の精神、協会の規則、ルールやマナー、相撲界の習わし、しきたりを守り、そこから逸脱した言動を行わないこと」。

 

 さて通算勝ち星を筆頭に大相撲史上の数限りない「歴代1位」の記録を持つ白鵬がついに引退することとなりました。現役としては最後まで強さを見せたわけですが、土俵の外では負けてなるものかと日本相撲協会の理事会が息巻いていることが伝えられています。旧態依然たる相撲界には変革が求められるところですけれど、ここで突きつけられた誓約書に従っている限り、白鵬という歴代最高力士による改革は難しそうです。

 この処遇が公平なものであるかは、もう少し問われるべきではとも思います。白鵬の実績を鑑みれば、逆に特権を付与するという方がまだしも理解できるのですが、「条件付きという異例の襲名」にどれほどの正当性があるのでしょうか。かつて相撲協会から解雇された蒼国来が地位確認を求めて訴訟を起こし、解雇無効の判決を下されたことがあります。白鵬も裁判に出れば、土俵の外でも勝てそうな気がしますね。

 相撲界隈の報道では「日本出身」という言葉がよく使われます。「日本出身力士が10年ぶりに優勝」ですとか、「19年ぶりの日本出身横綱の誕生」等々。これは要するに同じ日本国籍でも、モンゴルやハワイなど海外出身の力士と出身も日本である力士を区別するための表現で、典型的な「差別ではなく区別!」と言った感じですが、この「日本出身の○○」が登場する都度メディアを大いに賑わせてきたわけです。

 日本国籍の力士の優勝は、珍しいことではありません。ただ出身地が日本国内ではなくモンゴルだったりするだけです。日本国籍の横綱も大いに活躍していますが、やはり日本ではなくモンゴルの出身だったりします。そうした中で相撲界隈では「日本出身」に特別な期待を抱き続けてきました。結局のところ、日本国籍を取得しようと国外の出身者は日本人とは違う───そんなメッセージを発信し続けてきたと言えます。

 「(安倍内閣は)白鵬の取り口に似ている。左手で張り手、右からひじ打ちを顔面に入れる。白鵬は覇道、邪道の相撲になっている。安倍政権も覇道、邪道、外道の政治だ」とは、現在は立憲民主党の最高顧問を務める野田佳彦の2016年の街頭演説における発言です。白鵬に準えられるのは名誉なことと言えなくもありませんが、野田に言わせれば覇道、邪道、外道を象徴するもののようです。

 外国出身者に向けたこうした視線が、排外主義者としてしかるべく白眼視されている人々からではなく、むしろ差別主義者からは毛嫌いされているメディアや政党関係者から飛び出してくるあたりに、我々の社会の地金を窺うことが出来るように思います。ともするとレイシズムとは距離があるように見える人々でも、こうした外国出身者への姿勢を見ればお里が知れると言ったところではないでしょうか。

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変わる価値観、変わらぬ価値観

2021-09-05 23:10:57 | 社会

 さて先週より自衛隊の集団接種会場でのワクチン接種は18歳から39歳が対象に限定され、40歳以上は応募することが出来なくなりました。しかるに私の住む自治体では今もなお、40代の市民は予約受付の対象にすらなっていません。50歳以上はようやく市の受付が始まりましたし、30歳未満は集団接種で優先的に予約が取れるようになりましたが――いわゆる氷河期世代がどういう扱いなのか、よく理解できます。

 まぁ隣接する市区町村ではいずれも40代を含むワクチン接種予約受付が始まっており、近隣でいまだに予約の機会さえ与えられないのは私の住んでいる市だけです。普通の自治体では、望めば40代でも予約が取れる状況なのでしょうか。とりあえず私の住んでいるのが、「ハズレ」の自治体なのだろうなとは思います。

 そんな「ハズレ」の自治体でも一つだけ良いところがあって、それは「東京の通勤圏である」ということです。都内への通勤が可能な範囲に位置しているという、唯一の長所のおかげで人口は増加の一途、商業施設は歯医者と保育園とパチンコ屋しかありませんが、それでも我が市に移り住んでくる人は後を絶ちません。

 新型コロナウィルスの感染拡大で一時はリモートワークも普及して会社に通勤する機会も減少した、ならば「東京の通勤圏である」ことの価値も下がるかと思ったのですが、男性を中心に人口は異例の微減を記録したものの世帯数は増加が続いています(家を建てて転勤になる人が多いのでしょうか)。都内に通勤できる距離に位置している限り、住宅需要が減ることはなさそうです。

 

オンライン授業は「出席停止」? 割れる対応、受験への影響懸念も(朝日新聞)

 新型コロナ感染への不安や分散登校でオンライン授業を自宅で受けた子は、「出席」か、忌引などと同じ「出席停止」扱いか――。学校が各地で再開するなか、自治体によって判断が異なっている。文部科学省は「出席停止」扱いとする立場だが、特例的に「出席」とする自治体も。出席停止の日数が「受験に影響しないか」と心配する保護者もいる。

 

 なおリモートワークに従事する人との対比で、会社に出勤することそのものに意義を見いだしている人や、出社しただけで仕事をしたつもりになっている人の存在が取り沙汰されることもありました。結局は後者の方が幅を利かせているように見えますけれど、学校もまた会社と似たような感覚で捉えられているようにも思います。

 つまり、通学することにこそ意義がある、学校に足を運んでこそ出席である、そういう考えが根底にあるからこそ文部科学省という「公式」の見解に沿えばオンライン授業は「出席停止」という扱いになってしまうのでしょう。会社に来れば何もしなくても出勤扱いであるように、教室まで来れば何も聞いていなくても出席扱い、世の中そういうものなのです。

 仕事をする場所(オフィスか自宅か)に関わらず純粋に成果を問う、勉強する場所(学校の教室か自宅か)に関わらず実際に勉強したかを問う、そうした領域に我々の社会が到達する日はいつか訪れるのでしょうか。働かなくてもとりあえず出社すればヨシ、勉強しなくても教室に座っていればヨシ、そういう従来通りの価値観が維持されることに疑問が持たれないなら、我々の社会が前に進むことはないと言えます。

 就職人気ランキングは諸々のメディアから発表されていますけれど、概ねどこでも1位に選ばれているのは伊藤忠商事です。この伊藤忠商事、第一回緊急事態宣言の解除後は即日「通常出社」への回帰を行ったほか、「伊藤忠にはテレワークをするための体制や機器が整っているからといって、自分たちだけ在宅勤務をしていいのだろうか」などと社長が豪語する、まさにアンシャン・レジームの雄と言うべき存在でもあります。

 こうした社風こそが就活生からの人気を確たるものにしているのかな、と思わないでもありません。新型コロナウィルスの感染拡大を機に変わろうとするものもあれば、「コロナ前」に戻ろうとする復古派もまた根強いわけです。通勤・通学を前提にして条件とする体制に復することを目指すのか、あるいは通勤・通学の有無ではなく内容を問う体制に進むのか、それが今問われています。

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「普通」が変わるか「普通」に戻るか

2021-08-29 22:34:42 | 社会

通信制高校生、過去最多 不登校の生徒らの受け皿に(朝日新聞)

 通信制高校で学ぶ生徒が過去最多の21万8428人にのぼることが、文部科学省が27日に公表した今年度の学校基本調査(5月1日現在の速報値)で分かった。少子化で高校全体の生徒数は減っているが、増加する不登校の生徒や、多様な学び方をのぞむ生徒の受け皿となっているという。

 通信制高校は、自宅などで学習し、郵送やインターネットなどを利用してリポート提出や面接指導などを行う。近年はICT(情報通信技術)の進展で私立を中心に学校数も増加。昨年度の生徒数は20万6948人で、学校基本調査が始まった1948年以来、初めて20万人を超えていた。

 

 以前から何度か書いていますが、私の勤務先では新型コロナウィルスの感染拡大前からリモートワークの制度がありました。ただ、実際にリモートワークを行うのは障害などの理由で通勤できない「訳あり」の人に限られていたわけです。それが政府の緊急事態宣言を受けて急遽、「普通の」社員もリモートワークを始めることになったのです。

 当初は戸惑いを見せる人がいなかったわけではありません。ただ利用者が「訳あり」の人に限られていたとはいえリモートワークの制度自体は既に用意されていたことから、極端な混乱はなく対応できました。問題になったのはせいぜい、スマホ専門で自宅にネットワーク環境を持たない人々の処遇ぐらいでしたね。

 ともあれ、それまでリモートワークは事実上の障害者枠だったのが、「普通の」社員も一斉にリモートワークを始めたわけです。かつては訳あってリモートワークに従事している人に対して一定の距離感もあったのですが、誰もがリモートワークを行うようになって「普通」の水準も変わったように思います。出勤できない理由のある人々が、特別な存在ではなくなりましたので。(参考、世の中は前に進んでいる

 この通信制高校に関しても然りで、今の社会情勢であればそれが「普通」になっても良さそうなものです。通学を前提とした学校教育がこれまでの「普通」でしたが、今は通信制の教育のノウハウこそ取り入れられるべきと言えます。わざわざ学校に通わなくとも勉強は出来る、そのための方法論や実績は積み上げられてきたのですから。

 引用元の記事では例によって「増加する不登校の生徒や、多様な学び方をのぞむ生徒の受け皿」云々と、やはり「訳あり」の人のための学校として位置づけられているように見えます。ただ昨今の感染症拡大状況を鑑みれば、誰もが同じ場所に集まって授業を受けるというスタイルの弊害は明らかであり、「普通の」児童も通信制で学ぶべき時代となっているはずです。

 東京への一極集中が進む中では学習機会もまた地域格差が大きいもの、そうした中では地理的な制約が緩い通信制の学校はもう少し、代替的な選択としてではなく評価されるべきではないかと思います。しかるに「普通」を変えていこうとする人もいれば、通勤・通学が当たり前の社会への回帰を目指す人もまた目立つわけです。

 自国の教育が機能不全に陥った――と言うものではないと思いますが、コロナ前は猫も杓子も留学推しの大学が猖獗を極めていました。今も昔も大学で学んだ内容など問われないというのが日本の就活ですけれど、近年は留学経験をアピールしていくのが日本の大学の戦術として定着しつつあったと言えます。留学と称しつつ海外旅行と何が違うの分からない類いも多いようですが、それでも全学生に留学を必修化する云々と猛り狂う大学は少なくありません。

 その気になればリモート環境でも仕事は出来るように、通信制でも勉強は出来ます。ただ、出社することそのものに価値を見いだす人もまた幅をきかせているのが現状です。同様に学校界隈でも、登校することそのものに意義を感じている人は多いのではないでしょうか。そして留学アピールもまた、単に外国に滞在することそのものを評価している結果なのかも知れません。

 いずれにせよ、引用元でも言及されているようなICTの進展によって可能になったことを最大限に活用できるかどうかは、我々の社会の今後を占う上で分岐点になると言えます。日本はおろか世界中どこにいても同じように仕事が出来る、同じように勉強が出来る、それが技術的には可能になってもなお、通勤・通学を標準とする伝統的なやり方に固執するなら、後は世界から取り残されていく未来しかないでしょう。

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本人の望みとは関係なく受けさせた方がいいですよ

2021-08-22 22:26:24 | 社会

ワタミ社員「原則ワクチン接種」へ…11月から段階的に導入(読売新聞)

 外食チェーン「ワタミ」が、新型コロナウイルスのワクチンを原則として接種するよう社員に働きかけることがわかった。望まない場合、代わりに定期的に検査を受けてもらう。接種した社員を増やすことで、利用者に安心を提供する狙いがある。

 対象は国内社員の約1500人で、約7000人のアルバイトについても検討する。接種を終えた社員や検査で陰性が確認された社員は何らかの表示をつけ、利用者の目に留まるようにする。まずは11月から新たに出店を始める新業態の飲食店で導入し、段階的にグループ全店に広げる考えだ。

 ワクチン接種の義務化の動きはグーグルやウォルト・ディズニーといった米企業で幅広く広がる。感染力の強いインド由来の変異ウイルス「デルタ株」の広がりで感染者数が再拡大する一方で、接種が頭打ちになりつつあるためだ。

 国内企業は、本人の意思を尊重するという考え方が根強く、従業員に接種を強く求めることは難しいとみられている。政府の新型コロナ対策の基本的対処方針も、「最終的には個人の判断で接種されるもの」とする。ワタミの接種働きかけは、他企業に影響を及ぼす可能性がある。

 

 さてワタミがワクチン接種を原則として社員に働きかけるのだそうです。これ自体は良いことで、社員を守る、顧客を守る、ひいては公衆衛生の改善に繋がるものと言えます。ただ「望まない場合、代わりに定期的に検査を受けてもらう」などという逃げ道を用意してしまうのはいただけません。医師が不適格と判断しない限り全員接種ぐらいはやってもらえないと、安心はともかく安全は確保できないでしょう。

 曰く「国内企業は、本人の意思を尊重するという考え方が根強く、従業員に接種を強く求めることは難しい」、そう伝えられるていますが、例によって私の勤務先も似たようなところです。ワクチン接種はあくまで任意であり、それを上長が把握しようとしてはならない、ワクチン接種の有無によって業務の割り当てを変えてはならないと、親会社から通達まで飛んでくる有様ですから。

 なんともワクチン忌避者への配慮が行き届いた話ですが、いかがなものでしょうか。こうした個人の我儘を許せば、感染症の封じ込めは遠ざかり、社会全体がリスクを抱え込むことになります。すなわち公共の福祉が侵されるわけですけれど、まぁヘイトスピーチに言論の自由を適用してしまうような社会では、当たり前の結果なのかも知れません。他人を脅かすような振る舞いよりも、個人の自由の方が我々の社会では重んじられるわけです。

 とはいえ、ワクチン接種以外でも同様に任意であることが当然視されてきたかと言えば、そんなことはないはずです。例えば私の会社でも部署によっては飲み会への参加が強制であり、「(給与は出ないが)業務の一環」「評価にも関わる」と上司から説明を受けていましたし、組合からも「コミュニケーションを深めるために大切なこと」との回答をもらいました。飲み会への参加が任意などとは聞いたことがないのですが――ワクチン接種に限っては任意だそうです。

 ワタミがブラック企業の代名詞として名声をとどろかせていた当時、創業者の著書やビデオレターを読んでの感想文提出が定期的に求められるとか、休日のボランティア活動への参加を強要されるなどと、本来業務と無関係な部分での拘束が多いと取り沙汰されていました。その辺が現在どうなっているかは知りませんが、ワクチン接種よろしく本人が望まなければ拒否しても構わないのなら、少しだけホワイトに近づいたと言えるでしょうか???

 なおワクチン接種については小池都知事も呼びかけていましたが、そもそも打ちたくても打てない状況が今なお続いているわけです。私の住んでいる市では予約受付すら開始されていません。ワタミが自社のアルバイトまで含めて職域で接種機会を確保してくれるのであれば賞賛に値することですけれど、接種に関しては個人の努力任せで会社は旗を振るだけに止まるのなら、それはアリバイ作りにしかならない空疎なパフォーマンスと言えます。

・・・・・

 なおワタミでは「接種を終えた社員や検査で陰性が確認された社員は何らかの表示をつけ、利用者の目に留まるようにする」そうです。ではワタミの安心印が付いていない従業員を見かけたら、客はどうしたらいいのでしょうね。むしろ表示の「ない」人の存在に不安を感じさせる代物と思えないでもありません。

 工事現場に立ち入るにはヘルメットの着用が、手術室に入るなら清潔な手術着の着用が求められます。そこに「何らかの表示」を云々する余地など当然ないわけです。ワタミでも一部の社員に表示をつけさせるとか不毛なことに労力を費やしていないで、全従業員のワクチン接種の義務化と機会の提供に努めるべきでしょう。

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ようやく1回目

2021-08-16 00:46:02 | 社会

 先日、自衛隊の集団接種会場でようやく新型コロナウィルスのワクチン接種(1回目)を受けることが出来ました。一方で私の住む自治体の接種は今なお受付開始日すら未定の状態が続いています。この辺りの地域格差はどこに起因するのでしょうね。隣接する自治体の中には前月から受付をスタートしているところもあります。説明がない以上、とりあえず市長が無能なのだとでも思っておくしかなさそうです。

 なお勤務先の職域接種に関しては、9月から一般社員も対象者として開始されることになりました。こちらは他の企業と比べるとどうなのでしょう。早い段階から接種を進めてきた企業や大学の存在も広く報道されてきたところですが、それがレアケースなのかマジョリティなのかは今ひとつ分かりません。公表されるワクチン接種者の割合は意外に高いものの、感覚と一致しない人も多い気がします。

 上記の通り勤務先の職域接種は9月からなのですが、予約自体は1ヶ月以上前から取ることが出来ました。予約自体は早めに取れるとはいえ……接種まではそれなりに待たなければなりません。一方で自衛隊の集団接種は、予約の受付開始日から3~4日後から6日後という非常に短いスパンでしか予約が取れない仕組みになっているわけです(ex.8月16日の予約受付分であれば8月19日~22日の期間限定)。

 両者ともそれ自体は悪いことではないのかも知れませんが、全体の舵取りとしては少し問題があるように思います。多くの人々が一日でも早くワクチン接種を受けたいと願っている中で、1ヶ月以上先の予約が取れたからと黙って待つでしょうか。職域接種は1ヶ月後、しかし自衛隊の集団接種ならば直前の週になるまで予約の可否が不明――このような状況は接種希望者を大いに迷わせるものです。

 自衛隊の集団接種は残念ながら、望めばいつでも予約が取れる状況にはありません。予約の受付開始時間からずっと張り付いていても、本当に運のいい人だけしか予約の取れない状況が今しばらく続くことでしょう。私自身も予約にチャレンジするも弾かれる日々を1ヶ月以上続けた後にようやく、集団接種の予約画面まで進めたわけです。そこで、9月まで待てば職域の接種が受けられるけれどもどうしよう、と。

 少し逡巡しましたけれど、結局は1ヶ月ばかり早く打てる方が大事と判断し、職域接種の方は断りを入れて自衛隊の集団接種の方で予約を入れました。ワクチン接種を受けられる日程が早まったので、個人的には良かったと思っています。でも、日本全体としては一度予約で枠が埋まったところにキャンセルが生じたわけですから、あまり良くないことでもあったに違いありません。

 ただ似たようなことをした人は、私の他にも多いのではないでしょうか。かなり先の日程で予約が取れたけれど、後に直近の日程で予約が取れることが判明して、予約済みの接種をキャンセルした人は結構いるはずです。褒められたことではないとも思いますが、しかしウィルスと、感染リスクを広げるような行動を続ける人々から身を守るためにはやむを得ません。

 これを防ぐためには、ワクチン接種を国民の自由に任せず、政府が有無を言わさず日程まで含めて割り当てていくほかないでしょう。そうすれば、少なくとも予約のキャンセルは生まれず、接種の効率は上がります。ただ国民を厳しく統制していたはずの社会主義国ですら、政府の計画した通りに物資が行き渡ることがなかったという歴史からは、学べるものがあるように思います。

 物資を必要な数だけ用意したつもりでも社会主義国では随所に不足が生じました。ましてやワクチン接種は日程も含めて国民の任意、いわば市場原理のごときものに任されているわけで、当然ながら相応の余剰なくして適切な配分は実現されません。当初の調達予定のワクチン数で足りると考えていた人は政府の中にも多かったように思われますが、それは古くさい計画経済の発想ですね。

・・・・・

 なお職場でも新型コロナウィルス感染に対する姿勢は二極化していると言いますか、警戒している人もいれば全く意に介していない人も少なくありません。ワクチン忌避者に配慮してか、「ワクチン接種の有無で業務上のアサインを変更するようなことがあってはいけません」とのお触れが親会社から届いてもいます。しかし、機会があってもワクチン接種を受けないような人と机を並べさせられることこそが権利の侵害じゃないかと思うところです。

 たとえば頭皮にデリケートな問題を抱えているとの理由でヘルメットの着用を拒否する人がいるとしたらどうでしょう。たしかにヘルメットの着用は任意であって強制ではないかも知れません。しかし、ヘルメット着用拒否者に工事現場への立ち入りを禁止したり、オートバイへの乗車を禁止したりするのは差別でしょうか? ワクチン接種を拒む人に同程度の禁が課されたとしても、それは不当な取り扱いには当たらないはずです。

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