非国民通信

ノーモア・コイズミ

3ヶ月前の出来事

2019-05-26 21:44:04 | 政治

長谷川豊氏が差別発言 元フジTVアナ、維新は処分検討(朝日新聞)

 今夏の参院選(比例区)に日本維新の会公認で立候補予定の元フジテレビアナウンサー長谷川豊氏(43)が、講演会で被差別部落をめぐって差別発言をしたとして、部落解放同盟中央本部は21日、維新に抗議文を提出した。長谷川氏は朝日新聞の取材に「差別的な内容で誤り。発言を撤回したい」と述べ、謝罪した。

 発言があったのは、今年2月に東京都内であった政治やメディアをテーマにした講演会。長谷川氏は近世で被差別階層とされた人たちに触れた話のなかで、「士農工商の下に、人間以下の存在がいる」などの言葉を使った上で、「当然、乱暴なども働く」「プロなんだから、犯罪の」と述べた。

 これを受けて、中央本部の組坂繁之・中央執行委員長が維新の馬場伸幸幹事長に面会。「思い込みや偏見にもとづいて誤った部落差別意識を拡散したのであればその責任は重大」「発言は『部落は怖い』『犯罪集団』などの差別意識を助長する行為」と抗議する文書を手渡した。

 

 さて長谷川豊氏といえば「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」と主張して有名になった人ですが、再び脚光を浴びているようです。当時の透析患者を巡る発言には批判も多く、当時出演していたテレビ番組から降板することにもなった一方、匿名の賛同者も多かったと記憶しています。今回はどうなのでしょう。

 今年の3月には東京の公立福生病院で、透析治療を中止して患者を相次いで死亡させていたことが発覚するなんてこともありました。これまた批判もあれば擁護の声も多く、長谷川豊氏も言い方一つで運命は変わった、同じことを主張するにしても立ち回り一つで幅広い支持を集めることができたのではないかと、そんな気がします。

 では今回の被差別部落を巡る発言はどうでしょうか。大筋では、透析患者を巡る発言の時に近いように思われます。表に出てくる声は批判が強いものの、陰で支持する人も一定数、存在している印象です。アメリカ大統領選では表向きは支持しない風を装いつつトランプに票を入れる人が多かったわけですが、長谷川豊氏への批判と支持も似たところはあるのではないか、と。

 だから長谷川豊氏もトランプと同じくらい、蓋を開けてみたら意外な票数を獲得するのではないかと私は予測しています。つい先日、維新を除名された丸山穂高氏なんかも似たようなもの、党は飛び火を恐れてトカゲのしっぽ切りに走りましたが、公然と賛意を示す人はいなくても匿名の投票なら、良くも悪くもイイ線を行ってしまうのではないでしょうかね。

 それはさておき私が注目したのは今回の問題発言が「今年2月」の話だと言うことです。3ヶ月経過してようやく、広く周知されることとなったわけですが、この空白の3ヶ月をどう見るべきでしょう。昨年は東京医科大を皮切りに医学部入試における男女差別が話題になりました。しかしこれは、関係者の間では昔から知られた話であり、決して昨年になって初めて判明したものではないようです。

 さらに一昨年には、小田原市役所の生活保護担当の職員が、生活保護受給者を罵倒、侮蔑する文言の入ったグッズを制作、頒布していたことが報道され話題になりました。しかしこのヘイト行為、実は10年来の伝統があるらしく、生活保護受給者宅を訪問する際には「保護なめんな」と書かれたジャンパーを着用するなど、広く市民の目に触れる形で公然と行われてきたことだったのです。

 しかし小田原市の問題が報道され世間の批判を集めるようになったのは、ヘイト行為の開始から10年を経てのことでした。それを思えば長谷川豊氏の差別発言が世に出るまでにかかった3ヶ月という期間は短いのかも知れませんが――ことによると、もっと長く眠っていたかも知れない、例えば選挙が終わるまで広く知られることはなかったかも知れない、そうも思われます。

 いかに通信技術が発達しモバイル端末が普及しSNSが幅を利かせるようになっても、情報の伝播速度には限りがある、ということが分かります。既存メディアへの批判は高まるばかりであろうとも、マスコミが報じて初めて世間に広まることは、まだまだ多そうです。いずれにせよ政治家になろうとする人ともなれば、その考えは取り繕われるよりも知られることが望ましいですから、まぁ今の時点で判明して良かったと考えるべきでしょうか。

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年功序列でないことだけは確かだ

2019-05-19 20:58:33 | 雇用・経済

 さて先日は旧友と今の仕事について話す機会がありまして、それで私の勤務先をネットで検索してみましたところ、ある転職口コミサイトに辿り着いたわけです。せっかくですから現役社員として口コミの一つも投稿してやろうかと思ったところ、「実力主義」か「年功序列」かを問われ、出だしから答えに迷いました。5段階評価で、どっち寄りかを答える必要があるのですが、どうにも答えづらいのです。

 「年功序列でないことだけは確かだ」と、もし自由に記述して良いのなら、そう答えます。ただ私は、今の勤務先に限らず年功序列というものを見たことはありません。子供の頃から、年功序列とは悪いものだと、至る所に書かれているのを目にしてきました。しかるに、諸悪の根源として昔から語り継がれてきた年功序列とやらに遭遇したことは、一度もないのです。

 まぁ、定年手前の人が社内で重んじられているわけでもないのに多少の肩書きを持っているのを見ますと、もしかしたら30年くらい前には年功序列が実在しており、その当時に一定の勤務年数のあった人は、年功によって職位を与えられていたのかも知れない、という推測はできます。ただ、実際に「長年勤めているから」という理由で他人が昇進したのを見たことはありません。

 年功序列が過去に実在したかどうかは歴史家の研究に委ねるとして、とりあえず私の知りうる限りの職場に年功序列は存在しません。何処に行っても、年下の上司、年上の部下、若いというより幼い管理職と年老いた平社員は、普通に存在します。地道に長年、勤め上げていれば昇進できるものではない、逆に至って短いキャリアでも昇格する人は昇格する、そういうものなのでしょう。

 だから「年功序列でない」ことは断言できるのですが、一方で「実力主義」かと言えば、それもまた違う気がするわけです。どう見てもヤバイ人が昇進していたりする、営業として抜きん出た成績を継続している人が昇格の対象から外されていたりもする、ただ騒いでいるだけで出世する人もいれば、実務の主力であるにもかかわらずヒラ社員として留め置かれていたりもしますから。

 「問題社員の特徴は~」みたいな言説は定期的に目にするところですが、私の経験上、問題社員の第一の特徴は「幹部からの評価が高い」ことに尽きますね。「あいつはヤバイ」と相応の権限のある人から危険視されていれば、問題は個人の範疇に収まります。対して幹部からの評価が高いと、止める人がいなくなる、むしろ幹部からの評価によって自信を深め、問題行動をエスカレートさせるものです。

 結局のところ、人を昇進させるかさせないかは、相応の立場にある人が決めます。権限のある人から気に入られていれば昇格しますし、そうでなければ年功を重ねても序列は上がりません。では何を理由に幹部社員は人を評価するのでしょうか。かつて毛沢東は大躍進と称し、雀の駆除や稲を深く密集して植えることを国策として進めました。結果として3,000万人を上回る餓死者が出たとか。しかし、この毛沢東の愚かな政策に反対した人は、どう扱われていたのでしょう。

 往々にして会社の役員層ともなりますと、現場のことは何も分からないものです。それこそ、毛沢東の農業知識と同レベルです。それでもなお、何が正しく誤っているかを決めるのは、権力の座にある人です。人を評価する立場にある人が指し示した方向に忠実であるか、それとも背くのか――これは独裁国家ならずとも何処でも問われる気がします。

 会社の幹部が決めた経営方針に基づき、その計画実現のため情熱的に騒ぎ回る社員もいれば、馬鹿げた妄想には付き合っていられないと実務に専念する人もいるわけです。この中で若くして昇進すれば、いつまでもヒラのままの人も出てくるものですが、読者の皆様のお勤め先は、いかがなものでしょうか。

 経済面で国際的な競争力を高めている国では、もう少し違う基準で人が選ばれているのかも知れません。逆に国際的な経済的地位を低下させている国では、「選ばれて昇進した人」の実力に疑問を抱かれたとしても仕方ないと思います。とりあえず確かなのは、「年功序列」の反対が「実力主義」ではないことですね。年功序列を否定すれば実力のある人が地位を得るかと言えば、それは完全に別の問題ですから。

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目標未達

2019-05-12 21:40:29 | 雇用・経済

仕事の妨げ…味の素「労働7時間に短縮」やめた(読売新聞)

 味の素は、これまで段階的に進めてきた労働時間の短縮をストップする。2020年度の達成を目指していた「所定労働時間7時間」の目標を取り下げた。これ以上、短縮すれば、時間内に仕事を終えることだけにとらわれる社員が出てくるなどの弊害が生じかねないためだ。現在の労働時間7時間15分を続ける。

 味の素の西井孝明社長は、10日の決算記者会見で、「時間ありきの働き方を求める段階は過ぎた。今後はどれだけクリエイティブ(創造的)な仕事に時間を割けるか、実質的なテーマにかえる」と話した。味の素は所定労働時間を、17年度に、それまでの7時間35分から20分短縮させた。勤務時間は1時間の休憩を挟み朝8時15分から午後4時30分までとなっている。

 勤務時間の短縮は、効率的に働くという社員の意識改革につながった。ただ、その一方で勤務時間を気にして、新しいアイデアが浮かびづらくなるなど負の側面も生じてきたという。本社の管理部門に比べて、営業部門は勤務時間を減らすのが難しいなど、働く部署によって差も出た。

 

 さて労働時間の短縮を進めていたはずの味の素が、目標を放棄したそうです。営業であれば目標未達など許されないのが普通の会社ですけれど、どうなのでしょうか。味の素が目標未達を社内的に許容する組織であったなら、まぁ今回の判断もありなのかも知れません。しかし、自社の営業にはパワハラも辞さず目標達成を迫っておきながら、時短の目標は取り下げするとなれば、それは都合のいい話です。

 実際のところ「本社の管理部門に比べて、営業部門は勤務時間を減らすのが難しい」との実態があったそうです。旗を振るだけの「本社の管理部門」は時短目標に到達できても、その管理部門から身勝手な要求を突きつけられる側の営業部門には、色々と難しくなる事情があったのであろうと思われます。根本的には、管理部門と営業部門の仕事の重さの違いも、考えられるべきでしょうね。

 

 ~さぞアフター6を満喫しているかと思いきや、全員が楽しんでいるわけではありませんでした。残業ゼロの環境に適応できない者が現れ始めたのです。超集中して効率的に働かなくてはならない環境に耐えかねて、自分のペースでゆっくり仕事をしたい、残業したいと、今までとは逆の声が出始めました。(『完全残業ゼロのIT企業になったら何が起きたか』米村歩, 上原梓)

 

 まぁ世の中には、長く働きたがる無能も多いわけです。本当に(押しつけられた)業務量が多くて長時間労働している人もいれば、陰口と間食で時間を潰すばかりでロクに働きもしないまま深夜まで会社に居残っている人もいます。味の素なら大丈夫かも知れませんが、基本給が低すぎるので生計のために残業する人だって多いでしょう。勤務時間削減の前に立ちはだかる要因は、実に様々な種類があります。

 そこで時短に反対する人々の声にトップが怯んでしまうと、改革は頓挫してしまうわけです。時間内に効率的に仕事を終わらせようとする人もいれば、無駄なことを続けて時間を引き延ばすことに精神的な満足を覚える人もいる、一度でも後者の声に耳を傾けてしまえば、次に待っているのは後退のみです。味の素の社長が「I shall return」とでも言ったのならともかく、「時間ありきの働き方を求める段階は過ぎた」云々では、望み薄ですね。

 「今後はどれだけクリエイティブな仕事に時間を割けるか」とも味の素の社長は語ったそうですが、この「クリエイティブ」というのも「コミュニケーション」とか「グローバル」みたいに、日本の会社では好まれるけれど実は中身のない言葉のような気がします。ただ、そういう言葉を連発しておけばなんとなく「良いことを言った」感じを演出できるだけで、なんの解決にもなっていない等々。

 実際のところ「クリエイティブ」と持ち上げられているけれども実際はただの「余計なこと」「いらないこと」でしかない代物も多いように思います。とりわけ、本社の管理部門が考えるような類いには、ですね。闇雲に変革さえ訴えておけば活躍していると評価される組織は多いのではないでしょうか。そんな管理部門のクリエイティブな仕事ぶりの結果として業務負担が重くなるばかりの営業部門、というのは私の勤務先の話ですが。

 あるいは、真のイノベーションは必ずしも業務時間中に生まれるものではない、とも言えます。むしろ豊富な余暇の中で、生まれてくるものだって多いでしょう。または真のイノベーションを、大した給料をもらえるわけでもない日本の会社員に期待すべきなのか、とも言えます。給与水準を鑑みれば、そこまで会社に尽くす義理はない、やることだけやって速やかに退社した方が、普通の会社員として得るものと払うものの釣り合いは取れているでしょうから。

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忘れられないといいですね

2019-05-05 21:47:57 | 雇用・経済

自民、最低賃金を一律化 参院選 政策集に明記へ(産経新聞)

 地域間で異なる最低賃金(最賃)について、自民党が夏の参院選で公約とともに取りまとめる政策集に一律化の検討方針を明記する方向で調整していることが3日、分かった。相対的に低い地方の最賃を底上げすることで、人件費が増えても一定の利益を上げられるよう企業に努力を促し、日本全体の生産性向上などにつなげる狙いだ。

 経営への影響が大きい中小企業が、参院選で激戦の予想される地方に多い点にも配慮し、扱いは中長期的な課題にとどめる方針。

 安倍晋三首相は平成27年11月、最賃について、毎年度3%程度引き上げて、将来的に全国平均で千円を目指すと表明し、現在は874円まで達した。ただ、最高の東京都(985円)と最低の鹿児島県(761円)で224円の格差があり、外国人を含めた地方から都市への人材流出の一因となっている。一方で、労働力確保のコストが都市よりも抑えられることから、生産性の低い地方企業を温存することにつながっているとの指摘も出ている。

 自民党は今年2月、最賃の格差解消に向け、有志議員が「最低賃金一元化推進議員連盟」(会長・衛藤征士郎元衆院副議長)を設立。最賃一律化が持論で政権幹部とも親交のあるデービッド・アトキンソン小西美術工芸社社長らと意見交換し、必要な法整備を訴えている。議連では厚生労働省の担当課長が業種別の一律化を主張し菅義偉官房長官が全否定する騒動も起きた。

 ただ、党幹部も一律化の必要性自体は認めており、議連側の要望を受け入れ、選挙公約としての拘束力は弱い政策集「Jファイル」に地方の反発を招かない表現で一律化を盛り込む方向で調整することになった。実現に向けては、最賃の底上げを後押しするよう実効性のある補助金などの仕組みづくりも課題となりそうだ。

 

 さて公約はおろか政策集ともなりますと、自民党以外の党が与党になったときも含めて忘却の彼方に追いやられがちなイメージですが、これはどうなるのでしょうか。曰く「扱いは中長期的な課題にとどめる方針」とのことですから、インフレ目標よろしく掛け声だけで終わる可能性も高そうです。現に菅官房長官の全否定などもあるわけで、「ポスト安倍」が今回の方針を引き継ぐ見込みは乏しいような気もしますし。

 とは言え、最低賃金の一律化自体は好ましい政策です。例えば東京のコンビニ店員と鹿児島のコンビニ店員で能力に大きな違いはないはずですが、しかし賃金には大きな違いがあります。住むところに制約のない人であるならば、必然的に東京へと引き寄せられることでしょう。地方で頑張るよりも、上京する方が得なのですから。

 平成は、東京一極集中の進んだ時代でした。東京に収まりきらない富が地方に波及する時代から、企業や人材が東京へと流出する時代に移行したのが平成と言えます。東京都知事にとっては、くだらない妄言、暴言を連発していても勝手に足下が栄えていく良い時代であったかも知れませんが、日本全国にとっては決して繁栄の時代ではなかったわけです。

 そこで「日本全体の生産性向上」を考える上では、地方の給与水準を上げていくこと、地方で働く人の所得を増やし、地方在住者の購買力を上げていくことも当然ながら、求められるのでしょう。しかるに地方ほど低い賃金が法的に許されているために、マトモな賃金を払えない生産性の低い事業者が延命できてしまうのが現状です。

 平成は、規制緩和の時代でもありました。改革の旗の下、より広い範囲の職種を非正規で、かつ薄給で雇い続けられるようになった時代です。賃金を引き上げたら潰れてしまう、そんな生産性が低く競争力に欠ける企業でも、人件費を抑制することで事業を継続できるようになった時代なのです。そして、日本経済が発展した時代ではありませんでした。

 「経営への影響が大きい中小企業が~」とは、最低賃金引き上げ論議の際に出てくる決まり文句ですが、しかしマトモな賃金を支払えない企業は日本社会の寄生虫でしかないわけです。それは駆除されるべきであり、人権のように守られるべきものではないでしょう。賃金を引き上げたら潰れてしまうのなら、それは既に事業として破綻しているのです。

 そもそも安い人件費を唯一の武器に価格競争を仕掛けてくる事業者が国内に存在することは、他の優良事業者にとってもマイナスです。ちゃんと賃金を引き上げようとしても、(人件費を抑制することで)安売り攻勢を仕掛けてくる競合他社がいては、それへの対抗策も必要となってしまいます。悪貨は良貨を駆逐するものですから。

 従業員を安く長く働かせることでしか事業を継続できない、そんなゾンビ企業に対して毅然とした態度を取ること、それが国民にとって有益な政治家の在り方と言えます。しかし、とかく経営者目線の日本社会では、企業の保護ばかりが優先されがちです。そして与党に限らず野党もまた同様で、「弱い」企業を守ろうとして結果的にはゾンビ企業の延命に協力している等々。

 引用元では「実効性のある補助金などの仕組みづくり」と書かれていますが、この「補助金」とは、やはり企業――それも「マトモな賃金を払ったら潰れてしまう生産性の低い企業」――が対象となるのでしょうか。それ即ち企業への福祉を続けてしまっては、問題企業の延命にこそ繋がっても、地方の自立的な発展に繋がることは永遠にないと言わざるを得ません。

 やるべきとすれば、ゾンビ企業の駆除あるのみです。最低賃金を都市部と同水準に引き上げる、それで破綻する事業者には、速やかに市場から退場してもらう必要があります。これで失業者が出るのであれば、その時こそ補助金の出番であり、同様に地域サービスが不足するようになれば、これもまた補助金の出番でしょう。

 民間で(賃金を最低水準まで引き下げない限り)採算が取れないような事業こそ、「官」がやらなければいけないことであり、そこで適切な雇用を生むべきことでもあります。正しい道へ進むためには、まず誤った道を引き返さなければいけません。「官から民」の時代の過ちを修正するためには「民から官」への動きもまた考えられるべきであり、それはゾンビ企業延命のための福祉よりも、間違いなく有意義なことです。

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