非国民通信

ノーモア・コイズミ

野党(ただし国政に限る)がダメすぎる

2013-07-30 22:12:25 | 政治

仙台市長選:告示 現職、新人の一騎打ち(毎日新聞)

 任期満了に伴う仙台市長選が28日告示され、いずれも無所属で、再選を目指す現職の奥山恵美子氏(62)と新人の角野達也氏(54)の2人が立候補を届け出た。投開票は8月11日。

 奥山氏は政党推薦は受けないが、自民、民主、公明、社民の市議会与党会派の議員が支援。東日本大震災の復興施策の継続や、新規雇用創出などを公約に掲げる。共産が推薦する角野氏は、昨年度末で打ち切られた被災者向け医療費負担免除制度の復活など、福祉施策の充実を訴える。

 

 形式上は「無所属」で出る候補も地方選挙では多いわけですが、実質的にどこが支援しているかを隠せているケースは滅多にありません――というより、調べれば誰にでも分かるようになっています。もちろん有権者が候補者の「無所属」という自称を鵜呑みにして、ロクに調べないまま無所属と信じて投票していたと推測されるケースはないでもありませんけれど。それはさておき仙台市長選、自民&民主&公明&社民vs共産という、よくある構図が伝えられています。国政選挙ではあたかも対立しているかのごとき装いを続けた党も、根っこではしっかり繋がっているのです。今回は自民党候補のワタミ会長だって、前の都知事選では民主党が推していた人物です。せっかくなら参院選でも相乗りしてやれば良かったのに、と思います。結局これこそが「ねじれ」であり、真のねじれ解消は野党のフリをして与党への批判票を掠め取っていく泥棒政党が消滅したときではないかと、そう感じるところです。

 

 ……で、この時期は水を飲んだ後に倦怠感や吐き気に見舞われることが多いです。ナトリウム不足で起こるとされる症状に近いような気もします。基本的に塩気の濃いものを好んで食べているだけに、いかに夏場とは言えちょっとやそっとで塩分が不足するとも考えにくいのですが、汗をかいたら水分を補給するだけではなく塩も少しは舐めて置いた方が良いのでしょうか。ナトリウムの補給が必要なほど汗をかくのはスポーツや肉体労働の時くらいだと思っていたのですけれど、どうにも調子が悪いので。

 一般にナトリウムは過剰摂取になりがちです。特に日本食は塩分が多い、健康のためには減塩が必要だと説かれることが多いわけです。ところが反対にナトリウムを補給すべきと言われる局面もあって、それが夏場の炎天下での作業など、多量の発汗によって水分だけではなくナトリウムが体外に排出されてしまう場合ですね。このとき水ばかりを補充すると体内のナトリウム量のバランスが崩れてしまう、なおさら体調を悪化させてしまうことに繋がります。汗で失った水分だけではなく、塩分もまた補給しなければいけないのですが、まぁ時には減塩、時にはナトリウムの補充と忙しないことです。

 結局のところ塩分が少なければ少ないほどよいものでもなければ多ければ多いほどよいわけでもない、常に中庸をキープしなければならない――当たり前のことですが、そういうことです。ところが我々の社会では、しばしば一方だけが正しいとされる、あるいは一方だけが絶対悪とされることが多いように思うのです。例えば女性の体重とかはどうでしょう、標準体重を下回ってもなおダイエット(減量)に励む女性も少なくありませんし、ちょっと体重が増えて適正体重に近づけば「激太りだ!」と大騒ぎする人が私の職場にもいます。そういう女性を冷ややかな目で見る世間の男性も、例えば物価/インフレに対してはどうなのやらと。

 とにかくインフレは悪だ、絶対にインフレになってはならない、日銀総裁が想像を絶して無能な白川であった時代の方針はそういうものでした。ちょっとでもインフレ目標を掲げようものなら「ハイパーインフレになる!」と叫んで回るなど、低ナトリウム血症の人に塩分取りすぎの害を力説するがごとき人も政財界に闊歩していただけではなく、それが世間でも一定の支持を集めているのではないでしょうか。日本「以外」の国の物価水準の推移とは裏腹に、「とにかくインフレだけは絶対にダメ」と信じているかのような振る舞いを続けてきた前政権時代は、ひたすらダイエットに励む女性を笑えるようなものではなかったと思います。

 円相場もまた然り、アベノミクス批判と称して「円安で家計が/経営が苦しくなった」という声をしきりに取り上げる政党やメディアもまたあるのですが、ただ円相場がリーマンショック前の水準に「戻った」程度で大騒ぎするようでは、流石に着いていけません。むしろ1ドル80円未満という空前の円高に何か異常なものを感じてはいなかったのかと、超・円高で苦しんでいる人や事業者の存在をどう考えているのかと問いたくもなります。円安の害を声高に説くのなら、じゃぁ実体経済から大きくかけ離れた円高は気にしなくて良いのか、と。

 結局のところ、デフレという世界でもまれに見る珍現象を是正しようとする党と、それを批判する党、1ドル80円割れという異常事態に介入する党と、それを批判する党、前者の方が明らかにバランス志向であると言わざるを得ません。前者――要するに自公政権ですが――にも批判されるべき点はありますけれど、野党筋の批判は的を外したものが多かった、むしろ与党とは異なる立場をとるために輪をかけてアンバランスな主張を繰り返していたようにも思います。まぁデフレ放置/円高放置を続けてきた民主党辺りは、それを是としているからであって決して自公政権に反対だからではないのかも知れませんけれど。

 

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日本の職場の平均的な値

2013-07-28 11:10:27 | 雇用・経済

除染:賃金未払いなど業者の68%で法令違反 福島労働局(毎日新聞)

 福島労働局は24日、東京電力福島第1原発事故を受けて除染作業をしている福島県内の業者の68%で、割増賃金の未払いや労使協定の未締結などの法令違反が見つかり、是正勧告をしたと発表した。

 同労働局によると、388事業所を対象に今年1〜6月、原則抜き打ちで立ち入り調査をした結果、264事業所で計684件の違反を確認した。

 うち7割は労働基準法違反で、割増賃金の未払い(108件)▽賃金台帳の未作成(90件)▽労働条件の未提示(82件)−−などが多かった。残り3割は労働安全衛生法違反で、線量の事前調査をしない(20件)▽放射線に関する特別教育を実施しない(16件)▽作業後の汚染検査をしない(14件)−−などが目立った。

 また、1日1万円前後の除染(特殊勤務)手当の未払いも12件確認し、環境省に通報した。

 同局は昨年4〜12月にも同趣旨の調査(242事業所対象)を実施しており、違反率は45%だった。違反率が23ポイント増加したことについて、同局は「調査項目を増やしたため」と分析している。

 

 原発絡みの話題は、その人の労働問題への意識を計る上で良くも悪くも尺度になるところがあるように思います。日頃は人権を慮る風を装っておきながら、世間から囂々たる非難を浴びるような犯罪「加害者」に対しては人権などどこ吹く風の厳罰論者に転向する人がいるように、労働者側の権利を重んじる風な口を利きながら、電力会社社員の労働者としての権利が踏みにじられているときは、さも当然だとばかりに傲然と構えている、そういう人もいるわけです。

 そこで上のニュースなどはどうでしょう。ここで「違反が多い、けしからん」と憤る人は、日本の労働現場について何の関心も持っていない人であると言えます。今年の春先には外国人実習生が「雇用主」を撲殺するという、不謹慎を承知で言えば痛快な事件がありました。その影響もあってか福井労働局が外国人実習生/研修生を使役する事業所を調べた結果がNHKでチラリと報道されていたのですが、対象となる54の事業所の「全てで」違反が見つかったそうです。除染に携わる事業者と比べて外国人実習生/研修生を「受け入れる」事業者が、いかに血も涙もない存在であるかが窺われますね。

参考、うどん店だけの問題でもなさそうに見える

参考、雇用の無法地帯

 こうした労働基準法などの違反は当たり前すぎて報じられることが少ないと言いますか、何か「プラスアルファ」でもないと全国紙(もしくは業界紙以外)で取り上げられる機会には恵まれないように思います。例えば対象を「香川のうどん店」に限定した調査結果など、何らかのネタ要素がないとニュースバリューを認めてもらえないようです。ちなみに香川県内のうどん店では40店中36点、すなわち90%で違反が指摘されました。なお香川県全体の違反率は74%とのこと。そして日本全体で見た場合の違反率は平成23年で67.4%でした。

 福島で除染作業に当たる業者の場合、昨年の段階では違反率45%だったそうです。日本の平均的な水準に照らし合わせてみれば、法令遵守の精神が相対的に高い、優良なホワイト職場であったと言えるでしょうか。ところが残念なことに、今回の調査では違反率68%と「日本の平均的な値」に落ち着いてしまいました。曰く「調査項目を増やしたため」とのことで、まぁ放射線量の調査など他の業種よりも調査項目が多くなるであろうことを鑑みれば、そういうこともあるのかも知れません。せっかく違反率が少ない優良業種であったものが「普通の」水準に並んでしまったのは惜しまれるところですが。

 ともあれ日本の職場でどの程度の「違反」が常態化しているかを知っていれば、「68%で法令違反」というのが特定の業界、職種に限った問題でないことが当然のように理解できるはずです。しかし、日本の労働現場全般に蔓延する問題を、今回の除染関係を含めた原発労働全般に矮小化して語る向きが、福島の原発事故以降は増えているように思います。原発労働の問題として糾弾されているものの大半は原発とは無関係な職場でも普通に存在しているものなのですが、その辺が丸っきり無視されることも増えたなと常々。

 例えば外国人の犯罪を殊更に大きく取り上げたがる人がいるわけです。日本人の犯罪率と大差なかったりするものですけれど、ある種の思惑を持った人は、そんなことを気にしたりしません。そう言えば外国人の生活保護世帯が1.7倍増!なんて報道が出たこともありました(参考)。同時期の日本人の生活保護受給世帯もまた同様に1.7倍に増加していたのですが、その辺は伏せた報道でした。ある種の思惑を持つ人は、そういうものなのです。原発/除染関係も然り、他の職場と目立った差がないことは語られません。問題は日本の労働環境全般にあるのですが、あたかもそれが原発周りに特有の問題であるかのごとく見せかける、それを優先する人がいると言うことです。かくして本当に深刻な日本の労働問題は矮小化されていきます。本当は日本の職場「全てで」是正が求められることなのですけれど。

 

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ゴールデンコンビは健在だけど

2013-07-25 23:35:52 | 政治

兵庫知事選:井戸敏三氏が4選(毎日新聞)

 任期満了に伴う兵庫県知事選は21日投開票され、現職の井戸敏三氏(67)=公明、社民推薦=が、新人の田中耕太郎氏(64)=共産推薦=を破り、4選を決めた。

 自民、民主両党は、党本部が4選以上は推薦しないため、それぞれ県連が井戸氏を推薦。参院選で対決する与野党4党が事実上相乗りした。日本維新の会が独自候補擁立を断念したこともあり、2009年の前回と同じ顔ぶれでの一騎打ちになった。

 

 さて、先の日曜日には兵庫県知事選が行われ、「東京一極集中を打破するための旗を揚げなければならない。関東で震災が起きれば東京は相当なダメージを受ける。これはチャンスですね。チャンスを生かす、そのための準備をしておかないといけない。」との発言で有名な井戸氏が4期連続の当選を果たしました。他の自治体でも同じように兵庫でも自民党と民主党のゴールデンコンビは健在で、この両党に公明党と社民党も相乗りで井戸氏を推薦するなど、まぁ日本の地方自治を巡る勢力図を象徴する選挙であったと言えるでしょうか。


ネット選挙で投票の質上がり、「ロングテール」ニーズも拾える
民主党・鈴木寛参院議員(党広報委員長)に聞く(J-CAST)

   2013年7月に予定されている参院選から、インターネットを使った選挙活動が解禁される。政党や候補者は期間中にウェブサイトやツイッターを更新することが可能になり、有権者はタイムリーに多くの判断材料を手にできそうだ。

   では、選挙戦の様子や政党の情報発信のあり方はどのように変わるのか。特に12年12月の衆院選で惨敗した民主党は、ネット選挙でどう反転攻勢に出ることができるのか。IT関連政策に詳しい鈴木寛参院議員(元文部科学副大臣・党広報委員長)に聞いた。     (以下略)

 

 なお世間一般では同日に行われた参議院議員選挙の方が注目度が高いようです。ネット選挙解禁云々と喧しくも語られた選挙でしたが、そのネット選挙解禁の先導者の一人であったのが民主党の鈴木寛氏です。上記引用は選挙前の6月に行われたもので、「選挙前」のネット解禁への期待感みたいなものが窺われなくもありません。そしてこの鈴木寛氏は――見事に落選しました。ネット選挙を考える上で、実に感慨深い一幕です。上記リンク先を読み進めるにつれ「こんな人が当選しなくて良かった」と思えてこないでもないのですけれど、しかるに代わって当選した人が鈴木寛氏よりマシかと言えば、多少はマシな人もいれば、より悪質な人もいるように思えるのが何とも。

 例えばどうでしょうかね、北朝鮮政府が粗大ゴミを打ち上げたりとか色々ありまして、その辺にかこつけて民主党政権は高校無償化の適用対象から朝鮮学校を除外するなどしてきたわけです。めでたく政権が変わっても自民党が前政権の方向性をそのまま引き継いでいることが実に腹立たしくもありますが、まぁ高校世代向けの数多の学校の中で朝鮮学校だけが差別的な取り扱いを受けている、不当なことであると言えます。ここで非難されるべきは不当な取り扱いをしてきた日本政府であるように私には思われるのですけれど、「そもそも悪いのは北朝鮮だ」みたいな責任のすり替えもあって、それが一定の理解を得ているのですから嫌な話です。

 ……で、「ピカの毒がうつる」云々と広島/長崎の被曝者に対する差別という恥ずべき歴史が我が国にはあるわけです。そこでは当然ながら、無理解や偏見に基づいて被曝者を差別する人の振る舞いが是とされるべきではないだろうと私は考えます。これならば概ね理解されるところでしょうか。しかるに、「そもそも原発を投下したアメリカが悪い、責められるべきはアメリカ」と言い出して、被曝者を差別する人を擁護する、差別者への批判を牽制するような輩がいるとしたら(一部の活動家にはそういう人もいるかな?)、まぁ白眼視されることの方が多いのではと思います。

 ところが福島絡みの諸々、福島の居住者なり生産物なり、あるいは福島から(関東や西日本の人が思うよりもずっと)距離の離れた宮城や岩手の震災ガレキなりを、科学的根拠とは矛盾した妄想まみれの世界観に添って危険視したがる人がいるわけです。そして虚妄の言説を振りまいては「フクシマ」に纏わる諸々を排除と忌避の対象に仕向けてきたデマゴーグの代表格の当選を東京選挙区で許してしまいました。まぁ、在日外国人に対する偏見に基づいた脅迫的言動には眉を顰める一方で、福島に対する偏見に基づいた誹謗中傷には容認の立場を取る、あろうことか賛同する人すら多かったと言うことでしょうか。

 そして、人と物の双方で福島が差別やデマの標的とされる中で、「第一に責任があるのは行政と東電であり、第二に責任があるのは原発推進に加担した人々」云々と、偏見を撒き散らす人々や風評被害を広めようとする人々を免責しようとする輩がいる、「フクシマ」を排除の対象にしようとする人々への批判を牽制することに余念がない連中もまたいるわけです。それは違うのではないか――北朝鮮政府にもアメリカ政府にも責任があるように東京電力や原子力行政にも責任はありますが、だからといって差別行為そのものが正当化されるものではない、事実に基づかない悪意ある言動で他者(この場合は福島)を貶めるような振る舞いが許されることはない――と、私は考えます。

 まぁ今後は過去の歴史を妄想で上書きしようとする人々もさることながら、福島や原発の現状あるいは放射線の影響を自らの妄想で上書きしようとする人々、歴史ならぬ科学修正主義者とでも呼ぶべき人々の存在にも、もうちょっと頭を悩ませなければならないのかも知れません。片方の修正主義にはセンシティヴな割にもう片方の修正主義には鈍感、というよりむしろ好意的な「お里が知れる」感じの人も多いですし、元より政治家にはニセ科学系の団体とよろしく付き合っている人も左右あるいは与野党問わずに少なくないですから。経済は多少なりとも正常化に向かいつつありますが、その他諸々はどうなることでしょう。

 

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一つ人よりゲーム好き

2013-07-23 23:47:48 | 社会

ゲームにハマったら麻薬使用やめられた=上海男性が証言(新華経済)

オンラインゲームに夢中になっていたら、麻薬使用をやめられた――。中国上海市に、こう証言する男性が現れた。19日付で東方網が伝えた。

中国紙・新聞晨報の報道によると、上海市公安局静安分局の警察官が16日、犯罪取り締まり中にある30代男性に麻薬使用の前科があることを把握し、病院で尿検査を行うと、男性は最近、麻薬を使用していないことが分かった。話をきくと男性は「2010年に麻薬で捕まり、6カ月間、強制治療を受けた。出所した後にオンラインゲームにハマり、ゲームのための設備を買おうとお金を貯めていたら、2年間、麻薬を使用することはなかった」と証言したという。

上海市麻薬使用撲滅ボランティア協会の済民秘書長は「男性の麻薬中毒の程度はさほどではなかったのだろう。興味がゲームに移ったことで麻薬使用をやめられた可能性がある」と指摘した。ただ同氏は、「個別のケースであり、オンラインゲームが麻薬を断ち切るのに有効とは一概には言えない」と付け加えた。

 

 「個別のケースであり~一概には言えない」とのことですが、「他にもっと良いものを与える」というのは普遍的に有効な手段なのではないでしょうか。出所者の再犯率は世間で信じられているほど高いものではありませんが、しかるに薬物中毒に限っては再犯率が高い、なかなか薬を止められない人が多いわけであり、「刑務所に閉じ込めておく」という手法が有効に機能しているとは言いがたいところです。もちろん薬物依存治療のためのプログラムは常に研究されているものと思われますが、「より魅力的なものを差し出す」ことはもっと重視されて良いのかも知れません。

 上記のケースでは、麻薬を吸うよりもオンラインゲームをやっていた方がハッピーになれたから、自然と麻薬とは別のものにはまり込んでいったわけです。まぁ、他にもっと興味を持てるものが出てきたことによって、それまで執着していたものをあっさり捨ててしまった経験がある人は麻薬中毒患者ならずとも普通にいると思います。私にしても、何百時間もやりこんできたゲームを、別の新しいゲームが発売されたらさっぱり手を付けなくなったりすることが普通にありますし。

 まぁなんでしょうか、麻薬に限らずギャンブルとか非行の類とか、世間では決してよく言われない「悪癖」を、他の趣味志向によって追いやることは概ね肯定的に捉えられるのではないでしょうか。勉学に目覚めたとか、スポーツに打ち込んで更生したとか、あるいは家族を養うようになって真面目になった等々、そういうケースは美談として一般に受け入れられているように思います。では、ゲームにはまるようになって――という場合はどうなのでしょう。

 ゲームにはまって麻薬を止めたのではなく、もっと他の「何か」であれば評価は異なっていたかも知れないという気もするわけです。ゲームへの熱意ではなく、家族への思いとか、趣味志向でも世間の評価が低くないもの(スポーツや音楽など)が麻薬から足を洗う要因となっていれば、こう興味本位にメディアへ取り上げられることはないにせよ、「麻薬使用撲滅ボランティア協会」の反応はもう少し暖かいものになったのではないかとも。

 昨今では課金制のゲームにはまって高額の請求が――みたいなニュースも目にしますが、でも同額以上の金銭をブランド品に費やしてきたお母さんも多いはずです。ましてや車やオーディオを趣味とする人間が費やす金銭に比べれば、全国紙で報じられたクラスの高額請求例でさえ微々たるものでしかありません。水商売のお兄さんお姉さんや賭け事にはまって会社の金を横領するなんて事例も定期的に出てくるわけですけれど、そこで伝えられる金額に比べればゲームにはまり込んだ場合のそれなんて塵みたいなものです。費やされる額を考慮すれば、ゲームにはまることが今のようにネガティヴに受け止められるのは不当にも思うところ、まぁ餅は規制されなくても蒟蒻ゼリーは規制される、そういうものですからね。

 

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ゆりしーず

2013-07-21 11:40:54 | 社会

甲状腺被曝、公表の10倍 福島第一作業員、半数未受診(朝日新聞)

 【大岩ゆり】東京電力福島第一原発事故で、がんが増えるとされる100ミリシーベルト以上の甲状腺被曝(ひばく)をした作業員が、推計も含め2千人いたことが分かった。対象を広げ詳しく調べ直したことで、昨年12月の公表人数より10倍以上増えた。東電は、大半の人に甲状腺の異常を調べる検査対象となったことを通知したというが、受検者は半数程度にとどまるとみられる。

 作業員の内部被曝の大部分は事故直後の甲状腺被曝だ。だが、厚生労働省も東電も、全身の線量だけで作業員の健康を管理しており、甲状腺被曝の実態把握が遅れている。国の規則が全身の被曝線量の管理しか求めていないためだ。

(中略)

 実測値を再評価したほか、体内に入った放射性ヨウ素の量がはっきりしない場合、セシウムの摂取量をもとに、作業日の大気中のヨウ素とセシウムの比率などから推計した。この結果、100ミリシーベルトを超えた作業員は1973人と分かった。中には、線量見直しで甲状腺被曝が1千ミリ以上増えた人もいた。

 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の経験などから、甲状腺に100ミリ以上の被曝をすると、がんのリスクが高まると考えられている。従来は、40歳以上はがんが増えにくいとされていたが、最近は40歳以上でもリスクが増えるとの報告も出ている。

 

 この記事を書いている朝日新聞の大岩ゆり氏は、原発事故後2年以上に渡って甲状腺等価線量と実効線量を混同させる記事を書き続けてきたことで知られています。朝日で原発に関わる記事が載っていた場合は、まず執筆者を確認し、それが大岩ゆりである場合は基本的にミスリードのために書かれた事実上の虚報であると判断しておけば、まず問題ないでしょう。まぁ、実在の原発問題に多少なりとも関心がある人なら、この大岩ゆりなり、あるいは中日/東京新聞なり、もしくは山本太郎その他諸々の脱原発系候補の妄言には騙されないと思いますが。

 甲状腺など特定の臓器に限った「等価線量」と、全身に隈無く浴びた「実効線量」とでは意味するところが大きく異なるのは今さら言うまでもありません。ICRP2007での甲状腺の組織加重係数は0.04――すなわち、甲状腺の等価線量×0.04≒実効線量となります。では今回の記事で基準値にされている「100ミリシーベルト」とは、甲状腺等価線量なのでしょうか、それとも実効線量なのでしょうか。そこは非常に重要なポイントなのですけれど、この点を常に明示せず記事を書いてきた、それを2年以上も続けてきたのが朝日新聞であり、大岩ゆりであるわけです。

 「昨年12月の公表」で100ミリシーベルトを超えたと報道されたときの「100ミリシーベルト」は、甲状腺等価線量でした。今回の「公表の10倍」という触れ込みの「100ミリシーベルト」もまた甲状腺等価線量として理解するのが妥当でしょう。そして「100ミリシーベルト以上の被曝でガンによる死亡リスクが高まる」とされるときの「100ミリシーベルト」は一般に実効線量を指すのですが、朝日の記事はなにやら珍妙な独自研究に基づいて書かれているかのようですね。産経新聞の歴史観と朝日新聞の科学観、果たしてどちらが独自の世界を築いているのやら。

参考、甲状腺等価線量と実効線量について

 なおベラルーシとウクライナでの調査によると、子供のころに甲状腺への被曝を受けると甲状腺癌発症のリスクが甲状腺等価線量1シーベルト――単位を揃えるなら1000ミリシーベルト!の被曝で年間に1万人あたり2.3 名だけ上乗せされるそうです。好ましい影響とは思いませんけれど、過労や夜勤のリスクに比べれば「ほぼゼロ」でもありますね。今以上に被曝を避けるべく血のにじむような努力をするより、人を増やして従業員の負担を軽くする、節電の必要性を減らして工場などの夜間操業/夜間勤務を減らすよう努めた方が、健康向上には役立つことでしょう。

 

不十分な線量管理、国がチェックする仕組みを 福島第一の甲状腺被曝者、公表の10倍(朝日新聞)

 甲状腺がんのリスクが上がる作業員が2千人近くいることを、東京電力は福島第一原発事故後2年4カ月たって、ようやくつかんだ。リスクについて知らされないまま検査を受けていない人も多く、健康を守る体制は整っていない。

 甲状腺被曝(ひばく)が100ミリシーベルトを超えるのは、事故後すぐに現場に入り、放射性物質を吸い込んだ人が大半だ。東電の社員は976人で、残りは元請け企業やその下請けの人たち。複数の作業員は「甲状腺被曝のリスクについて詳しい説明がない」と証言する。下請けの作業員にはすでに辞めている人もいて、「甲状腺の被曝線量なんて教えてもらっていない。検査の案内もこない」という人も多い。

 

 ……で、トップでも1面でもない位置にひっそりと掲載されていたこちらの記事によると、「公表の10倍」こと甲状腺等価線量で100ミリシーベルト超の被曝と推計された1973人の内、976人は東京電力社員であることが伝えられているわけです。あたかも東京電力社員や元請け(関電工辺り?)がのうのうと構えている一方で、下請けの人間ばかりが過酷な環境で被曝を強いられているかのようなミスリード報道も山のように目にしてきましたが、今回の原発事故で被曝量が多かった人の半分は東京電力社員であったことが伝えられています。

 要するに「今までは精査の対象から外されていた人々」とは、少なくとも半分くらいは東京電力社員なわけです。残る元請けや下請けも、東京電力と密接に関わる人員であろうと推測されるところ、原発の「外」すなわち福島周辺住民を対象としては子細に被曝量の調査が行われてきた一方で、原発の「内」の世界は後回しにされてきたと言えます。要するに東京電力は「自社及び関連の深い会社の従業員の検査を二の次にしてきた」ということですね。

 どうなんでしょうか、世間体もあるとは言え、やはり会社は自社の従業員を守るべきもの、もうちょっと自分の会社の人間の被曝量を他に先んじて測定して対策を取っていても良かったのではと私は考えます。しかるに東京電力は「自社の社員は後回し」でやってきた、その結果として事故から2年を経てようやく「(当初の)公表の10倍」であることが明らかになったわけです。もうちょっと東京電力が自分の会社の人間を、身内の安全を優先する会社であったなら、このような結果にはならなかったことでしょう。

 事故発生当時、東京電力は不必要な人員を一時退避させることも打診していたそうですが、これに菅が激高して幻となりました。その後も東京電力からは福島第一原発「以外」で働く人が続々と応援に駆り出されたわけですけれど、同じ会社に属しているだけの人間が果たしてどれほど事故収束作業のために必要であったか疑わしくも思います。不必要に自社の人間を被曝リスクに晒しては来なかったか、という点において東京電力は追求を免れないようにも思うところ。もっとも、その辺を気にしている人は多くないようで、まぁ殊更に被曝のリスクを煽るばかりで労働者の立場を尊重することが全くできていない人も目立つような気がしないでもありません。

 

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無意味な二択

2013-07-19 00:03:17 | 社会

 かの小泉/竹中体制下では「経済的に豊かで格差の大きい国か、貧しくとも格差の小さい国か」という二択が叫ばれたものです。実際のところ、ブラジルのように経済成長の中で格差を縮小していった国もあれば、日本のように経済を凋落させていく中で格差を大きく拡大させた国もあるなど、上記の二択は至って非現実的と言えます。ところが小泉/竹中体制の信奉者ばかりではなく、それに批判的なつもりでいる人もまた、この構造改革の世界観――経済的に豊かで格差の大きい国か、貧しくとも格差の小さい国かという二択――を全くの鵜呑みにしている人が多いように思われてなりません。

 上記は朝日新聞社のサイトからの引用ですが、正答は一つ、「このような二択には意味がない」でしょうか。言うまでもなく経済競争力を高めて社会的格差を縮めた道もありますし、近年の日本が辿ってきたような経済競争力を犠牲にしながら格差を広げてきた国もあるわけです。せめて二択ではなく四択なら意味がありますが、ここで挙げられたような二択は設問者(朝日新聞社/東京大学谷口研究室)が小泉改革の世界観を無批判に受け入れていることを示すのみです。むしろ、上記の設問にAもしくはBとハッキリ回答した候補こそ現実に向き合えない小泉路線の追従者として、投票を避けるべき対象であるとすら言えます。

 ……小泉構造改革もさることながら、ある事柄に反対のつもりでいる、批判的な風を装っている人ほど、むしろ根っこの部分では相通じているのではないかと、そんな気がすることも時にあります。例えば自己責任論などどうでしょう。一見すると自己責任論には否定的な人が、その実は「自分のことは自分でやれ」的な主張を公然と繰り返しているケースは多々あるのではないでしょうか。「個人」レベルの自己責任論には脊髄反射的にダメ出しする一方で、「地域」レベルではガチガチの自己責任論者だったりする、そういう人も山のように見てきました。

参考、山形よ、お前もか

参考、私はみんなに入りません

 今年の4月、福島県が災害公営住宅の建設で出る土の処分を山形の業者に委託したところ、山形県の行政指導によって受け入れを阻まれるという一件がありました。曰く「原発事故による放射性物質の有無にかかわらず、福島の土の持ち込みは住民に不安を与える」とのこと。これまた完全に差別であり、根拠のない純粋な嫌悪感に基づく排除である、被災地復興の妨害者でもあると言えますけれど、まぁ問題をすり替えたがる人もいて、中には「福島県のことは福島県内で処理すべきだ」云々と自己責任論を持ち出す人も目に付いたわけです。

 しかしまぁ、「○○のことは○○で」という言い方は都合の良いマジックワードです。「個人のことは個人で解決すべき」と説く人もいれば、「○○県のことは○○県内で処理すべき」という叫ぶ人もいる、間を取れば「○○市のことは○○市内で対応すべき」とも言えますし、「○○国のことは○○国内で解決するのが筋」とも言える、一見するともっともらしいようでいて、実はトンデモに過ぎないのではと私には思われてなりません。

 福島県の復興住宅建設で出た残土の処理を山形県の業者に委託するのがダメというのなら、では酒田市で出た残土の処理を米沢市の業者に委託するのはOKなのでしょうか。酒田市のことは酒田市内で解決すべき――と文脈から切り離されれば奇妙に聞こえるかも知れませんけれど、福島のことは福島県内で云々という主張と、果たしてどこまで異なるのでしょうか。逆に酒田市の残土を米沢市に持ち込むのがOKなら、会津若松市の残土を米沢市の業者に送っても問題はなさそうです。でも、ある種の人々にとってはそうでなかったりするようで……

 単純に面積だけを見れば、日本の国土はアメリカの州一つくらいでしかないとも言えます。そんな日本でも「地域のことは(当該の)地域で賄うべき」的な発想に一定の盛り上がりが見られるわけで、何なんだろうな、と。カリフォルニア州の電気をカリフォルニア州で充足するのも日本の電気を日本で充足するのも、スケール的にそう大きな差はなさそうな気もしますが、特定の地域で自己完結していることを「正しい」とする人が結構いるのではないでしょうか。電力に限らず食糧供給なんかでも、そうした風潮はありますかね。

 磯野家の安全は磯野家で責任を負うべき、あるいは世田谷区の食糧供給は世田谷区内で自足されるべき、東京都の電力は東京都内で賄われるべき――ある単位での自己責任論には否定的な人が、少し対象範囲を広げれば頑迷な自己責任論者として振る舞っている、そんなケースも少なくないように思います。私などはもうちょっと広い範囲で、むしろ地域や国にとらわれない範囲で助け合っていい、頼りあって言い、持ちつ持たれつであっていいし、それこそが安全保障だと思うところですけれど、ある特定の範囲で完結していることに「正しさ」を見出している人が結構いるような気がするわけです。

 

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もう民主は何も語らず名前だけ連呼していた方がいいんじゃないかな

2013-07-16 22:28:16 | 政治

自・民両党首、東北対決第2幕 重点区、奪取か死守か(河北新報)

 参院選の公示から10日目の13日、安倍晋三首相(自民党総裁)と民主党の海江田万里代表がそろって東北入りした。重点選挙区に狙いを定めた両党首の東北対決は公示日以来、2度目。安倍首相は「民主党ができなかったプラス成長を成し遂げる」と攻勢をかけ、海江田代表は「被災地の復興を遅らせているのは自民党」と批判を強めた。21日の投票日に向け、与野党の攻防が過熱した。

(中略)

 山形選挙区(改選数1)は環太平洋連携協定(TPP)をめぐる攻防が大きな焦点。安倍首相は「農業、農村の収入を10年間で倍増させる」と熱弁を振るった後、山形県高畠町と米沢市も訪れ、てこ入れに駆け回った。

 

 参院選もいよいよ差し迫ってきたわけですが、各党の主張はどれほどのものでしょうか。選挙期間中の遊説で実際にどれだけ事前の予想を覆せるのか気になるところでもあります。なお安倍首相は「農業、農村の収入を10年間で倍増させる」と熱弁を振るったとのこと。まぁ公務員なり電力会社社員なりマスコミ関係者なり、世間的に恵まれているとされる層を罵倒の対象とし、「こんなに恵まれている。これを直すのが民主党だ」と豪語しては働く人の賃下げを誇りとしてきた前政権に比べれば、向いている方向はずっと正しいと言えそうです。もっとも「農業、農村の収入」と「農家の収入」は必ずしも連動しないもの、アメリカやフランスのように農業は盛んでも農業人口は少ない国へと転向を計る必要は遠からず訪れると思われますけれど、従来の「農家が細々と続けられるように」という路線との折り合いをどう付けていくのか、その辺が問われますね。

 

 宮城入りした海江田代表は名取市と仙台市太白区の計5カ所を巡り、郡山市に転戦した。
 正午前、名取市の仮設商店街「閖上さいかい市場」でマイクを握り、安倍政権の復興方針を批判。「全国に公共事業をばらまいて人手不足と建設資材の高騰を招き、被災地の復旧事業を遅らせた」と指摘した。

 

 ……で、労働者の敵・民主党の代表は上のように述べたそうです。では海江田の指摘に応えて、「人手不足にならないように」「建設資材が売れ残るように」仕向ければ被災地の復興事業は進むのでしょうか。むしろ被災地の復興を阻んでいるのは、放射線絡みで諸々のデマを撒き散らしている人々、そういうデマゴーグを相手に日和る自治体首長連中のようにも思われるところですが、労働力にも物資にも買い手が付かず売れ残りが生ずる状況と、引く手あまたで労働力が不足する、物資も次々と売れていく状態と、どっちが好ましいのやら。まぁ就職事情を巡っても一貫して超・買い手市場を放置、黙認してきた民主党からすれば、人手不足や物資の高騰こそ懸念材料、買い手が付かずに労働力も物資も安く買い叩かれるのが理想の世界なのかも知れません。

 もっとも公共事業の「ばらまき」とやらは、未だ計画段階であって実行に移されているとは言いがたいように思うのですが、海江田の頭の中では違うのでしょうか。むしろ被災地で人が集まらない、局所的に資材が不足しているのは民主党時代から続く復興事業の流れであるような気がしないでもありません。ともあれ、働く側からすれば人手不足は良いことです。絶対的に足りない椅子を数多の求職者が奪い合うより、不足する求職者を何とかして誘うべく求人側が頭をひねるような状況の方が、民主党にとってはともかく労働者側にとって好ましいのは言うまでもないでしょう。物資の不足も然り、物資が有り余り、値引き競争の勝者にしか買い手が付かない現状と、そこまで安くできない事業者の製品でも売れてゆく状態、余程の買い手至上主義者もしくはデフレ愛好家でもなければ後者をそう悪いようには捉えないはずです。海江田の語ることが事実であるなら――民主よりは自民党の方がずっとマシと言えますし、民主党の政治家が口を開くほどにそう実感させられるところでもあります。

 

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将来へ向けての一歩か、それで手打ちの譲歩か

2013-07-14 14:29:25 | 雇用・経済

フェアトレードの精神でつくられた「フェアフォン」(WIRED)

考えうるあらゆる角度から最も倫理的な方法でスマートフォンの設計にアプローチしたと主張するAndroidフォン、「Fairphone」が5月24日(米国時間)、事前注文の受け付けを開始した。

この電話は、可能な限り社会的矛盾のないリソースのみを使用し、設計をオープンにするとともに、顧客にとって透明性のある方法で販売される。

 多くの携帯機器(特にスマートフォンとタブレット)の製造方法は、サプライチェーンとリソースを対象とした調査によって問題が指摘されてきた。特に、アップルとフォックスコン(富士康)の中国工場との関係は疑問視されている(日本語版記事)。2012年の『New York Times』紙の記事によると、サプライヤーが販売している電話は、未成年とされる、たいていが低賃金の労働者によって、危険な状況で手で組み立てられたものだという。

 

 間違いなく日本では発売されないでしょうけれど、海の向こうではこんな動きもあるようです。肝心の製品に魅力がない、むしろNokia 105みたいにスマートな携帯電話機の方がずっと私の好みではありますが、まぁ売れて欲しいと思います。日本でフェアトレードと言ったら専らチョコとコーヒー限定で、ごっこ遊びの域を出ない、暇人の道楽に止まっている印象がありますけれど、こうやってチョコとコーヒーの縛りから抜け出してフェアトレードの理念が広がってくれれば、多少は風向きの変化も期待できることでしょう。

 さて単独で見れば小さくも好ましい変化があるとして、それが「先へ向けての一歩」であるのか、それとも「これで手打ち/アリバイ作り」に止まるのか、先のことは分からないにせよ前者と後者では随分と評価も異ならざるを得ません。フェアトレードにしても、「先へ向けての一歩」として将来的にはスマートフォンなどの工業製品や各種サービスにまで広まっていくのなら、大いに応援したくなるところです。一方でチョコとコーヒーのフェアトレードで「良いことをしたつもり」になってご満悦、その他の製品に関しては全くの無頓着でiPhoneなんぞを愛用しているとあらば、フェアトレードは単なる自己満足のお遊びで終わってしまうと言えます。

 

最低賃金2%超上げへ 10月実施方針 首相、秋に定昇増要請(産経新聞)

 政府は8日、労働者の最低賃金について、今年10月ごろに予定している平成25年度改定に合わせて引き上げる方針を固めた。安倍晋三政権が2%の物価上昇を目標に掲げていることを踏まえ、経済回復基調が幅広く国民に行き渡るよう2%を超える引き上げ案が浮上している。また、安倍首相は秋に政府、経済界、労働組合らの代表者による政労使会議を開き、経済界に対し26年度の定期昇給の増額を求める考えだ。

 現在の時給で示す最低賃金は全国平均で749円。2%超だと、平均15円超の引き上げになる。デフレ脱却を最重要課題に掲げる安倍政権は、賃金の引き上げ幅を物価上昇目標を上回る数字にすることで消費の拡大を図りたいところだ。首相が今年2月、経済3団体トップとの会談で賃金引き上げへの協力を要請、主要企業は夏のボーナスの引き上げで対応した。

 政府は、24年度補正予算や25年度当初予算の景気浮揚効果が地方でも出つつあることから、全国レベルでの賃金の引き上げは可能とみている。6月に閣議決定した成長戦略では「すべての所得層での賃金上昇と企業収益向上の好循環を実現できるよう最低賃金の引き上げに努める」と明記。自民党の参院選公約でも賃金増を盛り込んでいる。

 政府高官は「賃金や家計所得が増加しなければ消費の拡大は続かない。アベノミクスの成否に関わる重要な問題だ」と指摘する。賃金の引き上げに向けて、政府は企業の内部留保が投資や賃金に回るよう誘導策も導入する方針だ。一方、経営基盤が脆弱(ぜいじゃく)な中小企業からは2%の賃金引き上げにも激しい抵抗が予想されるため、中小企業の経営を過度に圧迫しない対応も慎重に検討していく。

 

 本当に2%の引き上げが行われるなら、「前政権よりはほんの少しだけ」良い結果と言えます。民主党は政権交代前には最低賃金を大幅に引き上げる、1000円を目指すなどと息巻いていたもの、それが政権獲得後は野党時代の主張を次々と封印、最低賃金も自民党政権を引き継ぐ小幅な引き上げで茶を濁し続けた挙げ句、下野した途端に再び最低賃金の引き上げを唱え始めるなど、呆れた不誠実ぶりを遺憾なく披露しているわけです。そんな騙しの政党に比べれば与党として最低賃金の引き上げをもくろむ自民党の方が、まだしも民主党よりは労働者寄りと言えるでしょうか。

 この場合にもまた、「先へ向けての一歩」なのか、あるいは「これで手打ち」なのかが問われるところです。最低賃金の引き上げ幅が、ほんの少しだけでも上向くのは良いことです。ですが引き上げ目標幅が十分とは到底、言えません。その先がどう展開するのか、将来的にはもっと上げるので今年はこの辺でと言うなら許せますけれど、逆に一度は最低賃金を引き上げたのだからこれで十分と話を切り上げられてしまっては、チョコとコーヒーだけのフェアトレードで善行気分に浸っている人々と同様のタチの悪さを感じるわけです。最低賃金の引き上げ幅が2%を超えれば小さくとも前進ではあります。しかし、あまりにも小さな一歩で一息つかれては台無しになってしまいます。

 なお、最低賃金の引き上げに当たって毎度のように持ち出されるのが中小企業云々ですね。世の中には労働者を最低賃金ギリギリの金額で使い倒すことでしか存続し得ないような事業者も少なくありません。こうした事業者が経営を続けられるように心を砕いてきた、という点では前の与党もその前の与党も、そして永遠の野党もまた大差ないと言えます。痛みを伴う何とやらが世間で喝采を浴びながらも、最低賃金を引き上げれば潰れてしまうような不採算企業を切り捨てることは避けられ続けてきたわけです。この辺で「変われるか」こそ将来的には問われると思うのですが。

 

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中日ヘイトスピーチ新聞

2013-07-12 00:00:15 | 社会

脱原発より「脱被ばく」 福島大・荒木田准教授が訴え(中日新聞)

 脱原発よりもまずは被ばくしない「脱被ばく」を訴える福島大准教授荒木田岳(たける)さんの講演会が6日、名古屋市中区の名古屋学院大さかえサテライト講義室で開かれた。荒木田さんは、復興支援の掛け声の下で被ばくが半ば強いられているとして、現在の状況に疑問を投げ掛けた。

 脱原発社会を目指す市民団体「未来につなげる・東海ネット」が主催した。

 講演で荒木田さんは、福島第1原発事故直後に炉心が溶融した可能性を把握していた国や福島県が公表せず、避けられた被ばくが起きたと指摘。2012年5月時点での福島市の調査では、中学生以下の子どもを持つ福島市民の過半数が、今も避難したいと思っている状況を報告した。

 福島県産品を食べて支援することで、放射性物質が飛散している農地で農家が被ばく労働を続けることになる実態にも言及。

 健康被害を心配して県外避難や県産品を食べない人が「県民を冒瀆(ぼうとく)している」と非難される議論のいびつさにも懸念を示した。

 原発事故から約2年4カ月がたち、国や福島県は帰還政策を進めている。荒木田さんは「自主避難との表現が、不必要に避難している神経質な人たちとのイメージを形づくっている」とも指摘。帰還の促進が事故の過小評価に結び付き、原発の再稼働につながることを危ぶんだ。

 

 さて、「脱被ばく」を訴えるという触れ込みの福島大准教授荒木田岳氏は日本近代史が専門だそうですね。「福島大学放射線副読本研究会」という放射線「以外」の専門家が集うサークルの一員で、まぁ歴史「以外」の専門家が中核を構成した「新しい歴史教科書をつくる会」みたいなものだと捉えておけば、だいたい間違いはないと思います。そして報道するメディアには誤解を広めないよう、しかるべく注釈を付けて掲載する責任があるはずですが、社会の木鐸たる責任を放棄して事実関係を無視した記事を連発するのが中日・東京新聞であったりもするわけです。世間に偏見を広めて、そんなに楽しいですかねぇ。

 

福島県内の子どもの内部被ばく検出人数はゼロ
国内から初、食事による内部被ばく影響論文(ダイヤモンド・オンライン)

 福島県外ではあまり知られていないが、原発事故後に福島県内ではありとあらゆる団体により放射線影響による県民の健康影響に対して様々な検査が行われてきた。最大のものは福島県が2011年6月から行っているホールボディ・カウンター(WBC:人体の内部被ばく状況を検査する装置)による測定だ。これまでに延べ11万8904人の検査が行われてきたが、受診者の99.9%が国が定めた内部被ばくの抑制基準である1ミリシーベルトを下回るという結果がでている。だが、この検査結果数値では、測定された住人が1日どの程度の放射性セシウムを摂取しているかなどの詳細はわからなかった。

 論文では、希望者に対してWBC検査を提供している福島県平田村のひらた中央病院で2011年10月17日から12年11月30日の間に、福島県全域および茨城県の住民3万2811人を計った結果が示された。うち1万人以上が、土壌1平方メートルに放射性セシウム137が10万ベクレル以上ある地域に居住している。実際の計測でWBCの検出限界値300ベクレル(全身当たり)を超え、セシウム137が検出されたのは全部で4.7%のみ。さらに、その数値もほとんどがキログラム当たり50ベクレル以下に収まっている。12年3月以降の検査ではこれが1%に下がり、特に12年5月以降に計測した子どもで検出限界値を超えてセシウムが検出された例はゼロだった。

 論文では「自主的に検診に来る住民が、特別に内部被ばくについての意識が高い集団であるために値が低いのではないか」という指摘に応えるため、原発から約50キロに位置する三春町の小中学生ほぼ全員を対象にした検査結果も示された。11年冬の検査では、検出限界値を超えたのは1494人中54人だったが、12年秋の検査では検出限界値超えはやはりゼロだった。三春町は住民の2割が農家で、作った野菜を自家消費する家庭も多い地域であるにもかかわらずである。

日本語版抄訳

 上に引用したダイヤモンドも嘘記事が多いという点では中日/東京新聞と双璧ではありますが、これに限っては調査内容を歪曲せずに伝えています。要するにまぁ、内部被曝は実質的にゼロであった、カリウムなどから原発事故とは無関係に起こりうる被曝量に比して誤差の範囲を超えるような被曝はなかったことが明らかにされています。ところが妄想の世界に生きる人及び偏向新聞報道では「被ばくが半ば強いられている」ことになっているようです。むしろ被爆を避けるために行われた過大な避難行動が犠牲を生んだ、住民の居住権を行政が強制的に剥奪するという、本来なら最大限の慎重さを要すべき決断を当時の政権があまりにも安易に下してしまったことへの反省こそ求められるべきものと思うのですが。

 同時にまた、避難が必要であるかのような誤解を広めている人々にも大いに反省が求められます。外部被曝が一時的なもの(そして影響が見られたことのない範囲)に限られたことが早期に明らかとなった中で、ある種の人々の「希望の光」であった内部被曝もまた追加調査で皆無に近かったこともまた鮮明となりました。被曝を理由に福島から避難する理由は、少なくとも居住が制限されていない地域にはなさそうです。むしろ「危険だと思い込まされている」結果としての避難の増大こそ懸念されるべきでしょう。もっとも今となっては東北地方からの避難者よりも、関東とりわけ東京など南関東からの「自主避難者」が増えているなんて調査もあったりします。

参考、反原発は遠きにありて思ふもの

 早川由紀夫擁護の論陣を張っていた東京新聞と母体を同じくする中日新聞に良心など期待するのが間違っているのかも知れませんけれど、一部の悪意ある人間の被害妄想に基づいた脅威論を垂れ流しては、偏見や忌避感を世間に広めるのはどうなのでしょうね。「健康被害を心配して県外避難や県産品を食べない人が『県民を冒瀆(ぼうとく)している』と非難される」と、事実か創作かは知りませんが語られています。まぁ食べない人、出ていく人は愚行権の範囲です。でも福島産品を避けるべきだと主張する人、不買を宣言するような「主体的なアクション」を取っている人は、あたかも健康被害の恐れがあるかのごとき事実に反する嫌疑を福島ブランドに対してかけている、それによって福島の生産者に被害を与えているのは紛れもない事実であり、加害者として責められても仕方がないように思います。事実に基づかない形で在日外国人を有害視する人々と同じように。

 そして「福島県産品を食べて支援することで、放射性物質が飛散している農地で農家が被ばく労働を続けることになる」云々は最も気になることです。被曝労働ってのは宇宙飛行士とかを言うように思うところ、福島の農作業での被曝量と、国際線の乗務員、あるいは放射能バリバリの御影石で作られた建物――例えば国会議事堂――で働いたり、ラドン/ラジウムたっぷりの温泉での被曝量と、どっちが深刻ですかね。ともあれ上記主張を裏返せば、福島の農地で農家が「続けられなくなる」ことを望んでいるようにも聞こえます。「続けることになる」のを懸念するなら、では「続けられなくなれば良い」のでしょうか?

 帰還の促進が事故の過小評価に結び付き云々とも語られてもいます。帰還が可能になるのは率直に良いことだと考える人もいれば、それを苦々しく思う人もいるわけです。原発事故を小さく評価させたくない、もっと過大に評価させたいという欲望の裏返しでもあります。だから、実際に被害を広めたい、福島の産品が危険であるかのような偏見を広め、福島の農家が「続けられなくなる」ようにしたい、そうして「めでたく」自殺者でも出てくればを「それもこれも原発が悪い、第一に責任があるのは行政と東電(キリッ」と格好の攻撃材料にしたがっている人がいるのではないでしょうか。原発事故の被害を拡大させたのは誰なのだろう、十分か不十分かはともかく賠償に努めている誰かとは別のところで、今もなお福島近辺の生産者と居住者に損害を与え続けている人がいるのではないかと、首を傾げるわけです。

 

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コンサルタント バカ

2013-07-09 23:05:16 | 政治

候補者を見極める極意とは(選挙プランナー・三浦博史)<参院選・特別コラム>(gooニュース)

古今東西を問わず、候補者の「演説力」は選挙戦の行方を左右するものの一つであることは言うまでもありません。では、その演説の「良し悪し」とは何でしょうか?

(中略)

しかし、近年、演説の中身以上に、選挙戦術で重要視されているのが『外見・好感力』なのです。皆さんも街頭や駅頭で政治家や候補者が演説している場面に出くわしたことが何回かあるでしょう。では、その際、政治家や候補者が何を話していたか憶えている人はほとんどいないと思われます。

ここで『メラビアンの法則』を紹介しましょう。この法則は、人はどれだけ他人を見た目で判断しているのかを研究した、米国の心理学者アルバート・メラビアン教授が1971年に提唱した法則です。

この法則によると、人の言動は話の内容などの「言語情報」が7%、口調や話の早さなどの「聴覚情報」が38%、見た目などの「視覚情報」が55%という割合で他人に影響を及ぼすというもので、その比率から『7―38―55のルール』とか、「言語情報(Verbal)」、「聴覚情報(Vocal)」、「視覚情報(Visual)」の頭文字を取って『3Vの法則』とも呼ばれています。つまり、他人への影響力という点では「聴覚情報」と「視覚情報」という「ノンバーバルコミュニケーション(非言語的コミュニケーション)」が93%を占めているというものです。

 

 しかしまぁ、こういうコンサルの類はどうしてこうも「メラビアンの法則」が好きなのでしょうか。「水からの伝言」とか「EM菌」とか血液型性格診断の類と同等のカテゴリに止まる代物であるにも関わらず、今なお臆面もなく繰り返されているわけです。私もハローワーク主催の就職セミナーで何度となく講師役のコンサルタントから聴かされたものですけれど、そんな下らない話に税金からギャラが支払われているのは、まさしくムダと断言するほかないですし、この辺に切り込む政治家の一人もいたって良さそうに思われます。

 アルバート・マレービアンという心理学者は実在の人物ですが、「メラビアンの法則」は後代の創作であり、氏の研究とはあまり関係がありません。ここで自称・選挙プランナーの三浦博史氏が引き合いに出している類は全くの都市伝説に過ぎないわけです。それでも、こうやって(おそらくはギャラをもらって)メディア掲載の機会が得られるというのですから、まぁ羨ましいと言いますか妬ましいと言いますか、商業的な成功は本人の能力や著作の出来映えとは無関係なところにあるのでしょう。とりあえず「メラビアンの法則」は、「その人の言うことを傾聴すべきか無視すべきか」を判断する上で格好のリトマス試験紙としての役割は果たしているとは言えます。

 

たとえば無名のA候補が毎朝、駅頭で演説をしているとします。A候補が演説を始めて1ヶ月後、通勤する人たちに「A候補を見たことがありますか」と聞くと100人中30人ほどが「見たことがある」と答えます。2ヶ月後に同じ質問をすると今度は100人中50人くらいが「見たことがある」と答えるのです。3ヶ月後、「見たことがある」と答えた人に対し、今度は「それではA候補が街頭で何をしゃべっていたか、その内容を覚えていますか?」と聞いてみると、A候補の演説の内容を言える人はほとんどいないのです。

どれだけ政治家(候補者)が一生懸命訴えても、その内容は3日も経てばほとんどの人の記憶から消えてしまうのでしょう。しかし、あの政治家(候補者)の態度がいいとか、横柄だとか、笑顔がいいとか、しかめっ面ばかりという印象は記憶からなかなか消えないものなのです。

(中略)

これは裏を返せば、ほとんどの人は演説の内容を聞いてもおらず、憶えてもいないということですから、候補者はただ政策だけを訴えていてもダメなのです。ご自分の『外見・好感度』に心を配って演説をしなければ、有権者の意識の中に自身のイメージを植え付けることができず、当選を引き寄せることも難しくなるわけです。

 

 候補者が訴える内容がほとんどの人の記憶から消えてしまうというのは、確かにそうなのかも知れません。やいのやいのと政治に関心がある風なことを喧しく語る人でも、つい最近に起こったことをすっかり忘却しているケースが少なくないですから(政治家であっても民主党の枝野なんか、1日前の自分の言動を覚えていないフシすらありましたし)。世間の特別な関心を集めている人、橋下やワタミのような有名人に各党の党首クラスともなればまだしも、「ヒラ」の議員の政治的主張にまで関心を持っている人は少ないように思われます。しかし、「あの政治家(候補者)の態度がいいとか、横柄だとか、笑顔がいいとか、しかめっ面ばかりという印象」が有権者の記憶に残っているかと言えば、そんなこともないだろうと。

 「ほとんどの人は演説の内容を聞いてもおらず、憶えてもいない」というのは、否定しません(それを知ってか知らずか街頭では政策を語らない候補者も少なくないわけで)。でも「外見・好感度」だって同じようなものではないかと、そんな気がするのですがどうでしょう? あなたの選挙区の議員の顔を、投票用紙を見ながらどれだけ思い出せますか? この自称・選挙プランナーの根拠は「メラビアンの法則」という心理学上の実験とは無関係な代物でしかありません。「なんとなくそれっぽいこと」を言っておけばコンサルタント業は務まるのでしょうけれど、顧客にとっては何の役にも立たないだろうなと確信できます。

 むしろ「無党派層」を動かす上で幅を利かせているのは、「国政レベルでの党のイメージ(≠実態)」が大きいと私は考えるわけです。これは東京都議会議員選挙のような地方自治体の選挙でもそう、当該の自治体では連立与党の一員でも、国会では一応の野党に属していれば、現政権への批判票がそれなりに舞い込んでくると言えます(東京都議会選ではやや是正の傾向もありましたが)。無党派層は個々の候補者の訴えを聞いていないどころではない、地元の議員でどの党が与党でどの党が野党か、それすら気にしていないのではないでしょうか。そして地元の議員の顔ぐらいは覚えているような層ともなると、何がどうあろうと投票する先は初めから決まっているような人が大半を占めているようにも思います。

 結局、選挙運動で「こうすれば周りを出し抜ける」と言えるほどの妙策は誰にも見出されていないのかも知れません(それが簡単に実践できるものであるなら、国でも地方でも勢力図はたちどころに塗り変わってしまうでしょう)。選挙プランナーと称する業者に金を払ってコンサルティングを受けたところで、その費用対効果はどうなのやら。結局は、変に悪い方向で目立たないことに尽きますかね。自力で票を稼ぐより、対立候補の自滅の方が効果は大きいように見えます。そして後は国政における党のイメージと、支持団体(組織票)の取りまとめで決まってしまうわけです。街頭演説で事前の下馬評を大きく覆して世間を驚かすような事例が増えれば、それはそれでおもしろいですし探求の対象としてふさわしくすらありますけれど、たぶん近い将来には起こらないでしょう。国政には関心を持つ風でいて地元の議員には疎い人も多いですから。

 

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