Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2009年12月

2009-12-31 | Weblog-Index



このままではいかない仕事納め 2009-12-31 | 生活 TB0,COM0
水鳥の胸肉の脂肪に舌なめずり 2009-12-30 | ワイン TB0,COM0
時間の足りない最終週の月曜日 2009-12-29 | 暦 TB0,COM2
旨味が美味しいのではない! 2009-12-28 | ワイン TB0,COM2
今が素晴らしければそれで良い 2009-12-26 | ワイン TB0,COM2
小馬鹿にした弁明の悲惨さ 2009-12-26 | マスメディア批評TB0,COM0
心に沁む最後のイヴの電話 2009-12-25 | 女 TB0,COM0
サンタにおねだりのクリスマスイヴ 2009-12-25 | 女 TB0,COM0
大掃除にはカール・リヒター? 2009-12-24 | マスメディア批評TB0,COM5
待降節ストレスを試して流す 2009-12-23 | 試飲百景 TB0,COM0
締まりの良いストレートな買物 2009-12-22 | 雑感 TB0,COM0
特典を使い、厳寒で酔い覚まし 2009-12-21 | 試飲百景 TB0,COM0
祝!厳寒のアイスヴァイン収穫 2009-12-20 | 暦 TB0,COM0
悪酔いシナ人のお零れ頂戴 2009-12-19 | ワイン TB0,COM0
硬いカードに柔らかいゴム 2009-12-18 | 暦 TB0,COM0
大きな舵きりの象徴的ご真影 2009-12-17 | マスメディア批評TB0,COM0
天皇制廃止も目前の敗北感 2009-12-16 | 歴史・時事TB0,COM0
ロールスロイスで雪道を思う 2009-12-15 | ワイン TB0,COM2
聖なるかな、待降節の調べ 2009-12-14 | 音 TB0,COM0
必要悪の民主的行動の正統性 2009-12-13 | アウトドーア・環境TB0,COM0
準備なく冷え出しそうな日々 2009-12-12 | 暦 TB0,COM0
タイマー仕掛けの冷蔵庫 2009-12-11 | 生活 TB0,COM0
社会性の高い放送文化とは 2009-12-10 | マスメディア批評TB0,COM0
殆ど予想通りの昨日の今日 2009-12-09 | 生活 TB0,COM0
本日天気晴朗なれど午後霧深し 2009-12-08 | 雑感 TB0,COM2
歳月を重ねて熟成するとは 2009-12-07 | ワイン TB0,COM2
裸の付き合いの友愛社会 2009-12-06 | 女 TB0,COM0
グッスリ二度寝をして気付く 2009-12-05 | 雑感 TB0,COM2
安売り音楽の品定め 2009-12-04 | マスメディア批評 TB0,COM2
争そってはじめて学ぶこと  2009-12-03 | 雑感 TB0,COM0
高等文化のシンクタンク 2009-12-02 | 文学・思想 TB0,COM3
不思議な言葉の文化的感覚 2009-12-01 | BLOG研究 TB0,COM2
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このままではいかない仕事納め

2009-12-31 | 生活
明日の八百屋やパン屋を除くと買い納めにスーパーに行った。予想外の混雑していて、駐車場は殆ど一杯になっていた。

魚売り場を見るとクリスマスに続いて大きな鯉がまだ横たわっているが、この魚はクリスマス経済に大きく寄与しているようである。

今回はテリーヌがお目当てであったが昨年とは異なり一種類しか置いていなかった。その代わり豪華になっていて、価格も上がっていた。さてスーパーのそれで何処までの味が期待出来るか?

その横に置いてあった鰻の燻製も購入するとかなりに金額になった。帰りにはまたグランクリュワインを一本予約してしまった。

昨晩ネットバンキングで引き落とされたのは確認していたのだが、クレジットカードの勘定が25日付けでやっと届いた。中身は正しかったが、知らないうちに大金が引き落とされるのはきがきでない。お蔭で口座はマイナス勘定で年を越す。第三者に借金があるより、銀行から借りてやっているほうが気持ちは良い訳だが。

ハイデルベルクへの罰金も郵便の遅れから直ぐに払いこむ必要があった。あとは弁護士の仕事である。

右の上の親知らずの周辺が疼いて来た。秋に抜くかどうかと誘われていたのだが、どうだろう。疲れているための疼きならそれで良いが、さもなければ今度こそは観念して歯医者にいかなければいけない。

電話があり土曜日や来週の月曜日に予定は決まって仕舞い。どうも来年は今年以上に急がしそうである。しかしこのまま進行する訳にはいかない。
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水鳥の胸肉の脂肪に舌なめずり

2009-12-30 | ワイン
クリスマスと年末年始の狭間である。事務処理に草臥れている。食事などは買い貯めであるのだが、それでも明日は買い足さないと年を越せない。とは言っても土曜日にはまたなにかを購入できるのである。

さてクリスマスに飲んだもう一本のワインについて忘れないうちに書き記しておく。失望に続いて、選んだのは同じバッサーマンヨルダン醸造所の2006年産のホーヘンモルゲンである。やはり少しは名誉回復して貰いたいのである。しかし、2006年は難しい年であり、東京のドイツ大使館は皇居にどのワインを進呈したのであろうか?

そしてそのグローセスゲヴェクスは今が飲み頃である。このあとも何時までも楽しめるが、葡萄自体が果不健全であり酸が新鮮さを落とすにつれて、熟成香が強くなり苦味が増すだけだと予想される。そして開けて一口、デキャンターするまでも無く香りが拡がりとてもよかった。食事は、二日目の残りにはリースリングニコゴリであったが、初日は何を食べただろうか?思い出せない。

水鳥の胸肉の燻製のスライスとエリンギのソテーのクリームソース似を合わせたのであった。そうした甘みのある米料理などにも大変合うのが、この土壌のワインである。甘みすら想像させるその芳醇な膨らみはその酸と共に最近人気のグランクリュワインである。その豊満さとボディー感から男性的ですらあるが、歌声にすると決して男性ではなくアルトである。マーラーの交響楽のそこかしこと響くヴィオラの音色のようであろうか?

女性にも男性にも好かれるこの地所のワインも、当然のことながらビュルックリン・ヴォルフ醸造所のそれ以上のものは存在しないが、その他ではこのバッサーマンヨルダン醸造所とクリストマン醸造所のそれぐらいしか存在しない。その意味から価格的にも満足出来る出来でり、失望したイェーズイテンガルテンに比べて飲み易く、特に胸肉の脂肪の乗りとの相性はこのグラーラスな印象がとてもよい。

それでも、食事が終る頃には飽きも来たのも事実で、何処までも期待に応えて呉れなかったイェーズイテンガルテンよりも単純なリースリングであることも判明した。案の定、僅かに残っていたそれを明くる日、ニコゴリと合わせるとグラスに入ったの酒石も気になったが、残糖感も出てきて完全にへたれていた。明らかに酸が新鮮だった分、イェーズイテンガルテンのそれよりも簡単に楽しめただけだったのだろう。
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時間の足りない最終週の月曜日

2009-12-29 | 
今週は実質水曜日までしかない。木曜日は半ドンである。明日までに金融関連も済ましてしまわないと年越しになってしまう。

会計事務所に借金しているので、年頭早々書類を提出して、今年同様に税金の還付などを急がせて時間稼ぎをしなければいけない。

そのためには年内に決算を済ましてしまうたいのだがどうなることか。どうしても二年がかりの野暮用が出て来るのも仕方ないと観念している。遊びに行くだけの余裕がないのがやるせない。年末には買物ついでにまたグランクリュワインを買って仕舞いそうである。
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旨味が美味しいのではない!

2009-12-28 | ワイン
クリスマスの前から暖かく、降雨もあり、雪は殆ど消えていた。クリスマス二日目は陽射しも強く絶好の散歩日和となったので、急いで小一時間程歩いてきた。帰ってきた時は汗びっしょりとなるほどであったが、水たまりは凍っていたので零下だったのだろう。

ディナーに開けようと思っているクリスマスプレゼントに貰ったフォルストの地所ウンゲホイヤーの区画を見に行くのも目当てである。何を今更と思うかも知れないが、あまり出入りしていない醸造所のそれとなると記憶にはないのである。現地でざっと目を通すとやはり目印をつけていない区画のようだ。

ダイデスハイムの御三家の一つなのでもっとも良い区画の一つだろうから、恐らくゲオルク・モスバッハー醸造所のそれの横のフォンバッサーマンのそれとに挟まれているところだろうと思った。

しばらく歩いていないのと寒気の中で少し頑張って歩いたお蔭で下半身ががくがくになって戻ってきて、暑いシャワーで汗を流す。一息ついて、ヴィルジンクの野菜を付け合わして焼き栗ザウマーゲンの準備である。

いよいよ、アペリティフも兼ねたお目当てのリースリングの味見である。焼いたザウマーゲンや簡単なキャベツ料理に美味い。味の筋は以前のダインハールトと同じである。フォン・ヴィィニンクとなってそのエチケットからVDPの新入りかと思ったが、地所ウンゲホイヤーをもっている新入りなんていないと、ネットを見るとニーダーベルガー氏が転売した先の名前であった。正直、ワイン造りなどはものになるには十年掛かると思っているが、その新鮮な驚きは飲んでみた第一印象であった。

黄色い果実のような香りも似ていて、酵母などの選定もそのまま受け継いでいることが分かった。要するに現在ある市場の上に新たなものを付け加えて行く賢明な経営方針が察せられる。そして、以前あった残糖感が消えて、清潔さが加わっている。温度コントロールだけでなく、木樽を使いながらステンレスを上手に使っているに違いない。そしてこの難しい土壌からのワインを大変上手に纏めているのだ。

食が進むうちに、まるで近所のワインレストランで食事をしている気分になってきた。そうなのだこのワインはこの界隈でに典型的なそれなのだ。そのように気が付くとこの旨味こそが、そのあたりの農協さんにも共通している味だと嫌に邪魔になってくるのである。ワイン街道のワインの味の素の味なのだ!そうこうしているうちに胃液のような2008年産特有の酸にも気がつく。

一旦その白粉の乗りに気が付いてしまうと全く興ざめて、その旨味自体が嫌味になる。つまり味に複雑さがないからこその旨味であり、文句の付けようがないが、それ以上に琴線に触れることはない。こうしてプレゼントに貰ったり外食で飲み干すのは良いのだが、こうしたワインを態々試飲して購入して買い置きするかと言えば、ありえない。案の定、夕方には味の固まりになっていて、先程は新鮮な酸に華やかさがあったのだが、既に三流ワインに成り下がっている。

ワインは、なにも複雑であるから良いのではなく、美味しいと思えばそれで良いのであるが、実際先に飲んだイエズイーテンガルテンとこれを比べると此方の新しいリースリングの方が美味いと簡単に感じるかも知れない。そして多くの消費者は、レストランで飲んだそのエチケットを覚えていて、同じワインを探すのである。しかし、そこから本当に良いリースリングに巡り会うまでは長い期間月謝を払い続けなければいけないのである。そして殆どの消費者は、その世界を知らずに死んで行くのである。

我々は、こうしたローカルな消費市場においてはそれでも良いが、結局はグローバルな市場において、遺伝子操作された新大陸のワインや伝統の市場を有するフランスワインの前では殆ど国際競争力がないことを知っている。だから、こうしたワインは全く評価しない。してはいけないのである。

この結果から、旧ダインハールト、現フォン・ヴィンニンク醸造所は、未だに市場を築けていないフォン・ブール醸造所や腐っても鯛のバッサーマン・ヨルダン醸造所の世界に至るには十年は掛かるだろうと予想される。世界に冠たるリースリングの最高峰とは、木樽がどうだ天然酵母がどうだと言うような低次元の世界とは異なるのである。

無理した左足の筋が違って痛い。
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今が素晴らしければそれで良い

2009-12-26 | ワイン
昨年に続いて批判的ワインリスト「よーみよ2008」の編集作業に取りかかっているが、先ずはクリスマスの感想だけでも纏めておこう。

今年の目玉は何と言っても2006年産グローセスゲヴェックスに手をつけることであった。とは言ってもただの二本しか残っていなくて、これを片付けようと思った。瓶詰め後二年少々しか経っていないので本来なら若飲みにあたるのだが、この腐りの多かった難しい年であり、葡萄の熟成と共にワインも早熟なのである。そして将来性が薄いのは多くのブルゴーニュやドイツのワインに共通している。

決して2006年を購入していなかった訳ではないが、飲めるものは既に飲んでしまっているものが殆どで数本も残っていない。そこから今まで手をつけられなかったグランクリュの特に重さのあるバッサーマン・ヨルダン醸造所のそれを、栗入りのザウマーゲンに合わせた。ザウマーゲンと言えば昨年フォン・ブール醸造所の2005年産イエズイーテンガルテンとの相性に感動したので、今年もこれが目玉であった。バッサーマン・ヨルダンのそれもビュルックリン・ヴォルフのそれについで素晴らしい筈であった。

結果、期待が大き過ぎたためか大変失望した。深みに欠けた。なるほど、2006年産の特徴である一種の苦味が確認出来、それにも拘らず芯の通った張りは流石にその土壌の格に見合う立派なリースリングであったが、これだけのドイツワインの伝統を築いた醸造所の上から二つ目の土壌のワインとしてはお粗末としか言えない。

倍もする価格のビュルクリン・ヴォルフ醸造所のそれと比較してはいけないのだが、もう一寸巧く纏めて欲しかった。現に、フォン・ブールは糖価は高いかも知れないがもっと巧く醸造しているに違いない。試飲をして購入していてみっともない訳だが、もう少し開いてくるものを待ち侘びていたのである。なるほど、デキャンターに移したその液体を継ぐ度に味の変化が起こり、一瞬残糖感が感じられたかと思うと次ぎの瞬間には引き締まりという按配に若干液体の化学的な不安定さを感じさせるほどであったのだが、結局大きな時間差や余韻をもって大きな華は開かず仕舞いであった。一気に一本空けてしまっても全く堪えないその酒質や純粋醸造にはそれだけの価値があるのだが、今後このワインを購入して行くかと尋ねられると、買えるならビュルクリン・ヴォルフ、買えるフォン・ブールとなって、これは外されるであろう。現に今年はこの醸造所でこれだけを購入していない。その意味から、まだ開けていない三つ目の地所ホーヘンモルゲンからのそれは少し期待出来るかも知れない。

さて、ビュルクリン・ヴォルフの2008年産カルクオーフェンは、その失意を十分に癒してくれた。そこで求められた新鮮なグランクリュの素晴らしさは必ずしも毎年得られるものではなく、今年飲んだ2008産リースリングの最高峰であったことは間違いない。吹き上がるトロピカルフルーツの香りの裏のベースに、その美しい酸の発散の裏を覗くようにして、何処か培養酵母の癖のようなものを嗅ぎ取るのはまるで性格の悪い小姑のような通人の中の通人である。そのような気持ちを起こさせない華やかさは、その辺りのリセに通う少女と言うよりも二十三四の場の雰囲気をその存在で一瞬にして変えてしまうような飛びぬけた美人なのである。上の癖は、敢えて言えば、横顔の鼻筋が少し尖っていると言うぐらいのものであろう。そして、このリースリングとなにも何年付き合おうとかは一切考える必要がないのである。今が素晴らし過ぎて、そんなことなど思い浮ばないほどなのである。それだけで良い。

さて、このように名門醸造所が集まるダイデスハイムの勢力地図に変動が起こっているかどうかはクリスマス二日目の審査結果を待って講評することにしよう。
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小馬鹿にした弁明の悲惨さ

2009-12-26 | マスメディア批評
日本国民の失望感は極まったようである。鳩山首相の弁明は、「私腹を肥す気はなかった」というもののようだが、巨額脱税行為に対して、その清い意思を主張して潔白を有権者に訴える姿勢こそが、田中角栄ファミリー直系の金権体質なのである。その潤沢な金を使ってあの「田中角栄先生」だって小沢何某以上に国政、特に日中関係改善にどれ程尽くしたことだろうか。

まさにここに、こうした世論や社会を小馬鹿にしたような朝日新聞を代表とするような広くは文化界と呼ばれる論壇が存在して、その程度の教養の金満家の政治家を擁く国がある。これが、象徴天皇制の元に構築が叫ばれる二大政党制の金満家庭子息子女が興じる「政治ごっこ」の本質なのである。

FAZ新聞はそうした日本の様子をクリスマス前に伝えていた。ドイツの新聞の第一面の社説であるから連邦共和国との比較で話を進める。世論調査では、「最高の年月は過ぎ去った」、60年代、70年代もしくは70年代、80年代へとそれは遡ると言う。つまり、西ドイツの経済奇跡、上昇する分け前の感覚に形づくられた時代であった。

多くのドイツ人は、工業社会の時代は過ぎ去ったと感じており、将来は他の地域に委ねられていると信じ込まされている。特にアジアでの「西洋の利権構造」への攻撃が進行しており、今千年紀の最初の十年間の終わりに防御しかないと考えている。

しかしアジアの全てで勃興の気配が満ちているのではないと、日本について語りはじめる。二十世紀の経済大国日本は、現在でも世界第二位の国民総生産を誇るが、そこに満たされている悲観的気分は、ドイツ人からしても殆ど「悲惨な状況」なのであると。それはアジアの他国と裏腹に日本の没落が避けようもないと考えられているからだと解説する。

中国の成長と自意識に影響を受けながら、自らはこの二十年間全く良い事はなく、国際舞台では度重なる意気消沈へと沈んで行ったと日本を映し出す ― それは、失われた二十年と言われる経済隠語や、なにも保守政治家の自殺程度で解決するようなものではない。そのなかでも最も将来を悲観させるものが人口構成の問題で、その点に関してはドイツよりも遥かに高齢化や人口減少 ― なるほど外国人移住問題がここに絡む ― が早く進んでいると説明する。

そしてどんなに少なく見積もってもと、戦後の工業国としての復興や合衆国によって授けられた民主主義への移行を挙げ、両国の自明な類似点を挙げながら本題へと記事は進む。国際社会での存在感の少しづつの増加として、ドイツにおけるアフガニスタンへの軍事派兵など、グローバリズムへの対応への過負荷を述べ、将来的に過剰な唯物依存への懐疑となる。

その一方では、地政学的には、依存から脱却して可能性を拡げたとして、冷戦終結以降の連邦共和国の合衆国への関係に言及しつつ、同じように日米同盟が必ずしも自明では無くなった鳩山政権の戦略的政策を紹介する。

鳩山首相の主張する同格の関係とは、一体どういう意味なんだと訝る。北朝鮮の脅威や中国覇権の増加を横目に、「日本は本気で安全保障に投資するつもりなのか?」、「そんな事は新政府から聞いたことはない」と米軍基地移転の「ローカルな問題」で、安全保障を揺さぶる政策を、刺激以上のものだと切り捨てる。しかしこの点に関しては沖縄問題を加味しなければいけないことであり、この記者がそれを十分に考慮しているとは言い難い。しかし、それだけに尚更、困窮の中産階級は国民社会政治を支持していると言うのに、鳩山の北京への接近や緊張緩和の外交が、合衆国との安保関係に代わる訳がないだろうと非難する。そこには、中国市場の分け前に与りたいドイツ企業の魂胆と嫉妬が若干代弁されている。

そして、こうした変換はなにも齎さないと断言しつつ、最後に連邦政府の環境と比較して、隣人が助け合うEUやNATOの環境 ― 鳩山が目指している ― は日本には現時点では残念ながら無いとする。そのためには二十一世紀を形成する政治的賢明さが要求され、そのためには大国が崩壊した後それが為したものや創造力を自由に使いきれるドイツのような自尊心が要求されるのだと結論付ける。

まさに、ここに日本のマスメディアが国民を軽く不遜じ、同時に自らをそれよりは上等なジャーナリストや学識文化人と崇め、政治家や官僚や財界と共に特権階級を形成維持したいと思う魂胆が問題視されているのである。



参照:
Die Zukunftsskeptiker, Klaus-Dieter Frankenberger, FAZ vom 22.12.09
首相釈明会見~政権に打撃か~ (虎哲徒然日記)
死刑制度に懐疑的になりつつある私 (Today's Crack)
大きな舵きりの象徴的ご真影 2009-12-17 | マスメディア批評
天皇制廃止も目前の敗北感 2009-12-16 | 歴史・時事
醜悪を隠す被り物を取れ 2009-11-14 | 歴史・時事
条件付の理念などとは? 2009-10-30 | マスメディア批評
「革命」は似合わない言葉 2009-09-01 | マスメディア批評
同じ側の人と錯覚する民 2009-06-14 | マスメディア批評
誤りの自覚と認識 2008-06-29 | マスメディア批評
大掃除にはカール・リヒター? 2009-12-24 | マスメディア批評
勲章撫で回す自慰行為 2008-07-26 | BLOG研究
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心に沁む最後のイヴの電話

2009-12-25 | 
昼過ぎに電話がなっていたのは知っていた。その番号にかかる電話には殆ど出ない。公開している電話番号だからである。必要な人は他の番号に掛けるはずだから。

それでも、クリスマスメッセージを電話で呉れる人は限られていて大体想像がついていた。そしてその時間帯から。しかし同時にいつもなら25日に電話するのに、24日のイヴからはどうしてだろうかと思った。そしてメールに切り替えた様子も無い。

食事の準備で、暑いお湯にザウマーゲンを掘り込むと同じ電話が再びなった。今度は流石に時間帯もあり出てみようと思った。バッハのロ短調ミサ曲が流れる中をそのCDを一時停止にして電話に出る。

やはりシュヴァルツヴァルトの友人であった。暫らく会っていないので様子を聞いてみると、奥さんも元気だと言い、傍で彼女の声が聞こえる。彼女は子宮ガンの手術をして数年になるのでそれは良かったと思って、「皆んな、どうです?」と尋ねると歯切れが悪い。

息子のフランクも元気で働いていると言う。娘も妊娠で、嫁さんがもう直ぐおばあちゃんになると言う。お母さんはと尋ねると、癌で手術が出来ずに、化学療法に頼って自宅療養と言う。

彼女の比較的若くして亡くなった旦那を知っている人間として、また当方の乗っている車の全てでどこかへ送って行った彼女に、二十三年以上の知己のある人間として、来るべき時が来たかと思った。

「これが彼女にとって最後のクリスマスになるよ」と、あまり聞きなれない押さえた調子で電話の向こうで語り、どうしても今日中に伝えたかった気持ちがよく分かった。新年の再会を願い、「お母さんに宜しく」と伝えると「喜ぶよ」と答えた。

バッハのアニュスデイがとりわけ心に沁み渡った。彼女らと共にシュヴァルツヴァルトの雪のイヴに車で教会に向かったあの凍てついた夜を思い出した。
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サンタにおねだりのクリスマスイヴ

2009-12-25 | 
本当は朝からゆっくりするつもりだった。そのように準備して来たのだ。しかし今日も朝から野暮用が続いた。先ずは昨晩、月曜日に購入した筈のフェルトザラタがない事に気が付いた。なくても何とかなるがただ唯一の青物の野菜なので、来週の月曜日までに恋しくなる事は分かっていた。更に二度続いて八百屋で渡すのを忘れられるとなると、心情穏やかではない。つまり、朝起きして、パン屋に寄って更に空いているうちに八百屋で苦情をつけなければいけないと予定していた。

それがどうしたことが連日のストレスから早く床についたので早朝三時に眼が覚めて仕舞い、二度寝して目覚めたのは九時を過ぎていた。こうなれば最後の最後に駆け込んで放出品でも掻っ攫ってこようかと思ったが、予定外の用事が出来て、処理に追われているうちに昼が迫ってきた。

あまり遅くパン屋に行ってもなにもなにも残っていないと、先ずは兎に角八百屋に行って面倒な銭勘定をハッキリさせようとしたら、おでこからに特徴があるので赤いサンタクロース帽の似合う売り子が、その分の代金を返そうとした。「欲しいのはサラダ」なのだ。「どれぐらい?」と聞くから「それぐらい」と購入した量を適当に袋に入れて貰う。「あと何しましょうか?」と尋ねるので、「それを取りに来たのよ、プレゼント頂戴」と、月曜日には早過ぎて貰えなかった ― 月曜日はその前のお詫びも兼ねてか痛みかけのバナナを八本ほど貰ったのだが ― 植物の鉢を「慰みに」と要求した。

これで一先ず、二ユーロ近い投資と足代は取り返せた。一銭も払っていないので、銀行に行く必要はない。そのままパン屋に急行した。なんとか手持ちの五ユーロほどの現金で一通り購入出来た。そして、ヌードルをプレゼントに貰った。これは助かる。

なんとかこれで帳尻はあったが、イヴのお昼まで走り回った。これほど最後まで追われた覚えはない。食事の仕度をしながら少しい辛い喉を昨晩のリースリングで癒しているが、午後四時に飲みはじめて大丈夫だろうか?今日も早く床につくに違いない。明日、はじめてゆっくりしたいと思う。
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大掃除にはカール・リヒター?

2009-12-24 | マスメディア批評
車のラジオからひっきりなしにバッハの音楽が流れる。そうした時期に新譜紹介とは分からないような形をとって、バッハのそれを文化欄筆頭記事としている。

なぜこの時期にバッハなのかを、どうしようもないお先真っ暗の構造不況のクラシック業界から紐解いて行く。少なくとも夏が終って、クリスマスセールへの生産が始まる頃から「バッハの時」がやってくることだけは分かっているのだと。

バッハはモーツァルトとも違うのはなぜか?ラジオでバッハが流れると、急に主婦に後片付けの意欲が湧き起こり、箪笥を整理し出すのだと、「アドルノのテーゼ」が1985年のライプチッヒでの学会で証明されたようだ。要するに、バッハの音楽は、乱れた心を整えるだけでなくて、整理整頓の役に立つと言うのである。

一息入れる代わりに古いバッハとその音楽を、「誤まった音楽愛好」からや、遥かにそれ以上に「秩序や故郷への妄想」から護り、その中身を吟味したのが「アドルノのテーゼ」なのである。密接に言葉に関連した宗教的な内容の音楽的なメッセージは、口語化できるものではなくハーモニーやリズムやメロディーや対位法から直接的に放たれるものであり、バッハがなした様にはその後誰も出来ていない。

このような当然なことを綴っているのだが、そのこと自体がバッハの活動の世界であり芸術であったことは間違いないだろう。上の証明に戻れば、なぜ「大掃除」にはモーツァルトのエモーショナルな「グランパルティータ」ではいけないかは、至極当然であろう。

その対極としてこの記事では数学的な「フーガの技法」やクリスマス・カンタータに世俗カンタータをミキシングする抽象性を挙げているが、ここからは少し考え方が違う。

たとえば、先頃から愛聴しているバッハのミサ曲にアンチテーゼとして顕著に表れているのは、大作曲家バッハの普段の仕事内容は殆どルター派の音楽伝統を担ったような家元みたいなものであり、その枠組みが如何に厳格なものかは語るまでもないことだろう。そうした「抑制の芸術」でもあることが上のような技術的な秀逸をもたらしていることは間違いないが、そうした枠組みを越えた機会を得たりもしくはそこから逸脱した所で、啓蒙思想の洗礼を受けている今日の我々から見れば至極当然な「芸術」を展開していることである。そうしてこの時期にこそ最も多くの人がクラシック音楽に耳を傾けるのである。

バッハが、1723年か1724年のクリスマスミサのために作曲したというとても短かな二長調のサンクテゥスBWV238に限らず、特に晩年の作品にそうした闊達さや自由さが満ち溢れているのはそのような社会的な環境を反映しているのであろう。

そのような視点の差異から、もしくは新譜紹介の目的の歪さから、ここで紹介されているCDになんらかの食指を示すことは難しいかも知れない。ガーディナーとシャイーとエガールの「ブランデンブルク協奏曲」三種、ペライヤとシッフの「パルティータ」二種、ポルリーニの「平均率一巻」、「フーガの技法」二種、ツァッハーの「音楽の捧げもの」と、これを読んで注文が殺到するとは思わないのである。嘗てのカール・リヒターのそれのように、少なくともフォン・カラヤンの新録音のようにである。それはなぜか?繰り返す必要はないだろう。



参照:
Ein fester Halt für alle Menschen, Elenore Büning, FAZ vom 21.12.09
聖なるかな、待降節の調べ 2009-12-14 | 音
小馬鹿にした弁明の悲惨さ 2009-12-25 | マスメディア批評
ゲルネ+エマール[ベルク→シューマン]@東京オペラシティ(10/11) (庭は夏の日ざかり)
最初の一枚・最後の一枚 (時空を超えて Beyond Time and Space)
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待降節ストレスを試して流す

2009-12-23 | 試飲百景
クリスマスストレスである。こんなことはなかった、昨年もその前も。兎に角、公私共に落ち着かない。それでも野菜の買物だけは済まし、シャツもクリーニング屋で回収して来た。

帰りにワイン屋によって結局今年最後の試飲らしきを片付けた。予約していたペッヒシュタインの2002年産を回収するついでに、十月に試飲して買う予定であった2008年産カルクオーフェンを半分近くも試飲してしまった。その途中に、若い運転手付きのような青年が2002年産ライタープファードなどを試飲するので御相伴に預かった。

ライタープファードは特に土臭い土壌で愛好者は限られ、その上にクリーミーな熟成をしている2002年を所望するのは特別な趣向や評判があるのだろう。私はなぜかこの特に興味ないものをたまたま頻繁に御相伴しているので、恐らくそれはそれで市場があるからだろう。

どういった市場かといえば、我々が酸の肌理の細かさや新鮮さを求めるのに対して、こうした人々は丸まった酸とクリーミーさを尊ぶのだろう。その証拠に青年も熟れたリースリングに最初から狙いを定めていた。私のような若好みからすれば、おしろいのタップリ乗った白粉をそこら中に飛散させる年増好みなのかも知れない。

そして、イエズイテンガルテンを試飲して好みでないと仰っていたが、私はこれの御相伴の機会を逃した。どうせ購入できる価格でないから買う気はないから遠慮するのが当然だろうが。

そして結局同じクリーミーな傾向の上の中間に位置するホーヘンモルゲンを二本購入して全部で六本2002年産を木箱で持ち帰った。二百ユーロは越えている。

さて私の方は、2002年ペッヒシュタインの十二月現在での状態を確認して、かなりの手ごたえを得た。まだまだ置いておけるようだが、食事さえ合えば早く手をつけたい。

やはり今年話題となったキルヘンシュトックへと話は飛んだが、評価本のちらしをみるとその情報やら書いてある内容がなんとも馬鹿らしい。こうしたものを真面目に見るものは恥じを知りなさい。今年の代表に歴代選ばれているのが2003年のミュラーカトワール醸造所、2004年シェンレーバー、2005年ヴァイル、2006年ケラー、2007年プリュム、2008年ハーク、2009年ヨハニスベルク、2010年ビュルクリン・ヴォルフ。何じゃこりゃ、この冗談のような選考は?

なにが四つ房クラスなのか不可思議でたまらない。2008年がキルヘンシュトックのグラマスさをはじめとするセンセーショナルなコレクションで全ドイツの辛口の頂点を独占だと?どうもその十選の中にホーヘンモルゲン、ペッヒシュタイン、キルヘンシュトックが入っているからのようだ。なにも2008年が特別良い訳でもなく、2002年産と少々比較出来るだけで、「単純なリースリングでさえミネラルの強さを見せつける」とされる2007年産と比べて特別に魅力がある訳ではない。ハッキリしているのは、はじめは難しかったが現在最高の飲み頃となっていてこれからも楽しめる2001年産と同じように、最初はちんぷんかんぷんで評価をつける者がなにも分かっていないだけなのである。その点、2008年は最初から華やかに開いているものが多い。だから、本日購入したこれまた例がないほどに魅力的なカルクオーフェンもこれから閉じて行くのである。今が飲み頃なのである。

あまりに忘年会気分で試飲の量が進んだのでピノノワールSも購入した。イーディクでのクリストマン醸造所とのバーター取引は終ったようである。クリストマンの方が交換のホーヘブルクよりもイーディックに固執したようである。我々のピノノワールの需要もあるから当然であろう。



参照:
エアステ・ラーゲ試飲会 in ヴィースバーデン (モーゼルだより)
東京ドイツワイン協会のクリスマス会の感想 (ヨーロッパ、ドイツワインについてのいろんなベスト3)
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締まりの良いストレートな買物

2009-12-22 | 雑感
雪とクリスマスの混雑を越えてジーンズが届いた。先日ネットで注文したもので東ドイツの郵便センターで一晩迷子になっていたようだ。

色合いは殆ど思っていたワンウォッシュのインディゴブルーであった。それをみると今世紀に入ってからはそこまで強い色のものを履いていた覚えがない。

足入れをしてみると、全くWIKIに書いてあった通り、太腿も細くフィットして、裾も絞った標記の通りストレートレッグである。その履き心地にはなんとなく覚えがあって、太腿の吸い付き感がなかなか気持ち良い。

そのお蔭で裾も、幅を取られて、地面を引き摺る危険性が薄れて、尚且つ股上がしっかりとしてして良い。もう一つ胴回りが小さなサイズでも履けただろうが、腸に負担を掛けるのも馬鹿らしい。色合いも含めて十分にストレートである。

前回のものとでは価格差で15ユーロ以上も安い送料込み72,90ユーロなので文句の付けようはなかろう。



参照:
硬いカードに柔らかいゴム 2009-12-18 | 暦
ジーンズの裾の綻び 2008-10-29 | 生活
三年振り新調のジーンズ 2006-12-29 | 生活
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特典を使い、厳寒で酔い覚まし

2009-12-21 | 試飲百景
三十分も歩くかどうかで耳が痛くなった。温度は零下二桁には至ってはいなかったが尾根上に強い風が吹いて、体感温度は零下二十度に近かった。耳の痛さが消えるほどにするにはもう一時間以上歩いて、完全に凍らせてしまわなければいけない。なにも痛い目をする必要はないので車に戻ったが、かなり酔いは醒めた。

朝から十種類ほどを試飲して来た。本年最後から二つ目の試飲である。クリスマスプレゼントにも購入したソヴィニオン・ブランが、ヌーヴォーに次いで2009年産のお初であった。昨年ものと比べると明らかに酸が柔らかいが風味は良い。少なくとも「今年一杯」は十分に楽しめる。四週間ほど前に瓶詰めされたと言う。ブルグンダー種は二種類とも苦味が出ていてあまり奨められない。なによりも価格の割りに水っぽいのは問題である。

ブラインドで飲まされたキーゼルベルクは、本来ならば春に出荷されるものが、四週間前まで寝かされていた価値があるかどうかであるが、なるほど大人しさに驚いた。まるで当たりがルーヴァーのカルトホイザーの土壌をスレートから砂岩にしたような感じである。その意味からも、残糖量3.1G、残酸8.1Gからも、本格的辛口と言うしかない。風味も落ちているところからはじまるので、通向けの商品となっている。予想ではクリーミーな方へと熟成させるかと思ったが全く異なった。もしこれが木樽で熟成されていたら全く違った印象になっていたかと思うとちょっと残念ですらある。何本か購入したので、同じ辛口で有名なレープホルツやシューンレーバーと比較出来るかどうか暫らく吟味してみたい。その味筋に少々独自の培養酵母の特徴も感じられる。

現時点ではヘアゴットザッカーが比較的多くの人に奨められるので、これも一本購入した。ウンゲホイヤーは今一つでごつさがあり、グラインヒューベルの2007年産は少々出て来たガソリン臭さが気になった。

元々現在の醸造親方は、先代の造る木樽の味が評判悪くなったことから交代して現在の任についた。そうした「歴史」もあり、醸造上もリースリングには木樽を使わない、今日の高級ワインの方向からすれば独自の路線を進んでいる。その力量については、早熟の2006年産を年末年始に開けることでじっくりと再評価してみたい。このバッサーマン・ヨルダンのフォルストの葡萄は質が悪化していてアイスヴァインには出来なかったのもなんとなくその事情は理解出来る。兎も角、自動車クラブの特典である一割引を使った。

先日、クリスマスプレゼントに貰ったロベルト・ヴァイルのグランクリュ地所のクロスターベルクは、アルコール13%で十分な力強さもあり、九月の試飲時に感じたスレート土壌からの滑稽な味が熟成で栗のような面白い味になっていた。但し、ピュリミエクリュクラスで20ユーロは高過ぎるだろう。これが16ユーロならば推薦できる。いずれにしてもこうして落ち着いてくれば、この醸造所のリースリングはラインガウではその価格だけでなくその質で抜きにでていることは間違いない。愛好者が、その価値を認めるかどうかだけである。
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祝!厳寒のアイスヴァイン収穫

2009-12-20 | 
昼前にクリストマン醸造所からメールが入った。クリスマスの休暇などについての挨拶状と思ったら、アイスヴァインの収穫速報であった。本日、ワイン街道の気温は摂氏零下最高14度から最低17度ぐらいである。乾燥して陽射しも強かったのでそれほどには感じなかったが厳寒である。

マイナス7度を以って収穫されると決められているアイスヴァインには好適な気温である。そして狙っていた醸造所は今朝までに成果を挙げた。その記念に収穫を祝して、案内状をここに訳し、自称VDP会長私設広報官(連座制は適応されないだろう)としてのお役目を果しておこう。



親愛なる我ワインの愛好者諸君!

昨日の零下9度を以って、今日まで待つ価値があるのかどうか自信はなかったのだが、辛抱が今朝報われた。28人の収穫人で、今朝ケーニッヒスバッハのグランクリュ地所イーディックで糖比重約245エクセレの葡萄を約300リットル収穫した。外気温零下16.5度と絶好のコンデションであった。これほど理想的なアイスヴァインの収穫状況は嘗てなかった。収穫された葡萄は、収穫後に最高の状態にあり、穴の空いたフォイルに包まれて、何週間かを踏み堪えたのだ。

皆様方に素晴らしいクリスマスと良いお年を!

クリストマン家並びに従業員一同

シュテファン・クリストマン
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悪酔いシナ人のお零れ頂戴

2009-12-19 | ワイン
昨日は買物に奔った。スーパーでは、ボージョレ・ヴィラージュ・ヌーボーが隠されていたので購入した。昨年はお目に掛からなかったが、今年は過去にないほど安かった。三ユーロを越えていたのだが、今や三ユーロを割った ― どうも調べると前回書いた時は二ユーロを割っていて、三はマルクだったのだろう、要するに価格は上がっている。恐らく日本などへも安い新酒が輸出されたのでそのお零れが此方にも流れて来たのだろう。

それもペットボトルではなくて大層立派なロワールワインのように彫がある上等で重い瓶い入っている。流石にこれは中国向け戦略で、こうした二束三文のワインを ― 瓶とコルクだけで最低一ユーロはするだろう ― 、十倍以上の価格で売り捲くることは日本では出来なくなっただろう。

幾ら安くともワイン産地の賢明な人間は誰も騙されて買おうとはしない。それでも12.5%の赤いアルコールは料理ワインとしても使えると思い二本購入した。その価格相当で直ぐに酔いが廻り、喉が無性に乾き、脳のどこかにもやっとしたものが残った。やはり質の悪いアルコールは安くても飲みたくないものだ。

なるほど2009年は天候に恵まれて、ガメーとした厭らしさよりも、ジャムっぽい甘さに満ちていた。それが分かるだけで少々の投資は取り返せる。

その足で、ノイシュタットのミュラーカトワールに行って、一本六ユーロのMCリースリングを六本購入した。なんとカード読み取り機が壊れていて振り替えをしなければいけなかったので、返した空箱の価格だけは取り返した。

今流行りのJPG写真盾を回していたので、先日のトロッケンベーレンアウスレーゼの収穫シーンを見る事が出来た。アイスヴァインは最初から試みていないようだ。

帰りの道すがらクリストマン醸造所に向い注文していたグランクリュを回収に行った。発売時には売り切れているマンデルガルテンを二本入手した。2008年は雹の被害もあったのであまり良くはなさそうだが、二年先に飲むものとしては十分であろう。

四週間ほど前に瓶詰めされた2007年産のオェールベルクのピノノワールを試飲した。味はSCと似ていて、毛皮臭くあまり洗練されていないが、SCよりはやはりバランスは良いだろう。獣肉にでも宛てたい。

新装になった醸造蔵が地下水の噴出などで二か月も工期が延びて大変だったようだが、2009年からより葡萄に優しい行程で出来上がったモストのワインが楽しめそうである。大変期待の高まる2009年産のワインである。この辺りで醸造技術的にもう一息飛躍してもらいたい醸造所である。折から、従業員向けのクリスマスパーティーがこれから始まるようだった。



参照:
糠漬け味のヌーボー2005 [ ワイン ] / 2005-11-24
子供たちの期待と大人たちの楽しみ 2004-11-28 | 暦
大きな舵きりの象徴的ご真影 2009-12-17 | マスメディア批評
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