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硬い透明な空気
花一輪に柔らかに被さる陽光
ゆるり花弁は溶け解けて散る。




























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晩秋






路上 埋める秋
積る枯れ葉を踏みしだく音だけ
が道連れ

多分人々はいるべきところに収まっていて
路上は閑散としている

足元に絡まる
晩秋

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今日の話





チーズと蕪
胡瓜に干しぶどう

コーヒー

買って店を出た
冷たい空気が頬をぎゅっと挟む

忘れていた今朝の夢がつるっと顔をだした
ので
消えないうちに
受け止めたい
のに
チーズと蕪
胡瓜に干しぶどう

コーヒー

両手をふさいでいた
から
つるっと飛び出した夢は
ころころ転がって
また
見えなくなった。

私の手
あいかわらず
つかみそこね

いる。








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城の中、駆け巡る。。。。


今朝、散歩にでて間も無く雲行きが怪しくなった。仕舞にはカメラを上着の中に抱いて家まで走ることになった。





デューレンという街に出かけたのは今週の火曜日だった。途中車窓からケルンの大聖堂や工場の煙突は三分の一ほど消しゴムで消されてしまったように見えたのが愉快だった。霧の仕業だ。
アーヘンとケルンのちょうど中間に位置したこの街はアイフェル山地の麓にあり、製紙に適した柔らかな水が豊かであることから、製紙工場が集まった。今では大分縮小されたものの、まだいくつかの有名製紙工場が稼動している。歴史も古く、戦前は豊かな都市だった様だ。

その街のはずれに森を従えたブルクアウという水城がある。14世紀に築かれ、以来幾度も城主を変え、第二次世界大戦中に破壊と強奪の憂き目に会った。1974年から1991年にかけて城は再建されることとなり、現在文化施設として復活している。
基礎は古いものの新しく再建された城なので今ひとつ中途半端な雰囲気であることは否めない。
城の一部450平米は展覧会場となっていて、今回三人展をする事になり、展示の為に出かけたのだった。
部屋は5つのブロックに分かれており、なかなか難しい空間で二日間かけての展示作業になったが、火曜日の晩はデューレンの知人の家に宿泊させてもらう事が出来たのが幸いだった。









展覧会のインフォメーション

Ausstellung „Dreisatz“ mit Mavi Garcia, Kai Savelsburg und Setsuko Fukushima
Vernissage: Sonntag, 20. November 2016 um 11 Uhr
Eröffnungsrede: Bürgermeister Paul Larue um 15 Uhr
Einführung: Stefan Skowron

Ausstellungsdauer: 20. November 2016 bis 8. Januar 2017
Freitag, 9. Dezember um 19 Uhr Performance Mavi Garcia / Ruth Mensah,
um 20 Uhr Lesung Kai Savelsberg

Öffnungszeiten: Mi. + Sa. 14 bis 18 Uhr und So. 11 bis 18 Uhr
Kontakt: p.goertz@dueren.de oder 0160 91764450
Schloss Burgau
Von Aue Str. 1 | 52355 Düren










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光る道




ここしばらく空は暗い。雨雲の隙間にカメラを持って一回りする。
雲が引き千切れて太陽が顔を見せる瞬間、雨で濡れた車道は光った。
美しいなあと何枚もシャッターを切ったが後で写真を見ると、どうもあの瞬間の美しさが無い。
感動が写真に写るならいいのに。。

帰り際、胡桃が落ちていた。光る道を味わう精神的楽しみから一転し、食い意地が勝って、カメラを仕舞い胡桃の木の下で目を凝らす。
そろそろ胡桃の木は実も葉も落としきろうとしている。今年は胡桃に取り付く小バエが大量発生したらしく、不健康な感じに真っ黒になった実が沢山落ちている。外皮をむいてみると中は無事のようだった。木に挨拶をしてから大切な実を十個ほど持ち帰った。

















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散歩絵:黄金雨








まるで雨粒が葉を打つかのような音が
晴れているのに
ああ
金色の葉が降っている
ぱたぱたぱたと












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散歩絵:蒸発霧




陽の温もりを受けて消えてゆく蒸発霧がたゆたゆと水面を漂う。
目をこすると消えてしまいそうな夢と現実の隙間に少しだけ膨らんで見えた景色。













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散歩絵:霧



霧の日は
いつも在るものが無かった
霧の日は
いつも歩く道の角度が少しだけ違っていた
霧の日は
時間が荒い粒の様になっていて
その間を歩けばひょっとして
昨日の夢に辿り着く


























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散歩絵:みずたまり






たびたび通りかかる畑の脇に大きな水溜りがある。それは脇にあるものの通り抜けるのに少しばかり邪魔でつい気になって立ち止まる。
陶器の細かいかけらを投入し、その水溜りを埋める努力をする人がいる形跡が見えるが、なぜか窪みは小さくなるような様子が無い。
ある日は茶色い壺らしき陶器の欠片が、あるときは塩釉をかけた陶器の欠片が、そして昨日は安っぽい模様のタイルらしき欠片が見えた。
水溜りの底は少しずつ陶器を飲み込んでいるらしく大きな変化はない。
水溜りを埋めようと陶器を砕いている誰かの努力が実る日は来るのだろうか?



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失敗

先日オランダへの小旅行について割合長めの文章を書いた。
それがどういう風に手元が狂ったのか、一瞬で消えてしまい同じ事をもう一度書き起こす気分にはならなかった。

オランダの砂丘地帯の事、頭の中が空になるほど沢山歩いた事、ついでに安倍公房の砂の女を思い出していたこと、などなど頭の中に絡まっていた印象を解し書き出したのだったけれど、それから幾日も過ぎてしまうと、また頭の中には別の糸が絡み始めていて、解く糸口が今のところ見つからない。
























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海辺




今、カーンカーンと10回教会の鐘の音が鳴った。

久しぶりに海を見たくて北オランダのzandvoortにやって来た。
何故この街かと言う理由は特に無い。

浜辺歩きをしても、この辺りは綺麗すぎる程の砂浜で打ち寄せられる拾い物が期待できないのが残念ではある。
すると靴の下で脆い貝殻がカシャと音を立てて崩れるのを聴く。沢山のマテ貝の殻だった。鳥に食べられたのだろうか。一つとして同じ色柄は無く、よく見るとなかなか美しい。中にとりわけ白くて美しいと見えた貝殻を拾い上げて歩き始めたとき、走り寄ってきた犬(パグだった)が私の白い貝殻をスッと咥えて持って行ってしまった。はてな?数週間前の事、私は朝の散歩のついでに野草を摘んだ。2、3本の花を手に歩いていた時、前方ではしゃぎ回っていた犬が不意に私の方に走って来たかと思うと、携えた花の茎をそっと噛み、抜きとって走り去ったのだ。
私が持っている物は彼らに美味しそうに見えるのだろうか?それとも私の動作が原因でついふざけたくなるのか?
仕方ない。白いマテ貝の殻は残念ながら見送った。

今では廃れてしまったかつての漁村は観光地として蘇って、旅行客が溢れている。
しかし、時期外れという事もあるが、華やかな海岸というわけでも無くのんびりしている。
近所のスーパーマーケットで食料を買い込んで軽い夕飯を済ませた。浜辺を行ったり来たり歩き、それだけで充分満足だった。
アパートメント式の宿もなかなか具合良く感じもよく、小さな台所もあって、よくまとまって使い易く、部屋幅いっぱいに取った窓が気持ち良い。(窓は街側と海側にあるが、海は猫の額ほどしか見えない)
部屋の中でのんびり読書と決め込むのも悪くない。
夕方にはコクマルガラスの群れ、カモメや鳩の群れが飛び回る様や、面白い余興になった。

読みかけの本を沢山持ってきた。









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週末




9月24日
二人展のカタログレイアウトの為に友人のグラフィックデザイナーを訪ねた。
大まかな方向を話し合った後、友人が借りている庭に行くことになった。市が経営している貸し庭システムで、小さく区切られた土地をそれぞれの借主が思い思いに工夫を凝らして庭を作っている。庭小屋が埋もれそうに緑の茂る庭があった。どんな植物でも見つかりそうだ。この庭の主は夜にしか現れない。彼女は暗闇の中で種蒔きをするという。そんな話を聞いてもう一度眺めれば、魔女の庭という景色があった。黒魔女か白魔女かしかと区別はつかない。
欠けた小さな如雨露が傷んだ芝生に放り出されているきりの庭を管理するのは何処かの劇場の役者で最近は滅多に来ないらしい。
その隣の盛り盛りと湧き上がる様な茂みが友人の庭だった。蔓の間に見過ごしてしまいそうな木戸が入り口ですべてが野性的な勢いで繁っている。庭の様子はその持ち主を反映する。マルメロの実がたわわに実っていた。
このような景色は我が家の箱庭では望めない。猫の額ほどの庭で良いから欲しいものだ。(所で、猫の額とはどんな大きさを示すのか?)
豊かな秋のひと時を過ごした後、家路につく。景色が金色の夕陽に染まって眩しかった。このところ珍しく天気が良いのだ。

9月25日
今日も良い天気だ。(おかげで台所側の窓ガラスの汚れが目に付くのは、今日の所見ない振りをする事にした)
昼過ぎに知人のアトリエオープンドアを訪ねた。アトリエハウスは廃校になった校舎だ。いっとき過ごした後、時々歩く森へ行ってみたが、この所雨の少なかったせいでカラカラに乾いた様子だ。キノコも極端に少ないのでちょっと残念だ。

今朝からカズオ・イシグロの「充たされざる者」を読み始めている。
夢の中の様な物語の進行。あちこちにちりばめられた意図的な違和感によって、度々ページを逆に辿って確かめつつ、なかなか先に進めないのだった。



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願い事



今夜はこんな夢を見てみたい。











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思考錯誤







夕飯を済ませてテラスで本を読む。今日も素敵に良い天気だった。
最近ではeBookを利用することも覚えて辺りが暗さを増しても本を読み続けることができる。
首を反らせて見上げれば白い雲がもやもやと解けて、空の高みに小蝿の様な飛行機が私の視界を横断して行く。
もうすぐ去って行く夏が引く長い裾を握りしめる気持ちで薄暗がりの中に座っている。まだ働き続ける虫達がサルビアの花に潜っている様子や、月見草の花がホロリと開くのを見られる事、そういう他愛ない事が嬉しい。
近所から賑やかな笑い声が、お皿やコップが軽くぶつかり合う音が聞こえている。見知らぬ人の生活音が私の領域に流れ込んでくる。こんな気持ちの良い夜に部屋の中に閉じ籠るのは勿体無いのだ。
私の直接参加していない賑やかな泡が私の泡と接触している。

夕暮れはどんどん景色を変えて、影が闇に飲まれる。このまま暗闇の中で星を数えていたいと願った時、隣家のテラスにパチっと明かりが灯り、それは幾つかの星を消した。

夜闇の魅力は薄れて、バタンとドアを閉めた。










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野の草


朝の散歩で野の草を摘む。

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