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気になる形









今日、
気になる形がある。
気になる色がある。

明日、
気になる形がある。
気になる色がある。











今日気になった話:資源の話
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冬時間

2月5日




アラベスクが育っている。二月に入ってから窓に氷の花が咲き始めてまだ萎れない。
散歩先の池の水はすっかり凍ってスケート場になった。
氷の中に閉じ込められている藻や木の根や気泡が美しい模様を描いている。
出来ることなら静止した気泡を池の中に潜って横から見て見たい。
池の上をゆっくり歩いている人達もいる。
空気が乾燥しているせいか氷の上は思いのほか乾いて滑らない。

マンホールの穴にも白い縁取りが出来て、なんだか愛らしい。
















2月7日
今朝は零下12度だった。
友人から散歩に行こうと誘われて近所の畑道を歩くと頭を氷水につけたみたいな気分になった。
それでも、青空で太陽が出ているのが嬉しくて、日向ではプレーリードックのように太陽に向かって佇む。




2月8日
一月半ばに洗濯機が壊れた。
まだそれは三年と少ししか働いていなかった。修理に来てもらったが、結局治らず、部品交換するにも既に部品が入手できないというのだ。そんなものだろうか?三年くらいで交換部品が手に入らないなんていうメーカーに信用がもてなくなった。
その前に働いていた洗濯機は20年以上も元気だったのだ。
そんなわけで部品がどこかにあったとしてもいつ手に入るか解からず、修理にかかるお金で新品を買うことが出来そうな気配になってしまった。
意にそぐわぬが、さすがに洗濯機が動かないのはとても具合が悪いのでしぶしぶ新しい洗濯機を注文した。
注文してしまえば新しい洗濯機の到着が楽しみになってきて、素敵な人を迎える時のようにわくわくとあたりを片付けたりしながら準備を整え、今朝、それは大男2人を従えて到着した。
何しろ手洗い足洗いで腱鞘炎気味の手を更に傷める羽目になったり、ある日は友人の家に洗濯物を持って遊びに行ったり洗濯のために随分時間をかけてしまった。最もこれはおしゃべりというお楽しみ付だから悪くない。しかしこれでやっと洗濯が存分に出来るので嬉しい。
すっかり壊れてあちこちの部品が外された洗濯機はがたごとと音を立てながら運び去られた。

今、北海道から届いた珍しい黒仙石大豆を水にほとばせている。
今夜はこれをご飯に炊き込もうと思っている。
とても楽しみだ。






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散歩




ライン川の水位が増えたり減ったりしている。
川岸に打ち上げられた木切れやゴミが水の動いた形に残っていて。

椅子も打ち上げられていた。
こんな大きいものが流れてきたのか?川底を歩いてきたのじゃないか?まだ水が滴っている。


片方だけの靴、靴底、飲料水の空瓶、ベビーカーの車輪だったのではないかと思われるもの、使い捨てライター、空っぽの蓋付きの箱。。。

空っぽの黒い箱の蓋はパカリと開いていて、中身を放出した事で仕事を終えてやれやれとあくびをしているように見える。

片方だけの靴は相方を見失って途方に暮れている。

もの達にもそれぞれ事情がありそうだ。


この2,3日空気が氷のようにつめたい。肌を刺すように尖った空気だ。
この間まで青々としていた緑の葉が冷凍ほうれん草か若芽の様になってぶる下がっている。
そうだなあ、今夜は若芽のお味噌汁を作ろうか。。。








 気になる電気料金の話












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観察記録



今年はなんだかなりそこねた冬が徘徊している。
そんなわけでいまだにLobularia maritimaは咲き続け、金盞花は一つ二つと咲き止まず、オオアラセイトウもポツリ咲いてしまった。
これでいきなり気温が下がったら花の氷漬けが出来てしまう。
氷の中に黄色や白や赤い花が閉じ込められている様子、J・G・バラードの「結晶世界」に描かれている景色を思い浮かべて花には気の毒だけれど密かにそんな日を待っている。



朝、夢遊病者の足取りでパン屋に出かけた。
あれやこれやと幾種類のパンの名前を告げ、言われた通りに代金を払ったのち店を離れながら、何か変だな。。と思う。
でも、どう変なのかを追及する気が無い。
家に帰ってから。おっとり思い出すと私は少し多めに代金を払ってきたらしい。
こういうときは馬鹿な自分が酷く悔しいが、もう一度戻って訂正するだけの元気が無い。面倒臭さが悔しさに勝った。
私はあまり賢い頭を持っていないので、その場で幾つかの値段をちゃきちゃきと計算し、レジの打ち出す数字をチェックするなんて事が出来ないと鼻からあきらめているのだ。
まあいいか。。。そういえば昨日道で1ユーロ拾ったし。。。などと計算している私は酷くけち臭い。





道路をなめるように眺めながら歩いていた。
別にお金が落ちているかも知れないとかそんな理由があってのことではないし、心労に押しつぶされてうなだれていたわけでもない。
駐車場の片隅が赤く塗られていて、雨でぬれた表面に白い二連なりの家が貼り付いていた。
これは大晦日の花火の残骸で、あれからずっと貼り付いたままだ。
赤い背景に白い家はなかなか美しい。白い家が炎に包まれているようにも見える。
夕焼けに栄える二連の雪山という手もある。
カメラを向けて何枚か写真を撮っていると、脇を通りすぎる人々が不思議そうな顔で私と私の視線の先を交互に見てゆく。



棚の中から前回の帰国時に買った漉し餡の素が現れた。古くなってうまみの出るものではないから、いい加減に作って食べねばいけないとおもった。
処方箋どおり粉と砂糖と水をいれしゃもじで鍋をかき回し続けた。
今回は鍋から片時も離れない。
なぜかというとここのところ、火にかけた鍋(といっても電気調理器だから火は無い)の事を、うっかり忘れて後始末が大変という事態を2度ほど続けてしまったからだ。
煮込む料理は時間がかかる。それを圧力鍋で強引に早く決着をつけてしまおうとするわけなのだが、その短縮された時間でさえじっとできずにちょっと目を離す。
目を離すとそこに思わぬ"用事"が現われたり、気を惹くものが面前にあらわれる。
ついそういった誘惑に気を取られて、しゅうしゅう言っている鍋の存在を忘れてしまう。そしてそのうちにやっと私の鼻が煮物を思い出すのだ。
一度は豆の煮物を黒焦げにし、その後間もなく牛筋を煮込もうとして失敗した。これらの焦げたときの匂いといったらない。
しばらくしょげ返って圧力鍋には手を触れたくなかったほどだ。圧力鍋でなければ失敗は免れたかというと、それはそうとも限らない。
というわけで、片手はしゃもじ、片手には本を持ちながら(本当はこの姿勢がいけない)今回は鍋から片時も離れず何事もなく仕上がった。
漉し餡は最初の頃はまるで黒絹のように艶やかでなんとも美しかった。だんだん水分が蒸発し始めてしゃもじの軌跡がしっかり残り始めると今度は餡に指を突っ込んでなめたくなる。しかし、そんな行儀の悪いことは私はしない。すっかり出来上がってから小分けにして冷凍し、茶碗一杯分を残して無事だった鍋を洗う。
茶碗一杯の餡子は一体何に変身するかと思い巡らしながら、気が付いたら片手に持っていたスプーンで私は餡子を舐めていた。

まあ、兎に角何事もそうだが、作業は上の空ではいけない。そしてタイマーを必ず使用のこと。これは教訓である。










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観察記録



1月19日−道中にて−
しつこい小雨が止まなかった。
乗客は少しずつ雨のにおいを連れて車内に乗り込んだ。
空いた席に私が座ると車両はぴったり満席になった。
しばらくすると近くでつぶやくような声が聞こえた。
それは眠っているかと思われた初老の男の口から立ち上っている。
句読点の無い抑揚の無い言葉が幾本かの筋状になってゆらゆらと立ち上っている。
言葉の行列は音が一つ一つに分かれてしまい、意味を掴もうと耳をそば立てたが上手く行かない。
まるでお経を読んでいるかのように音が高く低く波を作りながら拡散してゆく。
男は詩でも口ずさんでいたのだろうか?
私にとってそれは呪詛のような薄暗い独り言ではなく、明るい暖色の響きだったので、ずっと耳を澄ましていた。
私が電車を降りる頃には、車内の雨のにおいは消えていた。






里芋を買った。
昔は里芋を手に入れることはなかなかできず、たまにアジア系食料品店で見つけても高値の花だった。
それで長いこと里芋は食べることもなく、里芋の姿は徐々に記憶の奥底に沈んでいった。
最近どういう経路か手ごろな値段で里芋を入手できる。そんなわけで度々アジア系食品店へ出かけては
里芋を5,6個ずつ買ってくる。
里芋の煮ころがしや、蒟蒻無しのけんちん汁などを作ってにんまりしながら食べている。
ある日その芋のうちの一つからうっすら青い芽が育っているのを見つけたのでコップに活けると白い根がぐんぐんと伸びて
コップの底にとぐろを巻き始めた。
すると芽もぐんぐん伸びはじめ、やがて青い水水しい葉がぱらっと開いた。
美しい形と色に感心しながらよく見ると葉の先端にはいつも一粒の水滴が現れて、放っておくと葉の足元に小さな水溜りが出来ている。
芋がコップの中の水をじりじりと吸い上げて余分を排出しているということなのだろうか?
今朝気が付くと、一本きりかと思っていた葉の根元から、もう一本茎が伸びていて二枚目の葉をほどき始めている。
芋の葉の露で墨を磨り七夕の短冊に願いを書くと叶うという話を聞いたことがある。
里芋の水栽培を増やし、今年の七夕には芋の葉露で墨を磨り、とっておきの願いを書こうと決めた。






ぬばたまを満たした椀の中に指先を差し込むとざくざくと音が回る。
丸く漆黒の弾丸のような種の中には鮮やかなオレンジ色が眠っている。
この美しい贈り物は北海道のYさんが選んでくださったものだ。
楽しいしおりや手漉き紙の封筒、縮緬の和紙も美しい。
自然をこよなく愛しいつくしみながら丁寧に生きているYさんの心遣いを一つ一つに感じながら机の上に乗せて眺めている。
色々な思いを馳せ、ぬばたまの茶碗に指先を入れてはその音を聞いている。

訂正:この美しい黒い種は黒千石という黒大豆だそうだ。ぬばたまはほんの少し小さい種で艶やかな黒だった。↓







ふくろうがやってきた。
白とブルーのデルフト色に染まったふくろうだ。
なんだか怒っている。
ふくろうが怒っているので、私は笑ってしまう。
君はどうしてそんな顔をしているの?
顔を見るたびに
「今日は何で機嫌が悪いんだい?」と話しかける。
寝起きが悪くて機嫌が悪いとか、
美味そうなねずみを取り逃がして怒っているとか、
背中が痒いとか、そんなことらしい。
“不機嫌ふくろう”は友人のAからのプレゼントだ。



“OZMO”というシリーズではがき大の板の上にシンプルなドローイングを描き始めた。
鉛筆の線はなるべくぎこちなく。
習字で紙に筆をおくときのような息で描く。



去年の北日本大震災の揺れは半時間後にヨーロッパにも届いていたという記事を読んだ。
ケルンの大聖堂が上下に1cmほどの揺れを起していたそうだ。
実のところケルンの大聖堂の地盤は砂地で危うい。地震ばかりか嵐や突風でも揺れ、共振現象が起こる可能性があるようだ。
もしもマグニチュード6,5ほどの地震が来た場合倒れる危険があるという。
大きな地震はごく稀なドイツではあるけれど、全く無いわけではない。
あの建物が密集している場所で、ケルンの大聖堂が崩れ落ちたら、と思うと恐い。
「想定外」という言葉を吐かずとも良いよう研究者は大聖堂を支えて欲しいものだ。

















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今日のメモ








1月13日金曜日。
DMSG ドイツ多発性硬化症ソサエティーへの寄付のためにドローイングの販売展示会があった。
私は他用にて行くことが出来なかったが、人出は多かった様子。
少しでも役に立てれば嬉しいのだけれど、結果がどうなったのかはまだ報告が無いのでわからない。

。。。と、書きかけて放っていたら、間もなく誕生日がやってきて、贅沢に料理と味見に一日を費やしたのは数日前の話になった。

そして昨日はひょんなことからコンピューターのウィルス検索除去を調べている内に泥沼にはまり、
眼がしょぼしょぼになるまでコンピューターに張り付いたまま日が暮れてしまった。
(ホームページの書き直しをしなければと思うのに、腱鞘炎の手が治らないのではじめる気にならないのだ。
そんなことを言いながらもポツポツこうしてキーボードを叩いているから治らない)
いや、実は私は壊れた洗濯機の修繕屋がやってくるのを待っていたのだ。
約束の時間丁度に現れはしない事は99,99%確実だったが指定の時間から待機していた。
それが一時間経っても二時間経ってもブザーがならなければ、電話も来ない。
私は厄介な作業を始めてしまっていたので待っている事自体をしばらく忘れていたのだが、気が付けばもう三時間過ぎていた。
仕方ないので営業所に電話をかけてみると、あっさりと"留守だったので仕方なく帰った”というのだ。
良くある話だから、驚きはしないが気が抜けた。いくら面倒なことに取り組んで神経と眼を酷使していたとは言え私の耳はふさがってはいなかったのだから、
「一日待って時間を浪費したのはこちらの方だ」と思わず声が大きくなって
相手の言い訳をさえぎり新しい約束を取り付ける。
昨日はなんだかややこしい電話が立て続きに入ったり、妙な日だったが、しかしコンピューターの問題点はめでたく解決し、かなり気を取り直した。
まあ、終いが良ければ全てよし。。。。かな。

今朝はもう10時30分というのに外は暗い。
気温はあまり下がらないが雨が多い冬だ。
寒くても良いから青空と太陽が喉から手が出るほど欲しい。

それでも、外に出しっぱなしの夾竹桃やカラモンディンは時折寒そうに見えるが元気らしいし、畑ワサビの水水しい青い葉が小さな鉢から立ち上がっている。この鉢はもう三年目なので、大分根元が太ってきているのが頼もしい。
畑ワサビは擂って味噌と合わせておくとなかなか美味しいそうだから、楽しみにしているのだがそれまでに一体何年かかるのだろうか?
気の長い話。

(だけれど気の長い話って、私は好きだ)



ところで、
そろそろ今月末締め切りの展示会用に小品を仕上げなければいけない。
これは参加を承知してしまっているので、気長に放っておくわけには行かない。
気軽に買えるような物を並べるということで、広告、宣伝が主旨らしい。
出来る時にはなんでも一応参加をしておくことにしている。 ↓






 










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1月15日:一日料理中




驚いたことにまだテラスで咲いている花を少しだけ摘んで飾る。



 生牡蠣1ダース9,90ユーロ。街にあるポルトガル人経営魚レストランでは注文しておけば日曜日でも魚を買えるので嬉しい。牡蠣は美味しいね。


 

新鮮なエビはエビのカルパッチョ。頭と殻はさっと焼いて煮て出汁を取りクリームを加えて味を調えスープに。
最近新鮮な海鮮物が買えるようになって嬉しいのです。

 エビのカルパッチョ。
マリネソースはレモン、オレンジ、オリーブオイル、薔薇胡椒、白胡椒、石榴のシロップ、エストラゴン、塩。




ラムのステーキにはズッキーニ、トマト、ナスの付け合せ。あおかびペコリーノチーズとマルメロの砂糖煮、胡椒を合わせたものを添える。





誕生日メニューです。

朝から相棒と二人でメニューについて真剣に考え、実験を重ねて、料理を中心にあっという間に誕生日は過ぎました。

良い一日でした。











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届いたもの。。。



(写真中央に青鷺がとまっている)





今日、郵便受けを開けると、黄色いカードが入っていた。
郵便の不在配達証だった。
差出人は日本の友人からで、楽しみでポケットを膨らませて早速郵便局に引き取りに出かけた。
係員が水色と白の縞テープで止められている30x25x7cmの茶色紙で包まれた箱を探し当てた。

部屋に戻って「遠いところをよく来たね」と箱に話しかける。
私の右手ははさみを握り水色のテープを切り包みを開ける前に
私の鼻は「あ、切干大根だ!」といった。
箱を開くと期待に背かず切干大根の袋が現れる。
友人の作品のドキュメントが入ったDVD、楽しそうな本、チョコレート、
インスタントの名古屋名物味噌仕込みうどんだのほうじ茶が並んでいる。
なんだかクリスマスが戻ってきたみたいだ。
チョコレートを食べながら、DVDを見たり、本をつまみ読んだり

楽しい「ひと時」が届いた。

ありがとう。






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謹賀新年2012年


初春のお慶びを申し上げます。


2012年がよきものをもたらしますように。

お祈りいたします。











12月30日は近所に住んでいる親しい友を招き夕飯を共にし、大晦日はデュッセルドルフに住む友人宅で新年を迎えた。
めでたく新年に突入。

   




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映画三昧



  


クリスマスイブと第一クリスマスは友人のBを訪ねた。
彼女は中国人で私たちは日本人で、私たちにとってクリスマスに義務は無い。
近所の森を散歩したり、彼女の相方の眠るチャペルに行き蝋燭を灯したり、
家に戻って料理をして食べたり飲んだり、とりわけ彼女が最近イタリアから持ち帰った
今年の10月搾りのオリーブオイルの美味しさといったら無かった。
ぺリドットを溶かしたような美しい緑の液体はバゲットに塗るだけでとても美味しい。
2日間を美味しく過ごした。

その翌日、小雨の中を森に散歩に出掛けた。雨にぬれた美しい森を撮ろうと
傘をかぶりながら撮影する。
思うように写真は撮れないのだけれど矢鱈めったらに撮った。









ところで年末は休息がてら映画を観ることに決めた。
手始めに。。。

● mission impossible phantom protokoll 

派手なアクションでスカッと出来るかもしれないという期待だけで見に行った。
この映画は兎に角アクションを眺めて楽しむだけの映画だと思っていたので、それ以外は期待しないでいた。
見終わって映画館を出ると世界一高いビルの窓を登る場面だの、色々出てくるスパイ小道具だのしか思い出さない。
後にはなんにも残らない潔さだ。これもまた良し。



● The Company Men(DVD)

大企業のエリート達は意気揚々に走りながらも日毎の競争に内心神経をすり減らし、
組織から突き放されてしまうと、一体自分の価値を見失い、方向感覚を見失う。
仕事を失って、その後の自分にどう解決をつけて行くか?
映画の中で主人公の義兄は大工職人で自分の手と汗と力で稼いでいるのだけれど、
この義兄の存在がなかなか重いポイントにもなっているのではないかと思う。



● Melancholia

トリーア監督の作品が好きかと聞かれたら嫌いと答えるかもしれない。
冒頭から陰鬱で耽美的な映像がとても魅力的だ。
タルコフスキーが透けて見える感じが無きにしも非ずだが、残念ながらタルコフスキーは超えられない。
物語の始まりに花嫁である主人公の一人が未来の夫と共にあきれるほど長いリムジンに乗って披露宴会場に向かっている。
蛇の通り道のようにくねる道をリムジンは上手く曲がりきれず立ち往生してしまう。彼らの寸分先の困難を暗示しているようだ。
晴れの舞台であるはずなのに心を病む主人公と、そこに集まった人々の持っている暗闇で、その場は少しずつ空気は重く沈み、
"期待”の上に築き上げようとした努力は見る見るうちに崩れてしまうのだ。
同時に物語の背景には飛んでも無いことがおきている。
大きな惑星が地球に接近中で、衝突すれば地球はひとたまりも無い。
惑星メランコリアは人の不安を翻弄するように近づいたり遠ざかったりしていたが、間違いなく地球に向かっていると確認した時に
或る人は自殺し、ある人はパニックに陥り、不確かな恐怖には混乱していた主人公は、むしろ状況を受け入れる。。。
最後の場面は気に入らなかったものの、全体にはなかなか面白かった。
もう一度見てもいいなと思っている。


さて次は何を見ようか。







原発事故後の政府の無能さと責任逃れの態度に改めてあきれ果てた。  ・・・・・> ★★★
















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アナグラム

最近アナグラムに凝っている。
もっとも以前からよく数字や文字をとっかえひっかえくるくる回して遊ぶのは好きだ。
今回は Kein Wunder = No Wonder で言葉遊びを作ってみた。
青い文字部分はアナグラム。組み替えればKein Wunderになる。
赤い文字を拾ってゆけばKein Wunderとなる。







一昨日は朝起きると外は雪だった。
その上に雨が降って7割溶けたカキ氷上になってしまった。
去年の今頃は毎日雪が降っていたが、今年は比較的ぬるい冬の始まりだ。
今現在6度。

日本政府の冷温停止状態宣言というのは一体誰のために宣言をしているのだろうか? 


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垢落しの散歩。。。

ようやく、提出しなければいけないものを殆んど終了してやれやれと深呼吸。
静岡の展覧会も東京の展覧会も終了。
残念ながら私自身は日本に行くことが出来なかったのだけれど、どちらも良い反響をいただいたようで嬉しい限りです。

今日は久しぶりに森へ散歩に行った。
しばらく散歩をしないでいると頭の中に垢がたまって重くなる。
重くなると思考能力も低下するらしい。
美しい森の中をあるくと、垢がぽろぽろとはがれて行くらしく、とても気持ちが良い。
ぬかるみに足を取られながらも歩いてゆくと水粒の花が草原一面に満開に咲いていて、雲の切れ目からすっと差し込む光にきらきらと、また冷たい風にさらされて透明感を増す。枯れた羊歯の葉の海の色は鮮やかな褐色で、陽光を受ければ金色に輝きもする。
とても豪華な景色だった。

さてこれでまた、しゃきっとするかな?










iphonやスマートフォンを私が購入することはまずなさそうだが、WiFi使用可能な環境ならばSkypが出来る事、地図をダウンロードして使えること、簡単なメモ的写真または動画を撮ることが出来ることなどを理由にipod Touch 5Gを購入。
















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静止

あ。。。。。。それが。。。



。。。。と、言い終わらぬ間に
数時間経ってしまう。
そんな気がしている。

たぶん自分の動きが遅くなっているのかもしれない。
その上、最近人や場所の名前を思い出すのに以前より時間がかかる。
そういう細かな事柄が積もってひまがかかるのだけど、もっとも、それがなんだというのだ。

今朝郵便局に向かう途中、散歩中の幼稚園の子供達に出くわした。
小さな人達は高速度で飛び交う活発な中性子みたいで、それを指揮する先生は大童だ。
彼らの持っている時間と私の持っている時間は多分違う風に流れているだろうなあ、と思いながら横を通り過ぎる。

殆んど裸になってしまった木に数枚の葉がカラカラと揺れている。
立ち止まって見ていると、一枚が木を離れ、ユラユラ舞いながら地に向かって降り始めた。

私の目の前でそれはほぼ静止した。
子供達のにぎやかな声も消えた。


右から左から流れる私の時間がぶつかった。





今日の 
父へ 父として〜福島の父たち













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待合室











朝一番で医者に行った。予約を取ろうとしたが既にずっと先まで一杯だった。飛込みしかない。飛び込みだと、1時間以上待たされる覚悟で行かねばならない。この時期は特に一般医の待合室で長時間待たされるのは辛いものがある。意を決して行ってみると、果たして私の回りはすっかり風邪を引き込んだ患者たちで一杯だった。
げほっごほっ、ごほごほ、こんこん、ゼーゼーと咳の合間に鼻をかむ音が入る。
この待合室の中の風邪菌が目に見えたらすごい様になっているのかもしれないなどと想像しないでもいいことを想像して一人でうんざりしていた。予約患者優先であり、その隙に風邪引き飛び込み患者がねじり込まれて、結局2時間以上も待たされた。
途中で帰るのも悔しいし、日を改めても状況に変わりは無いだろうから、本を読みながらひたすら待っていたのだが、本の内容が今ひとつ上手く頭の中に入ってこない。

『"いづれにせよ、皆自分の涙をどこかに保存しなけりゃならないわ”と母は言った。』
     −− ハ〜、ハァ〜、ハクション

『玄関から延びる廊下の匂いが私を麻痺させる、それは林檎や、そこに置かれているケーテ曾祖母の嫁入り道具だった石彫りチェストの匂いだ』
     −−マイン ゴット!いつまでまってりゃいいんだい。。。げほげほ

『特に私の仕事の中で好きなのは忘れ去られた本、つまりそこに百年以上も置かれたまま、多分一度も読まれることが無く、埃がぶ厚く積もって、百万以上の非読者の中を生き抜いてきた本、を探し出すこと』  
     −− ビー ビー、ごほげほ。ふぅ〜。こほ。。。

受付では「ドクターニビョウキトドケヲ カイテモライタインデス。。。コエガモウデナイ。。。」と辛そうな声。

私は本の字面を追っているだけで何がなんだかすっかりわからなくなっていた。
物語の筋を掴むことをあきらめた私は、四方から飛んでくる風邪菌を堰き止めるつもりで、開いた本を目の前にかざしているばかりだった。



おっと、なんだか喉がむずがゆいような気もする。
どのみち、このところ周りに酷い風邪引きが多い。
いつもらい風邪をしてもおかしくない。

帰り際、ドクターの問診室のドアに
「今日! インフルエンザの予防注射を!」と張り紙が貼られていた。



皆様も風邪を召しませぬよう。







追記

東電が汚染水を海に廃棄しようとしているようだ。
東電の動きには誠意が見えない。  → 


追追記

抗議をうけ汚染水の海洋放出は先送りになったようだ。  → 



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師走









12月は『春待月』
まだ始まったばかりの冬とは言え、例年に無く暖かい冬の始まりだとは言え
冬になれば春に焦がれる。

体内時計が"冬眠"を指しているのか、眠い。
眠い眠いと思いながらもそろそろ送らねばならない小さな絵を仕上げた。
ふと、目が覚めてそれをよくよく見ればなんとなく春の芽吹きのようでもあり
やっぱり春に焦がれているようだ。

仕上がった絵を梱包して郵便局へ向かった。
道の途中、小さなクリスマス市がたっているが、毎年相も変らぬ顔ぶれで魔法が少しもかかっていない。
気の抜けたビールみたいに退屈だ。
昼間は”市"も眠っているのだ。
クリスマス市は
日が暮れて、落ちてきた星のような電飾がピカピカ揺れる下で
熱々のグリューワイン(ハーブ入りの甘い赤ワイン)で手を温め
体を温めながら足踏みするような凍るような空気が似合う。

"眠る市"をあっという間に通り過ぎて公園を歩く。
郵便局の山盛りの郵送物と一緒に箱の中で待っている絵は
あめ色の背景に白い線が散らばっていた。

ふらふらと木の並ぶ公園の中を歩いていると、『あれれ!』と私は思わずつぶやいた。
なぜなら葉を落とした細枝が交差する景色は、"白線の散らばり"のリズムと同じだったから。。。

『そうなんだ。。。そうなんだ。。。よね』と
一人ごち、落ち葉を踏みしだきながら歩いた。

『。。。よね、だね、よし、よし。。。』と落ち葉が答えた。






















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