Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2015年4月

2015-04-30 | Weblog-Index


異常なI’m not Abeな事態 2015-04-30 | マスメディア批評
足元からパワーアップ 2015-04-29 | アウトドーア・環境
受け入れられない情報保護 2015-04-28 | 雑感
プロダクトバイ耕作者 2015-04-27 | 試飲百景
水分補給の味をしめる 2015-04-26 | 雑感
右足の脹脛の攣りに思う 2015-04-25 | アウトドーア・環境
贖罪という営みの文化 2015-04-24 | 文化一般
非常用の日常ワイン 2015-04-23 | ワイン
腑分けの変態的な喜び 2015-04-22 | 音 TB0,COM2
日本国全権大使の敵対行為 2015-04-21 | マスメディア批評
偽善に満ち溢れたこの世 2015-04-20 | 雑感
根腐りしているような市場 2015-04-19 | ワイン
スポーツ眼鏡に求めるもの 2015-04-18 | 生活
2014年はどうだったか? 2015-04-17 | ワイン
新弓の道の真髄を味わう 2015-04-16 | アウトドーア・環境
汗を確り掻きたい時期 2015-04-15 | アウトドーア・環境
意義のないことばかり 2015-04-14 | マスメディア批評
口に入れても夢見心地 2015-04-13 | 雑感
オーヴァーワーク気味 2015-04-12 | アウトドーア・環境
基地阻止基金の値踏み 2015-04-11 | 歴史・時事
術にならない頭の悪さ 2015-04-10 | 音
伸びる仏印ジーンズを購入 2015-04-09 | 生活
いよいよ夏シーズンへと序奏 2015-04-08 | 暦
銅鑼の余韻の領域限界点 2015-04-07 | 音
復活祭日曜日の動機付け 2015-04-06 | 暦
復活祭の連休の束の間 2015-04-05 | 暦
花冷えにPWRの白い天蓋 2015-04-04 | 暦
アベノミクスの責任回避 2015-04-03 | マスメディア批評
嵐過ぎ去って、その後 2015-04-02 | 音
音が鳴り響く環境の考査 2015-04-01 | 音
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異常なI’m not Abeな事態

2015-04-30 | マスメディア批評
朝日新聞が「フランクフルターアルゲマイネ新聞恫喝事件」を伝えている。ネットによると、ハムブルクに帰任したカルステン・ゲルミスに取材している。更にFAZの編集長であるシュテュルム氏を訪ねて経緯を取材し、更に当事者である坂本フランクフルト総領事にも取材している。興味あるのは、総領事が編集局を訪ねた2014年8月28日の日付だろうか。

朝日新聞は、「(中共の)在ベルリン大使の論文とそれに反応した日本国全権大使の読者からのお便り事件」が契機とされているが、日付が全く不正確だ。例のお便り反論があったのは2014年1月20日過ぎの出来事だった。しかし総領事は八月になって編集局を訪ねる。その間に、安倍政権内で情報操作戦略が強化されたのか、それともネットなどでこの論文が話題になったことで、そうした安倍のコアな支持層に押される形で、官邸主導でこうした動きなったのか。

しかし、一連の安倍政権批判は、東京特派員であったゲルミス氏以前から現編集長の前任者シュトュルム氏などの筆によって、第一次の2007年から継続して行われているもので、「灰色の印象」の安倍を「日本の有権者は、 安 倍 の 改 革 への展望を前にしながら、ハッキリと、その良き時代への 退 行 を 公 約 とした者に投票したのである」と言及している。

だから、第二次安倍政権発足時には、安倍らの先軍思想の台頭をして日本の歴史的な近代化への流れの中での出来事ととして捉えていて、飽くまでも友人としての立場を一貫して唱えていた。そのような書き方であるから、訳の問題とは別にそれらの輩には余り頭に入らない内容であり、全く連中の視座には入っていなかったに違いない。それはこのように日本語で書いていても読みとろうとする知能がなければ同じことだからである。

そのような中で2014年の夏になって何が起こったかはわからないが、少なくとも在ベルリン大使館が2014年当初以来注視していた新聞の記事内容を省みると、7月14日付けの第一面社説で「戦争の出来る普通の国になりたい政権」に向かって「安倍首相が辞めればきっと立役者として評価される」と書いている。この記事辺りが「決行」への契機なったと思われる。

実際にはその経済政策の改革路線がなっていないとしての批判と平行して、2013年の暮れには安倍の靖国訪問を解説して、橋下の慰安婦問題発言と侵略戦争への無反省などが社説として批評された。これが在ベルリン中華人民共和国大使への執筆依頼に結びついた背景であろう。そのときの今生天皇の誕生日の発言のメディア規制報道があった。

更に遡れば「四面楚歌の日本」の孤立化する外交姿勢とその国内状況を分析を2013年5月24日付け第一面の社説で危惧しているのである。2012年9月28日には尖閣や竹島の領土問題でも日本の民族主義者が日本を孤立させるとしている。

こうして振り返っていけば、一貫して安倍晋三の民族主義的な立場や修正主義者に対して厳しい姿勢を示しているのは、保守リベラルの高級紙としては当然のことであった。但し、同様の状況分析を前在東京ドイツ全権大使が語るときには、外交官としてのマナーからか、決して政治的な趣向は示さなかった。恐らく極東分析の研究者としての一面が強く出ているからであろう。

しかし、ジャーナリストに、一連の流れの中で、本来ならばありえない情報統制どころか、直接日本国外務省から圧力が掛かることになって、友好国のジャーナリストとして口を閉ざすことは出来なくなったのは当然なのである。メルケル首相が歴史に言及したことで日本政府高官は内政干渉と強く反応したらしいが、それならば友好国としての付き合いは出来ないのである。このような異常な状況になって我々も独日友好関係の団体としても看過することは出来なくなってきた。勿論安倍も退く時は遠くはないだろう、しかし、ここでメディアだけでなく、本来は無謬性をモットーとする外交官などがこうした破廉恥な行為を働いた事実は永遠に消えない。安部は消えるが、これは消えないのだ。それこそが異常な事態なのである。



参照:
あとの政策への期待薄感 2007-07-29 | マスメディア批評
保護観察下にある休耕地 2007-08-01 | マスメディア批評
「革命」は似合わない言葉 2009-09-01 | マスメディア批評
孤立へと逃げ込む小日本 2012-09-28 | マスメディア批評
四面楚歌の安倍と日本 2013-05-26 | マスメディア批評
奥崎、安倍晋三を撃て! 2013-12-28 | 歴史・時事
日本も普通になりたがっている 2014-07-16 | マスメディア批評
待たされても感じる温もり 2014-11-13 | マスメディア批評
フクシマ宣言、原子力村の逆襲 2013-01-13 | マスメディア批評
普通の日本人たちの責任 2013-05-20 | 歴史・時事
国家主義へと歩む安倍政権 2013-07-25 | マスメディア批評
上から目線でしょうか? 2013-12-04 | マスメディア批評
なぜ感情的に反応するのか? 2013-12-09 | マスメディア批評
二人の阿保のミックス 2014-01-06 | マスメディア批評
NHK問題の本質の矮小化 2014-02-13 | マスメディア批評
部分否定即ち全否定の阿呆 2014-09-19 | マスメディア批評
安倍が解散に打って出る話 2014-11-15 | マスメディア批評
安全保障上去勢された日本 2015-02-02 | マスメディア批評
日本国全権大使の敵対行為 2015-04-21 | マスメディア批評
修正主義と制御付新自由経済 2014-04-13 | 歴史・時事
見苦しい日本国大使の反論 2014-01-22 | 歴史・時事
小日本の皇帝思想 2014-04-10 | 歴史・時事
日本の情報統制の進行? 2014-01-22 | 歴史・時事
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足元からパワーアップ

2015-04-29 | アウトドーア・環境
1902歩11分の往路は、記録の1844歩の感覚を思い出した。往路で可也きてしまったので、復路は軽く流して24分4001歩だった。出だしは半信半疑だったが、直ぐにピッチも伸びて、とてもよいテムポで走れた。12分は掛からない自信はあったが、最後のところで限界に近かったので最後までテムポを守りきるのに精一杯だった。それでもその速さの感覚を実感したので、復路の頑張り方も計算できる。往復22分は可也厳しい目標であるが、試してみたい速さだ。それが可能となるとクーパーテストでも結構よい記録が出るだろう。気温は摂氏八度から五度の間で寒かったが、十分に汗を掻いた。

注文した靴MTR201ProLowが届いた。色目は、カムパニーカラーで、ネットで見たものよりよい感じだ。大振りな靴であるから、黒の縮小色の方が締まって見える。それでも古い方の靴もそれほど型崩れはしていない。足がマムート否ライケルの足型に合っているからだろう。シナでの仕事振りは向上している感じがして、一箇所だけ解れがあるが十分な出来具合になっている。以前のMTR201からの出来からすると雲泥の差で、その価格も高値に安定している。

さて計量してみると右足324Gで、前回の326Gを再び軽量化している。理由は分からないが、踵の形状を見ても締まってきていて、使っている材料などが若干変わっているのではないかと思われる。最初の製品は車と同じで改良の余地があるのは当然で、基本的には変わらないようだが色目を変える時点で当然のことながら材料の選定などに若干の現場の影響があるのは当然であろう。色目の錯覚かもしれないが、足入れの感じは更に硬質になってきている印象があって、走りにもう一息のパワーが求められているようだ。ハードなゲレンデに躊躇なく突入可能な趣があって好ましい。

色目の印象や最近の自分の走りを総合すると腕の振りが力強くなってきて、ピッチが伸びる傾向にあり、同時にテムポも早めにに安定してきている。要するに走りが力強くなってきて、一時の折角身につけたジョギングテムポから脱皮しつつある。パワーアップできるだろうか?新たに靴下も発注したので、それでもって走ってみたい。但し古い靴もまだ使えるので、天候や走るコースなどによってはまた腰の調子如何によってはまだ当分古い方も使えるだろう。それでも知らないゲレンデで歩くときなどはプロフィールが磨り減っていない新しい方を使う方が安心だ。

パン屋から沢沿いの駐車場への道すがら子猫が道を横切っていた。急いで渡り終えると思ったらゆっくりで轢きそうになった。こちらを見ていたので気がついていなかった訳ではないが、何かがおかしい猫なのだろう。そこの場所は反対方向に屋敷と屋敷の間をリスやテンなどがよく横切る場所である。



参照:
消えた踵のエラ張り 2014-01-31 | 雑感
新製品試着の歯痒い気持ち 2013-04-12 | アウトドーア・環境
受け入れられない情報保護 2015-04-28 | 雑感
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受け入れられない情報保護

2015-04-28 | 雑感
マレーシア航空機撃墜事件の調査がほぼ明らかになったようだ。それによるとウクライナ東部の分離派の仕業であることはもはや疑いがないようであるが、それ以上に重要な情報が伝えられている。何よりも重要なのは、その前に撃墜された戦闘機からその上を飛ぶ民間航空機への撃墜の危険性が伝えられていたことである。

つまり、その情報を民間航空機会社に伝えていたならば事故も起こらず危険な思いもしなかったというのである。ルフトハンザはそうした危険情報が伝えられていなかったことを声明しているので、連邦共和国政府の責任問題が問われるというのである。

この事件の経過に関しては不思議なことが沢山あったので、そのときのことを思い出すといつものように情報機関とその情報の扱いなどに想いが募るのだ。こうした破廉恥な事件の裏には情報戦があって、それを皆が後で知ることになるが、犠牲者本人は何も知らずに命を失うことになるのである。

こうした「人災」には突発というようなことはないのである。だから確率論を駆使して自動操縦などのことが出来るように選択される将来を読むことが可能となるのである。ある時点でマレーシア航空に乗った乗客の命は定まっていたのである。それでも同じ航路を数分の距離を保って飛行していたルフトハンザが狙われていたことも否定できない。

事件直後には、ルフトハンザは同じ航路を取っていないとの情報が流れるなど不可解なことがあり、翌日には迂回することが決定されたのであった。そこに知らされていない情報の流れがあったのだ。

肩の故障だけでなくて、腰などにも張りがあるので、新しいトレイルランニングシューズを注文した。とてもよいプロフィールがついているのでまだまだ使えそうなのだが、身体の方が大切だ。少しでも負担が掛かるようになったと思えば即決断すべきだ。丁度同じ色の同じ靴が安売りに出ていたのだが、何故か私のサイズが売れてしまった。同じように目をつけていた人があったのだろう。発注が遅れた理由はあって、89ユーロに送料などが加算されていたからだ。現行の改正されたEUの消費者保護基準から額に関わらずこうした別途料金のオファーも出てきた。つまりサイズが分かっていても送り返すときに送料を負担しなければいけない。だから躊躇していたのだ。

売り切れたので次のオファーを探すと98ユーロほどで出てきた。しかし今度は2015年モデルの色違いで、これならば少し高くても仕方がない。色の好みはあるが、少しでも安くてよくなっていたら高くはない。今使っている靴も95ユーロだったから、一年以上のインフレ上昇分としては受け入れられる額だ。



参照:
豚に小判の消費者保護 2014-07-19 | マスメディア批評
消えた踵のエラ張り 2014-01-31 | 雑感
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プロダクトバイ耕作者

2015-04-27 | 試飲百景
木曜日に登りに行った以外は、三回ボールダーを試した。左肩の痛みは酷いので可也苦しい。それでも成果が幾つかはあった。特に金曜日には、懸案のアクセルシュヴァイスの上から見えない足場に乗せる方法が見えてきた。左の足場と同じ高さにあるとはじめて気がついたからで、左右の足を同じ高さに持っていくことは感覚的に容易だ。そこで爪先を乗せてみたが踏ん張れるほどではない。まだ爪先が上手に加重されていないからだろう。そのためには右手の手掛かりがもう一つ安定しない。改めてVIDEOを観ると開脚の足場を使っている。こうなれば右手を安定させたところで、高めに右足を押さえつける場所を探してみるのもよいかもしれない。最後の右の手掛かりに届くには右足を安定させなければ可能性がないからだ。その右端にあるジューデピエをはじめてまじめに挑戦した。右手と左手で身体を浮かせることが出来たから、左足で岩板を挟み込む感じで左手で上の穴を挟めるようになれば結構いけるかもしれない。

峠への登りで19分3088歩、午前中としては悪くない記録だ。駆け出しからゆったりとピッチを長めに心掛けた。結局中盤の終わりでは結構堪えて、終盤を落とさないように長めにスパートを掛けた。記録を目指す状態ではなかった割には確実に19分台をキープして、歩数からすると可也押さえられている。下り途中にほぼ同じようなところでライヴァルのばあさんと息子に挨拶して、降りてくると34分5385歩と草臥れた。

土曜日の試飲会は比較的楽しめた。通常ならば行かない有料のものであるが、10ユーロは購入して返済された。それほど厳密には計算していないようで、購入のために真面目に試飲する人にはキャッシュバックするのだろう。人によっては一本しか買わない人もいたが、その場合はどうだろうか。バート・デュルクハイムには数件のVDP醸造所があるが、その程度からするとヤングタレンツとして今後の候補に挙がっているピュルーガー醸造所は決して悪くは無い。そして何よりも元オーナーの叔母さんは私の山仲間である。だからフランスのマコンからもお客さんを迎えたことがあった。

今回同行したのはスパイヤーの役人裁判所のもと判事夫妻である。彼らも既に他所の催し物で試していて行きたいということだったからである。どうも旦那の方は昨年の足の怪我から結局最近手術して杖を話せるようになっていたが、血圧が下がるなど落ち込むことが多いようで、今回のお誘いを大変喜んでいた。

先ずは、リースリングを一通り試す。リッターリースリングは流石になんてことはないが、その次のフォン・ブントシュタインのグーツリースリングは大変興味深かった。これよりも美味しいグーツリースリングはどこにでもあるが、これほど癖のあるつまり特徴を出した素朴なものは珍しい。それも12.5%で一本7.50ユーロなのでとてもお買い得だ。

その上のオルツリースリングは、デュルクハイマーとウングシュタインの二種があって、やはり後者の美味さに軍配が上がる。これも寧ろ土壌感の面白さであって、前者の退屈なワインがどうしても陰る。そのあたりの味質がその昔プファルツのリースリングとして最も代表的に思われていた味筋なのだ。幾らてロワールを出そうと心掛けてもその退屈さが変わらないのがその土壌である。しかし2013年の後者は甘すぎた。残糖値8グラムは上げすぎだ。2014年は2グラムとこれは快適であった。

その上の2013年産ラーゲンヴァインとして、先ずフックスマンテルの獣くさいような不味さ、そして西側に広がるシュピールベルクでボルダーに行くときの通り道の脇である。これは何かどこかで感じた味を考えているうちにコルク臭と分かった。オーナーが確かめてあまり分からなかったようでおかしいなと思っていると他の瓶を持ってきた。これはそれが消えていて、清涼感のあるミネラルを楽しめた。どうもまだまだこのあたりの醸造所であるとそこまでクレームをつける人は少ないのだろう。あまりオーナーが鈍感であると見えると具合が悪いので、そのあたりの対応の仕方もこれからの勉強である。まさしく自称会長秘書秘密審議官の名目躍如である。

ミヒャエルスベルクがここの最も価値のある区画だろうが、その味筋は赤いスレートのように華やかしい果実風味なのだ。だからあまり好まない。そしてそのテラスと称するものは更に濃く、将来のグローセスゲヴェックスとなる。プラムのシュナップスの様で、ミラベルなどにも近い。最後のヘーレンベルク二種は、スレートでの青色に相当して美しさはこちらの方がよく出ていた。

その他は、素晴らしい年度だった2014年のブルゴーニュ種であるが、シャルドネ、ソヴィニオンブラン、サンローラン、ピノノワールなどであるが、SBを二本購入して自宅で試す。ピノノワールも上手に造っていたが赤は2014年産を待とう。しかしここで何を書いておかないといけないか?

ワインの価値についてである。同じ8ユーロ以下でも美味しいリースリングはあるその中でここのブントザントシュタイン派は価値があると思ったのは、大手の昔の名前だけの醸造所がそれなりの酵母を使って綺麗に造ったワインではないからだ。その方向に進めば極論すれば新世界の何でもありのコーラワインとなる。そのようなものを飲むぐらいならワインなどいらない。ビールの方が遥かに美味くて安い。それならばこの醸造所からの19ユーロもするリースリングをどう見るか?これは時間が掛かる。場合によっては地所を更に都合必要もある。エコヴァインを目指してある程度時間が経っているが、まだまだ収穫量は多い。



参照:
肉汁たっぷりを活かす 2012-08-30 | 試飲百景
会長私設秘書としてのお役目 2010-12-02 | 試飲百景
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水分補給の味をしめる

2015-04-26 | 雑感
水分補給が重要な季節である。先日持参した水筒一リットルだけでは足りなく、水分補給システムに使っていたそれの汚れが酷くなっているので新しいものが必要になった。更にスイスのジグの水筒も蓋のネジが破損して、水筒の中も黒くなったままだ。外見の痛みも激しくなったので新調した。同様の商品はサレワでも出しているが、重量からするとジグの方が優れていそうだ。但し今回購入して注入温度が摂氏40度までになっているのはなぜだろう?

中のコーティングとかではないと思うが、ネジのパッキングの問題だろうか?それとも熱い温度では火傷の可能性があるからか?理由は分からない。実際にお茶などを入れるときには、100度にはならないだろうが、60度ぐらいになると思うが、どうだろう。そのコーティングに関しては直ぐに駄目になるとかの評価もあるが、酸性のものでも、炭酸入りのものでも問題無しとなっている。

もう一つの補給システムは米国製のプラティパスというのを試してみることにした。先ず何よりも軽く、リッターで20Gぐらいで、給水パイプも60グラムぐらいだ。上のジグの138Gも今まで使っていた違う色の142Gよりも軽くなっている。理由は汚れよりもアルミ無垢の塗装が緑色よりも軽いからだろう。それでも装備だけで半分以下の重量である。ジグの方は保温袋46Gが加わるので三倍の重量だ。それでもテルモスとは比較にならないほど軽い。

さて、ジグの方は早速試してみたが、やはり味が全くつかないので、薬草茶が美味く感じる。何よりもボトルの底が見えて、液体の色が分かるのが嬉しい。視覚で飲むということだ。

一方プラティパスは、見た目がリットルと思わせないほど小さかったので、試してみると、流石にそれだけの水は入る。今まで使っていたものとは比較にならないほどスマートなのだ。因みに今までのシステムはマウスピースキャップもついて134Gと殆どジグと同じ重量であったので比較にならない。水を入れて見ると味もつかない感じで好ましい。マウスピースなども使いこなしてみなければ分からないが、重量や機能性でとてもクールな商品のようだ。これならば1.5リットル入りのものも追加購入してもよいかもしれない。



参照:
右足の脹脛の攣りに思う 2015-04-25 | アウトドーア・環境
冷却装置のように機能しない 2011-05-08 | アウトドーア・環境
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右足の脹脛の攣りに思う

2015-04-25 | アウトドーア・環境
火曜日のボルダーで左肩の悪さを確認した。そして木曜日には南プファルツの岩場に向かった。最近は、一つでもよいからこれという場所を試せれば満足なのだ。だから、左手が上がらず、思うように左上方の手掛かりが掴めなくて苦労しても、それはそれで諦めている。要は、肩の調子が戻ったときに、ボルダーで身につけた技術を駆使してどれだけ飛躍できるかに掛かっている。

今回も丁度その領域に掛かる場所があった。難易度は6cぐらいであるが、手掛かりが薄いものでそこかしこに両手をかけて、身体を持ち上げるぐらいで無いと次の足場に立ち上がれない。手にチョークは点けたがボールダーの靴には履き替えなかった。終了点でザイルの架け替えなどをするのに不便であるからだ。

結論からすると、ボルダー用の靴ならば小さな手掛かりをより使えこなせたはずだ。一つ目のリングの横の手掛かりに両手をかけて、右下の穴に右足を乗せるまでは大分楽に出来たのではなかろうか。そこから右上の穴に右手を掛ける動作が最も難しく遠かった。その右手を軸にして、今度は二つ目のリングの右下の手掛かりに伸び上がり、更に左手でリング左下の穴まで行きつく。リングの下に立って、上部の角まで回転をかけて伸び上がる。そして上の棚に立ち上がりのが結構厳しかった。

何が難しくて何ができないかというと、やはり左右方向へと移動する動作で、足場が定まらないと、低い位置の手掛かりで伸び上がることが出来ないのだ。写真を見ると左右方向に岩の襞があるのでそれによって左右方向へのバランスは保てそうだが、上下方向には左手の下への押さえしかないので甚だ不安定となるのである。

このあたりの身体の捻り具合や腰の使い方などがまだまだ十分に練習できていないと感じる。難易度はそれほど高くは無いのだが技術的に完璧にこなせていないとなると、幾ら肩の調子が良くなっても上手に登れない。

それにしても久しぶりに身体ががたがたになった。擦り傷も多く作ったが、肩だけでなく、下腕も疲れていて、右足の脹脛も張りを残した。どうも水分の摂取量が足りなくて日射病の一種なのかもしれない。陽射しはあったが乾いていたので汗は掻かなかったのだが、それが余計に蒸発を託していたのかも知れない。



参照:
新弓の道の真髄を味わう 2015-04-16 | アウトドーア・環境
いよいよ夏シーズンへと序奏 2015-04-08 | 暦
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贖罪という営みの文化

2015-04-24 | 文化一般
元SS親衛隊の隊員が起訴された。そのことは世界中でも伝えられている。なぜ今頃、高齢の人間が七十年も前の罪で裁かれなければいけないのか?そもそもこの男性はシュピーゲル誌でのインタヴューや知人に託した手記などで、その罪に関しては全て認めており、それは当局も十二分に関知していた。実際に、本人がイギリスの捕虜として戻ってきたときには最初の追求の時期を過ぎており、アデナウワー時代に入っていて、1965年のフランクフルトでのアウシュヴィッツ裁判では、小さな40人規模の収容所での任務はたとえ衛兵でも裁かれたのだが、アウシュヴィッツの二つもある大工場で指示された任務をこなしていた者は「主犯ヒトラーやヒムラーの協力者でしかなかった」とされた。つまり、直接殺傷に関わった人間以外は裁かれなかったのである。その結果、アウシュヴィッツの6000人のSS隊員のうちで800人が裁かれ、そのうち僅か40人しか連邦共和国では裁かれていない。しかし1974年にもこれらの小さな協力者への追訴も検討されたが、結局1984年には「輸送列車から降ろされたプラットホームで選別されたユダヤ人が残した荷物を仕分けしただけの任務」をこなしただけとして、訴追されなかった。それがジョン・デムヤンユク事件で状況が変わり、昨年二月には12都市で家宅捜査が行われたという。それでも行為の因果律からして連邦憲法裁判所では無効となるような起訴となる。

アウシュヴィッツなどに関しては、合衆国FBIでは研修としてその博物館に行くことが命じられているようで、そこでの長官発言が問題となった。上の例ではないが、ハンガリーやポーランドがそこでは協力者とされたことで、ポーランド政府などは大使引き上げなど強い抗議をしたということだ。ブラント首相がワルシャワのゲットー蜂起碑で跪いたことの真の意味をそこに思い起こす。協力者からすればそれなりの言い訳があり、主犯者つまりこの場合はナチドイツつまりドイツ人がやはりそれでも跪くということの意味はそこにある。それがそのときのポーランド訪問の目的であった筈で、それこそが近隣諸国との外交ではないか。

IWJでどなたかが、このような自己反省やそのディアローグこそが国の品格だと語っていた。その通りである。どのような考え方でもそこに文化的な評価がなされるような対話があってこそ、人はそれを品格と認めるのである。まさしく文化程度の問題なのだ。



参照:
吹雪から冷気への三十年 2007-11-11 | 暦
不公平に扱われる英霊 2006-08-23 | 歴史・時事
IDの危機と確立の好機 2005-04-20 | 文学・思想
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非常用の日常ワイン

2015-04-23 | ワイン
2012年のリースリングを再度検証する。2014年のそれに本格的に移る前に確認しておきたかったからだ。そろそろ瓶詰め二年を迎えるこの時期にその将来性もはっきりするからだ。先ずはザールのファン・フォルクセム醸造所のシャルツホーフベルクを開けた。これは最初からあまり残糖感が無かったのだが、御上手にもエレガントとは言いかねる重さのようなものがあって、この醸造所の技術的な問題を感じさせるものであった。

以前と同じように開けた当初はとても活き活きとしてよいのだが、グラスにおいて時間が経つとだるくなってくる。恐らく醸造法の問題で酸化の過程が急激に進むのだろう。従来の還元法の醸造法に拘っているに違いない。その点、2013年産からは明らかに現代的な感じになってきているので、醸造蔵への投資と同時に現代的な酸化法への道をつけたのではなかろうか?もしそうであれば2014年のそれでほぼ見当がつくだろう。

同じように2012年産のナーヘのリースリングを開けた。シェーンレーバー醸造所のフリューリンクスプレッツヘンで、グローセスゲヴェックスのパイロットヴァインとして購入したもので、今まで何度開けても全く開いてくる兆しが無かったものである。ここにきて漸く先が見えてきた感がある。綺麗に開くととても12.5%のアルコールが効いて輝かしさが出てくると思う反面、酸の量感がないのでどうしても苦味のようなものが残る。これは酸が弱い2012年としては仕方が無いであろう。ただしリースリングの酸に弱い人にでも完全な開花が楽しめるかもしれない。後半年ぐらいでこのパイロットワインは完熟するかもしれないが、その後二年ほどうちにグローセスゲヴェックスも一先ず飲み頃となるであろう。

毎年のように購入していたグーツリースリングも8ユーロ50なので日常消費には高い。モスバッハー醸造所のそれも8ユーロに近づいており、ドイツのリースリングは日常消費用でも8ユーロ出さなければよいものが買えなくなってきた。何を購入してどれほど飲むかはその人のライフスタイルによるが、私の場合はもはやグーツリースリングは、ビールも切れて適当なワインが無くなった時の非常用ワインである。それならばそれなりにその価格帯で何を購入するか?

そして、その上のテロワーを美しく出してくるリースリングとなると結局10ユーロ以上は出さないといけないのだ。そのあたりのリースリングが私が年間一番多く飲むワインであり基準となるハウスワインなのだ。そして二年以上寝かして瓶熟成を楽しむとなると最低18ユーロほどの投資は覚悟しなければいけない。如何に年々ドイツのリースリングが高価になっていくか、これで分かるだろう。



参照:
'12年グローセゲヴェックセ? 2013-09-11 | 試飲百景
十ユーロ越えのテロワール 2013-06-07 | ワイン
スローフードの塩辛さ 2015-03-09 | 試飲百景
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腑分けの変態的な喜び

2015-04-22 | 
週末は身体を休めることになった。気温の上下の落ちたときは、睡魔が押し寄せるだけでなく、怪我の可能性が強まるのではないかと、痛めた左肩を撫でながら考える。痛みがあると気が滅入る。そこで木曜日の午後以来の走りである。時間の制約もあったので沢を往復した。あまり調子はよくなかったが、日差しが強くても気温が15度ぐらいでとても気持ちがよい。走るには理想的だった。そこで往路11分1951歩で往復路の往路として歩数が十六歩ほど減っていて記録に近い。しかし復路は頑張ったのだが、向かい風が強く記録は難しいと直ぐに思った。実際心臓に負担を感じた。午前中とはいいながら起床してから十分な時間が経っているので無理をしたのだが、最後のスパートがまずまずだっただけで、23分3942歩は順調である。薄っすらと汗を掻いた。

アルバン・ベルク作曲「ルル」に関して調べていると、二年ほど前に初めて観たシェーロー演出の三幕補完完成版の初演映像のより状態のよいものを見つけた。前のものは日本語字幕が入っていてVIDEOの音響が劣悪であったが、今回のものは映像ともども若干よい。アナログの生放送映像のようだからオリジナル自体があまりよくない。映像も音響もいずれデジタルリマスターされるであろう。それにしてもLPになっているこの時に制作された録音は素晴らしい。指揮者ピエール・ブーレーズの残した代表的な仕事ではないだろうか。この録音をピアノ譜から紐解いていく楽しみのうちに、音楽の骸骨構造と肉付けが分析されていくかと思うと殆ど解剖医の変態的な喜びのようなものを感じてしまいそうである。このダウンロードしたピアノ譜がエルヴィン・シュタインのものだと分かった。それは、チェルハが補完するときにも重要な資料になったものとして評価が高いもので、作曲家との協調作業となっているようだ。



参照:
パンチの効いた破壊力 2015-03-08 | 文化一般
二十世紀末を映した鏡 2013-11-05 | 文化一般
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日本国全権大使の敵対行為

2015-04-21 | マスメディア批評
IWJでアイムノットアベの古賀氏出演の番組を観た。そこで一連の安部政権によるメディアへの圧力が扱われていた。その中でフランクフルターアルゲマイネ新聞のゲルミス氏の問題が、ここで記したものとはまた別の角度から紹介されていた。特派員本人やまた恐らく在ベルリンのメディア筋からの情報が合わされて、可也詳しい状況が知らされた。確認可能な情報ばかりである。

ゲルミス氏に限らず、日本の外務省から在東京の世界のジャーナリストに圧力が掛かっていることは、一月末の記事として新聞紙上に載っていたものをここで紹介した。もちろん日本訪問を控えていたメルケル首相の連邦政府首脳部では、この事件が重要な日本案件として首相の机の上にも載っていた筈である。

そこで今回聞いた情報は、それだけに係わらず在ベルリン中根猛日本国全権大使がフランクフルターアルゲマイネ新聞社に抗議をして、「中国へのヴィザの関係で御社は中国を支持するのか?」と、一昨年暮れの中華人民国大使史明への反論投稿事件を重ね合わせたのか、恫喝したようだ。要するに「FAZの特派員へのヴィザ発給をしないぞ」という脅しでもある。この恫喝がどの時点で行われたかは知らないが、この一年ほどの間に起こったことであろう。

そして話題のゲルミス氏には、ここで度々紹介しているように安部内閣について取り上げる度に、「東京の外務省からお昼のお誘いが来る」というから、これまた驚きである。日本の外務省が可也程度が悪く、外交官としてのプライドや教養を持ち合わせておらず、殆ど北朝鮮の外交官並みの人種であることがこれで分かる。

このようになると、我々も看過できない。そもそもここで紹介している日本特派員からの記事を読めば分かるように、日本の三流メディアがするような安部内閣批判などは少なく、そもそもそのこと自体に読者は全く興味がないのである。但し、上記のように、友好国である高級紙の内容に嫌疑を挿み、編集者に圧力をかけるとすれば、もはや敵対行為なのである。これは連邦共和国の一新聞社に対しての圧力ではなく、その社会への恫喝となる。これは断じて認めるわけにはいけない。我々はアイムノットアベとはプラカートを掲げないが、こうした動きには徹底して戦うべきなのである。 



参照:
見苦しい日本国大使の反論 2014-01-22 | 歴史・時事
一言、独裁者安倍晋三に 2015-01-31 | マスメディア批評
安全保障上去勢された日本 2015-02-02 | マスメディア批評
四面楚歌の安倍と日本 2013-05-26 | マスメディア批評
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偽善に満ち溢れたこの世

2015-04-20 | 雑感
土曜日の車中のラディオは過剰医療がテーマだったが、ネットを見ると読売新聞が医療被曝を扱っている。とんでもない強度の被曝値が出ている。100ミリシーベルト以上のCTスキャンが可也施されているようだ。勿論この値は外部被曝であり、フクシマ周辺でのプルームの塵の内部被爆の危険性は避けられている。要するに一回きりの被曝であるが、原発の専門の検査士などの年間被被曝の3ミリシーベルトとは二桁も違う。

これならば高名な山下教授の「気にする人こそ病気になる」が正しい発言となるだろう。CTスキャンを世界一多用しているのは日本で間違いないだろうが、その結果癌の発生率が増えているのか、早期発見で救われている人が多いのか疑わしい。そこで重要なのは、医療の本質とは無関係な税金や保険機構を使っての経済効果であり、役人組織の既得権益権の拡大である。

そうした偽善のような社会構造は世界中のそこらじゅうにあって、東北地震被害の献金集めの行動などにもそうしたものが少なくない。寄付を募って催し物をして、その入場料と献金から当事者に寄付をするというもので、催し物に掛かる費用への寄付金の方が最終的な寄付金よりも少なくなるとすれば、そこに営業が生じているということでしかないであろう。勿論途中で献金に手を着けるということではないとしても、そこにある経済構造はただの献金や寄付という偽善事業の自己満足でしかないということである。

311に関しても、そうした献金活動が福島の子供たちへの被曝を避けるための基金に対してではないというのが、そうした活動を取り仕切っている団体が日本の官僚組織が関連した機関であったりする証拠であろう。そもそも311後にハイデルベルクで講演した在東京独大使は、「日本には、財政的や専門技術的なドイツからの援助などは全く必要ない」と明言しており、それでもこうした活動がおかしな形で繰り広げられるにはそれなりの背後関係があるのである。

二月に日本に手配して四月ごろになって漸く入手した本がある。丸山真男関連の書物である。一冊は、IWJで誰かが紹介していた丸山真男集別集第一集で、東京女子大に寄贈された丸山文庫の中から纏められたもので、昨年の暮れに発刊されている。1933年から1949年の間の出筆に相当していて、紹介者は当時の貴重な時代を伝えるものとして今日への意味を説いていた。パラパラと見ると、流石に書籍の価格とは違い、論文ほどには読み甲斐がないが、公に出来なかっただろう声を聞くことが出来る。驚いたのは、ナチのファシズムと同じ構造をそれに重ねることもなく、そのまま「日本の現状」として述べている事実である。「秩父宮」の保坂正憲の著書での軍部の動きと重ねると立体的に浮かび上がる面もあって興味深い。

もう一冊は、フルトヴェングラー狂の丸山真男に関する本としてネットなどで見かけた一冊であるが、これまたその弟子である著者などを含めて、丸山ゼミナールというものが法学部の中で出来の悪い弟子を集めた抹消のものであったかが明らかにされていて、大学紛争で突き上げれられた記憶がある「大教授」への誤った認識が修正された - 教養学部教授であった訳ではないから仕方が無かろう。その内容も当時のレコード芸術より寧ろステレオ芸術などで見かけたような程度で、その域を一歩も出る内容ではないが、少し懐かしい気がしたのは正直なところである。音楽ジャーナリズムというものが、本来ならば丸山程度の学者の社会科学や人文科学から美学への橋渡しとして存在するのが普通なのだが、残念ながら丸山の音楽好きは趣味の息を一歩も抜け切れておらず、そもそも音楽や芸術へのアプローチがあまりにも専門外でありすぎるのが辺境の地日本のジャーナリズムの限界を如実に投影している。

そうした日本の学術的な未熟な背景も含めて、丸山真男の生きた時代や社会を再構成して、その中での業績や人となりを見ていかなければ、保坂氏ではないが、先人に無礼であり、広く歴史から学ぶということができないというのは至極当然のことであろう。今日現在の視点から歴史的な人物や業績をそのまま論評するのが誤りなのはいうまでも無い。



参照:
待たされても感じる温もり 2014-11-13 | マスメディア批評
「秩父宮」を通した官僚主義 2014-04-06 | 歴史・時事
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根腐りしているような市場

2015-04-19 | ワイン
ネットで見ると東京をワイン女王が公式訪問しているらしい。評判がよいようだ。市の広報を見ると、五月の初めに彼女が率いるワインハイキングが案内されている - 実際はプリンセスで、女王はもう少し先の町の人だった。同じ市の人らしく彼女の地元を案内するとなっている。農協関係の人らしいので、リースリング種以外のブドウ栽培地所が殆どのオフワイン街道の町である。だから殆ど興味はない。

リースリング土壌とそれ以外のオフ地域の何が違うかというと、水捌けと土壌の質である。要するにレースとか黄土とか呼ばれるような土壌はただの畑なのである。畑とワイン地所の違いは、ドイツ語でもアッカーとヴァインベルクの違いがあるように山かどうかの違いは大きい。基本的にはワインは、農作物が育てにくいような山肌などの荒地などで栽培される。その傾向はローマ人の時代にはそれほどではなかったようだが、農作物と水気の供給元となるワインの地所との差がそこにある。

ロベルト・ヴァイル醸造所のお知らせでは、2014年は雨と水捌けがキーワードとなっていて、春がよかったので開花と実りは順調に行ったが、夏の雨量はただものではなかったので、肥料などで収穫拡大を狙っている醸造所は軒並み水浸しになったようだ。ラインガウの地所のニュルニュルした土壌だから、平野部のそれは殆ど根腐りしただろう。

さて、ヴァイルの出来は、勿論素晴らしいヴァインベルクがあり、肥料を入れてないことから、また出水溝が上手く機能して根腐りにならずに済んだというのだ。そして、もともと葡萄の粒が小さいことから腐りも避けられたのだろう。要するにこれがワインの質ということである。この質が保証されないことには、幾ら高級の培養酵母で、最新の施設と木樽を使ってもよいワインなどは出来ないのである。その「よい」というのがそのもの質なのである。

そもそも雨が多かったのは、どこでも同じで、乾いた土地のプファルツでも普段以上に水を吸っているので、果実風味が厚くなっているに違いない。だからレープホルツ醸造所の果実風味も確り乗っていた。その点で2004年などに近いのだろうか?

買い物途上のラディオは、過剰医療の話題であった。過少と同じく危険な過剰医療の研究者が電話で答えていた。我々が誰でも知っている健康診断の無意味だけでなく、過剰な薬品の投与や手当てなどの幾つかの分野に分かれていて、その例を挙げていた。「背中が痛いといってレントゲンを撮る」のもほとんど半年もすれば痛みがなくなるとして過剰医療として挙げていた。更に血管のスタント挿入手術や、ワクチンの抗癌治療など、通常の医療としているものも学術的に治療効果等がないとして過剰医療に当たるようだ。

日本のネットを見ていて面白いと思ったのは、今まで気がつかなかったのだが、どうも日本中で牛肉が消費されるようになっていることである。私が知っている限り関東での牛肉消費量はドイツにおけるそれとあまり変わらないとの印象を持っていた。豚肉主体の食生活で、一年に一度消費するかどうかぐらいの家庭が一般的で、関西から来た者にとっては驚いたものだった。なにもそれにあわせたつもりはないのだがワイン街道に住むうちに豚食文化を学んで、自宅で牛肉を食するのは旗日よりも少なくなった。外食でも倍ほどの価格になるので、どうしても遠のくのは経済の力である。

なるほど日本では牛丼のチェーン店などを訪問したこともあるが、その後のBSE騒動の時も話題になっていて、結局は工業化された合衆国等からのホルモン入りの牛肉が、旗日ところかホームレスのような人々の食事を牛肉で支えていたとは気がつかなかったのである。豚よりも生産コスト的にどうなのかは分からないが、安く供給できることがそれを実証している。専門書には、野菜よりも肉類の方が安く飢えた人類に食料を必要量供給できることは書いてあるが、ハムバーガーなどと同じようにファストフードとしてそうしたものが機能しているようである。同じようにそれよりは少し価格がはっても、薬付けされて養殖された鰻も土用の牛だけでなく食せる様になってきているらしく、それも食品の工業化の表れなのだろう。

要するにそこに日本経済のデフラシオンの原因があって、連邦共和国では金融緩和政策で直ぐにインフレ傾向が生活の中で感じられるのとは大違いである。スーパーでも値札は上がって行き、特に野菜などは天候の変化が例えばキュウリ一本を60セントから150セントへと跳ね上げたりする。そのように高価になると手が出ないので安いときに購入する。ユーロが下がると、燃料費も上がる。それでも、わけの分からない食材などは、規制などだけでなく、その流通機構もあり入ってくることはないから、結局物価が上がることになる。地元の野菜市場では近隣のものが主体となるのでこれまた天候等によって、なかなか手が出ない材料が増える。

こうした食材だけでなくワインなどもある程度選択が可能なので、経済的に余裕があれば、それなりに質のよいものだけを購入すればよいのである。それなりの市場があることが基本ではあるが、我々が質に拘るというのは当然のことであって、それはスローフードの哲学の原点でもある。



参照:
自由選択の無い社会への警告 2014-10-14 | アウトドーア・環境
被曝が不健康な医療保険 2012-06-20 | 生活
スローフードの塩辛さ 2015-03-09 | 試飲百景
瑞西の交通規制行動 2006-02-09 | アウトドーア・環境
黒い森の新旧エコシステム 2012-02-15 | 料理
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スポーツ眼鏡に求めるもの

2015-04-18 | 生活
古い眼鏡が殆ど壊れた。よくもこのようなものを使っているなと思われる代物で、現役で使っている時からコーティングが剥がれてきて、クライミングで傷だらけになっていた。枠が折れかかっているので、更に古いものをアウトドーアで使っている。強度が弱いのでそれほど問題ではないが、車の運転には危ない。そこで新しいものをスポーツ用に作ることにした。

またメインの仕事用眼鏡のレンズも少し痛めてしまったので、そのレンズをスポーツ用に流用しようとしたら反対された。上手に調整できないという理由であった。そこで、新しい眼鏡には昔に戻って強度だけを合わせて簡単なレンズを使おうかと思っている。これで投資額が約半分になる。

但し紫外線カットだけは確りさせないと意味がないので、レンズの質自体はあまり落とせない。また偏光のものにしようかどうかを考えたが、何度か使ったかこのものよりは色が戻る反応速度は上がったようだが、色は着けないでおこうと思った。要するにサングラスは山登りやスキーにはあまり向かないということだ。なるほど春スキーなどで眩しかったり、夏の氷河の明るさは厳しいが、要は雪眼にならないことで、290ナノメートル辺りの波長をカットすればよいらしい。つまりUVカットグラスは400以下のカットとなっているので、色眼鏡をかける必要はないのである。これに関しては、その昔は氷河眼鏡やつる付き眼鏡、そして偏光眼鏡、二十年程前にはアルピナの度付きサングラスセットなどを様々なものを試してきた。しかしどれもこれも満足いくものではなかったのだ。

偏光眼鏡の大問題点は、なによりも例えば雪の斜面で色がつくと、少しでも霧でも掛かって色がつくと足元が見えなくなってしまうことであった。なるほど色調を黄色にしておけばよいのかもしれないが、すると今度は天気がよいときに色眼鏡でしかものを見れなくなってしまったのである。そして何よりも、そうした状態でクライミングをするとなると最悪で手掛かりや足元も見難くなる。

アルピナのそれの問題点も、何層にもなっているので曇りやすく、更にゴーグルをかけるとスキーどころではなくなってしまうのだった。そして、下りてきてその眼鏡を室内でかけていると間抜けでしかなかった。これは、二月の降雪中のスキーツアーでもいったん汗を掻きかけると、レンズが曇りだしてとんでもない状態になる経験をしたのだ。レンズが傷だらけで、透明性があまりなかったことも災いを大きくした。この辺りの苦労は眼鏡を使う人には御馴染みだろうか。

そこで今回求められるスポーツグラスの特徴として、透明度が高く堅く軽いレンズで、水捌けのコーティングが確りしていることだろうか。そして完璧なUVカットと色無しが、最小限のグレー系のトーンぐらいだろう。枠は、あまり横から光が入らないような今まで使っていたヤグウァー系のフレクシブルなスポーツ眼鏡枠になろうか。それでもあまり枠に色のコーティングが強いと直ぐに岩肌で擦るので色落ちが目立つ。レンズがある程度の価格となるのでそれほど価格を落としてちゃちな枠となると投資が合わないが、あまり高価なものも必要ない。

今回崩壊しそうな眼鏡は2007年に作っているので、その半額ほどで半分の期間ぐらい使えればよいのだ。三年半以上使えればよいということになるだろうか?現在メインのものが2013年9月産で、スポーツには使っていないので、まだまだ使えるが、恐らくタブレットを落としたときに小さな傷を付けてしまったのが痛い。傷が大きくならないということなので、視覚的には問題にならないだろう。勿論外出に使っているので、今まで全く傷むことがなかったのはある意味幸いだったのかもしれない。実は、もう一つ興味あるところは、最近の運動能力向上で明らかに体調が変わってきていて、一時の加齢をあまり感じなくなってきて、メインの眼鏡が調子よいのもそのレンズなどだけによらないのではないかと感じるようになっているのである。眼の疲れも一時ほど感じなくなってきていて、あまり手暗がりも気にならなくなってきている。要するに老眼性のものが弱くなってきているのだ。そろそろ眼鏡屋の計略から抜き出せるのではなかろうか。



参照:
デモ参加者肖像の色眼鏡 2015-02-23 | 雑感
滑り降りるぞくぞく感 2015-02-08 | アウトドーア・環境
取扱い注意の高価なもの 2013-12-21 | 生活
境目の無い眼鏡の眺望 2007-09-12 | 生活
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2014年はどうだったか?

2015-04-17 | ワイン
朝は時間がなかったので、夕刻駆けた。気温は摂氏24度を超えていたが陽が翳り始めていたので、涼しさも感じて、中盤は気持ちよかった。19分はいけるかと感じた矢先、突然マウンテンバイクに軽く抜かれると、競争心が湧いてきた。しかし舗装の痕が見えるような緩い登り勾配なのでとても追いかけられない。マラソンランナー張りの走り出なければあの坂では無理だろう。可也がんばったつもりで、最後まで飛ばしたつもりだが、18分台とはならず、19分3074歩であった。やはり暑さが堪えていたのだろう。降りてきて、33分5300歩だった。火曜日とは違ってあまり走っているような人も少なかったのは、木曜日だからだろうか?それとも陽射しが翳ってきたからだろうか?

リースリングを開けて忘れていたのは、2010年産のカルクオーフェンである。なるほど2010年の酸は感じられるが、重いような感じになっていて、やはり石灰系の土壌に石灰の減酸の影響は免れない。開けて正解で、いつものようにもっと早く飲んでしまうべきだった。2014年のグーツリースリングを購入した。試飲の印象と変わらず、果実味は旨味があるが、酸が表に出てこない分、後に苦味のような濁り感があって、新醸造親方になってから最も悪い出来だ。これと2013年のリースリングを比べると圧倒的に2013年は価値がある。この傾向はフォルストのモスバッハー醸造所でも同じであまりよくない。但し、レープホルツ醸造所のそれは可也いけている印象だ。



参照:
汗を確り掻きたい時期 2015-04-15 | アウトドーア・環境
新弓の道の真髄を味わう 2015-04-16 | アウトドーア・環境
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