Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

三日間の運動日を経て

2024-08-08 | アウトドーア・環境
三日間運動したのは久しぶりだ。前回はツアースキーの時だから大分経つ。それ程の運動ではなくても曲りなりに三日間身体を動かすのはやはりそれなりの時間と動機付けが必要で、疲れが溜まらないようにすることが大切だ。一日一時間でもある程度の負荷をかけるとなると何か代償がないと普通は億劫になる。摂氏30度でも運動が出来るようになったのは素晴らしい。

戻って来て、事務机のサイドテーブルに見つけた瞬間接着時の新品で修理を試みた。先日ボンドでは着かなかったところに指で押さえている間に乾燥させないと跳ね返りが固定できないことが分かったからだ。結果からすると一二分で固定された。最初に固定面だけでは駄目と分かって、グリルの廻りに窪みの壁にも接着してしまう様に隙間を埋めた。引っ掛かるところがあったからで、次回に車を動かしても固定されたままであったならそれでよし、外れる様ならその上にテープ付けすれば誤魔化せれる。先ずはやれることは分かった。

森の駐車場に停める時に前輪を曲げていると、タイヤの溝が殆ど無くなっていることに気が付いた。駆動輪ではないので安全性よりも法的基準の最低1.6㎜が問題になる。もう一度確かめないと駄目だが、2㎜はあるようには思う。但し一部は溝が欠けている。心配事は絶えない。少々の金額で直せることもあるのだが、無駄にしかならない。中古を買うのも素性が分からないので怖い。ルツェルン行は大丈夫だが、ミラノ行は心配だ。

兎も角、オプティカルには余りに目立たないようにしつつ、致命的な故障や事故とならないような細心の注意を払い続けることになる。特に越境して外国に入る時は要注意である。

月曜日にフォルストのペッヒシュタインの葡萄を撮影した。拡大すると分かるように小さな粒が混ざっている。開花時に霜が降りて、二度目に開花した実かもしれない。剪定も出来ないので、最後まで密になって腐らない様にしなければいけない。

チャトパートナーにもこの写真を送った。これが10月には収穫となる。現在は未だ青い果実で実も固い。しかしそれが徐々に熟成してゆく。黄色く柔らかくなってくる。そこからが生物的な熟成と呼ばれる段階になって、酸が分解されてワイン酸へと変わっていく。よくリンゴなどを放っておくと、熟成して香ばしさを放ち出す。その果実が腐らずに完熟する為に秋も房を下げておく。

嘗てはドイツでは所謂貴腐という黴が実の表面について、一挙に干し葡萄のようになっていくのを、最後まで吊るしておいて完全に干し葡萄状態になったところで、摘み取って絞ってその果汁からワインを作るトロッケンベーレンアウスレーゼとされるものが市場で高額で売られていた。甘口ワインとして、それを氷化まで待つアイスヴァインなどよりもその質から価格も決して安くはなかった。

しかし上のリースリングのようにグランクリュ辛口である程度アルコール度の高いリースリングを得ようとすれば、摘み取る時期が問題となる。秋の長雨が予想される前に一斉に摘み取られるのはそうした貴腐の所謂のボトリテュス風味が官能テストで減点要因となるからである。



参照:
ピリ辛感が残る最後 2017-08-22 | ワイン
プラズマに曝される先端 2024-08-06 | 雑感
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8月終わりへの準備

2024-08-01 | アウトドーア・環境
漸く、8月の為の楽譜をダウンロードした。ブルックナーの方は手元にプリントものがあったかどうか探したが見つからない。ノヴァーク版のコピーを落としておいた。恐らくそれが演奏されるのだろう。

最後に聴いたのは2014年3月のことのようでティーレマン指揮シュターツカペレドレスデンだがその前は思い出せない。一番と三番も記憶にない。五番の名演はチェリビダッケ指揮ミュンヒナーフィルハーモニカーは覚えているのだが放送である。

録音ではその他にクナッパーツブッシュ指揮のレーヴェ版とか、マタチッチ指揮とか、バレンボイム指揮シカゴ交響楽団とかは手元にあったが、これと言った決定的な演奏には出会えていない。やはり難しい曲だと思う。

やはり困った時のブルックナー協会会長ヨッフムで、その指揮で探すと1964年にアルゴイの教会でコンセルトヘボ楽団を振った録音があった。出だしを聴くととても良い。これはじっくり聴いてみたい。DGへの放送交響楽団の録音もあるが全く技術程度が異なるに違いない。
Bruckner - Symphony No.5 + Presentation (recording of the Century : Eugen Jochum / Concertgebouw)


兎も角、聴き比べするほどにこれという録音はない筈で、やはり楽譜から真髄を汲みだしていかないとお勉強にもならない。そういう時に最も参考になる指揮がオイゲン・ヨッフムのそれとなる。

ペトレンコ指揮のそれはシューベルトの「グレート」で示した様に本場もののとてもいいものになると期待しているが、ベルリナーフィルハーモニカーの演奏も勿論コンセルトヘボなどとは比較に為らない音楽的に磨かれたものになると思われる。アーティキュレーションの精妙さだけで、大きな弧が描かれるの違いなく、その対位法な扱いも色合いがとても楽しみになる。

もう一つの「我が祖国」はやはり春の録音などから曲の構成をしっかりお勉強していかないといけないので結構面倒な作業になるかもしれない。

蒸し暑かった。朝一番に替えたシーツなどを入れて洗濯機を回した。それを干してから出かける。お昼過ぎに駐車場に着く。暑いが薄曇りで、サンクリームの必要性は感じなかった。降り口まで行くと、以前からそこの主のようになっている婆さんに何年ぶりかで合った。暑いねという話しで、マットを担いで自転車を持っている。標高450m程まで上がってきているのだ。更に老けたように見えて80歳台に見えるが、よく分からない。なんといっても私よりも完全に上級の人なのだ。

私が何時も苦手にしていて、力のいるボールダーを彼女は得意にしている。それで久しぶりに試したが、やはり肩が剥がれそうになる。湿気があって、先週のような身体の軽さもないが、手も岩に馴染まない。肩に乗るようにすると壊れてしまう。身体が動かない時もあるのは仕方がない。一時間少しで切り上げて、婆さんが回っているボールダをみながら帰る。一つ次にやろうと思う以前からやっていた課題を久しぶりに見た。



参照:
脱スクラップ盗難車 2024-07-20 | 生活
夏至の週末のお愉しみ 2024-06-23 | 料理
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正午のクリフハンガー

2024-07-26 | アウトドーア・環境
正午過ぎに少し岩を弄って来た。最高気温摂氏26度で、現地は22度ぐらいだった。薄曇りだが降雨確率10%で、日焼けクリーム無しに、一時間以上三つ四つの課題を試せた。

先ずは穴に指を当てる課題だが、以前登っていた以上に出来た。先週は駄目だったが、間違ってアルプス本番用のシューズを持って行ったので、立ちやすかったのだろうか。カンテラインも着座姿勢から以外は殆ど熟せた。準備体操後でやはり二週間前よりも一週間前よりも身体が動く。

その余韻でもう一つ難しい岩ホッホヴァントを試した。右手を鰓の裏に入れて右足で突っ張る所も肩が外れずに綺麗に立てた。そして伸びあがって左指で上の筋にかけた。そこから右手をそこに沿わせて、左手を移せれば突破できる。そこまでいけなかったがそこから下りて来れたのでとても可能性がある。怖いのは腹の当たりが膨らんでいるので落ちると背中から岩に当りそうなところだ。誰か補助がいれば出来る。

手を取り替えるのに足を見えない腹の下のどこに押さえつけるかだけである。これが難しい。両手でぶら下がれれば、何とかなる筈だ。そこを写真に撮ったので頭に焼き付けておけばベストでぶら下がれるだろうか。

何回も書いているが、兎も角数年前よりも身体が動くようになっている。体重以上に羽根が効くようになっている。ランニングの成果でしかないだろう。クライミングにおける持久力は分からないが、技術程度は上がっている可能性が強い。なによりも掌に汗を掻かなくなって、岩に吸い付くのが大きい。以前は指に着けたマグネシウムがドロドロして滑るようになっていた。

DATカセットの音出しをしている。今迄のところで改めて良かったのはハンス・イッセルシュテット指揮ブラームス一番をブレンデルが弾いたものだ。ブレンデルも若かったのだろうが、力漲っていて、東京で怪我する以前でもここまで弾いていたかどうか。最初に聴いた日本での1978年時にもシューベルトを弾いて元気だったが、それとはまた違う。指揮も放送交響楽団をよく演奏させていて、思っていたよりも名演だった。

面白いのは放送のナレーションもなく始まる曲も少なくなくて、先ずは耳を傾けてとなる。ベートーヴェンのピアノ協奏曲の演奏で誰だかと思って聴いていた。最初はバレンボイムかとも思ったが、もっとピラミッド型の音を出すので違い、少々丸められているなと思ったらマルタ・アルゲリッチ演奏だった。才能あり余っているのだが、やはりそこは違うなというのも少なくない。そこがブラインドで聴いていてもその見事な指使い以上に分かるのである。

涼しいので、ステーキで使ったものを回復させる。運動後にランニングはしていないが、シャワーで解したのでなんとかなるか。一週間前よりも疲れが残らなければそれでよい。出来なかった力試し課題を一発で羽根で熟せた。大分調子が上がって来ていて驚く。以前はクラウチングのような体勢が窮屈で取り難かったのだが、左へと身体を傾けて、先へ先へと腕を伸ばすことで、自然に窮屈さが取れた。やはり体幹と瞬発力だと思う。来週はまた靴を替えて、楽しみである。僅か中身一時間でもものになる。



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我について来る認識 2024-06-28 | アウトドーア・環境
しっかりと押さえた 2024-07-10 | 生活
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我について来る認識

2024-06-28 | アウトドーア・環境
暑くなりそうだった。前晩に走っておいたので、買い物の前に少し身体を動かしたかった。パンもないので朝から、前晩から準備をしておいた三種の出汁で味噌汁を作り、納豆や塩海苔や梅干しで米一合を食した。その元気で10時前に出かけた。燃料も入れないと標高440mの峠まで上がれない。比較的安く10リットルだけ給油して、10時30分過ぎに森に入る。いつもの近道は棘に覆われて苦労して、掃除の為のブラシを引っかけて失った。

なんとかハイキング道に出て、向こう側の谷に下りていく。10時40分には始められた。完璧ではなかったが、先日からの掌が吸い付く感じは続いていて、とても手に荷重が出来るようになっている。チュークも変えていないので、どこが変わったのかは分からない。この間に握力がつくようなトレーニングもしていない。あり得るのはランニングで手の振りがよくなった分、肩から指先まで神経が通るようになっているのかもしれない。

それに気をよくして二つ目に力のいる課題を試したが、どうも上手く行かなかった。腹筋が上手く使えなかったかもしれない。しかし何よりも感じるのは気温が摂氏28度を超えているような状況でも息が上がらなくなっている。最近は気温が高くてもゆっくり走れるような癖がついているので、もしかするとスタミナはついてきているのかもしれない。

何を隠そう買い物に着込んでいくのが面倒で、ボールダーの帰りに済ましてこようという魂胆だったが、アマゾンの配達までに帰宅できてよかった。森の中の滞在時間は一時間もなかったのだが、それなりの価値があった。来週にも出かけられるといい。

発汗も前夜に続いてしたのだが、やはり嘗てのような熱はけが悪い感じが弱くなってきている。加齢の影響で代謝作用が弱ってきているのかなという懸念もあるのだが、勿論走る速度も上げればそれだけ厳しくなる。但しクライミングやボールダリングは一部は耐久力、一部では瞬発力の両面のバランスが必要なので、発汗して息が荒くなり過ぎると直ぐに限界が迫ってくる。それを押さえながらのメリハリを効かせれるようになって気がするが、余りにも楽天的な思い込みだろうか。

体重もコントロールされている認識があって、少なくともその点では決して悪くない筈だ。最も懸念されているのが筋力の低下なのだが、少なくとも脂肪は落ちてきていて、対体重でのバランスが取れていればよいということになる。シャワーで適当にクールダウンはしたのだが、まだお昼時ということで余り冷やさなかった。

エンゲル指揮で大成功裏に終わりメディア化されたニールセン作曲「マスケラーダ」が英国のメディア紹介雑誌グラモフォンで7月の特選盤になっている。制作の主旨やデンマークから外国に紹介するだけのその制作意図にかんして叙述してある。歌手陣やその演出そしてその劇進行の大きな効果に言及していても指揮者のエンゲルには触れていない。如何にもであるが、エンゲルの指揮が如何にその劇場効果の中で嵌まっているかということであって、玄人でないと分かり難いところもある一方、本番では最終的に圧倒的な支持を受け続けている。要するに玄人でも判断できないような新たな次元の芸術活動に踏み込んでいるということに尽きる。こうした時代を拓く活動を友人がやってくれているのは取り分け嬉しい。時代は我々について来る。



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詰将棋のような遊び 2024-06-07 | アウトドーア・環境
時代の耳への観想 2024-04-20 | 音
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エマニュエル夫人の家

2024-06-20 | アウトドーア・環境
来年一月世界初演初日の席を押さえた。残念乍ら最高の席は定期会員に出ていた。仕方がない。リディア・シュタイヤー演出なのでそれなりに舞台も観察したかったが、奈落のエンゲル指揮と両方への視線は欠かせない。またヴェルトミュラーの音楽自体は分かっていて又楽団の程度も分かっている、寧ろ聴衆の反応の方を確かめたい。

ハノーファーの歌劇場で委嘱作「ミュンヘンのイスラエル」で、初日後にはレセプションもあるようだ。直前に狙っていた場所も戻り券として出るかも知れないので、その時は26ユーロを捨てればよい。劇場に地下駐車場もあるようで、宿も郊外なので面倒な市街地に入る必要もなく、宿からは空いているアウトバーンを通る予定なので大きな問題はない筈だ。厳寒期でも四輪駆動車は心強い。

宿代も50ユーロで、往復1000kmも走らないので燃料も60リットル使用で110ユーロ程となるか。当日発の一泊なので、疲れないように走ることが可能かどうかの試金石となる。

日本から目薬を持って来て貰った。市販品の眼がしょぼしょぼに効くものである。箱を空けると眼の奥の眼精疲労には錠剤と書いてある。錠剤は売り難いので敢えてそうした商売にをしているのだろう。

点眼液にしても二液で両眼に四液を使った。それ以上は使う気がない。就寝前に点したので、なんとなく効いている感じはする。しかしどうもやはりPCを使わない旅行中の様なことにはならないようだ。

それにしても世の中には大馬鹿がいる。自分自身も可也の馬鹿をやっていると思うのだが上には上がいる。話しでは日本の人で、車を停めてブレーキが掛かっていなかったので坂を転がり初めて追いかけても追いつかずに大破させたというのがあった。なるほど坂の多い神戸などでは、二輪車でもギアーが入っていないと転倒する。今回の旅行では日本からの大きなコマのついたトランクを坂の下まで転がしていた馬鹿がいた。下の通りに車が横切ったが大事にならなかった。右手に小さなトランクを持って追いかけられない。そんな間抜けを初めて見た。上には上がいる。

更に間抜けなことに洗った食器等を立てておく籠に、ナイフやフォークを縦において籠から下に落としているのを見ると、これでは幾何への思考以前の問題だと気が付いた。もう一つその職業柄如何にしようもない不器用さを認めたが何が何だか馬鹿らしくて忘れた。自分自身も起用さの無い人間であるが、流石に注意することである程度の事故は避けられる。

宿泊したアパートメントの隣には珍しくプールがあった。南仏では普通であって、泊まったアパートメントでも使えた。しかしバイエルンでは珍しいだろう。それでも窓から見えたのは泊っているところの子供娘やらが一緒に水着で入っていただけだ。流石に昔のように子供も裸で入らなくなったが、水着の綺麗なお姉さんでもないとただ喧しいだけである。

装置などを見ると、ヒートポムプセットが完備しているようで、ただ単にプールが欲しかったのではないと認識した。



参照:
止めている薬用石鹸 2024-05-22 | 雑感
ブーレーズの死へグルーヴ 2024-04-18 | 音
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詰将棋のような遊び

2024-06-07 | アウトドーア・環境
天気が良かったので、夕方に運動をした。久しぶりにボールダーに出かけた。パンを取りに行く序に寄れるようにしていた。そこからまわると結構な大廻になるのだが、序がある方が少しでも経済的だ。長く試す心算はなくて、短く試して引き続き走ることで経済的にも時間的にも圧縮可能と思ったからである。

どうも昨年の五月以来らしい。前回は写真を撮るために試したのだが登れなかった。そこで一番容易な課題の一つだったのだが解決できなかった。今回も可也難しいところを触ってから、試した。印象としては身体は軽い感じがしていたのだが、ここという第四手の核心が少し怖かった。一度落ちるとマットの上にダメージを受けずに綺麗に立てたので、再挑戦となった。

ボールダリングはクライミングに比較すると制限された中での必勝を決める丁度詰め将棋のようなもので、そのムーヴしかないので身体の調性力と瞬発力が試させる。前回は触る手にも痛みがあったり、今回は靴下を忘れていたのだが、その時の方が足の靴への触りが厳しかったりした記憶がある。それだけで集中力が違う。

そして次の一手で岩の頭に掌を被せるとチョークをつけた手が吸い付いた。これで行ける。もう最後の一手で決まった。以前のように鼓動で息苦しくもならなかった。なぜかは分からないが、身体が軽い感じはある。実際には体重は軽くなっても1キロ程である。

勿論アドレナミンは十分に発射されるので、その後には坂を上る時にも膝がガクガクしたりしたのだが、次なるジョギングに備えて準備体操をして身体を解す。

車に乗って、先々月試乗車を撮影した駐車位置まで動かす。そこから走り出すと雨が降って来た。往復で3キロ半を戻って来た時にはびしょ濡れであったが、目的は完全に果たした。

週末に出かける燃料こそは入れられなかったが、もう一度安くなるのを待てるだろう。往復500kmほど走る予定なので、50リットルほど給油しておきたい。

電話中継搭のあるそこから下りてくると雨上がりの夕方に5キロ先の我が市のシルエットが綺麗に写せた。生憎我が屋根裏は見えていないのだが、遠近感が分からずに3km離れた二つの街が前後にくっついているようにみえるが、中々の遠望である。屋根の色なども比較的調和が取れている。


濡れたのだが撥水性の良い衣料なのでそれほど寒くはなかった。それでも車の座席のヒーターを入れた。こういう時には役立つ。

筋肉に短くとも強く負荷をかけた後に直ぐに解しておくとやはり楽である。今回は忘れていたのだが走る前にやるように入念に準備体操をしておくとからだの動きもよくなり怪我もし難くなるだろう。それ用の体操のサイクルを定めておかないといけない。今迄はまじめにやっていなかったので、詰将棋が詰められなかったのかもしれない。



参照:
若い女の子たちに従う 2023-05-27 | 生活
一足先の蝙蝠の歯 2022-10-29 | アウトドーア・環境
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洪水の床屋話し

2024-06-05 | アウトドーア・環境
床屋に出かけた。幸い上手な人がやってくれたのでよりよくなった。これで夏休み前までは気持ちよく過ごせる。現時点では暑くはなっていなかったので襟元は不快ではなかったが、気温が上がれば大きな差が出る。運動すると一番差が出る。首が冷えるのが一番良い。

そこでの話は洪水の話しで、この辺りは涼し過ぎるとかいうが、過ごしやすいだけで、洪水地域とは大違いだと髪結いさん。「あのドナウ流域はいつもだからね」とこちらの天国ぶりを語るしかない。冬は雪も少なく、春も早く、夏もそれ程暑くはなく、風通しが良い。欧州の環境では百傑に入ると思うのだ。ドイツは大抵のところは知っているが大都会圏でこのワイン街道から移りたいというところはあまりない。ただ一つの環境問題であった原発が廃炉になってからは不安要素は殆どない。戦闘機が練習に飛ばなくなったことも大きい。強いて言えば国境の向こう側にあるフランスの古い原発であろうが、200km圏内にはない筈だ。

洪水に関しては今回でもライン河沿いは注意地域になっていて、河川沿いの街などは場合によっては一部浸かる。ネッカーが氾濫すればハイデルベルクも浸水する。その点ワイン街道はライン平野が広がっていても20km程離れて標高が141mである。その分水不足気味にはなるのだがローマ人のワイン作りからワインが保水していて、更に奥に森が広がる。ここ30年間で上水の取水口も整えられて軟水になった。地震は一二度震度を感じたぐらいで被害を起こすことはない。

ミュンヘンに出かける時にドナウ沿いでアウディー本社のあるインゴルシュタットの近郊に泊まる。浸水するようなら大変だと思い調べてみた。確かにアパートメントは川沿いなのだが、アンラウファーと称するニュルンベルクの南西のフランケンの山の中のアルトミュールの湖から発していて、ドナウ本流の北を流れている。しかし、それがドナウ河に流れ込むのはレーゲンスブルク周辺なので全く関係がなかった。思いがけず素晴らしい谷のようで、一泊するだけでは惜しいが、いつかまた使える時があると思う。

今回の洪水の地域もバイエルンとの境地域で、アルゴイに出かける時も通り過ぎて、アウトバーンが通っていないので未知の領域でもあった。やはり知らないことがあるのもいいことである。

走りに行くと無免許で運転できるような車が立ち往生していた時速25kmまでの恐らく原付仕様なのだが、夫婦に助けを求められた。その場では少し謂われるように試してみたが埒が明かずに、先ずは走り終えてからにした。推測では上向きに停まっていて、エンジンが掛らないので、後輪にあるスクーターのクラッチのようなところがブロックしたのだろうと考えた。帰りに停まっていたら、押しがけ出来るような態勢にするように奨めてみるつもりだった。下りていくと車が道を塞いでいて、ドア職人の二人が押して移動させていた。エンジンが掛る所までは至ってなかったが、それでお役目御免と道をすり抜けて戻って来た。

夕食は煮豚で、ヴァイツェンで摘まんでいたら、リースリングを注ぐ前に食べ終えて仕舞った。結局足りなかったので、その豚汁で湯麵を夜食とした。夕方遅く運動すると翌朝が眠い。習慣ついていても疲れることは疲れる。



参照:
大洪水の後で鳩は 2023-12-21 | 文化一般
今後のシュミレーション 2024-06-03 | 試飲百景
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クロムベルクからの帰路

2024-05-14 | アウトドーア・環境
クロムベルクから返ってきて疲れた。理由は定かでないが、例えば帰路のアウトバーンがダルムシュタットから閉鎖されていて、ハイデルベルク方面へとアウトバーンを遠回りに繋ぐことになって、走り難かったこともある。そして車もガタガタするようになって来ている。早く乗り換えたい。

クロムベルクのアカデミーの建造物は完成していて、地下駐車場もそこへの連絡通路も分かった。最大の問題点は支払い機が一機しかなくて、行列となることだ。20分以上時間を費やしたので、出庫は22時10分になった。19時45分始まりの室内楽音楽演奏会としてはなぜか長丁場になった。

フランクフルト周辺に住んでいる人でも日曜日の夜中に帰宅は辛いだろう。その多くは年金生活者としても月曜日が辛い。

また、ホールの戸外バルコンも完成していてそこで休めるようになっている。これも前回は完成していなかった。そこからは終着駅の線路止めが見える。一寸独特な雰囲気は、上の幹線道路の横のベルリナ―プラッツの駐車場に停めた時には分からない感じである。また谷なので水が側溝を勢いよく流れている。

因みにその手前にドイツェバンクがあって現金を下ろした。今は郊外の支店が閉鎖になって行っているのだが、流石に本拠地に近いだけに、恐らくまだジレットブラウン社などがあるので十分な流動資金が動くのだろう。

フランクフルトのインターチェンジまではアウトバーンはななく信号も四つほどあるのだが、あれがなければ飛ばせる筈だったのだ。ワイン街道とは所要時間80分近くはみておかないといけない。

車は四時間以上駐車したので10ユーロ徴収された。ミュンヘン並みである。但し連絡通路があるので、天候が悪くても足を濡らさずに構内を座席まで行ける。今後ちょくちょく出かけたいと思っているので、これらはとても重要である。当方がガレージからスクエアーを歩かないけないので濡れるのだが、それは仕方がない。

また駅までの間にヴィーナーハウスというホテルがありそことも地下で繋がっている。地階にはカフェテリアもあって、使いやすいと思う。もう少しスクエアーの植林が大きくなれば夏も気持ちよくなるだろう。

細かなことを言えばまだまだ改善していくことはあるのだが、先ずはアカデミーを越えて特にここを本拠地とする欧州室内管弦楽団の定期などで有料の稼働率を上げて行けばホールとしてもよくなるのではなかろうか。

車まで通うことを考えればアクセスの道の信号待ち数が減ってくれればと思う。ドイツとしては余りにも多すぎる。



参照:
基礎となるのは環境 2022-10-04 | アウトドーア・環境
ピアノ付きの演奏会アリア 2022-10-07 | 女
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眼を開けていられない日々

2024-05-06 | アウトドーア・環境
久しぶりに疲れた。同じように疲れたのは昨年の復活祭楽劇「影の無い女」最終日である。共通しているのはスポットライトの光を近くに感じて、前夜から血圧の上がるような興奮状態にあったことだろうか。それについては改めるとして、そういう状態になると最早舞台を眺めていても眼を開けていられなくなるのである。眠りに落ちるというよりも眼が痛いという感じになる。車を運転しているならば停車してひと眠りしないといけない。

春にシュヴェツィンゲンに向かうのは久しぶりで十何年ぶりだろうか。コロナ期間中は特別に秋に延期になっていたので安い席が入手出来て何回か愉しんだ。春には出かけなくなったのは五月はアウトドア―スポーツに大忙しで出かける暇もないからである。更に衣装も暑すぎる時もあって面倒だったからだ。要するに一番いい季節なのに無理に着繕うのが面倒だった。

そしてやはり陽光がいいと今日の様に眠くなる。その前にシャワーが通ったりしていたりして摂氏20度程と丁度いい気温であったが、若干湿気ていた。家を出る時からして、春の祭りで交通規制があったりで面倒だった。こういうのが春の催し物からは遠ざける。

それでも最短時間コースの為に大周りをしてシュパイヤーからホッケンハイム、ヴァルドルフへとアウトバーンを三つ乗り継ぐと49km程を40分ほどで到達する。

敢えて会場のロココ劇場に近い方の駐車場に停めたのだが、カードで支払えるかどうかで若干迷ってしまった。結局正門近くの駐車場の満車でそこに停めるしかなかった。カードで7ユーロ50セントも支払った。田舎の戸外にしては高価な駐車場であるが、庭園を訪れる観光客などが多いので観光地価格である。

秋とは違って趣はないのだが、やはりデートコースには悪くはないのだろう。この季節の欧州は何処に行っても素晴らしいが、都市の近郊にはいいところが多い。日曜日であっても休みシーズンでないからか、渋滞もなく、人出も限られていた。

今は何処を車で走らせても新しくなったらここはどのような感じは走れるだろうかとどうしても想像してしまう。走りの滑らかさが違うだけでなくて、自動運転が出来るところが多い。まだ目を瞑っては運転できないが、道路の運行の自動化が進むと寝ていても問題が無くなる。

来年にマイナーチェンジで発売されるSクラスメルセデスは時速90kmまではハンドルを握る必要がなくなるようで、全自動化に大きく近づく。欧州全域であると時速130km迄の自動化がなされれば、目標に近づく。

ここいらで運動量を上げて行こうかと思っているのだが、その過程で疲れて仕舞って机に向かってモニターを観ると眼を開けていられなくなる日々が続きそうである。兎に角先ずはぐっすりと就寝したい。それからである。



参照:
縦に積まれた味わい 2024-05-02 | 雑感
モーツァルト所縁の劇場 2022-05-21 | 音
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環境音への考慮

2024-05-03 | アウトドーア・環境
自動車のサウンドで気が付いた。メルセデスの最高級車マイバッハに迄採用されているブルメスターオーディオシステムのことである。採用されたのはブガッティーやポルシェに続いて2009年からのことらしいので、全く知らなかった。ギターのアムプから初めて大した製品を作っていた訳ではなさそうだが、今どれほどの売り上げ規模かは調べないでも分かるが、百人の従業員を抱える有限責任会社である。

売りは3Dから4Dであると分かると、その技術的な背景が分かった。3Dを研究していて卒論作成を手伝ったバーゼル音大のサウンドデザインの人がそのものベルリンで仕事を始めていたのを知っている。恐らくその仕事が製品化になっている筈だ。名刺での名前はこの会社ではなかったと思うのだが、全くそのものの研究だった。

四半世紀前のことなので既に50歳に近くなっていると思われるが、クラインバーゼルの路地で拾ってから近くの下宿に行くまでの間に、今は学生で車もないけどと話していた。さぞ大成功して素晴らしい車を走らせていると想像するが、正しく運転席で仮想の音響場を完成させているだろう。

同時に三人が乗っていれば各々がそうした仮想空間を同時に体験できるという基礎的な研究でもあった。こちらの関心事はそうしたフェークな空間を創出させることにはあまり関心がなく、そして今回の車の批評にも後部席と前ではその迫力が違うというのもあった。勿論そのPA的な音響再現には椅子に幾つも埋め込んだ振動体でバスのボディーソニック効果を加えるとそれが4Dとなる。批評にもあったようにこうした車のオーナーが後部座席でクラシックを聴くとなると百万円もの投資はその価値に至らないというのが正しいだろう。その様なことは上の彼の研究から分かっていた。

しかし引き続き興味を持っているのは、音の認知に関してであって、その仮想空間はノイズキャンセリングを用いても全く容易には解決されないという問題である。例えば車内音だけにおいても風切り音と低域のエンジン音を防音ガラスで抑えても車外音の存在自体がエンジン音も遥かに大きい航空機とはまた異なり環境の一つとなっている。

古いディーゼル車のような音の四気筒エンジン音を防音グラスで抑制しようとしても高速で吹かすと嫌な音が乗る。それを誤魔化すことと、上のオーディオ装置が組み合わされているのである。だから迫力があるのだが長い旅行で振動を伴う音が煩わしくなるという批判もあった。

ダイムラー社が何を考えたか。このオーディオシステムをエンタメ主要要素の一つと位置付けて、ディスコのような音に合わせたカラーリングとも組み合わせた。現在のSクラスのインテリアなどを見ると益々質が悪くなっていて、北米や中華市場に合わせたようなところも窺われる。

雨音を抑えると同時にオーディオサウンドの外部へ漏れを防止する防音グラス自体には興味もあるのだが、上のシステムと組み合わされていて、更にエンジン音より先の排気音の作り方等にとても疑問が残る。その背景には欧州では最後のハイブリッドという打ち上げ花火的なものもあるのだが、環境音を考察するとコンセプトの危うさを感じさせる。



参照:
オーディオ的考察の叩き台 2024-04-27 | 音
夜の歌のレムブラント 2022-10-22 | 音
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しっとりとした旧市街風景

2024-03-17 | アウトドーア・環境
土曜午後はハイデルベルク行だった。復路は50分も掛かっていないのだが、道路事情から若干遠のいている。マンハイムへの橋が補修中であることが一番のネックであるが、南回りのスパイヤー経由のアウトバーンも工事していたようだ。特に往路は買い物客もあってマンハイムを抜けるのに判断を誤ると渋滞に巻き込まれる。幸い勘が働いて、問題なく抜けれた。

そうなると早めの12時30分に出たので、ハイデルベルク旧市街到着が13時8分と出た。それならば南に数キロ離れたライメンの醸造所に行ける可能性が出てきた。講演会が始まるのが14時で五分前に来ないと席がないと書かれていたのだ。

アウトバーンから醸造所へは少し迷ったのだが、迷った経験を活かして18分ごろに入れて、22分には清算していた。地道で10分ぐらいいけるが15分見ていた。ナヴィを利かしても結局工事閉鎖で迷って、幸い土地勘で、13時45分に車庫入れした。なんとか間に合ったという感じだった。

駐車場は敢えて、一番近い図書館を外して、主催者が最初にあげた劇場のそれにした。理由は一ユーロでも安いことがあるが、やはり夜間料金などでお得になるのだろう。今後のことも考えて初めて使ってみた。道を横切っての入車は記憶がなかったので初めてだと思う。

因みにリーダーアーベントが終ってからは一時間半ほど時間があったので、劇場の前も通てみた。以前出かけた寂聴と三木稔が来ての初演の時は借りの場所であったので入った覚えがない。こここそがシュトッツガルトの音楽監督マイスターが最初に音楽監督をした劇場であり、またライプチッヒのカペルマイスターに出世して仕舞ったネルソンスやミルガやマルヴィッツが修行した劇場である。

講演会の内容は改めて纏めるとして、終って一時間程時間があった。先ずは手洗いに行って、コーヒーを飲んで、2ユーロでプログラムを購入して、ただの舐めラムネを食べた。プログラムにテキストが記載されていたので初めて目を通した。それでも前半分で、後半分は休憩時間に置いておいた。

ゲルハーハーのリーダーアーベントは予想以上に充実していた。これも見直していかないといけないが、会場は昨年の演奏会時には上階であったが、平土間も決して悪くはなかった。大学の現役の大講堂でこれだけの音響の会場はどれほどあるのだろう。広さが異なるので簡単には比較できないのだが、旧講堂とこちらの両方を使うとソロから室内交響楽団迄は全く問題がない演奏会が可能となっている。

ハウプトシュトラーゼで少し座ってから、テオドールブリュッケの写真を撮ったり、大学の食堂を覗いたりして、劇場の前を通って、講堂の裏口から入ると結構適当な時刻となっていた。お昼は少しパラついたのだが、その後は正常化して、穏やかながらもネッカーの少し湿り気があるような街の空気は冷たい感じになっていた。やっぱりケムブリッジなどにも似ていなくはない。



参照:
小恥ずかしい音楽劇仕分け法 2010-06-06 | 音
お家芸の指揮棒飛ばし 2023-03-26 | 音
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異議申し立てを提出

2024-02-16 | アウトドーア・環境
バレンタインに走る時に写真を撮った。最初は街道筋でいつも最初に気が付く木を写すのに車を走らせたが、谷に下りて戻って来る時に有名なイエズイーテンのアーモンドというところが咲き乱れているのに気が付いた。

今迄それがこれだけ早く咲くのは気が付かなかった。なぜかは分からないが、やはり本年は条件が違ったのかもしれない。だからワイン地所では今盛んに葡萄の枝の仕付けが為されている。蕾がつくまでには終えないといけないだろう。

未だ灰の水曜日過ぎなので早いのだが、もう一度来週あたりから寒さが戻って、一度は終っても、今年はやはり復活祭へと早く時が流れているので、降雪があっても凍てつくという事はあまりないだろうか。

暖かい斜面なので葡萄もよく育つ。そして隣の地所は宮中に届けられるバッサーマンヨルダン醸造所のドイツで最も高価なワインを輩出するグランクリュの「キルヘンシュテュック」である。背景にはヴィースロッホ周辺の山並みが見えている。天気が悪いがなんとなく春らしい感じだ。

ベルリンの警察への異議を書き送った。先ずはそれでいいと思う。内容は、「車線変更で事故を起こしたので警告金30ユーロを支払え」に対して、違反を否定して、「上記の事故現場では車線変更をしていない。なぜならばそこで二番目若しくは真ん中の車線への右折行動がまだ完了していなかったからだ。」と書いて、「二番目若しくは真ん中とは、平行に進む自転車保護車線の横の車線と理解していた。」と定義した。

そして、「明らかに速い事故相手の車両が当方の進行方向を遮って入って来たのが、両車両間での接触の理由だった。」と主張。

そして「その外、ポツダム広場へ向かう為に、三番目若しくは最も左の車線に入るつもりはなかった。」と正直に回答した。

これを警察が否定する証拠もないことは現場での書類に名が挙がっている警官も話していた。要するに今回は異議の機会が与えられた。そして現場では事故相手の主張が事故の聴取の全てであったが、これで完全に異議が唱えられて、あとは事故相手に車を貸していたシックス社がどのように事故相手と話すかである。

大手のレンタカー屋であるから何らかのカメラが搭載されているか、GPS監視などはされている筈だ。つまり、証拠があれば示して来る筈で、少なくとも事故相手の容易な主張には簡単に乗ってくることはないと予想する。証拠がなければ会社が損害賠償で民事で争うことにはならないのではないか。事故相手が民事で争う価値もあるのかどうか、少なくともこちらは、交通司法保険に入っているので証拠がなくても争うことは可能で不当な要求は退けられる。

必要最小限の異議を申し立てたので、当然のことながら民事では証拠がなければ容易な要求が出来ないことは明らかだろう。事故相手が保険の自己負担額1000ユーロの中で何をどのように受けいれるかだけであろう。



参照:
大統領の椅子のような 2022-04-25 | 生活
積雪前の夕刻の開花景色 2023-03-13 | 暦
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パンコウの金魚鉢

2024-01-31 | アウトドーア・環境
今回の旅の主目的とは別の興味があった。ベルリンのパンコウ地区への立ち入りだった。東ベルリンは壁の向こうで観光したことがなかったからで、当時もパンコウなどの奥には通常の観光ヴィザで入れたのかどうかは知らない。誰かを訪問とかそうした目的なしには難しかったと思う。それ以外で留学生などがそこに住居が宛がわれたのかどうかも分からない。

一般的にはホーネッカー書記長などの党幹部の住居があったりと特別な地域となっているのだが、中心地のミッテとその周辺事情との差異や境界がよく分からなかった。今回は嘗て厳しい検査を受けたフリードリッヒ駅から10キロほどの距離の住居での宿泊で未知の領域だった。壁がなくなってからも可能な限りクーダムへの郷愁を立ち切って東側で宿泊しようとしていたのだが、漸く叶った。

結論からすれば、やはり東ベルリンの奥は深く、違う世界を覗けた。例えば宿泊したところのオーナーは70歳過ぎでそこで生まれてずっと暮らしていると語った。近所の人の様子もそれに近くてとても均衡していて近所付き合いもしっかりしていた。昨年外国人居住区のようなドイツで最も多様化されているとされるノイケルンの近くに出かけたことから考えれば全く正反対の居住区である。

今回の宿は、実は都心部に住む嘗ての官僚の所謂週末の郊外別荘だと思っていたのだがそうではなく、息子であったオーナーが若い頃に離れとして住んでいた所のようで、母屋も含めて自身でリフォームしてきたところの様だった。近辺には新しい金の掛けた新築の家も建っていたが、多くは自然を生かした如何にもそれらしい家並みで、それでも畠はなかった。

都心部へのアクセスは渋滞さえなければ数カ所角を曲がれば20分も掛からずに車で到達できるのだが、その交通量から40分ほどを近回りしながら走る所であった。列車も近所の駅に行くまでに距離があり、最低自転車がなければ生活はし難そうでもあった。昨年ポツダム近郊で泊った時にも平地なのでサイクリングには好適ということだった。

途中にはやはりサブカルチャーも感じさせる庶民的な街並みもあり、近くには泳げる湖がありで、恐らく戦前ならば田舎だったのだろう。庭には、80センチ幅ぐらいの溝が掘ってあり、その上に小さな太鼓橋が掛かっているのだが、木の手作りなので滑るからゴムの足拭きのようなものが着けてある。そこを渡ると膝がガクガクする。何よと尋ねると金魚が二三匹いるんだぜと答えていた。まさか森鴎外の影響ではないと思うが、さて。

それどころか自分で作った家と柵の間に木造の箱がおいてあってブルーシートを被せて何を貯蔵してあるのかなと思って訊ねると、プールだというので驚いた。また子供向きのお遊びかと思って話を聞いていると、夏はそこで泳ぐのだと語った。怪訝な顔で聞いていると、腰にバンドを巻いてゴムに逆らって泳ぐことで健康維持するんだと、ほら此処にバンドがと見せた。

西ドイツで同じような試みがあったのかどうかは知らないが、なるほどこれならば東ドイツでも自宅でプール遊びが出来ただろうと思った。まるで巨人の星の養成ギブスのようなものであるが、まさかそれでは金メダリスト大量養成はしてなかっただろうなとも思った。



参照:
「世界十傑の美しさ」の街 2024-01-30 | アウトドーア・環境
空気配送郵便チューブ 2005-10-28 | テクニック
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「世界十傑の美しさ」の街

2024-01-30 | アウトドーア・環境
火曜日以来久しぶりに走った。これだけ休むのは何年振りか。パンコウの宿の鏡が下からの光で目の下の隈が見えなかったのだが、帰宅後にも若干変わっていると思った。隈自体はあるのだが、肌の感じや色合いが改善している。走り続けることでストレスが溜まっていた可能性もある。眼鏡の問題は改善された筈だがそれでも目の疲れはある。しかし今回の旅行でなにか変わった感じがするが具体的にはよく分からない — モニターを観ている時間は少ない。

一つは走らないで運転時間や座っている時間が長くて腹の辺りが張って来ていた。しかし体重は心配していた様に増えてはいない。理由は外食が一回だけで、夜食にはなったが、食事量が増えた訳ではないからだろう。決して体調によくはない生活だったが、久しぶりに走ってみるとそれなりに体調は悪くないと感じた。

ニエンブルクへのアプローチでは、予てからでかけてみたいと思っていたユネスコの街クヴェドリンブルクに立ち寄った。その東フランク帝国の城としての建造された威容を誇る聳え立つ城とその街は日本では世界の美しい街10傑に選ばれている様だ。そしてローマドイツ帝国時代に市として成立しているのはワイン街道の我が市と似ている。そして王の居城として中世の発達規模も大きい。それはスパイヤーの為のワインを作る街との差は大きい。東フランク帝国が如何なる力を持っていたかがよく分かる。

最近はドイツ国内に限らず、車で行けるような欧州はどこに行ってもそれほど旅ごごちはしないのだが、このハルツ山脈の北側は初めての地でありこんなところにこんなものがまだという驚きがあった。

南側のアイゼナッハからエアフルト、ヴァイマール、ライプチッヒだけでは中央ドイツと言われてもそれほどの中心だと思わせることがなかったのだが、やはりこうしてフランク帝国の権勢を見せられるとなるほどと感じた。やはりプロテストタント文明だけではケチ臭いということになる。

この辺りは街から街へと面白い。ケーテンではインフォメーションで街も綺麗で次の機会に見学だけでなくて宿泊してもいいかなと語ってきたのだが、宿泊した街もそのアプローチが赤塗りの塗装とぼこぼこ石畳の嘗ての東独其の儘で朽ちている分味わいが深かった。

東独自体の観光はどの程度の規模で為されているのかは知らないのだが、今でも手つかずのところと可也整備されているところがあって、優先順が低いところは可也残されているという印象がある。

こうした文化財を見るにつけ、長く支払わされている東独支援の税金はいつかは観光でも取り返せるという認識に至った。地域でも様々な運動もあるようで、合理的な形で維持されたりしているようなので、おかしな投資で一挙に取り返すというような感じがないのがよい。それでも可能な限りの小さな投資が成果を上げてきているのは、ニエンブルクの宿でも分かった。現金しか受け取らなかったことに気が付かなかったので、鍵を貰う時に電話で話すとあとで送金して貰えばよいとなった。帰宅後に送金するということで請求書を送って貰った。



参照:
憑かれた様にケーテンへ 2024-01-29 | 雑感
母体より出でて死に始める芸術 2017-05-30 | 音
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デカパン状のショーツ

2023-11-02 | アウトドーア・環境
ショーツがTシャツと同時に配達された。見た目からして一回り大きく長い。若干恐れていたのは、胴回りよりも、膝まで隠れて仕舞わないかだ。早速履いてみた。流石にその様なことはなかった。なぜならば股上の長さが2CMほど長いだけだからだ。即ち1インチ長いのだろう。7インチとなっているが17CMもなくて14CMほどで、現在使っているのが12CMなので6インチなのだろう。だから紐がついていて、そこで留めれるようになっているので若干デカパン風に締めれる。

走ってみないと分からないが、少なくともサイズLが大き過ぎるということはなく、使い方が変わるだけだ。冬場は裸で走っても少しでも暖かいかもしれない。早速試してみたい。これがあると夏でも日焼けの範囲を狭めて使えるかもしれない。なによりも行動中でなくても隠れる部分が大きくなるので使いやすいだろう。

実質重量は驚くことに、三つの中で一番軽く82グラムで、112グラム、96グラムに差を開けている。走る時に邪魔にならなければ一番走りやすい筈だ。早速使ってみたい。そしてこれぐらいの大きさがあれば就寝時にも紐を開放して此の侭履いておける。

更にもう一つ発注したTシャツ、これは18ユーロと安かった。Lだから小さくもなく、プリント部分も問題がなかったが、襟首タグがあたる。切り取るほどではないがこれも洗濯してみないと分からない。問題は生地で若干薄く、裁断もどってりとしている。因みに原産地は、ホンデュラスとなっている。結論は最初から下着向けだ。下着はもう少し安い16ユーロで買えるのだが、シャツのボタンを開けた時にどちらが見た目がよいかだけだ。早速その恰好で外出してみた。

壮行演奏会まで一週間を切った。「英雄の生涯」も頭に入っていないのでもう少しお勉強しないといけない。先日ここでも小さな動機の可聴が話題になった。今回の大ツアーで演奏するとなるとそうしたミスは許されない。しかしペトレンコが修正していくのは、本質的な技術的な問題がある場合は除いて、寧ろ音楽的な正確さ即ち明白化であって、所謂完璧主義というのとは若干違う。この点は音楽ジャーナリズムもあまり正確な表現をしてこなかった。

特にリヒャルト・シュトラウスで有名なのは、ショルティ指揮がそこ迄細々と音化してそれ程の芸術的な意味があるかどうかという批評だった。その点では特にコロナを越えて、ペトレンコの指揮はとても音楽的な意味合いが表に出てくるようになってきた変化が顕著になった。抑々演奏上の技術的な面を解決するのは楽団の仕事であって、正しい指針と細部を示して、本番でしっかりした指揮をするのが指揮者の仕事であろう。

そもそも復活祭の二回の演奏では、アシスタントに練習をやらせていたような塩梅だったので、とても長い期間を掛けて完成させてきている。しかしそれ以上にレーガー「モーツァルトの主題による変奏曲」は完全にものにして決定的な演奏を聴かせてほしい。永くあまり顧みられなかった作品をリヴァイヴァルするのはとても文化的な業績だと思う。



参照:
ペトレンコの日本への真意 2023-10-21 | マスメディア批評
フランス老舗の色合い 2023-11-01 | 暦
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