Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

落ちてくる音楽素材

2020-06-20 | アウトドーア・環境
音楽素材を集めている。出かけるときに携行するものである。四時間近く車に乗れば大分聴ける。先ずベートヴェン作曲弦楽四重奏曲作品18-2ト長調はアルテミス四重奏団のCDをコピー、11番「セリオーソ」エマーソン四重奏団の実況、そして確かめるとなぜか12番変ホ長調作品127が再び入っている。

本当に予定時間90分内で可能か?演奏者は二つの四重奏団が代わる代わる入れば殆ど連続演奏も可能だろう。音資料は急いでアルバンベルク四重奏団をダウンロード。

そして作品130ロ長調大フーガ付きはエベーヌ四重奏団、作品135ヘ長調はジュリアード四重奏団とする。

エマーソンは実況ゆえか可成り分厚い響きで、曲に合わせたとは言いながらデリカシーがあまりない。どんな大ホールで演奏するのだろうか。実際にルートヴィヒスハーフェンなどで聴いた時も大オールだった。同じところで弾いた東京四重奏団よりは良かったのだが、この映像はあまり良くない。

ジュリアードの1960年の録音は嘗て言われていたような木で鼻を括ったような演奏では無く柔軟性もあって決して悪くはない。そこでエベーヌの演奏を聴くとなるほど言われているような腕はあるのだがアーティキュレーションが全く良くない。勘違いして大フーガはまだ聴いていないが、そちらの方が山なのだろう。アンサムブルも感覚からすれば、新しい方からアルテミス、アルバンベルク、ジュリアード、エマーソン、エベーヌの感じだ。2004年にミュンヘンでARDコンクールに優勝しているというから、そのアンサムブルを見極めたい。

なぜ世界的に人気があるのかは実演で聴いてみないと分からない。半分を別けて演奏するベルチャ四重奏団の方は先日聴いたシュベルティアーデの実況録音からすると悪くはなかったのだが、さてどうだろう。

先日ベルリンから生放送されたセレナーデの演奏会のインタヴュー部分を無料で観た。キリル・ペトレンコがプログラムについて語っているが、興味深かったのはドヴォルジャークのそれは新版で初めて演奏したという事で、楽員も今までとは違うと話していた。なにが異なるかは作曲家自身が最初の校訂楽譜に書き込んで行ったダイナミックスなどを再び書き加えたというものらしく、新しいものを使うともう元へは戻れないと話していた。

そして二曲とも交響的な作品で、モーツァルトの木管合奏の「グランパルティータ」のここかしこに第一ヴァイオリン第二ヴァイオリンを聞くというのだ、同様に弦楽のセレナードにホルンやティムパニーが聞こえるという。またもやとても面白い話をしてくれた。この指揮者がどのように楽譜から音楽を読み込んでいるかが想像できる話である。

更にベートーヴェンの四重奏曲でも感じたのだが、古典派のモーツァルトにおける民族音楽的な要素に関しての質問に対して、例えば当時はまだヴァルツァーではなかったレントラーにしても明らかで、しかしそこは直截なものでは無くて、丁度ミュンヘンではベルリンよりもそうした音楽が環境の根底にあるという事と似ているというのである。これはシューベルトやマーラーなどにおける引用とはまた異なってとても重要な話題だと思う。



参照:
スイスイと滑るように 2020-06-19 | 雑感
Muss es sein? Es muss sein! 2020-06-16 | 文化一般
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見えなくなった水蒸気塔

2020-05-16 | アウトドーア・環境
アムステルダムから映像が流されている。中止になったマーラーフェストのオンライン版らしいがこれといった出し物は見つからない。ブーレーズが晩年に指揮した七番交響曲も既にDLしていたものだったが、中継なので音質がいいかと思って録画したが全く駄目だった。それでも先日から三種類も続けて流しているので、どうしても差が気になる。ピエール・ブーレーズは指揮者としてもキリル・ペトレンコが出てくるまでは楽譜の隅々までを音に出来る唯一の存在だった。しかし晩年に盛んに取り上げたマーラー解釈はあまり価値は無かった。今回も再確認した。シノポリ、バレンボイム、ブーレーズ指揮では既に言及していたようにシノポリが一番良かった。

フィリップスブルク原発の水蒸気塔が爆破されたのは知らなかった。知っていたらヴィデオで撮影していた。木曜日の早朝六時だったようで、起きていたのだが、残念だ。しかし、とうとうという気持ちだ。どうしても水蒸気塔だけは我が家からは目障りな存在だった。フクシマ禍のお蔭で一号機が直ぐに停止してからも比較的新しい第二号機はドイツ内で最後近くまで運用された。
Sprengung der Kuehltuerme des AKW Philippsburg aus der Luft


早速その方を覗いてみると二つとも無くなっていた、そしてその後ろに隠れていた反応炉が見えるようになった。加圧水型の反応炉だった。稼働していたら水蒸気塔よりも目障りだが、これから時間を掛けて解体されるのでチリさえ飛ばなければそれほど気にはならない。直線距離にして37㎞程あるのでその点では苦にならない。週末にはゼクトでも開けてお祝いしたい。

オーストリアが新たな指針を提示した。催し物に対するステップバイステップの平常化への工程である。何よりも以前は二十平米に一人がいつの間にか1m間隔だけになっている。これは大違いで、ドイツの1.5mに対しても大きな相違である。しかしそれでも人数制限を100人から250人、500人又は制限付きで1,000人までを八月中に認めてしまったので、他国への影響は大きい。

丁度ベルリナーフィルハーモニカーが来週に予定していた単独ティケットの販売を延期した。要するにプランBによる発売に変わるという事である。勿論定期券は売りに出しているので、大きくは変わらないだろうが、最初のオープニングからベルリンのフェスティヴァルへと大きくプログラムが変わるだろう。さてどうなるか?スイスはどのように動くか、ここ暫く注目されるところである。

舞台上での制約は間隔1mとなるかどうかは分からない。思い出すと良いが、握手が駄目で肘タッチなどをしていた頃はまだまだ感染が広がっていた。あれでは駄目で、1.5mは既に検証されているので大丈夫として、九月からオーストリア並に一般的に1mとなるかどうかに掛かっている。1mの安全性が証明されると、管弦楽団は大分大きくなる。客席は定員の三分の一まで収容の問題が無くなる。



参照:
干ばつの毎日の驚愕 2018-08-01 | 音
ライン中州の冷却水の恐怖 2015-01-22 | アウトドーア・環境
うちの原発と蕾の加齢 2012-03-17 | 雑感
原発の水蒸気塔の見える町 2011-04-09 | アウトドーア・環境
ドイツ最初の公立劇場再開 2020-05-15 | 文化一般




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肺癌のようなコロナ空咳

2020-03-20 | アウトドーア・環境
閉店処置が出て初めての外出。先ず車の通行が平日としては少なかった。マンハイム方面から入ってくる車も無く、平素はやはり何か営業の車が多いのだと分かる。人通りも少なくてそれは効果が認められた。朝一番で出かけるつもりだったのが遅れて、銀行で現金を下ろして洗濯屋にシャツを引き取り、パン屋に向かうと誰も並んでいなかった。これはとてもいい。そしてそれほど売り切れてもいなかった。森に入ると天気が良いにも拘らず駐車場の車もそれ程多くは無かった。

パンツを脱いで、今年初めてTシャツとショーツだけで走れた。森の中の冷っとした空気がとても気持ち良かった。体調も上向きで呼吸器系が大分良くなってきた。走ってくる人と挨拶しても知らないような顔も見かける。

月曜日と同じく肉屋に立ち寄ると誰も並んでいない。入り口に店内二人規制が書いてある。漸くである。偶々一ペアーしかいなかったので入って行った。これなら売り子が二人でも余裕がある。しかし時すでに遅しで、我々の地域では倍増以上の48人陽性で十万人あたり36人を超えた。

大阪から入ったニュースによると大阪兵庫で3700人の陽性が予想されているのでその半分である。因みにドイツ平均では16人ぐらいだ。つまり平均の二倍がこの辺りで実質な感染率は何パーセントかに至っている印象がある。二桁はまだだとは思うのだが、我が市だけを考えると二割ぐらいは感染しているかもしれない。兎に角外出中の咳を我慢する。この空咳が馴染みが無いのはよく肺癌の咳だとか言われるあれだからだろう。出かけるところに一階に住んでいる乳癌を病んでいた女性がバックを引きづって戻って来た。あまり近づかないようにした。今頃病院か静養所からか知らないがこんな街に戻ってくるのは危ない。

つまり兵庫大阪で予想されているのはその倍の数字で、イタリア化に近づいていることを示している。ついに出て来たかという数で、日本にも非常事態宣言が月末ぐらいに出るのではなかろうか?それでもイタリア化が防げるならばいいのだが、とても心配である。

19時からメータ指揮の「ファルスタッフ」の映像が流れる。ヴィーンの歌劇場で2015年の公演だ。同じ頃ミュンヘンで指揮した「仮面舞踏会」より大分いい。集音状況は変わらないようだが、全く響きが違う。超一流指揮者とその辺りの指揮者との差が歴然だ。ベーム博士からニキシュ指輪を受け取った時はその意味が分からなかった。当時はポストカラヤンの一人であったからで、どうしてと思っていた。しかし今こうしてその指揮振りを見るとベーム博士以後の唯一の巨匠に値する指揮者だと確認できる。本当に素晴らしい指揮である。

券を購入したヴィーナーフィルハーモニカーの演奏会は全く可能性が無い。いつ返金されるかだけだ。奇跡が起こって欲しいと思うが、このままであればメータ氏が復帰する可能性も無くなるかもしれない。だから貴重な映像だろうか。21日にはベルリンでの「ばらの騎士」が同様に無料で観れる。名残惜しくなる映像の数々だ。

車中のニュースではルフトハンザも殆ど飛行機を海外から持ち帰り、先ずは5%のみの運航となるようだ。長引くと国の保護なしには運営できなくなるとコメントが出ている。ドイツでもベーシックインカムの話しが出たようだが、期間などが分からないのでそこまでの構造転換へとはまだ動けないようだ。



参照:
大戦以来のドイツの危機 2020-03-19 | 歴史・時事
巨匠指揮者の動向 2020-02-25 | 文化一般
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西へと流れる雪雲

2019-11-17 | アウトドーア・環境
車中のラディニュースが伝えていた。先頃から処罰化が言われていたパパラッチの罪が定められた。アウトバーン等での遺体の写真などがネットで晒され続けているようで、写真を写すと処罰されて、最高二年までの懲役となる重罪となる。遺族への配慮や尊厳を守るという事での重罰化であり、それまでは無罪であった行為への処罰としては破格ではなかろうか。如何に実態が酷いかという事だろう。

さていよいよ「死の街」三幕を聴いた。スカラ座公演の録音では最初のマリオネッタがパウルに絡むところまでは、その管弦楽法にも飽き飽きしてきた。要するに充分に書けていないと感じた。しかしこの玉石混合感は一幕からあったものだけに何とも言い難いのだが、通常は二幕であそこまで盛り上げておいて、三幕頭はもう少し捻ってくるものだと思うがだらついている。恐らくこの夢物語が続くという事で演出上の工夫ところなのだろう。しかし音楽がこれでは、流石にペトレンコ指揮でも興味深いとは思えない。さてどうなる事だろうか。

しかし、マリオネッタの歓心を引く踊りから、パウルに首を絞められての場面になると音楽もそうだが再びアスミク・グリゴーリアンの歌の威力が炸裂する。流石にフローリアン・フォークトも疲れが出てかここではもう付いていけない。本当に彼女の歌と恐らく舞台での存在感がこの制作の要だったろう。

幕切れに掛けてはリヒャルトシュトラウスの同様のそれを凌駕するような音楽運びで、この作品をやる価値はシュトラウスの作品の吟味に繋がるような材料を与えることではないかと思う。要するにどこまでが楽劇で何処からがハリウッドミュージカルかのその境界が垣間見られることになると思う。キリル・ペトレンコにとっては暮れのベルリンでのジルフェスタ―コンツェルトの内容が丁度重なっていること事になって、この人物が如何に無関係な仕事は一切しないかと言う合理性の極致のような性質がここにも示されている。

来年一月の三拍、ベルリン郊外の宿をキャンセルした。期限まではまだ一月以上あったが、宿泊日時までは二月を切ったので必要ないならばキャンセルしてあげないと売れ難くなる。とても安くてこじんまりしたアパートメントなので直ぐに売れるには違いだろう。

天気予報が好転した。先ず雪雲が更に西へと流れそうだ。これで懸案のシュヴェービッシェアルペンからシュヴァルツヴァルトへと流れるので、アウトバーン沿いはでは標高も落ちて積雪は限られる。更に日曜日午前中の降雪の可能性で、そこから一日以上も経てば先ずは影響がないであろう。もし月曜日朝も雪の為に交通の流れが悪いようであれば北側のハイルブロン経由で東進して、シュツットガルトに抜けるか更に奥のウルムへとロマンティッシュ街道を何かすれば良い。その場合走行距離は35㎞伸びて、走行時間は20分ほど余計に掛かる。するとニュルンベルク経由の方が早く着く。そして何よりも喜ばしいのは帰路に降雪に見舞われる可能性が殆ど無くなった。

あとは日曜日から月曜日の朝までに最低額で燃料を満タンに出来ればよい。月曜にピクニック用にサラミなどを買い足す。帰宅は火曜日の午前2時頃になるだろう。出発は12時前の予定だ。



参照:
「死の街」二幕へと進む 2019-11-12 | 女
来週への準備をする 2019-11-10 | 生活
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22時過ぎスイス脱出計画

2019-11-14 | アウトドーア・環境
給油した。満タンにした。131.9セントでまあまあだ。昨晩129.9セントまで見かけていたので70L入れて1.40ユーロの差額となる。まあ許容範囲だろう。これで、木曜日のピクニックを考えておけば出かけられる。

19時30分始まりで、21時30分には車を出しているだろうから、零時過ぎに帰宅可能となる。出かけるのは余裕を見て、高速道路沿いの両替とピクニックと楽譜確認を入れて、14時出発で18時30分到着に一時間ほど余裕がある。天候は放射冷却などもあって本日降雨降雪があったところは固まるかもしれないが、午後には塩も撒いてあって乾いているだろう。最高気温も6度を超えるぐらいなので問題は無い筈だ。しかし終演後の雨が凍り付く雨の可能性があって、こうなると帰宅が不可能となる。もう少し正確な予報をみて対処を考えなければいけない。要するに演奏会が終わってスイスを脱出してフライブルク辺りまで降らないで戻れれば問題が無い。つまり23時近くまで降らないで欲しい。1CM未満の雪でも道路に乗るようになると走るのが困難になる。

現在の予報を詳しく見ると23時ごろの大気の動きから、まだ南シュヴァルツヴァルトは薄雲が掛かってきているぐらいで降雪も無い。チューリッヒも快晴に近い。この予報通りならば完全に抜け切れることになる。試しに零時となるとラインの渡しの所で降雪となっていて、チューリッヒで氷の雨が降ってもおかしくはない。明日もう一度この予報を確認して大気の動きが二時間ほど早まっているようでなければ大丈夫だ。

ザルツブルクの夏の音楽祭のプログラムが発表された。興味が湧いたのは、アスミク・グリゴーリアンの出番だが、「エレクトラ」と第九と小さなプログラムで、基本は「サロメ」に続いて「エレクトラ」だ。ヴェルサーメストの手に委ねることになる。「サロメ」を聴くともう一息上手くやって欲しいとは思う。ムーティ指揮の第九もあまりドイツ語歌唱にはお勉強になりそうにもない。精々フィンレーとの共演ぐらいが為になるか。

ヨアンナ・マルヴィッツのザルツブルクデビューは「魔笛」で、まあこれも平常のオペラ上演で馴染んでいる人には特別に出かける程では無くて、ヴィーナフィルハーモニカーを振ったらどうなるだろうとか思うのは藤四郎の物見游山のお話しだろう。

なるほど劇場でザルツブルクの「サロメ」の話しをしてもそれ程関心が高く無い筈で、オペラ通の見識なのかもしれない。私自身もモルティエ―時代に通ったのも高品質のオペラ上演に接したかったからで、ミュンヘンに通うようになるとその必要が無くなった。ノーノ作にしても間違いなくミュンヘンでもっと高品質な上演がされることが分かっているからだ。次のシーズンの秋にユロスキーが振って新制作となるのではなかろうか。

コンサートに関してはエクスクルシーヴなものはヴィーナーフィルハーモニカー演奏会ぐらいで遠方からマティーネーに押しかける人もいないだろう。一時盛んだった新しい音楽の催し物ももう目立たない。バルトリファンも降臨祭に出かければよさそうなもので、それほどの印象はない。芝居はその質を吟味しなければ分からない。やはりまだこれといった色は出せていない。



参照:
上がり下がり具合 2019-11-13 | アウトドーア・環境
初アスミク・グリゴーリアン 2019-10-11 | 女


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上がり下がり具合

2019-11-13 | アウトドーア・環境
シューベルトの大ハ長調交響曲のお勉強続きである。第二楽章のアンダンテコンモルトがとても面白い。一番興味深いのは、二種類の主題の書き方で、その対比の付け方などがとても見事だと感じた。指揮者はテムポ設定など責任が重い。一楽章も主題の受け渡しが面白いが、音化して知らしめるのも結構腕がいる。弦は細かな音形を繰り返したり、さざ波の様な運動になっているので、音の絨毯になっている。また三楽章が傑作である。トリオもいいのだが、ブルックナーの八番よりもこちらの方が面白いと感じさせる作風だ。シューベルトの曲はどうしてもピアノの響きとその作り構えを考えてしまうのだが、それにしても細かな音形のミニマルと同じような繰り返しは厳しい。

と思っていると、トーンハレ管弦楽団からメールが入った。キャスト変更だ、イザ、フォンドホナーニ病欠なら行かないだけだと思ったら、前半のメンデルスゾーン協奏曲ソロのツィンマーマンが病欠で、そこに入ったのはアリーナ・イブラギモーヴァである。日本ではお馴染の様だが、こちらではユロスキー指揮での共演で知っているぐらいである。どうせメンデルスゾーンだから何も期待も無くツィムマーマンも聴いているので別に悲しくはない。寧ろ新しい演奏家の生を近くで聴くのは悪くはない。それどころか参考ヴィデオのリンクが張ってあって、ヘルヴェッヘ指揮のコンセルトヘボーの様なので一石二鳥で道中に聴ける。

Felix Mendelssohn: Vioolconcert in e-klein, op.64


ルツェルンの音楽祭の入場券の価格が発表になっていた。私の様にハードな人間はお任せで注文してしまうのだが、正常な感覚の人には支払額が分からないでの発注は出来ないかもしれない。しかし大きな思い違いはなかった。超一流大管弦楽団の最高価格はオープニングを除いて320フラン、270、220、150と下がって行く。先行予約が可能だったのは最初のこの四ランクであった。それは構わないのだが、予想が外れたのはコンセルトヘボー管弦楽団が昨年同様に最高額を摂取するのと同時に初日のロート指揮のコンサートだけが、昨年のゲヴァントハウス管弦楽団240、200、140、100より上で、金額が今年と変わらないロンドン交響楽団同様で290、240、190、130となっている。発注したのはヘルヴェッヘ指揮の天地創造のオラトリオなので高額券を買うことになる。しかしその分割引クーポンが返ってくるので、ロート指揮の演奏会は殆どただで買えるだろう。

そもそもコンセルトヘボーのコンサートを地元で聴いてもこれほど高くはならないのだが、旅費を考えるとそれほど条件は悪くはない。宿泊費はスイスもアムステルダム周辺とそれほど変わらないが、仕方がないだろう。

気掛かりな天候は、土曜日の夜の雨が少し心配になってきた。温度さえ上がっていればだが、路面が早朝に冷え込みで氷化していると雨が凍り付く可能性もある。冬タイヤでも駄目なのだが夏タイヤであると本当に止まらなくなる。

ミュンヘン方面も火曜日水曜日と降雪がありそうだが、木曜日午後から気温が上昇するので道路上は乾くと思う。何よりも月曜日の予想気温が晴天で摂氏3度から10度と予想が上がって来ていてこちらは期待される。気温の谷は木曜日の早朝である。

ドホナーニがトーンハレ管弦楽団を最後に指揮したのが2015年5月でブルックナーの七番にブッフビンダーの伴奏でモーツァルト、最初に登場したのが1976年5月でシェーンベルク作品34とホリガーの伴奏でモーツァルトとなっている。つまり今の仮のホールマークで指揮するのは初めてとなる。十二分にその音響を活かした指揮が出来るだろうか?



参照:
伝統の継続は眠くなる? 2019-11-08 | 音
記憶の底から呼び起こす 2019-10-30 | 雑感




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今夜、忘れずに長袖に

2019-10-03 | アウトドーア・環境
朝の車中のラディオが伝えていた。EUの方針として、電化製品の補修期間を七年に延ばすようだ。部品も二週間以内に配給しないといけなくなる。各国の議決が必要となるが、必要な資源保存、環境保護政策となる。当然のことだ。要するに長持ちさせて出来るだけ買い替えないで済むような製品のみの販売が許されるようになる。価格は倍になっても倍使えれば全く問題が無い。私が既に車会社などに圧力を掛けている事と一致している。

休日前に買い物を済ませておいたので、前日早めに落ち着けた。夜中から雨勝ちで、合間に一走りした。ジョギングペースで走って最後だけ本格的にスピードを出した。久しぶりだったが、スピード系を少しづつ入れて行かないと益々鈍足に慣れてしまう。

ここ二週間ほど腸カタルの様な感じで、食事ももう一つ消化が悪くもたれる感じがあった。一種のインフルエンザではないかと思う。熱も無く、今までの顕著な症状は、口の中が荒れたこと、身体がだるくとても疲れたこと、日常に動悸が呼吸が上がりそうになったことなどが加わる。結構長く続いている。頭痛も一度あった。

今晩辺りは久しぶりにボルドーで温まりたくなった。入浴は二週間ほど前にした覚えがあるが、こってりと内側から温めたい。食事はいつもの通りのロール巻きで、ニンジンとピーマンぐらいを巻き込む位だが、芋はロズマリンとオリーヴオイルでいこう。開けるボルドーは1998年産のメドックである。

ジェシー・ノーマンの訃報は文化欄第一面上段に大きく取り扱われた。しかし内容はあまりなかった。要するに生い立ちからARDで賞をとってハムブルクのアンサムブルに入り、やれる役をこなした。しかし徐々に舞台は減って、ヴァークナーなども録音で本領を発揮することとなり、フォーレのペネロープとショーソンの愛と海のポエムなどが代表的な録音として挙がっている。しかし同時にレオンタイン・プライスへの崇敬からなるほどシェーンベルクを得意にしていたことも分かった。しかしそれも80年代までで90年代になると仕事が厳選されて、代表的なものとしてフランスの革命記念日のラマルセーユが挙がっている。1995年の印象からするとそれほど外れていないと思う。そこに書かれている特質のヴィヴラートはなるほど95年には精妙さはもうなかった。四年前の背骨の損傷の後遺症からマンハッタンで死に至ったとなっている。

起床すると喉がやられていた。寝床で寒気がしたときに長袖寝間着にすればよかった。今晩は忘れずに衣替えをしよう。バルコンの小鉢を何時室内へ動かすか。まだ陽射しが強いので、夏時間終わりまでか?寝間着とは少し時間がずれる。するといよいよ冬籠りの準備となって、暖房の季節である。今年は今迄のところ比較的乾いた秋となっている。昨年は同じことを9月中旬に、二年前も同じ頃だ、三年前の2016年は同じ10月である。ワインはあまり良くなかった。天気が良くなかったようだ。2013年は9月初旬。これは悪い年。



参照:
脳足りん、ノーリターン 2019-10-02 | 雑感
はっとするレアリズム 2016-10-06 | アウトドーア・環境
残暑が戻る今日此の頃 2013-09-04 | 生活
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ルツェルンでの視界

2019-09-04 | アウトドーア・環境
涼しくなってジーンズを履いていたが、また脱いだ。明日からは冷えるので再び厚着になる。マンハイムに行って結局往復100㎞走った。理由はラインに掛かる橋の二つの一つが一方閉鎖されていて、混雑して遠回りをしたからだ。次の橋はアウトバーン六号だがそこへのアプローチも街の中を長く走るのでラッシュアワー時には混む。そこで次の橋を目指した。実際にはスパイーヤに抜ける橋なのだが、これも閉鎖されていたようで、一番手っ取り早くホッケンハイムリンクがあるところまでアウトバーンで南下してスパイヤーの所で別の橋を渡って戻って来た。それでもホッケンハイムの所で渋滞していた。更に南のカールツルーへも工事中で週末は完全に閉鎖される。州が違う以上に橋を壊してしまうと直ぐに第一次世界大戦後のようにフランスに帰属してしまう。若しくはバイエルン王国の飛び地になって仕舞う。これだけ自然境界がハッキリしていれば食文化も言葉も全く異なってもおかしくはない。

先週のルツェルンの話しで書き忘れていたことがあった。中継ラディオで、指揮者ヒュルサのインタヴューから、会場の音響についての事だ。兎に角素晴らしい音響という事だが、具体的には舞台の上でも会場でも同じように響くという。舞台は立ったことが無いので分からないがマイクで捉えている音はあの残響の感じと透明感なので差がないものと思う。そして色彩も手伝って明るいのもよいとしている。指揮者自身古いホールが好きだというので、つまりシューボックス型と言う意味になるが、やはり近代的なホールは異なるとしていて、勿論その長所を評価している。つまり彼の言う通り欧州で相当するホールは二つしか存在しない。

今回初めて2.Balkonのそれも四列目だったが与えられたのだが、一年前のランク下の3.Balkonよりは間違いなく良かった。ゲヴァントハウス管弦楽団はその3.Balkonの二列目だったので、昨年の四列目の視界に入る庇は全くなかったが、音響は殆ど変わらなかった。なるほど最前列とかは視界も効いて、より本天井からの跳ね返りもあるだろうが、少なくとも2.Balkonで確認した残響はそこでは確認できなかった。来週の月曜日は1.Balkonのサイドに座るので、これで大体ホールの一通りの特徴が分かるようになると思う。

少なくとも大編成の場合は平土間で視界が良く効くところは限られそうで、それは態々見に行った時に戸口のおばさんにまで「大編成では前の方はあんまりよくないわよ、そりゃーバルコンの方がいいわよ」と言われてしまった。その通り、視界の効き方は多くのことを語っているので、同様の意味から1.Balkonは若干俯瞰し難い角度になる。勿論月曜日と同じように最前列は悪くはないだろうが、最高級価格になって、その価値が保証されるのは当然でしかない。大阪人の言う、高くて旨いのは当たり前なのだ。来年以降のことは月曜日以後に考えるが、少なくとも価格比からすれば今年割り与えられた座席には満足している。駐車場の4時間超えての15フランもミュンヘンの事を考えれば半額だ。

昨年と異なって三泊しただけで、昼間の室内楽と友人の前座コンサートに出かけ、結構盛り沢山となっていた。アカデミー講師やレジデンス作曲家など仲間が多かったのも良かった。もう一泊位しても良いぐらいかなと思うが、来年の日程が決まらないと何とも言えない。同じ宿が取れれば文句なしで、やはり重要である。

やはり通わないと分からないものも少なくなく。ミュンヘンでも同じであるがこちらの要領も良くなり、無駄も減り、都合よく物事を進められるのが良い。ザルツブルクも一時同じように通っていたのだが、そこまでは中々居心地が良くならなかったのはネットで手頃な宿が簡単に見つけられなかったことが大きいかもしれない。

今晩はエネスコフェスティヴァルからの中継があるので楽しみだ。ミュンヘンの後任音楽監督ユロスキー指揮「影の無い女」を先日のベルリンに続いて演奏会形式で演奏する。この曲で少なくともリヒャルト・シュトラウスのその指揮振りを窺え、更にオペラでの指揮をある程度想像できるかもしれない。



参照:
歴史的独楽器配置の箱 2018-09-05 | 文化一般
無料前座演奏会の光景 2019-08-28 | 音
ルツェルンの最初の夜 2019-08-27 | 暦
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中央スイス周辺を展望

2019-08-30 | アウトドーア・環境

病的に眠い。帰宅は写真撮影さえされていなければ無事出来た。いつもバーデンバーデンからフランスに入って、プファルツに入るとほっとするのか眠くなる。最後のアウトバーンのスタンドの所で車を停めた。直ぐにぐっすりと眠りに入ったが、眼を覚ますと十分も経っていなかった。すっきりした。ルツェルンの会場kklの駐車場から出たのが21時45分ぐらいで予定よりも早かった。午前様も2時過ぎを予想していたが、1時過ぎの帰宅が可能となっていた。結果は1時20分ぐらいだった。眠気覚ましは会場においてある無料のリッコラーとハーブティーだけだった。

朝から宿で荷造り、無料のコーヒーを下に取りに行き、水をヴォルヴィックのペットボトルに汲みに行く。結局前夜はレストランで食事できなかったので、手元にあるパンの残りと干し肉、チーズなどで冷えたビール二缶と残りのリースリングで平らげた。朝食抜きで10時のチェックアウトを目指す。朝一番でゆっくりと時間を掛けたのでストレスなく終えた。

そこから駐車場で無料Wifiを使うが、陽射しが出ると暑くなってきた。この周辺は兎に角森が無い中央スイスの谷部の特徴が出ている。それで結局森の木陰を求めてのドライヴとなった。前々夜に試したワイン所を目指した。しかし失敗だった。結局湖の周りを一周して森を見つけて狭い道を走って、林道入り口に車を停めた。そこでコープで購入したサラダ類を食した。ひと眠りしてから、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲の楽譜に眼を通した。

結論として来年もこの宿を狙う。だから周辺を走ったのは今後の参考になる。方向を変えると動植物保護区域になっていて、次回はそこを試してみたい。しかし今回の細い道も車が一時間に一台ほどしか通らなかった。地元民しか通らないので、停めてたところにも夫婦連れがジープで来て一時間ほどして帰ってくるとシュタインピルツなどを集めていたので見せて貰った。

そして現在位置を確認すると宿と直ぐ近くまで戻って来ていることに気が付いた。湖を一周して片方の丘陵地帯の裏側に当たるからだ。それなら細い道をそちら側へと抜ければ、あとは道も良く知っている。時間を計ってkklへと向かえれることが知れた。途中帰宅の準備として燃料を30リットルほど加えておいた。公演終了後直ぐに帰宅の準備が整ったのだった。序でにもう一度朝出たホテルの駐車じょぷまで戻り、Wifiを使わさせて貰った。来年ももっといい思いをさせて貰いたいと思う。因みに宿代は三泊で226フランであるから、とてもお得だった。

 

 

参照: 

来夏の宿を予約する 2018-10-30 | 雑感

藁の匂い漂う村にて 2019-08-29 | 料理

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バイロイトへの道程

2019-08-15 | アウトドーア・環境
燃料を満タンにした。リットル1,323ユーロで、残り56.60リットル補充して、77,49ユーロ支払った。走行距離675㎞程になるので、60リットルほどの消費になるか?ミュンヘンへとバイロイトへとの相違は、ミュンヘンが標高519mに対して標高340mなので高低差は途中の山間部を含めてバイロイトのあるオーバフランケンに向かう方が小さいことだ。少なくとも出発点と到着点の高低差が200mも無い。つまり往路と復路の燃料消費の差は飛ばし方の方が大きい。往路はゆっくりと進むので渋滞さえなければ半分以下の消費になる筈だ。ここが山へと上って行くミュンヘン行とは大きく異なるところだ。勿論渋滞場所が上り勾配なら余計に燃費が悪くなる。

渋滞は、それほど走っていないが、要注意個所も幾つかあって、特にニュルンベルクの環状辺りが引っかかりそうだ。アウトバーンは、ハイルブロンからニュルンベルクまでは直線に近く一山二山あるがそれほどの上り下りではない。ここは夜間ならば飛ばせるので、ミュンヘン・カールツルーヘ間のアウグスブルクまでの直線に似た感じである。さあどうなるか?

ピクニック並びに移動食として、安売りになっていたハリボとステゥーデンテンフッター(学生の餌)を購入した。高速で走りながら眠気覚ましに口に出来る。果物はアプリコットとネクターを準備した。更にミニトマトである。飲み物は二種類のハーブティーを、温冷両方2リットル、あとは食事を二食分。ゆで卵二個等。

天気は予想されたよりも不安定なようだが、それほど悪くはならないと思う。帰路夜間に降られるのが、走り難くなり、スピードが落ちるので一番嫌であるが、往路は大丈夫だろう。ピクニックに車に戻るときに降られるのも嫌である。

衣裳は、厚めの古いシャツにした。いつも復活祭前の聖週間に着ていたものだ。もう草臥れて着れないので、今回ぐらいで引導を渡そう。アンチョコ蝶ネクタイで、適当に誤魔化そう。暑くは無いので、なんでもよい。



参照:
記憶を呼び起こすために 2019-08-12 | 雑感
正統なアレクサンダープラッツ 2014-08-02 | 文化一般
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真夏の朝の騒がしさ

2019-07-26 | アウトドーア・環境
朝のうちに何とか走れた。銀行に立ち寄る用事があったので、いつものコースを走っても良かったが、パン屋が開くまでまだ十日ほどあるので、久しぶりに近所の葡萄山の上に出かけた。遅くなったので陽射しは充分だったが、谷筋は風が抜けるのか日陰で比較的条件は良かった。それでも外気温は摂氏24度であり、殆ど限界域である。

夏の朝の山道は騒がしい。地面にはハエが集って真っ黒になっていて、森の中も獣や鳥が動き回っている。走っていても羽音が、自身の足音よりも大きく、そこら中から聞こえる。そのものヤナーチェック作曲の「賢い女狐」に出てくる音形である。近づいたり遠のいたりとこれがまた騒がしい。前夜にはイナゴが部屋の中に飛んで入ってきていた。最近のニュースによれば欧州大陸は以前からすると千キロメートル南の気候と同じになっているとあった。ここからすれば丁度北イタリアの地中海沿岸のジェノヴァ辺りになるだろうか。

暑いからと言って涼しい室内に一日中座り込んでいると腰がやられる。このままでは病気になると思って、山登りコースの最初の急坂だけでも試しに走った。久しぶりに走ると勾配が少し緩く感じた。足取りは遅いかもしれないが、この条件下での試走としては満足だった。これで頂上への動機付けが整った。戻って来て体重を量ると75㎏を切っていて安心した。

車中のラディオは、前日のバイロイトでの記者会見の話しだった。初日の練習を二回しかしなかったことなど、指揮者のいい加減さの話しとその指揮者がプーティンの手下である問題点が言及される。同時にそれをフモーアとしていた。更にバイエルンの勲章をカタリーナ・ヴァークナーが得たことで近々の退陣は無いであろうという事と、話題となっている残券についての言い訳が支配人からなされた。それによると、不必要になった券を積極的に買い取ることで、ブラックマーケットに寄与しないようにしているという説明である。これは事実であり、実際に実質的に翌年の初日のものに交換して貰ったこともある。つまり今に始まったことではないのに、これを理由としているのはやはり真実ではないのだろう。基本的にはその価値が下がり不要になる入場券が増えているという事でしかないだろう。

そして来年の幕開けの指揮者となるインキネンについても若干触れて、バイエルンの放送局では2020年の新制作への関心に更に焦点を当てていた。要するに未知の指揮者ではないがあまり知られていない若いフィンランドの指揮者インキネンのプロフィールである。メルボルンでの「指輪」以上に東京での「指輪」ツィクルスがその顔になっていた。ザールブルッケン・カイザースラウテルン程度の放送管弦楽団の指揮者としての活動よりも訳の分からない東京での活躍の方がプロフィールになりやすいという事である。

そして最も意外だったことは、カタリーナが三人のブリュンヒルデについて、はっきりとその練習スケデュールの為だと言及していたことで、話しが通じないのは「慣れていないブリュンヒルデが長く準備できる」という説明だ。逆ではないか。これを纏めると三日間歌えるようなブリュンヒルデは居なかったという事になる。恐らくそれが事実だろうが、やはり若い演出家は何かを考えているに違いない。兎に角、ずぶの素人とまでは言わないが大江のように一年目で駄目になる可能性も高い。まさしく、大きな賭けと書かれるが、一体これで何が得られるか?ハイリターンが考え難い。

そして2021年に女性の指揮者が登場するらしい。その名前は公表されていない通常ならば活躍しているシモーネ・ヤングが挙がるところだが、恐らくヨアナ・マルヴィッツで間違いないだろう。話題性もあり、少なくともヤングよりも期待が大きい。

バイロイトからの中継を観ていて、シュレーダーが一番新しい奥さんと現れたので驚いた。それほど頻繁に訪問していない筈だが、チマチョゴリの奥さんをエスコートしていた。その手のことに関心が無いので初めてその韓国女性を見た。正式には五人目の奥さんらしい。



参照:
Digitalisierung ändert Alles!? 2017-09-08 | SNS・BLOG研究
州立歌劇場でアニメ鑑賞 2019-01-29 | 文化一般
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少しは戻る潤い

2019-07-14 | アウトドーア・環境
漸く雨が降った。少しは潤いが戻るか?まだ足りないと思う。カンカン照りが二月以上続いたと思う。一昨年は雨降りばかりだったが、今年は逆だ。葡萄は日焼けしていなければ問題は無いと思うが、ここでもう少し振って、あとで乾くと都合がよい。

同時に気温も下がっていて、薄着でいると寒くて頭がかんかんとしてくる。日曜日の朝もお湿りがありそうなので雨雲を観察して合間に走ろう。その準備に牛肉を食してジャガイモので食しておこうか。ブルゴーニュが何かある筈なので開けても良い。

そこで取り出したのが今年フランスで購入したスーパーの独自買い付けのマルサネ2013年である。年度が年度であるから飲み頃なのではなかろうか。


こうして涼しい時に精々栄養を取っておく。散髪も一週間遅らせた。次の暑さに備えれば、それでこの夏のサマーカットは終わりだろう。

夜中にタングルウッドからの生中継を録音しておいた。先週のオープニングは忙しくて録音する余裕も無かった。音を聞いてみると小澤ホールとされる所からで、そのホールの響きが良い。天候が悪かったりすると全然違ったような印象があるのかもしれないが、写真を見ると1000人ほどの木造の瀟洒なホールで、ボストンの交響楽団がとても綺麗に鳴る。細やかな表現も出来ていてとても気持ちが良い。ピアノも綺麗に録れている。やはり小さいところでの演奏の方がこの交響楽団には有利なのだろう。同じプログラムのボストンからの放送を録音した筈だが、こんなに新鮮な音は聞いていない。

次のコンサート訪問はこの指揮者のゲヴァントハウス管弦楽団演奏会であるが、ルツェルンのホールに合わせた細やかに振ってくれるのだろうか。プログラム変更で起こっていたが、こうした指揮を聞くとどうしても期待したくなる。

歯根が死んでいるところが久しぶりにグラグラむずむずしてきた。そろそろお別れの時かもしれない。グラグラして抜けてしまえばつべこべ言う必要も無く、欠けて細かくさえならなければ事後処理の手間も省ける。予想以上に歯茎が元気でこれでもまだ簡単に抜けそうにない。これで再び元へ戻ってしまう可能性すら感じる。兎に角、夏休みシーズンに入るが時間が若干あるので治療の計画も立て易い。



参照:
世界平和へ改心を促す 2008-03-22 | 雑感
幾つもの山が当たる 2019-04-18 | 文化一般
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週明けの高温に備える

2019-06-24 | アウトドーア・環境
週明けから水曜日に掛けて高気温が予報されている。水曜日に摂氏40度が出されている地域が広がっている。最低気温も20度を超えるので夜中に窓を閉められなくなる。先ずは週明けに外出仕事を済ませて、水曜日にはじっと自宅待機、木曜日にはミュンヘンからの初日中継と準備したい。

兎に角、本日から朝早いうちに冷たい飲み物を用意してという日々が始まる。ここの所ふらふらしたり、心臓辺りが重かったのは慢性の水分不足でなかったかと思う。やはりビールを少々飲むだけではいけないのだ。そして冬ほどにお茶を煎れてという気にはならない。冷やすのがとても面倒であるが健康の為に、一リットル、二リットルと毎朝準備をしよう。

夜中に目が覚めたので朝の出が遅くなって、陽が燦燦と輝いていたが、森の中は、予想外に影が多く、涼しかった。それでもこちらの身体もついて行かないので、ひたすら完走だけを目指して峠を往復してきた。流石に汗ぐっしょりになった。週明けは早朝の涼しいうちに走ってその足でパン屋に行くしか方法は無い。とは言ってもそれほど早め早起きが出来るのではないので、パン屋が開いてから走るようになるのだろう。

帰って来てからニューヨークフィルハーモニーの放送を聞くと、バーンスタイン指揮コープランド作曲「コノテーションズ」初演の録音にサ―ノイズが大分聞こえた。1962年の録音なのでCBSのLPの録音とはまた異なるのだろうか。少なくともその後DGでのデジタル録音とは全く違う。それに続いてメーター指揮のコリアーノ作曲クラリネット協奏曲、ブーレーズ指揮のカーター作曲「三つの管弦楽団のための交響曲」などとても面白いプログラムが流れた。最後のはCBS録音もあり、その前のはニューワールドレコーズの音源もあるが、これら全て態々CD化されたものを探してというものではないアナログ録音なので、とても助かる。なによりも初演時と言うのが貴重である。そう言えばボストン交響楽団の放送でも小澤征爾指揮のニューワールドレコーズ録音に言及されていて、結構そこに重要な録音があるのではないかと気が付いた。

先週バーンスタイン指揮の第八交響曲一部のライヴが流れていたので目を離せなくなったが、こうしたアーカイヴもとても興味深い。土曜日には発注していたメータ指揮「春の祭典」のCDを流したが、とんでもない音が入っていた。演奏もこれが彼のニューヨークフィルのサウンドかと思うものを自由自在に操るメータ指揮で、イスラエルフィルでの指揮しか印象に残っていなくて、この復活祭で漸くその指揮を改めて見直す者からすると、やはり強烈な印象があった。如何にバーンスタイン指揮のニューヨークフィルと言うのが特殊なサウンドで鳴っていたかを確認した。メータの指揮は、これでもかというぐらいに吹いて重ねてくる楽器陣を発散且つ制御する。十八番だけにそのテムポ運びの配合は見事で、やはりこの指揮者はこれと言った曲をまた管弦楽団をとことん自家薬籠中のものとしてしまう芸がある人だと思った。面白おかしくとか批評されるのもそれがあまりに決まってしまうからである。

それにしても来年四半世紀ぶりにニューヨークフィルを聞くチャンスに恵まれそうで、興味津々である。こちらの興味はビッグファイヴとベルリナーフィルハーモニカーの比較という事なのだが、一昨年あたりから、シカゴ、クリーヴランド、フィラデルフィアと生で聞いてきて、更に来年シカゴ、ニューヨークと聞けば、放送を補うだけで完璧に批評可能となる。

実際にはベルリンのフィルハーモニカーは、ボストンとシカゴの交響楽団創立年度中間ぐらいでシカゴとはここ半世紀でも頂点を争ってきた。そして、最も老舗のニューヨークのそれに耳を向けるとやはり興味深い。少なくともメータ時代のニューヨークはマッチョなイメージが強く実際には弦の男女比などは分からないが、それほど羨ましいとは思わないのだが、ある意味ベルリンの高弦の鋼のような音色をどこに落ち着けるかという事ではやはりとても参考になるのではなかろうか?これでもかこれでもかと前へ出てくるところは若干共通性もある。一種の押しつけがましさだが、それをベルリンではダイシンの力で細やかな繊細な表現へと変えたが、管楽器などの問題を含めてまだまだ解決すべきことがまだある。やはり、バーンスタインにしてもブーレーズ、メータとも名白楽だったというのがここで証明されている。

昨晩は窓を閉めて就寝可能だったが、今晩からは開けっ放しで、昼間は締め切らないといけないだろう。精々涼しい風を今のうちに浴びておこう。



参照:
さて来年はどうなるか 2019-06-18 | 暦
身構えてしまう猛暑の前に 2015-08-06 | 生活
指揮芸術とはこれいかに 2019-01-08 | 音
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軽いトレイルランニング

2019-03-23 | アウトドーア・環境
発注していたトレイルランニングシューズが届いた。現用のものの紐が切れてから騙して使っていたが、締りが悪く、おかしな具合で駄目だった。新しい後継モデルを探すのに何日か掛かった。ライケル社を吸収したスイスのマムートがシューズを出すようになって初代からMTR201シリーズを使っていたが、その番号が消えていたので分かり難かった。似たその他のシリーズは私の使用目的には合わなかったから今回も慎重に見極めなければネットでは買えない。それでも繁華街に出かけて行って試すだけの根気も時間もない。そしてネットで探すのもとても億劫だった。

ネット情報を総合すると現用のMTR201IIMAXはSertig Advansed LOWとなって私がアルプスの雪の上で使う方へと特化して行っている。勿論現用のものも300g以上の重量で厚めの底であったので走るのはあまり楽ではなかった。しかしその傾向が強化されたということで、私も分化して使うことにした。中々マーケーティング上手だ。つまり先ずは200gへと軽量化された後継のSertig LOWを購入することにした。現在計画を入れていないアルプス行用はまた別に考えればいい。

そこで探すと男性向き2018年モデルが二色あった。グリーン系と赤系で、前者の方が人気がありそうで、安売りの後者のサイズ42を見つけた。送料込みで83ユーロである。軽量モデルであっても今まで購入した中で最も安い価格帯である。業者は最近馴染みのあるミュンヘン郊外の街所在で、顔が見えそうな業者なのでアマゾンペイで発注した。

日曜日に発注して火曜日にネットを見るとまだ何もしていないとある。理由は注文が重なって在庫が無くなっていると書いてある。あと数ユーロ余分に出せばアマゾンで総代理店から直接買えたことを知り後悔した。しかし水曜日には送ったと連絡が入った。実際届いてみるとその袋がクライミングシューズなどを発注しているアルゴイの馴染みの業者だ。どうも業務関係があるようだ。要するにバイエルンなんて狭い。馴染みの業者でも安売りで買えたならと思うが、案内が来ていても探していなかった。最新モデルにしては大体底値だと思うので構わないが、アルゴイではPCで宛先を入れると顧客名簿に気が付いたかも知れない。

届いてみるとなるほど底も薄目で軽い。足を入れてみると袋状になっていて、私の足のようなヴォリュームがあるときっちりと包まれる感じになる。足入れ感が若干地下足袋感覚であるが、一度使ってみないとその好悪など評価は出来ない。天気も良くなり先週末辺りからなアーモンドの花の並木になってきている。ばっちりとスピードを再び目指せるようになるだろうか?

SWRのサイトを見ていると古いインタヴュー記事が目についた。来年の「フィデリオ」でもマルツェリーナを歌うハンナミュラーが答えている。マンハイムの人で学校もマンハイムとあるが、年齢からすると見かけたことは無いと思う。ある程度スターになる人を輩出するのは大体十年に一度ぐらいではないのだろうか、まだその程度には至っていないが、その歌唱からするとブレークする可能性はあるだろう。また著名な女性と一緒にいるらしい。女性歌手の世界もズボン役などもあって明らかに同性愛者も多そうである。こんなことでも色々と情報を入れておくと街中でばったりとあった時などでも声をかけやすい。



参照:
待望のランニングシューズ 2017-03-22 | アウトドーア・環境
消えた踵のエラ張り 2014-01-31 | 雑感
新製品試着の歯痒い気持ち 2013-04-12 | アウトドーア・環境
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省エネ電気使用通信簿

2019-02-06 | アウトドーア・環境
昨年度の省エネ電気使用通知簿が来た。その結果から何を学ぶか?先ず結論からすると○である。前年度が1845kWh なのに対して1707kWhで押さえている。恐らくここに住むになるようになってから最も電気消費量が少ないに違いない。それも二十年前からすれば半分以下ぐらいか。これが何を意味するか。

なにが前年比で変化したかを見ると、消費が増えた方ではミニノートブックを常時駆動させ、同時にUSB-DACの駆動時間も伸びた。留守録する時などは点けっぱなしになることもある。だから増加は覚悟していたがこれだけ減少したのには驚いた。しかしそれも最後の四半期だけなので要素としては限定的だ。更に六月からはルーターが二機になったのでこれも増え、更に最後の四半期はNASストレージがほぼ常時稼働になった。その他の増加分は殆ど無いと思う。

一方減少したのは、掃除を手伝う人が病気になってからアイロンが飛躍的に減った。洗濯の回数もシーツなどのそれが減った分若干落ちたかもしれない。これだけで1000kW以上も減少させられるならばその使用量を今後監視しなければいけない。同時に掃除機の使用も減ったので、これらの電化製品の使用量が上に当たるのだろう。だから差引を考えれば、減少分が各々の機器の電気容量差で数十倍以上なので、それが年間使用量で三分の一減少したとすれば増加分は完全に呑み込んでしまったことになる。逆に増加分はそれ程大きくはないので、やはり減少を今後とも工夫していかないといけない。次に購入の洗濯機は省エネを進めるかもしかない。

全体として標準な数値に近づいてきているので、仕事場としてもまたオーディオ機器も付けっぱなしで使っていることからすれば大変優秀だ。あれだけの消費をしていた私が、連邦共和国の始末な社会で標準に近づいてきているのは驚異的だ。夜も必要な照明は灯されており、早寝をしている訳でも全くない。オーヴンも週に二回ぐらいは使っている。冷蔵庫も四半世紀ほど使っている。全く省エネ製品ではない。省エネ製品は二つのモニターとPC類ぐらいか。ああそうか、そのPCのHDDをSSD化したことで、増えたNASストレージの電力消費を大分相殺しているかもしれない。NASは、常時点灯していても、HDDのように頻繁に動かない。意外に環境に優しいかもしれない。

一月以上遅くなったが、あまり誰も内田光子の数えの古希のお祝いを呟かない、だからそのクリスマス前の新聞記事を紹介しておこう。自分も忙しく特別なファンでもないので中々目が通せなかった。ルクセムブルクのリサイタルなども券が余っていて気になっている。近ければ行くが、それも何か面白いプログラムなら出かけるが内田のシューベルトには遠過ぎる。レヴィットのリサイタルでも一時間を超えて出かける気はしない。前回はルジュェスキーとのジョイントだから出かけた。内田の協奏曲はシェーンベルクやモーツァルトも聴いた。

新聞はそのピアノは、人の耳を澄ませて今までに経験したことの無い聴体験に導くものだとしている。そして正確なリズムは、小さな減速やメトロノーム上の加速において、とても強い表現力とするもので、その明白さを評価する。こうした音楽家は、「内面的な音が貧しくなるほど大きな音を立てる」ということを知って、こうした静かな音を奏でる音楽となるとしている。

モーツァルトへの志向はフィリップス社が推したもので、同時にシューベルトは取り上げていたがとあり、同時にショパンとドビュッシが挙がっている。ヴィーンでのピアノの先生がシェーンベルクとヴェベルンの弟子であるリヒャルト・ホイザーと書いてある。どこかで名前を見たような気がするが思い出せない。個人的にはシューベルトはブレンデルがあったので関心を持たなかったが、モーツァルトは内田に匹敵する演奏はあまり思い浮かばない。ショパンのチャンスがある様だったら今頃内田の録音を買い込んでいたと想像する。



参照:
Nicht nur Schmeichelei, Ein Wienerin aus Japan, Clemens Haustein, FAZ vom 20.12.2018
フクシマ前消費の半分へ 2017-01-29 | アウトドーア・環境
尽きそうな節電の可能性 2018-02-08 | 生活
騙された心算で行こう 2018-09-19 | 音
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