Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

アルコール無しの特効薬

2020-08-06 | 雑感
お出かけの準備を着々進めている。エンジンオイルと足しておいた。ドルトムント行以来だ。200㏄以上入れた。出かける前に問題なくエンジンが動くかどうかだけだ。

やはり早めに出かけれるようにしておかないと安心ならない。宿にも15時までには入りたい。18時過ぎに車庫入れするとして、二時間ほどゆっくりできると良いだろうか。493㎞ほどで、ミュンヘンからは先日水に浸かったキムゼー沿いのアウトバーンでなくても北側から入れることも分かった。その時の交通状況に拠って判断したい。宿からガレージまで40分である。つまり9時には出発しなければいけない。

ピクニックの準備は朝には間に合わない。朝食の時間まではないがゆったりと出て行きたいからだ。飲み物は2リットル。ハーブティー1リットルは就寝前に作って冷蔵庫に入れておく。食事も不味くなるかもしれないが、幸い夜中は摂氏20度以下になるので、準備しておいても良い。朝食は肉屋で何かを買って車中で食する。

衣裳もお泊りセットも準備出来た。必要な宿の予約書も入場券もお出かけ用のマスクも鞄に入れた。イヤフォーンは充電済みだ。タブレットのナヴィもアップデートした。

年頭から歯の治療を始めたので初めて嗽液を購入させられた。最初はジョンソンのリステリンでアルコール濃度が高かったが、コロナ感染した。その後大分安い商品テスト評価の高いものをアルコール抜きを購入した。とても辛いがアルコールの方が後味は良い。効果が同じなら安い方でいい。私の特効薬である。

手元にあったバレンボイム指揮の「エレクトラ」を一通り確認して、エクサンプロヴァンスでのシェローの演出を少し観た。後者はサロネン指揮で最初を聴いてその音楽は確認できていた。最後の場面だけを確認する。流石にヒリツウルスの歌はそこまでやるかと声を絞り上げているが、一番感心したのはピエチョンカの歌で、やはりこの人は安定していると思った。

さて、CDの方は主役をポラスキーが歌っているのだが、何時もの通り声を張り上げて何を歌っているか分からない。生はミュンヘンで「影の無い女」の乳母役だったがそれは変わらない。妹役は明らかに弱く、ベルリンのアンサムブルの人なのだろう。母親のマイヤーはまるで朗読の時間の様に歌っていて音楽的には指揮者の責任もあるが、通常はその程度の歌しか歌っていなかったことが窺われる。一番の問題は指揮者の腕で、やはりベルリンでは成功していないと思ったが、改めて詳しく聴くと、ベルリンでは無理してアウフタクトに入る指揮をしていて、やはりドイツ音楽は難しいと思わせる。そう言えばコロナ休業期間中の放送でアイネクライネナハトムジークを振った時も同じような塩梅だった。嘗てシカゴなどでは耳に付かなかった如何にもドイツ風と言う感じが、そのポストに居直る姿勢と相似形をなしている。なるほど造反者が出るのも肯けるバレンボイムレジームだ。

結論、このCDは殆ど資料としても役に立たない。そもそも安売りで購入しているからそんなものかもしれないが、必要ないとなると邪魔になる。バレンボイム指揮のベルリンでの録音は粗製乱造が多くて多くが将来塵になるものばかりだろう。一刻も早く詰まらないポストから退いて嘗てのように自由に客演をしていい演奏をして貰いたいものである。

という事で、これと言ったものは浮かばないので、先日聴いたドレスデンでベームが振ったものを確認用に持って行こう。帰路はマルヴィッツの「コジファンテュッテ」でも聴こうかと思う。それにしてもヴェルサーメスト指揮「エレクトラ」は良かった。ヴィーナーフィルハーモニカーが二日目以降も真面目に演奏するかどうかは分からないが、一皮剥けたともされる指揮が良かった。主役がやや背後におかれる分グリゴーリアン前に出て来ていいとこ取りできるのが愉しみである。

会場では開演前に演奏が始まったらマスクをとっても構いませんが、しかしそれ以外は常時されることも願いたいとアナウンスが流れるようだ。それが拍手の時はするという事になっている。要するに客席を埋めるために協力しろという事らしい。



参照:
回復力吃驚とはならず 2020-01-16 | 雑感
二泊三日は必要ないか 2020-07-12 | 生活
コメント

四苦八苦している内実

2020-07-17 | 雑感
ザルツブルクからティケットが届いた。評判になっていたティケット入れどころか封筒にハンコを押していただけだった。余程事務局に余裕が無いのだろう。只でさえ返金から再配布へととんでもない仕事量だ。248,000席の処理だけでも大変だったと思う。そこに新たに80,000席の配布だ。

まさか封筒が無いわけではないと思うが、毎年一度発注するとしたら切れることもあるのかもしれない。発注する時間はあっても新たに発注する金も無いかもしれない。兎に角売って流動資金を確保しないと厳しいのだろう。勿論スポンサーは二度も払わない。

そこにコロナ陽性者が事務所で見つかった。パーソナルが確保できない。恐らくそうした背後事情がこうしたところにも表れているのだろう。

ザルツブルク音楽祭が無事開幕へと漕ぎつけるかどうかは分からない。DPAがザルツブルク音楽祭の歴史についても触れた記事を出している。そこでは戦後の時代を築き、メディアのメッカとしたヘルベルト・フォンカラヤンに対してモルティエが監督に就任して新時代を築いたとある。過去の事であり、自分自身はその中に居たのでそうした俯瞰的な視座は持ち得ていなかった。

実際にモルティア時代はお客さんもアニフの宿で嘗ての商業主義への批判が強かった。要するにそれではいけないとするカラヤン時代への反省が強かった。宿泊したホテルレストランはカラヤン夫人の愛好のレストランだったのでそこの旦那は流石にその話しには乗ってこなかった。

新時代になって沢山の歌手がそこでデビューしたが、通信社が書くようにアンナ・ネトレブコとアスミク・グリゴーリアンが今も続くとして二人だけ名前を挙げている。しかし二人ともメディアが操るような存在ではない。やはり時代が変わっている。

ザルツブルクのコロナ新感染指数が7になっている。フランクフルトの6よりも高いが、東京都の11よりは低い。新たな感染対策は官公庁建造物でのマスク着用とあったが、駅の警察官二人の陽性から百人が隔離された警官もマスク着用となったという事だ。それならば駅でうつった人はとなる。なにもしない限りザルツブルクの感染は広がって行く。これは確実である。

「エレクトラ」生中継放送日の公演の200ユーロの券が出ている。要するに戻り券などが出始めている可能性もある。不安は広がっていると思う。舞台稽古中に一人出たら終わりだと思っている。時間の問題で、どこまで引っ張れるかだろう。

相変わらずリンツ郊外は指数80で高止まりしているので、恐らくリンツをロックアウトしない限りオーストリアは陥落する可能性がある。最初に止めてティロルの感染を喰い止めたのは見事だったが、愈々ポピュリズム政権の馬脚を現わしてきたと思う。

口だけ偉そうなことを言ってあたかも何かをやっているように見せるのが特徴で、そうした演出ばかりやっている者は本質的に大切なところがなっていないのは何事も同じである。



参照:
合唱するための必要条件 2020-07-15 | 文化一般
壊滅に向かうか墺音楽界 2020-07-14 | 文化一般
コメント

最後までの憎まれもの

2020-07-10 | 雑感
ザルツブルク音楽祭で感染者が出た。月曜日に喉の調子が悪かった事務所の女性がテストを受けた。陽性者が二人見付かり、同僚の十人ほどとあるのでメンヒスベルクの事務所内ではなかろうか。小ホールの楽屋入り口もトスカニーニプラッツで皆同じだ。勿論彼女だけが感染していたならば問題はないが、十万人程の人口の市街地でこの二週間で19人も出ていて、指数は11を超えている。因みにフランクフルトが3で、ベルリンが7なので可成り高い。

そこで追跡調査としてメモのあった全ての人を洗ったという。本人と接触2m以下15分以上の濃密、更に2m以上15分未満と二種類の人物を十人ほど検査した。二名だけが陽性で、その他は再検査となるようだが、ドイツから夏の間だけ働きに来ている女性がどこでうつったかは分からない。陽性者数からすれば街中で感染した可能性もある。

これだけの条件で舞台の上や裏で感染が広がらないなんて言うことは珍しい。先週の百周年記念放送がオンデマンドになっていて取締役ヒンターホイザーが語っているのを聞くと、少々感染者が出てきてもやる覚悟でいる。問題は隔離をしているうちにパーソナルに不都合が出来てくることではないかと思う。

なによりもおかしいと思ったのは、感染者、接触者の調査対象範囲を広めての「2m以上」は、まさしく客席にも舞台上にも当てはまらない程の非濃密接触である。接触が長く同じ場所でというのがオペラや演奏会であって、一体演奏家や聴衆を何と思っているのだと言いたくなる。これで足の遠のく人が増えるだろう。

ザルツブルク音楽祭に出かけるにしても、いつどれに行こうかと考えている。そもそも再開後もあまり売れていないという話しをベルリナーフィルハーモニカーのツェッチマン支配人が英語のインタヴューに答えて語っている。券の販売からの収入が全予算の六割となっていて、席の支配は五六割が定期会員だとしている。

ドイツの他の管弦楽団の定期会員は今回二三割減少したのに比較して、大ホールで僅か3.8%の減少に留まり、室内楽ホールで解約無しとなったとされる。それゆえに、オープニングの収容人員四分の一までの制限で、また舞台上では年末までは最大60人編成でのプログラムしかできないことで、その反応を見たいとしている。よって、八月冒頭に発表されるプランBに於いてはプログラムを其の侭に一部マーラーとか合唱曲などの大編成の楽曲が不可能となって、休憩時間無しに行われるということだ。

また、「先日のドルトムントにおいても一人陽性者が出ると多くの人が隔離されなければいけないなどと話されていた」など、一部にはお構いなしに出かけるという人がいる一方、安全になるまで待とうという慎重な人が常連さんにも少なくないというのである。

これは実際にヴィースバーデンとドルトムントへと出かけて、またフランクフルトでの売れ方などを見ていて、既に確認している。反対にミュンヘンなどでは一気に売れたことなど、需要と供給の関係が興味深い。前記ザルツブルクでの第一次第二次の残券状況はその事情を示している。

「ゲルンュペル」2017年産の二本目を開けた ― 一本目はコルクで判断がつかなかった。十年先を愉しみたいリースリングであるが、酸がもう一つ弱く魅力的ではないのであまり期待できない。開けるワインが無いからであるが、やはりまだ果実風味が強く、飲み頃からは遠かった。若過ぎる。しかし、酸がやはりもう一つ愉しめない。全く欠点は無いのだが、繊細さにも欠けて面白くない。その味を反映して色も濃い。これは何十年経っても最後まで変わらない。

お隣さんが亡くなった。百歳を過ぎていた。最後まで一人で生活していた。十数年前にはまだ自転車を走らせていた。最後に挨拶したのはコロナ開放後の五月だと思う。近くには寄れなかったので元気はなかったが、会釈する程度だった。その前はコロナ前で、いつものように何かを苦情していたと思う。そして車を運転していた。同じ屋根の下に住んでいるのではないので、いつ病院に運ばれたかも知らない。少なくとも死後腐るまで見付からなかったのではなくてよかった。憎まれ者世に憚るの爺さんだったが、最後まで老人ホームに行くのを拒んでいたのは大したものだ。昨年までは市役所に行って苦情していた筈だ。あそこまで憎まれ者でなく、とてもあそこまでの覇気は自分自身には無いと思う。故人は帰来の憎まれ者だった。三十年程前に一度は他のお隣さんに殴られていた筈だ。勿論殴った方は裁判で散々虐められたと思う。



参照:
百周年ザルツブルク祭計画 2020-07-09 | 雑感
脱ガイストシュピール 2020-05-25 | 文化一般

コメント

百周年ザルツブルク祭計画

2020-07-09 | 雑感
ザルツブルクに出かける計画をしている。音楽祭にモルティェ時代以降初めて出かけることになる。手頃な券が入るかどうかは分からないが、準備しておかないと券が買えない。嘗てなら日帰りで二三回行けたが、流石にその元気も意欲も無い。つまり宿泊が大切だ。ざっと調べると特に市内はキャンセルで大分安く出ている。世界中からツーリストが来ないので当然であろう。勿論条件が良ければ泊まったことが無い市内に泊まっても良い。街中も静かだろう。

しかし郊外も矢張り安いオファーが結構ある。嘗てネットで調べた事とが無いので比較はできないのだが、価格からすれば決して高価では無く、ドルトムント周辺よりも安いぐらいだ。つまりドイツを中心とした近郊からのツーリストも少ないという事だろう。これが音楽祭のティケットがまだ買えそうな雰囲気をよく反映している。

先日の音楽祭百年周年記念番組で、指揮者のヴェルサーメストが語っていた。メスト家のお爺さんの別荘があってザルツブルクではそこで過ごしていて、終演後車で三十分ほどで帰宅、湖畔の自然の中で朝を過ごして、再び街へ戻ると話していた。そうした定宿のある人は毎年同じようにそこで過ごすのだろうが、それ以外のツーリストが少ないだけでも静かだろうと思う。

バイロイトとは違って幾らかは涼しい土地なのでその点はそれほど構える必要は要らない。但し道中が長くなるので、ヴァカンス客を避けて走ることが重要である。その点では土曜日往や日曜日復を避けたい。それでも今夏はイタリア方面への交通量はぐっと少ないので、平素渋滞するところがましになるであろう。入場券は多少高くなっても宿泊代を落とせると特になるかもしれない。距離とか出し物を考えれば二泊三日だろうか。

ギューターローのロックアウトが行政裁判所で違法となった。既に指数が三十台になっていたからで、五十の基準よりも下がっていて、基本て権利に反するというものだった。今やデュッセルドルフが次を窺っている。

マスク義務を止めたオーストリアが再び州によって義務化へと戻した。ケルンテン州などは夜間のマスク義務が出来たようだ。またバルカン半島の感染拡大から国境を絞るようになっている。現在のところは上オーストリア州とヴィーンでの新感染があるらしいが、今後の動きが注目される。薄氷の上を行くようなツーリズム興業がこれで止まるようなことがあれば壊滅的な結果を招くのではなかろうか。



参照:
薄氷の上での千羽鶴 2020-06-11 | 文化一般
武漢で病人が出た遠征 2020-07-06 | 文化一般
コメント

ドッペルレーゲンボーゲン

2020-07-03 | 雑感
ルツェルンから二日続けて封書が入っていた。招待状か何かと思ったら最初のは寄付のお礼だった。そこには一部とか書いてなかったので、これは全額取られたかなと思って様子を見ようと思ったら、翌日に返金のお知らせが入っていた。金子にきっちりしていることは良いことだ。そこはバーデンバーデンもまだまだ見習うべきところがある。

東京だけでなく世界の各地でのクラスター騒ぎが絶えない。第二波に近いのは合衆国の南部や西部なのかもしれない。ドイツでも屠殺場からクラスターはロックアウトへと至った。そしては先日訪れたドルトムントも良くないが日本の植民地デュッセルドルフも指数20を超えたので下手をすれば50を超えてロックアウトも考えられなくはない。間違いなくそれだけの理由がある筈だ。日本食のお店か何が原因かは分からないが、衛生状態が良くないのだろう。

7月1日付けでEUは14カ国に国境を開いた。そこに日本も含まれていた。基準はEU平均の指数14を上回わらない国で、相互に国境を開く国のみとある。二週間ごとにリストが更新されるので、落ちるところも出てくるかもしれない。

ヴィースバーデンからのシェーンベルク編曲「大地の歌」の生中継を聴いた。フォークトがどのように歌うかと思っていたら意外に悪くはなかった。月曜日のカウフマンが頭声を使うぐらいならフォークトの声の方が男性的に強く響くので違和感が無いと思った。もう一人のフォレの歌に興味があったのだが、やはり巧いなと思った。キャラクターとしてはそれほど親しみが無いが、確かに技術程度も高く、マーラーも上手に歌いこなしていた。興味深かったのはシェーンベルクの編曲で、日曜日のハムブルクからの生中継は聴き逃したが、これはとても価値があると思った。よくもあそこまで上手に鳴らせるなと感心する編曲だ。なるほど座付管弦楽団で技術的にも限度もあるが、ハムブルクの地方交響楽団比較して方向は異なってもそれほど悪くはないと思った。

ミュンヘンの劇場も早めに夏休みに入って九月に早く新シーズンとなる。ベルリナーフィルハーモニカーも早く夏休みに入って、予定通りのオープニングである。その分こちらはクルツアルバイト申請されていて、労働保険上の救済処置が取られている。当然ベルリナーフィルハーモニーの組織が負債過多にならないようにの手段である。解雇失業ならば失業保険が受けられるが、その手前の処置としてもよいだろうか。



参照:
マスク着用のあれこれ 2020-06-27 | 雑感
藤四郎の国立劇場 2020-05-31 | 文化一般

コメント

紫の華には猛毒が

2020-06-29 | 雑感
夜中に目が覚めた。それほど水分を摂った訳では無かったが、ヴァイツェンビーアも利尿効果に寄与したかもしれない。三時前だったのでその後は眠りが浅くなった。中々起きれなかった。最近は早起きしないでいい時は中々起きられなくなった。土曜日の放送が終ってから眠くなって、堪えられないようになった。夏の朝起きは早いのだが、夜起きていられなくなる時も多い。

朝起きして喉に若干の痛みがあったり、耳朶が瘡蓋状になったりと、やはり何かおかしい。夏風邪でもない。その傾向は二月から一貫していて、洟ぐずぐずなどは一度も無く、花粉症気味の時にくしゃみが出ていたぐらいだ。特に皮膚が乾くという事はないのだが、喉の感じも乾くという印象でもないのが特徴だ。

1973年7月「ばらの騎士」の中継録音放送全曲を聴いた。発売されている製品は7月13日となっているが、BRでは一切言及がない。当然編集はされている。既にネットにあった当該のSACD版を聴いていたのでその差は音響的な差だけかもしれない。比較していないので分からないがラディオ放送としてはそれほど悪くはなかった。しかし、オリジナルの磁気テープをデジタル化して読み込んでという再生ではないと思う。販売されているSACDを使ったと思われるが一度確認してみなければいけない。兎に角、放送で流れた演奏はそれなりに大劇場の音響と雰囲気を伝えていた。

演奏はやはりよかった。歌手陣は特に主役の伯爵夫人が1972年初日シリーズのギネス・ジョンソンでは無かったりと、今でもあるバイロイトやザルツブルクの音楽祭出演の都合でキャスティングが変わる。そのこともあって、同じ制作の再演が1979年に映像制作化されている。1972年のオリジナルキャストでの録音等は無いようで、1973年のオパーフェストのこの録音が記録として残ることになった。

なにが良いかというと、やはりカルロス・クライバーの指揮で、管弦楽も素晴らしい。再演の方は確認していないが、これだけ準備しての演奏は難しかったのではないかと思う。この演奏の即興的に思えるような演奏もその楽団の反応もみっちりと準備していないとついてこれないものだ。同時に本当に細やかなシュトラウス演奏の伝統が満ち溢れている。ある面、ここ数年間キリル・ペトレンコが同じ制作を再演していた時の演奏と多くの共通点さえ見つかるのである。これに比較される指揮はクライバーのそれでもあまりないように思う。確かにこの演奏を聴くと天才的な演奏行為で、フォンカラヤンの後任と目されていたのも良く分かる。

同じ座付管弦楽団での演奏会も経験したのだがここまでのヴィッドな反応は出来ていなかった。スカラ座の楽団でのオペラもこうしたしっかりした枠組みから食み出すようなその生命感と同時にスタイルの正統性というものまでは感じられなかった。やはりこの若い時期の指揮は特別に良かったのではなかろうか。

先週ザウワーランドの森で写した花はローターフィンガーフートと呼ばれる花らしい。どこでもありそうなのであまり気にならなかったが、毒性のある花らしい。食には適さない。致死性があるので触るのも良くないのだろう。なるほど紫でも珍しい色合いで、中の彩もけばけばしい。

バイロイトの管理局の新理事になったフォンヴァルテムフェルツ氏へのインタヴューが興味深かった。その任務の内容は、辞める取締役の後任人事と劇場の大改修の管理という。またそれに関連してカタリーナ・ヴァークナーの健康状態について、一時は生命の危険があって人工心臓によって持ち直したという事だった。そして個人的に話したという。そして生命力も回復していい方に向かっていると答えた。要するに心不全で危篤であったという事らしい。話した内容も何もないので、ICUで意識はあって反応は出来るという状態という事だろう。補助的な人工心臓かまたは心臓移植が出来るような病状かは分からないが、到底通常の職務には戻れないと考えるべき状況だろうか。

そこでインタヴューアーは、今後ヴァークナー家がいなくなるバイロイト祝祭劇場というのは考えられるかという質問をして、それに対してはヴァークナー家の誰かがいればそれ以上のことはないが、さもなくば第三者でと話した。また元祖音楽監督クルスティアン・ティーレマンの任期が切れるがの質問には、彼以上の経験がある指揮者が殆どいないのは間違いないが、それを決断するのは監督のヴァークナーであって、何よりも回復を待つしかないと再三に亘って繰り返されたことを再び補足した。要するに時期が来れば、今後の人事へと大きく舵取りがなされる。



参照:
フランクフルトへと 2020-06-28 | マスメディア批評
スイスイと滑るように 2020-06-19 | 雑感

コメント

マスク着用のあれこれ

2020-06-27 | 雑感
ベルリンの状況が悪くなってきている。この一週間で十万人中14人新感染とドルトムントを越えてデュセルドルフの19.1に近づいてきている。ロックダウンの基準は50であるが、押さえておかないと危ない。人口規模の似ているラインラントプファルツ州といい勝負をしてきたが、ここに来て状況は大きく変わって来た。人口構成も異なり若い人も多く断然人口密度も高い。しかしなぜ今までいい勝負をしてきたかはただ単にアルプスのスキー場から遠かっただけなのである。

そして緑の党の尽力で独連邦共和国中唯一買い物のマスク着用が免除された。これは成果だと思ったが、この夏の暑い時期になって肝心の公共交通機関でも九割から七割へと着用率が落ちて、街中では無着用の若者への「盆暗」という叱責がそこら中で聞かれるようだ。マスクにはそれほどの効果はないが、多くの人が車よりも公共交通機関を利用する大都市に於いてのマスク着用率の低下は何でもない弛みでしかない。なるほど写真などを見ると、ここワイン街道などの郊外部では路上でマスクなどをしている人はいないが、市街地となるとそれを着けて移動という事になるのでどうしても路上でマスクをしている。暑い時にはやっていられない。そこが最も異なる。

最初にマスクを徹底したのはヴィーン政府だった。その時は非科学的と思ったのだが、しかし最も早く解除になったのもヴィーンで、この手の規制は早く行って早く止めるのが賢い。そして市民も早く習って慣れる。やはりベルリンの拘りは間違いだったのだろう。市民の心掛けが最も重要なのだ。

その正反対にあるのがバイエルン州である。マスクはワクチンか効果的な治療法が開発されない限り義務化は引っ込めないと豪語する。そのミュンヘンのオペラの演奏会の入券に並んだ。その大劇場の収容人数を100人に限定してある。月曜日のコンサートである。流石に人気テノール出場でキリル・ペトレンコ監督としての最後の指揮として予想以上に多くの人が並んだ。

予想としてはそれほど多くは無いが三四百番で冷やかしが抜けることで席が取れる可能性があれると考えていた。寧ろ席についてものマスク着用という事で、また遠くはるばるという事で手に入らないで欲しいと思っていた。しかし自動的に与えられた待ち番号が790番、そして数の減り方が遅かった。これは駄目だと思っていたら、十数分ほどの760番ぐらいで、先ずは残券僅かになって、750番ほどで売り切れになった。つまり並んでいた人に殆ど冷やかしがいなかったことになる。やはり人気が高く、ミュンヘンの地盤の大きさを感じた。

出し物は異なってもヴィースバーデンでの発売やフランクフルトを見ていると中々売り切れない。それどころか充分に入ら無いような催し物も少なくない。やはりペトレンコへの支持がとても分厚いという事だろう。説明書きを見ると、特別な指示が無い限りマスクを着用となっているので、実際には演奏会中は外してとヴィースバーデンのようにアナウンスがあるのかもしれない。生中継のカメラが回る時にだけマスクをしていればバイエルン州知事ぐらいは騙せるだろう。兎に角、熱心な聴衆が少なくとも百名ほどは会場に配置されるのでとてもいい演奏会になると期待している。

ルツェルンのミニ音楽祭の予定が出た。なんと初日は二日続けて地元在住のブロムシュテット翁が指揮をする。祝祭管弦楽団への93歳の指揮デビューである。そして、35人ほどの小編成の管弦楽団に伴奏されるのは前夜もハムブルクからの生中継でショパンを弾いていた79歳のマルタ・アルゲリッチである。そして初日、二日目とベートーヴェンプロが中継される。何たることだろう。そしてその他、バルトリの管弦楽伴奏のコンサート、ただ一人スイス国外から登場のイゴール・レヴィットが昨年に続きベートーヴェンチクルスをやり終える。計9回のコンサートである。

三日目のコンサートに寄付者として招待された。今後期待するのは入場者では無くて舞台上での編成の大きさと九月以降のその進展という事になるのだろうか。なぜ催し物期間を短く終えるかというのは、今後の可能性へと開いておいたという事かも知れない。会見での質問に答えて、刻々と状況が変わるが、長期的な見通しで計画しているとある。そこに期待したい。



参照:
400人規模演奏会の準備 2020-05-28 | 生活
ザルツブルクの突破口婆 2020-05-26 | 女
コメント

すわ、コロナ吐血か

2020-06-23 | 雑感
ドルトムントに出かける前に出血した。軽く胸が悪くなったと思って歯磨きしようかと思い泊と鮮血が出た。愈々肺炎かと思ったが、吐血というほどの量ではなく結核の様でも無い。浅い感じだったので喉の奥ぐらいか?思い当たることはないが、コロナで喉の奥がやられている感じは無いことはない。それほど酷い咳をした覚えもない、また胸に来ている感じもそれほどでは無かった。但し三月初めに気持ち悪くなった時と若干似ていて、あの時は間違いなく気管支辺りで出血していたと思う。間違いなくコロナの症状だった。喉の少々の傷だと思ったので無理して吐き出してしまう心算も量も無かったが、流石に本格的な吐血となれば医者に行く。ある意味原因は分かっているのでそれほど悪い病気ではないだろう。

先日バイエルン州の座席でのマスクに対しての懐疑が書かれていた。要するに知事の勝手な解釈でマスクに拘っているだけに過ぎないという事で、当然ながら折角友人でも催し物をやっても聴衆の集中力も下がり平常化へと繋がらない。そこまで言うなら記者会見でも何時でもマスクをしていなさいと言わざるを得なくなる。実際そこまでしていないに違いない。一体どういう気だ、余程恨みでもあるのだろうかと思うほどである。

ドルトムントでは二回目のコンサートの時の後ろの列の爺さんが婆さんと並んで咳をしていた。なにも口に当てていない音だった。ああいうのはとんでもない。そもそも人口密度の多いルール地方は市街地の歩行者天国でもとても密だ。あれでは中々撲滅は出来ないと思った。地方によって差がある。矢張り州によっても差があり、あれ程酷い死者を出した地区があっても四百人も早速入れるところは考え方が大分違う。

コロナ以降初めてのレストランも入り口にレセプションが設けてあって、まるでフランスのレストランのような感じだった。動線はハッキリしてあったが、帰りに入り口から出して貰っていた老夫婦が居た。マスクは椅子に座るまではバイエルンでもそれ以外には方法が無いが、ここでも一体ゾーダーはなにを考えているのかと思わせる。小さなレストランよりも空調の効いている大ホールの方が間隔が取れている限り安全だろう。

結局15ユーロで肉のカルパッチョを取った。サラダからも水が出て若干じゃぶじゃぶになっていた。パンも小さな切れ端でお代りする程の事も無かった。量感としてはビールをヴァイツェン二杯とピルツ一杯で2.5l近く飲めば腹が膨れた。結局30ユーロ支払った。宿泊所へはタブレット任せだったが、往路も迂回路で山を越えなければいけなかったので違う方向からの帰宅だった。

カトリックの研修所にもビールも自販機で売っていたが流石にそれ以上は必要なかった。やはりマスクをして入場を待っている様なことをしているととても喉が渇く。スイスのようにデモにもマスクを義務付けないとかのように、夏は外すべきだろう。少なくともマスク義務がある限り、商店やレストラン等は人が入らない。劇場や音楽会の場合は座るまでならばそれほど問題はないのだが、入場の整理が素早く出来ていることが前提だろうと思う。要するに早く来た人は早く座ってマスクを外せる様な状況でないと駄目である。 

出かける朝にバルコンに黒い鳥が飛び込んできた。怪我をしていたようで飛び出そうとして糞をばら撒いていたが越えられずに態勢を何度か直しながら壁た鉢に寄りかかるようにしてじっとしていた。鉢に水を差したりして帰って来てからのことにした。帰宅してみると死骸はなかった。恐らく回復したのだろう。宿泊所のテラスで鳥の囀りを聞きながらその鳥の事を思い出していた。糞だけは早速清掃しなければいけなかった。



参照:
大司教区からのお達し 2020-06-21 | 生活
400人規模演奏会の準備 2020-05-28 | 生活
コメント

スイスイと滑るように

2020-06-19 | 雑感
ピクニックの準備である。先ず気温はそれほど高くないので、アイスボックスを持ち込めば24時間ぐらいはひんやりしている。土曜日の朝はパンは確保する時間が無いので、精々ソーセージぐらいを取りに行くぐらいか。朝食もゆっくり摂る時間は無く、やはりそうなると握り飯だろうか。二号を炊いて、そこにゆで卵とチェリートマトにはつか大根ぐらいか。果物は葡萄を購入しておいた。

いつものように駐車場を調べる。街中なので幾つかの候補があるが音楽会割引が効くのは三カ所だ。一番安いところで、二回分の音楽会とその後の食事の三時間以内を凌げれば最も安上がりだ。試してみる甲斐はある。食事予約が21時30分からで23時にガレージが閉まるので間に合うことは間に合う。

また新たな座席券を見ているとグループ別けが無い。グループごとに入場を容易にするという事だが、恐らく室内楽で元々中会場ベースで販売していたのだろう。記憶はないがそうなると四百人も入れないで、二百人ぐらいに削減してあるかもしれない。要するに上は全て閉めておける。経済的にもパーソナルも削減出来て、音響的にも苦情が出にくい。行ってみないと分からない。

今週になってから話題になっていたキャンセルとなったバイロイト祝祭のオープニングコンサート開催が正式に否定された。同地フランケンの他紙が水曜日の議論という事で質問すると代行代表がコンサートは開かれないと否定した様だ。夏の間に地元の人や観光客への小さなイヴェントは考えているようだが、それも後日発表という事で、どうもそもそも水曜日の議論なども無かったかのようだ。

要するに今回の情報も秋に契約の切れるクリスティアン・ティーレマン元祖音楽監督が流したフェークニュースであるという事が知れた。カタリーナ・ヴァークナーが倒れてから二度目のフェークニュースで、その前の一月までも契約延長の話し合いがもたれておらず、なんら発展的な関係は既に切れていた事がカタリーナの言葉から知られていた。

四月におけるティーレマンのインタヴューでの虚言「カタリーナ・ヴァークナーは幸福だと語っている、重篤などとはばかばかしい」の真意が分かるようになってきた。まさしくカタリーナが重病になって幸せに感じていたのは、話し手本人だったのだろう。ついつい本心が出てしまうのだろう。

満タンにした。朝一番で峠攻めで走って、下りてくるとライヴァルの婆さんにあった。火曜日の最低価格からは14セントほど高い。55リットル入れたので差額は7,70ユーロとなる。仕方がない、早めに準備を済まして、お勉強に集中できる。シャワーを浴びてから燃料を入れに出かける前にエンジンオイルを点検した。最低線の所にあったが、残りを全て入れておいた。久しぶりに少な過ぎない入れ方になった。燃費は少し良くなるかどうか。

道中のお勉強にする演奏録音が決まらない。弦楽四重奏団の演奏はどうしても技術的なことに耳を奪われるので、内容を吟味するとなると様々聞いてみないと分かり難い。比較して聴いてみないといけない。

作品18-2ト長調の録音を探した。聴いてみたいのにはジュリアードとかがあったが楽章ごとしかなく携帯には向かない。そこで思い出したのはCDのアルテミスの演奏で入っていた筈だとプレーヤーの横を見た。二枚組に入っていた。じっくり点検するとやはりいい。ベルク四重奏とは弟弟子になるのだが、ラサール四重奏を継いだのはこちらである。女性の交代で受け持つ第一ヴァイオリンも上手い。アンサムブルも流石だが、若干拍が軽く滑り過ぎる。もう少し出来ているとよかったのだが、ダイナミックスなども手元のものと異なって最新校訂版が効いているのだろう。総体的に中々いい出来だと思う。エマーソンとかその他がどのような演奏をしているかも聴いてみないと分からないが、全盛期のこの四重奏団は実力に反してあまりにも人気が無さ過ぎたと思う。一度は生でデュテュユー氏とツェンダ―氏の二人の後ろで彼ら両故人の作品を聴いたことがあるのだが、他の作品の当時の録音も聴いてみる価値がありそうだ。



参照:
重篤のバイロイト音楽祭 2020-05-27 | 女
厚かましいネット配信屋 2020-06-17 | 文化一般
コメント

怖くないコロナ第二波

2020-06-12 | 雑感
さて愈々夏以降の事を考える。摂氏30度近くが予想されていたが陽が出ずに朝から寒いぐらいだった。金曜日に暑くなって、次は一週間あとだ。北ドイツの方が天気は安定しそうだ。夏服で寒いという事はないだろう。もう一つのコンサートの席も決まった。残念ながらいい席では無かったが、続いて二つ目のコンサートでいい席に移るので満足度はその方が高い。安い料金しか払っていないのだからあまり文句は言えない。

スェーデンからの放送を観てそのソーシャルディスタンシングには呆れたが、確かに状況が悪く、合衆国よりも増え方が多い。もうあそこまで放ったらしてしまうと制御できないのだろう。幾ら何をやっても収束に向かわない。初めから集団免疫は効かないと分かっていたのに、国民はフェークニュースに騙されたのだろうか。取り返しがつかない。

合衆国もまだまだ収束には遠そうだ。ニューヨークのフィルハーモニックが年内の公演をメトロポリタン歌劇場に続いて断念した。客席数の制限とか手間を考えると収益性が全く見込まれないのだろう。ベルリナーフィルハーモニカーが11月にお披露目ツアーをする予定だが、これでカーネギーホール公演は難しくなったと思う。その前にシカゴ、ここがキャンセルになればツアーも中止であろう。海外からの管弦楽団を迎えて少数の入場では採算が合わない。

一刻も早くツアーが中止になれば、11月のバーデンバーデンでの公演が拡大される可能性もある。重要なのはその時点でどのような編成でどのような公演が可能かだ。復活祭にやれなかったことは沢山あり、「フィデリオ」の公演も練習は完了していた。歌手さえ揃えば公演の可能性はある。マーラーの六番も期待したい。

ザルツブルクに続いてルツェルン音楽祭が秋に何を補うかである。現状から九月には大分解放される可能性があって、少なくともオープニングツアーのザルツブルクの二夜は同じように計画通りの日程で再開催が可能だ。入場券が三分の一と成ると数百枚しか出ないので、ロッシュなどの大手のスポンサーに渡るととても入手は難しくなる。

個人的な興味からは、ブラームスの交響曲四番を二種類のプログラムで聴きたい。室内管弦楽の浄夜と演奏されるものと当初通りヴェーベルンの「パッサカリア」と演奏されるプログラムの二種類を聴き比べてみたい。元来のプログラムはベルリンでもザルツブルクでも演奏されないが二月後にアルテオパーで演奏されるかどうか。収容人数よりも舞台に乗れるかどうか?必要条件としてその間に感染状況がよくなっているかどうかである。するとバーデンバーデンでの公演も可能性が広がる。

月末29日にはミュンヘンでシェーンベルクの室内交響曲一番とマーラーの歌曲編曲、シュトラウスの町人貴族に、ストラヴィンスキー「プルチネッラ」がペトレンコ監督の指揮で演奏される。僅か五十席の椅子取りゲームとなる。シーズン終了演奏会となっているが、ガラコンサートが七月にあるのではないかと此方もルツェルンのような特別企画になるのではないかと思っている。

歌劇場が張り出し舞台などを上手く使って、オペラ歌手を集めてオペラガラをするのは最も容易だと思うが、なぜまだ実現化していないのだろうか?観客席の問題があるが、パブリックヴューイングを入れてスポンサーさえつけばそれほど問題はないと思う。兎に角いい歌手を集められる。

コロナの第二波が心配されているようだが、変異してその感染力が強まらない限り、社会的な秩序でどうにでもなると考える。市民が皆身体に覚えたことなので、繰り返すことは何時でも可能だ。微調整が出来るようになっている。

2015年産テュルムベルクを開けた。酸は表に出ない年度だが香味が良かった。完熟だが、南ティロルのワインのように核があって重みではないレモンのようなトロピカルの苦さがシュナップスの様に効く。陽射しが強くて暑い夏だったが傷みが無かったという事だろう。リースリングらしくはないのだがアルコールとしては素晴らしい。風味は培養酵母の影響もあるだろうが素晴らしかった。



参照:
年末年始のリストアップ 2019-12-18 | 暦
手袋つけての館内移動 2020-06-10 | 文化一般
コメント

大胆不敵なヴィーナー

2020-06-08 | 雑感
昨年末に亡くなった指揮者ヤンソンス氏を偲ぶ番組を聞いていた。どうも当日ベルリンで指揮する予定だったようで、逝去後に偲ぶ演奏会になって、それもコロナでキャンセルされたという三重災いの為に古い録音やインタヴューを一挙に紹介した番組作りで四時間に及んだ。

最後の方は聞かなかったのだが、興味を引いたのはカラヤン指揮者コンクールファイナルで初めてフィルハーモニカーを振った録音である。その1971年にチュムーラという人に続いて二位になったようで、まさにその録音の「ダフニスとクロエ組曲」で緊張して思うように振れなかったと生前回顧して語っていたようだ。

もう一つ当時東独の独最古の放送交響楽団つまり現在ユロスキーが振っている楽団を振ったエグモント序曲も流れた。基本的には晩年まで変わらない。三曲目にショスタコーヴィッチの九番が手元にある全集からオスロでの録音として流れた。

先日言及したようにこの指揮者の音楽はとてもプロレタリア独裁の理想のように響くが、ショスタコーヴィッチとの繋がりのインタヴューも興味深かった。親父さんの指揮者の家にも来ていたようで見かけても子供だったので話したことはないと話していた。そもそも作曲家が社交的な人物でないからとも評していた。ユロスキーの父親をも訪ねていたというが、こちらの方がやはり作曲家に近い感じがする。

カラヤン財団が始めたコンクールで日本では1973年には小泉がシナイスキーと別けて優勝したので有名だが、既に三回目にはフィルハーモニカーは下りていて、WDRがお付き合いしたと書いてある。小泉も一度ぐらいはフィルハーモニカーを振ったのが放送されたと思うが、二位のスダーンは今でもちょこちょこと名前を聞く。

このようにあまり成功しなかったのは死後のカラヤン賞と同じ感じである。丁度その数年後インタヴューで、カラヤン自身の後任に名前を挙げていた筆頭はズビン・メータだった。やはり玄人筋の評価は最初から高かったのだろう。小澤と既にテンシュテットが挙がっていた。既に後進の養成に関しては指揮者コンクールからアカデミーの方へと話題が移っていた。ザビーネマイヤー事件も暫くして起こる。

ヴィーナーフィルハーモニカーの中継録画を観た。やはりとんでもない試みだった。何よりも距離感が取れていない。弦楽陣は通常と殆ど変わらず、管楽器陣は少し開けているだけで、両陣から感染が出ると思われる。勿論本番中に感染するとは言わないが、あんなことをしてリハーサルや演奏旅行などを繰り返していれば、直前に全員のPCR検査をしてその後隔離してもから感染リスクを抑えることはできない。

そもそもヴィーンの新感染状況は決して良くない。ミュンヘンよりは少し良くてベルリンよりは死亡者率も何もかも悪い。そこまで無理した割には演奏も都合が悪く、放送でも特に管楽器がハモラない。ORFの録音陣はマイクを立てて残響を活かそうとしていたが、嘗てDGがベーム指揮でやっていたような具合には行かない。楽団配置や演奏、収録などとても中途半端なことになっていた。

そして大きなリスクを背負った。ザルツブルクへの準備や来年のノイヤースコンツェルト準備の収録等をしているうちにヴィーナーフィルハーモニカークラスター騒動が起こる確率は決して低くはない。そこを乗り越えてもザルツブルクで発生する可能性も強い。そうなると秋からのシーズンは吹っ飛んでしまう。会場では現国立歌劇場支配人が拍手をしていたが、メトロポリタンと同じように年内休業にする諦めがあるのだろうか?



参照:
ザルツブルクの突破口婆 2020-05-26 | 女
ムジカヴィーヴァの経験 2020-06-04 | マスメディア批評
コメント

シューベルトでの歌唱力

2020-05-18 | 雑感
ヴィースバーデンでの公立劇場再開公演の券が売れない。数えてみると212席中146席しか売れていない。月曜日の当日券で出ても30席ぐらいだろう。ざっと計算して券の売り上げが5000ユーロ弱、本来ならば6000ユーロで、歌手とピアニストで5000ユーロ弱を別けて、あとは経費にしたかった。

お勉強に幾つかの録音を耳にした。シューベルトでは最も多いのはフィッシャーディースカウの歌唱だ。流石にと思う反面、音楽的な流れでは流暢でないところもある。亜流とするゲルハーハーの方が優れている面である。その意味では初めてシューベルトで聴いたマティアス・ゲルネの歌唱は音色とかサウンドに凝り過ぎていて全く歌詞の力が及ばない。ダイナミックスをつけて如何にも歌詞の力のように見せる芸風を思い出した。要するにオペラ的でもあるのだが、オペラ歌手としてもそれほど成功しなかったからの折衷の道だったのだろう。始めて聴いて良かったと思うのはクリストフ・プレガルデンがピアノフォルテのシュタイアーと合わせたもので、流石に面白く細やかだ。結局オペラ歌手なのかリーダー歌手なのかというよりも、巧い人はどちらも上手い。

久しぶりのシューベルトの歌曲などを見ると、今までよりも様々な事が気になって来て、歌詞なども流して聴いているだけになってしまう。楽譜で直ぐに見当がつくこともあるのだが、どうしてこうなっているのかと思うことが出てくる。思い出すのは丁度1月のアルテオパーでのマルカンドレ・アムランの弾いたピアノソナタのそれだ。あの時に最初にコロナに感染したかもしれない時だった。

あとで何度も思い出すのだが、最前列の中華人が後半が始まる前に出て行くときに声を掛けて最前列に滑り込んだのだった。二人の若い男性で、衣裳は若干変わっていたが、フランクフルトの音大にでも通っている学生かと思った。なぜならば前半のファインベルクなどを聴いて、後半のシューベルトを捨てたからだ。それも別々な場所にいた二人である。勿論その時刻から列車でマインツなど近郊の街へ帰ったのかもしれないが、そこまでして後半を捨てた意味はよく分からなかった。しかし、あの時の最前列の男がコロナで不調だったとしたら辻褄が合うかもしれない。

もう一人の男性が後ろまで来て待っていて、後半が始まる前に一緒に帰って行った。その男性がどこに座っていたのかなどは分からないのだが、私が最前列の男が帰宅することが直ぐに分かったのだ。どうしてだろうか?後半が始まる直前というほどでもなく、最前列に滑り込んでからも横には誰もいなかった。そして私も帰るのかどうかを本人に確かめたぐらいだ。有り得るのは椅子の所に何かを置いていてそれを取りに来るときにもう一人が後ろで待っていたということだろう。すると本来は居る心算がもう一人の男性と話していて帰宅となったのだろう。体調不調もあれば、二人で誘い合わせて帰ろうとなったのかもしれない。一人の様子からすると旅行者では無く、ドイツ語も理解していたと思うのだが、当時はまだミュンヘンでのコロナ第一号も無かったので、旅行にも制限が掛かっておらず自由だったので、もう一人の男性が武漢から来ていたこともあり得る。そしてその男が居たまだ暖かい椅子に座って触りまくっていればオリジナル型でも感染した可能性があると思う。そして十日もしないうちに高熱を出したのだった。



参照:
中々売れない高額席 2020-05-17 | 文化一般
コロナウイルス狂想曲 2020-02-29 | 暦
野趣味溢れる趣味の良さ 2020-01-31 | 音
コメント

厳しくなった交通規制

2020-05-10 | 雑感
先週から交通規制が厳しくなった。大まかには自転車と歩行者がより優先になったのだが、それ以上に関心があるのは罰金反則制度が厳しくなったことだ。このコロナ禍においては余計に厳しく感じるが、準備されていたのはそれ以前だ。何よりも係るのはスピード違反時における免停である。例えば市街地で21㎞超過で今までは減点1だったのが即一月免停になる。要するに市街地30㎞制限で50㎞を越えたらもう駄目だ。ナヴィで注意を促すのも一つだが、何よりも市街地では特別な表記が無い限り50㎞以上出さないように走るしかないと思う。30㎞制限を見落とすことがあるからだ。

自動車専用道路で26㎞超過では以前は一年以内の罰金があれば免停だったが、これからは即免停だ。心理的には十字架を背負っているのと変わらないのだが、一度の見落としが命取りになる。やはり今後は最新のナヴィ情報の積んでの警報無しにはアウトバーンを長距離走れない。具体的な対応としては80㎞までは今まで通り市街地誤差3㎞に即してナヴィの警報も0㎞誤差、80㎞以上は誤差3%なので今迄の設置5㎞で警報に対して、3㎞に落とした。タブレットの最新情報に頼るしか方法はなさそうである。

その他一度始末書を書かされた車間距離は今後とも大丈夫だと思う。免停は時速100㎞以上の時に詰め過ぎるとある。要するに自動車専用道路での走行時の問題だ。赤信号無視は一秒前に赤信号になっているかどうかで、先ずそこで突っ込むことはないので、免停はそれ以降に横断歩道に乗り込んでしまった時ぐらいだろうか。

駐車と一時停止は、免停は無いが、減点がある。自動車専用道路での駐車、これもしないだろうというもので、故障の時の適切な処理だけだろう。狭くなるところでの救急車両通行妨害、消防車の通行妨害、問題となると15分以上の二重駐車。あとは何といっても酒気帯び運転で0.5%越えると免停。0.3%で事故を起こせば剥奪。

既に新しい減点法になってからは厳しかったのでこのようになるのは薄々感じていた。そしてナヴィ搭載が前提となっている。古いナヴィならばタブレットを積まなければ直ぐに免停は間違いない。近所だけは予測が出来るとしてなくても構わないが、少し遠くへ出かけるときは手放せない。丁度音楽を聞くような距離で、その場合に警告音が邪魔になるので光でも警告してくれると音を止められる。一番安全なのは超過しないで走り続けることだろう。矢張りこうなると次の車は自動前車追跡機能が欲しい。アクセル、ブレーキ操作から解放される半自動になるだけで楽だ。

ベルリンからの生中継と2017年のヴィーンでのマーラー交響曲七番をバレンボイム指揮で流した。前者は距離を取っての演奏で、アイネクライネナハトムジークとジークフリート牧歌の二曲を時差付き生放送で流した。やはり座付楽団には難しそうだった。立奏は良いとしても独奏の寄せ集めになるので援護が無くて、音が落ちると直ぐにばれてしまう。恐らくドイツで最も上手な座付楽団だと思うのだが、板の上では厳しい。指揮は、休んでいたからか張り切っていたが、昔の儘の音楽で若い頃からあまり変わらないと思った。更に座付の最高峰ヴィーナーフィルハーモニカーを指揮した七番を聴くと、今年マーラーフェストで胴をとるほどの価値はなかった。実演で五番はパリとシカゴの管弦楽団で二回聴いているが印象は変わらず、飽く迄も音響的な面白さに留まっていた。マーラー指揮者とは程遠い。あれだけシェーンベルクの作品指揮などは上手いと思うのだが、主題の描き方が充分ではない。



参照:
急に左から右へと 2020-05-09 | 暦
やったー逆転無罪! 2020-02-05 | 生活
コメント

僅かばかりの石鹸だけ

2020-05-05 | 雑感
マンハイムの街の中を走った。可成り混んでいた。大きな本屋なども開いていて、平常との相違は殆ど分からなかった。街行く人でマスクをしている若しくは首にかけている人も四割弱だろうか ― 因みにワイン街道は路上電車は無いので殆どマスク姿は見かけない。一体なんだろうと思うが、距離は充分に保たれているように思えた。

街に入るアウトバーンも完全に平常並みだった。通勤時ではなかったから買い物客が多かったのだろう。私は夏タイヤに取り換えに行っただけだが、マスクをして入ると思っていたように出窓を作っていて、必要はなかった。

再生生産数も0.7とされていて、ラインラントプファルツも倍化が106日になったので、もう少し伸びる。さてこれで来週末でマスクの効果が見えてくる。恐らくそれほどではないと思う。その先一週間で開放後の数字が出てくるので、五月末にはマスクの使い方と旅行の自由化などが話題になるに違いない。

ドイツのコンサートホール協会が連名で先月27日にグルッタース文化相に公開文書を出した。文章はケルンのフィルハーモニーの支配人が書いていて、準備を整えているのでその内容をベルリン在のフィルハーモニーのツェッチマン支配人、コンツェルトハウスのノルトマン支配人と話してくれとなっている。会長はバーデンバーデンのスタムパ支配人、エルブ、エッセン、ドルトムント、ドレスデンのフィルハーモニー、ガスタイク、デュッセルドルフ、ブレーメン、リューベック、アルテオパー、ゲヴァントハウスの支配人、更に賛助会員としてコンセルトヘボー、ルクセムブルク、チューリッヒとヴィーンのコンツェルトハウスの支配人が名前を連ねている。個別の事情は若干異なるだろうが、それでもコンサートを少人数から始めていくことは変わらない。大ホールで室内楽を五分の一位で始められるようになればよいだろう。千人なんて到底入らない。六月ごろから始めて行くのがよい。

車中のラディオでアンネゾフィームターの話しをしていた。如何に仕事をしないといけないかという事をSNSで説明していたようだ。先日税金で損失を返せと声を上げていたのが、今度はスポーツ選手と同じで他には何もできないのだと語っている。要するに朝起きて食事をして練習してという生活を子供の時から続けて来て、その人生で社会と係って来たので、舞台で成功して自負と共にという生活を送っていたのだという。聞かないでも分かっていたことだが、彼女が最高級の技術で世界最高のギャラを取って、どういう営みをしていた演奏家という事がよく分かる。だから彼女にとっては個人事業で金が掛かって、その関係者達が自分のギャラで喰っているという意識しかない。要するに、税金で喰わせて貰うことも興行師の集めた金で喰うことも彼女の人生なのだ。エンタメだから大衆迎合でチンドン屋のようにジョンウイリアムスの曲を弾いて高額を稼いでいる人間が、なぜ今頃公金をあてにする。話しの辻褄があわないことがどうもこの天才少女には未だに全く分からないらしい。専門馬鹿だ。要するに音楽家でもなく、益してや芸術家とも言えない恥さらしだ。幾ら高尚な音楽を演奏していても、サッカー選手と同じ精神活動なのだ。結構、しかしそのように程度の低い演奏家の音楽などには興味はない。

ベルリナーフィルハーモニカーのオイローパコンツェルトでUNICEF大使だとあって、それだけなら2007年以来なので何ともなかったが、キリル・ペトレンコが直々寄付を求めて、ナミビアからコメントが入ったので流石にこれはと思っていたら、南ドイツ新聞の言及があって、これは送金するまで落ち着かなくなった。先ずは今年だけでもと少し払っておいた。払おうとするとフィルハーモニカーのサイトからカードで払えることが分かった。世界中から簡単に支払える。しかし毎年とか単年とか出て来てユニセフと係るのが怖くなった。それでなくてもナミビアから見られていると思うと怖い。そこで口座振り込みを直接しておいた。なんでもよい。Konzertと書いたらそれはそれで通じるのだろう。

その情報を見ると石鹸を購入して水で手を洗って貰うらしい。払った金額で石鹸ぐらいは幾つかは買えるだろう。石鹸でも貰えると有難いと思う人は決して少なくないのはよく分かる。水の無いところに水を引くのは大変だが、石鹸を現地に届けるのにはそれほどの費用は掛からない。私はミニのブレッツェルをパン屋で貰うだけでもいいのだ。



参照:
モニターの前の評論家 2020-05-04 | 文化一般
怖れや喪失や萎縮、孤独感 2020-05-03 | SNS・BLOG研究
コメント

ラヴィオリからマウルタッシェ

2020-04-14 | 雑感
歯医者に出かけた。ブリッジを固定する為だ。三週間前の時は私が断った。仮ブリッジでつけていて、歯茎の調子が悪かったからで、あのままの症状なセラミックでつけたものでも最初から嫌な思いをするからだった。歯医者にとっては予定外だったようだが、仮つけするように直ぐに機転を効かした。話しを聞いていると母親が歯科衛生士の様で何かその辺りは分かっているなと思った。

そして二週間後にこちらの体調が悪く、今回も彼女に語ったように三回目の感染を疑われて、一週間延ばした。そして三週間後だった。歯茎の傷は癒えたが、冷たい水が沁みるなど、又外側が腫れてあたる等も気になる点があったので、その点を確認して貰った。

状況は良いがもう二週間だけ伸ばそうとなった。セラミックの支払いもあることでこちらもほぼ観念していたが、そこまで延ばせばもう大丈夫だろうと思う。外側は骨が張っているので事後気になるようならば、歯茎を切って骨を削るという事だった。恐らく状況がよくなれば気にならないと思う。

しかし、他の衛生士がそれ程目立たないのに一人だけ髪を爆発させていて、あまり自信が無かったのかと思った。私がせっせとコロナを持ち込んだものだから愈々罹ったのだろうか。どうせ年寄りの患者は他所に変わった人が多いだろうから問題はないだろう。私の三回感染と変異の話しを聞いていれば何をすればいいかは歯医者でも分かるだろう。少なくとも治療椅子は私が出るや否や消毒しに来ていた。

変異と言えば、やはり今回の喉の痛みなどは日和見感染風に出てきていて、その分耳鼻咽喉の乾きとは別に若干痰が絡む。これは空咳なのだが若干湿り気がある感じで、肺癌風ではない。個人的な印象では何回も感染するとなるとコロナの素性も変わってきているのではないかと思う。最初の高熱がシナ経由の直輸入品とすれば、二度目はイタリア経由のライセンス生産イタリア産だったろう。最初を餃子とすれば、二度目はラヴィオリだ。三度目がドイツ回りとするとさしずめマウルタッシェという事か。

ヴァレンシアでのズビン・メータ指揮の「指輪」を流している。指揮も管弦楽も悪くはないと思うが如何せん音が軽い。メータの芸術は管弦楽団との相性が重要だと思うが、この音の軽さだけは致し方が無い様だ。作曲家によっても異なるのは当然だろうが、幾ら直そうと思っても限界があるのだろう。イントネーションなどには大分配慮しているのだろうが、モンテカルロなどよりも遥かの上手に演奏していいるので余計に違和感が生じる。



参照:
似て非なる地方の名物 2008-02-16 | 料理
公的資金の支援なんて 2020-04-09 | 文化一般
コメント