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Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

虫の知らせの長振動波

2025-07-31 | SNS・BLOG研究
夜中に目が覚めた。東北沖大地震の時と似ている。なにも警報がネットから流された訳ではないが、あの時も気が付いた。あとで調べると8000㎞も離れたワイン街道でも第一波の振動が届いていたころだ。昔は虫の知らせと呼ばれたものだろう。科学的に証明されやすいものだ。

お陰で枕もとでNHKを流していたので寝不足になった。然しあの311はフクシマ禍に変わって、ここでも一年程は毎日のSWRの車中のニュースを中心に書き続けた。今回それも全てアーカイヴとして移転される。この二十年間で最も大きなトピックスだった。

歯医者の領収書、なんと一日で決算通知が入っていて、きっちり契約に準じて半分の返済である。ネットであげるだけなので、以前の様に手紙の体裁を整える必要もなく手軽とは思ったが、意外に大きさの1.4M迄のファイルを四つ纏めるのに時間が掛かった。あまりに落とすと読み難くなる。分類してPDF化しないと見難い。早く機嫌よく処理してもらうには工夫がいる。少なくとも数回は9面ぐらいをスキャンするのに時間を費やした。初めから真面に書類をおいて300dpiで取るべきだった。一寸曲がったりするだけで、極端に質が落ちた。

纏めて、1427ユーロ送金される。もし月末に入っていれば二度美味い。来年は1300ユーロ超で返金される予定だったが、これでどれぐらいになるのか。歯科医療費半分自己負担はそんなに悪くはないと思う。一昨年の眼鏡代の1800ユーロよりも安く、本年の還付金の1100ユーロと合わせれば、都合300ユーロ程の出費で何とかなる。健康がなによりも安くつく。

歯の調子は隙間掃除の効果は出てきていて、放っておいたらブリッジの下の歯茎に炎症が起きていただろうが、それを防ぐだけの手段を持ち合わせた。若干奥の柱とかがうがうがしてきになる。第二ブリッジの奥の飛び出ていて、繊維質が引っ掛かっていた部分はどうも欠けたようで、再来週に持って行って見せる。引っ掛かりは知っていたのだろうが削るまでの判断はしなかったのだろう。歯間糸で欠けるとは思わなかった。見えないぐらいの大きさなので問題はないと思うが、虫歯で治療した周りの歯が弱ってきているとなるとまた懸案となる。

来年3月頃に清掃のアポイントメントを取っておこうと思うが、それの掛かる費用よりも、そこまでにどのような進展があるかが気になるだけだ。良くなることも悪くなることもあり得るので、自分で手入れすることをやるしかない。口内衛生に関してはこれで終わりということが抑々なかったことを今更ながら感じる今日この頃である。

因みに現在使っている一台のキャノンピクセルは2010年11月に購入している。印字機よりもスキャンの方がランニングコストも掛からず有難くまだまだ使えそうだ。いざとなればLinux制御で何時か好き放題に使える。120ユーロ程支払っていたが、使いようからすれば腹立たしいキャノン商法のインクを除けば資がとっくに取れている。

最後にここでの投稿の一日の観覧IP数での最高では50位を超えたことはあったのだが、流石に一桁とかはなかった。所詮ヴァ―チュアルな世界であって、同じように長かった車輛などへの惜別感がないのも当然か。それゆえにアーカイブと改訂版は余計に重要になる。



参照:
地震を感じて目が醒めた一日 2011-03-11
はてなブログへの移転 2025-07-29
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はてなブログへの移転

2025-07-30 | SNS・BLOG研究
ブログ移転への調査中である。定まっているのは、ここで終了までの日記記事はアメブロにその儘保存する。然しそこではコメントが消えてしまうので、はてなに全て保存する。少なくとも二カ所でサーヴィスがなくなるで保存される。後者では閉鎖前にMT(Movable Type)形式 としてコメントを含む文字はエクスポート可能だが、写真等が失われる。またNoteからの移転ではWXR形式のXMLファイルとして エクスポートとなるので画像等も移転可能となる。

つまり、今後最後の二つで更新を続けることになるだろうか。日記として見やすいのははてなブログであり、後者は保存記事として修正や公開文章の素材としていく。則ちここでの更新を2025年7月31日に終了すると、続きははてなブログ(https://blog.hatena.ne.jp/pfaelzerwein/)で更新される。同時にアメブロ(https://ameblo.jp/pfaelzer)への移転終了でその後は更新されない。

同時にNote(https://note.com/pfalz)でも更新されるのだが、以前の記事は下書きとしておいて、公開するときはリンク等を貼り直したり文章としても改訂する。その態勢が整えば、日々更新の記事は一定期間後に公開中止にして、新たな記事と差し替えていく。

よって、日記内の記事のリンクははてな内のものに切り替えられていく可能性が強い。つまり日記メインははてなブログであり、そのミラーとしてNoteで同時更新されるが、どこかで新記事へと切り替えられていく。

先ずはこの記事をその態勢で試してみて、技術的に手間もかからず上手くいくのかどうか調べてみる。

ここは2004年3月に無料サーヴィスを始めたとあるが、その前から何か評判を聞いていた。その時は別なSNSだったのだろう。記憶が薄れない様にと2004年11月から投稿していて、丸二十年以上続けていることになる。二十年が長かったか短かったか。昨日のように覚えていることもあって、その前の二十年とはやはり記憶が違う。その鮮明度にここの日記が大きく関わっている可能性は少なくない。

その間に習ったことは幾つかあるが、記事の関係でも新聞を集中して早く読むようになったので、読解力はついた。反面、英語やフランス語など読む量に比例してあまり受け身でさえ語彙が増えていないものもある。日本語は書いている割にはそれほど能動的な語彙は付いていない。寧ろ検索の仕方などが上手になっただけなのは独逸語などでもそうだ。文章を書く時に上手に確かめられるようになった。とても分かりやすい文章を書くようになったと思う。

前の車両も2001年8月新車登録で、2003年には事故で壊していた。なにか不思議な繋がりがある。そう思うと最初の三年目の時の新車としての真面な車検は出来ていなかったことになる。一度は車検前に塗装なども完璧に直して新品同様でメーカー保障と共に最初の車検を通したい。今日スーパーの駐車場でマイバッハが入って来て奥に停めた。誰が下りてくるかと思うと嫁さんと杖突いた婆さんだった。流石にその儘食事に行けそうな身形で、その割にはヤクザくさくもなかった。恐らくオーナー社長の旦那で、社用を家族でも使っているのだろう。ロングではなかったが流石に長くて、僕の車でも食み出すのに、結局三台分の場所を使っていた。隣には誰も停めないだろう。独逸で走っているのを見ることはないので二回目ぐらいだ。不便にも一家に数台の便利さでなく使う人がいて驚いた。
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素人が口出す状況でない

2025-02-02 | SNS・BLOG研究
タイヤ交換中にネット情報を見た。バイロイト音楽祭に関するもので、2026年の縮小プログラムに対して、昨年12月に友の会が寄付金に条件を付けて提案した件に関するものだ。一万ミリオン程度の寄付金に対して、クラッツァーの「タンホイザー」、「ローエングリン」をティーレマン指揮でやれというもので、出来ないとの回答。

バイロイト音楽祭友の会の代表のフォンヴァルデンフェルツも焼きが廻ってきたようで、その程度の端金ではなんとも致しようがないことぐらいは分かっていた筈だ。今迄はバイロイト州とバイロイト市、友の会が最も大きな母体であったのだが、肝心の建造物の改修保存に連邦政府の支援が必須のことから、有限会社バイロイト祝祭の資本構造が変わったことが背景にある。

要するにバイロイト音楽祭友の会が邪魔になって排除された経過がある。その背景にはヴァ―クナー協会などの老齢化と衰退もあるのだろう。兎も角経営的にも尻に火がついてきた現在最早素人が口出すような状況ではない。

同様な現象はベルリナーフィルハーモニカーなどにもあって、その支援者は嘗てのベルリン州から政府へと移り、経済的にはドイツェバンクなども大きな支援者となっている。それでもフィルハーモニーの運営は州の予算で賄われているためにその財団の予算として支援されている。昨年からの州の予算縮小による影響を楽団が直接受けていないのはこうした構造を予め準備して再構築していたからである。これはキリル・ペトレンコ体制移行に伴っての最も大きな改造だったのだろう。

それによって、州の文化長で元ドイツェグラモフォンの男などには指を触れさせない構造が出来上がっていて、反対にベルリンの三つの歌劇場の合弁会社は州の管轄内にある。元々私立の組織が国の庇護下にあって、その他は州の支配下にあるという構造になっている。

さてタイヤ交換は一時間程待った。最初に洗車も交換の接着剤も補完して貰えればとマイスターと話していたのだが、両方とも為されていなかった。前の車の寿命を数年延ばしてくれたマイスターであるから出来ることはしてくれたはずだが、恐らくホイールの清掃に時間が掛かったのだろう。注入用接着剤だけの保有がなかった可能性が高い。なによりも意外だったのは、新車の時に本社工場が高めに揃えていたのを、指定通りに落としていたので、揃える為にまた自分自身であげてやらなければいけなかった。なるほど圧が高過ぎると真ん中が直ぐにちびる。然し燃費はよくなる。冬タイヤ交換までにそれ程乗る予定はないので、4月までのことである。

そこでハノーファー再挑戦の結論を週末迄ぐらいに出したい。制作のコンセプトやその他は上手くいっているようだが、どこ迄修正してくるか、アンサムブルの精度を上げて来れるのか、その辺りがこちらの見極めとなる。

これで修理が無料になるならば、再挑戦出直しでより予算額が増えるのは宿と入場券だけなのでそれ程の高額とはならない。つまり大きな損失とはならない筈だ。そしてやはり長い距離を走らないとやはり車輛の本当の価値は不明のままだ。



参照:
Der Festspiel-Brief an die Gesellschaft der Freunde, Axel Brüggemann, BackstageClassical vom 29.1.2025
再挑戦なるのか? 2025-01-30 | 生活
望まれる開かれた応答 2023-07-28 | 文化一般
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一部のお客様でアクセスできない場合がある

2025-01-12 | SNS・BLOG研究
2025/1/10 16:40 追記

現在、引き続き調査中となっているのは以下の事象です。

・外部サイトへの共有の際、OGPのサムネイルが表示されない
・記事投稿時に、一部サイトのリンクが挿入できない
・メール投稿がエラーになる場合がある

また、現在一部のお客様でアクセスできない場合があることを確認しております。

現在、多くのお客様よりお問い合わせをいただいており、ご返信にお時間をいただいております。
最新情報はこちらのスタッフブログを更新いたしますので、今しばらくお待ちいただけますと幸いです。

■【暫定復旧】gooサービスにアクセスしづらい事象について
https://help.goo.ne.jp/help/article/2851/

ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。深くお詫び申し上げます。復旧まで今しばらくお待ちください。

https://blog.goo.ne.jp/staffblog/e/a28fd96c4a75faf7c7ecab5ddebddcea?_ga=2.42252133.1334583118.1736636103-1804130608.1736636103
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限界あるヴィヴァルディ

2025-01-09 | SNS・BLOG研究
前日のカンカン照りから雨になり積雪となった。二日続きで走れなかったことを恨むよりも、体調を崩した。気温は週末からすると上がって下がっただけであるが辛い。まるで山の気象のようである。

引き続きヴィヴァルディである。先ずはPCでそこにアドオンをインストールした。その心はそこからボードコムピュータでもそれが使える可能性があるかと考えたからだ。同調の意味はそこにある。その為に個人情報まで出してアカウントと作ったのだ。然し結果はウイルスなどの影響を極力避けてメールのDLすら制限がついている。たとえ安全設計の系列と別けていても外部からの進入で幾らでも破壊できるからだろう。それを確認した。

LINUXシステムとしてはインターフェースを通せばすべてのことが可能になるからだが、メールで責めてPDFぐらいは開けたい。これも改めて試してみなければいけない。多くのことを試してみないと可否が分からないのである。敢えてそうした情報が出されていないのが分かる。同時にアップロードもされて進化型になっていると聞いている。

ハノ―ファ行までに押さえておきたいことは少なくない。上で試したかったのはネット放送などをどのように録音録画などが可能かでもあったが、それ以前にデジタルオーディオブロードキャストが全域で入るのかと思っていたらその地域のものしか入らないことを知った。つまり先ず最初にヴィヴァルディにそれらのアドレスを入れておかないと直ぐに呼び出せないことが分かった。

つまり旅行当日には劇場のあるNDRの文化波を入れておかないとあり得る指揮者エンゲルらのインタヴューなどの情報番組を聞き逃す。YouTubeも当夜の生中継がオンデマンド化されるオペラヴィジョンもお気に入りにしておかないといけない。勿論翌日には朝の番組でも公演が報告される。

先日BBC3から始めたが、そうなるとSWR2,HR2,Bayern4,WDR3,RBB3,SR2,DeutschladKultur,MDR3など独国内、OE1, SRF2, FranceMusique, RAI3などの中欧の各局は加えておかないといけない。こうした作業をデスクで済ましておく必要がある。

同時に考慮しているのは狙いをけているストレージが15%引きで出ていることだ。今回の旅行ではあまり使う予定がない。それでも幾つかの録音などは道すがら聴いてみたい。なによりも作曲家ヴェルトミュラーの作品をエンゲルが振ったもので少なくとも二種類は重要だと思われる。今回の作品にも関連しているのは一昨年にボッフムで初演された作品かもしれない。ファイルの大きさは知れているのでスマートフォンにも入るが、出来ればあまり容量を使いたくないと思っている。序にならば演出のシュタイヤーの「影のない女」全曲の舞台となるか。

容量といえば80%充電から一度買い物に行って、走りに行って、車内でごそごそしていると残量が50%にまでなって仕舞った。兎に角消費は早い。冬場は本当に効率がいいのかどうかはよく分からない。

一つ進んだのはプロフィールにいつものロゴを入れて同調させたことだろうか。



参照:
ネットは無用のパッド 2025-01-08 | Weblog-Index
春夏秋冬の祭典 2024-10-09 | 音
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海外からのアクセス不可

2025-01-08 | SNS・BLOG研究
以下の様な事情で、noteの方への全面移転を検討中。

https://note.com/pfalz




2025/1/7 12:36 追記

以下の不具合については、現在解消しております。
・リアクションボタンが正常に動作しない(表示されない)

もし上記不具合が継続している場合は、以下ページの「こちらよりお問い合わせ」よりを問い合わせしていただきますようよろしくお願いいたします。

■【暫定復旧】gooサービスにアクセスしづらい事象について
https://help.goo.ne.jp/help/article/2851/

ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。深くお詫び申上げます。復旧まで今しばらくお待ちください。
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深く息をついてから

2024-11-27 | SNS・BLOG研究
水曜日のボストンでの批評が出ている。同地の音楽ブログのようだが、前回もそのサイトを読んだ。前回は、マーラー作曲七番交響曲ではなく、もう一つのコルンゴールトの交響曲のプログラムだった。つまり今回初めてペトレンコ指揮の真価が問われるところとなった。その通り、ユダヤ系の筆者がその合衆国での音楽の流れの視点から書いていたりした。それに比較すると今回は交響曲における指揮者の構成力と等される見識が試されることになった。それは一夜のプログラミングによって語れれる物とはまた異なる楽曲の創作への深い視点が要求されるものだ。

筆者のゲンツ氏はケルティックと文学をハーヴァードで学んだようであるが、楽曲への個人的な視点は明白である。恐らく録音評などもしているのだろう、楽章ごとの演奏時間や主題のテムポそしてその動きに注目している。炬燵記事の音楽ジャーナリストと言えるかもしれない。

先ずは、ベルリンとは異なってボストンでこの曲が演奏されるのは珍しくて、1959年、2007年の演奏とゲストとしてはマゼール指揮クリーヴランド管弦楽団以来としている。要するにブルックナーはあまり人気がないということだろう。然し今回はネット販売で完売していたので指揮者と楽団、ブルックナーにとっての成功と書いている。

比較としてネーヴェ・ヤルビの採ったテムポで62分の演奏、チェリビダッケの90分そしてその中間にあるベーム、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュらの中間では、アレグロは早過ぎず、二楽章は遅すぎずの70分ほどが適当だという認識から入っている。

そこで、結論からするとペトレンコ指揮では一楽章は若干早くても、二楽章は若干遅くても、フィナーレのコーダはもう少し大きくても良かったのではないかとしている。要するに個人の評価基準は録音比較でしかないかもしれない。然し細かなところでの拘りはあって、20分掛った一楽章でのテムピ運びにおいて、主題でピアノからフォルテシモへの繰り返しで多くの指揮ではそこで吹かすのだが、楽譜にはそうなっていないと、ペトレンコ指揮の正しさを指摘している。二主題でも悲しみはあっても後悔とはならない、三主題の加速は伝統通りとしている。それらを以って、構造的な把握を評価している。これをその指揮技術的なこととはせずに音楽的と考える筆者である。

二楽章は16分のようで、ポリリズムの扱い方が今迄には聴かれたことがないとしていて60メトロノームはアダージョの限界であるが、その「とてもゆっくりに」は、マーラー自身がアダージェットを交響曲五番で使った様に、マーラー自身の指揮に合わせるとそのもの16分になるだろうと算数をしている。つまりカラヤンの22分やチェリビダッケの24分は間違いとなる。

13分の三楽章では電光石火のスケルツォとその後のレントラーのヴァルツァーへの流れなどを、多くの指揮者がテムピを落としてしまって、レントラーが更に遅くなることがなかったと評価している。

ブルックナーの言葉として、最初に「大切なことを話す時には、いつも深く息をつくのだ。」と提示されているので、テムピとその拍の関係には直接言及されていないが、間違いなくそこに気づきがあったのだろう。(続く



参照:
Petrenko & Berliners Triumph in Bruckner 5, Jeffrey Gantz, The Boston Musical Intelligencer of Nov. 21.2024
暗黒の歴史を払拭へ 2022-11-15 | マスメディア批評
祝祭的でないブルックナー 2024-11-24 | マスメディア批評
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前世紀に生きる人達

2024-11-17 | SNS・BLOG研究
火曜日のその壮行会演奏会の評ももう一つ出ている。そこでは先ず会場のアルテオパーの音響が本拠地のフィルハーモニーと比較されている。個人的には支配人にルツェルンとの比較を書こうかとも思ったが、先方はよく知っているのだから、態々それを評価するつもりはないと思った。だからアルテオパーの音の行間で言及したつもりだ。勿論フィルハーモニーのワインヤード型の会場ではルツェルンのそしてアルテオパーでの音響は得られない。ルツェルンは理想的で後者は限定的なのはそこでも指摘されていて、ベルリンでの様に分析的に聴きとれるのはバルコン席と平土間前三分の一だという評価である。個人的にはコロナ期間中に席が限定されたことから丁度言及されるような位置にも座ったことがある。前者はシューベルトやヒンデミート、スコッチの三曲だったが、ヒンデミート以外はそれほど感心しなかった。

ここでこの筆者の認識を理解しても良かったのだが生憎乍ら出来ずに読み進める。最初のピチカートの出だしから総奏になって退けづり、その座席位置で充足してしまう楽団は他にないと書いて、フィルハーモニーでは全てが明晰に鳴って、映画に比するべきと書いてある。なぜここで「映画」が出てくるのかさっぱり分からない。そしてそこで身を退けづり、もうこうなると直接音のそれから逃げられなくなったと、堪忍ししたのだろうか。

ここで筆者の言いたいことを推して知るべきだった。音圧が大きすぎるなら距離をおけと言いたい。然し、事実をも報告していて、フィルハーモニーの場合は音が分散するから細かなところがばらばらに聴けて、尚且つ威圧感が薄いといいうことの証明にもなっている。この筆者が聴いていないのは和声の流れである。

だから音の行間と評したのであり、その特徴が流れの様に捉えられるのがルツェルンのホールであり、そこまでの方向の定まった流れではない渦が生じるのがアルテオパーである。長年通ったホールなのでその特性もよく知っているので言えることであり、最もよい位置での評価は決して悪くはない。

何故この人達がその一方今回の公演で自発的な拍手が生じそうになった二楽章ではプログラムにあったような「夢みる夜想曲」なんかではなかったと批判する。その木管の受け渡し、そしてふくやかな金管を弦の立派なカンタービレが支える繊細さをおしても、あまりにもXXLサイズで、そしてここで答え合わせだ。大フィルムサウンドトラックに彩られた風景でしかないと書く。

心象風景どころではなく、サウンドトラック映画の風景らしい。これを解析すると、この筆者は音楽の語り口ということには全く関心が向かわないらしい。どうも判断するのは大管弦楽団から声部を聴きとり、それと同時に心打つサウンドの可否らしい。その点では先の批評には、ベルリナーフィルハーモニカーの熱く冷たい天からの捧げものとしている。然しそれと音楽的な本質則ち一筆一筆と進める作曲家の創作の過程が全く読めない人が多いようだ。要するにこれらは全てサウンドのイメージでしか聴いていない人たちで、それゆえにサウンド云々やストラヴィンスキー的リズムとかにとても言及が多い。自ら書くように20世紀後半の後遺症から抜け切れていない。こういう人達にはクセナキスの名演の意味も全く理解できていないであろう。



参照:
寂寥感溢れる心像風景 2024-11-14 | 文学・思想
お話しにならない耳 2024-11-15 | マスメディア批評
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独語圏からの物見雄山

2024-10-30 | SNS・BLOG研究
スカラ座の再演「ばらの騎士」最終日である。前夜には新制作「ラインの黄金」初日があったので、ドイツからも沢山の人が出かけている様である。

その前に最後から二回目の10月25日公演の独語の評がオックスを歌ったグロイスベェック氏によってリンクが張られていた。余程いいことが書いてあるのだろうと思って読むとその通りだった。キリル・ペトレンコと並べてその第一人者ぶりが紹介されている。

それによるとニーダーオーストライヒからのバリトンは正統的であり、立派で素晴らしく、無茶苦茶いいと評される。長い息で深いCが劇場中に長く響き渡ると書かれると、彼が地下駐車場でまさにその音を隣で試て出しているのを思い出して仕舞う。初日の隣のおばさんにもそれを伝えると笑っていた。

笑うのはそれだけでなく、この筆者は、先ずは写真でも紹介した世界一立派な商店街アーケードからボックス席に居座る物見雄山の人々を揶揄しながら、私達と同じように天井桟敷へと通されると、エクスクルシーヴだと書く。私もその入り口には結界があって、いちいち外して招き入れてくれるので、同じことを会場の娘さんに言った。初めは分からなかったのだが、休憩時にもそれがあったので、天井桟敷連中が下階に行かないようにしているのが分かり、書き手は行き場を失ったのだろう最上階のロビーが素晴らしいと全く同じ挙動をしているのが分かった。

そしてペトレンコ登場には階下ではざわざわしていてもやはり天井桟敷にはファン層がいるようでと報告して、その雰囲気で楽団が力強く弾み、幕の終わり毎にしかるべく更に大きな酔いしれた喝采になったと伝える。通常の大編成のシュトラウスの編成乍息をのむような羽根の生えた軽やかさと活き活きとした奈落からの音響で魅了する。チェレスタのアコードは劇場の場所に散らしていて、甘いシュトラウスの響きのご褒美で耳を擽ったとある。

この書き手が肝心な音楽をあまり聴いていないことは、オタマジャクシ毎に感情を正確に伝える素晴らしいマルシャリンの一幕の最後には言及しても三幕には言及していないことで認識される。然し、ゾフィーの歌に関してはその歌声と、その台本以上の意味合いを大勝利と評価している。

そして、このヴェルディの殿堂においてのシュトラウスはヴィーンにおいての「テューランドット」のようなものでと、その位置づけと同じく主要レパートリーではないのかと、この「ばらの騎士」が世界の頂点で鳴り響いたとしている。見出しはその通り「ペトレンコとグロイスベェックが「ばらの騎士」クローンをスカラ座に持ち込んだ」である。

その一方では、演出の手直しなどからヴィーンらしさがなくなっていてと、正しくこの演出の核心をペトレンコ指揮でとり直したことをよく理解していないようである。こうした節々に書き手のその認識の程度が垣間見える。

さて前夜のそれとは打って変わって、再演の最終日を見届けた評論家諸氏のその反響を待ちたいとは思うのである。価値のある為になるような評が出るのを楽しみにしている。



参照:
Kirill Petrenko und Günther Groissböck bringen die goldene Rosenkavalier-Krone auch in die Scala, Andreas Schmidt, Klassik-begeistert vom 27. Oktober 2024
四半世紀を越える感興 2024-10-28 | 雑感
持ち交わす共感のありか 2024-10-14 | アウトドーア・環境
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隈も何もない浅墓さ

2024-05-25 | SNS・BLOG研究
眼の下の隈が改善されている。これならば取れる可能性がある。抑々原因は眼鏡の関係で眼精疲労だと思っている。石鹸効果もあるのは間違いない。何も必ずしも薬用石鹸ばかりを使っていたのではないのだが、多用していた傾向があった。先ずは全く使わないようにしている。コラーゲンスープを二週間に一回を若干増やしている。

水曜日にパリのマガジンからの報道が出て、先日その顔を合わせた指揮者ロート氏のセクシャルスキャンダルが問題になっている。2005年ぐらいから話題になっていたようで、当時の仕事仲間であったパリの放送交響楽団のコンサートマスターがSMS攻撃を氏の滞在先のホテルの部屋から受けたとある。絵文字に留まらず直ぐに陰茎の写真が送られて、ヴァーチャルでシャワーを浴びようとお誘いがあったという。2009年前にそのような行いは繰り返されていたようで、2019年のパリ管の後任候補になっていた時にはパリ市から情報が寄せられていたという。

要するに正式な被害届は出されていたようで、女性にだけでなく男性にも向けられていたらしい。2012年ザルツブルクのビアガルテンで出合ったライプチッヒの劇場の広報担当者にも執拗なSMSが寄せられたという。

仕事関係で行っているのでMeTooには確かになるが、セクシャルハラスメントとして裁かれるべきかどうかには疑問が多い。しかし陰茎の写真を送り付けるなどはそれが犯罪とされるので、性的な迷惑行為には違いないだろう。

先日も身近で顔を見て、また向こうからも感想を伺われたのだが、また昨年の復活祭での楽屋口でタバコを吹かす様子を観察していて、また数多きハートをSNS上で貰い、最後は先週貰ったばかりなのでその人間性や生活はよく分かっているつもりだ。

一つはSNS中毒で、それは仕事ついでの活動で決して悪くはないと思うのだが、SMS中毒の方が具合が悪い。その性的な傾向はこれはどうしようもないのだが、やはり普通はもっと慎重になるだろう。

秋からの新シーズンに首席指揮者の就任するSWR交響楽団では、前歴の同放送局の交響楽団でもこれといった情報はないとしている。現在のケルンでもそれは苦情としては出ていないらしい。問題は立場を利用したハラスメントが存在するかどうかであろう。

やはり焦点になるのは先々週に聴いた氏の創設した楽団レシエクルでの事件があるかどうかではないか。そこで問題が出ているとなるとやはり厳しい。今迄に消えて行った若しくは逮捕されたミュンヘン音楽大学の学長やティロルの音楽監督などはそうした立場にいて、明らかなハラスメントの事例であった。

個人的にも昨年やはり映像を送ったり、双方向でのネットチャットを思い留まったことがある。それはどのような関係であっても、または先方から誘われたとしても少々の用心深さがあれば誰もやらない。仕事場で口説いたドミンゴなどはその点分かりやすい。

水曜日にはチャットパートナーの彼女が再びインスタグラムの通信を見返したらしいが、彼女にしても用心深いぐらいの方がやはり真面であって、いい加減なことをするような人間ではやはり真剣に付き合えない。

指揮者ロートに関して感じていたのも実はそこであって、馬鹿とまではいわないが、やはり浅墓としか思われないのだ。それが彼の音楽に対する私が示した態度だった。私の表情を覗き込んでいたが、そういう反応をしっかり伝えておいた。


引用 — 「この指揮者がブーレーズのその任の跡を継ぎたいと思ってもそのようには指揮出来ないのはなにもあのリズムの精密さや明瞭さの技術的な問題だけでなくて、音楽的な思考に準拠するものだと理解した。」(虻蜂取らずになる活動)



参照:
虻蜂取らずになる活動 2024-05-10 | 音
主役を担うのは歌える歌手 2022-12-22 | 文化一般
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突然変異のレセプター

2020-05-12 | SNS・BLOG研究
コロナウィルスの遺伝子分析から色々と想像が出来る。所謂中国発と欧州発のウイルスが異なり変異が起きていて、特に抗体のレセプターに関するところが変異しているのではないかという論文が話題になっている。自分自身も何回も掛かっている感じがするので、まさしくその抗体が出来上らないという感じの説明となる。しかし門外漢の者はそれ以上は何も言えない。誰も決定的なことは現時点では言えない。

しかし、ドイツで最初の感染例を調べて、そのウイルスが変異した所謂欧州型であると言う話しは様々なことに合致していて、充分に状況証拠がありそうだ。そしてあまり知られていないその感染源となったとされる中国法人の女性従業員らしき人が上海からミュンヘンに飛んで来ていて、旅行以前に彼女の出身地武漢から両親を迎えていたという報道と、彼女がミュンヘンを後にした1月22日後の24日に上海郊外で欧州型の検体が採取されているというのは偶然に思われない。

先ずBavPat1とマーキングされた検体は1月28日に採取されているので、ドイツでの最初の陽性者で、件の女性とミュンヘン郊外の本社でミーティングなどで彼女の滞在中の1月19日から22日までの間に接触していた。そして彼女がミュンヘンを後にした27日(月)前の週末に熱っぽくて、週明けの出勤後に検査して陽性が確認され、隔離された。その後2月11日までに千人ほどの従業員の8人が陽性で、家族などを含めて大掛かりに検査と追跡調査がなされた。

これが、従前に準備していたコッホ研究所が早期に調査等したと自負しながらも具体的にはヴィーラー所長が一切語っていないものだ。その様子から何かに口を瞑んでいるという印象があったのだが、その理由は恐らくこの背後事情にあったと思う。

当該の会社Webastoは車のカブリオーレの屋根を作る会社で世界戦略をとっていて、上海だけでなく武漢にも新工場を建てて、昨年9月7日にメルケル首相直々テープカットをしている。そのこと自体には問題はないのだが、会社が従業員を守ったというその情報の出し方に問題が無かったのだろうかとヴィ―ラー所長の表情などを見て思う。

要するにここから変異したウイルスが北イタリアへと運ばれ多大な被害と感染の原因となり、その後の中共帰国者ニ名を除くバーデンヴュルテムベルクでの第二例や、死者を多く出した第三例のノルトラインヴェストファーレンへと逆輸入されたことになっている可能性があり、当然のことながらコッホ研究所は仮説と証明が殆ど出来ているに違いないということだ。なるほどイタリアなどよりも早く把握していたという自負になる。途中で、ボルドーで流行っていたフランスから帰宅後に感染確認、ドイツで最初に亡くなった67歳のバイブリンゲン近郊の男性、その奥さんの北アフリカから帰国して感染後死亡した女性はこの変異型ではなくて中共直輸入型に感染した可能性が強い。しかしその後の同地方での感染状況や死亡状況はあまり変わらない様に思う。つまりミュンヘンでの通勤圏と居住地域との差もほとんど出ていない。十万人に300人超えの陽性率である。

武漢は1月23日に閉鎖している。それ以降EU内でも中共との航空便を減らし、停止するような動きになった。恐らく件の女性はそうした動きの時に急遽帰国した可能性もあり得る。そして熱などの症状を呈したことから上海の空港で引っかかって24日検体Zhejiang/HZ103 となった可能性もある。所謂欧州型に変異したウイルスがそこで見つかっている。もし空港で隔離されていれば中共では欧州型のウイルスの感染は先ずとめられたことになるのだろうか。

そしてミュンヘンの会社のクラスターからの拡散は止められなかった可能性が強い。当地の大まかな環境は一昨年、昨年、そして今年も6月に泊まりに行く予定をしていたので分かるのだが、ミュンヘンの市街地からアルゴイ地方にかけてと可成り大きな範囲で通勤や物資の動きがあるところだ。家族の学校とかを含めて容易に感染を喰い止めることは出来なかったに違いない。

バーデンバーデン祝祭劇場のスタムパ支配人がSWR2のインタヴューを受けている。まだ州からの支援はブロックされているようだ。中止になっていない聖霊降臨祭や夏のフェストも中止になって四百万オイロから八百万オイロの損失となるらしい。復活祭も含めて、それ以外の方法での開催は事実上難しかったとする。これは納得のいく言葉だが、新シーズン九月以降の問題もプランBは出て来ない。収益性の問題でもあるだろうが、損失額は大したことはないので先ずは何かを動かすべきだろう。協力すれば損は補填できると思う。ザルツブルクもプロムスもルツェルンも思わせぶりな態度を保持している。全てはこの五月に決定されるということになっている。



参照:
衛生へのタスクフォース 2020-05-11 | 文化一般
南仏か、高地ドイツか 2018-10-05 | アウトドーア・環境
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怖れや喪失や萎縮、孤独感

2020-05-03 | SNS・BLOG研究
早めに出かけたが、パン屋の外で二人ほど待った。それでも二分も掛からなかっただろうか。書き忘れていたが先日は爺さんがマスク無しで入って行った。事情があるのか、知ってても敢えてつけないのかは誰も咎めなかっただろうから分からない。爺さんはうつるとおぼなそうなので放っておくしかないだろう。そもそもあのような爺さんが症状無しで感染しているのなら世界中誰も何もしないで済む。それで終わりだ。

ベルリナーフィルハーモニカーのユニセフ寄付の語り掛けをペトレンコがしていたものだから、それに留意を払って送金口座を提示した。もうこの時点で一銭も払わずには逃れられないなと思っていたが、ナミビアのユニセフおばさんらしきから礼のコメントを貰ったのでもう堪忍した。マーラープロを聴く予定でキャンセルとなって戻った金でも払い込まなければいけないかと思った。SNSは結構怖いものだ。

そもそもああした大組織に寄付などしたくはないのであり、今回初めてベルリナーフィルハーモニカーがやっていたことを知った。しかし今後も何だかんだとペトレンコが寄付を呼びかけたらどうしようかとも不安に思った。

「芸術や文化を共に体験することは断念できる不要なものではありません。このことを今改めて、それどころかより今こそ強く、その失ったものの価値を見出すことになっています。芸術や文化は、書く其の侭の意味において、生活必需品なのです。」とヨーロッパコンサートの冒頭の言葉としてシュタインマイヤー大統領は語った。

「その気持ちや感情は、私たち皆が感じていもので ― 怖れや喪失や硬直や孤独感などです。」とペトレンコが恐らく寄付呼びかけの収録の席でとても珍しくカメラの前でインタヴューに答えている。



参照:
二年越しの重点課題 2020-04-06 | 文化一般
見出す乗り越える路 2020-04-08 | 音

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切り捨てる腐ったキュウリ

2020-04-07 | SNS・BLOG研究
独第一放送で陽性者数の少ない国を洗っている。ポーランドは、市民の意識が日本と似ている程度の国で同様に極右ポピュリズムが政権をとっている。そしてまったく日本と同じようにコロナテストがされていないと反体制派は騒ぐ、実際にそのテスト数は今迄僅か五万件のテストが三千八百万人の国民になされただけという。その一方政府は早い時期から国境を締めて国民に外出禁止を科したことから、その陽性者数が危機管理の成果として受け止められているとされる。その意味からは日本の政府よりは遥かに独裁的で賢い政府である。しかし実際にはテストを受けたくても受けられない人が多く、実際の感染度は知られていない。

もう一つのEU加盟国の例としてポルトガルが挙がる。こちらは同時に日本では神風のように心のよりどころとなっている「BCG接種でコロナに感染しない若しくは重篤化しない」の非科学的な仮説の根拠の一つとなる感染率の低い国として知られる。その対抗策は最初期に外出禁止に近いものを敷いたからで、そもそも海外からの定年者を集める国であり人口の五分の一以上が65歳というのでそもそも外出の必要が限られる。それによってある程度の制御が可能となったとされている。

しかし、両BCG接種国も現在は無視できない増加を示していて、なにも難しいマックスプランク研究所によるハイテク接種VPM1002の臨床試験結果を待たずともその根拠自体が似非科学であることがハッキリしてきている。要するに日本にも神風などは吹かない。

似非科学に反論することも出来ないが、1989年以降はドイツではBCGが禁止になっていて若い人たちは打っていない。つまり同じように感染している若い層に重篤患者が出たとは聞かないのが不思議なのである。日本では逆にある年齢以上はBCG接種をしていないということで重篤化しているという基本的な状況を重ねて仮説の根拠にしている。似非科学の所以である。

日曜日の夜に英国首相ジョンソンの入院が伝えられた。一週間経過してからの呼吸困難の様である。調べてみると英国のコロナ医療における死亡率は一割に達していて、治癒率も3%ほどである。首相が最初に語っていたように「多くの家族が愛しい人を失う」という政策が自分自身の身に降り注いでいる。重要なのは集団免疫を早く作ることでその過程で犠牲になるのは仕方がないという事だろう。
Coronavirus: PM says 'many more families will lose loved ones'


水曜日に購入したキュウリが腐った。最初から痛みがあったりしたが、直ぐに黴ていた。黴を除去して塩をつけておいたが、黴が増えて駄目になった。一本のキュウリを駄目にしたのは初めてである。原因はスペインやオランダからの国境超えで時間がかかって、スーパーに並ぶ時から悪かったという事だろう。最早野菜は地元産のものを八百屋で購入するしかなくなってきた。徐々に供給が厳しくなってくる。

ベルリナーフィルハーモニカーの五月の公演のキャンセル決定が続いている。ヴィーン公演が無くなったことで既にキャンセルされていた本番のマーラーフェストと共に消え去った。その他のツアーはまだキャンセルされていないが、そもそもメーデーのイスラエル公演が駄目になるのは明らかだ。ベルリナーフィルハーモニカー側からはキャンセルできないのは当然だとしても、イスラエルが躊躇しているのはなぜだろうか。その他の公演も一部ドイツの外交部の後援を受けているので通常の興業ではない。



参照:
二年越しの重点課題 2020-04-06 | 文化一般
政治的パフォーマンス 2020-03-24 | 歴史・時事
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一万回も呟いたか

2019-08-13 | SNS・BLOG研究
いつもながらのブルーマンデーである。中々仕事が捗らない。日曜日のスイスからの放送は、疲れて忘れて、眠ってしまったていた。スイスの中継VPNがダウンしているようで中身は確認していないが、ユジャ・ワンの音楽祭デビューである2009年のクラウディオ・アバド指揮のプロコフィエフ三番と、昨年のキリル・ペトレンコ指揮の演奏が比較されて放送されたようだ。後者はARTEのものを落としたので、それとの質の比較となる。その後先日ラディオ放送されたのでそれほど関心は無い。前者の者も他所では観れるようだが、文字通り比較してみたい。

呟きが一万件を超えた。最初はBlogの更新お知らせのようなものだったが、知らない内に回数が増えた。それでも二つのBlogと放送などのお知らせ情報が主で、その他はコメント程度しかない。それでも数は増える。

ザルツブルクからの「イドメネオ」生中継を流した。流石に無料お試しでは切ってくる。だからまともには観れない。この機会を狙って制限を掛けてくるのは商売としては正しい。しかしそこで再読み込み度に流れるロレックスの宣伝は馬鹿だ。イメージを悪くするだけで、そもそもロレックスの高価な時計を買おうという人はそんなケチな考えは持たない。無料で見ようとする人には見識がある。だから悪いイメージしか植え付けない。少なくともロレックスのご厚意で30分ほどご覧くださいと流す方が有難味が湧く。ぶつぶつ切られると逆恨み感情しか湧かないだろう。それでも気にしない私は概ねの骨子を掴もうと読み込みを繰り返す。

ざっと一幕を観た感じではやはり大分「ティトュス」とは異なる。舞台も平面的で、緊張感も生まれていない。個人や合唱の演技自体はあまり変わらないが、同じ暗めの舞台でもハイライトがあまり当たっていない。全体の演出からそのようになっていると思われるが、細かな感情が演技として活きない。ソリスツにもキャラクターを示すだけの存在感が欠ける。一人の歌手の眼が大きく表情豊かだっただけでも前回は違った。何よりも欠けるのはドラマテュルークの構成で、可成り不味い。その大きな責任は音楽にあるのは間違いなく、舞台関係者が性格を正確に研ぎ澄まして強化していくためには音楽的に能弁でないと駄目なのだ。責任は指揮者クレンツィスにある。

音楽でドラマを作れない限り演出が何をやっても駄目なことは明らかだが、この舞台を見ていると悪いウィルソンのそれよりも冴えない。逆に復活祭の様にメータ指揮でドラマの骨子が出来上るとそれでもとても説得力が出てくる。二幕、平土間で歌わせて何を得ようとしたのだ。

因みに歌の一人一人は全然悪くない。評価がされにくいラッセル・ト-マスでも「ティートュス」の時よりも単調ではなくなってきている。残りはこれもオンデマンドになるならば一通り観れるのではなかろうか。



参照:
反レーシズム世界の寛容 2017-08-11 | 文化一般
無視にしか価しないもの 2019-07-29 | マスメディア批評
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なにがどのように繋がるか

2019-05-07 | SNS・BLOG研究
発注していたもう一つのコードレス電話機が届いた。予定通り寝室に設置する。そしてステーションにケーブルを繋いで、電話機と交信するが電話が掛からない。前回と同じで電話線と正しく接続されていないのだろう。仕方がないのでDECT電話機としてルーターから直接飛ばす。これは問題なく接続できた。問題は通信電波を出来るだけ抑えたいことにあるのだが、どうせベット脇にはタブレットを置くので、電話一台ぐらいはあまり変わらないかもしれない。ルーターの方ではスタンバイに消費を抑えるような機能になっている。

同時に発注した充電池も届いた。こちらも完全充電までには時間が掛かるが、従来の回線には繋げたので、少なくとも屋根裏部屋の机の脇において、どこから電話が掛かったぐらいはこれで分かるようになる。電話に出ても問題は無いのかもしれないが、暫くは様子を見よう。新しい電話機の方が明らかに機能が高い。少なくともこれで電話が掛かってきても動きながらでも応対可能となった。

翌朝起きて問題が発覚した。怪訝していたステーションの振動音である。耳障りな蚊のような周波数を聞いた。これは駄目だと思った。折角針音のしない目覚ましを購入してもこれでは台無しである。そこで一走りしながら考えた。そして結論は充電時間だけ電源を通すようにタイマーを挟むことにした、現在使っているのは冬季の小電球用なのでこれを夏季には代用して、冬季になった時にもう一つ購入すればよい。

最初の充電時間は6時間だったが、それほど長電話をするとは思えないので、先ずは一日昼時に二時間ほど分けてオンにするように設置した。それで足りなければ通電時間を長くしていけばよい。兎に角耳につくのだが、もう一台の方は事務机の横で大抵はPCが点いているので問題は無い。オーディオ的には消したいところだが、まあそれはいづれ検討しよう。

行くことも無いカナダのオペラ劇場情報がフィンリー経由で知らされた。今回はそこでオテロを歌っているのがラッセル・トーマスで、ザルツブルクでの「ティトュスの寛容」出演時からフォローしている。本当はあのキャスティングの中で一番情けなかったのだが、こちらの呟きを見つけられたものだから仕方がない。しかし徐々にサンフランシスコ辺りから歌い始めて、大役での出演が増えている。再度ザルツブルクだけでなくミュンヘンにも登場するようなことも書いてあった。要するにキャリアーをゆっくりと上っている。
Trailer | Verdi's OTELLO


そこでフィンリーのヤーゴばかりの映像のところで、漸く聞けたのがオテロの第一声だった。ウォールストリートジャーナル批評から「革命的」という言葉が見出しに使われているが、なるほどドミンゴ以来の迫力がある。見た目もザルツブルクの時は何かぎこちなさがあったが、このオテロは上手く嵌っていそうだ。

呟きだけでもフォローしてきたのでその人物像は良く知っている。一度は皆にフォロワー数を増やしたいから手伝ってくれと呼びかけたりしていて、全く舞台でもそのキャラクターを隠せない不器用さが個性になっている。確かに声質もオテロに合っていそうで、肝心なところをもっと聴いてみなければ判断は出来ないが、決して悪くはなさそうなのだ。CBCあたりで放送が無いものかと探している。
OTELLO: "Una vela!...Esultate!"


その情報を集めていたら、今度はそこで指揮しているヨハネス・デーブスという指揮者がフォロワー申告してきた。こうなれば仕方がない。調べてみると、もともとミュンヘンでも振ったことがあり、フランクフルトから出てきたようで読響監督ヴァイクルなどの仲間の様だ。日本でも振っているようだ。しかしカナダの監督になってからそこに集中しているようで、こちらでの活躍は少なくなっている。だからこうした話題になるのはとても大きなことなのだ。そして私のところでペトレンコと一緒に乗せて貰うとそれは誰の目につくかということになる。そうした細々したことの積み重ねでしかない。実際にフィンリーのイアーゴだけならここまで扱わなかっただろう。なにが助けになるか誰も分からない。



参照:
ザルツブルク、再び? 2017-11-17 | 文化一般
Go home & never come back! 2017-08-24 | 歴史・時事
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