☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

天空の仕事

2017年01月17日 | 生活・ニュース

 北風が吹く寒い日の昼前、庭に出た。ロケットストーブに火を着け、手をかざしながら西の空を仰いだとき、300m彼方の上空に、黒い点のようなものが見えた。時間の経過とともにその点は北の方向に移動していく。「何だろう」と、単純な疑問がわいてきた。

 目を凝らしてじっと見てみると、曇った空に溶け込むように細い線状のものが南北に掛かっており、それにぶら下がるように人がいるかのように見える。慌てて家の中から自慢の望遠が素晴らしいコンパクトデジカメを持ちだし、最大が120倍のズームを効かせて写真を撮った。再生してみると、長い髪を後ろでむすんだ男が安全帯をしてぶら下がり、何やら工事をしながら北に移動しているのが分かった。

 そういえば、岩国~大竹間にバイパスを作るため、じゃまになる鉄塔を移設する工事が始まっていることは聞いていた。そのため、新しく配線工事をしているのであろう。それにしても高さが地上100mはありそうな高いところで、しかもこの寒空で、たった一人が黙々と仕事をしている。

 丁度その時知人が立ち寄ってきた。ストーブに当たりながら「トイレはどうしているんだろう」と心配する。寒さ対策は万全にしているだろうが、一旦仕事を始めると、おいそれとは降りることは出来ない。こんな生理的なことが他人事ながら心配になる。

 そうこうしていると12時の時報が鳴ったが、降りてくる気配はない。あんな天空で弁当を食べるのだろうか。いや昼過ぎまでやればその日の仕事はやったことにするのかもしれないなど話しながら、知人は帰って行った。こんな過酷な条件での仕事のお陰で我が家にも安定した電気が送られてくる。

 それにしてもコンパクトデジカメ、肉眼ではハエの大きさくらいの黒い点でしか見えなかったものが、髪の形までが分かるくらいの大きさにまでズームできるとは。寒空で一人頑張っている男とこの極小のコンパクトデジカメに、まずはかんぱ~い!!

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イタリア展

2017年01月16日 | 食事・食べ物・飲み物

 土曜日、小雪が舞う中、広島の福屋デパートで、イタリア展が開催されるのを知って行ってみた。11時から先着30名の客を前に東京の麻布にある「リストランテ アルポルト」のオーナーシェフである有名な片岡護シェフが来広してイタリア料理教室が開催されるのに参加してみた。

 2種類のスパゲティを1時間かけて説明しながら作って見せる。1品目は、キャベツの中にカラスミとアンチョビを少量入れたスパゲッティ。2品目はスパゲッティ  アマトリチャーナといい、ベーコンと玉ねぎを主役にしたものであった。出来上がったものを紙製の小皿にほんの少量盛り、試飲程度の量のワインと共に配ってくれる。

 我が家の作り方と大きく違う点がひとつあった。オリーブオイルの中で、まず最初にニンニクとタカの爪を炒めていくが、ニンニクがきつね色になるまでとにかく弱火でゆっくりと炒めてゆくことである。こうすることでニンニクのくさみを出すことなく、おいしいものを作ることが出来るという。  

 ほんの少量の試食であったが、満足して昼食は軽いものを食べることにした。イタリア展の会場の中に、本場の大きなエスプレッソマシーンを備えたカフェがあったので、そのカウンターに座った。店の名は「Cafe ロ・スパッツィオ 」と書いてある。東京・目黒の学芸大学の前にある有名なカフェのようである。イケメンの若いバリスタが笑顔で注文を聞いてくる。一押しの「カプチーノ」とチーズを挟んだ特製のパイを頼んだ。

 目の前のマシーンを使って、エスプレッソを淹れてくれる。その上に、たっぷりのミルクを小さな注ぎ口がついたポットで注意深く注ぎ入れる。その後、爪楊枝の先を使って何やら細かな作業をしていた。「はいどうぞ」と差し出されたカップを見て驚いた。マフラーをして座っていた私に似たマフラーを巻いた男の子が可愛くカプチーノの表面に描かれていた。

 奥さんのカップには、象が大きく鼻を上げている絵が描かれている。聞いてみると、イタリアのミラノの近くのバールでバリスタの修業をしてきたという。東京でも人気のバリスタであった。こんな絵柄を1000種類くらい描くことが出来るという。それも僅か1分足らずの時間にである。 

 15年前にイタリアに旅行した。その時入ったバールで飲んだエスプレッソの味を広島で思い出しながら味わったが、それにしてもこのバリスタが描いた可愛い絵が崩れていくのを残念に思いながら、写真に1枚切り取っておいた。 

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冬のバラ

2017年01月15日 | 季節・自然・植物

今年初めて雪が積もった。

嬉しくなって久しぶりに朝風呂を沸かして入ってみた。

贅沢な気分になって外を見ると、紅葉したブルーベリーの葉の上にも雪が積もっている。

風呂から上がり表に出てみると、赤い冬のバラが寒そうに雪に埋もれていた。

どんなに寒くても雪が好き、冬が好き。

生まれた所が厳寒の満州・大連だったからだろうか。

そんな雪も、昼前にはすっかり解けて、また元の灰色の世界が戻ってきた。

夢から覚めたような不思議な気分になっていた。

そういう今日は小正月。餅を2臼ついて宅急便で孫に贈った。

「雪のため、いつもよりは届くのが遅れるかもしれません」と店員が言う。

ちょっぴり、北国気分を味わった。

 

 

 

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お年玉付き年賀切手

2017年01月14日 | 生活・ニュース

 正月も終わって、街にもまた日常が戻ってきたと思っているとき、厚手の和紙で作った1枚の絵ハガキが届いた。8年前、エッセイ教室というものを開催したとき、周南市から参加してくれた女性からであった。その翌年、周南地区に我々と同じようなエッセイの同好会を立ち上げた、活動的な人である。

 その時に開催された初めての例会に招待されて参加したことがあったが、その後、特にお付き合いすることはなく今日に至っていた。突然何の用件かと思って文面を読んでみるが、特段のことは書いてない。「岩国へ電車に乗って行ったことをふと思い出します。周南の同好会の発足にもたくさん助けていただきました」とだけ書いてある。

 何かの拍子に、岩国に出かけたことを思い出してくれたのだろう、と思いながらはがきの表を見ると、宛名のすぐ横に縦が5cmもある見慣れない縦長の切手が、でんと貼ってある。干支の鶏の絵が大きく描かれている。メガネをずり上げて印刷してある小さな文字を読んでみた。

 最上段には「52+3」、下の方には「351563」と数字が、最下段には「お年玉抽選日とお年玉のお渡し日」が書いてある。とすると、この切手はひょっとして「お年玉付き切手」なのか。「お年玉付きはがき」はよく知っていたが、こんなものが販売されているとは知らなかった。

 早速ネットで調べてみた。年賀郵便切手は、1936(昭和11)年の年賀用として1935(昭和10)年に初めて発行された。その後一時中断があったが、1948(昭和23)年以降毎年発行されている。1990年
からは私製はがき用の額面のくじ付き切手が発行され、1992年以降は、くじ付きの寄附金3円付き切手が発行されている。

 寄付金の届け先も、社会福祉、災害予防、文化財の保護社会教育など広い分野に定款できちんと決めてある。年賀はがきや切手を買う時に、私は今まで寄付金付きのものを買ったことはない。こんな機会を捉えて金額としては僅かだが、寄付をしようという人を心から尊敬してしまう。

 年賀用に「お年玉付き年賀はがき」だけでなく「お年玉つき年賀切手」というものが存在していることを初めて知った。年賀状ではないこの絵ハガキは、私に対してのお年玉の積りで送ってくれたものかもしれない。1等は金10万円だという。「今年も春から縁起がいいわいな~」といくだろうか。楽しみが一つ増えた。

 

 

 

 

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春を誘う

2017年01月13日 | 季節・自然・植物

  もらった年賀状を整理した。新年を寿ぐ色々な言葉が書かれている。典型的なものは「明けましておめでとうございます」であるが、続いて多いのは「初春」「迎春」「謹賀新春」「賀春」など春がついたものが多い。正月は季節でいえば冬の真っ盛り。「冬来たりなば春遠からじ」とは言うものの春はまだ遠いが、春を待つ気持ちがよく分る。

 そんなことを思いながら賀状を整理しているとき、窓の一角を小さな黒い影がよぎって行くのが目に入った、外を見るが、デッキの中ほどまで伸びているオリーブの枝が、風に揺れているばかりであったが、デッキの上は日溜まりは暖かそうで「もう春がやって来ている」、そう思えた。

 ひと月もすれば、ここかしこに春の気配がするころだと思いながら、昨年の手帳をひも解いてみると、1月26日には我が家の庭にメジロがやってきたと書いている。そういえば昨年、やって来たメジロを望遠の利くデジカメでアップして撮りたくて新型のデジカメを買ったことを思い出し、早速今年もメジロを呼び込む策を講じることにした、

 正月残りのミカンを半割にし、真ん中にヒモを通したものをオリーブの木の枝にぶら下げた。枝に突き刺してもいいが、大きなヒヨがやって来て枝にとまって食べつくす。ヒモでぶら下げておくと、羽ばたきしながら食べることが難しいので食べつくすことはなく、メジロにもミカンが残される。

 春告げ鳥と呼ばれて警戒心が強く、人里ではまず見ることのないウグイスに比べると、メジロは早春に人家のある里でも見ることのできる人懐っこい鳥である。何故か色はウグイス色で、スズメと見まがうようなウグイスとは違って見た目も愛らしい。それなのになぜ「梅にメジロ」ではなく「梅にウグイス」と言われるのだろう。  

 これは、梅にウグイスが来ると言う意味ではなく、梅の枝にウグイスがとまっている光景は、ぴたりと合って様になるというイメージからだという。どうやら、人間の勝手な想像で、ウグイス色をした色形の美しいメジロより、美しい鳴き声をしたウグイスの方が梅に調和していると昔の人は思ったようである。昔も今も、男は姿形よりは、耳のそばでささやかれる美しい声には弱いということが分かった。

 

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酒の粕

2017年01月12日 | 食事・食べ物・飲み物
  岩国エッセイサロンの会員に、130㎞も離れた所に住んでいる女性会員がいる。毎月の例会に出席することはかなわないが、節目の例会には遠路新幹線に乗って出席してくれる奇特な会員である。彼女は酒造会社に勤めていることから、毎年年明けに、板状の酒粕をダンボール箱に入れて会員へのプレゼントを私宛に送ってくれる。

 年初めの例会のときに会員へ配るためポリ袋に仕分けするのが、この時季の私の仕事となっている。さて、この酒粕とは一体どんなものか。いつも奥さんから「お父さんは世事に疎く、誰もが知っているようなことでも何も知らないんだから……」と言われ続けて何十年であるが、酒粕の素性についてもよく知らない。ちょっと調べてみた。

 「酒粕とは日本酒を作るとき、醸造した発酵中の液体であるもろみ(醪)を濾過した後に残る白色の固形物のこと。酒米を醸造すると重量比で25%ほどの酒粕が取り出され、その成分は水分・炭水化物・蛋白質のほか色々な栄養素も入っていて、健康効果が期待される食品としての価値が見直されている。

 酒粕は直火で焼くと風味が引き立ち、砂糖をまぶして菓子のように食べるとおいしい。これは「もみじ焼き」とも「雪もみじ焼き」などと呼ばれている。料理法としては、粕汁、甘酒、粕漬けなどがある。注意しなければならないことは、酒粕にはエタノール分が約8%程度残存しているので、摂取した後に自動車を運転すると法律違反となる可能性がある」。

 こんなに皆から愛されている「酒粕」であるが、「カス」という名前が付いているのが気の毒である。「カス」といえば、「必要な部分を取り去ったあとの残り」とか「役に立たないつまらないもの。くず」という意味があるが、「こしあん」のように、搾り取った一見カスと思えるものの方に価値があるものもある。酒粕もまたしかり。

 とすると、濾過した時に有用なものは液体の方か固体の方かは一概に決めることは出来ないというものである。後期高齢者も考えようによっては、年月をかけて社会で濾過された後の残渣のようにも思えるが、濾された後でも酒粕のように有用で皆から愛される存在でありたいと、頂いた酒粕を見ながら思う年の初めである。
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ご利益

2017年01月11日 | 生活・ニュース

 新年を迎えたと思っていたら、もう1月の10日。午前中、歯の定期健診に出かけた日の午後、陽気に誘われて久しぶりに山に登ってみることにした。山といっても、裏山を1.7km登った標高が150mの桜ヶ峠までである。ここには虚空蔵菩薩堂という小さな堂がひっそり佇んでいる。

 最後はやや急な坂道となるが、車も走るアスファルトの道をゆっくりと登ること30分で到着した。思い起こしてみると丁度1年ぶりである。手ごろな散歩道ではあるが少し息が上がる。夕方、駅に向かう平坦な道ばかり散歩していることを少し反省する。

 参拝者が記帳するノートに、名前と住所を書き込んだ。ひと休みをしていると、直ぐに寒くなってきた。あわてて脱いでいたウインドブレーカーを着て山を下りて行った。道に落ちている枯れた小枝を、ロケットストーブの燃料にと拾っていると「どうされるのですか」と後ろから声がかかった。振り向くと、60代の元気そうな男が笑顔で立っている。「いやいや、ストーブで焼き芋でも作ってみようかと思って……」といながら、一緒に歩き始めた。

 聞き出したこの人の人物像は「我が家と国道を挟んで反対側にある団地に住んでいる。市内の大手企業に勤めていた。65歳で目下第2の職場で仕事をしている。カメラに凝っていて、デジタル一眼レフのいいものを買い、写真クラブに入会・活動している。スキーは若いころから県体に出場していて、今でも現役。今年も滑りに行く。今は奥さんと2人暮らし。子どもは3人いるが、孫はまだいない」くらいの話を聞いている間に我が家についた。

 話の途中、この人の奥さんを私はよく知っていることが分かり「世間は狭いですね」とあいなった。奥さんの母親と私の母とは知り合いで、子どもの頃から互いに顔は知っていて、今でも散歩の途中で顔を合わせたとき挨拶をする女性である。「今度ゆっくりコーヒーでも飲みながらカメラの話でもしましょう」といって別れた。

 初春、菩薩様へ参ったご利益で、こんな出会いを作ってもらった。「カメラの話を」とは言ったが、私のカメラは望遠がすごいといってもコンパクトデジカメ。はてさてどんなカメラの話をしたらよかろうか。「望遠で月のクレーターが撮れました」と少し背伸びをした話をしてしまったけれど……

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とんど焼き

2017年01月10日 | 旅・スポット・行事

 成人の日の夕方、錦帯橋の下川原で5時から盛大な「とんど焼き」が開催された。奥さんを誘って4年ぶりに車で出かけてみた。とんど焼きとは「左義長」(サギチョウ)ともいい、その年飾った門松や注連縄、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べる、また、注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくと、その年の病を除くといわれている。

 5時前だというのに河原の駐車場にはすでに多くの車が止めてある。数台の消防車も配置されており、防災対策も万全である。車から降りると2張りのテントにまっしぐら。そこでは、割烹着を着た年配の女性がお汁粉の接待をしてくれている。プラスチックのお椀に、柔らかく伸びのよいお餅が一つ入った熱々のお汁粉を吹き吹きおいしく頂いた。

 5時ちょうど、神事が開催される。その後、主催者や来賓のお歴々の挨拶があった後、小山のように盛り上げてあるとんどに火が入れられると、少し強い風にあおられて、あっという間に炎が高く舞い上がる。あたり一面真っ暗になった河原の真ん中で勢いよく燃えあがる火は、あたかも年神様が天に戻って行くように見える。

 錦帯橋のとんど焼きは今年で20回目を迎える行事だと紹介された。地域の皆さんのおかげで、徐々に市民に支持され始め、盛大な行事になっているようである。炎が一段と大きくなった6時ちょうど、臥竜橋の方向から冬の花火が数発打ち上げられ、とんど焼きに華を添えた。

 しばらく見ていたが、次から次へと輪飾りや注連縄、門松の太い竹や、縁起ものの一抱えもあるダルマが数体投げ込まれたのを見ながら帰ってきた。ちなみにこの「とんど」は、「どんと」とも「どんど」とも、似たようないろいろな呼び方があるようだ。少々覚えそこなっても、みんな「とんど」のことであるから、記憶力が減退した年寄りには都合のいい祭の名前である。さあ、これで正月もとんど祭りも終わった。ことしもドント行きましょう、ドントね。

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「25年ぶりの感動」

2017年01月08日 | エッセイ・本・映画・音楽・絵画

 松の内が明けた日曜日。朝からの曇り空は昼前から冷たい小雨に変わったが、雨は中々雪に代わってくれそうもない。そんな暗い空を眺めながら、この時期恒例の作業に取り掛かることにした。昨年1年間書きためたブログの製本である。

 パソコンに保存しているものをプリンターで印刷をするが、数年前からプリンターの紙送りがスムーズにいかず、数枚ずつ手で給紙していかなければいけない。それでも時々紙送りが上手くいかず、印刷するだけで2時間ばかりを要した。

 それが終わると、10年前に木工で作った製本機を取り出して本の形にしていく。本の背中にカナノコを使って切り込みを10カ所くらい入れ、のりをつけて固める。ころ合いを見て、製本機から取り出して厚めの紙で表紙を作る。ここまでの作業に合計4時間近くがかかっていた。

 夕食前に何とか完成させることが出来た。昨年のものは128編・220ページであったものが、今年は読みやすいように行間を少し広くしたこともあって、B6版で164編・300ページのものとなった。悩んだあげくタイトルは「25年ぶりの感動」とした。

 ことのほか暑かった昨年は、プロ野球の真赤激・広島カープも熱かった。日本シリーズで日ハムに敗れて日本一こそ逃したが、25年ぶりのセ・リーグ優勝に私も酔った年で、何度もカープのことをブログに書いている。どの試合も劇的な逆転があったりして25年分の楽しさと喜びをを享受することができた。そんなことで、「25年ぶりの感動」とすることにした。

 ブログを書き始めて丸12年を終え、製本したものも12冊となった。初期の3冊は、恥ずかしげもなく自費出版をして書店で販売をしてもらった。ブログを書いているときにはそれほどのこともない内容だと思いながら書いているが、本の形にしたものを取り出して読んでみると、まんざらでもなく、書いていた時のことを鮮明に思い出させてくれる絶妙な小道具となっている。

 いつまでこんなことを続けて行くのか、自分でも分かっていないし、決めてもいないが、この本には、私というたった一人の愛読者が見棄てることなく、いつも優しい眼差しで見守っている。

    

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見送り

2017年01月07日 | 生活・ニュース

 昨年の10月13日の早朝、遠くから帰省していた次男の嫁が女の子を出産した。報せを受け直ぐに病院へ駆けつけ、2時間後に初めての対面をした。その日の夕方次男も帰って来て、初めて自分の娘を抱いた。それから早くも3か月近くが経った今日(7日)、乳児の子育てに自信がもてた嫁が、付き添い役の母親と共に新幹線に乗って帰って行くことになった。

 帰って行く先は東海道の三島である。飛行機で帰る選択肢もあるが、ゆったりと座れる新幹線を選んだ。新岩国駅からだと、広島と名古屋で乗り換えがあるので、どうしても付き添いがいるようである。

 市内にある嫁の実家に車で迎えに行き、昼前に新岩国を出る列車に間に合うよう駅に向かった。これからの数日間は母親がそばにいてくれるが、その後はいよいよ一人で育てなければいけない嫁は、少し不安な様子に見えた。これからが母としての力を発揮しなければいけないが、次男と2人で何とかやっていくのであろう。

 そんなことも知らずに、抱かれて眠っているいる孫娘は時々笑ったような無邪気な表情を見せてくれる。まだ今は誰が誰だかわからないが、今度会うときにはどうなんだろう。人見知りするようになっていて、私に抱かれたりするのを嫌がったりするのだろうか。そんなことを思いながら出て行く新幹線を見送った。

 長男家族もやって来て、例年になく賑やかだった正月が、名実ともに終わった。玄関に飾っておいた松飾りを取り外し、またいつもの2人だけの平々凡々とした日常が始まった。さて、今年はどんなことをして過ごそうか。

 昨年、後期高齢者に仲間入りしたと思っていたが、何と日本老年学会というところが、65歳以上と定義されている「高齢者」を75歳以上に見直すよう求める提言を発表した。10年前に比べ身体の働きや知的能力が5~10歳は若返っていると判断したからだという。とすれば、私は「後期」などではなくやっと「高齢者」に仲間入りしたばかりとなる。これは儲かったことなのかどうか。そんなことを思いながら、遅ればせながら今から1年の計をあれこれ考えてみる。

 

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