☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

線状攻撃隊

2017年07月20日 | スポーツ・山登り・釣り・遊び

 7月に入り九州北部で記録的な豪雨があり、甚大な被害が出た直後、新潟県や福島県で、これまた局地的な豪雨により、道路が冠水するなどの被害が相次いだ。いずれの豪雨も「線状降水帯」が原因だったという。猛暑の下での被災地の惨状を見ると心が痛む。

 「線状降水帯」とは聞きなれない気象現象であるが、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される線状に伸びる強い降水をともなう雨域」だと書いてある。その時の気象条件や地形などによるものであろうが、日本全国どこで起きても不思議ではないという。
 
 話は変わるが、今年の広島カープの戦い方である。特に一昨日(18日)と昨日(19日)の対阪神戦である。18日は、カープは2回に打線が集中的につながり、あっという間に5点も入れた。続く19日には、3対3の同点の8回、打者を12人送り込んで一挙8点を入れた。いずれもホームランはなく、エラーや四球を挟んで、つなぎにつないだ打線の結果であった。

 今のカープの途絶えることのない強力な打線は、点ではなくまさに「線状」となって簡単には止まらない。線状に伸びる降水の「線状降水帯」は御免であるが、途絶えることのない打撃の「線状攻撃隊」はこれからも大いに期待している。頑張れカープ!! 

 

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特価玉子

2017年07月19日 | 食事・食べ物・飲み物

 何かと忙しい奥さんから、夕食用の買い物を頼まれた。買ってくるものを紙に書いて最寄りのスーパーに出かけた。夕方のスーパーは買い物客で多い。所々に、私のように男一人で買い物に来ている客がいる。慣れていない様子が、私と同じようにうろつき歩く姿で分かる。

 玉子を1パック買ってくるように言われていた。売り場に行くと、棚に10個入りや6個入り、4個入りと数やブランドの違うパックが並んでいる。10個入りといっても、100数十円のものから300円くらいのものまであるが、それぞれがどう違うのかがわからない。

 200数十円のものを手に取って眺めていた時、「今日はこっちの方が安いですよ」と、そばに立っている年配の奥さんがパックを一つ手に持って教えてくれた。見ると、その棚に「本日の特価玉子 128円」と張り紙がしてある。

 親切に教えてもらったので、私もそれを買って帰った。「今日は、特価商品の安い玉子を買ってきたよ」というと。奥さんから「それはおいしくないのよ」と冷たく言われた。たかが玉子だが、調べてみると飼育環境やエサや養分の与え方によって、おいしいものとおいしくないものがあるという。

 どれほどの差があるのか。分かる人には分かるのか。あの値段の差は、飼育される鶏にとっては大きな違いがあるだろうが、玉子にどんな差が出るのやら。そんなことは考えずに特価品の安い玉子を買ってかえった。

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梅雨明け?

2017年07月18日 | 季節・自然・植物

 朝方、少し強い雨音の合間に、遠くから聞こえる雷の音で目が覚めた。いつもより早い6時ころ起きだしてみたが、まだ少し寝むり足らない。もう一度ベッドに入りなおして、いつもの時間に起きた。

 3連休明けの今朝は新聞はお休みだ。そんな朝は起きて顔を洗った後、たちまちすることがない。奥さんが朝食の支度をしてくれるまでの間、見るとはなしにテレビで朝のワイドショーを眺めているが、連日、芸能人夫婦の離婚騒動と毒アリ・ヒアリの襲来、各地で異常な高温が続いているという不愉快な話ばかりで、ますます暑苦しくなってくる。

 9時前には雨は上がり、気持ち良い空気を吸いに庭に出た。四季咲きのバラが5種類、まだ健気に花をつけて楽しませてくれている。夏野菜のキュウリもナスも役目を終えて枯れている。そんな季節の移ろいを眺めていた時、裏山から蝉時雨が聞こえてくるのに気がついた。

 7月の初めのころであった。庭に出ていると、突然「シャーシャー」という1匹のセミの鳴き声が聞こえてきた。「あ~、夏がやってきた」と思って以来、2週間ばかりが過ぎた今日18日は蝉時雨である。

 「セミはなぜ鳴くの? セミの勝手でしょ」とはいかない。オスがメスを呼び寄せるためだというが、あれだけ多くのオスゼミが一斉に鳴いたのでは、メスはどのオスに行けばいいのか判別できないだろうにと、いらぬ心配をする気にもなる。

 そんなセミのことはさておき、ネットで今日の気圧配置を調べてみると、梅雨前線は中国地方ではすでに北上してしまっている。早朝に雷もなったし、今日あたり気象庁から「中国地方は梅雨が明けました」との宣言が出されるに違いない。「待ってましたっ」とは言い難い暑い暑い夏がいよいよやってきた。

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長 老

2017年07月17日 | 生活・ニュース

 「物知りは むかし長老 いまネット」。今朝の新聞に載っていた読者投稿川柳の一句である。
 長老とは、年老いた人を敬っていう語で、特に経験が豊かで、その社会で指導的立場にある人をいうが、長い間その地で生きてきて、その地で代々引き継がれてきたしきたりや風習はもちろんのこと、いろいろな知識も豊富な老人のことであろう。平均寿命が短かった昔では、長老と呼ばれる老人はそんなに多くはいなかったろうから、貴重な存在であったことは想像に難くない。

 今の世の中、やがて日本人の三分の一が65歳以上の高齢者、すなわち老人と呼ばれる世代になる。ところが年はとっても周囲から長老と呼ばれることはほとんどなく、昔のように、誰かが何かを聞きに来たり相談しに来るようなことはない。

 幼い子供までがパソコンやスマホを操るようになり、知識だけであれば人差し指1本で何でも知ることができるようになっている。時は間もなく夏休みの季節。昔は「分からないことがあったらおじいちゃんに聞きなさい」と言われて夏休み帳を抱えておじいちゃんの所へ行ったものであるが、今ではパソコンを開いてネットで調べれば何でも教えてもらえる。

 そうなれば、おじいちゃんの出番は少なくなると同時に、おじいちゃんの価値も低くなる。「分からんことがあったら何でも聞きにこい」と豪語していたが、ネットの知識には歯が立たない。それでも頼りにされて何か聞かれたような場合には、咳払いの一つでもしながらそっと2階に上がり、パソコンを開いて調べて降りるようなことをしている。 

 今は昔、「長老、長老」と頼りにされていた昔はよかったと嘆くのはやめよう。ネットにできないことは何か。それは臨機応変な生きた意見や考え方である。これができれば「長老」の出番はまだあるだろう。そのためには、それなりの努力もしなければと思っている。

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大玉な小玉スイカ

2017年07月15日 | 食事・食べ物・飲み物

 奥さんが手塩にかけて育てていた小玉スイカが、菜園の真ん中で7個すくすくと育っていた。受粉した月日を記入した荷札ををそれぞれの茎に括り付けている。3日前のことであった。「受粉して40日くらい経ったから、そろそろ収穫の時期だと思うわ」と言っていた。

 昨夕、東屋で涼みがてら庭を眺めているとき、近くの電線にカラスが1羽止まり、仲間を呼ぶような大きな声で「カーカー」と何度も鳴いていた。一体何があったのだろうと、疑問に感じながらやり過ごしていた。

 明けて今朝、スイカの点検をしていた奥さんが、「あれっ、カラスがつついているわ」と悲鳴を上げた。見ると、張っているネット越しに、スイカの三分の一くらいを食い散らかしているではないか。「食べごろになったのでカラスがつついたのだわ。もう、収穫しましょう」と言いながら、まだ小さなものを4個残し、大きくなった3個をもぎ取ってテーブルの上に置いた。

 台所から台秤を持ってきて乗せてみた。一番大きいものは3.2kgもあり、残る2個も3kg強あった。小玉スイカの外形はまん丸ではなく、少し縦長であるが、長手で約く20㎝ある。見ていると割ってみたくなった。まな板に包丁、大皿とフォークを持ってくる。

 奥さんが包丁でほんの少し切り込みを入れたとき、「パカッ」という破裂音を発してスイカが割れた。「よく熟れている証拠じゃない」と言いながら、断面を見るとおいしそうな真っ赤な色をしている。種は少し多いようであったが、かぶりつくと水分豊富でシャキシャキとして甘く、自家製としては合格の品と評価できた。

 「いつごろ収穫したらいいんだろう」と話し合っていたが、収穫の時期は、電線に留まっていたカラスが教えてくれた。カラスは本当に頭のいい奴だということが分かった。ここ1週間以内に我が家に来られた方には、小玉スイカをごちそういたします。ぜひどうぞ。

 

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褒められ上手

2017年07月14日 | 生活・ニュース

 最近は人から何かと注意されることはあっても、褒められるというような殊勝なことは、ほとんどなくなった。その昔の、かすかな記憶をたどって思い出してみると、人から褒められるということは、何であれ、とてもうれしい気持ちになるものであった。 

 人は褒められると「この人から認めてもらえた」という感情が生まれ、喜びや安らぎと同時に信頼関係が出来上がり、物ごとが前向きにスムーズに進む。これが褒めることで得られる最大のメリットだという。「褒め上手」という言葉があるように、人を褒めることは人間関係をスムーズに保つための、生きていく上での知恵であろう。

 私はというと、昔から人を褒めるということが中々できない方の人間である。人の欠点や失敗の方が先に目につくというわけではなく、褒めるポイントもちゃんと気が付くのだが、それを素直に口に出して褒めるということができない。人を喜ばせることに照れを感じるからかもしれない。

 人を喜ばせるのに、何も照れたりする必要はないが、人は褒められたときに照れる傾向がある。褒められた時の鉄則は、まずは「ありがとう」と感謝する。続けて、もう一言「おかげさまで」とか「あなたのような人に褒められて」などと、謙虚さを示す言葉を返せば完璧だという。 

 大抵の人は褒められると、「そんなことはありません」などと相手の言ったことを否定したりするが、ここはきちんとその評価を受け入れて、照れたりせずに謙虚に感謝の言葉を返したい。そういうことで「褒められ上手」を演じたいと思う。褒めてくれた相手も喜ぶというものであろう。

 褒めるためには、相手に対して鋭い観察眼を持っていなければいけない。漫然と対していたのでは、相手の長所も見つけることはできない。かといってあまりにじろじろ上から下まで見るのもいかがなものか。結構人を褒めるのは難しそうだ。先ほど美容院へ出かけた奥さんが戻ってきたら、さ~て、なんといって褒めてみようかな。照れずに言えるかな? 思っただけで顔が赤くなってきた。 

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酒の肴

2017年07月13日 | 生活・ニュース

 今日(13日)、九州南部には梅雨明け宣言が出された。我が地方も間もなく梅雨が明け、本格的な暑い夏がやってくる頃となった。夏といえば、ビヤガーデン。若かりし頃には、ビルの屋上の赤い提灯のぶら下がった席で、重たいジョッキを両手で持ち上げてビールを飲んだこともあった。

 ビールにしても酒にしても、「飲む」といえば必ず出されるのが「肴(さかな)」である。肴とは、酒を飲む際に添える食べ物のことをいうが、別名「つまみ」とか「あて」とも呼ばれることも多い。会社帰り、電車が来るまでの立ち飲み屋では、最も簡単なものとしてはビールには枝豆、一合枡の酒には縁に盛った塩が安い肴の代表格であろう。

 ところが、肴には食品以外のものもあるという。酒席に参加している者が楽しめることであれば何でも肴となる。酒の余興として演じられる歌や踊りを指す言葉として、肴謡、肴浄瑠璃、肴舞といった言葉が今も残っている。

 このごろの若い人の宴席では、さすがに踊りは出てこないようだが、カラオケで歌うなどは、酒の肴として主流になっている。また、他人の噂話をして酒席を盛り上げることを指して「酒の肴にする」ともいうので、上司の愚痴などではなく楽しい噂話も肴の一つかもしれない。

 そういえば、現役時代、2次会などで駅前のスタンドバーを巡っていた。ママが一人でやっている店に入ると、たった一人しかいない客を前に、ママがお悩み相談のような会話をしていることがあった。この客の前には、コースターの上に水割りが置いてあるだけであった。ひょっとすると、この男は、ママの優しい慰めの声が、唯一、酒の肴であったのだろうか。深刻に悩むことのなかった私には、そんな思い出は生涯皆無で生きている。

 

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離れないわ!

2017年07月09日 | 生活・ニュース

 日曜日だというのに、朝8時から地域の川掃除と草刈りが開催された。開始から1時間ばかり経った頃、少し強めの雨が降り出したのを機に、早めに作業は終了した。とはいえ、作業はほとんど終わっていたので、改めての呼び出しはないようである。

 汗と雨で濡れた体に少し熱めのシャワーを浴びせ、さっぱりした後、遅めのモーニングを取った。午後は、エアコンを聞かせた部屋で借りてきた本を読んでいた時、ある人が面白いことを書いていたので紹介いたします。皆さんもぜひこれを試してみて下さい。

 1. まずは両手を合わせる。続いて両手の中指を第二関節(指先から2つ目の関節)の部分で折り曲げてぴったり重ねる。中指をくっつけたまま、親指、人差し指、小指の順に離していく。
 2. ここまでは順調に、それぞれの指が離れる。そして最後は薬指の番。
 3. ところが、あれ? 離れない!? ぴっちり両手の指の腹がくっついたままで離れない。

 その訳はというと、親指は両親、人差し指は兄弟・姉妹、中指は自分、薬指はパートナー、小指はパートナーとの間にできた子どもを表している。親指が簡単に外れるのは、親元からいつかは離れ、自分の家庭を築く日がくるから。人差し指が簡単に外れるのは、兄弟もいつかは結婚して家庭を築く日がくるから。小指が簡単に外れるのは、自分たちの子どもも結婚して親元を離れる日がくるから。ところが薬指のパートナーとは生涯一緒だから離れないのだという。

 これは、結婚式のスピーチで、ある来賓が祝辞をした時のものだというが、うまいことを言ったものだと、ただただ感心しながら読み入った。早速、奥さんに話してこれをやらせてみたが、「指の筋がそういう風になっているからでしょっ!」と、なんともつれない反応。

 折しも、テレビのワイドショーでは、某大物芸能人夫婦の「離婚したい」「いや、させない」と、週刊誌やブログ・メディアを介しての応酬を、面白おかしくやっている。この夫婦にも、中指を曲げて「一生離れないわ」とか「一生離さないぞ」などと語り合った時はあったろう。よもやこんな泥仕合になろうとは、ゆめ想像だにしなかったろうに。

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捕らえた狸の皮算用

2017年07月02日 | スポーツ・山登り・釣り・遊び

 昨年の6月26日に書いたブログを、そのままコピーすればいいような広島カープ快進撃の成り行きを、早くもこの時期に予測してみた。

 昨年のこの時期、カープの成績は42勝29敗、勝率は0.592、2位のDeNAは、33勝36敗、勝率は0.478で8ゲーム差をつけていた。今年はというと昨日(1日)中日に勝って46勝26敗、勝率は0.639、2位の阪神は、38勝33敗、勝率は0.535で昨年とほぼ同じ7.5ゲーム差をつけている。

 ペナントレースは各チームとも70数試合を終え、約半分の日程が終わったところで状況は昨年と本当によく似ている。現在2位の阪神が優勝ラインの80勝を達成するためには、残り72試合を47勝25敗、勝率は何と0.653と今年のカープくらいの高い勝率でなければならない。

 ところが、カープが80勝するためには、残り70試合を34勝36敗、勝率は0.486、ほぼ1勝1敗のペースでいいことになる。 昨日の試合を見ても今のカープには、力と勢いがあるばかりでなく、何よりもチーム内で熾烈な競争があるにもかかわらず、チームワークといおうか、お互いの人間関係の良さがうかがわれる。トレードで入ってきた強打者を前面に出す戦力ではなく、3軍や2軍で自前で育てた生え抜きが活躍しているからかもしれない。 

 「捕らえた狸の皮算用」から判断すると、今年のペナントレースはすでに広島カープが優勝することは誰の目から見ても明らかである。あとは怪我をしないよう体調管理を万全にし、今まで通りの戦い方をしてくれることを祈るばかりである。

 広島カープの快進撃のおかげで、私の体調もなんだか快調である。それにしてもマツダスタジオは、33試合ですでに100万人の観客を動員したとか。連日の入場券完売、満員御礼。恐るべしカープファンであるが、テレビ座敷で熱い応援を欠かさないカープファンがここにもいる。最後まで、この皮算用通りに突っ走ってくれ~、ひ・ろ・し・まぁ カ~プ~~。

 
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夏は来ぬ

2017年07月01日 | 季節・自然・植物

 今年の梅雨は中休みが多い。梅雨らしい雨が降ったと思ったら、翌日には薄日が差して蒸し暑くはあるが雨が降らないという日が多い。そんな今朝、庭の東屋で市販のピザを焼いたものを持ち出し、コーヒーを飲みながらの簡単な「モーニング」をとった。

 食後、新聞を読んでいた時、裏山から今年初めて聞く鳴き声が聞こえてきた。クマゼミであろう、「シャワシャワシャワ」という鳴き方をしている。「んんん?、今日は7月の1日だ。こんな時期にセミの声を聞いたのは初めてではないか」と思った。

 蝉の声といえば、子供のころ夏休み帳を開いているときに聞こえてくるバックグラウンドミュージックとしてのイメージが強い。7月に入ったばかり、梅雨の真っ最中に聞いたような記憶はない。もうそんな時期なのか、季節が気ぜわしく前倒しにやってきているようである。

 そんなことを感じながら我が家を建てた時の記念樹である「夏椿」を眺めてみた。背丈くらいであった株立ちのものが、一番高いものは2階の窓くらいまで伸びている。その根元には10日ばかり前から白い花柄がいくつか落ちているのに気は付いていたが、しっかりと花を見てやってはいなかった。

 改めて見ると、花の大きさは直径5cm程度で、花びらは5枚で白く雄しべの花糸が黄色い。朝に開花し、夕方には落花するという誠にはかない一日花である。花を手に取って観察してみた。真っ白い花弁の1枚だけに丸いピンクの模様がついている。つぼみの時、最外側で他の花弁を覆っていた時の日焼けの痕で愛嬌がある。

 後期高齢者ともなると、目の前で起きるほとんどのことが、経験していることの繰り返しで、清新な出来事に遭遇することなどはほとんどない中でも、新しい季節の訪れだけは毎年新鮮に感じられる。そんな感慨に浸っているとき、政治の世界だけは、いくら時代が進んでもいつも不埒な「未曾有」の出来事が多く、「梅雨とは言えど鬱陶しく」気も晴れないこのごろである。

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