☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

4度目の「つぼ見」

2017年03月30日 | 季節・自然・植物

 昨日に続き、今年4度目の花見、いや「つぼ見」に出かけた。錦帯橋の上河原の我々夫婦にとって指定席と決めている芝生の上に持参のゴザを敷き、その上に折り畳み式の小さないすを置いて座る。今日は、茶店で売られているお花見弁当を買い込んだ。

 子供が春休みに入った上、日差しもあって温かいせいだろう、10組の花見客が車座になったり、親子4人組であったり、若い2人であったリが、適当な距離を取って弁当を開いていた。日ごろは家の中で奥さんと2人が顔を合わせて食事をしているが、明るくにぎやかな屋外で食べるのがおいしいのはどうしてだろう。

 河原には数台の観光バスや乗用車が日ごろになく多く止まっている。錦帯橋を渡る人も多い。頭上の桜のつぼみは、総じて先がピンク色になっているが、咲き出すにはまだ3、4日くらいかかりそうにみえる。

 錦帯橋や、そぞろ歩きをする花見客を眺めながら、お花見弁当をおいしく完食したあと、橋の袂にある開花標準木を見に行ってみたが、先ほど頭上に見たつぼみと同じ状況であった。明日はまた寒くなると天気予報で伝えている。再び暖かくなるこの日曜日辺りに開花宣言が出されるのだろうか。そんなことを思いながら、今年4度目の「つぼ見」を終えた。

 毎年この時期、我が家の昼食のダイニングルームは、錦帯橋の上河原に移る。 

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昼行燈対策

2017年03月29日 | 生活・ニュース

 庭に設置している外灯のスイッチは、コンセントの先に「あかりセンサースイッチ」を取り付けて、暗くなれば自動的に点灯するようにしている。ところがこのセンサースイッチも、長年使っていると接点が不良となって機能しなくなってしまった。

 同じものを買って取り替えようかと思いながらネットを検索しているとき、いいものを見つけた。「 あかりセンサー付き常夜灯」といい、7WのLED電球で、暗くなると自動で点灯し 明るくなると自動で消灯する省エネ型の長寿命電球と書いてある。

 外観はごく普通のLED電球であるが、明かりセンサーが内蔵されている。家の周囲に取り付けている外灯の内、門灯と庭の外灯には「あかりセンサースイッチ」をつけているが、その他の外灯は家の中から手でスイッチを入り切りしている。朝、切り忘れて、昼行灯状態となっていることは今まで何度もあった。 

 あかりセンサー付き常夜灯であれば 、消し忘れて昼行灯となることはない。今までのように、別個に明かりセンサーを取り付けなくても、電球を取り付けるだけで昼行灯対策となるという優れものが販売されていることを知り、さっそく発注しておいた。近くの大型電機店では販売されていない。何か問題があるのかどうか、使って試してみたい。

 そういえば、最近とみに昼行灯状態になっている私の頭のオンオフを、きちんとやってくれるような何かいいスイッチはありませんかねえ。

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錦帯橋の桜情報

2017年03月27日 | 季節・自然・植物

 時おり風がやや強く吹くが、日差しのある日の午後、6日ぶりに錦帯橋の桜の様子を見に出かけてみた。上川原に車を止めて、川沿いに植えてある桜のつぼみを観察して歩いた。

 全般的にまだつぼみは固く緑色をしているが、中にはピンク色をしたつぼみが見られる。先陣を切って咲き出そうとしているこのつぼみですら、開花までにはあと4、5日くらいはかかりそうである。標準木の開花までにはあと1週間くらいかかりそうだと判断した。

 つぼみを観察しているときでも川べりであるせいか、茶店ののぼり旗を強くはためかせる強い風が吹いてくる。茶店の前においてあるアルミ製の椅子がその風で数脚が音を立てて倒され、店員が慌てて飛び出してくる。

 そんな様子を見ながら強い風を避けるために茶店に入り、たこ焼きを注文した。店内にセットしてある広い座敷には、いわくありげな中年のカップルが1組、缶ビールを数本並べて気の早い花見をしている。この寒い中、どんな事情があって花見もどきをやっているのだろうと、いらぬ心配をしながら店を出た。

 今日(27日)は、お隣広島の縮景園の桜の開花宣言が出された。東京・横浜などに次いで全国で4番目に早い開花宣言だという。岩国もあとは時間の問題。毎年、この時期必ず咲く桜ではあるが、いつ咲くのかが大きな話題になるのが滑稽であるといえば滑稽である。そんな桜の季節はもうすぐだ。

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李下に冠を正さず

2017年03月24日 | 生活・ニュース

 このところテレビのスイッチを入れれば、ワイドショーでもニュースでも、連日大阪市の学校法人「森友学園」への国有地売却問題を巡って、学園理事長の政治家に対して働きかけの有無,、それに応えて政治家が動いたかについての糾弾の様子が流されている。

 昨日は、学園理事長を証人として国会に喚問して質疑応答の様子が放映された。過去にも、こんなことは何度もあったような気がするが、このたびは、口利きのような行為をしたのではないかという疑いをかけられている人物が、安倍首相夫人ということでことは大きくなっている。

 夫人は政治家とは言えないが、なんといっても最高権力者である首相の夫人だという点で、限りなく政治家に近い。夫人の発言・行動は、イコール首相の発言・行動であると思う人は多いのではなかろうか。

 私人といわれている首相夫人が、あることに対して何か言えば、周辺の人間はそれを忖度して行動するに決まっている。サラリーマンでも、役人でも、組織で働いている限りはそんな感情を持つのは社会で生きていく人間であればどうしようもないところであろう。

 そんな人間の弱みを利用して、権力者が自分の思いを実現していくことが、まかり通るような世の中であってはいけない。夫人には今、そんなことがあったのかどうかが問われている。

 「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」(かでんにくつをいれず りかにかんむりをたださず)といって、人などに疑われるようなことはするなという故事もある。権力者であればあるほど、あえて瓜(うり)や李(すもも)の畑に近寄らない行動をとらなければ、つまらぬ疑いを持たれかねない。昔から言われていることであるが、行うは難しということか。

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胴上げ

2017年03月23日 | 生活・ニュース

  ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)という野球の世界一決定戦は、野球を国技としている米国が、プエリトリコを8対0で破り、4度目の大会でついに悲願の初優勝を果たした。

 決勝戦はテレビで時々観戦していたが、優勝の瞬間だけはどんな様子なのかと思い見逃さないようにしていた。9回の裏、最後のバッターを打ち取った後、野手全員ががピッチャーズマウンドに駆け寄って、互いが抱き合ったりヘルメットを叩いたりと、何事も派手な喜び方をする米国人とは違って、地味な喜び方であった。

 日本では、こんな時には必ず見られる「胴上げ」という、威勢の良い喜びや祝福の表現は米国にはないのだろうか。 

 胴上げの発祥は長野市の善光寺との説がある。善光寺において、12月の2度目の申(さる)の日に、寺を支える浄土宗14寺の住職が五穀豊穣、天下太平を夜を徹して祈る年越し行事で、仕切り役を胴上げをする習慣がある。

 日本で一般に「胴上げ」は、人生の節目における祝福の意味で行われることがあり、例えば、高校や大学の野球部で部員がプロ野球のドラフト会議で指名された者や、選挙で当選した候補者・入学試験の合格者、結婚式において新郎を胴上げすることもある。

 そういえば、私が胴上げをされたことはあっただろうか。入学試験の発表は一人で見に行った。結婚式も胴上げなんてしなかった。会社勤めを始めての40代、遠くへ転勤する送別会の宴の最後に、生まれて初めて低い天井に向かって胴上げをされたことを思い出す。

 あれは「人生の節目における祝福の意味で行われたことだった」と解釈していたが、ひょっとすると「私がいなくなることを祝福するものだったのか」と今頃になって思っている。

 

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間もなく春本番

2017年03月21日 | 季節・自然・植物

 先月の末、久しぶりに風邪を引き、3、4日後には熱もなくなって治ったと思ったのが大間違い。それからが大変な毎日であった。単なる風邪ではあったが、先生が言うには「年を取ると、免疫力が低下するので治りにくくなっています」と、どうにもならないことをいう。

 久しぶりに庭に出てみると、隣の家の白い木蓮の花は今が満開に近く、大きな花の一つ一つが真っ直ぐ空に向かって咲いている姿が凛々しい。我が家の庭に目を移すと、サクランボの花が1つのつぼみを残すことなく満開であった。毎年、ソメイヨシノよりは20日ばかり早く咲き始める。そんなことを思っていると、急に錦帯橋の桜を見に行ってみたくなった。

 昼前、奥さんを誘って、スーパーで弁当とノンアルコールのビール?を買い込み錦帯橋に向かった。いつも車のトランクには丸めたゴザを乗せている。弁当とゴザをかかえて、毎年この時期、桜の開花状況を見に行くいつもの場所に席を取った。

 頭上のつぼみは、どれを見てもまだ固く黒っぽい。川遊びの屋形船が1隻、数人の客を乗せてゆったりと漂っている。時折吹く風はまだ冷たい中、弁当を広げた。ノンアルコールのビールでは身体も温まらない。こんな中、弁当を開いている客は我々以外2、3組。

 元気なのは茶店の若い店員が張り上げる「いらっしゃいませ~」の掛け声だけ。あと10日もすれば咲き始めそうであるが、それまでもう1、2回弁当を持って出かけることになるのだろうか。春本番は目前、桜は満を持しているかに見えた。 

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春の味覚

2017年03月13日 | 季節・自然・植物

 春は芽吹きの季節、そして山菜の季節でもあり、この季節ならではの旬の味を楽しむことができる。春の山菜には独特の苦味があり、この苦味が春を感じさせてくれる。この苦味やえぐみが、からだにとても良いものなので、山菜を食べると、天然の苦味や辛味が冬の間に縮こまっていた身体に刺激を与えて、体を目覚めさせ、活動的にしてくれるという。  

 
山菜をおいしく食べるコツとしては、山菜は油と相性がいいものが多く、天ぷらにすると苦味が程よくぬけ、香り高い山菜の風味が増す。毎年のことであるが、近所に住む山菜採りの名人からいただくフキノトウやタラの芽、コシアブラは天ぷらにして塩でシンプルに食べている。

 山菜として野山で見つけることは少ないが「うど(独活)」という山菜がある。成長すれば高さ2メートルにも達し、捨てる部分は全くなく、葉や新芽の部分は天ぷらに、茎は酢水に浸してアク抜きし、そのまま食べられる。

 「風なくして独りで活(いく)」、風が無いのにも関わらず、動いているように見えるので「独活」というような漢字の当て字がつけられていて、春に独立する人を励ますような字でもある。一方、「うどの大木」といい、大きくなったうどは食用にはならなく、長くなった茎は柔らかくて用材にもならないことから、身体ばかり大きくて役に立たない人の例えもあるので使い方に注意したい。

 身体が小柄な私はというと「山椒は小粒でぴりりと辛い(からい)」生き方をしているかというと、そうでもない。小粒なだけで辛くない山椒として生きるのも辛い(つらい)ものがある。ここまで書いて今初めて気が付いた。「からい」と「つらい」は同じ字なんですね。

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ほうき立ち

2017年03月03日 | 季節・自然・植物

 「ほうき立ち」という言葉がある。「ほうき」は庭を掃くときに使うあの「箒」のことで、盆栽の世界では寒樹のケヤキをまるで箒を逆さに立てたような半円球状に丸くし、「ほうき立ち」という形にしている。盆栽という小さな世界であるにもかかわらず、年輪を重ねたものには、凛とした風格を感じさせられるものが多い。

 先日、春を見つけながら吉香公園の大噴水の辺りを散歩していると、大噴水の南側に数本のケヤキが植えられていて、一番大きなものは樹高約20m、張った枝の直径も同じくらいに見える。離れたところからじっくりと姿を観察してみた。

 どっしりとしていて重厚感がある。樹木でも花言葉があってケヤキは「長寿」「幸運」だと書いてある。太い幹が1本地上から人の高さくらいまで伸びている。そこから競争をするように一挙に10本くらいに枝分かれする。枝といっても両手の指先で輪を作ったくらいの結構な大きさである。

 その枝から、また枝分かれを繰り返し、ガマの油売りではないが「1本の枝が10本となり、10本が100本に、100本が1000本に」と、先端ではそれくらいの数の小枝が丸く刈り上げたように美しい形を保っている。まさに盆栽の「ほうき立ち」に見える。

 帰り道、車の中から、錦川を挟んで城山と対峙している岩国山の山の端が見えた。冬の稜線は散髪を済ませたばかりの頭のように、下から見ると梳いたように隙間が多く、そこから青い空が透けて見えるのが寒々しいが軽やかに見える。稜線辺りにはケヤキが多く育っているのだろう。

 そういえば我が家の中庭にはケヤキの大木が1本植えてある。1本の幹から5本枝分かれした直ぐ上で、大きくなり過ぎないように芯を止めているが、夏場の枝の張りようといったらものすごい。自由に枝を張ることを我慢してもらっている姿は、「ほうき立ち」とは程遠い中庭の盆栽といったところであるが、かわいそうなことをしている。これでは我が家は「長寿」のみならず「幸運」からも見放されそうである。

 

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仏の霍乱(かくらん)

2017年02月27日 | 生活・ニュース

 いつもは健康で病気などしたことのない人を「鬼」に例え、そんな人が珍しく病気になることを、「鬼の霍乱」と表現することはよくある。見慣れないこの「霍乱」の意味を調べてみた。もがいて手を振り回す意味の「揮霍撩乱」(きかくりょうらん)の略で、日射病や暑気あたりなどで夏に起こる激しい吐き気や下痢を伴う急性の病気のことだという。

 日ごろから鬼と呼ぶほど強くたくましくはないが、生活習慣病やその他の持病を抱えながらも、まあ元気に毎日を送っている後期高齢者の男がいると思ってくださいませ。毎年この時期、知り合いの内、一人か二人からは、風邪やインフルエンザに罹って往生したという話を事後に聞いていた。

 その都度「健康管理だけは自分でしっかりしないといけませんなあ。私なんぞは、かれこれ、40年間、風邪なんぞ引いて寝込んだということはありませんよ」と、少し小鼻を膨らませていた。若いころ、毎年1度くらいは「風邪を引きましたので」と言って、朝一番に会社を休む旨電話をしたことがあったが、いずれもずる休みの言いぐさであったので、本当に風邪とは無縁な毎日を暮らしていた。

 ところが、土曜日の午後、リビングルームでうたた寝をしていた時、エアコンをつけているのに寒気がする。「おかしいな」と思い体温計を持ち出して測ってみると「37.4度」もある。過去に37.4度もあったようなことはなかったかもしれないが、こんな時にはいつも三共製薬の「ルル3錠」を、処方箋通りに3錠飲んで寝れば、風邪らしきものはどこかへ吹っ飛んでいくのが常であった。

 今回も同じ調子で、軽めの夕食を済ませルルを3錠飲んで早くから休んだ。咳も鼻水も出ず、のども痛くないが翌朝になっても体温は下がっていない。その日も昼食抜きでベッドで丸1日休んでいた。「もうよいでしょう」と、水戸黄門が乱闘中の助さん格さんにいうセリフのようなことを言いながら測ってみると38.4度もあった。

 これではいけない。すぐ近くにある救急病院へ駆け込んだ。日曜日とあって5、6人の患者が一様にマスクをして座っている。年配の女医さんが親切丁寧に診てくれた。鼻水の検査の結果インフルエンザではないという。抗生物質など3種の薬をもらってまたベッドへ。

 3日目となった今朝は、薬石効あってか無事平熱に戻り、食欲も少し出てきて、いつもの明るい家庭となりましたとさ。今回の教訓「他人に『私は風邪は引かない』などとあまり自慢しないこと」。かくして「鬼の霍乱」ならぬ「仏の霍乱」のお話はおしまい、おしまい~

 
 

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very fake(大偽造)

2017年02月22日 | 生活・ニュース

 会社経営には才があろうが、こと政治に関してはずぶの素人、取り巻きも政治の素人ばかりを集め、大統領に就任して以来、支持率は下がり傾向で現在41%程度のトランプ米大統領。メディアを前にしての記者会見は、会見というよりはメディアへの「口撃」ばかりが目立つ。

 従来の米大統領とは大きく違うタイプのトランプさんだが、超大国の大統領としてではなく、一人の芸人としてみると、結構面白い人ではある。齢70になってもあの精力的な活動と体力には頭が下がる。良いかどうかはやってみなければ分からないが、自分の信じることに対して行動を起こす実行力。ただし三権分立の壁があって、大統領といえどもやり通せないことも出てくる。

 先日、支持者を前にして何やら演説をしているニュースを見て吹き出した。トランプさんはメディアが嫌いで、就任以来「メディアはfakeだ」と言ってきた。日本語で言えば「メディアは 偽造する。嘘つきだ」とでも言うのであろう。

 ところが支持者を前にしての演説で「これからはメディアをfakeと呼ぶのはやめます」とメディアと協調路線をとっていくかのような神妙なことをいい始めた。かと思っていたら「これからはメディアのことをvery fakeと呼ぶ」といった。「メディアは単なる嘘つきではなく、大嘘つきと呼んでやる」とでも言うことであろう。

 これには驚いたというよりは笑わせてもらった。トランプさんはあの巨体、あのいかつい赤ら顔で、まるで赤鬼然としたこわもてだが、笑うと結構かわいく優しい顔になる。それにこのようなウイットのあるコントの一コマのような発言である。

 もっていきようによっては従来の発想を大きく転換して、大衆の意をくんだいい政治をやってくれる素地は十分にありそうな気がしないでもない。だって、あんなに広大な別荘を持つほど実業界で成功した人なんだから、まるっきり能天気なばかりではないはずである。

 トランプさん自らが「単なるfake」ではなく「very fake」となって、大統領選挙中に支持者に対して言ったことを覆して、アメリカ ファーストならぬワールド ファーストとなる施策を展開してくれることを密かに期待している。

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