☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 愛犬のハートリーと共に瀬戸内の岩国から…… 茅野 友

小さい秋

2016年09月27日 | 季節・自然・植物

 今年は夏に入ってから、腹の調子が悪くて食欲もなく、体重も減っていた。こんなことが2か月も続くと自分でも大丈夫かなどと思い始め、大腸の内視鏡検査を受けることにした。予約しても受検者が多く、検査まで10日も待たなければいけない。それまでの毎日を長く感じながら、やっと昨日の夕方4時に検査を受けた。

 検査の前日の食事は、3食ともお粥のような軽くて消化のよいものを少し、当日は朝から水で薄めた下剤を1リットル以上飲むだけで朝食も昼食も抜きで検査を受ける。体力が低下している体に、まさに鞭を打ったような体力で受検した。

 約20分間、目をつむってベッドに横になっている間に検査が終わった。先生から「検査結果は全く問題ありません」という言葉を聞いた途端、急に腹が減ってきた。家に帰る途中にあるスーパーに立ち寄って、私が好きなものを買い込んで帰った。現金なものであるが、その日の夕食は奥さんがびっくりするくらいの食欲が出た。

 明けて今日、雨も上がって好天気であった。こんな日はどこかへ出かけたくなる。「久しぶりに『西の軽井沢』へ行ってみようか」と奥さんを誘って吉和の里に向かって走った。道中「栗はまだかな~」「栗はまだよ。ひょっとして早生は出てるかも」と言いながら、まずは三倉岳の麓にある「マロンの里」に向かった。

 いつものように季節の色々な野菜や果物が置いてある。お目当ての栗が出ていた。そばに珍しいものを見つけた。大きく口を開けた「アケビ」が3個袋に入っている。名前は知っているが、じっくりと見たことも食べたこともない。秋の味覚の栗と新米と一緒に、このアケビを買った。その足で吉和まで行き、いつものレストラン「ヒル バレー」で昼食をとって帰ってきた。

 帰って来るなり早速アケビを食べてみることにした。手に取ってみると長さが10cmくらいのだ円形の割れた厚い皮の中には、ごま粒よりやや大きな無数の黒い種が埋まった実が入っている。スプーンですくって口に入れると、ほんのりと甘いソフトクリームのような柔らかさを感じるが、なんといっても種が邪魔である。歯で越すようにして実を飲み込んだ後、種を出す。

 アケビとは、種の周りに薄っすらと付いた実を食べるというよりは、なめるような果物であった。初めての体験であったが、小さな秋を味わった。今夕は買って帰った新米を炊いてみると言っている。こんなことをしている内に、私の体調もいつの間にか回復している。そういえばレストランでのハンバーグ定食も完食だった。「お父さんの病気は、いつも仮病なんだから……」と奥さんが言う通り、今回も「病は気から」だったのかもしれない。

 

 

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30・10運動

2016年09月23日 | 生活・ニュース

 日経新聞で、食べられるのに廃棄されてしまう「食品ロス」の削減を呼び掛ける運動が全国の自治体に広がっていることを知った。国内の食品ロスの総計は年630万トンに上る。こんな中、特に宴会中に食事時間の確保を求める「残さず食べよう!30・10運動」は気軽に取り組めることから普及しているという。

 兵庫県では「乾杯後の30分間、お開き前の10分間は料理を楽しんでください」のチラシを掲載している。宴会中に参加者がお酌に回り、手を付けないまま食事が大量に捨てられることを問題視して、2011年に長野県松本市が提唱して始まった運動のようである。

 年間、食べられるのに捨てられる食品ロスが630万トンといえば、世界全体の食糧援助量の約2倍に達する。この半量が家庭ごみとして、残り半量が飲食店などからのものだという。宴会で、出された全部を食べようが残そうがお客の勝手というにしては、量が半端ではない。

 家庭でも飲食店でも、出されたものはきちんと頂かなければ、どこかで罰が当たりそうな気がする。これから私が幹事をするような宴会では、是非開始前に「残さず食べよう! 30・10運動」の主旨を述べると共に、もったいないことからも参加した皆さんに食べ残しをしないように啓蒙していきたい。

 そう言えば現役時代、お開きの前に自分の席に戻ってきた時、手を付けていない料理が沢山並んでいるまま、お開きとなったようなことが何度もあった身としては、今更ではあるが、食品を随分無駄にしてきたことに対して本当に申し訳ない気がしている。こんな時、折に入れて持って帰る時代もあったが、今や食品衛生の観点からこんなことも許されない時代となっている。あちら立てればこちらが立たず、ああ、ややこしやややこしや……。

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台風の風

2016年09月20日 | 季節・自然・植物

 台風16号は、岩国地方には大きな影響もなく無事に遠ざかってくれたが、九州南部や四国南部では大雨や強風による大きな被害が出たところもあった。

 台風がやって来るたびに、数日前から岩国地方の北側を通過するのか南側を通過するのかに注目している。その訳は、通過するルートによって、風速が大きく変わるからである。

 よく知られているように台風は反時計回りに旋回しながら北東へと進んでいく。そのため、進行方向に向かって南側の半円では、台風自身の風と台風が進む速度の風が同じ方向に吹くため風が強くなる。逆に北側の半円では台風自身の風が逆になるので、その分風速は小さくなる。

 具体的に、今回の台風16号の中心部近くではどれくらいの風が吹いたのか。台風の進行速度は35km/h(約10m/s)、中心付近の最大風速は35m/sであった。従って台風の南側中心部では35+10=45m/s、北側中心部では35-10=25m/sの風が吹いたことになる。

 ところが中心部より200kmくらい離れると、風速は約半分近くにまで落ちる。今回は四国の足摺岬沖を通過したので岩国から丁度200kmの所。従って25m/sの半分である12~13m/sの風が吹いたことになるが、夜半のことだったのでどのくらいの風が吹いたのかは確認していない。今朝、庭の状況を見ても、それほど強い風が吹いたとは思えない。

 毎年この季節には決まって何個かの台風が襲来する。台風が来ないと水不足となる。必要悪の台風であるが、いつもかつも岩国の南側を通過してくれるわけでもない。台風被害を最小限にするための努力は必要であるが、全ての設備対策は不可能である。

 最後の手段は、「三十六計逃げるに如かず」。機を逸せず如何に早く逃げるかを普段から考えておくことが肝要。台風一過の青い空を見ながら、心を新たにした。 

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岩国駅まで

2016年09月16日 | 生活・ニュース

 このところ朝夕は随分過ごしやすくなってきた。夏場は暑すぎて散歩には出かけず、じっと家の中に引きこもってばかり。これでは身体によくない。薄曇りの夕方、久しぶりに自転車に乗って散歩に出かけてみた。目的地は改装中の岩国駅である。車を運転しながらなら、何度も横眼で見たことはあるが、フェンスで囲まれていて進捗状況は全く見えなiい。

 自転車を置いて、仮設の狭い駅舎に入ってみたが、工事の様子は全く見えない。壁に新駅舎の完成写真が貼ってあり、施設の概要が書いてある。「ふれあい、にぎわいの中心として駅周辺と一体感を感じて頂ける開放的な空間とする」と書いてある。29年度末に使用開始予定というから、あと1年半後に完成するようである。

 この改装でやっとエレベーターやエスカレーターが設置される。高齢者や身障者に不評だった階段の昇降がこれで楽になる。遅きに失する感は否めないが、観光岩国の表玄関として恥ずかしくない駅舎になるようだ。

 改装中の駅舎をひととおり見学して外に出た。タクシー乗り場の前を自転車を押して歩いていると、真っ赤なカープのユニホームを着た50代の母とその娘らしき2人が、息せき切って小走りでやってきた。その日(15日)は、カープが凱旋しての巨人戦があった。それを見に行くのだろう。知りあいでもないが「行ってらっしゃい」と声をかけると「行ってきま~す」と乗りのいい明るい声で答えてくれる。

 そういえば、駅の待合室の壁にも、「カープ戦を見に行こう」というようなJRの広告が出ていた。その夜、カープは5対0で巨人に勝ち、セ・リーグのチャンピオンズフラッグを掲げて場内1周もあった。あの母娘は、思い出に残るセレモニーに、さぞかし満足して帰ったことだろう。岩国駅も広島カープの守備範囲のようである。
  

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祝1000編達成

2016年09月14日 | エッセイ・本・映画・音楽・絵画

 今日(9月14日)は、誠におめでたい朝を迎えた。

 退職して数年後の2004年の春から、思いつくことを時にエッセイにして新聞へ投稿するという1人遊びをやっていた。下手なエッセイでも、掲載されると嬉しい。そんなことを続けて1年半が過ぎた2006年の正月のことであった。私と同じく岩国在住の女性が投稿した素晴らしいエッセイが新聞に掲載された。

 「あっ、岩国にもエッセイを投稿する人がいるんだ」と思い、あることを思い立った。エッセイの投稿活動は、頭と時間は使うがお金はかからない。紙と鉛筆さえあればどこにいても出来る。掲載されればちょっとした自己満足感が味わえる。年配者には打って付けのいい遊びではなかろうかと思い立ち、同好会を立ち上げることにした。

 週に一度図書館に行き、購読していない新聞の投稿欄を見て岩国市の人を探し、見つければすぐに同好会への勧誘をした。その結果、まずは5名の会員を集めて、2006年の1月末、「岩国エッセイサロン」という会を開設し、第1回の定例会を実施した。その後徐々に会員は増えて行き、11年目の現在は総勢18名で活動している。

 その間、会員が投稿し掲載されたエッセイの総数が、今朝1,000編になったという区切りのいい日を迎えた。エッセイは、書くことが好きだからといって書けるものではない。それほど変わりばえのしない平凡な毎日の中から、何か気にとまるものを見つけてエッセイにしていく。ただ、毎日をだらだらと生きているだけでは、書くような題材は何一つ見つからない。

 感性を鋭くして、身の回りに起きることに興味を持って生きていなければエッセイは書けない。エッセイを書くとは、言ってみれば、毎日を丁寧に生きて行く活動といえる。今週の16日に開催する月例の勉強会には、中国新聞社の記者が「投稿掲載1000編記念」の取材に来てくれるという。会員各人のこれからの抱負を聞きたいと思っている。

 広島カープが25年ぶりにセ・リーグ優勝したV7の年に、特段意味があるわけではないが我ら「岩国エッセイサロン」は、「祝 投稿掲載1000編」を掲げて取材を受けようと思っている。
 
 

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涙のわけ

2016年09月12日 | スポーツ・山登り・釣り・遊び

 9月10日、広島カープは巨人との直接対決を制して、25年ぶりに7回目のセリーグ優勝を達成した。広島カープの一ファンとして、本当に久しぶりの感動をもらった。

 この夜、勝利した瞬間、ベンチにいた全選手に続いて、緒方監督以下スタッフ陣も一斉にピッチャーズマウンドに集まって、各人が喜びを身体全体を使って表した。その中心で1人帽子のつばを片手で押えて下を向き、泣いているように見える黒田選手がいた。

 他の選手で誰ひとり、そんな素ぶりをしているものはいない。いつの間にか新井選手と抱き合って2人だけが泣いている。それを直ぐそばで監督は笑顔で眺めている。泣いているのはこの2人だけであった。直後、監督が胴上げをされ7回宙に舞った。自然発生的に黒田選手が、やや置いて辞退する様子の新井選手が胴上げされて優勝の喜びの表現は終わった。

 超ベテランである黒田選手と新井選手の涙のわけは何だったのか。本人の口からその説明は聞いていないが、分かるような気がする。それにしても他の選手の笑顔だけの喜びの表現も良かった。涙の出ない喜びはどうしてだろう。それほどの苦労や悩みがなかったからか。はたまた若さだろうか。

 もうひとつ驚いたことがある。チームに対して一番責任があり喜びを感じているはずの緒方監督が涙を見せることなく終始笑顔で立っていたことである。そういえば試合中、どんな局面でもベンチで冷静に振る舞っていた。感情をあらわにするような姿を見せたことはなかった。それにしても優勝した瞬間、涙を見せなかったことは、よほど感情のコントロールが出来る冷静な人なのかもしれない。

 翌朝、購読している毎日新聞のスポーツ欄を開いた。地元紙の中国新聞の華やかなカラー写真入りの記事に対して、写真こそ大きかったがモノクロで、地味な記事であった。これではいけない。何といっても25年ぶりのお祝い調の記事にしてやらなければ、私の気持ちがおさまらない。赤いマジックペンを持ち出して見出しの「新赤ヘル独走V]という大きな文字に赤い縁取りをしてやった。

 これで何とかお祝いの記事にふさわしくなったところで、記念の写真を取って保存することにした。次は、日本一を目指して老若一丸となって頂点に駆け上って欲しい。若いだけに勢いが魅力の今年の広島カープである。

 

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おっ、久しぶり!

2016年09月10日 | 生活・ニュース

 現役時代同じ職場にいた10歳も若い男が2人、今年65歳の定年を迎えるという。1人は広島に、もう1人は千葉に居を構えている。岩国への出張の機会を捉えて十数年ぶりに会えるように、未だ現役で気配りの出来る女性がセットしてくれた。

 夕方6時、駅前の小料理屋に向かって出かけた。少し早く着いたが、先着の千葉の男が1人笑顔で迎えてくれた。直後、4人全員がそろい、懐かしい顔を合わせての小さな宴が始まった。今の私から見ると、65歳といっても私よりはるかに色つやがよく若々しく見える。

 私も現役のころは。先輩から見てこんなに若く元気に見えたのだろうかと思った。会社で初めて顔を合わせたのは3人いずれもが、新入社員時代であった。その後、各人がそれぞれ違う道を歩んで今日に至った。その間、時にまた職場を共にしたことはあったが、ほんの短い期間であった。

 長いサラリーマン稼業、色々困難なことがあったろうに、久しぶりに顔を合わせると、若いころと同じように屈託のない明るい表情をみせてくれて嬉しくなる。懐かしい思い出話しや現況の話に花を咲かせた。こんな2人の男も、今年で定年になるという。

 定年と聞けば、その後の過ごし方について、老婆心ながら一言話したくなった。参考になるかどうか分からないが、私の過ごしてきたこの10数年間のことを話す。2人は地域活動やボランティアや趣味の会などで積極的に仲間作りをしていきたいという。いいことだ。望むべくは、何か創造的なことに挑戦して欲しい。

 定年後の男の過ごし方は女性と違って難しい。孤高を保ったりせず、難しい顔をしないで、過去を全て脱ぎ去って笑顔で前向きな姿勢を見せれば、いくらでも仲間が増えて行く。定年後こそ、社会人としての男の真価が試される時であろう。胸を開いて、新しい人生に果敢に挑戦して欲しいと思いながら3時間の宴を終えた。ありがとう、後輩 !!

 

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目指せ長老

2016年09月03日 | 生活・ニュース

 8月の半ば、自治会の班長をやっている我が家に、班内の私を含む該当者12名に配る封書が届けられた。開けてみると「敬老会のご案内」と書いてある。9月19日の敬老の日に、今年75歳以上になる会員に対して、会食・演芸・講話などで祝ってくれるという内容であった。

 敬老会への案内が来るというこの歳になってさえ、敬老会で祝ってもらうという実感が全く湧いてこない。身体の各所に、定期的に通院しなければならない若干の問題は抱えているものの、困ったことに自分自身が間もなく後期高齢者に該当するという自覚がない。

 その昔 「思えば遠くへ来たもんだ」という歌があったが、まさに今の私の心境である。そういえば、今年度の国民健康保険証の有効期限が、今年末の誕生日の日付であった。その後はどうなるのかと思っていたが、後期高齢者医療保険制度に変わるという。

 当の本人が自覚しようがしまいが、世の人が後期高齢者を見る目は、いたわリや介護、優しさや思いやりの目で見られ始めていることにやっと気がついた。敬老会へ参加するか否かの確認をして歩いた結果、12名中7名が参加。体調不良などの理由での不参加が5名であった。私はというと、祝ってもらうにはもう少し早いと判断し不参加とした。

 後期高齢者といえば立派な老人に違いはない。昔で言えば「長老」と呼ばれていた人である。しかし単に年を重ねただけでは長老とは呼ばれない。辞書を引いてみると「
年老いた人を敬っていう語。特に、経験が豊かで、その社会で指導的立場にある人をいう」と書いてある。

 近年、老人が大事にされなくなってきた。寿命が延び過ぎた結果、適切な判断が難しくなったからか。そのころから老人が長老と呼ばれなくなった。家の中でも何か問題があったら「年寄りに聞いてみよう」という時代がつい最近まであったが、今は「ネットで調べてみよう」に変わった。平凡に生きてきた年寄りは、かくして「長老」になれず、単なる老人となっていないか。

 そんなことに反発して、意地悪じいさんになって、若いもんに伍していく生き方が、老人の活力と健康の増進策かもしれないと、1人世間に逆らって生きている、かわいくないじいさんを演じている。

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風立ちぬ

2016年08月29日 | 季節・自然・植物

 昨夜(28日)は、東日本に上陸しそうな台風10号の影響を受けて、夜遅くから久しぶりの大雨に見舞われた。激しい雨音で寝つかれないくらいであったが、今朝、いつもよりは早く目が覚めたときには明るい陽が差し込んでいた。7時を過ぎたころ、新聞を取りに外に出た。あれだけ降ったにもかかわらず、アスファルトの道路も駐車場も、ところどころに小さな水たまりはあるものの、もう乾いている。

 東の空に向かって大きく背伸びをした時、谷間から涼しく柔らかな風がそよと吹きぬけて行った。「あっ、秋風だ」と思った。ことのほか暑かったこの夏。日中は一歩も外に出ることなく家の中で過ごしていたので、日々の外気の変化に疎くなっていたが、風の涼しさは感じることが出来た。

 それもそうだろう。今はもう8月の終わり。8月7日には立秋を23日には処暑を迎え、暑さが和らぐ頃となっているので、朝夕、涼しい風が吹き始めるのも納得がいった。しかし、いつものことであるが、立春や立秋などの24節気を迎えるたびに、季節の実感と大きなずれがあることに疑問を感じていた。

 立秋を迎えれば、そのころから涼しくなってくるのだと勝手に思っていた。ところがそうではないことを初めて知った。暑さが頂点に達し、一年のうちで一番暑い時期だからこそ立秋という名前がつけられている。立秋という言葉は「秋気立つ」から来ていて、この時期から秋の気配が少しずつ現れ始めるという意味である。

 それまでは暑さが日に日に増していたが、立秋の時点から少しずつ秋の気が入り始め、これ以上は暑さが増さないということで、まだ暑い日はしばらく続くという日が立秋という日である。同じように立春は、冬たけなわの頃、立夏は春たけなわの頃を言う。間違っても「立秋なのにちっとも涼しくないな」などといわないようにしないといけないことを知った。

 こんなことを書きながら、秋の気配を感じる頃になると「秋立ちぬ」という言葉を思い出す。堀辰夫の小説のタイトルではなく、松田聖子の歌の方である。
 ♪ 風立ちぬ 今は秋 帰りたい帰れない あなたの胸に 
   風立ちぬ 今は秋 今日から私は 心の旅人 ♪

 切ない夏の短い恋の思い出を胸に、秋に向かって新しい心の旅に出かける乙女心を、泣きだしそうな顔で詠った名曲である。こんな恋とは無縁なこの歳になっても、「秋立ちぬ」という言葉は、あの暑い夏がやっと終わったことを思わせる反面、なぜか少しばかり懐古的な気持ちにさせる不思議な言葉である。


 

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逆転また逆転

2016年08月27日 | スポーツ・山登り・釣り・遊び

 8月24日、首位を突っ走る広島カープは2位の巨人に勝って、ついにマジック20を点灯させた。その後25日、26日と連勝し、マジックは一挙に16となった。27日現在は72勝45敗、残り試合数は24となっている。

 ここまでくれば、少々のトラブルがあっても25年ぶりの優勝は100%間違いない。2か月前の6月26日のこのブログで、今年は広島カープが優勝することを、2位との勝率の差を示して力説していた。この時はまだ42勝29敗の時で、ペナントレース143試合の半ばのころであった。

 今年の広島カープの大きなた特長の一つとして挙げられているのは、逆転勝ちした試合が、現時点でなんと39試合もあるということである。勝ち試合の内、半数以上が逆転勝ちである。ここ3試合も全て逆転勝ち。それも9回2アウトからという劇的なものが何試合もあり、ファンにとっては感激する試合が多い。

 思い起こせば8月6日の対巨人戦である。連敗してゲーム差は4.5に急迫されて迎えた第3戦の9回の裏、菊池が2アウト後の土壇場でホームランを打って同点とした。続いて四球で出塁した丸をおいて、4番の新井がサヨナラ2塁打で8対7と決着を付け、ゲーム差を5.5ゲームに寄り戻した。「後日この日の勝利でカープの優勝は決まった、と言われるような試合であった」とブログに書いたが、今思えばまさにその通りとなったような気がする。

 それにしても今年の広島カープが、逆転勝ちを繰り返すのはどうしてだろう。選手各人の打撃力の向上はいうまでもないが、何かそれ以上のものを感じる。それは何か。

 1.多数のファンの前で、なんとしても結果を出さなければいけないと鼓舞させるファンの力。 2.明確な目標意識を持った選手自身の内なる力。 3.黒田、新井両選手が持っている人間性と背中と、作り出すチームの一体感。 4.各選手の状況をよく掌握して采配を振るう緒方監督・コーチの力。 6.力が傑出した選手がいないことによる団結力。高校野球のチームに似ているか。

 今日からの残り試合は、少々のことはあっても、心静かにテレビ観戦することが出来そうである。

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