Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2018年10月

2018-10-31 | Weblog-Index


籠もり部屋からの操作 2018-10-31 | 暦
来夏の宿を予約する 2018-10-30 | 雑感
すっきり目覚めの冬時間 2018-10-29 | 暦
課題を徹底的にやる? 2018-10-28 | 雑感
解決そしてまた次の課題 2018-10-27 | テクニック
C:ディレクトリーの清掃 2018-10-26 | 生活
新たに分ったことなど 2018-10-25 | 雑感
電池駆動のシャープさ 2018-10-24 | テクニック
味わい深い楽の音 2018-10-23 | テクニック
夜も眠い、昼も眠い 2018-10-22 | 生活
黒い森からの今と昔の像 2018-10-21 | 文化一般
批判精神無しに育たない 2018-10-20 | 文化一般
証明された判断の正しさ 2018-10-19 | 雑感
SSD初インストール準備 2018-10-18 | テクニック
「パルシファル」動画集 2018-10-17 | 音
音楽の伝道師の想い 2018-10-16 | 文化一般
一寸寝かさなければ 2018-10-15 | ワイン
音響の文化的な価値 2018-10-14 | 音 TB0,COM2
夏時間が辛くなった 2018-10-13 | 雑感
東向きゃ尾は西に 2018-10-12 | 文化一般
需要の大きさに拘わらず 2018-10-11 | 文化一般
大関昇進を目指せ 2018-10-10 | 音 TB0,COM4
企業秘密の領域へ 2018-10-09 | 音
今回の脱落と修理 2018-10-08 | 生活
639馬力、最高時速315㎞ 2018-10-07 | 雑感
よかった宿での食事 2018-10-06 | 料理
南仏か、高地ドイツか 2018-10-05 | アウトドーア・環境
抑制の美の厳しい激しさ 2018-10-04 | 文学・思想
釈然としないネット記事 2018-10-03 | マスメディア批評
「憎悪され、愛されて」 2018-10-02 | 文化一般
職人の技が導くところ 2018-10-01 | 音
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籠もり部屋からの操作

2018-10-31 | 
ブルゴーニュは雪がちらついているようだ。流石に寒い。天気予報で明後日あたりから再び陽射しが射して暖かくなるということで我慢している。しかし期待されたように摂氏17度は難しそうだ。するとそろそろ暖房を入れて冬籠りとなる。先ずは久方ぶりに風呂に浸かって体を温めたが寝室は寒かった。朝の森も雪こそはちらついていないが肌寒くて初めてフリースを羽織って走った。薄手のセーターを出したが、それでも足りなかったので、シャツの下のアンダーのTシャツに代えて長袖のシャツにした。

ノートブックの回転音が気になってくる。HDDからSSDへと切り替える心算だが、その価格はもはや問題ではなく、大きさも240GBか480GBもあれば十分だと思う。問題はシステムを一から再構築しないといけないので、その為に手間と時間が厳しい。現状と同じ使い方を求めれば二日以上掛かるのではなかろうか。先ず何よりもストレージのためのNASを新調して確実に使えるかどうか試してみなければいけない。そこで初めてノートブックのディスクの容量を240GB程度に抑えられる。

もう一つの方法として籠り部屋に、小ノートブックを持ち込む方法だ。これで最小限の空冷音となる。そこで今度はA4ノートブックからWIN8をコントロールするようにした。最も容易なのはREMMINAというプログラムを使う事のようで、これをフルインストールして試す。RDP接続の方は上手く行かなかったのはリモートデスクトッププロトコール解除になっていなかったのかもしれない。しかしVCNの方で問題なく接触した。これで、ノートブックを夏季同様にステーションとして、籠り部屋からA4ノートブックから指令すれば大抵の用は足りる筈だ。机が小さいのでA4サイズは助かる。

A4ノートブックに極力プログラムをインストールしないようにして利用する。ネットサーフィンは既に二種類のブローザーを入れたので、これ以上は必要が無い。今度はリモートコントロールするノートブックを利用して無線で音楽再生、動画再生は直接HDMIで籠り部屋のモニターへ、あとはなにだろうか?メディアは動画以外は殆ど双方をパラレルに使えそうなので助かる。使っていると色々と不便とかもう少しとかの点が出て来るかも知れないが、キャスティングでのリモートコントロールとは違って問題なく使える筈だ。こうしたつまらないことを走りながら考えているのである。

シカゴからの放送を録音した。「はげ山の一夜」、内田光子との「ベートーヴェンハ短調」、リスト「ダンテ交響曲」である。最初の曲は生でも聞いたので分かっているが、その時の印象と殆ど変らない。ムーティ―指揮の高品質なエンターティメントが良く出ている。同時にシカゴ交響楽団がそれなりの演奏をしているが、その指揮に拠らずも最早世界一の管弦楽団でないことが良く分かる。なるほど綺麗に纏めているのだが、丁度昔のオーマーンディ指揮のフィラデルフィアからサウンドを悪くしたようなもので、それ以上の音楽性が感じられない。更にべートヴェンに行くと内田の音楽内容に合わせるだけの意識が管弦楽団員に全くないようにしか思えない。リストはムーティの問題も大きいのかもそれないが全く上手く行っていない。ここの楽員の質というよりアンサムブルの意識がかなり落ちているのだろう。フィラデルフィア、クリーヴランドと並べると明らかに格落ちしている。



参照:
とても魅力的な管弦楽 2017-01-30 | 音
未来へのルーティン 2016-10-25 | テクニック
篭り部屋での最初の夜 2016-10-15 | 生活
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来夏の宿を予約する

2018-10-30 | 雑感
メルケル首相が引退を宣言した。2021年とはキリル・ペトレンコ音楽監督、ミュンヘン歌劇場支配人のバッハラーが辞めるときでもある。代議士にならないだけで、政界引退とはいっていないようだから、大統領でも目指しているのだろうか。先ずは党務からそして国政からである。既にこの日が来るのは夏休み明けから分かっていて、ベルリンでの政権内での基盤が崩れていた。思うような人選も儘ならなかったので当然だろう。興味深いのは11月に入る前に宣言したことで、ヘッセン州の選挙結果、バイエルン州での組閣などが影響しているのは我々でも想像がつく。

印象からすると、死に体のところで2021年まで政治権力を繋ぐ最も可能性のある手段と判断したのではなかろうか。要するに後継者がいないのだ。不透明さは残りながら、既にシグナルを出しているFDPとの間である程度の感触は掴めていて、もう一つのパートナーである緑の党の躍進ぶりからすれば、それら三党のイメージカラーの国旗に因んだ通称「ジャマイカ」連立政権への大きな期待も高まる。つまり一二年の政権運営ならは再び政治権力の集中可能となるのだろうか。

2019年夏のルツェルンの券を発注した。宿も押さえた。何とかなるだろう。二回のベルリナーフィルハーモニカー公演の席のカテゴリーを上げた。最もいい席を配券された筈だが、安くても同じでは無かったからだ。来年度の配分も分からず、価格さえも分からないが、兎に角発注だ。

来年のテーマは、「権力」らしいが、先ずはトーマス・ケスラーがレジデントコンムポーザーらしい。個人的に彼の愛の伝令をしたような覚えがあるが、その権力とは奥様だという話しは聞いていた。権力からの逃走か、それとも逃走があるから家庭内権力が強くなったのかは知らない。

個人的にはロンドンシムフォニカーで新曲をバーバラ・ハーニンガンとメシアンのプログラムをラトルが振るのが楽しみだ。私のアンケートの回答の方向なので既に決まっていたにしても喜ばしい。少々無理をしても行く心算だ。その他では、アンドリス・ネルソンズ指揮のゲヴァントハウスがここに初登場で、二回のコンサートをすることから恒例となるのだろう。但しプログラムがブルックナーの八番と二十世紀のモダーンなので、新曲が無いのが寂しい。ブルックナーの前に持ってくるものは予定されていなかったのだろうか?ゲヴァントハウスとベルリナーフィルハーモニカーを立て続きに聞くのは今年の旧、新音楽監督の同一曲の比較以上に対比されるだろう。

そしてなによりも喜ばしいのは第九交響曲の前に、ブカレストではエネスコ曲だったが、ここではベルクの「ルル組曲」が演奏される。ベルリンの放送合唱団との第九も期待したいがこれは結構お得だ。新しい音楽と管弦楽以外では、イゴール・レヴィットのベートーヴェンソナタ全曲プロジェクトが始まるようだ。

宿は、二件押さえておいた。一件は湖対岸で30㎞ほど湖岸を一時間ほど走るか、大回りして50㎞ほど走るかで、宿は評判の割に割安なのだが負担が大きい。もう一件は秋に立ち寄った仕事仲間が住んでいる湖の近くで、こちらはチェックインも無人で駅前会場へ通うのも20㎞を半分の25分ほどで全く問題が無く価格もとても低い。今年泊まった部屋が価格の割には狭過ぎて定宿にするには合わなかった。ゆっくりと調べて決断する。

フィラデルフィアからの放送は夏季の野外コンサートの録音で、YouTubeで見ていたのと変わらなかった。それ以上に虫の鳴き声のようなものが喧しくて、本格的に楽しめるものではなかった。会場の無反響な音響の中でも流石にこの管弦楽団はネゼセガン指揮の下で立派な演奏をしていた。初夏のベルリンのヴァルトビューネのコンサートとは違ってとても質が高い。この辺りにベルリンとフィラデルフィアの両楽団の音楽的な格差が感じられた。
The Philadelphia Orchestra Strings PlayIN at SPAC


流石に「悲愴」の総奏もバランスも良くは無かったが、そのピッチの取り方などでやはり特色が凄く出ていた。ベルリンが同じように鳴らなければいけない訳では全くないが、やはりそこに質を追い求めてのこれぞという響きを追及して貰いたい。来年の「ルル」での強奏なども期待されるところだ。余談だが、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲の譜面をDL出来て、なるほど著作権が外れたから元年になったのかと理解した。キリル・ペトレンコ指揮によってこれから一年一年とその決定的な演奏であの辺りの作品を楽しめることになりそうだ。



参照:
すっきり目覚めの冬時間 2018-10-29 | 暦
遠隔から取捨選択する 2017-11-09 | 暦
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すっきり目覚めの冬時間

2018-10-29 | 
やっと夏時間が終わった。朝白み始めて目が醒めると八時前だった。これでよいのだ。前日までは九時前だ。気持ち良く目が醒めたのは何週間ぶりだろう。朝が辛くて仕方が無かった。寒くても気持ちが良い。パン屋に出掛けるのにも初めての長袖のフリースである。寒いとはいっても気温摂氏5度ほどなのだが、風が強く、体感気温は零度に近い。ショーツ、Tシャツの限度に近づいている。

就寝時にも起床時にも軽い頭痛のようなものがあって殆ど風邪のひき口に居るのだが、まだ体を動かせるうちに勝負である。駐車場には結構な車の数があったが、峠を上って帰ってくるまで声は聞いたのだが誰の姿も見なかった。これも珍しい。パン屋も日曜日には休みに入ると来年までは日曜日にここを走る機会はほとんどなくなる。土曜日に走るぐらいで、日曜日は更に長く辛い山登りコースになる。下りてくると汗が滲んでいたが何時ものように拭うほどでもなかった。

帰りの車中で初めて気が付いた。車のナヴィの時計がそのまま夏時間のままだ。これは数か月前からだ。つまり、通常のGPS接続では日時情報が読み込めなくなっていたから、フランスの固定時刻に合わせて、手動で夏時間としていた。しかし、その季節が終わったので再びドイツへと戻して冬時間になった。そして不思議なことにGPS腕時計も夏時間のままだ。どうもGPS衛星の時計が狂っているのではないかと思うようになった。有り得ないことではないだろう。調べてみよう。壁掛け時計の方は問題が無い。

戻って来てシャワーを浴びて、コーヒーを飲んでもももう一つ温まらない。これはやはり寒くなって来た。道理で北シュヴァルツヴァルトでは降雪な筈だ。ヴィーンからの放送でジョンケージの4.33が放送となるので放送を掛け乍、夜間に試してみる録音のテストをしてみた。これが一時間以上掛かった。折角のAudacityで録音できないのだ。前々日に録画出来ることが分っていながら、画像どころか音だけが録れない。調整箇所を弄って試してみても埒が明かないので、ネットで検索した。現象はよく知られていて、解決策として、Alsamixer経由のものと、録画で使用したPulseAudio経由での解決策があって、前者を開いてみても必要そうなところでミュートされているところが無いので、後者のpavucontrolと称するコントロールパネルをインストールした。WIN8で使っているような内容で出力入力を選択するシムプルなミキサーのようなものだ。これでChromeから出ていたPulseAudioの管理が可能となった。

そしてAudacityにも自動的にプラグインが読み込まれてPulseAudioを使えるようになった。それで録音しようと思うとこれが直ぐに停止してしまって上手く行かない。そこでWIN8と同じ全く設定にして、効果やその他の不純な機能を全て切った。これで上手く行くようになった。過負荷とも考えたが動画などと比べると遥かに負荷が小さいので不思議に思ったからだ。これで今晩のアメリカからの放送をメインPCとは無関係に録音可能となった。夜中の放送も心安らかに自動録音が可能になる筈だ。

さて、ヴィーンからの4分33秒は期待していたような携帯電話の音も鳴らなかった。通常の公演では喧しいヴィーンの聴衆もこうしたヴィーン・モデルン週間となるとその質が変わるのだろうか。途中でおっさんが何か叫んでいたが聞き取れなかった。あまり英国人のようなウィットの効いたものではなかったようで笑い声も漏れなかった。あまり良い聴衆ではないということだ。

昨晩はAudacityで録音したカーネギーホールデビューの録音が上手く読め込めなかった。オリジナルの方からコピーし直したが、呼び出す小ノートブックの方でキャッシュに記録されていてそれを読み替えるのにフォルダの中を直接消さなければいけなかった。外部NASからの読み込みだから仕方が無いのかもしれないが、PCを再スタートしても変わらないのには驚いた。この辺りがWINと比較して不便な所だ。

そのチャイコフスキーのマンフレッド交響曲を聴くのも楽しみであり、久しぶりに悲愴交響曲も聴きたい。それにしても実演で体験以降、あまり良くなかったフィルハーモニーでの演奏は聴いていない。そろそろ次の段階であり、今夜のフィラデルフィアからの「悲愴」を是非と思うのは、第一楽章の展開部の鳴りが聞きたいからだ。昨年のバーデンバーデンでももう一息だったが、「ドンファン」でも明らかに卓越していたこの世界一の楽団の音響を確認してみたい。会場は悪いかもしれないが、楽しみだ。夏は19時始まりだったが、今は時差が縮まり18時始まりになる。



参照:
課題を徹底的にやる? 2018-10-28 | 雑感
ずぶ濡れの野良犬の様 2018-09-03 | 音
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課題を徹底的にやる?

2018-10-28 | 雑感
月末なので来月の支払いでティケットを一枚買った。一月の演奏会で都合がつくかどうかは分からない。出来ればスキーと組み合わせたい。初めてのパーヴォ・ヤルヴィ指揮の会である。プログラムがなかなか良くて、流石に世界中で常任指揮者を務める音楽家のプロデューサー手腕である。きっと移動の飛行機の中では指揮する楽譜の傍ら出版屋さんからのニュースレターを読んでいるのだと思う。但し室内管弦楽団での成功に対して、故郷エストニアでの管弦楽団の放送を聞いて、勿論その超一流楽団をビルディングするシャイ―とは異なるが、通常の意味でのオーケストラトレーナーではないと分かった。寧ろ病身の冠十字勲章指揮者ヤンソンスの方が通常の意味での剛腕トレーナーだろう。

ミュンヘンの次期音楽監督の評判もあった指揮者パパーノがインタヴューに答えて、その経緯を語っている。「ミュンヘンの劇場の座付き楽団もそのペトレンコの指揮もファンであってとても素晴らしい」と思っていたが、コヴェントガーデンでの後継者が下りたことから居残ることにしたとある。一体誰が候補だったのかは知らないが、これは初耳だ。そもそも交響楽団のポストに就きたいとあったが、一流からのオファーが無かったのだろうか?その情報の齟齬などを知るとそのよう勘ぐりたくなる。あまり単刀直入にものを言う人でなく腹芸をする性格の人なのだろう。

就寝前に今度はラズベリーパイを弄った。温度計記録のために一部を書き換えてから、自動的にネットインしなくなっていたので、それを一度直してから、ミニノートブックの書き換えなどの参考にするつもりで、また同じようにイヤフォーンとの接続を試してみた。やはり駄目だった。新型ブルーテュースしか使えないようだ。結局Mint19でプログラムを書き換えようとすると小さなプログラムをスクリプトとして書き加えないといけないようだ。ラズベリーとは制御しているハードの複雑さも違うので当然なのかもしれない。そもそもラズベリーパイのWlan0がワイン蔵の中で自動的に読み込まれないないようにしたのでこういう風になったのだが、それを書き換えるのに大変苦労をする。etc-network-interfacesと開けて行って、僅か二行の書き換えが中々出来ないので腹立たしかった。

理由はvimと称するプログラムエディターのコマンドがあまりにも非直観的で、ちょっとした修正も儘ならない。プログラマーに尋ねるとやはりコツがいるようでそのシステムの大枠を理論的に理解して操作しないといけないという事になった。なんでもないことでもやはりプロフェッショナルは違うようだ。もう一つのnanoの方が直感的にキーボードを動かせるのだが、LINUXをもう少し動かそうと思えばやはり習得しておかないといけないらしい。

新しいシステムでオーダシティの音源も聞いている。蘇るほどによくなったのはそれ以前に使っていたシステムで録音したWAVファイルの数々で、WINで人気のフーバー2000を使って再生しているのと大分異なり音質が格段に良くなった。つまりミュンヘンでのアカデミーコンツェルトでの放送の数々で、録音ソフトの関係かステレオ感も弱くそれどころか右に偏るような音像だったのが広がって深くなり尚且つ定位感と音色が出てきた。本当にあの大劇場に座っているような音になって来た。それで先ず2016年の欧州ツアープログラムの録音を聴いた。映像も「ロンターノ」以外は所持しているのだが、二曲目の「四つの最後の歌」も合わせて本当に素晴らしい。当時もとても評価が高かったが、ディアナ・ダマローの歌は改めて聞くと、シュヴァルツコップのそれとは大分違っていて、やはり言葉の細やかさと明確さで抜きに出ていて、センチメンタリズムを排したペトレンコ指揮の座付き楽団ととても相性が良い。その音楽的な美しさや正確さはセル指揮の録音とは比較にならないほどの美の極致だ。そして最後のチャイコフスキー五番の交響曲も素晴らしい。当時はボンでの実演との差を知っていたので充分に楽しめなかったが、全体のプログラムとしてとてもいい出来だった。

その交響曲は来年再び少なくとも三回はペトレンコ指揮べルリナーフィルハーモニカーで聞くことになるが、一体なぜまたこの交響曲なのかとどうしても考える。「悲愴」ともまた今年のプログラムと比較してもあまり管弦楽団への課題が少な過ぎるからだ。しかしこの座付き管弦楽団の演奏を聴くと何かヒントが聞こえてきた。やはり2020年はバーデンバーデンで「オネーギン」ぐらいをやるのだろうかとも思った。フルトヴェングラーからカラヤンを通してのドイツ発音のチャイコフスキーを徹底的に矯正していくのではなかろうか。因みに来年の売れていない方の会はこのところのシェーンベルク協奏曲のミュンヘンでの評判で徐々に売れてきた。最終的には完売に近くなると思う。



参照:
弁証法的な辛い生活 2016-12-10 | テクニック
解決そしてまた次の課題 2016-12-10 | テクニック
九月の四つの最後の響き 2016-09-23 | 音
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解決そしてまた次の課題

2018-10-27 | テクニック
夜も更けるとアルコールの勢いも治まって酔い覚め状態となる。ベットに潜り込むのがなによりもの幸せだ。それでもPCオーディオなどを聞いているとつまらぬことを考えてしまうのも常だ。課題になっていた動画コピーソフト比較のレヴューなどを読んでいるうちに簡単に試せそうなものを見つけた。その名もSimpleScreenRecorderと称する。ベットに入ろうかという時で、下手して弄っているとい予期せぬ夜更かしになるので触りたくないが、どうしても一点だけ音声入力段が気になって仕方が無い。コマンドをコピーアンドペーストで三行入れるだけで、失敗すればアンインストールで終了だ。やってみたら実際に二分ほどで使えるようになった。

YouTubeのハンスクナパーツブッシュ指揮の演奏会ヴィデオをコピーしてみる。音声は結局パルスオーディオ入力となったが、試してみると使えそうなのだ。これで録音に続いて録画も容易に出来ることになった。テストを含めて30分ほどしか掛からなかった。結論は、音声はWIN8でやっているようにFlacでも良いがそのままWAVとしても画像を大きくしない限りそれほどファイルが大きくならない。HDMI接続でK1仕様での録画画質は期待しないので、適当な動画に聞ける音が出てくれればそれでよい。これで旅行先にも持ち運べる。
African Animal Lookout Camera powered by Explore.org


やはりどう考えてもウィンドーズよりも有利な点が多い。これでミニノートブックのマルティメディア対応は整ったことになる。すると今後は生放送をフェイルセーフで二系統のネットから録音録画が可能となる。本来ならばノートブックの二機の間には四年ほどの発売時期の相違があって、大きさも異なり差異が大きい筈であるが、Win8.1とMint19のシステムの相違が後者の欠点を補っていて、各々が使える。A4サイズの後者の優秀性は、新興メーカーASUSにとっては開発力をそこ集中させるだけの裏事情があったのかもと思わせる。

それ以外では、イヤフォーンをまだ試していなかったので、ブルーテュース接続を試しておかなければいけない。問題は古いブルーテュースだと接続できないことだ。実はメインのノートブックも駄目なのだ。だからアダプターを使おうと思うのだが、LINIXでこれを使うにはコツがいる。これが次の課題となりそうだ。折角メディア専用ポータブルPCがありながら、イヤーフォンでモニター出来ないとなると片手落ちだ。勿論有線ならば本格的モニターも可能だが、一度無線に慣れると中々戻れない。



参照:
C:ディレクトリーの清掃 2018-10-26 | 生活
日本の製品は田舎臭い 2018-05-25 | 雑感
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C:ディレクトリーの清掃

2018-10-26 | 生活
毎年恒例の冬籠りの準備を進めている。長袖シャツへの移行も今年は進めたい。昨年までのシャツも破れて遺棄した一方少なくとも二着のシャツは準備出来ているからだ。この冬の為に古着を貯めたようなものだ。

既にNASストレージ導入の意向は言及した。それによるノートブックの一年延命の可能性を再度点検した。たとえD:ディレクトリーを掃除してもWIN8のシステムを入れてあるC:を整理しないことには延命が難しくなるからだ。D:が空けばそちらに移動も進めれるとしても限界がある。そこでC:ディレクトリーを掃除した。

結果、残り39Gほどだったのを53Gまで回復させた。主にTempファイルの消去だったが、この冬まで苦労していたAndoroid接続のADB関連プログラムを消去して更に5G以上稼いだ。これが大きかった。確かその作業をする前の一年前は60G以上空きスペースがあった筈だ。これでもう一年このノートブックを使い続ける前提条件の一つを満足させた。これだけ余裕があれば少々大きなプログラムでも動かせる。別けてあるDディレクトリーの方も80G程しか残っていない。こちらの方はストレージを買えば完全に清掃可能となるが、大きな動画を一つ二つ動かすだけでも余裕が出る。

音楽若しくはDAC専用にした小ノートブックの方は、ffmpeg変換を導入して無線でのハイサムプリング化つまりグラスファイバー水準に合した96kHz化にも成功した。またAudaciousによる32Bit化も組み合わせられる。但しそちらの方向での耳辺りの良さは奇しくもMP3などのエンコード効果にも似ていて原音再生方向とは異なることにも気が付いた。なるほど空気感が広がるとその音の発振の実態感が薄れる傾向にあるのも感じられた。嘗てのオーディオ用語で言いかえると、臨場感と定位感となるのだろうか?要するにリサムプリングでは高音域への伸びが全域でのバランスを崩させるような印象である。これで映像を除く音響は自由自在になった。録音も問題ないと思うが一度試してみて音質の相違を審査したい。録画を試みるかどうかはまた時間がある時に考えてみよう。

小澤征爾が初演した「アシジの聖フォランソワ」のファイルを流している。発売当時のシベリアレコードの全曲盤は持っているのだが、一部傷ついて四枚組の一枚が聞けなくなったので、ファイルでも保存している。デジタル初期の実況録音盤なのでそもそも大した録音ではないのだが、こうしてアップサムプリングもしないでDACでDSD化したものでも悪くは無く、そのままPCMで流すと更に角が立って来て新鮮に聞こえる。中々なまめかしい音で入っていて、演奏も決して悪くない。劇場の楽団なので一度失望した思いがあるが、指揮が良いとここまで弾けるという良い例ではなかろうか。
José van Dam - Saint François d'Assise (Les Laudes)

Messiaen: St. Francis of Assisi - Act II Scene 6

José van Dam - Saint François d'Assise (Les Stigmates)

Saint François d'Assise - La mort et la nouvelle vie Part I

Saint François d'Assise - La mort et la nouvelle vie Part II

Saint François d'Assise - La mort et la nouvelle vie Part III



夏頃から体調を心配されていた指揮者ヤンソンス氏がキャンセルすると知った。親父さんの時代から馴染みのある名前でありながら、一度もそのコンサートに足を運んだことが無い。心臓のペースメーカーを入れているという事は知っていたが、年齢の割には体調が良くないことで有名だ。調べてみるとリガの出身という事で指揮者ネルソンズの同郷の大先輩であるのは知らなかった。

上の小澤の指揮した演奏を聞き返すと、年齢も一世代異なるが、ヤンソンスの指揮がどんなに素晴らしいとしても、明らかに小澤の指揮のレヴェルとは違う。一世代上のあのポストカラヤン世代の指揮者たちの超一流ところとの差がそこにある。世代差を縮めてムーティ指揮とヤンソンス指揮を比べてどちらが文化的で素晴らしいかという事になるかもしれない。後者は本人も認める通りプロレタリア独裁の芸術の枠でしかはかれないのではなかろうか。



参照:
新たに分ったことなど 2018-10-25 | 雑感
ペテン師野郎の指揮 2018-08-11 | 文化一般
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新たに分ったことなど

2018-10-25 | 雑感
就寝前に来年のべルリナーフィルハーモニカーのオープニングツアー情報が入った。オープニングでは第九交響曲となって、もう一つのマーラーの八番ではなかった。それは驚かないが、そうなるとジルフェスタ―コンツェルトのプログラムが気になる。こちらが第九でベートーヴェンイヤーになると思っていたからだ。マーラーの八番は三日間だけフォアアールベルクで地元の交響楽団と演奏されて、それでしばらく時間をおくとしても、その次に考えられるのは2020年のバーデンバーデンではなかろうか?なによりも第九がブカレストのエネスコ音楽祭の初日を飾り、ベルリンからザルツブルク、ルツェルンで演奏される事になる。プロムスが毎年なのか隔年なのかも興味あるところだ。その第九を日本初公演に持っていくことはあるのだろうか?

もう一つのシェーンベルク、チヤイコフスキー五番をツアーに持っていくのは、ある意味予想されたが、バーデンバーデンも2019年は過渡期のプログラムなのでそれに重なるだけかもしれない。今後もザルツブルク、ルツェルンのプログラムと重なるならば是非教育的プログラムの方にして欲しい。これで同じプログラムをバーデンバーデン、ルツェルンで二度聞けることになる。将来的にはもう一つのプログラムがバーデンバーデンで演奏される筈なので、ベルリン以外で少なくとも三種のコンサートプログラムにオペラ一つは楽しめるだろうか。来年のジルフェスタ―はそのプログラム如何でベルリン行きになるのかどうかも早く知りたいところだ。

引き続きLINUXによるPCオーディオ構築である。大きな進展があった。ハイレゾリュ―ション再生である。この点もウィンド―ズではソフトお任せになって、中々ハードの壁を越えられないところになっている。それどころか中華PC生産者に圧力を掛けて、出来るだけ原音を録音できないようにソニーなどが圧力を掛けていると読んだ。メディアを保護するためである。しかしそうした疑念や不安を一掃してくれるのがLINUXでのPCオーディオである。なにもそれは裏抜けのようなソフト開発が容易であるとかそういうことでは無くて本質的な事なのが今回の成果でもよく分かる。

最初に問題になっていたのが、アップサムプリングがWIN8のRealtekのような機能が無いので前提になっておらず、それどころか普通に出力するだけならば48kHzで再生しても44.1kHzへとダウンしてしまう傾向があった。これではリサムプリングの功罪を吟味する以前に流石に話しにならないので、その出力段を選択可能なハイレゾ向きのソフトを探した。そこで先ず挙がってきたのはリンドグレンという人が開発したAudaciousと称するソフトである。これはあまりにもグラフィックが単純で初めはどこで選択可能なのか分からなかったが調べてみると、出力段からプルダウンメニューで多彩な選択が可能と分った。理論的にはPCでの処理を最低にして、そのデジタル信号をDACの方へと直接送り込んでやることだが、調べて見当をつけても最終的には耳で聞いてみるしかない。

ただしこのシステムではSACDをリッピングしたようなファイルが読み込めないので、必要なプラグインを探すと同時に他のソフトも調べた。検索しているうちになかなか纏まったサイトが出てきたのでそこで紹介されている無料のDeadBeefと称するロシアシナ?制作のソフトに行きついた。これで.dsfや.dffなどの再生が可能となる。実際にはISOなどの方が多く転がっているのだが ― 実際どこかで拾って来たものがあり調べてみると今回購入したCDボックスの録音だった -、数少ないハイレゾソースを試してみるにはその可能性も欲しかった。そしてその出力段の設定を開けてみて驚いた。優に30種類ぐらいの可能性がある。アナログ出力でスピーカーに送ったり、ミクサーを通したりから、USBで接続してあるDENONのDACの内部にまで行き渡っている。サラウンド自体はDAC側は受けるだけで、結局2チャンネルステレオでしか出力しないが、当然アルゴリズム上はそのデジタル信号をどのように処理するかの選択となる。当該DACの場合はPCMのDSD変換の判断がそこに加わる。最終的には聞いて判断することにもなるが、とても面白い。傾向としては合理的な処理を選択していくと原音再生に近づくという事で、フィルハーモニーからの録音なども臨場感がとんでもなく上がって来た。これはアップサムプリングによる清々しさ効果とは全く別のもので完全にハイエンドオーディオ領域の話題である。

ピュア―トンの楽の音に聞き入ってしまうのだが、機械制御などを専門としている人には当然のことながら、そうしたUnixなどの制御などを横目で見ていた者とすればこうしてあらゆるハードをUSBケーブルを繋ぐだけでLinux機から思いのままに制御できる愉快さは格別だ。なるほどアップルやウインドーズの利点は総合的な日常コムピューターとしての使い良さであるけれども、Linuxのなによりもの利点は制御すべきハードを最大限有効に利用するために ― メーカーが考えたお仕着せでない使い方が可能となる ― 特化することで、他の追従を許さないことを確認した。



参照:
電池駆動のシャープさ 2018-10-24 | テクニック
味わい深い楽の音 2018-10-23 | テクニック
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電池駆動のシャープさ

2018-10-24 | テクニック
引き続き朝が辛い。暗いうちにパンを取りに行って走ってから仕事なんてとてもではないが今の時期は無理だ。夏ならば陽射しを避けて、新春ならば朝の光を求めてもあるが、今はどうしようもない。毎年活動が落ちて気分も落ち込む季節であるが、今年は一寸違う。それは乾いた気候と遅くまでの強い陽射しゆえのコントラストだろうか。乾燥ゆえに気分の落ち込みは個人的な事を除けばそれほどでもなく、せめて歯根の事が無ければ最も秋を楽しみたいという気持ちになる。それでも朝の辛さは心理的なもの以上に今年は厳しい。

閉じ籠もっていてもまだ長袖体制に完全に映っていないので寒い。引き続き時間が空くと小ノートブックを弄っている。LINUXの最新MINT19は肝心のリモトコントロールがマニュアルになってしまって、設置に時間が掛かった。それもまだ一々セットアップしてやらなければいけないので、奥に入れっぱなしには出来ない。それでもVINOを使って交信は出来た。一度上げてやれば、あとは動きはなかなか良くて、リモートでも扱いやすい。

肝心なのは有線でDACに送る時の音質である。WIN8で使っていた時は常にREALTEKを通過していたりで ― 追記:正確にはffmpeg変換をである ―、出力段のサムプリング周波数を揃えていたのだが、LINUXのALSA出力を素直に転送すると44.1kHzとなるようで、要するに16BitPCMのCD同様となる。音楽では若干物足りないが、使用しているDENONのDACはそこからPCMをDSDに変換させるので、どこで変換するかでしかない筈だ。

先ずは、2017年バーデンバーデンでのリサ・バティシュヴィリのドヴォルザークを48kHzで録音したものを再生した。意外に印象は変わらなかったが、定位感は良く出ていて、全体のバランスは良かった。但し、ラトル指揮のフィルハーモニカーの響きのザラッとしていながら色合いの薄い、まるでデジタルサウンドそのもののような音色がより鮮明になった。しっかりした拍を与えるばかりに音の向かう方向性が薄いというかとても楷書のようなサウンドである ― フルトヴェングラーのヴェクトルを持った響きの対極にある。ヴァイオリンソロがそれなりに魅力的な音を出しつつ、もう一つ上手く噛み合っていない印象も変わらない。SWRの録音、放送である。

次にこの夏のザルツブルクのヴィーンからの録音中継を流した。これも48kHzで録音してあるので素直にそのままでDACに出ている。前日に聞いたベルリンでの4月の録音からするとダイナミックスが小さい。理由は樫本のソロとテュッティでの距離感の相違で分かるようにミキサーで大分動かしているようだ。会場が鳴っている感じが出ていたのでいいと思ったが録音技術的には惜しい。これなどは典型的なマイクロフォンを通した音と生とは違うという例だろう。更に気になったのは会場の響きに若干濁りがあってマイクロフォンの位置に拠らず若干その傾向があるのかもしれない。もう一つ弱音部でマイクのケーブルが可成りノイズを拾っていてアナログサーノイズのようになっている。固定ケーブルかプルト周辺が老朽化しているのだろう。如何にもオーストリアらしい。

余談ながら先日観たフルトヴェングラーの録音に関しての言及も、技術的な問題が指揮者の信頼感を勝ち得なかったという事になる。それはこうした最新の機材を使っても同じことであって、ハードではなくてソフトの問題なのだ。ヴィーンからの中継もドイチュラントフンクと同じように冴えないのだが、こうして改めて聴くとハード的にはそれほど変わらないようだ。しかしそれでもフィルハーモニーからの中継はナレーション自体もシャープな響きで、アコースティックも鮮明度が高い。しかしそれでも生の音のダイナミックスが全然出ていない。フィルハーモニーのトュティーも会場が鳴り切った残響が奥に広がる感じの収録だ。電源よりも電池駆動の方がシャープな音像になる感じだ。それにしても左右と奥行きの定位感が素晴らしい。

このASUSに関してはしばらくは遊び道具だが、これで年内に新規導入しようと思っていたノートブックの購入を止めようと思う。問題は、PCオーディオの録音や再生でなくて、NASの方であることが分った。この一年で二つも外付けHDDを購入したが、2Tから3Tへの拡大は殆ど価値が無かった。次は8Tへ行くか16Tへ行くか。二倍半にしてもオペラ一つやブルーレイが50Gとかになって来ているので、100回分で5Tである。つまり前者ならば三年しないかどうかで今まで通り心細くなる。16Tなら少し積極的に記録可能となる。結局価格的には最新売れ所PCと同程度だろか。



参照:
味わい深い楽の音 2018-10-23 | テクニック
夜も眠い、昼も眠い 2018-10-22 | 生活
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味わい深い楽の音

2018-10-23 | テクニック
PCオーディオの世界は奥が深い。CDプレーヤーなどならばメーカーがお膳立てしてくれていて、デジタル音響技術に係らないが、PCオーディオではスタディオ以上に様々な可能性が生じて来る。大きな差は、信頼性のプロの世界とは異なって可能性を組み合わせると夥しい実験が可能になる。

同じようにアップルとかウィンドーズを使っていればそれなりに信頼性があって、楽に楽しめるのだが、LINUXとなると可能性が広がると同時に判断をするのがなかなか難しい。ネットで調べてみても音質を重視した使い方の情報は限られていて、PCオーディオを始めた二年ほど前のその状態に再び立ち戻った。WIN8で構築して来た最も優れた音に疑問を投げかけるだけの新境地へと広がって来た。

一つはアップサムプリングの利点に対してLINUXから48kHzで飛ばす音が意外に悪くなかったり、ffmpgの効用に光が当たって来たり、その機能によってもたされるタイムラグが音楽映像で気になって来たりと、WIN8では当然と考えていたことが、再び有線の使用などでどうなるかなど他の可能性に思いを巡らすようになったのだ。

実際に久しぶりに有線で繋いでみると同じAudacityでのフィルハーモニーからの録音が大分異なって聞こえる。以前有線で感じていた艶消し感が無くて、無線でアップサムプリング化したものよりも定位感があって広がりが出来たようだ。これならばアップサムプリングを拒むほどの純音再生で驚いている。ただ総奏で余裕感は無くて結構一杯だが、この問題はそもそも管弦楽団自体の問題なのでそこまで感じさせるこの再生音は高水準だ。こうなると無線に戻れなくなる可能性もある。SSDなので機械音はプロセサーへの僅かな冷却ファン音のみとなるので、後ろに押し込んでおけば全く邪魔にならない。これでしばらく試してみるにはこの小型ノートブックを遠隔操作するようにしたい。何時ものVNCヴューワーの登場だ。

それにしてもベルリンからの四月の初日のラディオ放送がこれだけの音質で放送されていたとは知らなかった。いつも冴えないドイツュラントフンクの放送だ。そして八月のルツェルンでの放送が、未だにDCHでアップされていない。是非フライイング拍手の時のキリル・ペトレンコの表情と、なによりもその「ラぺリ」の名演奏を聴きたいのだが、編集に時間を掛けているのだろうか?もしかすると製品化の計画があったのではないか、明らかに長めに腕を下げなかった気がするのだ。演奏水準はとても高かった。それとほぼ同じプログラムのこの四月の二種類の録音録画から、特にフランツ・シュミットの曲は味わいが深く、演奏もとても美しい。

いづれにしてもオーディオ趣味程ではないが、限の無い世界が広がっている。少なくとも電線の取り換えで市場に貢献するよりは健全だと思うのだが、金は全く掛からなくとも机の前で無駄に時間が掛かりそうで恐ろしい。要するに経済的には世界に何一つ貢献しない。

先ずは、拾ってきたUL30aを普通に使えるようにしたので、あとは有線でDACに接続して使うPCオーディオの質を検討すると同時にffmpegを積極的に使っての高音質化の二方向で、余暇に試してみよう。この週末の作業の結論である。

またAudacityの機能はWIN8で扱うよりもLINUXが優れているようにさえ思う。これならばLINUX特有のALSA入力で中々いい録音ができるかもしれない。少しこの小型ノートブックの使い道が見えてきたかもしれない。



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夜も眠い、昼も眠い 2018-10-22 | 生活
19世紀管弦楽の芸術 2018-09-04 | マスメディア批評
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夜も眠い、昼も眠い

2018-10-22 | 生活
眠い、朝も眠いが、走って来て午後も眠い。ベットに入ったのが三時ごろになったからだろう。ASUSのノートブックに結局MINTのシナモンをインストールした。古いデスクトップに一昨年入れて気に行ったので、それにした。最初は二種類のWIN8をインストールしようとしたが、ライセンス取得で引っ掛かった。それならLINUXしか方法は無い。勿論ウィンドーズの方がオーディオや映像に関しては使い慣れているので、不透明感があるが仕方が無い。

言えば、これで苦労しながらLINUXでメディア対応に確信を持てれば次機にはWIN10など要らない。あまり下らないライセンス制限を厳しくすれば誰も使わなくなると思われる。そもそもPC自体の一般家庭での使用が減って、更に法人等でもLINUX主体になればマイクロソフトは廃業も近いのではなかろうか。

景気のいいことはいいながら、少し苦労した。USBスティックからのインストールはプログラムを立ち上げてからつまりホットインストールしてからそこからインストールするようになっていた。つまりディスクにインストールする前に試してみて気に入るかどうかで判断可能となっている。なかなかよく出来ている。

直ぐにネットには入れて、それどころかキャストを飛ばすまでも時間が掛からなかった。そこからが時間を掛けた。つまりアップサムプリングで出すのが未だに出来ないでいる。アップサムプリングを強行すると音が早回しになって使い物にならない。つまりウィンドーズでのREALTEKがLINUXで上手く作動しない。方法は幾つかありそうだが判断がつきかねる。出来れば本格的に使いたいからだ。AudioPhileLinuxなどで専用機に出来るようだが、そうなると録画などに不利になりそうで、基本的にはマルティメディア機でなければ音楽専用機にならない現実がある。

ザールのフォンフォルクセム醸造所のシャルツベルグの2013年物を開けた。シャルツベルクは、同僚のエゴンミューラー醸造所の甘口で有名だが、土壌もさることながらミクロクリマも悪くは無いので本格的な辛口もまだまだ今後評価されるだろう。決して良く無い年なのだが、書き例に瓶熟成していながら全く新鮮なそのままで、杏子と旨味が取り分け楽しめた。最初から開き気味ながら最後まで引き締まっていて、その土壌よりも質の良さを存分に楽しめるリースリングだった。やはり我々のところにはない芳醇な旨味はそのスレートの土壌でしかないだろう。万人向きの高級リースリングながら、その質と飽きない微妙さが取り分け素晴らしかった。



参照:
SSD初インストール準備 2018-10-18 | テクニック
気に入りだしたシナモン 2016-11-30 | テクニック
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黒い森からの今と昔の像

2018-10-21 | 文化一般
ドナウエッシンゲンからの生中継を一部録画した。5G超えとなってしまったので困った。それでも一曲目のイヴァン・フェデーレの演奏は簡単に消去したくない良い出来だった。なによりも初めてここで新曲を発表して祝福を受けたフェデーレ氏のその作風はいつものものだが、手慣れていて、とても評価できるものだ。管弦楽も両方の見たような顔が混ざっているがフランスの指揮者パスカル・ロジェの下で中々堂に入っていた。

それ以上に驚いたのはごみを捨てに行ったりポストに投函していたりしていた間に演奏された二曲目の新作への聴衆の盛大な反応だ。トラムプに反対する女性の運動のビヨンセなどの歌が主題に使われているらしいが、社会的政治的な以上に、まるでタイプライター協奏曲の焼き直しのような楽器編成に違和感を覚えたので、改めて見做してみなければいけない。

その後にミュンヘンからの中継に移って指揮者フウルザのインタヴューを聞いた。ドイツ語をしっかり喋っていてそれだけで偉いと思った。チェコの人にとってとバルティック三国の人にとってのドイツ文化とは大分意味が違うのだと思った。と思って聞いていると生まれがブルノであるから、シュレージアン、ボヘミアンの隣のモラヴィアだからドイツ文化との歴史的繋がりも強い。演奏自体は、楽団ももう一つ上手く演奏しておらず指揮も冴えなかったようで途中で止めた。同じ年配のネルソンズなどとは大分出来が違うが、今や指揮者の登竜門である日本でも人気でありメージャー交響楽団へのデビューへと売り込みも盛んであり仕事量も多そうだ。レパートリーにもよると思うが、今までは生で聞く機会も無かったが、バムベルクぐらいでしっかりと成果を残していかないと評価は定着しないだろう。

WILHELM FURTWÄNGLER - DEUTSCHE DYNASTIEN


その後にフルトヴェングラー家王国の番組がYouTubeに流されていたので早速流してみた。人気女優マリア・フルトヴェングラー博士を中心に据えて、その指揮者の周辺を当たる番組構成だ。今までも話題になった奥さんのエリザベートや娘のミュンヘンで演劇を教える女優アッカーマンなどお馴染みの顔とこの人気女優の関係が良く分からなかったが、指揮者の奥さんの連れ子の孫でもあり、父親が指揮者の甥フルトヴェングラーであることが分かった。つまり血の繋がりは無いが、そのもの母方の方が実はベルリン政界で女性参加として重要な家系であることを知った。名前はフルトヴェングラーは有名であるのだが、その家系自体は指揮者の祖父の時代にミュンヘンに出てきているので、やはりその名の通りフルトヴァンゲンの家系だ。しかし指揮者の息子の話しにあるように青い目でシャープな表情はアレマンの民族の特徴もあって浮名を流すには事欠かない。実際故人の面影のある息子さんのようなタイプは確かに身近にもいる。

よって、フルトヴェングラー分家はミュンヘンの湖畔に今もその実家があり、シュヴァルツヴァルト・ミュンヘンの家系なのだ。奥さんのエリザベートの方は逆にベルリン・スイスロマンドとなる。そして何よりもヴィルヘルム・フルトヴェングラーの家庭は高名な考古学者の父親のインテリ家庭であり、これはやはり特筆すべきかと思われる。その反面ませた少年ヴィルヘルムがなぜああも古臭い芸術様式に拘ったのかは解せない。一つ考えられるのは、やはり当時のミュンヘンの感じをシュテファン・ゲオルクなどを囲むメムバー、つまり「ヴァルキューレ作戦」のフォン・シュタウフェンベルクや物理学者ヴァイツゼッカーなどの独特の思考が示す知的サークルから思い浮かべるぐらいだ。この辺りは改めて指揮者の政敵となったトーマス・マン作「ファウストュス博士」で読み直したい。

我々にとっての関心ごとは、なるほどキリル・ペトレンコは、音楽的にはフルトヴェングラーを完全に凌駕しているが ― それでもフルトヴェングラー指揮の「マイスタージンガー」の音楽的見事さは意外に通じるものがあるが -、それでも彼はフルトヴェングラーのような特別な文化的環境は纏っていない。これはある意味健康的でそこに不安を感じさせない反面、とても文化的に敏感な人はつまりヴィルヘルム・フルトヴェングラー以上に環境に留意をしている知的階層の人達は、とても関心を以ってアンテナを張らしているのである。恐らく、現在のミュンヘンでの熱心な聴衆の核になっている人たちはこうしたとても文化的な層である。



参照:
プルトニウム爆弾の特許申請 2011-11-23 | 歴史・時事
ヘーゲル的対立と止揚 2018-09-11 | 文化一般
技術信仰における逃げ場 2007-11-06 | 雑感
肉体化の究極の言語化 2007-11-25 | 文学・思想
民族の形而上での征圧 2007-12-02 | 文学・思想
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批判精神無しに育たない

2018-10-20 | 文化一般
朝の車中のラディオニュースでドナウエッシンゲン音楽祭開催のアナウンスがあった。最も古く大規模な現代音楽祭と紹介していた。残念ながらその中心になっていた管弦楽団は解体されたが、合弁後にそこを穴埋めしている。実際には大管弦楽団が必要な委嘱作や演奏会は一部でしかなく、多くは中規模のクラングフォールムなどの客演アンサムブルが任を担っている。

ワイン街道に住むようになってからもこの音楽祭には毎年のように常連になるものと思っていた。しかし当時はネットも無くその情報すら逃していて、新聞評で初めて開催を知るようなことだった。要するに別世界の事なのだ。その点はやはり近所のシュヴェツィンゲン音楽祭との差が大きい。前者は旧SWFバーデンバーデンの主催、後者はSDR主催とその権益も違ったのである。同じ州であるが、前者は歴史的にヴュルテムベルクからクアープファルツであり、後者はバーデンの土地柄である。

実際に距離的にもワイン街道からは黒い森を対角線上に丁度反対側へと、つまりボーデンゼ―方面へと向かわなければいかず、遠く、バーゼルなどよりも行き難いのを知ったのはそこに出掛けてからである。そして一度だけお呼ばれで出かけたぐらいで、コンサートもそちら方面では二回ほどしか聞いていない。シュヴァルツヴァルト住人ほどに熟知している筈なのだが、どうしても放送局のバーデンバーデンとか友人の宿からの道程を考えていると、とんでもなく時間が掛かることを知った。つまり、アウトバーンで森の向こうへと回り込んでロートヴァイル周辺から森の方へと上らなければいけないのだ。ドナウの源流の街であるから勿論山の上なのだが、切り立った峰の上というよりも明らかに向こう側に下りたところで、これは幾ら黒い森の国道を整備しても遠い。

今回は偶々イヴァーン・フェデーレの名前を見かけたので興味を持った。今更作風は変わらないだろうが、一体現在どんな曲を書いているのか気になった。二曲目のスェーデンの女流マリン・バンクの作品も期待される。しかし後半はミュンヘンの放送局に移って、ヨゼーフ・スークの交響曲を聞いてみようかとも思う。

お昼の時刻にNHKホールからの生中継をやっていた。毎年大現象になっているブロムシュテット指揮N饗定期の続きである。今回はまともなコンサートマイスターが導いていたのでアンサムブルが引き締まって、管とのバランスも良かった。このハイドンだけを聞いていればどこの楽団か楽譜を見てじっくり聞いていないと分からないかもしれない。後半のマーラーの交響曲は先日ネルソンズ指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏と比較になる。弦と管の間のアンサムブルは先日のブルックナーとは違い良いのだが、拍が不明瞭になるところが多かった。

楽譜から訳の分からぬところでのアゴーギクやまた独自のだが興味深いフレージングに苦心して練習していた様子もあり、その演奏解釈もよく分かった。そしてしっかりと拍数を数えているのも窺がえたが、やはり指揮が雑でよれよれしているのだろうと思う。その解像度が十倍ほど違うネルソンズとは比較不能なほど粗い爺の譜読みから、趣のある面白さを求めれば先日のキュッヒルが率いた方が良かったぐらいだが、崩壊を恐れたのだろうか。細かな部分は致し方ないとしても、指揮者お構いなしでやはり拍だけは整えるところまでアンサムブルを作って欲しい。

四楽章のヴィオラの歌いまくり部分をゲヴァントハウス管弦楽団と比較するのはとても酷なのだが、その指揮とは無関係に最もここに残念ながらこのN饗の性格と実力が出ていたと思う。つまり、なにもネゼ・セガン指揮とまでは言わないがその程度に近い指揮者が振ればしっかりした拍が刻めることも分かっていて、それは過去に何回も楽団自体が経験しているに違いない。マーラーの楽曲の指揮は同輩のハイティンクも充分に振り切れていなかったが ― それでも解像度は数倍あるだろうが ―、当然ブロムシュテットにも難し過ぎる楽譜だと感じた ― 一体マルケヴィッチ世代にマーラーを上手に振れる人がいたのだろうか。そして終演後の盛り上がり方を考えれば、会場での音響とか音量とかは想像するしかないとしても、首都一番の交響楽団での聴衆の程度を考えれば、やはりそれは無いだろうと思った。あれだけ超一流の交響楽団が競演して聴衆の耳が肥えていても、地元の交響楽団を厳しく批評出来ないようでは自身の文化として育たない。



参照:
音楽の伝道師の想い 2018-10-16 | 文化一般
音響の文化的な価値 2018-10-14 | 音
蒼空のグラデーション 2018-09-08 | 音
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証明された判断の正しさ

2018-10-19 | 雑感
歯根の腫れは若干落ち付いて来た。しかし違和感がある限り気分が冴えない。代え歯を入れて落ち着くまでの期間などを全て計画しておかないといけないからだ。落ち着いている時に直面しておかないと厳しい。歯を失うだけでも不可逆なことでとても気分が悪いが、重病人で手術となるととても気分が悪いだろうと思う。実際に重病になって更にガンなどの不治の病となると喪失感も然ることながら、急いで救命の手術となって、とても計画など考える余地が無いことがこれだけでも察せられる。そこから処置の選択や医師の選択などよほど意思がしっかりしていないと病態ではとても冷静な判断に結びつかないのは当然だ。歯茎に違和感が残っているところぐらいで調べておかなければ駄目だ。

先日発注した「尾藤イサオ」のCDが届いた。中々いい写真がついているが、フランクフルトの放送スタディオの録音だ。なぜそのような共同制作になったか経過は知らないが、とても楽しみだ。2002年の録音だから四重奏団は今はどうなっているかは分らないが、「イサオ」さんは活躍しているのを見かけた。

アマゾンでUSBスティックを発注した序にCDボックスを注文した。偶々見かけたDGの新しい廉価BOXシリーズで名指揮者と名管弦楽団の組み合わせを特集したシリーズだ。価格は魅力的だが名録音シリーズなので重なりもあってこれといったものはブーレーズ指揮のクリーヴランド管弦楽団のボックスだ。アマゾンではなんと8枚組で18ユーロと一枚2ユーロ少々だったのでこれはと思った。残念ながら同じ時期のデジタル録音を全部は網羅していないことが分かったが、これは手が出た。その中の二枚分は既に所持していたが、それでも一枚3ユーロ少々だ。

既に所持している二枚の殆どが4D録音で、実際に高音質なのが実感できた。これだけでも技術的に当時の前世紀末の最高級録音としての価値が高い。様々なレパートリーが入っているので集めるまでの気持ちは無かったが、この価格ならば収集欲を抑えられなかった。

その中で重なるドビュシーの数曲や「春の祭典」、マーラーの七番以外では、なんといってもメシアンの「クロノクロミー」など、また「ラメール」も「ペトリューシュカ」も楽しみだ。ブーレーズ指揮のストラヴィンスキーボックスを買っていないのもエラートのアナログ録音などと重なっていたからだ。ブーレーズ指揮の録音でこれと言った名演は少ないもののどの曲においても過不足無く譜面が音化されていて、とても音資料として使い良い。その価値だけでも貴重だ。

SDカードが車に置きっぱなしの古い壊れたカメラの中に入っていることを思い出した。そこでSSDインストールのために試してみた。態々中に入っている映像のオリジナルのファイルをコピーして、初期化して、WIN8のインストールISOを製作した。そして試してみると全くSDカードを読み込まなかった。恐らくSDカード読み取り機のドライヴァーが入っていないのだろう。それならばなぜUSBが読み込まれるのか。本質的な差のように思われる。結局ドライヴァーを探し出してインストールを試みるまでの気力が無く、早々に断念した。やはり高容量のUSBスティックを発注したのが正しかったのが証明された。



参照:
SSD初インストール準備 2018-10-18 | テクニック
夏時間が辛くなった 2018-10-13 | 雑感
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SSD初インストール準備

2018-10-18 | テクニック
恒例の冬籠り準備である。今年は先々月取って来た壊れたミニノートブックを弄ることから始めた。急ぐことは無いが、それが使えるとなると、また違う可能性が生じるからであり、なによりも無用の長物が手元にあると邪魔になる。夏の暑い間はその気にもならないが、こうして夜が長くなってくると、夜鍋仕事に精を出す。

状況としてはHDDのシステムを読み込まなくなったという事であり、前使用者のプログラマーは自身のプログラムの入っているHDDを抜き取った。その残りを取って来た。機器はASUSのUL30aと称する商品で小型でCDROMが内蔵していないのが特徴だ。評判が良かった商品で2010年頃の製品にしては今でも使える内容だ。なによりも小型だから使えるようになれば様々な可能性がある。アップグレードまでは考えないが用途を限定すれば面白いかと思った。丁度タブレットと通常のノートブックの中間に位置する。そして軽い。

特に時間を費やしたのはHDDが無いことから自身の古い壊れたHDDやUSBスティックを利用してブートすることだ。結局BIOSを幾ら弄ってもUSBのプログラムを動かせなかった。しかしHDDもスティックもしっかり認識している。論理的に考えれば、所謂読み込みのプログラムであるMBRとかGPTが故障若しくは読み込めないことになる。そこで新品のSSDを購入することになった。SSDは無音のディスクであり機械式でないが、その読み消し回数に限界がある。そして大容量は高価だった。しかしここに来て41ユーロで240GBの容量が買えることを知ったので迷いなく発注した。今後は音楽などに使うPCオーディオには欠かせないと思う。

そして事始めであるが、問題なくHDDと同じように装着、読み込みが可能だった。念のために設置台も購入していたが必要ないかもしれない。そして試してみる。先ずは初期化フォーマットをしないといけない。これを他のノートブックなどでやるのは接続アダプターでUSBに繋げれば詮無いことであるが、それだけでは何も変わらない。そこでWIN8のノートブックのリカヴァリーディスクを製作しても、WIN7が同じ64BIT対応ならば全く問題なく使えると知って、試してみた。先ずは4GB弱のスティックで試してみる。問題なくメニューが出て、プロムプト画面でコマンド入力も可能となった。

これで読み込んでいるSSDもDiskpart-List Disk-clean-Select Disk-Format fs=fat32 quick-create partition primary-active-assign letterコマンドでフォーマットやパーティションが可能となる。実際、HDDでは慣れているがSSDは初めてだったので自信が無く、可能な限り無駄な書き込み消去もしたくないので恐る恐る試してみた。プライムディスクなどの選択の可能性や設計を考えるが、中々最初から決まらない。また手元にはSDカードはあるものの空いているスティックは僅か4GB以下の一本しかないことに気が付いた。だから、先ずはSSDにリカヴァリーディスクを拵えて、スティック無しで読み込めるようにした。そしてWIN8のリカヴァリーモードとなった。

そもそも本体のWIN7はネットで番号を入れてみるとASUSのプリインストール向きのライセンスでインストールISOが落とせない。それならば先ずはWIN8のインストールを試みる。しかしここでDLしたWIN8.1のISOデータが4GBを超えていることが分かった。それならばと早速32GBのUSBスティックを発注した。まさかこんなものが必要になるとは思っていなかったが、これだけ大きなスティックが手ごろな価格になっているならば手元にあれば役に立つと思った。

その一方試しに動作が確認されているUBUNTUをUSBにイメージISOデータとして作成した。こちらは問題なくUSB化した。そしてそれを動かしてみるとUBUNTUのインストール画面が出てきた。これでノートブックが使用可能なことが証明された。更にメモリーテストもしたので、ハードウェア―は問題が無いことも分かった。つまり使用者のプログラマーが突然使えなくなった背景には、MBRの破壊が推測される。ハードディスクが壊れた形跡が無かったことであり、今回私が苦労したような状況が続いていたというからだ。

これで二三日中に大きなスティックが届くので、それを待ってWIN8がライセンス上も問題なくインストール可能か試してみて、問題があればUBUNTUをインストールすることになる。まだどの様に使うかは定かでないが、兎に角電化ゴミではなくなりそうだ。



参照:
単純なアフリカの風合い 2016-11-26 | テクニック
夏時間が辛くなった 2018-10-13 | 雑感
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