Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2012年6月

2012-06-30 | Weblog-Index


学歴のある奴か失業者 2012-06-29 | 生活 TB0,COM0
割礼禁止の判決下る 2012-06-28 | 歴史・時事 TB0,COM0
節度が保たれる抗議行動 2012-06-27 | マスメディア批評 TB0,COM0
心理的な熱さと身体の冷さ 2012-06-26 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
NPO法人PK会長の穴潜り 2012-06-25 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
幹の強さに頼るのみ 2012-06-24 | ワイン TB0,COM0
もう一息の紫陽花革命 2012-06-23 | マスメディア批評
しがらみをとき解く戦い 2012-06-22 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
リハビリのパラフレーズ 2012-06-21 | 生活 TB0,COM0
被曝が不健康な医療保険 2012-06-20 | 生活 TB0,COM0
アドレナミン分泌の日々 2012-06-19 | 雑感 TB0,COM2
バンジージャムプ並の転落 2012-06-18 | アウトドーア・環境 TB0,COM2
バーデン・バーデンを登る 2012-06-17 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
文化的な話題と三面記事 2012-06-16 | 文化一般 TB0,COM0
何を差し置いても弔いに参列 2012-06-15 | 生活 TB0,COM0
緩い傾斜と緩んだ気分 2012-06-14 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
犠牲にした捨て縄を補填 2012-06-13 | 生活 TB0,COM0
トレントの銘酒に触手を伸ばす 2012-06-12 | ワイン TB0,COM0
メッカでのオペラプリマ 2012-06-11 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
ワイン祭りを逃れてティロルへ 2012-06-10 | 生活 TB0,COM0
徐々に備えるように鍛える 2012-06-09 | 雑感 TB0,COM2
お取り寄せする価値の無い商品 2012-06-08 | ワイン TB0,COM4
ファイヴ・イレヴンへの道 2012-06-07 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
核後進国の苦悩と悲哀 2012-06-06 | 歴史・時事 TB0,COM0
もう一足は裸足にするか 2012-06-05 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
非核を推し進めるのか、否か? 2012-06-04 | マスメディア批評T B0,COM3
労働に対する適正な報酬 2012-06-03 | 文化一般 TB0,COM4
アストロとヘリウムの差異 2012-06-02 | 雑感 TB0,COM0
漸く届いたザールからの小荷物 2012-06-01 | ワイン TB0,COM0
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学歴のある奴か失業者

2012-06-29 | 生活
水曜日も登りに行った。そこで偶々出会ったのは日曜日にも一緒だった些かアウトロー風の男だった。銜えタバコでザイル無しにチョコチョコと登っていた男だった。

そのそれ風な物言いで話し出すと、「あんたら、岩登りの達人で力仕事を職業としている奴を知っているか?」とぶちまける。そうだろ「岩登りの上手い奴は、役人か学歴のある奴か、失業者だけだ」と、同じような自虐ネタの言い草に日曜日も笑わされた。そして日曜日は本当にやばい所は人に先に登らしていたのを知っている。「なんて賢い奴だ」と笑った。ああ言うのを達人と呼ぶのだろう。

失業者や役人は十分に時間もあって力も有り余っている、しかし専門的な職業の者は技を売らない限り矢張り勉強する時間がないと職業としては厳しい。週三回も岩登りをこなすとなると体力も時間もないと矢張り無理であろう。

もう一クラス上のレヴェルに達するには週三回をどの程度こなせるかに掛かっていると感じているが、週三回の全力投入は困難であると感じている。

今日はとことん暑かった、雷雨を待つ日である。外気温が摂氏33度を超えていた。六月も終わりなので気になって、クリストマン醸造所に前注文する序に試飲してきた。

感想は2011年の酸不足がこの醸造所のリースリングにも同じように表れているのだが、そのお陰でミネラル成分が良く吟味出来て良かった。オェールベルクの塩気と書く位に、レープホルツ醸造所の影響がここにも表れている。

その意味からは若い酸があってもグーツリースリングは昨年のものよりも物足りなく、オルツヴァインでも今一息であった。早速新製品のカペーレンベルクを試した。以前はシュペートブルグンダーが栽培されていた場所で、リースリングのプリュミエクリュとしてはデビューである。

まず黄色味が良い。若干の微炭酸は明らかだが、酸の重さを感じさせずに、透明感のあるミネラルウォーターのような味筋は素晴らしい。この特徴は、明らかにレープホルツのそれに近づいていて、繊細さと果実風味がとても上品である。価格は、いつものことであって、17ユーロと誇り高い。酸が弱い分若干の苦味成分があるが、思わせない高アルコール13.5%からすれば当然である。それにしてもこれだけ柳腰のリースリングがこの醸造所から提供されるとは思っていなかった。



参照:
NPO法人PK会長の穴潜り 2012-06-25 | アウトドーア・環境
何処までもついて行くわよ 2012-05-20 | 試飲百景
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割礼禁止の判決下る

2012-06-28 | 歴史・時事
連邦共和国の本日最大の話題は子供への割礼禁止の判決だったろうか。モスリムの医者が起訴されて、医者は放免となったが、今後は傷害として取り扱うとする判決である。

それを受けて様々な反響があるが、夕方のラジオの討論会で、勿論ユダヤ人の話題となった。実際は世界の三分の一の男性が包茎手術をしておりその七割はモスリムで、一割がユダヤ人とされる。コーランには割礼についての記述はないようだが、旧約聖書には明白に記されておりトラに規定されている。

今回の例では部分麻酔を用いたようであるが、ユダヤ教にとっては麻酔を掛けないその傷みこそが神に通じる行いなので、今回のような判決は典型的なおせっかいなドイツのイデオロギーとして批判される。

更に合衆国では商業的に包茎手術が一般的に行われており、WHOなどもアフリカのエイズ対策として女性への割礼処置などが推進されていると言うから、一概に宗教や伝統を尊重する行いとは限らないようである。

その反面、モスリムの処女膜再生処置や割礼は女性人権問題がその背後にあることは確かであり、また米国や日本のそれなどは子宮頸がん予防接種と同じように保険料稼ぎの商売に他ならない。



参照:
Eine dauerhafte und irreparable Veränderung,, Reiner Burger, FAZ vom 27.6.2012
驕らない、慎み深い主役, 2007-11-28 | 生活
効率よく働かせる保険, 2012-03-09 | 生活
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節度が保たれる抗議行動

2012-06-27 | マスメディア批評
フクシマ後の日本のエネルギー政策を評価した社説が載っている。福島以降十五ヶ月が経過しているのに未だに明らかにされていない最重要政策を、野田首相が八月に公にするとある。FAZ紙のカルシュテン・ゲルミスは、イデオロギーに彩られた連邦共和国のそれとは異なって日本政府のそれは実際的で工業先進国のお手本とすべきヘーゲルの理性に準拠するものだと絶賛する。

なるほど今回経済相によって承認された太陽光自家発電の買い取り価格がキロワット時あたり42ユーロセントと、ドイツのそれの二倍だというのである。これによって、日本は太陽エネルギー分野において、イタリアやドイツを直ぐに抜かすだろうと予想する。

つまり日本は、核無しの電力供給をブラックアウト無しに見事にやってのけたが、当面の経済的な損失である燃料費高騰による嘗てない九千七百億円の貿易赤字を食い止め、関西のパナソニックや京セラなどの企業の海外移転を抑えるために原発を再稼動する一方、京都議案書のそれを遅らさせつつも遵守して、且つ一方水力以外の再生可能エネルギーの推進を試みるというのである。

しかし同時に、フクシマ後の尋常ならざる経済被害の大きさは現実主義的な野田政権の施策として福島以前に戻すことはありえないとする。

そうした野田政権に対して国民の懐疑は強い反面、脱原発への抗議行動は節度が保たれているのは、核への恐怖以上に大きい更なる経済的危機や不景気があるためだと分析する。

七月一日を以って、大飯原発の制御棒が引き抜かれると言う。政府がどのような工程表を以ってエネルギー政策を明らかにしていくかは知らないが、それとは無関係に有権者は声を大にして既成事実を重ねていくことで、初めて政府の反応を正面から対峙することが出来るのである。

金曜日の抗議行動の規模とその成果は、今後の日本の政治や社会のあり方をはかるとても重要な抗議行動になると思われる。賢明な有権者は気がついているだろう、こうした最重要政策への関心を国民の目からずらすような形でまるで争点を外すかのように政局などの話題が盛んにネットを含むメディアで取り上げられることを。それはなぜゆえか?



参照:
Japans Energiepolitik nach Fukushima, Carsten Germis, FAZ vom 25.6.2012
Japan kehrt zum Atomstrom zurück, Carsten Germis, FAZ vom 17.6.2012
もう一息の紫陽花革命 2012-06-23 | マスメディア批評
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心理的な熱さと身体の冷さ

2012-06-26 | アウトドーア・環境
北イタリアでのある夜、レストランから暗闇を返ってくると蛍に出会った。最後に蛍を見たのはいつだったか思い出せないが、欧州でのことだったのはそこで生息しているのを知っているからである。

誰かが手にとって熱いと叫んだが、冷たい光と言っても矢張りいくらかの温度は感じたのかもしれない。それとも心理的な熱さだったのだろうか?

いづれにしても、その青色の光を眺めると不思議な気持ちになるのは誰でも同じらしい。清流が無いと生息しないと言われている蛍、なるほどそこは十分な湿気もせせらぎも欠かない場所である。

同じ甲虫でも、カメムシのことをトラムペット甲虫と呼ぶと、前を行く男のことを指しながらNPO法人PK会長に教えて貰った。このカメムシもドイツに生息しているそれも自宅で発見したときは些かショックであった。

そう言えばガルダ湖でのキャムプで、ベーコンの目玉焼きを作えられたのだが、一部にはこんなに美味いとは思っていなかったようで、興味深かった。あのカラカラに焼き上げるベーコンは、オランダの名産であると知ったのはネットであるが、イングリッシュ・ブレックファーストを通じて日本では定番の食材料である。

スポーツ選手が何処そこに違和感があるなどと言って休むことが多いのはスポーツファンならば馴染みのことで、骨折した訳でも筋などを痛めた訳でもないのに不思議だと思う人は多いだろう。特に若いスポーツ選手の頑強な身体ならば少々のことはと感じるのが普通の人である。そのように考えていたが、続けてスポーツをする習慣をもつと、昨金曜日か水曜日の酷使で右肩が上がらないような不調などは直ぐにでも手当てしておかないと次の日程まで持ち越してしまうと考える。基本的には習慣には休みは無いのだから、その都度の処置が鉄則である。いつものコースを走って体調を点検した。異様に足に凝りがあって、とても遅いペースで走った。右肩の凝りを取るためであったが幾らかは成果が出るであろうか。風呂にでも入ってみよう。

そう言えば相棒のスポーツ医が、「あんたも疲れるか?」と彼の最近の若干の弱さを自ら言葉にしていた。その件はここでも書いているように気がついているのだが、老化の弱りなのかどうか自分でも気にしているようだ。気になるところは寒さを感じやすくなっていて、上着などを羽織ることが多く、明らかに熱量不足が感じられる点である。その他の点は、相対的な印象や技術的な問題でもあるので一概に言えないのだが、それにしても疲れ知らずどころか疲れ知っても休まないあの意欲は大したものである。しかし熱量不足を感じさせるような運動量は限度を超えていて不健康なのではないだろうか?



参照:
『鹿ケ壺・尻壺横で、モリアオガエル』近撮 (NEXT DREAM 記憶と記録)
幹の強さに頼るのみ 2012-06-24 | ワイン
メッカでのオペラプリマ 2012-06-11 | アウトドーア・環境
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NPO法人PK会長の穴潜り

2012-06-25 | アウトドーア・環境
穴潜りである。キリスト教では水潜りが洗礼となるが、奈良の大仏をはじめ穴潜りで、母体回帰の行事と為すこともある。岩の中に窓が開いているものは先週登ったが、今週は穴潜りである。

金曜日の筋肉の疲れもあって、日曜午後の雨の予想もあって、軽い気持ちでプファルツ随一のクライミングクラブの会に同行した。まさか30人以上も同じ岩場で遊ぶものとは思っていなかったのだが、幾つも岩塔が並んでいるので全く問題なく進んだ。

45歳の筋力自慢の者にどんどん登って貰ったので、気楽な気持ちで楽しめた。最初に挑んだのは砂だらけ蜘蛛の巣だらけで、自分では登ることはなかっただろうが二人が裾払いをしてくれたのでそれほど気分を害さずに登れた。それでも砂で滑りそうなのには閉口する。矢張り御免願いたい。

二本目は一般ルートながら傾斜が強いが、横へとがっちりした手掛かりを見つければ全く問題がないのである。もし見つからないとすれば突然難しく感じるだろう。

三本目は写真の穴潜りで、技術的には全く意味がないのだが、NOPプフェルツァークレッタラーの会長が穴潜りをするのを写した。その後には前会長なども続き、若干お祭りムードが盛り上がった。

四本目はバンド帯から岩場の途中から取り付くもので、ハーケン一本で確保をして、落下すると直接そこに加重される垂壁はロープをリードするとなるととても勇気がいるのである。本日はしんがりを努めたので気軽に足を滑らせたりしたが、先週の二度目三度目の転落の場所とは似ていても、手がずり落ちないのである。同じ困難度ながら全然難しさが異なると実感した。

三十分以上森の中を歩いての辺鄙な岩場であったが、当然ながら貸しきり状態の気分は悪くなかった。週三回、負荷のメリハリをつけてやればなんとかなることを確認できた。先週から九日ほどで六日登っているのである。



参照:
幹の強さに頼るのみ 2012-06-24 | ワイン
リハビリのパラフレーズ 2012-06-21 | 生活
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幹の強さに頼るのみ

2012-06-24 | ワイン
期待していた2008年産シュロース・ザールシュタインの「アルテレーべン」を開けた。先ず驚いたのは、糖が完全に落ちていて、奥さんの説明どおり通常の辛口となっていたことである。

どうも酸の肌理の粗い2008年産は購入しなかったようで、今回が初の試飲となるようだが、なるほど酸の量感が多い分重さが少なく、ザール特有のひたひたとした味筋となっている。その味覚を支えているのはスレート土壌である。

2007年産、2009年産とデザートやチーズなどにあわしてみたいと思ったが、このワインならば鶏や白い肉や裏エチケットにもあるようにジャガイモ料理などにも合わせることができる。但し単体で飲むとその鈍いようなワイン酸の量感が個人的には鋭さに欠けるので物足りない。しかしそれゆえに穏やかな酸として受け入れやすいと思う向きもあるようだ。

これをこのまま置いておくと、もはや残糖が少ないので、たとえアルコールが12%あっても典型的なザールヴァインとして水っぽくなってしまうだろうから、こうして在庫整理のお試しパックとして供給されたのだろう。

そうした面を、同じ2008年産のレープホルツ醸造所の雑食砂岩Sと比較すると、なるほどレープホルツの方が遥かに長持ちしそうである。残糖の量は比較にならないほど少ない方が長持ちする理由は、酸は量感以上に質が重要で、さらに辛口の醸造法の相違も大きく影響するからだろう。

金曜日は、石切り場でまだ体験していなかった困難度七級マイナスの細い割れ目を試した。割れ目に右へ左と纏わりながら登るルートでとても技術的に興味深い。只一箇所だけ握れる場所があるのみで、その名の通り指も確り入るところはない。なので、足をその縁に掛けたりしながらの微妙な登攀となる。

先ず二本目のハーケンにザイルを掛けるところが想像がつかなかったのでとても怖く、延長棒でザイルを先に掛けた。その作業もとてもバランスを取るのが難しく、十分にその困難度は保たれた。次回は上手くいくだろうか。その後も左に右にと足を伸ばしたり、手を伸ばしたりで、割れ目の上端を越えてからも結構微妙なバランスを強いられた。このレヴェルの場所となると力や摩擦だけでは処せないので、全身の身体を上手に使うバランスがとても大切であると実感する。所謂体幹であろうか。



参照:
事故続きの無傷の一週間 2012-05-27 | 生活
リハビリのパラフレーズ 2012-06-21 | 生活
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もう一息の紫陽花革命

2012-06-23 | マスメディア批評
首相官邸前の金曜日の抗議行動をIWJ中継で見た。素晴らしい成果である。先週の一万人とか言われているものは生では見れなかったが、今回はそれに対する妨害行為も含めて生で体験できた。

IWJは、会員数が僅か1400人と言うように、今回のように八千人以上一万人近くがその中継に集まることは少ない。こうした運動が膨らむには、更に多くの人がこうしたネット中継に注目すべきである。今回の報道で、東京新聞が批判されているが、所詮運動妨害の団体が叫んでいたように、朝日だ読売だ東京新聞だとか言うのは許認可権を持った権益の中でのロールプレーでしかないことを日本国民は知るべきである。下らない三面記事新聞を購読するぐらいならばその金銭を有効に使うべきである。

主催者が言うように禄でもない妨害行為に挑発されるような市民ではなく、全くイデオロギーや党派性に束縛されている市民ではないので、意味不明な挑発行為には一切反応しない。

寧ろその現場の状況は、そうした妨害行為で熱を帯びたかに見えた。そこに集まった善良な市民は、なによりも原発の恐怖心に目覚めたようで、今までそうした恐怖心を他人事としてきた反省に満ち溢れているかのように思えた。

主催者によると四万五千人、警察当局によると一万人とその差ははなはだ大きいが、とても長い行列を為していたことは確かで、次から次へと最後尾へとその列が伸びていったのは確認できた。

組織化されていない、自由意志に基づくこうした大規模の抗議行動はドイツでも体験したことがない。私が体験した最も大きな市民の行動は、外国人差別の襲撃に対するキャンドルの輪の意思表示のときだろうか。それでもその核には教会などの精神的なリーダーが存在したと感じていた。だからその輪に加わることはなかった。

しかし今回の大飯原発再稼動反対の抗議行動はそうした精神的な指導を超えてもはや根源的な死と生の核への恐怖心がそこにあると感じている。当然のことである。日本人のどこかに広島・長崎からフクシマへの数々の被曝体験が心のどこかに刻まれているからである。

世界のマスメディアもこの現象に注目している。今回のその規模や妨害運動の賑やかしで更に大きな注目を集めることとなったが、もう一息で紫陽花革命へと野田政権を打倒するときは近いと考える。世界の注目を一挙に集めるには主催者が言うように十万人規模のそれが目標となる。岸内閣が退陣を迫られたように、野田政権の退陣ももう一息である。

そして立法府はその後の受け皿をしっかりと準備しておかなければいけない。もはやそうした状況に移行しつつあると見た。日本の政局は小沢何某などももはや関係ないのである。そして週末には、黄色い総武線で、野田代議士落選への連帯と連携の運動が展開するらしい。



参照:
大飯原発再稼働抗議に45000人!紫陽花革命@首相官邸前 (YOUTUBE)
【大飯原発再稼働阻止】首相官邸前抗議2012/6/22
IWJ_OSAKA1
関西電力本店前 再稼働反対 抗議行動 (USTREAM)
「再稼働反対」の地鳴り 首相官邸前で進む“紫陽花革命” (田中龍作ジャーナル)
平等党&レイバーネットTV (USTREAM)
Japan fährt trotz scharfer Proteste Atommeiler hoch (KleineZeitung)
アドレナミン分泌の日々 2012-06-19 | 雑感
被曝が不健康な医療保険 2012-06-20 | 生活
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しがらみをとき解く戦い

2012-06-22 | アウトドーア・環境
昨晩の車中のラジオはRIO+20での環境サミットの内容とそこに纏わるグリーンエコノミーが取り上げられていた。FAZでもEUの顧問のハンス・ヨアヒム・シェルンフーバー教授が語ることを総合すると持続性あるエネルギーと消費と言う意味で、― たとえ二酸化炭素の温暖化の現象への科学的懐疑があっても ― それを追求することは重要な課題であることは間違いない。中国などがそこに乗っかってくる意味も説明される。

つまり既に示唆しているように中共は第三世界での指導的な立場を失いたくないので、今後エネルギー消費が急上昇するそれらの地域を鑑みて ― 先日亡くなったエンジニアーの「インド人でもクーラーがあれば使いたがるようになるよ」という観想を思い出した ―、原子力発電の五倍もの投資を風力発電に行っているのである。

結論としては将来への展望をどのように開くかでしかないので、核融合技術の推進ならまだしも、なんら核廃棄物の処理も決定できないような原子力発電にエネルギーの「安全保障」などとのたまうのは正しく満州を侵略した帝国主義そのものでしかない。日本がそれに拘るのは役に立たない軍事的な意味合いでしかない。それ以外では既得権を失いたくない旧財閥系の大企業の思惑でしかないのである。正しくそのような先見の目を持たない老朽化した大企業の存在こそが国益を損なう国賊なのである。

先進工業国の高い生活水準を守るのは、原子力エネルギーではなくてグリーンエネルギーと言うことなのである。そのようなことを分っていながら禄でもないことを世界に声明する政治家らしきものが東京にいて驚くばかりだ。恥を知りなさい。

先日の再起動反対運動の矛先に自由民主党本部があるということであるが、民主党の支持母体である労働組合の雇用主経団連を支持母体とするのだから当然のことなのである。即刻打破すべきは二大政党制とそれを後押しした既得権を甘受する大マスメディアなのだろう。

田中龍作ジャーナルで諏訪京記者が伝えるリオの様子にドイツの原発支援の話題が上っている。ジーメンスは事業を辞めた筈であるが、BASFが遺伝子操作ブランドをモンサント社にして自らは矢面に立たないようにしたのと同じ方法であろうか。いずれにしても、原発は地震などがない限り決して危険な工場ではないのだが、死の灰が問題なのである。

一週間以上ぶりぐらいで森に向かった。走り始めると直ぐに足が重くなったので、先ず山道に入って歩いてみた。暫く行くと息も上がるが、足に来ている。転落で売った膝の横も重いが、なにか筋肉が縮こまってしまっている感じである。ゆっくりと解しながら峠まで上がり、これまた腰や膝の調子などを観察しながらゆっくりと降りてきた。身体の緊張感などが解されて、心身ともに久方ぶりに開放された様子である。転落後の通事が幾分悪くなっていたのだが、ショック性の腸の不順かホルモンバランスか脱水状態かはこれで直ぐに分るだろう。



参照:
Ich glaube nicht an den Masterplan für die Welt, Hans Joachim Schellnhuber, FAZ vom 20.6.2012
【リオ発・諏訪京】 世界に広がる反原発、ブラジル・ピープルズサミット (田中龍作ジャーナル)
欧州の環境に従う経済博士 2012-01-18 | アウトドーア・環境
リハビリのパラフレーズ 2012-06-21 | 生活
アドレナミン分泌の日々 2012-06-19 | 雑感
バンジージャムプ並の転落 2012-06-18 | アウトドーア・環境
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リハビリのパラフレーズ

2012-06-21 | 生活
水木しげるの妖怪辞典を入手した。ドイツ語版がまだ出ていないのでフランス語版である。どうせ子供騙しのマンガ本だと思ったら意外に民俗学的な文章が必要なようだと気がついた。フランス語の勉強にはなるが、寝床でこそこそと読むにはそのフランス語を読み取るだけで目が覚める。ドイツ語に訳されても可也ややこしい文章になりそうである。上下二巻20ユーロもしないのだが読み甲斐が思いのほかありそうで、レヴィ・ストロースのフクシマ本と併読するような読書になりそうだ。ロスト・イン・トランスレーションと反対にどうしてもパラフレーズとなるのは当然であろう。

天気予報は雨を伝えていたので、まさか石切り場に行くとは思っていなかった。相棒の医者から電話が掛かり、転落のことなどを話すうちに気があることを話したものだから、晴れ間に出かけることになった。

出かけてみると地面は濡れていて、壁も十分には乾いていなかったのだが、もの好きの医者は事情が分っていない。お陰で比較的容易な場所を登り一汗を掻いた。矢張り石切り場の手掛かりはしっかり角張っているので御しやすい。

医者が登り始めると濡れていて難しいと言うのである。初めからこちらは分っているのだが、知らないと言うことは恐ろしい。

懸案のまだ登ったことの無い場所をトップロープを掛けて試してみた。下半部の既知の部分は湿っていて、ザイルが無かったら苦労したであろうが、上半部の最後のハーケンまではどうにかなりそうである。そして最後のエッジラインの乗り越しであるが、これは流石に手ごわかった。岩肌が乾いていたら初見で試してみるつもりであったが、先ずはトップロープで試して救われた。

無理してでも出かけたのは転落の精神的後遺症のプレッシャーの反作用に違いないが、なにはともあれ初めての場所のかなりな場所を登れたのでひとまず安心した。とてもよいリハビリテーションになったろうか?



参照:
キタロー、履き違えじゃ 2012-03-08 | 文化一般
見識の無いパラダイムシフト 2011-08-23 | 文学・思想
アドレナミン分泌の日々 2012-06-19 | 雑感
バンジージャムプ並の転落 2012-06-18 | アウトドーア・環境
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被曝が不健康な医療保険

2012-06-20 | 生活
首相官邸前再稼動抗議行動の中継などを見ていると恐怖に慄いている善良な市民の姿がある。当然のことであろう。311以前も以降も正しい情報を与えられず、多くの人はその得体の知れぬ恐怖に襲われているのだ。

福島の棄民は、明日は吾身だと居ても立ってもいえられないに違いない。再稼動阻止に向けてまだまだこれからの国民的な大運動が繰り返されるに違いない。兎に角先ずは電気料金の自動引き落とし解約、遅滞・不払い運動に尽きる。

合衆国の内科専門誌アーチンターメッドが、CTスキャンの多用を警告している。その被曝量は通常のレントゲンの何百倍もの量になり、被保険者の三パーセントにあたる者は年間の原子力発電所従事者の年間許容量50ミリシーヴェルトを遥かに超えて被曝していると言う。

そうした医療の現場状況は、年間2800人の合衆国の女性をその被曝から乳癌へと導いていると、IOMの報告書10.1001は更年期のホルモン療法とレントゲン医療の影響として警鐘を鳴らしている。

合衆国では年間七千五百万件のCTの使用が数えられており ― 高価な医療機器は数を動かさないと償却出来ないのである、欧州では至極抑制されている。恐らく公共保険天国の日本はこの比ではないであろう。ランセット誌が発表したように、子供へのCTスキャンの使用は白血病と脳腫瘍を誘発すると発表している。

正しい情報が得られてこそ、初めて正しい判断がなされる。特に医療現場でのCTスキャンの使用は、副作用が大きいので、実用不可欠の場合にのみ利用されるべきで、そうした了解無しに多用されるのは公共保険制度の最大の問題点であろう。公共医療保険や年金制度は、低所得者に対してのみ運用されるべきものである理由はここにもある。

つまり、公共保険制度とは政治権力者や役人やその他の業者のために存在するシステムであり、明らかに社会主義的な弊害が現在のグローバルなシステムに組み込まれていて、こうした不健康なシステムを解消するには小さな政府と規制の撤廃による市場の自由化しかないのである。



参照:
前近代の取り込みは医学の発展 2011-03-02 | 数学・自然科学
癌治療に漢方を組み合わせる効用 2011-02-24 | 数学・自然科学
腹具合で猛毒を制する 2008-01-17 | 生活
医者・薬要らずの信念 2008-01-11 | BLOG研究
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アドレナミン分泌の日々

2012-06-19 | 雑感
脱原発での経済被害の訴訟沙汰が続く。詳しくはその係争内容を観察していかなければいけないだろうが、そもそも多くの援助金を受け取っていたのであるから電力会社のマネージメント問題である。その継続に関して連邦共和国との間で契約関係があったとは思われない。脱原発後のためには同時にノルウェーなどから電気を直流で海底ケイブルひいて来るのは当然の処置である。そうした供給体制に投資する方が重要である。

東京での一万人規模の再稼動反対への叫びなど様々な動きもあったようであるが、そうした様々な事件は、人の生き死と同時に流れ行く。

最近は、バーデン・バーデンでや南プファルツの岩場での事故や事故死などを良く耳にしていたが、まさか自分まで転落するとは考えていなかった。嘗ては、浮石やその他の事故として落ちないと思っているときにこそ油断で落ちて、落ちると思って気が入っているときには落ちないと言われていたものであるが、やはり体調や筋力などで落ちてしまうことがあるのがスポーツクライミングの領域であろう。

最初の転落は手が滑ってしまったのであるが、もう少し無理にストップを掛けて落ちない方法は無かったのかと思い起こしている。バーデン・バーデンでの花崗岩の場合の滑り方と雑食砂岩のそれは矢張り異なる。更に石灰岩は異なるのである。その辺りの差が美味く消化出来なかったのだろうか?

二回目の転落への経過は、大なり小なり気がつかないアドレナミンの分泌の影響があるのは理解できるのだが、嘗てあまりにも使い果たしたせいか、最近はそれが上手く意識できないようになってしまっているのである。なるほど、一度目の転落の後、中間支点の検証や道具類の検証は行ったのだが、その後はやはり不安が付きまとい正しいルートなどを探す細やかな気が起こらずに大胆なルート選定となってしまったのである。その辺りにアドレナミンの影響が表れていたのだろうか?

今でも分らないほどとても不明瞭で古典的なルートを登るのがとても難しいのはそうした不安感や古の人の気持ちを汲み取る難しさと同じなのである。今後同じような事故を避けるように明快なボルトに打ち代えて欲しいと要請する心算である。



参照:
2012/06/15大飯原発再稼働抗議行動に11000人!!!@首相官邸前
20120615 原発再稼働許すな!首相官邸前抗議行動 U_PLAN (YouTube)
事故続きの無傷の一週間 2012-05-27 | 生活
何を差し置いても弔いに参列 2012-06-15 | 生活
日隅一雄のジャーナリズム 2012-01-16 | BLOG研究
バンジージャムプ並の転落 2012-06-18 | アウトドーア・環境
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バンジージャムプ並の転落

2012-06-18 | アウトドーア・環境
岩登りでは初めて大きな転落を経験した。それ以外は、一度は剣の三の窓雪渓で、子供のときの階段でんぐり返しぐらいしか記憶がない。第二ピッチ目であるからバンジージャムプ並である。

途中の支点は一本のボルトと二本のハーケンだけであったが、最後の一本以外は大丈夫と確信していた。そもそもスポーツクライミングでの転落を良しとはしていない世代なので落ち慣れていないのだが、それ以上の転落なのでとてもよい経験になるだろう。

なによりもハーケンも抜けずザイルも切れなかったので、続けて二回も同じぐらい滑落してザイルを傷めた。それでも右手中指の珪素による筋傷をはじめある程度出血するような切り傷も無く、危惧されたような翌日の打ち身傷も殆ど無いようである ― 尾骶骨をなぜか打っている。なによりも地上に落下するようなことも無く、ヘルメットを被っていたので眼鏡が吹っ飛ぶことも無く、頭部横を護れた。普通の帽子であったならそうはいかなかった。

物質的な被害などは今後改めて検証するとしても、重要なのは精神的な影響であろう。今後は更に現実的に落ちる計算をして移動式の中間支点である楔などをしっかりと設置していく実際的な対応を取るようになるだろうことは間違いない。

クライミング中の落下の恐怖心と実質的な安全性への対応を今まで以上に峻別していくことになるわけで、怪我をしない命を落とさない安全な落下を準備することがスポーツクライミングの重要な課題であることを改めて思い知らされた。

今回の転落はルートを間違ったことが大きいのだが、それでも十分に筋力に余裕があれば落ちずに済んだ。金曜日からの連日の活動とワイン祭りの睡眠不足が祟っていることもあるが、いろいろな意味で丁度落ちどころであったような印象もある。

先週の北イタリアに続き、様々な岩質を登るクライミング週間を終えた。頂上の登頂記録に誰かが書いていたように、「雑食砂岩などくそ食らえ」を噛み締めて再び地上へと戻った。


写真:上から滑落したアンヴァイラーのオーヴァーハング帯



参照:
バーデン・バーデンを登る 2012-06-17 | アウトドーア・環境
緩い傾斜と緩んだ気分 2012-06-14 | アウトドーア・環境
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バーデン・バーデンを登る

2012-06-17 | アウトドーア・環境
久方ぶりにバーデンバーデンの岩場を登った。前回は五年以上前になるので、石切り場でリフレッシュをはじめる前のことである。それでも大分登った印象があったのだが今回試してみると体分印象が違った。

なによりもハーケンの完備していないルートを中心に登ったので、岩が緩んでいたり踏み跡が少ないなどと比較的ゲレンデ離れしているところが登り甲斐があった。

特に垂壁の未知の壁はハーケン二本の間をなにも中間支点を挟まずに登りきるのが味噌だった。折からの強い直射日光で摂氏27度超えの環境では爪がかかるような手掛かりがつい外れそうになる。印象からすると六級マイナスであるが、実際は判らない。フランス表示でいけば5c以上は間違いない。となると六級プラスに近いかもしれない。

兎に角今シーズンの目標である垂壁の克服の一環であった。花崗岩質の小さな棚に立ち上がる感じは六甲山の堡塁岩のそれを髣髴させた。岩肌の色も硬さもどちらかと言うと裏六甲福知山線道場にある不動岩に近いが形状などは堡塁を連ねた感じでその素晴らしさを改めて確認した。

さて相棒の医者であるが、前日の石切り場でも六級マイナスをしっかりとこなせないのを自ら気がついたようだが、本日は上から引っ張って貰っても難しいのを感じただろう。なるほど雑食砂岩とは大分摂理が異なるので細かな手掛かりの使い方や足掛かりを選ぶのに苦労していた様でもあった。

先日購入したDMMのオフセッツ楔を使ってみた。もはや通常の楔を使う余地を与えないほどの優れもので、全くその設置場所での安定度が異なり、使える可能域がとても広いのである。



参照:
犠牲にした捨て縄を補填 2012-06-13 | 生活
ああ、バーデン・バーデン 2012-05-30 | アウトドーア・環境
乾いた汗の週末 2005-06-20 | アウトドーア・環境
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文化的な話題と三面記事

2012-06-16 | 文化一般
管弦楽団の話題が二つ新聞を賑わしている。一つは三面記事でベルリンのフィルハーモニカーのホルン奏者がチェロについて書いたのでインタヴューしている。ホルン奏者であるから管楽器についての本を書くのは分るが矢張りより話題になるであろうチェロについて書いたのは、クラウス・ヴァーレンドルフでカラヤン時代も数年間は演奏経験があるようだ。

奥さんにごみだしを命ぜられるよりも本を読ましておけという感じで刊行した本のようで専門ではないチェロを語っている娯楽的な読み物となっているようだ。

例えばこぼれ話的に面白いのは、チェロの足が高価な舞台の傷めているとか、チェリストは使うべきプレートを使うのを嫌がるとかで、チェリスティンのシュトップシと家庭コンサートに招かれたときに、ラミネートの床に穴が開くといって叱られたなどである。インターヴューアがチェロを弾くようでカザルスの逸話から楽器自体を筏にしてアウトドアー用具として使える話などが挙がっている。

さて冗談のような話は文化欄へと移ると俄然真剣な文化的な話題となる。SWRの二つの管弦楽団を合併する話の続きである。音楽文化先進国ドイツ連邦共和国でどちらの楽団を残すのか、それとも縮小して二つを残すのかなどの非文化的な話題となる。

そもそも連邦共和国に一体幾つのプロフェッショナルな交響楽団が必要あるのか?カイザースラウテルンとザールブリュッケンのそれが合併されたように適当なレヴェルの楽団はポップスと交響曲やエンターティメントなどを広く手掛ける管弦楽団があればシリアスな文化的な音楽を専門的に演奏する交響楽団などはあまり必要ないことは事実である。

要するに従来の交響楽団が演奏していたようなレパートリーはエンターティメント管弦楽団がその任を負い、同じように吸収合併されている地方の劇場の座付き管弦楽団と同じようにミュージカルからバレーまで幅広く手がければよいのである。

それでは公共的な資金を投げ込んで育成すべきは、やはり20世紀の大管弦楽曲を多く初演してきたような旧SWFのバーデンバーデン・フライブルクのような管弦楽団である、それでも州都であり経済都市のシュツッツガルトに世界的な管弦楽団が無いと困ると言うのでそこを本拠にした放送交響楽団を残したいと言う思惑もある。

しかし、州都という意味合いでは歌劇場があり、そこの管弦楽団を維持しなければいけないことから、放送交響楽団を解散してそちらの方へと梃入れをすればよいのであろうが、これまた財源も全く異なる縦割り行政でとても難しいことなのだろう。同じようにフランクフルトやハムブルク等々座付きと放送交響楽団など二つも大管弦楽団の必要ない大都市は少なくない。



参照:
Bei den Celli sieht es aus wie nach Termitenbefall, Klaus Wallendorf, Ariane Dreisbach, Zwei Orchester minus eines ist kleines, Gerhard Rhode, FAZ vom 9.6.2012
Immer Ärger mit dem Cello: Liebeserklärung eines irrenden Waldhornisten an die streichenden Kollegen, Klaus Wallendorf (AMAZON.de)
無知蒙昧の大鉈の前に 2012-02-23 | マスメディア批評
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