Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2011年8月

2011-08-31 | Weblog-Index


とても怪しいセシウムさん! 2011-08-30 | マスメディア批評 TB0,COM0
弾劾すべき官僚らのサボり 2011-08-30 | 歴史・時事 TB0,COM2
求められている安定した決断 2011-08-29 | 雑感 TB0,COM0
制御出来ないからこその環境 2011-08-28 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
劇的な遅い短い夏の終わり 2011-08-27 | 暦 TB0,COM0
脱原発よりも遥かに偉大な罪 2011-08-27 | 雑感 TB0,COM0
議論を喚び起す試算の公表 2011-08-26 | 文化一般 TB0,COM0
毒は勝俣に呉れてやれ 2011-08-25 | マスメディア批評 TB0,COM0
溢れ出す太陽エネルギー 2011-08-24 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
見識の無いパラダイムシフト 2011-08-23 | 文学・思想 TB0,COM0
危険と背中合わせのスピリット 2011-08-22 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
国際的社会への基礎技術 2011-08-21 | テクニックTB0,COM2
救命具を設置しない旅客機? 2011-08-20 | 雑感 TB0,COM0
安全デマ被害補償の一時金 2011-08-19 | マスメディア批評 TB0,COM2
甚だしい科学的無知蒙昧 2011-08-18 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
とてもとても長い長い道程 2011-08-17 | 生活 TB0,COM0
天候不順の自立神経失調 2011-08-16 | 生活 TB0,COM0
真実に与しない東京の官僚 2011-08-15 | マスメディア批評 TB0,COM0
自主避難の自主判断基準 2011-08-14 | マスメディア批評TB0,COM0
二十五年前の市民の連帯 2011-08-13 | 歴史・時事TB0,COM0
初盆に配慮で統合会見休止 2011-08-12 | マスメディア批評 TB0,COM0
東北・関東の農産品の廃棄 2011-08-11 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
チェルノブイリ後の土壌汚染 2011-08-10 | 歴史・時事 TB0,COM0
再生不可能な科学的教養 2011-08-09 | 文化一般 TB0,COM2
安全デマで五山の恥さらし 2011-08-08 | 文化一般 TB0,COM3
同じ土壌で考えるべきこと 2011-08-07 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
広島・長崎を相対化する福島 2011-08-06 | 歴史・時事 TB0,COM0
水稲の汚染状態を予想する 2011-08-05 | 雑感 TB0,COM0
誰の生活が第一なのか? 2011-08-04 | マスメディア批評 TB0,COM0
確認するまでと主張する横着 2011-08-03 | 雑感 TB0,COM0
もっと温度が高い筈だが 2011-08-02 | 雑感 TB0,COM0
反社会的犯罪組織を解体せよ 2011-08-01 | マスメディア批評 TB0,COM0

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とても怪しいセシウムさん!

2011-08-30 | マスメディア批評
ZDFの番組がネットで話題となっている。八月九日のゴールデンタイムに放送された報道番組「フロンタル21」である。取材者が細野大臣に質問した月曜日の翌日には編集されて放送されていた。既に日本語字幕も付け加えられてYOUTUBEにアップされている。

その八分ばかりのフィルムの編集方針や取材態度など、コメント欄にもあるように一種のヒステリー症状でのスキャンダルジャーナリズムにも近く、十分にザッハリッヒな仕事振りではなく、丁度シュピーゲル誌のような嘗ての左翼ジャーナリズムやもしくはビルド紙の大衆ジャーナリズムとあまり変わらない。

先の統合会見で園田政務官が語ったように「(外国の報道の)誤解を正すべく情報を提供」すると、メルケル首相の批判に対しての日本政府のそれを繰り返していた。そこで興味を持ったのは、こうした報道の情報を収集して外交筋として正しく政府に伝える、この場合は担当である駐ベルリンの日本大使館の仕事振りである。そして驚いたのは、該当情報の広報であるHPの収集情報が四月十二日を以って更新がとめられている事実である。

このBLOGにおいても情報のリンクを張る場合、サーチエンジンに掛けると度々ヒットしていたサイトなので、最近急激にそれを見なくなったので不思議に思っていたのである。想像するに日本関連情報が福島以降急激に増加したことから到底更新速度が追いつかなくなったことと、もう一つはドイツにおける福島情報を出来る限り表面上は無視したいという意向の表れとも取れるのである。

要するに、「皇族の失禁」などでは盛んに外交ルートを駆使して訂正や謝罪を求めているこうした外務省の機関が、もはやそれに対応することが出来なくなったのか、はたまた外交官のサボタージュか、それとも真実があからさまになることを恐れたかでしかないのである。これはドイツ連邦共和国がメルケル首相直々に、日本の情報隠匿政策を批判した際にも、惚けることによって真実の明確化を避けた事情に呼応しているのである。

さてこのフィルムの内容であるが、予想通りの事実が伝えられているに過ぎない。しかし幾つかのことが捏造であるならば、本来、外交ルートによる抗議に値するものである。そしてなによりも、グリーンピースが九日当日に発表した海洋汚染と魚介類のセシウム濃度など今回はじめてみた情報なのである。要するに、その報道の質の如何によらずその内容を日本のマスメディアが既に全国民に伝えていなければいけない重要なものなのでる。なぜそれをしないか?つまりナレーションが語っている「原子むら」の中にマスメディアが含まれているという証明でしかないのである。

もはや、事実を伝えない日本のマスメディアなどは不要である。マインツ発の全国放送ドイツ第二が報道したこと以上のことはNHKでなくとも「日本の第四の権力」は全てその内容を厳格に検証できる。そして、それを吟味して国民の不安に答えることが出来るのだ。それをしない、できないのは、同時に報道管制がしかれているという証拠ではないのか?バスビー教授でなくとも、「こんな文明国などはありえない」と誰もが声を上げるに違いない。


追記:日本語字幕付きのYouTubeがNNN福島中央TVの著作権のため消去された。どこかの部分を協力したのだろうか。そのこと自体はありえることなどなのだが、福島県やそれどころか大学までが汚染や被曝事実認定を避け、それどころか近隣の県や大学に圧力を掛けているとZDFがフィルムで伝えている。まさにそれにふさわしくNNNだけでなく福島のあらゆる団体が市民に牙を剥いているとしか思われない。しかし必要ならばその内容は番組制作のマニュスクリプトとしてリンクでPDFとしてダウンロードできる。



参照:
Frontal21-Sendung vom 9. August 2011,
Krisenmanagement à la Fukushima,
Mediathek (ZDF)
福島原発事故、その後(日本語字幕) (YOUTBE)
Pressespiegel: Japan in der deutschen Presse (Botschaft von Japan in Deutschland)
第4回目放射線調査
pdf (グリーンピース)
東北・関東の農産品の廃棄 2011-08-11 | アウトドーア・環境
議論を喚び起す試算の公表 2011-08-26 | 文化一般
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評
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弾劾すべき官僚らのサボり

2011-08-30 | 歴史・時事
政権交代で統合会見が引き続き開かれるかどうか分らないという。そこで五時間半近くに亘って区切りの会見が開かれていた。

福一での暑さでパンツ一丁となりマスクを外してタバコを燻らす未経験労働者の過酷な労働条件や新たな被曝事故以外に、重要な質問はSPEEDI隠しの責任追及と津波試算の両シュミレーション問題に関連するものだったに違いない。なるほど、SPEEDI情報が首相官邸にまで伝えられて、海江田大臣にまで伝わっていなかったとしたならば、会見でもあったようにこれは大問題で、公務員のサボタージュとして厳しく裁かれる事例であろう。しかし、高級官僚がそこまでして護ろうとするものが本当に存在したのかどうか、最初から今まで謎のままである。

いづれにしても、総理大臣がそうした情報について感知していなかったとは思われえなく、さらに菅直人の人格をにおわす高度の政治決断がそこにあったとすると想像するが、こうしたことの積み重ねや東電のうそつき体質が無要な被曝を多くの子供たちに齎したことには間違いない。

今後も毎日のように噴出してくる食料汚染の問題などを隠して全てが安心のように安全デマを演出することなどは不可能なのは初めから分っていた筈なのである。

世界中に報道された馬鹿顔でトマトを齧り付き、直ちに健康に影響が無いと狂言を演じた枝野らを今後どのように弾劾出来るのだろうか?それをどのように新首相は判断するか、それが組閣以上にその性質を端的に表わすかもしれない。



参照:
2011/08/29 東電・保安院・統合 会見アーカイブ (岩上安身オフィシャルサイト)
真実に与しない東京の官僚 2011-08-15 | マスメディア批評
初盆に配慮で統合会見休止 2011-08-12 | マスメディア批評
反社会的犯罪組織を解体せよ 2011-08-01 | マスメディア批評
情報の隠蔽も未必の故意 2011-07-01 | マスメディア批評
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求められている安定した決断

2011-08-29 | 雑感
パンを取りに行く車中のSWR文化波ラジオが首相となる新代表野田財務大臣の選任を伝えていた。野田新代表に関してはFAZ新聞で七月のうちにその人となりが紹介されていて、次期宰相として最も信頼性のある人物だと紹介されていた。偶々朝早く目が覚めたので、その立候補への心積もりを聞いたが、決して上等ではないが、こうした火中の栗を拾うような人物としては何代も無かったような政治家としての安定感を感じさせた。今の日本のその民意程度に応じた政治的リーダーに違いない。

ラディオは、菅直人の辞任の理由として、福島の処理が挙げられていたのだが、最後に廃棄物の福島でのデポや帰宅の可能性の無い地域への言及など、後継者に難しい仕事を残さないような露払いとしての事後処理をしたのはその無駄な被曝への人道的な責任とは別に評価するべきだろう。

今朝は時間が殆ど無かったので二十分も走れなかったが、昨日の疲れか足にもきた。それよりも何よりも上下腕や肘などを振る為か疲れを感じた。これは新たな現象なので興味深い。

野田次期総理の話で気になった点は、「中産階級から落ちこぼれた層が多く、その層を再び中産階級へと戻すため子供手当てが必要だ」というのである。その手当てやらがどのように使われるかは知らないが、それならば中産階級には必要がない訳で、経済力の弱いところにだけ与えればよいのである。なにかそこに誤魔化しがあるようで腑に落ちない。そしてラディオが伝えるように、原発の全廃などは考えていないようだ。



参照:
脱原発よりも遥かに偉大な罪 2011-08-27 | 雑感
真実に与しない東京の官僚 2011-08-15 | マスメディア批評
2011/08/29 (デジタルタブローとは。)
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制御出来ないからこその環境

2011-08-28 | アウトドーア・環境
千葉県流山市で受動喫煙防止条例が発効したという。今回の福島でホットスポットとして有名な地域であるが、受動喫煙と放射能被曝とではどちらが発癌率が高いのだろう?公共施設の建物内での禁煙は今や世界的に常識であり、飲食店などの分煙も常識になってきているが、公園など戸外での受動喫煙などの影響はかなり低いに違いない。受動喫煙というよりもポイ捨てなどの防止策なのだろうか。

森をいつものように走ると倒木が目立って道が塞がれていた。昨年に塞がれた箇所は春に切られて開けられたところだったが、今回塞がれた部分も切られるまで半年位かかるのだろうか。涼しくなって記録が伸びるかと思ったが、全然駄目である。月曜日に別な林道を走ったときも十二分走るのに1500歩と、なぜか低調なのである。しかし木曜日の川沿いの往復コースでは十六分で往復ともう一息であったが、腰が痛んだ。

ミュンヘンのオリムピックスタジアムで開かれたスポーツクライミング世界大会のボールダー部門でドイツ人女性が十四年ぶりにメダルに輝いたようである。四千人の観衆を集めての最終課題を登り終えて二位に輝いた。

2013年に2020年の正式競技を目指してオリムピックへの参加種目になる可能性がある。室内での競技もザイルを使わない上のボールダーなどで可也特化されていて可能性は少なくないであろう。今回のユリアン・ヴュルム二十歳もアルプスから遠い平地ボッフム出身で、十二歳で室内ではじめたというから、室内の人工壁の賜物なのである。

90年前半には連邦共和国にただの四つしかなかった人工壁が今や400以上あるというからその間の進展が窺える。私自身、近所の人工壁は、山道具屋の裏にあったそこで試して、その後はギムナジウムの体育館のそれを使い、本格的に常習的に通いだしたのはこの二年ほどである。少なくとも車で三十分以内の場所に本格的な壁が四箇所あるので場所には事欠かない。

その二つは私営のもので他の二つはアルパイン協会の支部の所有であるから、学校の体育の授業や幅広い指導体制と底辺の広がりで、今後は更に強い選手が輩出されてくることは間違いないであろう。

もちろんそうしたスポーツ活動と先ごろ全8000mの高峰を制したシュヴァルツヴァルト在住のオーストリア人カルテンブルナー女史などの活動は殆ど共通点は無い。特に、世界で二人目の女性だろうが無かろうが、韓国女性が登頂を誤魔化していようがいまいがどうでも良いというのが、まさにオリムピック競技と異なるところなのである。

要するに酸素を吸うとか吸わないの制限も、自然環境をとどのつまり制御できないという環境意識の中でのアルピニズムであったので、そうした環境を誰にも公平にフェアーにして競争させるスポーツとの、最大の差異がそこにあるのである。

逆に言えばそうした環境を無視できるような行いならば、アウトドーアスポーツの存在価値などもなく、環境が制御できないというのは、受動喫煙は抑えることが出来ても放射能の被曝は制御できないということでもある。



参照:
ヒューマニズムの挑戦 2006-05-29 | アウトドーア・環境
週間を通した習慣つけ 2007-10-05 | 生活
ゴミで咳き込んで酷く咽る 2009-04-02 | アウトドーア・環境
とんかつ山盛りの夜食 2009-06-06 | 生活
腰にぶら下げる山靴の重さ 2009-07-19 | アウトドーア・環境
週二回練成の夏休み日記 2010-07-10 | アウトドーア・環境
経験とは一体どういうことか 2010-10-06 | アウトドーア・環境
麻薬享受の自己責任 2006-12-08 | 生活
煙に捲かれる地方行政 2006-12-12 | 生活
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劇的な遅い短い夏の終わり

2011-08-27 | 
アメリカのハリケーン「アイリーン」の被害予想も酷いようだが、昨晩の嵐はこちらでも大分の被害を齎したようだ。

石切り場に向かう車の外気温度計は摂氏32度を指していた。前日よりも遥かに涼しく感じた。八月後半の歴代最高気温であり今年最高の気温となった火曜日からは徐々に落ち着きつつあった。

車を降りて山道を歩き出すとまもなく大粒の雨が降ってきたので傘をさして大急ぎで駆け下りて帰宅した。水溜りの出来ているところも乾いているところもあったが、二時間もしないうちに風が強まり、雹が振り出した。ここでは三十秒も続かないほどの小ぶりのものであったが、中部モーゼルのベルンカステル・ヴィットリッヒからコブレンツでは鶏卵大のものが降ったようだ。

一人の死傷者以外にも多大な物損となり、実のなったワインは場所によっては壊滅状態となったに違いない。地元の様子は確認していないが、壊滅とはならないまでも雹が当たったような薄い皮の葡萄は傷みが早くなるのは間違いない。場所によっては品質の劣化は間違いないであろう。

2010年はその暴力的な酸と少ない収穫量から一般消費品を造る醸造所にとっては経済的に悪い年となったのだろうが、水曜日に同じように雹の被害を受けたラインヘッセンなどは特に2011年も容易な年とはならないであろう。

これでとても短く遅かった暑い夏も十日も続かず終わりそうである。今日は道行く人が皆長袖を着ていた。昨日までが嘘のようである。



参照:
Eine Tote und Millionenschäden bei Unwettern (SWR)
Sturm über Deutschland - Frau von Ast erschlagen (ZDF)
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脱原発よりも遥かに偉大な罪

2011-08-27 | 雑感
首相退陣を前にして、FAZが菅首相の偉大な業績を振り返っている。政権運営への最初の障害となった「国民から全く受け入れられなかった増税」への誠実さから、政争や官僚機構の四面楚歌の中での災害対応へと最終面での写真入りの大きな記事となっている。

偉大な功績として、「永い自民党政権の負の遺産であり、それどころか民主党においても継承されて強化された原発依存」からの脱皮として、浜岡原発の停止処置と再生可能エネルギー特別処置法の二点が挙げられる。しかし、住民の被曝を避けなかった未必の故意となりかねない処置が、今後の状況次第ではそれを帳消ししてしまう以上のものになる可能性を指摘している。

さて身近なところでは、フィリップスブルク原発の福島のお陰のモラトリアムで早期に停止された古い第一号機が、再稼動の危機にあるという話題である。事情は、その電力配給地域に当たるマンハイムに火力発電所を稼動されることを緑の党のバーデン・ヴュルテムベルク州が渋っていることで、ボンにある産業省に含まれるあらゆるガスなどの公共送信網を管轄する配給ネット庁がシュトッツガルトの州政府を脅しているというのである。

11月までの火力発電所のブロック3のあらゆる許可が九月初めまでに与えられない限り、第一号機を緊急的に高い電力需要を必要とするピーク時のバックアップ発電施設として今後維持していくという。当然のことながら、それを緑の党の政府が許すことになれば、党の根幹にかかわることであり、脱原発に反することになる。

あまりに暑いので床屋に行った。今年最後のサマーカットの心算である。福島のことなどを話したが、やはりフィリップスブルクになにかが起きたときにどうしようもないという話になった。



参照:
Die Tücken des Systems, Petra Kolonko, FAZ vom 25.08.2011
Philippsburg als Reservekraftwerk, FAZ vom 24.08.2011
世界的評価の高まる菅政権 2011-06-03 | 歴史・時事
歴史に残る宰相 菅直人 2011-05-20 | 雑感
政治課題としての環境認識 2011-01-07 | マスメディア批評
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議論を喚び起す試算の公表

2011-08-26 | 文化一般
ドイツ第二公共放送ZDFは、テプコが津波試算から「津波に耐えられないことを承知していた」と発覚当日の22時のニュース番組(リンクのアーカイヴ23分7秒から)で伝えた。恐らく、日本のニュースショーに時差分だけ遅れて伝えたことになるのだろう。私がここで同じニュースについてアップロードするのと変わらない早さである。

あらかじめ予定されていたVIDEOでは写真ジャーナリスト小原一真が作業員として福一で撮影した話と、抜き取り検査だけで汚染された食料品が市場に出回っていることなどを伝えた。

津波試算における同事案では、統合記者会見でも、保安院とテプコ間における責任のなすりあい状態となっており、テプコが事故責任を免れないのは当然であるが、監督官庁の刑事責任を何処まで問えるかが世界的にも注目されている。

もっと興味深い試算が公表された。キャリフォルニアのエアロゾールの研究家が、その大気中の変化で福島原発における中性子の発生量を試算したものである。空気中の微粒子量などを日頃から計測していて、同地で計測した三月二十二日からの硫黄35の変化が、福島の高温の炉内へ注水した海水の水蒸気のクロール35が中性子を受け取り、硫黄35となっていることを示しているのである。

それが風に乗って、一週間以上掛けて届いていたようで、通常ならばアルゴン40が高層で紫外線に晒されることで硫黄35となるようだが、それを常時観測していたキャリフォルニア大サンディエゴ校のマーク・シィーメンスらの研究グループはその含有量の突然の上昇を確認した。

そして、協力した核施設の専門家は、その硫黄35は注水した海水のみに由来するものではなくて、炉に由来しているものも含んでいると考えており、その通常の四百倍以上の硫黄35の発生を福島の炉に当て嵌めると、少なくとも平方メートルあたり四億の中性子が発生していたことになるというのである。これが何を意味するかといえば、ミュンヘンの中性子実験炉FRM-IIの七倍にも及ぶ発生量という。一体、炉に何が起こっていたのだろうか?計算好きのエンジニアーに推測願いたい。

というように、通常は正確な試算であれば喜んで公開するのが常で、それが議論されてこそ初めてその価値を持つのは学術的にも当然なのである。しかし、テプコや原子力むら、日本政府や行政府それに日本人は議論を望まない。なぜならば、権威や権力を持ったエスタブリッシュ層がそれによる民主化を嫌うからである。それによって、政治や社会だけでなく学術的にも甚だしい遅れを顕著にしているのに気が付くエリート層も殆ど存在しないことになっている。



参照:
heute journal vom 24.8.2011, Nicola Albrecht, ZDF
Strahlende Aerosole, Horst Rademacher, FAZ vom 24.8.2011
Evidence of neutron leakage at the Fukushima nuclear plant from measurements of radioactive 35S in California (PNAS)
Days Japan 9月号 (eirene’s memories)
毒は勝俣に呉れてやれ 2011-08-25 | マスメディア批評
脱東京、脱原発、脱近代 2011-03-16 | アウトドーア・環境
たとえ昨年の茶葉であろうとも 2011-07-05 | 生活
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毒は勝俣に呉れてやれ

2011-08-25 | マスメディア批評
午後の東電会見は喚問のようであった。津波試算が保安院に報告されていた事実を受けての質問に対して何度も中断された。事実が保安院から出たようなので所謂模範解答が出来上がっていなかったと思われる。

焦点は、該当部署での試算が経営陣に知らされていたかどうかで、勝俣東電会長ら一味を刑務所の塀内に落とせるかどうかの最重要争点に違いない。流石に大手マスメディアはそれに敏感で、東電の陣営もとても敏感になるのは当然であろう。マスメディアは加速は遅いが一旦動き出すと勝ち馬に乗るのが巧い。

「ものをつくる」などと東電の口から聞くと、苦笑するしかない。自社のプラントですらプラント会社の協力無しには制御できなくて、総括原価方式で経営をする訳で無し、精々プラントのオペレーションをして、送電網を確保するだけで自然に生じた電気を流すだけでしかない。少なくとも原発の安全性を検証するのが経営陣の仕事でしかない。要するにこうした反社会的なやくざ組織である電力会社を解体することでしか、まともな経済活動が出来ないのが日本の姿である。

津波などは何処で地震が発生しようが起きるときは起きる訳で、震源地を何処に仮定しようが、シュミレーションでは全く予想し得なかったところに思い掛けない波が押し寄せることは誰もが知っている。そもそもそこまでの精度がある訳がないのである。

ネットを観覧していて、福島のそれも伊達市の桃などが首都圏で好評販売なことを知って驚いた。バイエルンの調査でもセシウムの影響は一年後までは十分の一以下とはならない。ヨードの影響は無くとも、開花時期から放射能を被っていたとすると途轍もない汚染をしている可能性が強いのではないだろうか?天皇陛下が皇居にもって帰ったそれがこともあろうにホットスポットのそれとなると、幾らお年寄りとしてもとんでもないものを供していることになる。毒は勝俣会長に全部呉れてやれ。



参照:
反社会的犯罪組織を解体せよ 2011-08-01 | マスメディア批評
初盆に配慮で統合会見休止 2011-08-12 | マスメディア批評
水棺で安らぐことのない苦しみ 2011-05-12 | 雑感
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溢れ出す太陽エネルギー

2011-08-24 | アウトドーア・環境
太陽光を使ったソーラー発電率は連邦共和国では二パーセントである。主に南部のバーデン・ヴュルテムブルクやバイエルンで盛んに発電されている。それに相応した低・中送電網が施設されているからである。

今年の国内発電は、2010年分を超えて既に700MWに達している。それは、ソーラーシステムの低価格化が後押しした敷設面積の急増と、買取料金の低下にも拘らず、数年以内での黒字化の保証とそれにともなう貸付による。

しかし、その反面急激に敷設率が向上して市場が自然に膨らんでいくような状況には無いといわれる。それは、最大発電時には発電が出来過ぎて、上のような送電網では十分に電力を送電できないエネルギー量になっていることで、経済的な観念からも電気貯蓄の技術的問題へと収斂されて来るからである。

世界のあらゆる業界や先端技術の研究所はこうした余り過ぎる電力の貯蓄に邁進しているのだが、その決定的な方法と商品は未だに市場には見つからない。合理的な方法を用いても、一軒のファミリーハウスが一日に使う電気量をためるには其れ相当の蓄電池が必要になるのである。

電気自動車や様々な方法を組み合わせることで、もはや供給される送電線が無くとも個別の発電などのシステムで家庭が電気を賄えるような可能性も皆無とはいえない。

最も単純な方法は、揚水式の貯蓄システムのようであるが、これも通常の使用方法では三割以上のエネルギー喪失が知られていて、東京電力をはじめとする電力会社がこれを出来るだけ使いたくない理由は尤もなのである。

今日は、最低気温二十度、三十度に至る真夏日が予想されていたが、午前中は雲が湧いて日差しが無く、雷が鳴った。午後は降らないものだから予想以上に暑苦しい。今年初めて、ワークステーションが全開で風を吹いている。

雷鳴と共に目にしたのは、ライン河上に竜巻のように吹き上げる上昇気流である。フィリップスブルクの原発でどれほど暖められたかは分らないが、こうした気象条件では雷雲の水蒸気を作るには十分なエネルギー量だろう。このような光景を認めたのは初めてだが、こうした雷雨には打たれたくないものである。



参照:
Ökostrom auf Vorrat, Georg Küffner, FAZ vom 16.8.2011
7月の発電積算346kWh、自給率111% (ハイ・エコ・ポン)
原発廃止後のエネルギー貯蓄 2011-04-10 | テクニック
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見識の無いパラダイムシフト

2011-08-23 | 文学・思想
現代の政治家に求められているヴィジョンとは、近代の克服でしかない。其れは具体性を以って、環境やエネルギー政策などに表れる。その自然科学的な歴史発展を考察する一方、社会科学的な見識が言葉としての重要な表明となる。

「福島」を扱った書籍としてレヴィ・ストロースの本を捲っているが、そこに「自然哲学」を考察する。丸山真男の日本の思想のアプリオリと木村資生の中立進化論を挙げている。

「自然哲学」とはあまり耳馴染みの無い定義であるが、嘗てここで新カント派のエルンスト・カッシラーなどの名前が出てきたときに使ったことがあった。そして改めて、そうした哲学的な概念を捉えることが核や再生可能エネルギーそして環境を考えるときに有意なものであると感じた。

そこでは、名詞化される言葉の概念と、歴史社会的な認識と、そもそも進化という概念を捉える必要性が再確認されるだろう。

こうした場合に環境とは、広義には世界観におけるアプリオリなものであり且つアポステリオリなものとすることが出来るのだろうか。狭義には、現代のエネルギー政策や遺伝子工学政策における社会的な認識とすることが出来よう。

こうした点での議論や分析無しには、ジャーナリズムやアカデミズムは愚か、世界をリードする政策や産業・経済活動などは無意味なのである。

全てのこうした思考を棄てて、ある定まった輸入された枠組みでの功利性を追求する合理が日本や今や韓国などを席捲していて、それはパラダイムなどと近頃日本語として常用される言葉に顕著に表れているのだ。

そこで使われているようなパラダイムやパラダイムシフトなどの意味合いと、環境の概念は全く相容れないことは少々考察すれば自明ではないだろうか。


写真:容器の一次冷却系。



参照:
欧州的環境を政策とするとは 2009-09-20 | マスメディア批評
平均化とエリートの逆襲 2005-11-06 | マスメディア批評
皮膚感覚のフマニタス 2006-11-29 | 雑感
再生不可能な科学的教養 2011-08-09 | 文化一般
再生可能な環境税の導入 2011-06-11 | アウトドーア・環境
国際的社会への基礎技術 2011-08-21 | テクニック
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危険と背中合わせのスピリット

2011-08-22 | アウトドーア・環境
日曜日は想定外の天候だった。プファルツでは今年の最高気温が予約されていたのだが、その前に雷雨に降られた。お陰で、本年度初めての真夏日らしい状況は訪れなかった。土曜日に水分補強をし過ぎたので夜中には二時間おきに小用に起きたので寝不足気味だったが、朝から元気よくフランスへ向かったのであった。

国境を越えて向こう側は必ずしも涼しくは無いのだが、人口密度が低いだけでも涼しく感じる。特に岩場は態々ドイツから訪れる者が殆どであるので、アルザスの方が人里離れて涼をとるには好都合である。

車の冷房が寒いぐらいに日が翳り南ワイン街道でも大きな雨がばらついていた。国境を越えて最後の町を通り過ぎて、フランスの小さな湖のキャンプ地を過ぎて漸く岩頭の足元に着く頃には、湿った森を抜ける風が暑くは無かった。

それでも登り始めると、蒸し暑くうっすらと汗をかくかと思った矢先、雷が鳴り出して、近づいて一転空は暗くなるのだった。二本目を登って最後の小さなオヴァーハングを越えようとすると大粒の雨が降り出して、それでお開きとなった。

規模の小さいアルザスと南プファルツの相違は、何よりも打ち込みハーケンを打ってあるかどうかの違いで、同じ数字の難しさならフランスのグレードの方が一回り辛口なのだが、途中に支点が設置してあるかどうかで大分容易に近づける。

最近ザクセンに行った仲間は、そこのさらに極限まで追い詰めたクライミング領域を試してきた。同じ砂岩でも摩擦係数は高くしばしば靴も履かず、道具を使わずにロープの結び目を割れ目に引っ掛けるそのやり方も慣れれば結局同じように登れるようになったと語ったが、やはり厳しいことには変わりない。要するに登るところはそのままクライミングダウンできるだけの余裕が無いといけないということだった。

安全が保証されているスポーツではないのは当然であるが、極限までの挑戦をしようと思えばどうしてもある程度の安全が確保されていないとなかなか出来ないものである。

パイオニアワークとかスピリットとか呼ばれるものがそこにあるのだろうが、まさにそれは手の指先を押し付けて足がかりに体重を押し付けるようにじりじり攀じるような行為でしかないのである。



参照:
獅子のように強い心で 2011-07-08 | アウトドーア・環境
歯が立たないこともない 2011-06-26 | 生活
奇岩の上を散策する 2011-05-19 | アウトドーア・環境
重要な歴史的証言となる事件 2011-05-01 | 雑感
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国際的社会への基礎技術

2011-08-21 | テクニック
反核運動が盛んであるが、やはり長期的には核融合の実用化に期待がかかる。マックスプランク研究所のヴァンデルシュタインプロジェクトも7Xと呼ばれる恒常型の試験炉が三年後には完成する。今までのプロジェクトの成果を踏まえて、さらに合衆国からの技術参画によって勢いがついてきている。核融合に必要な計測器以外にも、磁気場のための磁石もヘルムホルツ研究所などで準備されている。

7Xは、アクティヴ冷却装置が出来上がる2017年になって初めて三十分毎の恒常運転を始めるようだが、タービンなどの発電施設を持たない試験機である。南フランスにあるITERのトカマク型核融合機が500MWの発電のために僅か50MWのエネルギーでプラズマを加速して最低の経済性は確保することになる。

しかし、EU以外に六カ国も参加するそのITERのプロジェクトは政治的な問題を抱えていて2019年まで待たなければいけない状況以外に、ヴァンデルシュタインのステラレーター型とは異なり、間欠型の運用しか出来ないため恒常運転とはならない。

燃料は、リチウムと重水素で、一億度に加熱されて、核融合されたヘリウムに生じたエネルギーの二割方が重水素とトリチウムに受け渡される。原子力発電との差異は、ヘリウムは死の灰とならないことであり、いくらかプラズマによって放射能汚染された装置も80年から100年で再び「正常化」されるということである。要するに原子力発電のような「トイレの無いマンション」とはならないというのである。

さらに危険性も、八割方のエネルギーを得る中性子がブランケットに流れ出て、その運動エネルギーがヘリウムガスなどの冷却材を熱して、さらに中性子と共にリチウムを沸かすので、連続した中性子線の存在である。つまり、そのリチウム原子に中性子が数段に亘って捕らえられる工程が原子炉の設計の味噌となる。しかしその臨界を迎えても所謂連鎖反応を起こすことが無く、上の装置においてもいかに回すことが難しいかであって、そのために炉の形状の精巧さが要求されて、ごみや汚れを避けるヴァキューム掃除機型の灰取器でプラズマからヘリウムなどが分離される。ヴェンデシュタインの特徴はそのように計算機で厳密に計算された複雑な未来形状を精緻に製作するクラフトマンシップにもよるところが多いようでドイツ製の良さが出ることだろう。

今回、テネシーのオークリッジ研究所提出の水冷の掃除機は初期軌道の安定化を齎し、ニュージャージーのプリンストンプラズマ物理研究所から提供された磁場調整装置は、五つの新たなプラズマ軌道を提供することで、安定するまでの修正の必要が小さくなる。そしてそれを赤外線で計測する機器がニューメキシコのロスアラモス国立研究所から提供された。

研究段階を含めて実現化までは強大なプロジェクトであることは変わりなく、原発のような歴史を抱えていないとしても上ITERの例で見られるように国際競争の中でプロジェクトのマネージメントが難しいことには変わりない。しかし、所詮競争は必要であり、市場競争力が出てくるときは実用化は間近である。

1000メガワットの発電の2050年までの実用化へと、マックスプラントの予算枠150億円を含めて400億円の経費が計上されているが、ITERが一兆五千億円以上の予算であるので大分安上がりである。しかし再生可能エネルギーへの投資に比べるとやはりこの予算額は目立つ。

もちろんその可能性と共に核融合への反対の意見もあって、その最も代表例は、核融合技術が実用化される頃にはそのようなエネルギー消費はプロジェクトを執り行っている先進工業国社会にはもはや必要ないであろうとするものである。そしてその技術は所謂発展途上国で産業発展のために生かされるだろうというものである。もしそれが事実だとすれば、それはそれで国際的社会形成の経済的基盤となる訳で必ずしも否定されるものではないであろう。当然ながらCO2排出問題もこれで解決できるのである ― どこか原発の発展利用を謳った共産主義のユートピア思想を思い起こすかもしれないが。



参照:
Die Sonne vom Himmel holen, Ulrich Hnida, vom 16.8.2011,
Amerika heizt mit im Sonnenofen, Günter Paul, FAZ vom 3.8.2011
核融合へと舵を切るエネルギー政策 2010-02-02 | 女
再生不可能な科学的教養 2011-08-09 | 文化一般
潮流を正しい力に換えるには 2011-07-30 | テクニック
獅子のように強い心で 2011-07-08 | アウトドーア・環境
重要な歴史的証言となる事件 2011-05-01 | 雑感
勝手に風呂敷を広げる面白さ 2011-03-09 | BLOG研究
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救命具を設置しない旅客機?

2011-08-20 | 雑感
テプコの副社長らを科学的無教養とこき下ろした。しかし水素爆発に対する見解のあの話し振りになにかを感じた者は少なくない筈である。もう少しその内容を吟味してみる。

副社長は、「建屋内で起こることは」と慎重に付け加えていたのであるが、これはやはり興味深い。やはり地震によって格納容器への配管に破損が生じていたかどうかは、かなり重要な視点であり、誰もが感じていた「圧が上がって入らない圧力容器ではなくて、格納容器に注水しても水位が上がらなかった不思議」にも関連している。逆にそれは水素爆発における水蒸気を含む建屋への吹き出しということになるのだろうか。

2006年にアーヘンの高等専門学校に出されたクロアチア人技術者の博士論文をリンクで紹介したが、その内容を読むと、その真実がいくらか見えてくるようである。その論文自体は、軽水炉における水素の触媒を利用した再結合化が主題である。

既に加圧式では実用化されているその機構を、その化学的な推移から軽水炉にも応用していくための基礎的な研究である。そこの前書きには、加圧水型での水素爆発の事例としてスリーマイル島の事故、そして軽水炉型の事例として2001年12月14日のブリュンスビュッテルでの事故例が挙がり、その場所が数メートルずれていたら冷却水系の損失となり大惨事を招きかねなかったとしている。その一月前である11月7日には同じ軽水炉の浜岡原発で全熱除去系配管破断事故が起こり同様の水素爆発への対応が要請されている。

当然のことながらそうした対応策は各国で長年取り組まれていて、日本においても東芝と三菱のジョイントヴェンチュアーである東芝三菱電機産業システム株式会社が1999年に既に取り組んでいる。

しかしそこでの意味合いが所謂排ガス再結合器と呼ばれる装置と異なっているのは、燃料溶解後六時間を境にしての所謂インとエクス・ヴェッセル期における対応の相違のようである。付け加えれば炉心露出での大量の水素発生の相違であろう。いづれにしても、水蒸気と空気と水素の割合によって、それが放射能が冷却水を分解して出来ようがなかろうが爆発事象を起こす。その空気の流出入速度や量によって、触媒を含む温度反応の差となる。

我々門外漢がこうして考察しても、地震で配管が緩み、一方圧力容器内で冷却水の循環停止からジルコニウムが反応して水素を発し、さらに大量の蒸気とともに酸素と反応するような状況は、所謂安全神話ではタブーとなっていたような現象に違いない。

興味深いのはこうした外付けの装置が電源喪失でどのように駆動されるかなどもあるが、そこで思い起こすのはチェルノブイリの冷却システムであり、タービンを回す蒸気量を調整することで冷却水の通量を定めることとなって、冷却水の流量を抑えることで炉の安定化を図り、結局は稼動して直ぐに暴走してしまうことになったのであった。複雑な大きな環を描いているシステムは万全であれば幾重ものフェールセーフ機構として機能するのだろうが、ただ一つの釜のその循環が途絶えたところで全て崩壊してしまうのも当然の結果なのである。

スリーマイル島事故のバブコップ社のコンクリートで囲まれた格納容器が強靭であったから大事故を避けられたのであるが、それも配管などが先に破損していたならばさらに大量の放射能漏れは避けられなかったのであろう。テプコをはじめ日本の原子力むら人がそうした想定をしないというのは、飛行機の救命具をつけないような感じだろうか?フランスが原子炉の下にコンクリートを設置させたストレステストとの感覚の違いがそこにも表れているのだろう。



参照:
Experimentelle Untersuchungen zu katalytischen
Wasserstoffrekombinatoren für Leichtwasserreaktoren
(pdf), Pere Drinovac (RWTH Aachen University)
浜岡原子力発電所1号機余熱除去系配管破断事故 (高度情報科学技術研究機構)
甚だしい科学的無知蒙昧 2011-08-18 | アウトドーア・環境
細野補佐官のついた嘘 2011-06-08 | テクニック
まやかしの安全対策基準 2011-07-21 | テクニック
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安全デマ被害補償の一時金

2011-08-19 | マスメディア批評
茨城県の大洗町からFAZ新聞が伝えている。少なくとも日本のネットでは見かけなかった安全デマによる風評被害の実際である。大洗の漁港は海産物特に貝類などで有名なようだが安全デマのおかげで大被害を受けているという。

「基準値以下の汚染」しか示されていないにも拘らず東京の市場では全く売れないので、それ以外の地方でさばかれているというのだ。既に漁協と市場はテプコに対して風評被害の届出を出していて、一時金も獲得している。

ネットでも一部では太平洋岸の魚は東京の築地では商いされずにその他の地方で取引されていると聞く。なにか、チェルノブイリ以後に東ベルリンで野菜が豊富に出回った事実に類似している。

漁業と並んで当地の経済を支える海水浴客の収益は放射能だけでなく津波の恐れもあって七割方落ち込んで、経済的に逼迫すればするほど、彼らは脱原発には与しないというのである。そもそも当地は東海村の恩恵を預かっており、三人の労働者を失った事故があっても、求人と税収から原子力産業に依存していることには変わりないと理由付けられる。

そうした背景があるからこそ余計にか、一件当たり二万五千円以上の魚介への汚染検査も三週間に一度しかなされずに、専門家からはその信憑性にも疑問符が投げかけれれているという。

その結果は牡蠣、海鼠や鮑においても其々45、22、25Bqの汚染しかしていないとなっているが、東京市場では商いされない理由はそこにあり、どこかで買われても鰯などは三分の一程度の値でしか買い手がつかない。要するに検査が十分に出来ない言い訳にもなっている。福島のような指定された汚染地域ではないから「風評」とされて公共的な資金が出ていないからだ。彼らも安全デマの犠牲者なのである。

それどころか、福一原発の三十キロ以内の水質汚染濃度もCC単位で表示されていて、その検査誤差を加味した検査方法として通常のリッターあたりの掲示を出来ていない。要するに水産庁やテプコが提示している数値や検出限界以下などというのは誰も信じていないのである。

もはやこのような状態になれば日本の検察制度への不信もあり、行政も司法もその信を失いつつあるのは間違いない。立法府だけでも市民のそうした声が届くならば議会政治が成り立つのであろうが、第四の権力として許認可権の上にのさばり、伝えるべきことを伝えない日本のマスメディアによってその可能性も疑わしい。もはや日本は来るべきパニックに向けて突き進んでいるとしか思われない。

売れない鰯は冷凍されて買い手を待っている。日本産の原料が保証されて思いがけないどこかの名物としてお中元やお歳暮の缶詰として食卓にのぼる日もそれほど遠くはないであろう。



参照:
Freudlose Hundstage am Strand von Oarai, Petra Kolonko, FAZ vom 17.8.2011
「情熱食品 勝田店」さんで初めて買物をしました。(茨城県ひたちなか市)
「大丸 東京店」で食料品等を物色してみます。(東京都千代田区)
食後に岩漁港近辺を散策します。(神奈川県足柄下郡真鶴町)、 
地元茨城でとれた大豆を100%使用した納豆です。
「やさと温泉 ゆりの郷」で親子丼を頂きます。(茨城県石岡市) (saarweineのワインなどに関してあれこれ)
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