Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

音楽祭中継一覧調べ

2019-07-16 | 
オーストリアの放送局の夏の音楽祭中継の一覧表があった。目ぼしいところでは「イドメネオ」の中継だ。15日にサーヴスTVで放送がある。今まで使えたことは無いが、以下の様に方法は準備したので、上手く行けば綺麗に見れる可能性がある。アルゲリッチとバレンボイムの二人リサイタル放送もある。あとは「オルフェオ」と「シモンボッカネグラ」、そしてNHKでのハイティンク指揮のブルックナーなどが映像で、その他はラディオ放送のみだ。ベルリナーフィルハーモニカーは載っていないので、無いかもしれない。ブカレストからの中継があるからだろうか。

スイスのTV局でルツェルン音楽祭回顧シリーズ五回番組が流れる。地域限定が掛かっていて、ご丁寧に国内でもVPNを挟んでいたら駄目とか説明してある。まるで国外からその逆で見れますよと説明してあるようだ。VPNの問題点はその転送速度にあるのだが、それを解消する方法も分かった。つまり生でも問題なく見れるという事だ。先ずは自分が狙っているものを見てから、種明かしをしてみたい。欧州の日本からはブロックされているストリーミングを見る場合の参考になると思う。当事国に対応する無料のVPNサーヴァーがあるかどうかが決め手ではあるが。音楽番組の場合はオンデマンドでMP4配信となると生放送よりとは違って音質がMP3で悪くなってしまうからこのトリックは結構重要だ。

第一回目の放送は「エロイカ」でクラウディオ・アバドが最後に振った時の映像のようだ。顔を見るととても顔色が悪く先が短いことが分かる。先日ブルノ・ガンツが亡くなった際に流れた私が出かけた2012年の「エグモント」全曲の時の顔色はまだまだ通常のものだった。

ベルリンからのアーカイヴ放送を聞いた。アンダルシアの指揮者パブロ・ヘラスカサドの演奏を初めて聞く。デビューコンサートらしいが思っていたより大分良かった。二曲目のシマノフスキーの交響曲四番を名人のアムランと演奏した2011年の演奏会中継録音だ。中々参考になる録音で、最初のメンデルスゾーンも徹底的に歌わそうとしていて丁寧な仕事をしている。暫くお呼びは掛かっていなかったようだが、アカデミーなどに出るようになったので再びチャンスが出てくるのかもしれない。

それに続く小澤指揮のランランとの協奏曲まではまだよかったが ― 左手は軽いがやはり怪我後と違ってちゃんと打鍵できていて楽器が綺麗に鳴っている ―、ブルックナーを聞いて余りにも荒っぽい指揮で堪えられなかった。しかし小澤も当時は松本やヴィーンであんな汚い音で管弦楽を鳴らしていたのだろうか?手術前のベルリンでの最後の演奏会だったようだが、完全に弛緩してしまって体調の悪さが分かるような演奏であった。一体いつ頃からあの程度の指揮しかしていないのだろう。その後の復帰後の程度も悪いので、斎藤記念の指揮時代から大分悪くなっていたのかもしれない。あの程度の指揮でバーデンバーデンで復活祭をオープンして貰わなくてよかった。悪い印象が残ってしまうところだ。

途中で止めて放送を切り替えたら、既にクリーヴランドからの放送ではコープランドの自作自演でスプリングが鳴っていた。その次のヴェーバーからグッドマンのクラリネットで聞いたが、音は素晴らしい実況録音だったが、残念ながらクラリネットがか細い音でしかならない。現在のソロ奏者としては勿論通じないのは仕方がないが、コープランド指揮も必死で管弦楽のダイナミックスを押さえている。そのあとの自作自演クラリネット協奏曲からハイドンの主題の変奏曲など興味深いアーカイヴ放送だった。

夜中に録音していたタングルウッドからの放送は会場の関係もあるのかベートーヴェンの四番でティムパニーをゴロゴロと叩かせていた。やりたいことは分かったが、最後のサロメの七つの踊り同様に、その様な方向で仕事をしたいならばミュンヘンの音楽監督を受けるべきだった。自分自身ではもう一つ上のキャリアと実力を保持しているとどうも勘違いしているらしい。一連のベートーヴェンもブルックナーも殆ど失敗は見えているので散々叩かれた方がよいのではなかろうか。数年間じっくり勉強しないことにはもう先が見えて来る。



参照:
ザルツブルク、再び? 2017-11-17 | 文化一般
ピリ辛感が残る最後 2017-08-22 | ワイン
コメント

クレッヅマー風の音楽も

2019-07-15 | 雑感
ブルゴーニュを飲んで放送を流していたら、22時を過ぎていた。コヴェントガーデンでの「スペードの女王」の中継録音なのだが、なかなか終わらなかった。ベットに行って休んでいると寝入ってしまい、目を覚ますと零時を過ぎていた。結構な音が出ていた筈で近所迷惑だった。仕方がない。

朝は寝坊して出かけた。雨雲が来る前に戻るように急いだ。それでも7時からシカゴ交響楽団の録音が流れて、ビシュコフ指揮のマンフレッド交響曲を録音したかった。全く興味の無かった指揮者であるが、ペトレンコの担当教授だったこともあり、注意しているとやはりその指揮の巧さは直ぐに分かった。実際にコンセルトヘボーやビッグファィヴクラスを振ってもやっていることの程度が高い。シカゴをこれだけ上手に鳴らす指揮者はやはり他には知らない。緩んでしまっているこの楽団を締め直すにはムーティの後任はこの人しかいないと思わせるが、なんといってもグラマラスさが無く人気がなさそうだ。しかし音楽愛好家が聞くとやはり素晴らしいと思わせてとても魅力的だ。そして話すのを初めて放送で聞いたが、その外見からの想定とは全く異なって力づくのような人では全くなく物腰が柔らかい。

クラリネットが吹くクレッヅマー風の音楽もキリル・ペトレンコの指揮よりも抑えている。世代の違いだろうなとも思う。しかしこれだけの指揮者と超一流の交響楽団で聞くとペトレンコ指揮で座付管弦楽団が幾らいい演奏をしても程度が違うなと思う。再来年シーズンにはベルリンでもこの曲が定期のプログラムにも入りそうだ。

ペトレンコのプログラミングの大きな枠組みはその都度思い出して道標にしておかないと重要な情報を見逃してしまう。カーネーギー公演でマンフレッド交響曲を入れたのも何かの伏線のような形になっているのだろう。同様に今回の「サロメ」から「死の都市」への繋がりも徐々に見ておかないといけない。

「死の都市」の料金は2020年のオパーフェストと同じSが三回、初日がU、あと二回はMである。なんと最も高価なクラスで100ユーロ、立ち見席でも6ユーロの差がある。もうこうなれば初日狙いで行こうかと思う。ストリーミングの日は明示されていないが、恐らく四日目だろう。さてどの価格帯を狙うか?出来ればカウフマンファンが狙わないクラスで行こうかと思う。一般売りもあるので籤に外れたら外れた時で考える。19時に始まって22時の終了である。日帰りは可能だが宿泊も考えた方が安全だろう。やはり早く決まってくれないと予約が取りにくい。

さてワインのマルサネ2013年は天候を反映してか、酸が強くバランスは良くない。葡萄の熟成度が足りなかったのだろう。だから早く飲み頃と思ったが、なかなかそうでもなくて、やはり2014年とか2012年を購入した方が得だった。



参照:
すっきり目覚めの冬時間 2018-10-29 | 暦
シルヴァン・パタイユのマルサネ 2017-08-08 | ワイン
幾つもの山が当たる 2019-04-18 | 文化一般
コメント

少しは戻る潤い

2019-07-14 | アウトドーア・環境
漸く雨が降った。少しは潤いが戻るか?まだ足りないと思う。カンカン照りが二月以上続いたと思う。一昨年は雨降りばかりだったが、今年は逆だ。葡萄は日焼けしていなければ問題は無いと思うが、ここでもう少し振って、あとで乾くと都合がよい。

同時に気温も下がっていて、薄着でいると寒くて頭がかんかんとしてくる。日曜日の朝もお湿りがありそうなので雨雲を観察して合間に走ろう。その準備に牛肉を食してジャガイモので食しておこうか。ブルゴーニュが何かある筈なので開けても良い。

そこで取り出したのが今年フランスで購入したスーパーの独自買い付けのマルサネ2013年である。年度が年度であるから飲み頃なのではなかろうか。


こうして涼しい時に精々栄養を取っておく。散髪も一週間遅らせた。次の暑さに備えれば、それでこの夏のサマーカットは終わりだろう。

夜中にタングルウッドからの生中継を録音しておいた。先週のオープニングは忙しくて録音する余裕も無かった。音を聞いてみると小澤ホールとされる所からで、そのホールの響きが良い。天候が悪かったりすると全然違ったような印象があるのかもしれないが、写真を見ると1000人ほどの木造の瀟洒なホールで、ボストンの交響楽団がとても綺麗に鳴る。細やかな表現も出来ていてとても気持ちが良い。ピアノも綺麗に録れている。やはり小さいところでの演奏の方がこの交響楽団には有利なのだろう。同じプログラムのボストンからの放送を録音した筈だが、こんなに新鮮な音は聞いていない。

次のコンサート訪問はこの指揮者のゲヴァントハウス管弦楽団演奏会であるが、ルツェルンのホールに合わせた細やかに振ってくれるのだろうか。プログラム変更で起こっていたが、こうした指揮を聞くとどうしても期待したくなる。

歯根が死んでいるところが久しぶりにグラグラむずむずしてきた。そろそろお別れの時かもしれない。グラグラして抜けてしまえばつべこべ言う必要も無く、欠けて細かくさえならなければ事後処理の手間も省ける。予想以上に歯茎が元気でこれでもまだ簡単に抜けそうにない。これで再び元へ戻ってしまう可能性すら感じる。兎に角、夏休みシーズンに入るが時間が若干あるので治療の計画も立て易い。



参照:
世界平和へ改心を促す 2008-03-22 | 雑感
幾つもの山が当たる 2019-04-18 | 文化一般
コメント

破壊された壁画への観照

2019-07-13 | 文学・思想
承前)聖書の「サロメ」からキリスト教の影響を取り除く作業は、既に中世から盛んだったようだ。そこでは、異教的な魔女として親子が扱われる。ヨハネ祭の所謂ヴァルプリギスの夜の魔女である。これもまたグリム兄弟によって纏められていて、19世紀のドイツ語圏での伝説となっている。それが丁度世紀の変わった20世紀の新生国家ドイツにおいて、文化立国における共通認識の一つとなっていたとされる。つまり、オスカー・ワイルドの原作をリヒャルト・シュトラウスがオペラ化する時の時代背景がそこから考察される。

大きな要素は、ニッチェの「神は死んだ」神無き社会であり、それは丁度ヘロデの国と重ね合わされて、同時に終末思想と救済つまり死と生が隣り合わせの社会気風が表徴されているとされる。そこではサロメの踊りのヴェールこそは剥ぎ取られても何もそこにはないとされる虚無となる。第一次世界大戦後の変容は知られるところであり、またオカルトとして大戦間にあった動きも知られるところである。

同時にハインリッヒ・ハイネによる「アッタトロール ― 夏の夜の夢」におけるサロメの性化が俎上に上る。勿論ハイネの興味はキリスト教に教化され変化させられた信仰対象ではなく、そのもの民俗学的に粗野な営みとなるとされる。

前者においてはヨハナーンはタンホイザーとは反対にキリスト教原理主義者として、後者においてはサロメはアリアドネ神話などと同じ妖精のカタログに組み込まれるようだ。それらを総合して、ヨハナーンの首へのサロメのデュオニス的歓喜とされる。

こうした歴史的そして創作の時代的背景を前提として、映画「愛の嵐」にヒントを得て今回のヴァリコフスキーの演出となった。前回観劇した「影の無い女」においても演出家の最終的な視点は「死への扉が開くサナトリウム風景」だった。つまり、比較対象として「タンホイザー」を若しくは昨年ザルツブルクで「サロメ」を演出したカステルッチの沢山の記号を組み合わせたパズルのような謎解きではなく、寧ろ観照に富んだ演出をする。今回の演出においても破壊されたシナゴークにおける壁画のアニメーションが最も美しい情景となっていた。

ヴァリコフスキーの語る視点は「終末思想と救済」の対象化にあって、まさしくキリル・ペトレンコが作曲家の後年の芸術的な意思を音化したことに相似していた。死が何も意味を持たないその営みこそがこの舞台で問われた。ユダヤ人の集団自殺こそはまさしく、ナチスによって追いつめられながら、ガス室への道を歩んだユダヤ人の姿として象徴された。このことは誰も書くことは許されない。そしてある意味とても健全なブーイングとしてそれは意思表示された。

ナチスによるユダヤ人抹殺計画は政治的に決して相対化されるものではないとするのは、ドイツ連邦共和国の理念にも等しい。しかしこうして恐らく芸術化によって歴史化への道を進んでいると思われる ― まさしくアドルノの「詩を読めない」に反抗している。少なくとも十数年前には考えられなかったことである。上で見たようにユダヤ主義の思想もドイツ文化の一部として強い意味を有していて、文化的には必ずしも加害者被害者の視点が明白ではないという事でもある。

今回の演出の過激性はまさしくその観照の視点にあった。首の入るべきブリキ箱には強制収容所で命を落としたとされる人数らしきものが書き込まれ、プログラムには同じ箱が積み重ねられた金庫室のような写真が挿入されていて、「死んだスイス人」の題のクリスティン・ボルタンスキの1990年の作品とある。こうして同時に強い政治的な主張ともなっている。

最早、嘗ての様にコンヴィチニーに代表されるような左翼イデオロギーの作為ある演出が何らかの意味を語ることは無くなった。ここまで腑分けしてしまうと、最早、作曲家によっても否定されるようなメローなリヒャルト・シュトラウス演奏が許される余地は無い。キリル・ペトレンコ指揮での新制作も数えるほどしかなくなった。支配人バッハラーの仕事として、バイエルン国立歌劇場のスタンダード作品「サロメ」としての制作として大成功だったと考える。そして今シーズンの大モットーこそ「歯には歯を、眼には眼を。」であった。ニコラウス・バッハラーの意志は固い。

1906年5月16日のグラーツ初演での新聞評がプログラムに載っている。書き手はブルックナーの弟子のデクセイと言うユダヤ人で、お手本のようなアナリーゼにブルックナーとの音楽的比較などもして、この作品の価値を問うている。そしてその初日に集まった名士マーラー夫妻、プッチーニ、ベルク、ツェムリンスキー、ヴィルヘルム・キェンツルのみならず若いアドルフ・ヒトラーが居たという事だ。(終わり)



参照:
改革に釣合う平板な色気 2008-01-18 | マスメディア批評
バラの月曜日の想い 2018-02-16 | 暦
真夏のポストモダンの夢 2005-06-25 | 暦
闇が重いヘクセン・ナハト 2005-05-01 | 暦
コメント

ぼちぼち晩夏の準備

2019-07-12 | 
英国に発注したシャツが届いた。靴下は売り切れで入らなかった。流石に皆目の付け方が違って価値の高いものは早く売れる。複数購入した人もいるのだろう。蝶タイは完全アンチョコでは無かった。長さ調整付きのもので、この手は初めてだ。こうなれば汗を掻かずに結べるように練習しなければいけない。

肝心のシャツは、色目はネットで見ていたものと殆ど変わらないので図星である。もう少し薄めでもいいが、タイさえ合うものを探せば使える。リラであるが、写真はバルコンの日除けの色が赤いのでピンクに近く見える。

なによりもイタリア製のポプリン織という事で気になっていた生地は思ったよりも遥かに良かった。表面は滑るが生地が確りしていて、前回購入したものよりも明らかに分厚い。これで丁度復活祭シーズンには気持ちよく着れるだろう。

タイも探すとそのものリラが二種類あって、同系色ながら特に薄い方は使えることが分かった。これで、そこそこ色が揃ったので、当分は大丈夫か。Brexitの時を待ち構え、高価な白シャツを購入するだけだ。

夏の放送予定などを見ると、今年はルツェルンからの放送はあまりない。先ずは地元のDRS2でベルリナーフィルハーモニカー演奏会の中継が無いか探した。9月1日までの計画表なので、後で出ることはあるかもしれないと思っていたら9月11日のBRだった。その後にあるハイティンク指揮の最後の演奏会は生中継はどうだろう。

個人的にはショスターコヴィッチとチャイコフスキーが今回で一区切りとなるので、コパチンスカヤのヴァイオリンは変わることが無いが、これという最終結果を聞かせて欲しい。またチャイコフスキーもこれぞというものをかまして欲しい。第九はブカレストに行くと合唱も変わるのでベルリンでの二回よりもいい結果がどこかで出るのかどうかは疑問だ?勿論ザルツブルクからの放送も気になるがこちらもチャイコフスキーだろう。ブランデンブルク門からの中継を昨年の様に上手くやって欲しい。

ドイツュラント・クルトューアのキリル・ペトレンコ番組の9分ほどを聞いたが、なんら内容が無かった。コーミッシュェオパーから知っている評論家が出ていたが、あれで大丈夫かなと思う。ミュンヘンの聴衆を成熟しているとして、ベルリンのそれがダイレクトでと言うのは正しいかもしれない。しかしペトレンコの難しいプログラムでは反発が直ぐに来るのを覚悟しておかなければいけないと聞くと、これまた大都会の中でも放送管弦楽団とフィルハーモニカーの定期の聴衆があまり重なり合わないということになる。なるほど客席の様子を見ればベルリンのそれは文化人面の人が多いが意外に保守的なのだろう。しかし、ミュンヘンのそれは劇場の聴衆であり、あれについてくるのは結構リベラルな聴衆だ。

NHKからの放送を聞いた。今年3月20日にバーデンバーデンに先駆けてベルリンの定期で演奏した三晩の初日のライヴ中継録音である。当然のことながら生中継を録音したが、ベルリンの前記の旧自由ベルリン放送局の音が悪い、そこでNHKからの放送をVPNを挟んで聞いた。思いがけないことに生中継よりも遥かに新鮮な音が楽しめた。嘗てのアナログ録音の頃には考えられなかったことだが、デジタル放送になってからはあり得る話になった。特に生中継した局がサラウンド放送をしていて、そのソースをそのままネットでストリーミングしているとすれば音質が落ちることになる。今までの経験でも生放送に於いてもサラウンド放送は大抵清涼感に欠ける。高域の倍音成分が綺麗に伸びない。ARDの放送網の中でも差が出るのはそこだと思われる。

ARDがここ二十年ほど進めてきたデジタルラディオ放送システムDABが放送停止になることが分かった。それ以前のシステムDSRに投資をしていて取り止めになったことから、後継システムには移行しなかった。もししていれば二十年ごとに損害を被っていたことになる。これで新車にも無関係になって嬉しい。兎に角、全く信じられないのはドイツのこの手の独自システムである。



参照:
Brexit前の夏のバーゲン 2019-07-06 | 生活
許容範囲だろうか 2018-12-13 | 文化一般
ストリーミング週末始め 2019-02-23 | 生活

コメント

オペラが引けて風呂と酒

2019-07-11 | 歴史・時事
承前)演出家バリーコスキーはマガジンの対談で語っている ―

クシュトフ・ヴァリコスキーと立場を共にするので、この「サロメ」においては反対に最後にとても気分が悪くならないようでは失敗だ。人々が出て行って、「ああよかったわ」叫ぶとすれば、たとえそれが当たっていたとしても、何かが上手く行かなかったという事だ。こういうオペラが引けた後で必要なのはシャワーを浴びることで、自分自身の場合はヴォトカと風呂だよ。それに引き換え「アグリピーナ」は、言えば鮨と吸い物だよ。

なるほど、彼はバイロイトで「マイスタージンガー」の後でブーイングがなかった意味も分かっているのだろう。確信犯だ。

しかしヴァリコスキーがここまで単刀直入な演出をするとは私は予想していなかった。新制作「サロメ」のプログラムには事細かな情報が満載されている。そしていつものドイツのオペラ評論がそれについて深入りしていないことも想定内だったのだろう。再びフランクフルターアルゲマイネの演出に触れた部分を読み返す。

なるほど、劇中劇の「サロメ」がゲットーの中で催されている事、多民族ではなくユダヤ民族の集団となっていて、影響をしたパッソリーニの映画以上に価値ある芝居となっていて、青酸カリでの自殺へとその枠組みが崩れていくことを評価してポストドラマとしている。パッソリーニの映画をよく知っている人にはあのブーイングの意味が分かるのかもしれない、しかし私には分からなかった。

ヨハナーンが入って、死神との踊りが繰り広げられる真ん中の谷は、ポーゼンに2011年まで使われていた室内プールで、ラファール・ヤコヴィッツのヴィデオがモデルとなっている。1940年4月4日にザイルで屋根の星が弾き倒されたシナゴーグの内壁がそのまま内装となっていたプールである。

一体そこまで具体性を以って演出家はなにを言いたかったのか?ヴァリコフスキーは対談で、そもそもこの話しには裏が取れていなくて、オーソドックスユダヤとそうでないユダヤ、そしてナザレと議論をさせていて、ビッグブラザーの様にそれ覗いている我々は何者なのだ?と疑問を呈している。それを面白おかしく歴史的事項として扱っているキリスト者に疑問を投げかける ―

「綺麗な手でここから逃げられない。今観たリヒャルト・シュトラウスは語り草だよ、指揮はもの凄く、サロメは嘘の様で、ヨハナーンは素晴らしかったとは」。

一体、今日の誰に対して語っているのか?なるほど恐らくポーランド人に対してでもあり、ドイツ人に対してでもある。しかしガイダンスで、指揮者ペトレンコの右腕であるドラマテュルークのクラースティンク博士の話しの内容はそれを遥かに超えていた。そして恐らくプレスが語れないそして勘のいい者ならば誰でも気づく記号がこの演出には隠されている。少なくとも私が知る限り、ヴァリコフスキーと言う演出家の仕事はそこから始まっている。

その前に、注意しておかなければいけないのは、オスカーワイルドそしてシュトラウスの「サロメ」のその時代背景であって、それは詳しくプログラムに掲載されている。この手のプログラムにはあまりにも枠組みが沢山記述されていて、態々読んでも仕方がないと言う内容が冊子の三分の二近くに及ぶというのが普通ではないか。今回も144ページに36ページに及ぶ写真が挟まれている。舞台写真、歴史的サロメ像、そして残りはイスラエルから提供されたプロジェクターにも映されたポーランドのシナゴークの壁画の意匠などユダヤ関連の写真である。

つまり、二十世紀へと世紀が変わったところでの歴史視点から、演出家が語った今日ではヘイトとされる事象をもう一度洗い直す作業となる。(続く



参照:
Kopfloses Geschlurfe, blutiges Gekuschel, STEPHAN MÖSCH, FAZ vom 29.6.2019
意地悪ラビと間抜けドイツ人 2017-07-27 | 文化一般
未だ嘗て無いような合致 2019-07-01 | マスメディア批
コメント

KZ訪問が意味するもの

2019-07-10 | 
承前)リヒャルト・シュトラウスが1941年にミュンヘンで「サロメ」を再演している。その時の書き込みのある楽譜が今回の新制作で使われた。これは既に呟かれていてなにも隠されている訳ではない。しかし、どこにもその詳しい意味には触れられていない。恐らくシュトラウス研究家には研究対象となっていることなのだろう。

キリル・ペトレンコの言動に関心を持っている向きは、本シーズンのプログラム紹介の節の話しを覚えているだろう。そこで彼は、「違う楽譜を演奏する」と話していた。厳密には「別版ではないが」という楽譜がこの楽譜のことであった。ペトレンコは今回の制作に当たってその作曲家自身の書き込みを逐一研究した。その結果が今回のいつもと全く異なる「サロメ」演奏だった。

その書き込みの特徴は、初演当初から問題になっていた「サロメ」を歌えるのはイゾルテを歌う歌手しかいないという制限であった。これが大問題であった ー 実際今回の演奏の音符を追えるイゾルテ歌手は存在しない。そこからマルリス・ペーターセンのリリックな歌は一つの作曲家の理想であったことも証明されたことになる。つまり、書き込みのある楽譜へと管弦楽の軽量化が図られているというのだ。しかし、それは我々研究家でなくても、その後のこの作曲家の創作の歩みを知っていると、既に1909年初演「サロメ」、「エレクトラop.58」、「ばらの騎士」、「アリアドネop.60」1916年初演へと一気に進んでいる。世界大戦の影響を受けた様式の変化など一般的に注目されるところだろうが、今回はそれが1942年までのスパンで捉えられることになった。

また大きな示唆が与えられたのは、ヴァリコスキーが語っているシュトラウスのテレージエンシュタット訪問の事実である。作曲家がユダヤ系の義理の娘がユダヤ人であることは周知の事実だったが、彼女を訪ねて強制収容所を訪れていることは少なくとも私は今回初めて知った ― 1941年からユダヤ系作曲家などが輸送されていたそこに1943年に車で出かけたらしい。今回の新制作は最初にペーターセンの声ありきで始まったと語られているが、このような事実から演出のコンセプトが明白になってきたであろうことは想像可能である。すると今度は今までは枯れた手法とか言われたような晩年の創作とサロメ上演に当たっての書き込みなどの関係が、そうした時代背景や作曲家を取り巻く環境の変化と無関係でない事がハッキリしてくる。

偶々車中の朝の放送がオーボエ協奏曲の紹介から敗戦直ぐにアメリカンアーミーがガルミッシュパルテンキルヘンの作曲家の住居に押し寄せた話をしていて、「サロメ」や「ばらの騎士」の作曲家だと自己紹介したこと、「青きドナウ」を演奏してと言われてそれは違うと断ったこと、音楽好きの兵士を招き入れて歓待して、徴収を免れたことが紹介されていた。作曲家のその人間性が眼に浮かぶようによく分かる。

そして今回実際に響いた音楽は、まさしく「アリアドネ」以降の音楽で「歌詞の透明性」と細かなアーティキュレーションの楽器に歌が沿うと言った按配で比較の仕様の無い域に達していた。マイクでは捉えられない、現場でも視覚が無いととても負えないほどのスピード感と精妙さは、2016年に話題となったダムローとの「最後の四つの歌」の比ではなかった。この歌の技能に関してのペーターセンは幾ら称賛されても過ぎることは無い ― そして来シーズンの「フィデリオ」での歌唱とその成功が半ば保証されたようなものである。明らかに「ルル」の歌唱よりも先を行っている。

しかし、その精度を高めると同時に明らかに楽器間の出入りと鋭い和声のぶつかりが初日よりも明らかになっていた。事故の要素よりもあまりにも一瞬の鋭い木管群の一撃やティパニーの配慮なので、楽譜に首ったけで逐一見て行かなければいけない。チェックするには初日の生放送の音量を調整した再放送の8月3日を待たなければいけない。あの生放送の問題点はGPから準備していただろうが、正しい音量を読めなかったことで、マイクの数も足りなかったのだろう。ストリーミングの生が聴けていないので確認はできないが、マイクのセッティングからしてメディア発売されるだろうか。

要するに昨今のシュトラウス再解釈の一環にあって、ペトレンコ指揮の初期の交響詩の演奏やフィランソワ・サヴィエ―ロートが指摘する「カラヤン指揮等の湯船の鼻歌から抜けたリヒャルト・シュトラウスの音楽」の流れに含まれる。音楽史的な考察はおいておくとしても、少なくとも1941年という時点での作曲家の自作に対する「修正作業」と並びに今日から見る歴史の流れの中でその流れが一瞥されやすくなっているという事でしかない。あと20年もすると今度はあまりにも距離感が開いてきてもはや不可能となる作業であろう。(続く



参照:
強制収容所の現実 [ 歴史・時事 ] / 2005-01-26
ペトレンコ教授のナクソス島 2015-10-22 | 音
コメント

首は飛ばずに血糊が飛んだ

2019-07-09 | 文化一般
マンハイムでシラー作「マリアステュワート」を観た。今年のシラーフェスティヴァルの制作作品である。新聞評を読んで出かけたが、その中途半端な評価はその通りだった。ガイダンスではドラマテュルギ―の人が歴史的背景などを説明していたが、演出のポイントは八人の演者がその都度別けあって主役等を演じることだった。

同時に楽屋裏を化粧室として分割ヴィデオで同時中継する。このライヴヴィデオの使い方は音楽劇場ではあのカストルフ演出が有名だ。それよりも監視カメラの様に分割されていることで、寧ろビッグブラーザー感もあった。また化粧室と表舞台という事ではクラウス・グートがフランクフルトでやっていたことと似ている。その効果は、昨今至る所で語られる「そのように見える」ことの裏を見るという意識ともう一つは「覗き見」効果だ。音楽劇場の演出についてとやかく語る人はやはり芝居を徹底的に見て行かないと話しにならないと思う。前回同じような枠組みで観たマンハイム初演の「群盗」ではなく「ウイリアムテル」とは大分異なった。作品も違えば演出も異なる。

どうしても技術的なことに興味が向かう。通常の言葉の明瞭性はマンハイムほどの名門ならば我々がとやかく言うことは無いのだが ― 勿論字幕なども無く、地声が基本である ―、戦略的だったり所謂状況説明分のところは端折る感じが強い。それで当然のとこもあり、もう少し状況を説明するようなところは流さないでもいいのではないかと思った。女性の演出家なのだが、なにか全てが感情表現へとフォーカスが当てられ過ぎていたように感じた。

それでも例えば今回の演出の目玉だった四人が揃って声を合わせて一つのセリフの場面が見ものだった。男女もあって声が上手くハモル様にはなっている。勿論音楽でも無く楽譜も無い訳だから、一体どうやって合わせる練習をするのかなと興味を持った。テムポ感はやはりメトロノームのようなもので数えるのだろう。そこに音節を合わせる作業しかないのだろうかと、改めて思った。余談であるが、キリル・ペトレンコの指揮と言うのはまさにそこを合わせる為にあるようなものでその意味では特段職人的なものでもある。

主役を主に演じた女優は声を割るかと思うほどの叫び声の熱演だったが、意外に終演後の反応は良くなかった。その表現力においてももう一つ後を引くような考えさせる表情が無く、どこまでも絶叫型の熱演を割り振られた形になっていた。演出家は割り当てを演者に任せたというから若干その辺りも方法としては面白いが演出放棄ではないかとも感じた。

原文のテキストに目を通していくような準備が出来ていなかったのも反省で、音楽劇場と同程度に何かを言おうと思えばやはりそこまで下準備しておかないといけないことは分かった。そこまでして芝居に通うようになれば、作品に親しめるようになるのは音楽劇場と全く同じで、どうしてもその場限りの演出や舞台への表層的な批判に終始してしまうのも全く音楽劇場とも変わらないであろう。

音楽劇場の演出や歌手に小言を言ったりというのは所詮エンターティメントの域を出ないという事でしかない。時間と金が余っている老人にはそれでいいのだろうが、やはり劇場に通うという事の意味はそのようなところにあるのではない。古典から学び、新作から学びという事とはかけ離れている。兎に角、次に私がお勉強するのもシラーであり、第九の勉強はそこにももう一度戻って行かないといけないと考えている。

最終列の安い席を購入したので行ってみるとやはり証明音響さんの卓の横だった。暗いので卓の親仁の懐中電灯で照らして貰った。しかし実際には空席が多くて、劇場の人も前へ詰めてもいいよと言うので、六列前の16列まで前進した。15列目に誰もいないところに座ったので視界が効いて快適だった。しかし夕食も急いで済ましてきていて眠かった。上演時間も先の楽劇「サロメ」とほぼ同じぐらいで、休憩なしである。ここでも首は飛ばないが、言葉ではあまりにも十分で、血糊が飛んだ ― 齧り付きなどは以ての外だ。意識も飛ぶことなく無事観通せたが、やはり芝居としてはかなり長い。つまりビッグブラザーのような舞台なので八人とも舞台に出っ放しで何時も観られているというのは大変な舞台だなと分かった。駐車料5ユーロ、プログラム2ユーロでまあまあ価値はあっただろうか。

急に涼しくなった。夜間は締め切って就寝して睡眠は深かった。寝坊したが走っても快適だった。そろそろ晩夏の雰囲気でこのまま涼しくなることは無くても、夜間摂氏20度を超えることはしばらくなさそうなので仕事が捗りそうだ。嬉しい夏、欧州の夏である。



参照:
不可逆な無常の劇空間 2016-01-18 | 文化一般
開かれた平凡な日常に [ 文学・思想 ] / 2005-12-30
コメント

欧州のユダヤ人感への評価

2019-07-08 | 歴史・時事
承前)「サロメ」のアンティセミティズムをどのように評価するか?これはこの楽劇を知った最初の子供の時からの課題でもあった。その後実際に最初の欧州旅行でユースホステルでユダヤ人と一緒になって、その意味するところも実感した。なによりもイスラエルから来たユダヤ人とパリのユダヤ人が共通の母国語でなくても直ぐに意気投合してしまう情景を見て、またユダヤ人同士の議論を聞かされたからだ。五人ぐらいだと思う、喧しく盛んにやっていた。

新制作「サロメ」のプログラムに演出家のヴァリコスキーへのインタヴューが載っている。そこにもこの問題が扱われていて、要約すると時代の変遷となるだろうか?当時の欧州の感覚とすれば日常茶飯事のユダヤ人弄りであって、20世紀初頭における前世紀から引き継がれた関心がそこに流れているのみであって、それ以上のものではない。実際にその後にもアルバン・ベルクの「ルル」や若しくはオペラの原作となった「ヴォイツェック」には色濃くステレオタイプのユダヤ人が描かれている。

カトリック出身のポーランド人であるヴァリコフスキーの演出の成果である。最初は上演禁止にもなりながら、世界のオペラ劇場で最も人気のあるレパートリーとして定着したこの楽劇の上演においてもはや誰も気にしないようになっている事への関心を想起して、当時とは異なる現在の感覚からすれば明らかに不思議な感じに再びさせた事を指す。現在ならばそうした嘲笑がその後の歴史の端緒となっていたとか後付けで講釈を述べれる、若しくは劇場作品にありがちなただの設定でしかないステレオタイプな文化的な記号とも位置付けられる事である。しかし、最近の特に音楽劇場における演出の趨勢をそこに見るならば、創作された時代を環境を舞台とすることで新たな今日からの視線をそこに張るという方法がここでも採られる。

それならば作曲年代その数年先のオスカー・ワイルドの原作のそれが舞台になる筈だ。しかしここでは設定が1940年代となっている。演出家はヘロデ王の僅かしか聖書に書かれていない家庭劇の舞台をポーランドのゲットーにおける「劇中劇」とすることで、今日からの繋がりをそこに求め、舞台で演じる歌手たちの助けとした。

そこには色々な記号が散りばめられており、多くの人がこともあろうにジャーナリストとされるプレス資料に一通り目を通した人たちにまで、この演出を不可解なこととして評価を疎かにした。憶測すれば敢えてそこを論じることを止めている。一般的な独ジャーナリズムの特に左派ジャーナリズムの手法となっている。逆説的ながら初日も三日目も鋭く間髪を入れずブーイングを入れた人は恐らくそれよりはもう少し演出意図を理解していたかもしれない。要するにエンタメとして定着しているこの出し物をもう一度今日に繋がる影響ある音楽劇場作品として上演されるような意図を演出家は語っている。

そして実際には、初日前に出された写真に示唆されていた。その第一景のつまりゲットー内で「手癖の悪いユダヤ人の強奪を嘲笑する」自虐的な寸劇がなされ、マーラーの「亡き子の歌 ― またこの録音が戦後1946年の録音であったのも隠し味となっている」が流される情景の背景の書架に印象させたバイロイト音楽祭の現行の「マイスタージンガー」への観念連想だった。偶然ではなくマガジンでその演出家バリーコスキーとの二人のインタヴューが載っているのは傍証となろうか ― このマガジンはネットからもDL可能である。ユダヤ系オーストラリア人とクシュトフ・ヴァリコスキーとまた名前がそっくりだ。それだけで十分だった。あの恥じたらしな「マイスタージンガー」を知っている者ならばこれがそのものポーランド批判にもなっていることは直感的に気がついた筈だ。そして、バイロイトで私なら精一杯ブーイングをしていたのだが、そこではなくミュンヘンでブーイングが起こった不思議。

その不可思議こそが、今回の演出の最大の効果であって、まさしくヴァリコフスキーが語るように、一体どのような面をしてヴィーンでもどこでもこの作品が戦後直ぐに上演されるようになったかについての嫌疑される状況が続いていることへのアンチテーゼとしての演出となっていた。それが初日に起こった聴衆の戸惑いの一部でもあったが、同時にその音楽的な歴史の流れをそこに我々は見ていくことになる。

バリーコスキーを受け入れる素地の方がまだ団塊の世代を中心に大きいのかもしれないが、時代精神としては明らかにヴァリコスキーの方が今日的で、予想以上にバッハラー体制が可成りリベラルだったことを思い起こすきっかけになった。バリコスキーの演出は受け入れられても、ヴァリコスキーの演出を受け入れられなかった人は一体どうした層に属するのかは明らかだろう。(続く)



参照:
竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般
意地悪ラビと間抜けドイツ人 2017-07-27 | 文化一般
コメント

新制作「サロメ」評価の基準

2019-07-07 | マスメディア批評
眠い、二時半に帰宅、就寝が四時頃で、パン屋に行って走ったのが八時頃。帰宅途中二度車中で仮眠して、自身の鼾で驚いて目が覚めた。帰りはウルム前でまたシュヴァルツヴァルト北部で雹にあったったが、概ね走りやすかった。但し、往路はいつものブリエンナー通りが工事で凱旋門を通れずに北側の道を始めて走った。直進すると劇場へと繋がる地下道に入った。そこから右へ抜けるとホーフへの抜けるのだが、ここも閉鎖されていて、遠回りしてピナコテークのとこからマクシミリアン通りに入り直した。あの裏手も始めて走った。そして劇場の横まで入ってくると警察に停められて、口頭で申告しなければ駐車場へと抜けれんばかった。23時まで出れないと言われたが、実際には入り口で22時30分と事前通りの解放時刻を告げられた。広場の撤収時刻である。実際に駐車場でピクニックの残りを平らげて帰りの準備をした。それほど無駄な時間にはならなかった。

13時に出て、途中のいつものところでピクニックしていて、18時過ぎに車庫入れとなった。予定よりも迂回で時間が掛かったが、丁度良かった。そこからダルマイヤーに出かけてトルテだけは購入した。いつものお楽しみである。駐車料金がクレディットでは番号間違えになって払えなかったのだけが誤算だったが、15ユーロだから仕方がない。カタログ9ユーロはインフレである。中身をもう一度確認したい。

予想通り、表に出るのでカーテンコールも一度だけだったが、初日で聞いているよりも明らかに反応は強烈だった。演奏もさらに磨きが掛かっていたが、所詮マイクでは捉えきれないほどの精妙さがあって、それは会場に居ても全貌を見渡しながら奈落に眼を釘付けにしておくか、楽譜にくぎったけでなくては取ってもではないが細かなところまではすべて把握が効かない。放送と一長一短がある。

総じてとても価値があった。往路では、暑さの疲れもあり、自宅でストリーミングを観て綺麗に録画しておいた方が得ではないかとも思ったが、実際は行かなけらば分からなかったことが沢山あった。色々なことが学べた。その要点だけを先ず纏めておく。

1.マルリス・ペーターセンの声はあっているのか、どうか?小さすぎるのか、もしあっているとすればその根拠は?
2.つまり、イゾルテを歌う歌手が歌うのが本当なのか、リリックな歌唱が本当なのか?
3.リリックな歌に合わせたペトレンコの指揮の精妙さとその音量は、和声的な輝きは実際はどうなのか、その音楽的根拠はどこにあるのか?
4.ユダヤ人の五重唱におけるアンチセミティズムの評価
5.いつも同じブーイングが出る意味は、その背景は?

これらを答えるかどうかで、この制作、公演への評価が一変するだろう。そしてその答えはどの新聞評にも出ていなかった。それならばなぜ私が分かったのか?音楽ジャ-ナリズムは一体何処を見て仕事をしているのか?(続く



参照:
未だ嘗て無いような合致 2019-07-01 | マスメディア批評
一点一画の微に至る凄み 2019-06-29 | マスメディア批評

コメント

Brexit前の夏のバーゲン

2019-07-06 | 生活
恒例のサマーバーゲンセールである。早速、英国に発注した。正直まだ分からない。Brexitの進展によっては次のバーゲンは買えないかもしれない。そしてそれまでにもう一度壊滅的なポンド暴落もあり得る。その時に買い漁るのみだ。Brexit支持連中の馬鹿さ加減を見ているとどうでもなれと、買い叩いてやりたくなる。しかしまともに商売をしている老舗には同情する。彼らは反対派だからだ。

割引率同様に気になるのは為替相場で、現在は最低ラインに近い所で留まっている。つまり1ポンド1.11ユーロである。最低ラインが1.10ぐらいで、それを超えると暴落へと進む。その時が普段はディスカウントへと回らない白色のシャツとか高価な外套類の買い時である。

色シャツを選んだ。復活祭用の一枚が古びてきているので、その後釜に欲しかった。しかし色合いは兎も角生地がイタリアのポプリンで、どちらかと言えば夏用だ。この週末に使うのもそれで涼しい。しかしそれ以外は薄っぺらいつるつる感があるのであまり温もりは無い。ポプリンは一枚しかなかったので夏用にはなる。しかし夏用はやはり寒色が嬉しい。この辺りが色付きシャツの難しいところで、安売りとは言いながら数が欲しくなる。更にそれほど替えが無い上着などとの色の配色も考え、更にタイの色となると中々数が必要になる。白では簡単に精々襟の形ぐらいで済むところが、色付きは数がいる。

送料を15ポンド取られるので、いつもの様に序でにタイを探した。棒タイはもう一ついいものが無かったがアンチョコバタフライを見つけた。胸元を涼しくするために特に夏場に使うので涼しげのものが欲しかった。どのように合わせるか考えずに簡単に手を出してしまう。価格は25ポンドなので試してみてという事になる。そして探していると靴下もあった。古いものが傷んでいるので、半額以下になっている10ポンドで発注した。合わせて100ポンドに送料となった。シャツのポプリンの生地の感じだけが気になるところだ。あまり薄すぎると使い難い。

ルツェルンから断り状が入っていた。ゲヴァントハウス管弦楽団二日目のバルトークを弾く予定だったシフが都合が悪いと断った。宜しい、そもそも彼に弾けるとは思っていなかった。そして代わりに入った者がまた弾けない。モーツェルトを聞くために買ったと思うのか!こうなったらボストンで演奏していたエマールで我慢した方がよかった。なんだよと言いたい。シフを今後も聞く機会は無いと思う。何十年ぶりに再会で喜んでいたがもう宜しい。練習を始めたものの弾けなかったのだろう。彼のピアノはよく知っている。ブレンデルの代わりに添えようとした動きもあったが、そもそもそのような演奏家ではなかった。とても残念に思う。代わりにたっぷりとネルソンズがアンコールを振って欲しい。それか割引して欲しい。そもそもギャラが大分違うだろう。払い戻しして欲しいぐらいだ。


引用始め

Mit Blick auf Ihren Konzertbesuch am Montag, dem 26. August 2019(Sinfoniekonzert 8) bei LUCERNE FESTIVAL möchten wir Sie über folgende Besetzungs- und Programmänderung informieren:

Leider musste Sir András Schiff seine Mitwirkung am Konzert des Gewandhausorchesters Leipzig am 26. August im Rahmen des Sommer-Festivals aus dispositionellen Gründen kurzfristig absagen. Wir bedauern dies sehr, freuen uns aber, dass sich Martin Helmchen bereiterklärt hat, das Konzert zu übernehmen. Mit dem Solistenwechsel ist auch eine Programmänderung verbunden: Anstelle des 3. Klavierkonzerts von Béla Bartók erklingt nun das Klavierkonzert G-Dur KV 453 von Wolfgang Amadé Mozart. 

Die Konzertkarten behalten ihre Gültigkeit. 

Wir wünschen Ihnen schon jetzt ein einmaliges Konzerterlebnis,

Ihr LUCERNE FESTIVAL Team


ALLE KONZERTINFORMATIONEN IM ÜBERBLICK
Sinfoniekonzert 8 | Montag, 26. August | 19.30 Uhr | KKL Luzern, Konzertsaal

Gewandhausorchester Leipzig
Andris Nelsons Dirigent
Martin Helmchen Klavier
 
Wolfgang Amadé Mozart
Klavierkonzert G-Dur KV 453
Claude Debussy
La Mer
Igor Strawinsky
Konzertsuite aus dem Märchenballett Der Feuervogel (Fassung von 1919)

引用終わり



参照:
詐欺の前に凍りつく聴衆 2012-08-19 | 文化一般
出演者変更の電子メール 2013-03-21 | 生活
興業師からのご挨拶 2018-12-21 | 文化一般
コメント

涼しいうちに滋養供給

2019-07-05 | ワイン
ミュンヘンに出かける準備に入った。早ければ早いほどいい。当日がそれだけゆったりとする。理想は自宅のソファーからその感じで劇場やホールの椅子に移動することだ。今シーズンは、マイスタージンガーも来年もあることを考えれば、これで終わりだと思う。残るところ次のシーズンに秋に一回、六月に一回、夏に一二回、その翌年に複数回の数回で一区切りとなる。

13時に出れば、途中でピクニックしても、余裕をもって18時に車庫入れが可能だろう。燃料は136セントで満タンにした。少しエンジンオイルを足しておこう。現金も30ユーロ以上残る。休憩も無く、精々最初にコーヒーを飲むぐらいだろう。プログラムもこれで買える。

気温は上がるが途中で雷雨に合いそうなのでついたころには涼しくなっているかもしれない。洗車もできて助かる。ピクニックはブランチ以外に夜食兼用のものを持参すればよい。お茶は二リットル欲しい。果物は充分に用意した。プチトマトもある。ゆで卵もランチボックスに。雷雨に備えて予備の靴も持参。

衣裳はこざっぱりしたい気持ちが強い。今更散髪には行けないので、そのままで、胸元を涼しくしたいので、やはりバタフライか?一つだけ使えそうなアンチョコバタフライがあるのでそれになるだろう。

ルツェルンのサイトを見ると、流石に売れる公演は売り切れ直前になってきている。第九の舞台の奥の席が売りに出ている。合唱団は舞台の上となったからだろう。大編成では無い事は分かっていたが後ろを売り出したのはそれだけの理由があるのだろう。独唱者も舞台の前方で、後ろに合唱を並べるのだろう。価格帯は上から三ランク目なので高価過ぎるだろう。曲目にもよるだろうが、ペトレンコの指揮を前から見るだけである。シェーンベルクとチャイコフスキーもまだ余っている。

中ホール扱いの会も殆どが売れているが、ハイティンク指揮の室内管弦楽団はまだまだ売れていない。その他ではやはりハーディング指揮の「トリスタン」が絶望的だ。ルツェルンの残席が目立つようになった理由は分からない。安いところは以前同様に早く売り切れるが、中位のあまり良く無い席が残るようになってきている。音響的にそれほど穴があるようには思えないが。

興味深いのは、最初はブルックナーの八番の方が出足が良かった会も現在フランスものの方が健闘していて、こちらの方が更に売れそうな勢いである。考えられるのはネルソンズ指揮のブルックナーがそこらで演奏されるようになって評判を落とした可能性で、あり得るのではないかと思う。

週末に向けて暑くなるので、ここ辺りでオーヴンで肉のロールとジャガイモを焼いて、ワインで食事とした。ワインは2016年のヴァッヘンハイマーのゲリュンペル、十年から二十年を寝かすリースリングだが敢えて早めに開けた。理由は年度からして大きな熟成は期待できないからだ。実際に開けると酸が落ちて苦みがあった。つまりまだ開いていないという事だが、酸が物足りない。この傾向は旨みが増しても変わらない。



参照:
二流と一流の相違 2018-01-30 | ワイン
スレンダーながら多層的な23歳 2014-10-16 | ワイン
コメント

郷に入れば郷に従え

2019-07-04 | 雑感
涼しいうちに外出を終えた。これぐらいの気持ち良い日は続かない。週末にかけて再び気温は上昇するが、最低気温は十度台だから気持ちよい夜が続く。夜は寒いぐらいのバルコンでワインを開けてしっかり食事をしたい。ミュンヘンも最高気温がこちらと同じぐらいで下が三度ぐらい低いので夕立がありそうだ。乾燥しているので本当はもっと雨が欲しいところだ。自分自身にとっては無事に劇場の地下に車庫入れ出来て、会場が片付くのを待って出せればいい。雷で早めに散会すれば早めに帰れる。いずれにしても30分ぐらいは通常よりは遅くなる。土曜日の午前中に充分睡眠をとっておかないと帰りが厳しい。

そう思うと劇場からメールが入ってきていた。事前に調べていた上のようなことが書いてあって、これで電話を掛けて確認する必要もなくなった。あとは道中のピクニックや全体の流れを確認しておくことと、燃料を何時満タンにするかぐらいの関心である。場合によっては木曜日中に片づけておいてもいいかもしれない。

ネット配信の知らせとオンデマンドでもう一度楽しめると書いてあるが、何とか高音質で録音できないかと調べている。該当ページの動画のスクリプトが分かっていないと、タスクとして開けれない。調べておけばよかったと思うが遅い。どうせ当日のヴィデオを観ることは中々ないと思うが、製品化される可能性が強いのでその時でも構わない。特に今回は初日の出来が可成り完成していたので、その方の録音も大切だ。

バーデンバーデンに五月に取り行った最後のティケットの件でメールをした。細かなことなので億劫うだった。そもそも窓口で向こうが混乱していたので、システム上の問題もあると思ったからだ。つまり復活祭中に翌年の予約分を取りに行ったのだが、一枚だけ自由席分が貰えていなかった。更にその節、その夜の初日「オテロ」を引き取ったので全部で11枚のティケットが必要だった。繋がっていてブロックになるのを切り離すのが嫌だったので、先ずはオテロだけ最初に発行させて、残りを貰ったつもりが9枚しかなかった。それを五月に再度取りに行くと、既に発行してあるとなった。勿論なければ再発行しますというが、事実を調べて結果を書かなければいけなかったから放っておいた。

こうして書くだけで面倒になるように到底弁護士などは出来るような世事に携わるような人間ではない。ファクトチェックだけでも面倒で、更に事故の記憶に当たって再構成するとなると馬鹿らしくなる。兎に角手元にある9枚綴りが証拠になっていて、更に一枚だけ特別に発行させたことから紛失では無いのを確信した。そして今度は事情を如何に先方に簡単に理解させるか、更に誤りなくシステムに再びあたれるかなど再発行への準備を整えてやらなければいけなかった。一体なぜ私が働かなければいけないのか分からないが、仕方がない。そして新体制での新支配人体制での新女性社長下でのスタッフの動きにも興味があった。

結果はメールを出してから数時間後に返事があり、手元に券があると書いてきた。システムに出していないことが明示されていたのだろうか?恐らく今回書き与えたように発注番号でも検索せずに、顧客者番号で検索して見落としたのではないかと思う ― つまりへ発券上の問題点を指摘したことになるので事務の徹底化は新女性社長の手腕の見せ所だ。実際に発注番号だけでも五つぐらいあった。これで一件落着で次に出かけた時はすっと出して来る筈だ。少なくとも返信メールをコピーしておけば有無を言わせない。私の仕事賃はどうしてくれるかと言いたいが、また何かご招待でもして欲しい。

場所によって様々だが、ミュンヘンならば結構役人風のことになってこれはこれで面倒なのだが、やはりバーデンバーデンは民間の施設感がこうしたいい加減さにも表れるが、反面融通も効き易い。一長一短で、勿論その規模も違う。郷に入れば郷に従えというやつだ。これで発注した一通りの券は揃った。これだけ先に購入しているとどれがどれか分からなくなる。

チャイコフスキーコンクールで先ほど優勝したカントルフのバーデンバーデンデビューが売れていない。理由は名無しで発売していて、今度は優勝者としてフランス以外ではあまり知られていないからだろう。フランスから国境を越えてもう少しこればよいと思うが、広報が行き届いていないようだ。土曜日でなければ19ユーロが魅力で出かけたかもしれない。

ゲルギーエフはその政治姿勢からも反感は強いが、少なくとも祝祭劇場を救った功績という事では感謝に堪えない。安物とか何とか悪口を言ったが、彼の協力がなかったら来年からの栄光の時も何もなかったかと思うと言葉も無い。



参照:
ホモのチャイコフスキーは? 2013-12-24 | 文化一般
「キリルと高度に一致」 2019-02-05 | 文化一般
コメント

一寸気持ちのよい夏

2019-07-03 | 生活
森の中の風が涼しかった。摂氏17度はやはり気持ちいい。陽射しはあったが、やはり気温で違う。心持ち足どりが軽くなる。久しぶりの戻って来てから気持ちがよかった。環境条件が大切なようだ。

夏季の室内の空気の入れ方が話題となった。先日も始めて気が付いたという人がいたが、日本のそれと中欧のそれとは大分異なる。先ずはなによりも室内を暗くすることが先決である。緯度が高いと陽が部屋の奥まで差し込むので室内温が上がりやすい。日本の様に天井が焼けるだけではなく室内も焼ける。だから窓を閉めて、蛇腹を閉めて室内を真っ暗にする。そして昼間の暑い外気温を入れないようにする。大体ここまでは南欧でも同じではないか、北欧はそこまでする必要もあまりないかもしれない。

そして重要なのは夜間に冷えた空気を室内に入れておく。これが重要で、自然冷房効果は断熱効果の高い住居ならば半日問題無く効果を保つ。それどころか22時過ぎまで暑ければ、窓を閉め切ったまま冷えた空気を保持する。だから判断の為にバルコンに温度センサーを出したのだ。それを室内でモニターすることで判断可能となる。

ここ数年涼しい夏を過ごしている。その初めごろに屋根裏部屋の窓についている幕が破れて使えなくなった。熱を避けるために遮光、遮熱フィルムを購入した。幕は上手く合うものが比較的高価でその質にも拘ったからだ。しかし冬場のことを考えると貼れなかった。しかし同時に窓の使い方を変えるようになった。上に押し開けて固定する方法がある。これの有利はそうやって開けることでガラスを通すので直接の光が入らなくなって、空気が上に抜けるようになった。そもそも天上自体はスチロールで比較的上手く遮熱出来ている。つまり光を抑えるのみである。

しかし屋根裏部屋が多く、そしてこの窓枠メーカーは圧倒的なシェアーを誇っているドイツでも意外にこの開け方をしているのを見る機会が殆どない。理由は外出していて降雨時には役に立たないとか、事務所のロフト構造は物置に使う場合が多いからなどだろうか。兎に角、このように開けることで締め切るよりも大抵の場合は温度が低く保たれて、熱気は上へ上へと抜けていく。その効果は階下の今では更にあって、風が抜ける感じで足元から抜けていくことさえある。教会等でも中々ない煙突効果である。

要するに中欧では断熱と気密性さえ確保すれば今後とも冷房装置などは不必要だと分かる。必要なのは建造物自体に難があるというしかない。正直窓の開け方だけでこれだけ室内温が下がるとは驚いている。最初の頃は今年の夏は涼しいのだと考えていた。寝室と居間さえある程度快適ならば冷房の効いた車で涼しいところに移動すればそれで足りる。

新聞の「サロメ」評の裏に芝居の評が載っていた。マンハイムのシラーの日のオープニングは「マリアストュアート」だったようだ。写真が大きく載って目を引いた。新監督になってからどうしても斬新な扱いが目立っていたが少なくとも衣裳はオリジナルを使っていたからだ。読んで、トレーラーを見ると必ずしも古臭い演出ではない。複数で演じるのでエリザベスグループとマリアグループが対抗する形で演じられるらしい。どこまでの演出効果を上げているのかは評を読んでもよく分からなかった。来週ぐらいに行こうと安い席を購入しておいた。前回は東京の国立劇場の委嘱シンメルペニッヒ作「AN UND AUS」で、その前はシラー作「盗賊」だった。

マンハイムの劇場は、そもそもシラーの劇の初演劇場で歴史がある。オペラの方が、ヴァークナー協会の発祥地であり、楽匠自ら記念コンサートを振っていることから、ヴァークナー劇場として有名だ。だからバイロイト出演だけでなく、ザックスを歌ったフォレの出身劇場であったり、今後も登竜門となっている。その分荒っぽくて管弦楽団の程度が低い。アダム・フィッシャー以前に音楽監督ホルスト・シュタインの劇場としても有名で、嘗ては若いフルトヴェングラーが活躍していた。だから芝居小屋の方はドイツ語圏では有名だ。しかしミュンヘンなどと比べれば程度が低い。それでも近くに居れば時々覗きに行くのは悪くは無い。入場料7ユーロに駐車料金、飲み物に燃料代ぐらいの価値はあるだろう。



参照:
開かれた平凡な日常に 2005-12-30 | 文学・思想
不可逆な無常の劇空間 2016-01-18 | 文化一般
ある晴れた日の為に 2019-07-02 | 生活
コメント

ある晴れた日の為に

2019-07-02 | 生活
お昼にカレンダーを見た。案の定なにか書き込みがあった。来年のティケットの発売日だった。丁度手が空いていたので覗き込む。思っていたよりも、定期会員が多いようで、それほど選り取り見取りでは無かった。ケルンのグュルツェニッヒ管弦楽団は、実質的に座付楽団としても、一方では中世からのドームカペレに前身があるとすると、ミュンヘンのそれよりも古くなるかもしれない。ケルンはローマからの街である。少なくとも1827年の冬場のコンサートシリーズにまでは辿れそうで、1857年から名前のホールが出来てから現在の名前を使っている。ゲヴァントハウスと同じように市の管弦楽団としても結構古い。

1915年からアーベントロートが指揮者になっている。一方オペラの方は1898年なのでこちらの方は新しく、なるほど管弦楽団の方が歴史がある。ゲヴァントハウスと似ている。現在のその水準はどうかと言えばそれほどではないが、ドイツの座付交響楽団の演奏会としては上の方だろう、しかし交響楽団演奏会としては何番目に入るかどうか?キャラクターはどちらかと言えば座付である。ケルンにはもう一つ放送交響楽団があるので、ある意味ドイツの大都市としては演奏会水準では可成り上の方だろう。両管弦楽団ともケルンのフィルハーモニーをホームとしている。街の演奏会水準では、ベルリン、ライプチッヒ、ミュンヘンに続くか?

しかし、録音とかストリーミングでフィルハーモニーでの演奏を聞く限りどちらの管弦楽団ももう一つである。通常は座付楽団よりも放送管弦楽団の方が遥かにいい筈だが、ここは伝統に完全に負けているのかもしれない。「サロメ」評にもケルンのオペラでの演出にも言及していたが、世界初演のマティネー当日の夜に新制作「ベアトリースとベネデゥクト」の四回目の上演がある。早く帰ってもワイン祭りで車で入れないので、ケルンでウロウロして戻る。

実は金曜日に「ディゾルターテン」の再演もあって、そちらも興味深いが、その晩にはケルンの放送交響楽団の演奏会に行くつもりだ。まあ、これでケルンの大管弦楽団とオペラの両方の聴衆の質が分かる。何よりもそれ以前に出かけなければ、ボンのフィルハーモニーの音響を確認できる。座席は、あの程度の楽団にしては入場料を取り過ぎなので格を落とした。つまりベルリナーフィルハーモニカー公演との抱き合わせ三枚ブロック券で購入する予定だった格である。流石に超一流のコンサートは三倍以上の価格だが、それにしても地元であれだけ取るのは伝統があるという楽団の格なのだろう。もう少し上手に演奏して欲しい。あの手の管弦楽団の音を聞いていると、最近はオペラと同じように、下手だなと思う以上に楽しくはなくなる。やはり超一流の音ばかり聞いていると許容出来ないことの方が多い。

窓から平野の向こうの石切り場がよく見えた。その近くのハイデルベルク城を写してみた。夏場であるから条件が悪いが、購入した三脚の成果があって、ある程度認識可能となった。これならば秋の晴れた日は明白に写ると思う。エヴィアンからの生中継で録音したブラームスが冴える。まだ暑いが早残暑的な雰囲気が漂ってきた。



参照:
ドルトムントに電話する 2019-05-17 | 生活
あの日の町の光景 2005-01-09 | 生活
コメント