Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2012年3月

2012-03-31 | Weblog-Index


啓蒙されない懲りない面々 2012-03-30 | マスメディア批評 TB0,COM2
時差ぼけが続く春である 2012-03-29 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
福島禍に見舞われたら2012-03-28 | アウトドーア・環境 TB0,COM11
自由の勝利を自ら掴め! 2012-03-27 | マスメディア批評 TB0,COM0
睡眠不足の夏時間はじめ 2012-03-26 | 暦 TB0,COM0
秘密外交の達人を驚かす 2012-03-25 | マスメディア批評 TB0,COM0
芳醇なバラの香りの白ワイン 2012-03-24 | 試飲百景 TB0,COM0
もう一日何が出来るか? 2012-03-23 | 生活 TB0,COM0
垂壁の5.10への米国製靴 2012-03-22 | 雑感 TB0,COM0
屈曲した懺悔のデリカット 2012-03-21 | 音 TB0,COM0
期待してなかった以上の収穫 2012-03-20 | 音 TB0,COM0
つまらないには短過ぎる人生 2012-03-19 | 雑感 TB0,COM0
二分咲き帰りには四分咲き 2012-03-18 | 試飲百景 TB0,COM0
うちの原発と蕾の加齢 2012-03-17 | 雑感 TB0,COM0
復活祭への少しの思い入れ 2012-03-16 | 暦 TB0,COM0
免停になる前に注意目標 2012-03-15 | 生活 TB0,COM0
直ちに健康に影響が出る 2012-03-14 | 生活 TB0,COM0
フクシマ後にうつる青写真 2012-03-13 | 文化一般 TB0,COM0
強い意思と「努力」あるのみ 2012-03-12 | 文化一般 TB0,COM2
日本を照らす原子力! 2012-03-11 | 生活 TB0,COM0
先進工業国初の原発零? 2012-03-11 | マスメディア批評 TB0,COM0
現代の音環境への認知力 2012-03-10 | 音 TB0,COM5
効率よく働かせる保険 2012-03-09 | 生活 TB0,COM0
キタロー、履き違えじゃ 2012-03-08 | 文化一般 TB0,COM0
摂氏零下の小夏日和2012-03-07 | 暦 TB0,COM0
先ずはそこからだ! 2012-03-06 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
創作への理想的環境 2012-03-05 | 生活 TB0,COM0
言うことを聞かない筋 2012-03-04 | 雑感 TB0,COM0
工業折り紙デザイナー 2012-03-03 | 女 TB0,COM0
右方の舞楽を鑑賞する 2012-03-02 | 音 TB0,COM4
公共放送の大いなる使命 2012-03-01 | マスメディア批評 TB0,COM0
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啓蒙されない懲りない面々

2012-03-30 | マスメディア批評
ここに来て前原元外相などが再稼動を計画に組み込んでいる。なにがなんでも原発零を受け入れられない理由は明らかだ。なんらの公の説明と議論無しに、「国是」を引き継ぎ遂行する日本の政治家に政権交代など必要がない。先ずは即刻停止してから議論を尽くして、国民投票とするべきである。もはや既得権益権を保持して政策を推し進めることは出来ないであろう。

北京の天安門広場にある国立博物館でドイツ古典絵画の大展覧会が開かれているようである。題して啓蒙の芸術である。ドイツの外務省はヴァスターヴェレ外相にシナ学のティルマン・シュペングラーを同行させて啓蒙の議論を大々的に起こそうとしたようだが、ヴィザ発給を拒否された。

ドイツ政府にとっては、艾未未などのこともあって、美術展としてシナ人を少しでも教育しようとしたようだが、逆に反撃を食らったようだ。日本においても中々成功しないこうした文化的な教育は更に高い長城の立ちはだかる壁にいとも簡単に跳ね返されてしまう。

そもそもドイツ連邦共和国が歴史的大国シナを教育しようとすることの方がおこがましい。そのおこがましさはポスト植民地主義のなかでのグローバリズムの問いかけであるとするのは、三島憲一教授の業績に関して語ったユルゲン・ハーバーマスのみる反照である。

その三島憲一教授が311を受けての日本国内での運動は一過性のものだとする意見は正しいのかどうか。なるほど中共における啓蒙への道はマルキズムによって昇華されるようだが、日本の思想界においても勿論戦後それ以上には複雑であろうが解決されてきたのであろう。しかし、311を受けてここに来てとてもそのようなものではないことが明らかになってきている。

首相官邸前で再稼動反対の運動などが繰り広げられているようだが、数はまだまだ少ないとは言ってもこうした動きが正しく伝えられない限り、日本人の民意は一向に向上しないので、ドイツ連邦共和国はあらゆるルートを使って開かれた社会を日本に要請したのであった。それを敢えて無視続ける外務省の基本政策こそが、今回の事故を通じてそして日本政府の原発政策への固執に火を見るよりも明らかになった。

毎日放送ラジオMBCの「たね蒔きジャーナル」のアーカイヴで先週の番組を聞けた。飯館村の避難者からの二人が電話でインタヴューに答えていたが、とても優れた内容であった。飯館村がエコを目指して、酪農や林業での美しい村つくりを目指していたことは聞いていたが、こうして村営書店をもって、子供たちをフライブルクのエコ村へと派遣したことを知り、そのインタヴューを聞くにつけ、今回の事故で風向きから最も厳しい被曝を受けてしまった飯館村とそうした共同体を見捨てる判断をした為政者の卑劣と惨さを思わずにはいれない。

その子供たちがフライブルクを昨年の八月に訪れた報告が一冊の書籍「未来への翼」として纏められているようだ。その概要を見ると先月訪れたシュワルツヴァルトのジーモンヴァルトを子供たちが訪れて村の再生可能エネルギーの生活を見学してきたようだ。周辺には小さな国際的な産業もあって興味深いのだが、何の変哲もないエンゲルと言う旅籠だけが目に付くような村のそうした取り組みを興味深く思うと共に飯館村からの訪問者の気持ちを思う。「どうして自分の飯館村だけこんな目に遭うのか」と誰もがあの何もない村に立って気持ちの良い空気の中で思うに違いない。そうした村もアルザスで事故が起これば同じような境遇に一瞬にして陥る。そのよう何理不尽なものを受け入れる者はいないに違いない。



参照:
西欧の視座を外から再確認 2011-02-19 | 文化一般
黒い森の新旧エコシステム 2012-02-15 | 料理
までいな暮らし普及センター (愛称:までいな家) (飯舘村)
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時差ぼけが続く春である

2012-03-29 | アウトドーア・環境
床屋に行った。午前中に済まそうと思っていたが野暮用で時間がなかった。その代わりパンを取りに行く序に体を動かせた。軽く動かす心算だったが、何時もの道が荒ゴミの収集車で通り過ごせなかったので引き戻って、肉屋でレヴァー団子を購入してから急坂を登った。

時間がなかったので見晴らし台までの短距離であるが一気に急坂を上がってばてそうであった。所有時間8分は、前回に時計が壊れていた時に7分ぐらいを示していたと思うが、次のベンチまで8分は掛からないので可也早い。見晴台で夫婦連れが休んでいて、上まで走るのかとお声が掛かったが、今日は止めと引き続き駆け下りた。時間があればベンチまで走ってみたかった。

床屋では、山の雪の話になって暮れに沢山降ったので、2メートルも残雪がありなだれの危険性があるという話題だった。あとは2011年産のゲヴュツトラミナーに関心を振っておいた。

実は完全に時差ボケである。なぜ今年はこれほど明白に表れるのか?一時間の時差を未だに引きずっている。もしかすると日本の地震で自転が早くなった影響があるのだろうか?

今シーズン初めての石切り場である。思いのほか少ない訪問者数であったが、久しぶりに開拓者の顔も見れて良かった。やはり腰を痛めたようでやや太り気味の感じがした。流石に何度か来ているらしく難しいところを登っていたが、もしかすると今年は彼に迫れるかもしれない。

相棒の医者は体調不十分とかで ― 明らかに自らのインフルエンザ対策のレシピーのしくじりと笑ったが、冬の間練習したロープのリードはせずにトップロープに終始したが、私と同じような印象を受けたようで、体の動きを的確に選定できるようになったようだ。要するにクライミングの技術を身に付け出した。とても嬉しい誤算で、ロープの確保にはまだまだ問題があるが大分気にしないで任せれるようになってきた。恐らく今シーズンはものになるだろう。

さて自分自身も最初の一本は摩擦登攀の感じが分らなかったが、昨シーズンとは格段に印象が違い、どのように課題を克服できるかの体の動きが完璧に想像できるようになった。要するに相棒が言うように、知的に解決する術を分っている強みが発揮されそうである。出来るか出来ないかは別の問題で課題は直ぐに分るのである。そして少々の運動では息が上がらないで無尽蔵のパワーと、新しい靴の立ち上がりの凄さを感じた。自身も楽しみであるが、相棒の技術取得もとても楽しみである。おかしな動作をするので注意すると、「博士課程の仕事だ」と抜かした。大分クライミングの技術が分ってきたみたいで、室内では感じなかったぐらい格段に良くなった。膝の手術を受けるかどうかを躊躇しているようであった。



参照:
睡眠不足の夏時間はじめ 2012-03-26 | 暦
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福島禍に見舞われたら

2012-03-28 | アウトドーア・環境
福一の二号機の格納容器内の撮影や雰囲気線量の測定が行われている。即死するような高い放射線量を聞いて、震え上がる。運転中の圧力容器内の放射線はそのぐらいだとか嘯いているが、そもそも格納容器は予備に作られた防護壁でしかない。

その中にこれほど高い放射能などはそもそもあってはならない。まともに運転できないで機械を壊しておいて恥を知りなさい。まともなエンジニーアならばあのように破滅的に専門的に扱う機械を壊しただけでもはや尋常な気持ちではいれないはずだ。テプコの連中は皆オウムの連中と同じように気がふれているに違いない。それにしてもなんて厚顔無恥な連中だろうか。

先日フランクフルトへ向かう車中でうちの原発からの距離などを考えながら走り続けた。時速200KMを超えて飛ばしてもいくらかの時間は計算しないといけない。福島の事故を受けていろいろな状況のイメージトレーニングが出来るようになった。

先ずは、毎日眺めている水蒸気塔の手前で福一の一号機や三号機のような爆発が目視されたならば、兎に角着の身着のまま車に乗り空いている方向へと車を走らせたいと思う。直線距離で30KMはあるが、プルームが押し寄せるのは30分は掛かるので、上手に高速道路で進むことが出来ればマスクをせずに逃げれるかもしれない。

しかしそのようなパニック状況では車を使うことは殆ど不可能だろうから、風向きを調べて徒歩で逃げて、動いている公共交通機関を乗り継ぐのも方法ではないかと考える。手に濡れタオルや水などは欠かせないだろうか。一時間も歩けば山の裏側へと逃げることが出来る。

爆発事象前に福島であったような危険な状態が告げられたならば、先ずは航空機チケットを予約して、大陸を離れる準備をする。それから状況を見ながら車で少しでも遠くへと飛行場の方へと車を走らせればよいだろう。少なくとも20時間以内には離陸できるのではないだろうか。それから後の対応は状況を見ながら考えればよい。福島のケースで考えれば、3月11日から二週間ほど海外に滞在すれば用は足りる。

同じような現象が少しはなれたアルザスのフェッセンハイム原発で発生したならば、距離は福島と東京ほど離れているが、爆発後三時間以内には遠くに離れていたい。爆発していなければやはり一日以内には遠くへと逃げられるように旅行準備を進める。福島のような状況ならば、やはり遠くへと旅行に出かける。但し、30KM離れたフィリップスブルクと200KMのフェッセンハイムでは影響が異なるので1000KM彼方のベルリン辺りに避難しても良いかもしれない。情報が十分に伝わる場所にいる方が帰宅への正しい判断が出来るからである。どちらにしても最初の一週間から十日ほどが鍵である。

さてどれほどの汚染状況で帰宅を決心することが出来るだろうか?もし都内のホットスポットのようなものが自宅近辺のワイン地所で見つかれば、一時帰宅はするかもしれないが、転出する。横浜から鎌倉辺りへの汚染程度ならば先ずは帰宅するが、一二年は転居して戻ってくるとかなんらかの方策を考えるだろう ― チェルノブイリ事故での土壌汚染の十倍ぐらいが許容限界だ。

若し自宅が福島市並の汚染をしてしまったとしたら、少なくとも二年ほどは一時帰宅しないだろう。福島の避難地域のような汚染があれば先ずは自宅も何もかも放棄するかもしれない。そもそももはやなんらの価値も無い。二度とその地を訪れることはないであろう。

そのような事故を起こしていながらなんら社会的な制裁すら受けていない連中が平気な顔をして生活しているのである。日本とはそのような社会であるのだ。



参照:
小日本鬼子の無法地帯 2011-11-29 | 雑感
日本社会の民主化に向けて 2011-10-11 | マスメディア批評
安全デマ被害補償の一時金 2011-08-19 | マスメディア批評
誰の生活が第一なのか? 2011-08-04 | マスメディア批評
因果の無い一貫した政策 2011-07-20 | 雑感
計画通りにならない核分裂 2011-04-11 | 雑感
予測可能な環境の修辞法 2011-04-08 | マスメディア批評
風評より遥かに恐ろしい風雲 2011-03-23 | マスメディア批評
健康・環境被害とは風評なのか? 2011-03-19 | アウトドーア・環境
ハイエナ経済のバベルの塔 2011-03-18 | 歴史・時事
パニックの裏側の集団心理 2011-03-16 | 歴史・時事
脱東京、脱原発、脱近代 2011-03-16 | アウトドーア・環境
輪番停電という外出禁止令演習 2011-03-13 | マスメディア批評
未熟な食品危機管理 2008-10-20 | マスメディア批評
悪夢の特命潜入員 2005-09-01 | 雑感
自由の勝利を自ら掴め! 2012-03-27 | マスメディア批評
秘密外交の達人を驚かす 2012-03-25 | マスメディア批評
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自由の勝利を自ら掴め!

2012-03-27 | マスメディア批評
香川が目覚しい活躍をしたようだ。日本人はようやく世界に通じる一流選手を輩出するようになってきた。プロリーグの成果や代表チームへのサポートだけでなくて、嘗ての釜本などの社会人やオリムピックへの参加からの長い歴史が花を咲かせてきたのだろう。裾野の広さではまだまだドイツなどには及ばないだろうが、どのスポーツにおいても同じようなシステムをとるドイツと比べても仕方ないであろう。

原発が日本では一機しか稼動していないらしい。もう一月も経つとそれも停止するというが、一方では着々とごり押しで再起動させる準備が整っているようだ。識者は再稼動は阻止できないと発言するが、なるほどその社会的な影響を考察することこそが重要である。

NHKが放射能のホルミシス効果を扱っていると知って驚いていたら、続いてネットには「<福島県立医大>被ばく恐怖「影響」24%…精神科入院」などとの見出しが躍ると、その背後にはどのような力学が働いているかが想像できるだろう。未必の故意の傷害致死に至る犯罪を逃れようとする凶悪犯罪者たちはどのような手段を講じてでもその罪から逃れようとするに違いない。そのような連中だから当然である ― それだから当初の3月11日から二週間ほどだけ一時的に広域の住民を遠方へと避難させ、安定ヨウ素剤を投与させておけば、一時的なヨウ素の被曝を避けて後の帰宅は自己責任と出来たのであるが、彼らはそれをしようと努力もしなかったのである。少なくとも現在までその判断の過程は闇に包まれたままである。

それどころかもう一度同じような事故が起きても言い逃れ出来ると高を括っているようですらある。非常に嘆かわしいことで、911以降の合衆国の精神的な荒廃と同じように311以降の日本のそれが進むに違いない。復興などと物質的なことは生命以外のものならば幾らでも回復可能であるが、生命と同じぐらい厄介なのが精神的な荒廃である。

まさしく、福一のみならず福二などの事故調査結果が明らかにならない時点において再稼動などというのは、もはや経済を優先すると言う建前で、市民に被曝を我慢せよと言う政策でしかないのである。それでも大切な核開発を放棄しないとは一体誰が決定した国是なのだろうか?

原子力の平和利用教育と同じようにして愛国教育を施して、「与えられた環境で適当に折り合いをつけながらの営みに満足しろ」と言う為政者の声なのである。それを何百年も同じように拝命してきた日本の庶民が抱く諦観こそが日本の文化と呼ばれるのかもしれないが、至って程度の低い文化である。

そのような生活観の中で己を誤魔化して、自己欺瞞の社会を築いていて、そこには誤魔化しや真実を見極めようとしない思考構造が存在する。そのような場所には学術などは全く根付かない。

自らの置かれている環境に無頓着に生きるところに、報道機関が読売や朝日など其々に目眩ましに野球関連などのどうでもよい話題を次から次へと流して庶民に平常の生活への錯覚を植え付ける。まるでフクシマ禍などは過ぎ去ってしまったかのような錯覚を与えるのである。

そのような状況はBLOGなどを見ていても、本当に日本では重要なことが報道されているのか、どうも未だに日本国民には十分に真実が報道されていないようである。福島の避難地域を除いては生活が正常化しているような安全デマを流し続けているのである。少なくとも山脈や河などがない限り行政区間の境界などと汚染の強さは無関係であり、日本の報道機関が引き続き事故を矮小化させて、まるで多くの日本国民が自らのこととして考えないのは洗脳され続けているからに違いない。

ガウク新大統領の演説に関するコメントなどは見聞きしているが、その内容は十分に精査していない。しかし、その骨子は前任者に比べてはるかに若々しく、大統領の指す自由は日常には存在しないということである。つまり戦って勝ち取るものこそ自由なのである。68年世代に敬意を表すのもそうした運動で獲得した現在であるからだ。しかし、現状維持で自由が獲得できないのは日本などの国に住まなくても連邦共和国も同じで絶えず秩序維持の名の下に為政者の権力の行使である官憲と戦ってこそ初めて自由が獲得できるのである。

日本人の精神の荒廃は今にはじまったことではないが、ここで自らの生命や生活を脅かす権力に対して蜂起するようでなければもはや近代の社会としての価値はそこに見出せない。一年経過してもフクシマでまだ一人の逮捕者も起訴も行われていない。そのことだけを見ても如何に日本の社会が歪で不正な為政者によって統治されているかが証明されている。テプコ解体に続き、NHKを解体せよ。公共料金の自動引き落としを即刻解約すべきである。本日も独テレコムの料金をネットで払い込んだ。先ずは権利を自分の手元に引き寄せ、行使することが重要である。



参照:
l6:1 in KölnAuch Dortmund kann hoch gewinnen FAZ vom 26.03.2012
低線量放射線被曝の人体への影響 (風のたより)
☆ ドイツZDFテレビ 「フクシマのうそ」書き起こし by:ブログ「放射能メモ」
☆ ~安定ヨウ素剤の配布と服用方法について~ H23,3,15 by 福島県田村郡三春町 (風信子(ひやしんす)の☆本の紹介&エッセー☆俳句)
秘密外交の達人を驚かす 2012-03-25 | マスメディア批評
フクシマ後にうつる青写真 2012-03-13 | 文化一般
先進工業国初の原発零? 2012-03-11 | マスメディア批評
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睡眠不足の夏時間はじめ

2012-03-26 | 
夏時間に変更になった。あまり眠れなかった。一時間短くなるので、早めに床に就いたのが良くなかった。無線時計が三時半前を指していたから冬時間で二時半前には目が覚めた。そこからは眠れなかった。こんなことを毎年二回繰り返していれば寿命が縮まると言う節も頷ける。その分、夏は一日を思う存分使い切れるので、結局同じだろうか?

土曜日に12KG超の 荷物を出す用事があったので、金曜日遅く帰って来て、五時間ほどしか寝ていない。いよいよ初夏らしくなってきたので朝起きは気持ち良くなってきたがそれでも睡眠時間が短いとやはり辛い。

金曜日はシーズン最後の室内でのクライミングであった。流石に通う面々も減って最後まで粘っていた我々は意地である。それでも二本ほどは新しいルートを登って、来シーズンへと繋がる練習が出来た。今年の秋はそのレヴェルから始めることが出来れば申し分ない。

なによりも新しい靴で垂壁を中心に試してみたが、やはり最高の難易度のところが楽に登れるようになった。それだけでも価値があった。しかし、オーヴァーハング帯では足を前に突っ張る形になると体が遠くへ離れやすく以前のヴェローチェに比べてなんら利点はなかった。特に室内壁では不利である。そのヴェローチェあとで調べると左足の爪先のゴムが磨り減って取り替える必要が生じてきた。昨年の十一月に購入して、それから30日も登っていないのに駄目になった。如何に練習したかであろう。いづれ靴底を張り替えないといけない。

お陰で、日曜日も怪我をしている右手の手首の調子が悪く、寝不足で結局なにもしなかったが、今日から日曜も開くパン屋によってから三十分程ワインの地所を歩いた。下から最上部まで急いで上がると息が速くなって来る。

散歩といっても体の調子を見ながら動かすと平地を走る相当のカロリーを使う。上部に挙がると下部では分らなかった冷たい風が吹いている。午後には皆裸で日光浴をする陽射しなのだが、やはりまだ空気はそれほど温まっていない。

歩きながら手首の故障から筋が攣っている腕をストレッチし続けた。副作用で悪くなりかけているので良い運動になった。午後になって足の筋肉が疲れていることが分った。散歩も中々効果的な運動であることがこれで証明できた。



参照:
炎がむらむらと燃える思愁期 2010-11-06 | 暦
はじめて身体に感じる夏の時差 2010-03-31 | 生活
夏時間の始まりに総括する 2009-03-30 | 試飲百景
熊が出没!? 2005-04-01 | 暦
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秘密外交の達人を驚かす

2012-03-25 | マスメディア批評
NHKが2010年に制作した「核を求めた日本」で話題となったエゴン・バールが九十歳の誕生日を祝った。FAZ新聞は写真入の記事で、氏のプロフィールとドイツ連邦共和国の歴史の語べとしてのパーソナリティーを紹介している。何時もの人の頁ではなくて政治欄である。

そもそも生まれながらに氏は、ユダヤ人の母のもとに生まれているので列記としたドイツ人であるが女系のユダヤ世界では生まれながらのユダヤ人でもあるのだ。そのようなことで、教師の父親は公職につけなくなって、エゴンが政治的な存在となったのは宿命である。ナチスドイツ軍では士官候補生として従軍して、戦後はアメリカ駐留軍RIAS放送のチーフプロデューサーとして活躍する。SPDに参加してジャーナリストとしてブラントのご意見番となる。その後ブラント市長のもとにベルリンの議員として1960年に政界に進出する。

1966年にはボンの外務省に入り、外務計画局長となる ― 時代は異なるが宮台真司の語るように「地方議員から中央政界へ、政官において地方から国政へのキャリアーの構図」は現在でもなにも一般的では決してない、むしろ地方自治と国政は対立関係にあるのが本来である。

その当時から既に独自の対東独外交を目指しており、所謂冷戦構造の対抗軸を超えた両ドイツの接近を画策する第三の道を目指していたことから、日本の外務省が接近をした問題の1969年当時の状況はまさしくその通りなのである ― その件に関してはNHKの番組を受けて前原外務大臣の指令で行われた外務省の調査報告書に詳しい。

総選挙を受けてブラント外相が首班指名を受けたのに伴い、首相官邸事務次官となり盛んに東方外交を繰り広げ、最終的にはワイントンの怒りを買って、その後首相官邸スパイ事件と発達して首相ともども失脚するのは周知のことである ― なにか田中ロッキード事件や小沢何某の事件などと背景が相似している。

その後1972年の総選挙で初めて国会議員として連邦議会に進出して、特命大臣として東独やソヴィエトとの関係からまた同時にイスラエルとの関係などから独自の外交姿勢を貫いたことで、1989年以降はその独自の立場を失ったが、現在においてもSPDの本部にはシュミット元首相らと同様に事務所を構えていることにはかわらない ― ブラント政権下で脱原発を訴えていたシュレーダー前首相がイラク戦争で合衆国に反旗を翻して、シナに接近して、脱原発への礎を築いたのはただの偶然か?。

要するに当時の日本の外務省が採った姿勢を、小出助教の情報からNHKの番組をYOUTUBEで観た時は、大変唐突な行動に思えた。しかし、それは日本の外交の本質に触れていて、箱根会談での「驚くほどの開かれた印象」は日本の外交姿勢の根幹にかかわることでそれだけに周到な活動の継続性が感じられる。だから秘密外交の大物であったバール氏を驚かせたのであった。そこに日米安保と憲法九条の庇護の下に実は宇宙開発と原子力の安全利用の名の下に独自の安全保障外交を繰り広げてきた外務省の隠れた実力が示されている。

それでは、小出氏らが語るように、なぜ2010年暮れにこうした番組が放映されたかである。その意図などは分らないが、所謂政権交代で生じた独自の対中・対米外交そして民主党も掲げる憲法改正に関連していた動きに違いないのである。そしてその後に起きた福島第一の事故は、そうした状況を変えたのか、変えなかったのか?

もう一つ、過去記事を調べて確かめたのは、2006年当時日本で盛んになった核保有論争が、そうした状況に無関係でないことは確かである。折りしも、2005年からの京都議定書の発効と原発再開発、国連の常任理事国入りへの運動など全てが日本の外交基本方針と深く結びついている。客観的に観て、政権交代前から日本の外交は積極的に動いていて、合衆国の世界環境への変わらぬ影響は当然であるが、むしろ合衆国の相対的な地位の低下の方が顕著に表れている証拠でもある。

民主党の北京詣でが話題となっている。東北三県への旅行に数次ヴィザを出すと言うのである。シナ人は福島の石棺見学を一刻も早く実現して欲しいと願っている。勿論見学のためには透明の樹脂で蓋って観光に気を使って欲しいと考える。そして放射線浴をしながら、温泉に入り、福島周辺で汚染された鰻をたらふく食したいと願っている。そして少しでも癌症状が出たら損害賠償と称して法外な賠償金を請求する準備を進めているのである。シナ人を知っている者にはこれは至極当然のシナ風の考え方である。



参照:
Gestalter und Erzähler deutsch-deutscher Geschichte, FAZ vom 17.3.2012
「"核"を求めた日本」報道において取り上げられた文書等に関する外務省調査 報告書 pdf (外務省)
政治的核反応の連鎖 2006-10-17 | 歴史・時事
経済成長神話の要塞 2005-10-13 | 文化一般
二十五年前の市民の連帯 2011-08-13 | 歴史・時事
活魚寿司 大江戸 柏店」さんで夕食にしました。(千葉県柏市)(saarweineのワインなどに関してあれこれ)
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芳醇なバラの香りの白ワイン

2012-03-24 | 試飲百景
ソーヴィニオン・ブランを試飲しにいった。フォルストのゲオルク・モスバッハー醸造所である。近年は一等地のリースリングと同じぐらいに素晴らしいブルグンダーを作る醸造所として貴重な存在になってきているが、その中でもこのソヴィニオン・ブランは、南パシフィックのそれと対抗する新たなドイツのワインとして高品質なものである。メーヴェンピックが買い取っていたので地元の消費者には長く幻のワインであった。

個人的には毎年正月に前々年のものを新春として楽しむが、最近は飲食店などの固定客も増えているようである。今年飲んだ2010年産はやはり気象の厳しさがあったが、2011年産は新鮮さが際立つ。やや青っぽい感じがするのは先週試したバッサーマン・ヨルダン醸造所のそれと似ているが、質はこちらの方がはるかに高く、なによりも風味がある。

西洋スグリよりも青ピーマンや胡椒を想起させるが、そもそも夏の暑い時期にリースリングが鬱陶しくなったときのテラス用の冷やした飲み物なのでこれで正解だろう。2007年の果実風味には劣るが、2009年のトロピカルよりも2011年の緑系の方が清涼感が高い。

同様な傾向はその他のリースリングにも表れていて、グーツリースリングは若干果実風味よりもアルコール飲料風味なのは何処の醸造所とも同じである。オルツリースリングは各々半辛口と甘口に仕上げられていて、前者の方は風味が良かった。

酸が欠けて風味がないのが特徴の2011年産であるがその中でエルスターやムーゼンハングが良くて、ラインヘーレの酸とミネラルが優れていた。期待したモイズヘーレは2009年産ほどのミネラルが出ておらず、酸が弱い分若干物足りない。瓶詰め後八日目なので、まだ販売になっていないが再度試飲しなければ判断は下せない。但しその傾向は変わらないであろう。

現在盛んに手が掛けられているLヴォルフ醸造所から譲り受けたアルテンブルクは来年ぐらいには収穫できるだろうとしていた。根付のときから見ているのでペトロール味をどのように出してくるか楽しみである。

その他は、ヴァイスブルグンダーは悪くはなかったが、新しいグラウブルグンダーは昨年購入したミュラーカトワール醸造所の2010年物と同じく酸が効いていて良かった。そして驚きはゲヴュルツトラミナーである。2011年の四月を活かすと同時に五月の霜を乗り越えて出来上がったのがゲヴュルツトラミナーであった。

辛口のこれは何度も試みられているが2011年ほど魅力的な年度はなかったのではないだろうか。バラの香りのそそぎに続いて、アルコール13%のそれは殆ど甘さを除いたミラベルのシュナップスの趣すらある。芳醇、それでも決して重みから遠いからシュナップスなのである。さてどのように楽しむかは一度購入して試してみなければいけないであろう。



参照:
棘ある酸塊味の葡萄酒 2007-04-09 | 試飲百景
時を隔てた趣向の方向 2007-08-21 | 試飲百景
西洋酸塊の棘にやられる 2008-02-27 | 試飲百景
チーズの付け合わせ葡萄 2008-09-05 | ワイン
疎まれるようでありたい 2009-02-20 | 試飲百景
辺境の伝統の塩味ピーマン 2009-05-26 | 試飲百景
レタスに美味しいアヒルの子供 2010-01-14 | ワイン
初夏の夕餉を思い浮かべながら 2010-03-03 | ワイン
葉緑素味の2009年産との出会い 2010-03-08 | ワイン
これで結構真剣勝負なのですよ 2010-04-11 | 試飲百景
毒が体中に回った元旦 2012-01-02 | 暦
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もう一日何が出来るか?

2012-03-23 | 生活
アウトドーアの気候となった。昨晩の凝りを解すために走った。十二分コースであるが、前回更に上へ上へと進まないといけなくなった12分の表示が最後のカーヴの前でも現れない。そして更に進んだところで12分になった。峠まで近いのでそこから4分も歩くと到着した。走れば2分ぐらいだろうか。

どうも万歩計の調子がおかしい。上下動が強くないと歩数も時間も刻まない傾向がある。上下動を抑えたピッチを広くした走法に代わってきているのも原因だろうか。兎に角長い距離を走らされ、あまり無理なく走れるようになったのは大きな成果である。通常表れる10分ほどの山の出方が遅めに表れるようになっている感じがする。

最後のカーヴから峠まではカーヴを越えてからはプラトー気味に勾配が落ちているので、上り切るのは問題ないことが分った。峠まで12分は到底無理であるが、大きな目標とすることは出来そうである。

冬時間最後の水曜日は、少々早めに始められたこともあり今までになく予想以上に達成できた。シーズン最後になる金曜日になる前に片付けものの半分以上を仕上げたので、金曜日は新しい靴を試がてら気楽に遊べる。

一年前と比較して完全に困難度で一クラス以上実力が上昇した。特にここ数週間の状況は体重を絞れていること以外には考えられない運動能力の向上である。山登りの走りも同じ状況で、若し今スキーを履いても可也の技術的な向上が期待できそうである。恐らく秋のシーズン初めから5KG以上は体重が落ちているに違いない。

お尻は締り、腹筋も発達していそうで、脇腹の掴める肉だけがまだである。横腹はあまり使うことがない様で、これはスキーでもしないと落ちないのかもしれない。思うように体を制御できつつあるので満足である。もう一日何が出来るか楽しみである、余裕である。しかしボルダーリングで痛めた右の手首が痛む、少し心配である。



参照:
ちまちましこしことした競技 2012-01-19 | 雑感
陸で待っているだけでは駄目 2012-01-14 | 雑感
ヴァイオレンスは爆発だ 2011-12-30 | 生活
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落ち着いた環境の知能ゲーム 2011-10-15 | アウトドーア・環境
切れが良いだけでは駄目 2011-09-15 | アウトドーア・環境
肌に馴染む雑色砂岩 2006-05-14 | アウトドーア・環境
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垂壁の5.10への米国製靴

2012-03-22 | 雑感
新しいクレッターシューへを入手した。一年以上前から目をつけていたファィヴテンのアナサジ・ヴェルデという緑色の靴である。その時は結局対抗馬のスカルパのヴェローチェでお茶を濁していたのだったが、一年間使ってみて完全に履きこなしたことを確認して、24ピッチの長い壁もインドーアでも大変重宝することも分った。

さて今年もそろそろ外へ出かけて壁を登るとなると、特に石灰質のつるつるの足掛りでは綺麗に引っ掛けることが出来ないことも知っている。室内での成果からこのシーズンは垂壁を登り尽くす準備が出来ていて、どうしても立ち込める靴が必要になった。立ち込むとは、足場に立つだけでなくて十分に上の手掛かりへと攻撃的に伸びるパワーの起点とすることであると考える。要するに足の筋力で上へと重心を上げる支点の強さが足場に求められる。

その点からはそれ以前に使っていたラ・スポルティーヴァのカタナの押し付ける使い方より遥かにヴェローツェの方が立てたのであるが、それでもパワー不足なのが分ったのである。まさしく初めて購入するアメリカのメーカー「ファイヴテン」つまり「5.10」の困難度の垂壁を登るためにはこうした靴が必要となる。

ひも付きのこうした靴を購入するのも初めてであり、着脱の不便さ以上に長い垂壁を登り切るに必要な無駄のないパワー伝達を考慮するとこうなるのである。一年以上前に店頭で合わせてみた感じよりも若干タイトに感じたのは足入れされるのがはじめてであるからだろう。そのとき感じた長すぎる踵よりも嵌まり込む踵感があったので寧ろそのグリップ感は良い。逆に踵が押さえられている分、前へと指が上面に当たるが、付け根部分にまだ空間があるので、使っているうちにナイスフィットする可能性がある。

ネットで注文する前に気になっていたのはいくらか痩せた足と、当時考えていたよりもタイトに使いたいと言う欲求から、半サイズ小さなものを注文しようかどうかであった。しかし、これも記憶に残っている店頭でのフィッティングではUK7以下のものは小さ過ぎたのだった。確かにその通りだった。

メーカーのファイヴ・テンはアディダス社に吸収されたので、現在市場に残っている商品が最後のオリジナル商品になるかもしれない。ネットにはドイツにも一時韓国で仕上げた商品が出回っていたようだが、今はまたメードインUSAになっている。ONIXX商標のゴム底が使われていて評判が良いので楽しみである。素材は人工皮革なので通気なども悪いようだが、価格は上限である。この辺りの感覚も、イタリアなどの商品とは異なっていて、アメリカ製らしいのかも知れない。

兎に角、四種類目のクライミングシューズで、このまま体を締めていって怪我さえしなければ次のシーズンには五種類目のオーヴァーハング用のものが必要になるかもしれない。



参照:
足に合うイタリアの靴型 2011-03-03 | 生活
くしゃみの出そうなゾクゾク感 2010-10-12 | 暦
エリート領域の蹂躙 2006-08-11 | テクニック
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屈曲した懺悔のデリカット

2012-03-21 | 
春分である。週末には夏時間に替わるが、朝日がとても明るい。昨日のアーモンドは六分咲きであった。月曜日は八分くらいまで行くか?何時もの12分コースを10分で登った。残りの1分強で次のカーヴまで駆けた。何百メートルあったろうか、その最後の大きなカーヴを回り込めば、峠への最後の上りも見えてくる。峠まで同じ調子で走れるようになれば長距離も本格的であろう。走り始めは胸の上部に違和感を感じたのだが、恐らくインフルエンザの後遺症が残っていたのだろう。最初から呼吸を意識せねばならなかったことと、途中で犬の散歩で降りてくる人と擦れ違ったのが記録に結びついたようだ。お陰で完全に痰も切れて全快である。

承前)マタイの福音によるバッハの受難曲オラトリオ、第二部の最初のイエスが囚われてからのソロとコーラスの掛け合いの36番「ああ、いまイエスは連れて行かれる」の微妙さなどは、そうした村芝居からは測り知ることの出来ない音楽的なデリカットである。そしてその次の41番のテノールによるアリア「ただ耐え忍べ」も自省的なものでなければこうした曲の価値がない。そうした内容をあたかも舞台の真ん中でスポットを浴びた国王のアリアにしてしまっても詮無いことなのだ。主観とか客観とかの問題以前である。敢えて言えば、そのようにしなけらば内容を読み取れない大衆へのショーとしての音楽家の配慮としか思われない。要は金儲けである。ブランデンブルク協奏曲を書いた作曲家バッハは、福音のテキストを朱で書き込んだ強い職業意識が、その学識が、そのような受けを狙ったとは考えられない。

ベートヴェンが語ったように心より出でて心に返るには、そのように情感を揺さぶりまるでイタリアオペラかなにかのようなスタイルをバッハの受難曲に充てても致し方ない。アイロニーの強い51曲「わたしのイエスを返せ」のバスの歌う謝礼を受け取った後悔もそうした書割の中で歌われると演奏家が職業意識を逸脱して金を取ってこうして受難曲を演奏しているのを懺悔しているようで殊更面白い。

圧巻は61曲「わたしの頬の涙が」の嘆きの屈曲の吐露であるが、この内容を如何に客観的な鑑として映せるかどうかにそのスタイルが顕著に現れる。つまり当日はまさしくストコフスキー編曲の節回しそのままに効果を与える音楽として屈曲の節回しが繰り返されると、もはや付け加えることがないであろう。流石にここは女声ではなく右側に位置したカウンターテナーで歌われたが。

既に触れたように、こうしたオラトリオの構成自体が叙唱に続いてのダカーポアリアの繰り返しなどまどろこしく更にこのマタイ受難曲は楽団合唱が二団に別れているなどの複雑さが、余計にそのような印象を齎す。そうした意味合いからオペラと割り切ってしまえばなるほど分りやすいのであるが、問題はその表現にあるのは言うまでもなく、そのテキストのレトリックを調べるだけでこうしたいい加減な音楽表現になる訳がないのである。もしそこで主情的な表現に重点が置かれるならば、もしかすると西洋音楽史上の金字塔であるかもしれないこの受難曲もゴミに等しくなってしまうであろう。

古楽の楽器を幾ら使ってもああした合唱の付け合わせならばそうしたテキストの妙を表現できる筈がなく、そもそもそうした楽譜の読みがないのだからどうしようもない。今回のこうした演奏実践のお陰でこのバッハの創作の核心を確認できたのはとても幸いであった。同時にあれほどまでにリュリのオペラの高い趣味と知性を表現する音楽家が、どうしてこうなるかを考えると、改めてリュリの作品を詳しく観察しなければいけないと感じた。

それにしてもイエスの死に接する72曲「わたしがいつかこの世を去るとき」のコラールにおけるテムポの遅さは一体なにだろう。もはやこうなればフォーレのレクイエムにおけるオッフェントリウムである。そして終曲の前のレチタティーヴォでは各々が一節づつ歌う正しくオペラブッファのフィナーレのようなのであるが、こうした演奏実践だからといって、流石にそのような山を築くでもない。(終わり)



参照:
Matthäus-Passion BWV 244 -
10. Buß und Reu,
33. So ist mein Jesus nun gefangen,
35. O Mensch, bewein dein Sünde groß,
36. Ach, nun ist mein Jesus hin,
41. Geduld,
51. Gebt mir meinen Jesum wieder,
61. Können Tränen meiner Wangen,
72. Choral: Wenn ich einmal soll scheiden;
La Petite Bande, Gustav Leonhardt,
English Baroque Soloists, Gardiner,
Münchner Bach-Chor & Orchester, Richter,
Bach Collegium Stuttgart, Rilling,
Saito Kinen Orchestra, Seiji Ozawa,
Collegium Vocale Gent, Philippe Herreweghe,
Gabriel Faure (1845-1924): Requiem op. 48,
Transkriptionen - Stokowski's Symphonic Bach II (jpc-Schallplatten)
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期待してなかった以上の収穫

2012-03-20 | 
全く期待していなかったが、それ以下でも得るものはあった。アルテオパーでグルノーブルからの客演でマタイ受難曲オラトリオの会が開かれた。何時ものように4割以下の入りであった。内容からすると仕方ないだろう。初めから分っているわけだから。

ルーヴルの楽団と手兵を率いたマルク・ミンコフスキーの演奏であった。歌手も悪かったが全ての責任はスタイルの問題でもあり音楽監督の責任であることは明らかだ。これならば散々貶しているガーディナーのバッハの方が遥かにものになっている。

当日唯一良かったのは短かなプログラムの文章で、バッハがそもそもこうしたプロテスタントの芸術やトーマスカントライの仕事に集中する心算はなくて、ケーテンで示したようなブランデンブルク協奏曲などの方向へと更に進みたかったに違いないとする視点で、こうしたオラトリオですら当時世界を魅了していたオペラの上演が出来ない復活祭時期の出し物としての需要に応えただけであるとするものである。

そのように考えるとなるほど、オラトリオの形式をとりながらマタイの福音に基づいて作家ピカンドルが腕を振るった受難曲の演奏実践としてその晩の方法も可能性の一つに違いない。つまり具体的にはどうなるかと言うと福音の局面局面がまるで紙芝居のように表れその間にレティタチーヴォやアリアが挟まってと、ほとんど村芝居のような形になる。

もちろんアリアなどはそのときは静止画となって内面へと立ち入って歌われるのがオペラなのであるが、例えば最初の10番のアルトのアリア「悔いと悩みが」をベルカントでヴィブラートの声を聞かせるように歌われると、その歌の主人公自体がロールプレーに徹するだけの情景となってしまう。バッハの受難曲はモーツァルトのコンサートアリアのようには書かれていないのである。そのようなことはなにか批判版とか何とかの楽譜のヴァージョン以前の問題である。

丁度一年前の公演であり、現在の最も優れたバッハ受難曲の実践であるヘルヴェッヘが作曲からギリシャのレトリックを駆使した高度な文化としての解釈と実践のそれとは比較の仕様がないのだが、そうしたスタイル選択以前の問題で楽譜を読み取る能力に掛かっている。まさにこうした指揮者がモーツァルトのオペラの新上演を受け持つザルツブルク音楽祭の芸術性の程度が知れるのだ。

なるほど、ユダがイエスに口付けをする33曲のソプラノとアルトのソロとコーラス「かくして、わがイエスは捕らわれたもう」の掛け合いから雷鳴轟きの場での分厚くドラマティックな運びは、こうした静止画の違和感を包み込むまるでモーツァルトの「魔笛」の劇場空間のようなものを表出させ、更に続いて終局ではソリストとコーラスをステージの後ろへと移動させ、第一部のフィナーレを飾る。そうした効果の作り方は構わないが、まるでオーバーアマルガウの受難劇のような田舎芝居である。(続く



参照:
我々が被った受難の二百年 2010-04-04 | 音
全脳をもって対話(自問)するとは? 2010-04-05 | 音
割れ窯に慰めなどあるのか? 2011-03-31 | アウトドーア・環境
滑稽な独善と白けの感性 2005-03-10 | 歴史・時事
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つまらないには短過ぎる人生

2012-03-19 | 雑感
北朝鮮の管弦楽団がパリで演奏したことを知った。フランス外務省の梃入れでラディオ・フランスとのプロジェクトである。フランスではないが音楽家の友人が外務大臣の指示で文化使節として上海やウランバートルと共にピョンヤンに通っていて、モンゴルや北朝鮮の情報収集をしているので、なにかと噂は聞いている。

仕事をしながら映像を流した。北朝鮮の曲が流れるとキョンミョンハが指揮しているのか演歌のカラオケ以上には思われないのだが、流石に北朝鮮の純粋メンバーで演奏していた。サンサーンスなどを聞くと嘗てのソヴィエトの管弦楽団のようにも聞こえるが、やはりああしたオリジナル曲を演奏していると幾ら上手に演奏しても行き着くところが見えていて、生を聴いた上海の交響楽団とも生は知らない斉藤記念ともやはり差異があるなと感じたのである。

ロケット技術や核開発技術を幾ら集め積み重ねても、将来的に分厚い科学技術や文化の基盤とはなりえないのと同じように、こうした芸術もその核心であるところが啓蒙されなければ全くヴィブレーションの熟練者を育成することにしかならないのだろう。未だに全編を観ていない、ワインではないが、つまらない音楽を聴くには人生は短すぎるのである。

水曜日はインフルエンザ上がりで新しく手掛かり足がかりの石が打たれたオーヴァーハング域を3ルート登った。初見でも実力は十分に示せることが分っただけでも良かった。相棒の医者は自ら処方したインフルエンザ予防の薬の副作用にやられていたが、金曜日も同じような状態だったらしく遅れてやってきて、そこで相棒を探しをしていた中国の若い女性と組んで貰った。英語しかしゃべらないシナ人までがドイツに増えてきているようで一体何をしている人なのか訝しかった。新しいルートが更に完成していたので、やはり3ルートと今まで何回か挑戦していたオーヴァーハングもトップロープながら登り切った。

漸く風引きが直ったと思ったが時々喉に違和感などがぶり返す。痰なども殆ど取れたのだが完璧には取れない。やはり発熱の余波だろう。インフルエンザ予防などの薬を使うと余計に長引くと言われるが、なにも使わなくても二週間掛かるのに、更に長引くと尋常ではない。

岩登りのライヴァルからお誘いがあった。土曜日の日和が良かったから石切り場へというものだったが、生憎都合がつかなかった。そろそろ外での活動が始まりそうなのだが、もう少し辛抱したい。日曜日は山まで駆ける心算があったが、予想通り雨となった。体調的に微妙であったのでもしかすると雨に救われたかもしれない。



参照:
社会人民共和国の銀河鉄道 2010-10-15 | 生活
極東の世襲政治の様相 2006-12-13 | マスメディア批評
日本を照らす原子力! 2012-03-11 | 生活
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二分咲き帰りには四分咲き

2012-03-18 | 試飲百景
今年初の試飲会であった、出かけるときには二分咲きだったアーモンドは帰りには四分咲きになっていた。まるで他所の子供の成長を見るようだ。

さてワインの方の歩みはそれほど速くない。少なくともクリスマス前に出ていたバッサーマンヨルダン醸造所のリースリングは殆ど変わっていなかった。寧ろ酢酸のような酸が目立って、まさしく一部の評論家が危惧していたような早摘み、早醸造の悪さが出ている。

酸が弱い2011年産であるが、所謂酸が分解されていない質の悪い酸が多いとなるとこれは品質の問題となる。反対に上位の商品では酸の弱さが感じられて、要するに若干中途半端な収穫時期となったのではないかと想像する。

実際、重要な商品であり2010年は久方の返り咲きとなったウンゲホイヤーは、ミネラル成分の強さはたいしたものとしても、酸が弱い。こうしたリースリングは長持ちしない。折角ご進物に使おうと思っていたがとても残念である。

同じような傾向は天然酵母醸造のアウフデアマウワーにも通じる。これは樽試飲であったので色合いも緑でまだ十分に熟成しているようには思われなかったので仕方ないが、2010年産に比較するともう一つ物足りない。

丁度中間地帯にある今年の新商品のピオニーアは美味く造ってあるが、その価格どおりの価値があるかどうかは別である。同じようにブルグンダー種はどれも気楽に飲みやすい味筋となっているが、比較的ファーストフード程度で遣る瀬無い。スヴェニアオン・ブランの緑ピーマン味は強烈だったが、シャルドネーなどもドイツでこうしたものを栽培してどれほど価値があるのかと思わせる。

流石にキーゼルベルクは美味く仕上げてきていて、結局手間のかけ方などにメリハリをつけているようで、若干白々しい面を感じる。その傾向では、新しいBJの家紋の入っていないエチケットは散々な評判で、もはや今までのものを捨て去る必要があるように思われる。伝統あるバッサーマン・ヨルダン醸造所はもはや昔の面影は殆どなくなった。固定客層も大幅に減ってきたように思われるがどうだろうか?

とても難しいところにきている。葡萄が成熟して酸が綺麗に分解して、ワインが熟成するには時間が掛かるが、栄光が斜陽となるのは一瞬である。ピオニーアーなどとBJ家を称える商品を出した醸造所であるが、もはや過去の栄光となっていることを語っているだけではないだろうか。



参照:
初雪で漸く冷えてきた 2012-02-01 | アウトドーア・環境
はなの憂鬱 2011-03-21 | アウトドーア・環境
いよいよ四月本番の空気 2009-04-04 | 暦
寒の戻りの鮭のクリーム煮 2009-03-22 | 料理
高度差によるミクロ気象 2009-03-20 | 暦
四旬節に香る春の響き 2009-03-15 | アウトドーア・環境
小雪ちらつく強い花並木 2008-03-07 | ワイン
アーモンドの咲く里に 2007-03-16 | 試飲百景
実も殻もないはなし 2006-04-27 | アウトドーア・環境
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うちの原発と蕾の加齢

2012-03-17 | 雑感
うちの原発フィリップスブルクの航空写真が新聞に載っていた。燃料棒税の導入でもはや採算が合わなくなってきている原発の記事である。うちのと言ってもバーデンヴュルテムベルクなので緑の党の政府である。

航空写真はWIKIにもあるが近影は核安全防御上の制約があるのでやはり興味深い。遠くからは水蒸気塔しか見えないからである。色褪せた止まっている水蒸気塔側に古い沸騰水型原子炉の丸いドームの原子炉建屋が見え、新しい二号機側に加圧水型原子炉の建屋が見える。左側に上から下へとラインが流れていて温度を上昇させている。タービン建屋なども併設されていてその巨大な水蒸気塔に並べると可也コムパクトな印象を受ける ― 調べてみると逆である色あせている方が沸騰水型のMOX二号機で、白い方が加圧水型の一号機で丸いドームとなる。自宅窓からドームの屋根を確認した。

2007年産のヴァッヘンハイマー・ゲリュンペルを開けた。グランクリュのパイロットとして三本購入した二本目である。飲み代がなかったので仕方なく開けたのだが、予想に反して初めて開いているのを確認した。もう直ぐ瓶詰め四年目に近づいている。

2007年は格段清潔に熟成へと進んだ年度であったので、リースリングにおいては2001年に近い将来性が期待されている。その反面、果実自体が十分に熟れた旨みは中々得られずに、初期の頃に飲み干した通常のリースリングは酸が分解していないものも多かった。そのような理由から近辺の醸造所においてもグランクリュでさえ大きな熟成を見なかったものも少なくない。なるほどヴァッヘンハイムのビュルクリン・ヴォルフ醸造所においても当時は天然酵母百パーセントでなかったので濃くに関してはあまり期待できないが、一部のグランクリュはこれから大きな期待が持たれている。

そこで下位のピュリミエ・クリュであり特に濃くの薄いゲリュンペルがパイロットワインとして購入したのであった。そして今、漸く本当の瓶熟成の域に入りだした。昨年までは味も素っ気も無い苦味のようなものが立ちはだかっていて、そのミネラル風味を楽しめなかったのだが、こうして可憐な花がの蕾のような色香には恐れ入った。食間用としても梅の蕾を楽しむようなリースリングとして域に達したのである。僅か数ヶ月前ならばこれを美味しいと思うものは皆無であったろうが、今飲むとワインを知らない者でも殆どの者が美味しいと思うに違いない。

要するに蕾ながらもはや開いたと言うことで、この後は一途に老化の道を辿るのであるが、恐らく十年ほどはあまり変わらないであろう。所謂、加齢臭が徐々に出てくる可能性があるが、現在の液体の色の状態からするとまだまだ葉緑素の要素が強いので急激に黄色身を帯びてくることはありえない。

早速この結果を醸造所に伝えて、半年ぐらいで最初の熟成が待たれるグランクリュの試飲などをして貰うつもりである。良いことが確認できればまだ買い足すことが出来るかもしれないからだ。



参照:
地盤に立ち上げれ、農民! 2011-11-15 | アウトドーア・環境
経営不安の独占企業 2011-06-13 | 歴史・時事
原発の水蒸気塔の見える町 2011-04-09 | アウトドーア・環境
核反応炉、操業停止 2005-05-27 | アウトドーア・環境
腰の快調でいざ再起動 2011-11-11 | 生活
待降節の漣のような忙備録 2010-12-18 | 暦
ご進物の決定プロセスの紹介 2010-12-10 | 試飲百景
もう一寸濃いのが欲しい 2011-12-02 | 試飲百景
非公認ガイド修行の午後 2008-06-06 | アウトドーア・環境
我楽多のリースリング 2004-12-13 | ワイン
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