Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

今年の昇天の日

2020-05-21 | 
キリストの昇天日である。朝から頂上コースを攻めて来た。やる気があった訳ではなく週末に雨が降りそうなのでここで一発かましておかないと運動不足になる。出足が遅れたので、陽が昇って暑さが怖かった。既にワイン地所を散策している老夫婦が居た。年寄り二人とも朝が早いというのも何か裏寂しい、屹度就寝も早いのだろう。駐車場に行くと小型キャムピングカーが停めてあって親仁が何かしていた。黒い森のフロイデンシュタットのナムバーだった。

じっくりと体操をしてからゆっくりと走り出して、完走できるか疑心暗鬼ながら、ペースを落としていたので、胸に来たのは第二の岐路から頂上領域の下までの間ぐらいだった。陽射しもほどほどで良かった。頂上に着くとキャムピングの中学生小僧のようなのが居て濃厚接触になっていた。それ以外は道中誰にも合わずに戻って来た。今年はコロナ騒動でパン屋が日曜日に空いていないので頂上コースを走る回数が多い。四回目ぐらいかもしれない。

夕方の気温が摂氏28度にもなるので朝のうちに汗を掻いておくと気持ちがいい。夏はこれが一番いい避暑である。まだ今年は階下の椅子に座っていると足が冷たくなるぐらいだ。まだまだこれからである。

前日に八百屋に行くと店の前でピエロのような看板を首から下げている若者が居た。面倒だなと思って避けてマスクをつけて店に入ろうとすると入り口近くで「貧しい人たちに」と声を掛けられる。財布は手で持っていたのを忘れて、ポケットに手を当てて小銭が無いようなそぶりをすると、丁寧に挨拶までされた。要するにあれだと直感した。

つまり物乞いも寄付の形をとれば大きな顔をして大きな金を集められると分かった。まさしく「貧しい人」というのは彼自身のようだが大きな顔をしていて穴の開いた缶を掲げていると募金としか思われない。私も肖って紛らわしいWho's Whoとかロゴを書いてコロナに苦しむ人へとかで稼ごうかと思う。そこまで考えると、まさしくそれをやればいいのはアンネゾフィームターである。大きな街の中心に行って、警察が来るまでの数分間に一曲弾いて、「フリーランスの音楽家の為に」金を集めれば、一晩の彼女のギャラも集まるかもしれない。まさしく税金などと不届きなことを言わずに彼女自身の為に募金活動をすればいいのだ。周りの人が缶を持ってねり歩けば充分だろう。お礼を言われるだけだ。嘘をつかなければ詐欺ではない。



参照:
僅かばかりの石鹸だけ 2020-05-05 | 雑感
厚顔無恥に十万円呉れてやれ 2020-04-22 | 文化一般
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急に左から右へと

2020-05-09 | 
タンスに虫よけを入れた。何回か買い物で忘れていたので遅れた。毛糸に虫食いが入ると特にセーターなどは着れなくなる。流石にコートとか上着とかはやられたことが無いが、いつも脅えている。早速日付を書き込んで吊るすと、昨年のものも5月6日になっていて二日間だけ遅れただけだった。いつもギリギリの感じだが有効期限も半年になっているので、その11月ならば冬物に袖を通して、虫食いの心配も要らなくなる。これが毎年の衣替えである。

先日から腰が直ぐに痛くなる。これはまたおかしな病気かなと思っていたら、急に左から右へと痛みが移った。このようなことも初めてで何が何だか分からない。兎に角コロナのお蔭でおかしなことが続出する。どうしてこんなに数時間のうちに、つまり座る前と立ち上がる時では腰の痛みが反対側に移っていたのだ。ぎっくり腰とかその手のものならば姿勢で直ぐにぎっくりと起きてとても立てないのが何日か続く。しかしこれは動けるのだが、その酷くなる手前で留まる不調なのだ。コロナ感染以降こうした症状ばかりが続いている。これも日和見感染の一つなのだろうか?

フランクフルトの新シーズンの予定が出た。八月末の初日から九月二十日までの間、注目のオクサーナ・リニヴが再演でベルリーニの「清教徒」を振る予定になっている。一日出かけていたかと思うと残念だ。試しに少人数で何かをやる可能性はないとも言えないが、客演指揮者がなれないところで試行錯誤をするのは難しいだろうから飛んでしまうか。もし何かやるなら覗きに行ってもいいと思う。なんといっても近くでお喋りしているのは聴いているが、生では指揮したのは聴いていない。若手指揮者ヴィオッティよりも上手に演奏されるかどうかが判断基準だ。

金曜日はバイエルンの交響楽団のアーカイヴ放送がよかった。1991年に指揮者シノポリが客演した時のマーラーの交響曲七番である。先ず何がよかったかと言えば放送交響楽団のもたもたした楽器間の出入りで、十年後の急死前に聴いたシュターツカペレドレスデンを指揮した第六番の演奏を思い出した。アンサムブルとしては矢張り交響楽団だけによいのだが、共通したところも沢山あった。特にヘルクレスザールで無理して演奏しているものだから余計に窮屈そうなところもあってそれがまたいい味わいだ。その前後にマゼールの指揮でガスタイクでブラームスなどを聴いているのだが、遥かにこちらの演奏がよい。シェフがマゼールでなければ更なる客演があったのではなかろうか。その続きで生中継を聴いたバレンボイム指揮と同じようにネオロマンティシズムと呼ばれるような世代かも知れないが、とことん楽想の意味づけをしてきていて、その点では今日的なマーラー解釈の先駆的な面があるかと思った。もし生きていたらここのところのマーラーフェストの中心的な存在になっていたかもしれない。そのメロドマティックな描き方は貴重な演奏である。バーンスタインのマーラーを体験した世代であるとどうしても腑分けしたような違和感もあったのだが、その亜流の指揮者群の演奏よりも遥かに音楽史的にも収まりがよい。何回も癖になって聴いてしまいそうだ。クーベリック指揮以降初めてのこの曲の演奏だったのではなかろうか。とても趣がある。正確さとか音響とかは全く異なるのだがセマンティックという意味においてはキリル・ペトレンコ指揮のマーラーなどに引き継がれている所も少なくない。余白で放送された1977年のムジカノーヴァでのこれまた早世したマデルナを偲ぶブーレーズの曲の指揮がそれ以上に愉しみ。



参照:
ヤマ場に溜まったもの 2020-05-08 | 生活
ミュンヘンはこうありたい 2020-05-07 | 文化一般
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胸が一杯のメーデー

2020-05-02 | 
ヨーロッパコンサートを観た。何よりも技術的な面に興味を持っていたが、また室内管弦楽のあり方にも興味があったが、どうしても胸が一杯になってしまった。前夜の就寝前にはラインガウから中止の連絡が入っていて、音楽祭創立者の話しをYouTubeで見たら腹が立ってきた。

どれほど困っているかどうかよりも、禁止されたと被害者面するのが許せなかった。そもそも音楽好きが昂じてなら、どこまでも数寄者で通すべきで、やれる演奏会はやれる努力を見せて欲しかった。そもそもそうした人間ではないことは解っていたが、寄付しろばかり言うのは腹立たしい。

詳しく払い戻しの用紙などを見ると敢えて面倒にしてあって、寄付しろと主張ばかりが見える。銀行口座を教えてやるのも面倒なのでヴァウチャーにしておくつもりだ。それでも券を送り返してと、それでも手数料は返さないと厚かましい。そもそも34ユーロほどしか払っていないので、呉れてやってもいいと思ったが、こちらも意地になって来年の様子を見てやろうと思った。

フェスティヴァル自体が無くなることは一向にかまわないのだが、来年以降もちょこちょこと出かけるつもりならば、まあこれでいいと思う。来年で期限が切れて行けないのならそれはそれでよし。

19時になってもまだ胸が一杯になっていた。予てから気になっていたバリーコスキー演出「オネーギン」の録画が流された。2016年のベルリンのコーミッシェオパーでのアスミク・グリゴーリアンの転機店となる制作と「オペラ界」を扱う新年のZDFの番組で知った。丁度父親のテノール歌手が死の床にあり、本人も妊娠中だったと語っている。二年後のザルツブルクでの「サロメ」によって世界的な名声を得たのだが、この「オネーギン」でのタチアナの歌唱こそが彼女を本物にしたとされている。
TRAILER | EUGENE ONEGIN Tchaikovsky - Komische Oper Berlin?

EUGENE ONEGIN Tchaikovsky – Komische Oper Berlin


映像自体はArteで暫くオンデマンドになっていたのだがまさかこれほど重要な制作だとは知らなかった。一幕二幕から三幕への変化の作り方も、演出の上手さで役作りが決まっている。練習時から父親の死のベットへと通う自らの苦境を舞台で全てをぶつけて忘れ去ったと語っているが、嘗てはあそこまでの入り方はしていなかったのかもしれない。マリア・カラスの存在感とも比較されるが、アスミク・グリゴーリアンの方が遥かに声もあって才能もあって上手い大歌手である。



参照:
初アスミク・グリゴーリアン 2019-10-11 | 女
メディア賞ならずショー 2019-10-18 | マスメディア批評

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コロナ聖土曜日の並び方

2020-04-11 | 
日本で有用かどうかは分からないが纏めてみよう。なぜならばドイツは比較的自由度がある中での接触規制をしていて、そしてその結果が出ているからだ。どこかに指導方針があってマニュアル化しているというよりも、各団体やその現場でのフィードバックなども活かされている気がする。所謂「改善」の合理的精神が活きている。

今後も改善は進むかもしれないが、出来るところから直ぐやるという事が基本コンセプトにあったと思う。そこからすると気が付いた進展を徐々にリストアップする。

1.小売店で入場数制限が始まった。同時に戸口を開け放つようになった。同時にカウンターとの間にものを置いた。
2.スーパーの床などに線が引かれ、先ずはレジでの並びに距離が置かれた。同時にレジが手袋を嵌めだした。
3.スーパー、小売店でレジと客の間に防護グラスが設置された。
4.肉屋でマスクを着用するようになった。
5.スーパーや八百屋で使い捨て手袋が置かれるようになった。
6.スーパーの駐車場が縮小され、買い物トレーラー無しには入場が不可能となった。
7.八百屋で入り口と出口が別けられるようになった。
8.スーパーの入場制限が行われて、店内に一方通行の矢印が引かれるようになった。
9.州知事がヴィデオの呼びかけで手元にマスクがあれば着けるように勧めるようになった。
10.戸外のベンチが封鎖された。

これがほぼ三週間の進展状況である。地元のヴァンデルン協会が建てた屋根の下も立ち入り禁止にされていて、森のベンチも封鎖してあった。流石に峠のベンチには何もしていなかったが、基本的には座ってはいけないだろう。

先週に続いて朝早くパン屋に出かけたが、7時前には三人ほど並んでいた。復活祭前だから仕方がないだろう。そして走りに出かける駐車場は一台二台と入って来た。戻って来てもあまり変わらない。顔見知りに声をかけたぐらいだ。しかし、最近のニュースではジョギングは通常以上に距離を開けないといけないと書いてあった。山道の狭さがあるのでそれにも限界がある。スピードを弱めるぐらいだろうか。

車に帰ってくるとなぜか八時を過ぎていた。銀行に行ったりしていたからだろうが、肉屋に寄ると何人か外に並んでいて、車も停め難かった。仕方が無いので帰って車庫に入れてから出かけた、幸い二人だけを待って入室した。

帰宅して困ったのは前日からの給湯のストップで、仕方が無いので、先ずはミュンヘンの「千人の交響曲」演奏会の入場券買いに並んだ。朝から三回目である。九時過ぎにはスタンバイして、入場番号は41番だった。開催される可能性の薄い入場券でも並ぶ人がいる。

一分ほどで入室、欲しい席をクリックすると椅子取りゲームになる。お任せにすると平土間最前列になった。仕方が無いので再びマニュアルで今度は狙いをセンターからずらすとクリック出来た。最初に申し込んだときに欲しかった席に近い最前列だ。

椅子取りゲームをしていて、ああここにも好事家がいるのだなと思った。この演奏会が開かれるためには少なくともその前の何週間かは合唱団が一緒に練習する環境が必要になる。到底5月後半にはと思わせる。まだ小さな管弦楽団なら場所を開けてとかが可能かと思うが、千人も舞台に乗るとか言われる大編成で、昨年のブレゲンツでの演奏会も330人が乗っていた。到底無理な相談である。しかしこうやって並んで買う人がいる。皆同じように流動資金への足しにでも思っているのだろうか。

現在の売れ方からすれば、舞台上の問題が片付けさえすれば、客席を半分の人数にしての上演は可能なのだが。



参照:
宇宙の力の葛藤 2019-05-20 | 音
聖土曜日の準備へと 2019-04-19 | 暦
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社会的距離を測るライン

2020-04-10 | 
車中のラディオはメルケル首相のコロナ対策の今後への見通しを伝えた。それによると期日の4月19日以降の取り扱いについて、二週間先を見てというような感じで、急激には動かないということだ。同じニュースで各地元知事の話しも紹介されていて、最新のトライヤー知事の呼びかけ映像に詳しかった。

それによると、19日以降の平常化に向けた論議は民主主義的で結構な事であり、次の段階として商店などの再開が考えられると、ほぼオーストリアのそれに準じたことを述べた。しかし同時に距離を開けるとか、衛生に関しては変わらずで、その時期も直ぐという事では無しに様子を見てということだ。そして元の木阿弥になっては意味が無いのでと警告した。

メルケル首相の話しもこの方向にあって、専門委員会の見解は変わらないので当然かもしれない。数字に関してはなんとも言えないが、先週末の敢えての箍の外し方の結果もその頃により戻しとして出てくる筈だ。つまりその戻り方からどこまで緩和できるかが決まる。恐らく早くても五月三日過ぎとなるだろう。

音楽関係の興業に言及すれば、先ずその距離感となると三月に試みたように手を触れないだけでなくて、座席を少なくとも一席づつ開ける必要がある。演奏者の方も距離を開けるか人数を減らすしかない。追々、編成の大きなものは難しくなる。合唱は一部に出ている逆に抗体テスト陽性ぐらいでないと歌えなくなる。

現在所持している入場券ではこの条件に当てはまるものはラインガウでの「鱒」ぐらいで、まだ半分くらいしか売れていないので、ラインラントプファルツの方針が決まったなら確定させることが可能だ。入場料も高いので、あとは調整と精々寄付ぐらいではないか?

ソシアルディスタンツシングに関しては、今日本では八割の接触を避けるとしているが、ドイツでの状況と比較すると、掛け声だけで政治家もアリバイ作りをしているに過ぎない。外国人からすると馬鹿じゃないかと思うように床に線を引いて、極力距離を開けざるを得ないようなっているのがドイツで、それをまともにやろうとすれば高額の罰金ぐらいのペナルティーが無いと馬鹿らしくてやっていられない。

だから水曜日にスーパーに出かけたが外で並んでいたので断念して戻って来た。並ぶ方が危険だからだ。そして聖金曜日の休みの前の木曜日の20時過ぎに出かけたら、流石に入場規制は無かった。そして気楽に買い物が出来たが、さらに「改善」されていたのは床に一方通行の印がついていて、まさしくスーパーの買わせる動きに進むようになっていた。空いていたので無視したが、スーパーというのはそうしたシステムなのである。

こちらは必要な安売りを探して素早く動いた。魚売り場で鮭の切り身が無いかというと、何が入るからわからないので広告とは異なるのだと説明を受けた。まさしく広告を見て行ったのだった。安売りのバリラもフッシーリしかなかったが、ペストには良さそうなので購入しておいた。相変わらず紙コーナーだけはがら空きだった。入荷したのか、ハムスター買いにあったのかは分からないが、それだけは平素と異なった。石鹸は戻って来ていた。

写真は市役所の玄関の前であるが、線が引いてあるのは、入場に待つという事だろう。そもそも混むような役所ではないが、どうも普段は入れない向かって右側の市会議所を入り口にして正面は出口専用にしているのだろう。黄色い線があると流石にそれを無視する人はいない。如何にもドイツらしい馬鹿らしさの杓子定規な世界である。そのお蔭で州のお母さんトライヤー知事にも誉めて貰えるということになる。

一方でライヴァルであった共和国クッロックナー農業省が東欧からの労働者を迎えてバーデンバーデンの空港かで演説しているのが面白い。どうも殆ど労働収容所かの様に「街に出てはいけない、雇い主の所で賄いを受ける」とか縛りがあって、それを演説しているのだった。解決方法には違いなく、労働者にとっても一番安全で効率が良いのだろう。昨年のフランクフルトでの「マノンレスコー」の演出を思い出した。出稼ぎをアスミク・グリゴーリアンが演じた演出だった。



参照:
見出す乗り越える路 2020-04-08 | 音
イザ、バティアシュヴィリ 2020-01-27 | 女
初アスミク・グリゴーリアン 2019-10-11 | 女
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まだ本格的な夏時間とは

2020-04-05 | 
早起きしてパン屋に向かった。しかし比較的暗く寝坊して銀行で現金を下ろしていたら着いたのは7時を過ぎていた。外には一人しか待っていなかったので、比較的直ぐに入れた。やはりドアーは締め切りだ。パンが乾燥することもあるが、売り子も寒いのだろう。

森の中も摂氏一度ぐらいだった。流石に誰もいなかった。手袋は要らなかったが、Tシャツも寒かった。最近は歩調も遅くなって色々考えながら走ることが多い。夜にあるベルリンからの復活祭特別中継の内容なども考えていた。

チャイコフスキーの第五交響曲の録画が流されて、その他はお楽しみということだが、そのペトレンコ指揮の演奏は後にも先にもベルリンでの三回、バーデンバーデンでの二回、ザルツブルク、ルツェルン、ブカレストで一回づつしか本番は存在しない。その中で録画されていたのは最初の三回で、バーデンバーデンとルツェルンは無かったので、あり得るとすればブカレストかと思う。ベルリンでの初日のラディオ放送されたものも流れる可能性はある。まさか無料で公開中のアーカイヴのそれをもったいつけて流すことはないと思うが。それ以上にこのご時世に室内楽でもあまり無理して要らぬことをやって欲しくはない。先ずは観てから批評しよう。

一番望むのは、アーカイヴには入っていない2018年のルツェルンでの「ラペリ」、プロコフィエフ、シュミットの四番の映像だろうか。制作の関係でアーカイヴにはなっていないがDCHで生中継されたものである。昨年のムーティ指揮「死者の為のミサ」も悪くはない。もう一つ録画された可能性があるのはドレスデンでの「交響的舞曲」のプログラムだろうか。無観客ライヴで出来ることなど限られているので要らない。

肉屋に立ち寄った。八時を過ぎていたが誰もいなかった。こうして外に並ぶでもなく、すっと買えることがあり難い。また来週は聖週間明けで混むだろう。朝一番に行かなければいけない。パン屋もコロナ騒動で日曜日の営業はしばらくお休みらしい。まだ本格的な夏時間とはならない。



参照:
月末に際しての想い 2020-01-28 | 雑感
ここが辛抱どころ 2020-04-04 | 生活
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コロナ対策違反罰金表

2020-03-30 | 
感染病法を根拠として禁止事項が決められた。ラインラントプファルツに比較して違反の多そうなバーデンヴュルテムベルクでは罰金などの一覧表が公表された。

先ず二人以上の屯しているのが見られたなら、一人当たり100から1000ユーロの罰金、床屋やバーなどが未だに開店していたら2500から5000ユーロ、禁止されている老人ホームや病院に出かけたら250から1500ユーロの罰金、もし発病していれば2000ユーロ。繰り返し半には25000ユーロまでの罰金となっている。

自室に五人以上集まれば250ユーロから1000ユーロ、ドライヴ、旅行禁止に違反すれば250から1000ユーロ、通勤許可書不携帯で100から500ユーロ、店内で1.5m原則を守らなかったら250から1000ユーロの罰金。

勿論、他人に故意に伝染させようとすれば五年までの禁固刑である。

地元のプファルツについては知らないが、似たようなものだろう。そして比較的厳守されているというのだが、感染の広がりだけは凄い。

最初のうちは色々と感じたが、スーパー等での店員のマスクを除けばあとはこれ以上はそれほど方法が無いというところまで来ている。

その印象が数字に表れてきているかもしれない。バーデンヴュルテムベルクの各地区が急に人口比で上昇してきた。地元は完全に二十傑から落ちた。バーデンバーデンが並んできた。その変化の差はどこから来ているかというと最初の感染が何時頃始まったかの差異である。我々の所は市民の努力でこれで頭打ちとなるかもしれない。同時に集団抗体が出来上っていることを望みたい。老人ホームなどの危険領域はあるが、上手く行けば我々がバリアになることが出来るかもしれない。

ミュンヘンの放送局が先日の募金集めの為に様々な音楽家をスタジオや家庭などを繋いでチャリティ-コンサートとしている。恐らくスタッフも入れて五人以内は許されているのだろう。募金は金曜日までに六十万ユーロ集まったとしていて、まだ四十万ユーロを集める。一部観ていて面白かったのはミュンヘンの妹とリオンのヴィオッティー家の居間を結んだ家族そろってのアカペラだった。

夜中にボストンからの放送を録音していたので夜中に目が覚めた。一時から三時目での録音だったが、その間に夏時間に変更になって、四時過ぎに録音を終えた。お蔭で二度寝して朝食は正午前になって仕舞った。夏時間早々からの寝坊だった。



参照:
真剣みが加わるお勉強 2019-03-27 | 文化一般
可能性の為の検査機器 2020-03-29 | 雑感
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公演再開を大胆予想

2020-03-22 | 
朝一番でパン屋に出かけた。降雨で走れなかったが、早めに買い物を済ましておきたった。案の定、木曜日にはなかった店内入場制限がついていた。三人だ。生憎一人遅れて、三人の中で一人軒が無かった。しかし直ぐに入れた。この調子ならば次に来るときも早起きして来たい。

その足で肉屋に寄るとこちらは通常の人は八時過ぎにしか来ないので七時半前には誰もいなかった。すんなりと買い物を済まして完了である。

ニュース映像などを見ていても安売りの大量商品ディスカウントを専門にしているアルディなどのスーパーでは大量買いで物不足が起きている。しかし高級店や価格の高めのものは普段買わない人は矢張り買わない。その点では何一つ平素と変わらない。

今週末日曜日にベルリンに各州の知事が集まる。ベルリンの外出禁止の集会の人数オヴァ―ではないかと思うが、そこで今後の処置の是非が話される。バイエルン州などの出した令やラインラントプファルツの意向を見ても私の生活に関係するものはあまりない。寧ろテレワークとか森の中での走りなどは奨励されているもので、作曲家のグスタフ・マーラーではないが「私の時代が訪れる」となる。これでベーシックインカムが敷かれると今まで以上に創造的な生活が可能となる。

久しぶりの新聞の三面記事を覗くとコロナ対策のグラフが載っていた。所謂一人の感染者が何人にうつすかの数による予測値である。そのもとになっているのが中共の資料ということであまり信用できないようだが、ないよりはましとなっている。そのうつす人数を1.1から3としている。自分自身を考えても私のような社交的でない人間でも2ぐらい簡単に達成できそうだが、実際に感染する時期が限られているので、そのようなものかも知れない。何よりも気を付けている。1.1でも一年ほど患者が増え続ける。因みに患者の入院期間は20日とされている。そうした対応を今の様に1.5mほどの距離を取らして外出禁止にしていくと2から0.9に下げれるようだ。

その目標値が叶うような社会規律が徹底するような法的対応を週明けからやれば患者数は一万人ぐらいで頂点が六週間後ぐらいに表れて、秋には静まっている。感染力はそれぐらいあると予想するが、どちらにしても落ち着くまでには七カ月掛かっている。10月15日である。

テュービンゲンのクレヴァックの予測によると秋にはワクチンを一万程製造して試せるというので、結果が良ければ年内には制圧の目星が付くだろう。

バイロイトの音楽祭は劇場を掃除をしてとかまだ気楽なことを語っていて、もう一つのザルツブルクの音楽祭も一週間の休みの後でとか述べていて中止の意向は示していない。しかし、上の時間軸からすると、5月はまだまだ頂点でそれを乗り切れるかどうかが分からない。医療崩壊無しに乗り切れたとしても、百日で状況が落ち着いているケースはないので、夏のオペラフェスティヴァルの中止は避けようがない。但し150日先の場合は可能性があるので、ルツェルンの演奏会の場合は開催は有り得るが、新シーズンの開催などと同様精々制限付きの演奏会の開催が可能となる。しかしワクチンか有効な治療法が定着しない限り次の山を築くことになるので向こう十カ月ほどは公演等の開催は制限付きでも可成り厳しいだろう。

どちらにしても外出禁止を出すならば5月の山を越えるまでに元に戻すと新たに恐らく更に大きな山を作ることになるのではなかろうか。あと2カ月ほどは世界の状況はこのまま変わらないという事だろう。火星まで飛行することを考えればとても短い時間である。



参照:
感染拡大を止める手袋 2020-03-21 | 生活
出口の見えない洞穴 2020-03-12 | 雑感
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コロナウイルス狂想曲

2020-02-29 | 
コロナウイルスで一寸パニックに陥ってしまった。スイス連邦の千人以上の催し物の禁止が午前中に流れて、調べて行くと、バーゼルのみならずここ二百キロ近く離れたワイン街道周辺でも発生した。40㎞ほどのハイデルベルク、25㎞ほどのマンハイム、山を越えたところの20㎞カイザースラウテルン、そしてその山並みを南へ10㎞ほどのワイン街道ノイスタットでも列車が停まられてりして、これら事件が起きていた。

ハイデルベルクの件は北イタリアの南ティロルからスキー帰り、カイザースラウテルンは学生宿舎で17人とどこに拡がってもおかしくない。要するにワイン街道周辺でも冗談ではなくなった。

スイス連邦の処置は早くジュネーヴ最大の見本市モーターショー開催が禁止、伝統的なバーゼルのカーニヴァルも禁止と音楽会類も千人を超えると禁止された。その期間の三月十五日までに増加が無ければ結構な事であるが、被害は保障されないという。

それに比較すれば最初から発生していたバイエルン州は危険な地域での開催を避けられないとすればキャンセルを推奨して、あらゆる千人を超える催し物を申告させるようにしている。若干玉虫色であるが、対応して結局は責任を主催者に押し付ければ開催は難しくなる。既にミュンヘンの見本市はキャンセルされている。チューリッヒの歌劇場がメールをよこしたように、カントーンチューリッヒは専門家との協議で千人以下ならば不問にするということで逆にそれを奨励する事にもなる。

個人的にはバーデンバーデンの復活祭をなんとしても救いたいと思うので、バーデンヴュルテムベルクに早速の千人以上の催し物禁止を希望する。ここ二週間で成果が出れば大きな波が抑えられて復活祭ではアンダーコントロールとなる可能性を期待できるからだ。先ずは月初めの判断を待ちたい。

ハイデルベルクに関しては当地での三月九日のクラリネット奏者オッテンザムマーの吹くコンサートから始まるが難しいかもしれない。そのあとは二十日過ぎなので、早めに禁止すればフェスティヴァル開催は可能となる。ピアニストのアンスネス、レヴィットやアムランの登場は来月末である。

個人的には数週間前の高熱から今度は微熱と胸のつかえや喉の不調、更に平衡バランスの欠如など調子が完璧ではない。そこで急いで買い物も済ました。理由はハッキリしていてノイシュタットで搬送された乗客もそれらしい症状をしていて他の乗客に通報されたからだ。つまり、この時期体調が悪く冗談などを話している場合では無く、疑いが掛かれば搬送、更に問診テストで、陽性ならば大事件となる可能性が著しく高まった。スーパーマーケットで席をして足でも滑らせれば拘束となる。火曜日まではパン屋で嫌な汗を掻いていても不思議にみられただけだが、もはや誰かに通報される可能性が強くなった。まるでスタジが暗躍する東ドイツの社会のようになってきた。拘束二週間だけはどうしても避けたい。

フランクフルトのヘッセン州でもイタリアから帰国した若い人が発病した。フランクフルトの空港の説明によると、既に飛行機毎に乗客にアンケートを取ってパイロットが乗客の健康を報告する義務があることから、特別な検疫は必要が無いとしている。

スーパーは可成り混んでいた。ザウワークラウトは残っていたが、お気に入りの安い米は売り切れていた。家庭の備蓄ということで今のうちに揃えておこうという人もいたに違いない。さて月始めからどのように推移するか?因みにマスク姿を見かけたらインタヴューしようと思ったが、まだネットに写真以外で見た事もない。そもそも私自身街中でした記憶は一度ぐらいしかないのである。

四旬節という事、先ずは二週間ほど音曲禁止にして欲しい。そして復活祭に喜び合おう。今は我慢しよう。屹度復活の時が来るに違いない。私はそう言いたい。



参照:
万全の防疫態勢か? 2020-02-28 | 歴史・時事
明るく昇っていく太陽 2017-04-18 | 文化一般
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ネットパーティー予定表

2020-01-01 | 
年明けネットパーティのスケデュールを纏める。先ず、17時からライプチッヒのゲヴァントハウスからMeToo指揮者の顔を観ながら「喜びの歌」まで行かない一楽章、四分経過で先ずはベルリンへ移動してラディオ生中継放送でジルフェスタ―コンツェルト、25分経過した所でドレスデンへと移りゼムパーオパーからの「微笑みの国」へと移動。録画しておいて画像だけで監視。それも佳境に入ったところで18時からはARTEで時差生中継なので、それを録画にする。音はラディオの生を追う。

一通り終わったところで今度はバイエルン放送協会で録音放送。これも驚くほど音声が改善されたようなので録音する。先週末のスノークイーンの放送は嘗て無い程のプチノイズも無い素晴らしい中継放送だった。ベルリンからの中継録音にも期待。

そしてニューヨークの17時25分になれば、つまり中欧では23時25分とカウントダウンでメトからのネゼセガン指揮でガラコンサート中継ラディオ放送が始まる。ネトレブコ他来年復活祭初登場のポレンザーニも出るので楽しみだ。

それでも元旦は適当な時刻に起きれるだろう。3Satは朝からニ三時間を除いてはベートーヴェンの演奏ばかりだ。カラヤン指揮物が多いようだが、カウフマンのフィデリオや何だかんだありそうなのでじっくり調べよう。22時になってから夏のブランデンブルクでの第九が再放送となる。そして何よりも11時15分からのヴィーンからのノイヤースコンツェルトの中継も観る。その他にもゴディラ特集などもあるが観ている時間など皆無だろう。

ぼちぼち、出汁などをとって、一通り目星がついたところで、蔵からゼクトとグローセスゲヴェックスを選んで来よう。大体は決まっているが、料理などに合わせて再考しよう。

本年最後の朝の一っ走りは零下で、この冬初めて一面に霜が降りてあらゆる水気が凍り付いていた。流石に寒かったが何とか沢を往復した。整腸の為とは言っても我ながら飽きもせずに走っているものだと思う。幾ら天気が良くてもそこまで気温が下がると人手は少ない。また多くの人が遊びに行っているのだろう。



参照:
花火を打ち上げる奴 2019-01-01 | 暦
貧相なエンタメを嘆く 2019-01-03 | マスメディア批評
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イヴの一日の感興

2019-12-25 | 
イヴにビキニタイプの切込みの下着を下ろした。スポーツ用に買ったがいざ履いてみるとやはり違和感があった。大きさはXLで丁度よかった。着用中は感じなかったが、逆に履いている感じも無かった。直にスポーツショーツを履いているような感じである。慣れがあると思う。ここまでの切れ込みのはそれほど使用していない。暫く使用して洗濯をしてからでないとその価値をとやかく言えない。

それで走りに行った。降雨の加減と暗さや朝焼けがあったのでパン屋も殆ど並んでいなかった。プレゼントにヌードルを貰い、最後の残りのシュトレンなどを買う。フェーン現象で寒くなかったが、森の中もいつもの常連さんぐらいで空いていた。特別に声を掛けて沢沿いの往復道を走り抜く。

そして肉屋に注文したものを回収しに行く。ここ二週間ほど列をなしていたが、流石に殆ど客足は消えた。回収出来なかったのはリースリングの煮凝りで、売り切れていたのだろう。あとはほぼ予定したものが手に入った。序でにフェットの薬草入りとベーコン肉を貰う。これで丁度いいと思う。

さてクリスマス祝日中の番組表などをリストアップした。イヴはどこの国でも放送局でも全休のようなものなので準備された録音が自動的に流されるようなものだが、祝日一日目の目玉はアムステルダムからのクリスマスマティネーの中継だろうか。14時から地元ラディオでコンセルトヘボーからの生中継、夜中になってから映像が出る。昨年はビュシュコフ指揮の「くるみ割り人形」だったが、今年はメスト指揮での第九である。クリーヴランドでの契約を延長したこのヴェテラン指揮者が今後旧大陸でどのような活動をするのかが注目されている。

祝日二日目は何といっても夜になってからのベルリンからの「眠りの森の美女」である。先日ヴィースバーデンを皮切りに、ミュンヘンと回って来て、月曜日にフィルハーモニーで演奏したものである。本番三日目となると音楽技術的に色々と不満だったソロを中心に統一してきているだろうかどうかが注目される。ある意味初日から技術的な破綻無く長い曲をこなした楽団の実力とユロスキーの指導力は評価出来たが、同時に回数を重ねて芸術的にどこまでチームを引き上げて来れるかで、この指揮者がミュンヘンの音楽監督としてどこまで期待出来るかが窺い知れると思う。評は大分良かったようだ。実際にヴィースバーデンでも大成功だった。

クリスマスイヴには先日フィラデルフィアからの生放送を録音した「メサイア」の一部を流した。ワインを飲みながらのBGMだったのが、色々なことをやっていたのが分かった。いつものようにクリスマスとの関連を舞台袖で話したりと、そのネゼサガンのフランクな解説が続く。欧州では物足りないかもしれないが北米ではこれ以上にはいないという音楽の紹介者に違いない。その分まだまだこの指揮者は成長して欧州でも活躍する余地を多く残していると確信する。バーデンバーデンでも御馴染の顔であるが来年は復活祭に参加して、今後はフィラデルフィアとも隔年ぐらいで定期的にやってきてほしいと思う。



参照:
絞りのフラクタル感 2018-12-26 | 文化一般
フルトヴェングラーの響き 2017-12-24 | 音
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クリスマスイヴの準備

2019-12-24 | 
朝から結構忙しかった。僅か二日間の休みで金曜日には正常化する。また年末の週明けも動く、だからそれほどではないが、それでも片づけることはある。フェーン現象で天気が悪くなりそうだ。先ずはイヴの早朝に走れるかどうか、雨雲レーダーを監視しなければいけない。

さて恒例のオペラアワードの投票といこう。先ずはコーラス、今年はそれほど大きなコーラスは聴いていない。一番大きかったのはフランクフルトのカロル王だろうか、しかしそれ程合唱に感心しなかった。マノンレスコーも舞台にも問題があったがよくなかった。オペラでなければ第九のベルリンの放送合唱団を推したいが、歌劇ではない。そうだ、「オテロ」のフィルハーモニアコールヴィーンにしよう。

指揮者はキリル・ペトレンコで間違いない。デザイナーはヴィリコフスキ―演出「サロメ」のマルゴルツァータ・セツォニアックでいい。演出家はそのヴィルコフスキ―よりも「死の街」のサンモン・ストーンを推す。教育・振興は思い浮かばない。女性歌手は何度でもアスミク・グレゴリアンを推す。フェスティヴァルは「オテロ」のバーデンバーデンで決まり。生涯作品はズビン・メータだ。男性歌手は「フィデリオ」の名唱でヨーナス・カウフマン、ニューカムマーに遅いかもしれないがロレンツォ・ヴィオッティを、新制作はバーゼルの焼き直しだが敢えて「死の街」を挙げる。劇場はミュンヘンで問題が無い。管弦楽団はハムブルクも推したいところだがやはりミュンヘンか。慈善活動ではオペラにおいては浮かばない。録音はそもそも知らない。再発見の作品は「ペネロープ」でいいと思う。世界初演は週末に放映されるアブラハムセンの作品を待ってみたい。若い歌手は無名の人は見つからなかった。

注文したバスタオルを片づける。足拭きマットが出来たので、今まで使用していた大判のバスタオルを足拭きに使わなくなった。新しいタオルは89x178㎝で可成り大きい。そしてずっしりと重い。なるほどまだ新品なので吸水性もよさそうで柔らかい。ソフトナー無しに洗濯してどのような風合いになるか。兎に角、髪の長い女性などには必需かも知れないが、男性にはそこまでという感じがした。今まで足拭き用に使っていたものではゴワゴワし過ぎで髪の吸水は難しいので、これはこれで使える。一度自分自身で使ってみないとその価値は不明である。



参照:
待降節の輝きの時 2018-12-24 | 暦
ガッツリといきたい夜 2019-12-19 | 生活
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年末年始のリストアップ

2019-12-18 | 
金曜日に「眠りの森の美女」だ。つまり火曜日には一通り目を通しておかないと始まらない。試料を準備している。当日のプログラムによると一幕はフィナーレまで、二幕は14番からフィナーレまで、三幕は22番から23番、25番を抜かしてフィナーレまでとなっている。編はユロスキーとなっていて、それは当然だろう。ヴィデオでの解説ではそれが作曲家の書いた全曲だという。組曲とは異なることは分かるが、幾つかのナムバーが抜けているのはなぜか?

また金曜日も特安席で舞台の横である。上手く指揮が見えるかどうかで舞台は一部しか見えない。写真撮影は目立たないので充分出来そうだが、指揮の正雪さんと顔が合いそうだ。フランクフルトでは完全に目が合ったので、同じ服装ではまた目に付く。いずれミュンヘンでという事にはなるのだが、そこまではまだ早い。まだ彼の言うチームには入っていない。残券は大分あるので後半移ることは可能だが、さあどうだろう。

服装はそのままで行こう。天気は少し悪くなりそうで、駐車場から少し歩かなければいけないので、コートは要るかもしれない。もう一日忘年会に出かければ、それで洗濯屋行きで、今年は納めとなるか。

同時に年始の予定を見るととても混んでいて、お勉強だけでも大変だ。先ずは、シカゴ交響楽団演奏ヒンデミット交響曲「画家マティス」、新世界交響曲、アムランのピアノでスクリヤビンロ短調作品28、プロコフィエフ「サーカスマン」作品17、ファインベク三番ソナタ、シューベルト変ロ長調D960、そしてワンのピアノ伴奏のショパンのチェロソナタト短調作品65、序章とポロネーズハ長調作品3、フランクチェロソナタイ長調、更にヘルヴェッヘ記念演奏会バッハカンタータは会のオリエンテーリングに参加で良いだろうか。一週間中に四回のコンサートは限界である。年末年始に準備しておかないと何が何だか分からなくなる。

肉屋にクリスマス、年末年始の注文をしておいた。昨年の注文票のバックアップデータを開けて書き換えるだけだ。肉屋は第二週から始まるので二週間ほどしか休まない。だからその期間に食せるものだけを注文する。昨年の印象からすると、最後に片づけるのが結構大変だったので、少し量を減らした。運動量もそれほどではないのでそれで充分である。そもそも飲んで喰っての精神的な余裕もあまりない。

一番の相違は以前ほど何が無くて困るとかいう恐怖心が無くなった。徐々にシムプルライフが身に付いてきたようで、無駄に暴飲暴食をすることも無くなった。精々、今週末辺りから年始にかけての開けるワインのリストアップをするぐらいである。それも蔵に量だけはあるが、急いでこれを開けなければというものは少なくなった。

ヴィールの肉に合せたロベルト・ヴァイル醸造所のテュルムベルク2015年はまだまだ若かったが若干微妙な熟成期だった。酸が弱った分新鮮味が落ちる一方、まだそれほど綺麗には瓶熟成とはなっていなかった。フローラルな感じは二年ほど経つと出てくるとは思うが、同時に熟成香も出てくるかもしれない。グローセスゲフヴェックスではないので木樽の使用率も限られていて、安い分、飲みどころの選択は通向きだ。ご進物には使い難い。勿論全然悪くはなく食事を楽しむには最高だったが、リースリング熟成の奥は深い。



参照:
酔狂の二本のリースリング 2016-10-05 | ワイン
破瓜する死の恐怖の興奮 2013-02-06 | 文化一般
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「超一流を聴け」の真

2019-12-07 | 
ルツェルンからティケットが届いた。今回は希望通り届くことは分かっていたが、席などに興味があった。先頭を切って発注したからだ。前回もそうだったが今回はネットに情報が乗るかどうかで発注した。結果は殆ど同じだったが、今年は第九の方が若干横にずれたが今回は真ん中で、翌日もその隣だったのでこのクラスでは一番いい席だと確認した。つまり一度は今年と同じ席に座る。これ以上上のクラス席に座るかどうかだけで先ずは当分はこのままでもいいかと思う。前列に出れば視界的には更に良くなるが音響的には殆ど変わらない。下に行って真ん中最前列はスポンサー以外は中々入らないだろう。コンセルトヘボー演奏会の方も今年のゲヴァントハウスと同じような席で、こちらは合唱が入るだけどうなるか?あとは前日のロート指揮の晩にどこを買うかだけだが、割引券も付いているので問題はない。

その前に六月のワインフェスト期間中に避難の旅に出る。先ず一週目はミュンヘンからヴュルツブルクに立ち寄ることにした。丁度モーツァルトフェストが開かれているからで、以前はクーベリックやコリン・デーヴィス指揮でBR交響楽団が演奏していたと思うが今はより近いオーヴァーフランケンからバムベルカーがそこに入っている。更に来年は指揮者がゲーベルなのでWDRが入っている。丁度出かける日はゲーベル指揮演奏会とレートナイトがあってヴュルツブルク郊外区に宿をとった。全三泊の一泊だが、ミュンヘン近郊からアウグスブルク経由で、ウルムから北上ヴュルツブルクへと抜ける。アウトバーンからから降りて宿にチェックインして、旧市街に往復して翌朝はそこからロマンティック街道沿いのアウトバーンで帰宅する予定。走行距離でヴュルツブルク片道ぐらいが長くなるだけで、それほど大きな遠回りとはならない。

ヴュルツブルクはザルツブルクと同じ設計者の街で同じように大司教区なのだが、モーツァルトの生家が無い、そこで出来たような音楽祭でBRで毎年中継されている。以前ほどの盛り上がりはないようだが、一度は行ってみたいと思っていた。特にあそこのレジデンスでの音楽会はその音響にも興味ある。とは言ってもいつものように安い席しか買わないので控えの部屋から聴かして貰うだけである。バムベルガーの演奏にシカゴ交響楽団の様な金は出せない。ヴュルツブルクからの郵送料込みで38ユーロの二回のコンサート、宿泊代67ユーロ。

BR交響楽団のヤンソンス追悼の定期を生放送で聴いた。流石に格上の指揮者ヴェルサーメストの演奏は素晴らしかった。特にアブハムセンの新曲など明らかにルツェルンで聴いたラトルなどよりも立派な演奏で、同席していた作曲家も満足したのではないか?なぜあのラトルが最近はぞんざいな指揮ばかりをするようになったかは分からないが、年代的に近いメスト指揮の方が現時点では大分いい。今年のコンセルトヘボーでのクリスマスコンサートはメストが第九を指揮するので夏のペトレンコ指揮のそれと比較されることになるだろう。

後半のヤンソンスを偲んで家庭交響曲から替えられた「死と浄化」で、この放送交響楽団が一流なのかもしれないが、超一流との差が誰の耳にも明白となっていた。先ほど日本のSNSで話題となっていた「超一流を聴け」はまさにここに当てはまり、日本の交響楽団程度との比較でのお話しではない。ここ二年ほどでペトレンコ指揮ベルリナーフィルハーモニカーの演奏でこの曲を生で聴いて、ネゼセガン指揮フィラデルフィア管弦楽団の驚くべき「ドンファン」と比較するまでも無く、超一流のアンサムブルによってこそ初めて音楽芸術が始まるのが分かるのである。残念ながらラトル指揮では一流との差は無くなって仕舞っていたが、ペトレンコ指揮で為されるところは合奏芸術である。作曲家の知能とその美意識を考えれば(ティーレマンなどが指揮して)安物になるものは全く間違いであるというのがメストのインタヴューでの意見だ。

どのようなスポーツなどでも超一流のその動きの一つ一つやその調整力に技があり、少しでも腕に覚えがあればどうしてあんなことが出来るのだろうという事ばかりである。同じように芸術の技も同じで、「やっていることは皆同じ」などと嘯いている楽師さんがいると、一体この人達には向上心も無く、日々の営みしか無いのだろうと思う。そうした技術的な希求の気持ちの無いところに芸術などは存在しない。技術の出来不出来や何流とかの問題ではない、心掛けなのである。



参照:
許容範囲だろうか 2018-12-13 | 文化一般
どれほど重いかその両腕 2019-12-06 | 雑感
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一日早いニコラウス

2019-12-05 | 
歯医者に行った。清掃は思いの外痛みを伴わず快調に進んだ。意外に上手に歯ブラシが出来ていたのだろう。歯科衛生士さんに文句は言われなかった。しかし、懸案の抜歯は来年早々に終えてしまう心算になった。ブリッジの具体的な経過を説明して貰って数週間以内に全て終わるなら時間を見つけてやってしまう方がよさそうだ。もう少しネットで調べてみよう。そもそも自身のは自体が酷くなっているので被せてしまって新しい歯を入れた方が少なくとも美容上は良いと思わず笑ってしまった。健康上は勿論一番大切なことだ。金物は一切使っていないというから、逆に金物が入っていると経年変化でやはり具合が悪いのだろう。

歯医者に行くのに朝起きした。いつもより一時間ほど早かったか。車外温度は零下4.5度に至って、旧国道沿いの並木には樹氷が咲いていた。本物のアーモンドの花が咲くまで二三カ月である。そして森に入ると気温が一度ほど上がった。放射冷却が抑えられるのだろう。霧が立ち込めた感じなのだが冷却の関係で湿気はそれ程でもないので走るにはそれほど悪くはなかった。但し流石にショーツ一丁は無理だ。

ワイン街道へと戻ってくるとまた気温が下がる。結局午後も零下のままだった。冬タイヤでなければ危ない。色々と請求種類が溜まって来たので工面しなければいけない。税金の還付が何時になるか?普通はクリスマス前なのでその前に一時的に都合しなければクリスマスを迎えられない。

その前にクリスマスのプレゼントをニコラウスの聖日前に渡しておいた。これだけでもクリスマスストレスになるところだったが上手く顔を合わせたので良かった。日本から持ってきてもらった飾り扇なのだ。なんと2000年の大丸の包みである。中を調べると破れることも無く上手く開けたので、そろそろ上げておかないと二十年を超えてしまう。ヴィンテージワインでもないので貰った人が生まれる前に購入したとなると何かおかしな感じになって仕舞う。先ずは捌けた。一日前のニコラウスと言われたがそれ以上突っ込むと自ら落ちを作ってしまうので止めた。成果は今後のお楽しみ。

いつも何だかんだ配っているように見えて、二十年も寝かしてあるのが、その頻度を示しているようで面白い。ズビン・メータが語るブルックナーの娘を見れば手当たり次第ではないという事だけははっきりさせておこう。彼は九曲も交響曲を作曲しているが、私はまだ一つも作曲していないようにである。勿論脈が無ければ態々カードに下手な文字を書き加えるのも面倒だ。そう言えば、歯医者にいつもながら瑞々しくと言われた。歯の事があるのでかなり落ち込んでいると予想されたのだろう。なるほど一年間は自身の運動能力が出ないので本格的なスポーツを控えているが、コンディション維持だけはしているつもりだ。筋力などは再びつけなければいけないが、上体は意外に早く戻ると思う。下半身から体幹の方が重要だろう。歯の治療が済めば再び追い込める。



参照:
スパイ活動をしていた教授 2019-11-25 | 生活
あまりにも忍びない 2018-08-16 | 生活
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