Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「メッセージ」ドゥニ・ヴィルヌーヴ

2017-06-21 02:36:35 | cinema
テッド・チャン「あなたの人生の物語」を原案とした映画ということで、
楽しみにしておりましたが、やっと観ました。

*****

原作はいかにも映画化が難しそうなものでしたので、
いったいどうやって映像化しているのか?と興味津々。

原作では、異なる言語を習得することで、物事の認識の仕方も変化する、という、
「サピア=ウォーフの仮説」に基づき、言語学者がエイリアン(ヘプタポッド)の言語を理解するにつれ、
これまでとは違った認識を得るようになる。

ということの一方で、その新しい認識とはどのようなものかを、
変分原理の一つである「フェルマーの原理」により基礎づけ描写している。

この2点が小説の面白さの核であり、また特に変分原理による「なるほど!」感は、
一番映画化が難しそうだなーと思っていた。


本作では、その困難な部分は潔くバッサリ切って、
ヘプタポッドの認識においては時間という概念がないことを所与のものとして扱い、
ヘプタポッドとのコミュニケーション成立の過程、それにより主人公が自分の人生をどう再構築するか、
そしてそのような認識を得た後にどのようなことが起こりうるか、に絞って、
小粋なタイムパラドックス風味のエンタテイメントに仕上げている。

原作にないモチーフも上手く組み込まれており、よく考えられた作品になっている。
さすが。

****

原作にないものの一つが、ヘプタポッドに対する世界の各国の対応の描写。
そこに世界は協同してより良き世界を作る努力をしなければならないという「メッセージ」を込めている。
こういう発展の仕方もこの物語にはあるのだな。

あと、ヘプタポッドの文字の成り立ちについても、
彼らの認識様態を踏まえた面白い説明が原作にはあるんだけど
ここらへんもカット。
ここは映画に入れてもよかったかもしれないが
ちょっと冗長な感じはするかもね。

******

映像も、暗い色調をベースに、「現場」の殺伐とした雰囲気と、
それに対する主人公の「人生」を対比的に描き出してグッド。


音楽もよいねー。サントラ欲しいかも。
冒頭と終盤に使われるのはマックス・リヒターの「on the nature of daylight」で、
こういう曲は映像とともに流れると、なかなか来るものがあるねー

もう1曲既成曲があったと思ったが、クレジット読み損ねました。

ヨハン・ヨハンソンによるその他の音楽も、
ヘプタポッドの認識を表現するかのような不思議感があり大変に好み。

クレジットにはボーカル指揮にポール・ヒリアーの名があったけど、
ボーカルアンサンブルの曲ってあったかしら?


Max Richter - On the Nature of Daylight


リヒターについてはこちらの記事がまとまっているかも。

あと原作についての昔の(超適当な)記事はこちら
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YES Heaven & Earth

2017-06-17 04:08:52 | music
ヘヴン&アース(初回限定盤)
クリエーター情報なし
マーキー・インコーポレイティドビクター


YESの現時点での最新作、2014年のアルバムを聴いています。
YESのアルバムとしてはパッとしないのは揺るがし難い事実なので(汗)、
世間は酷評ばかりなのも致し方ない。

が、YESだからと言って常にYESらしくなければならないという感じ方は
ワタシは不自由だろうと思うし、あの名作アルバム「トーマト」ですら
リリース時にはその「変節」がうるさく言われたけど今となっては立派にYESのアルバムだし、
ビートルズだって「SGT〜」後にあろうことかホワイトアルバムを出すというすごいことをやっているし
、むしろ「変節」する人たちをワタシは愛してきたのである。

YESだって特に90125以降はプログレの意匠を纏わないソングライティングにも
興味を持っていることを、時折端々に感じさせてきたではないか。

したがって、本作については、もはやYESらしさは求めず、
2014年の時点で彼らが作りたかった音を無心に受け止めようではないか、
という決意?のもと、時折聴きかえしてみると、
なかなかいい曲たちではないかと思ったりするのである。




1.Believe Again (Jon Davison, Steve Howe)
とはいえ、パッとしない1曲目である(笑)。悪くはない。
ジョン・アンダーソンのあの細いのにパンチがある無根拠に説得力にみなぎるボーカルであれば良いのかもしれない。
メロディラインもジョン・アンダーソンを思わせる個性がある。
普通のサウンドにクリスのベースが入ってくる時の浮いた感じがたまらん(笑)
中盤から馴染んでくるが。

2.The Game (Chris Squire, Davison, Gerard Johnson)
しかしパッとしない2曲目である(笑)。
このアルバム、つかみは完全にしくじっている(笑)。アルバム中最も凡庸な曲かもしれん。
MTV見てたら質の悪い曲に出会った時の気分。
いやそんなに悪くもあるまい、と先ほど改めて聴き返してみたが、
やっぱつまらん(笑)
ちょっと長めの少しハウらしいソロが聴けるのが良いところかも。

3.Step Beyond (Howe, Davison)
いかん、このままでは酷評になってしまう(^^;
と焦ったが、3曲目はなかなか面白い。よかったー。
場面毎に曲想が変化する、軽いけどひねりの効いたポップソング。
イントロの軽薄なwシンセが背景を作り、クリスの1拍目がなかったりオルタネートきかせまくりのベースと、控えめなギターソロとかが入って重層的な感じがよい。

4.To Ascend (Davison, Alan White)
これはいい曲じゃん。いいねー。
2拍3連と3拍子の間を揺れ動くのはすごい好みだし、
サビの憂いのあるコード進行はなんとなくYES的な叙情をよく捉えているよね。
ボーカルも自然によくはまっていて、やるなデイヴィソン!
ボーナストラックもこの曲なので、もしかしたら自信作なのかも。

5.In a World of Our Own (Davison, Squire)
一聴してクリス臭い!
デイヴィソンとの共作だけどどういう作業なんだろうか。
近年のアルバムにはだいたい入っているタイプのクリス臭さ。
ウィキペディア等によるとクリスのソロ用の曲だったということらしい。
サビ?に向けての部分で少し60年代ポップな雰囲気のメロディになるところとか、
普通な曲でもちょっとした凝りをつい入れてしまう感じがなかなか好み。

6.Light of the Ages (Davison)
ワタシ的にはこの曲が一番好きかも。
暗く浮遊するコード進行に乗る隙間多めのドラム、ベースとギターが、
ちょっと『海洋地形学』の雰囲気を思わせる。
ああ、この人たちはあのアルバムを作った人たちなんだなあ。。
とクレジットをみると、なんとデイヴィソン単独作。
YESの持つこの辺りのニュアンスを汲み取ってくるのは、偶然なのかもしれないけど素晴らしいと思う。
しかし、イントロの長めのインストパートが、遠目のミックスになっていて、
まあわざとなんだろうけど、なかなかかっこいい演奏なのでドーンと前に来てもいいんじゃないかなーと思う。

7.It Was All We Knew (Howe)
ハウ先生による明るいポップチューン。サビが大きなのっぽの古時計なのだがw、
歌はそのメロディをフルには歌わず適宜間引きしているところが彼らのセンス。
この古時計の素朴なテイストを求めるあたりもとてもハウらしい気がする。
間奏のYESらしいリフ攻撃も心地よし。

8.Subway Walls (Davison, Geoff Downes)
多分往年のYESファンが許せるのはこれだよねー。
ボーカルのバックでもとんがったリフとリズムをスリリングに組み上げて変拍子もキメる。
その格好良さがあって、キャッチーなサビも開放感がドーンときて映える、みたいな。
ダウンズ頑張ったかしら。
しかしイントロのシンセオーケストレーションを聴くと、ダウンズはなんというか、
普通な人なんだろうなーと思ったり。
なかなかこの素朴の極みのコード進行にバロック風味の刻みとかやらないよね。
アウトロに再現する部分みたいに7拍子にしたりとか、ついついしたくなるもんじゃないのかなーw

9曲目はボーナストラックで、To Ascendのアコースティックバージョンということで、
主にアコギのバッキングで、控えめなシンセが入っている。
ベースがかすかに聞こえるような気もするが、幻聴かもしれん。
曲がいいので聴けるが、サビでギターは3拍子でドラムは2拍3連みたいなアレンジの妙がなくなっちゃうので残念。




ということで、聴きこんでみるとなかなか楽しめるアルバムです。
繰り返しに耐えるアルバムというか。
今並行してASIAを1枚聴いているのだけど、それよりはこっちの方がかなり良い(苦笑)

歌詞には全然踏み込んでないので、歌詞も見てみたいですね。

冒頭YESらしさは追わずと宣言したけど、YES臭いところがあるとやはり燃えるな!ww

R.I.P. Chris

YES - Subway Walls - from HEAVEN & EARTH

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「クリーピー 偽りの隣人」黒沢清

2017-06-10 19:02:57 | cinema
クリーピー 偽りの隣人[Blu-ray]
クリエーター情報なし
松竹


録画していたのを観ました。

香川照之のやばい人オーラに押され気味であるが、
主人公的な西島さん演じる高倉も、2回も「面白い」とか言っちゃうし、
趣味でやってますとかいうし、若干のサイコパス風味アリ。
奥様も明るいふるまいの奥に闇をため込んでいっているようであるし、
隣の田中さん?の他者を極端に拒絶する振る舞いといい、
記憶と証言がとにかく怪しい日野市の少女といい、
出てくる人みんなが怪しい感じの作りは好み。

そういう怪しさに加え、随所に場の個性をじっくり映像に刻み込むやり方も素晴らしい。

西野の家の玄関手前に謎の増築部分と工事の囲いみたいのがある殺伐とした状況とか、
増築部分入口にビニールシートが下がっていていつも風に揺られているとか。

高倉の妻が西野の家の玄関に踏み入れた時に、わずかにカメラを引くことで、
妻が感じた禍々しさを表現するあたりはさすが。

日野市の「現場」の空家感や配置のヤバイ感じや、
終盤の廃墟風の元ドライブイン風の建物といい、よくロケハンしたなー。

日野市の現場に感じとるヤバさを、高倉が次第に自家の周辺に適用していくのも、
怖さのひとつの軸。

冒頭の警察署の廊下から始まって、西野の家の廊下の暗い感じもこだわりあり。

大学の風景ではむやみにオープンな作りのキャンパスに、
背景に常に過剰に学生たちが集うのが映るのも面白い。


ストーリー的には、西野の怪しさが暴露されていく一方で、
高倉の妻のようにサイコパスワールドに引き込まれていく人々のあり方が怖い。
このまま西野の勝利で終わっても少しもおかしくない。
取り返しのつかない世界に目覚めてしまった自分の
不穏な立ち位置を思う妻の絶叫で幕を閉じるのが素晴らしい。


16号をひたすら北上するワゴン車のこの世のものとは思えない情景は、
もう手を叩くほかなし。


@自宅録画鑑賞

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「不思議惑星キン・ザ・ザ」ゲオルギー・ダネリア

2017-05-13 03:53:07 | cinema
不思議惑星キン・ザ・ザ≪デジタル・リマスター版≫ [Blu-ray]
クリエーター情報なし
キングレコード


不思議惑星キン・ザ・ザKIN-DZA-DZA
1986ソ連
監督:ゲオルギー・ダネリア

話題のコレをようやく見ました。
これも面白いねえ^^

宣伝的にはユルいの強調な感じですけど、
結構プロットがしっかりしたSFよね。

冒頭のトリップに至るところはすごい感動したw
きた!これよ

前半はキン・ザ・ザ星雲の惑星プリュク星の不思議感を堪能する
ユルいファーストコンタクトものの風情があり、
異文化との出会いのぎこちない感じが楽しいし、
不思議なことがたくさん起きる。

後半は脱出〜振り出しに戻る的なループが始まり、
いよいよ脚本がノッテくる。
ループを積み重ねたのちに、最後に全体が大団円的な構造になってることがわかるのが
ホント素敵。

*****

人種差別とか階級社会とか
そういうものを外から見ると実に滑稽なんだというのは、
こういうシンプルな物語でも十分に表現出来るよね。

そういう社会のしきたりにどっぷり浸かっちゃう人たちは
こういうのを見て考えることはないのかしらと思うけど、
内部ではどっぷり浸かるというのが社会の成立ということなんだろうな。。

ここに出てくるおじさんとバイオリン弾きは
そういう社会の掟を飄々と乗り越えて、
根本原理にヒューマニズムを据えて行動するのが楽しい。
ヒューマニズムというのは適切かどうかわからないけど、
ひどい目に遭いつつも見捨てることはないということ。

ひょっと出てきた
「幸せかどうかは本人に聞いてみないと」
っていうセリフが基本思想かも。。

****

ということもあるけど
細部のチープな感じがほんとツボ!みたいなのが楽しすぎ。

あの宇宙船というか飛行機械?のボロい感じとか
無駄に機械部分が露出していてウニョウニョ動いてるとか

偉そうな警察みたいなエツィロップ?が持っている
安っぽいけど破壊力(切断力?)のあるヘンテコな武器とか
(破壊力の割に現象が地味w)

デタラメな歌を演ったらすごいウケるとかw
なんか知らんが空間の音響をコントロールする技術があるらしいとかw
なにあの「伴奏器」って(大笑)

。。。。。とかもういろいろ


昨年リマスター版でリバイバル上映したので
公式サイトがありますね。



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「血を吸うカメラ」マイケル・パウエル

2017-05-09 02:29:58 | cinema
血を吸うカメラ [Blu-ray]
クリエーター情報なし
KADOKAWA / 角川書店


血を吸うカメラPEEPING TOM
1960イギリス
監督:マイケル・パウエル
脚本:レオ・マークス
出演:カールハインツ・ベーム、モイラ・シアラー、アンナ・マッセイ 他


これは名作でした。

「見る」ことによる意識や状況の変容を中心主題としていて、
主人公マークの、病的な8mm?16mm?カメラでの窃視、
そのフィルムを現像したものの私的上映、
ヘレンがマークの幼少期のフィルムを見ること、
決定的なあのシーンのフィルムを見ること、などなど、
「見る」描写を様々に連ねていくことで、状況は動いていく。

同時に、彼らが何を見たのかを我々観客に「見せる」かどうかは、
周到にコントロールされている。
この映画のクライマックスと言える、ヘレンが真相を知るシーンで顕著だが、
ヘレンが何を見ているのかは画面には一切出さず、
しかしそこに映っているはずの映像がどのようなものであるかは、
すでに我々観客には情報が与えられている。
その上で、映像を見ているヘレンの表情の変化によって、
我々観客は彼女が見ているであろうシーンをまざまざと想像することができる。

この格好良さですよ。
見せないことによって、ありありと想像させる、この格好良さ。

名作ですな。


主人公マークがなぜこのような性癖を持つに至ったか、についてもよく設計されている。
父が撮ったという幼少期の禍々しいフィルムが全てを無言で(無声なので)表現している。
すごい。

父が残した著作の扱いも密かに謎めいている。
書棚になぜかカラフルな背表紙で並んでいて
マークは忌みながらも大切にしている感ありで。


そのほかにも、これだけ「見る」ことを巡って動くなか、
盲目のスティーブン夫人の「見破り」を配置してみたり、
マークの職業である映画カメラマンの仕事風景を盛り込んだり(これが面白いw)、
冒頭からPOV的な手法で視点を多層化してみたり、
撮影シーンとそのフィルムを見るシーンでシークエンスを再帰してみたり、
くしゃみの止まらない精神科医が現れたり、
ヴィヴィアン(モイラ・シアラ!)のダンス披露があったり、
やたらノリの軽い警官がいたり、
取り調べの間中警察の人がマークのカメラを弄り回してマークが冷汗をかくとか、
ヘレンの童話?出版にマークが写真(「顔」!)を提供しようと盛り上がる(がそれは達成されない)、
などと、至る所に面白い仕掛けが施されている。

もう名作です。

最後にマークは終焉の儀式として、自分を「見られる」側に位置づける。
これが死を意味することは、彼の中では必然で、それは全編を通して描かれているので、
我々にもその儀式の意味が明確なのもよく考えられているよね。


****

◯という大名作を撮ったパウエルですが、
これの興行的失敗でとうとう映画作家のキャリアを絶たれてしまったという話です。
興行というのは恐ろしい。

◯パウエルらしく色彩が豊かで良いですね。

◯ヒッチコックの影響がありそうな気配満々
具体的な参照項は別途考える(多分)

◯個人的にはポランスキー『ローズマリーの赤ちゃん』を想起。
見せないことで表現するあのシーンの1点の類似のみで。

◯音楽が非常にカッコ良い。

◯主演のベームさんはファスビンダーの幾つかの作品でおなじみ。
というか観てる時はわからなかったが^^;
思えばあの『マルタ』のヤバい旦那じゃないか。。。

ちなみに本作でのクレジットはCarl Boehm
そんで、カールハインツは指揮者カールベームの息子とIMDbに書いてある。
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sonimariumライブは5/6です

2017-04-22 03:40:45 | sonimarium通信
久々にsonimariumのライブがあります♪

2017.5.6(土)@吉祥寺MANDA-LA2
開場18:30 開演19:30
2200円+ドリンク

新曲旧曲取り混ぜてゆったり歌います。

そして競演はチェンバーロックバンドZYPRESSENのリーダー今井氏による
ソロユニット「今井ユニット」です!
こちらも楽しみです。

連休真っ最中ですが、
よろしかったらお越しください。

その他詳細はこちらのフライヤーを↓
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「鏡」アンドレイ・タルコフスキー

2017-04-10 22:49:03 | cinema
鏡 Blu-ray
クリエーター情報なし
IVC,Ltd.(VC)(D)



齢とともに、タルコフスキー作品ではこれが一番好きかもと思うようになり、また観たくなったので観ました。

BD版は色鮮やかで解像度もよく、また鮮烈な体験となりました。フィルム+劇場での体験とは異質な気もしますが、時代の流れですな。

****

「ノスタルジア」などで顕著だが、極めて個人的なものの解決や成就が、
世界の救済につながる、という、いささか「セカイ系」風なテーマがタルコフスキーにはあると思うが、
その個人的なものの解決・成就〜救済とはそもそもなんじゃろか?という問いと探求が、
この映画のひとつの切り口ではないかと思う。

ひとつはノスタルジー。
心に深く根ざしている過去の記憶、出来事、情景、確執を見つめ、大切にすること。
そのことが人の魂を救済する。
確執を明らかにし呪縛から逃れるとかそういうことではなく、
酸いも甘いもそのままのものとして向き合うことで訪れる癒しのようなもの。

二つ目は、超越的なものの理解と交流。
冒頭近く、アナトーリー・ソロニーツィンが語る自然との交流。
冒頭の吃音少年が催眠術により変貌を遂げる(と思われる)こともまた、精神の深遠な作用。
母の留守に現れた祖母が、カップの熱を残して突然消えるのもそれ。
母がぶちまけたバッグの中身を拾う時に生じる静電気もそれ。

この二つは全く別の事柄ではない。
記憶の中の雨、記憶の中で吹く風に舞うシーツ、炎、そういったものは、
心に深く楔を打ち込むと同時に、超越的なものとの交感を伴う。
その交感がまたノスタルジックな感情となって蘇る。

この絡み合う二つの事柄を、タルコフスキーは記憶の中のビジョンを
可視化しようとしたり(森を抜ける風、雨の中の火事、滴るミルク、驟雨)、
断片的なドラマとして想像/創造したり(印刷所の焦燥、父母の会話、祖父母の影)する。

時には大文字の歴史と接続し(泥野の行軍)、あるいは言葉による再解釈を重ね合わせる
(アルセーニーの詩の朗読)。

知情意の総体に多層的に訴えかけようとするタルコフスキーの動機に、
映画という形式が見事に呼応している。そういう宿りをここでは観ることができる。

****

今回は鏡のモチーフをよく意識した。
母と訪れた父の故郷の知り合いの家(だと思う)の別室で、
小さな鏡を不穏な意識の元に長く凝視するイグナート少年。

遠い記憶(おそらく父親の幼少期の記憶)の中で、ミルク壺を抱えて静かに鏡に映る少年。

自分を見つめる装置としての鏡、自分を写し出す装置としての鏡。
そこには不可解ながら何故かこの世に在る存在の耐え難い重みのようなものが漂う。

終盤でイグナートが生まれる前の母親が、男の子がよいか女の子がよいか尋ねられ、
逡巡し涙を流すのも、鏡を不穏に見るイグナート少年の心情を先取りしたものだと思われる。
生の不穏。

***

イグナートはおそらくタルコフスキー(アンドレイ)自身と思われるが、
彼の父もまた、幼少期の記憶にとらわれ、母親や妻と確執を抱えていて、
それがまたイグナートに影を落としている。
そのことに触れ、父親の記憶にも踏み込んでいるのがとても面白い。

記憶の世代間の遡行は、随所でアンドレイの父アルセーニーの詩が読まれることによりさらに多層化する。


@自宅BD鑑賞


ちなみに前回の記事

「鏡」の本 について
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「正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く」宮台真司

2017-04-08 02:47:42 | book
正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-
クリエーター情報なし
垣内出版



宮台真司氏が再開した映画評論集。

巻頭に書かれているように、映画評論というよりは「実存批評」という形式をとり、
一般的な映画批評とは趣が違う。
シネフィルさんは怒るかもしれない。

しかし、映画をツマにして社会学的な世相を切るというばかりではない。
現代の社会学的な様相をよく反映し、あるいは社会の構造への気づきを促すような映画がこのところ増えており、
またそういう映画を観客も求め始めているという状況の読みが、宮台氏を再び映画批評へと駆り立てたという面がある。
そういう期待感を持って、映画製作と映画鑑賞のトレンドとはなにかを考える上でも面白い論考だと思う。

もとより映画愛というよりは、映画の体験が自分に何をもたらしているのかを知りたいタイプのワタシとしては、
こういう批評の方がしっくりくるのです。

映画体験が、自分を含めた社会・パーソンもしくは世界の関係性への気づきを促しているのだとすれば、
そのように受け止め、そのように読む力をこちらもつけておきたいところかと。

***

内容はもう読んでいただく他はなく、下手な要約など恐ろしくて出来ないんだが。。。

いくつかの(二項対立的な)図式が全体の鍵となっているのだけど、例えば、、


黒沢清の作品の多くは、通過儀礼〔離陸→渾沌→着陸〕の3段階を辿る。

離陸する元の大地は、「世界」ならぬ「世界体験」の生、
言語的にプログラムされた社会を自動機械的に生きる受動的な存在である。

そこに事件が起き、渾沌が訪れる。渾沌とは、コミュニケーション可能な世界=社会の外側にある
「世界」の気づき、言語以前のカオス。

主人公たちは渾沌を経て再び社会を、日常を生き始めるが、
それは最初にいた自動機械としての生を生きることはもはや不可能。
渾沌の中に浮かぶ奇跡の筏としての「社会」を、そうと知りながら「なりすまして」生きる存在となる。


大ざっくりこんな感じであるが、このことの意味を、哲学や社会学、
精神分析や文学から宗教から全動員して多面的に説きほぐして、
昨今の社会の右傾化とかトランプ現象とかに繋げていくので、
深いというか、世の様々な事象の繋がりを考えることができる。

とともに、特に黒沢作品などのページでは、例えば渾沌が映画的にどのように
表現・演出されるのかを掘り下げているので、ファンにも結構面白く読まれるのではなかろうか。

もちろん上記のような単純な図式化では終わらないので、読みでがあるし、繰り返し読みたいところです。

しかし紹介が難しい本だな・・・・

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「豚小屋」ピエル・パオロ・パゾリーニ

2017-04-02 00:47:19 | cinema
豚小屋 【HDリマスター版】 Blu-ray
クリエーター情報なし
紀伊國屋書店


豚小屋Porcile
1969イタリア/フランス
監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
撮影:トニーノ・デリ・コリ、アルマンド・ナンヌッツィ、ジュゼッペ・ルツォリーニ
音楽:ベネデット・ギリア
出演:ピエール・クレマンティ、フランコ・チッティ、ジャン=ピエール・レオー、アンヌ・ヴィアゼムスキー、ニネット・ダヴォリ他

パゾリーニらしい不可解な
寓意に満ちた(と思われる)小品。

冒頭に石版に刻まれた謎めいた文章が朗読される。
ここにはおそらく作品を読み解く鍵が仕込まれているのだが、例によって難解。

1967年以降の世界が舞台だが、冒頭のそれにより、
恐らくは戦後ヨーロッパ世界についての寓話なのだろうとわかる。

映画は二つの世界が並行して展開するが、
レオーとヴィアゼムスキーが登場する世界はまさに現代で、
共産主義革命に沸く一方でファシズムの影が色濃いヨーロッパ。

なんだけど、もう一方の、クレマンティとチッティがつるむ荒野は
時代も場所も判然としない。
中世ヨーロッパ風の意匠なので、そういうことかもしれない。

そして、二つの世界を貫くのが、カニバリズム的なモチーフ。
中世界では文字通り人を殺して食い、残った頭部は黒煙を吹く火口に投げ入れて跡形もない。
現代の方では、ナチスの非人道的行為が随所でかすかに回想されるとともに、
最後にレオーがどうやら豚に「跡形もなく」喰われたらしい、ということになる。

二つの世界の照応が、どうも世界の神話的構造というか
意識/無意識の構造を表しているんだろう。
そういう点では、一切の説明的なことはないが
わかりやすく作られていると言えるのかも。

クレマンティの唯一のセリフである
「私は父を殺し、人肉を喰らい、歓喜に震えた」(だっけ?)
というのはまさに、禁忌があれば無意識には禁を犯す欲望が生まれるという
フロイト的な話であるだろう。

これに戦後ヨーロッパを引っかけてある。
ヒトラーは殺戮的な父親であるが、同時に母性的であるという主旨の冒頭語と、
レオーの両親の姿(男らしい母親と女性的な父親)が繋がっている。
レオーはその両親の子供=戦後ヨーロッパの精神なのだろう。

いずれ豚に食われて跡形もなくなり、
それは我々の無意識の欲望であり
最後は黙っていれば誰にも露見することはない。

てなところかな(全然わからん)

********

最後のくだり
ナチス残党と資本家が手を握り新事業を起こすお披露目の席で
使用人達がぞろぞろとやってきて事実を語る。
そして、ナチス残党は「しーっ」
内緒にしておけばOK!
のシークエンスは、パゾリーニらしいリズム感あり。
だいたいいつもそうだが、エンドロールというものがなく、
バッサリと映画はクローズする。
そこが好き。

レオーとヴィアゼムスキーの口元と音声を思わず観察してしまう。
おそらく二人とも違う人物のアフレコだろう。
違和感ありと友人はいうが、
ワタシ的には、そもそもが神話的映画なんで、むしろ嘘くさくて面白いと思われた。

クレマンティとチッティが並ぶと実に濃い(笑)
他の作品では主役を張るチッティだが、こうして2番手として出てくると
これまた子分くささがよく滲み出て、なかなか面白い。

もう一人のパゾリーニ役者のニネットくんは
確かこの辺りでパゾリーニに寵愛されるようになる。
彼がまた異様に嘘くさい顔をしているのだが、
唯一神話界と現実界の両方に出てくる重要な役まわし。

ものすごい低予算な感じも良い。

冒頭の音楽も田舎ヨーロピアンなかんじで良い。

マルコ・フェレーリが役者として出てるとかそういう話は
あちこちに書いてると思うので割愛。


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「クローバーフィールド/HAKAISHA」マット・リーヴス

2017-03-26 02:56:39 | cinema
クローバーフィールド/HAKAISHA スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]
クリエーター情報なし
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン


これは面白かった。
話題になってから9年くらい過ぎてますけど・・

POV手法なので現場なわけだけど、
現場はむしろ情報がない。
その情報途絶の必然性と、おもしろい怪獣ものとかホラーの一つの要素である
「正体不明」性をうまく結び付けている。

とかまあ今頃言うのもなんですが(笑)

かといって、本当に現場で巻き込まれた場合と違って、
だいぶ見せるべきものは見せるように仕込まれてもいるじゃないですか。
案外うっかり(というか逃げるのに必死で)撮り損ねたみたいなのがない。
見せるものと見せないものをかなり綿密に設計している。

そこが傑作になったポイント。

それができるということは、POVでなくても面白いものが撮れるわけですよね。
たぶん。

****

主人公は辛くも果敢に生き延び、愛が成就する
という風でないのが非常に現代風。
さすがにそんな都合の良い話は今時ないよねえと思いつつも
実は結構あるのかも。


そこらへんもバランスをしっかり塩梅していると思う。
主人公たちは、奇跡的に生き延びはするけれど、
やっぱり最後はなすすべものなく状況に飲まれる形で「整った」終わり方をしない。
パニックの現場にいたらそうなるだろうな
という納得とともに
なんというか人生ってそういうクソみたいに終わるもんだという
納得があるのが、好感の秘訣かもしれん。


猿の惑星も観てみようかしら。
「猿の惑星・新世紀」だったっけ?
「10 クローバーフィールド・レーン」もずいぶん変な映画のようだな・・・


コメント (2)
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