Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「オケ老人!」細川徹

2016-11-28 02:53:23 | cinema



監督・脚本:細川徹
撮影:芦澤明子


オケやってるし
ほぼ実際オケ老人だし
知っている人も出てるということだし
杏ちゃん初主演映画ということだし
軽いノリの映画を見たい気分だし

ということで、オケの練習の帰りに
楽器持ちで映画館に突撃しました。

が、
結果的には大号泣(^^;)
そんなに泣くかこの映画で、というほどの大号泣。

映画としては割と他愛ない演出の他愛ないドラマなんだよね
テレビドラマのノリに近い。
音楽的にはダメダメな老人たちがあの程度の練習で
あんなに上達するとは思えないとか
それに対してフランスのマエストロがああも簡単に感動するもんかしら
とかリアルなところでは実に突っ込みどころが多い。

しかし号泣。

考えたら、そもそも音楽だけで十分感動的なわけですよ。
そこに老人たちの滑稽ながらも努力する姿とか
若者の熱意とか純真とか
そういう演出を上乗せされているんで、
ワタシなんぞはイチコロに泣くんですな。

何しろもう冒頭、杏ちゃんがオケ演奏を聴いて感動する姿を見ただけで
滂沱。
そこから老人たちが、初めてここまで通った!とか感動するところとか
野々村さんが音楽を始めるに至った経緯とか
ラジオを直すエピソードとか
気の強い孫娘の純真とか
いたるところで涙腺決壊

あの老人たちが指揮をガン見してる!と言っては泣き


ということで、嗚咽が漏れないように我慢するので大変疲れました。
終映後ヘトヘト。
今年の大泣き大賞をあげたいくらいです。


***

次第に冷静になってみると、
脚本でなかなか面白いところがあったなと。

伏線と思わないようなエピソードが、後々回収されて
おお、あれと繋がっていたのか〜という面白さがいっぱい。

それと、言葉によらないコミュニケーションを演出するところが何箇所かあって、
それを杏ちゃんとか、孫娘黒島結菜ちゃんとかが見事に演じているのが素晴らしい。

絵的にはそれほど印象深いところはないかも。
オケの演奏会でのステージの上はあんなに暗くはないよと思ったが、
考えてみると梅フィルの演奏会とリハーサルの舞台をわざと暗く演出していたのかもしれない。

撮影は意外なところで黒沢清作品を多く取っている人。(芦澤明子)
時間の経過を風景の色づきの移り変わりで表現するところとか(まあありがちだけど)
大胆で面白かった。
あと超狭い寿司屋の客席での宴会でも切り返しカットがあって
あれはどうやって撮ってるんだろうと素人的に感心する。

***

楽器の演奏フォームについては、
楽器をやる人はもちろんアラが気になるのは仕方ないにしても、
ワタシはそういうのは映画の質を大きく左右しないだろうと思う。

むしろあそこまでそれらしく楽器を弾く姿を演じられる役者たちは素晴らしいと思う。
その大変さは楽器をやる人が一番よくわかっているだろう。

その点で一番驚いたのは
光石研がバイオリニストを演じて、全然違和感ないということだったかも・・・

老人のみなさんはそうそうたるお歴々で、
みごとですねえ。


@TOHOシネマズ日本橋



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「狂気の巡礼」ステファン・グラビンスキ

2016-11-12 18:47:58 | book
狂気の巡礼
クリエーター情報なし
国書刊行会


すみませんまだ前半読んだだけですが。。。

実はポーとかラヴクラフトとかあまり読んだことがないので、比較文化的にどういう水準にいるのかはっきりとはわからないのですが、ポーランドのポーと称されるグラビンスキの、日本での本格的なリリース第二弾は、まさにタイトル通り、これは相当狂ってます。
ポーやラヴクラフトもこの水準なんですよということであれば、やはりそちらもちゃんと読んでおくべきでしょう

狂気とはこういうもののことだと深く納得させる短編が次から次へと。
いやーすごい。

特にビビったのは3つ目の「接線に沿って」。
自分の行動や思考の動きと、外部からの影響について、楕円と接線で説明するところが、とにかく狂っている。
主人公の奇矯な行動や死の暗いイメージよりも、その背景にある認知の仕方が、もうイかれているのが恐ろしい。

こういう発想を記述できるグラビンスキ自身も相当恐ろしい。考えて捻って出てくるものなのだろうか。だとしたら作家というのは底知れぬ能力を持っている。

ということで、一編は割と短めなのに読むのにすごく時間をかけてます。頭クラクラするので。


全体を貫くテーマの一つが、場所の持つ狂気の力。催狂気性(と勝手に名付ける)。
「狂気の農園」はそのテーマど真ん中の作品。
心霊スポット的なヤバい場所は、確かにここにいたらマズイという第六感を刺激する。こういう感情は世界共通に持っているんだな我々は。

こういうテーマで世界のアンソロジー作ったら面白いと思う。すでにありそうだけど。

あとワタシの読書体験的に連想するのは、埴谷雄高の「死霊」でしたね。手触りは違うけど、狂い方に通じるものがあると思う。


後半も楽しみです。

芝田さん色々な作品を世に届けてくれてありがとう。


あーあと、装丁が良いですね。
こういう雰囲気の装丁は80年代にも流行った感じです。


こちらも!
動きの悪魔
クリエーター情報なし
国書刊行会
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渡辺未央「MIO*」「CRAZY LOVE」

2016-11-07 00:45:49 | music
いろいろな目論見から、ウチのCD棚を漁っているのだが、
懐かしいアルバムが出てきたので。

友人A氏に昔むかし教えてもらった渡辺未央という人のアルバム。
教えてもらった時点ですでに中古での入手だったかもしれん。



ここに2枚のCDの写真がありますが、
右が「MIO*」で多分デビューアルバム
左が「CRAZY LOVE」で2枚目

この2枚の間のアーティストイメージの違いすぎる違いというのは
かなり有名です(渡辺未央ファンの間ではね。。。)

1枚目はちょっと清純な感じのイメージで
収録曲も素朴な印象の歌モノがメイン

2枚目は見た感じは蓮っ葉な感じだけど
音作りはよりとんがり系オシャレなものを目指しつつも
清純な感じは隠しきれないぜってとこですね。


楽曲とアレンジが素晴らしいので、
ボーカルが多少怪しくてもむしろそれが味わいとなって
独特の作品になったりする
その見本のような佳作です。

楽曲は佐藤奈々子、日向敏文、JUN KAGAMIが手がけているのです。
と言ってもこの3名がどういう人なのかワタシは知りません。
音楽的には素晴らしい人たちであることは間違いないです。

「MIO*」から「風の中の友達(きみ)」を
このすごい線の細いボーカルが素敵です。

渡辺未央 風の中の友達(きみ)


由緒正しくアルファレコードからのリリースですが、
残念ながらこの先はなかったようです。
今どうしているんだろう未央さん。

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「23000」ウラジーミル・ソローキン

2016-10-27 01:40:00 | book
23000: 氷三部作3 (氷三部作 3)
クリエーター情報なし
河出書房新社



「氷三部作」の最後「23000」を読みました。

氷による目覚め、選民思想、世界を巻き込む救済を求めた集団の88年に及ぶ活動の終焉が、意外な顛末で描かれる驚きの最終巻でありました。

ある意味無垢な原理と救済が、外面的にも内面的にもカルト的で全体主義的な集団を形成するという、人類史的な洞察を軸に、その外部、誤った世界としての現実の20世紀(と21世紀)の歴史が俯瞰され総括される。そういう総合小説をソローキンは書いたのだと思いました。

当初は現代の即物主義、主知主義への幻滅とそれに対しての魂の回復が色濃く描かれていた三部作ですが、終盤に至り、それまで「光」の兄弟姉妹たちが肉機械と称して唾棄していた「人間」の側のストーリーがやおら立ち上がり、最終的には「光」と「肉機械」の間にいる「死に損ない」が残るという、ある種の和解が示されます。

魂の側にありしかし全体主義的な「光」の兄弟団を勝利させなかったことは、歴史の必然としてそうしなければならなかったとみることが出来ましょう。

一方で、退廃と滅びの「肉機械」の勝利としても描きえない。生き延びるのは、肉でありながら心臓(こころ)の声を感じ取り神と話したいと願う存在であるというところは、調和、和解、第3項にこそ希望は託されるというメッセージを読み取らざるをえません。

「肉機械」の世界で、彼らの世界の中での「和解」を論じる集会が終盤に描かれています。それは希望に彩られてはいるものの前途多難な様相を呈しているわけですが(レーニンの遺体(禿げた肉機械の皮)の処遇ですらまず合意できません)、とにかく20世紀の歴史の後で全肉機械の和解を話すに至った彼らへの、細い細い希望をここに植えつけているのだと思います。

第3項である二人オリガとビョルンは、最後に、神と語る方法を人間界に戻って訊こう、と言います。人間界にまだ残るであろう知恵を、和解の人である彼らが汲み取り、この先を牽引する、そんな希望を感じました。

あろうことかソローキンに、そんなメッセージを読んでいいのかと思わなくもないですが、ワタシはまあこう思いました。

******

三部作を通して多くの人物がそれぞれ一人称で長く物語る場面が多いのだけれど、
そこでの文体の変わり具合がよく訳しわけられていたと思います。
というかロシア語でもそういう文体の違いというのがあるわけで、
その違いを理解できるというところは翻訳者というのはすごいなあと思っちゃうわけです。

特に本作では強烈な文体(モグラ人間とか飛び少女とか)が出てきてすごいです。

あとちょろっとデヴィッド・リンチが登場するところがうれしいのと、
結構日本の風俗をよく知ってるな~と感心する個所もあり。



氷三部作1「ブロの道」の記事はこちら
氷三部作2「氷」の記事はこちら
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「マリー・アントワネット」惣領冬実

2016-10-25 03:11:26 | book
マリー・アントワネット (KCデラックス モーニング)
クリエーター情報なし
講談社


マリー・アントワネットの物語というとやはり
反射的に革命に至る激動の物語を期待するわけだが、
こちらの、ヴェルサイユ宮殿慣習による『マリー・アントワネット』は
マリーのお輿入れから宮殿での生活を、
最新の研究成果などを織り込んで描いたもの。

ルイ16世が長身のイケメンで、不器用ながら聡明なところを見せるところや、
マリーが、豪奢に明け暮れ民衆の困窮に無頓着な貴婦人ではなく、
自身の立場に戸惑いながらも状況について考える少女であるところなど、
従来のイメージを覆す要素が満載である。

人物像だけでなく、服飾や宮殿の意匠、宮殿での作法やふるまい、
あるいは輿入れのときの街道の風景などにいたるまで、
徹底した考証が反映されている。

物語としてのインパクトは弱いかもしれないが、
そういう細部に至るまでの史実がぎっしり詰め込まれており、
従来の定説をひっくり返すという点では、
帯に書かれた惹起である「歴史に革命を起こす」という売り文句も
そんなに大げさではないということがじわじわと分かってくる。

ということで、ベルばら世代とか歴女の方とか真実を知りたい人(?)にはおすすめ。

****

日本側の企画かなと思ったんだが、どうも
フランス側からのオファーで出来た作品のようです。
フランスでの「マンガ」受容は、受容第1世代が大人になって、
ざっくりいうと一層の深みを持ち得る段階にあるので、
フランスの出版社などではそこに文化的なチャンスを見出しているということですね。

そういう点では、総領冬実さんの資質はばっちり適任て感じです。
ここまでフランスの文化を具体的に絵として表してくるのは
日本のマンガ文化ならではという感じがします。

巻末の30ページくらいが解説に費やされていて、これも本編理解のためには必読。
あと、関連本で『マリー・アントワネットの嘘』も必読。
こちらには『マリー・アントワネット』制作の経緯や、
最新研究における新事実や、
総領冬実さんと萩尾望都さんの対談などもあり。

マリー・アントワネットの嘘
クリエーター情報なし
講談社



あと、個人的には、冒頭のプチ・トリアノンの建物や風景の描写にムネアツ。
昨年行った時の空気感がよみがえった。

そんでもって、とても大変そうだけど、この路線で続編続々編があるといいなあ。。。
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「バリエラ」イエジー・スコリモフスキ

2016-10-22 00:41:05 | cinema
バリエラ [DVD]
クリエーター情報なし
紀伊國屋書店



そうだったこの人ポーランドの人だったと
思い出させてくれる、暗喩や寓意に満ち満ちた
作品でした。

それらの暗喩を、当時のポーランド情勢に即して
全て理解することはもちろんできないので、
ワタシにとっては多くがシュールレアリズム的な
仕掛けに見える。
東欧の想像力に魅せられるワタシであるが、
多くはそうした理解の及ばぬところを幻想的と解して喜んでいるに過ぎないのだろう。


冒頭、人が後ろ手に縛られて次々と落ちて行く繰り返しは、大変不吉な印象を与える。
絞首刑のような。

それが次第にカメラが引きになっていき、他愛のないゲームであることがわかるが、
この不吉な印象が最後まで拭われることはない。

主人公が訪れる老人ホーム(と思われる)のどこか非人間的な空間、
信号が変わるとどっと走り出す群衆を捉えた長いシーンの不安、
背景のドームの上を這う人影からほとばしる大量の黒い液体、
怪しげな給仕にいじられ突如ショウの司会者が現れ掃除婦が朗々と歌い出すレストランの悪夢的不安、

などなど

あるいは、主人公が出会う女性との関係も不安定。運命的な出会いにもかかわらず、
不確かな約束の元に二人はお互いを見失い、再び会うことができるのかわからないという不安。

あるいは、全編アフレコであるために、極端に音の少ない聴覚的な閉塞感。

随所に刻まれる不安の形象はこの映画の撮られた1966年前後のポーランドの空気なのか。

一方でその不安をかいくぐり走り抜ける若い二人の愛の始まりを捉えた、純粋な高揚の映画でもある。

出会いの場面の、焚火の揺れる光に浮かぶ二人の顔。
二人で燻らす煙草の煙。

あるいは、二人で駆け上るシーズンオフのスキージャンプ台の白い階段。遥かな高さ。

思わず頰が緩む幸福感がそこにある。

不安と幸福。
終盤二人が互いに見失い、互いを探し求める流れは、なかなかに焦燥感がある。
不安な世界にメルヘンな出会いをした二人は、もしかしたらもう二度と出会えないのではないか、
という心配をしてしまう。
不安と幸福の入り混じる世界だから。

ああ人の世は。。とため息をつかずにはいられない。
こういう世界を切り出してみせるスコリモフスキの、見事な初期長編でした。


******

音楽は例によってクシシュトフ・コメダ。ジャズ以外のスコアも彼なのだろうか。
控えめながらこの映画の不安と幸福を印象付ける。

隠喩の解釈などの難しい話は、
DVD付属の冊子及びこちらの本↓に全て書いてあるので
考えないことにします。。

あとラスト、あれちゃんと路面電車は停止したのかしらという
一抹の不安が・・・・(笑)
(あのモチーフは堂々「出発」でも再現されていましたね)


イエジー・スコリモフスキ 紀伊國屋映画叢書・1
クリエーター情報なし
紀伊國屋書店


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「出発」イエジー・スコリモフスキ

2016-10-06 00:22:30 | cinema
出発 [DVD]
クリエーター情報なし
紀伊國屋書店


もう観る前から気に入ることが明らかな映画というのはあるよなあ。
この『出発』もそれ。

だからというわけではないけどずっと積読(じゃない積視聴)していたのを、
先日の『イレブン・ミニッツ』観た勢いでようやく鑑賞。

**

ゴダール初期のような雰囲気はありつつも、それほどスタイリッシュなところはなく、
粗削りな印象なんだが、いや、よく考えると相当に様式美的なアプローチにあふれている。

美容院のシャンプー台のシンメトリックなところとか
路上で喧嘩するバックに能天気な車の広告があってときおり広告のアップが挟まれるとか
車で疾走するときのカメラの設置場所が妙に凝ってたり、
ガソリンタンクを坂道においていくところの上下の構図とか

魅力的な細部と動的な繋がりが映画の面白さだよなあと
改めて思わせる。

**

そういうワクワクする作りの中を所狭しと動き回るのが、
われらがジャン・ピエール・レオーなんだからつまらないはずがない。

レオーはここでもこの上なくレオー的。
サイレント期喜劇を思わせる彼の過剰な動きについては、
スコリモフスキがインタビューの中で、
レオーとはまったく言葉によるコミュニケーションができなかったので、スコリモフスキが演技をやって見せて、レオーがそれを模倣するというやり方となり、それが過剰な動作という結果になったのでは?というようなことを言っているが、
いや、レオーっていつもあんな調子じゃないかしら(笑)
デビュー作は子供だったしそうでもないけど、
あるいは『恋のエチュード』みたいな例外はあるかもしれないけど、
トリュフォーのドワネルもののひとつ『家庭』で、あからさまにジャック・タチの所作を真似ているレオーこそが
ワタシの知っているレオーなのだ。
そのレオーがまぎれもなくというか期待通りにいる『出発』がつまらないはずはない。

レオーらしさといえば、もちろんそういう喜劇的なふるまいの一方で
色恋に関しては積極的なくせに最後は臆病で不器用で情けないところも
しっかり「らしさ」を発揮しているところもすばらしいじゃないですか。

ガールフレンドと車のトランクに二人きりになっても彼からは触れようともしないし、
お金と車目当てに美容院マダムとうまくいきかけても、寸前で恐れをなして逃げてくるし(笑)
終盤でミシェルと泊まるホテルでのおどおどっぷりときた日にはもう(大笑)

そこんところは映画の主題の根幹でもあると思うので、
レオー実に適役ですよ。


****


あんまりネタバレするのもなんだけど、
ラスト近くの二つの「燃える」演出はさすがスコリモフスキという感じ。
ミシェルの少女時代の終わりを暗示する最初のフィルムの炎上と
それからマルクに訪れた転機を示す炎上と
二回出てくるところがすばらしいよね。


ミシェルをやったカトリーヌ=イザベル・デュポールは、ゴダール『男性・女性』でレオーと共演している。
DVD付属の冊子によると、彼女は『出発』出演後に映画の活動はやめて、現在は消息不明とのこと。
寂しいな。

あとそうそう、音楽はクシシュトフ・コメダ。音楽はすごく前面に出ている。
コメダ節炸裂の感あり。
冒頭と中盤に出てきて心をわしづかみにする挿入歌は、ものの本によるとスコリモフスキ作詞。
ポーランド語で書いてフランス語に翻訳してもらったそうな。
コメダが作曲したかどうかはわからないが、コメダ以外にすることもあまり考えられない。

コメダも若くして他界したので、そういう裏話を今聞けないのが残念よね。
DVDの冊子にはコメダの来歴がとても詳しく書かれているのが素晴らしい。



@自宅DVD



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「氷」ウラジーミル・ソローキン

2016-10-04 02:06:11 | book
氷: 氷三部作2 (氷三部作 2)
ウラジーミル ソローキン
河出書房新社


ソローキン「氷」読了
先に「ブロの道」を読んでいたので、困惑することはなかったが、
第1部はミステリアスな構成

背景を知ることがなかったら、一体何が起きているのか
全くわからないだろうと思う。
その点では、執筆順に「氷」から先に読むのも面白いと思う。
説明なく常識はずれのことが次々起こるのは
タッチとしてはストルガツキーを思い出す感じ。
ストルガツキーよりは整然としているけど。

第2部で一応の種明かしがある。
第2部をさらに詳細に語ったのが「ブロの道」ということになるのかもしれない。
第3部と第4部はちょっとコンセプチュアルな側面。

しかしこの選民思想的なユーフォリア物語はどう収束していくのだろう。
確かに「氷」だけでは不足なのかもしれない。
人間の営みを徹底して異化して蔑んで見せるこの物語、
それは絶望なのか、
人間にはもはやどこにも希望をつなぐ地点などないのだということなのか

金髪碧眼、過剰なまでの同胞愛、他者への徹底した冷淡さ、神話的起源への絶対的信頼
などなどは、むしろ人間の歴史の暗い側面を強く思わせる。
そこにはおいそれと未来の希望を託すことなどできない。
その意味でこれは深い絶望か、恐ろしい全体主義かのどちらかに転んでいく
救いのない小説なのだ。

次の「23000」ではどうなっちゃうのか、恐ろしい・・・

しかし、これを間に受けて小説と現実の区別がつかなくなるヤツがきっと何人かはいると思うと
背筋が凍るよ。
今頃実際に氷のハンマーを作っている金髪碧眼のロシア人が絶対一人か二人いるよなあ・・・


ああ、これは出版は2002年だからもう古いのかもしれないが。

あと金髪碧眼ってところが、少しほっとした
これが東洋人的な特徴を持った奴らだったら、
日本でも妄想に囚われて氷のハンマー作るやつが出るところだ。
今の日本はそういう選民思想的なことはすぐに蔓延するからな。


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「イレブン・ミニッツ」イエジ・スコリモフスキ

2016-10-02 16:33:07 | cinema
【ネタバレ含みます】

冒頭から唸らざるを得なかったのだけど、
うーんなんなんだこの1カット1カットみなぎる
独創性は。

バイクでガーッと走って来て回り込んで止まるとカメラはそれに並走して来て最後は地面から見上げる目線になり、バイクとビルの上を旅客機が低空でゴーッと通り過ぎるとか、こんなの意図して撮れるもんなんだろうか。

ホテルの廊下をウロウロするだけのオトコだけどあの閉塞感と怪しい空気はなに?彼は時系列おかしくないかな、目の傷ってあの時できたんじゃないのかな、違うのかな。

救急車で安アパートの入り口に到達して、救急隊員が階上に走るんだけど、そこでなにやら起こるが、それが音だけで画面はなぜか入口脇の石の壁にズームインしていき、壁を伝う水滴の流れが逆流する。なんなんだよおもお。

あとイヌ目線には笑った。執拗に飼い主を追う目線だが、近くを他の犬が通るとキッとそちらを一瞥してワン!と一喝するとか、芸がこまかい。

ヤクの売人くさい彼がオフィスビルペントハウスに行くエレベーターで変な虫だかなんだかに翻弄された挙句、最上階の部屋はなにやらリンチ風の変な男の声で不吉な言葉が響き、気が狂いそうになるとか。
あの声は、少年が強盗に入ると縊死体があった質屋で、モニターが勝手に光り出しそこで流れる声だ。主人の死に何か関係があるに違いない。

その少年が目撃した未確認飛行物体。

ヤクの売人の親父のホットドッグ屋は出所前なにをやらかしたのか。

安アパートの上ではそもそも一体なにが起きたのか。


異様な画面の連続の中で、回収されない謎が溢れんばかりに注ぎ込まれる。
終盤のドミノ倒し的惨劇は最高だが、すべては謎のままのカタストロフ。
スッキリするようだがぜんぜんしない!
前宣伝で最後にすべて回収するのかと勝手に思っていたが、全然そうではなかった。素晴らしい。

それに、出て来た人物ほぼ全てが最後にいっぺんにひどい目にあう。たまらん。

これがスコリモフスキの現在なのか。
正直言ってもう大好きである。
長らく、人生の幸運はタルコフスキーとジャック・タチとデヴィッド・リンチを知ったことだと言ってきて、その後そこにポランスキーとクローネンバーグを付け加えてきたが、いよいよスコリモフスキをリストに加える時が来たようだ。。。


個人的には、ホットドッグ屋であることが感動。『早春』を思い出すからだけど。

あとリンチに影響を受けてないかね、どうかねイエジー?

@ヒューマントラストシネマ有楽町
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「デスペア」ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー

2016-09-22 21:31:23 | cinema
若干のネタバレを含みます



滅多に上映されないファスビンダー「デスペア」観てきました。

ファスビンダー映画祭2016は他にも日本初公開の「シアター・イン・トランス」やファスビンダーについてのドキュメンタリーもあり、すごい展開です。

「デスペア」はダーク・ボガードやゴットフリート・ヨーンなどの有名な人たちが出ている意欲作だけれど、やっていることは実にファスビンダー臭いいつものノリ。

そこにダーク・ボガードが見事にすっぽりはまっているのがお見事。長年のファスビンダー組みたいなギラギラした演技を見せるダークは素晴らしい。

しかしナボコフの原作もこんなに関節外し的なものなのかしら??犯罪を仕組んだもののあっさり肝心の部分がアレでアレするとは。。思わず客席も失笑する唖然。。な展開をお楽しみに。

脚本は珍しくファスビンダーではなくトム・ストッパードという人。ファスビンダーのインタビューによれば、共同作業的に出来上がった脚本ということだけど。
他の作品にあるような、ヒリヒリしたいたたまれないような人物描写は比較的(比較的ね)引っ込んで、プロットの面白さに重点が置かれている感じ。

時系列的に不思議なところとか(警察が訪ねてくる一連の繰り返しとかね)、ふっとサブリミナル的に差し挟まれるカットとかその辺が完成の域にある。
予算もスターも脚本も揃えて英語で撮った「デスペア」でカンヌに乗り込んだということなので、力を入れて整えたのだろう。
(カンヌで盛り上がったのは、プライベート上映した「マリア・ブラウンの結婚」の方だったけど)

とはいえ、その端正な要素を思わず突き破ってしまうのが、なんだかんだ言って存在感ありすぎる「いつもの」面々なのは、やはりすごい。
紫色のスーツで登場し、ナチス服にお色直しをするペーター・カーン、いかにも邪魔くさいウザい従兄弟のフォルカー・シュペングラー。彼らの印象はいつものことながら主役級に残る。
ペーターなんかは、ダニエル・シュミット作品などでもあれだけ場をさらっておきながら、「別に役者やりたいわけじゃないんだよ」みたいな人だったというから、すごいよな。

ああそれと、ペーア・ラーベンの音楽。冒頭タイトルが出た瞬間に音楽で場を異様な空気に変える恐るべき曲者。ファスビンダー世界の、生理的にいたたまれなくなる要因の多くはペーアが作り出していると思う。あれはすごい。

@アテネ・フランセ

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