Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

保留付の意味とは

2020-07-16 | ワイン
ベルリンの秋の音楽祭の改定プログラムが出た。先ずすっぱり欧州の大管弦楽団の客演が消えた。多くはルツェルンなどと共通するものだったりする。大だけでなく中のレシエクルなどとフランスからのそれも無くなっている。理由は分からないが、入場制限が大ホールでも750人までなので精々三席に一人しか座れない。足代顎代を出すのは難しいだろう。一方でフランクフルトからアンサムブルモデルンやヴィーンからクラングフォールムなどは客演する。あとはベルリンの六つぐらいの管弦楽団とイゴール・レヴィット、タベア・ツィムマーマン、ゲルハーハーなどの人気ソリスツが参加する。

注目のベルリナーフィルハーモニカーは二回演奏するが、三日間続けてのキリル・ペトレンコ指揮のプログラムはスーク作とクセナキスの作品が無くなりその代りのドヴォルジャークの交響曲五番が演奏される。もう一つのベルクのヴァイオリン協奏曲は其の侭変わらず。

こうしたプログラムの変更が少なくとも12月までは続きそうで、如何に編成の大きさの制限の中で多彩な音楽をやるかである。同時に全面禁止になっているRIAS合唱団メムバーの演奏会は保留付となっている。

カタリーナ・ヴァークナの近況が伝えられた。インタヴューに答えて管理協会の理事長が先週電話して話したとその状況を伝えた。リハビリが進んでいて月内に次の段階に行くかもしれないというものだ。すると秋には職務に戻れるかもしれないという意思表示があったとするものである。

なるほど具体的な事象を語ってはいる。意識が確りあって、自身のリハビリと今後を語ったのは間違いないであろう。しかし業務に関しての決済に関してや今後に関しての情報は以下の通りで、何が具体的に両者で話されたかは全く明らかではない。

次期取締役を9月、10月で人選を決定する。また、2021年のヴァークナーフェスティヴァルは、券の発売遅らすことで、7月中にプログラムを発表する事を模索とある。先週電話で確認をとったのはこの件であろうが、それほど細かな事では無くやはり大まかな変更の必要性が確認されたのだろうか。恐らく、電話確認したことで個人的にも一任を得たという事だろう。

本来ならば代理の取締役の役柄だが、代わりに誰かが決裁という事には変わりないので、秋には復帰と流したと思われる。そこが本当の病状に関してはアヤフヤになっている感じがする点でもある。

グロースゲヴェックスのリースリング「フリューリングスプレッツュヘン」を開けた。また若飲みで二年を切っている。だから最初の試飲の時との差を把握することでしかない。魅力的な果実風味は堅調だが同時に若干苦みを感じる。恐らくこれは最初の酸が落ちたからだと思われる。今後の瓶熟成で期待されるのは苦みの中に隠れているミネラル要素が果実風味と共に開いてくることである。次開けるならばやはり二年ほど待ちたい。練れてくると良いと思った。



参照:
合唱するための必要条件 2020-07-15 | 文化一般
紫の華には猛毒が 2020-06-29 | 雑感
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祝祭劇場からの電話

2020-02-26 | ワイン
朝が辛かった。殆どフラフラしていた。喉の調子も悪くなって、微熱気味だ。咳も出るようになってきた。しかし二週間前には濃厚接触などの機会は無かった。出来るだけ年寄りなどには近づかない様にしよう。スイスでも感染者が見つかったというので、危機は近づいている。

沢を往復するのに二月初めの発熱の時よりもつらかった。パン屋でもフラフラしていて視線が定まらないのでおかしく思われたと思う。よく分からない。もうこうなれば守るのはバーデンバーデンの復活祭が無事開かれて盛況に終わることでしか無くなって来た。近場で感染者が出るのが本当に怖い。

バーデンバーデンに祝祭劇場から電話が掛かって来ていたようだ。電話番号の内線番号からするとサーヴィス関係で支配人スタムパか社長ではないようだ。つまり、友の会やパトロンへの誘いではない筈だ。後者はそれ程金があるとは思われない筈なので大丈夫だろう。そもそも安い席を争って購入している口だからだ。

それで少し考えていたら、ああと気が付いた。私の席にカメラでも置きたいのではないだろうか。要するに「フィデリオ」最終日の席を譲って欲しいというものではないか。一列目だから、二列目も含めて数席を潰す可能性は十分にある。勿論格上の席に移してくれるのだろう。ミュンヘンでは記念公演「マイスタージンガー」の時に同じような事があった。こちらから電話しても良いがそのような事ならもう一度電話があるだろう。

また祝祭劇場のサイトにヤニック・ネゼセガンがマーラー交響曲三番をキャンセルしたことで、一ページを費やしている。それによると、今週ベルリンをキャンセルしたというのは個人的な理由ということで、週末にバーデンバーデンでロッテルダム管弦楽団を指揮して客演の直ぐ後でということで驚かれている。

つまり今週ベルリンで「練習・本番」が出来なければ、バーデンバーデンには練習時間が無いので、急いでヴィオッティ指揮で話を付けたということだ。これは事実関係としてベルリンで準備してくる、してこなければ数時間も時間が取れないという事実だ。なるほどリハーサルルームがあの劇場にはないかもしれない。話題になっている小劇場建設にはその目的もあった筈で、前日聖金曜日は「ミサソレムニス」で全く時間が無いという事だろう。

もう一つ興味深いのは、今回の演奏会がスタムパとセガンの協調作業の深化を意味していたということだが、丁度来年7月のメトの座付楽団との公演が発表の日という事での困惑と「ヤニックは再びバーデンバーデンに戻って来る、彼を信用し続けている。」と語り、「今本人以上に残念に思っている人はいない。」と結んでいる。

勿論病気ではないということで、また不慮の事態でもないとすると恋人とのいざこざなどが想像されるが、さてどうだろう。あまり男女間以上に同性間の愛情も縺れは更に面倒そうなのでそれ以上には関心が無いが、敢えて信頼などという事が発言されると痴話事としか思われない。

関心事は、ロレンツォ・ヴィオッティがこのチャンスを如何に活かせるかに尽きる。名前は親父さんの事から聞いていて、日本でも客演していたのも聞いていたが、昨年十月にフランクフルトで新制作「マノンレスコー」をアスミク・グリゴールの主演で指揮したのを聴けたので、その実力は大変評価している。但し交響曲ではどうだろうかというのは未知である。

月曜日にロンドンからの当代一のオペラ指揮者パパーノのお話しを見ていて、やはりこの指揮者は演奏会指揮者としては難しいとその話しの内容から分かった。端的に言えば、音楽の構成にその感情的な流れを中心に考えていてまさしくオペラ指揮者なのだ。なるほどMeTooガッティなどの方がその話しの内容からも演奏会向きだった。その点からすればヴィオッティはガッティぐらいは向いてはいると思うが、ジュリーニやムーティの様に成功するかどうかは分からない。フランス語、イタリア語の地域は異なるが、それらの親父もそうだがジョルダンよりはヴィオッティの方が遥かに良い。

2015年のゲリュンペルを開けた。最近2015年を比較しているが、思ったよりも遥かに良かった。特徴はサーモンド系の味に酸が効いて、色の深みにも負けない奥が深い果実が広がる味質なのだが ― 敢えて言えば複雑なフルーツミックスジュースの味である ―、ザールの同年のリースリングの様にオイリーさはない。但し年度の特徴は明らかだ。リースリング愛飲家としては影の薄い年度を好むがこれはこれでボディーもコクもあって酸も効いて経年変化が良いいい年度である。通常のワインからすればベストイヤーだろう。このワインに関しては十年後も大開きする可能性が高いと思う。雑食砂岩に、玄武岩などまさに上から降ってきたようなごみ箱のような多彩さがこの地所の特徴だ。しかし通常の年度はこれほどの深みには中々達さない。満足である。



参照:
今後の熟成を考慮する 2020-02-06 | ワイン
巨匠指揮者の動向 2020-02-25 | 文化一般
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今後の熟成を考慮する

2020-02-06 | ワイン
体調がどうもおかしい。運動も出来てそれ程不都合はないのだが、腹の調子が今一つなど、先週の熱を考えるとインフルエンザ類なのだろう。出歩く度にヴィールスをまき散らしている感はある。自身の症状を考えるとそれほど酷いものではないが、近所でコロナヴィールスでも見つかると大笑いだ。しかしそれが遷る様なところには出かけていない。まあ回復期なのでどちらでもいいことである。

エルフィーでのコンサート準備を進めている。アロイスツィンマーマン作曲「アラゴアーナ」の内職は綺麗に終わった。音源はまだ探していないが、楽譜があるだけで先ずは安心だ。もう一つのストラヴィンスキーの三楽章の交響曲の楽譜もなんとかなりそうだ。これで全曲揃う。いつものベルリナーフィルハーモニカーであるからアンコールは無いだろうが、フランクフルトだけで振る予定だった「悲劇的序曲」はどうなるのだろう?

天気中期予報を見ると17日月曜日は悪くはない。気温も高めで、雪なども降りそうも無く。週末の雨がずれ込むかどうかだけだろう。来週末に燃料を満タンにする前にそれまでの燃料を入れておいた。少し安くなっているので、来週も引き続きそうなって欲しい。エンジンオイルを継ぎ足してから音も静かになったので、ハムブルクに出かける前に多めに入れておけばよいだろう。あとはコンサートあとの夜食のテーブル予約ぐらいだろうか。

コンセルトヘボー管弦楽団の後任指揮者が話題になっているが、その候補に挙がっているネルソンズ指揮コンサートの前半を流す。放送で聴いた時と同じくやはりあまり良くない。それでも楽団に人気があるのは自由に音楽をさせてくれることのようで、どこの楽団でも評判が良い。しかしその音楽がその為か統一感に欠けることが屡で上手く行かないのかもしれない。後半ももう一度聴いてみるが、今まで聴いた中では相性が悪い方で、先ずこの指揮者がアムステルダムに来ることは無いだろう。恐らくペトレンコとの相性ももう一つだったのだろう。ロートが指揮したシュトラウスがここ最近では最高の出来で、ヤンソンス指揮などよりも遥かに良かった。

2015年産フォムブントシュタインのリースリングを開けた。2015年は十年に一度ぐらいの暑い夏で、ワインも果実の熟成度が高かった。その分、酸が若干後ろに引っこむ感じがあった。このワインは、「ガンツホルン」の前収穫分なので上のもののパイロットにもなる。印象からすれば酸が効いて清涼感というよりも深みのある味質だ。今までおいておいたのも通常の年度に比較して長持ちすることは間違いないと思っていたからだ。そもそも最初から味質は解っていたので瓶詰め二年経過でもそれ程熟成が進むとは思っていなかった。実際に構築性の強いリースリングで、堅くはないがまだ全く崩れも無く所謂ぺトロール臭などとは程遠い。但し瓶を開けて直ぐの口当たりは辛みが立つ。しかし不愉快なものではなく、恐らくシャブリなどを飲みなれている向きには深みとコクとしか取られないだろう。だから食事に合わせるのは難しくない。反面リースリングファンには、花園のような開かれた瓶熟成には程遠いということで、さてどのように今後寝かせて行くかが考慮されるところだ。ガンツホルンに関しては最初からよりこなれた酸が効いていたので全く心配は要らないだろう。

オペラ賞の候補ファイナルリストが上がっていた。最も興味深かったのは私も推した新制作「サロメ」で美術を担当したマルゴルツァータ・ツチェニアックで、あのシナゴークの意匠を上手に使ったり、壊れた書庫の感じなどとても印象に残るものだった。ヴァリコスキー演出の大きな柱だったと思う。受賞して欲しい。あと指揮者は、ペトレンコ、マルヴィッツ、リニヴとお馴染のメムバーで順当だ。またフランクフルトの劇場が当然の如く入っている。バリーコスキーの「アグリピーナ」も当然だと思う。管弦楽はバイエリシェシュターツオパーは実際に抜きに出ている。あと「三部作」を演出していたロッテデベアーが入っていて喜ばしい。そしてなんとオテロのラッセル・トーマスが入っていて吃驚。来年はまず間違いなくバーデンバーデンの復活祭がここに入ってくる。



参照:
体力回復を期待する日々 2020-01-05 | 生活
なにがどのように繋がるか 2019-05-07 | SNS・BLOG研究


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年始のスタートダッシュ

2020-01-04 | ワイン
ここの所天候が下り坂である。陽射しが無く湿気があると気温は若干高めでも乾燥した日よりも寒い。歯を治療するまではどうも寒気がしていけない。来週から何か変わるか。

昨日は氷も解けて零度を上回ったが、余計に寒くなった。パン屋も土曜日が最後で二週間の休みに入る。つまり再開の20日までに終えてしまうことが沢山ある。今年は年末から色々と準備してきたつもりだが、それでもスタートダッシュで追い込まれる。

洗濯屋にはシャツを出したので来週水曜日には出来上がる。次のお出かけまでの間に充分に余裕がある。

パン屋が休むと来週の走る場所も考えて、結構厳しいことになりそうだ。先ずは抜歯をする前に身体を動かしておいて力みを無くして行こう。そのあとにどのようになるのか?前回の2016年6月親知らずの時は洟に回って結構堪えた筈だ。

ヒンデミット作曲画家マティスのお勉強を始めた。コムパクトには纏まっていると思うが、まだ分からないところが多い。音資料としてYouTubeでサヴァリッシュ指揮のフィラデルフィアでの録音を聴いた。

一番感じたのは、ヒンデミットで重要になる対位法的な動きも無頓着というよりも制御できていないままに演奏されていることだ。現在のネゼセガンではありえないが、ムーティと比較しても少し違うかもしれない。やはりこの指揮者はオペラハウスで修業した昔風の指揮者なのだと改めて気が付く。精緻な様に思えても、この人がピアノで弾けばやはり同じように鳴ると納得した。次の世代のブロムシュテットなどが大分現代風に見えるのはただ現役でやっているからだけではないだろう。よってヒンデミットの楽曲の面白さが充分に出ていなかった。

年末年始に開けたのはゼクトとリースリングだった。気が付いていなかったが二つとも同じ醸造所のものだった。リースリングの方はヘレンベルク2011年産で難しい年度だった。酸よりも重みがあるような過熟成気味が特徴で、中々開ける時期を決断できなかったワインである。青シーファー土壌のリースリングとしてもトップクラスなので熟成が期待できるからだ。それでも開けてみた。土壌特有のとろみ感もあったが、まだまだこなれていなかった。胡椒風味で、酸ももう一つで、辛みの方が目立った。その点では惜しくはないかと思った。



参照:
2018年産最初の試飲会 2019-05-05 | 試飲百景
最後のグレーフェンベルク 2016-02-21 | ワイン
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眠りの森の亜硫酸臭

2019-12-30 | ワイン
ベルリンでの「眠りの森の美女」中継録音がオンデマンド化されていない。理由は分からないが残念なことで、事情があるのだろう。モスクワでの録音はYouTubeに出ているようだが、商売でなくて今後の計画が係っている可能性がある。

ざっと録音を聴いてみて、ヴィースバーデンでの問題点は大分解決されていて、恐らく今年ベルリンのフィルハーモニーで演奏された管弦楽団演奏会の中で十指に数えられる芸術的な内容だったと思う。まだ前半を何回か聴いているが、指揮のユロスキーが語るように、この曲が19世紀の音楽史の中で変換点に位置しているというのがとても分かる演奏だ。勿論ロ短調のパッサージュの話しとなる。

この曲と第五交響曲の内的関連が、「くるみ割り人形」と第六交響曲とのようにあって、また大きな反復ブロックにおいてショスターコヴィッチとの関係にも言及している。美学的にはパセイズムと呼んでバーデンバーデンでの解説のように過去のラモーとかの後期バロックやプレクラシックへの回顧がそこにあってというのがそこに含まれるだろう。

管弦楽法を見ても、なるほどアンチヴァ―クナーのチャイコフスキ―であってもブルックナーなどに接近しているところもあって、更に細かな技巧があって正しく演奏しようと思うと合せるのが大変だ。

少なくとも三回目の本番はアーティキュレーションの統一は遥かに出来ていて、正しくこの指揮者が指すティームワークというのはこれ以外のものである筈がない。限られた練習と本番の中でここまでもってこれる腕は矢張り立派である。客演では無理だろうと思う。

後半はまたゆっくりと聴いてみたい。兎に角長いので聴き所盛り沢山である。先のお話しに戻ればやはりミュンヘンでバレーを指揮するのではないかと思う。練習が出来ればミュンヘンでも素晴らしい成果を聴かせてくれるのではなかろうか?こういう演奏を聴くと夏のゲヴァントハウスは一体何を演奏したのか、「海」や協奏曲以外にもう思い浮かばない。年齢も違うがネルソンズよりはユロスキーの方がやはり上だ。

ドヴォルジャークの家族との米国滞在中の写真を見かけた。そこではたと気が付いたのはスークの奥さんとなる長女の姿で、特定できなかった。しかし、新年第二週にアスラエル交響楽が演奏されるので ― こちらにパユが乗りそうなので、ブラームスのオープニングプロはデュフォーが乗るのか ―、これも「新世界」を聴く前に押さえておかないといけないと気が付いた。どのような関係があるのかないのかは分からないが、間違いなく何かが繋がっているだろう。

クリスマス二日目にはシャルツホーフベルク2014年産を開けた。最初から亜硫酸臭さがあって、綺麗には抜けなかった。モーゼルやザール、リュヴァ―のリースリングを馴染む向きにはあれを鉱山的なミネラル風味と評する向きもあるようだが、やはりこれは鉱物であるよりも亜硫酸としか表現のしようがない。勿論酵母臭と同じようにワインの味とは異なるものとなリ否定的になる。2014年は一般的に悪い年度ではないのだがよく分からない。どうも記録を読むと下位のアルテレーベンも同傾向なので、この年度はあまり良くないかもしれない。一通りこの醸造所で高級地所を購入しているので蔵のワインが心配になる。



参照:
歴史文化まで語る手腕 2019-12-23 | 音
年末年始調整計画 2019-12-27 | 生活
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暖かく且つ拘束感も無い

2019-11-06 | ワイン
長袖下着が届いた。最近は常備している。子供の時は誰でも使うかもしれないがいつ頃からか着用しなくなった。恐らく誰でもあの下腕への伸びるところが肘を曲げたりして捲れ上がってくる感じが嫌なのだろう。再びいつ頃から使い始めたかははっきりしないが、ここ二十年ほどで、購入の切っ掛けは百貨店の安売りで見つけて半袖と同様な価格ならば使ってやろうと思ったのだった。

実際使うと問題点は変わらないのだが、その上に着るシャツがゆったりしている限りあまり邪魔にならない。捲れ上がってしまってゴロゴロすることが無いのである。特に厳冬期は通常のシャツの下にこれを身に着けると大分暖かく、コート無しでも過ごせることが多くなった。

だから精々二着ほどを回しているのだが、一枚しか古ぼけたものが無くなったので、今回安いものを発注した。問題はいつものサイズLから落としてMを発注したからだ。長くMは着用してこなかったが、その袖がどうしてもゆるゆるになると逆に捌きが悪くなるので小さめで上手く抑えが効くかと思った。特別に大きめのMならば心配は要らないがサイズ48は昔ベルリンへと旅行した20歳代に一度購入してその後着れなくなっていた。だからどうしても避けたい気持ちがあった。

早速腕を通してもた、すんなりと着れた。原因は首の襟ぐりが丸でも深かったからのようで、ある意味胸元は寒い。、しかし腕の長さと言い、懸案の胸周りと言い、しっくりと締め付けられ感はなかった。それだけストレッチが強いのだが生地は純綿の感じで織方がよいからだ。箱を見てフバーと言うのは悪いブランドではないと分かったが、これならばシーサーよりもいいかと思う肌触りである。大満足だ。しかし胸の乳首がスケスケになるのはいやらしい。なにも裸で歩くわけでないからいいだろう。

それで今回の三兄弟セットなどを組み合わせて着ると結構暖かく且つ拘束感も無い。その上に白衣を羽織れば完璧だ。ジーンズを履いていて足元が寒いが、通常のパンツで長い下着を履く気は一度も起きたことが無い。理由は分からないが出かけていて足を動かしているから寒さを感じないのかもしれない。コートも羽織っていなければウーステッドの中には毛だらけの足があるだけだ。

休日に開けたグロースゲヴェックスリースリングがとても良かった。2014年産「ガンツホルン」である。この下の「フォムブントザンドシュタイン」は既に飲み干した年度だ。その下のオェコノミラートもよかった。最初から最高のリースリングと絶賛していて、中間クラスのそれも二年前までに六本とも開けてしまっていた。当然のことながら瓶詰め四年目を超えたところで、グローセスゲヴェックスも最初の瓶熟成が終わっている。期待せざるを得ない。

最初は若干果実風味が前に出ていて、若干ミネラルが感じ難いと思ったが、開いてくるうちにその果実風味が精妙になってきた。このワインを飲んでおいしいと言わない人はいない。ワインを飲んで、どうして葡萄よりもおいしくないのだろうと思うようなことが無くはない。しかし、この果実風味と深さは到底果物では感じられない熟成だ。そして清潔だ。あと二本をどのように楽しむか。酸はまろやかだが効いてはいる。そして今これ以上に無く魅力的だ。ミネラルがもう少し勝つと苦みが出ないだろうか。

そろそろシューベルトの大ハ長調交響曲をお勉強しなければいけない。そろそろ焦ってきた。序でに「死の街」のお勉強と考えていたら、主役のカウフマンがキャンセルするかもしれないとの情報が入った。夏のオパーフェストで育休でキャンセルしたのでまたかと思った。しかし今回は新制作で現在の体制は来年で終わりを迎えるが、もう相手にされなくなるだろう。ショー活動に勤しむだけになってシリアスな歌手としてはもう認められなくなる。代わりに同劇場で「ローエングリン」などを歌う予定になっているフロリアーンフォークトが歌えるが、月が替わるとハムブルクでの再演に重なるようになる。「ローエングリン」の方はベチャワが代われば格好がつくだろう。さてどうなるか。勿論2022年のオパーフェストでの出演プロジェクトも代わるしかないだろう。もし今回降りるという事が事実ならキリル・ペトレンコ音楽監督の失望は大きいと思う。それ以上にバッハラー支配人は厳しい態度に出ると予想される。先の計画が立たなくなるからだ。このままでは大変なことになる。



参照:
残り一本の2014年「雑食砂岩」 2017-09-03 | ワイン
反動で動き出す週末 2015-09-21 | 試飲百景


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最初の二年の経過

2019-10-07 | ワイン
ベルリンのアバド指揮の初期の録音放送が面白かった。二種類あって、本編は選出直前のベルリナーフェストヴォッヘでの演奏だった。そしてに余白に1992年の定期からの中継録音。どちらも初めて聴くものである。興味のありどころは、カラヤンサウンドから二三年でどの様に変わったか、変えたかの再確認である。この番組自体が、現在行われている同様の作業との比較で企画されているのは間違いない。

BGMで流しただけでも、ブラームスの和弦がそのものカラヤンのそれでそこに若干メリハリがついているに過ぎない。それを解体したのが三年後の録音だ。因みに92年にフランスプロをルツェルンで生で聴いているので後者のそれは実感としてどこかに残っている。

そしてカラヤンサウンドだから素晴らしい演奏をしているかと言うと、既に当時のフィルハーモニカーは世界の頂点からは大分後退していて、下手である。自慢の弦も駄目で、木管などもアンサムブルが駄目になっていた。コッホとかライスターの定年前なのだろうが、もはや細かな新しいことは出来なくなっていたのだろう。同じことしかできなくなった弦楽器には失望するが、その後のクスマウルらの新体制でもサウンドが変わったほどには技術的には上昇しなかった。

音楽自体は長年のカラヤン体制から解放された風通しのよさも感じるが、同時に新たなアンサムブルとして出来上がっていなくて、現在のロンドン交響楽団よりも悪いかもしれない。アバド指揮の音楽はそれで魅力なのだが、どうも彼には専属のシャイーの様なアシスタントが必要だったのではないかと今更の如く思う。

それ故に後任にサイモン・ラトルに期待されたわけで、その分では成功したとも言えなくはないだろう。少なくともラトル指揮のフィルハーモニカーは再び頂点の領域へと戻ったので、その功績は音楽的にも小さくはない。繋ぎにそのあとにヤンソンズを担ぎ出そうとしたのも決して分からないではない。

夜中にボストンからの中継を録音しておいた。明け方気が付いて装置等の電源を切った。何時もの様に二度寝になったので、朝7時には眼が醒めずに、8時ごろから雨雲レーダーを見て様子を窺がった。先ずは9時からのニューヨークフィルの放送を録音しておきたかった。そしてベットで流れる音を少し聞いていた。ポール・デュカ「ラペリ」をブーレーズが振ったもので、昨年のルツェルンでの名演と比較可能なものはこれしかないと思っていたからだ。想像した通り、演奏はペトレンコ指揮のベルリナーフィルハーモニカーの演奏に到底及ばなかった。難しいので、その後にもあまり取り上げていないのではなかろうか。クリーヴランドでやっていたらどうなのだろう。

週末は、かの有名なシャルツホーフベルクのリースリングを開けた。なぜ有名かと言うとエゴン・ミュラーと言う醸造所が甘口ワインとして世界的にマーケッティングをしているからだ。しかしドイツワインの消費は殆ど辛口なので、特産の甘口は海外特に極東へと高価に輸出される。しかし、そのワイン地所自体は辛口を丁寧に造ればそれだけの価値があるとして、ファンフォルクセム醸造所がグローセスゲヴェックス化を目指して出しているワインである。一区画だけグランクリュ指定で、これは通常にPCクラスとして造られている。

2016年は決して良い年でないので、瓶詰め二年経過したので開けてみた。最初は残糖が気になったが、苦みやメンソール系の香味もあって、食事には問題が無かった。ボンゴレに続いて翌日の血のソーセージには文句無しだった。酸も若干薄いが、もう二年ほど寝かして熟成も試してみたい。現時点ではまだ開くフローラルな要素も確実に堅く閉じていたので楽しみである。但し十年寝かしてというようなリースリングでは無かった。



参照:
次元が異なる名演奏 2019-04-15 | 文化一般
これもリースリングの神髄 2016-01-06 | ワイン
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その美学には至らない

2019-09-30 | ワイン
ロンドンからの生放送を少し聴いた。録音したので楽しみだが、ユロスキーが指揮したフィルハーモニカーの演奏で、先日も同じブリテンの協奏曲を違う管弦楽団とソリストで演奏していたがこんなに違うのかと思った。何よりもソリストの程度が全然異なった。流石にユリア・フィッシャーと先日のシュタインバッハ―では音楽の程度が違った。管弦楽もそれに合わせたのかフィルハーモニカーの演奏がドイツの放送交響楽団よりも遥かに良かった。

嘗てからの評価されているようにロンドンのフィルハーモニカーはジムフォニカーよりも技術的にも落ちる筈なのだが、音楽的にはユロスキー指揮のそれの方がラトル指揮のそれよりも充実している。ブリテンのあの曲であそこまで内容的に掘り下げられるともはや誰も他の人は太刀打ち出来なくなる。ベルリンではそこまで至らなかったのはソリストと管弦楽団の両方に責任があったとしか思えない。

ここでユロスキー指揮フィルハーモニカーの最後のツアーのプログラムを確かめる。ブリテンはチェロ協奏曲をケルンでやるようだ。ソリストは知らない。コンサートツアーで一番近くを訪れるのはフランクフルトでそれ以外は遠い。ショスタコーヴィッチの11番交響曲を演奏する。生では初めての曲である。それにしてもこの指揮者は、芯から劇場的な感覚があって、ミュンヘンでの活躍が本当に楽しみだ。

シカゴ交響楽団の中継録音を聴いた。ドヴォルザークの新世界を確かめたかった。来年の欧州ツアーに持ってくるからだ。しかしムーティ指揮のこの演奏はが指揮と相まって楽団の不器用な面も垣間見えて良くない。曲想だからと言うのはあっても、チェコフィルが演奏するよりも遥かに難しいことをやって貰いたいのだが、そこまでやろうとしていない。型通りの演奏しかしていないので決してショルティー指揮時代の美学には至らない。恐らくビュシュコフがチェコフィルを指揮すれば大分良くなうのではなかろうか。

確か同じようにフィラデルフィア管弦楽団がアジアツアーに持って行くので先週末に演奏している。中継録音はまだ流れていないが、指揮も違えば管弦楽団ももっと細かなことをやっていると思う。是非中継録音で聴き比べてみたい。

そろそろ暮れまでの音楽お勉強計画を立てたい。「死の街」は総譜もあり、音源もスカラ座のものがあるので、初日に挑む材料は充分だ。あとは、同じ日の「ペネロープ」に総譜があったので、音源を探そう。同じユロスキー指揮で「眠れる森の美女」の準備といったところだろうか。

2016年産ゲルュムペルを開けた。丁度瓶詰め後二年経過で開いている筈だ。開いてはいた、そして飲み頃は始まっていた。杏子系の味は仄かで、まだまだ新鮮だった。初日はジャガイモとレバーソーセージ、二日目は猪のザウマーゲン風と食事にも遜色はなかった。

そしてそれだけにそれほど将来性が高くないので、ちょこちょこと開けて行けばよい。十年どころか五年以内で飲み干せばよいだろう。しかし色が示すように葉緑素が多いので、そんなに簡単に熟成香が出てくるわけではなさそうだ。つまり他の醸造所のものも2016年はそろそろ開けて行ける。



参照:
二流と一流の相違 2018-01-30 | ワイン
スレンダーながら多層的な23歳 2014-10-16 | ワイン
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身体に染みついた味

2019-09-21 | ワイン
ナーヘの火山土壌のリースリングを開けた。二本目だろうか?2013年産で残り物を購入したもので、人気が無かったものだろう。年度もあまり評判の良い年ではない。だから葡萄の出来がもう一つで若干糖分を残し気味にしてあって、旨すぎる割りにもう一つ深みも無く品質も冴えなかった。ホールンダーとか花の香りがして、要するにごくごく飲めてしまうような高級ワインは駄目なのである。

ルツェルンからの再放送の録音を聴いていて改めて面白いと思ったのは、コパチンスカヤが学生時代の先輩ペトレンコを「二十二三の時から今も変わらずインテリ」と語るところよりも、パユが質問に答えて、「ラトルとペトレンコの優劣を付けたいわけではない」としながらも結構上手に差異を表現していた。

それによるとヴィーンで習ったペトレンコには身体に中欧の音楽が染みついていて、それはラトルとは違うところだという。これは差し障りが無いだけでなく可成り本質的な表現ではないかと思う。ラトルのように頑張って音楽から音を作らないでも、其の侭持っているというのだ。

それが本当にヴィーンで養われたのかどうかは、元々ユダヤ系ロシア人に私が持っていた先入観念であって、「ラインの黄金」の最初の数分で消え去ってしまったものだが、それをおかしなイントネーションとはせずに音化としたのは名回答だ。

バイロイトから申込書が届いた。八月に詳しく新しい秩序立てを調べたので細かく書かれているところも大体分かっている。それに比較して、新制作やらキャストに関しては殆ど情報がない。ペトレンコだって、二十年以上前から聞いていた人とは中々一致しなかったぐらいだった。

さて、土曜日は九月のグランクリュ解禁試飲会の最後となる。恒例のラインガウである。天気もよさそうで船で渡るのも楽しい。例年夕方にゲリラ的に出かけただけだが、要件は渡し船の現金や燃料も入れて済ましておいたので、ゆっくりと早めに出かけて、醸造所でワイン付きの立食としてもいいと思う。酔い止めに朝食に豚スープのヌードルでも摂って出かけようか。念のために熱い飲み物だけは復路の為に持って行った方がよいかもしれない。それだけで大分酔いが醒める。



参照:
石橋を叩いての樽試飲 2015-06-08 | 試飲百景
12本選択するとすれば 2016-09-26 | 試飲百景
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クラウドに上げるデータ

2019-09-12 | ワイン
クラウドにデータを上げた。公共性のあるものをデポしておこうと思った。公開する訳ではないが、個人情報的なものでない限りとてもいい使い方だと気が付いた。独テレコムの無料で付いて来るものは25GBしかないので限られる。二回線合わせても50GBにしかならない。それでも再入手が難しく、貴重な録音録画を上げておこう。音楽データとしては40時間、映像とすれば10時間にも満たないが、既にペトレンコ指揮の幾つかの演奏記録は歴史的になっていると認識した。

先ず外せないのはルツェルンでの演奏記録からで、次に貴重なブレゲンツでの「千人の交響曲」だろうか。コンサートでは、DWが収録しているであろうボンでの公演、ベルリンでのオープニング二回ぐらいが貴重だろうか。オペラは、初日の録音はなかなか見つからないが、録画の方は「マクベス夫人」と「ヴァルキューレ」を除くと音質は別にしてある程度のものはネットでも見つかる。

月曜日のコンサートの批評が老舗新聞ノイエズルヒャー新聞に出ている。アブラームセンに関しては歌手のハニンガンの歌唱の秀逸について、メシアンに関しては流れるような指揮について、なんともみすぼらしい批評である。色々と感想があるのだろうが公に書くほどの準備をしていなかったという事だろう。独語圏の一二を争う高級新聞の文化欄がこの程度だから知れている。だからあの指揮と管弦楽で通ってしまうのだ。想定通りだ。

結局火曜日の早朝に就寝して、火曜日一日は疲れて、眠かった。水曜日になって初めて森を走れた。洗濯屋にシャツを二枚出した。来年まで着ないシャツである。夜も寒くなって来たので、寝間着もそろそろ長袖が必要になる。

新聞の文化欄に短報があった。フランクフルトのアルテオパーの支配人が来年秋シーズンから変わるようだ。今までいたステファン・パウリ―はヴィーンの楽友協会の支配人になり後任マルクス・ファインはフランクフルト出身で、以前ベルリナーフィルハーモニカーの芸術アドヴァイザーだったというから、これでまたフィルハーモニカーとの関係が出来た。ペトレンコを隔年でぐらいは呼べるのではなかろうか。地理的に、ギリギリバーデン・バーデンの地域独占権を逃れられると思う。移動時間一時間半ぐらいだから一部しか訪問客は重ならない。丁度ここワイン街道が中間ぐらいだからである。どちらもそれほど近くはないが、遠くはない、個人的にはとても都合がよい。

金曜日に取ってきたリースリングを何日かに分けて愉しんだ。新しいセグメントで独高級ワイン協会のクラス別けではPCにあたる。GCのヘレンベルクの上部の斜面である。だから酸もある。現在はまだ格付け申請中なので、ニーダーベルクを名乗れずにNBと記載されている。初年度の貴重な製品である。どうも春に試飲して気に入ったようで半ダースも予約してあって、驚いた。試飲しておらず購入してから再び試飲した。まだまだ若いが、青スレートの構築性と果実風味がハルガンツなどよりも上品で価格だけの価値がある。



参照:
次元が異なる名演奏 2019-08-18 | マスメディア批評
宇宙の力の葛藤 2019-05-20 | 音
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涼しいうちに滋養供給

2019-07-05 | ワイン
ミュンヘンに出かける準備に入った。早ければ早いほどいい。当日がそれだけゆったりとする。理想は自宅のソファーからその感じで劇場やホールの椅子に移動することだ。今シーズンは、マイスタージンガーも来年もあることを考えれば、これで終わりだと思う。残るところ次のシーズンに秋に一回、六月に一回、夏に一二回、その翌年に複数回の数回で一区切りとなる。

13時に出れば、途中でピクニックしても、余裕をもって18時に車庫入れが可能だろう。燃料は136セントで満タンにした。少しエンジンオイルを足しておこう。現金も30ユーロ以上残る。休憩も無く、精々最初にコーヒーを飲むぐらいだろう。プログラムもこれで買える。

気温は上がるが途中で雷雨に合いそうなのでついたころには涼しくなっているかもしれない。洗車もできて助かる。ピクニックはブランチ以外に夜食兼用のものを持参すればよい。お茶は二リットル欲しい。果物は充分に用意した。プチトマトもある。ゆで卵もランチボックスに。雷雨に備えて予備の靴も持参。

衣裳はこざっぱりしたい気持ちが強い。今更散髪には行けないので、そのままで、胸元を涼しくしたいので、やはりバタフライか?一つだけ使えそうなアンチョコバタフライがあるのでそれになるだろう。

ルツェルンのサイトを見ると、流石に売れる公演は売り切れ直前になってきている。第九の舞台の奥の席が売りに出ている。合唱団は舞台の上となったからだろう。大編成では無い事は分かっていたが後ろを売り出したのはそれだけの理由があるのだろう。独唱者も舞台の前方で、後ろに合唱を並べるのだろう。価格帯は上から三ランク目なので高価過ぎるだろう。曲目にもよるだろうが、ペトレンコの指揮を前から見るだけである。シェーンベルクとチャイコフスキーもまだ余っている。

中ホール扱いの会も殆どが売れているが、ハイティンク指揮の室内管弦楽団はまだまだ売れていない。その他ではやはりハーディング指揮の「トリスタン」が絶望的だ。ルツェルンの残席が目立つようになった理由は分からない。安いところは以前同様に早く売り切れるが、中位のあまり良く無い席が残るようになってきている。音響的にそれほど穴があるようには思えないが。

興味深いのは、最初はブルックナーの八番の方が出足が良かった会も現在フランスものの方が健闘していて、こちらの方が更に売れそうな勢いである。考えられるのはネルソンズ指揮のブルックナーがそこらで演奏されるようになって評判を落とした可能性で、あり得るのではないかと思う。

週末に向けて暑くなるので、ここ辺りでオーヴンで肉のロールとジャガイモを焼いて、ワインで食事とした。ワインは2016年のヴァッヘンハイマーのゲリュンペル、十年から二十年を寝かすリースリングだが敢えて早めに開けた。理由は年度からして大きな熟成は期待できないからだ。実際に開けると酸が落ちて苦みがあった。つまりまだ開いていないという事だが、酸が物足りない。この傾向は旨みが増しても変わらない。



参照:
二流と一流の相違 2018-01-30 | ワイン
スレンダーながら多層的な23歳 2014-10-16 | ワイン
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ワイン祭り避難、第二弾

2019-04-03 | ワイン
ワイン祭り避難第二弾、フランクフルト市立歌劇場でヘンデル作曲「ロデリンダ」の席を確保した。昨年リヨンで新制作上演されたクラウス・グートの演出の共同制作作品である。フランクフルト初日から気になっていたのだが、評判も悪くなさそうだ。指揮は我々のフランクフルトの会にも招聘したアンドレア・マルコンでそれほど悪くは無い筈だ。お互いに仕事で紹介されたこともあるアンドレアス・ショルも出る。バッハの会でも招聘したことがあると思うが大分昔の話でよく覚えていない。兎に角、オペラで聴くのは初めてだ。ユリアスシーザーなどは長尺なのを知っていたが、これも四時間も掛かるらしい。

それにしても完売が続いていて、昨年の同じように評判の良かった「メリウィドー」とは売れ方が大分異なる。演奏回数も多いが、また割に評判の良いシュレッカー作曲「遠くの響き」とはまた全然出方が異なる。「メリウィドー」の売りはやはり主役のマルリス・ペーターセンだたっと思うが、相手役も指揮者も悪くはなかった。しかし先日のシュトッツガルトからのマイスター指揮のヘンツェを聞くとフランクフルトの方がいいとは決して言えない。「遠くの響き」のヴァイゲルは、読響の指揮者になるようだが、これまた評判は悪くはなかった。「メリーウィドー」をマルヴィッツが振っていたのを聞くと若干荒くなっている感じがしたのだが、新聞評は「遠くの響き」でのヴァイゲル指揮に好意的だ。そして今回はマルコン指揮でバロックとなる。そこまで古楽奏法を駆使できるような器用さがあるのかどうか?但し演奏回数が多いので、ある程度ものになってきている可能性はある。

昨年買っておいたサンロマネーというのを開けてみた。ボーヌの背後にあるらしいが、あれほど凝縮していない。それでも一時的にかなり押しの強い香味を出していた。2015年産であるから熟成させなければいけないのだろうが、それほどのポテンシャルを持っていると思えなかった。それでも酸味が結構強かったので、やはりもう少し置いとかないといけないのだろう。確か20ユーロを超えていたので、復活祭にバーデンバーデンに出かけるときに途上で見つけたらもう一度買うかどうかは疑問だ。



参照:
回線違いの速度違い 2019-03-31 | テクニック
影を慕ってハムブルク 2018-12-16 | 文化一般
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作品中の人生即ち芸術

2019-03-20 | ワイン
2018年のノーべル賞授賞式のメニューが送り付けられた。何かなと思ったらぼくんちのワインではないかという日本からの問い合わせだった。その通りだった。その醸造所のワインを購入した。飲むためではなくて料理用にである。勿論同じリースリングでも年度も異なり、等級も異なる。授賞式晩餐会では「ルッパーツベルガーリースリングアウスレーゼ2014年」と書かれたものだったが、私が購入したのは一リッター瓶に入った「リースリング2018年辛口フラインツハイマー」、ここで気が付いた。フラインツハイムの農協産で件のルッパーツブルクのものではない。13.5%アルコールでお得だが糖を足してアルコール化している可能性が強い。それでやはり今年もノーべル賞を逃したかとなる。距離にして両方ともそれほど南北に変わらないが、地所は若干違う。兎に角、ノーべル賞の方の醸造所も農協産なので、私などがレストランにでも行かないと通常では口にすることが無い。スーパーで同じような価格で料理ワインが出るのを首を長くして待とう。ノミネートはされているのである。

ボンのヴァークナー博士の2020年以降の契約延長はどうも難しくなっている。経営以前にあまりにも客が入っていないとすると中々支援得られない。フェスティヴァルとはいってもあまり誰も来ないのでは意味が無い。前任者が2008/09年には座席占有率90%から92%に至ったのに対して2018年は70%と、連邦共和国平均伸びている中で低調だとされる。ボンのベートーヴェンザールの改築は不利だったが、レヴィットのピアノリサイタルなどもあまり人が入らない教会などでやる必要があったのかどうかも疑問である。また、2016年のペトレンコ指揮の演奏会のDWによって中継されたパブリックヴューイングももう一つ上手に利用出来なかったのかとも思う。70%の入り方をどう評価するかは議論があるが、そこまでの明白なコンセプトと訴えかけがあったかどうかは正直疑問である。

フランクフルターアルゲマイネ新聞は、博士が性犯罪者の元ミュンヘン音楽大学学長モイザーを起用するにあたって、「ベートーヴェンフェスティヴァルがただのイヴェントでは無く深いものである為には彼が欠かせない」と言及したことに触れて、まさしくその深くというのがロマン主義の立場であって、「人生即ち芸術」、「作品の中に人生」としてヴァークナー博士を美学的に攻撃出来るとしている。またもやここでも父親のヴィーラント・ヴァークナーの芸術とその政治的な姿勢などへの批判を思い起こさせるような状況になってきた。まさしくこれがヴァークナー家がどのように転んでも引き継ぐ黄金の呪いのようなものである。

バーデンバーデンの新しいプログラムはまだ冊子として手元に届いていない。これほど遅れたのは珍しいが、要するに今時は殆どいないとしても地元紙を購読しないか、ネットに入っていなければ未だに情報が得られなくて発注していないことになる。それでも「フィデリオ」初日の最上席は全て売り切れている。前日から30席ほど売れている。360ユーロであるから、遠くから訪れるような人には当然の如く飛びつく券かも知れない。今回の初日は若干特殊でペトレンコがベルリナーフィルハーモニカーを指揮して初めてのオペラということで専門家は譲れない。高価な席から売れていく様子で次に第二ランクが売り切れる勢いだ。やはり舞台もしっかり見届けなければいけないとすると近くでないと駄目だろうか。



参照:
怖気づいた伊人の実力 2019-03-16 | 女
許容範囲だろうか 2018-12-13 | 文化一般
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ドンドンガタガタ足踏み

2019-03-10 | ワイン


最近は面倒がりが強化されている。例えばワインを開けてもいちいちそれについて書き留めるのも面倒になってきた。何事もそうなのだが、中々関心のあることから外れると面倒で仕方がない。何とか馬鹿の素養があるので、一つ事に集中すると他のことが時間の無駄にしか思えなくなる。アルツハイマーに成りやすい。それでも書き留めておかないと、将来からの記録とならず積み重ねにならず、忘れてそれで終わりだ。ワインのことなどは飲み乍でも乍で書けるようなものなのだが、その時間すら惜しく感じる。そもそも食事をして飲む頃になるともはやその元気が無い。

元気が無いというと、ベルリンからの初日の演奏家の中継を聞いて、翌日時間もあったので久しぶりに昼寝をしてしまった。それほど疲れた。シェーンベルクに疲れたわけでもない筈なのだが、細かな音形を刻もうと思うとどうしても足踏みを高速でやらないと拍も数えられない。足踏みをドンドンガタガタと近所迷惑だが、止まらなかった。チャイコフスキーの方は悲愴と違ってそこまで疲れない筈なのだが、分からない。そしてトレーラーとして出ている本放送が始まるまでの映像を再び今度は純デジタル経路で流す。やはり凄い音が出ていることが分かった。音の凝縮度がミュンヘンの座付管弦楽団とは比較のしようが無い。これは本番のストリーミングが楽しみになった。ドィチュラントクルトューアの質が悪すぎる。

序でながらNHKからの放送の一部を聞いた。ズビン・メータがN響を指揮したフクシマ後一月の演奏会中継録音である。驚いたのは昨日の新聞に載っているようにその音と音楽性の豊かさが、日本の管弦楽団を指揮しても如実で、ここ暫くヤルヴィ指揮ののっぺらぼうのような音響ばかり聞かされていたものだから余程らじるらじるの音が悪いのだと思っていた。嘗てはベーム指揮ヴィーナフィルハーモニカーの録音でも平板で云々謂われていたが、マイクロフォンの位置などが変わっているものとばかり思っていた。少なくともヤルヴィ指揮ではまともな管弦楽の音響が鳴らないことを確認した。流石にメーターの指揮はベルリナーフィルハーモニカが語るようにふくよかで温かく決して奇抜になることが無く硬くはならずに精妙だというのはここでもいえる。だから得意とする「オテロ」の始まりでも決してクライバーやアバドのような痙攣したり閃光を放つことは無いだろう。それらを嘗ては面白くとか聞きやすくとか批判されたのだが、正しく大人の音楽になっていると言えるかもしれない。感慨深いものであり、ご本人もあのおかげで癌に疾病したと頭を過ぎることもあると思うが、私自身同様に、多くの芸術家が未だに日本旅行を出来るだけ控えていることからすればとても得難い人である。

さて肝心のワインである。2011年物は果実が過熟成の傾向があって、中々すっきりとした清潔なリースリングが楽しめない。だから中途半端に瓶熟成させたものはどれもこれも清涼感からは遠くぼてぼ手としたものだった。どれほど良くても例えればカラヤン指揮の大交響楽団のように豊穣感だけで楽しめるものもほとんどなかった。そこで瓶熟成を進めて、なれるのを待ったリースリングがこの一本でもある。その中でもあまり瓶熟成のポテンシャルの高くないものであり、まだ十年経過していないので下手ることもない、そこで先ずは糖を抑えていながら、最初の絞り出しで赤ワインのように一日漬け込む醸造所のこれを選んだ。勿論土壌は雑食砂岩で石灰要素の無いもので最もドイツの中でエッジが効いているワインである。

予想は概ね当たっていて、問題の贅肉もなく、同時に枯れておらず、酸も過不足なかった。久しぶりにいいリースリングを楽しめた。この醸造所の同じガンツホルンは2010年も最高の一本であったので、この2008年やこの年代辺りからドイツを代表するリースリングとなってきている。嘗ては糖を抑え過ぎていたことから熟成させる技を持っていなかったが、十年とは言わないでも十分に綺麗に瓶熟成することが証明された。今度ここの旦那のVDP支部長に会った時に一言賞賛しておこう。



参照:
フランクフルトにやってくる 2019-03-09 | 音
死の恐怖感も喉元まで 2014-11-21 | 雑感
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腰を抜かすような響き

2018-12-30 | ワイン
プロムスの再放送を聞いた。気が付いていなかったのだが、一時間の時差もあり何とか聞けた。録音も残してあるが、敢えて聞いた。それどころか録音の準備をした。生中継録音も成功していて、これ以上というのもあったが、録音機材も新しくなっていて無駄ももともとで試してみようと思った。

音が出た時から腰が抜けそうになった。生放送よりも音がよいと感じた。機材が変わっているので正確な比較は儘ならないが、音が落ち着いているだけでなく柔らか味と裏がよく聞こえるようになっている。通常は生放送というのは新鮮味があっていいのだが、その副調整室でのミキサーの上げ下げとかその場の判断で必ずしもベストではない。勿論ライヴ放送に出来を求めているのではなく事故がつきものだ。しかし新鮮味はあると信じられている。しかし生放送ラディオの送信経路を考えると必ずしもピューアサウンドにならないことは分かる。

当然のことながら送信事故を考えて副調整室で録音もしている筈だ。恐らくその素材が放送されたのだろう。編集は無くても - それどころか休憩時間のプログラムまでそのまま流されていた -、最も良い音で捉えた録音ならば生放送よりも良い可能性がある。なんとなく休憩プログラムの音が貧弱に聞こえたのはそれゆえか?そして32Bit96kHzのフローティングポイントで録音した。

ガーディアン紙が今年にトップにリストアップしていたが、その前半は今回のツアーの中でも価値のある演奏だったと思う。既にその評価はしていたが、こうして細かなところまでズームアップ出来ると - つまり喧しい音にマスキングされない -、ソロでは聞かせる奏者たちもそのセクションごとのアンサムブルとなるとフィラデルフィアなどの頂点の合奏には追い付かなく荒い。これは総奏の音作りとも共通しているかもしれないが、結局はセクション毎にアンサムブルを締め直して、全体で音を作っていくしかないということだろう。最初から木管群などは業務連絡が盛んだったが、指揮棒の流れに沿って合わせていくことを考えるとやはり時間が掛かることなのかもしれない。つまりキリル・ペトレンコが各々の奏者の出来を把握しないことには詰められない合奏の芸術かもしれない。水曜日にはもう一日の再放送があり、これも聞き逃せなくなった。

「春の祭典」をクリーヴランド管弦楽団がエルプフィルハーモニーで演奏した録音を聞き返した。やはり出だしからして上手い。テムピで分からないところはまだあるのだが、二部のイントロダクションがとても気に入った。こうした精細なリズムを書き込んでいて、我々の知るストラヴィンスキーのイメージとはまた違う洗練が感じられた。ここもブーレーズの演奏と比較してみたい。メストの指揮はどちらかといえばブルックナーをお手本にして作曲されたストラヴィンスキーで、アロイス・ツィムマーマンが模倣したストラヴィンスキーではない。最終の生贄の踊りのリズムが難しい。私は未だに全然乗れていない。期限があるのに大丈夫だろうか、自分が演奏するわけでないのに心配になる。

「影の無い女」の一幕はペトレンコ指揮のストリーミング録音を聞いた。やはり今からすると物足りないところもあって、歌手などの条件が揃えばもう一度最後に再演があってもいいかと思う。若しくはバーデンバーデンでも遠くないうちにやってもらいたい。その意味からするとケントナガノがどのように鳴らしているかが気になってくる。

年末二本目のグローセスゲヴェックスを飲み干した。デキャンタに入れ替えた甲斐はあったが、結局酸が落ちていてミネラルが苦味を出していた。ここがリースリングにおいて重要なところで、高価なリースリングつまり長く寝かして瓶熟成を楽しむようなワインには経年変化で落ちない生物学的熟成による酸が不可欠だ。数年で酸が落ちてしまうようではいけない。つまりこれ以上寝かしておいても素晴らしいバランスとなることはないということだ。最後の時期のフォンブール醸造所のペッヒシュタイングランクリュを試飲していて、「2012年にはそれほどの瓶熟成が期待できるわけでなく比較的早めに開けれそうだ。」と書いている。もう少し早めに開けてしまえばよかった。

昨年のアムステルダムでのクリスマスコンサートを観た。コンセルトヘボーを現代のバッハの伝道師へルヴェッヘが指揮したロ短調ミサである。この指揮者とゲントの団体は我々の伝統のあるフランクフルトのバッハの会では最も今日的なバッハを聞かしてくれた団体だ。だから安売りで彼の指揮する新旧の二種類のロ短調ミサ曲のCDを所持している。その二つの制作や我々の聞いたフランクフルトでのそれとは大分大雑把な感じは免れないがそれでも良かった。近代奏法でのメスト指揮の演奏よりもやはり異なりコンセルトヘボーの管弦楽にとことんやらせている。我々の教会合同的なバッハである。



参照:
一杯引っ掛け風邪予防 2013-09-13 | 試飲百景
19世紀管弦楽の芸術 2018-09-04 | マスメディア批評
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