Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2009年8月

2009-08-31 | Weblog-Index



起死回生への自転車行脚 2009-08-30 | 歴史・時事 TB0,COM0
怠け者は旨い汁を吸わない 2009-08-29 | マスメディア批評 TB0,COM0
時間を掛ける楽しみを踏破 2009-08-28 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
乾杯!選挙!プファルツ力 2009-08-27 | 歴史・時事 TB0,COM0
ハーネンカムの帝王の死 2009-08-26 | 雑感  TB0,COM0
上手にふっくらと出来上がり 2009-08-25 | 料理  TB0,COM2
制御される雪煙の映像 2009-08-24 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
公約相性度試験で遊ぶ 2009-08-23 | 歴史・時事 TB0,COM2
人里遠く離れるとは 2009-08-22 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
夏も闌の夜の虫の音 2009-08-21 | 暦  TB0,COM0
居心地の悪い癌闘病記 2009-08-20 | マスメディア批評 TB0,COM0
夕飯前の8.1KMの散歩道 2009-08-19 | 暦  TB0,COM2
盛夏過ぎて、調子を落とす 2009-08-18 | 料理  TB0,COM0
十キロ越えの朝食前のお替り 2009-08-17 | 暦  TB0,COM0
政権交代の究極の目的は 2009-08-16 | マスメディア批評 TB0,COM2
ネット通したサーヴィス向上 2009-08-15 | 雑感  TB0,COM0
アジアからとアフリカから 2009-08-14 | 生活  TB0,COM0
晩夏のピノなノワール 2009-08-13 | 料理  TB0,COM0
ボルシェヴィストの鼻を折る 2009-08-12 | 文化一般  TB0,COM0
Fシティーの垢抜け方 2009-08-11 | ワイン  TB0,COM0
鉄の時代の金属職人親方 2009-08-10 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
ロールキャベツを食せば? 2009-08-09 | 料理  TB0,COM0
不愉快なアルコール酔い 2009-08-08 | その他アルコール TB0,COM0
砂場も室内も少し暑くなる 2009-08-07 | 暦  TB0,COM0
多様な視点の違いを楽しむ 2009-08-06 | 雑感  TB0,COM0
ますます増してくる苦味 2009-08-05 | 雑感  TB0,COM0
ヴァイタリティに溢れる時 2009-08-04 | アウトドーア・環境 TB0,COM5
甘い汁を吸い続けた報い 2009-08-03 | ワイン  TB0,COM6
容易に崩壊を招く悪い印象 2009-08-02 | 女  TB0,COM0
今年の夏の髪結い談義 2009-08-01 | 雑感 TB0,COM4
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起死回生への自転車行脚

2009-08-30 | 歴史・時事
明日は街道筋が自転車解放になる日である。車の通行が出来なくなるのでその前にパンを取りに行って歩ければと思っている。同じようなパン屋の支店が違う町に出来たのだが「少し遠く森がないので意味がないかな」と人に言うと、「歩いて行けばいいじゃない。六キロぐらいしかない筈よ」と言われた。なるほどあの方向なら殆どがワインの地所であるので歩きやすい。一時間で往復出来る。平地だから走ればもっと早い。

自転車と言えば、日本の政権交代について選挙戦の様子を伝える中に自転車選挙について触れられている。自転車選挙を始めたのは横山ノックだと思うが今やなかなか面白い事象として世界で伝えられている。なるほど車を使わずに自転車で有権者の中に入って行くのは良いアイデアだ。きっと明日もドイツワイン街道を走る代議士候補者もいることだろう。

ネットでTAZ紙が、今回の日本の衆議院選挙をして黒船来航、敗戦以来の起死回生の最後のチャンスとなるのだろうとしている。FAZ紙が一週間前に一通り伝えて仕舞っているのに対して、シュテルン誌のネット配信は、森と田中の石川県の選挙区を紹介して、金曜日の応援演説の様子を伝えている。麻生の応援演説をして「最後まで耐えるお願い」のように聞こえるとする一方、鳩山のそれをまるで「オバマの演説のように聞こえる」と名前からすると南欧系の女性記者は魅了されている。

なるほどネットで見ると麻生の浪花節のようなあれでは最初から負けている。今時あんな者に靡いた漫画世代とはどんな連中なのか。両者の「良く似ている経歴」を比べて、学生時代から秀才の誉れ高い鳩山と比較するのは如何なものだろう。スタンフォードで博士号を修得しているとあるから、所謂「遊学」とは異なり英語力も十分にあるのだろう。

TAZが書くように本当に日本国の起死回生となるかどうかは、国内の政治的基盤の整備も必要だろうが、シュテルンが書くように「もう少し時間が必要です」と濁声を張上げる麻生の態度には国民が辟易しているというのは本当だろう。鳩山は先へ先へと手を打っていると言う報道があるが、オバマ政権が試みたような先行して進めて行く姿勢は功を奏するに違いない。

鳩山のアジア主義は、ブロックとしての主要世界市場の閉鎖性やある種人種・民族・文化主義的な趣があり危惧される。その実態は良く判らないが、選挙戦で見せたように大阪での応援や繁盛亭訪問などが暗示する、在日朝鮮人などの活力を建設的に活かしてアジア的な活力を奮い起こそうとするのは理解出来た。ドイツ連邦共和国においてもトルコ人などの外国人のそれが十分に活かされるときにはじめて将来が見えてくるのである。いづれにしてもこれらの高齢化した先進工業国はそれらの国からの労働力なくしては遣って行けない ― なんと日本の(子供を除く)有権者総数は一億人を越えている。

その意味から、現在のメルケル政府がシュレーダー政権が形作った「飴と鞭の失業政策や外国人政策」によって支えられていると言われる政治環境の下作りが必要となる。なるほどトルコを含む汎欧州政策は実現はしていないがそのアイデアは今でも間違いではない。同じようにアジア統一通貨への意志がTAZでも取り上げられているが、現時点では実現性は少ないとしても、そのような環境作りの為の政策や外交を繰り広げて行く事によって、起死回生の切っ掛けとなるだろう。

非核三原則の固持とその戦略的な利用も ― 実際の軍事的な戦略とは別に ― 分かり易い外交方針であり、汎亜細亜構想も ― 大日本帝国の構想でもあった筈だ、 中共、北鮮などに向けても人権尊重と自由主義を表面に押し出して行く事で ― おそらくこれは野党の主要な役目となるだろう、 世界的な理解も得られるに違いない。もちろん民主党が公約としてもいる自転車行脚精神の環境保護政策も忘れてはならない。



参照:
Kurswechsel unter Schock, MARTIN FRITZ, TAZ
Chance auf einen Wechsel in Japan?, Janis Vougioukas, Stern.de
Japan bereitet sich auf historische Wahl vor (DPA)
大アジア主義思想から「大東亜共栄圏」論へ (原田勝正、和光大学経済学部教授)
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怠け者は旨い汁を吸わない

2009-08-29 | マスメディア批評
中華人民共和国の臓器売買が再び問題となっている。例え法的に制御が加えられても「全てが金」の拝金主義が蔓延るあのような社会では、そうした法的な枠組みが役人にとって旨い汁を吸う源となっているのである。所詮共産党とはそのような組織なのである。

その大源である死刑囚の臓器は本人の一筆があるかどうかは知らないが、また遺族に僅かばかりの慰労金が支払われるのかどうかは判らないが、こうした基本的人権を尊重しない政体には、まともな社会が築かれないのは確かであろう。それは丁度蛸が己の身体を食っていくように朽ちて行くのである。

継続性のある経済的社会的繁栄に向けてのドイツ連邦共和国内務大臣ショイブレ博士の論文がFAZ紙の文化欄に掲載されている。ざっと斜め読みすると主な論旨は、「所有の制限でナチスを育んだ結果」第二次世界大戦で荒廃した経済が現在の繁栄にあるのは自由主義経済の恩恵であり、今後も公平で垣根のない交易が貿易大国ドイツ連邦共和国の今の生活水準を保障してする事から、経済金融のそれを堅持して行くにはどうしたらよいかという内容である。

その自由主義経済というものを堅持するのは、全く民主主義社会を堅持するのと同じように困難を伴うと言明して、市場経済が社会経済とのバランスを取りながら成長する可能性を言及する。マッケンジーのアドヴァイザーであるローウェル・ブライアンの「市場からの解放」などを引用しながら、「障害や規制の全廃」が主張される。

それと同時に、所謂社会のエリート層の自制を強く促している。ここまで読めばその主旨は理解出来るが、その袖を正すという事は、言葉を変えると職業としてのモラルとなるそうな。それでは政治家にそれはないのか?良く考えてみればこのポスト・ヘルムート・コールの政治家は、本来ならば車椅子で世界のリーダーとして走り回っていた筈である。そして国境を越えた武器商人からの政治資金の貯蔵に関わった保守政治の金庫番であったから失脚して、コールの息が強く掛かっていても政治色のない東独のメルケル女史に足元をすくわれたのである。なるほど言は正しいが実が伴わないから問題なのである。

こうした構造的な問題に比べれば、メルケル首相が優秀な銀行の頭取を主賓として首相府でパーティーを開こうがどうでも良いのだ。FAZ新聞にその会に参加した記者の自己申告記事が掲載されていたが、ジャーナリストをはじめメッツェル銀行やオェトカー社のオーナーやコンチネンタル買収で今や借金まみれのシェフラー婦人、BASFの社長など錚々たるエリートが招待されていたようで、指揮者サイモン・ラトルの隣の席は欠席になっていたという。こうした「オフィシャルな会」であったので酔っ払いも一人居らず踊りもなかったと報告して、記者自身は「責任は感じないが、もう少し襟を正すべきだった」と述懐している。

逆にこうしたブルーヴァードジャーナリズムが煽るようなことはいとも簡単に外信となって、日本などにもそれを伝えようとする馬鹿なジャーナリズムが存在する。一体、国際会議で泥酔した日本の大臣を想い出させたいと考えているのか?招待されない殆どの一般大衆のある種の僻み根性を刺激したいのか?指摘はご尤もだが、所詮議論にはならない。その証拠にこうしたジャーナリズムは、決して外交辞令で為される経費や宮中に贈られるものを納税者に払い下げしろなどとは絶対言わない。

さてメルケル首相の思惑とは異なりドイツェバンクはベルリン政府の思い通りとはならない。それにも拘らず、こうした催し物自体が選挙に向けての支持層固めである事も間違いない。そしてこの小さな記事から映し出されるのはこの東独出身の女性首相の力では思うようにならない保守党の政治基盤でもある。そして、同じようなパーティーは大統領主催でもあったと述懐する。

日本の人気閣僚の「怠け者には一円も払えない」とかの発言を見かけたが、これも上の安物ジャーナリズム程度の見識から湧き出す発言であろう。そもそも、政治資金法とかで金権政治から解放されたといっても行政財会の利権に纏わる繋がりの方が遥かに旨い訳で、ああした保守党は、日本共産党の主張のように「財界本位の政治結社」であることにはかわりない。その視点からすると、黒い金に手を染め旨い汁を吸えない輩は全て怠け者となる。



参照:
民主党への追い風が強すぎて (tak-shonai’s Today’s Crack)
いらぬお世話 (☆・。.・☆写真エッセイ&工房「木馬」)
4年後消費税が15%だそうです・・・・  (ラジカル コミュニケーション)
自民崩壊の必然=医療保険改革で“弱者”を凝視するオバマ (toxandoria の日記、アートと社会)
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時間を掛ける楽しみを踏破

2009-08-28 | アウトドーア・環境
四月十日から歩き始めた駐車場からの五つのルートを今やっと踏破した。四か月以上、殆ど五か月に達しようとしている。総延長距離28.3KMであるから歩こうと思えば一日で十分な距離である。

なぜこれほどまでに時間が掛かったのか?

それは、最長ルート8.1KMとか6KMとかを歩く時間がなかなか取れなかった事による。つまり殆ど二時間を其処を歩く暇はなかったということなのである。先日最長ルートを夕飯前と朝飯前に80分で走破した事を受け、始めて全ルートの走破が現実的となった。

もう一つの理由は、ハイキング道に交差したり平行する林道に間違って入る混んでしまう場合が多く、なかなか正規ルートを辿ることが難しかった場所が少なからずあった事による。

それでも、まだ総てのルートを時計周りそして反時計周りと完全踏破するには至っていない。それはもう一つの理由として挙がる歩きやすさや楽しさの程度の違いによる。どうしても朝晩の比較的早い時刻に歩くので、夏の陽射しを避けて気持ち良く歩こうと思えば選択するルートが自ずから決まってしまうことにも第三の理由があった。

要するになにも苦しんで身体を鍛えようとか健康になった気持ちを味あうとかを一切考えずに、身体を解したりもしくは食欲増進のために軽く汗を掻く程度にしか歩いていないのである。それでも、今日なども昨日クライミングで爪先立ちで足が震えるほどに疲れた、肩のこわばってしまった筋肉を解すために6KMほど歩いたのだ。

とても気持ちの良い林間に射す夏の夕日はそれほど不快でもなく、今度は道を間違わずにここを登ってこようと思わせる按配なのであった。因みに基点となる駐車場まで車での往復距離は12.1KMであり、その間信号は二つある。



参照:
回峰途上に見た鯉のぼり 2009-04-10 | 暦
植生のみならない生態系 2009-04-29 | アウトドーア・環境
イリアスの発想の転換 2009-05-03 | 文学・思想
初夏の朝の森の散策 2009-05-09 | アウトドーア・環境
雨に流れた朝食ピクニック 2009-05-12 | 生活
酒が進まなかった夜 2009-05-31 | 生活
身体に染み渡り薬になるもの 2009-06-02 | 生活
出もの腫れもの処嫌わず 2009-06-13 | 文学・思想
遠い一人前の猟師への道 2009-06-17 | アウトドーア・環境
安全機構を一望する間隔 2009-07-06 | アウトドーア・環境
アフリカ人気質を感じる 2009-07-24 | 雑感
ヴァイタリティに溢れる時 2009-08-04 | アウトドーア・環境
ロールキャベツを食せば? 2009-08-09 | 料理
十キロ越えの朝食前のお替り 2009-08-17 | 暦
夕飯前の8.1KMの散歩道 2009-08-19 | 暦
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乾杯!選挙!プファルツ力

2009-08-27 | 歴史・時事
交差点のドイツ社会民主党の広告が気になる。教育問題のスローガンについては既に触れたが、その後も気になるのだ。若い娘の写真が気になると云うよりも、その胸元のそれほど深くはない谷間の入口が気になるのである。

選挙におけるイメージはスローガンだけでなく視覚的なものであるのは間違いない。しかし、この写真は大変微妙な印象を与える。しっくり来ないのである。モデルの女性への個人的嗜好とは別に、ぴちぴちとした若さと将来への希望が前面に出ている訳ではなく、「安定志向と革新の無い社会」を目指している印象が逆に不安感を与える。それは大衆高学歴社会への政策を訴えるようなスローガンにふさわしい映像だからだろう。そこには動的なダイナミックな時が無いのである。西欧社会主義にいかに将来が無いかを表わしているかのような看板だから苦になるのである。

それに引き換えカトリックの町フォルストの入口にある保守政党の看板は直ぐに気に入った。私が常日頃使っているプファルツヴァインのスローガンをパロディー化*した文字が光る。前者の「乾杯!プファルツ」に対して「選挙!プファルツ」なのである。候補者と首相が並んだ大きな写真などはもう目に入らない。「我々には力がある」と嘯く保守党の政策など、そうしたものなのである。



*もう一度看板の横を車で通ると、オリジナルのフレーズであった。逆にパロディーと勘違いさせるところが味噌なのかも知れない。一口ドイツ語講座:

Zum Wohl. Die Pfalz. が Zur Wahl. Die Pfalz. と見えるのである。
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ハーネンカムの帝王の死

2009-08-26 | 雑感
トニー・ザイラーことアントン・ザイラーが昨日亡くなったようだ。車のラジオが伝えていた。2008年から患っていた癌によって、73歳の生涯を閉じた。アルペンスキーのみならずオリンピックなどでの成果から、また特にスポーツタレントとして映画を通じて世界で最も有名なスポーツ選手の一人だったであろう。イナ・バウワーとの共演や加山雄三映画への出演などはその活動の一端でしかない。

十年ほど前に現地キッツビューエルのレストランで出会ったことがある。どちらかというとあまり足取りも軽く無く、むっくりした感じで、同僚でライヴァルであったザンクトアントンのカール・シュランツなどと比べるとあまりスポーツマン的な格好良さはなかった。

山スキーを本格的にはじめるにあたって靴の事などを考えていたので、嘗てスキー靴の件で彼の経営するスキー学校に一度電話したことを最近思い出していた。ハーネス・シュナイダーなどのオーストリーのアルペンスキーのスターの伝統を引き継ぐ史上(市場)最高のスターであった事は間違いなく、その競技の全盛期に君臨した帝王だったのだろう。その死は、アルペンスキーの歴史の一時代の終焉を十分に予感させるものである。



参照:
昔の名前、今の名前 2006-03-06 | 雑感
アルペンスキー小史 2005-03-29 | アウトドーア・環境
制御される雪煙の映像 2009-08-24 | アウトドーア・環境
Liebe im Schnee (YouTube)
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上手にふっくらと出来上がり

2009-08-25 | 料理
いつも同じような料理の写真だが、卵が綺麗に焼けたので写真を撮った。プフェルツァー・ピッツアと呼ばれるように、硬いレヴァー団子を卵でとじてある。

ワインは、ミュラーカトワール醸造所のMCリースリングを開けたように覚えている。卵料理はワインには難しいのだが、軽いワインにはジャガイモサラダと共に決して悪くはなかった。きりりとしたリースリングで食事が進む。

その後に開けたフォン・ジムメルン醸造所のオルツヴァインであるエルトヴィレ・リースリングがやっと最初の飲み頃に掛かって来ていた。開けると盛んに炭酸が出てきたのでこれは食わせ物かなと思って飲むと徐々に炭酸は収まってきて、その残り香のようなものも全く気にならない。

明くる日は、更に冴えて来た感じで、このリースリングの質の高さに気付かされた。バイケンの地所の葡萄ではないので、若干スレート臭さが感じられるもののそれが上手に旨味となっていて、この醸造所のレヴェルの高さを再認識させた。

来月にラインガウを訪問の節は、何を購入しようかと思わせるほど選択肢が多い醸造所である。二倍の価格のロバート・ヴァイルのそれよりも遥かに質が高い。
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制御される雪煙の映像

2009-08-24 | アウトドーア・環境
アーノルト・ファンクの映像は研究対象として実に面白い。この山岳映画の父が必ずしも優れた映画を撮ってばかりいる訳でもないのは、映画評論の草分けであるジークフリート・クラカウワーによって批判されているのを読むまでもない。

YOUTUBEにて公開されているもっとも有名なスキー映画の古典「白い雪煙」はやはり良かった。登場するのは初期のスポーツ映画にて見事な登山テクニックを披露したハーネス・シュナイダーの現地スキー学校長であり、この創始者が合衆国に移住した後も現在も全く同じようにザンクトアントンのスキー学校は同じように世界から熱心な愛好家を呼び寄せている。高度な運動能力を持ったレニ・リーフェンシュタ-ルの生徒役と先生役ルディ・マットをはじめとする当時超一流のスキーヤーの共演となっている。

筋は、ベルリンから来た女性がジャンプ競技に魅せられて、学校に入り本格的にアルペンスキーを始めて、校長先生とスキーを履いた狐狩りの狐となって逃げ回る話だけなのだが、ハンブルクから来た家具屋のスキー場見習いなどが狂言回しとなって、スキーの楽しさ更にスポーツの喜び満載の映像となっている。作曲家パウル・デッソウの音楽に基本コンセプトが良く表れているのはパウル・ヒンデミットが「山との戦いにて」で重要な仕事をなしていたのと双璧である。

この映画においては「狐狩り」が後半のハイライトを築くのであるが、予想していたよりも「雪煙」などが示す「耽美の美学」から程遠い視点でカメラが廻っているのが素晴らしい。あのクライネマッターホルンの映像で見せた輝く光と雲の臨場感がここに求められていないのは、それがこのアールベルクの二千メートルばかりの山には無い事を如実に語らせているのである。

その代わりにここには、今日も残っているザンクト・アントンやザンクト・クリストフもしくはシュトューベンの谷などの風情が上手に表現されているのである。この自然科学者であるアーノルト・ファンク博士の偽りのない視点に共感できる映画である。それと同じぐらいレニ・リーフェンシュタールの素晴らしい肉体制御にとても感心しながら、それに反比例する彼女の知的制御の欠落に忸怩たる思いを隠せないのである。



参照:
Der Weisse Rausch 1/10 (1931) (YOUTUBE)
Der weisse Rausch, Neue Wunder des Schneeschuhs (filmportal.de)
Paul Hindemith Filmmusik "Im Kampf mit dem Berg" (YOUTUBE)
世界を雪崩で洗い落とす 2008-10-25 | マスメディア批評
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公約相性度試験で遊ぶ

2009-08-23 | 歴史・時事
YahooJapanの「マニフェストマッチ」というのをやってみた。予想通り民主党の政策は一切受け付けなかった。本当の自由民主主義の発展と歪みのない市場経済システムの構築へと日本共産党や右翼政党の智恵を借りたような結果となった。

社民党の「子どもの医療費を無料化」の財源確保のためには、公的健康保険による無駄な健康診断や診察や薬品の投与などを厳しく押さえていく必要があるだろう。医者が好きなものは私保険に加入すれば良いのである。所謂湯水の如くの保険医療は許されない。保育料の無料化は、労働人口の安定と人民の高齢化対策としては優れているが、パート労働などを含む所得税制などを巧く整合させていかなければいけないだろう。

自由民主党の年金問題対策は、被雇用者や資産家の公的年金からの除外が含まれているかどうかは判らないが、公的年金自体が「持たない弱い層への制度」であることが強調されるのが良い。

改革クラブの地方分権案は何を謂わんとしているのか良く判らないが、「地方主権体制」との言葉の裏におかしな狂人や間抜けな芸能人の首長を思い浮かばさせるのが面白い。

共産党の政治資金規正案は明白で宜しいが、機関誌発行だけで政治資金が潤沢に集まるなどは考えられない。「全国11ブロックの比例代表制」と地方分権がおそらく整合化されているのだろうが、一ブロック辺りに可也の当選者数となってロボットのような党員も議員として選ばれるのは問題であろう。ロビイストの活動が銭の繋がりなく出来ればそれはそれで素晴らしいが、さて何処まで可能なのだろうか。

みんなの党の安全保障政策には全く戦略的な視野が感じられない。こんな感じで保障政策と出来ればそれほど恵まれた事はないであろう。農業政策における「意欲のある者に直接支払い制度を創設」とはやはり補助金の一つのようだが、こうした考えかたと市場原理の中での創意工夫を薦める「マーケット型農業」と上手く両立するなど困難であろう。

新党日本の「消費税のインボイス制」はよほど見做し税とかなんとかで税の徴収に信頼度がないのだろう。食料品と本の軽減税率でも全く問題のないVATに慣れている者にとっては意外に映る。みんなの党の税理士が儲かると同時に物書きが印税で儲かる仕組みなのだろうか?

民主党の大衆扇動型の安物全体主義 ― なかにはネズミ講紛いのマルチビジネスを推進しているマフィアらしきも混じっているようだが ― とは主義主張が全く合わないようなのでその政策に文句が付けられなくてかえすがえすも残念だ。



参照:
YahooJapanの「マニフェストマッチ」結果
政権交代の究極の目的は 2009-08-16 | マスメディア批評
容易に崩壊を招く悪い印象 2009-08-02 | 女
世論形成への言論活動の有意 2009-03-08 | マスメディア批評
新社会市場主義経済構想 2009-02-11 | 歴史・時事
冗談じゃない共産主義者 2008-09-20 | 歴史・時事
ロールキャベツを食せば? 2009-08-09 | 料理
あとの政策への期待薄感 2007-07-29 | マスメディア批評
中庸な議会制民主主義 2007-05-13 | マスメディア批評
勲章撫で回す自慰行為 2008-07-26 | BLOG研究
現代オカルトのビオ思想 2007-05-24 | 文学・思想
多数連合と少数の不可侵権 2005-09-12 | 歴史・時事
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人里遠く離れるとは

2009-08-22 | アウトドーア・環境
天才登山家ワルテル・ボナティ出演のTV番組などをYOUTUBEで観た。先日紹介したリッカルド・カシンとラインホルト・メスナーとの会合のVIDEOに触発されたからだ。イタリア語なのでちらちらとみるだけであるが、垂直から水平へと目標を拡げた件が興味深い。

北海道で起きた遭難事故に関してテントがどうとか書いてあったのでみると、ツェルトとテントの違いに触れてあった。ドイツ語と英語の違いだけなのだが、日本の登山用語では昔からなぜか前者を簡易なものとしている。なぜそうなったかは想像がつかない。

それは先のアルペン協会の雑誌が報告していたように、日本の山には宿泊施設が十分に完備していないことによるのかも知れない。日本の豪雪を考えるとなかなか小屋を維持する事は容易ではないのだろう。

兎に角、大量遭難者を出した北海道の山をネットで詳しくみると、とても中年になって山歩きを始めたハイカーを募って、必要最低限のガイドが引率する登山にはあまり馴染まないのは明白である。そもそも二泊三日もの食料を持って移動すだけでも大変な労力である。

正直現時点の私では、そのコースの険しさは違えども、担ぐ荷物の重さからすると一泊二日が限度である。そうした困難性を考えれば、食料のデポや避難小屋の存在に関わらずテントの持参などが刑事責任の有無の判断になることが理解出来る。

標高が高くなくても、谷が深くなくても、人里離れているだけで自然の猛威は存在する。まさに、天才登山家が水平線への冒険へと目先を変えた背景がそこにあるのだろう。



参照:
Walter Bonatti racconta I miei ricordi (parte 1)
Walter Bonatti racconta I miei ricordi (parte 2)
Bonatti - Ritorno dalle Jorasses - YOUTUBE
Walter Bonatti au pilier des Drus Chamonix - dailymotion
鉄の時代の金属職人親方 2009-08-10 | アウトドーア・環境
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夏も闌の夜の虫の音

2009-08-21 | 
昨晩の独日協会の会合はネッカーの流れを見ながら戸外で開かれた。19時始まりではまだまだ長い陽射しが不要であったが気持ちは決して悪くはなかった。

2003年の暑い夏との比較が語られるとそれを否定しない訳にはいかないが、本日の熱気を体感するとなるほどその比較も分かるような気がする。それでも夜はまた冷えてくれるような気配が漂っている。

その夏は八月の上旬に摂氏四十度近い暑さとなり、夜も三十度を少ししか下回らなかった。しかし今年はもう既に日は短く強さも衰えているから、陽が暮れれば直ぐに涼しくなる。

人間も窓を開けて眠らなければいけない夜が続けば睡眠が十分い取れずに疲労が溜まる。葡萄も夜冷えてこそはじめて良い酸が生成されるのである。

ドイツの赤ワインに関しては記念碑的な年となった2003年であるが、2006年、2008年と今一つの年を越えて、ここに再びチャンスが巡ってきただろうか。2005年よりも良い年となるかも知れない。リースリングに関しては偉大な年を期待している。

ネッカー河畔の草叢で盛んに虫の声がする。それをして夏も闌と仰るので、それは日本の季語で云えば盛夏を過ぎた日も短くなった秋を指すのだと説明するが、北ドイツなどではあまりこうした音を聞くことがなくて、どちらかと云えば暑い南の地方の真夏の夜を想像するのだという。

それに対してワイン街道ではやはり、盛夏を過ぎた秋の気配と共に聞こえる音だとすると、それは郊外部の感興だと云うのである。なるほどそうかもしれないが、広島の夏などを知っている者に云わせると、どうも虫の音と蝉の音が一緒くたになっているのだ。

蝉も秋の蝉や所謂ツクツク法師が秋だと云うとそれは聞いたことがあるようだ。中国の喧しいドリルマシンの音のような泣き声の蝉や油蝉やくまぜみと一緒にして貰うと困るのである。

なるほど、日本の夏は堪らなく暑く、その蝉の音は芭蕉が読んだように岩に染むほどの暑苦しさで忘我の境に至らなければ過ごしていられない。都市化の影響で益々まともに暮していられなくなっている日本の夏が嘆かわしい。
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居心地の悪い癌闘病記

2009-08-20 | マスメディア批評
相変わらずクリストフ・シュリンゲンジフのベストセラーリストに入っていると言う。その他の「癌の書籍」をも纏めてメディア評論している。

その切り口は、こうした内容の書籍に纏わる居心地の悪さである。死の病である癌の特性や一般度は、今や癌で亡くした者がいない者などはいなく、その経過や闘病についても無知なものはいないと。その証拠に嘗ての特別な病とは異なり欧州人の四分の一がこの病で世を去っている事からすると、日常茶飯な現象である筈だと言う。

エイズによってとって代わられた癌は、例え患者が若かろうがどんなに活き活きとした女性だろうが、そこに運命的なものを見出すことが難しくなって来ているのであろう。それを見出すところに三流ジャーナリズムやメディアが割拠しており、それがまた居心地の悪さを添えているとしても良いのだろう。

シュリンゲンジフの自己選択への狼煙は、エリアス・カネッティが作品に生涯捧げてきた本質であると同時に、終着点は既知の事実だという証でもあるとなる。



参照:
Der Schleier über den letzten Dingen, Richard Kammerlings, FAZ vom 13.08.09
循環する裏返しの感興 2009-04-27 | 雑感
希望という自己選択の自由 2009-06-19 | 文化一般
出もの腫れもの処嫌わず 2009-06-13 | 文学・思想
自然な不可逆な視線 2009-06-12 | アウトドーア・環境
現を抜かすインフルエンザ 2009-05-01 | 生活
若き芸術家の癌病闘日記 2009-06-07 | 文化一般
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夕飯前の8.1KMの散歩道

2009-08-19 | 
昨晩も窓を開けて寝たのでぐっすり眠れなかった。それでも今日は大分涼しくまともに思考出来る態勢になって来た。日本の夏は暑いことだろう。

夕食前にパンを買いに行き、先日間違って二キロ多めに歩いたコースを今度は逆から道を間違えないように歩く。

最初の登りは可也早足で歩いたが、直ぐに尾根筋に出てしまってあっけない。その分長く横へと歩かされる。その辺りで最初の三十分ほどに感じてくる恐らく乳酸などの生成の一種の疲労感が表れるので凡その経過時間を感じる。腹時計である。

見通しの良い太い楢の木と呼ばれる分かれ道に出てから暫らく行くと先日の見落とした分かれ道に出た。この辺りで腹時計は四十分経過を示している。先日は坂を一気に登り、気を焦って下りる分岐路を見落としていた。分かれ道から直ぐの分かれ道であったので見落としたのだった。

谷から一気に登る気持ちの良い道を今度は谷が詰まるお碗状の所から一気に谷へと降りて行く。それほど長くはないが、下りも短くは感じないので、一気に登りつめようと思ってふらふらになったのである。

谷に下りてから平地を走らない程度に一生懸命歩いて車に戻ると約75分経過していた。8.1KMの道のりであるから80分以上掛かっているかなと感じていたが、それよりは早くてまずまずである。直射日光に当たるところもなく精々木洩れ日が指すぐらいでそれほど暑くなかった。その証拠に汗を全身に掻いて困るほどではなかった。車の外気温は27度を越えているので、今日は大分湿度が下がって来たと言うことだろう。今夜はぐっすりと眠れそうである。



参照:
十キロ越えの朝食前のお替り 2009-08-17 | 暦
ヴァイタリティに溢れる時 2009-08-04 | アウトドーア・環境
身体に染み渡り薬になるもの 2009-06-02 | 生活
初夏の朝の森の散策 2009-05-09 | アウトドーア・環境
植生のみならない生態系 2009-04-29 | アウトドーア・環境
回峰途上に見た鯉のぼり 2009-04-10 | 暦
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盛夏過ぎて、調子を落とす

2009-08-18 | 料理
相変わらず残暑が厳しい。盛夏はあれほど感想していて気持ち良かったのだが、ここに来て一気に蒸し暑い昼夜を迎えている。毎年同じような事を書いているかも知れないが、八月は妙に腹が減って食欲が増進する。その反面身体を動かすのが億劫となるので夏太りをする。できるだけ買物にも行かずに節食している。

肉屋でシュヴァールテンマーゲンをまた一つ買った。グルメ誌ファインシュメッカーの紙に包んでくれた。ドイツ肉屋四百選に選ばれている証拠である。ワインにおいても同じような手法をとろうとしたが反発を招いたのは既に伝えた通りである。そしてこうした包み紙を有料で配布したりするのはどのような賞や選集の企画の一つである。だからそうしたシールなどを売りつけても必要な最低注文数を宣伝費として注文するだけで大きな問題とはならない。ワインの場合は可也おかしな具合にそれが進展したのは背後におかしな構造があるからに違いないのである。

さてそこで買ったシュヴァールテンマーゲンをソーセージサラダ風にした。ソーセージの細切りに、これまたこの季節になると毎年登場する玉葱とトマトのマリネーを混ぜて二時間ほど合わしておけば出来上がりである。

上のシュヴァールテンマーゲンは胃袋の皮がついていて中の肉がニコゴリで固めてあるため更に食べ甲斐がある。手元にあるライムと胡瓜の酢漬けや少々のマスタードに合わせて、緑の葉のサラダの上に乗せた。

これなどは比較的単純な材料で楽しめるものであり、味付けさえ考えてやればリースリングの食事としてもなかなか良い。白いパンがあったのでそれを付け合せたが、暑い調理さえいとわなければベークドポテトなどもつけ合わせとして最高である。

先日から気になっていたミュラーカトワールの2008年産ビュルガーガルテン・シュペートレーゼを試した。驚くほどの炭酸に失望して炭酸の不味い味のするリースリングとなっていた。ステンレス醸造で炭酸が抜けなかった以上に味を中和するために敢えて残したような気配がある。現在の醸造親方は若いがフランスなどでの豊富な経験をその自慢としている。それが、必要以上のボディー感になったり今度は2008年の特徴を薄める方へと向ったりしている。一種のマリエリスムと読んでもさしつかいないかも知れない。

トレンドとしての発砲性のあるワインいついては十年ほどまえぐらいから亜流をみるようになり、一級の醸造所と言われるロバート・ヴァイルなどに対してもこっぴどく叱る必要があったのだが、今更こんなリースリングを造られても批判する言葉さえも浮ばない。2008年度産でもっとも数を購入しているのはMCリースリングと呼ばれるもっとも単純な商品である。若干個性を押さえたような造りであるが価格を考えると十二分に満足出来るワインである。

しかし、試飲の時にもまた開けて明くる日もそれなりにガスが抜けてバランスがとれていたが、開けた時に香りでなく炭酸ガスが出てくるようなリースリングに16ユーロも価値をつけているようでは残念ながら将来性はない。一時はドイツでもトップクラスの醸造所に数え入れられていたが現在ではVDP所属の醸造所の中で中から下の「出来ない醸造所」に成り果てている。



参照:
肉屋の小母さんの躊躇 2006-02-18 | 料理
素晴らしい前菜の愉悦 2008-07-08 | 料理
まろやかな味にリースリング 2009-06-15 | 料理
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十キロ越えの朝食前のお替り

2009-08-17 | 
この夏で一番暑い。その証拠にバルコニーの窓を閉めた。熱風が室内に入ってくるのを阻止するためである。バルコニーの温度計は35度をさしている。本日は岩登りに行く事も出来たのだが、この熱気を予想してパンを取り行くついでの散歩とした。

八キロ越えの道を一時間半ぐらいで試して見ようと思い、朝起きを心掛けたのだが二度寝して歩き出したのは九時半に近かった。可也頑張って谷を詰めてから一気に二百メートルの高度差を登りきろうとしたら息が切れた。

脈拍数は優に130を越えながらも登りつき、帰路4キロの看板を見てから道を迷った。そこから更に向こうの一旦谷を下りて登り返したので少なくとも二キロは余分に歩いた。

林道で擦れ違った犬を連れた紳士に道を聞いて、はじめて谷向こうへと来てしまった事に気がついた。その道は林になっておらず陽があたったがなんとか駐車場まで戻ってきた。時計は、11時を過ぎたところであった。

もし道を間違えなかったら一時間少々で戻ってきていたかと思う。朝飯前に八キロは歩くつもりであったが、十キロ程歩いてしまった。もう少しテンポを上げれば、三十分で八キロほど歩けるかもしれない。

長い登りで二百メートルを一気に登るそこはなかなか良いトレーニングルートに違いない。今度は逆コースで時間を計ってみよう。この程度の距離と登りを毎日朝飯前に軽く歩けるようになると基礎体力がついてくるように思う。

暑い最中を文句たらたら南プファルツの奇岩に岩登るよりも、この秋辺りからよりこうして歩く方が岩登りの上達に活きて来るだろう。
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