「西大寺展」 三井記念美術館

三井記念美術館
「奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝」 
4/15~6/11



奈良・西大寺の寺宝を集めた展覧会が、三井記念美術館で行われています。

はじめの立体展示室からして充実していました。主に並ぶのは法具です。例えば「白銅密教法具」。西大寺で最も重要な法会の光明真言会で用いられます。三葉形の盤に鈴や3本の杵がのせられていました。盤の脚にも注目です。獣の形をしていました。


国宝「金銅透彫舎利容器」 鎌倉時代 奈良・西大寺

さらに「金銅透彫舎利容器」も美しい。厨子の中に舎利容器が納められています。透彫が絶品です。羽目板は極めて精緻。龍の姿も見えました。独立ケースでの展示です。よって360度の角度から鑑賞することも出来ます。ここは金色の輝きに見惚れました。

さて西大寺の名はよく知られていますが、ともすると寺の歴史までは詳しく知られていないかもしれません。

創建は765年です。当時の称徳天皇が恵美押勝の乱の平定を願って造営しました。乱は無事平定。創建時は僧の道鏡が絶大な権力をふるいます。いわゆる南都七大寺の1つとして大きな伽藍も有していました。しかし都が平安京に移されると衰退します。度重なる災害で多くの堂も失われました。状況は「深刻」(公式サイトより)でした。

西大寺を中興したのが僧の叡尊でした。鎌倉時代です。幼くして醍醐寺や高野山で修行。真言密教を学びます。30代で西大寺にやって来ました。叡尊は伝統的な律宗と自身の密教とを組み合わせた道場を築き上げます。そして貧者の救済にも奔走。当時は薬と認識されていた茶を施す大茶盛式を行います。そして先の光明真言会を創始します。僧や市民が集ったそうです。

さらに本尊の釈迦如来像をはじめとする多くの仏像の造立を発願しました。実際に今に残る仏像は叡尊時代の作が少なくありません。

この叡尊が展示の主人公です。「興正菩薩坐像」は叡尊80歳の寿像でした。背筋を伸ばし、しっかりと前を見据えながら泰然とした様子で座っています。眼差しは鋭い。解説に「理知的」とありました。鎌倉時代ならではの迫真の像です。両手には血管も浮き上がっています。


重要文化財「愛染明王坐像」 善円作 鎌倉時代・宝治元(1247)年 奈良・西大寺

「愛染明王坐像」も見応えがあるのではないでしょうか。現在の愛染堂の秘仏本尊です。叡尊が安置したと伝えられています。口を開いては忿怒の相をしていました。まだ彩色が残っています。しかも肩から脚のあたりの着衣には截金も確認出来ます。力強くも繊細でした。


重要文化財「文殊菩薩坐像」 鎌倉時代・正安4(1302)年 奈良・西大寺

叡尊の十三回忌に完成したのが「文殊菩薩坐像」でした。右に剣を持っています。身体、および着衣を象る曲線が目立ちます。顔立ちはどこか幼くも見えました。叡尊は文殊菩薩を深く信仰します。その教えに基づいて慈善事業を行いました。


重要文化財「聖徳太子立像(孝養像)」 善春作 鎌倉時代・文永5(1268)年 奈良・元興寺

文殊菩薩をはじめ、聖徳太子、はたまた伊勢の神など、多様な信仰を持つのも特徴です。一例が「聖徳太子立像(孝養像)」でした。16歳の太子の姿です。父の用明天皇の病気を快癒を祈っています。叡尊は、太子を救世観音、如意輪観音の化身として捉えています。よほど太子信仰が広まっていたのでしょうか。結縁者は計5000名にも及びました。

叡尊の教えは全国に広がります。うち東国では僧の忍性が活動。鎌倉の極楽寺に住みます。そうした真言律宗の一門の寺宝もあわせて展示されていました。


重要文化財「釈迦如来立像」 院保他作 鎌倉時代・徳治3(1308)年 神奈川・称名寺

称名寺の「釈迦如来立像」が個性的です。いわゆる清涼寺式の像。大きな顔です。そして木目を活かした衣紋が全身を覆います。また畿内では岩舟寺の「普賢菩薩騎象像」が目を引きました。とても華奢です。前であわせる両手もか細く見えます。力強さは皆無。むしろ流麗でした。目も細く、まるで涙を流しているかのようでした。


重要文化財「吉祥天立像」 鎌倉時代 京都・浄瑠璃寺

木津川の浄瑠璃寺の「吉祥天立像」が6日間限定(6/6〜6/11)で出陳されます。普段は本堂内の厨子の秘仏です。ほか一部作品に展示替えがあります。詳しくは出品リストをご覧下さい。

点数こそ少ないものの、叡尊以前、平安期の寺宝も充実しています。惹かれたのは「月輪牡丹蒔絵経箱」でした。側面は牡丹。蓋には月輪が描かれています。それに「十二天像」も見事です。1幅がかなり大きい。西大寺では12幅全て完存しています。うち本展では4幅、さらに各会期で2幅ずつ公開中です。(現会期では帝釈天、火天。)さすがに絵具の剥落も目立ちましたが、例えば帝釈天の乗る白象など、一部に往時の色彩も見ることが出来ました。

[奈良 西大寺展 巡回スケジュール]
大阪:あべのハルカス美術館 7月29日(土)~9月24日(日)
山口:山口県立美術館 10月20日(金)~12月10日(日)

西大寺の寺宝が東京でまとめて公開されるのは1990年以来のことです。その意味でも貴重な展覧会と言えそうです。


6月11日まで開催されています。

「奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝」 三井記念美術館
会期:4月15日(土)~6月11日(日)
休館:月曜日、但し5月1日(月)は開館。
時間:10:00~17:00  *入館は閉館の30分前まで。 
料金:一般1300(1100)円、大学・高校生800(700)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *70歳以上は1000円。
 *リピーター割引:会期中、一般券、学生券の半券を提示すると、2回目以降は団体料金を適用。
場所:中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線三越前駅A7出口より徒歩1分。JR線新日本橋駅1番出口より徒歩5分。
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「南極建築 1957-2016」 LIXILギャラリー

LIXILギャラリー
「南極建築 1957-2016」 
3/30~5/27



LIXILギャラリーで開催中の「南極建築 1957-2016」を見てきました。

日本が初めて南極に建てたのはプレファブの建築物でした。

時は1957年。場所は南極大陸から4キロ離れた東オングル島です。ここに日本は天体や気象の観測のための昭和基地を建設。その建物にプレファブが採用されました。



パネルは木質です。金属よりも断熱性が高く、結露も起こりません。また簡素で作りやすい。過酷な環境においても隊員らが効率的に作業出来るように設計されました。



以来、60年。現在の昭和基地には約70棟の建物があります。延べ3000名以上もの隊員らが観測活動を行ってきました。

そうした南極の建物に着目した展覧会です。いかに南極の気候に対応し、改良して行ったのでしょうか。南極建築の変遷を辿っています。

建築第1号の設計基準が厳格でした。なんと最低気温はマイナス60度。風速は毎秒80メートルに耐えなくてはなりません。一方で室内温度は20度です。つまり外気温との差は80度。同地の凄まじい環境が伺えます。



基地は観測船の代替りとともに拡張しました。まず第1次観測隊を南極に送ったのは「宗谷」でした。次いで1965年に「ふじ」が就航します。鉄骨コンクリート柱による居住棟などが建設されました。

さらに「しらせ」が就航。基地機能のゾーニングの見直しも始まります。1993年には基地の拠点となる3階建の管理棟が完成しました。頂上はドーム型です。中には食堂や娯楽室、病院や書庫なども整備されました。バーカウンターやビリヤード台もあるそうです。



今の南極船は2代目の「しらせ」です。2013年には太陽熱を利用するエネルギー棟が完成します。集熱パネルは屋根だけでなく、壁面にも設置されました。これは南極の太陽高度が低いために有効だそうです。デザインも斬新です。グッドデザイン賞を受賞しました。

昭和基地の改良は現在も進行中です。2018年の完成を目指して、4つの研究棟を統合するための観測棟の建築が行われています。



その観測棟は12角形です。雪に対応するために高さ4メートルの高床式です。フレームは鉄骨。しかし壁材には木質パネルが利用されています。



興味深いのは写真パネルでした。健康診断や厨房、食事風景など、隊員の方々の日常の様子が写されています。また基地では季節のイベントが重要で、例えば大晦日には除夜の鐘が毎年、新造されるそうです。ともするとイメージしにくい南極での生活を知ることが出来ました。



さらに各建築には図解パネルも展示。イラストレーターのモリナガ・ヨウがイラストを描いています。いずれも親しみやすい。建物内部の見取り図を細かに表しています。



ほかは装備品も紹介。実際に使用されたものでしょう。防寒着をはじめ、帽子や靴も展示されていました。



1階ではモリナガ・ヨウの原画展も行われています。繊細な色彩はパネルでは分かりません。そちらもお見逃しないようご注意下さい。(原画展は5/9まで)



5月27日まで開催されています。

「南極建築 1957-2016」 LIXILギャラリー
会期:3月30日(木 )~5月27日(土)
休廊:水曜日。
時間:10:00~18:00
料金:無料
住所:中央区京橋3-6-18 LIXIL:GINZA1、2階
交通:東京メトロ銀座線京橋駅より徒歩1分、東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅7番出口より徒歩3分、都営浅草線宝町駅より徒歩3分、JR線有楽町駅より徒歩7分
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「海北友松展」 京都国立博物館

京都国立博物館・平成知新館
「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」
4/11〜5/21



京都国立博物館・平成知新館で開催中の「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」を見てきました。

等伯や永徳と「並び称される」(公式サイトより)桃山時代の絵師、海北友松(かいほうゆうしょう)。しかしながら、その知名度は高いとは言えないかもしれません。

私が海北友松の名を知ったのは「妙心寺展」(東京国立博物館、2009年。)でした。代表的な「花卉図屏風」や「琴棋書画図屏風」などが出展。また「英西と建仁寺展」(東京国立博物館、2014年。)では、「雲龍図」など10数点の作品も展示されました。必ずしも接する機会がなかったわけではありません。

久しぶりの回顧展です。しかも「過去最大規模」(公式サイトより)。初期作や新発見、初公開作を交えた約70点にて、海北友松の画業を明らかにしています。

海北友松は遅咲きでした。とするのも今、知られる作品の多くは60歳以降に描かれたものばかりです。では、それ以前はどのような作品を残していたのでしょうか。実のところ良く分かっていません。

友松は浅井家の家臣の子に生まれます。幼い頃に東福寺に入りますが、のちに主家の浅井家も滅亡。さらに兄も信長に滅ぼされます。すると友松は環俗し、狩野派の門を叩きました。一つの説では元信、また別の記録では永徳に入門したと言われているそうです。


海北友松「山水図屏風」(左隻)

おそらく最初期の友松画が「菊慈童図屏風」でした。無款です。狩野派の色が濃い。木々や岩肌の描線は鋭い一方、中央の仙童は緻密に表現しています。同じく無款ながらも初期友松の作と推定されるのが「山水図屏風」でした。山水ながらも、楼閣などが建ち、人の気配を感じなくはありません。中国の故事を参照した可能性も指摘されています。


海北友松「柏に猿図」 アメリカ・サンフランシスコ・アジア美術館

今回、初めて取り上げられたのが「柏に猿図」です。山水の景観は淡墨と時に彩色を交えて情緒的に表しています。これぞ友松です。一方で手長猿はどうでしょうか。等伯を連想しました。ともすると等伯画にも学んでいたのかもしれません。


海北友雪「海北友松夫妻像」 重要文化財

友松に関する資料も多く展示されていました。例えば「海北家由緒記」です。出自や交友関係が記されています。友松は明智光秀の家臣、斎藤利三をはじめ、茶人の東陽坊長盛、さらに歌壇の権威でもあった細川幽斎や石田三成らと関わっていました。利三の娘はのちに家光の乳母となる春日局です。よほど親交が深かったのでしょうか。利三が本能寺の変で処刑された折、友松は手厚く葬ったそうです。

その恩を春日局は感じていたのかもしれません。「海北友松夫妻像」において妻が着るのは春日局から拝領された小袖です。さらに身を落としていた友松を幕府御用に引き立てました。妙心寺の障壁画の制作を依頼します。そうした経緯についても解説などで細かに紹介されていました。

60歳を過ぎた友松が最初に活躍したのが建仁寺です。大方丈、大中院ほか、禅居庵などの障壁画や障屏画の制作を任されました。

「花鳥図襖」が見事でした。靄に霞む松を背に牡丹や白椿が咲いています。左手の水辺には番の鴨がいました。花は彩色、松はほぼ水墨です。友松の障壁画を見て感心するのは、この彩色の用い方です。水墨を基調としたモノクロームの世界に生命を吹き込むかのように色をつけています。豪胆で素早い松の墨線に対し、草花は愛でるように細かに描いています。この細部への温かい眼差しも友松画の魅力の一つでした。


海北友松「竹林七賢図」(部分) 重要文化財 京都・建仁寺 *前期展示

「袋人物」(解説より)とは言い得て妙ではないでしょうか。一例が「唐人物図襖」でした。何が袋かといえば、人物の表現です。衣を膨らませては丸い身を帯びた人を描いています。まるでぶかぶかのガウンを着ているかのようでした。

さらに「松竹梅図襖(梅図)」も良い。梅は枝を鋭く四方に伸ばしています。構成は時に鋭角的です。さも定規で引いたような線さえあります。迷いがありません。一気呵成に梅を捉えていました。

かの「雲龍図」を67歳にして完成させます。友松は兵火によって焼失した建仁寺の再建に際し、方丈内の5室に計52面もの水墨障壁画を描きました。


海北友松「雲龍図」(部分) 京都・建仁寺

「雲龍図」は左右で全8幅です。ちょうど展示室の角で向かい合うように並んでいました。建仁寺での実際の配置を踏襲しています。

右の龍は大気を巻き込んでは姿を現しています。口を開いて猛々しい。一方で左の龍は風を送り出すように登場。口は閉じて飄々とした様子をしています。そして凛々しい孔雀を表した「花鳥図」や例の袋人物の「竹林七賢図」も建仁寺のための作品です。七賢図の人物の身長は1.3メートル。桃山人物画では異例の大きさだそうです。まさにオリジナルでしょうか。ここに友松の様式が完成したと言えるのかもしれません。

年齢を重ねても友松の活動は衰えることがありません。さらに「軽妙洒脱」(解説より)な水墨を多く制作していきます。

ゆるキャラ風としたら語弊があるでしょうか。「牧馬図屏風」に惹かれました。山水を背景に群れる馬を捉えています。「袋馬」とありましたが、やはり丸っこく、可愛らしい。中には首を体の下に潜らせている馬もいます。「雪村の影響」(解説より)も受けていたのでしょうか。何とも自由です。長閑な空間が広がっています。


海北友松「琴棋書画図屏風」(右隻) 京都・妙心寺 

その名声は宮中にも轟いたのでしょうか。友松は70歳にして八条宮家に出入りするようになります。そこで生み出したのが金碧屏風、「網干図屏風」でした。

率直なところ、驚きました。というのも、主要なモチーフは網と芦のみ。ただそれだけをクローズアップしているからです。しかも網の描写が細かい。濡れていたり、濡れていなかったりします。また結び目の紐の垂れる姿も様々です。背後には海原が広がり、小舟も浮かんでいました。左の芦は雪を冠っているのでしょうか。白く輝いていました。至極斬新な構図です。網の三角形が浮き上がります。その意味ではデザイン的とも呼べるかもしれません。


海北友松「花卉図屏風」(右隻) 京都・妙心寺

妙心寺にも傑作を残しています。うち特に華麗なのが「花卉図屏風」でした。右は牡丹、左が梅と椿です。牡丹は乱れ咲きです。熱気に溢れるほど花を開いています。芳しく、またどこか妖艶でもあります。色は白にピンク、紅色と様々です。よく見ると穴が開いている葉もあります。写生も鋭い。解説に「近代絵画」と記されていましたが、私は鈴木其一を通して、速水御舟の作品を連想しました。



龍は友松の得意のモチーフでした。その龍に関する諸作品が一つの部屋にまとまっています。全4点です。かなり照明を落とした空間でした。また「雲龍図」の評判は朝鮮半島にも及んでいたそうです。その史料も合わせて展示されています。ともかく全般的に資料考証が綿密です。中には画料の領収書まであります。絵画作品の魅力だけでなく、友松自体の生き様なりが伝わるような構成でした。

ラストがこそハイライトかもしれません。友松最晩年の「月下渓流図屏風」で展覧会は幕を下ろします。


海北友松「月下渓流図屏風」(左隻) アメリカ・ネルソン・アトキンズ美術館

無人の静寂です。感じられるのは水の音でした。一面の霞です。山深き渓谷でしょうか。夜明けの景色です。左上には朧げに満月が浮かび上がっています。余白は大気に満ちていました。僅かな白い光が滲み出しています。花のみが彩色です。梅に椿、ツクシにタンポポも咲いていました。あるがままの自然の風情です。画面は随所で自ら生動しています。思わず深呼吸してしまいました。


海北友松「松竹梅図襖(松に叭々鳥図)」 京都・禅居庵 *後期展示

展示替えの情報です。会期中、一部の作品が入れ替わります。

「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」出品リスト(PDF)
前期:4月11日(火)〜4月30日(日)
後期:5月2日(火)〜5月21日(日)

さらに「網干図屏風」や「浜松図屏風」、「禅宗祖師・散聖図押絵貼屏風」などの数点の作品は、変則的な出展期間となっています。詳細は出品リストをご参照下さい。



会期第1週目の土曜日の夕方、夜間開館を利用してきましたが、館内は大変に空いていました。

一部時間帯において混み合う場合があるようですが、今のところ入場待ちの待機列は発生していません。混雑状況については京都国立博物館のアカウント(@kyohaku_gallery)がこまめに情報を発信しています。そちらも参考となりそうです。


京都国立博物館では過去、狩野永徳展、長谷川等伯展、狩野山楽・山雪展、桃山時代の狩野派展と、定期的に桃山時代の絵師に関する展覧会を行ってきました。

その完結編にあたるのが海北友松です。しかも内容も締めくくりに相応しい。極めて充実しています。京都の単独開催です。もちろん東京への巡回もありません。



5月21日まで開催されています。おすすめします。

「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」 京都国立博物館・平成知新館
会期:4月11日(火)~5月21日(日)
時間:9:30~18:00。
 *毎週金・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。
料金:一般1500(1300)円、大学生1200(1000)円、高校生900(700)円。中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:京都市東山区茶屋町527
交通:京阪電車七条駅より徒歩7分。JR京都駅より市バスD1のりばから100号、D2のりばから206・208号系統にて博物館・三十三間堂前下車。
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「片山正通的百科全書」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「片山正通的百科全書 Life is hard... Let’s go shopping.」 
4/8〜6/25



東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「片山正通的百科全書 Life is hard... Let’s go shopping.」を見てきました。

インテリアデザイナー、片山正通のコレクションが、展示室を埋めに埋め尽くしています。



冒頭から思いがけない展開が待ち構えていました。突如、出現するのは本棚です。壁の両側にぎっしりです。殆どが洋書でした。いわゆるカタログというべき重厚な本ばかりが納められています。もちろん全てが片山のコレクションです。彼は洋書に憧れては収集。中身だけでなく、デザインに惹かれながら、「嗜好品として」(解説より)も購入しました。確かに表紙を見たくなるものばかりです。思わず手にとりたくなるほどでした。



次いではCDです。これまた棚にびっしり。隙間はありません。ジャンルも様々です。洋楽や邦楽を問いません。片山はタワーレコードに住みたいと思ったことさえあるそうです。私もかつてクラシックのCDを集めていたことがありましたが、収集し始めると止まりません。音楽に対する貪欲な姿勢が感じられました。



さらに続くのは多肉植物でした。しかも大きい。なるほど、確かに「百科全書」です。誕的な現代美術のコレクション展ではありませんでした。

植物を過ぎると美術が現れました。片山自身が作品の分類と編集を行っています。つまり独自のカテゴライズです。細かな部屋に区切り、「白と黒」、「ランドスケープ」などとテーマを設けて展示しています。


政田武史「もくゆら」 2009年

まずは「人と動物」です。アンディ・ウォーホルをはじめ、政田武史のペインティングなどが並んでいます。さらに大竹伸朗やエリック・パーカーもありました。片山は展覧会のアドバイザーにリストを見せた際、人や動物に因んだ作品が多いという指摘を受けたそうです。それゆえの設定なのかもしれません。


五木田智央「雑多な情動」 2008年

五木田智央の「雑多な情動」にも目が留まりました。2年前にはDIC川村記念美術館でも個展を開催。何やら顔面が解体されています。大作の絵画です。迫力がありました。



「ランドスケープ」のセクションが面白いのではないでしょうか。メインは写真でした。松江泰治が俯瞰した構図で都市を空撮しています。そこへホンマタカシや川元陽子の油彩画が介在します。色やモチーフが一つの空間の中で互いに影響を及ぼしているように見えました。


リカルダ・ロッガン「RESET 4」 2011年

ドイツの写真家、リカルダ・ロッガンの大作も控えています。色彩の切り口が雑妙です。私としては好きなロッガンを見られたこと自体も収穫でした。



さて以降は全て現代美術かと思いきや、またテイストが変化します。何と剥製に骨董です。まさしく片山版「脅威の部屋」が現出していました。


村上隆「Cherry」 2005年

さり気なく現代美術を交えているのもポイントです。例えば村上隆です。お馴染みのヴィトンのモノグラムをモチーフとした作品が展示されています。



ビンテージ家具も同様でした。ここでも写真作品や多肉植物をディスプレイしています。「わくわくする場」の創造が一つの目標でもあるそうです。それは果たして成功していたでしょうか。色々と目移りしたのは事実でした。



何名かの作家をピックアップして取り上げています。例えば大竹利絵子です。少女の木彫像でした。プリミティブな雰囲気も感じさせます。



イギリスのライアン・カンダーも充実していました。ちなみにカンダーこそ片山が「アートにハマる」(解説より)切っ掛けとなった作家だそうです。



河原温やサイモン・フジワラなどのコンセプチュアルアートが多いのも特徴です。解説に「思考の迷宮」という言葉がありました。確かに入り組んだ小部屋から片山の嗜好、ないし関心の在り方が伺えるかもしれません。



行けども行けどもコレクションが続きます。全部で何点のコレクションがあるのでしょうか。一点一点、じっくり追っていくのはもはや困難です。コレクションは今後、さらに増殖するのでしょうか。ともすると手狭な初台のスペースですが、今回ほど「密」に感じられたのも久しぶりでした。

会場内、1点を除き、作品の撮影が可能です。ただしその1点は、写真はおろか、感想もSNSでのシェアが禁止されています。



その1点ですが、1人ずつしか鑑賞出来ません。よって列が出来ている場合があります。実際、私も少し並びました。ある程度、時間に余裕を持って出かけるのが良いかもしれません。


6月25日まで開催されています。

「片山正通的百科全書 Life is hard... Let’s go shopping.」 東京オペラシティアートギャラリー
会期:4月8日(土)〜6月25日(日)
休館:月曜日。但し5月2日(月)は開館。
時間:11:00~19:00 *金・土は20時まで開館。入場は閉館30分前まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生800(600)円、中学生以下無料。
 *( )内は15名以上の団体料金。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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「阿修羅~天平乾漆群像展」 興福寺仮講堂

興福寺仮講堂
「興福寺国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」 
3/15~6/18、9/15~11/19



興福寺仮講堂で開催中の「興福寺国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」を見てきました。

天平の仏像彫刻でも特に有名な阿修羅像はかつて興福寺の西金堂に安置されていました。

旧西金堂の建立は734年です。藤原不比等の娘である光明皇后が、亡き母の橘三千代の冥福を祈って建てました。当時は釈迦如来をはじめ、両脇侍、十大弟子、四天王像、そして阿修羅を含む八部衆像などが配置されていました。

興福寺は度重なる火災に見舞われます。平安時代に2度、鎌倉時代に1度被災。その都度、八部衆像や十大弟子が救出されました。とはいえ、お堂は再び江戸時代の出火によって焼失。資金難のために再建されることはありませんでした。



現在では通常、阿修羅像などの八部衆像は、国宝館で公開されています。しかし国宝館は今年一年、耐震改修工事のため休館中です。見学することは叶いません。

その休館を機に行なわれているのが「天平乾漆群像展」です。普段、非公開の仮講堂を開放した上、国宝館の諸仏像を移し、旧西金堂の宗教空間を蘇らせています。



仮講堂は中金堂の北側です。中金堂は2018年の落慶に向けて復元工事中。仮講堂の真東には同じく工事中の国宝館があります。



チケットブースは仮設でした。拝観料を支払った後、仮講堂内へと入場。受付ともスムーズです。行列などは一切ありませんでした。

思わず息をのみました。講堂内部には「濃密」(解説より)な天平の空間が現出しています。中央に鎮座するのが阿弥陀如来坐像でした。作は鎌倉時代。かつては興福寺の子院の本尊として伝えられ、仮堂、そして国宝館へと移された後、今回、仮講堂の本尊として迎えられました。



四方を固めるのが四天王像です。いずれも同様に鎌倉時代の仏像です。運慶の父、康慶一門によって造られ、かつては南円堂に安置されていたと言われています。旧西金堂には天平の仏像だけでなく、金剛力士像などの鎌倉彫刻も少なからず収められていました。



阿修羅を含む八部衆像は前列での展開です。元はインド神話の神々でしたが、仏教に帰依して守護神と化します。確かに阿弥陀如来を背景に立つ姿は場に相応です。左右に4体ずつ並んでいます。阿修羅は左手前でした。表情は憂いを帯びています。そして華奢です。俄かには戦いの神には見えません。

お堂内ということで、やや距離がありましたが、それでも群像が作り出す祈りの空間の重みと言ったら比類がありません。国宝館や展覧会で見るのとは全く異なった趣きが感じられました。

仮講堂の「阿修羅~天平乾漆群像展」の開催期間は以下の通りです。

「阿修羅~天平乾漆群像展」仮講堂公開期間
前期:3月15日(水)~6月18日(日)
後期:9月15日(金)~11月19日(日)

四天王像、及び天燈鬼、龍燈鬼像は前期のみの公開です。ご注意下さい。

仮講堂の次は向かって右手正面、東金堂に向かいました。ここでは「国宝 仏頭 東金堂特別安置」が開催されています。



仏頭は元は飛鳥の山田寺の本尊の頭部でした。像は鎌倉時代に興福寺へと移送(いわゆる強奪)され、東金堂の本尊として安置されます。しかし東金堂は1411年に被災。頭部だけが、のちに再興された現東金堂本尊の台座の中に納められました。

ただどういうわけか仏頭の存在はいつしか忘れ去られてしまいます。以来、約500年。1937年の東金堂解体修理の際に発見されました。奈良国立博物館に寄託された後、戦後になって興福寺の国宝館に収蔵されました。

その仏像がおおよそ80年ぶりに東金堂に安置されています。現在の本尊は室町時代に造られた「薬師如来像」です。そして両脇に日光・月光の菩薩像が並んでいます。仏頭はいささか控えめに、順に沿って最奥部、出口付近での公開でした。


日光・月光菩薩像は仏頭と同じく奈良時代の作品です。仏頭と両菩薩像はかつて東金堂に安置されていました。被災後は一度も同じ空間にあったことがありません。つまり約600ぶりの再会というわけです。



仏頭の東金堂の特別安置は12月までです。仮講堂と共通の拝観券で見ることが出来ました。



天平の息吹を伝える「阿修羅~天平乾漆群像展」と「国宝 仏頭 東金堂特別安置」。国宝館の休館中だからこそ実現した貴重な機会だと言えそうです。

「興福寺国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」 興福寺仮講堂
会期:3月15日(水)~6月18日(日)、9月15日(金)~11月19日(日)
休館:会期中無休。
時間:9:00~17:00
 *受付は15分前まで。
拝観料:一般900円、大学・高校・中学生600円、小学生250円。
 *仮講堂と東金堂をともに拝観可。
住所:奈良市登大路町48
交通:近鉄奈良駅東改札より徒歩7分。JR線奈良駅より奈良交通市内循環系統に乗り5分。バス停「県庁前」下車すぐ。
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