「中村至男展」 クリエイションギャラリーG8

クリエイションギャラリーG8
「中村至男展」 
1/13~2/16



アートディレクターの中村至男の初めての個展が、銀座のクリエイションギャラリーG8で行われています。


右:「21_21 DESIGN SIGHT 単位展 ポスター」 2015年
左:「祝日」 2010年 虎屋

 
美術ファンとして一番馴染みが深いかもしれません。単位展です。一昨年、六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催。そのポスターを中村がデザインしました。ポップで親しみやすい。これぞ「シンプルで明快、そしてフラットな形を色面」(公式サイトより)を体現しているのかもしれません。私も強く印象に残っています。

中村の25年にわたるデザインワークは多彩です。ちなみに単位展の隣にある日の丸のポスターは虎屋のためのデザイン。「祝日」と題した日の丸モチーフの羊羹を模したそうです。どのような味だったのでしょうか。


中村至男による明和電機グラフィック一覧

明和電機のグラフィックも中村の仕事です。会場にも明和電機に関する作品が勢ぞろい。一番ボリュームがありました。ポスターのみならず、看板、CDジャケットほか、カレンダーにグッズなどがてんこ盛りです。ミニ明和電機展の様相さえ呈しています。


「ART ARTIST AUDION ポスター」 1993年〜1995年 ソニー・ミュージックエンタテイメント

かつて中村はソニー・ミュージックエンタテイメントに在籍。同社主催のオーディションで明和電機が輩出されました。その際のオーディションのポスターも中村が制作したそうです。


「日本科学未来館 コンセプトブック」 2002年 日本科学未来館

日本科学未来館のコンセプトブックも興味深いのではないでしょうか。ほかベネッセの「文法・公文」のデザインも楽しい。8月号では数字の8をタコに見立て、吹き出しで「August」と言わせています。


「広告批評」 1999年 マドラ出版

雑誌「広告批評」もよく知られているかもしれません。ヴィトン特集では例のモノグラムを全面に展開。「広告20世紀」の特集号では、表紙をNISSANやJAL、マクドナルドやセブンイレブンなどの企業ロゴで埋め尽くしています。キューピー人形が殊更に目立っていました。


「勝手に広告」 2002年〜2006年 マガジンハウス/ggg

さらに突っ込んだのが「勝手に広告」です。何と実在の企業や商品の広告を勝手に制作したそうです。そして書籍化した上、展覧会まで開いています。相当な熱の入れようです。


「漆器 お盆・ぐい呑リトルドラゴン」 2013年〜2015年 DENTO-HOUSE

さらにこまやこけし、お盆やぐい呑みのデザインと幅広い。映像アニメーションの作品も目を引きました。


なお同じく銀座にあるギンザ・グラフィック・ギャラリーでは、現在、デザイナーの仲條正義の個展も開催中です。

「仲條正義 IN & OUT, あるいは飲&嘔吐」@ギンザ・グラフィック・ギャラリー 1月13日(金)~3月18日(土)


*「仲條正義 IN & OUT, あるいは飲&嘔吐」(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)会場風景

会期中は「ggg・G8はしご企画」として、スタンプラリーのほか、ギャラリートークも行われます。両ギャラリー間は歩いてもせいぜい5分程度です。あわせて観覧するのが良いかもれません。


「私の部屋 アートワーク」 2012年 私の部屋リビング

2月16日まで開催されています。

「中村至男展」 クリエイションギャラリーG8@g8gallery
会期:1月13日(金)~2月16日(木)
休館:日・祝日。
時間:11:00~19:00。
料金:無料。
住所:中央区銀座8-4-17 リクルートGINZA8ビル1F
交通:JR線新橋駅銀座口、東京メトロ銀座線新橋駅5番出口より徒歩3分。
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「染付誕生400年」 根津美術館

根津美術館
「コレクション展 染付誕生400年」 
1/7~2/19



根津美術館で開催中の「コレクション展 染付誕生400年」を見てきました。

有田焼として知られる肥前磁器がはじまったのは、今から約400年前(1616年)、朝鮮から来た陶工、李参平が肥前で焼成に成功したことでした。


「染付鷺矢羽根文皿」 肥前 江戸時代・17世紀 根津美術館

冒頭から水色の世界が広がります。「染付鷺矢羽根文皿」はどうでしょうか。取り囲むのは矢羽根文。まるで花びらのように開いています。中央に立つのが鷺です。なぜか片足でした。可愛らしい。鷺は肥前磁器の定番模様です。最初期の作品と考えられています。

色絵が誕生したのは染付から30年経ってからのことでした。ちょうどその頃、中国では明から清へと移行します。動乱を嫌ったのでしょうか。高い技術を持った中国の陶工が、数多く日本へ渡って来たそうです。


「染付流水菊花文稜花鉢」 肥前 江戸時代 17世紀 根津美術館

そうした技巧の表れと言えるかもしれません。「染付流水菊花文稜花鉢」が魅惑的でした。中央には水が流れ、菊の花が浮いています。その周縁の表現が独特です。というのも、垣や竹、梅などが器の形に沿って斜めに傾いています。線はいずれも細い。確かに先の鷺の染付と比べると、技術として進展しているように見えました。


「染付雪柴垣文軍配形皿」 肥前 江戸時代 17世紀 根津美術館

肥前磁器の模様は次第に和様化します。一例が「染付雪柴垣文軍配形皿」です。まさしく形自体が軍配です。垣にはこんもりと雪が降り積もっています。興味深いのは放射状の文様です。大きく2つ、さも花火のような円を描いています。解説には雪の結晶と記されていましたが、まるで光を表しているかのようでした。

中国の政策転換が一つの契機でした。1654年、中国は海禁令により磁器の輸出を停止。代わって日本の肥前磁器がヨーロッパで求められます。最盛期は1660年から1680年の20年間でした。彼の地での需要に応えるためでしょう。作品は大型化します。公式の記録では8万5千もの肥前磁器が海を渡ったそうです。


「色絵寿字文独楽形鉢」 肥前 江戸時代 17-18世紀 根津美術館

水色に滲む染付の一方、金や赤をあしらった金襴手も肥前磁器の魅力の一つです。うち見事なのは「色絵牡丹花瓶文皿」でした。直径は54センチと大きい。赤絵に金彩を用いて牡丹の花を描いています。皿の四方に何やら金属の爪がありました。これはヨーロッパで吊るして飾るためのものです。

ラストは鍋島への展開でした。実のところ私も肥前で一番好きなのが鍋島です。優美な佇まいながらも、時に斬新に表現されるデザインに見惚れてしまいます。肥前磁器だけで120点超。いずれも1998年に実業家の山本正之氏から寄贈を受けたコレクションです。どちらかといえば小ぶりの作品が多いのも特徴です。おそらく多くは実際に使われていたのではないでしょうか。


「百椿図」 伝狩野山楽 江戸時代 17世紀

さて染付に次ぐコレクション展にも思いがけない優品が展示されていました。それが伝狩野山楽の「百椿図」です。さながら椿の百様態とも呼べるでしょう。全部で100種以上もの椿が描かれています。実に鮮やかです。2巻のうちかなり開いていました。

さらに「再会ー興福寺の梵天・帝釈天」も見逃せません。元は興福寺にあった2躯の仏像、梵天と帝釈天が、何と112年ぶりの邂逅を果たしました。


制作は仏師の定慶。13世紀の作品です。長らく興福寺の東宮堂に安置されていましたが、いわゆる明治の廃仏毀釈のあおりを受け、帝釈天が寺外へ流出。益田鈍翁の手を経て、根津美術館におさめられました。

梵天の顔立ちはやや険しい。口をややつぼめています。一方の帝釈天の表情は温和です。口元も緩く、僅かに笑みを浮かべているようにさえ見えました。ともに堂々たる体躯です。着衣の質感も重厚。彩色が残る様子も確認出来ました。



染付、百椿図、さらに仏像と盛りだくさんの展覧会です。あわせて楽しめました。

2月19日まで開催されています。

「コレクション展 染付誕生400年」 根津美術館@nezumuseum
会期:1月7日(土)~2月19日(日)
休館:月曜日。但し1月9日(月・祝)は開館。翌10日(火)は休館。
時間:10:00~17:00。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1100円、学生800円、中学生以下無料。
住所:港区南青山6-5-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A5出口より徒歩8分。
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「曖昧な関係展」 メゾンエルメス

メゾンエルメス
「曖昧な関係展」 
2016/12/21~2017/2/26



ヨーロッパで活動する現代アーティスト3名によるグループ展が、銀座のメゾンエルメスにて開かれています。


ベルンハルト・ショービンガー 展示風景

まずはベルンハルト・ショービンガー。スイス生まれのジュエリーアーティストです。さも宝石を散りばめた美しい装身具が並んでいるかと思いきや、全くそうではありません。むしろ極めて独創的です。通常、ジュエリーに使わない素材ばかりを扱っています。


ベルンハルト・ショービンガー「イレイザーヘッド」 1983年

例えば「イレイザーヘッド」です。タイトルを見るまではてっきり石の飾りかと思いました。もちろん違います。イレイザー、すなわち消しゴムです。よく見れば砂消しのようなゴムもありました。消しゴムをジュエリーに取り込む発想からして奇抜です。面白いのではないでしょうか。


ベルンハルト・ショービンガー「香水瓶のブレスレット」 2015年

ほかにも網戸のネックレスや香水瓶のブレスレッドなどを製作。後者では使い古しの香水瓶の束ねてブレスレットに仕上げています。相当に重いはずです。着用は困難でしょう。実用性はありません。


ベルンハルト・ショービンガー「ネジと欠片のネックレス」 2015年

さらに興味深いのが「ネジと欠片のネックレス」でした。文字通りに素材はネジとガラス片です。それをリング状につなげています。ネジ先は剥き出し、欠片も極めて鋭利です。皮膚に触れれば怪我をするに違いありません。装身具、すなわち身につけるというジュエリーの基本機能をもはや覆しています。


ベルンハルト・ショービンガー「砲丸のリング」 2010年 ほか

「砲丸をジュエリーへ」とまで宣言するショービンガーです。中世の砲丸でリングやバングルも作っています。ジュエリーに歴史や記憶を介在させていました。


ナイル・ケティング「サステイナブル アワーズ」 2016年

スピーカーの向こうにはソーラーパネルが設置されています。ナイル・ケティングです。生まれは神奈川です。多摩美術大学を卒業後、ベルリンに移って活動しています。


ナイル・ケティング「サステイナブル アワーズ」 2016年

キーワードはエネルギーでしょうか。光が点滅し、スピーカーからは絶えず音が鳴っています。光と音の波の交錯です。いずれも無機物ですが、不思議と有機物同士が関係しているようにも見えます。さらに空気清浄機や香りも導入。家電はダイソンの既製品です。また壁には無数のピンが刺さっていました。やや痛々しい。五感を触発する作品と言えるかもしれません。

ちょうど日没直前だったからか、殊更に光が美しくも見えました。ちなみにケティングは昨年の「六本木クロッシング」(森美術館)にも参加。白熱電球の開発をテーマとしたインスタレーションを展開していました。記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。


アンヌ・ロール・サクリスト「サン・ロマーノの戦い」 2016年

ラストはフランスの画家、アンヌ・ロール・サクリストです。壁には絵画、床には光沢のある黒い板が敷かれています。そして細いポールが何本か立っています。さらに岩を模したと思しきオブジェや亀の置物などもありました。


アンヌ・ロール・サクリスト「サン・ロマーノの戦い」 2016年

パオロ・ウッチェロの「サン・ロマーノの戦い」を京都の石庭に重ね合わせているそうです。ルネサンス絵画と日本庭園とは何と大胆な組み合わせでしょうか。なお作品の周囲には座布団があり、座って鑑賞することも可能です。しばし眺めれば枯山水の光景も頭に浮かび上がってくるかもしれません。


2月26日まで開催されています。

「曖昧な関係展」 メゾンエルメス
会期:2016年12月21日(水)~2017年2月26日(日)
休廊:不定休。
時間:11:00~20:00 
 *日曜は19時まで。入場は閉場の30分前まで。
料金:無料
住所:中央区銀座5-4-1 銀座メゾンエルメス8階フォーラム
交通:東京メトロ銀座線・日比谷線・丸ノ内線銀座駅B7出口すぐ。JR線有楽町駅徒歩5分。
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「It’s a Sony展」 ソニービル

ソニービル
「It’s a Sony展」
Part-1:2016/11/12〜2017/2/12 Part-2:2017/2/17〜3/31



銀座の数寄屋橋交差点に構えるソニービルの営業も、残すところあと3ヶ月を切りました。

今年度末に一度、全面的にクローズ。地上部分を解体した後、2022年秋のオープンを目指して、新たなソニービルが建設されます。



そのソニービルに歴代のソニー製品が集結しました。数は何と700点超。70年に渡るソニーの歴史を俯瞰することが出来ます。



エントランスではソニーの巨大ロゴがお出迎えです。ついで「POPEYE Presents My Favorite Sony」と題し、雑誌POPEYEゆかりの著名人らが、お気に入りのソニー製品を紹介しています。ソニーが誇るウォークマンなど懐かしい品も少なくありません。


「スカイセンサー ICF-5800」(1973年)

なおここではソニーの現社長である平井一夫氏も参加。短波ラジオの「スカイセンサー ICF-5800」(1973年)を出展しています。中学3年生の時、「お年玉をはたいて」(コメントより)購入したそうです。


東京通信工業株式会社「社旗」

続くのが「Sony’s History」です。まさにソニー歴史総ざらいです。2階から4階までの「花びら構造」と呼ばれる一続きのフロアに、ありとあらゆるソニー製品が並んでいます。


「天皇陛下のインターホン」(1949年)

ソニーは1946年、東京通信工業株式会社として創業。当初は日本橋に事務所を構えていましたが、翌年に現本社のある品川区の北品川へと移ります。社旗や設立趣意書の資料がある中、興味深いのは「天皇陛下のインターホン」でした。時には1949年。昭和天皇と侍従を結ぶためのものです。当時の宮内庁の注文を受けて製作されました。


「G型テープレコーダー」(1950年)

「G型テープレコーダー」(1950年)は日本初のテープレコーダーです。見るも大きい。何と重さは35キロです。価格は当時のお金で16万円。初任給が4000円の時代です。致し方ありません。さっぱり売れなかったそうです。


ラジオ「TR-55」(1955年)

同じく日本初です。「TR-55」(1955年)はトランジスタラジオの原型。かなり小型です。この製品から「SONY」のマークが入れられました。


キャラクター「ソニー坊や」

1950年から1960年頃はプローモーションに「ソニー坊や」なるキャラクターが使われていたそうです。人形や看板には「日本の生んだ世界のマーク」と記されています。海外へ事業展開は早い段階から行われました。


オールトランジスタテープレコーダー「TC-777」(1961年)

ともかく随所に「日本初」とあるのも特徴です。「TC-777」(1961年)は日本初オールトランジスタアンプ内臓のテープレコーダー。ほかキーワードは「世界最小」、「最軽量」です。成長期のソニーを支えた製品が次々と登場します。


ラジカセ付テレビ「FX-400」(1976年)

ラジカセ付きテレビなるものがあったとは初めて知りました。「FX-400」(1976年)です。ラジオに白黒テレビを搭載。さらにカセットレコーダーを加えています。中央の部分がモニターでしょうか。カセットは上に入れる仕様のようです。今となっては死語とはいえ、当時の若者から「ラテカセ」として人気を博しました。


トリニトロンカラーテレビ「KV-19GT1」(1987年)

1970年代の後半からはとにかくテレビが目立ちます。ソニーと言えばトリニトロンのブラウン管テレビです。画面が歪みにくく、さらに写り込みが少ないという特徴があります。振り返れば私の実家もソニーのトリニトロンのカラーテレビでした。全世界で2億8000万台を発売。持っていた方も多いのではないでしょうか。


8ミリ方式ビデオカメラ「CCD-TR55」(1989年)

ビデオデッキももちろん同時代です。ソニーはベータ方式。ビデオの規格でVHS陣営と市場を争いました。やや遅れて現れたのがビデオカメラです。パスポートサイズのハンディカムとして知られる「CCD-TR55」(1989年)は高いセールスを記録します。そしてCDラジカセやミニコンポも登場。ここでも小型化が志向されます。80年代の家庭のステレオ市場を牽引しました。


「ウォークマン」

そしてウォークマンです。持ち運びに便利。どこでもイヤホンで音楽を楽しめるウォークマンは、人の音楽への接し方を変えました。



またディスクマンやDATのウォークマンも合わせて展示。私自身、ラジカセもコンポもウォークマンもディスクマンも全てソニーだったことを、ここに告白しておきます。



2000年以降で目立つのはゲーム機でした。会場もご覧の通り、プレイステーションのコントローラーを模しています。そしてPSPにVAIO。有機ELテレビと続きます。



なおビルの解体後、すぐに新ソニービルの建設工事に入るわけではありません。2018年から2020年の間は、銀座ソニーパークとして地上部分を解放。様々なイベントを開催するそうです。


「It’s a Sony展」会場風景

展覧会は2部制です。現在のソニーのアーカイブを紹介するPart.1は2月12日で終了。その後、展示替えが行われます。2月17日からはPart.2がスタート。ソニーパークのコンセプトを踏まえ、未来のソニーを見据えた内容となるそうです。そちらにも期待したいと思います。


入場は無料です。Part-1は2月12日まで開催されています。

「It’s a Sony展」 ソニービル@sonybuilding
会期:Part-1:2016年11月12日(土) 〜 2017年2月12日(日)。Part-2:2017年2月17日(金) 〜 2017年3月31日(金)
休館:1月1日(日)、2月20日(月)。
時間:11:00~19:00
 *12月9日(金)、10(土)、16(金)、17(土)、23(金・祝)、24(土)、30(金)は20時まで。12月31日(土)、1月2日(月)、3日(火)は18時まで。
料金:無料。
住所:中央区銀座5-3-1
交通:東京メトロ丸の内線・銀座線・日比谷線銀座駅B9番出口から徒歩1分。JR線有楽町駅から徒歩約5分。
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「戦後ドイツの映画ポスター」 東京国立近代美術館フィルムセンター

東京国立近代美術館フィルムセンター
「戦後ドイツの映画ポスター」 
2016/11/15~2017/1/29



戦後のドイツを飾った映画ポスターが揃います。東京国立近代美術館フィルムセンターで開催中の「戦後ドイツの映画ポスター」を見てきました。


「七年目の浮気」(1955年/アメリカ/ビリー・ワイルダー監督)
ポスター:フィッシャー=ノスビッシュ 1966年 西ドイツ
サントリーポスターコレクション


まず目を引くのは「七年目の浮気」です。製作はアメリカ。ビリー・ワイルダーの監督作品です。ブロードウェイを舞台としています。主役はマリリン・モンロー。ドイツでのポスターを手がけたのはフィッシャー=ノスビッシュでした。もちろん彼女の姿を描いています。ステップは軽やかです。さすがにセクシー。スカートがやや浮き上がっていました。

「戦艦ポチョムキン」も面白い。映画は戦前のソビエトで製作。西ドイツでは戦後、1966年になって公開されました。デザインはハンス・ヒルマン。ともかくシンプルながらも秀逸です。戦艦の2つの砲口と水平線のみ。ただその組み合わせに過ぎません。それでも砲口が砲弾が飛び出していくような迫力が感じられます。


「七人の侍」(1954年/日本/黒澤明監督)
ポスター:ハンス・ヒルマン 1962年 西ドイツ
ドイツ映画研究所


「七人の侍」はどうでしょうか。言うまでもなく黒澤明監督の有名作です。西ドイツでは1962年に配給されました。デザインはポチョムキンも担ったヒルマンです。大きく刀を振り上げる侍たちをシルエット状に表現しています。色は青、赤、黄とグラデーションを描きます。一つのグラフィックデザインとしても魅惑的でした。


「ドクトル・マブゼ」(1922年/ドイツ/フリッツ・ラング監督)
ポスター:カール・オスカー・ブラーゼ 1963年 西ドイツ
サントリーポスターコレクション


またヒルマンはアメリカ映画の「生きるべきか死ぬべきか」でヒトラーの顔をコラージュ。揶揄の意味を込めたそうです。ところでお気づきでしょうか。映画自体は何もドイツの作品に限りません。特に西ドイツではアメリカやフランスの輸入映画が大半を占めています。東ドイツでは自国映画も少なくありませんが、ポーランドやチェコスロヴァキアの映画も目立っていました。だからこそタイトルに「ドイツ映画のポスター」ではなく、「ドイツの映画ポスター」とあるわけです。


「M」 (1931年/ドイツ/フリッツ・ラング監督)
ポスター:ヴォルフガング・シュミット 1966年 西ドイツ
ドイツ映画研究所


当然ながら、ドイツの東西でポスターのデザインの変遷は異なります。西ドイツは当初から娯楽映画を多く輸入。ポスターにも分かりやすさが求められました。しかし1950年代後半に入ると、芸術性の高い映画も配給されるようになります。すると若いデザイナーらが独自の感性でポスターを制作し始めました。アート的と呼んでも良いかもしれません。その潮流は20年間ほど続きます。1970年代には下火と化し、再び分かりやすさが希求されました。いわゆるアート映画の配給が難しくなったのも要因だったそうです。


「ジプシーは空にきえる」(1976年/ソビエト/エミーリ・ロチャヌー監督)
ポスター:ヘルムート・ブラーデ 1977年 東ドイツ
サントリーポスターコレクション


東ドイツでは戦前のグラフィックを踏襲。1960年頃から変化を見せます。あくまでも配給は検閲の元に行われましたが、そもそも娯楽映画が少なかったからでしょうか。分かりやすさは意図されません。よってデザイナーらは思いの外、自由にポスターを作ったそうです。イラストレーションとして興味深いポスターも少なくありません。


さて最後に一枚、思わぬポスターがありました。アメリカを代表するSFシリーズである「スタートレック」です。


「スタートレック」(1979年/アメリカ/ロバート・ワイズ監督)
ポスター:レギーネ・シュルツ&ブルクハルト・ラボフスキ 1985年 東ドイツ
サントリーポスターコレクション


西ドイツかと思えば、さらに意外にも東ドイツです。同国では元々、殆どアメリカ映画は輸入されませんでしたが、80年代に入ると娯楽作品に限って公開されるようになります。

ポスターは同シリーズの劇場版の第1作です。原作者であるジーン・ロッテンベリーが自ら製作を担った作品です。東ドイツでは1985年に公開されました。

STARTREKのロゴに囲まれたのはミスタースポック。あのトンガリ耳をしたバルカン人です。役はレナード・ニモイ。目を見開いてはポーズをとっています。もちろん背後は宇宙です。ただしエンタープライズの姿は見られません。それでも宇宙船の動きを示すためでしょうか。白や黄色の線が渦巻いています。


常設展「NFCコレクションでみる 日本映画の歴史」会場風景 *常設のみ撮影可

キャプションには映画の簡単な概要も付されています。ポスターを見ながら映画の内容を想像するのも面白いのではないでしょうか。



1月29日まで開催されています。

「戦後ドイツの映画ポスター」 東京国立近代美術館フィルムセンター@MOMAT60th
会期:2016年11月15日(火)~2017年1月29日(日)
休館:月曜日。年末年始(12/26~1/3)。
時間:11:00~18:30
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般210(100)円、大学生70(40)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *常設展示「NFCコレクションでみる 日本映画の歴史」の入場料を含む。
住所:中央区京橋3-7-6
交通:東京メトロ銀座線京橋駅出口1より徒歩1分。都営浅草線宝町駅出口A4より徒歩1分。
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