Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2014年11月

2014-11-30 | Weblog-Index


低脳化社会のライフスタイル 2014-11-30 | 生活 TB0,COM2
ゆるゆるの帯を締め直す 2014-11-29 | 生活
ロシアの情報宣伝のネット展開 2014-11-28 | 歴史・時事
割引コードを消化する 2014-11-27 | 生活
税引き後のインフレを実感 2014-11-26 | 歴史・時事 TB0,COM2
芸術における意識狭窄 2014-11-25 | 文化一般
胸がパクパクする運動 2014-11-24 | アウトドーア・環境
パンクの有効な使い方 2014-11-23 | 女
ピストルを入手して初めて 2014-11-22 | 生活 TB0,COM2
死の恐怖感も喉元まで 2014-11-21 | 雑感 TB0,COM2
会長のお膝元の厳しい結果 2014-11-20 | ワイン
羽毛のような剃り心地 2014-11-19 | 生活
民主主義の品格の欠乏 2014-11-18 | 歴史・時事
二度と繰り返せない制覇と達成 2014-11-17 | アウトドーア・環境 TB0,COM2
謳歌するための自然 2014-11-16 | アウトドーア・環境
安倍が解散に打って出る話 2014-11-15 | マスメディア批評
成果を挙げて摩耗する 2014-11-14 | 生活
待たされても感じる温もり 2014-11-13 | マスメディア批評
熱いシャワーの美学 2014-11-12 | アウトドーア・環境
決して悪いことはないのだ 2014-11-11 | ワイン
眩暈しそうになるまで 2014-11-10 | ワイン
ワインの特別であるお話し 2014-11-09 | ワイン
パンツとシャツで走り廻る 2014-11-08 | 歴史・時事
「神々の黄昏」再生 2014-11-07 | 音
責任が及ばない敗戦研究 2014-11-06 | マスメディア批評
夜長をタブレットで観劇 2014-11-05 | マスメディア批評
三つの醸造所を比較する 2014-11-04 | ワイン
エリートによる高等な学校 2014-11-03 | 文化一般
修辞法の積み重ねの表現 2014-11-02 | 文化一般
写真に見る日本のピクニック 2014-11-01 | 歴史・時事 TB0,COM4
コメント

低脳化社会のライフスタイル

2014-11-30 | 生活
福島潜行中のエイジュェントから連絡が入った。福島民報の記事が「第一原発付近の海水に放射性物質が検出されないエリアが」あるというものだ。その記事内容は分からないが、とても不思議に感じた。そもそも大海の中で綺麗に拡散してどこも同じように汚染されている訳でもなく、絶えず海流によって洗われているのは当然だからだ。それでも合衆国西海岸で観測されたというような汚染よりも福島沿岸の汚染の方が少ないなどは誰も思わない。

真面に想像すれば、この記事が謂わんとしていることは、安倍首相が「アンダーコントロール」といったようなことは誰も信じていなくて、汚染した海に観測されないような場所もあるという逆説的な記事としか思われないのである。一連の慰安婦事件で、偽の証拠による事件の実証の部分否定がすなわち全否定とされるような主張が修正主義者から放たれたようだが、そうした論拠が公に交わされるような日本社会の知能程度に大きな疑問が投げかけられる。

連邦共和国の失業率がまた低下しているので、クリスマスを通して再び景気が上がりそうな按配だ。マイナス金利政策は直ぐに市場に社会に表れてくるのが本当だろう。容易に収入が上がるように思われないが、財布のひもは大分ゆるむ雰囲気がある。その基本は、必要最低限の労働で快適なライフスタイルが営めるという信頼感でしかないのである。無駄な消費をしないでも必要な投資で更に快適なライフスタイルが求められるとなると、労働意欲以前に消費意欲も湧くのである。

「富国強兵」解散とも呼ばれるような日本の総選挙らしいが、低投票率を予想して安倍政権が圧倒勝利が謂われている。あれよあれよといううちにとんでもない方向に向かってしまうのだろうか?現在の金融政策からすれば行きつく先はスーパーインフレと軍需景気ぐらいしかないのであろう。ラジオは、スイス連邦が先五年間で金を担保していくことになり月曜日からの金相場が注目されている。既に貨幣への信用が落ちているというのである。

ハンガリーでは何十万人の人たちが国会を囲み込む。しかし日本では反原発でさえそれほどの大きな運動とはならなかった。デモで逮捕されても全く社会的に信用が変わらないような非正規の労働者さえが反政府運動をしないどころか安倍政権を支持するほど日本社会の生活は快適なのだろろうかと思わせる。正規の労働者やサラリーマンにおいては余程快適なライフスタイルが営まれているのであろう。外にいる我々には全く想像もつかない。



参照:
部分否定即ち全否定の阿呆 2014-09-19 | マスメディア批評
写真に見る日本のピクニック 2014-11-01 | 歴史・時事
安倍が解散に打って出る話 2014-11-15 | マスメディア批評
コメント (2)

ゆるゆるの帯を締め直す

2014-11-29 | 生活
なんだかんだでタイヤの交換が遅れた。そろそろ初雪も近いと思って冬タイヤに交換した。来週フランクフルトで予定があるので、その時に降ればいけないと思ったからだ。やはり、出かける日程があると冬タイヤはどうしても必要である。いつものように最初の乗り心地が、急に高級車らしく静かさなって、走行感が滑らかになるのは変わらなかった。知らないうちに気温が下がっていて、夏タイヤのゴムが固くなっていることに気が付いていなかったからだろう。

夏のことだが仲間の車のタイヤを見て、冬タイヤのようなプロフィールになっているのに気が付いた。所謂オールシーズンタイプのタイヤだった。話を聞くと、購入して失敗だったということだ。案の定、夏にも冬にも良くないタイヤだったようだ。そもそもオールシーズンで使えるならばなにも冬タイヤが要らない訳で、少なくともゴムのベストミックスが気温によって異なることが前提である。

価格からみれば、二種類のタイヤの購入資金、交換工賃や保存経費などを考えれば、オールシーズンならば通常の倍以上の価格でも市場はある筈だ。それでも二律相反する条件でベストミックスやベストプロフィールなどは得られないから、二種類のタイヤが必要とされているに過ぎない。しかし現状はそのようなトップ市場ではなくて、それどころか安く上げたい、あまり冬タイヤは必用無いとする向きにこうしたオールシーズンの市場が拓かれているのだろう。

メルケル首相が電話会社のスパイ防止の契約を結んだというが、米国の諜報活動の前で全面的に盗聴を予防することなどが出来るのかどうか。そもそも携帯電話は有線電話よりも安全なのだろうか?電話で要らぬことなどは喋れないと思うのが通常の意識だと思うが、政府高官などは通話の危険など殆ど気にならないのだろうか。

フランスの極右政党ルペンが、ロシアから巨額の資金を経ていると話題になっている。ロシアの政府筋にどれほど強く係わっているかは今後の報道を見なければいけないが、プーティン政府の外交方針にも適っているのは間違いない。米国が盛んに活動をしているのと負けないぐらいにロシアが暗躍しているのは当然であろう。これをみれば、日本などでも左翼政党ではない新しい親米ではない右翼政党などがこうした支援を受けているとしてもおかしくはないのだ。

注文したベルトが届いた。ジャックアンドジョーンズと称するブランドのものである。名前は知らなかったがトルコ製であるのが目についた。ドイツの総代理もスパイヤーにある。英国のブランドのようだが、カジュアルな男性衣料を出しているようだ。肝心のベルトはキャンヴァスベルトとなっているが、実際はポリエステルに革の金具留目がついているものだ。価格はナイロン製のものよりも高価であるが、長さも十分にあり軽くて良い。

今回は普段着のジーンズに使うために購入した。現在使っているスーツ用のぼろぼろのリヴァーシブルのベルトが切れかかったからだ。そのベルトはどこでいつ買ったのか思い出せないが、四半世紀以上前に日本で購入した可能性もある、余所行き用のジーンズには英国で購入したらしい緑の革のものを使っていて、それ以前に使っていたジーンズ用のものが壊れたからだ。スーツ用にはマンハイムで購入したエスカイヤーのものがある。そうなると、日本でそれを入手していた可能性も強い。特に黒と茶色のリヴァーシブルになっているのが、こうした「小物の機能性」を売る日本の商品の特徴のような気もする。そしてその鞣しの強さというか肌触り感覚が日本的なつるつる感なのだ。それでもここまで長持ちしたのは素晴らしい。風合いは全然良くないのだが。そして金具のネジが無くなってから久しいが、適当なネジで留めたその機構はまだ壊れていない。



参照:
割引コードを消化する 2014-11-27 | 生活
観念は自由、限りなく 2013-11-09 | 文化一般
コメント

ロシアの情報宣伝のネット展開

2014-11-28 | 歴史・時事
ここ暫くのベルリンの話題はウクライナ問題である。社会民主党の元党首などがプーティンのクリミア奪取政策に一定の理解を示したが、それは連邦共和国の外交姿勢に大きく矛盾するからである。

こうした発言の背景には、連邦共和国の独自の東方政策や東ドイツの人脈や、ユダヤ資本の下で働くシュレーダー元首相などや経済界の立場もあるからには違いないが、それ以外に最近はネットなどを中心にロシアの情報宣伝の影響があるとされている。そこで最近はマルキズム化が激しいとされるフランクフルターアルゲマイネ紙に歴史学者による全一面を割いた詳しい記事が載っている。行間を読むことに慣れていない日本などでも昨今は真実と思われがちなそのロシアの宣伝の実態に迫っている。

つまりフルチショフらが発言した「ウクライナの民族主義者はナチの手下であった」とするソヴィエトによる宣伝の歴史的な背景を詳解しているのだ。掻い摘んで述べると、ウクライナの独立運動として挙げられるウクライナのファシストとは十月革命のソヴィエトの成立と内戦とに密接に係わっており、ロシア側からすればウクライナは先の大戦の犠牲の上になされた成果であり、それがプーティンロシアの攻撃的な姿勢にも表れているというのだ。

そもそもバンデロズイは、1940年にウクライナ民族主義組織OUNの頂点にいたステパン・バンデーラから導かれた言葉であり、そのOUNは1930年代にポーランドの支配下にあった南東地域の地下組織として手段を選ばずに独立運動を繰り広げた組織であり、1939年にはスターリンの体制下から、ドイツの支配下にあるポーランドへと逃げた。そこにおいて、スターリンの諜報機関NKWDに対抗する組織として、ソヴィエトの西ウクライナ支配からの解放に向けて、ドイツのソヴィエト侵攻と目的を同じくして、ナイチンゲールやローランドと呼ばれる部隊の人的な核となっている。しかし、ドイツの侵攻後の1941年6月22日以降、こうした戦略的な関係は長続きせずに、ドイツはウクライナの独立などには手を貸さなかった。

バンデラーの副官ツェツコが30日に独立宣言をすると、バンデーラの方はナチに逮捕されてベルリンに護送されて、ザクセンハウゼンの強制収容所に拘束される。それでもドイツ軍の西ウクライナ侵攻は、ポーランドからもソヴィエトからの解放として受け止められた。その一方、七月にはドイツの治安警察Sipoがユダヤ人虐殺を始め、そのユダヤ人狩りをOUNが請け負っていた。そうやって、民族主義者はドイツの歓心を買おうとしていたのである。しかし、九月十月には民族主義者の一斉排除が始まり、11月以降政治的な活動家が一斉に処刑される。それでも1943年にはドイツからの解放へとOUNは再び動き出すが、その後の赤軍による奪回を恐れ、1942年から森で活躍していたUPAとともにゲリラ闘争を行い、場合によっては赤軍に対してドイツ軍と協力することもあったとされる。

そしてそうした地域においてポーランド人やユダヤ人を殺戮して民族浄化をしたことが、ロシアの宣伝としてここ最近も英語の資料として西側の市民にもウクライナのキエフ政府やユーロマイダンへの懐疑を齎す原因となっている。その規模は、少なくともポーランド人六万人、そしてそこにUPAの一部の組織がドイツ人から逃れてきたユダヤ人を処刑した数も含まれる。

しかし、UPAの最も評価されている成果は、1944年7月の西ウクライナからの赤軍の排除であって、壮絶な戦いの結果、数十万のウクライナ人はロシアの中部へと護送されていったということである。UPS運動が制圧されたのは1950年代初頭になってからだとされる。

その後にロシアから流された宣伝情報が、現在ネット上で流されている英文の情報の源であり、実際にウクライナの民族主義者がナチの組織などを学びつつ、時にはドイツ軍とともに大量の虐殺行為に関与したとしても、ロシアは民族主義者のポーランド人虐殺については触れなかった。それは、ロシアには不都合であるウクライナがポーランドの支配下にあったことを知らしめるからだとされる。そして、ドイツ軍が侵攻した西ウクライナには、何千もの政治犯のウクライナ人の躯が転がっていたのだが、その赤軍による仕業までも1960年東独作の「ルヴォーヴの殺戮 ― 資料は語る」でナイチンゲールの仕業として宣伝されており、また1960年当時の連邦共和国オーファーレンダー帰還大臣を当時の司官としての責任を問い失脚に導いた。

そうしたソヴィエトにおける宣伝情報が、今現在ネットの中で行われているロシアによる宣伝であり、一貫してウクライナの民族主義者をドイツの手先として、狙いをUPAに定めて、今は米国を筆頭とする連邦共和国を含む西側諸国との連携で先の大戦の対ソヴィエトユニオンへの戦いの延長線上にあるとしている。

大戦中前後に起きた大量虐殺の全てはナチの犯罪として罪を押し付けられてきたドイツである。政治的な反論が出来ないことを見越しての宣伝はこうして老獪なプーティンによって政治利用されている。こうした諸国がロシヤ、中共など戦勝国として世界に君臨しているからこそ、ウクライナが欧州スタンダードの国となるように支援をしなければいけないのである。

連邦共和国が全ての責任を押し付けられるナチの犯罪を分析する一方、同じように殺戮を繰り広げた帝国陸軍などの犯罪を認めるどころか、相対化しようとする政治家が躍進するような日本とは全く違うのである。そのような姿勢をとっているから、南京虐殺の規模にも客観的な反論が出来ないのである。先ずは批判に事実があればそれを真摯に受け止めて、首を垂れるというのがまともな人間のすることなのである。それを省いて、反論を展開しようとすると、もはやそこには正当性が無くなって客観的な見解とはならなくなってしまうのである。



参照:
Unter fremden Bannern?, Dr. Kai Struve, FAZ vom 24.11.2014
卍への酵母の萌芽 2014-07-23 | 料理
カローンが水脈引き行く 2007-04-28 | マスメディア批評
コメント

割引コードを消化する

2014-11-27 | 生活
筋肉痛が気になる。週末からの運動量はそれほどではない。登った量も、走った距離も取り立てて挙げるまでもない。しかし腰の張りや両脇腹から背中への張りは最近はなかったものだ。更に土踏まずから足首に脹脛、二種類の運動で一番共通するのは上腕の疲れぐらいだろうか。それでも腹筋に違和感を感じるのはとてもよい。無駄な肉を取ってくれそうだからだ。それでも背中の芯が張っているのは座っていても気になる。

アマゾンから貰った10ユーロの割引コードの期限切れが迫ったので、有効となる50ユーロ以上の発注をした。有効となるものと無関係なものを一緒に注文した。印字の紙が無くなってきたので、2500枚を発注した。A4版500枚で3ユーロ10なので、一枚当たり約0.6セントである。十枚ぐらいは無駄にしてもそれ程懐は痛まない。

しかしもっとも重要な注文は電動歯ブラシのブラシであった。これが結構高価なのだ。そして今値上がりしている。以前よりも一つ当たり1.5ユーロほど高くなっている。理由は分からないが、製造しているアジアでの労賃が上がっているのだろうか。

その他に普段着のジーンズ用のベルトが切れかかっているので、新しいものが必要となったので発注した。7ユーロのポリエステル製のものがあったので、それを選択した。普段着用であるから使い心地が良ければ良いのだが。

それでは額が足りなかったので、カメラケースやコルク抜きを注文した。後者は有名なフランスもので今まで使ったことがないが欲しかったものである。古いワインを開けるのが楽しみだ。

そこから割引の10ユーロを引くことになる。電動ブラシから5ユーロとカメラケースから2ユーロとコルク抜きから3ユーロ引けば、満足な買い物だ。



参照:
税引き後のインフレを実感 2014-11-26 | 歴史・時事
胸がパクパクする運動 2014-11-24 | アウトドーア・環境
コメント

税引き後のインフレを実感

2014-11-26 | 歴史・時事
スーパーで料理用ワインを物色した。結局2ユーロ以下でまともなものは見つからず、ラインヘッセンのリッター2.19ユーロのミュラーテュルガウにした。アルコールも11%だが、以前は2ユーロ以下だった筈だ。一通り見て回ったので、通常のリースリングなどを見たが、0.75リットルで3ユーロ以下の辛口などはなかった。

明らかに物価が上昇している。自然なインフレが生活に感じられる。事務用のA4の紙も以前は2ユーロ以下で500枚買えた。内付加価値税は二割である。しかし今は3ユーロでは買えなくなっている。ガソリン等は安くなっても食料品が上がるとインフレ効果は十分である。

先日から髭剃り器購入などがあって日本のアマゾン等でネットショッピングした。印象は、ものによっては益々安くなっている感じで、同じものでも古い型となれば在庫処理から半額以下になっているものも少なくない。それが日本製の電化製品などであって、中華製とかではないのである。詳しくは改めるとして、ここで感じるようなインフレと日本の物価は大分異なるようである。

そのことはこちらに移住する前から感じていたことである。要するに日本市場はドイツや英国などよりは大きいがそれでも倍の規模もない。しかし、原価の動きがなかなか消費者には伝わらないということになっていた。それによって、原油の上げ下げなど物価格変動が、市場において吸収されてしまうというような説明もあった。その後の四半世紀に何が起きたかは知らないが、最近のアベノミクスとやらの頓挫においても、どうも消費税の転嫁が出来ないとか、アジア市場からの輸入市場であるとかの条件も加わって、思う通りのインフレ率とはなっていないようである。恐らく、不景気は進んでも健全なインフレは金融危機でも起こらない限り永遠にならなのではないだろうか?

我々日本経済を外から見ている者にとっては、日本の株価は、円安効果を重ねると、つまりドルベースもしくはユーロベースで計算すると、ほとんど上がっていないのである。上の日本国内での投資や消費の停滞と重ね合わせると、日本で増刷される円は海外に流れて、キャリートレードとして投資されているのは明らかだ。つまり、それが狙いどころであるのは間違いないのである。そのように日銀の資金つまり日本の国富は消費されるのである。税金を納めている日本人とは全く関係のない金融市場で扱われているに過ぎない。

月曜日は峠まで走った。日曜日は休んだので、足元に力が漲って蹴りが効いて、背中が伸びて、坂が小さく感じる。だからゆっくり流したとしても快適な走り出しで、最後に頑張ったが、22分が出れば上出来の走りだった。しかし万歩計は20分で3000歩に至っていなかった。これは出来過ぎだから、途中で計測が止まっていたのだろうと理解した。日陰は寒かったが、右遠方に土曜日に訪ねたボールダーの稜線に続く電話の送信塔を確かめたりして、気持ちよかった。

火曜日は沢沿いを奥まで走った。ここでも往路は、ゆっくりとした出だしに係わらず走りは快適だった。特に前半は広葉樹が落ちてしまって、陽射しが圧倒的に増えていて気持ちよかった。後半は山陰に入るので寒かったが、12分は可能と思っていた。実際にその通りだったが、歩数が2088となっていた。勿論復路は24分を目指すのだが、頑張りはあったとしても24分で歩数が3877歩と、往路の倍にはとても及ばない。万歩計が一時止まっていた疑いがある。ディスプレーなどは問題がないのでバッテリーは問題ではない。あり得るとすれば上着のフリースの裾に引っかかって、振動が妨げられていた可能性がある。この辺りを今後気をつけなけれないけないようだ。



参照:
安倍が解散に打って出る話 2014-11-15 | マスメディア批評
キャリートレードを牽制 [ 雑感 ] / 2007-02-03
コメント (2)

芸術における意識狭窄

2014-11-25 | 文化一般
グルリットの遺産問題がまた話題になっている。ベルンの美術館に寄贈で万事休すかと思われていたが、ナチの強奪品はドイツから出さない判断に続いて、個人の姪御さんか遺言状の信憑性に疑問を投げかけたからである。まだまだ未知の作品などが俎上に上ってきていて美術界の大スキャンダルは続く。

ヒトラーの絵画がニュルンベルクのオークションで高値で売れたそうだ。中東の人が落したようだが、最高級車一台より価値があるかどうかは疑問である。1917年に売られたミュンヘンの官庁街を描いた30CMに満たない水彩画としては破格の価格であろう。なるほど綺麗に丁寧に描かれている絵だが、このような絵を個人的に愛でる人がいるのだろうか。

投資ともいえない価格であり、珍しいもの好きとか、知人に自慢したいとかのコレクターか、よほどヒトラーに関心がある向きなのだろうか?売る方にとってはちょっとした現金収入であり、七十過ぎのご婦人には十分な小遣いにはなる。

簡単な言葉でいえば趣味の良し悪しの問題であるが、やはり芸術の価値を考えるということにもなる。そこには有名人が描いたとか、希少価値があるとか、歴史的価値があるとかとは全く関係のない次元で、また絵画心理判断とかの問題でもない。この水彩画を見ると権力とか力の均衡の崩壊とかをどうしても考えてしまうのだ。

構図における奥の切り妻の階段が如何にも権力構造を登っていく視点を持っていて、前景にある柱の飾りと対応していて面白い。そのように考えるとヒトラーの心理構造にまで思いを寄せることになる。しかしそれはただの試験のようなものでしかない。

そこまで考えると、同じようにヒトラー自体も魅了されていたリヒャルト・ヴァークナーの楽劇の芸術的な価値などについても考えなければ片手落ちになるのではないか。楽匠の楽劇には権力やその志向などが劇を超える形でも描かれているということでの関連でもあり、そこに強いパトースを見出すことでのヒトラーのヴァークナー信奉でもあったからだ。

なるほど作曲家自身の権力への志向なども無視が出来ないのであるが、その創作をつぶさに観察することで、芸術としては全く異なった視座が置かれていることが明らかなのでる。もしヒットラーやナチ信奉者がたとえば「神々の黄昏」における権力の崩壊を自らが演じたとしたならば、やはり大きな取り違えをしていたということになる。今回異常な高額で競り落とされた水彩画を見て強く感じるのは結局そこであり、芸術の理解や創作などは決して狭窄した視点や思考では叶うものではないという典型的な例示ではないだろうか。

その差異をして、芸術に関して、一流とか二流とか評価することも可能であろう。その評価において、この差異が重要な視点となるということである。



参照:
「神々の黄昏」再生 2014-11-07 | 音
狂った歴史の落とし前 2014-02-23 | 文化一般
コメント

胸がパクパクする運動

2014-11-24 | アウトドーア・環境
終に一段落だ。暖かい週末を持して、金曜日は無理をしなかった。気温は予想通りには上がらなかったが、陽射しがあって、気温摂氏十度でも悪くはなかった。手袋までしていったが、岩肌を触ると前日ほど冷たくはなかった。

先ずは入念に準備体操をした。体に無理が係らない様にストレッチングをした。徐に靴を履いて、チョークをつけて、後半の最初からぶら下がった。肝心の右足を外すところで、外すと体が下がってしまって、右足がマットについてしまった。それでも手掛かりがしっかりと完ぺきに掛かっているので、慌てずに左足を押して、右足を掛け直すと、右手が上の棚に手が届いた。そして、落ち着いて棚の上に出た。苔で滑りやすいので、落ち着いて左足を小石の上に掛けることで安心して立ち上がった。

これでよいのだ。胸がパクパクして、息が上がった。それほど力を使う印象はないのだが、この一分にも満たない運動でこれほど厳しいのだ。短距離と中距離の間だろうか?一夜明けて体を解すために頂上まで駆け上がろうと狙っていたが、予想に反して霧どころか曇天で、窓がびっしょりと濡れていたので取りやめた。走れないこともなかったが、苦しい思いをして濡れ鼠のように戻って来る姿が思い知れたからである。前日の夕食や朝食時の食欲を見ると先ずは運動量は足りていたようだ。

次の課題は取り付きから前半を上手にこなして後半へとつなぎ乗り越してしまう完全制覇である。技術的には解決したが、前半を試すと案の定息が上がってしまうのだ。体力もあるが、技術的にもさらに細かくチェックしないと厳しいかもしれない。それでも年内の完成も具体的に視野に入ってきた。

序に隣の更に難しい課題を試してみた。やはりこのボールダーがこの地域で一番乾いていることを確認したからだ。なるほど難しく全く異なった課題であるが、一回目の挑戦で大体の核心は掴めた。この二つをかわるがわり試していているうちに次の次元に突入できそうだ。

祝杯は、ザウマーゲンの小玉をロベルト・ヴァイル醸造所のカルタヴァインで楽しんだ。自宅で開けるのは二本目であるが、前回とは全く印象が変わっていた。恐らく瓶熟成が進んだのだろう。なんといっても2013年の特徴である腐葉土風の腐った木や藁風の香りが先導する快い森の趣なのである。そのような筈のない木樽のワインの趣である。そしてこれが2013年の特徴であるのは、ビュルクリン・ヴォルフ醸造所の同じ趣の天然酵母のゴルトベッヒャエルが証明しており、ここではステンレスと培養酵母で造ったリースリングに同じような特徴が顕著なのである。所謂2013年産のスパイシーな香味と呼ばれているものである。この香味の評価に関しては、個人差があるとして、私はこうした特徴は繊細の極みの一つと考える。実際は葉緑素などの化学物質の特徴が出ているのだろう。

翌日は前回と同じように酸が前面に立ちはだかったが、瓶詰後の落ち着きを感じさせた。若いワインであるからこれを瓶熟成と呼ぶべきかどうかは議論の余地がある。しかしここには、当然のことながら微塵もぺトロール臭などはないが、酸は若いものの落ち着いて多重性を見せるリースリングがあるのだ。価格16ユーロ弱のリースリング、ドイツのリースリングの高品質がここに示されている。これだけの白ワインは世界中にあまりないのも事実である。



参照:
二度と繰り返せない制覇と達成 2014-11-17 | アウトドーア・環境
思いがけない請求書 2014-10-10 | ワイン
コメント

パンクの有効な使い方

2014-11-23 | 
階下のご病人さんを久しぶりに見かけた。土曜日の買い物の時刻であったから、どうしたものかと感じた。彼女の郵便箱には託送業者の不配通知が張ってあって、車も無かったのでどうしたかなと感じていたからだ。丁度買い物から帰ってくる時刻が重なったのだ。じっくりと話は聞けなかったが、足取りもしっかりしていて、前回見たときの階段をふらふら上る雰囲気とは違っていた。そして髪も三センチほど伸びているようで、ブーツと合わせて殆どパンクファッション風になっていた。この時間帯に態々買い物に行くことからして状態が良くなっている証拠であろう。もともと片太りタイプなので、痩せたのだろう、1979年生まれにしては十分に若返っていた。あの状態ならば、治療の方針もあるだろうが、急に悪化するようなことは無いであろう。恐らく腫瘍の切除が成功したということだろう。

新聞の文化欄を開くと亡きバリトン歌手フイッシャーディースカウの絵画が出ていた。題材は早世した指揮者フリチャイのリハーサル風景である。未亡人のユリア・ヴァラディーがベルリンの放送交響楽団に寄贈したというのである。現役引退後は絵を描き続けていたという名バリトンの絵は流石に迫力がある。ベルリンでのキャリアに於いて大きな影響を与えたという指揮者というが、その評価を先日の指揮者フォン・ドホナーニのインタヴューに続いて最近耳にすることが多い。

ドイツのマイナス歩合の影響がラディオなどでも放送されることが増えてきた。第二のメガバンクのコメルツバンクに大金を預けておくと利子を取られるということだ。企業に対して効果を上げるのだろう。個人的には既にマイナス歩合に順応しており、長らく定期貯金などを盾に借金を拵えてきたが、定期貯金を崩した。次は株式を処分しようと考えている。何かに投資する余裕は全くないどころか生活費に回ってしまうのであるが、有効な金の使い方は断然以前よりも厳しく追及している。

いまだに、なんどもなんどもLPを繰り返して流している。六枚組みの「神々の黄昏」がいつも乗っている状態であった。ショルティ指揮の1964年のゾフィエンザールでのカルショー録音も素晴らしいが、聞けば聞くほど豪華な歌手人とその歌唱も素晴らしい。このような贅沢な制作録音は今後は出ないのだろうなと、愉悦の時を過ごすのである。それにしても汲みども汲みども尽きない泉のような楽劇である。劇の流れや緊張と緩和の音楽的な構想と構造の見事さはなかなか語りつくせない。



参照:
枚挙に暇のない杜撰さ 2014-10-23 | 歴史・時事
同じ屋根の下に住むと 2014-07-11 | 女
三十路女の手練手管に感心 2009-07-07 | 女
コメント

ピストルを入手して初めて

2014-11-22 | 生活
オーヴンを修理した。二月ほど前になるが、オーヴンの開き窓の具合が悪くて、弄っているうちに、外側に張り付けてある強化ガラスが脱落した。割れずに済んだから、開き窓を弄った。ヒンジ金具の調子も悪く、一時は右側のヒンジが壊れて、これで万事休止かと思った。埋め込み型のオーヴンを購入するなら、上部のコンロも壊れているので買い替えたい。そうなるとキッチン自体をリフォームしなければいけない。冷蔵庫を含めると、壁も塗り直さなければいけない。かなり大事で、数千ユーロの出費は覚悟しなければいけないだろう。

困ったと思いながら、ヒンジを分解して組み直すと何とか直った。しかし強化ガラス抜きでは見た目もそうだが、到底指定温度まで上げることができない。そして、電気の無駄遣いでしかない。これは認めることができない。そこで強力接直材などで修理を試みた。接着剤ではとっても駄目だった。

そこで、そもそも接着していた赤いシリコンらしきものに関心をもって、ネットで探すと高温300度まで使用可能の同じ色をしたシリコンが見つかった。それを発注したのが十月八日だった。先ずは、こびりついて剥がれてしまったシリコンを苦労して落として、それを塗布しようとした。すると購入したシリンダーは、後ろから押すピストルがないと、注入するのが難しいことに気が付いた。何とか指で押して、最低必要量を接着箇所に塗布して、接着した。テープで固定して一週間たった。

説明書の通り、そこで完璧に乾いているとして、最初に使う前に加熱して、接借剤のガス抜きをしようと思うと、ガラスの片側が密着しているのにゆるゆるすることに気が付いた。結局ぐらぐらしてきたので、結局ガラスをはぎ取った。そのことを話すと、ピストルを所有している人が身近にいた。

再度挑戦である。再度こびりついたシリコンを落とすのは問題なかった。十分に乾いておらずゴムのようにこびり付いていなかったからだ。そして徐にピストルで抽出するとさすがに必要十分量が塗布できた。今度はぐらぐらしていた部分などに注意して接着した。

今回も同じように、一週間待った。ガラスはしっかりついている。予熱してピッザを焼いた。開きの開け閉めに注意した。その後何度か高熱で使用した。開け閉めの感じも慣れてきて、ガラスに強い圧力がかかるようなことはなかった。それどころかヒンジの動きもよくなってきた。無理をすれば剥がれるような状態にはなるだろうが、こうして何度も高温で焼いているうちに完全接着したようだ。

シリコンの長い筒のまだ七割り方は残っている筈だ。いずれ乾いてしまって使えなくなるようだが、ガラスの接着などには絶大な威力を発揮することが分かった。洗面所の鏡などはこうして貼り付けることも可能だと初めて知ったのだった。



参照:
バルコンからの冬籠り 2014-01-10 | アウトドーア・環境
消えた灯がまた灯る 2014-09-09 | 料理
コメント (2)

死の恐怖感も喉元まで

2014-11-21 | 雑感
今朝、死の恐怖を感じた。何も起こらなかったのだが、急に死に追いやられる気持になった。このような経験は子供の時以降なかったのだ。体調は悪くはなく、深刻な心境にはなかったのだ。それが急に死が迫った心境に追いやられたのだ。客観的な不安とは異なるものだった。寝室はヒーターを消し忘れたままドアをしめ切っていたので室内温度は高めで、っ深い眠りにつけなかったのも事実である。しかし寝苦しいまでのものではなかったのだ。

寝起きは決して悪くはなく、気分も悪くはなかった。運動不足気味なので、峠まで走った。それもゆっくりと走って、予想通り24分3800歩ほどであった。走り出しに後ろから追ってきたハイキングのおじさんたちを下りに落ち合った。彼らのっ到着時刻とは二分ほどしか早くはなかったであろう。それほどゆっくりと走ったのだ。先日接着剤でくっつけて修理した踵の部分が剥がれていたので、前日に再び瞬間接着剤で張り付け直しておいた。それは剥がれていなかった。

さて死の恐怖の原因が徐々に想像がついてきた。前日は何年振りかで一日中排泄もなくシャワーも浴びていなかったのだ。理由は朝から時間がなかっただけなのだが、その前日の食事量なども関係したのだろう。つまり腸の調子が異常だったのである。そこで思い出すのが、最近よく言われるようになった腸が全てを制するという考え方で、脳などよりも人を制しる臓器だという医学的な見地であろう。

ホルモンの働きなども人の生活や行動を制するかもしれないが、それ以上に根源的な感覚に思い馳せる時に、腸の働きは重要な働きをしているのは少し思い出すと思い浮かべることもあるかもしれない。その通り、謂れのない死の恐怖の根源は腸の活動であったのだろう。

週末の2011年産グローセスゲヴェックス「マンデルガルテン」に続いて、間違いなくそれとはまったく違うであろう「ガンツホルン」を開けた。レープホルツ醸造所のその先落としの葡萄で作ったワインである「フォムブントザントシュタイン」が良かったのである程度は読めたのだ。レープホルツ氏が支部長をしているドイツ高級ワイン協会のカテゴリーではPCもしくはラーゲンワインと呼ばれるそれに対して、今度はGCもしくはグローセスゲヴェックスと呼ばれるものである。

結果は期待に違わないものだった。アルコール12.5%を感じさせない奥行き感は独自の抽出の成果であろうが、同時に決して過熟性を感じさせない繊細さが、真っ赤なリンゴとヨハニスベアー味を浮きだたせるのだ。これもなにも石灰質を含まない雑食砂岩で、特に赤い鉄分の混じったミネラル感を想起させるのだ。これだけで、このリースリングがこれまでに経験した2011年産の瓶熟成の最高峰であることは言うまでもないであろう。徐々に開けていく熟成した2011年の中で、最終的にも結構いい線を行くだろう。

思い起こせば最も下の「オェコノミラート」もアルコールが11.4%であったのだ。アルコールが低いというのは過熟性にならない様に収穫したのに他ならない。このあたりの判断が素晴らしいのだ。その時は割高過ぎると怒っていたのだが、このGCを楽しめばすべての不満はなくなってしまうのだ。



参照:
名人芸における本質的なもの 2014-10-28 | 文化一般
エコノミラートとは農業顧問官 2012-05-25 | ワイン
コメント (2)

会長のお膝元の厳しい結果

2014-11-20 | ワイン
久しぶりに火曜日の朝、走った。小雨勝ちであったが、日曜日に走れず月曜日も都合がつかなかったので、土曜日以降運動をしていなかった。運動をしないと直ぐにあちこちの調子が悪くなる。寒い場所で運動をしているからか、その疲れが時間をおいて出てくる感じがあるので、足腰などがたがたなのだ。

そこで沢を奥まで短パンで駈けた。四キロを超えるだけの距離でも往復すると、小雨の成果汗でびっしょりつ濡れる。足元も水溜まりを跳ねた感じだった。それでも肉屋によってから熱いシャワーを浴びると生きかえった心地で調子が良い。

往路12分2340歩だったので、復路で普通に走れば26分台は可能と考えた。勿論24分台は厳しいと思ったが、25分台でも走れなかった。やはり体調があるので、いつでも挑戦できるわけではない。それでも以前と比べれば長い距離を日々走るようになってきている。

2011年産のワインが気になりだしてきたので、一本開けた。レープホルツ醸造所の「フォムブントザンドシュタイン」が良かったからだ。瓶詰めから二年経過した今、飲み頃となっていなければいけないグローセスゲヴェクスの一本、クリストマン醸造所の「マンデルガルテン」である。

ある程度は、ミュラーカトワールの2010年「ブロイエル」と似た傾向にあることを予測していたが、予想以上に悪かった。土壌の関係から重い傾向であるとしても、酸が活きていない、だから繊細さの欠片も全くなかった。果実風味であるよりもネクターのような味質で、アルコールも13.5%と以上に上げてある。果実の糖比重が95エクスレを超えていたのは間違いない。

なにをそこまで果実を実らせたかは分からないが、醸造親方の判断違いである以上にオーナーであるVDP会長の勘違いがあるように感じた。他の醸造所よりもその酸が分厚くなっていることも過熟性の行き過ぎである証拠だろう。土壌どころではない。おそらくマンデルガルテンのテロワールの問題でもあるのだろう。

糖比重よりもテロワールを合言葉にしたVDPの品質管理を推奨する一方、自らの膝元でこうしたワインを醸造していたのでは説得力に欠ける。なるほど他の一流醸造所のように良い地所を所有していないのは仕方がないが、年々の天候によって揺すぶられるととても厳しい結果となる。

もう一つは醸造の古臭い方法に拘り続けていることで、親爺さんの時代からその傾向は殆ど変っていないことを今回確認した。強い酸を目指すことでそれなりのバランスをとっていたのだが、2011年のような酸の弱い年となると、嘗ての苦味に偏ったリースリングとなる。先代の時代は適当に糖を残すことでバランスをとっていたわけだが、それが出来なくなったことで厳しい結果となった。このようなグローセスゲヴェックスを出していて、ドイツのワインを指導できるだろうか?



参照:
三つの醸造所を比較する 2014-11-04 | ワイン
名人芸における本質的なもの 2014-10-28 | 文化一般
コメント

羽毛のような剃り心地

2014-11-19 | 生活
ブラウン社髭剃りを注文した。電気髭剃り機である。そして直ぐにキャンセルした。日本のサイトを見るとドイツよりも格安だったからである。ドイツ製とはなっているが、タウヌスの本拠地で作っているかどうかは別にして、ジレットの傘下であるから米国の経済圏の方が流通状況が良いのだろう。

前回は壊れたものと同じようなものを購入して、傷んだ時に充電池などを交換しようと思っていたものだ。しかし、想定外で、洗浄器が二つとも壊れて、完全に使うには不都合になってきたのだ。ここで同じような洗浄機を購入するかとかも考慮したが、全くその価値がないことも分かった。もう一銭もブラウンには払いたくないと思うのだが、フィリップス以外には対抗馬がなかったのだが、パナソニックがドイツでも評判が良いことが分かった。

山小屋用のパナソニックは私の愛用商品であるが、自宅でもパナソニックを使うことになりそうだ。特殊な市場ではありながらフィリップスの丸い独特の機構とブラウンのそれしかなかったところに、ブラウンの対抗馬としてパナソニックが育って来たことは喜ばしい。それほどブラウンには愛想が尽いたからである。

今回は、洗浄器付きのものではなくて初めてウェットで使えるものを所望したのでパナソニックにも同等のものが見つかり、更に五つ刃というすごい商品が出てきた。先ずは注文して使ってみなければ分からないが、高級商品の日本製の髭剃りならば少々髭が濃くても問題が起こらないだろうと期待しているのである。

因みに前回ブラウンを購入した年月を調べてみると2007年10月で七年使用したことになる。年間12ユーロほどの支出に洗浄機のカートリッジと年に一回は交換が必要な替え刃で年間三十ユーロほどの支出だったろうか。これより安くなれば全く問題ないのである。

明け方おかしな夢をみた。うとうととしている状態でのそれなのであまり深層心理とは関係がないだろうか。それでも最近は体験しなかった質のもので、考え起こすと子供のころに見たものに近いのだろうか?自分自身は所謂犬派であって、猫を愛したことはない。寧ろ前栽の鯉を引きちぎる敵の存在であり続けたので、近所の猫とは格闘したものである。それ以来猫を可愛がることはほとんどなく、友人知人の家でなでるぐらいが精々であった。

猫の夢を見たのである。それも異常に懐いてしまって殆ど会話を交わすような状態となっている。猫は炬燵でではないが、昨晩就寝時にヒーターを消したのにもかかわらずというか、それ故にか、その猫の寝床が問題となっているのだ。あまりにも何もないところでは寒いだろうと思って敷布などを用意して寝床を拵えてやっているのだ。

そしてそこに寝かすと仰向けになって手足を広げて転がり回るのだ。それが何とも後ろ足の広げ方などから寒いようで猫が落ち着かないのである。そこでひざ掛けなどを都合してやるという話なのだが、なぜか結構猫と意思の疎通がついていてかなり親しげなのだ。

こちらは布団の上や中の手を合わせている部分が妙に暖かく気持ちよくなってきたので、寒がっているその猫を自分の布団の中に入れてやろうかという按配になってくるのだ。独特の毛並みの柔らかさや温かみのようなものが感覚的に感じられて、機嫌よく目が覚めるというものだった。

室温も体温も必ずしも高くは感じられなかったのだが、胸のあたりが結構暖かったことがこの夢想の源であるのだろう。後で考えるほど必ずしも性的な感覚に結びつくものではなく不思議な体温の上昇を感じたのである。更に考えると土曜日の筋肉疲労が熱としてその辺りの暖まりとして感じられるのだ。

室温の客観的な高低では体感温度を計れないよい例なのだが、その日は決して熟睡出来た様子もなく頭が痛む感じであったので、布団にしっかり包まれていた割には実際は寒かったのかもしれない。もう少しで風邪をひくところだ。



参照:
非連続の鏡の中の逡巡 2007-12-31 | 暦
案じるような結果となるか 2007-10-27 | 生活
コメント

民主主義の品格の欠乏

2014-11-18 | 歴史・時事
アベノミクスの頓挫のニュースが世界を駆け巡っている。結果は時間の問題であったが、増税からの回復を待たずにこの結果に至ったのは想定外なのかもしれない。二次引き上げなどは不可能だと告知したようなものか。先日の「最後の金融緩和政策」で予想されていたことではあるが、折からの欧州などの成長の伸びを考えると明らかにこれで万事休すである。

沖縄知事選の結果のニュースも政治的に大きな意味があるのは断るまでもない。翁長氏の当確における発言も保守政治家として光り輝くものであった。東京政府に対して「民主主義国家としての品位」を正す以上に適切な現在の日本の政治家の発言があるだろうか?

日本の経済や沖縄基地問題などは、それが世界に影響を与えるという重要さだけでなく、現在の世界共通の問題でもあり、世界の関心が集まる。それにしても、円安誘導で輸出産業を伸ばそうとしたとても古臭い感覚は、余程年寄りの取り巻きのアイデアとしか思われない。「イデオロギーよりもアイデンティティー」など翁長陣営の気の利いた言葉を使う取り巻きとは雲泥の差である。

日本からのニュースで興味深かったのは、先週伝えられていた前兵庫県知事の死亡事故に関して、後続タクシーからの車載搭載映像である。とても興味深い事故現場映像だったのでDLしてから、拡大、コマ送りなどでじっくり観察した。

最も驚いたのは、前知事を乗せた車も後続のタクシーも法定速度が時速40KMのところを70KMまでの交差点でほとんど30KM近く超過で走行していることである。現在のドイツの交通法規ならば四週間の免停である。ドイツは決して高速走行を即悪と見做すことはないが、理のある交通秩序を犯すことは万人が認める悪である。上の場合も、交差点で十分な注意を払わなければいけない市街地であり速度管理はとても重要なのである。

そして、左方向から車が飛び出してきて、前知事の車の左後部に衝突する。その後の信号の表示等を見ると、どうも前知事の車は黄色から赤に変わるところを突き切った様子である。それは、衝突後の他の車の通行状況でも確認できるのだ。恐らく衝突した車は青に変わったところを突き切ってきたのでスピードが出ていたに違いない。

その衝突の状況は所謂横からの衝突実験の典型でサイドのエアーバックがつけられる原因になっている衝突形態である。今回の映像ではよく分からないが、車の破損以上に横からのGで首の骨を折ったのではなかろうか ― 後部座席で安全ベルトをしていれば頭を強打することは避けられる。パリでのSクラスの後部座席でのダイアナ死亡事故を思い起こさせる。今回の事故車はトヨタか日産の大き目の車だったのだろうが、時速60KM以上で走行している車に左後方から時速50KMほどで衝突されるという大変厳しい状況であれば、死亡事故は避けれないのは当然かもしれない。

実は日本滞在中に同じような道路で信号無視をしたことがあるのだが、信号が目につきにくく、市街地の三車線四車線の日本の道路事情の悪さを経験している。自動車先進国ドイツでは、神戸の埋め立て地のような危険な道路はあまりない。だから、事故現場では時速制限が40KMになっているのだろう。見通しを良くして制限速度を上げるためには十分な信号など交通秩序構築の技術が必要なのだ。

しかし、日本では合理的な情報や判断が共有されることはなくて、道路事情などは警察の天下り組織の安全協会などに牛耳られることで、既得権益は守られても社会秩序が守られないような社会構造になっているのである。

「民主主義の品格」とは、理のある制度構築と遵法精神であり、少なくとも真のエリートの存在しない既得権益拡大に躍起となる日本の為政者や行政組織の知的低下の夥しい社会構造では存在しないものなのである。ここに至って改めてプロテスタンティズム精神の有無を考えずにはいられないのである。



参照:
安倍が解散に打って出る話 2014-11-15 | マスメディア批評
本音と建前の二枚舌 2013-05-29 | 歴史・時事
コメント (4)

二度と繰り返せない制覇と達成

2014-11-17 | アウトドーア・環境
ついに課題を克服した。前回までどうしてもつながらなかった、後半の始まりから乗り越しまでの二つの部分を繋げたのだ。これで正真正銘の課題の克服である。何カ月かかったことだろう。但し残念ながら最後の乗り越しから終了地点までは繋がらなかった。理由は簡単で、最近はそこを試していなかったことと、苔が生えていて、何よりも力が尽きそうになったからである。それでも成果の大きさは、このボールダーのこの課題を克服する核心部の制覇と達成感であった。

前回の反省から最初の一発で決めてしまう戦略を心に決めて、一途に顔色を変えてそこへと向かった。両手を後半最初の手掛かりにかけて、徐に左足を庇の下に掛けて、右足を棚に引っ掛ける。そのねじりを借りて、左足を延ばして、頭より先の手掛かりにかけて、左足でバランスをとりながら、右手もその横に添えて、左手を肝心の最後の手掛かりにねじ込む。これが出来たところで、右手を最後の手掛かりに運んで、左足を所定の足掛かりをけるような形にして、右足を一旦外すのである ― 右足はそのまま横に掛け直すだけなのだが、ここで一旦抜重することで初めて右足に荷重することができるのである。但しこの時点で両手でぶら下がる形になるので落ちそうになるのだ。しかしこれがないと繋がらないのだ。そして一挙に両腕で引っ張って、右足の助けを借りて、横になった全身が上部に固定されることになる。そこで右手を離すと、上の縁に手が届いた。これで完成である!

本来ならばそこに手が届けばなにがなんでも乗り越してしまうところなのだが、腕が疲れていた。足場が分からなくなっていた。一度落ちてから、登り直すと、完全に体を立ててしまうと余計に難しいことも分かった。要するに横になった姿勢から左足を固定する形で、最後の最後の手掛かりに繋がるのだ。それで下から握った角を上から握りかえれば終了であった。

再度この行程を続けてやろうとしても、筋肉が疲れてしまってとても出来なかった。要するに筋力の問題なのである。翌日になって分かったのだが、足先から太もも、腹筋腰を通って首から顎まできているので、最大筋力を使い果たしたのだろう。これがこの課題なのだ。思い返せば、今年二月に挑戦した時には文字通り手も足も出なかった。九月にはやっと細切れで核心部も含めて全体を克服した。それから繋げるのに二カ月掛かったのだ。

座ったスタートから前半部を試してみた。取り付きも研究した。全部を踏破するには腕の力を節約すると同時に筋力をつけなければいけない。年内に完成させるには繰り返し練習して筋力をつけるしかないのだろう。もう一息である。これが完成したら、ボールダー経験の大きな転機になると思う。

その後腕の疲れを癒すために久しぶりに他の課題を見に斜面を下りて行った。最大の課題、アクセルシュヴァイスは濡れていて悪そうであった。他の課題も条件は悪かった。先ずはラヴィオリエクスプレスを克服してしまおう。きっとそこから新たな次元が開けるに違いない。ここから技術的にとても沢山のことを学んだ。



参照:
二月の陽気に誘われて 2014-02-19 | アウトドーア・環境
身体の使い方や鍛え方 2014-02-22 | 雑感
こま戻しのようにこつこつと 2014-09-08 | アウトドーア・環境
眩暈しそうになるまで 2014-11-10 | ワイン
コメント