Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

我々のライフスタイルを代表

2014-09-30 | 試飲百景
ラインガウへ再び向かった。五月以来のロベルト・ヴァイル醸造所訪問である。今回はお連れがいたので、時刻などは制限されたが、その元行政裁判長の奥さんの意見などもとても参考になった。お目当ては、ラインガウ名産「カルタヴァイン」である。これは九月になるまでは発売されない。その細かな限定基準は知らないが、良い樽熟成と食間酒としての品質保証となっている。

今までも毎年出ていたリースリングには違いないが、今年の場合はいくらか意味合いが違ってきている。先ずはその全体の格付けが、ビュルクリン・ヴォルフ醸造所がリードしたブルゴーニュシステムがVDPで厳格化されたことで、グレーフェンベルクがグランクリュでしかなくなったことである。また、春に試飲会が催されるようになって、初物ワインとしてラーゲンヴァインなどが紹介されて、このカルタとグローセスゲヴェックスが秋の試飲会の御披露目となるのだ。するとどうしてもこの名産品に新たな価値を求めることになる。

それは九月になってからこのために敢えて、自宅で春に最も良く出来ていたオルツリースリング「キードリッヒ」を試してみて、その感想は既に書いた。要約すると、春の鋭い酸が丸くなってきて、その土壌感を反映して若干重くなってきていることで、これは土壌だけでなくてその酸の質なども影響しているかもしれない。要するに谷にあるのだ。勿論若干瓶熟成が進むと芳醇なものになるとは予測されるのであるが。

そこで、様々な地所から集められたこのカルタの場合は、テロワールが強く反映しなくとも、最終的な味や質感が重要視されている筈で、同じ価格ながらそれなりの特徴を期待するのである。お連れも含めて皆の判定は比較的はっきりしていて、カルタに軍配が上がっていた。その理由は、その味質で、とてもよいバランスなのだ。そして恐らく樽熟成のお陰で酸が急に落ちることはないだろうから、一年ぐらいは十分楽しめるのではないだろうか。この辺りの質に関しては、ある程度信用してよいこの醸造所の実力である。一体この価格でこれに相当する質のリースリングにがあるだろうか?

さて、予約注文していたグローセスゲヴェックス「グレーフェンベルク」であるが、これも間違いなく進化していた。恐らく木樽の率も徐々に上がってきているのだろう。そして、予約注文価格で他のグローセスゲヴェックスと比較すれば、決して割高ではない。長期の瓶熟成の可能性では貴腐の入ったレープホルツ醸造所の「ガンツホルン」などとは異なり可也高く、テロワールの質や反映でもデンノッフ醸造所のそれに近いだろうか?

とても天気の良い戻り晩夏の一日だった。嘗てのラインガウのワインの優位性はそのテロワールから殆ど無くなってしまった。嘗ての名地所で今後も期待できるものは殆ど無くなって来ている。現代的な醸造法を駆使して、今日のライフスタイルを繁栄する高級ドイツワイン、これがVDPの目指すところであるとすれば、もう少しビオ栽培強いては天然酵母醸造に力を入れて欲しいが、この価格帯で求められる最も代表的なリースリングの一つであることは間違いない。



参照:
週末の走りと喉越し 2014-09-02 | 生活
初の13年ラインガウ試飲 2014-05-31 | 試飲百景
嗚呼、グレーフェンベルク 2013-09-26 | 試飲百景
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フィリッピンで誘拐される

2014-09-28 | 歴史・時事
イスラム国への連邦共和国の対応が注目される。ドイツ人に犠牲者が出そうだからである。驚くことに、ドイツ人人質はフィリピンで捕獲された。ヨットで航行中にイスラム地域に入っていったからである。イスラムの世界的な広がりはユダヤのそれと双璧かもしれないが、本人はそうした意識があっただろうか。フランス人がアルジェリアで捕捉されて首を切られたとしてもありえないことではないと思うが、フィリピンで同じようなことになればやはり驚く。

要するにイスラム国に反対する一味の国民は一蓮托生で首切りの餌食となるのである。流石に旧大日本帝国の首切り軍人は其処まで徹底していなかったであろう。基本的には首切りで敵を怯えさす遣り口は、世界中の穏やかな反戦非戦の民族社会文化に共通するものだと思っていたが違うのだろうか。

今回のドイツ人人質の問題で分るのはどのようにしても避けきれないということである。恐らくことが為されたとしても、連邦共和国が他の国のように憎悪を漲らせてといった感じにならないことだけは確かであるが、なんらかのメッセージが要求されるようになる。



参照:
模範的な西欧化とは 2014-09-22 | 歴史・時事
権謀術数議会制民主主義の自覚 2010-01-09 | 歴史・時事
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組織的ライフスタイルの合理

2014-09-27 | アウトドーア・環境
二日続けて出かけた。ボールダーの課題は思ったよりも梃子摺っている。同時に三つほどの課題が解決しそうなのだが、どれも解決しなかった。乗り越しが怖いのだ。それどころか新たに二つの課題に手をつけてしまった。

一つは前日に出会った若者が手をつけた場所で、一度試したことがあったが結局その課題自体が十分に理解できずにいた。しかしこうしてチョークの痕を見るとなるほどこをどうして登るのか分った。スロープに手を掛けるので怖そうだが、もしかすると比較的早く何とかなるかもしれない。自身の課題も彼が手をつけたようで、上の手掛かりが白くなっていた。超えたのだろう。結局それは再挑戦できずだった。

もう一つは先日から目をつけていた割れ目で、上部を掃除したら、良い課題になることも分った。最後に一寸試してみたが、これも乗り越しが怖くて泥に入るので断念した。ここまで手をつけておいたら皆が試すので、綺麗になってくるだろう。割れ目の中が綺麗だったので可能性を感じたが、初登攀出来なくてもここでこれから何時でも肘と膝の入る割れ目が練習できるのでとても役に立つ。この地域で二箇所目の本格的な割れ目課題だろう。難易度は4ぐらいだろうか。それでも普通のクライミングルートなら6以上である。

フクシマの謀略の実体が益々見えてきた。日本社会の苛め構造というか、官僚組織がそうした構造を作って、社会の末端までそれが行き渡るようにする方法は、恐らく江戸幕府の支配構造に根源があるのだろう。フクシマの被害を、無理やり避難をしないでよい地域に指定することで、多くの勤労者はそこで働くことを公式に拒否することが出来なくなっているのである。そこに仕方なくもしくは自分を騙し騙し住んでいる人がいることで、本来ならば住んではいけないところでの就業を余儀なくされるのである。

だれも態々危険な地域に住み移りたいとは思わないが、少なくともボランティアや公共性を考えるときに率先してそこで従事しても良いと思う人は少なくないに違いない。しかし、こうした避難地域に含まれないこういう汚染地域で就業を余儀なくされても、そこになんらの経済的な価値が付加されて、褒められるようなことは一切無いのである ― ドイツの楽団が連帯を示して其処で演奏会を開けば本人も土地の人も満足する。つまり、そうした地域で就業を命ずることは殆どブラック労働を命ずるということでもある。なんら知識が無くて、安全と鵜呑みにして喜んで同じ給与で働く馬鹿を当てにするのがブラック企業と呼ばれるもので、まともな企業ならば生涯被曝量の増加などを憂慮してそれなりの処置を取るべきなのである。しかし、官僚組織の決めた枠を利用することで、放射能汚染の負荷を知らぬ存ぜぬと決め込むのである。これが所謂日本の苛め構造の本筋に違いない。そして上から下まで誰も責任を取らないでよいようになっている。その構造の中で自己責任とかの給うこと自体が苛めの仲介以外の何でもないものなのだ。

腕が張っている。走る方も合わせて大した運動をしていないが、日曜日の八キロコースの疲れが何処其処に残っている感じだ。腹筋にも来ているので、こうした運動が続けられれば強くなるだろう。しかしである。先日もふと考えたが十代の前半に疲れて出来なかったことが、今完全に出来ているわけでもないのだが、あの当時と比べると時間の使い方などは少しは合理的になってきているかと考える。合理的な課題の克服は合理的な時間の使い方やそのライフスタイルであることは間違いないようである。



参照:
家庭内セックスに関する議論 2014-09-25 | マスメディア批評
思わず飛び降りそうになる 2014-09-26 | アウトドーア・環境
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思わず飛び降りそうになる

2014-09-26 | アウトドーア・環境
峠への登りの折り返し点で、3931歩12分と、可也ピッチが伸びていた。本当は峠まで上がろうかと思っていたのだが、走り出すと足が重く、前日の疲れるこのところの低温で半袖短パンツの井出達にもう一つ力が湧かない。汗もかかないかと思っていたら落ちてきたときにはうなじが濡れていた。それでも一時の発汗量とは大分異なる。体重を量ると72.6KGと最近はあまり上に振れなくなって来ている。

調子が悪くともピッチが伸びてきているのは姿勢が良くなって腕の振りが自然になって来ているからだろう。このペースで峠まで上げれれば、20分を切るのが当然となる。しかし下りは足が重く、左の他に向こうの前日伸び追ったボルダーの辺りの山肌を木立の間に探った。その下方にあるビスマルクが訪れた搭が結構奥に見えてTV搭も見えない。高度が250Mほど違うと景色も大分違う。

昨晩は予想以上に成果があった。先ずはラヴィオリで最後の手掛かりに行くまでの部分が何回も巧く行った。更に手掛かりから上も容易に手が掛かった。但しそこがまだ繋がらない。同じ手掛かりて始めて、終えることが出来るのだが、無駄な動きをしていると左手がパンクしてしまう。更に最初の出だしから試してみると、最後の手掛かりまでまだ繋がらない。無駄な動きをしていると疲れてしまって駄目なのを理解した。

最初はクラッシュパッドを一人では移動させられないのでどうなるかと思っていたら、前半の部分はそれが無くても通過できるように自信がついた。それでも暫くそこをやっていないうちに結構腕力に堪えることも久しぶりに感じた。

今回厳しかったのは良いところに足を挟んで伸ばすと足が攣りそうになることで、いままでは感じていなかったので、上に上げた足を大分使えるようになったのだろう。通常の生活では使わないような荷重をするので攣りそうになるのだ。

同じ按配で両手でぶら下って足を上に引っ掛けての鉄棒のような動作においてもまた核心部での庇の下の足場にも加重できるようになってきた。この技術が身につけばオヴァーハングでレッドポイントで本格的に登る基礎技術が身につく筈だ。これが身につけば八級に突入可能となるだろう。オーヴァーハングの下で足場を確り使うのは、嘗てA0でそれらを克服していた時期ぐらいで、クライミングの基礎技術にはそもそも無い部分である。上の例のように爪先から踵まで自由自在に使いこなす技術はフリークライミングもこのレベルになるととても重要な意味を帯びてくることが認識された。これがボールダー練習の成果であるに違いない。

気温が下がって蚊の襲来も無かったので少なくとも最後の繋がりは完成するかと思ったが、足の攣りだけでなく腕にも負担が掛かってきたので、取りやめて、もう二つの課題の場所に向かった。試してみると相変わらずだったが指先が疲れていないので、本腰を入れて試してみた。前回に気が付いた左腰上の足場に左足を掛けるとどうにかなるかと思って、両手の手掛かりを頼りにやってみた。すると右足の足場を選んで左足を上げるとそこに掛かるのである。両手で支えきれているからである。そして爪先をそこに掛けて荷重を試みるとなんと左手が浮いて、上の手掛かりに届いた。

十分な手掛かりで、そのまま左足に立って、右手をその横の手掛かりに掛ける。立てた。何で今までこれほど苦労していたか分らないぐらいに簡単に立てた。使おうと思っていたその横下の右手の細い手掛かりは不要なのだ。それで左手を自由にすることが出来なかったのだ。

ここでも如何に高かろうが足場に荷重できるようならば乗り込めという基本が活きているのだ。勿論状態のバランスが崩れない場所に足場を設定しているから可能となるのである。そして上辺を探ると先日掃除しておいたに関わらずあまり手掛かりが無い。これは危ないと思ってクライミングダウンする。上を改めて掃除するが余りらちがいかない。そこでもう一度登りなおして左手の気に足を掛けて手掛かりを掃除してみる。それでも解決策は見つからなかった。下から見ると足場をもう一段上にとって、これまた同じ手掛かりを上から押さえつけると乗り越せるかも知れないと思った。隣の次の課題とよく似ている。

そうこうしていると、更に横の難しい課題のボールダーで物音がする。上の駐車スペースに車が二台停めてあって、仕方なく道脇のがけっぷちに車を停めたのだった。更なる試みを諦めて、覗きに行った。若い感じのいよい青年だった。7cの課題を試みていた。とてもまだまだ自分自身では解決不可な課題であるが、色々話していると参考になった。マンハイムから来ていた。

そのようなことで、まだまだここで解決しなければいけない課題もあり、ここまでの約一年間の成果としてはまずまずだと感じた。今学んでいる技術と筋力などが大きな壁で活きて来るようなトレーニングを来年辺りから考えていかなければいけないだろうか。



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部分否定即ち全否定の阿呆 2014-09-19 | マスメディア批評
背中を打ちつけそうになる 2014-08-23 | アウトドーア・環境
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家庭内セックスに関する議論

2014-09-25 | マスメディア批評
先の話に関係してか、夕刻の討論番組で、家庭内セックスが議論されていた。要するに子供と添い寝するような「性的な接触」すら虐待となりかねないので、その法的な解釈などが議論されることになる。

なるほど昨今の話からすると性的な自覚が無いような18歳にも満たないような家族に対してはこうした配慮がなされる必要があるということで、近親相姦などのその限界も議論されているのだ。

キスなどが唇どおしになることはタブーとされていると良く耳にするが、上のような議論で、ヴァギナの接触は禁じられているがアナルなどは含まれていないとか、まるでビル・クリントンとモニカ・レヴィンスキーの非性的な関係までを想起させる家庭内の接触となる。

法制化されればされるほど厳しくなればなるほど、スエーデンで訴追されたアサーンジ氏ではないが、プロテスタント社会のこの面倒なやり方にはヘキヘキすることが少なくない。

日本のネットで死体遺棄が話題になっていた。いつものように小さな子供が犠牲になる恐らく性犯罪なのだろう。そして、ニュースの下に実名どころか顔入りのコメントで、「死刑」を叫ぶ狂人ばかりなのに驚く。それも校名を掲げた教職者らしいものが圧倒的に多い。連中が所謂ネトウヨと呼ばれる核のグループなのだろう。連邦共和国においても、国防軍や警察などにはネオナチが蔓延っているようだが、恐らく日本においても日教組以外の連中はこの手の輩が多いのだろう。

このような按配だから日本の新聞社は三面記事ばかりであれだけ多くの購読者数を上げているに違いない。それどころか容疑者が逮捕されて、実名で報道されている。明らかに正常ではない人間にこうした陽を浴びせるのも日本の低知能振りを示していておかしい。そもそも彼の国ではまともな科学や学問などは存在しないのは分っているが、どうもそれだけではないのは確かである。

そもそも性犯罪者とその家庭内セックスは切っても切れないものであり、そうした性的な緊張感の無い家庭など存在しないことを考えれば、感情的に性的な情動に揺さぶられていること自体がコムプレックスなのであろう。



参照:
社会主義者がのさばると 2014-09-24 | 文化一般
鹿の角に宿るいらいらさせるDNA 2010-01-11 | 女
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社会主義者がのさばると

2014-09-24 | 文化一般
性犯罪つまり幼児虐待となるチャイルドポルノ規制に関して強化策が練られている。法務大臣マースの主導である。主に厳罰化が叫ばれているのは、先年来の社会主義者の議員がこれで引っかかったことから、その反動である。社会主義者が与党としてのさばり大臣になるとこうなるから駄目なのである。

そもそものチャイルドポルノの被写体が虐待されているとiいう見解は必ずしくも誤りではないであろうが、今回議論されていて規制対象としようとするのは所謂ポーズ写真である。新聞によると少年少女が身体の一部を露出もしくは強調して性的なポーズを取った写真を指すようだ。その限定はとても難しいことは分っていて、日本の雑誌や電車の中釣りにあるような小中高生のポーズをとった写真などは全て規制対象となる。映画などでもその中味は兎も角、そうしたポスターなどは街角には出せないことになるのだろう。

ここまではいつも繰り返されてきた日本での嘗ての陰毛規制とも似ているが、そうした少年少女が五十歳になるまでは時効が成立しないという。一つ目の超法規処置、もう一つは海外で例えばドイツ人がタイのパプヤビーチでよからぬ行為や写真などを写したりしたものなら、現場は何処であれ連邦共和国法で訴追されるというものである。

前者は被害の子供から大人になって独立していても、あらゆる事情で明らかにして訴追することが出来ない事情を考慮したものであろうが、時効をこれだけ延長すれば本来の時効の意味が全く省みられなくなる可能性がある。加害者にとっては憂慮しなければいけないことだろうが、そもそもこうした虐待の本質は性的であれなんであれその加害者の問題でもあることを考えれば、こういた時効の延期処置でその不幸の連鎖が止まるのかどうか?いずれにしても、こうした法案の主旨自体は理解可能としても、法的議論は当然のこと、社会文化的に見ても歪でしかない。



参照:
児童ポルノ規制の情報乱用 2014-02-17 | マスメディア批評
ぺドフィリア合法化の綱領 2013-08-14 | 文化一般
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心躍らされるお知らせ

2014-09-23 | 雑感
フォア・アールベルクの新聞記事がゴーグルキオスクにあった。何度も消去したアプリケーションであるが、新聞記事のサマリーが面白いと思って復活させている。その記事は、地元の管弦楽団のシーズンに約束していたマーラーツィクルスで、キリル・ペトレンコがオープニングを飾ったというものだ。ニュースヴァリューが高いのもミュンヘンの監督でバイロイトの指輪で名声を確立した指揮者がこうした地方管弦楽団を指揮する機会はもはやないと考えられているからだろう。

ヴィーンを辞めたオーストリアの指揮者ヴェルサー・メストがベルリンの音楽祭でクリーヴランドの管弦楽団を指揮して現代もので大成功しているように、超一流の指揮者ともなればその活動が限定されてくるので、あれだけの技量を示した若手指揮者の仕事も今後限定されてくるということに他ならない。

第六番の交響曲の前に「リュッケルトの歌」をフィッシャーディスカウの弟子によって女声で歌われて、その明白な発音が際立ち、「真夜中に」での管弦楽の押さえた表現が特記されている。その感じもよく分るのはこの指揮者の声楽伴奏の絶妙さを知っているからである。

しかし交響曲での魅せ方聞かせ方は知らない。ここに書いてあるように「確りした弦楽器群に名妓性のあるソロが乗って」という感じは、そのバランス感覚と共に「指輪」においても耳をそばだてたものであり、「あらゆる声部のコントラストが明晰に光を当てられたとする」感じも印象に残った技量である。そしてそうした音楽をそれほど技量の高くない管弦楽団から限られた時間で導き出す技量は驚異としかいえない。

今まで一流・超一流の指揮者の生演奏に接してきたが、これほどまでに音楽的に管弦楽を鳴らす指揮者は知らない。何か新しいことをやっているようには思えないのであるが、その指導や指揮の能力は明らかに未知のものである。これだけ管弦楽でやることは何も新しいことはないと考えられて何十年も経つが、今更ながらこうした大管弦楽体験が叶うとは思ってもいなかった。

ケント・ナガノやシャイーのエドガー・ヴァレーズのCDを流していたが、こうした大管弦楽のバランス感覚の前では彼らはまだまだ何も出来ていないようにしか思われないのである。

先日来しつこく電話を掛ける人がいると思ったら、誕生日の招待であった。シュヴァルツヴァルトのペンションの旦那である。還暦になるという。飲めや歌えの大パーティーにしたいようである。ファックスの招待状で、電話の用件が分った。慶弔のどちらがよいかということならばやはり前者に出かけてあげる方がよいので招待を受けることにした。なによりも繰り返し電話を掛けてきていたことを知っているので断るわけにはいかないだろう。片道200KMの距離もあり、飲むと帰れないので大変なのだが、その前に新しい岩場を試せたらと、計画してみよう。



参照:
意味ある大喝采の意味 2014-08-06 | 文化一般
氷雨が予想されていた日曜日 2013-01-28 | アウトドーア・環境
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模範的な西欧化とは

2014-09-22 | 歴史・時事
ミロスラフ・クローゼが模範的移住者としてアンゲラ・メルケルから表彰を受けたとどこかに書いてあった。まさしくこれが現在の連邦共和国移住法の問題点でもあろう。

移住者やアウトサイダーと言えば、イスラム国への支援の輪が西欧や西洋で広がっていることだろうが、詳しくは分らなくともイスラム国のアイデアは素晴らしいことであり、遅かれ早かれそのような世界が構築されることは致し方ないであろう。その過程で従来の西欧の既得権益がどのように譲渡されて行くかに掛かっている。オーストラリアで首を刎ねるような蛮刀が押収されていたが、あれをみると戦前の大日本帝国陸軍の戦犯とあまりかわりの無い連中であることも分るのである。

モスクワでいよいよウクライナへの出兵へのプーティンの巧妙な政策への反対抗議行動が行われるようになったと伝えている。民間飛行機撃墜事件の後にそうした良識のある市民の声が沸きあがるとは思っていたが、漸くロシア市民も行動を起こし出したようである。プーティンの政策が、合衆国などの覇権への抵抗としてロシアの国益に合致したものかどうかは不明であるが、少なくともEUの東進と拡大は時代の趨勢であり引きもどることは出来ない歴史的な事実に他ならない。そもそもロシアだけが非西洋であることは、合衆国がそうであるより難しいように思うがどうだろう。特に南の方にイスラムの大きな勢力は確立されれば、何らかのバランスを取らなければいけない筈だ。そうした局面の変化として、合衆国とトルコ間で核の条約などの話が進んでいるというのも一つの兆しであろう。

沢を詰めて山登りに掛かる八キロコースを走った。出だしに谷の下から上がってくる親爺三人連れにすれ違ったことで、長い距離を走るような意欲が出てきた。彼らは少なくとも同じぐらいの距離を走り続けているからである。丁度自宅から遠回りしてパン屋によって駐車場まで6KMほどなので、近回りでも往復するとそれぐらいにはなるだろう。なんと言っても沢から上まで上がるハイキング道が谷を詰めていくような道なので、プファルツの山道でも特に辛い道だと考える。

歩いても走っても殆ど所要時間が変わらないのも、この山道を走ろうと思わせない理由なのだが、歩くのと走るのではやはり運動量が異なるので、親爺の特に走りながらよくしゃべる親爺に負けられないと思って決心した。折からの小雨などで足元も悪く湿気も高いが、ここをインターヴァルと称して歩いたのではなんとなく後ろめたさもあるのだ。

沢を詰めて12分、しかし2038歩でまずまずで、山道に入る。ペースを落としながらゆっくりと登っていく。流石に歩いているよりは早いが、最初の林道の交差の所までは以前の記憶よりは大分楽に走れた。しかし、二度目の林道の前の坂で可也堪えた。汗が噴出し、足元もふらふらになりかけたが、何とかか頑張った。林道交差の上部に直ぐに倒木が見えたので、歩きに切り替えた。結局最高到達点で、33分、5000歩と、歩いているときよりも二分ほど早いだけで、歩数は増えている ― 倒木が無ければ、最後まで走って、沢から20分は可能だろうか。そして水平道から下りへとなるのだが、降りてきて55分、8350歩と、下りに23分、3350歩と復活祭時の18分、3000歩より大分遅い。如何に草臥れたかである。

兎に角、うなじまで汗びっしょりで、滴る感じであり、下るときも声が漏れたように、登りの走りがここに来て堪えていたのだ。なるほど足にも堪えているが、以前と比較すれば最後の登りの所までは問題が無かったので、鍛えようかもしれない。このコースを頻繁に走り通せるようになれば、大抵のアルプスの道は走れるような気がする。帰ってきてからの計測は、71.3KGであった。



参照:
聖週間から復活祭にかけて 2014-04-22 | 暦
記録破りの記録作り 2014-09-15 | アウトドーア・環境
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端末管制システム構築に向けて

2014-09-21 | テクニック
相変わらずタブレット弄りである。今回は、LANの中で最後までタブレットから制御できなかったSMBサーヴァーとコミュケートする方法を探すことであった。そのサーヴァーはルーターについているUSBに嵌め込んでいる携帯型の外付けハードディスクに過ぎない。しかしこれを使いたいのは、なんと言っても消費エネルギーが少なく、殆ど無音のようなものなので、脱PCを目指してのタブレットを使ったライフスタイルと相性が良いのだ。

兎に角、PC等ではいつも行っているようにそのハードディスクは思いのままに扱えるのだが、タブレットではそれを認識できても開けられないのである。勿論パスワードなどは整備したのだが何度やっても駄目であった。そこで、フォールムなどの情報を頼りに、トータルコマンダーと称するプラグイン可能のアプリケーションを試してみる。

なるほどESエクスポーラーと称するアプリケーションよりも可能性があるが、アストロマネージャーやアンドSMBなどと同時に試してみるが結果は変わらないかと思っていると、突然ログイン出来た。そしてタブレット内を掃除して床に就こうかと思うと一度接続が切れてからまたログイン出来なくなってしまった。

結論からするとこのときにログイン出来た理由は分らないが、対処策として、PCの名前でログインすることで解決した。要するにタブレットのプロトコールではログインのための下準備が出来なかったということだろうか?トータルコマンダーと同様のゴーストコマンダーと称するものを使っていて思いついたのだが、まさにゴーストなログインの仕方である。

そもそもルーターは独テレコムが配ったものだから、同じように使おうとしている人がいて、同じように苦労しているのだが、今回の回答は見つからなかった。なるほどFTPのようにしてログインするというのも誤りではないのだろう。

もう少しプロトコルなどを勉強してみなければ分らないが、これで基本的には外出先からこのハードディスクをスマートフォンで呼び出すNAT方法も具体化したことになる。これはプライヴェートクラウドであるが、どちらにデータを置いといた方が安全かはなんともいえない。

その前にSAMBAファイルシェアリングをインストールしたが、これもUSBケーブルを使うことなくHTMLを開けることも無く、タブレットとPCのコミュニケーションが自由になるので便利である。

弄れば弄るほど便利に使えるようになるのがタブレットやスマートフォンで、なるほど熱心になって、プログラムを開発したりしているのも分るような気がする。LENOVOなどでも懸賞を出しているは当然であろう。

その後、写真の整理などの作業には、SAMBAサーヴァーの画像を並べて見たいと思い、パーフェクトヴューワーと称するアプリケーションを試してみた。ここでも問題が生じて、肝心の写真などの多いフォルダにアクセス出来ないことが分った。反面、書類などフォルダにはアクセス出来たので、それらを比較して、フォルダの中のサムネールのためのThumbs.dbが邪魔していることが分った。今後は、主にタブレット端末でこうしたデータを使うことを考えれば、このファイルが発生しないようにして、それを消すことでアクセス可能になった。まだPDFやドキュメントの処理など若干課題があるが、大分端末管制システムが構築されつつある。



参照:
明けても暮れてもタブレット 2014-09-18 | テクニック
小型外付けHDDへの期待 2010-08-12 | テクニック
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もちつもたれつの熟成

2014-09-20 | 試飲百景
記憶が薄れないうちに、レープホルツ醸造所での試飲について語っておこう。先ず驚いたのがオェコノミラートが売り切れていたことで、一本だけ残しておいてよかった。特に欲しかった訳ではないが、2013年の特殊性はそれほど否定的に働かなかったのが、このグランクリュ「イム・ゾンネンシャイン」はその一角にあるガンツホルンの葡萄からのワインである。その最高峰にあるグローセスゲヴェックスの「ガンツホルン」は特殊な年で、6Gを超える残糖が突出している。とは言っても酸が9G台とスケールの大きなバランスを取っているので、巧く行くと記念碑的となるかもしれない。

味筋はいつもの傾向にあるのだが、貴腐が混ざっていたことから若干の蜂蜜臭がある。これは味の濃くとなっていて、一般には好まれる傾向となっている。そもそも2013年は対岸のグランクリュ「カスターニアンブッシュ」のそれは甘口のアウスレーゼまでの造りとなっていて、流石のこの辛口醸造所も他に手が無かったのだろう。

その中では、「ガンツホルン」もその下の「フォム・ブントザントシュタイン」も立派な辛口である。残糖があるといっても残糖感は一切無いが、貴腐に抵抗がある向きには難しいかもしれない。それでも娘さんが言う様に「長く楽しめる」のは、「ここのワインは保存が難しいから、その分期待できる」と言い換え、「十分に承知している」ことだと切り返せたのは良かった。

パプリカ水になることの無いガンツホルンはそれだけで価値があると考える。三本予約していたが「決して間違っていなかったね」と自負した。製造者にととて見れば当然のことなのだが、素人のワイン評論家はその辺りを突っ込めないから専門家に馬鹿にされるだけなのだ。

ビュルクリン・ヴォルフ醸造所で一緒になった元裁判長が指摘するように、「レープホルツは割高」なのは事実で15%ほどはその質よりも高価で、メディアでの賞金がそこに加算されているとしてよいだろう。勿論そうした特産に付加価値が付くことは悪いことではなく、重要なのは市場がそれを認めるかどうかということだけなのである。

何年かに一度はこの孤高な路線のリースリンクが俗受けするように仕上がっていても決して悪くはないであろう。その他のブルグンダーもどちらかと言えば俗受け路線で、辛口リースリングの盟主としては低調な年度であったろうが、グローセスゲヴェックス収集家にとって、このガンツホルンは将来を期待させる年度となった。醸造所のあり方を定める上でも重要な醸造年となったのではないだろうか。

前日のラインガウからのゲスト「ブロイヤー」のリースリングに関しても甘みを残した俗受けする路線を意識していることがよく分った。特にシュロースベルクなどはもはや半辛口で、我々からすると食事には向かない。今頃2011年を出してくるのはよいのだが、あえて言えばそれが最大の売りで、リースリングの質自体は過熟成の2011年ではあるからそれほどのものではなかった。

しかし2012年産の「テラ・モントーザ」は今まで試したここのリースリングでピカイチだった。それはそのテロワールの出方と酸や糖のバランスなどが素晴らしく、そこに如何にもゴツゴツした土壌感を感じさせてくれて、決して繊細なリースリンクではないがこれはこれでよいだろう。2013年のリューデスハイム産のグーツリースリンクの価格は、分らないが、新鮮なものでこの程度なら、それはそれで良いのではなかろうか。

総合的に、この醸造所も恐らく亡くなった先代の遺志を引き継ぐ形で特異な蔵出しの方法をコンセプトにしているようだが、それで幾ら取れますか?という問いかけになる。なるほど長期の醸造と樽熟成は最近のドイツのリースリングのトレンドになってきているが、それにはそれだけの費用が掛かるので、価格に転換できる質のものであるかどうかが分かれ目となる。

話は戻るが、なるほどワイン評論家は市場価値とその糊代を同じくしていると知れば、リースリンクの本質などとは関係無しに俗受けして売れることを主題にして発言すれば良い訳である。それが、グラスを燻らしたときの香りでプルースト気取りでものを言っても、観光案内のプロモーションまがいの行いであっても結構なのだ。商業ジャーナリズムというのは所詮そうしたものなのである。



参照:
通にしか分らない質と価格 2014-09-16 | 試飲百景
雨のナーヘの谷を回遊 2014-09-14 | 試飲百景
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部分否定即ち全否定の阿呆

2014-09-19 | マスメディア批評
靖国参拝の写真つきでこれだけ大きな記事が載っていると無視できない。「好機到来の日本の国粋主義者たち」と題して、朝日新聞問題を契機に修正主義者が気炎を上げている様子が伝えられている。さらにはネオナチと二人の女性閣僚らの「日本の名誉」が語られて、ガーディアン紙が本格的に調査に当たっていることも伝えられる。

安倍が第二期政権発足以来抑えてきた修正主義の言動は、「世界に向けてあのような報道は事実出なかったことを説明する手段を必要とする」として集約されて、その取り巻き連中の息の荒さも伝えられる。

そして、若し連邦共和国の閣僚がホロコーストを否定するようなことを想像してみればとして、「一つの証拠が嘘の証言であったとして全てを否定したとしたら」と論理と呼ぶのも恥ずかしいようなことを日本人に問う。

まさにこの点が翼賛新聞の官僚主義新聞の第四の権力朝日新聞の問題点で、大衆はこうした小学校のベン図で説明できるようなことも分らないとしているからこそ、今日まで明確に自己の記事を訂正しなかったのである。まさしく朝日新聞は日本人の御得意のロールプレーを戦後は「リベラル反体制」として演じて来たに過ぎないことの立証でもある。

そもそも安倍を初めとする連中は、その学業の成果は問わないとしても少なくともこれぐらいの小学校の授業内容ぐらいが理解できないような低脳であるのが問題なので、そうした連中に地盤や金があろうとも代表者として選ぶ国民が低脳なのである。少なくとも人並み以上の知能程度が無い者をリーダーにしてはいけない。

さて新聞の方は、影響力の無い社民党と共産党しか野党がいない状況で、修正主義者たちには順風満帆な未来が待ち構えていると結んでいる。

昨晩のボールダーは暖かさにゆえにこの時期の最大の問題点である蚊の襲撃に集中力と粘りの時間を奪われた。違う課題も並行して行ったが、碌な結果は得られずで、むしろ身体に切れの悪さと重さを感じた。夜が明けてから峠まで走ったが、こちらも足の筋肉に疲労感があってゆっくりと走った。中間計測地点で13分2038歩と前回の記録より大分悪かったが、想定内であった。しかしそこから意外に頑張りが効いて、峠で20分3183歩とまずまずの数字であった。下りは足もふらつき汗びっしょりになって35分5530歩であった。運動量としては十分だ。



参照:
Japans Nationalisten wittern ihre Chance, Carsten Germis, FAZ vom 16.9.2014
不可能が可能になるのは 2014-08-09 | アウトドーア・環境
記録破りの記録作り 2014-09-15 | アウトドーア・環境
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明けても暮れてもタブレット

2014-09-18 | テクニック
TABLETのケースを入手した。野外に持ち出すためで先にアップロードしたボールダーの写真はタブレットの写真だった。画質は悪いが、記録に使えないことはない。

さて皮製の高級感すらあるそれはネットの評価並みに良かった。きっちりと切ってあるので、写真を写すにも困らない。手に滑らないので使いやすい。批判点となっていたスピーカーを防ぐ穴に関しては、なんともいえない。なるほどマスクをかけたような篭り勝ちの音になるのは致し方ないとして、むしろバスレフ効果のように中域が確りしてくる印象もある。音量を上げることになるからだろう。そもそも甲高い中華サウンドなので丁度よいのかもしれない。

なによりもよかったのは色目が増えてきて、購入したヴィオレットの雰囲気で、なめしの感じがよいのである。30ユーロしない商品としては可也お買い得である。日本でも色々でていたのでそれなどを見ていたが、こうしたケースなどの質はドイツの市場が一番質が高い。軽くて堅牢で、機能的且つ素材のよいケースはドイツのカバン文化である。

たとえそれが中華製であろうが無かろうが、市場が熟成しているので、良いものしか売れない。先立て購入したサムソナイト製のノートブックカヴァーも素晴らしかったが、これも決して悪くない。実際にチョークの白い粉で指が汚れていても、カヴァーも本体も殆ど汚れなかった。

タブレットに関しては今家庭電化製品のメインに躍り出た。なるほど携帯による電化製品の制御は叫ばれているが、家庭内では携帯など必要ないどころか大き目のコントロールボックスであり同時に一日中座右において仕事のできるタブレットが全てとなることは大体見えてきたのである。

書籍から動画を観たり、音楽の装置を制御したりは、洗濯機の進行状況を手元で確認しながら、コンロやオーヴンの進行具合を手元で確認しながらの仕事となる。恐らく数年後にはタブレットが手元にないと生活が出来ないようになるに違いないのである。先ずは手元で家中の照明や冷暖房などを管理することは当然であり、窓のブラインドの開け閉めなど、集中制御する事でエネルギーの消費は大分抑えられる。

携帯電話によるスマートグリット制御などには懐疑的であったが、家庭・事務所内LANが前提となる今日、ありとあらゆる集中制御はタブレットで為されて、必要ならばその画像が大画面に打ちしだされるだけとなる。もはやTV受信機とネットの連結などの方面への進展は終わったようで、より実務的でありながら便利なタブレット集中管理へと大きく踏み出したようである。



参照:
革命的な道程と記録 2014-09-12 | テクニック
指の感覚の選択能力 2014-08-26 | テクニック
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足にぶら下るときの姿勢

2014-09-17 | 生活
いつもの課題である。前回大きな進歩を遂げたが、そこへの繋がりと繰り返して克服することが出来なかったので、再び試してみる。そしてコツがのみ込めた。何回同じところを繰り返したろう。やっと繰り返して上の角に手が届くようになった。これだけ繰り返していればそれに必要な筋力が付くというようなものではなかった。何回やっても出来ないときは出来ないのだ。

そして気が付いた。先ずは手掛かりを最後の細いところに指を入れるようにして、右手は二つ前のところに置くと、初めから考えていたように体が足先まで伸びた感じで、胴が弓なりになって腰が落ちなくなる。そこで前回感じたように下肢に力を入れるのを右に首を振って見てしまうと、肩が開いてしまっていることに気が付いた。肩が開くと胴の右側が岩から離れて捻れて外へと回転してしまうのだ。そこで肩を締めて、視線を上の角に持っていくようにすると、胴の右側が岩に近づいてバランスが取れると同時に、左足を岩の下の膨らみに蹴れることが分った。これで右手が自由になる。これで百発百中とはいかないが続けて上に手が届くようになった。

冬の室内であれほど練習していたクロスの体勢を忘れて開く形になっても気にならなくなっていたようだ。視線の置き方や首の当て方などとても重要なことに改めて気が付いた。肝心の課題の最後の繋がりが定かでない。だからその体勢の前から繋げてやることを練習するのだ。それが難しい。

その前に乗り切りへの一手を、手掛かりは固定してから、足を下に掛けてそして右足を上にかけて試してみるが、上半身をブロックするまでが難しい。だから前と後ろから行ってづつ行って戻って練習してみる。結局手掛かりはそのままに右足を掛けて、一度ぶら下ってから、状態をブロックして上の手掛かりにかけることに成功した。つまり、その手掛かりに手を掛けるまでが出来れば課題を完了することになる。

そこまでで難しいのは、左手の指を掛ける手掛かりで、上手く左足で庇の下の出っ張りなどを使わなければ手掛かりを固められないかもしれない。それほど困難ではないが最初から繋げて来ると可也厳しいところとなる。しかしここまで行けば時間の問題だ。この時期残念ながら蚊の襲来が厳しいので線香を燃やすぐらいのことを考えなければいけない。

一晩明けて体が強張っているので走った。沢沿いを奥まで走った。途中、樵作業で通行禁止になっていたが気配を感じないので更に突き進んだ。折り返し点で12分しかし歩数が2087歩と13分に近いことを感じた。復路は結構頑張ったのだが、25分4067歩と、歩数こそ往路よりも少なかったが往路の遅さが影響していたようだ。走り始めのスローテムポは意識してのものであるから仕方が無い。

走りながら考えていたのは、クロスとオープンが丁度逆になっていると感じたからだ。つまり壁に正面向くのはいつもはオープンとなるが、よく考えてみれば二本足で立っている場合と足を肩まで上げている場合では逆になってということだ。これをもう少し足を軸に考えてみると二本足に素直に立つときと、肩まで上げた足にぶら下る場合は、その足先の向きにも拠るが全く異なっていて、オープンという場合はその足先が向く方に肩が入るという事になるのだろう。するとここで重要なのは腰から内側に捻ることでクロスとなり、肩が壁に向いて視線が上を睨む体勢を作るときにクローズとなるのである。こうしたからだの捻りはとても大事なものなのだ。



参照:
こま戻しのようにこつこつと 2014-09-08 | アウトドーア・環境
保湿状態などで変わる出来 2014-09-10 | 暦
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通にしか分らない質と価格

2014-09-16 | 試飲百景
グランクリュ試飲会の週末を無事終えた。昨年度より体調は良かった。日曜日の帰宅後にまた半分以上「フリューリングスオエレッツヘン」を開けれたのでそれが証明されている。但し歯にだけは堪えた。第二日目のヴァッヘンハイムでの試飲会を纏めておこう。

つまらないワインは飲まないことにして、オルツリースリングから始めた。先日開けたばかりのヴァッヘンハイマーからである。自宅での第一印象は新鮮味が落ちたかなと思ったが、こうして飲めばとても活き活きとしていて、前日のシェーンレーバー醸造所の大人しいワインとは大分異なる。バランスが重いなどと評価するのは知らないのだ。こうしたワインが天然酵母百パーセントの自然発酵で出来ていること自体が奇蹟である。からくりは分っているから驚きはしないが。

三つのオルツリースリングを比較する。最も魅力が無いのはルッパーツベルクであり、最も酸が弱い分、誰にでも薦められるリースリングである。反面リースリング通には物足りないのは、格落ちさえ予想されている現時点ではグランクリュ扱いとなっているライタープファットに代表される土壌感である。なるほど殆ど赤土の泥のようなそれは強烈な個性としてリースリングに表れるが、テロワー表出における土壌の差異を示すことの使命を終えた今日のグローセスゲヴェックスにおいては、その個性が厳しく吟味されることになる。それは好みと言う嗜好でもあるかもしれないが、リースリングにおける土壌の反映となると次のような考察が必要となる。

つまり、土壌の主組成である雑食砂岩の土壌感としてこうした粘土質のそれが適当であるかだ。嘗てのプファルのワインとして印象付けられた果実風味は全くその土壌感とはかけ離れる訳で、リースリングの土壌としてのスレートや石灰などに比べて峻厳な雑食砂岩感はここからは求めようも無いからである。その意味からすれば、ガイスボェールよりもライタープファットの方が価値が低いのは致し方ない。

もう一つのフォルストのそれは徐々に良くなってきていて、フォン・ブールのそれが培養酵母臭いのとは異なり、綺麗に土壌感が出てくるようになってきている。その価格差が5ユーロほどでしかないので可也お得なリースリングとなっている。

さて地所ごとのリースリングつまりプリュミエクリュでは、最後の十本に手をつけてしまったのでここでは幻となってしまい、ルッパーツベルクからホーヘブルク、ヴァッヘンハイムからゴルトベッヒャエル、レッヒベッヒャル、ボェーリックの計四種類のみの試飲となる。それに長期醸造のアルテンブルク2012年が並ぶ。

最初のものはルッパーツベルク風であるのは当然であるとして、ヴァッヘンハイムの隣り合う三種類の差異は、なんらの手を加えられない葡萄の差異としてとても興味深いもので、その区画を歩き回ってもなかなかその差異の理由付けなどは見つからないものに違いない。

お待ちかねのグローセスゲヴェックスの御披露目である。ここでの予約してあるペッヒシュタインは売り切れ、カルクオーフェンも売り切れ、イエズイーテンガルテンは十年休止、キルヘンシュトュックは来年までと刃毀れ状態である。私が二本ペッヒシュタインを予約したのは、一本は試飲に使うからだった。50ユーロの試飲である。幻のリースリングである。

それでも最初のガイスボェールの酸も悪くは無く、とてもバランスの良いホーヘンモルゲンも大人気であった。この辺りが一般受けするワインであって、普通の人は石灰が入ることの不利などは一切考えない。石灰が入っているとしてもランゲンモルゲンは昨年までのPCとはことなるGCとしての迫力を見せていた。ナムバーツーのティロル親方に尋ねると、前処理の落とし方も違うようで、なるほどこれならば昨年までは16ユーロで買えていたものが50ユーロしてもある程度は納得できるだろう。最後のウンゲホイヤーの残糖からすると一寸色気が出てきたのも事実である。

昨年の2012年、どちらかと言うと個性が弱くて開き切っていなかったそれは残しておけと言われた。恐らく、実験的な面もあって、手が込んでいたのだろう。かなり清潔感が溢れていて面白みが無かったのは事実だから、十年ほどすると可也開くのかもしれない。

古い年度からは2007年のレッヒベヒェル、恐らく自宅でも飲んでいるだろうが、大分黄色くなっていた。2010年のゲリュンペルのマグナムも可也色が付いていて文句をつけたぐらいだ。石灰臭さは無かったが、2010年の処理が若干悪影響している感じがある。2009年のガイスボェールはとても熟れていてよかったが酸が弱い分やや物足りない。現時点では万人が美味いと言うに違いない。2004年のペッヒシュタインドッペルマグナムは更に若返った感じで、私の普通の瓶ももしかすると若返っているかもしれない。2002年のキャラメルのライタープファートはペッヒシュタインのそれとは比較にならないのは当然である。ペッヒシュタインの甘口二種類、試さなかったと記憶する。

その後、ラインガウのブロイヤーのワインなどを試したが、これに関しては日曜日のレープホルツの試飲会と絡めて述べよう。その後食事を取りに座った席で元裁判官の夫婦と同席した - スパイヤー在であるからベルドールトの顧客でもある。椅子を取られたので最初は怒ったのだが、これまた面白い親爺だった。彼の友人の名前で地元割引が効くのだが効かなかったとかで、私の名前で割引させた。その嗜好を色々聞いてみると普通の俗受け向きだったが少し教授してあげた。「現金な」もので彼は安売りの聞くヴァッヘンハイマーにルッパーツベルクから乗り換えたのだ。また話にならないからと、フォン・ヴィンニゲン醸造所の地所を見てみろとか、酵母の使い方なども示唆しておいた。全くワインの質とかそういうことが分らないと価格の意味やお得や割高などが全く分らないのだ。

なるほど官能テストの訓練を積めば少なくとも亜硫酸臭や酵母臭の減点は出来るようになるだろうが、そのワインの将来性や瓶熟成の可能性などはそこからではわからないのである。実際に熟成させてみて呑んでみなければ質と言うものが分らないのである。専門家と言われる人でもそれが中々分らないのは、よい醸造所で買い込んで修行を積んでいないから仕方ないのである。そうしたワインを醸造していない醸造所でも分らないのだから、当然のことなのである。グラスのワインを燻らして悦にいっている姿を想像してみるがよい。如何に馬鹿げた痴態であるかがこれで分るだろう。

イタリア人の親方と、先日行ったフランケンの岸壁などについて話した。石灰であるから彼にとってはドロミテとの比較になるだろうが、スポーツクライミングとしてのその程度に感動していた。一段落付いたら今年は彼ともう少し一緒に登れそうだ。勿論内部情報も楽しみだ。



参照:
雨のナーヘの谷を回遊 2014-09-14 | 試飲百景
'12年グローセゲヴェックセ? 2013-09-11 | 試飲百景
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記録破りの記録作り

2014-09-15 | アウトドーア・環境
FAZも香川の活躍を大きく取り上げている。なぜここまで話題性があるのかは分らないが、ドイツのサッカーのシステムによく合うことだけは間違い無さそうだ。そのシステムの中でロールプレーを行うのは日本人の特性によく合っていて、また特段器用だとなるとこれほど有難い事はない。昨日も同席した元行政裁判長と話していたら香川の話になった。マンチェスターから戻ってきて以前以上に活躍できるのかどうか目が離せない。

アルコール疲れが厭なので、一っ走りして汗を掻いたら、なんと71.8KGになっていた。現時点での記録である。十代には60KG台だったことは覚えているが、何時から70KGを優に超えるようになってしまったのだろうか?思い出せない。当時ボールダーに試みるようになって、二輪車に乗ったりする頃には既に超過しており、その前の時期には69KGぐらいのときがあったように覚えている。

いづれにしても、現在の今よりも登れていなかったことは確かであり、走る方はどの程度だったかが思い出せないだけだ。六甲山の頂上932Mまでを時々往復していたが、標高差は800Mぐらいだったろうか。登りの90分が課題だったと思うから、現在の450M30分の課題とあまり変わらないかもしれない。

それでも今朝、前回途中まで調子がよかった峠登りに挑戦すると、同じ場所の経過地点で12分1990歩となんと2000歩を割っていた。つまりピッチが伸びて、前回と同じ12分でもその前半であることが分った。こうなれば挑戦するしかない。

最後のカーヴを過ぎてから心持ペースが落ちたかもしれないが、最後にはダッシュするなどとてもよい感じで初めて20分を切り19分3099歩で峠に達した。今まで何度も何度も20分を掠めたのだが越えることは出来なかった大きな壁だった。なぜここで超えることが出来たかは、走る技術に拠る所が多く、体調も体重に表れているように身体が絞られてきている影響が大きいように思われる。決して心肺系が鍛えられたとは感じさせ無いのがよい。このような感じならば再度繰り返せるような気もする。それほど走りがスムーズだったからである。

降りてきて34分5440歩は悪い。降りの方は登りと反対に限界を感じるようになってきている。これ以上早く走ろうと思えば身体がばらばらになりそうで、到底現在の体力では難しい。彼此四年以上苦労して走っているが、一向に良くならないのだ。なるほど体幹は確りしてきているのかもしれないが、加速はとても辛いのである。

昔山登りなどと称して歩き始めたときに降りが登りよりも厳しいとかあったが、その感覚が今の走りにもあるようで、まさかこのようなことになるとは思ってもいなかった。リュックサックを担いでも最近はアルプスでもだれよりも早く降りれるようになってきてはいるのだが、走りは中々そうはいかない。

同じ峠登りで20分を再三切るようになって、山登り課題で30分を切るようなことになったときに、本格的に降りの走りを研究してみよう。想像するにとんでもない体幹の鍛え上げが必要で、クライミングにおいても最終的には必要になってくるものに違いない。ここでアルペンスキーをもう一度試してみたいと思うのもそうした理由があるからで、綺麗にカーヴィンを効かして深雪を滑り抜くにはこれが欠かせないと思うからだ。

しかしこうした鍛え方をしながら体重が減少するなどと言うことがあるのだろうか。とても不思議に感じる今日此の頃である。



参照:
雑食砂岩で新しい靴を試す 2012-05-14 | アウトドーア・環境
とてもちぐはぐな一週間 2012-05-19 | 生活
徐々に備えるように鍛える 2012-06-09 | 雑感
せっせっと我慢の毎日 2013-09-02 | アウトドーア・環境
福一バイパス放水の影響 2014-05-17 | アウトドーア・環境
葡萄のないワイン登路 2014-09-11 | アウトドーア・環境
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