Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2017年3月

2017-03-31 | Weblog-Index


アンドロイドのルートを再開 2017-03-31 | テクニック
ペトレンコにおける演奏実践環境 2017-03-30 | 文化一般
爪先で荷重可能な喜び 2017-03-29 | アウトドーア・環境
ハフナー交響曲を想う 2017-03-28 | 音
夏時間最初の七時間 2017-03-27 | アウトドーア・環境
まずまずの成果だろうか 2017-03-26 | 生活
とても豊かな気持ちの清貧 2017-03-25 | 暦
ALPINA仕様のランニング靴 2017-03-24 | アウトドーア・環境
時間が無くて焦る日々 2017-03-23 | 生活
待望のランニングシューズ 2017-03-22 | アウトドーア・環境
お得なバーデン・バーデン 2017-03-21 | 生活
ロールオーヴァーべートヴェン 2017-03-20 | 雑感
否応なしの動機付け 2017-03-19 | 生活
ヴィスコースジェルの座布団 2017-03-18 | テクニック
ボールダーリング事始め 2017-03-17 | アウトドーア・環境
日本人妻たち対慰安婦たち 2017-03-16 | 女
多重国籍の奨めと被選挙権 2017-03-15 | 歴史・時事
核廃棄物最終処分の戯けた法制化 2017-03-14 | アウトドーア・環境
ラズベリーのアップグレード 2017-03-13 | テクニック
秘められた恋の温もり 2017-03-12 | 女
獅子唐と梅干しでゴロゴロ 2017-03-11 | 生活
取り付く島もない女性の様 2017-03-10 | ワイン
悦に入る趣味の良さ 2017-03-09 | ワイン
気が付かないスイスの揺れ 2017-03-08 | 雑感
原因と結果の科学的な認識 2017-03-07 | 雑感
日曜は一寸した祝祭気分 2017-03-06 | 暦
まろみが嬉しい自然な呼吸 2017-03-05 | 試飲百景
モティ―フという動機づけ 2017-03-04 | 音
移り変わりの激しい日々 2017-03-03 | 雑感
海原にそよぐ潮風のよう 2017-03-02 | ワイン
トレイルランニング準備 2017-03-01 | アウトドーア・環境
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アンドロイドのルートを再開

2017-03-31 | テクニック
タブレットを再びルート化した。アンドロイドのキットカット4.4.1から4.4.2にアップデートすると苦労してルート化したものが戻ってしまっていたのである。ルート化で出来ることは分かっているので、それほど必要ではなかったが使い慣れたアプリケーションの幾つかは使えなく若しくは使い難くなっていた。床に入ってから、アップデートの確認ついでに更なるルート化を調べるとあまりに簡単にできるようなことが書いてあった。KingoRootと称するルートを開くアプリケーションで、眠気眼で始めてしまった。居眠りして目が覚めて、何度か試していると簡単に開いてしまった。

最初にルートを開いた時は、シナのRoot大師と称するものを使ったのだが、使い初めて二ヶ月ほどだったので暇な午後に汗を掻きながら悪戦苦闘したのだった。何よりもそのまま文鎮つまりなにも使えない箱になってしまうという話もあって、またブートの同時押しの方法なども知らなかったものだから、必死に調べながらの神経戦だった。一時はもう使えないと思った時もある。そのような経験をしているものだから半分居眠りをしながら始めてしまって、ソフトのお陰で大事に至らずに二度ほどブーストアップするだけで開いたのには驚いた。

いざ無事開いてみると、使い難くなっていたアプリケーションが再び使い易くなるとか、大小の利点は間違いなくある ― 現時点では若干動作が不安定になっている。要するに携帯電話でもタブレットでもその機器をとことん使いこなすことに繋がる。その代わりメーカーが保証していることが全て無くなるということだ。だから居眠りしながらやるものではないのだろうが、再び開いてしまったのである。

このレノボのヨガタブレットももう少し動いてくれたら丸三年となり万々歳である。特徴の強力充電池は未だに弱みを見せない。重い乍らこれは天晴で、次機の選択での大きな要件になりそうだ。ドルビーの音質も悪くはない。WLANの反応も良いので使い易い。

壁掛け時計の夏時間切り替えは上手くいかなかった。初めてのことである。仕方が無いのでリセットした。直ぐに電波を受けて正しい時刻になった。夏時間が戻るときには問題なく戻って欲しい。

スピードコースを走りに行ったが、時計を忘れていた。体調もあまり良くないので、また動機つけも薄いのでゆっくりと駆け上がった。森の中の足場の悪いところもグリップが効いて助かる。加速も出来たりするので、下りも楽しく速く走れた。頭の中には悲愴交響曲の強制のマーチが鳴り響き、息が正しいリズムを刻んでいた。記録の可能性は遠からずあるのではないか。足元が引き締まって、硬い林道も、とても走りやすい。



参照:
ルート化の月謝代は如何に? 2014-09-06 | テクニック
比較的良いヨガの初印象 2014-08-13 | テクニック
21世紀に生きている実感 2016-01-10 | 文化一般
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ペトレンコにおける演奏実践環境

2017-03-30 | 文化一般
承前)ベルリナーフィルハーモニカ―のデジタルコンサートホールのティケットを初めて購入した。なによりも前回お試しした時に生で再生不可だったミュンヘンの座付き管弦楽団の演奏会中継後半の録画は無くなっていてがっくりした。仕方がない。とは言ってもアンコールの「マイスタージンガー」序曲だけのことで、あとは音声や動画など全て手元に保存してある。またどこかで欠けているものも出るだろう。

Strauss: Sinfonia domestica / Petrenko · Bayerisches Staatsorchester


今回の主目的は先週生放送された「ハフナー」と「悲愴」の交響曲がジョン・アダムスの作品を挟む構造のプログラムである。ラディオと同じく録音技術的な傷はあるが、充分に使える音質でラディオよりも明晰である。ドイチュラントラディオは昔からRIASのものと比べて明晰さを犠牲にした音質で流していたのが今もなぜか傾向が変わらない。それもこれもマイクロフォンは同じ筈だが各々が別のミキシングをしているのだろう。

動画では悲愴交響曲の運弓などが確認できて助かるのだが、まだもう少しその辺りを纏めてみたい ― しかしその回答はインタヴューに奇しくも用意されている。ハフナー交響曲に関しては既に書いたが、キリル・ペトレンコのインタヴューでそれらが裏打ちされた感じになる。要するに、ハイドンに関しては言及していないが、ヴィーナークラシックにおける古楽器などのサウンド志向に対して、モーツァルトの場合はオペラをオリエンテーリングしながらアプローチすることで本質に迫ることが出来るということだ。同時にビーダーマイヤー的な快い響きに対して、もう少し刺激的な同時代的な感覚が折衷されるということだろう。コン・スプリトーソの展開部の短調へのその前の休止が、ラディオ放送とは違って、はっとさせないのはそこに視覚があるからだが、まさしく天才アマデウスの本質はピアノ協奏曲に表れるような歌劇におけるようなそうした心理の音楽構造となる。それを如何に交響曲として、その構造として明らかにするかということである。

このインタヴューにおいて興味深いのは楽員とのムジツィーレンとその演奏実践との関係への問いかけがフィルハーモニカ―からなされたことであろう。これはまさしく時間を掛けないと解決しない問題であり、ペトレンコがミュンヘンで実現していることが客演のベルリンでは出来ていないという当事者からの認証ともなる。特にフィルハーモニカ―の場合は、発し発しとそれでもクールに合奏することをカラヤン時代から旨としてきたことから未だに抜け切れておらず、これが次期監督に期待して、脱皮する可能性が希求されている点である ― そもそもサイモン・ラトル指揮の弱点と見做されているのは、ライヴにおけるムジツィーレンの現象への懐疑であって、ペトレンコがそれを埋め合わせることが期待されたのだ。歴史的にはフルトヴェングラー時代のフィルハーモニカ―はその点で全く違った訳で、現在特に弦などは楽員が高齢化しているようなので、新監督が二三年も仕事をすれば大分変わるのではなかろうか?

そこでは指揮者の職人的技術を超える話しとなっているのだが ― パブリックコミュニケーションが苦手とされる新監督は、話し出すとどうも止まらないような感じで、寧ろ自らかん口令を布いているとしか思われない ―、新聞はその職人的技量を他の指揮者と比較している。先ず同世代の指揮者の中で、キリル・ペトレンコはウラディミール・ユロスキーとその指揮技術の経済性と明晰さで双璧とされる ― 名前は聞いているが、そもそも指揮者など全く興味が無いことなので、正直だからどうだということになる。そして、アンドリウス・ネルソンズ、ヤニック・ネゼ・セガンやクリスティアン・イェルヴィなどのような無駄が無く、テューガン・ソキエフのように焦点が定まらぬことも無く、しかしながらテオドール・クレトツィスのように、表面的な無造作な音響に賭けるということはしないとされる。

インタヴューで本人も、指揮者の職人的な技量そして楽員のそれを日々問いかけながら仕事をしているというのは、既に周知であるようにその客演の状況によって ― つまり管弦楽団の技量や質、その演奏する環境によって、制約の中で狙いを定めていることがここでも語られている。演奏実践の難しくも面白いところは創作の抽象的な解釈や再現だけでなくて、芝居でも同じだがコンサートもある種の劇場の壁を超えた劇場空間のそうした固有の環境に存在するということであり、はからずもキリル・ペトレンコは創作事情をして、歴史的社会的なコンテクストの中でのそれを理解することとしている。まさしくこれは、創作における環境から影響を受けたインプットと、それが演奏実践されることでのアウトプットにおける環境への影響ということが出来るであろう。(続く

Mozart: Symphony No. 35 “Haffner” / Petrenko · Berliner Philharmoniker


参照:
Interview Kirill Petrenko im Gespräch mit Olaf Maninger (Digital Concert Hall)
デジタル演奏会の品定め 2016-09-21 | マスメディア批評
陰謀論を憚らない人々 2016-03-29 | 暦
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爪先で荷重可能な喜び

2017-03-29 | アウトドーア・環境
気温が摂氏20度近くになった。アーモンドが咲き乱れるワイン街道は、折からのバイパス拡張工事で昔のような交通量になっていて、騒がしい。そのうち慣れない大型車が立ち往生して軒先を壊す事故が起こるだろう。早く再び静かになって欲しい、空気が悪い、環境が悪い。

時間を掛けてそこを通ってボルダーに向かった。暖かいので今年になってから試していない庇の下の課題に向かった。今年になって誰もやっていないようで、チョークの痕が全くなくなっていた。暫く挑戦したが肩が痛むので適当に断念した。

そうなればその近くにある課題を試みる。これは庇の腕力系と異なり壁登攀系なので全く異なる。難易度も高くはないが、はめ込まれていた石が剥がれてからはもう一つしっくりいっていない。幸いにも靴を履いていても暫くは痛まなくなっていて、爪先荷重がまだできる、そこで試してみた。

以前苦労していた右手の手掛かりをとるときのバランスが、左の足先を斜めに押し付けるようにすると重心が外に逃げずに上手く手掛かりを変えることが出来た。そこで、左手を上の頭の首元に置き変えて、左足を上げて小さな石の突起に擦りつける。上手く左手の摩擦が効いたが、右手の子頭の上の手掛かりが安定しない。そこで思わず、左足をボルダーの肩へと上げてしまった。そのまま右手を探ってさらに上部の手掛かりに掛けて終了。

これでは如何にも正しく登ったことにならないので、登り直そうと思った。同じ課題を繰り返すのは特に小さな靴で爪先が痛んで厳しいのだが、それが出来るようになった。今度は左足を上げることなく、右手の頭の上の手掛かりを安定させてから、左足に荷重しながら、上部の足場に右足を掛けて、更に最上部の手掛かりを掴んだ。完璧だった。技術よりも繰り返せたことが何よりも嬉しい。流石に足が痛んだ。終了。

前日晩のボールダリングの疲れがあった。遅くなったが走りに出かける。新しい靴で初めて沢沿い往復である。動機つけは充分である。あまり傾斜の強くないコースであるから通常のランニングに近くなる。疲れが残っているが森の陽射しの中を駆け抜ける。スピード感はある。テムポを保っている。しかしピッチが伸びない。それでも往路10分45秒で自己記録の39秒に迫っていた。但しそのあとの折り返しが遅く、スピードが乗るまでに時間が掛かって、それでも往復23分24秒で昨年11月並みに戻った。

平地でも石が出ているところなどは新しい靴で走りやすい。そして何よりも爪先からの返しの感じが強く蹴れるようで、スピードランニングの可能性もこの靴で出てきた。問題はそこまで蹴れるだけの跳躍力に欠けることのようで、こうした靴でトレーニングすることで跳躍力も付いてくるだろうか?改めて、この靴は本格的なトレイルランニングシューズだと再認識した。今度この靴でスピードコースを走ろう、どうなるだろう。



参照:
「天才ソコロフ」の響き 2016-11-17 | 音
二度と繰り返せない制覇と達成 2014-11-17 | アウトドーア・環境
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ハフナー交響曲を想う

2017-03-28 | 
目覚ましはいつの間にか夏時間に変更されていた。しかし比較的新しい壁時計はまだ冬時間の儘だ。いつになったら変わるのだろう?電波が上手く届いていないのだろう。もう一日変わらなかったら、取り外してバルコンに持ち出してやろうか。

先週のベルリンからの放送録音を聞いた。次期音楽監督キリル・ペトレンコが五年ぶりにフィルハーモニカ―を振る演奏会の二日目である。第一印象は、交響楽団が編成を切り詰めて大ホールで演奏する、牛刀割鶏の如くの問題の多いモーツァルトのハフナー交響曲が殊の外上手くいっていたことだ ― 前日は楽員の緊張のため大分ホルンなどに乱れがあったということである。

第一楽章アレグロコンスプリトーソでのファゴットとフルートと弦の上昇音型のバランスなども見事であり、また主題がニ短調へと、展開への八分音の休止が一息置かれて大きな効果を上げていた。新聞評などはこうしたことを含めて可成り視覚的と言及するが、こうした近代的な管弦楽でモーツァルトを演奏する場合、結局譜面の深読みしかないのではなかろうか?

なるほどカール・ベーム指揮ベルリナーフィハーモニカ―の録音はそうした演奏形態での歴史的な頂点であったろうが、自らモーツァルト指揮者では無いと自認するキリル・ペトレンコ指揮でモーツァルトの交響曲形態があからさまにされることは喜びである。アーノンクール指揮などの演奏を楽譜を前に聴くとその演奏の出来に失望しないまでも、天才作曲家の交響曲としての価値の再認識までには至らない。その意味からもメヌエット楽章トリオでのクレッシェンド指示の弾かせ方も中庸なものとして、明らかに表現すべき主体がそこに如実に表れていると感じられる ― 正しくそこがサウンド的なものだけではなくて、古楽器演奏でも如何にアマデウスの創作意思に迫れるかということでしかない。

コーミシェオパーにおいての連続上演でも批判もあり、ミュンヘンでただ一つ大成功となっていないモーツァルトのオペラセーリア「ティートスの寛容」の演奏実践であるが、敢えてここで選曲されたのも、既に分かっている2019年夏のザルツブルクデビューやルツェルンへの客演を先行したものだというのは理解できる ― するとバーデンバーデンと同様に2018年はまだ客演指揮者が振るということである。サイモン・ラトルにおけるハイドンの交響曲までの意味は持たないとしても、モーツァルトの交響曲が、少なくとも選りすぐりの交響曲が次期監督の指揮で演奏されて、現代のモーツァルト演奏実践を代表することになるともいえよう。するとミュンヘンでもモーツァルトのオペラ公演が2020年までに取り上げられる可能性も高い。

二曲目のアダムスの曲に関しては、なぜ現監督サイモン・ラトルがこの作曲家を取り上げることにしたのかは一向に分からないと改めて思わせた。なるほどラトルは武満作品を頻繁に取り上げていて、それと比較してということになるのだろう。指揮者の選曲としてはまあまあ聞かせどころを用意したということでもあろうか。客演指揮者としてのレパートリーとしてはまずまずだろう。

お待ちかねの悲愴交響曲に関しては、新聞評などでは ― 恐らく初日のものが多いのだろうが ―、予想通り充分にフィルハーモニカ―が演奏出来ていないことが指摘されていて、放送のものはそれよりはよくはなっているのだろうが、まだまだミュンヘンの座付きのようには上手くいっていないのは明らかだ。それ故ではないだろうが、ミュンヘンから座付きのソロオーボイストのグヴァンゼルダチェがエキストラとして入っており、アカデミーの助っ人は完全締め出されたと書かれている。それだけでなく、通常は練習会場に楽員は入れるのだが、特別の身分証明書を出してそれが無いと入室も出来ないようにしてあったと書いてある。

座付き管弦楽団ではないので、そもそもの目標とされる程度が全く異なるのは当然としても、最初からとても高い実践が求められていればこそ、ミュンヘンで行ったようにまたバイロイトでもあったように本格的に要求に応えられるようになるには何回もの演奏会が繰り返されなければならないのは周知の事実である。少なくとも今回のプログラムで、バーデン・バーデンではもっと上手くいくようにと期待したいところは幾つも散見されるのである。(続く



参照:
時間が無くて焦る日々 2017-03-23 | 生活
否応なしの動機付け 2017-03-19 | 生活
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夏時間最初の七時間

2017-03-27 | アウトドーア・環境
下りを楽しみ過ぎた。新しい靴で山道を下り走るのはとても楽しい。流石にアルプスでも走れる靴だから、通常のハイキング道では快適だ。爪先が当たって痛むこともない、小石や枝なども苦にならない。本格的なトレイルランニングシューズである。今まで履いていた旧モデルとは雲泥の差がある。それで頂上から下りて来て56分15秒だった。上りも35分35秒で両方とももう少し記録を狙っていたら完全自己新記録樹立になるところだった。少なくとも下りを30秒短縮するのは可能だった。

しかし、頂上に辿りついたとき吐きそうになった。あまりに負荷を掛け過ぎたのだろう。脈拍は軽く180を超えていたと思う。帰宅後シャワーを浴びてコーヒーを飲むと急に胸に応えた。神経がまだ落ち着いていなかったようだ。これはいけない。

最初からとても足取りが軽く、爪先が靴のバネで上手く荷重できるので攻めるのが楽しい。どんどんとスピードは落ちて行ったようだが、頂上までテムポを保つように心がけた。それどころか下りもそのテムポを意識したので、無理な加速をしなかった。歩幅で負荷を調整しようと思ってもそれ以上に蹴りが効くので、推進力が維持される。凄い靴だ。101ユーロはとんでも価格だった。

夏時間が始まった。無線時計が上手く変更になっていない。二つの時計がそうだから電波が届いていないようだ。冬時間最後の夜は九時前に床に入った。前夜の寝不足が効いて、朝七時ごろまでぐっすりと寝た。八時間以上は意識が無かった。

この二日ばかり寝不足ゆえか歯茎の調子が悪かったのだが、走ってきて昼過ぎに行者大蒜のジェノヴェーゼのスパゲティーを食して、前日の残りのポイヤックの古酒を飲むと調子が良くなった。やはりこれも循環器系の調子のようだ。



参照:
出遅れた朝の記録 2016-11-27 | アウトドーア・環境
ALPINA仕様のランニング靴 2017-03-24 | アウトドーア・環境
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まずまずの成果だろうか

2017-03-26 | 生活
今秋日本公演のあるオペラ「タンホイザー」新制作の席が漸く確定した。正直これ程入手困難な理由が分からない。所謂ヴァークナー狂信者が多いということだろう。確かに、昨年の楽劇「マイスタージンガー」と比較をすると、パリ版とドレスデン版を取捨選択した版を使うということでの専門的な関心は高い。しかしこうした発券状況はそのようなコアな聴衆ではなくてただ単にロマンティックオペラ好きという層が多いことを示しているのではなかろうか。登場する歌手の主役のフォークト、ヴォルフラム役ゲルハーエルなどへの期待などもあるのだろうか?個人的にはヘルマン役のツェッペンフェルトが楽しみだ。

今回も初日のラディオ生中継が楽しみで断念したが、初日なら最前列などの可成り条件の良い席が入手可能だった。文字通り若干プリミエ割高となっていることと、中には同じように放送が楽しみの人もいるのだろうか?今まで入場券の入手に苦労したのは、カール・ベーム指揮ヴィーナーフィルハーモニカ―日本公演とアバド、クライバー指揮のミラノスカラ座の割引券の入手ぐらいで、それに匹敵するような困難があるとは思ってもみなかった。同じ出し物の三回ある日本公演はとても高額なのだろうが金さえ出せば買えるのではないのだろうか?それに比較しても、なるほど初日シリーズ五回とオペラフェストは豪華キャストなのだが、高額席の240ユーロまでが一瞬にして完売してしまうのはやはり本場というしかない。バーデンバーデン辺りではありえない。

ミュンヘンの劇場のネットによる発券システムもこちらも経験を重ねてノウハウが貯まって来たが、正直その需要過多には驚いた。なるほど常連さんが簡単に購入する席などが入手困難なのはよく分かるのだが、こうした完売状況を見ると凄い。なるほど高額の席でも特別に良い席ならばとは思ってもこれだけ競争が激しいとなかなか入手が難しいということである。

という事情で、いつものように立見席をなんとか獲得した。何時もの配券とは違うので今まで立ったことのない場所であるが、舞台への視覚は良さそうである。音響に関しては、ラディオ放送もあり充分に情報を取捨選択可能なのであまり問題ではない。またネット放送も7月にあり、都合三回以上あらゆる角度から楽しめることになる。券代21ユーロ、駐車料金の方が高くつきそうであるが、交通費、プログラムなどを入れて120ユーロの観劇トリップならまずまずではなかろうか。



参照:
お得なバーデン・バーデン 2017-03-21 | 生活
バイロイト音楽祭ネット予約 2017-02-14 | 雑感
バイロイトの名歌手たち? 2016-03-11 | 音
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とても豊かな気持ちの清貧

2017-03-25 | 
この時期は天候が悪くなると緩怠感が起こる。陽射しが無いと外気温が強くても肌寒い。そうなると赤ワインそれもピノノワールが美味い季節だ。それでもワイン街道はアーモンド満開である。以前は赤ワインを飲むとあまりに血管が膨張したような気持がして、落ち着かなかったのだが、この冬辺りは指先の抹消血管などが詰まって来たのか冷えるように感じた。そのために室内履きも一昨年辺りは指を出したサンダルを冬でも履いていたのだが、この冬は通常のスリッパに靴下までを履いている。冬山でも手の指が凍りそうになった。慢性的なものか一時的な健康状態なのかは分からない。少なくとも厳冬期でも半袖を着たり、ショーツで走ったりすることが出来るので通常の人よりは暑がりなのだが、抹消に関してはどうも違うようだ。

そのようなことでピノノワールを開けることが増えているが、同時にリースリングが飲み頃になるまで寝かさないといけないとなると、ピノノワールと比較して全く早飲みではなくなってきている。先日はクリストマン醸造所で購入したこの赤ワインのギメルディンゲン2014年を開けた。同時に購入した裾ものと比較すると、流石に高級感がある。何よりもテロワーを感じる。それもリースリングと同じような酸とその土壌を感じる。大した土壌ではないのだが、嘗てはカペレンベルクなどからのSCと呼ばれていた時よりもその個性は綺麗に出ている。なるほど色も薄めで、21ユーロならばフランスものでもあるが、質は決して悪くないと思う。なによりも雑食砂岩主体の地所というのがいい。

以前は冬に入る前の秋の寒さが堪えた。体が慣れていないからだろうが、ここ数年は記録的に暖かい秋などが続いていて、知らないうちに暖房が入っているような生活になっている。個人的には籠もり部屋に冬篭りするようになってから、暖房をあまり入れなくなった。昨日は車中のラディオで夏時間の弊害などが毎度のように話題になっていた。知らぬうちにこの週末に迫っている。四月末かと思っていたが、20日が春分だったのでそのあとの今月末となる。光熱費を節約するというのも狙いのようだが、放送では朝早く暖房を入れれば夜の電気使用が相殺されるというような話になっていた。それからすると、嘗ては復活祭以降でも暖房を入れていたことを思い出す。それどころか夏でも暖房を完全に切っていなかったぐらいだ。

それが今はどうだろう。三月になってからは必要な時だけ洗濯物の近くで暖房を入れる位で基本的には全切になっている。なるほど手足が時々冷える筈だ。しかし嘗てのように暖房の調子が悪くて寒くてもなかなか温まりなかったり、必要のない時でも直ぐに温まらなくなるのでいつもお湯を流していた時よりもとても豊かな気持ちで安心である。



参照:
まろみが嬉しい自然な呼吸 2017-03-05 | 試飲百景
旅行負担の総決算 2017-02-12 | 雑感
腰痛日誌五日目、柔軟 2017-01-11 | 生活
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ALPINA仕様のランニング靴

2017-03-24 | アウトドーア・環境
いきなり出た!新シューズで30分34秒で自己記録32秒と殆んどタイ記録である。そして峠上りはどうも新記録で18分40秒のようだ。今年に入ってから20分超えだったが、昨年秋のゴールドラッシュでも一度しか出せていなかった18分台である。そして下りて来て驚いた。上りで20分割り、下りて来て今年に入ってからの壁35分を割ることは予想していたが、ここまで伸びているのは想定外だった。

入念に準備体操をする。足入れなども異なるが、何よりも紐の締まり方が違う。包まれる感じなので結構強く締めた。靴の性能を見るためだ。そのためか走り出して暫くして下からの突き上げを感じるようになった。それでも痛い訳ではない。そしてなによりも走り出しと同時に高下駄効果を確認した。高みからピッチが伸びる感じて歩幅が伸びて早く移動している感じである。これならばと思い攻めるが、反発力で楽に走れている訳でもない、そして足元の感じは可成り跳ね返りがあって、爪先走りであると、その分揺らされる感じがある。それでもしっかりと上から加重出来ている。想像していたのはもう少しクッション効果で沈むと思っていたが異なり、少なくとも爪先走りではしっかりと足元を定めていかないといけない。その分蹴りは問題なく効いている。

そのような感じで加速感はなく、結構苦しい思いをしたが攻める走りとなった。折角の新しい靴であるから充分に使い込みたいという気持ちも強く、動機づけとなる。上り最後の直線となって、なんとしても20分を割りたいと思ったので、ここで加速しようとするが思うようにならなかった。そして下り入っても結構苦しくスピードに乗らない。その分、足元の感じを確認しながら走る。流石に下りになると硬めの靴が気持ちよいが、それでも思っていたようなクッションを感じない。寧ろ左右の安定と蹴りが入りやすい感じで、攻めようと感じさせるが、体が中々ついていかない。それでもある程度の速度では走れた感じがあって、実際に時速10㎞を超えて長く走れた。

懸案の窪みなどは同じような感じで左右の安定性で乗り切れ、それどころか左右への移動でも足を挫きそうにならない。想定以上である。駐車場に下りて来て息を整える。気温は摂氏8度を超えていた。最後の下りで少しばかり腰の張りを感じたが、今までの靴であったら腰を痛めて駄目だったと思った。

新しい靴は完全なメジャーチェンジだった。これを履きつけるともはや古いタイプには戻れないかもしれない。これほどの高下駄効果と左右への安定性は予想していなかった。ガシガシと悪路を乗り越えていく靴かと思ったが、実は可成り細かく足元を操作していかないといけなくて、攻める楽しみのある攻撃的な靴だと分かった。車で言えばBMWである。カラーリングからしてもALPINAだろうか?なにか久しぶりに攻撃的なBMWにも乗ってみたくなるような靴である。汗びっしょりになった。



参照:
足元からパワーアップ 2015-04-29 | アウトドーア・環境
待望のランニングシューズ 2017-03-22 | アウトドーア・環境
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
新フォームで記録に挑戦 2015-12-17 | 生活
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時間が無くて焦る日々

2017-03-23 | 生活
車中のラディオは、今週末に選挙があるとするとザールランド州では赤赤のSPDとLINKSの連立政権が生まれるとの世論調査が紹介されていた。その状況が全州に通じるかどうかというと必ずしもそうではないというのだ。ザールランド州は、ラフォンテーヌ元州知事の影響で左翼が強く、SPDが現在高評価になっていることが積み重なったものとされる。メルケル首相も二重国籍は避けるような方針を語ったことから、トルコ系だけでなくリベラル層は若干逃げているかもしれない。しかし国籍条項位でAfD支持者がCDUに戻ってくることは考えにくい。

明日はベルリンから二日目のコンサートの放送がある。ハフナーと悲愴の両交響曲をお勉強しないといけない。そして思い出したのは、バーデンバーデンでそのコンサートの翌日にはマーラーの第六交響曲があるのだった。つまり少なくとも三曲を勉強しておかないといけないのに気が付かなかった。いつものことであるが、まだまだ時間があると思っていると、八月三十一日状態にいつも陥ってしまうのである。ちょっと焦りだした。22日のコンサートが放送されないことの背景で気が付いたことがある。今回はデジタルコンサートが映画館などでも有料で放映されることで、23日は中継転送技術的にもかなり力が入っているのは確かである。副調整室の方はラディオ放送と映画館向きは異なると思われるが、同じマイクロフォンを使うのであるから、通常以上に手間をかけることになっているのだろうか。

冬タイヤの交換の日程は定めた。それまでにブレーキディスク交換とはなりそうにないので、ちびた夏タイヤで暫く走ることになる。車も古くなってきているので、金を掛けずに何処まで上手に走るかになって来た。次の車も気になるところであるが、現在の走っている車でこれといったものが無いので、近々モデルチェンジなどがあったとしても、落ち着くまで数年は掛かるので、それまでは今の車を引っ張らなければいけない。すると二十年ほど古い車に乗ることになってしまう。オールドタイマーになると中古車でもまた高く売れるかもしれない。雪道走行の後の洗車をしなかったので錆びだけを出してしまったのが惜しまれる。次に車を買ったら留意する点である。



参照:
否応なしの動機付け 2017-03-19 | 生活
復活祭音楽祭ペトレンコ登場 2016-03-19 | 雑感
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待望のランニングシューズ

2017-03-22 | アウトドーア・環境
待望のトレイルランニングシューズが届いた。早速足を入れてみた。皆が語るように踵が若干高下駄感覚だ。そして踵部と蹴り足の部分が分かれている感じがあって、ローリングシステムと呼ばれる底の形状が使い易そうだ。同時に岩場で求められる爪先の加重感覚がはっきりする。気になるのは、今までとサイズは一緒なのだが、爪先荷重がより出来るものだから、もう一つ小さければ岩登りも出来たのではないかと思うことだ。つまり、もしもう一つ下のサイズだったらどうだったろうかという懐疑である。

現在の靴で塗装道路をダッシュしてみた。全く感じが異なる。塗装道路ではスピードが簡単に出るのである。そして爪先が上手く当たる。今度のモデルMTR201IIMAXはライケル・マムートのトレイルランニングシューズとしては最もハードな感じである。しかし実測計右324G左332Gと現在使っているMTR201ProLowと同じである。つまり底を分厚くした分だけ他を軽量化していることになる。そして、なんとメードインチャイナからヴィエトナムに変わっている。これは驚いた。シナでの生産に経済面だけでなく他にも限界を感じたのだろうか?

爪先の蹴りの反発力もあり、同時に下りで山靴のように爪先に負担を掛けずに降れそうだが ― もちろんリュックサックを担いでの入山下山には都合が良いが ―、登りでの蹴りが無駄なく入るか、それは試してみなければ分からない。爪先のボックスの容量が増やされたのは間違いないので、サイズを小さめにするとそこにあたるとしても今まで以上に硬い。すると蹴りの時に無駄が出なくても抵抗が増えるような気もする。どちらかと言うと車で言えば、BMWよりもメルセデスといった感じである。

改良された細くなった締め紐の構造はとても良さそうで、今までとは違って締め上げると全体にフィット感が上がる。靴べろの素材などに改良が見られる。またいつも剥がれて来る踵の支えが剥がれ難い形状に変わっていて、更に踵が強化された素材になっている。山小屋などで暗闇で履くときは踵が入れ難くはなったが、靴の踵を踏むようなこともなくなるだろう。

沢往復は25分10秒、往路11分代で復路が頑張った筈だが伸びなかった。まだ疲れが残っていたのだろうか。スピードコースは、上りは7分台、下りて来て15分52秒とこれはまずまず。新しい靴で峠を攻めてみたい。現在の靴はサイズ42で丁度だった。さて今度はどうなるだろうか?



参照:
トレイルランニング準備 2017-03-01 | アウトドーア・環境
否応なしの動機付け 2017-03-19 | 生活
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お得なバーデン・バーデン

2017-03-21 | 生活
車中のラディオは、ハノヴァーでのCeBit開催開会の様子が流れていた。メルケル首相の話しに続いて、ゲスト国安倍首相の挨拶も流された。新聞を読むと合衆国とEUの関係はイラク侵攻時のシュレーダー首相とワシントンとの関係以上に悪いかもしれない。安倍首相は合衆国側の手先として何をしようというのだろうか?

2018年復活祭音楽祭のティケットを予約した。本当はキリル・ペトレンコ指揮のスーパーオペラを待望していたが、ミュンヘンの劇場のカーネギーホール初登場となれば仕方がない。一時はムーティー指揮「オテロ」が候補に挙がっていたとされるが、そうなるとサイモン・ラトルが結局引き受けたということになる。実際にロンドンと往復であるから、それほどこちらで時間を作る予定はなかったと思うが、2017年秋の極東旅行といい適当な代わりがいないということなのだろうか?

2018年は、「パルシファル」のサイモン・ラトル以外には指揮者としてダニエル・ハーディングとイヴァン・フィッシャーがコンサートで登場する。プログラムなどを見ると結局ラトル指揮の一夜が最も興味深く、その他は保養地向けの客演指揮者のポピュラーコンサートのような感じになっている。

「パルシファル」公演は、ピエール・ブーレーズ指揮でバイロイトで体験してからは一度も出かけていないが、いつかはペトレンコ指揮で思う存分勉強出来るものだと思っていた。正直ラトル指揮のオペラはもう十分だと考えていたのだが、「グレの歌」で素晴らしかったステファン・グールドの歌で、ディーター・ドルン演出ならば、59ユーロで買わずにはいられなかった。ペトレンコがこの舞台神聖劇を振るのは「トリスタン」などの後になると思われるので、その比較のためにもラトル指揮で体験しておくのも悪くはないだろう。いずれにしても個人的にはヴァークナーの中では、ケント・ナガノ指揮のものも含めて、最も体験回数の多い作品である。

実は密かにより期待しているのは、「ドン・ファン」、ベルク「七つの歌曲」、ラヴェル「シェーラザード」と「ペトローシュカ」のプログラムである。なぜかこのコンサートだけ入場料が5%かた高価になっている。39ユーロは安くはないが、ベルリンの本拠地よりは音響的にもお得だ。ソリストのギャラの影響でも無し、アンサムブルの大きさでもない。演奏時間が長目だろうか?後任のペトレンコでこのプログラミングはあまり考えられないので、前音楽監督の含蓄を示してくれるのではないかと大変期待しているのだ。

序に、ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートのティケットを購入した。保守的なプログラムであるが、五月のヴィーナーフィルハーモニカ―を振るブロムシュテット指揮に期待してのことだが、先ずは五月にライヴで聞いてみないと分からない。それでも放送などの動画を見ると保守的であっても、もしかするとそれ以上の体験ができるのではないかと期待している。ゲヴァントハウスの管弦楽団も昔のクルト・マズーア時代とは違って、独自の伝統を将来へと引き継ごうとする意思は、前任のリカルド・シャイーやアンドリス・ネルソンズに監督を託す姿勢にも窺い知れるので、ドレスデンの座付き管弦楽団よりも面白いのではないかと考えるようになった。兎に角、ライプチッヒまでコンサートやオペラに行くような予定はなく、近場で19ユーロで聞けるならば買わずにはいられない。フランクフルトはもとより、ミュンヘンでもベルリンでもこれほどの高品質の音響でこれだけお安くこのようなプログラムを楽しめるところはどこにもない。どうも2017年に続いて2018年も可成り良い席が極安で入手できた。

先日バーデン・バーデンで開催されたG20は、合衆国の無理強いで殆んど壊滅状態になったと言われているが、ク―アハウスを中心にして開催されて町の人は不便もあったようだが、利点もあった筈だと書かれている。観光の保養地であり、世界に名前がアナウンスされることは決して悪くはない。考えてみれば今やクーアハウスのベナツェトザールや歴史的劇場、そして祝祭劇場、容れ物は十分であり、こうした国際会議においてはアルプスの小国のザルツブルクとは異なる。フランス語も通じやすく、ロシア語も強みであろう。



参照:
高額であり得ぬ下手さ加減 2016-03-25 | 文化一般
復活祭音楽祭ペトレンコ登場 2016-03-19 | 雑感
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ロールオーヴァーべートヴェン

2017-03-20 | 雑感
チャック・ベリー死亡の記事があった。名前だけは聞いている。まだ生きているとは知らなかった。代表作の一つとされる「ロールオヴァーベートーヴェン」のヴィデオを観た。なるほどと思った。1950年代である。20世紀後半においてはベートーヴェンの音楽などは直截的な芸術的な意味などはもはやなかった。その意味では、作曲家ブーレーズが指揮した運命交響曲などの演奏よりもこのロックの方がベートーヴェンの名声への20世紀後半におけるリヴァイヴァルだったのかもしれないのである。

朝起きて、雨が降っていなかったので、山登りコースを走ろうかと思ってトイレに向かったが腰の張りに気が付いた。木曜日以降疲れが取れていないどころか可成り後遺症がある。まだまだ力が入らない。新しいシューズが届いて天気さえ良ければ、夏時間までには走る機会がある。無理する必要はないと断念した。

今年初めて行者大蒜を購入した。一束の価格は同じだったが量が手頃になった。暖かくなったからだが、更に暖かくなると量が増えすぎて味も涼しさが無くなって来る。所謂草生した感じに近くなるのだ。早速ペストを作ってスパゲティーにした。癖もそれほどではなくとても楽しめた。新鮮な感じがとても良い。御初物がこうして楽しめるのが嬉しい。

先日、リースリングを探して、フォンブール醸造所のペッヒシュタイン2011年を開けた。その前にウンゲホイヤーを昨夏に開けていた。瓶を開けた初日は分厚くて、果実風味は感じてもミネラルを感じられなかった。そしてあくる日になると全く変わっていた。バサルト土壌らしい抑えられた果実風味に代わっていて、明らかにミネラルが感じられた。そしてあの膨らんでぶくぶくした感じが可憐に変わっていて、ルーヴァ―の昔のカルトホイザ―醸造所のリースリングのように静かささえ感じられた。当時のフォンブールは試飲の時からペッヒシュタインのエレガントさはなかなかであったのだ。そして2011年の難しい年度に関わらずある程度の成果を出している。特に過熟成果実の肥大な2011年の場合ビュルクリン・ヴォルフ醸造所のものがまだまだ飲めるような熟成をしていないので驚かされるのだ。



参照:
倭人を名乗るのは替え玉か 2016-07-04 | 歴史・時事
休肝日が続く今日この頃 2011-03-08 | ワイン
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否応なしの動機付け

2017-03-19 | 生活
ボールダー二日目は十二分に厳しかった。朝峠攻めのランニングをしたのは関係ないと思うが、全く力が入らなかった。出かけに予想しない税金請求が入っていたのも意気消沈させた。その法人税は払わないでいいのもにしても、地元の共同体が試してみようと思って税金を請求するのが不愉快だった。そのような塩梅で、出かける前はきっと上手くいくと思った課題の数々が全く解決できなかった。座り込んでマットの上に寝転んでシューズを見ていると、破れを二か所、踵の支えの外れ出しを複数などを発見してしまった。そして靴底は右側の土踏まずから蹴りに掛かる外側が特に摩耗していた ― 更に左足の踵を擦っている。今まではなかったので ― 古い靴にはその傾向はない、半年以上左膝を故障させて走っていた時にバランスが崩れていたのだろうと思う。そして足首の当たるところなどのテキスタイルがすれて草臥れ解れていていて、この靴の寿命が来たことを悟った。購入したのが2015年4月末であるから少なくとも二年近くは使っている。初代のモデルからすると寿命が倍々になっている。98ユーロで購入したようだ。仕方がない新モデル101ユーロなら買いだろう。四年使えるとは思わないが、二年使えれば御の字だ。

新モデルは、山靴に近いフォームで、土踏まずが大分絞られている感じがする。そして踵が楔形に大分高くなっていて、ショックアブソーバ機能が強化されている。走りには視覚的にも感覚的にも懐疑されたようだが、実際に岩山などを走るととても良いとある。実際に、今まで靴であると林道を走って下りるときも爪先だけでなく、突起があると本格的に走るととても地面からの反発が厳しく、石などで思い切り痛い思いをする。新しいシューズで間違いなくこれでまた攻めて走るモティヴェーションが上がるだろう、楽しみだ。

そろそろ復活祭音楽祭のお勉強を仕上げないといけない。バーデンバーデンにはまだ時間があるが、来週にはベルリンで同じプログラムが演奏されてラディオ放送される。デジタルコンサートと同時放送で二日目の23日分が放送されるので、22日分は公開されない。デジタルコンサートの方は映像があってなかなかライヴでの再生が難しいので、録画を観るつもりである。よって、お勉強を一度仕上げないといけないのだ。悲愴交響曲はすでに素材を準備したが、ハフナー交響曲の方は楽譜を先ずダウンロードする。音源は手元には二種類ぐらいしかない。ドレスデンとヴィ-ンの座付き管弦楽団のものなので、古楽器楽団か何かのものをもう一つネットで探してみよう。キリル・ペトレンコ指揮の「ティートスの寛容」は全曲のヴィデオがあるので、どのようなアプローチかは想像可能である。そもそもハフナー交響曲を生で聞いた記憶が無い。もしかするとザルツブルクのマティネーで?それもムーティー指揮だろうか?



参照:
足元からパワーアップ 2015-04-29 | アウトドーア・環境
消えた踵のエラ張り 2014-01-31 | 雑感
三段論法で評価する 2017-02-28 | 文化一般
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ヴィスコースジェルの座布団

2017-03-18 | テクニック
モニターの高さに合わして椅子のクッションを購入した。二種類を発注して、最終的に最初に発注した方を購入することにして、二つ目を送り返す。二つ目を発注したのは、一つ目が椅子の大きさよりも大分小さく、太ももが外に出てしまうからだった。そこで3㎝ほど幅の広い二つ目を発注したがカヴァーの材質が写真にあったように悪く、そして中の素材が普通のウレタンだった。座ると全く弾き返されるような感じであり、カヴァーの素材と合わせてこれは夏は暑苦しいと思った。

そこで一つ目のものを比較すると、カヴァーはメッシュで空気が通りやすく、中の素材はヴィスコースジェルなのだ。初めて使う素材で知らなかった。NASAの開発とかいろいろ書いてあるが、使ってみなければ結論は出せない。特徴は、可塑性が良いのだが秒単位で元の形状に戻る形状記憶の機能があるようで、結果3Dフィッティングとなることだ。つまりそこに座るとお尻の形がそこに形作られて、立ち上がると再び瞬く間に元に戻る。

従来のウレタン系と比べると弾かれるような感じではなく包まれるようになるので、支えは良いのだが、密着性が良くなるので、空気が上手く抜けてくれるかどうかが大きな問題である。だからメッシュの生地のカヴァーになっていて、その効果を期待したい。例えばベットなどであるとある程度硬めに調整していないと寝返りが打てなくなるだろう。兎に角、座布団で試してみよう。最初に問題になった大きさは、抑え込んでしまえば太腿の形も形成されて、横にも広がる感じになるのであまり問題にならなくなった。昔の古くよれよれになった綿の座布団を椅子の上に置いているような、ちょっとだらしない感じも感じられるぐらいである。高さは9㎝あるのだが、座ると半分ぐらいの高さになるので、モニターの高さからすると丁度良い。椅子の高さ調整が壊れていてもそれぐらいの高さはこうしてこれで稼げるのである。

夏の通風感以外にも、腰痛への好影響とか、姿勢がどうなるかなどのチェックポインツは多いが、車椅子向けに開発されていることを考えると長く座っていることには問題が無いのだろう。但しトラックの運転手などは全然駄目だというのは、運転している時の姿勢の変化と車いすの走行などは違うからだろう。少なくとも姿勢を動かすとなると次に姿勢で納まるまでは抵抗があるので姿勢が自由になるクッションではない。しかし同じ姿勢を長くとっていても鬱血などがし難いという特徴があるのだろう。



参照:
トレイルランニング準備 2017-03-01 | アウトドーア・環境
フリッカーフリーの実感 2016-08-24 | テクニック
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