Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2007年01月

2007-01-31 | Weblog-Index



判定出来ない動機つけ [ 雑感 ] / 2007-01-30 TB0,COM2
雪が降る、札が降る [ 生活 ] / 2007-01-29 TB0,COM0
いいや、ト短調だよ! [ 文化一般 ] / 2007-01-28 TB0,COM0
ああ、私の愛しいお父さま [ 雑感 ] / 2007-01-27 TB1,COM3
でも、それ折らないでよ [ 文学・思想 ] / 2007-01-26 TB0,COM2
収穫後には熟さない [ 雑感 ] / 2007-01-25 TB0,COM3
雪山をナメてませんか!? [ BLOG研究 ] / 2007-01-24 TB0,COM0
我輩はめん類である [ 料理 ] / 2007-01-23 TB0,COM6
木の香りが沁み込んだ白 [ 試飲百景 ] / 2007-01-22 TB0,COM2
川下へと語り継ぐ文芸 [ 文学・思想 ] / 2007-01-21 TB0,COM4
初試飲06年リースリング [ ワイン ] / 2007-01-20 TB0,COM2
汚物形状の市民の銘菓 [ 暦 ] / 2007-01-19 TB0,COM6
即物的世俗と主観的宗教 [ 文学・思想 ] / 2007-01-18 TB0,COM0
ここにいたか、売国奴よ! [ 歴史・時事 ] / 2007-01-17 TB0,COM2
強靭で灰汁の強い宣教 [ 生活 ] / 2007-01-16 TB0,COM8
春のような真冬の週末 [ 暦 ] / 2007-01-15 TB0,COM4
統廃合される地方文化 [ 文化一般 ] / 2007-01-14 TB0,COM0
質より量の柑橘類 [ 料理 ] / 2007-01-13 TB0,COM6
フランツと名乗る大嵐 [ 暦 ] / 2007-01-12 TB0,COM4
引き出しに閉じる構造 [ 文学・思想 ] / 2007-01-11 TB0,COM3
隠れ宿の谷の平和利用 [ アウトドーア・環境 ] / 2007-01-10 TB0,COM2
2006年産は今年のワイン [ ワイン ] / 2007-01-09 TB0,COM0
ほうれん草に虫の卵 [ 暦 ] / 2007-01-08 TB1,COM8
ニタニタ顔のシナの学者 [ 数学・自然科学 ] / 2007-01-07 TB0,COM6
中世を飲食するレシピー [ マスメディア批評 ] / 2007-01-06 TB0,COM6
発熱する冬のサラダ菜 [ 料理 ] / 2007-01-05 TB0,COM6
漲るリビドー感覚 [ マスメディア批評 ] / 2007-01-04 TB0,COM5
明けぬ思惟のエロス [ 文学・思想 ] / 2007-01-01 TB0,COM2

コメント

判定出来ない動機つけ

2007-01-30 | 雑感
去る26日ハンブルクの裁判所にて、冒険家ライホルト・メスナーは勝訴した。2004年から継続していた、ナンガパルパットでの「弟ギュウンターを置き去りにした」としてその死を兄ラインホルトに帰した著書に対して、名誉毀損で著者の同登山隊仲間で友人のフォン・キーンリン氏とそれを出版した出版社を訴えたものである。

判決は、書籍「横断(超過)」の主張13箇所のなかで、メスナー自身が証拠を以って否定出来ない、流布とは認められなかった一点以外12箇所を流布と認知した。今回の裁判においては、メスナーが当時友人であったフォン・キーンリン氏に語ったとされる、ナンガパルバット横断の意志を証拠付ける1970年の日記への書き込みの信憑性が争点となった。つまり、当時の書込みであれば十分に信用出来る証拠として、一連の著者の推測の根拠となったのであろうが、その手書きが当時の書き込みかどうかを判定出来なかった事により、告訴人メスナーの勝訴となった。控訴請求は現時点ではなされていない。

この事によって海抜八千メートルで起きた悲劇が解明される訳ではないが、2005年に反対側の帰路のディアミール壁の下部で発見されたギュンターの死体と、再三に渡るラインホルトの説明で、多くの 事 象 は明らかである。

つまり、どのようなエゴと功名心が、たとえ実の弟を犠牲にした行動をとらせたとしても、高山病で弱っていた弟は、兄の後を追いつつ往路に登攀したルッパール壁を下らずに未知の壁を下降した。しかし、その行動中に帰らぬ人となったのである。

事象は、今後も幾らか明らかにされるかもしれない。しかし、その極限状態での判断やパートナーを見捨てた行動の心理や動機付けの 真 実 は、永遠に謎である。それは、ラインホルト・メスナーが語るように弟の最後を確認していない本人にも判らないことであるだろう。それは行動を起こすときに、平常においても全てが一つの目的に向けられて動機付けられているとはかぎらないからである。

例えば、「弟を無事に麓へと戻す」と「自分が無事に山を下りる」の各々を、この場合後者が前者の前提であるが、動機付けにして同じ行動を導くとは限らない。反対に弟の方からすれば、「無事に生還する」ことが「兄の野心溢れる行動を阻止する」ことと同義では無いのは明らかである。そこで、「弟のために可能な下降路を選択する」と「可能ならば横断してみる」が決して区別されて判断される訳ではないだろう。「仲間の救助を期待しない」と、もしかすると「仲間に一泡吹かせてやろう」が同じ動機つけとなっているかもしれないのである。少なくとも強い動機付けが無ければ、未知のルートを谷まで下りての生還は無かったであろう。

それらの逡巡は日常茶飯であって、その際の最終的な判断基準が必ずしも、その行動を意味づけて特長付けているとも限らないと言い代えることが可能である。むしろ、メスナー氏の述懐からすれば、「本能的に正しい」判断をしたのだろう。それがどうした心理であったかは、実のところ本人も判らないであろう。そうした真相が容易に分かるならば、そもそも文学や人文科学など必要ないのである。

上記リンクの3SAT放送VIDEOにおけるフォン・キーンリン氏へのインタヴューにて、黒澤映画の羅生門(芥川龍之介作「藪の中」)が例に挙げられているが、さて、フォン・キーンリン氏が問題の発言を日記に書き込んだ本当の動機は?
コメント (2)

雪が降る、札が降る

2007-01-29 | 生活
昨土曜日は初雪を見たが、殆ど屋根の上に乗る事も無かった。冷え込んだ去る金曜日に、近所で一千万円相当のユーロが撒かれた事は世界中に伝えられた。残念ながらカイザースラウテルンで金撒きがあるとは知らなかった。ルートヴィヒスハーフェンの民間ラジオ局が企画したキャンペーンで、視聴者に一千五百万円程度をプレゼントする企画であった。

応募資格は、「貴方はそれのために何をするか?」と言う問いかけで、視聴者がそのなかからベストのアイデアを選ぶ。「猿小屋に四日間」とか、「離婚ついでに鋸で家屋を半分に別ける」とかのナンセンスものに混じり、最後まで競ったのが「一ユーロを残して恵まれない子供に寄付をする」と「四分の三を窓からばら撒く」が残り、結局視聴者は自己の興味を反映してか後者を提案したコブレンツ近郊のトラック運転手マルコ・ヒルガートさんに賞金は渡った。

ご本人はマインツの市庁舎の窓からばら撒きたかったようだが、「前例なし」を理由に断わられて、ビュロクラシー臭さの無いカイザースラウテルン市が許可した。混乱を避けるために、5ユーロ紙幣一万二千五百枚が十回以上に別けられて、別けられた視聴者の応募者にばら撒かれた。皆、200ユーロほどを手にしてスキー休暇に当てるなどとして帰って行った。

ご本人も、大喜びで、「残りは自宅に当てる」として、「本当ならば五千ユーロでも十分だったな」、「こうして楽しむのが一番だよ」とご満悦だったようである。
コメント

いいや、ト短調だよ!

2007-01-28 | 文化一般
昨年の8月にシュヴェーリンのアルノ・ブレッカーというヒットラーの愛した彫刻家の展示会が開かれた。初日を以って大荒れだったが、改めて映像などを見ると、サロンに 綺 麗 に 展示してあって、大変違和感がある。

主催者は民主的な議論を託したとするが、既に展示の企画自体が十分でなかったようである。ナチスの芸術とは、またそれをどう扱うか?ギュンター・グラスなどは、そろそろ落ちついて公に議論出来るのではないかとするが、現実はスキャンダルを呼び興すだけである。ご自分でも経験されたところである。

特定の危険思想の芸術もしくは表明を、焚書のように焼き払うことは出来ない。しかし、そうしたものを議論のために中立を装って公に差し出すことは誤りである。それは、安物ジャーナリズムのように、行動に責任を持たないことと同義である。

企画者は、学術的資料や専門家の美学的評価のみならず、受け手から効果的な議論を引き出す努力をしなければいけない。国家社会主義リアリズムであろうとも、社会主義リアリズムであろうとも、受け手はそれを自身で判断しなければいけない。これは議論以前の問題である。民主主義精神の真髄である。

お馴染みのシュトュンツ氏が、1月25日付けFAZのフォイリトン一面に作曲家ハンツ・プフィッツナーの幻の「クラカウワー・グリュースンク 作品54」について書いている。今回その楽譜は、新聞社の主導で、金庫から取り出されて初めて陽の目を見た。 検 閲 したマインツのプフィッツナー協会副会長ラインハルト・ヴィーゼント教授の報告を記事としている。この曲は、終戦前の1944年12月2日、時のポーランドの古都クラカウ市のナチの為政者で、ニュールンベルク裁判で処刑されたハンツ・フランクに捧げられ、同地で初演されラジオ放送された。初演後、自らの王国の宮殿に赤軍が迫っている中で、フランク法学博士は:

「イ短調の葬送行進曲にすべきだったよ」と言うと、作曲家は答えた:

「いいや、ゲーエン(Gehen・行く)モル(G-moll・ト短調 )だよ」

そして、1945年1月17日に「司法無きは国家に非ず」として総統に左遷されていた、ニッチェをそして芸術を愛し、ユダヤ人を最終処理したこの生え抜きの党員は、ミュンヘンへと逃走する。しかし、一方作曲家は、その出来を理由に、非ナチ化での不利を恐れたか、ミュンヘンのオルテル出版にこの曲の門外不出を命じた。個人的な友好関係と、ワインやシャンパンをはじめ、恐らくユダヤ人から強奪した銀の入れ物などを受け取ったお礼としての友人への献呈であった。

6分ほどの二つの主題を持つファンファーレであるからして元来上等の音楽芸術ではないが、今回その全容と作曲の経緯が戦犯フランクを調べたディーター・シェンクの著書の出版を契機に明らかになり、この作曲家の重要な資料となる。その年齢からして、このモスクワ生まれのヴァイオリニストの息子は、リヒャルト・シュトラウスが座った第三帝国の音楽監督を狙っていたようだったが、ゲーリングやゲッベルスに見縊られて、その後は自ら世を拗ねた「不幸な天才」を演じたとある。

その作曲家は、1921年に代表作「ドイツ精神について」を作曲、また1917年には宿敵ブゾーニの音楽論「音響芸術の新たな美学への試案」に対抗して「未来の危険」と題して「進化無用の保守主義音楽芸術」を標榜している。作品の幾つかは、特に指揮者ブルーノ・ヴァルターによって1918年にミュンヘンで初演されたオペラ「パレストリーナ」や歌曲を含めて、現在でもレパートリーとなっている。上記彫刻家ブレッカーよりも、我々に馴染みあるだけでなく、その世代からしてその作品は決して「ナチズムの芸術」とはなっていない。そのようなノイエザッハリッヒカイトのリアリズムをあるイデオロギーへと収斂させた強靭さは、当時の第三帝国の文化・宣伝省が「役に立たない」と判断したように、この陳腐な保守的作曲家には微塵も無い。それどころか、保守派のトーマス・マンはそうした芸術活動を賞賛して、自らプフィッツナー協会の初代会長となった。「魔の山」の出版の前の事である。

そこで、シュテュンツ氏は、プフィッツナー熱狂者として知られる指揮者ティーレマンに、この曲を知らないのを承知で、今日これを演奏する考えがあるかを尋ねてみる。

「基本的にはね、いい音楽なら、私は演奏しますよ」とティーレマン。

これはなんと幸せな人であるとしながらも、「ただ良い作品とはいいながら、それだけでナチの要人を称えた作品をレパートリーにするかな」と、疑問に思うと、

「そりゃ、これを演奏するとなるとね、まあ、歴史的なコンテクストでもって、何れにせよ説明しなきゃならないわな」と答えた。

我々は、ミュンヘンで指揮活動をするこの指揮者のリヒャルト・シュトラウス解釈を知っている。そして、何を期待するか?それは、聴衆の感性と判断力に任されている。そのように、1983年のホルスト・シュタイン指揮ヴィーナー・フィルハーモニカー演奏の「ドイツ精神について」のエアーチェックを聞きながら、考えるのである。



参照:Holger R.Stunz: "Für hundert Flashen Sekt und Wein" vom 25.01.2006
コメント (2)

ああ、私の愛しいお父さま

2007-01-27 | 雑感
昨晩電話が掛かり、電話口で歌われた。その曲が何かと言う質問であった。プッチーニの三部作の一幕「ジャンニ・スキッキ」と判ったのだが、その歌詞まで覚えていないのでネットで調べる。

「O mio babbino caro」であった。何処でこれを聞いたかと尋ねると、アンドレ・リューの番組と言う。それから、続々とVIDEOが出て来て二時間以上も遊んでしまった。結局、youtube.comにて、十種類近くの映像や録音を見た。

プッチーニであるから、編曲されていない限り、死後70年の著作権には係わらないが、演者や制作者の放映権の問題は残されている。その多くが、各国の公共放送の制作と映像らしきところが、制作費用のかさむ映像の場合特徴となっているようである。

公共放送の自主制作かもしくはその依頼で適当にライヴ映像化を請け負って制作するため、その映像制作のあらゆる権利は公共放送等の支配となる場合が多いのだろう。またネットに投稿する方は、非利潤目的を主張して、ポータルの方は維持と経費を広告で賄っていると主張しているのであろう。ネット聴視料を強制的に徴集しようとする考えはここにある。

更に、こうしたライヴの映像は、他の制作作品とは一線を隔しているので、一般の利用者側はその差異が理解し難く誤解を招き易い。しかし、そうしたサーヴィスが存在すれば、上のように興味を持った一般視聴者は、必ずしも製品化された録音や映像を必要としないことは明白である。

少なくとも、全曲が公演される機会の少ないこうした有名作品であるから、この部分の観比べをすれば、事足りる場合が殆ど全てであろう。

それにしてもこの曲の映像の多さには驚く。マリア・カラスは得意としていたようで、晩年まで歌い続けており、高度なベルカント芸術となっている。

発見は、パトリツィア・チオーリの舞台映像とその歌唱で、生を体験した覚えは無いが、その方面では大実力者であることが知れる。何よりも明快なイタリア語の響きとリズム感が楽しい。

それに比較すると、モンセラ・カヴァリエの歌唱はこの楽曲の面白さを犠牲にしているので期待外れである。同様にレオンタイン・プライスの歌唱も最後まで聞いていない。

変わりものでは、日本語による歌唱もあったが触りだけを聞いて、恐らく韓国人の歌手スミ・ジョーを観るが、そのまるでアーリランの歌謡を聴いているようなフレージングや編曲より以前にオープンエアーとはいいながら歌詞が発声出来ていないのが辛い。

ミレッラ・フレーニのものに期待したが、思っていたよりも優等生的な歌唱で立派ではあるが、当時フォン・カラヤンに重宝がられていたのが思い出される。どこかのBLOGに魚屋のおかみさんみたいな容姿が気になるとかかれていたが、イタリアのおばさんだから仕方ない。

ドイツのかばん屋さんのおばさんの様なのが、リタ・シュトライヒの映像であり、その歌唱もそのような質実剛健な感じである。それに比べると、ヴィクトリア・ロスアンヘレスの歌唱はいつも雰囲気がありなかなか良い感じである。

アンジェラ・ゲオギュウは、主要コンサートレパートリーとしているようで、思い入れたっぷりに歌い込んでいる。このオペラ喜劇のシーンとは合わない事など一切無視しているのはこの曲にたいしては大変合理的であるが、こうして無料でその容姿と共に視聴されるということが、その営業の形態と矛盾している。


観聴き比べ:
Maria Callas -1954
Maria Callas-George Prêtre
Maria Callas
Maria Callas IN JAPAN
Patrizia Ciofi-Seiji Ozawa
Montserrat Caballe
Montserrat Caballe
Leontyne Price
Sumi Jo
Mirella Freni
Rita Streich
Victoria de Los Angeles
Anna Netrebko
Angela Gheorghiu
Angela Gheorghiu-Lorin Maazel (Lincoln Center 2005)
Angela Gheorghiu
Angela Gheorghiu-NOS

Chritsty YAMAGUCHI
コメント (7)

でも、それ折らないでよ

2007-01-26 | 文学・思想
のキルヒナーの名画の一件での議論がある。戦後の美術館側の問題とそれらを正して来なかった研究の不備である。これは、戦勝品の取り返しにおいても、そもそも十分に調査検討しておかなければいけなかった。フランクフルトで表現主義の言葉も無い頃に存在したルートヴィッヒ・ロジー・フィッシャー・ユダヤ人夫婦のギャラリーの存在などを無視してきたことが誤りの様である。

ようやく冷え込んで、山は雪になっている。ダヴォースも恒例の国際フォールムの時期となった。そこで、昨年末に購入したトーマス・マン作「魔の山」の雪の章などを開いて見る。

この部分が、この大部の中でも特別な章になっていることには異論は無い。ある意味、サナトリウムと言う閉じられた社会が描かれている全体を、これまた典型的なドイツロマン派の「さすらい人」の世界の目を通して反照しているのである。

その目は、明らかにロマン派と象徴・表現主義へのパロディーとなっていて、尚且つ主人公が語り手であるような三人称の新即物的な書法によって、主人公の思考をそのまま書き綴っている。俗に二人称で独り言すると言われるように、主人公が第三者の目で自己を語る客観性が存在している。

それが即物的になるのは、誰一人居ないたった一人の雪山であるからだ。こうした情景は、シューベルトの歌曲などでお馴染みであるが、その視点が記憶の底へと立ち入ってみたりと、明晰とせず曖昧にヘルダーリンのような思考へと彷徨して行く。

更に、しばしば取り上げられる「折れ易く脆いクレヨン」からの男性生殖器への観念連合は、両性愛への正体を示して、世界を表出させる。そしてそれを借りた学童期の級友の少年とサナトリウムでのロシア系人妻の各々に、「でも、それ折らないでよ」と語らせる:

<Aber mach ihn nicht entzwei: Il est à visser, tu sais>

そのエロスの衝動が、山中の雪に逆さに突き刺したスキーストックで空けた穴に潜む緑掛かった青色であり、それが彼や彼女たちの目の色を思い起こさせる時、そうした象徴は耽美を凌駕して、増幅された衝動となる。

そうした読者のリビドーを煽り恍惚へと誘う書法が、音楽作品のように美しく調えられて、この作家の持ち味となっている。そうなると、ありとあらゆる言葉は、記号論的な飛翔を一気に遂げる。

実際この章は、雪山を彷徨い、南国の楽園へとまどろみ、悪夢にうなされて覚醒する事で、悪魔との対話でもあるかのような、二律背反するロマン的な青年の迷いから主人公は解放されて、確信に目覚めるのである。そして全身に血潮を漲らせ、力を爆発させて、山を谷へと下りて行く。それはまるで政敵の指揮者フルトヴェングラーの晩年のソナタ形式解釈のスタイルに近い。

ユダヤ系のスター文学評論家マルセ・ライヒ・ライニツキは、村上春樹をポルノとして寵愛しているが、この章も氏にすると老人の血圧を一気に上げるエンターテイメントに違いない。これを教養小説などと呼ぶのは誰だ。

それにしても、これだけ明快に新即物主義を越える境地を描いて、ロマン主義的な幻想をパロディー化しているにも係わらず、ナチズムへの流れに、特にその美学的な傾向に世界は呑み込まれてしまったのは興味深い。それを物語るのが同作家の「ファウスト博士」である事は自明である。


今日の音楽:アレクサンダー・ツェムリンスキー 弦楽四重奏曲
コメント (2)

収穫後には熟さない

2007-01-25 | 雑感
昨日、夕方のラジオ番組を聞き損ねた。アフリカ大陸での中国の制覇を扱う討論会である。車に乗っていなければ最近はラジオなど聞かないのだから仕方ない。

中国のアフリカへの援助は、対西洋を標榜して、非民主的な人権無視の政権を支持する結果となっている。これはEUが勧めてきたアフリカの独立発展を阻害しているとする。更に経済的依存を強めて、国際収支の悪化を招いている。

こうした新植民地主義と呼ばれる中国の野望に対してどのように対処していくかが、議論される。もちろん、EUの政策が必ずしも将来的なアフリカの発展に結びつくとは限らないのは、中国の現在と今後を予想すれば事足りる。

生のリイチを食したが、その殻の内側の貝のようなピンクの色が美しい。殆どは、百グラム29㌣のためか、種が大きく実の部分は少なかったが、一つだけ種が小さく実が肉厚の物が混じっていた。大変得したような気持ちになったのである。リイチは、収穫後には熟さないらしい。
コメント (5)

雪山をナメてませんか!?

2007-01-24 | BLOG研究
本日は初めて冷えた。乾燥しているからか、霜は下りていない。早朝の床屋でも、温暖化の話と米国の変化、アルプスの対応が話題となった。

そして新聞を見ると、アルペンスキー界で最も権威のあるハーネンカムの滑降レースが雪不足で中止となり、なんとか町のイメージを守るためにスラロームの試合をするべく、最高峰グロースグロックナーの雪をヘリ運搬してピステを作ったらしい。

シュラドミンゴのスキー場などはミリオンユーロをかけてトラックでも大輸送作戦を履行して、スキーリフトを動かしていると言う。一部には、そうした活動自体が温暖化を招くとの批判があるが、アルプスの小国の国民総生産の30%をツーリズムで賄う実状から止むを得ないだろう。因みにオーストリアでは、氷点以上での「バクテリアを使った人口降雪」は禁止されている。

しかし、誰もが本年だけの事と願っているが、こうした暖冬が100年という単位の中でなく、来年も繰り返されれば、その経済的被害は食い止めようがない。保険や国家補償も検討されるが、そうなれば原因を改めようとしない外国政府に民事賠償請求をしていく事も可能なのではないだろうか?

我が地方では初雪はこれからであるが、雪山の話題として、「(日本の)冬山登山は、他の季節よりも安全である」と言う逆転の発想をした主張がBLOGで話題となっていた。その正論は引用のみを知るのみで、因ってその吃驚内容は判らないが、それに対する反論は「登山の安全広報として、不適切で大変具合の悪い危険な意見である」との旨の批判であった。

しかし、この反論をされている方の登山経験や判断力はそのBLOG記事から承知しており、概ね次のような趣旨をコメントした。

「(吃驚正論の)筆者は、余程驚くべき滑落停止技術と類稀な天候判断力をお持ちのようだが、このように傲慢な 登 山 家 が珍しく存在するものだ」

そしてその後、その 正 論 を述べたジャーナリスト兼小説家兼登山家兼ランナーと称する論者が、自らに不都合な無断引用を理由に、『日本文藝家協会』の著作権保護を圧力としてその反論記事の削除を求めた。その該当記事は。コメント共に削除された。

未知の登山家の意見など本当はどうでも良いのだが、問題はジャーナリストと名乗る限りは論を尽すべきではなかったかと言う大疑問である。少なくとも引用に誤りがあれば自己の立場を明白にすべきであった。公開されている自らの記事への批判に対して、著作権を圧力に反撃を加えるのは物書きとして恥ずべき行為である。引用の無い文藝など記号論からすると存在しない様である。

その削除された記事が正当な反論であったからこそ、こうした議論抜きの削除依頼はネットにおける自由な言論を侵すものとしてここに強く警告したい。ナメてはいけない。

インターネットの商業的利用は、こうした一方的な情報発信行為を助長させる。卑しくもBLOGなりで何かを発信する者は、こうした圧力に敏感でなければいけない。同じ理由から、コメントやトラックバックを受け付けない一方的な情報発信BLOGは出来る限り相手にしない方が良い。これは、ネットの匿名性よりも問題とすべきかもしれない。

公にもの言うことは、それが匿名であろうが通称名であろうが、責任を伴う。だから、誤りを修正する事は、正しさらしきを主張するよりも大切である。そうした批判を受けつけない、もしくは責任をとらない、誤りを認めない、3四半世紀間マスメディアを牛耳、一方的に情報を発信し続けるジャーナリズムに、そもそも存在理由などあるのだろうか?

上の件は事情が充分に分かっている訳ではない、しかし一方的に情報を発信するメディアは情報の高位に立つ訳で、大いに批判されるべき権力である。


追伸:キャッシュで問題の反論とコメントを全文を再読して、未読の本論をも参照する。それを読むと、完璧な雪上技術指導を予定していたようだが、雪不足で富士山頂上を目指し突風のため断念とある。生憎、お得意の天気予報が外れたようだ。避けれると豪語する雪崩のルートも外れないでと願わずにはいられない。そして、我々の様に雪壁に少々覚えがある者には、これは、「冬の富士山などは優れたシュタイクアイゼン技術と信頼出来る滑落停止技術があれば突風など恐れるに足らない」と十分に思わせてくれる。いつか、そこでスキー滑降を楽しみたいと思っている。
コメント

我輩はめん類である

2007-01-23 | 料理
そのように始まる文芸作品があるかどうかは知らない。しかし、麺を好む男たちは世界中に生息するのである。女性よりも男性の方が麺好きが多いのはなぜだろう?

最も身近でスタンダードな食品はスパゲティーである。ドイツでレストランに子供を連れて行って、何が食べたいかと訊ねると、

「ポメス」、「スパゲティー」、「シュニッツェル」と甲高い声は決まっている。

スパゲティーは、ヌードルのイタリア形式でしかないが、その乾麺の国際市場は大きい。イタリア産の多くは、世界市場を牛耳っており、それらを合わせるとイタリア製品の中でも、国際収支の額面でかなり良い位置にあるのではないだろうか。アジア食品のインスタントラーメンの比ではない。

ここ数ヶ月、地元のスーパーには500Gで29セントのスパゲティなど三種類の製品を売り込むイタリア銘柄が新規参入した。それの特徴は通常の四分の一ほどの価格と、裏面にある製品情報がインターナショナルとなっていることである。日本語は輸入元の神戸の日本製麻が責任をもっている。

その製品は、普通に使う料理には7分茹でで使い良い。とにかく安いので売りきれるのも早い。

そこで大ブランドが競争して、低価格に挑戦して来た。なんと49セントである。4分、6分と8分があって、6分を購入した。

この価格競争が最終的にどのように落ち着くのか興味津々である。株式市場の高騰傾向に合わせて、消費者の生活感からするとようやくユーロ高で若干のデフレ傾向の市場価格調整時期に突入するのかと思っている。
コメント (8)

木の香りが沁み込んだ白

2007-01-22 | 試飲百景
去る金曜日、ビーンセールがあった。十年ほどの前のワインから2005年産までが四割引ぐらいまでで提供されていた。

それでも、中級下のワインが主となっていて、なかなか微妙な選択をしているのである。流石に専門家が巧く価格設定をして棚卸するだけのことがある。

リースリングの主力商品は、味覚に弱さがあったり、商品として競争力のないものが提供され、それ以外は他の葡萄品種のアウスレーゼの甘口とかが特売されていた。

その中では、2001年産のピノブランバリック熟成が大変面白かった。隣に若いお兄さんが居た。

「これはなかなか面白いですね、どうですか?」と聞くと、

「バリックの(木の味)が慣れていて、新しい時よりも良くなっているかも」と良く判っているので、

「これは、キャンデーが合うね」と先日1月6日の角付けのために買っておいたフルーツ・キャラメルを頭に描いていた。すると、

「キャラメルでしょ」と図星の答えを得て、急に身近に感じた。

「通常価格の9ユーロならば買わないが6ユーロ以下だから、これは買える」と、

「テリーヌも面白いよね」と言うと、店の者も含めて話が弾んだ。結局、これは二本購入する。
コメント (2)

川下へと語り継ぐ文芸

2007-01-21 | 文学・思想
文学作品の価値はどこにあるのか?文学など縁遠い者にとっては答えに窮する質問であり、文学愛好家には嘲笑に値する愚問であろう。しかし、この文学を絵画や音楽などの芸術に置き換えても良いかもしれない。

引き続きトーマス・マン作の「ファウスト博士」を読み返しているが、芸術文化を扱って、興味の湧くもの全てがここに表現されようとしている。端的に言えば、ある視点からの世界観でもあり、時系軸の上で推移する世界の表現である。

視点からの風景が、固定されたある視点や、超越者の視点で包容出来なくなったのが近代であろうが、時系軸の中でそれも現在進行形として過去から未来へと移り行く中でそれは、世界や世界観を描くことすら困難となる。

この作品においても中世中央ドイツからルターの宗教改革を経て、啓蒙主義から現代へと、1884年から1945年のドイツ語圏を舞台として物語は展開する。そしてそこにモデルとして登場したりする不特定多数の芸術家や作者がロスアンジェルスに亡命して祖国ドイツの、第三帝国の滅亡をその視点から眺めている事実や記載は、この書をその構造で以って意味深くしている。

そこで描かれる時代は、音楽芸術の創造活動として描かれるため、創造の背景としての時代が示される。それは、我々が軽々しく思うように、必ずしも 人 間 個 体 の真実が描かれているとは言えないのである。そもそもそうしたものが存在すると信じるのが難しい。

この作品において、限られた者を/からしか理解しない/されない主人公の作曲家が、中世のファウスト伝説に従って、悪魔との間で主客を明晰にする二項対立の止揚を成し遂げて、創造を齎す神経性梅毒によって朽ちていくのであるが、そのクライマックスを過ぎてから最も誰からも理解され易い「白鳥の歌」の情景へと進む。

その部分には、作者が「メーキング・オブ・ファウスト博士」として態々講釈を付けている。これほどまでに、同時進行的にドイツの敗戦や荒廃を改めて語り手を使って読者に報告して、尚且つその時間的推移に注意を促す枠構造を保持しつつ、敢えてこうした禁じ手を使っている事は留意しなければいけない。

その説明の一つは、地上にも天空にも定まらない「響き」と名づけられた、天使を髣髴させる甥が強いアクセントのスイス語を話すのだが、その言葉から作者の故郷の平地ドイツ語へと地理と時制を越えてのシンタックス(統語)に注意が促されている。同時に、この節はフリードリッヒ・リュッケルトの詩「亡き子を偲ぶ詩」へと遡れて、その内容は表現の月並みさと同じほどセマンティック(歴史文化的意味)に働く。

そして皆に惜しまれ苦闘の中に昇天する「エコー」と呼ばれる甥を見ての会話は、プログマティック(用語)的に解析されるべく、多様なコンテクスにおいて各々に意味を持ち得る。船場のこいはんの苦悶の様子を克明に描く東男谷崎潤一郎の「細雪」の即物性と比べるのが面白い。

それだからこそ、こうした情景は、破局を呼び起こすそれ以前の表現主義的なカタルシスから、読者を護るのである。だからと言ってその変調された情景が効果を持たない訳ではない。それは、上の作者が予め弁解をしている情景が殆どアルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲の空気感を髣髴させるのを見ても分かる。建築家ヴァルター・グロピウスの妻となったアルマ・マーラーの18歳の娘マノン・グロピウスの死に及んで作曲された「ある天使の思い出に」と題されたノスタルジーと歴史的意味に満ちた音楽は、まさに多様に綴られたこの情景を含むこの文学作品の形式と同じくする。

トーマス・マンの批判の多い音楽的記述やその切り刻み張りつけたような殆どコラージュ風に多種雑多な情報が組み合わされたモンタージュ作法は、ここに至って新たな成果を上げている。それは何よりも、ドイツ語でドイツ帝国の滅亡を描く方法としてこれ以外にはないかのような作法となっている。

終戦を前にした1943年、一人称で繁華街を彷徨して、ザルツブルクの 天 才 の音楽に神降ろしの如く霊感を覚えたフランス文学者などがいたが、この相違はどうであろう?知能の発達の違いなのだろうか?それとも文化の?何れにせよ、文芸とは、上流から流れの岸辺に立って川上からの語り部を待って、それをまた語り継ぐような作業なのであろう。


今日の音楽:
アルバン・ベルク ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」(1935)
アーノルド・シェーンベルク 弦楽三重奏曲 Opus 45 (1946)



参照:
引き出しに閉じる構造 [ 文学・思想 ] / 2007-01-11
明けぬ思惟のエロス [ 文学・思想 ] / 2007-01-01
多感な若い才女を娶ると [ 女 ] / 2005-08-22
コメント (4)

初試飲06年リースリング

2007-01-20 | ワイン
月曜日に2006年産の初物リースリングを購入。店先に続いて明くる日に一本を開ける。地所はダイデスハイムのヘアゴットザッカーである。軽快で高いフレッシュな香りが売り物の土壌であるが、これだけ高質なワインがこの時期に出るとは思わなかった。

名門醸造家が企業グループに身売りしたので効率優先の市場展開をしているのだろう。そうした先入観を抜きにして味わうと、しかし決して悪くはない。ただ価格が8ユーロを越えている事とガラスのキャップを使っている事から、通向きではない。

昨年の今頃は、リッター瓶を探し回っていた事からすると、2006年は事情が違う。つまり、適当に作って適当に楽しめるワインとして広い市場で捌いてしまおうと言うことなのだろう。

産の出方が若干強いもののそれを補う香味はあった。しかし、この価格であるから愛飲する事はない。再来週には更なるラインナップが揃う様である。
コメント (2)

汚物形状の市民の銘菓

2007-01-19 | 
昨日夜遅く帰りの車へと向かっていた。すると道路に落ちているクリスマスツリーを見つけた。足元は鋸で切られて、丁度歩道の上に横たわっていた。上の窓から投げ捨てれれた風情であった。

この光景を見て思い出すのはスェーデンの家具ディスカウントチェーンメーカーが流していたTVスポットである。そこでは一斉に窓からツリーなどを投げ捨てて、セールに備えると言うものであったが、こうして実際に捨てられているのを見るのは珍しい。通りかかった誰でもが、上を見上げるのである。それは、まるで壁にサンタクロースが吊るしてあるようなものである。

同行者は、マンハイムには伝統的に窓から投げる流儀があると言うのだ。それは、現在でも町の中心に位置するパラデ広場の惨状から、「家庭で掻き集められたゴミや糞を窓から投げ捨てた者は、二帝国ターレンの罰に処する」と市長がお触れを出した史実を指す。1822年並びに1838年のことであった。

これを見て、閃いたのが地元のパン屋で、現在も名物として売られるマネマー・トレックと呼ばれる菓子となる。(因みに現在その本家権を所持しているカフェーは、研究家によると西独では新しいとされるバウムクーヘンを提供するお店として有名である。)同じようにか、想像力を刺激されたヨゼフ・ボイスがデュッセルドルフで制作した作品にも汚れ脂を集めたものがあるようだ。

現在でもこれに類する項目は賃貸契約書に含まれていたりするが、当時のように夜間のオマル等を必要とはしなくなった。中世からの町の発達は、人口の急増化により井戸を涸らし、上下水道の整備を必要としてきた。そして、近世に至って都市生活のための規制が次々と必要になって、致し方なく複雑な社会となる。
コメント (6)

即物的世俗と主観的宗教

2007-01-18 | 文学・思想
ヒットラーを笑いとしたユダヤ系ドイツ人監督ダニ・レヴィの新作映画「我が総統」が話題となっている。権力者を笑いものにするのは最も手っ取り早いルサンチマンであり、文化圏を問わずに行われている。

ヒットラーについては現在進行形で制作されたチァップリンの映画「独裁者」が有名である。しかしこれは、レッドパージで制作者に疑惑が掛かろうが、所謂典型的なハリウッド映画なのである。

それは何よりも、国民の総統であるドイツ国民の視点が欠けているからでもある。民主主義的な選挙を経て躍進した国家社会主義労働党を支持したのはドイツ国民なのである。それはこの名作映画やハリウッド映画を過小評価することではない。ただそれは、その終景に良く表れているようなユダヤ人の視点からの制作となっている。

その欧州のユダヤ人の視点を単純化する事は出来ない。しかし、それを上手く描いているのはユダヤ人妻を持つトーマス・マン作「魔の山」である。その重要なキャラクターであるイエズス会の過激派レオ・ナフタは、「オペレーション・スピリツアリス」と名づけられた第六章の一節で紹介される。

そこでは、父をユダヤ人の肉捌き人として、社会主義者に出合う興味深い人物像として描かれる。ユダヤ教の世俗的即物性と社会主義を、カトリックへの改宗の親和力とする一方、プロテスタントの沈思の傾向と宗教的主観性との距離感が示される。

この作品では、改宗したユダヤ人イエズズ革命家は、ヒューマニスト、サッテムブリーニに当てる人物として創造されている。そしてここで描かれる第一次世界大戦前夜と、また大分後になって第二次世界大戦を終えた時点での創作「ファウスト博士」の場合とを比較する事は大変興味深い。

最近では、毛沢東を茶化したモダーン芸術が中華人の制作として良く目に付く。しかし、これらも自らを独裁の被害者としての視点で、ただニタニタと笑い飛ばしているような程度のものが多い。
コメント

ここにいたか、売国奴よ!

2007-01-17 | 歴史・時事
マンハイムのイエズズ会教会から大学の国際学生友好館へと向かう。途中角家に絵付きのプレートが掛かっている。ドイツ学生運動の過激派カール・ルートヴィッヒ・ザンドの住居であった。ルターの聖地ヴァルトブルクでの1817年フェストとそこでの焚書の張本人でもあり先導者でもあった。ルター自身の行った焚書と生誕三百年を記念して、非国粋的で非ドイツ的な書物が焼かれたのである。

その時の焚書リストの上位に入っているのがフォン・コッツェブの書であり、マンハイムに家族と住んでいるところを、ザンドにより刺殺された。サンドは「ここにいたか、売国奴!」と叫んで子供の前で刺し殺した。

そうした社会的混乱を収拾すべく宰相メッテルニッヒが中心となって押さえ込みに掛かるのだが、ドイツ語圏において次々と革命が起きる。その結果は召集されたフランクフルト・ドイツ国民議会にも、それらの学生運動家が自由主義者として含まれていた。

フランス革命の顛末は充分に知られていても、反ユダヤ主義とドイツ主義が、自由主義と同様に学生組織の運動の基盤となり、百年後には第三帝国へと結びついて行く事は知られている。

結局、大変信心深い政治犯であるザンドは、事件後の度重なる自殺の試みにも失敗して、手厚くマンハイムに収監されていたが、判決が下りて公開処刑で首を撥ねられる。その時の血糊のタオルや処刑台の木材は学生組織の英雄的な象徴となっていると言う。

昨年末、全く違う歴史を歩むフランスにおいて、毛沢東没後三十年を記念して、恐らく世界で最も数多いフランスのマオイスト達が俎上に上がった。ミッテラン大統領の「毛沢東は独裁者でなくて、モラリストである」は有名な言説であるが、それどころか現在でも赤軍の分隊であるマオイストは多い。その反対に、大量殺人者に結びついていた事を恥じるとして、イラク戦争を肯定して、親米を語るアンドレ・グルックスマンのような転向派は極稀と言う。

思想家フーコーや映像作家ゴダールといった文化人もこれには無防備であった。サルトルなどは禁止マオイスト紙を労働者に手渡してまわった事は知られているが、本人が「ファシスト警察」に望んだように逮捕されず、「啓蒙主義者ヴォルテールに逮捕はない」と政敵ドゴール大統領は語った。こうしたフランスのマオイスム妄想は、革命への支持とレジスタンス精神によって形作られているのであるが、マリアンヌ誌には、モルガン・スポルテ氏の興味深い推測が掲載されている。

それは、マオイスム組織がそもそも米国諜報機関によって形成されたとする意見である。これは、イタリアやオランダにおいても共産主義者を弱体化させる方法として挙げられると言う。

ル・モンドの北京特派員で、マオの強制収容所は「矯正される自由」に役立つと1975年にもTVで語っていたフィリップ・ソレルスは、「二千八百万人を粛清した大量殺人者マオの幻想から逃れるのは大変難しい」と言う。アラン・ブザンソンは、ドイツ人が皆ヒトラーに加担していたわけでなく幻想を見ていたわけではない、しかし中国人は犠牲者であると同時に処刑執行人であったのだとする。文革を指すのだろう。

ドイツ人と違って中国人は、国家転覆のあとに恥を知ることがない。恥は知るべきものなので、そうした事の無い「中国の発展は良きものを齎さない」としている。中国は万年中国なのである。

そして、どうしても歴史は同じように繰り返される。米国の秘密工作の下に社会のガス抜き的な「非武装中立」の幻想を出現させ、ジャーナリズムとしての批判さえ出来なかった者が、革命の先鋭化を諌めて、原理主義者の狂気を指摘出来ないのは火を見るより明らかである。

しかし、一体そうしたジャーナリズムとしての世論形成に何の意味があるのだろう?革めて、今でも70年代のようにマオイズムの幻想に酔い痴れていた方が、二大政党制による超自由主義思想に加担するよりも格段幸せに違いない。



参照:
Ein Humanist und Massenmörder, Jürg Altwegg, FAZ vom 13.1.2006
強靭で灰汁の強い宣教 [ 生活 ] / 2007-01-16
コメント (2)