Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

植民地主義意識の開放

2020-06-07 | 歴史・時事
そろそろコンサートへのお勉強を始めなければいけない。ベートーヴェンの四重奏曲マラソンである。第2番ト長調、第11番へ短調、第12番変ホ長調、そして16番ヘ長調、13番変ロ長調大フーガ付きとなっている。

これらの曲はプリントとしてもネットダウンロードでも大した楽譜は無いがパート譜が必要でもないので仕方が無い。それでもそこの棚を見ていると先日探していたシューベルトの有名歌曲のポケットスコア―が見つかった。道理で何曲かは馴染みがあった筈だ。大きな楽譜ばかりを探していた。

それにしても新たなソーシャルディスタンシングによる座席はまだ知らされていない。元々は第2列の真ん中だったので、精々4列目ぐらいの真ん中付近は欲しい。真ん中ならば6列目でも受け容れよう。弦楽四重奏の場合は位置に拘る。優先されるだろうペアーで来る人は弦楽四重奏では半分もいないと思うが、さてどうなるか?なにも無理して400人も入れないでいいだろう。お蔭で各々19ユーロしか支払っていないが。

森から帰路の車中でミネアポリス同様の差別問題がドイツの警察などでもあるという話題からアフリカ専門の教授が話していた。その説によると、西ドイツではナチの犯罪に関しては充分な分析と批判がなされてきたが、それを導く植民地主義に関しては今でも充分な教育がなされていないという。それを象徴するように、重要な政治家がドイツにおける植民地主義の歴史を否定するように、批判的な視座が教育されていないとしていた。これがそのものアフリカやアジアなどへの差別意識となっているという事だった。

恐らく民族人種的なそれどころか文化文明的な差別意識として植民地意識への見解が明晰でないことに立脚するとするのは正しいに違いない。2000年過ぎのムルティカルテュアー議論の時に先ずその植民地主義意識について議論されていたならば成功していたかもしれない。エキゾティズムというのは文化的な植民地主義に違いないからだ。今からすると不思議な気がする。

ポリタンを持って歩いた二十分間ほどの歩行で足が疲れた。普段から舗装道路を歩き慣れている人は感じないのだろう。トレイルライニングシューズの薄手となると腰にまで来た。脹脛から全てが張っている。如何に山道と舗装道路の相違が大きいかを改めて身に覚えた。体に良いのは山道に違いないが、確かに岩壁などのアプローチでは似たような疲れ方がある。それでも身の使い方が違うのがずっしりと体重を乗せた疲れ方とは異なるような気がする。タンクを持って歩いていた時は靴も服装もランニング態勢なので楽だと思ったのだがとても身体に堪えた。精々往復三キロぐらいだった。



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ニューヨークタイムズの報道 2020-05-20 | 音
言質を取るということ 2020-06-06 | 女
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気が付かないふり

2020-05-23 | 歴史・時事
発注した切手が届いた。コロナ騒動閉鎖になってから初めての発注だ。三ヶ月ほど何も発注していなかったことになる。先ずは郵便局がポストに入れる切手から。ベートーヴェンを買い足すのも目的だったが、リヒャルト・フォンヴァイツゼッカーのはどうしても欲しかった。話したこともお呼ばれしたことも無かったが顔だけはしっかり合わせたことがある。中々切手になる人とそのような経験はない。他にそれに相当する人は居たかなと考えるが思い浮かばない。同時に今まで眼を覗き込んだ中で一番深みがあった人の一人だ。お兄さんの方はあったことも無いが、ハイゼンベルクの弟子で物史学者だが、話しを聞く限りあまり賢いようには感じない。それでもやはりこの二人は優秀には違いない。

先日1935年頃の日本帝国在ベルリン大使館の写真から、リッペントロップ外相に代わる時の前後の様子を垣間見た。要するに外交関係においては一方的にナチ化がなされずに段階を踏んで表向きにナチが登場する様子だ。既に一年以上背後ではナチの手先となって外務省にリッペントロップ室が確立されていて、背後からナチイデオロギーへと変えて行ったことになるのだろう。だから親父のエルンストフォンヴァイツゼッカーなどはSSに宣誓してそうした保守基盤からの仲介となっている。戦後のニュルンベルク裁判でも「フランスにユダヤ人を置いておくよりも東方に移した方が安全と考えた」とか、「アウシュヴィッツや最終処理が殺戮の意味を持っていたとは知らなかった」と弁明しているが、これも良くある弁明の例の一つであった。

今回のコロナ騒動でも丁度あの程度の死者数ならば、当時の街からしょっぴかれた隣人ユダヤ人の比率とは変わらないと感じた。要するに「知らなかった」と気が付かないふりをしておけば過ぎ去ってしまうものなのである。同じような言い訳は今でもドイツの街中で聞こうと思えばいつでも聞けるのである。

先日のメトからの中継がよかった。亡くなったチェコの指揮者ビエロフラーヴェックの公演がとても良かった。ヤナーチェック作「カーチャ・カヴァノーヴァ」の公演だったが、演奏がとても良かった。その語法が難しいと思うが、客演の座付管弦楽団を思いのままに指揮している様子で、自国作品とは言いながら見事だった。もう少し詳しく研究してみたい。

中欧の音楽を中心に考えているとロシア音楽も遠いが、東欧の音楽も辺境の音楽にしか聞こえなくなる。それには様々な事情があって、言語への不理解だけでなくて、音楽文化的な事情も大きく関係している。上の指揮者が亡くなったのは損失なのはそういう意味からだ。ちらりと見たら昔チェコのフィルハーモニカーを聴いた時の指揮者コシュラーは1992年に引退して暫くして亡くなっているのを知った。確かにあの程度の荒っぽい指揮者となるとそこまでチェコの音楽文化の神髄というものは示せなかっただろう。



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IDの危機と確立の好機 2005-04-20 | 文学・思想
吟味した暫定的なマスク 2020-04-24 | 生活

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拍手される者はただ働き!

2020-04-15 | 歴史・時事
ドイツの専門学会の文章が回って来た。ざっと見て面白かった。日付は書いていないが、恐らく水曜日の今後の決定する時期に合わせて配布されたものだ。とても興味深いのはICUベット増設に対して五万ユーロの支払いでは足りないということだ。勿論感染病専門学会ではないので、それに合わせて出来るだけのことをするという事が書かれている。

そして日常に医療業務への制限が日常的な混雑状態に拍車をかけて、医師の判断で優先順序を決めたりと、又外来対応が不可能なので認可された電話診察やネット診察もそれほど容易なことではないとある。

そして更に興味深いのは、既に報道等で発表されていたような事故搬送だけでなく、急性の心臓麻痺や内臓の突発の搬送が激減したというものである。やはり家でゆっくりしているのが功を奏しただろうかと書いてあるが、それならば段階的な平常化で再び急患が増えることになる。

ALS弁護士トライヤー知事の言うように分断化を避けるために危険グループにより制限を掛けるということはしないとあったが、もし動かさないことで成果が出るならば上手に調整していけないのだろうか。勿論高齢者が動かないと他の機能が落ちるだろう。高齢指揮者などは多くが引退だと思うが、急患よりもボケが進んでしまうだろう。

更にこうした緊急事態に備えるという社会的使命を超えて、今後も公的病院以外の病院経営を順調に進めて貰いたいという政治的な意図が見えるとしている。恐らく第二第三波を見据えてということになるだろう。

そしてその文章の終わりには、今方々で拍手を受けている医療関係者は、ここ数週間はただ働きであるということで、それは医療の崩壊ではないかと結んでいる。

車中の放送が水曜日の会議への様々な声を伝える中、気になったのはツーリズムからの声で、このままなら倒産が相次ぐというものだった。車を停めて沢沿いを往復して、閉鎖の写真を撮っておいた。昨年のそれとは大違いだったが、一体何時までこの状況が続くのだろうかと思う。

先週からの風邪ひき状態が続いて、新たに気が付いたのは神経系の障害だ。コロナの特徴として武漢で出されたスタディーの中に書いてある事が証明される。どのように表現したらいいだろうか?重心の問題というよりも高熱でもないのにフラフラする感じにも近く、しゃっきりしないのだ。

ドイツのTV局RTLのサイトにはリストアップされている。しかしそこでは再感染は否定されていて、治ったかと思ったが、実は治っていないのだとしている。いづれにしても三回目の感染の感じは以前のそれとは少し異なる。



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二年越しの重点課題 2020-04-06 | 文化一般
復活祭のヤマへと差掛る 2020-04-03 | 歴史・時事
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復活祭のヤマへと差掛る

2020-04-03 | 歴史・時事
どうもバイエルンの知事は頭が悪そうだ。このままいけばドイツで十億のマスクがいるとか発言している。一層の事フランスの様にシナに発注すればよいのだ。そもそもトイレットペーパーと同じで無くて困るだけで、コロナ対策とは無関係なのがマスクである。マスクの入手に苦労するぐらいならばやることをやるべきで、一体オーバープファルツのチェコとの国境の町はどうなっているのだ。誰かが持ち込んだのだろうが、現在ドイツ連邦トップの陽性率となって75歳以上の病歴のある人35人が簡単に亡くなっている。十万人中の陽性者が八百人を超えてつまり1%に近づいている。彼のオランダ国境との町ハインスベルクの倍で、死者数も変わらない。一体何があったかは知らないが、感染させる人が取り分け活躍したのだろう。

ゾーター知事が逸早く外出規制を出したころにはそこまでは目立っていなかったから、如何にああした政治的ショーが役に立たないかを語っているようで、21日頃から急上昇している。二週間前として三月六日ごろに大きな催し物でもあったのだろう。

そして病院などは一般の病気に関しては受け入れを止めてコロナ専門に切り替えたところが多いらしい。この傾向は一つ目の山に向けて顕著になるので、ここ暫くは病気も怪我も出来ないとなる。外出や集会の規制から交通事故も減っていて、その分は解消されているようだ。大事故さえなければと思う。

車中のラディオは、経済研究所のアンケートと試算によって、操業停止の経済的影響をレポートしていると伝えていた。11週間までは危機的な崩壊は招かないというもので、厳しい所見では8週間までというのがあったようだ。政府の今後の舵取りの指標となるだろう。

しかし先ずは最初のヤマとされている復活祭の状況が徐々に見えて来た。五月のヤマが一月早まったとすれば大変なことなのだが、陽性者数の伸び方が鈍化している一方、医療や介護関係での陽性が増えてきていてバーデンヴュルテムベルクの数値からすると可成りの感染度である。ここワイン街道での実感からしても感染は止められないので、鈍化させるのみである。幸い効果は表れている。

新しい資料がSWRのサイトに網羅されている。先ずはICUベット数で州に依っての偏差はあるが、現在の集合禁止の伸び方の鈍化からすれば最初のヤマとされている復活祭では何とか収まる可能性があるだろう。三週間でそこから普通隔離病棟へと戻るか亡くなるかということであろう。

円グラフでは、灰色が空きベット、薄鼠色が二十四時間以内に使えるベット、赤色がコロナ患者が使用中、朱色がその他の患者が使用中となっている。

また同時に重症患者の呼吸器使用率がこの一週間で六割から八割へと上昇していることが分かる。これはコッホ研究所のヴィ―ラー博士が述べていた重篤化の傾向で、感染者が若者から動き回らない危険グループへと移って行っていることに相当する様だ。

そこで、その呼吸器の使用数と二十四時間以内に使える数が州ごとに列記されている。これも州ごとの偏差が大きく、つまり最初のは地点やイタリア帰りのスキーヤーの伝播などで東西南北の時差がある。これはヤマを越えるには有利で、その為の都合をつける空輸の練習は先日のイタリア患者の受け入れで既に終えている。

その他では、二十四時間以内の呼吸器の空き状況を把握するためのシステムが来週には出来上がるので、前日から出動などの準備が出来ることになる。しかしいくら準備していても予想を遥かに超える重症者が天変地異や大事故等で起これば破滅する。

兎に角、最初のヤマとされている復活祭週間が始まる。バーデンバーデンの新制作「フィデリオ」など痛恨の極みでその中止を受け止めた訳だが、先ずはそこを越えて少しでも光が見えればそれ以上の喜びはないであろう。



参照:
So viele COVID-19-Patienten können wir beatmen (SWR)
更にKAIZENの毎日 2020-04-02 | 雑感
屹度忘れられない春 2020-04-01 | 生活
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政治的パフォーマンス

2020-03-24 | 歴史・時事
ルツェルン音楽祭のティケットを購入した。残しておいた一枚で、金券を貰っていたので差額残りを10フラン出しただけだ。それでもうら悲しいものがあって、夏の音楽祭の中ではオペラ公演が無いだけで最も中止にならない可能性がある八月中旬に始まる音楽祭だ。但し、観客を入れるにしても間引きをしなければいけないことは確実で、健康状態の悪い危険な観客には遠慮してもらうにしても、客席数を半分には出来ないだろう。観客数千人までの上演となろう。

プラハの春が取り止めになるニュースから、オランダの六月までの集会禁止、つまり五月のアムステルダムでのマーラーフェストの中止の事実上の決定、またニューヨークフィルのシーズン終了宣言で、またメーデーのベルリナーフィルハーモニカーのイスラエル公演の難しさからして一連のマーラー演奏公演全て取り止めとなるだろう。折角とっておきの席を予約したのに残念だ。

また五月の予想される患者数のピーク時に公演再開は有り得ない。またミュンヘンのオパーフェストは練習期間も他の夏の音楽祭同様練習時間が取れないのでこちらもシーズン終了となるだろう。

週明けは冷えた。零下になった。しかし陽射しがあるとショーツが気持ちよい。しかし上着はTシャツだけはまだ駄目だ。森も平常通りで助かる。もしぞろぞろと新顔が現れると道を開けるだけで大変だ。パン屋も時間をずらすと子供が並んでいたりするだけで、又天気がいいと外で待っているのも気持ちが良い。婆さんが出て来たときの出口でのスレ違いが少し気になったが限界もある。それぐらいでは感染しないだろう。

月曜日の夜にミュンヘンの劇場から中継があった。人数は減らしてあるが、それが見出し通り生中継っだったとしたらリハーサル等を含めて違法の集会行為があったことになる。一日二日のタイムラグを突いているのかもしれないが、明らかな政治的なパフォーマンスだった。週末の話し合いの前のバイエルン州の外出禁止は批判もあった。特に知事が嘗てのシュトラウス知事の影を使ったというものだ。恐らくそれに対しての批判的なパフォーマンスだった。ミュンヘン中でのその辺りの按配は他所からは分かり難い。同じことをここでも平時に書いた覚えがあるが、なるほどなと思うところもある。

その趣旨は別にしてラフマニノフのトリオも弾き慣れているようで、又本来ならばベルリンで「フィデリオ」の練習に入っていたアンナミュラーが、又ナジが中々感動的のヴォルフやシュトラウスを歌っていたが、やはり異様な感は免れなかった。

しかし連邦共和国からの視線からすると支配人バッハラーが司会までしてのその主張は理解し難かった。そこのフリーランサーへの寄付まで重ねるとなると、何かチグハグ感が免れない。第一の山を出来る限り少ない死者数で乗り越えた後での議論は沢山ある。しかしここでは寄付を集めるならば、やはり音楽監督の威光を使うべきで、ペトレンコ自身の意志としても過去のアーカイヴを流すなど何らかのアピールが出来ないのだろうか?先ずは水曜日からペトレンコ監督指揮の四つの目のドニゼッティ「ランメルモールのルチア」がオンデマンドで二週間解放される。音質等はオンデマンドなのであまり期待できないが、初めての人もまた今迄はネットには不完全なファイルしかなかったので貴重である。改めて評価してみたい公演だ。



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コロナ聖火台を仰ぐ 2020-03-23 | 雑感
卒業宣言をする価値 2019-09-18 | マスメディア批評

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大戦以来のドイツの危機

2020-03-19 | 歴史・時事
毎日が酷い状態だ。先ず地元の陽性感染者数を確認する。19から35人に跳ね上がっていた。肌で感じたままだ。偶々ベットで聞いた日本の国会風景でまさしくそれと同じ空咳を大臣がしていた。余程健康状態に自信があるのか、「こんな唾を飛ばすような議会で一人も感染者が居ないなどおかしい」と豪語していた。それで終わる人もいれば亡くなる人もいる。

これ程距離の離れているときに同時にシュトッツガルトの議会でも日本の国会でもそしてここワイン街道でも同じように咳をしている。これは流行り病以外のなにでもない。

ロベルト・コッホ研究所とあまりにも酷いノルトライン・ヴェストファーレンの水曜日の記者会見を聞いた。前者は、今後二週間の社会的な活動の低下を果たせない場合、先二三カ月で一千万人二感染するという厳しい判断を下した。

その場合に治療の必要なつまり人工呼吸器の必要な患者が通常の三番ぐらいの数になるので医療機関は最低二倍の容量を準備することを呼び掛けた。その過程でパーソナルも足りなくなるので引退した人だけでなく新たな要員を養成する必要があるとした。

また同時に待たれるワクチンは来年の春には間に合わない危惧を示して、終結までには二年は掛かるだろうとの見解を示した。

ワクチンに関しては午前中にシュトッツガルトでクレッチマン知事がトラムプが買収したとされたテュービンゲンのクレバック社のハースCOEと会見して「希望の星」と語った。既にEUは百億円相当の開発援助を提供している。

コッホ研究所は、世界情勢としては相変わらず危険地帯として武漢や韓国の一部、カリフォルニア、ワシントンとニューヨークをドイツの小さな町ハインスベルクと同様に挙げた。

その街の感染をどうしようもなかったラインラントヴェストファーレン州は、イタリアの様に人工呼吸器が取り合いになるようなことにしない為と自らの初期活動を棚に上げて協力を呼び掛けた。所謂コロナパーティーなどというラインの河原でのパーティなども駄目だという程度の低い州である。早めに街を閉鎖にすれば少しは違っていただろう。

閉鎖と言えばそれぐらいの生活の支給を出せるベーシックインカム制度ぐらいにしないと今後乗り切れなくなるのではなかろうか。兎に角自宅で外出せずにという生活が大切なのだ。マインツにおいてもお店は閉まったが、開いている昼間からビールを飲みながら病院関係者が「今迄にあらゆる菌と付き合ってきたから全く怖くない」と気炎を上げるのを見るとこれはもう外出禁止しかないと思わせる。誰もそんなおっさんのことなどは考えていないと思って、次の爺さんが「怖くないよ」とか言うのを見ているとこの人達はなにも理解していないと思う反面、その潜在的な恐怖心でいざとなると、つまり病院に運ばれて呼吸器も受け取れないと思うとパニックになる人たちだ。

メルケル首相から国民への呼びかけがあった。ポイントは、コロナ禍を第二次世界大戦以降の一番に深刻で最も手ごわい全市民に突き付けられた課題としたことである。その前に真剣に受け取ってくださいと語り掛けたのだが、さてどれだけの効果があっただろうか。やはり話術としては分かり易く、民主主義から連邦主義を画面を通じての呼びかけとして、そのプロセスつまり戦略の考え方を語ることで示している。しかし、そもそもそれが分からない人が多く、理論的な構築が出来ない市民には高踏的にしか響かないのではなかろうか。やはり彼女の演説は教養のある層や最低高等教育を受けたぐらいの社会のリーダー層でないとその真意が伝わり難いかもしれない。楽劇などの観戦をバイロイトで語るときはその様には思えないのだが、やはり程度が高い反面具体的な面がどれほど印象に残ったかは分からない。精々距離をあけろぐらいだった。また孫と祖父祖母をスカイプで繋いだりということも織り交ぜたのだが、もう一つ具象性が浮かばなかった。上述した様に州によってその首長によって市民の意識は大分異なる。だからこその呼びかけだったのだが、さてドイツ中でどれほど真意が伝わったことだろうか。

中々覗く時間も無いのだが、ヴィーンの国立オペラの「ラインの黄金」を一通り流した。先ず音が悪い。これを有料で出しているのかと思った。更に演奏も加わってバスが潰れるような昔風のジンタのような音を刻んでいる。指揮はバイロイトでもまたマンハイムでも振っていて日本で人気のフィッシャーだが、バイロイトの時には感じさせなかったほどの鈍い指揮をしていた。歌に合わせるのか、練習をしない楽団に合わせるのか知らないが、程度が低い。当然歌もそれ以上のものは聞こえなかった。これならばマンハイムでもヴィーンでも変わらない。民族楽器風のホルンやチャルメロが聞こえるだけが違うだけだ。よくもこんな動画を自慢で出すなと思う。



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「連帯への憧憬」 2020-03-17 | 歴史・時事
決して一人にはしません! 2020-03-14 | 女
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「連帯への憧憬」

2020-03-17 | 歴史・時事
スーパーに出かけた。学校が閉鎖になって子供が多いかと思ったが、それ程ではなく、居てもティーンエイジャーだった。月曜日に買い物をしておこうと思っていた。そして午前中にバイエルン州は「カタストロフ」宣言を出した。詳しくは会見を見ていないが、非常事態宣言の手前の段階を敢えて出したのだろう。

国境線は全面的に固められたが、バイエルン州はオーストリアとの国境は通行量が多いので、州内の動きを抑えることで丁度非常事態を出しているオーストリア側と調合する形になっている。国境に関して記者から質問があったが、当然のことながら交通量の無いところはそれほど変わらない。重要なのは国境から国境へと渡ってくるルートを閉じる事である。

しかし同じように非常事態になっているフランスとプファルツ、バーデンとの国境に比べれば国境の両側での落差は少ない。自由度の落差がフランスとの間の様に大きいと国境で絞る意味がある。それ以前から30㎞圏内でパトロールしていたのを検問所で直接追い返す意味がある。国境を締める意味はそこにあって、物流とか不可欠な通勤とかは通されている。そのような状況は国境を知らない人には分かり難い。

さて急いで購入したかったのは保存の効く食料である。それもいつもご用達の安物の米を買いたかったが売り切れていた。所謂ハムスター買いがそこでも起こっていた。

当然だと思う。そのスーパーに来るような人から15人も陽性者が出ている。いつ死人が出るかどうかの感染度であろう。咳をしていた者もいたが私はじっと堪えた。咳づいたら自分も倒れてしまうかもしれない不安に襲われた。

売り切れていたのは、次にヌードル。要するにドイツも米が頼りだ、そしてヌードル。しかし高価なものはそれほど売れていない。そこで豆類も売れていた。仕方が無いので紙パックのホールトマトを買っておいた。これで二三日分はヌードルで食せる。皆同じような事を考えるようで非常食用にあまり高価なものは買わない。

その他ではやはりトイレットペーパーが売り切れていた。元々購入の予定はなかったので奥の濡れティッシュを見るとジョンソンジョンソンのは売り切れていた。仕方が無いので安いのを購入しておいた。

そして石鹸を見ると愛用商品が売れ切れて一個だけ残っていた薬用石鹸を購入しておいた。こういう時だからこそ今までとは違ったものを試せる。その他では二週間以内に必要なものは無かった。月曜日であるから品薄であったが、客もそれほどおらず並ばずに済んだ。状況によっては週内にもう一度見に行くかもしれない。出来るだけ人と接触したくはないのだが仕方が無い。

スーパーに行く前に八百屋で野菜を見た。卵も欲しかったのだが、ジャガイモも何もかも十分な品揃いだった。多くは近辺の農家から運ばれるものなので営業が停止されない限り大丈夫だ。場合によっては戸外でもやれるお店だ。それに関しては農林大臣クロックナー女史の言う通り全く心配は要らない。

夕方になってメルケル首相の演説が入った。それによると不要不急の商店の閉鎖、あらゆる教会の閉鎖などを要請するものだ。謂わば私の生活は変わらない。

五月のコンサートのチケットを取った。とてもとても楽しみにしていたコンサートだ。しかし、メーデーからのベルリナーフィルハ-モニカ―やニューヨークフィルのツアーなどはほとんど実現不可能になっている。その一つの山であったアムステルダムのマーラーフェストは幻となりそうである。求めた座席を確保しただけに、余計にとても悲しい。

「連帯への憧憬」とバーデンバーデンの祝祭劇場は来シーズンへのモットーを掲げた。支配人スタムパはそれ以上には語っていない。しかし私はこれを今回の復活祭実施断念に重ねる。同じライヴの時を過ごす。様々な感じ方はあってもその時と空間を共有する、それは手と手を取り合った連帯ではなかろうか?誰も今ほどその機会の貴さを思ったことは無いであろう。



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想像する本物のパトロン 2020-03-16 | 文化一般
日常の生活への架け橋 2020-03-15 | 文化一般
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胸に痞えが残る日々

2020-03-11 | 歴史・時事
週開けて初めて走った。胸部に不調を感じてから初めての走りだ。ゆっくり走りだしたつもりだが、最後までとても苦しかった。やはり胸部に来ている。インフルエンザで同様の覚えはないので、やはりコロナウイルスに感染したと思ってまず間違いない。

最初に高熱を出したのが2月始めだった。そして一月以上経っている。未だに完全に抗体が出来上っていないという事か。咳が出たのは先週末だがそれまでは微熱若しくはバランスの欠如など若干通常のインフルエンザとも異なっていたものの体調が優れない程度だった。

市民の六七割りが遅かれ早かれ感染するということから、ただただその発症の仕方だけの相違である。喘息持ちとか心臓病とかの持病がある人は重篤化するということで、また高齢の人はそれだけ危険性が高いとなる。感染患者の3.4%の死亡率は、通常のインフルエンザ0.1%に対してとても高い。重篤化率5%、14%に症状が現れるというのも可成り高い。逆に86%の感染者はあまり感染したことを自覚していない。

そして潜在期間が2日から14日というからどこでどのように感染したかも分かり難い。そしてその感染力は可成り高いと思われる。

11時半からのメルケル首相の記者会見を観た。話題のシュパーン保健相とロベルト・コッホ研究所のヴィ―ラー所長が現状や対処について質疑にも答えた。連邦政府の考え方は明らかで、殆どの人には風程度の影響しか与えないが、対ウイルス弱者に対しての連帯と協調を重きに於いての施策だという。だから所長の言うように感染の速度を落とすことによって医療崩壊を防ぎ、ワクチンや効果的な治療法が見いだされるまで出来る限り感染速度を落とすことで乗り切るという。同時に催し物の開催を見送ったり可能な限りの方法で感染速度を落とすことが各州に推奨された。具体的にはその地方の状況に応じて決定されればよいということで、一律の法的な規制などを避けてあくまでも民主的な決定がなされていくことが重要としている。

そこで、最も知りたかった事が所長から語られた。なぜイタリアとドイツは違うのか。ドイツは一月中旬から準備を受けて皆が準備をしていて、医者のネットワークも監視できるようになっていたから先に先にと準備が出来たという。つまり所長の説明ではイタリアは感染のフェーズの右の方にあるが、ドイツはEU内においても時間軸で最も左の方にあるというのだ。その表れとしてフランス側で国境を接している向こう側のアルザスやロートリンゲンは既に韓国などに続いて危険地域に指定されたが、こちら側の南バーデンは大丈夫だとされた。実際には何百人もの患者が国境地域で感染している。ラインの対岸が如何に状況が悪いかが想像される。

森への車中のラディオは人工呼吸器をベルリンで一括して都合するとしていたが、八万程らしい。また隔離病床が二万四千床で、その範疇に抑えることで医療崩壊が抑えられるという。イタリアのように60歳以上には人工呼吸しないとかいうような非人道的なことを避けることが肝心である。また物資の配送が滞らないように日曜日の貨物車の禁止を暫定的に解いたという。またマスクの買い占めに札束をトランクに入れてのバイヤーなども暗躍しないように処置するという。EU国外にリゾースが放出しないようにする。

さてなによりもの関心事は、復活祭などの行事の中止であるが、それが発表される前に州の御膝下の州立劇場が継続の指針を出していて驚愕した。警察力を使ってもの阻止がバーデンヴュルテムベルクの火曜日の会見内容だったが、言ったこれはどうした事か?ミュンヘンの劇場が中止以前に準備していた通りのやり方での開催である。しかしコッホ研究所長の話を理解したならば、この方法とはならない。一体どうした事だろう。州政府はダブルスタンダードを取っているのだろうか?たとえ危険因子を持つ人が払い戻しを受けても問題は解決しないのである ― 結局中止決定。その一方シュパーン保健相の言うように千人以上の催し物を止めたとしても効果が出るとは分からないのである。

写真は会見あとの連邦共和国国会での質疑の時間から左翼党の保健相への質問。催し物中止に関して、それなら感染者のいるマインツからの国防軍のNATO軍との演習はなぜ中止にしないかという問い合わせ。

走ってみてやはり胸に重苦しさが残ったままである。肺に軽い炎症があることは間違いなさそうだ。さてどのように推移するか、中々スッキリしない日々となる。



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方舟の縁に右手で掴まる 2020-03-09 | 雑感
内心びくびくの今日この頃 2020-01-30 | 生活




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遂に感染者が出た我が街

2020-03-08 | 歴史・時事
遂に来た。我が市に感染患者が出た。水曜日に確認されて家族の二次感染が確認された。4600人しか住んでいない市である。まだネットで知っただけで近所から情報を集めていない。しかし既に育児所は閉鎖されているので子供の繋がりで検査された人は情報を持っているだろう。週明けに誰かに聞いてみたい。並びのような家ではないだろうが斜向かいの一角とかで、歩いて数分の所に自宅に家族中軟禁されているようだ。感染ルートは仕事の関係でイタリアから帰って来たというからワイン関係者かもしれない。

これで少なくとも今後この街で感染が広がっても私が怪しまれることは無くなった。しかし、ここまでくると恐怖で、昨晩からの咳が酷くなった。若しかしたら本格的に感染したかもしれない。蟄居しなければいけない。しかし私が街の中でうつるとすれば肉屋とか限られた場所だけで、濃密接触には程遠い。しかし最早臨戦態勢になった。パン屋でくしゃみをしていたのがいたが、それだけでも大胆な奴だと思った。

個人的には既に出来るだけ金の受け渡しでも手を触れないようにしている。平素は素手感覚派であるが、親近感よりも今は出来るだけ触れないようにしたい。それでもと思うのはもう特別な関係でしかない。暫くは疑心暗鬼になると思う。

イタリアの町の様に我が市が閉鎖されてしまうとなるとそれは耐えられない。いつものスーパーにもいけない。それどころかパン屋にも行けない。行けるのは肉屋だけで、それも閉鎖するに違いない。そのような日常は耐えられない。更に復活祭までに解放されないと一体どうなるのだ。山を越えて夜逃げをするのか?まるでコルディッツ大脱走である。

またWEBCAMのワイン街道の風物詩ギメルディンゲンのアーモンド開花祭りが中止になった。その街での感染者は見つかっていないが、ワイン祭り程濃厚接触する催し物は無い。初めて会う人とグラスの廻し飲みや腕を組んでなどはデフォルトだ。それも結構遠方からもやってくる人で賑わう。感染ルートなど特定できない。全く駄目だ。そんなことをやっている時ではない。出来れば六月の我が市の祭りも中止になって欲しいぐらいだが、既に避難計画を立てているが、さてどうなるか。逸早く終息して欲しい。

2016年産シャルツホーフベルガーを開けた。先日下位の2015年産を開けて熟成が必要だったので天候的に弱い年のリースリングを開けた。これまたジューシーで旨い。苦みもあるのだが、果物の皮若しくはグレープフルーツの苦さと果実風味がとても嬉しい。風味がよい。グラスに若干蜂蜜臭があったので貴腐が入っていたのかもしれない。

要するに2016年の出来はそれほど良くなくて早めに飲み頃がやってきているということだ。グランクリュもあと五年もしないうちに飲み干せる年度だろうか。しかし酸は生きているので全く慌てることは無い。だからそれだけの金額を出しているのだ。来月ぐらいに2019年産も試飲に行けるか?

ニューヨークフィルのもう一つのプログラムは、アムステルダムのマーラーフェストと同じで、巨人と若人の歌である。更にオランダのヴェーゲナーの曲が付くお得ものだ。なるほどそちらの方は売れ行きが良い。正直どちらのプログラムの方が価値があるかは何とも分からない。但し、放送で聴くとやはり特別な管弦楽団で、音が分厚いだけではない底力も感じる。じっくりと聴いてその世界での価値を吟味しなければいけないだろう。



参照:
月末に際しての想い 2020-01-28 | 雑感
コロナウイルス狂想曲 2020-02-29 | 暦
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見えてくる対コロナ戦略

2020-03-01 | 歴史・時事
土曜日の峠攻めは更に体調が良くなっていた。違うのは呼吸器系で、スピードは落としていたが、完走が苦しい一週間前までとは異なった。気温も摂氏8度と丁度いい感じで、林道脇の茂みにも雪がところどころ残っていた。雪解け水が流れているのが具合が悪かったぐらいだ。身体の芯が確りした感じで姿勢も良くなってきた。そろそろ流行り病から抜け出したい。

走りながら考えていたのはコロナの今後の進展だ。車中のニュース報道は、ベルリンでも見本市が取り止めになって、その一方メルケル首相が「全ての催し物を止める必要はない」としたことで、臨機応変に対応していくというのが分かった。

一番危ないのは見本市で中共から集まる展示者やバイヤーで、彼ら彼女らが新たな感染源になることはあり得る。既に水際として、飛行機のパイロットの報告義務に加えて、飛行場でも健康チェックをすることになっている。そして本日そこに北イタリアの各地域、イラン、韓国、日本がそれに加えられた。機内アンケートと飛行場の入管で本人と合わせるという事だと思う。

その他でも国境30㎞以内の国境警察の強化が加えられている。その真意は分からないが、既にオーストリアが国境を固めたというから、直接の国境線は無い北イタリア対策と思われるがよく分からない。病気を圧してそこまでしてドイツへ来る人とは、ドイツでお店でもしている人だろうか?フランスへアオスタ谷周辺から入って来て、ドイツへとフランスから入って来ればフリーパスだ。イタリア車ならば停車させることも可能だが、ドイツナムバーだったら分からない。

バーデンバーデンの復活祭の初日「フィデリオ」の残り券を見る。いつも同じように二階バルコンの真ん中辺りに席が余っている。最初の数列が233ユーロ、その後ろが199ユーロで、これはまだ一月の間に売れるだろう。ピンクの295ユーロは一寸高いが若干屋根が掛かるので売れ難いのだろう。同じ様に若しくはより深く屋根が掛かっている一階バルコンの方が売れているのが面白い。同様に平土間前方の左右も同じ価格で残っている。演出によっては不利になるかもしれない場所である。

昨年までと異なり格安席が悉く売れている。要するに玄人筋やファンが買い占めているのである。所謂天上桟敷聴衆で一番厳しい聴衆層である。つまりサイモン・ラトル体制ではまだまだ違う層が主だったということで、今年から明らかに、昨年のメータ指揮のそれ以上に、手薬煉を引く厳しい聴衆が集まってくると思う。演奏者側も愉しみではなかろうか。

バーデンバーデンの客層は、海外からはロシア人を中心で、隣国のフランス、スイスとなり、イタリア人はそれ程いない。現在のところ問題になるのは日本からの聴衆ぐらいであるが、飛行機で、飛行場で二回もチェックが入るので、それに関しては殆ど問題にならないと思う。問題は今はまだ感染者が出ていないカールスルーへ、プフォルツハイム、バーデンバーデン、オッフェンブルクに囲まれる地域での今後の感染状況が重要である。全く出ないとは思われないが、早めに二次感染を食い止められれば更なる影響を与えないで済むだろう。


参照:
コロナウイルス狂想曲 2020-02-29 | 暦
万全の防疫態勢か? 2020-02-28 | 歴史・時事
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万全の防疫態勢か?

2020-02-28 | 歴史・時事
若干体調が戻った。走っていて楽だなと気が付いた。完全にコロナウィルス状態である。二週間の潜伏期間とすると何にうつったとしてもフランクフルトの二回の公演の可能性が強い。中華系の会場案内の人とは話したが短い間だった。それ以外では殆ど可能性はないのだが、何とも言えない。そしてぶり返すように今週は辛かった。

何時間もの車の走行で腰にも若干来て、なによりも気持ち悪いのが胸に来たことだ。あまり通常のインフルエンザでは胸に来ないが今回は初めから若干来ていた。午後の微熱なども嫌な傾向だった。しかし、立ち寄り先等ではまだ感染は発覚していないので、やはり似通った障害なのだろう

車中の放送で州内でも感染者が見つかったことから、その防疫態勢についての報道があった。結論からすると州は万全に対応準備が整っていて、市中の開業医などからの情報を収集するネットを駆使するという。そのことで対応策を直ちに練れるということだ。実際に2017年には千件以上の感染者が出ても制圧出来た実績があり、その経験を活かして更に対応策が出来ているとされる。

自信満々だがそれほどには信用していない。しかし私の感染したものがコロナでないという前提で、そこまで言うならという信頼感はある。その一方政府などは、感染が広がった時に閉鎖などに備えて各家庭で食料を十日ほどは備蓄しておけと流れているので、考えておかなければいけない。その他の注意は、手洗いと人と距離を置くこと。

先ずは日持ちする野菜類として、ザウワークラトが欠かせない。しかし考えることは同じだからスーパーでは売り切れているかもしれない。麺類などはまあまああるので、米も買っておこう。あとは缶詰、瓶詰め類だろうか?また、序でに無くなった「ドメスト」も補給する。

雪が降って、翌朝は凍結となるらしい。そして週末は摂氏気温14度まで上がる。この気温変化だけでも厳しい。山の中は陽が当たらないところは白くなっていた。雪が残っていたのだ。

山道を走り乍次の演奏会のプログラムを思い描いていた。ノルウェーのアンスネスのピアノリサイタルだ。思い出せずに調べるとメインは最後の「謝肉祭」であった。これは季節柄丁度いい、今勉強してみよう。その前にバルトークの「三つのブルレスク」、そして最初がドヴォルジャークの「詩的な音画」という中々興味をそそるプログラムである。なぜか知られていないのかそれほど売れていない。



参照:
少し感じる微熱感 2020-02-27 | 文化一般
ハイデルベルクの春へと 2019-12-10 | 生活


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ブランデンブルク門を臨む

2019-08-21 | 歴史・時事
ベルリンで月曜日から練習が始まった。キリル・ペトレンコ指揮就任演奏会の練習である。その状況は今日明日にでも放映されると思うが、今回は二日目のブランデンブルク門での大イヴェントにも注目が集まる。

火曜日のベルリナーフィルハーモニカ―の支配人ツェッチマン女史の会見では、その準備に二年間も費やしたとあったようだ。NDRの楽団担当だったツェッチマンにとっては、今回放映パートナーのrbb支配人シュレジンガー女史は謂わば同僚だったようで、二年前から相談していたという。この間乗り越えて解決しなければいけなかった事項は35件に及んで、警察、消防など主に安全対策などの面からのお役所仕事の様である。だから当初から「新指揮者ペトレンコのお披露目の為には大規模な催しとしたい」と語っていた。曲目に関しては千人の交響曲ぐらいかなと思っていたが、第九だったのである。しかしそれもブランデンブルク門でとなるとオープンエアーでも通常とは異なる。

当日は三万五千人の聴衆が詰めかけると見込まれ、更に晴天が予想されている。全ての人が無料で、A3サイズ以下ののみの大きさの持ち込みと必要な手荷物検査の上、18時から場所取りが出来るようだ。しかし、その大きさから折りたたみ椅子などは持ち込めないので、演奏が始まる20時16分までは立ち通しとなるらしい。これは当夜のrbbTVで晩の「ターゲスシャウ」が終わって、rbbが「ブランデンブルク門へ」とアナウンスすることを以って始まるからのようだ。会場へはペットボルトなどは許されてもビンは持ち込めないので、そこの売店で補給するようになっている。様々な情報を総合すると、地元放送局などでも応募募集しているようにVIP席は設けられていて、門のところに若干座席を作るのだろう。

二人の支配人が窓から門を覗く写真を見るとアドロンホテルのその向きの部屋は皆観覧席となりそうだ。さて肝心の音響は、勿論PA無しには放送もPVも不可能であるが、rbbが責任を以って執り行う。60人体制で、60本以上のマイクをぶら下げて、11台のカメラが投入される。昨年のベルリナーシュロースの中庭での中継からすれば、勿論今回の方が遥かに条件は厳しいが、大いに期待できる。これで分かるように、例えば先月のミュンヘンでのアメリカンプロの節は弦楽器にミニマイクが付けられたが、今回は正攻法な集音となるようだ。施設する総ケーブル長は五キロメートルにも及ぶらしい。

そうした中で態々アルバン・ベルク作曲「ルル」組曲から演奏されるというのが俄かに信じられないのだが、これはなにも歌うマルリス・ペーターセンが得意としたルルの役の歌を歌わせるためだけに選曲されたものではないだろう。その心は、未完・補完版オペラ「ルル」を纏めた組曲の構成にあると見る。期待は膨らむばかりである。こちらまでが武者震いをする。

ベルリンの壁が崩壊して30周年。あの時、指揮者ペトレンコはシベリアの故郷の小さな町に居たのだろう。ツェッチマン女史はアビテュアーに合格して丁度アメリカに居たらしい。そしてそこでニューヨークタイムズのインタヴューを偶々受けたという。私も報道で冷ややかに見ていただけでベルリンには敢えて近寄らなかった。あの時のバーンスタイン指揮のそれとは今度は何もかもが違う。

もう一つ、この計画でキリル・ペトレンコが支配人に尋ねたようだ。「国立図書館に入れるかな」と、そしてそこに手書きの総譜の一つがあって、そのコピーも備に調べたという。その結果が出るかどうかは聞いてみないと分からないと報じている。ツェッチマン支配人は、自らのキャリアーにおいて最もやりがいの仕事の一つと語る。さて何もかも成功へと導かれるか?

ミュンヘンからコルンゴールト作曲「死の街」新制作初日の当選の知らせを受けた。最高金額公演なので他の公演日に比べて同じ席でも40から66ユーロも高い。何か特別にお土産がある訳でもないが、しかと見届けたい、音楽監督としては最後から二つ目の初日である。もうあとは初日だけ行ってもいいぐらいだ。



参照:
イヴェントの準備をする 2019-05-16 | マスメディア批評
聴衆の一体感を再確認 2019-08-17 | マスメディア批評
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Kawaiiからは遠い運命

2019-08-11 | 歴史・時事
新聞文化欄にサイモン・メイ著新刊「ザパワーオブキュート」が大きく扱われている。所謂Kawaii現象つまり社会の幼児化趣向への社会学的な視点で綴った書籍である。それによると、トラムプの行動や2008年当時の日本の外務大臣麻生などが例に挙げられる。KittyやPokemonnやEMOJI流行は言うに及ばず、ETやバルーンドッグス、シュレットなどのキャラクターの目や口に注目する。

心理的には、幼児化現象として、まさしくグスタフ・マーラー作曲第六交響曲の幼児退行が思い浮かぶ。最も作曲家の現実環境があまりにも辛辣を極めれば極まるほど、そうしたきらきらピカピカの幼児体験に想った世界へと戻りそこに遊ぶという心理と同じである。

ドイツにおいてもそのようなトイレットペーパーが直ぐに売り切れたとされる。ハローキティ―などのそれがある程度定着していて、日本の時の外務大臣が後押ししたように漫画を中心にそうしたサブ文化的な影響はあるものの比較的キュート文化からは遠い社会であったのにも拘らずである。だからこうして高級紙の文化欄の最初の記事として大きく取り上げられている。

やはり一種の社会の閉塞感という事なのかもしれないが、日本における芸術的な文化的な趣向と言うのをそこに見れば、現実逃避的な要素はとても強いと感じる。特に日本における西洋芸術音楽需要の核にある心理であって、西欧19世紀におけるフランス革命以降の市民の勃興を契機とする市民の「人生の苦悩」がそこでは最たる関心事となっている。

偶々見つけたDW放送の記事で、「運命交響曲」の命名自体が同時代のシンドラー絡みの運命の動機への言及であって、その後の浪漫派時代には揺るぎない文芸的な意味を保ち続けたというのはその通りであろう。それどころか1960年代のフォンカラヤン指揮全集録音における世界への西欧音楽文化の波及として、世界の隅々まで同じようにマスに働きかける「人生の苦悩」としての運命主題として定着させたことはあり得ることだろう ― まさしくそれを更に一歩進めたのがチャイコフスキーらであり、そこからマーラーへもと受け継がれる。

これを見れば、なぜ通俗名曲と呼ばれるものが、こうした「人生の苦悩」を土台として、そしてそれが複製芸術として市場を形作っていったかが明らかになる。なるほど心理的にはマーラーへと進むとひねてはいるが、その延長線上にある心理であることは間違いなく、次点として日本では売れる曲、プログラムとしてそれらが挙げられる ― つまり日本人の歓心を得ようと思えば「人生の苦悩」しかないようだ。

そこで放送記事で取り上げられているように、ロート指揮のレシエクレなどのオリジナルサウンドを求める楽団の演奏では、もともとフランスでは自前のフランス革命精神から演繹的に「運命の動機」つまり「勝利の歌」としてのハ長調のフィナーレからイメージが定着するとして、なるほどその「運命の動機」への意味づけが変わってくる。革命前には、そうした職業の選択権も移住の自由も結婚の自由さえも無かった「人生の苦悩」などは存在しなかったので、楽聖には健康上の問題はあったにせよそれを超えたチャイコフスキーのような苦悩を当て嵌めるのは誤りであり、精々ベルリオーズなどをそこにおけば足りるのである。こうすることで、その後の浪漫的な芸術への創作意志などがより浮かび上がってくることになるだろう。

その面の右下に、バイロイト出演予定のアナ・ネトレブコがローエングリン出演をキャンセルして、来年もデビューは無いことが発表されたと代役の発表と共に短報してある。来年以降も出ないという事で、「疲れた」と言うのは結局エルザへの挑戦が上手く行かなかったという事になりそうだ。



参照:
Der Schrecken der Verniedlichung, Melanie Mühl, FAZ vom 9.8.2019
運命の影に輝くブリキの兵隊 2017-04-11 | 文化一般
無酸素で挑む運命の先 2019-07-23 | マスメディア批評
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オペラが引けて風呂と酒

2019-07-11 | 歴史・時事
承前)演出家バリーコスキーはマガジンの対談で語っている ―

クシュトフ・ヴァリコスキーと立場を共にするので、この「サロメ」においては反対に最後にとても気分が悪くならないようでは失敗だ。人々が出て行って、「ああよかったわ」叫ぶとすれば、たとえそれが当たっていたとしても、何かが上手く行かなかったという事だ。こういうオペラが引けた後で必要なのはシャワーを浴びることで、自分自身の場合はヴォトカと風呂だよ。それに引き換え「アグリピーナ」は、言えば鮨と吸い物だよ。

なるほど、彼はバイロイトで「マイスタージンガー」の後でブーイングがなかった意味も分かっているのだろう。確信犯だ。

しかしヴァリコスキーがここまで単刀直入な演出をするとは私は予想していなかった。新制作「サロメ」のプログラムには事細かな情報が満載されている。そしていつものドイツのオペラ評論がそれについて深入りしていないことも想定内だったのだろう。再びフランクフルターアルゲマイネの演出に触れた部分を読み返す。

なるほど、劇中劇の「サロメ」がゲットーの中で催されている事、多民族ではなくユダヤ民族の集団となっていて、影響をしたパッソリーニの映画以上に価値ある芝居となっていて、青酸カリでの自殺へとその枠組みが崩れていくことを評価してポストドラマとしている。パッソリーニの映画をよく知っている人にはあのブーイングの意味が分かるのかもしれない、しかし私には分からなかった。

ヨハナーンが入って、死神との踊りが繰り広げられる真ん中の谷は、ポーゼンに2011年まで使われていた室内プールで、ラファール・ヤコヴィッツのヴィデオがモデルとなっている。1940年4月4日にザイルで屋根の星が弾き倒されたシナゴーグの内壁がそのまま内装となっていたプールである。

一体そこまで具体性を以って演出家はなにを言いたかったのか?ヴァリコフスキーは対談で、そもそもこの話しには裏が取れていなくて、オーソドックスユダヤとそうでないユダヤ、そしてナザレと議論をさせていて、ビッグブラザーの様にそれ覗いている我々は何者なのだ?と疑問を呈している。それを面白おかしく歴史的事項として扱っているキリスト者に疑問を投げかける ―

「綺麗な手でここから逃げられない。今観たリヒャルト・シュトラウスは語り草だよ、指揮はもの凄く、サロメは嘘の様で、ヨハナーンは素晴らしかったとは」。

一体、今日の誰に対して語っているのか?なるほど恐らくポーランド人に対してでもあり、ドイツ人に対してでもある。しかしガイダンスで、指揮者ペトレンコの右腕であるドラマテュルークのクラースティンク博士の話しの内容はそれを遥かに超えていた。そして恐らくプレスが語れないそして勘のいい者ならば誰でも気づく記号がこの演出には隠されている。少なくとも私が知る限り、ヴァリコフスキーと言う演出家の仕事はそこから始まっている。

その前に、注意しておかなければいけないのは、オスカーワイルドそしてシュトラウスの「サロメ」のその時代背景であって、それは詳しくプログラムに掲載されている。この手のプログラムにはあまりにも枠組みが沢山記述されていて、態々読んでも仕方がないと言う内容が冊子の三分の二近くに及ぶというのが普通ではないか。今回も144ページに36ページに及ぶ写真が挟まれている。舞台写真、歴史的サロメ像、そして残りはイスラエルから提供されたプロジェクターにも映されたポーランドのシナゴークの壁画の意匠などユダヤ関連の写真である。

つまり、二十世紀へと世紀が変わったところでの歴史視点から、演出家が語った今日ではヘイトとされる事象をもう一度洗い直す作業となる。(続く



参照:
Kopfloses Geschlurfe, blutiges Gekuschel, STEPHAN MÖSCH, FAZ vom 29.6.2019
意地悪ラビと間抜けドイツ人 2017-07-27 | 文化一般
未だ嘗て無いような合致 2019-07-01 | マスメディア批
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欧州のユダヤ人感への評価

2019-07-08 | 歴史・時事
承前)「サロメ」のアンティセミティズムをどのように評価するか?これはこの楽劇を知った最初の子供の時からの課題でもあった。その後実際に最初の欧州旅行でユースホステルでユダヤ人と一緒になって、その意味するところも実感した。なによりもイスラエルから来たユダヤ人とパリのユダヤ人が共通の母国語でなくても直ぐに意気投合してしまう情景を見て、またユダヤ人同士の議論を聞かされたからだ。五人ぐらいだと思う、喧しく盛んにやっていた。

新制作「サロメ」のプログラムに演出家のヴァリコスキーへのインタヴューが載っている。そこにもこの問題が扱われていて、要約すると時代の変遷となるだろうか?当時の欧州の感覚とすれば日常茶飯事のユダヤ人弄りであって、20世紀初頭における前世紀から引き継がれた関心がそこに流れているのみであって、それ以上のものではない。実際にその後にもアルバン・ベルクの「ルル」や若しくはオペラの原作となった「ヴォイツェック」には色濃くステレオタイプのユダヤ人が描かれている。

カトリック出身のポーランド人であるヴァリコフスキーの演出の成果である。最初は上演禁止にもなりながら、世界のオペラ劇場で最も人気のあるレパートリーとして定着したこの楽劇の上演においてもはや誰も気にしないようになっている事への関心を想起して、当時とは異なる現在の感覚からすれば明らかに不思議な感じに再びさせた事を指す。現在ならばそうした嘲笑がその後の歴史の端緒となっていたとか後付けで講釈を述べれる、若しくは劇場作品にありがちなただの設定でしかないステレオタイプな文化的な記号とも位置付けられる事である。しかし、最近の特に音楽劇場における演出の趨勢をそこに見るならば、創作された時代を環境を舞台とすることで新たな今日からの視線をそこに張るという方法がここでも採られる。

それならば作曲年代その数年先のオスカー・ワイルドの原作のそれが舞台になる筈だ。しかしここでは設定が1940年代となっている。演出家はヘロデ王の僅かしか聖書に書かれていない家庭劇の舞台をポーランドのゲットーにおける「劇中劇」とすることで、今日からの繋がりをそこに求め、舞台で演じる歌手たちの助けとした。

そこには色々な記号が散りばめられており、多くの人がこともあろうにジャーナリストとされるプレス資料に一通り目を通した人たちにまで、この演出を不可解なこととして評価を疎かにした。憶測すれば敢えてそこを論じることを止めている。一般的な独ジャーナリズムの特に左派ジャーナリズムの手法となっている。逆説的ながら初日も三日目も鋭く間髪を入れずブーイングを入れた人は恐らくそれよりはもう少し演出意図を理解していたかもしれない。要するにエンタメとして定着しているこの出し物をもう一度今日に繋がる影響ある音楽劇場作品として上演されるような意図を演出家は語っている。

そして実際には、初日前に出された写真に示唆されていた。その第一景のつまりゲットー内で「手癖の悪いユダヤ人の強奪を嘲笑する」自虐的な寸劇がなされ、マーラーの「亡き子の歌 ― またこの録音が戦後1946年の録音であったのも隠し味となっている」が流される情景の背景の書架に印象させたバイロイト音楽祭の現行の「マイスタージンガー」への観念連想だった。偶然ではなくマガジンでその演出家バリーコスキーとの二人のインタヴューが載っているのは傍証となろうか ― このマガジンはネットからもDL可能である。ユダヤ系オーストラリア人とクシュトフ・ヴァリコスキーとまた名前がそっくりだ。それだけで十分だった。あの恥じたらしな「マイスタージンガー」を知っている者ならばこれがそのものポーランド批判にもなっていることは直感的に気がついた筈だ。そして、バイロイトで私なら精一杯ブーイングをしていたのだが、そこではなくミュンヘンでブーイングが起こった不思議。

その不可思議こそが、今回の演出の最大の効果であって、まさしくヴァリコフスキーが語るように、一体どのような面をしてヴィーンでもどこでもこの作品が戦後直ぐに上演されるようになったかについての嫌疑される状況が続いていることへのアンチテーゼとしての演出となっていた。それが初日に起こった聴衆の戸惑いの一部でもあったが、同時にその音楽的な歴史の流れをそこに我々は見ていくことになる。

バリーコスキーを受け入れる素地の方がまだ団塊の世代を中心に大きいのかもしれないが、時代精神としては明らかにヴァリコスキーの方が今日的で、予想以上にバッハラー体制が可成りリベラルだったことを思い起こすきっかけになった。バリコスキーの演出は受け入れられても、ヴァリコスキーの演出を受け入れられなかった人は一体どうした層に属するのかは明らかだろう。(続く)



参照:
竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般
意地悪ラビと間抜けドイツ人 2017-07-27 | 文化一般
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