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Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2006年06月

2006-06-30 | Weblog-Index



かくあるべきショッペン [ ワイン ] / 2006-06-29 TB0,COM0
葡萄棚の下の金曜日 [ 女 ] / 2006-06-28 TB0,COM2
熊のブルーノの死 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-06-27 TB0,COM2
宮城のPV会場から [ 雑感 ] / 2006-06-26 TB0,COM2
ライヴカム・ミュンヘン [ 生活 ] / 2006-06-25 TB0,COM0
吉兆とヨハニの乱痴気 [ 生活 ] / 2006-06-24 TB0,COM4
父なる祖国とトトカルチョ [ 雑感 ] / 2006-06-23 TB4,COM9
蹴球・男たちの恍惚感 [ 生活 ] / 2006-06-22 TB0,COM3
天候即ち偶然に頼って [ 女 ] / 2006-06-21 TB0,COM0
謙遜と自尊心の無さ [ 文化一般 ] / 2006-06-20 TB2,COM4
ニュルンベルク-東海道 [ 雑感 ] / 2006-06-19 TB0,COM5
蹴球兵法と故事来歴 [ 文化一般 ] / 2006-06-18 TB1,COM7
バイエル社の買収成立 [ 歴史・時事 ] / 2006-06-17 TB0,COM3
侍列車-十三日付紙面 [ 生活 ] / 2006-06-16 TB0,COM2
対波蘭戦に忠誠を示すか [ 歴史・時事 ] / 2006-06-15 TB2,COM4
カイザースラウテンの暗影 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-06-14 TB1,COM2
ライヴカメラを覗いてみる [ 暦 ] / 2006-06-13 TB1,COM12
蹴球愛国主義と文化水準 [ 雑感 ] / 2006-06-12 TB0,COM2
なんと言う一日だろう? [ 生活 ] / 2006-06-11 TB1,COM2
興奮の開会の一日 [ 暦 ] / 2006-06-10 TB0,COM7
目を覚ましながら [ 文学・思想 ] / 2006-06-09 TB0,COM3
エレヴェーターに乗るな [ 雑感 ] / 2006-06-08 TB1,COM2
ビール消費と癌予防効果 [ その他アルコール ] / 2006-06-07 TB6,COM10
空虚な文化行政の体験 [ 文化一般 ] / 2006-06-06 TB0,COM2
オッズやウェブカムを覗く [ 生活 ] / 2006-06-05 TB0,COM0
TOB期間を引き続き延長 [ 生活 ] / 2006-06-04 TB0,COM2
四半世紀ぶりの買い替え [ テクニック ] / 2006-06-03 TB0,COM0
天井の閉じたアレーナ [ 雑感 ] / 2006-06-02 TB2,COM13
羊と鶏にベーアラウフ [ アウトドーア・環境 ] / 2006-06-01 TB0,COM2
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かくあるべきショッペン

2006-06-29 | ワイン
ショッペングラスを改めて撮影する。WIKIのサイトの写真は、それほど数が多くなかったので負けじと棚からグラスを出して並べた。嘗てワインフェスト巡りをした時の戦利品である。と言っても決してくすめて来たのではない。支払いにグラス分の預かり料が含めれているからである。以前は3マルク程であったが、最近は2ユーロぐらいだろうか。つまり、店じまいの時に正規に別けてもらう何倍もの投資をしている。

ショッペンの計量の基準はマスになっているようだが、フランスの単位とも関連しているようである。プファルツのショッペングラスは、メートル法で半リッターになっているので、英国のパイントの約568mlにも近い。

歴史的にみると、ドイツビール作りの樽の大きさなどから定められたとある。しかし、その語源であるショッパンは、フランスのルイ王朝では半パントと定められていて、王の足長立方34,277L(34,484cmの立方乗)の三十六分の一であるパントは約952mlである。この半分つまり六十二分の一の約476mlを指す。これは現行の半リッターに近い。

現在でもドイツのショッペンを四分の一リッターとする地域もある反面、プファルツがフランスのそれに近い半リッターを言う。こうした歴史的背景は無視出来ない。

そのグラスの大きさからすると、再び英国のパイントを思い起こす。つまりショッペンなるものは、十分な量が注がれるのが先決であって、それほど必要なければハーフにすれば良い量であるべきだ。

またフリューショッペンと言うのが、お昼から飲むこれを言うので、英国の昼のパブの営業にも似ている。もちろん、そこでは一時アルコール販売の時間規制が行われていたが、こちらではあり得ない。アルコール販売の時間規制は、アウトバーンのサーヴィスでの夜間の販売ぐらいしか聞かない。
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葡萄棚の下の金曜日

2006-06-28 | 
去る金曜日は、戸外で食事をした。夕立の恐れのない、穏やかで健康的な気持ちの良い一時であった。木陰は蒸し暑くも肌寒くもない、青空の夕刻。

ガーデンは適当に賑わっていた。丁度戸口で入れ替わりに出て行った先客のあとに都合良く滑り込む。そしてとりあえず、炭酸水割りのリースリングを、隣町から歩いて来てのどが渇いたと、半リッターの所謂ショッペングラスで注文する。お品書きをしっかりと学習して、煮こごりと牛の煮たものを食べようかと給仕に内容を訊ねてみた。牛肉が生暖かい事もあるからだ。暖かいのは付けあわせのジャガイモだけだった。それならばどうしても暑い日のためにこれを取っておいて、揚げ物にしようとなった。

このテーブルの担当は、馴染みのひょろ長い娘であった。棚となっている葡萄の木の樹齢を訊くと、彼女は「とても古いよ。」と言う。どのように古いのかと念を押すと、「私より、年いっているのは間違いないよ。」と説明するのだ。そうなると、どうしてもこの女の齢に興味が行く。

彼女の印象は、上に書いたような身体的特徴と一種独特の情感的な沿いにあって、どこか体がふらふらと左右に揺れるような印象と似たような対人関係でのかみ合いが、給仕を受ける人によっては忘れられないかもしれない。ここのお店の給仕係の三人、大ベテラン格のおばさんと中堅の女性、そしてこの彼女のどれも良い。ここの町がカトリック共同体である事を、なんとなく思い出させる。

さて、彼女の年齢は、壁崩壊に伴ってザクセン・アンハルトから十三歳の時に家族に連れられて出てきたと言うから察しがつく。「この店のホームページにあなたの写真が出ていたね。」と言うと、「そう、ここに勤めるようになって、五年経つのよ。」と。そしてその時分の彼女の印象を手繰り寄せる。ザクセンからあちらにかけての女性に多い赤が勝った茶系の髪に、こじんまりとした顔立ち。人あたりに、どこかはにかみのような表情が上体のゆれと共にするっと抜けていくような感じ。逆算できる実年齢からすると更に数年も若いおぼこ娘の印象が重なる。

東独で教育を受けたとまで言えない若い世代の人たちと知らぬうちに話すことも多い。どうも共通しているある種の用心深さがある。これがどこから来るのかは分からない。社会の中での家族関係にもあるような気もすれば、民族的なものがあるような気もする。オーダー河とエルベ河の間に住みついた人たちである。

その土地柄を思い浮かべて酔いで口の回らぬうだうだとした話に付き合ってくれるのが、流石に妙齢の女性である。こちらもそうした可愛いい好意に甘えながら、訊かれるままについつい自分の要らぬ事まで話してしまう。そして酔いが覚めるに従って自らに嫌悪感湧き起こる中年男である。

葡萄の枝の皮の捲れたつるつるした部分を撫でながら、「これは、すらっとしてあなたのようですね。」と振る。すると彼女は、嫌な顔を微塵も見せずに「そう、ひょろひょろとしたのは私の家系なの。皆、同じ感じ。」と、語ってくれた。
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熊のブルーノの死

2006-06-27 | アウトドーア・環境
最後の恍惚の一瞬だけで満足。カイザースラウテルンのトッティーのPK。カンガルーズのキーパーのシュヴァルツ選手がインタヴューに答えていた通り、一点入れられなかっただけで完敗なのである。勝負事の常であろう。イタリアチームは良くは無かったが、実力はあるので次に期待したい。カイザースラウテルンはそれほど暑くはなかったであろう。

熊のブルーノが死んだ。バイエルンのシュピツェンゼー山中で射殺された。前回の優勝時にも熊騒動があった事から、これでドイツチーム優勝の迷信は潰された。次の試合の運は尽きたか。

射殺の是非を巡ってスイス対ウクライナ戦の裏特番を観よう。殆ど追悼番組であった。蜂蜜を、また羊の心臓と肺を一掻きで取り出してぺっろと平らげるのは凄い。バイエルンの酪農オヤジが「これを見ろって、何処が動物愛護じゃー」と喚くのが良かった。何れにせよ人間が襲われなかったのは幸いであった。

家電量販チェーンの新TVスポットは、クロアチア人がキャラヴァンの中で泣いているシーンのようだ。そしてお店で日本人と楽しくお買いものをしようとしている様子である。

ウクライナは、スイスに対して???。PKで勝利したようだが、あまり重要では無いだろう。
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宮城のPV会場から

2006-06-26 | ワールドカップ06・10・14


シュトュッツガルトの市街地新宮城のPV風景を観察。



イングランド対エクアドルの試合は大変蒸し暑い中で行われた。気温だけで条件を比べるのは難しいかも知れない。何れにせよイングランドは運動量だけでも精彩がなかった。それにしてもルーニーの面構えは参加選手中トップクラスの悪である。TV中継ナレーターが、「この人とはマジョルカ島で一つの椅子を争いたくない」と言うように、選手で無ければフーリガンと言う感じがする。このような凄いつわもの選手がいるのでイングランドはまだチャンスがありそうだ。民放は大男のクローチを「サッカーをするアスパラガス」と呼んだとかでいよいよ対イングランドでも臨戦体制になってきている。ブラジルに勝ちぬくことは無いだろうが。

一人減り一人減りで9人対9人になってどうなるかと思ったが、結局ポルトガルがオランダに勝った。ニュルンベルクのと言われる。

雷が轟いてまた雹が降って幾らか涼しくなった。途中瞬間的に停電二回。
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ライヴカム・ミュンヘン

2006-06-25 | ワールドカップ06・10・14


カウチポテトの用意に買い物に行く。百台から二百台に一台は、車の窓から国旗を出して走行している。以前よりも増えた気がする。こうした旗日は、家屋に垂らされる旗も含めて、四年に一度のワールドカップだけなのである。

新聞に興味ある写真が幾つか出ていた。一つは多文化が寄り添っているベルリンのクロイツベルク地区のアパートメントの写真である。最上階にはドイツの国旗が二件、そしてトーゴかどこかのイスラム教件の国旗、その下の回には参加していないに関わらずイスラエルの国旗、そしてエクアドルの国旗が生活臭を匂わせるベランダに吊るされている。もう一つの写真は、ドイツ国旗で体を巻きつけスタジアムでドイツチームを応援するチャドを被ったトルコ人の女性である。双方とも現状を示していると同時に、其々が属する帰属母体と自身の関係を様々に示唆している。

今回はトルコが参加していないので幾らか静かであるが、こうしてドイツが優勝を狙える態勢になってくると、俄然と盛り上がる。ゴール毎に空砲が撃たれていた。勝ちこす毎にだんだんと大砲となって行くのだろう。

何れにせよこれでドイツとアルジェンチンが戦うこととなった。スヴェーデンは今一つ良くなかったが、ドイツ選手の足元が安定していたのには驚いた。コンデションも良いようで最高のようだ。メキシコのシュートなども恐ろしかったが、結局技術的にも洗練されているアルジェンチンが技で勝敗を決した。



ミュンヘンからのライヴカメラ

オリンピックタワー
旧市街を望む
旧市街中央マリエン広場
ヴィクツアリエン広場
TV塔
動物園像の檻など
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吉兆とヨハニの乱痴気

2006-06-24 | ワールドカップ06・10・14
ドイツチームは、本日夕刻にスヴェーデンといよいよ決勝トーナメントを戦う。イングランド戦を引き分けに持ち込んだ力は恐れるに足る。スヴェーデンなら勝てると言う意識があるので、この時点でイングランドとドイツがあたらなかったことを感謝しなければいけないだろう。

先日伝えたブラウンベアーは未だに捕獲されていない。前回優勝したときにも同じような騒ぎがあったとかで、慶兆として受け止められている。ベアーは、断るまでもなくゲルマン人とって特別な意味を持っている。決勝地ベルリンの市旗を見ろ。

それに本日はなんと言ってもヨハニの日。もし勝利する事があればミュンヘンの夜の乱痴気騒ぎは最高潮となろう。スヴェーデン人も同じゲルマン系なのでいずれにせよとなる。

更に夜ライプツィッヒでのアルゼンチン対メキシコもハイレヴェルの戦いとなろう。実力のあるどのチームも予選リーグでのアイドリングを経て調子を上げつつあるので、ここで一気に本格的な祭りとなりそうだ。

昨晩は韓国がスイスに敗北してアジア勢はオセアニアのオーストラリアを除くと全滅した。日中はケルンの街中で韓国舞踊の鐘太鼓が喧しく響いていた。あの騒々しさとシャーマニズムを髣髴させる押し付け強さはパンソリの「怨念」とかの文字を呼び起こす。

髪を虎刈りのように染めた韓国選手がゴールを決める事が出来なかったようだが、バーゼルで働いていると言うから、本人にとってはその方が良かったのかもしれない。兵役免除などと言う「気が効いている様で馬鹿げたご褒美」を出しているような共和国が勝ち進んで貰ってはいけない。

絶えず同胞の敵対国家と臨戦体制にある国家が兵役を実施しているのは不思議でもなんでもないが、決勝進出を争ったのが国民皆兵のスイス連邦共和国となると、兵役への考え方が問われる。国民皆兵といってもだれもその義務を喜んでいるわけではない。それでも免除する考え方は、プロスポーツとは言えそれを愚弄し、兵役自体をも辱めているような感じを与える。言い換えるならば否定的なパトリオティズムが存在しているのかも知れない。

そのような歪な印象は、朝鮮民族の自己主張のあり方にも共通している。ある意味それらは素直な国威発揚の姿に上手に重なるようである。そのような精神が必ずしも肯定的に受け止められずに、否定的に映るのは民族のコンプレックスが底辺に泥の川のように淀んでいるからであろう。

何れにせよ今回のワールドカップの重要なスポンサーである自動車会社の母国が姿を消すのは痛々しく、アジア・オアセニアではオーストラリアや何れは中国が中心となってフットボールは継承されるのだろうか。



参照:蹴球愛国主義と文化水準 [ 雑感 ] / 2006-06-12
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父なる祖国とトトカルチョ

2006-06-23 | ワールドカップ06・10・14


試合前の予想通りの結果に終わった。TV中継は当日二試合目のライヴ放送であって、同時刻にはシュトュツガルトでオーストラリア対クロアチア戦が開かれていた。一試合目のイタリア対チェコ戦後に、ブラジル戦がライヴ放送になると言う事でこれを観る事とする。

第一部の放送が一旦終わり第二部までに時間があったので、散歩に出かけることとした。雲が彼方此方に浮かぶような青空だが、夕方の日差しは手ごろでTシャツにセーターを羽織ろうかと思ったが止めとした。それどころか歩いて暫らくすると、弱い日差しもなんとなく暑くしっとりと汗ばむ。

道行く車が旗めかすだけでなく近所にも多くのドイツ国旗が掲げられてワールドカップムードがいよいよ盛り上がって来ている。来る土曜日には一つ目の山を向かえるであろう。

TVの解説者が「日本選手団は既にホテルのチェックアウトを済ましたらしいですよ」と言うのを聞いて思わず吹いてしまったが、ブラジル戦は中継するに足る試合であったろう。FIFAは批判を受けるようなヤクザな団体であったとしても、プロフェッショナルな興行であって且つ世界を揺るがす代替戦争として、パトリオティズムの血を騒がすワールドカップの主催者には違いない。

パトリオティズムの評価は容易には出来ないが、面白い事を思い出した。父親がハンガリー人で母親が英国人のビジネスマンがいた。「ドイツで育ったのでドイツ語が日常言語だが、母は英語を喋るので 母 国 語 と言えば英語となるだろう」と笑いあったことがある。

パトリオティズムの意味は、父なる祖国愛で母国愛ではない。この違いを少し考えてみると誰でも面白い事に気づく。日本語で愛国主義と簡単に訳せない理由が此処にある。

先日も記した自尊心と言うものが存在するとすれば、それが特に集団となる時は父なる祖国愛的なものを根拠とするに相違なく、母なる自然に受け継がれた母国愛に準拠するものでは無さそうである。

日本のサポーターのおとなしい様子やフィールドで相変わらず横たえる情けない選手の姿を伝えるネット記事を見て感じるのは、どうもこの点にも関係しそうである。嘗てBLOGにて、サッカー選手団を軍と呼んだとしてお叱りを受けた。その時はそうかなとも思った。そして先日のサポーターの雰囲気を綴った記事を読んで更に彼らの無害で無邪気な様子を知って尚更その差異を強く感じた。

日本の土壌にはもともと父なる祖国愛は存在しなくて、母国愛教育をすればするほど、パトリオティズムの発展を阻害するようである。パトリオティズムが無い所には、真のアナーキズムもパシフィズムも存在しない。況してや集団をまたは他者を尊重するためには、自身のアイデンティティーを各々が確立していなければならない。



参照:空虚な文化行政の体験 [ 文化一般 ] / 2006-06-06



日本対ブラジルで一発賭けるとすると、トトカルチョの配当は以下のようになる。

先ずは、日本の勝利にかけると配当は約12倍、ブラジルならば約1,2倍。この数字を見ると誰でも穴を狙いたくなる。だから実際の予測は更に開くのだろう。因みに、オーストラリアとクロアチアでは各々への配当は、三倍と二倍ぐらいの差になる。

さて、決勝リーグへ進む最低の条件として上げられる二得点で二点差ならば41倍の配当である。三点得点とすると67倍でこれは二点差であろうと三点差であろうとも変わらない。そのときの必要条件であるオーストラリアとクロアチアの引き分けは、0:0で8,5倍1:1で7倍2:2で14倍となっている。この場合も日本がオーストラリアの総得点差と並んだ場合、総得点が比較されるので、一般予想とは言え何れにせよ他力の倍率は自力に比べると低いので気にするほどの数字ではない。

逆にクロアチアがオーストラリアに勝利した場合、一点得点ならば約七倍。二点得点ならば約10倍、三点得点ならば17倍から30倍と配当が高まる。

クロアチアが三得点で三点差勝利ならば必要条件は日本の四点得点となりありえない。二点差ならば日本は三点を取る必要が出来て対ブラジル3:0の掛け倍率は、既述の67倍である。これもあまり現実的ではないので、一点差でのクロアチアの勝利を条件としてその時の配当倍率は一得点で15倍、二得点で30倍となる。

30倍の倍率になるような大穴の可能性を整理して取り除いてしまうと、日本がブラジルに二得点二点差で勝つことが最も難しいと思われている事になる。
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蹴球・男たちの恍惚感

2006-06-22 | ワールドカップ06・10・14
ドイツチームは大分良くなって来た。バラックが上手く動いて、ディフェンスも締まれば急にレヴェルが上がる。人事だけで上手く機能するのが底力だろう。

イングランド対スェーデンを観ると更に一段とレヴェルが違うようだ。ディフェンスのベッカムのロングパスと、敵陣でのドイツとしては機知に富んだお遊びを比べると本質的なプレーの違いを感じる。空転するクローゼなどは軽々しいサーカスの子供でしか無い。イングランドのお遊びには凄みがある。残念ながらオーウェンは負傷でこれで終わりかもしれないので、何時ものようにイングランドには不幸が付きまとって、先行きは厳しそうである。それでも、本物のフットボールを魅せて頂いただけでもこれ以上言うことは無い。

複雑骨折も完治しないルーニーの右足のシュート、ジェラードのヘッディング、コールの一発、ベッカムのキックなど金を稼げるプレーばかりである。

イングランドは次でトーナメントを終えても良い。最高の栄誉は既に授与された。こうしたものを観ると、イングランドのならず者のファンがフットボールに全てを賭けて暴れてしまうのも分かる気がする。まさに大日本帝国陸軍の南京事件そのものの構図が浮かび上がる。ケルンに集う英国人サポーターの男達は、コルンドームにケルッチュビーアを携えるのである。そこには最高の勇気への高揚感があり生甲斐があるのだ。クリンスマンの言う、「シュートは男の恍惚」なのである。それが本当の大人の男のフットボールなのである。シュートの出来ないフットボールなどは子供のお遊びである。

スェーデンとトリニダード・ドバゴの間では、同時に行われている対抗馬の試合を追いかけての壮絶な戦いが繰り広げられていた。F組にもこうした興奮が巻き起こるのだろうか?



ボンのライヴカメラを覗く。紹介の機会を逃すといけない。(作業中)

マルクトプラッツ小
マルクトプラッツ大
過去12時間の記録
市役所からの眺望
ポッペルスドルフ宮公園
市会議場前1
市会議場前2
ライン河の辺
ベートーヴェンの生家前
(「Ein neues Bild」をクリックでマニュアル更新)



ドルトムントからのライヴカム(更新中)

PV会場(フリーデンツプラッツ)
ヴェストファーレン・スタディオ(ボルシア・ドルトムントファンクラブ向け3Dライヴカム)
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天候即ち偶然に頼って

2006-06-21 | 
堅さが良いのである。林檎でもなく、豆でもなく、ましてや鉱物でもない。若い娘さんである。ここ一年ほど顔を見ていなかった。久しぶりに顔を見て嬉しくなった。当然と言うかその新鮮さに翳りはなく、むしろ堅さの中にも落ち着きが出てきている。リースリングワインで言うと、樽だしから瓶詰めへと熟成した感じだ。

毎年同じ時期に同じような事を書いているようで気が引けるが、樽だしの時期も瓶詰めの時期も毎年同じように過ぎて、遠の昔に晩摘み以外の2005年産ワインは瓶詰めされている。そして今や夏至を前にして、夕立時以外は連日連夜窓を開け放した生活となっている。今年は、夏至が来る21日で、24日のヨハニの日へと続く。

しかし現代には「中国の七夕」はないので、何も天候即ち偶然に頼って一年に一度逢引すると言うほど「ロマンティック」なお話はなかなか通じない。携帯電話の番号やメールアドレスを交換するなりで、その気になって逢おうと思えば何時でも可能である。その反面、ある切っ掛けで脳裏に浮かんで、更に偶然に暫らくぶりで巡り合うと言う喜びも少なくなったのではないか。だからこうした機会を逃す訳にはいかない。

それでも、一年先に改めて想い浮かべて、同じように2006年産のワインを試飲するかのように、新鮮さと熟成に舌打ちするかどうかは判らない。そのような事を考えていると、車のラジオからリヒャルト・シュトラウスの楽劇「薔薇の騎士」の終幕のフィナーレが聞こえて来た。そこでは、フーゴ・ホフマンスタールが1910年ごろに作曲家と共同で準備した台本によって、近代ヨーロッパの終焉へと向かう大きな流れが、各々の恋人たちの儚い時の移り行きとして映し出される。観衆の視点のあり方を、本歌となっているモーツァルト「フィガロの結婚」と比べて見るが良い。

先週金曜日の夕立には、あっという間に粗摂氏10度近い気温の低下を見て、激しい雷雨に続いて大粒の雹が降った。どれほど農作物に被害を与えたのか。この時期としては珍しいが、充分に温まっていない大気からこうした事は予想されていた。本日は早朝の日差しが急に翳り、雷鳴に続き通り雨があった。

ある視点からは、天候の急変は偶然のように見えるのでそれを「青天の霹靂」と言う。しかし、天気図や衛星から雲の動きを観察すると、大抵の現象は自然な流れの中での連続したマクロな事象で、そこに因果律を観る事すら出来る。一般的に前者を主観的と呼び、後者を客観的と呼ぶ。



参照:
「聖なる朝の夢」の採点簿 [ 文化一般 ] / 2005-06-26
真夏のポストモダンの夢 [ 生活・暦 ] / 2005-06-25
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謙遜と自尊心の無さ

2006-06-20 | ワールドカップ06・10・14
クロアチア日本

ドイツ連邦共和国皇帝は、極東の立憲君主国から迎えた高貴なご婦人を放っておいて、次なるミュンヘンへと移動してしまった。当初からの予定であったのだろうが、お暇の言葉が伝わっていなかったようである。今ワールドカップのワーストにノミネートされるであろう試合だから仕方ないのかもしれない。皇帝陛下ご本人は「後半を待つしかない」と言いながら、結局それ以降は御眼を更に汚すことは無くヘリコプターの人となった。

日本ナショナルチームはコンフェデレーションカップなどで何度もワースト試合を演じているので、こうした現象は決して珍しくは無い。能劇でもありえないほど、緩ばかりで急が無い。静的な試合運びは、実力と言うよりも国民性と言うか文化と言うか、個性のような気がする。サポーターも応援風景も同じようで面白い。少なくとも決定的な得点チャンスを綺麗に生かす事が出来ていれば評価もされるのだろうが、結果が伴わなければどうしようも無い。

日曜日は民放が放送権を持っているようで、ピエール・リトバルスキーの解説であった。日本サッカーを知っているだけに客観的な評価が難しい様で、更に奥さんの後押しがあってか日本代表チーム監督への色気を示したその横顔がちらりと覗いて、個別の感想と全体の評価が巧く繋がらないで甚だ歯切れが悪い。

クロアチア勝利が一般的な予想であった事からすると、引き分けは日本チームの実力を幾らか示したと言っても、試合としての印象はすこぶる悪い。関係各国以外の放送局にとっては流すのも無駄だった様に映ったであろう。熱心な聴視者にとっても、これほど観ていてイライラの募るスポーツ中継も珍しい。

それにしても文化的な特徴が出ると言う事では、またそれに肉体的な個性が加わる事で、やはりサッカーは面白い。ドイツ語圏での出稼ぎや半移民の多いクロアチアのチームの横顔も興味深かった。ベルリン育ちでクロアチア語の出来ない二人の倅など典型的なスラヴ系移民だが、父親の職業からドイツナショナルチームへの参加を見送って帰化をしなかったようだ。そのような背景から、またその二人の風貌と言い体つきと言い、そのベルリン訛りと言い些かアウトローな感じがする。予想したようなポーランド人やチェコ人のような崩れは無かったが、勝ちへの圧力の中で慎重になり過ぎてさらに決定的な状況で決められなかった事から、心理的な懐疑感と体力的な困憊が表れていた。

リティの解説では、なぜドイツとポーランドの試合のように最終段階で動的に責められなかったのかを疑問視していた。技術的な問題よりもドイツの教育で言う「自己認識・自尊心」が確立出来ない東欧民族の歴史とメンタリティーを示しているのだろう。同じように日本人がクロアチア人に必要以上に「謙遜」していると言うのに対応している。

横着に形振り構わずウルドュルン此処にありと自己主張する韓国や傲慢で弱いと見れば一発かませる虐めの得意なドイツなどの個性もそのものサッカーに表れている。日本対ブラジル戦の開かれるドルトムントはデゥッセルドルフに近いことであり、この際は餃子ラーメン定食で腹を膨らせてキムチでも摘んで「強い気持ち」で「醤油と糠臭い汗」で挑むのだろうか。ブラジルの小さなサッカー小僧たちとは、同じ短足韓国人が今やアフリカ人部隊のフランスチームにニンニク匂い息を吐きかけた攻撃のようにはいかないだろうけれど。人口数で大国と言っても「サッカーなどは簡単」と言うブラジル人の出来ることぐらいはたかが知れている。



参照:
侍列車-十三日付紙面 [ 生活 ] / 2006-06-16
対波蘭戦に忠誠を示すか [ 歴史・時事 ] / 2006-06-15
蹴球愛国主義と文化水準 [ 雑感 ] / 2006-06-12
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ニュルンベルク-東海道

2006-06-19 | ワールドカップ06・10・14
本日のニュルンベルクの気温は、最低の摂氏11度から最高の摂氏27度のかんかん照りまで急上昇しそうである。バイオウェザーによると、南からの暖かい大気が低血圧症に循環系の不調と投げやり感を齎す。気候から頭痛や偏頭痛、関節痛、落ち着かない感じに悩まされる。

同時に夏の日差しの下の快適で乾燥した天候は、人を励起させる。高まるヤル気と機嫌に、活動を鼓舞される。炎天下に長時間いたい者は、十分な日射対策が必要である。出来れば早朝や夕方が良いであろう。

勝てないイタリアの属するE組の今後は気が抜けない。そう言えばチェコを奈落の底へと追いやったガーナのキャプテンが少数派を応援する「ドイツの観衆のガーナ・ガーナに泣きそうになった」と語ってなかなかウェットな気質を示していた。

G組のフランス対韓国も楽しみであるが、本日はその前にF組の大勢が決まる。日本対クロアチア戦の行われるフランケンスタジアムは炎天下で、ドームでもなんでもないので、大層高温の条件が予想される。水分の消費量は先日のカイザースラウテルン以上であろう。

ジーコ監督は、現在欧州や南アメリカの名門クラブ監督のポストを探していると言う。差し詰め、今日のクロアチア戦などは監督にとってもどうしても成果を見せたい。手塩にかけた日本選手が想像力豊かに柔軟に対応出来るような試合をすれば自ずと結果が出て、就職活動が上手く行くに違いない。名選手が必ずしも名監督とは言われないが、本日はジーコ監督個人にとっても大変重要な試合となりそうだ。

十年以上前に東海道新幹線で乗合わせたことがあるぐらいで、氏について詳しいくはないが、ブラジル人気質を考えたり、そのサッカー哲学を見聞きすると、今日の試合はやはり見ものである。欧州型の球技は、刻々と変わる局面で戦況が一転するのが魅力である。実力の差は、そうした小さな切っ掛けを見逃さずに大勢を決めれるかにみる事が出来る。日本チームは、正確なパスとクロスを上げれる様ならば勝機もあるのではないだろうか?

独日協会がPVをマンハイムで催す。そこへ行き来するのに最終日のワイン祭りの最中車を出し入れし難いことでもあり、参加を取りやめてTV観戦しようと思う。その催しへの誘いのメールにも、本物の優勝などはとても期待出来ないけれど、少年達が参加するマンハイムのミニワールドカップではオーストラリア戦に12:5で勝利、また其々クロアチア戦では8:7、ブラジル戦では7:0と日本が勝利してF組トップとなったと祝福している。
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蹴球兵法と故事来歴

2006-06-18 | ワールドカップ06・10・14
日本チームに勝ったオーストラリアチームのヒディンク監督がブラジル戦に駒を落として、クロアチア戦に最強部隊を送るとかと聞いた。流石に極東での経験からこのオランダ人は中国の故事来歴を勉強したのだろうか。強馬・中馬・弱馬の三頭を相手に合わせて選択して、強には弱を、中には強を、弱には中を当てる事で、二勝一敗の結果を得ることを目論む戦術である。

これは、相手の戦略と自分の戦力を比較してそれ相応に戦う若しくは戦わない、古今東西で最も有名な中国の孫子兵法に描かれている対戦方法でもある。


大故 不少敵倍五十故
敵小 若則則則則則用
之敵 則能能分攻圍兵
擒之 能逃戰之之之之
也堅 避之之     法
    

兵力が十倍ならば囲み、五倍ならば攻撃して、二倍ならば分断して、互角ならば上手く戦い、劣勢ならば放棄して、これを避ける。勝ち目が無いならば餌食となる。

そう考えると、策士ヒディングは、日本戦には初めから中を当てて来たとなるが、正しいのだろうか。ジーコ監督はこのような兵法を熟知しているとは思わないが、クロアチア戦ではどういった戦略を採用するのだろう。

ボンの地方紙には、態々日本からやってきたチームの不敗全勝を意味するマスコット犬のロンメルが今後とも会場には入れないとして、その神話が守られるような事を暗示している。

FAZ紙にはシュヴァインシュタイガーに削られた加地亮選手が練習を再開したことで、「技術的に優れて才能のある選手はあれほど過酷にプレーする必要が無い」と観衆が思っているのとは全然違う形になっているとしている。加地の友好試合での負傷は、最悪の反則で起きたものであると書く。ジーコがただ第一試合の思いがけない結果だけで不機嫌なのではなくて、未だに加治に陳謝していない、このFCバイエルンの選手の荒っぽいプレーの遣り口が頭に来ていると言うのだ。シュバインシュタイガーに鉄拳を一発食わして怒りを静めるチャンスが残されていると言うように、両名が準決勝で再び合いまみえるのは、嘘のような日本の活躍とドイツの偉大な活躍が前提となる事で、まあ殆ど脚色美化出来ない話だろうと纏めている。



ニュルンベルクのライヴカム

市内から(左、街中から城壁と塔を望む、右、市街地
市街地トーンのトラム
ニュルンベルク飛行場
バイエルン一高い地上140メートル高層ビルからの眺望
パノラマ

フランケンスタディオン(3D映像)
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バイエル社の買収成立

2006-06-17 | 歴史・時事
TOBの決着が最終日におりた。バイエル社のシェーリング社の買収に対してブロックをかけて来たダルムシュタットのメルク社は二週間で集めた全発行株式の粗四分の一にあたる株を売り渡した。メルク関係者は吸収合弁競争に敗れた後、逸早く集めたシェーリング社の株を金曜日の高値で売り抜けたと言うが、その後最終段階に来て変わった重役らが主導権を取って、対抗馬に吸収される会社の株を市場で集めた。買収を阻止してシェーリング社を解体させようと目論んでいるかのようだった。実際の合弁阻止への目的を明らかにしていなかったが、背後にヘッジフォンド売買が絡んでいるとも言われている。

一方バイエル社の方は水曜日までに四分の三の株が集まらなければ、合併が水疱に帰するとして、自社の株価に影響を与えた。ここ五日ほどで10%以上暴落と最終日の7%の振り戻しをみた。

バイエル社はニューヨークにおいて法的対抗処置に訴える構えを見せて、遅滞の損失を求めていくとしたことが、米国では密かな買収交渉として触法するために効き目を見せたようである。

メルク社のブロック戦略への意図は様々に推測された。メルク社は癌治療薬のパテントや日本や米国での販売網に興味を持っており、交換条件にバイエル社に切り売りさせると言うものであった。株買いを支えているのが、ドィツェバンクでありここでも背後の事情が推測出来る。反対にゴールデンサックス社が手を引いていると言うから事情通には明快な構図が浮かび上がるのであろう。メルク社から協力者として、液晶剤部門の買収を名指しされたジーメンス社はハッキリと介入を否定している。

何れにせよ水曜日24時までの回収は、自社株2%を従業員のために持ち続けているシェーリング社もこれをバイエル社に売り渡すつもりは無いと言われていたので、休日前の最終日での決着は大きく株価に影響を与えた。これは同時に市場でのバイエル社のシャーリング社株の緊急買いに連動していて、売り手でもあるメルクは90ユーロを目指していて、市場を挟んでの鬩ぎ合いが続いたようである。

また前日火曜日の時点で、バイエル社側から法廷での損害賠償請求と引き取り株価を2ユーロ引き上げて88ユーロへとする発言をしたことから、最終日には89ユーロまで高騰して最高値に迫った。この額が既にバイエル社へと株の提供を申し出た全株主に支払われる事となり、一般投資家もメルク社社主ほどではないにしても利益を得ることになって胸を撫で下ろした。

今回のようなTOBに伴う市場での対抗と株価操作はドイツにおいてはじめてと言う。株価の推移と売買を詳しくみて行くと、その構造が判って来るのだろうが、大まかな印象はバイエル社が予定より随分と多くの支出をしても買収の価値があったのかと言う問いもあり、後暫らくの関係株価の動きに連動するのだろう。なんら実質的な経済活動とは全く関係無いところで利益が生まれて、これが泡の様に広がって行く。考えてみるとこうした投資構造が自由な経済投資活動とはかけ離れた世界で動いており、実質的な自由経済活動とは相容れないものかもしれない。TOBの形式を採用する吸収合併の背景にはこうした現代の経済事情が存在するようである。
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侍列車-十三日付紙面

2006-06-16 | ワールドカップ06・10・14
「侍列車」と題したFAZ紙の記事を紹介する。フランクフルトからマンハイムへの列車の旅が、簡素で美しい文章に、なかなか雰囲気豊かに描かれている。

フランクフルトからパリへのユーロシティーのコンパートメントを、若いフォトジェニー風に美しい日本女性二人は、他三人の日本人と占めていた。一人は明るい下地を、一人は暗い下地の青の着物を着ていた。蓮の花の縫いこまれ青白の飾り帯は、彼女らの衣装に不思議なエレガンスを与えていた。二人とも茶のきれいに高く結った髪に銀の結い止めをしていて、それは蓮の花のパターンのアクセサリーに飾られていた。

可憐な手提げ袋には小さな扇子が挟まれている。この若い女性たちがパリサロンに輝きを与えたとしても、少しも不思議ではない。しかし彼女たちは、同行のだらしないブルーのTシャツや明るいショーツに身を包む男たちとなにも変わらず、フランスへ行くつもりなどは毛頭無いのである。

ガイドブック「決定版ワールドカップジャーマニー2006年」のカイザースラウテルンの項を一生懸命勉強していた。日本サッカー小僧の心をときめかして、草木もカイザースラウテルンへと靡いたのであった。午後の早い時間に対オーストラリア戦があったのだ。ユーロシティーはこうして、殆ど日本人たちの手に落ちて、立錐の余地無く詰め込まれた。-どこもかしこもブルーである。

しかしそれだからといってアルコールに酔うわけでもタバコの煙に包まれるわけでもない。ここを占領するのは日本ナショナルチームのトリコロールのブルーなのである。「どうして、ブルーなの?」と、二人の内の一人の女性に訊いてみた。彼女は分からなくて、その質問を通訳して更に渡した。すると中の一人の男性が理由を知っていた。

二十年以上前に 島 のサッカー関係者は、日の丸の赤ではなしに、水と海の色である青に決定したんですよ。そしてこの勇気を示す青色を、侍ブルーとすると誇りに満ちて呼んだ。列車は完璧にそして最高に洗練されたアナーキーに包まれていた。熱に浮かされる事も騒ぎも全く無く。

一等席と二等席の秩序の差異は、日本人の礼儀によってフランクフルトで乗車するや否や直ぐに保たれた。マンハイムで列車は停車すると多くのビジネスマンが乗り込んで来た。その彼らが自分の予約した席を日本のゲストたちのために先ずは譲って措いた各々の心に、ワールドカップの始まりの日々の素晴らしい独特の雰囲気があった。小言も言わずに彼らは、通路に気丈に立っていた。

言わずもがな、検札はカイザースラウテルンまでは無かった。女車掌さんが通り抜けるのは全く不可能だったに違いない。ただスピーカーを通じて、私たちに良い旅をと呼びかけていた。

記事署名 hie.


注:最近でも欧州横断の列車にはコンパートメント車両があるらしい。それらの席は、予約される都度、其々紙で区間などが記されているが、旅行者には判らないことが多い。フランクフルトからパリへの路線はマンハイム経由となる。マンハイムからパリ方向へ一駅でカイザースラウテルンへと到着する。


今日の一言:
ポーランドはそれにしても貧弱でどうしようもない。お馴染みの助っ人パートタイマー・オリヴェル・ヌヴェルの一点。ドイツチームの有利になるように室内は摂氏22度の快適温度に調整されていた。33度以上の炎天下の他の試合とは大違いである。主催国は勝ち抜いて当然なのだろう。

6月12日にヴィーンで死去した作曲家ジョルジュ・リゲッティについての記事は改めて書きたい。
コメント (6)
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