Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2016年1月

2016-01-31 | Weblog-Index


居間の壁を破られる 2016-01-30 | 生活
次世代の醸造のための経営 2016-01-29 | ワイン
これからの予定に備えて 2016-01-28 | 生活
エアーが入ったかエンジンに 2016-01-27 | テクニック
カラカラの状態の結果 2016-01-26 | 生活
滋養強壮したい週末 2016-01-25 | 生活
冷え切った雰囲気の実測 2016-01-24 | 雑
太陽の恵みを謳歌する時 2016-01-23 | ワイン
ロバート・スコットの南極 2016-01-22 | 文化一般
凍てつく澄んだ空気の蕾群 2016-01-21 | 暦
放射能安全デマの危うさ 2016-01-20 | アウトドーア・環境
百聞は一見にしかずか 2016-01-19 | 生活
不可逆な無常の劇空間 2016-01-18 | 文化一般
聴覚では不可能な無理難題 2016-01-17 | 文化一般
黄林檎の香りのゲリュンペル 2016-01-16 | ワイン TB0,COM2
きっとアームストロング 2016-01-15 | 音
過剰反応の醜聞報道 2016-01-14 | マスメディア批評
触る程度では必ずしも 2016-01-13 | 雑感
お通夜のような顔ぶれの様 2016-01-12 | マスメディア批評
瓜坊とタコ親爺にビックリ 2016-01-11 | アウトドーア・環境
21世紀に生きている実感 2016-01-10 | 文化一般
出合いまでの想定をする 2016-01-09 | 雑感
ピエール・ブレーズ追悼記事 2016-01-08 | 文化一般
防振というオカルト分析 2016-01-07 | 雑感
これもリースリングの神髄 2016-01-06 | ワイン
見かけによらず土台が肝心 2016-01-05 | 音
雀百までの事始め 2016-01-04 | 暦
菊牛蒡とタロイモの年始 2016-01-03 | 料理
「緊急事態」の今後 2016-01-02 | 歴史・時事
今年最後の試しごと 2016-01-01 | 暦  TB0,COM2
コメント

居間の壁を破られる

2016-01-30 | 生活
水漏りの「作業が終わった」と話しかけてきた。屋根職人が言うには、写真を見せて、「この横木が濡れていてもそこへ繋がる上部は綺麗に乾いている」と、バルコン辺りからの漏れを再び主張した。こちらはあれだけの洪水を起こして漏らないものは漏らないので信じていないとすると、タイルでも隙間でもどこからでも水が入ると言う。

何処から水が入るにしても、バルコンが濡れることは殆どない訳で、それも漏るのは風のある時だけなどで、雨量とは全く関係ないことも分かっている。兎に角、これでも漏ら無くなればそれでよしなのだと、帰って行った。

掃除の事もあるのでTV受信機を動かして後ろを見ると、大きく屋根裏の壁が床から皹が入っている。そして黄色く滲み明らかに湿ってしまっていて、それどころか空気が入ってくる。職人が話していた中壁が壊れてしまったに違いない。更にその部分がこちら側に膨らんでいる。どうやら修理中に圧力を掛けて隔壁を壊してしまったようだ。そして湿り気が室内の壁を汚す。

丁度その場所は、写真で示したバルコンの外枠の柱の反対側に当たり、濡れている横木に乗っている部分である。つまり、柱の外側とバルコン側は確認していても反対側は確認していなかったことになる。どうも職人が初めからバルコンの吸水口などを触っていたので、何も知らないのかと思っていたが、明らかな先入観を持って仕事をしていたに違いない。階下のオーナーのイラン人博士の依頼を受けたような形になっていたのだろう。

そして、何か所か周辺に皹が入って、直させなければいけないのだが、それ以上に本当の水漏れの原因に大いに近づいた感がある。なによりも今まで乾いていたところに皹が入って湿り気が出てきたことから、その場所が上から雨水が落ちてくるところに違いないだろう。そしてそのまま下に流れれば、丁度階下の水漏れ場所になる筈だ。

あり得るのは、職人もその上部など屋根を外したりして樋などを直しながらも、柱の裏側の室内側は確認していなかったことになる。先入観で湿った横木のバルコン側ばかりを調べていたのかもしれない。実際どのように柱の裏側へと雨水が伝わって来たかは分からないが、その中壁に伝わってきている状況が見えてきたので、恐らく屋根瓦の下から風が吹き付けるような状況が生まれていたのだろう。そして柱を腐らすでもなく、下へと水を伝える隙間などが存在するのだろう。ドイツのマイスターは優秀であるがやはりこうしたことが起きる。

朝一っ走りした。やはり風邪気味のようだ。暗いうちから走り始めて、駐車場に戻ってくるころには雨脚も早くなっていた。それでも以前に比べて走り始めの薄い下りが軽く流せるようになった。前足で掛けていたブレーキが掛からないようになったランニングフォームの改正が効いているらしい。その分、復路には少しの登りで汗が噴き出すようになってきた。春になればスピードが上がる筈だ。早朝のランニングは体には良くはないのだが、往路で十分に上手く走れれば心肺系への負担も減るだろう。前日に食したものが悪かったのか、腹具合が落ち着かなかった。鶏肉は十分火が通っていたが、半熟卵も食したのでサルモネラの影響だったのかもしれない。若干、免疫力も落ちているようだ。



参照:
水が滴らないその効果 2015-12-23 | 生活
再びの水漏れそして初凍結 2015-11-25 | 暦
実験に値するのか大洪水 2015-06-25 | 生活
コメント

次世代の醸造のための経営

2016-01-29 | ワイン
先日、三本目のビュルガーガルテンを開けた。二カ月ぶりである。今回は、苦味がポメロの香り系になって、徐々に柑橘系がチェリーに取って代わってきている。要するにヨード味から徐々にフルーツ系へと熟成してきている証拠である。出来上がりとしては、2014年産のこの時点ではドイツのリースリングとしてトップクラスではないだろうか?

正直、この価格であの醸造法でここまで漕ぎ着けたのは意外でしかない。苦味が出ない様に上手に摘み取れたと醸造親方が自慢していたが、酸の出し方が絶妙になってきている。以前ならば薄っぺらくとも酸が爽やかで気持ちよいと思っていたオルツヴァインのギメルディンゲンなどが初心者向きのリースリングになってきている。本物志向のリースリングが作り出されてきている。恐らく、2014年産はまだまだミュラーカトワール醸造所が話題になるだろうが、とても割安なグローセスゲヴェックスなども数年後が期待できるワインになってきている。

新聞にドイツの醸造所の新たな試みが大きな記事になっていた。それによると、フライブルクSCのオーナーがカイザーシュトュールで購入した醸造所を舞台に、ディスカウントショップでワインを販売する試みが成功しているというのである。所謂大量消費型のスパーマーケットチェーンのアルディーなどに高級ワインVDPの醸造所が下すのは初めてのようで、6ユーロほどの商品を出しているというのだ。既に日本でも販売されているらしい

そもそも現在のVDPは、グローバル化の波の中で、大量生産のフランスやスペインからのワイン、そして世界最大のワイン輸入国として南北アメリカ大陸からのワインの津波の中で高級ワインとして生き残る道を指示している。その中で、そうした市場でなにが出来るかということになる。世界最大の醸造所ガロのワインの横にドイツのワインが並ぶこと自体がスキャンダルなのである。

ワイン街道でも知らぬうちに有名醸造所の持ち主が変わってしまっていて、こうした記事を読むことで初めて気が付くことが少なくない。世界的に有名なコンサルタントのフィリッピのケーラー・ルプレヒトも米国人実業家の手に落ちてVDPから除外され、フリッツ・リッター醸造所などもダルムシュタットのメルク社のオーナーの所有になっている。彼が、「少なくともシナ人の手に落ちるよりはましだろう」と言うのは、ある程度正しい。

何よりも重要なのは継続性であって、品質には一代の投資感覚では到底目標に至らない。最低葡萄がまともに育つようになるには十年ほどの手入れの継続が必要になる。たとえアルテレーベンなどの古い木を使っていても、手入れせずには真面な結実とはならないからで、そして毎年必要な量の収穫のためにはアルテレーベンだけでは生計が立たないのである。要するに十年単位で全体の質を上げていくしか方法が無い。

なるほど、投資家的な感覚では最初に何でもよいから安いワインで生計を立てて質の向上を余裕で目指そうとするのかもしれないが、そのようなことでは絶対質が上がらないのが醸造所経営なのである。次世代のための経営しかそれに報いる方法はないというのがワイン醸造業であろう。



参照:
栗ザウマーゲンのXマス 2014-12-27 | 暦
これもリースリングの神髄 2016-01-06 | ワイン
デキャンテ―ションしようよ 2015-10-27 | 試飲百景
フランススーパー売りのワイン 2012-10-09 | ワイン
コメント

これからの予定に備えて

2016-01-28 | 生活
火曜日は大分暖かった。週明けから暖かくなったが、暫くは寒波は来ないようだ。日が照ると暖かく、摂氏12度を超えていた。

二月のスキーツアーを考えて、まだ購入していなかったシールを発注した。前年度モデルと書いてあるが形状は変わっていない筈なので、問題が無いだろう。クラムポンも必要なのだが、それほど慌てなくてもよいだろう。

序に雪崩掘り起こし用のスコップも発注した。理由は少しでも軽く持ち運びしやすいようなものが欲しかったからである。重量の差は200Gぐらいになるので、コムパクトカメラ一機ほどの差が出る。通常は1ユーロで借りるのだが、二十日も使えば元が取れる。それもあるが、冬は車のトランクに入れておくと心強いのも購入の動機になっている。四輪駆動でもなくチェーンが無いとするとそれぐらいしか頼れるものが無い。

体調はもう一つなのである。一つには上の奥歯の炎症があるかもしれない。歯ブラシの都度に出血していたので、昨年秋の治療からあまり良くなっていないことになる。使い勝手などは良いのだが、しばしば飲み物などによっては違和感を感じることがあるので、炎症自体は続いている。もう少し丁寧に掃除をして、炎症が収まればよいと思う。こうした小さな疾患が全身症状に与える影響は少なくないので、要注意なのだ。

考えると、いつも冬のこの寒い時期に歯の調子などが話題になっている、その関係は分からないのだが、一般的に歯の事は通常の医者とは関係ないので全身症状と結びつける人は少ない。恐らく医学部門でも免疫系以外ではこの方の論文は少ないに違いない。それでも実感として、肩などへの影響も少なくないようで、意外に見落としている場合が多くはないだろうか。

サイモン・ラトルが楽劇「トリスタンとイゾルデ」について語っている。面白いと思ったのは、楽器についてで、自身古楽器楽団で「トリスタン」を上演した経験からも、ヴァルヴ付きのホルンの指定など楽匠の狙っていたホモゲニーな音色について言及していて、同時にバーデン・バーデン祝祭のマガジンにはヴァークナー演奏の歴史的な流れが書いてある。そこから導き出されるのは、ベルリンではフィルハーモニカ―の前身を楽匠が指揮していて、またハンス・フォン・ビューロ、ヴィーンでの指揮を知っているニキシュなどの伝統があっても、フォン・カラヤンのザルツブルクまで待たないといけないことになっている。ミュンヘンでは直接の流れを汲むシュトラウスなどが指揮をしているのに反して、意外にもヴィーンでのヴァークナーの伝統が通常思われているのとは少し違うことになっているのが印象付けられる。

特に「トリスタン」に関しては、七十回の練習をしてもヴィーン初演がなせなかったことなどの歴史的な事実に、当地の座付管弦楽団の特徴が示されていて、ラトル本人が当地で不評を買っていることに関しての間接ながらの反論となっていて、とても面白い。この指揮者のオープンでありながら、なかなか一捻りした物腰は皮肉を込めた全く英国の社会的な会話そのもので、ドイツ語で話しても同じような感じになるのだろう。

本来はヴィーンのとは違って楽匠が望んだ音響である、バスから上に積み重ねていくベルリンのそれの管弦楽団としての限界を示しながらも、歌手と舞台を捲き込んでのバランス感覚が肝心としている。



参照:
降誕祭贈答品の装着 2015-12-26 | アウトドーア・環境
銅鑼の余韻の領域限界点 2015-04-07 | 音
コメント

エアーが入ったかエンジンに

2016-01-27 | テクニック
久しぶりに熟睡した。やはり昼間の運動量だろうか?そのお蔭で出だしは遅れたが、午前中に予定の仕事を終えた。午前中に起こることをあれこれ考えて、逸る心を抑えながら、朝食をしっかり摂って、見繕いをして、予備の手袋を持ってガレージへと向かった。

さて、キーを回すと昨日より状況は悪く、エンジンが掛からずにスターターモーターしか回らない。これは駄目だと思ったが、何が悪くなったのかと考えていると、隣の爺さんが前を通った。エンジンが掛からないのに気が付いたらしい。

一つの推測として、燃料切れである。「タンクを持ってスタンドまで取りに行かなければいけないか」と話すと、予備燃料を持っているということで、使わせてもらうことにした。爺さんは嫌われ者だが、いろいろなものを準備している。今までも電動ドリルなどでお世話になっているのだ。

昨年の暮れには肺炎で倒れて、退院後には赤十字のお世話になっている。そのような爺さんにいつもお世話になってしまうのが私である。準備が良いので、5Lのタンクを三つも隠していて、本当に危ない爺さんだ。それを漏斗も使わせてもらって、給油すると二発目に動いた。タンクは一杯にして返すことにして、急いで途中給油、そしてメーカーの支店へと向かうことにする。

少なくとも3L以上入れたのに、目盛りは直ぐに0Lに戻ってしまっていた。これはおかしいと思って、給油する。30L丁度入れて、問題なく再始動した。それでも停車時の振動など不明の面があるので、態々道端に停めて回転数や振動を審査する。

支店のマイスターに状況を話すと、測定計器で百ぐらいの点をチェックしないとエンジンの問題は分からないので、現在の状況は500回転ぐらいで少し低めだが、安定しているので先ずは様子見をするのがお得だとなった。実際に燃料計が充分に上がっていないのも空気が入っていて、回転数が安定しなかったのも、そうした影響も感がられるということだった。

実際に、今回燃料を入れて、回転数700ぐらいへの不安定な域にはあまり入らなくなってきた。すると、燃料内に空気が入っていたことからポムプが加圧して不安定さをよんでいた可能性もある。エアーの可能性が強くなった。すると燃料タンクを開けたときの負圧も今回は二回とも感じなかったことも説明できる。

前回給油をしたのは二週間以上前で、その間にフランクフルト往復などをしたが、問題が無かったのである。それが燃料が少なくなっても燃料計がまだ余量を示していたので走り続けていたのだった。実際には今までよりも燃料が無くなっていて、その間にエアーが溜まる条件が多かったのかもしれない。温度変化も大きく、そうした条件が重なった可能性も強い。

兎に角、先ずはタンクを抱えて燃料を徒歩で運ぶのを避けられた、レッカー移動を避けられた、修理を避けられた、レンタカーも要らない、なんとかこのままミュンヘンへ無事に往復できればとても有難い。



参照:
カラカラの状態の結果 2016-01-26 | 生活
二度寝することなく早朝走 2015-03-11 | 生活
コメント

カラカラの状態の結果

2016-01-26 | 生活
週末の養生が功を奏したか、週明けに走れた。気温も摂氏10度を超えるという気持ちの良い日和となった。アーモンドはどこかに隠れてしまっていたが、戸外での運動には最適だ。駐車場に行くと自国の関係もあるかもしれないが珍しく誰も居なかった。月曜日だからだろう。

早速、パンツを脱いでショーツ姿となる。気持ちよく走れる。それでも体がもう一つ動かない。病上がりなのかもしれない。呼吸もいつもよりも辛い。それでも走り自体は快調であり、ある程度負荷を掛けていく。

峠に達すると、ベンチで中年のアベックがお弁当をしていた。結構珍しい風景だ。時期とか時刻を考えると、こちらも不審人物であるが、向こうも不審だ。車が停まっていなかったので、麓の新教施設か、地元の人なのだろう。峠からの下りはスピードが出せなかった。呼吸器もあるが、徐々に足も疲れてきていた。このところの体調を表していて、20分を超えるようになると疲れも感じだした。それでも、登りに19分35秒、戻って来て33分30秒はショーツのお蔭だ。靴ひもを緩めていたら、見かけぬ禿げ親爺がいつもの沢コースへと走り抜けていった。帰宅後の計量は、再び69.7KGを示した。

ガレージに車を入れようとしたら、エンジンが掛からなくなった。ここ暫く、空回しの時に回転数が500ぐらいに落ちて、V型エンジンが振動がするようになっていた。調べてみると燃料ポムプの不調が推測された。それでも始動の時にはしっかり吹いていたので心配していなかったが、燃料も少なくなった今このまま始動しなくなる可能性も出てきた。先ずはギヤーをニュートラルにして、ガレージには押して車庫入れしておいた。

先ずはネットで知らべて、方法があるかどうかを調べて、明日にもう一度始動してみて、エンジンが掛からなかったら、レッカーや修理をオーガナイズしなければならない。もし、始動したら、そのままスタンドに行って燃料を十分入れて、そのままマイスターに見せに行くしかない。そこで再始動しなければ、自動車クラブを呼ぶ準備もしてしておかなければればいけない。いずれにせよ、午前中早くから動き出して、午後には目星がつくようにしなければいけない。要するに午前中はこれで時間が潰れそうだ。

燃料入れの蓋を開けても負力が掛かっていなかったのは、燃料を吸い取っていない証拠なのだろうか、それとも燃料が充分に残っているからなのだろうか?理由は分からないが、ガソリン燃料が上手にエンジンに吸い込まれるような状況に明朝なっているのかどうか?

なっていないとすればレッカー車で一緒に出掛けて、帰りにはレンタカーを借りてくるか、持ってきてもらう必要がある。友人のディーゼルエンジニア―が、「あまりカラカラの燃料で走り過ぎると燃料ポムプが壊れますよ」といっていたが、経年劣化にも関係しているには違いない。実は前回燃料を入れる前に可成りカラカラになっていたので、その後の復帰に時間が掛かっていて、その後は今の状態が続いていたのだ。それでも始動が出来るうちは問題が無いと思っていたが、いよいよ駄目になったのだろうか。

燃料の溜まり方やガス化の問題もあるので、ひょっとすると明日朝一番で始動するかもしれないが、給油無しにはマイスターの所まで走り切れないカラカラの状態なのだ。



参照:
シーズン初めの半袖半ズボン 2015-11-09 | アウトドーア・環境
降誕祭贈答品の装着 2015-12-26 | アウトドーア・環境
コメント

滋養強壮したい週末

2016-01-25 | 生活
週末には山岳協会支部の寄り合いがあった。今年の計画発表だ。先日山で落ち合ったタコ親爺に聞くと下りだけは、新たなコースを試しているようだ。スマートフォンで管理していて、往復距離で7KM超えぐらいになっている。登りは3.4KMぐらいで距離は殆ど変わらない。違うとすれば高度差で若干短いぐらいだろうか。30分でこなしているので結構早い。下りに選んでいるのは、こちらが登る緑のベンチの下のところから右へと逃げていくコースで、その下が急坂だというのはよく分かっていた。確かにその急坂で参ってしまうのだが、本当に堪えるのはその上の登りなのだ。10KMも試しているようで中々手強い。シャモニの氷河ではそれほど強さは感じなかったが、年齢の割にはよく頑張っている。

年が変わるとジョギング人口が増えるのは日本だけではないようで、三日坊主ではないが、新年を機に運動を始める人が急増するらしい。自分自身はそれほど気がつかなかったが、そのような観察をする人も少なくないようだ。自分自身はしばしば多いと思うのだが、それが季節によるのか、休暇事情によるのか、天候によるのかはあまり気がつかなかった。

野外でスポーツを始めるには冬は全く適さない。年中戸外で運動をしているとこの時期の危うさは想像以上である。体が暖まるのに時間が掛かる上に、なかなか体温調整なども難しくなる。そう言っている自分でもやはり風邪気味になったようで、この日曜日はこのシーズン四回目ぐらいのお休みになった。朝から霧が立ち込めて、気温が上がった分体に纏わり湿っぽいような視界が効かない中で走る意欲は失った。風邪を引いてしまうといけないので用心に越したことはない。週が明ければ晴れる可能性があるのに無視をする必要などはないのだ。

久しぶりに豚のバーベキューでもオーヴンで焼いてみよう。普段はステーキにするのだが、少し油を落として、前日に開けたリースリングを上品に楽しみたいと思うからだ。ハーブサラダを付けよう。ジャガイモの残りも一緒にオーヴンに掛けてもよい。なによりもまだ本格的な風邪引きになっていないうちに、ビタミン補給して活力をつけなければいけないだろう。

摂氏零下八度以下で、薄着で肌を見せて走ったのが堪えたのだろうか。人のことは笑えない。走り始めから体ががくがくして、ウォーミングアップどころの話ではなかったからだ。どうしてもおかしなところに力が入って、肩なども違和感が出てきた。今回の冷えの山場は超えたが、それでも春らしくなる気配は一向にない。二月は可成りの寒波が予想される。何とかこの辺りで、それに立ち向かう滋養強壮をしたいものである。



参照:
放射能安全デマの危うさ 2016-01-20 | アウトドーア・環境
ロバート・スコットの南極 2016-01-22 | 文化一般
瓜坊とタコ親爺にビックリ 2016-01-11 | アウトドーア・環境
コメント

冷え切った雰囲気の実測

2016-01-24 | 雑感
台所の引き出しの奥から物を取り出す時、棚を外しかけると溝から外れてしまった。それを直そうとタイルの床に座り込むと冷え冷えとした。今年の冬はなぜか室内の床が冷えるような冷気がある。階下で暖房を使う使わないかとは違う冷え方で、その理由は分からない。

先日探検家スコットの記録を読んでいて、華氏を摂氏に読み直そうとして初めてファーレンハイトの意味が分かった。東海のダンツィッヒでの最低気温を零とするつまり塩水と氷で造れる最低温度と、水の凝固点を32度、体温を96度としたものだとは知らなかった。それからすると、自分自身がワイン街道で経験した最低気温は摂氏零下13,5度ぐらいなので、現在のところは充分にプラスである。それでもこの床の冷たさを感じたことはない。

数年前に寝室に吹雪が入って来て寒かったことがあるが、あの時は空気が風が冷たかったのに対して今回は地面が冷えている。もし大雪が降れば大変なことになりそうだ。台所の床の気温を計ってみた。摂氏7度ぐらいで、思ったよりも低くはなかった。次に篭り部屋の室内温も計ってみると摂氏17度ほどで10スカラーほどの差があった。そしてやはり明け方に尿意と寒さを感じた。

寝床の上掛けを準備するか、考え所である。寒さはもう一月ほどは続く。就寝前にヒーターを消して、スピーカーの電源を落とすことで、一時は完熟睡が可能となっていた。それが叶わなくなったのは、夕食後の生活やその他なども考えられなくはないのだが、原因は少し違うような感じもする。

ベルリンフィルハーモニカ―のフルーティストとして最も有名だったオーレル・ニコレが90歳になったと新聞記事にある。そのソロLPなどは持っていても知らなかったことが書いてある。1947年にフルトヴェングラーにジュネーヴで見出されてベルリンにやってきたということで、最晩年の録音では彼が吹いていることになる。これも完全に忘れていたが ― どこかにジュネーヴのコンクール時の録音があった筈だ ―、その後フォン・カラヤンのフルーティストかと思ったら、それも数年しか吹いていない。すると初期の録音でしか吹いていない事になり、むしろカール・リヒター指揮でのバッハなどが最も馴染みのある録音ということにもなる。フランス音楽とドイツ音楽を繋ぐ音楽家とされていて、ジャンピエール・ラムパルのライヴァル的存在とされている。音色からしてもまさしく魔笛だったかもしれなく、その存在感はピカイチだろうか。二十世紀に活躍していて、二十一世紀になっても名前が挙がる管楽器奏者の一人なのだろうか。

ラディオでは、ラインラントの州立管弦楽団の待遇が、従事・拘束時間にあまりにもかけ離れていると話題になっていた。つまり、管楽器などは弦楽奏者などに対して三分の二以下の従事時間しか無いのにも関わらず同じだけの給与を得ているというのである。管楽器の中でもマウスピースなどを作らなければいけない奏者とそうでないものとでは準備に掛ける時間が大分異なるというものだ。大管弦楽団編成がこの時代においては如何に経済的な合理性を持ち得ていないかの実例で、それら管弦楽団の本職であるオペラ劇場の仕事などなども含めて、恐らく19世紀から20世紀へと掛けた時期に存在した形態として時代錯誤の長物でしかないことを示している。



参照:
凍てつく澄んだ空気の蕾群 2016-01-21 | 暦
時代の相対化のサウンド 2015-12-08 | 音
ロバート・スコットの南極 2016-01-22 | 文化一般
コメント

太陽の恵みを謳歌する時

2016-01-23 | ワイン
森の空気は、摂氏零下2.5度と先日からすると6度も高かった。森の中は雪がうっすらとついていた。寒冷地になると、摂氏よりもファーレンハイトのようなものが生活実感に近くなるのだろう。絶対温度も悪くはないのかもしれないが、通常の生活からすると大分違う。どちらかというと人間の平均的な体温から測る方が実感に近いのではなかろうか。

メドックのポイヤックの1995年物を開けた。ノンフィルターの長持ちで有名な醸造所のものだ。いつものことで前日にはそれを開けようとは考えていなかったので、十分に澱を下に溜める時間はなかった。そこで横にしたまま初日は開けた。一杯目は澱を避けれたが、二杯目以降は大分入った。

それでも樽を使わない瓶熟成の強さはピカ一で一向に力が弱っていない。この調子ならばリコルクさえすれば、あと二十年ぐらいは新鮮に楽しめるだろう。コルクも通常のソムリエナイフでは壊れたかもしれないが、二枚ブレードで綺麗に完璧に抜ける。但しエティケットは合成糊ではないようで、ナメクジに好かれて直ぐに食われてしまった。

1995年の葡萄は1994年ほどにはカベルネフランのセパージュは多くはないが、それでも一種の苦みが全体を締めている。甘みはほんのりと感じるぐらいで、寧ろハーブ風のボルドーは食事には嬉しい。

澱の処理だけが問題になるが、コーヒーフィルターで濾してしまうと、どうしてもエキスが落ちてしまうような感じで、本当ならば二日ぐらい立てて沈めておきたいのだが、なかなか実現しない。

摂氏零下二桁に近づくと、赤ワイン、それもボルドーの強い陽射しの恩恵を受けたようなワインが最も心身ともに元気づける。二十数年前に夏を思い出して、体を芯から温めたい。

それならば零下二度が温かく感じるかといえば、太陽がさんさんと照るなどの条件が無ければ難しい。室内も陽射しが無いとじんじんと凍てついている。暖房を切っているからだ。暖房をフルに回している篭り部屋でも足元が冷える。昨夜は夜中に目が覚めて、薄く暖房を回した。布団を厚くすれば凌げるのかもしれないが、風邪を引きたくないので仕方がない。

階下の水漏れの関係で、足場が作られて作業がなされた、枠組みのカヴァーが剥がされて、中の木材の枠組みがチェックされたようだ。まだ元通りにされていないところを見ると、処置が出来ていないのだろう。木材の内側から水が滴ることはないと思うので、外側を伝って上から下へと落ちていくのだろうか。しかし上部は屋根で塞がれているので、その屋根が漏れていないとおかしい。



参照:
凍てつく澄んだ空気の蕾群 2016-01-21 | 暦
ライフスタイルの充足感 2014-12-02 | 暦
コメント

ロバート・スコットの南極

2016-01-22 | 文化一般
歌劇「サウス・ポール」初演に備えて、ロバート・スコットが残した記録を読んだ。子供の時に物語は読んだような覚えはあるが、そのもの記録を読むのは初めてだ。南極到達を四週間前に達成したアムンゼンと比較するまでもなく、とても的確な紀行文になっている。

これを読む前に、百週年を記念して2011年に独第二放送が制作したドキュメンタリーも観た。戦略的な甲乙など、この二つの遠征隊の性質の違いもよく分かり、そのリーダーの個性の相違もある程度分かった。それでも、このスコットの記録無しには、その比較も難しく、その文化的な価値は全く異なっていただろう。

面白いのは、大掛かりなスコットの遠征隊が、本人が遺言に敗因と書くようにその大掛かりゆえに、ポニーなどの準備が遅れ、またエンジンで走る雪上車が沈没したりエンジン停止したりする自体が、煩雑さと計画の遅れになり、二月過ぎの死の紀行となったのが、先陣争いと同時に敗因になっている。軍人とはいいながら、ロギスティックの困難さが結局は悲劇に結びついている。

ラインホルト・メスナーが語るには、双方が出発した海岸地帯は氷の付き方の問題以上に、もはや誰も彼らほどの熱意をもってこのルートを踏襲出来るものはおらず、双方ともその後二度と踏襲されていないという。それにしてもウェールベイの岩壁はノルウェーのフィヨルドなどを想起させて、南極点があれ程の高地にあるとはあまり気が付かなかった。あの状況ならばノルウェーの人たちが土地の利を活かして、そもそも優位だったに違いない。

子供の時に読んだ印象では、恐らくその後に読み更けたアルプスものの悲劇と混同してか、もう少し情念的な悲壮感にあふれていたと思っていたが ― 要するにデモーニッシュな死を省みない挑戦である、皆が指摘する茫然自失の先乗りされた敗北感以上に、どこまでも英国紳士を貫く叙述には感心した。それ故に読ませる記録文になっている。

なるほど、英国人の台本作家からするとアムンゼンの人物像は、あまりにも本能的で面白みがないものだろう。それでもバリトンで歌われて、一方スコットの方はテノールで歌われるので、オペラの世界でも深みの無い声なのでどうなるのか。

食事の違いが成果に大きな差があったとして、ペミカンが挙げられていた。脂とビタミンが含まれた食料はああした厳寒地ではとても重要だったろう。寒いだけならともかく、更に空気が薄いとなると、栄養はとても大切である。そしてあの当時の英国人とノルウェー人のスキーの扱いは全く異なっていたであろうし、グレッチャーなどの熟し方でも勝負にならなかったに違いない。

それでも、死体が発見された2012年から一年も立たないうちに、前書きとして学術的な成果が強調されているのも面白い。なるほどそうした動きは戦後のティベット遠征などまでも持ち越されていたが、実際には新たな地域を通ることも無く、大英帝国が望むような地下資源などの開発に結びつく成果があられたのかどうか。もしそうした成果が本当に目指されていたならば、何も一番乗りを逃したからといってそれほど落ち込むことは無かった筈である。実際に、学術調査に拘っていた隊員は限られていたようで、これまた遠征隊を煩雑にして悲劇に導いた要因になっている。

そして、スコットもそれではと思って、少しでもアムンゼンよりも実際の極点に近いところを測定している ― 実際はスコットは400M離れているのに対して、アムンゼンは200Mまで近づいていて、アムンゼンの方が正しい測量をしているようだ。太陽と磁石と測量技術しか測定方法はないのだろうが、アムンゼン隊がどれほど正しい極点に竹枠のテントを建てたのだろうか?アムンゼン隊は英国製の六分儀を使っていたとスコットが書いていて面白い。



参照:
聴覚では不可能な無理難題 2016-01-17 | 文化一般
21世紀に生きている実感 2016-01-10 | 文化一般
ペトレンコの「フクシマ禍」 2015-12-21 | 音
コメント

凍てつく澄んだ空気の蕾群

2016-01-21 | 
日曜日には、ピンクのアーモンドが綻び始めていた。零下の寒空の開花は感動させるものがある。日本の桜には無い清楚さとか、美しさがワイン街道にはある。澄んで、鋭い空気と、透明な光と青い空に浮かぶピンク色の小さな蕾群である。写真を撮りたいが、寒くてかなわない。カーニヴァルの警備体制に関してニュースが流れていた。今年はテロ対策で警備が厳しくなるということだ。

冷蔵庫のサーモスタットに変化があった。夕飯後に寒い日に持ち帰ったアイスを食べようと冷凍室を開けた。驚くことに、霜どころか、アイスが柔らかくなっていた。それでも冷凍食品が融けた様子はない。そういえば、早朝などに稼働音を聞いていない。どうも様子が違う。

急いで、目盛りを強にしたが直ぐに稼働しない。つまりそれまでに動いていたことになる。それでも稼働が少なくなっている。目盛りを2にして、翌朝点検すると、霜が少しついていた。そもそも室内温度はともかく、室外温度はそれどころの寒さではない。だから、温度調整は出来る限り弱めにして、倹約したいのである。

冷凍室の霜取りの影響があったようで、以前ならば、この状態にはならなかった。厚い氷の層が冷凍庫の壁を冷やして、その冷気が冷蔵庫の壁を冷やしていた筈だ。そして霜を落とした状態で、今度は設定温度が上がるようになったので、次は徐々に設定温度を下げていけば、適温が調整できるはずだ。兎も角、頻繁にサーモスタットが作動していたのが落ち着いて来た感じである。それが確認されれば原因を調査してみなければいけない。

タブレットとPCを繋いでいるうちに、アンドロイドを4.4にアップデートしてしまった。動き出してからルート化の問題があることに気が付いたが、時すでに遅しで、ルート化が外されてしまった。別に当面は困らないのでそのままにしておく。最初に思っていたように、それほどにバックアップなどが必要が無いことがこの間に分かったからだ。マイクロカードを64Gにしてしまったので、必要なものはそこに記憶しておけば足りるからで、要はタブレット自体が完璧に動いてくれることが最重要だと分かったからである。そしてそれ以外の機能もルート化しないでも殆ど問題のないことも分かったからである。勿論ルート化の経験は役に立っている。PCから動かせればある程度は何とかなる。タブレットにはなによりも堅牢度が求められる。

先日言及した大宮の公園を訪問した人が更に足を延ばして福島市に行って、そこでガイガーカウンターなどで空間線量を確認して、更に面白い経験をしていた。それは持って行ったコムパクトカメラのセンサーが壊れたというのである。これも驚いた。放射線管理区域程度になるとそれぐらいのことは起きるのだろうか?正直分からないが、電子センサーなどの精密機械になると放射線の影響は受けるのだろうが、映像などで観る画像にノイズが入ったりするは万全の防御処置を取っていてもそうした影響を受けているので、通常の民生品は我々が考えているよりも放射線の影響が強いということになる。

日曜日はシュヴァルツヴァルトでもドイツ最大の滝のトリビェルクへの鉄道が積雪の倒木で運航中止となり、バスの代替交通も無いとニュースが流れていた。本格的な寒気で雪もある程度積もったらしい。ここで風邪を引いてはいけないのだが、流石に朝の一っ走りで冷えた。夜は、貰い物のビールも無くなったので、ワインである。流石にこうなると白ではなく、赤だ。それも濃いめの熟れたメドックが良い。



参照:
触る程度では必ずしも 2016-01-13 | 雑感
21世紀に生きている実感 2016-01-10 | 文化一般
必要に迫られての改革 2014-03-05 | アウトドーア・環境
コメント

放射能安全デマの危うさ

2016-01-20 | アウトドーア・環境
日本のネットでは毎日のように放射能安全デマが流されている。なぜ急にネット向けのキャンペーンが始まったのかと考えてみると、事件後五年を迎えようとしているからのようだ。三年目には目安としての半減期があったが五年目には何もない。次は三十年目である。

実際に色々と計算してみると、初めから解っていたことであるが、三年までは様々な核子を含めて、空間線量は落ちていくが、その後の減衰は先三十年ほど殆ど変わらないことが分かっている。寧ろ、除染した場所には再び汚染が集まることがあって、新たなホットポインツが見つかり、一部の森や海の食材などには凝縮されていく傾向があるのはチェルノブイリを受けたバイエルン州の公式な調査から知られている。

そうした基礎的なことも調べずに、米のベクレル数ゼロを望むのは非科学的だとか書く御用似非学者などが存在するのには驚かされる。100Bqは無料でも個人なら誰も喜んでは買わないが、伊達市などの桃などもそもそもの価格では売れないということで殆どが缶詰などになっているのだろう。どうせ叩かれるならと劣悪な処分されるものも混じるかもしれない。初期のヨードを除いては汚染は本当は問題がない筈だが、数値を出さない限り誰も納得して購入する人はいないので、米などを含めて基準値でだけで制限したのは間違いだった。結局は疑心暗鬼で、汚染度の少ないものまでその価格を押し下げて、市場を潰していく結果になっているのだろう。そもそも米などは全数検査をしているにもかかわらず数値が話題にならないのが不自然過ぎるのである。100Bqが高過ぎるだけでなく、カリウム置換をして実際に高い数値が出ていることの傍証でしかなくなるからだ。安全になったなら、少なくとも食品の基準値を20Bqか30Bqに下げて、年間空間線量も1ミリシーベルト以上を移住援護地域とすればよいのだ。それ以上ならば、少なくとも国際線の乗務員ほどの高給が保障として約束されなければ割に合わない。

このところの冷えは、放射冷却でもないのに摂氏零下8.5度と、パン屋が再開してからの最初の走りは今までで最も寒い中を走った。手袋をしていたが、耳が出ているので、少しスピードを出すと余計に寒かった。それでも、前回は谷の下から上がって来て、ふらふらしながら走っていたところは、朝一番でもそれに比べると大分楽に軽く走れる。

流石に車は駐車場に一台、広告業の5LのAMG仕様車しか停まっていなかったが、谷の奥にいつもと違う服装の親爺を見つけた。どうも走っているようだ。先日から「健康のためか?」とか漏らしていたから、パン屋が閉まっているうちに走り始めたらしい。まだ40歳代ぐらいなので、二匹のシェパードの散歩だけでは足りないだろう。ジョギングというよりも駆け足程度なので、こちらに気が付くと直ぐに道を譲るために犬と河原に出た。

寒いねと挨拶して、戻ってくるとやはり駆け足していた。あれぐらいのテムポでも歩くよりは早いので、往復一時間は掛からないだろう。正直以前はワイン地所を散策していたのだが、30分もすると腹が空いて飽きて来るのだ。それも毎日のように犬の散歩をするとなると、自分にはそうした習慣性が無いことは分かっている。週に三回ぐらいで十分なのだ。

そして帰りがけに声をかけたようにあの寒さの中では結構一生懸命走らないと体が温まらない。うっすら汗を掻く程度でないと、余計に怠惰感のようなものを感じる。それに比較すると、心拍数をある程度上げてしまうとそのあとの熱いシャワーを含めて、完全に目が覚めて、アドレナミン効果もあるようで、明らかにアクティヴになれるのがジョギングの良いところである。なによりも朝食に食欲が出る。



参照:
不可逆な無常の劇空間 2016-01-18 | 文化一般
百聞は一見にしかずか 2016-01-19 | 生活
除熱が上手くいかない日々 2015-05-14 | アウトドーア・環境
セシウムか、カリウムか? 2011-12-12 | アウトドーア・環境
コメント

百聞は一見にしかずか

2016-01-19 | 生活
夜遊びが続いて、新年会まであったので、一度しか走れなかった。週明けからパン屋が開く。そこで最後の機会と思って、谷から9Km往復のコースを選んだ。土曜日の夕方で、降雪の合間だ。それでも寒いので手袋をして走り始めた。

車を停めて準備していると後ろから親爺が遅いテムポで走って来た。追い抜くのも面倒で、後ろを追いかけるスピードではなかったので、先行で追われるように走り始めた。走り始めは抜かれない速度で走り始めて、結局、吸水口の前まで来ると誰も後ろにいなかった。途中で向こうからくるお兄さんがいい走りをしていて、これは本格的な人と感じたが、すれ違いの速度は下りの割にそれほどではなかった。

ぬかるみを避けて、いつもの駐車場へと初めて登山道を走り上がろうとすると、後ろから親爺が駈けてきた。スタート地点と同じ親爺ではなさそうだった。何故ならば坂道ですぐ後ろを付いてくるのだ。カーヴを曲がる度に後ろの親爺が二回見えた。駐車場まで最後の短い登りだから抜かれてはならないと思っていると、その姿は消えていた。歩き始めたのだろうか。こちらは坂道は走り慣れているので、苦しくとも続けて走れる訓練が出来ている。

駐車場に出てからそのままいつものコースへと入る。流石に息が上がってスピードが出ない。このコースで最も辛い場所だった。いつもの折り返し点の谷の奥から戻ってくると、汗が冷えだす按配で、霙雪がぱらつき出した。駐車場まで戻り、坂を下りだす。直ぐに谷筋に戻った。そこからは走り易くなるので、時速10KMを意識する。平行した道を走る親爺を軽く追い越して快調に頑張って走る。

そして、前回よりは良い走りが出来たと思ったが、60分を切れなかった。足元が悪いにしても、フルマラソンで四時間切るのは大変なことだと改めて身に染みる。そしてこのコース結構登っていることを感じた。パン屋が休みの間に使うにはなかなか良いコースだと感じた。

新年会で面白いことを聞いた。昨年の10月に日本旅行した話である。大宮駅の近くの公園には「被曝するので一時間以上いるな」という注意書きがあるというのだ。正直驚いた。大宮の汚染状況は大体知っている。当然であろう、多くの地域が法的には管理地域であり続けている。住むどころか、飲食をしても寝てもいけない。先ずは、そのことを前提として、復興とか何とかを話すべきである。その本人は、都内にもそれ以上に強いホットスポットがあることは知らなかった。それどころか本人の住むフィリップスブルクの原発1KM以内の自宅よりも空間線量は少なかったという。そして地元の消防隊として、避難訓練などを経験している。



参照:
出合いまでの想定をする 2016-01-09 | 雑感
初盆に配慮で統合会見休止 2011-08-12 | マスメディア批評
遅過ぎた自主避難などない 2011-10-04 | 雑感
コメント

不可逆な無常の劇空間

2016-01-18 | 文化一般
YAHOOジャパンにとんでもない記事が載っていた。てっきり注意を促す記事だと思ったら、公表されている数字から見て「福島は危険というのはイデオロギーだ」という御用社会学者の記事だった。意図的に取捨選択をした数字と、専門家と素人たる普通の市民を峻別する官製の修正主義のようでとても恐ろしいと思った。真実などは想定できないが、進行中の被曝被害を淡々と観察していく科学的な姿勢とは別に、行政やジャーナリズムなどは予防を目的とした政策と情報を確りと出さないといけない。これほどの破廉恥な記事を読むと、中立的な立場からして、どうしてもやはりおかしな核政策がその背後にあるとしか思えないのである。

マンハイムの劇場で東京の新国立劇場で2013年に世界初演されたシムメルペニッヒ作「AN UND AUS」がドイツ初演された。土曜日の初日が各方面で報道されたので早速二日目に出向いた。筋書きは、海岸にあるラヴホテルに毎週集まる三組のカップルが、ブラックアウトつまり電光が点き、消える間に世界が一変する一方、ホテルの受付にいる愛され、誰も居なくなった海岸線のホテルに残る青年が山に住む恋人との想いの中で描かれるというものだ。

ローラント・シムメルペニッヒは、現在ドイツで最も活躍する劇作家であり、新国立劇場はこの劇作品を委嘱するにあたって、日本人が外にどのように伝えてよいのか当惑し直面している問題をという驚くべきことがテーマとなったのである。今も総力を挙げて作業が行われているフクシマは東京からは遠く、もはや忘れ去られている。

芝居は、この劇作家の特徴らしく演じ手によってナレーションされる。そして、浮世の刹那を営む三組のカップルのブラックアウト前後の内面心理が各々によって語られる。それを機に、口が無くなってしまった男性、頭が双頭になってしまった女性、陸に打ちあげられた魚になってしまった男性と、そこで世界が変わってしまうその心理が語られる。しかしそれは決して具体的な形ではなくシュールレアリズム的な感覚で認知されるにとどまる。

その時の前と後、舞台は日本的な寂びと質素さとして、全ては紙の壁やドア、そして食卓、食器、プラカードとして表される。空からはひっきりなしに紙の黒い雨が降り、紙の大津波が舞台を飲み込む。愛人たちは再び各々の家へと戻るが、もはや元の鞘へは収まらない。時は無常であり、不可逆なのである。そうした中でも若い恋人たちは、離れ離れに各々クジラと蜂として、各々が達することのない天空へ、深海へとの夢を膨らませる。

今回の演出は、この劇作家の作品を三回目というブルクハルト・コスミンスキーによる手慣れたもので、東京初演についてはなにも知らないという劇作家も総稽古を見てとても満足したようだ。そして、当夜のプログラムには、ライプツッヒの日本学出身のドロテア・ムラデノーヴァが詳しく日本の核政策について触れていて、広島・長崎、ビキニ環礁福竜丸被曝、そしてその後のフクシマへの道が丁寧にコムパクトに書かれている。三種の神器、新三種の神器、高度成長から安定成長、そして、宝石、ジェット旅行、マイホームへとバブル経済への流れの中で、光り輝く「明るい生活」の蛍光灯からクーラーへと中産階層をエネルギー消費浸けにする社会経済の背後にある核政策が誰にでも分かるように描かれている。

「全て昔のようになって欲しい」と思っても、時は無常で不可逆である。緑の党批判の社会学者はブルノ・ラトゥーもフランケンシュタインを例にテクノロジーの利用を問うている。「ホクサイ、ファーストマンガマスター」の著者ジョスリン・ボウキィヤードの無常と神道イズムの一文を含めて、劇作家の短文がここでも冴えている。「視覚は、なによりも早い」と映画監督デレク・ジャーマンが引用した15世紀のイタリアの建築家レオン・バッティスタ・アルベルティの言葉を挙げながら、そのあまりにも早い速度の危うさと、視覚にならない温暖化やフォールアウトの恐ろしさは奇形などが表れて初めて映像化されると警告する。

このドイツ初演を扱ったSWR文化波は、600人がフクシマ禍で亡くなり、今後一万人の犠牲者が予想されているとしている。土壌汚染を考えれば必然的な数字かも知れない。いわき市などは初期被曝が酷く、中通りでもカリウム置換等で農作物の汚染が100Bq以下に抑えられている。如何に犠牲者の数を抑えるかが予防処置として強く求められている。しかし、御用学者や御用メディアは日本国の核政策を更に推し進めようと躍起になって情報を攪乱しようとしている。

それ故に、余計に上の劇の意味が改めて大きな価値を持つ。我々が幾ら書いても至らないのは、この劇作家がジャーナリズム的な取材と視点を持ちながら言語化して言葉として綴るのは、福島の人たちの心の中の声であり不安であり、深層の心理なのだ。こうした芸術作品を通して、はたと私たちは、その現実を、そのブラックアウトの時を、初めて自分のものとして感じることが出来る。「この世界は無くなったが、今までになかったほど夜空に星が輝いている」、こうした殆ど吉本バナナばりの限られた文学的な台詞によって詩が語られる。こうして覚醒するのは他者でなく、自分自身なのである。

それにしても、新国立劇場の委嘱作の世界初演の記事がネットで一つも見つからない。一体これはどうしたことか?これほど被災者とそして福島に今住む人たちの心情に寄り添った作品がなぜ大きな話題になっていないのか?日本には劇文化などはないのだろうか?今、明日の事は分からない、知らないうちに世界は変わってしまっている。



参照:
お通夜のような顔ぶれの様 2016-01-12 | マスメディア批評
開かれた平凡な日常に 2005-12-30 | 文学・思想
フラメンコの巷のほこり 2005-12-29 | 生活
ペトレンコの「フクシマ禍」 2015-12-21 | 音
コメント

聴覚では不可能な無理難題

2016-01-17 | 文化一般
外気温はそれほど摂氏四度ぐらいと低くはない。それでも篭り部屋で今季初めて暖房を最強にした。ヒーターは十分に機能している。それでも十分ではない。理由は分からないが、外の風が強いので、屋根裏部屋は冷える。それでも吹雪く様な雪にはなっていない。夕方時間があったので、走りに行こうかと思ったが、身体を壊しそうなので思い留まった。足元がずんずん冷えて来る。篭り部屋の窓は二枚の天窓しかないので、気密性にも問題が無いのだが、室温を計ると摂氏16度ぐらいである。ヒーターの空気抜きをすると18度まで上がって流石に暖かくなった。篭り部屋にして最初の冬の2010年は吹雪が入り込んできて、隙間から机の上を濡らしたことああった。あの冬は積雪が多く、早くから寒かった。

ミュンヘンからメールが入っていた。予想以上にミロスラフ・スロンカのオペラ「サウスポール」初演が大変なことになっている。新曲といっても新たに総譜台を作らねければいけないような大曲のようで、「グレの歌」にはアンサムブルの大きさでは及ばないが、各ヴァイオリンを別々に弾かす ― フラクタルな編成のようだ ― などで、それよりも10CMも長くなっているらしい。「ディ・ゾルダーテン」よりも複雑になり、殆ど劇場が指揮者により難しい課題を与えているような趣さえする。偉才、天才といっても人間であるから、無理難題を課すわけにはいかないのだが、我々もどうしても期待してしまうところが恐ろしい。

前振り情報を見ると、舞台装置にしても新たな枠まで工場で作り上げてしまうとは知らなかった。あれだけ大掛かりな常設舞台装置があっても、木枠のチャチナものでは駄目なようだ。正直マンハイムはおろかこれだけの大掛かりな作品は、予算だけ考えてもベルリンぐらいでしか上演不可能だろう。

それも「アラベラ」などを含む通常の上演の合間に総稽古が入るなど、我々そうした大劇場を知らない者からすると、その日程や準備、仕事ぶりなど想像を超える大規模舞台上演であることが分かる。そのような按配だから、通常の初演に比べても関連の催し物などが多い。

そして想定以上にドイツ山岳協会が関わっている。予備演奏会の一つは中之島にある山岳博物館で催されたり、スポンサーのBMWの風洞を使ったりしている。これだけ宣伝されていると、話題性も高く、券の売れ行きも良い筈だ。ミュンヘンのオペラでの初演はいつもこのようなイヴェントになっているのだろうが、どういった社会の関心を集めるかによってターゲットも違ってくるのだろう。

そして最終的には音楽的にも何らかの文化的な影響があるものでなければ報われない。台本は、二つの探検隊を外側から描くのではなく、二人の内面的な世界を描くということで、その楽器編成や複雑さとは裏腹に、音楽劇の形をとることになるようだ。英語の台本なので、どうしてもベンジャミン・ブリテンのオペラを思い出してしまう。但し、英国演劇のような台詞にはならずに、寧ろマドリガルのような形が多くなるのだろうか?二つの同時進行の音楽はホケットス状の形になるという。

歌手の準備のために、先ずピアノ譜が提供されたというのも面白い。それだけ管弦楽の書き込みに時間が掛かったということだろう。耳だけでは聞こえない編成で、ピアノ伴奏ではそのダイナミクスは再現不可能という。視覚でキューなどが分かる席で良かったようだ。リゲティの曲でもPのピアノが八個ぐらい重ねられている弱音があるが、奈落で求められると聞こえないのは当然だろう。



参照:
21世紀に生きている実感 2016-01-10 | 文化一般
八秒と長めの露光時間 2015-11-07 | 生活
コメント