Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2006年07月

2006-07-31 | Weblog-Index



ドロミテ五種競技 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-31 TB0,COM1
ドロミテの暑い日々 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-30 TB0,COM5
ドロミテ行備忘録七日 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-28 TB0,COM0
ドロミテ行備忘録六日 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-27 TB0,COM0
ドロミテ行備忘録五日 [ 生活 ] / 2006-07-26 TB0,COM0
ドロミテ行備忘録四日 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-25 TB0,COM0
ドロミテ行備忘録三日 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-24 TB0,COM0
ドロミテ行備忘録二日 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-23 TB0,COM0
ドロミテ行備忘録初日 [ 雑感 ] / 2006-07-22 TB0,COM0
彼方の高みは? [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-21 TB0,COM6
高くとも、旨からず [ 試飲百景 ] / 2006-07-21 TB0,COM0
小さな領地を散策して [ 歴史・時事 ] / 2006-07-20 TB0,COM8
遥か昔の空の下で [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-19 TB0,COM2
憑かれて疲れることもある [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-18 TB0,COM6
食べて飲んで、汗掻いて [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-17 TB0,COM3
折り紙の現課題と原体験 [ 文化一般 ] / 2006-07-16 TB1,COM10
甘口ビール飲料に要注意 [ その他アルコール ] / 2006-07-15 TB0,COM4
ヒンヤリハーブティー [ 料理 ] / 2006-07-14 TB0,COM9
清涼のビアーガルテン [ その他アルコール ] / 2006-07-13 TB1,COM6
自尊心満ちる軽やかさ [ 生活 ] / 2006-07-12 TB0,COM0
とても感じ易い共和国 [ 文化一般 ] / 2006-07-11 TB1,COM3
政教分離の無為と有為 [ 雑感 ] / 2006-07-10 TB2,COM6
無花果の木陰の冷麦酒 [ 料理 ] / 2006-07-09 TB1,COM4
王女とカエル王子 [ 文学・思想 ] / 2006-07-08 TB0,COM5
蒸し暑い日々のアイス [ 生活 ] / 2006-07-07 TB0,COM3
シロッコではないが [ アウトドーア・環境 ] / 2006-07-06 TB0,COM2
今後四年間の南国休暇 [ 生活 ] / 2006-07-05 TB0,COM2
映像のみが語る真実 [ 雑感 ] / 2006-07-05 TB1,COM0
日曜朝のワイン試飲 [ 試飲百景 ] / 2006-07-04 TB0,COM0
独逸女、誠実、ワイン、歌 [ 雑感 ] / 2006-07-03 TB2,COM9
まだまだ序の口か [ 生活 ] / 2006-07-02 TB0,COM2
歓喜の歌 終楽章 [ 歴史・時事 ] / 2006-07-01 TB0,COM0
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ドロミテ五種競技

2006-07-31 | アウトドーア・環境

今回のドロミテ行の特徴は、所謂ヴィア・フェラータと云われる整備された登攀路を辿ることにあった。「天に昇る梯子」である。同行者の半数がフリークライマーで、半数が当てはまらないことが、その内容の一端をあらわしている。

登攀の特徴として、安全ベルトに蛸足のような二本の環を出して、ワイヤーロープに交代に引っ掛けていく。そうする事で、ワイヤーの支点で引っかかって転落を防ぐことが出来る。このセットをドイツ語ではクレッターシュタイグセットと呼ぶ。

安全はある程度確保されている分、ぐいぐいと高度を稼いでいくのが醍醐味で、詰まらぬ事を考える暇は無い。

ドロミテの場合は、峰が鋭く衝立のように切り立っているので、山を登るだけでなく、その反対側へと回り込むのにもしばしばこれが必要となる。こうして設定されたルートは、大きく谷を回るのとは違い、短い距離で高度を稼ぐ事が出来る。

そのような状況から、小屋から小屋へと荷物を担ぐ渡渉は、大きく月面のように広がった岩の台地を渡るにせよ、岩峰の中間を走る捲き道を通るにせよ、他のアルプスの地域に比べると足元が悪い。勿論、クレッターシュタイグと云われる登路を荷物を担いで移動するには、上体の腕力だけでは叶わない。強靭な足腰を普通以上に酷使する必要がある。

それでも谷間に遊ぶイタリアの少年団の子供たちは声を合わせポリフォニーを奏でて、羊たちもかなり上部までベルなどを響かせる。切り立っている分、谷も浅く、深遠な渓谷とは程遠い。

設定されるルートには、三千メートル峰の頂上への歴史的な登攀路が整備されたものから、小さな峰に遊び心を持って設置されたものまで、その傾斜から通常ならば困難度三級の岩場から六級以上の岩場に設置されている。

標高差千メートルをこうして登る岩壁は、決してエリートのためのものではないが、その大きさから決して馬鹿にできるものでもない。実際その多くは、20世紀の初頭の壁の時代から鉄の時代に新たに設置されている。

標高差六百メートル以上の岩壁が数多く存在するこの地域から、数多くの世界的なクライマーが輩出している。そうした岩壁の登攀の基本が凝縮しているのがこれらの設置された岩肌である。登山をスポーツとして見た場合、ここにおける全ての登山活動は、それが古代オリンピックの五種競技の様に輝いている。

英国人の紳士気取りもドイツ人のロマン気取りもフランス人の美学気取りも、ここには存在しない。あるのは削ぎ落とされた岩壁と灼熱のような憧憬だけである。
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ドロミテの暑い日々

2006-07-30 | アウトドーア・環境
ドロミテも暑かった。標高3000メートルを超えていても日差しが強かった。半ズボンと濡れたTシャツが十分に日差しを遮らないので、サンクリーム不足の露出部分は焼けた。日陰を求めて、雪渓や氷河に涼を求めたが、限度があった。

それでも汗を掻き、毎日冷えた美味いビールとワインを飲み倒す日々は楽しかった。二十歳代から六十歳代までの女性教師を一人含む八人の仲間から、腹痛やバテなど理由に早めに下山して、平均年齢を上げた五人が最後まで残った。

本日も名峰チベッタに攀じる予定であったが、朝から天候が悪く高度差九百メートルほど残して退散した。今頃は、祝杯と打上げの酒盛りをしていたかと思うと残念であるが、しかしそれ以上のものを残してくれたかもしれない。

何れにせよ、老若男女を問わず、意地を秘めた戦うメンバーであったのは自画自賛したい。

小屋番をするイタリア人に、「サッカーでも最後に情けないのは駄目で、イタリア人のように最後に決めるのが凄い。」と言うと、「サッカーなどには興味がなくて、ラスト侍のような名誉が大事なのだ。」と反論するので、「俺は右翼ではないが、山登りも一緒で、戦いが大切で、克服こそ名誉なのだ。」とタカ派に主張した。
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ドロミテ行備忘録七日

2006-07-28 | アウトドーア・環境
昨夜は、ベランダの彼方此方にと洗濯物を干していたが、食後の憩いの時にホテルの子供たちにせかされて、夕立の中を感想室へと下着や靴など全てを移動させた。ああしたてんてこ舞いでもイタリア語で騒がれると、コメディアデラルデのような雰囲気になるのが良い。ドイツ人は決して狂言わましにはなれないな。

思いがけず候補に挙がってきたチベッタ峰を目指して、三台の車で分乗して峠を越えて行く。絶景を見ながら走れるのは醍醐味である。峠道は対向車が殆どなくて助かるほどに狭く、途中に村らしい村も少ない。トレントに含まれるこの地域は明らかに観光の意味においても裏寂れていて風情があった。

当時の行動は、積み重なった疲れを考慮して最小の荷物で小屋に入るだけであったので、登頂後遅くに下りてきた場合の部屋を予約して、少し涼しくなった斜面を登る。明くる日を考えて、短いリフトを利用して暑さを避けて、斜面の上で落ち合う事にした。驚くなかれ、地図を見ながらリフトで行った方が約束場所に遅く着いた。

その代わり余力を残してコダーイ小屋まで先行して到着した。夕方には雷雨となるが、翌日のタフなプログラムに備えて早寝とする。早出で、最前列を切るために朝食時には山靴を履いていろと云うお達しが出る。そのせいか夜中に目を覚まし、浮き上がるような谷の町の光を眺め、空に薄っすらとただ一つの惑星を観察する。どうも暖か過ぎる。寝床に戻って着替えを済まして再び仮眠する。
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ドロミテ行備忘録六日

2006-07-27 | アウトドーア・環境
翌日に下山予定の仲間が一昨日来の腹痛と言うことで、一日早めに切り上げるとして直接下山する。車の便から、同じように切り上げる同行者一人と、二リットル半水を荷揚げしていた仲間も便乗で、三人が行動を共にする。

残された五人は、前日の周遊コース前半を荷物を担いで通過する。勝手知ったる登路なので楽であったが、荷物の分体には堪える。更に向かい側の岩山を回りこんで、チマ・デラ・マドンナのクレッターコースを下りて行く。飽きてきた頃に、花を添えて飾ってある登り口に到着。山小屋は目の先だ。

其処にて、グッショリ汗を掻いたTシャツを脱ぎ体を洗う。ミネストローネとヴァイツェンビーアを補給する。其処で峠のホテルの空き部屋を確認して、一旦下山を決定。

再び標高差300メートルほどを登り直し、谷の上部へと下降、岩頭の水平道を大きく迂回して行く。流石に、下りには膝がぐらぐらとして足元がおぼつかない。途上、高度差700メートル近い大岩壁ルートを観察する。

崖に滑り落ちないようにところどころクレッターシュタイグセットを再び取り出して長い下降を終えるが、気持ちの良いハイキング道を一村分上流へと降りて行く。

車へと到着した時は今回最も疲れていた。峠の宿へは、数分で到着。久しぶりに谷の生活を満喫。ここでもイタリアの少年の家などの施設か、戸外に音楽を鳴らして大人数の子供達が夏の合宿生活を送っているようであった。

道向こうの山を背にしたバーベキューをみながら無性に空腹を感じ出した。
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ドロミテ行備忘録五日

2006-07-26 | 生活
下部にある小屋へと移動する。朝の涼しさの中を日陰の比較的足場の良い谷を綴れ折りに下りていくので、最も楽な行動であった。途中の小さな草原の光景は、眼下に谷の町を臨みながらも感嘆に値する清々しさと静けさに満ち溢れていた。

午前中に、改装された美しい小屋に到着して、荷物を詰め替えて再び岩頭の周遊コースへと出かける。時計回りで出かけた前半のクレッターシュタイグを楽しむ。回り込んだ岩峰の裏側の草原も美しかったが、日差しを避けて一休みするのに苦労した。

再び反対側へと戻って来たが、だらだらとした登りと鎖場の下降のようなゲレンデに終始して全く楽しめなかった。再び登山路へ出て巨岩のボウルダーで遊ぶが、事故を避けるために本格的には出来なかった。こうした団体行動の制約である。

小屋のガラス張り食堂で飲み始めると気持ちが良い。少年のグループが多く騒がしいが、標高2300メートルの喧騒も悪くはない。飲み進むうちに何時の間にか我々以外の声は聞こえなくなっていく。
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ドロミテ行備忘録四日

2006-07-25 | アウトドーア・環境
比較的高度差のあるクレッターシュタイグを行う。前日に高度順応が出来ているので、それほど問題はなかったが、小屋までの下りと帰還が辛かった。

谷を雪渓伝いに下りていくのに、ストックでグリセードを試みるが中々様にならず何度と無く転倒。ストックの長さと調整して真面目に遣るべきであった。転倒情景を撮影される。

U字状の圧倒的な峡谷は、懐かしい剣渓谷周辺を思い起こさせるが、標高差が二倍以上ある。

日陰を求めて、汗でグッショリ濡れたTシャツで雪渓ジェラードに憩う。
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ドロミテ行備忘録三日

2006-07-24 | アウトドーア・環境
標高差900メートルほど上部の小屋へと移動する。前日に辿った道から更に谷をつめて行くと、月面のような岩の大きなプラトーへと出る。距離が長い。一日中荷物を背負って動いたのは、四半世紀以上ぶりである。

氷河湖を囲むようにして百人ほどど少年少女が集っていたようだ。イタリアでの組織された少年少女の野外活動は大変目に付いた。スカウト活動のような団体だろうか。
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ドロミテ行備忘録二日

2006-07-23 | アウトドーア・環境
水筒に紅茶を持参するが、入れてくれたお湯が満タンで無かったので、帰路の登りで水が足りなくなる。日の照り返すクロダ・グランデ頂上を諦めたものの谷へ下りる行程が長く、登り返しがあって足腰に堪える。咲き乱れるお花畑のエーデルヴァイスなどが慰めである。
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ドロミテ行備忘録初日

2006-07-22 | 雑感
まだ明けぬ早朝5時に15キロほど先の町で待ち合わせをする。

第二の待ち合わせ場所のドロミテの峠ローレは、標高1900Mあり流石に涼しい。昼食に、ポランタというトウモロコシ団子やチーズや肉をそれぞれ四角の型で切ってソテーした詰め合わせを試す。ビールに劣らず、これは良く出来た名物料理であった。特に硬いチーズに焦げ目を付けて焼いた物は、餅を焼いた様で食感も味も珍しいものであった。

峠から対面する目指す頂上が黒雲に翳ったかと思うと、直に雷雨に襲われた。テラスでシャワーを避けた後、車で移動して谷を遡り一時間ほどで標高1600Mの小屋に落ち着く。

谷間の木陰のあるようなこじんまりとした山小屋は素朴で素晴らしかった。場所が空いていたならば、再びここを根拠としたいと思ったのが我々皆の共通した思いだったようである。

ここを根拠に大小の岩壁を目指す地元の若者達が羨ましい。小屋の親仁は、ガイドとしても力のありそうな素朴な感じが印象的である。前菜・セコンド・デザートのメニュー、ワイン・ビール・シュナップスの生活がこうして始まる。
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彼方の高みは?

2006-07-21 | アウトドーア・環境
山の天気は如何なものかと、ネット散策をする。二年前の夏、明日は最終日決行と云う日に、夜中に吹雪いたことがあった。 柔 軟 な全体の見通しに天気予報情報が加味されていないと云う情けなさで、最終日は新雪の積もった中を谷へと下りて行った。

数年前にドロミテを訪れた時は、SMSによる天気案内を予約して出かけて、幾らか役に立った。今回は、経験を生かして週二回の予報を予約する。余分にボルツァーノの予報まで注文してしまったが、ローミング料を除けば1ユーロもしないので良いだろう。峠の上と下の両方の天気を知るのは参考になる。

2200メートルで摂氏17度は大変高い。4500メートル付近でやっと氷点下になる。ここ暫らく夕立は予想されそうである。折りたたみ傘を入れておこう。

金曜日には湿った大気がアルプスにかかるので、週末には夕立がありそうだが、南チロルの南よりは比較的良さそうである。温度も下がり気味に向かうのでこれも、小屋へ上がるときには好都合である。

また日曜日は天候が安定していそうなので、先ずは高みへと登って、写真でも写してこれるであろう。

昨日は摂氏38度まで温度は跳ね上がったが、今日は湿気があり、この夏最高に暑苦しかった。
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高くとも、旨からず

2006-07-21 | 試飲百景
ブリュッセルからの訪問者があった。八月第三週に訪れる予定だったのが、早まって第一週と一月勝手に勘違いしていた。電話があって、明日訪れてくると聞いて、上手く都合がついて良かった。

そこでワイン買出しのお供をした。このようなワイン試飲会も大変興味深い。既に全てのワインを試飲していても、購入者の感想を聞きながら改めて試飲すると大変参考になる。

十年ぶりぐらいの再会なので、以前の好みも覚えていなければ、最近の好みの傾向も知らない。先ずは、インタヴューを試みた。当時のリースリングの辛口と醸造所の名前からある程度イメージが出来た。その後試飲中に判ったのだが、数年のアメリカでの生活中にカリフォルニアワインを、それもシャドネーを楽しんでいた事で、これは結構重要なポイントとなった。

一件目では、11種類を試した。予め、2005年の強く重めの印象は伝えてあったが、やはり2004年産リースリングへと最終的に絞られた。其処で気がついたのが、まさにリースリングの経年変化で、2005年産のワインはまだまだ遅咲きであろうと言う見解に至った。反対に2004年産の弱めのワインが今や既にかなり開いて来ていて、面白味が出てきたことで判った。

シュペートレーゼなどは、後数年はまだ良くなりそうであった。勿論一般の消費者には、今楽しめるものが嬉しいのだが、こうした大器晩成型の高級なワインをある程度の出費に対して期待したいと自ら思った。

最近の傾向としてどうしても口辺りの良い安易なワインが経済効率を高めることから、こうした特別なワインを醸造するのは難しくなっている。価格が高ければ、旨いではなく、品質が良いことを評価して行くべきである。

買い出し試飲会の二件目として、嘗ての大御所で今や資本家の手に落ちた店へと参じた。途上、2005年産を上手に作っていそうな味の硬めのワインを作る店に寄ったが、そこは17時を過ぎていて玄関先で諦めた。

さて、大手の醸造所で未だリストに載っていない、瓶詰め早々の二種類のワインを試した。

2005年ダイデスハイマー・モイズヘーレ リースリング キャビネット
2005年ダイデスハイマー・グラインヒューベル リースリング キャビネット


特に前者はミネラル分豊富で大変気に入った。

ここでも、軽めのサマーワインから始めたのだが、これに対しては「水臭い」と言う講評が聞かれた。なるほど価格相応の炭酸で割れるようなワインを旨く作っているのだが、以前のレベルからすると旨味が足りないかもしれない。

ここで飲み直して、やはりウンゲホイヤーが素晴らしかった。9ユーロはかなり高いが、これだけ美味しく醸造されると抵抗しにくい。問題はこれもガラスキャップとする事で、今飲んで楽しめるワインになり下がってしまっていることである。コルク栓にして経年変化させるべきワインであるかどうかの境目なのだ。今金にあかして飲んでしまうのも惜しいような気がする。

グランクリュのホーエンモルゲンも飲まして貰ったが、流石にこれは分厚く、今飲んでも美味しくはない。

前回の試飲の際にとげとげしいと書いたキーセルベルクは既に売り切れていた。玄人は、目先が効くと云うのがこれで判る。
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小さな領地を散策して

2006-07-20 | 歴史・時事
日曜日には、グラスタールと云う南プファルツの小さな谷を歩いた。その道すがらに、幾つもの道祖神などがあった。殆ど詳しくは見れなかったので残念だが、意匠が良さそうで楽しかった。

この地域は、地元の騎士の相続騒動の際に、シュパーヤー大司教区の熱心な布教活動に伴い、彼らの手に落ちた。その後1945年までバイエルンの管轄であった事をみても、かなりハッキリとしたカトリック圏であるのが分かる。
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遥か昔の空の下で

2006-07-19 | アウトドーア・環境
先日来、幾つかの崖崩れが報道されている。一つはスイスのアルプス北側からイタリア語地域へと抜けるゴッタルダトンネル横のもので、重要な幹線は遮断された。もう一つは先週話題となった、ベルナーオバーラントにあるグリンデルヴァルト氷河へとアイガー東壁が崩れ落ちはじめたものである。

グリンデルヴァルトの町の奥から対岸を眺めると、左からヴェッターホルン、メッテンベルク、そしてアイガーの長い東山稜が手前に伸びる。その稜線とメッテルベルクの間に挟まる谷がウンター・グリンデルヴァルト氷河である。

その氷河に今回大量の壁が落下して、現在進行形である事から、氷河を挟んで反対側にあるベーアレック小屋は賑わっているようだ。町の観光局も、この夏はこれで乗り切りたいといっている。

さてこれほどの自然の猛威であるから、被害なども心配されるが、登路なども殆ど無い事から、この崖崩れにっよって氷河溜まりが出来て、一斉に決壊しない限り大丈夫であるという見通しである。

山岳風景画に詳しい向きならば、特に日本で人気の高いカスパー・ヴォルフの絵を思い浮かべるかもしれない。誰もが驚くのはその氷河の現状に至る縮小・退潮である。そして、温暖化のいわれる今日またその地にて大崩壊が起きているのは、必ずしも偶然では無いであろう。

ベルンから一挙にミュンヘンへと飛ぶ。ミュンヘンから南へと高度を上げて行くと、シュタールンゼーの太古の氷河湖を過ぎて、冬季オリンピックが二度開かれたガルミッシュ・パルテンキルヘンへと至る。そこに居を構えたのが、ミュンヘン宮廷劇場の音楽監督でありナチスドイツの音楽総監を務めた作曲家シュトラウスであった。

何十年も以前から音楽産業では、夏のこの時期になると、リヒャルト・シュトラウス作曲のアルペンジンフォニーの録音を広くセールスする。現存する作曲家の山荘からドイツ最高峰ツーグ・シュピッツェの峰を眺めながら足元へと至る事も出来る。そうした環境をイメージして作曲されたのがこの交響曲である。

些かハリウッド映画曲風とはいえ、元来はライヴァルであるマーラーの交響曲を意識している。それは決して七番におけるカウベルの扱いだけでなくて、作曲家自ら、対抗馬の三番の交響曲を意識してか、この曲をアンチキリストと呼んだともある。作曲家は、自らの劇場オーケストラの表現力を思い描いていたことは事実で、それは作曲家自身指揮の録音を聞くと合点がいく。

滝や岩場のごつごつした表現や対旋律の合わせ方などは、毎晩オペラの一くさりを奏でている奏者たちには、自然と表現出来るような音楽となっている。それでいながら、自らの音楽芸術を繕っている玄人の作曲家が面白い。

地球温暖化の現象から、約二百年三十年前の科学的写実絵葉書と約九十年前の劇場音楽的交響詩へと話は飛んだ。現代の我々は、前者のような*科学的資料も必要なければ、後者のような劇場的人間解放も必要ない。だから余計に仮に僅か百年遡って見た青い空の風景には、大量の排気ガスを排出する飛行機すら無かった事を思い起こす。同時にミクロの視力が如何に発達しても、自然現象観察にはマクロの眼差しこそ欠かせないことが判るのではないか?


*ヴォルフの山岳画の依頼主として、科学者フォン・ハラーは最も重要である。
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憑かれて疲れることもある

2006-07-18 | アウトドーア・環境
去る日曜日のクライミングは、その前の土曜日の近所の石切場での試みに続いて、子供の時以来の毎週クライミング通いとなった。同行者に「此間の疲れは取れたか?」と訊かれて、なるほど限界までの運動をすれば誰でもそうなのかなと今頃改めて考えた。

往時のその疲れは、育ち盛りの学生の学業には大変不都合なもので、筋肉に血が巡り、脳に血が通わなくなるという最悪のパターンとなっていた。それに癒されかけると、次週のクライミングが待っているので、その悪循環は続く。その上、他のスポーツとは違いクライミングは、特に青少年にとってはアドレナミン放出という快感が待ちうけており、疲れるだけで無く憑かれてしまうスポーツなのである。

流石に年嵩を重ねると、経験がものをいうのか、こうした本能的なホルモン反応は弱り、こうした機能もそれほど極端には作用しないような感じである。そして現在の最大の問題は、筋力が十分に対応出来あがっていない事のようで、今しばらく鍛え上げていかなければいけない。

再び来週は、ドロミテ山群で攀じている予定なので、体調さえ整っていれば四半世紀ぶりに実力を大きくステップアップ出来るかと楽しみにしている。
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