Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2012年10月

2012-10-31 | Weblog-Index


ポストモダンと自嘲した男 2012-10-30 | 文化一般 TB0,COM0
合理性にこそ華が咲く 2012-10-29 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
氷点下に夏時間が終わる 2012-10-28 | 暦 TB0,COM0
娯楽施設でのクライミング 2012-10-27 | 生活 TB0,COM0
冬タイヤ交換前の冬ゴム底 2012-10-26 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
今も続く摘み取り作業 2012-10-24 | ワイン TB0,COM2
雲海上のピクニックを愉しむ 2012-10-23 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
Ich war noch niemals in NY. 2012-10-22 | 生活 TB0,COM4
とても楽しめた木曜午後 2012-10-19 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
小春日和の週末に向けて 2012-10-18 | 暦 TB0,COM0
「指輪」に賭けてみようか 2012-10-17 | 文化一般 TB0,COM0
僅かばかり早い、冬篭り 2012-10-15 | 暦 TB0,COM0
登り納めの謝肉祭 2012-10-14 | 暦 TB0,COM0
殆ど陽が射さない一日 2012-10-13 | 暦 TB0,COM0
綺麗に嵌め込める楔 2012-10-12 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
厄介な連中との腐れ縁 2012-10-11 | マスメディア批評 TB0,COM2
アイリーン・スミス夫人の告発 2012-10-10 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
フランススーパー売りのワイン 2012-10-09 | ワイン TB0,COM2
それで良いではないか 2012-10-08 | 文化一般 TB0,COM0
香りだけではないのだが 2012-10-07 | 女 TB0,COM0
追突事故への想像力の欠如 2012-10-05 | 生活 TB0,COM0
ドイツの祝日にフランスで 2012-10-04 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
岩峰頂上の記帳に日本女性 2012-10-03 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
大胆で勇敢そのもの 2012-10-02 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
とても健康的な秋の一日 2012-10-01 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
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ポストモダンと自嘲した男

2012-10-30 | 文化一般
ハンツ・ヴェルナー・ヘンツェの死亡記事が文化欄を飾っている。週末はドレスデンで自己の作曲の回顧シリーズのために滞在中だったようで享年86歳であった。幾つかの聞きなれない情報がそこには詰められているが、それ以上に悼辞を書いている作曲家の顔ぶれの方が興味深かった。

先ずはヴォルフガンク・リームであって、「音楽への君への付き合いから私の芸術への道」を示した作曲家としてこの先輩作曲家を評価している。そこでは、当時の恋人であったインゲボルク・バッハマンのテキストに作曲した「夜の音楽とアリア」のドナウエッシンゲンでの初演で、まさしくリームの師匠であったシュットクハウゼンやブーレーズそしてノーノが席を立って示唆行為をした件で、後々も大きな傷心としてその示唆行為が故人に残ったことを、故人の音楽へのロマンティックな対応として十分に手短に説明している。

ペーター・ルチカは、まさしく故人の劇場音楽の成功が示すような、「劇場の問いかけ」とその方向性を重視していて、同じように言葉の音楽を作曲して成功しているアルベルト・ライマンは、自らのそれとの相違を故人と近年話し合ったことについて触れている。

まさしく、アドルノのアウシュヴィッツ以後にアリアは書けないとするそれとは異なって、器楽曲の何処彼処に言葉の歌が読み取れるその作曲法を再確認させる記事となっている。そうして他の前衛作曲から孤立して、「売れる」自らの芸術を推し進める一方、自嘲して「ポストモダン」と名乗る世代違いのこの作曲家は、1953年以降はイタリアに居を移して、そこにて自らの地所からのワインと野菜などの収穫で伴侶と養子縁組した同性愛の恋人であろう息子とともに作曲に勤しむゴージャスな生活に触れられている。

そうした芸術的な心情は、その教育の欠損や独自のキャリアーを積むその時代のプロフィールからすれば、故人の社会的思想的な傾向や些かアウトサイダー的な芸術人生に十分に投影されている訳で、その意味から回顧折衷的な居直りの芸術に投げかけれれる大きな謎は存在しないであろう。故人の舞台作品やその他多種多様の作品が、今後どのような形で経済的な価値を維持するのかどうかが興味の的となるのであろう。

故人とは、その交響曲七番のプロミスの演奏会で同席しただけでなく、一度は挨拶する予定になっていた。しかし交響曲十番の初演に追われていたのか、結局対面することはなかった。もし三島由紀夫の話などをしていたらと思うのだが、その代わりに招待された演奏会も辞去して帰宅したのを思い起こす。個人的には縁がありそうで、お門違いのすれ違いの作曲家だった。



参照:
Er suchte die Schönheit und den Glanz der Wahrheit, Elenore Büning, FAZ vom 29.10.2012
海の潮は藍より青し 2005-08-28 | 文学・思想
暁に燃えて、荒れ狂う 2005-08-30 | 歴史・時事
非日常の実用音楽 2005-12-10 | 音
スッキリする白いキョゾウ 2007-12-11 | マスメディア批評
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合理性にこそ華が咲く

2012-10-29 | アウトドーア・環境
ザビーネ・マイヤーの五枚組みはポートレート風のつくりであるが、中々収録曲と演奏録音共にそれ以上の価値があった。特にマンハイマーシューレのシュターミッツの協奏曲集などはクラリネットで有名ながら自らがこの楽器に関係していないと馴染みが少なく、同類の曲集にも意外にクラリネットの曲が少ないからだ。その意味からモーツァルトなどに影響を強く与えた曲でありヴェーバーなどのそれと合わせて素晴らしいアンソロジーとも為っているのである。この楽派を知るには欠かせない録音の数々である。

さて、自らの十日間のクライミングの成果を一望だけしておきたい。この間石切り場で三回登り、その難易度はもはや岩の状況から平均で六級マイナス程度しかいかなかったが、違う石切り場で少し登った経験は貴重であり、石切り場特有のノミの痕を手掛かりにするそれを改めて思い起こせた。兎に角、雑食砂岩でも岩が硬いのが特徴だろうか。

本物の雑食砂岩では、間違って登った脆いクラックからチムニーで頂上に出るルートは4級しかなかったが、結構中間支点を取るのが苦労で、後ろにひっくり返りそうになった。難易度に拘らず真剣に取り組まないと御せ無いのが南プファルツの岩峰群である。

それに引き換え火山性の斑岩のバーデンバーデンではハーケンが設置されていることもあって自己の限界域で登ることが出来る。足場に立ち上がるまでのバランスで、立ち上がれば更に前進に備えることが出来るからだ。傾斜の緩いプレートでは初心者の冬の室内トレーニングへの下準備が十分に出来た。右へ左へと体重を移動して、腕力を使うことなく上へ上へと登る方法は、山靴でもシュタイクアイゼンでも同じように出来なければいけないのだ。

その難しさは、金曜日に二回目に旅行で漸く登れたロートリンゲンのマルティンフェルツなどの花崗岩の細かな摂理とは異なり、規則正しくリズミカルに前進するので、まさしく身体に刻み込んで貰うには最高であった。花崗岩では全くこうはいかないで、その都度微妙な体重移動を要求されるために初心者の練習にはならない。

実際に二回二種類のクライミングホールでは徹底して左右クローズの姿勢で徹底して登って貰って、腰の位置や手掛かりの方向などを実感して貰った。そしてその後最後に雑食砂岩で登ることで、室内でのその練習が実際にはどのように生きるかを想像して貰った。

そうした配慮無しに、外で登ると同じように室内で遊んでいるととんでもないことになることを眼鏡の親方を見て改めて確認して反面教師とした。正面切って、リードで登る姿を見て、そして途中から諦めて降りてくるのを見て、あの調子で遣っていると一生同じことを繰り返すとしか感じられなかった。要するに合理的に分析的に練習する方法を一切考えずに室内で練習していてもお話にならないのである。自己満足となれば更に手が付けられない。

そうした練習法の一端を教えてくれたのが一年ぶりに一緒に登った熊男で、白髪が見えるようになり歳はまだ若いのに衰えた感じが強かったが、下からする指図の一つ一つはとても的確で有り難かった。特に中間支点の問題や楔の指し方を教えてくれて、自らは事故に遭遇したことから大分勢いが落ちて、今年登り始めていた期待していた七級マイナスをリードするところは全く見せてくれなかったが、その経験はやはり蓄積を感じた。来年も幾らか付き合って貰いたい南プファルツの経験者である。

やはり自らが確保していた墜落で、ボルトのリングが外れていたならば自らも二十メートル下へと叩きつけられて死んでいたかもしれない体験をするととてもではない抑制が効いてしまうのは当然だろう。所謂我々の水曜日グループから私を含めて三人が大転落をしたシーズンであった。その一人の現状は知らないが、軽症でなかったのは分っている。


写真:今年リードした最も美しかった南プファルツのクラシックルート「エミール・ゲスナー記念」



参照:
娯楽施設でのクライミング 2012-10-27 | 生活
バンジージャムプ並の転落 2012-06-18 | アウトドーア・環境
大胆で勇敢そのもの 2012-10-02 | アウトドーア・環境
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氷点下に夏時間が終わる

2012-10-28 | 
久しぶりの森を走った。二週間ぶりぐらいである。昨日からの雪は町では屋根の上にいくらか見かけるぐらいだが、山の上は白く、森の中は斑となっていた。

夏時間が終わったので一時間余計に眠れたお陰で、森の中を川沿いに遡る道は十一分と最も早い時間で走り抜けた。それほど飛ばした訳ではないが、初めから足が軽く、身体が好く動いた感じのままで走り抜けたからだろう。やはり走り初めから楽なときは早いのだ。無理をして頑張っても仕方ないということなのか?

そこから二十五分をかけて山登りであるが、完全に斑の道が稜線まで続いた。稜線に出てから、普段はもう少し飛ばせる場所で何度か雪の上で転びそうになった。結局、汗を十分に掻いて降りてくると一時間に迫ろうとしていた。爪先走りで右足の親指の付け根の皮の捲れた部分が少し痛かった。

紅葉がやっと道に溜まる程度で雪が積もり、陽が綺麗に射すような情景はこの辺りでは初めての体験である。葡萄も漸く摘み終わったというところなのである。今年の特徴である。

外気は十分に低いので粗目雪は当分残りそうであるが、再び次の暖かい周期にはいると完全に消えてしまうことであろう。



参照:
暖める努力もしなければ 2011-10-29 | 暦
週末までをみながら年末をみる 2010-10-26 | 暦
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娯楽施設でのクライミング

2012-10-27 | 生活
連続クライミング練成記録はひとまずここで終わりそうだ。連続十日間である。休み無しのこのような経験は初めてである。今週になってからはこれで終止かと何度も思うようなことが続いたが、結局最終日はまた違う眼鏡の親方に誘われて我がグループも動くことになった。

最終的には新しく出来たランダウのクライミングホールを訪ねることになったが、情報と受けていた6ユーロ台ではなくて8ユーロを払うことになった。金曜日だけのドイツ山岳協会員へのサーヴィス料金である。

所謂新興の郊外型の商業造成地の中にあるそれは様々なスポーツ施設も入っているが、基本的には同じオーナーが色々と遣っているものと思われる。ホームグランドの山岳協会の施設のように競技クライミングのセンターではないので期待していなかったが、やはりルートの設定やさばを読んだ難易度の表示などは酷いものであった。一から三ぐらいを足してある感じで、七級が比較的容易に登れてしまうのである。

金を賭けて高さは14Mほどあって、娯楽施設らしく、その石も大きい分簡単に立ててしまう一方、本物の雑食砂岩のようにずるずるでないので全く練習にならない。オヴァーハング領域もとても手掛かりが良過ぎる。勘違いを起こさせてお客を呼ぶのは良いのだが、上手に練習に使わないと金の無駄遣いになる。

眼鏡親方のそれを見ていると、全く外で登っているような按配で登っているので全くそれと同じで、力を使いすぎて降りてきたりしているのをみていると、殆ど懲りない男だと呆れる。注意深く我々の練習方法を観察するか、丁寧に一緒に登っていれば教えることが出来るのだが、全く自己満足のために遊興施設で金を浪費する按配になっていた。

サウナなジャグジーやレストランなどが併設される触れ込みなのだが、四月から営業しているにかかわらず未だに料金表も無く、至るところが工事中で、如何に流動資金不足に喘んでいるかがわかる。恐らく完成することなく倒産となることだろう。

そうした中でも八ユーロで十分に遊ばせて貰った。初心者への練習と、自らの身体の調整も出来て、人工のクラックは楽しめた。兎に角、壁自体の摩擦係数も高いので登り易過ぎる。

十日目の疲れが出るどころか、身体のバランスが良くなってきているようで、切れも良くなってきているので、やはり遣ってみないと分らないものである。スキーと同じで量をこなすとやはりそれだけついてくるものはある。

土曜日は雪混じりので大分降った。日曜日は晴れるようだが、これで完全に夏のシーズンが終わったと実感した。来週の水曜日からはホームグラウンドのクライミングホールである。



参照:
冬タイヤ交換前の冬ゴム底 2012-10-26 | アウトドーア・環境
初めての十一回回数券 2011-11-12 | 暦
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冬タイヤ交換前の冬ゴム底

2012-10-26 | アウトドーア・環境
修理に出していた靴が戻ってきた。当日火曜日にクライミングホールへと出かけてその一足を早速試した。張り替えた底を一ミリ厚くしてもらったので、硬い感じで力が入って、その靴の使用目的には最適である。いづれ周りのゴムに穴が開いてくるだろうが、先ずは冬のシーズンをもってくれるのではないかと期待している。

それでもその当日に当地の協会の二次会員になったので、目的のシーズンティケットを購入して、週二回から三回は通う心算である。だから次の夏時間が始まるまではこの一足では足りないの分かっている。

もう一足は早速水曜日の石切り場で試したが、違う靴下を履いていたので足が中で滑ってもう一つフィットせずに、更に気温の下がった外気では新しいゴムが硬すぎた。

そして第八日目を登り終えて、第九日目は休養とすべく衣服を洗濯したが、お呼びが掛かって、再び夕方に少しだけ登った。自宅付近では走ると車のフロントグラスに朝霧の水滴がついたが、そこでは岩肌は乾いていて意外に良い状況であった。流石に石切り場とは異なり、十分な磨耗登攀に新しいゴム底が応えてくれた。

貼り付けた枠のゴムの端の処理が悪く、接着剤で若干弄ったが、送り返すほどのものではなかった。何よりも古い靴でがさがさになってきているので、気楽に使う靴となりそうである。

驚いたことに金曜日にもお呼びが掛かって、もし出かけるとすれば連続十日のクライミングとなるので、自己記録どころか殆ど日課状態になってしまっている。その割には体のに負担をあまり感じないようになっていてとても不思議な感じである。



参照:
雲海上のピクニックを愉しむ 2012-10-23 | アウトドーア・環境
Ich war noch niemals in NY. 2012-10-22 | 生活
とても楽しめた木曜午後 2012-10-19 | アウトドーア・環境
小春日和の週末に向けて 2012-10-18 | 暦
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今も続く摘み取り作業

2012-10-24 | ワイン
一昨日のホーヘンモルゲンの葡萄である。摘み取りは既に一ヵ月半以上続いているが、写真のビュルクリン・ヴォルフ醸造所のものも隣接のバッサーマンヨルダンのものもまだ残されていて、向かい側のモスバッハー醸造所のキーゼルベルクも摘み取り中であった。

要するにグランクリュは最後まで残されていたようで、今週末の気温低下と金曜日の雨の前に最後のグランクリュが摘み取られるのだろう。摘み取りが始まるまでは平均的な年度であったが、これだけ長く果実の熟成が為された例は最近は知らない。もしかすると、可也大型のグランクリュが期待できるのかもしれない。

そのように考えると今年の赤みの多い紅葉は、まさに酸が分解されて作られる寒暖の変化そのものであり、その紅葉の長さと同じく長い熟成が託されているのだろう。

先日来飲んだワインでは、何と言っても試しに開けた2009年産の中で、レープホルツ醸造所の雑食砂岩Sは素晴らしかった。酸の熟成だけでなく、落とした糖も、2009年の弱い葡萄で些か熟成が早まっている感じはあったが、春の最高潮を迎えていた2008年産の同じものに比較しても、とても品質が高かった。

2008年産の特徴は華やかな暴れまくる酸とその果実風味に尽きるのだが、それに比較すると2009年産はミネラル風味と落ち着いた引っ込み思案の酸が特徴であり、その質量から熟成もあまり長くは期待できないのであるが、現時点での青りんご系の味質と枯草風味は最高のリースリングの一つであった。

醸造所には飲み頃に関するサジェスチョンを与えているので、レープホルツ夫妻自体も私の言わんとすることを今回のSの瓶熟成でも実感していることだろうと想像する。顧客兼最高の理解者冥利に尽きる瓶熟成である。



参照:
センチメンタルな恋心? 2012-09-19 | 暦
何処までもついて行くわよ 2012-05-20 | 試飲百景
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雲海上のピクニックを愉しむ

2012-10-23 | アウトドーア・環境
紆余曲折はあったが、バーデンバーデンで登ることが出来た。転落事故を起こす前日以来である。そのことは考えていなかったのだが、同じように限界に迫る七級マイナスを登って、あのときのことを追体験した。

やはり、とても登りやすい岩場で、慣れれば上限を上げれそうである。しかしその勢いで雑食砂岩の南プファルツに戻ると手酷い仕返しを受けることは良く分る。

技術的には垂壁であろうとオヴァーハングであろうと四角い足場に立ち上がるまでのアクロバティックでバランスを取る動きが味噌で立ち上がってしまうとなんとかなってしまうのである。そのような動きは雑食砂岩では殆ど無いといっても過言ではなかろう。

週末に再び雑食砂岩に帰れるかどうかは分らないが、本日は来週からの冬のシーズンに備えて、クライミングホールで一汗を流す予定である。これで先週の水曜日から毎日、一週間連続のクライミングウィークとなる。自己連続クライミング最長日程である。

バーデンバーデンのアルトシュローズのあるバッタートの岩場からは、午前中の霧が雲海となって、バーデンバーデンの谷の向こう側のTV塔が浮き上がった。雲海上のピクニックと日没前の2009年産のブルゴーニュのタンニンが丸くなったピノの味わいはとても素晴らしい体験であった。



参照:
バーデン・バーデンを登る 2012-06-17 | アウトドーア・環境
Ich war noch niemals in NY. 2012-10-22 | 生活
とても楽しめた木曜午後 2012-10-19 | アウトドーア・環境
小春日和の週末に向けて 2012-10-18 | 暦
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Ich war noch niemals in NY.

2012-10-22 | 生活
金曜日にはフランスで花崗岩を登った。殆どフラッシュバック状態で神戸のそれをもしくは日本アルプスのそれを全身で思い起こした。そして明くる日は土曜日は、バーデンバーデンに行ってまた違う岩質を登る予定だったが、若干の色恋沙汰で変更になった。それでも石切り場で登ってなんとか対面を保ったが、色恋沙汰は夕刻に再びぶり返すことになって、何年ぶりだろうか夕飯を抜きにして床にもぐりこんで狸寝入りとなった。運動の後に夕飯を抜いて朝まで過ごしたのは生まれて初めてかもしれない。

夕飯抜きに早起きして、岩登りに出かけて大丈夫かと思ったが、意外に身体が動いてなんとかなった。

その話を電話で彼女にすると、「リソースがあるのと違う」と笑う。「気にしている写真に写っていたお腹のこと」と笑った。

水曜日の石切り場、木曜日の南プファルツ、金曜日のコルマー、土曜日の石切り場に続いて、南プファルツの三箇所の岩場、そして月曜日のバーデンバーデンとなるか。

岩登り練成週間としてはやはり今までの頂点に近い。絶食を挟んでの挑戦など、三種類の岩質や四通りのパートナーなど今までないような積極的な活動である。

まさしく、ウド・ユルゲンスが歌っていた、コルマーが本拠の自由の女神ではないが、「まだ一度もニューヨークには行ったことが無いよ」というような景色に色彩輝く秋を愉しんでいる。



参照:
Udo Jürgens - Ich war noch niemals in New York 2007,
Udo Jürgens - Ich war noch niemals in New York 2007 live,
Udo Jürgens Ich war noch niemals in New York 1998 (YouTube)
六十六歳、人生の始まり 2006-03-02 | 生活
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とても楽しめた木曜午後

2012-10-19 | アウトドーア・環境
予想していたほどの日和とはならなかった。そして相棒の医者も遅く床について朝の五時過ぎに起こされたようだ。患者が亡くなれば時を選ばない。たとえ病気の九十歳のお婆さんが亡くなったとしても、家族としても朝食が済むまで放っておくことは出来ないだろう。それで、駆けつけたとしても既に死んでいると往診はならないようで、死亡認定だけの料金しか貰えないらしい。

死亡時刻も家族の証言などで推測するだけのことらしい。その後のことは、葬式屋の仕事らしいが、今でも極稀に生き返ることもあるのは皆の知ることである。緊急医師はそれとは反対に、死亡診断書を書くことは出来ないようで、二時間後ほどに戻ってこなければ書けないというのである。

さて、そのような理由で出かけるのが遅れたので、新しい岩壁に挑むことなく、八月に登った岩壁を再訪して、南壁側を視察して、北壁の乾き具合を見た。一般ルートの容易なところを相棒に登って貰おうとしたが、取り付きからして最初の支点が取れない。そこで諦めて降りてきたところを、「二級の岩場ということを考えろ」とお説教して登る。するとなるほど最初の支点を取るのが中々難しい。なんとか楔などを挟み込んで、上部のチムニーを手掛かりを壊しながら登って驚いた。

西側の鞍部に居る筈が東側の鞍部に出てしまったのである。要するに登るところを完全に間違ってしまった。折角登ったので立ち木に足場を作って、相棒にも登ってきて貰った。少なくともそんなに容易な場所ではなかったのは当然で、完全に勘違いしていた。

幸運にも立ち木で懸垂下降できたので、下に降りて本来の一般ルートを探す。なぜか似ているのだが難しさはやはり大分違った。西稜を頂上直下まで行ってそこの最初のハーケンに足場を作って貰った。さて、前回は最も緊迫感のある東稜までの長い横断をして頂上へと上がったが、今度はそこから直接頂上を狙った。難易度は十分に高くは無いのだが、垂壁で中間支点を砂時計やフレンズなどを使って取っていくのは遥かに登るよりも疲れる。足が直にミシンを踏み出すのだが、二本目のフレンズの効きもあまり良くなく、緊張した。兎に角南壁側に四十メートルほど落ち込んでいるので痺れる。しかしそこからはもう頂上も文字通り手の届く範囲である。

間違った場所も含めて、二箇所も初めて登ったルートとなり、この時期としては汗も掻くぐらいでとても楽しめた。



参照:
本年第三登の気持ちよさ 2012-08-24 | アウトドーア・環境
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小春日和の週末に向けて

2012-10-18 | 
ヒーターをいれたかと思うと今度は急に暖かくなりそうだ。週末にかけて摂氏二十度に達する勢いで、陽射しも楽しめそうだ。こうした傾向は今年の冬から続いていたもので、大きくは崩れせずに気象状況が波を打って螺旋状に進んでいく。

週明けには山の上には雪がついていたが、明日の太陽で岩場が綺麗に乾いてくれそうで、再度のフランス行きが現実的となってきた。本日は石切り場で体を解して、明日の午後は雑食砂岩を登って来たい。

2013年バイロイト祝祭の生誕200周年記念のチケットを注文した。恐らく、指輪のツィクルスの席が入手できるだろう。だから比較的安い席にしておいた。四日分と為るとどうしても少なく500ユーロほどの出費を覚悟しなければいけないからだ。

暖かくなるとはいってもまた寒さが戻るときにはいよいよ夏時間も終わり室内でのクライミングシーズンとなる。その準備も兼ねて、ソールの破れたクライミングシューズを修理させるべく、二種類二ペアーのシューズを送る準備をした。来週の中旬には二つとも修理されて送り返されて来る予定である。少なくとも一つのペアーは冬タイヤ仕様で寒くなってからも野外で使えるだろう。



参照:
躁状態での酸状態吟味 2007-12-20 | 試飲百景
仲秋の暖かい黄色い焼芋 2007-09-25 | 料理
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「指輪」に賭けてみようか

2012-10-17 | 文化一般
締め切りが迫っている。バイロイトの2013年ヴァークナーフェスティヴァルのチケット申し込みの締め切りである。2013年は記念年なので四部作「指輪」の新上演がある。

来年は欲しければ券が優遇される年月になっているので、先ずはこの四部作の券を確保するつもりである。通常は初日に出かけて首相や大物招待客たちとその祝祭的な雰囲気を愉しむのだが、2013年は初日は再上演の「さまよえるオランダ人」となっていて、あまり興味が無い。

そこで第二日目の前夜祭「ラインの黄金」からの指輪ツィクルスが第一希望となる。若しこれが外れた場合は安い座席で第三回目の八月の終わりのツィクルスでも良いと考えている。先ずは、祝祭劇場に四日通って初めて四部作を鑑賞するには良い機会だと考えている。

第一日夜の「ヴァルキューレ」の後に休みがあるので、ここで自宅で休めるのが嬉しい。そして一日空けて第二夜の「ジークフリート」でまた一旦帰宅して、一日休んでから第三夜の「神々の黄昏」で終了する。

兎に角暑い時期なので、車のクーラーは助かるが、あまり暑いところで正装して汗を掻きたくないのである。他にどのような催し物があるかは知らないが、2013年は指輪一本で注文する心算である。

参考のためにホームページを見たが、なにか雰囲気が全く変わっていていかにも安物臭く詐欺の団体のような軽薄さが臭う。一体誰が考えているのか分らないが、大分知的水準が落ちてきている印象が強い。



参照:
中共が辞さない宣戦布告 2011-12-25 | アウトドーア・環境
理性的な振舞いの滑稽さ 2011-12-13 | 雑感
暖房を入れた十月の月曜日 2011-10-17 | 暦
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切り取られた助手席の女

2012-10-16 | 
郵便桶を見るとキードリッヒからの通知が入っていた。ロベルト・ヴァイル醸造所からではないのは判っていたが、不意をつかれた感じである。その試飲会の日曜日にカメラを光らしてから三週間までは、まだかまだかと思っていたのだが、流石に一月を過ぎると、写真が不鮮明だったのだろうとぐらいに思っていたからだ。

初デートの若い女性を助手席に乗せて、なんだかんだと若干の酔いも手伝って気持ちよく走り出したばかりで、彼女の話に耳を突き出して聞こうとしていたときだった。赤く光ったので、直ぐに速度計を見ると、時速60KMを越していた。

丁度路地から出て本道に入るところなので後ろから来る車を考えて踏み込んだままに下りに入ったところだった。まさか時速30KM制限区間ではないと思ったが、50KM制限とは違反の意味が全く異なるので、早速転回して町へと戻った。

彼女は、「もう一度写る気?」と怖い冗談とも、なんとも冷ややかな反応を示したが、こちらはもうお構い無しである。なるほど合流地点が時速30KM制限で、その後は50KM制限であったので胸を撫で下ろした。

そして念のために責任をなすりつけながら彼女に、「もし、免停になったら、一月運転を頼むよ」と憂さを晴らした。

その結果を待っていたのだが、遅くなる場合は聴取などの面倒な手続きがあって只では済まない場合が多いからだ。振込み用紙よりも聴取の文面が目に入り、キートリッヒの役所のものであった。そしてご丁寧に「運転手を特定できないとすれば運行記録を出せ」などと、法人向けの対応が書いてある。そして最後に、「一週間以内に所定の口座に15ユーロを支払えば聴取に答える必要は無い」などと、嫌らしい脅かしのような練った文面となっていた。確かめてみると用紙が隠されていた。15ユーロの支払いで測定誤差を引いて時速10KMオーヴァーならばお構い無しであることは調べて分っていた。減点がつかないどころか運転手も特定されないで僅かの金で終わる。

それでも確りと運転手の顔写真が、助手席の女性の写真を切り取った形で、プリントしてある。折角ならば彼女の写真も欲しかったのだが、それは少し残念である。市の担当の嫌味な小母さんがなんだかんだと楽しみながら仕事をしている様子が見えるようである。因みに最新鋭の柱状型のカメラは運転手からは視認し難いので要注意である。



参照:
素晴らしい投資相応の価格 2012-09-11 | 試飲百景
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僅かばかり早い、冬篭り

2012-10-15 | 
時期は僅かばかり早いが、恒例のCD落穂拾いである。少しばかり早いのはその内容にも反映していて、クリスマス関連が中心となるには少し早いのである。

先ずはヴァージンレコードの廉価シリーズからクリスマスオラトリオの二枚組みである。ヘルヴェッヘ監督のものであるが、リリング指揮のものは三枚組みであった。その差は楽器だけでなくなになのか?

同じようにシュッツの「キリストの生誕録」SWV435である。触りを聞いただけであるがいつもの渋いシュッツの音楽なのだがその情感の盛り上がりが楽しみである。

もう一つは、ザビーネ・マイヤーの協奏曲集が五枚組み16ユーロなので、これは買いと飛びついた。既にモーツァルトのバセットホルンの曲集などは聞いているが、マンハイム楽派の協奏曲集などはとても貴重な録音だろう。兎に角、先日ルツェルンで生を聞いてやはり驚かされた。高弟は何人も知っているが、全く似て非なるという印象を強くした。

自動車クラブの割引を入れるとまだ何か買えそうなので物色していると、販売元JPCオリジナル発売のラモーのオペラが目に付いた。最近また話題になっているオペラ「魔笛」のモーツァルトよりも古いフリーメーソンの「ザラストロ」のオペラのようでとても興味を引いた。演奏はいつものクリスティーのメンバーで、手元にも同様なオペラが五曲ほどあるのだが、今回もつい手が出てしまった。三枚組み12ユーロは嬉しい。

全部〆て、CD十一枚で37ユーロほどだから、これまた大変お得な買い物である。

因みに、昨夜から寝室にヒーターを入れた。いよいよ寝室に冬篭りの季節となった。



参照:
初秋のメランコリーに酔う 2012-09-04 | 暦
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登り納めの謝肉祭

2012-10-14 | 
アルパイン協会のノイシュタット支部の登り納め会があった。前日の雨にも拘らず参加者は十一人で食事だけに眼鏡親方が駆けつけた。

南プファルツの奇岩地帯の独立峰で最も背が高いアッセルシュタインを登った。二種類のルートであったが、参加の面々を考えると上出来であろう。

予定していた何人かの顔が見えなくて残念であったが、新たな女性が加わって、その登りを見せて貰った。可也ドロミテ等での経験はあるようだが、気になったのは落ち着かない登り方で、その程度のところならダイナミックに登っていくのだろうが、さて難度が上がるとどうだろう。恐らく、不安と恐怖心を振り払うためにダッシュしているようで、よく独り立ちした女性にありがちな「男顔負け」と呼ばれるタイプに近い印象を持った。今後も一緒になる機会が多いだろうからその辺りも分るだろう。兎に角、それほど小柄ではないのに必要の無いダイナミックな登りをするようではその実力は限られる。

自分自身は一箇所だけ後続のための中間支点を正しく設置しなかったのが只唯一のしくじりであったが、二人を同時に引き上げる任務は十分に果たせた。特に頂上のオヴァーハングはそれなりに楽しめた。昨年の同じ頃ヴェテランを引き連れて登ったときとは一部の登路が異なるものの古典的なルートを堪能したとも言える。何よりも技術的にも安定度が大分異なり、メリハリの利いた登り方が出来たと満足している。

頂上からの懸垂下降は60Mほどを一気に降りるもので、その降り口が面倒であるので、いつも待ち時間がある。それでも30分ぐらいで降りれただろうか。腹を空かしてのに豚の謝肉祭の食事は月曜日のいつものとはまた異なってとてもほろほろで素晴らしかった。身体を温めてアルコールが回る頃には陽が強く射してきたが、同行者も帰宅するようなので我慢してワイン街道へと戻ってきた。まだまだ非公式な秋のクライミングは続きそうだ。



参照:
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ドイツの祝日にフランスで 2012-10-04 | アウトドーア・環境
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