Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2016年12月

2016-12-31 | Weblog-Index


Eingriff bereit? 2016-12-31 | 生活
刺し方が難しいケーキ 2016-12-30 | 生活
厳しい冬の森林駆け足 2016-12-29 | 生活
対照とされる音楽劇場演出 2016-12-28 | 音
今年も栗入りザウマーゲン 2016-12-27 | 料理
晩餐の為の運動の朝 2016-12-26 | 料理
クリスマスの買い物終了 2016-12-25 | 暦
11月のような冬至が過ぎて 2016-12-24 | 暦
イスラム化を阻む漫画化の威力 2016-12-23 | 文化一般
オージーの天狗裁きの朝 2016-12-22 | 生活
クリスマスマーケットなんて 2016-12-21 | マスメディア批評 TB0,COM2
待降節第四主日を終えて 2016-12-20 | 暦
高尚な数寄者の審美眼 2016-12-19 | 文化一般
囮になる狩りのその日 2016-12-18 | アウトドーア・環境 TB0,COM2
過去を学ばなければいけない 2016-12-17 | 文化一般
可処分所得三割増の一年 2016-12-16 | 暦
カンボジア風バッハの破壊力 2016-12-15 | 文化一般
Wake-On-Lanで使うXP 2016-12-14 | テクニック
電光石火の笑いの意味 2016-12-13 | 女
日曜日の朝寝がよい 2016-12-12 | アウトドーア・環境
時計を合わせる学力 2016-12-11 | 生活
弁証法的な辛い生活 2016-12-10 | テクニック
デジタル情報をものにする 2016-12-09 | アウトドーア・環境
震えるバルコンの測定 2016-12-08 | 暦
プロテスタンティズムの焦燥 2016-12-07 | マスメディア批評
婦女暴行殺人事件の容疑者 2016-12-06 | 雑感
持続力を鍛えていくと 2016-12-05 | アウトドーア・環境
楽譜が読めたならの持続力 2016-12-04 | 音
氷点下の峠を攻める 2016-12-03 | アウトドーア・環境
軽く回り過ぎるエンジン 2016-12-02 | 雑感
ボットネット「未来」の攻撃 2016-12-01 | テクニック
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Eingriff bereit?

2016-12-31 | 生活
温度管理が難しい。零下摂氏数度になるとあまり分からなくなる。寧ろ寝起きは暖かく感じて、寝室の暖房をつけっぱなしいしていたのではないかと思ったぐらいだ。が実際には、窓に午後も氷柱が残っていた。暖房をしている寝室の天窓である。流石に走りには行かなかった。車の外気温計も氷点下のままである。それでも陽射しがあると、冬至も越して、新春という気がしてくる。

荷物が届いた。早速下着のボクサーショーツを履いてみる。購入者が書いていたように生地も細やかで柔らかい。ネットの写真を見ると毎夏に履いているステテコと呼ばれる綿の織生地の硬いものとの差があまり分からない。詳しく拡大しないと分からないのだ。だから購買者の感想が決め手であった。その固いものならば二割ほど安い価格である。しかしこれは違う。

また誰かが「アイングリッフが小さくしか開いていない」と残念がっていたが、なるほどとも思った。就寝時に直に履いてみないと最終的には結論は下せないが、生地とそのフォーム、また評判の良い柔らかいゴム部などは良さそうだ。大きさも7XLと就寝用には丁度である。活動時ならば6Lなのだが、それでは窮屈過ぎて、8XXLならば洗濯でゴムが伸びるとだれだれになってしまうのだ。夜が楽しみである。

先日ドイツを代表するチェロ奏者ハイリンッヒ・シフの死亡記事が載っていた。お弟子さんなどは知己があり、彼からファックスなどが入って来た瞬間に居合わせた。しかし、恐らく大阪で一度生演奏を聴いたぐらいで、あまりコンサート等では出会っていない。最近は指揮活動をしていたようで、何かロストロポーヴィッチを思い起こすがブルックナーなどを得意としていて、明らかに三流の仕事しかしていなかったから知らないのは当然であろう。死亡記事にはチェロ出身の有名指揮者がリストアップされていた。何といってもトスカニーニだが、あとはアーノンクールぐらいで、それ以外はロストロポーヴィッチのように胴音の管弦楽を鳴らすような人が多い。演奏者としては素晴らしい音を奏でていても指揮者となると中声が強調されて譜が読めないような人が多いかもしれない。もともとザルツブルクの人とは知らなかった。アロイス・ツィンマーマンのチェロ協奏曲の録音が手元にあるが、代表するものの一つであろうか。

ワインを探す序にクリスマスイヴからの温度測定のためにセットしておいたラズベリーパイを回収した。気温は摂氏13度から9度ぐらいで約4度の温度差である。大まかな傾向から外気がこの間20度近く下降しているのに比べて安定している。実際の温度を2度下げてたとしてもそれほど冷えていない。夏も20度止まりとすれば上下数度で納まるだろうか?もう少し研究してみないといけない。



参照:
刺し方が難しいケーキ 2016-12-30 | 生活
対照とされる音楽劇場演出 2016-12-28 | 音
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刺し方が難しいケーキ

2016-12-30 | 生活
久しぶりにネットショッピングをした。前回は、急遽手配した壊れたHDDに関するものだったので、11月始めだった。年末は決算期でもあるので、保険や会計の支払い等が一挙に押し寄せてショッピングどころではない。それでも年末に発注して請求書が出されると2016年度の会計として落とせる。その辺りもあって、クリスマス前に続いてネットショッピングはフル回転だと思う。

秋から検討していたプリンターのインクを籠に入れる。年明けに延ばせても一月末までは分からない。その間に印字するものが多ければ危ない。支払いが来る二月頃にはひょっとすると使い始めるかもしれない。しかしそれだけでは送料無料にはならない。

今回目をつけたのは、PC周りの片付けなどから、電源スイッチ付きのタップがもう一つ必要になったことで、その解決策としてHiFiシステムに使っているタップを取り換えてしまおうというものだった。現在そこから電源を使っているのは、DAC、センターコンソール、カセットデッキ、DATカセットデッキ、フォノアムプ、LPプレーヤー、グーグルキャスト、CDプレーヤー、SACDプレーヤーと9種類の機器である。この中で毎日電源を入れるのは3種類で、精々数種類を不定期に稼働させているだけだ。しかし現在のタップではそれらを稼働させると全部に電気が回るようになる。これでは夜中などに電源を落としても節電効果があまり出てこない。そこでメイン以外にも銘々に落とせるタップを採用することにした。更に前面で切り替えなので、床に置いておいても使い易いものが比較的安く見つかったので発注したのだ。

最初に発注するときはアマゾン販売ではなかったので、送料無料にするために他のものを更に探した。スキーシーズンになったので、洗浄不凍液を準備しておかなければいけない。昨年凍結のためにノズルを破壊して200ユーロ以上の修理費を必要としたのであった。だから昨年暮れに5lに対して17ユーロも払って不凍液を購入している。そして調べると同じメーカーでリッター6ユーロというのがあった。それも零下55度までを謳っている。純度が高いのある。水で薄めたりの面倒はあっても、こちらの目的に適っているのである。

この冬使ってみて分かったのは、そもそもなによりも夜中に駐車しておく時に必要なので、水洗液の量は要らないのである。凍らさないことが最重要なので量を減らしておけばよいのだ。つまり5lは要らない。必要な時は後で薄めればよい。つまり、丁度この液で調整すればアルプスの駐車場ならばどこでも凍らないということである。

そしてこれでも足りないので、懸案になっていた下着を調べる。数年前に購入したものが崩壊状態になっているがそれを就寝時に使っている。流石に穴が開いたりしていると用を成さないので探した。中々見つからなかった。要するに前が開かないものが安いのでこれが売れ筋で、実際に前回これを注文してから、それはそれなりに使えるのも分かった。但し小便するのに大便器に向かわなければいけないこともあって、TPOの問題だと分かった。

それが今回は、ドイツ語でこれをEINGRIFFというのだが、そのまま取り出し付きで検索すると幾つかが見つかった。その中でシーサーのサブブランドで質がよさそうなものが見つかった。二枚組で16ユーロならば数年は間違いなく保つようなので試してみようと思った。

そして発注すると、次には同じタップがアマゾンで直販となっている。早速全てをキャンセルする。結局下着もインクも近く購入しなければいけないのでそのままに発注すると一ユーロほど決算代金が上がった。それでも送り返す時に容易で無料になるのでそのまま発注とした。

昨日のビンネンシュティッヒつまり蜂の一刺しのケーキは生クリームが美味かった。持ち運びで壊れやすいのだが比較的無事に皿に乗ることになって写真撮影した。また文字通りフォークを簡単に入れると壊れるので刺し方が難しい。パン屋は来週から二週間お休みだ。パンは二週間目には肉屋でも買える。しかし走るコースが変わるので検討しなければいけない。



参照:
花崗岩の標高700mの風 2016-05-08 | アウトドーア・環境
積極性が満ち満ちるとき 2015-09-28 | 生活
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厳しい冬の森林駆け足

2016-12-29 | 生活
朝のパン屋、走りがとても辛かった。クリスマス明けに買えなかったので、明日こそはと思って床に就いた。夜中に目が覚めたのはノートブックをつけたまま寝込んだからである。明け方の眠りを楽しんだが、分かっていながら起きるのが辛かった。あの温もり感の気持ちの良さを捨てて、出かけてショーツで走ることを考えると気持ちが萎える。それでもここ暫くの風邪気味の体調と近々スキーを試してみなければいけないことを考えると楽はしていられない。どこかに動機つけが無いと厳しい。

パン屋で久しぶりに新鮮なビンネンシュティッヒを見つけたので購入すると、翌日のクロワッサンを含めてほとんど5ユーロになった。先日来GPS時計の調子が悪かったので押しボタンを裏蓋を外して調整してから調子は良くなった。その時計でGPSを捉えながら駐車場に近づく。

遅い時刻で昨日に続き陽射しが出ていたので摂氏2度ほどの放射冷却の割には沢山の人が来ている。爺さんが戻ってきて犬を車に乗せるのに時間を掛けていた。同じようによぼよぼの犬が一日中帰りたくない様だということだった。同じ爺さんでも犬の方がやはり活動的だ。

ショーツになるのはいつものように勇気がいるが、手袋を嵌めてバンダナを巻いて準備体操しているうちに徐々に上がって来る。足取りは悪くないのだが、太ももが寒い。路上駐車の車は皆霜取りに大変そうだった。これでショーツならばスキーでもショーツで滑れるななどと考える。登りも足元が悪く苦労して、最後に吹かすがそれほど早いわけはない。降りではスピードを狙う。時速12㎞越の時間は長くなりつつあるがまだまだである。爪先が冷たくなるのは、靴のプロフィールもちびって来ていて靴下も薄いからだろう。冬の走りは厳しい。下りて来て15分5秒は凡庸であるが、下りの速度が安定してきている。

最高速を上げるにはピッチかテムポかと考える。フォームが定まってからはあまり考えなかったが、テムポを上げ過ぎると息が続かなくなる、またピッチを長くし過ぎると足元の状況で不安定になる。どちらかを改良しないことにはとても時速15㎞どころか13㎞も難しい。ネットで調べてみよう。



参照:
持続力を鍛えていくと 2016-12-05 | アウトドーア・環境
DNSサーヴァーを調べる 2016-11-21 | テクニック
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対照とされる音楽劇場演出

2016-12-28 | 
承前ロストロポーヴィッチが指揮したマドリッドでの上演のTV放送録画があった。試しに見てみた。どうも翌年モルティエー博士が再びこの作品を取り上げているようで、新制作には今年バイロイトデビューをしたヘンヒェンが指揮をしている。録音や画像の悪さを通してもロストロポーヴィッチの指揮の悪さが甚だしい。技術だけでなく音楽的にも楽譜が読めているのかどうか怪しい。あれだけのチェロ奏者も指揮者としては三流であったことが明らかになるようなアーカイヴである。なぜあの年齢になってからこのような仕事を引き受けたのか不思議である。それには前史があって亡命とその後の「マクベス夫人」復興上演によって西側で経済的だけでなく政治的な宣伝としても任を担った背景があり、そうした過去を最後まで引き摺ることになったのだろう。

そして今回のハリー・クッパーのような演出でこの「マクベス夫人」を体験すると後を引く。同じようなことを感じた人もいるようでツァイト新聞には最近になってようやく批評を書いている。発刊回数の問題があるにしても時間を掛けて熟成させている。そして私が「新劇」と書いたことに対して、明白に「ブレヒト」を対照として挙げている。つまりその流れからのクッパーの舞台演出家としての仕事が現実化した結果としてこれを捉えている。舞台下に沈む陰の主役の音楽監督については絶賛していても、演出に関してはなかなか充分に書き切れないということでもある。

その演出と音楽に関して一つだけ挙げておくべきことがあった。それは当日の冊子にもあったように先ごろ亡くなった米国の作曲家エリオット・カーターがこの改定された作品の上演を1950年代にドイツで観て発した言葉である。それによると、旦那が知らせを受けて戻ってきて現場を抑えると直ぐに浮気相手と妻によって殺害される場面の音楽が可笑しいというのである。手元にある楽譜と今回演奏されている最新校訂版とは相違はないようだ。この作品で重要な役目を果たすBクラリネットの旋回音が鳴らす息途絶える音はあるのだが、作曲家の鋭い耳の評価は分からない。但し今回も初日のラディオ中継では「人形」と呟いたところで笑いが起こったようだ ― そもそもこの曲ではクラリネットからファゴットの使い方など固執しているような組み合わせや管弦楽法にも気が付く。その後は「手違い」が無くなっているので演出上の所作とかの改正でそれを防いだとみられる。批判した作曲家の真意は何だったのか?

知れば知るほどパロディー満載で、マーラーのアーダージェントならず愛のアダージョを、「ばらの騎士」のヴァルツァーなど恥ずかしもなく引用変容させているが、ここまで意味も無く遊びで多くの曲を書いている作曲家は珍しいのではなかろうか?そこが全くヒンデミットなどとは大違いである。そこまで気が付くとキッチュな映画音楽やその他のパラフレーズのような曲も同じ感覚での創作としか思えない。(続く)



参照:
電光石火の笑いの意味 2016-12-13 | 女
一様に誤解なく伝わる芸術 2016-10-26 | 音
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今年も栗入りザウマーゲン

2016-12-27 | 料理
何時ものように栗入りのザウマーゲンを食す。付け合わせには緑のヴィルシングと思って見ると白菜の倍の価格だったので、白菜にして、マッシュポテトの代わりにコメを炊いておいた。白菜は炒めて茸を混ぜてじっくり煮込んだだけいい味になった。どうせザウマーゲンを温めるには一時間以上お湯に浸けておかなければいけない ― 四人家族ならば膀胱ではなく本当に胃に入れた二キロ大ならば更に時間が掛かる。米も一時間ほど掛かるので、いい具合にパンを千切ってワインが開くまでに試飲と称して口をつけるのとで、丁度都合よく時間が流れる。男の料理にはオードブルが欠かせない。

また何時ものようにワインはイエズイーテンガルテンを開ける。前日の魚類には2010年ウンゲホイヤーを開けた。両方ともフォン・ブール醸造所のものである。ウンゲホイヤーは余っていて比較的安かったので二三本買った筈だ。酸が突出する年度だったので保存には問題ないと思ったからである。最初から最後までそれほど悪くはなかった。糖が数時間経つと分離傾向になるが、この年のものとしては秀逸だ。勿論驚くほど綺麗に熟成していたレープホルツ醸造所のガンツホルンとは比較にならないが、ビュルクリン・ヴォルフ醸造所のカルクオーフェンよりも良かったかもしれない。最初開けた早々はぺトロール香のようなものを感じたが直ぐにそれも飛び、杏子系の味筋が中々美味である。ただしそれが魚類の食事に求めたいミネラル風味としてそれほど強く感じないのは一度は名門復活しかけたあの醸造所の技術的な限界だったろう。

兎に角、満腹で飲みたいだけ飲んだ。リースリングは今一つだったが、久しぶりに腹一杯食した。そして夜中の三時に目が覚めた。あまり眠っていない、そして朝寝した。太ももや脹脛がなぜか疲れている、腰が張っているのは韋駄天走りの為と分かるのだが、太ももなどは後ろ側の張りを除いて久しく前側には疲れはなかったものだ。理由は分からないが膝が良くなってきているので動きが変わって来ているのだろうか。

年末年始過ぎには一度試し滑りに行かなければいけない。喉が若干腫れ気味である。暖かくなってきた今が危ない。体温の調整も難しい。あれだけ栄養を摂ったのだから簡単に風邪をひいてしまうようでは困る。早朝は歯茎が腫れ気味で問題の歯間から血が滲み出ている感じがあった。そして歯がぐらぐらしている感じだったが、もうひと眠りすると歯も確りしていて調子が良くなった。



参照:
天晴熟成10年産ガンツホルン 2016-08-25 | ワイン
栗ザウマーゲンのXマス 2014-12-27 | 暦
晩餐の為の運動の朝 2016-12-26 | 料理
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晩餐の為の運動の朝

2016-12-26 | 料理
イヴの食事は満足だった。14ユーロは予算オーヴァ―だったが、先ずは価値があった。昨年までとは異なるのはサーモンを食したことである。燻製が特に好きな訳ではないが、スーパーの安売りでディル入りの芥子を購入していたのでこれを使いたかったのである。勿論八百屋でディルも購入したが過不足なかった。

ビオとヴィルトつまり野生とノルウェー産と三種類があったが、先の同価格の二つから色が濃くて、味の強そうなのを選んだ。芥子に合い易いからで、燻製臭があまり目立たないと思ったからだ。図星だった。三枚注文したが四枚入っていたので、一枚は改めて食する。こうしたものを食するとスパーで売っているパック入りのものは食べられない。別の食品である。同じ金を出すなら少々高くてもこうした専門店のものが断然美味い。スパイヤーはこの辺りでは漁師部落としても有名だ。その下流はヴォルムスであり、双方とも日本でも世界史の教科書で間違いなく習うローマンカソリックの主要拠点である。

翌朝25日は暖かくなった。風呂場も薄く暖房を入れてあったが、外気温が八度近くになると殆んど効かない。イヴの夜から雨がちだったが予想通り時間が経つにつれて上がって来た。八時前から布団の中で様子を窺っていた。正直、頂上まで上がるのは億劫で仕方がなかった。前回は12日で二週間近く経過している。その間は風邪気味のような調子で、その時の自己記録など更新の仕様がない。動機づけがあまりない。

それでもクリスマスの食事を食べなければいけないのだ。おなかを空かす位に運動しなければいけないだろう。最も手っ取り早いのが頂上まで走ってくることだ。これが動機づけだった。暖かめの割には地面の濡れていて人影は少ない。軽く流すと言っても、足にも来たり、加速したりでスピードの割には速度が上下して苦しかった。同じ苦労するならば記録に挑戦した方がましだ。それが出来ない体調で何度か引き返すことも考えたが、意地で頂上まで駆けると、降りも心肺を鍛えるような走り方になってしまう。


登りは予想通り36分40秒で凡庸であり、57分で帰って来た。風がアゲインストで強くて厳しかった。少なくとも食事分のカロリーは消費しただろうか?計測すると70㎏を久しぶりに割っていた。この調子である、但し筋力が落ちているとなると再び鍛え上げなければいけなくなる。先ずはスキーで膝の調子を試してみなければいけない。

結局その後に陽が出るが、天気が悪くても頂上から降りて来る親仁や、犬を連れて坂を上って来る親仁などがいて、ドイツも変人が沢山いるなと思うばかりである。奴らも晩餐のために運動しているのだろうか?



参照:
日曜日の朝寝がよい 2016-12-12 | アウトドーア・環境
土壌の文化性の問題 2012-12-26 | 文化一般
クリスマスの買い物終了 2016-12-25 | 暦
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クリスマスの買い物終了

2016-12-25 | 
クリスマスの買い物を終えた。例年のようにストレス勝ちの年末であるが、この辺りで一段落となる。買い物に早く出かけるために早めに床に入った。何も特別なことをしようとは思わないのだが、毎年のように習慣になってしまうと、考える必要もないが強迫観念にもなってしまう。以前は祝日連休ともなると買い物を済ませておかなければ困るとか、どこかに出かけなければ行けないとかの別の強迫観念があった。実際に生活上困るからである。それが今や習慣に縛られるようになっているのである。

コメント欄でドイツのクリスマスは?という問いかけがあったので、つくづく日本の正月三が日に似ているなと思った。家族が年に一度に集まる機会であるというのがこうした習慣性を如実に表している。キリストの生誕と関係があるようでないようでの因習化したことの方が重要な要素となっているのである。日本の正月に関しては充分な分析が出来ていた筈だが、こうしたクリスマスとの差異が分からなくなったり混同してしまうような気持ちになると、その因習化した意味について目が開かれるような気がする。モミの木の飾りの為にマーケットをさまよう人や門松や飾りを終える新年のそれの共通性など一神教のそれと多神教のそれとの差とは関係ないそれが面白いのである。

ラディオでは合衆国が初めてイスラエルへの国連決議に拒否権を使わなかったとニュースになっていた。反イスラエル政策だとイスラエルは批判するが、オバマ大統領が最後の最後で主張をしているのが興味深い。対イスラエル関係に関しては冷え込んでいるのは分かっていてもこうした態度は前例ともなるので国際政治上も意味があるのだろうか。少なくとも徐々に公平な態度をとれるようになって来るならば意味がある。連邦共和国のイスラエルへの態度に関しても徐々にその熱量を落として来ているのは明らかで、ユダヤ人問題からあからさまに批判は出来ないにしてもその政策を肯定はしていない。

クリスマスイヴは、来週の最終週のことも用意しておかなければいけないので、少し仕事をしなければいけないかもしれない。昨晩は暖かくなることもあって、再び暖房を消して就寝した。どうも歯茎の調子は歯軋りよりも就寝時に顎を下にするとかで物理的な圧力がかかっていることで悪くなるらしい。これではなかなか炎症が治まらない。寒気もこの炎症から来ているとなるともう少し注意しなければいけない。

起きたのは予定していた暗闇ではなかったが、雨が降っていて車通りも少なかったので寝坊をしたのだろう。急いで身づくろいをして出かけた。パン屋は無理なく駐車出来て、行列も思ったよりなかった。欲しいものが買えた。その足で市場に行って何時ものスパイヤーからの魚屋でテリーヌなどを購入した。14ユーロを超えて予算を超えて支払い不能なので急いで銀行に金を下ろしに行った。そして支払いを済まして八百屋に向かった。何時ものようにプレゼントの花の小鉢を貰いに行く。予算よりも少なくここでは10ユーロを切った。これで完璧である。一先ず安心だ。



参照:
クリスマスマーケットなんて 2016-12-21 | マスメディア批評
待降節第四主日を終えて 2016-12-20 | 暦
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11月のような冬至が過ぎて

2016-12-24 | 
HDDを交換してから一月半ほどになる。マイデーターもDディレクトリーに移したのでとても快適である。この調子ならば2012年12月から使い続けているノートブックが壊れるまでにCディレクトリーが三分の一を超すことはあり得ないだろう。それでも30GBほど余裕がある。RAMも8GBなので弄る必要もない。そのように思っていたが寝室の籠もり部屋で使っているとヒーターのお湯の流れる音とよく似た音が新しい1TGのHDDから聞こえるのが気になりだした。読み書きしていなくても、回り続けているためにそれが気になるようになってきた。以前の750GBとは振動域が低くなった分気にならない筈だが、音量は増えているのかもしれない。 要するに籠もり部屋で静かに読書でもしていると、暖房のお湯の流れとこの回転音がステレオのようにして聞こえるのだ。暖房の方も調整が行き届いているので水が流れるような音がしないのでエアコンのファンよりも遥かに邪魔にならないだろう。PCの方も書き込みで吹く時の音とは違うのでそれぐらいの騒音でしかない。勿論音出しして乍ら仕事などになると気になる筈もない。それでも気になるのはやはり住環境が以前より静かになってきているからだろう。

今年はバルコンのドアを直したのでそれだけでも街道筋の音が更に小さくなった。これも大きいかもしれない。街道筋にある建物乍ら、車の気配を感じても数を数えるとなると耳を澄ましていても難しい。つまり室内で直接音や振動が感じられる場所などは限られるということだ。ドアの隙間が無くなると余計に直接音が減った。それでも期待していた保温効果は冷却効果と比較するとそれほど感じられない。つまり以前は隙間風や騒音は気になったが、遮音効果は高まっても陽射しが無いと保温効果はあまり感じられなく冷える。

このシーズンは未だに浴室のヒーターを切っている。そこで毎朝ヒートショックを体験する。血圧が上がっていると感じるのはこの時だ。寝室を温めて就寝しても熟睡は出来なかった。寝起きも良くない。籠もり部屋は快適な摂氏18度ぐらいに保たれているが、夜中にどこまで落としたら熟睡が可能となるのか、浴室でのヒートショックを避けれるのかなど設定が難しい。そこに着衣の状況や外気温の変化があるので更に調整が困難になる。

節約を緩めて浴室に緩く暖房を掛けることも考慮する。なぜか今年はいつもは籠もり部屋へと流れるお湯の道筋が ― 丁度CD並べてある棚の裏側である ― 温まっていない。理由は全く分からない。そこで浴室の暖房を入れてみることで現象を観察することは可能かもしれない。

兎に角、今年は昨年よりも寒いのは確かである。例年ならば11月が最も寒く感じるが、今年はそのような陽の無い12月となっている。当時にはバルコンでも温度が夜中五時過ぎに最も下がっていた。相変わらずショーツで走っているがこれも温度差が激しい。



参照:
バルコンからの冬籠り 2014-01-10 | アウトドーア・環境
外国人に手厚い社会保障 2014-12-05 | 文学・思想
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イスラム化を阻む漫画化の威力

2016-12-23 | 文化一般
車中のラディオは、ムスリムを取材して、インタヴューを流していた。女性の祈りや金曜午後の仕事時の祈りの時間やその作法などについてである。そして一人がムスリムとしての信心について語る。「神は命」であるのになぜ自殺テロなどが起きるかとの問いに答えてである。それによると、「今起きていることは神が与えた試練であって、皆がムスリムになれば解決する」ということらしい。キリスト教の救済もユダヤ教の何もかも同じであるが、簡単に現実的に成就するようなことでは宗教にはならないのである。それを称して信心という。イスラム教も宗教としてサブカルチャー化して仕舞えば解毒出来るのだがカトリックなどと同じようにその勢力も衰えていくことになる。

新聞にクララ・シューマンが日本の漫画化されていることが報じられていたが、音楽芸術などもサブカルチャー化されることで本来の爆発力も影響も失われてしまうので、ムスリムがモハメッドをコミック化することに過激に反対するのもある意味正しいのである。コミック化というのは ― デフォルメと言い換えることが出来るが ―、それがアニメ―ションでありどのような形であり、解毒化、サブカルチャー化としての非文化化にとても大きな威力があることがこれでもよく分かる。このことは美学的にとても興味深い。

またニュースでは、連邦共和国の税収が再び膨らんだと伝える。労働市場の好況とまた相続税の伸長などで増えているらしい。更にアウトバーン用の通行税をEU市民からも徴収するとなると可成り公共投資にもまた将来のための研究開発などにもテコ入れが出来るようになる。モスリムもその他いろいろ外国人労働者も含めての税収であって、皆喜んでドイツで仕事をしている限り何一つ文句の出ない好況である。政府を小さくして無駄を省いていくことは大切であるが、役人も含めて公共事業などで豊かになるならば、文句の言いようもない。



参照:
まだ言論の自由がある? 2006-02-17 | BLOG研究
啓蒙されるのは誰なのか 2015-01-16 | 文学・思想
クリスマスマーケットなんて 2016-12-21 | マスメディア批評
愛おしくて、侮れない 2016-08-23 | ワイン
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オージーの天狗裁きの朝

2016-12-22 | 生活
朝、目が覚めると歯茎に違和感があった。就寝前に殆んど炎症が収まってきた感じで安心していたのでおかしいと思った。どうも夜中に歯軋りのように負担を掛けているようだ。それとも就寝前のアイスクリームが悪かったか。また目がしょぼしょぼする、頭がすっきりしない。なんとなく血圧が高いような気がする。

先週は風邪気味だったが、今週ももう一つスッキリしない。夜中に寝室の暖房を落とすのは悪くはないだろうが、ちょっと心配になって来た。夏の間も半袖であまりに冷え過ぎたために夜尿症気味になって深い睡眠が失われていたことを思い出す。ここ暫く熟睡しているつもりでもどうも出来ていないようで、先日もおかしな夢を見た。

どうもオーストラリアに居るようだ。なぜかファーマーを訪ねて行って、そこで新しい手伝い人の話を家族と話している。三世代家族でも子供や伯父さん叔母さんも一緒に暮らして仕事をしているようだ。敷地が広いのでいくつもの家がコンドミニアムのようにして建っている。そして、話しながら、母屋の大きな嵌め殺しの全面ガラスのフェンスターのところか外を覗く。

大きな景色の草原の盛り上がる斜面の上には砂岩の岩壁が赤く光っていて、クライマーがオーヴァーハングを登っていた。僕も登ってみたいと話している。そしてその奥には白い峰が光っている。夢の話でオーストラリアかニュージーランドかイタリアか何処か分からない。

そして仕事の話が終わり、どうも自分自身もそこで暮らすようになるとなると、いよいよ娘さんの小川の流れる草原へと二人で出かける。ピクニックをしながら年齢のことを尋ねる。すると「19歳」と完全にオージー発音で答えるので思わず一瞬考え込んでしまったのだ。近くの大学へ通っているが、距離を尋ねると33とか答えるのでキロかともったらマイルだった。膝枕なんかの甘い状況になって ― その続きは上方噺「天狗裁き」の後段としておこう。

前日に土曜日以来初めて走った。寒くて腰が重いが、陽射しが出てきた隙に出かけた。最近は寒さが堪える。ショーツで走り回るのは変わりないが、どうも栄養が足りていないようだ。体重も70㎏まで落ちてきている。夕食まで充分に食事出来る時間が無くて、適当にパンなどを食べているに過ぎない。嘗ては二食以上は暖かいものを食していたのが嘘のようだ。風邪ひきもあるが、気温が氷点以上でも億劫になるにはそれだけの原因がある。

陽射しの下で入念に準備体操をして走り始める。初速は時速11㎞を超えていたのでまあまあかと思ったら、お辞儀するように折り返しまできれいに落ちて行っていた。復路も加速した後がダダ下がりで、往路と同じような経過となっていた。それでも走っている感じはあまり苦しくなかったので余裕を持った感じだったが自然に速度が落ちていたのだ。それでも22分52秒とそれほど悪くはなかった。最高速があまり伸びないのは走りながら感じていた。身がもう一つ軽くないというか、切れが悪かったのだ。そのような感じで体調は今一つなのでルが、硬い肉をあまり食さないためか歯茎の調子が好転している。もう一息で違和感が無くなるのだが一喜一憂するだけなのだろうか。膝は好転しているが、左太ももの裏に張りがある。寝室の室温だけでなく外気温などにも注意しなければいけないかもしれない。



参照:
殆ど痴呆で気楽な浮遊感 2015-01-15 | 雑感
羽毛のような剃り心地 2014-11-19 | 生活
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クリスマスマーケットなんて

2016-12-21 | マスメディア批評
月曜日の夕刻第一報が入って来た。日本のネットのサイトからだった。テロとか何かに飛びつくのは日本のマスメディあの頭の悪い外信局の連中のお得意である。要するに事の大小を審査しないでも流しておけばお仕事となるからだろう。自己取材やその内容の吟味などが出来る語学能力が無くても構わないからである。要するに日本のマスメディアは大衆報道のスキャンダル報道を専門としているジャ-ナリスト気取りの有象無象の社員しか就業していないことの証明である。

とは言いながら事件の波及が気になるのでネットを見ると直ぐにYOUTUBEで現場の状況が流れていた。とても落ち着いていて、通常の交通事故と変わらないほどの雰囲気で安心した。そもそも西ベルリンの象徴だったあの教会の前の広場に屋台を並べているようだが、嘗てとは違って西側のショーウィンドーのクーダムの始まりの感も無い寂れたような場所で、人通りも場所が広いだけにそれほどではない。それが十年ほど前に向かい側のホテルに宿泊した時に感じた印象で、嘗ての面影は全くない。そのような場所であるから車止めの規制も大したものではなく ― フランクフルトでは事件を受けて規制などを張らずにソフトターゲットにはソフトで挑むとFAZは伝えている ―、犯人は敢えて寂れた場所を狙ったのだろうか?

翌日のラディオでは犯人はパキスタン人の身分証明書を所持していたが本人かどうかなども分からないようで、爆弾などは所持していなかったのだろう。ああした事件が連続で起こると怖いのだが、最初から落ち着いた雰囲気だったのはその状況に何か相違があったのだろうか。ニースで起こったような大変な人通りもないところでああした犯行を行う感覚が最初から外れているということなのだろうか。

ベルリン特派員からの報告を受けての番組での話は、こうした事件に対して「我々西欧の生活感とか価値観を守る」ためにも、こうしたそれを狙う犯行には怖気づいてはいけないという感想をSWRの記者が話していて驚いた。正しくポピュリズムのAfDなどとの考え方と殆んど変わらない発想だ。怖いと思う人はクリスマスマーケットなどには行かなければよい訳で、態々人ごみに出て、グリューヴァインで体を温めて事件に巻き込まれるならば本望とでも言いたいのだろうか?なるほど理不尽な攻撃であって、それに対しては怒りを禁じえないとしても、クリスマスマーケットなどはどうでもよいことなのである。

人出が無いと経済に悪影響を起こすという口実ならよいが、ああした犯行に対してキリスト教の価値観とか文化とかをぶつけていくのは馴染まないのである。そもそもあの連中が反キリストで行動している訳でもないのは確かなのだ。あの連中に、そうした思想的な基盤があり、ある秩序をもって攻撃対象を選別しているようならば話はとても容易である。

英語圏のメディアとは異なってベルリン市民やドイツのメディアや西欧がフランスを除いてはこうしたことに冷静に反応するのはまさにそこにあるのであって、理不尽な連中になんだかんだといっても始まらないからである。やはり一方ではスキャンダルマスメディアといわれるようなものを使って物事への反応をエスカレートさせようとしている輩がいるということでもあろう。



参照:
深圳からの直送便 2016-09-29 | 生活
過剰反応の醜聞報道 2016-01-14 | マスメディア批評
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待降節第四主日を終えて

2016-12-20 | 
週末は教会のところで小さな待降節の集まりがあった。御馴染みのクリスマス音楽が最後を締めた。ブラスの響きが中々よかった。町のブラスバンドよりは上手で綺麗にハモっていた。楽譜も腕に合わせたアレンジだったが、そのあたりの教会でのお勤めの音楽師としては充分たろう。近所のクリスマスマーケットも片づけが終わって、待降節のクライマックスを超えた。

先日屋根裏部屋にあるPCの周りを片付けた。二つ三つのシステムが絡んでケーブルサラダになっていて、掃除し難いので、ATARIとPCを別けて、WIN95のPCを片付けて仕舞おうと考えた。シナモンLINUXのPCの方はキャストで音が飛ばせるようになったので音響システムのラジカセなどから切り離せるようになり完全独立が可能となった。

そこでWIN95に付けていたモニターが一つ余ることになった。それと一つ余っているATIのPCI対応のヴィジュアルカードでシナモンをダブルモニターシステムにしようと思ったのである。そしてマザーボードの狭い場所に最後のPCIカードを押し込んだ。そして試してみた。

何よりも今まで使っていたソニーのトリニトロンのブラウン管が寿命が来ていることが分かった。もう一つのNECのモニターは傷だらけで大分弱っていると思っていたが、知らないうちにソニーのそれが赤色のピンが折れているだけでなくて、青も黄も正しく発色していないことが分かった。そしてNECのモニターでシナモンのグラフィックを見ると美しさが違い3D効果が際立った。それならば縫い針を折って赤色の接触を助けて無理して使うようなソニーはもう要らない。

それよりもなによりも重要なことに気が付いた。AGP対応ののカードはファンが付いている、そしてその音が何よりも大きいことに気が付いたのだ。AGP対応ならばRAMに負担を掛けないので喜ばれるのだが、そもそも遠隔操作をするPCにそれほどに負荷を掛けるほどの画像処理は必要ないのである。そこで、AGPを外してPCIをメインのビジュアルカードにすることにした。

ROMは増強して2GBにしてあるので全く問題がない。PCIの方は自然空冷なのでフィンが熱くはなるが、隣のSCSIカードが焼けるほどでなければ問題がない。そのカードも使うのは稀で、モニターをつけることもあまりないからこれで良いだろう。何よりもうれしいのは安物の中華電源のファンが騒がしいと思っていたが、主原因はヴィジュアルカードのファンだった。以前も同じようなことでAGPソケットを焼いて壊してしまったのを思い出した。



参照:
待降節景気の街並み 2015-12-20 | 暦
降臨前の最後の買い物 2013-12-25 | 暦
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高尚な数寄者の審美眼

2016-12-19 | 文化一般
最近はコムピューターとかその手のことしか書いていなかった。ソフトについては書いていたが一寸ハードだった。久しぶりにワイン醸造所に出かけて話を聞いたりした。そして、また2012年産ハレンベルクのリザーヴを初めて開けた。辛口で定評のあるシェーンレーバー醸造所の残糖を残したリースリングである。二年ほど樽で寝かしただけあってこなれている。いつかバッサーマン・ヨルダン醸造所にゲストとして来ていた時にこれの2008年産を試して感動したが、2012年は久しぶりにそれに匹敵する出来だと思って購入した。それでもそこまではクリーミーになっていなくて若干中途半端な感じがするが、糖が浮いてこないのは安物の半辛口とは異なる。

長く樽で寝かすのがドイツのリースリングのトレンドになってきている。ドイツの醸造所の旗振り役であるビュルクリン・ヴォルフ醸造所は、これを徹底させてきている。つまりグローセスゲヴェックスでは18ヶ月の木樽熟成と16ヶ月の瓶熟成が基本となりつつある。つまり摘み取りから三年ほどして初めて売りに出るようになる。手始めに2015年産のグローセスゲヴぇックスが発売されるのは2017年秋である。それに準じて、PCなども漸く発売され、予約分で殆んど売り切れた。そしてまだ発売されていないオルツリースリングなどもある。私自身まだ受け取りに行っていないオルツリースリングのマグナムが2014年産で飲み頃は数年先である。

要するにドイツのリースリングは、その繊細さからまたその飲み頃を見極める難しさから ― 例えば100ユーロもするリオハも寝かせば寝かすほど丸くなるだけで分かりやすいが、リースリングはふにゃふにゃでは駄目なのだ -、 だからブルゴーニュ以上に益々普通の人には分かり難くなり、大枚を叩いて購入するのは数寄者と通人だけとなる。恐らくそれで正しいのだろう。そうでなければ高価なワインは全てシナマネーで買われて通人には入手不可能となるからだ。勿論フランスのそれのようにその間に業者が入って更に市場価格が跳ね上がっていくようになる。製品の質や管理体制からしてリースリングの市場価格がブルゴーニュのピノノワールを上回るのは時間の問題だと思われる。我々事情通はその間隙を縫って安くて価値のあるリースリングを集めていくしかないのである。一本70ユーロ以上するようなものはやはり買えない。

全く同じようなことが他の市場にもあるようだ。ベルリンのフィルハーモニカーが来年に再び日本へも立ち寄るようだ。主目的は、2018年以降は共演が不可能となったランランとシナで最後の競演をすることにあると思われるが、そこまで無理をしてサイモン・ラトルが極東旅行に出かける市場価値があるということだろう。その金の動き方は分からないが ― 少し考えてみれば分かる、シナではランランが出たヴァルトビューネの野外コンサートが最大のイヴェントであったのだ、つまり観光まで含めるとベルリンにとっては欠かせない立役者なのである ―、兎に角、正しく歯に衣を着せぬ批判をしていたキリル・ペトレンコが音楽監督となれば二度と共演はあり得ないのである - しかし歯には歯をでティーレマンを自ら駆逐するような稚拙なことをする人間ではないと考える。またそうしたシナ向けの公演に便乗して喜んで招聘するフジサンケイグループがあるというのが面白い。まるでオバマ大統領の為にTTPを強行採決する日本政府のようで自虐的なこと甚だしい。

日本では引っ越し公演などいろいろとあるようだが、どうも相対的に見ると1980年代に比較しても何もかもが日本の実力のその馬脚を表してきているようで、真面な文化需要もエリート層の高尚な趣味もなくなってきてしまっているようだ。するといつも結論として思い出すのは私自身がハムブルクの歌劇場の東京公演「影の無い女」でなに一つ理解していない評論家や聴衆に失望して移住への動機つけとなったことであり、文化理解の難しさを再認識するだけのことである。



参照:
過去を学ばなければいけない 2016-12-17 | 文化一般
インタヴュー、時間の無駄四 2016-08-03 | 音
ふれなければいけない話題 2015-06-29 | マスメディア批評
東京の失われた時の響き 2016-03-06 | マスメディア批評
竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般
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囮になる狩りのその日

2016-12-18 | アウトドーア・環境
健康の為に、整腸作用のために走りに行った。気温摂氏二度でも寒気がする。先週末の鼻風邪が尾を引いたのだ。今週末は山登りをしない予定で、日曜日に洗濯も済ませておきたいので、峠攻めでお茶を濁すことにした。今週は膝の故障の時以来最も距離を走らなかった週かもしれない。それでも寒さが堪えるので、暖かくなるのを待って出かけた。

そして駐車場に来ると見かけない四輪駆動の車が沢山停まっていた。作業でもあるのかなと思っていると、「狩り注意」の標識と通行止めの規制線が張ってあった。樵作業での立ち入り禁止は頻繁にあるのだが、狩りでここまでの通行止めは珍しい。丁度下りてくる道が止められているので、峠までの林道を駆け上がりそれを駆け下りてくることにした。峠まで上がれば下りてくるのも楽しみだ。どれぐらいの速さで駆け下りれるか。一度試してみたかったのである。

なによりも森の中が気になる。銃殺されては叶わないからである。しばらく行くと、丁度バムビと出会う場所の先に車が停まっている。そして更に行くともう一台。てっきり左の森の中での猟かと思っていたら、どうも狙っているのはいつものバムビで、それなら何カ所か我が進行路と交差する地点がある。これは要注意だと思っていると、見張りが椅子を下して銃を構えて座っていた、声を掛けて更に進めることを確認する。

そして長めの高速を出だせる直線でも一人、更に一人と、等距離に見張り置いていて、林道を横切って森に入ったところを上から狙えるようにフォーメーションをとっているようだった。そうなると私もバムビの動きを知っているので、仕留められるのが分かる。

先ず関心毎はこちらの安全性なのだが、最初から林道上へは銃を向けない体制が引かれていることは後で納得した。危険性があるのと相打ちになる可能性もあるからだろう。要するに追い込み猟なのだ。

峠につくとまだ向こう側に見張りがいたので、かなり広範な領域に網を掛けていることになる。急いで折り返して走り出すと、今度は右の上手から犬を追う声と犬の声が聞こえて、右上の斜面をバムビが逃げて来ているのが見えた。流石に立ち止まった。銃先とバムビの延長線を走り抜ける勇気はない。止まって様子を窺っていると、森の中から猟の親仁が挨拶してきたので手を挙げて通過した。

仕留められるバムビのことが気になっていたのだが、逃げる姿を見ると年行った母親か父親が犠牲になるように動いていたようで少し安心した。家族から離れて囮になっているようだった - 子離れが出来ているということか。何度も出会っているバムビ家族なのでその消息が気になるところであるが、それならば丁度よい間引きになるのだろう。

立ち止まったり、なんだかんだと真面な計測は叶わなかったが、距離からするともう少し延長するだけで5㎞コースになることも分かり、30分往復も可能なことが分かった。直線のところを降ると結構スピードを維持するのに苦労したので、登りでももう少しスピードが出せることも分かった。標高差からすれば30分で走り切ればそれはそれででよいだろう。最高速はあまり出なかったが、流石に林道は早く走れて想像以上に快適なコース取りになることも分かった。峠から100mほど先まで余分に走ればよいのである。



参照:
変遷と過渡期を想う 2015-11-14 | 雑感
己を映す馬鹿の鏡 2016-06-12 | 雑感
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