Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2004年12月 

2004-12-31 | Weblog-Index


<Mens sana in corpore sano> [ 数学・自然科学 ] / 2004-12-31
伝承「ワイン飲み競争」の絵 [ 歴史・時事 ] / 2004-12-30
コールタールピッチ [ 歴史・時事 ] / 2004-12-29 COM8, TB1
グリュエール/La Gruyere [ 料理 ] / 2004-12-28 COM6, TB0
アウトバーンでの予知力 [ テクニック ] / 2004-12-27 COM11, TB1
ワイン醸造蔵での問答 [ ワイン ] / 2004-12-26 COM2, TB0
イヴの風景 [ 生活・暦 ] / 2004-12-25 COM2, TB0
風邪熱の民間療法 [ 生活・暦 ] / 2004-12-24 COM4, TB0
古の象牙の笛 [ 音 ] / 2004-12-23 COM10, TB0
ハリース デューティー [ 歴史・時事 ] / 2004-12-22 COM3, TB0
レバー団子/Der Leberknoedel [ 料理 ] / 2004-12-21
嬉しい贈り物 [ 料理 ] / 2004-12-21 COM2, TB0
バロッサ渓谷 [ ワイン ] / 2004-12-20
発育・成長・老化の中で [ 数学・自然科学 ] / 2004-12-19 COM13, TB2
アルペンスキー競技の乖離 [ アウトドーア・環境 ] / 2004-12-18 COM2, TB0
スイスの蒼い空の下で [ 歴史・時事 ] / 2004-12-17 COM6, TB2
スイススキー事情 [ アウトドーア・環境 ] / 2004-12-16
フィガロの耳寄りな話 [ 音 ] / 2004-12-15 COM8, TB1
ドイツワイン三昧 第二話 [ ワイン ] / 2004-12-14 COM3, TB0
我楽多のリースリング [ ワイン ] / 2004-12-13
私に適ったガラテアちゃん [ 女 ] / 2004-12-12 COM7, TB4
ケープタウンの白ワイン [ ワイン ] / 2004-12-11
グローバリズムの領域侵犯の危険 [ 歴史・時事 ] / 2004-12-10 COM3, TB3
麻痺に遠のく外界 [ その他アルコール ] / 2004-12-09
北海の冬の干潟 [ アウトドーア・環境 ] / 2004-12-08 COM11, TB1
市長ズミット博士の港から [ 歴史・時事 ] / 2004-12-07 COM4, TB0
聖ニコラウスとサンタクロース [ 生活・暦 ] / 2004-12-06 COM20, TB6
ハーブティーのミックス [ 料理 ] / 2004-12-04 COM6, TB1
デューラーの兎とボイスの兎 [ 文化一般 ] / 2004-12-03 COM17, TB2
伝統という古着と素材の肌触り [ 文化一般 ] / 2004-12-03 TB2
因習となる規範 [ 文化一般 ] / 2004-12-01 COM19, TB8
コメント

Mens sana in corpore sano

2004-12-31 | 数学・自然科学
アンチエージングの書「デア・メガマン」は、前回の内分泌系に続いて、今回は昨今の脳神経学の研究成果から。ローマ人の詩「健全なる精神は健全なる身体に宿る。」を導く。先ずこの真意が十分に理解されていないとして、インプット・プロセス・アウトプットと分けて自然科学者らしい説明を試みる。肉体における入力から出力への過程で、必要な栄養素が困窮すると疾病となる。同様に精神における否定的な要素は、肯定的な要素が動機付けなどで肉体を強化するのとは反対に負の作用をする。

ここで無意識下の活動が省みられる。我々は目覚まし時計が鳴る直前に眼を覚ますことがある。無意識下の強い活動としてこれを身をもって知る。しかしそれは往々にして負の力を放つ。ノースカロライナのデューク大学の脳神経の権威者カッツ氏は、著書「キープ・ユア・ブレイン・アライヴ」で無意識のコントロールを説く。具体的には心理学の領域となるが基本は少しずつの無意識の意識化と抑圧の解放に他ならない。

むしろ重要な主題は、思春期・成長期の空間や言語能力に対応する脳の発達と、それには及ばないながらも成人の脳も新しく再生しているという最も新しい研究成果である。この脳神経学上の成果を基に、成人の語学の学習が新たに研究されているという。十年前には「10代ならば殆んど完璧、20代ならば何とか、30代ならばある程度、40代では諦めろ」と専門家に云われた新しい外国語の学習も、現在は経年上の困難は「歳をとって、母国語の自己流の慣用化が進んで、正しい言語表現から遠ざかっている。」と説明されるようだ。つまり正しい文法や構文から歳を経るにしたがって大きく逸脱していく事が、老化といわれる独善の境地を示しているというのである。

これは、言語を離れて一般的な仕事のルーティンという経験による作業の効率化にも言及される。我々は、毎日平和に今日も昨日と同じように、明日も今日と同じように暮らそうとする傾向がある。其の前提が崩れる事で、不安で眠れなくなるかもしれない。そうなるとストレスでアドレナミン分泌の悪循環に至る。反対に不安の無いこのルーティンこそが脳のために害悪であると云う。子供がガラガラをしゃぶる様にそのものに関心を持ち、全てを既知のカテゴリーに入れるのではなく、そのもの自体を理解しようと努めなければならない。ゲッティンゲンの霊長類学のフックス氏は、「ルーティンは、認知力を高い水準に保つことに寄与しない。」と断言する。

脳神経学の成果が示すように脳自体も決まった部位が決まった働きをするわけでなく、柔軟な機能を持っている。カッツ氏は続ける、「春の花束を只愛でるのでは無しに、匂いを嗅いだり、葉に触れたり、目を閉じて香りやざわめきに心を集中させる」事で、脳細胞間のネッツは密になり脳の拡大値BDNFが大きくなるという。

そして体の健康が脳の健康に繋がることが、サンディゴの分子生物学者フレッド・ゲージ氏の「共に増える養分とノイロトロフィーネンがノイロンの生成に大きく寄与している事の確認」で証明された。「脳が我々の行動に影響するよりも、我々の行動が脳に影響することは思いのほか大きい。」と彼は語る。



参照:
発育・成長・老化の中で [ 数学・自然科学 ] / 2004-12-19
現代人の断食 [ 数学・自然科学 ] / 2005-02-11
対老化筋力トレーニング [ アウトドーア・環境 ] / 2006-04-11
コメント (2)   トラックバック (2)

伝承「ワイン飲み競争」の絵

2004-12-30 | 歴史・時事
 2004 03/31 編集

この町には、「ワイン飲み競争」の絵が伝わる。その原画は、役所ロビーに飾られている。それを模写して首だけをすりかえた大きな絵が、あるレストランの壁一面を占める。後方の分厚い壁の窓から日が差し込む板張り床の室内の様子が描かれている。正面に修道師マントの男と中世平民服の男がワインマグを片手に机を背に向かい合う。机の脇には、それらを囲むように平民服三人がこの競争を見守る。左奥の入り口の修道服が心配そうに中の様子を窺う。

旅篭の親仁とおかみさんが試みる絵の説明は各々違うが、首だけは間違いなくこの店の家族と常連さんである。二人の食い違う説明を纏めてさらに解釈を加えると次のようになる。スパイヤーの大司教区に属する隣町のリンブルク修道所が、ローマ人のワイン畑を所有もしくは管理していて土地の平民にその畑からの収穫と醸造を委託していたらしい。その見返りに十分の一のワインを奉還させていたようだ。これが飲み競争の背景となる。競争を制することによって、物納がどのような理屈で増減するのかは解らない。ただ明らかにこの絵に描かれている修道長は、右手に持ったマグの赤ワインを床へとぶち撒き、敗戦が濃厚である。

この旅篭の夫婦は、家族で乗馬競技をする。娘さんも落馬するまでは将来を嘱望されていた。親仁の姿勢の良さに、乗馬だけでなく、先祖がユグノーの戦で活躍したような面影を見る。数年前に病気をするまでは、一日中ビールを注ぎながら沸き上がる泡を自分のグラスへと移し自らもビールの売り上げに大きく貢献していた。そして今も、昼夜繰り広げられる常連席の談義で、上の絵にある様に審判の役を買って出るのである。おかみさんも注文が通るたびに文句を言いながらも厨房を切り盛りする。町の出来事を十分に把握しながらも、それでいて詮索好きなところがない。大雑把な肝っ玉母さんと髭面の歩兵隊長のような印象をややもすれば与える二人だが、実はなかなか細かな配慮と心遣いを垣間見せるてくれる。
コメント

コールタールピッチ

2004-12-29 | 歴史・時事
南チロルでは、一月一日以降喫煙場所が隔離され空気清浄装置が無い限り飲食店では全面禁煙になるらしい。アイルランドとノルウェイに続く処置のようである。喫煙家ではないので一向に構わないどころか、いままで折角の食事と酒でも煙のために悪酔いをさせられて、着衣に匂いがこびり付いて閉口したのでこれは喜ばしい。それでも、必ずしも素直に賛同出来ないのは何故だろう。そのような店は、決まって常連席があって地元のお兄さんや、親爺たちが屯する。彼らにとってアルコール同様に喫煙は必需だ。

中央アメリカのメキシコシティーのサンタ・ムエルテ死神信仰の記事が載っている。富める者も貧しき者も墓場では公平と云うのが人気の秘密らしい。サタン信仰とも違い国境を超えカリフォルニアにかけて普及しているようだ。ローマ時代の初期キリスト教や中世の多くの異教とも違い、地下に潜る必要が無いのでおおらかに信仰されている。

決して常連席の喫煙と死神信仰を較べようとは思わないが、そこには奇麗事では済まされない世界がある。合理だけで済まない非合理な世界が必ずや存在する。正に対する負の世界である。

やはりローマ時代にユダヤ人は北の辺境へと駆逐された。中世の苦難の歴史を通して、中欧における負の歴史をシナゴーグ教会の跡に追うことも出来る。特にライン流域は、東方への入植と並んでアシュケナージの主要入植先となった。その旧約聖書的な厳格な世界観とその存在其のものが、欧州文化の中で大きな影を形成している。其の光と影こそが、数多のユダヤ人学者や芸術家の偉大な業績を隈取る。

こうして見てくるとチロルから国境を越えたスイスの画家セガンティーニも、一般に光の探求者のように云われているが、違った視点から捉えられる。彼の絵の一部は、経年変化も手伝って、黒いところは潰れて肉眼でも殆んど見れないほどにコールタールで黒塗りされている。光に対する影を強調したとか、光量を落として光を強調したと云うよりも影を通して大きな世界を描き込もうとしている。遺作三部作「生」、「自然」、「死」もこうしてミレーの影響と云われる農民の労働風景の絵の延長として眺めることが出来る。

コールタールはニコチンのように黒く、一度こびり付くと決して落ちない。けちが付いた事を「コールタールピッチを被った」と云う。望もうと望むまいが、清濁併せ呑んでこそはじめて物事の全貌が把握出来そうである。
コメント (8)

グリュエール/La Gruyere

2004-12-28 | 料理
2004 03/27 編集

旅行先での好印象を何時までも残す食事は少ない。それでも、料理の内容は兎も角、延べ500回以上のスイスでの食事で再び訪れたいレストランがいくつかある。ベルンからモントルーを目指し、高速道路から左の谷へと入っていく。そのグリュエールの谷の奥にあるチーズ協同組合直営のチーズ尽くしのチーズレストランもその一つだ。フォンデゥー、ラクレットその他大抵のチーズ料理なら新鮮なチーズと楽しめる。ワインもレマン湖ヴァーからヌーシャテルと珍しいものも見付かる。

ベルンから高速道路の新ルートをローザンヌへ走ってしまうと、レマン湖へと出てしまう。その辺から対岸にモンブラン山脈を背景に見えるのがフレンチミネラルウォーターの「エヴィアンの山並み」である。こちら側の崖縁がカントン・ヴォーのワイン畑である。その周辺は赤ワインが目に付く。


オランダのダイエットチーズ
ヴェストリテチーズを試す。パサパサとした感じで余計に塩気が目立つ。30%脂肪のダイエットチーズと云う事になっている。特価とは云えチーズを食べながら特別ダイエットをしようとも思わない。
コメント (6)

アウトバーンでの予知力

2004-12-27 | テクニック
自動車の自動走行システムについて再三伝えられて久しい。例えばシュトゥットガルトのシステムなども着々と完成へと向かっている。アウトバーンの両脇に無線信号灯を設置して運転手は居眠りしながらも目的地に安全に付くシステムが考案されている。前後の車間を保つシステムは自動巡航システムとして、衝突までの行程を逆算したプリセーフシステムも既に実用化しているのは承知のとおりである。これら汎用技術は、完全自動走行システムの重要な部分となる。上の信号灯システムは正しくバーンを走行するためのパイロットシステムで、それに加わるのが重要な予知システムである。アウトバーンを走るとき、この予知能力は大変重要である。

予知とは、そもそも人間の直感を云う。我々はこれを占い師からではなく自動車学校で習う。有り得るべき状況の予測である。教練書に載っていた「危険な状況の絵」を思い浮かべれば十分である。そしてこの状況は一刻一刻と「もっともらしい結論」へと向かって突き進む。例えば、アウトバーンの場合、走行車線を走る車が追い越し車線側へ少しずれた時、運転手は其の方向を見ている可能性が高い。後ろから見ると運転手の首は其の方向に向いている。「ミラーを見たのかもしれない。」、「対向車線に気に入った車を見つけたのかもしれない。」、「食べようとした飴を落としたのかもしれない。」、「助手席の女性の小言に耳を背けたのかもしれない。」、「居眠りをしているのかもしれない。」と様々である。しかし次の瞬間にはもっと状況は明らかになる。方向指示器が故障している可能性もある。この運転手が方向指示器を出さずに車線変更する可能性はきわめて高い。

こうした状況を経験を積んだ運転手は一瞬に把握する。先入観なく観察出来れば、全ての状況は脳で正しく計算されていく。これが直感と云われるものであり、これなくしては100キロ以上の速度差を持って二メートル横の走行車線の車を追い抜き去る事は出来ない。

この状況を確率論でコンピューターに可能性を計算させるのが予知システムである。確率は絶えず新しい情報で計算され直すので限りなく100%に近づく。理論的には既に50年以上前に完成している。ただ様々な状況の分析が未だに不十分なのであろう。

未来には全て過去が連続して存在している。この理論を利用すれば未来が十分予知出来るのである。しかし自然の活動とその兆候さえ十分に観察出来ていない。同様に人の創造力と云うものも十分に予想出来ないものなのである。



コメント (14)   トラックバック (2)

ワイン醸造蔵での問答

2004-12-26 | ワイン
風邪熱に震えつつ小雪舞う中を、約束通り醸造蔵へ向った。ブルーの作業着に身を包んだマイスターは、厚いコートに襟巻きをして厚着をした私をケルターハウスへと案内した。摘み取られた葡萄は全てここに集められ、大抵は其の日の内にゴムチューブで押さえつけられて茎と種が遠心分離されてジュースが抽出される。赤ワインの葡萄はこれに反して、縦長のステンレス樽の中でゆっくりと上下に攪拌される。この段階において、マイスターは出来うる限り自然の麹を使う選択を迫られる。糖比重などを吟味しながらヴィンテージの方針がだんだん定まってくる。こうして発酵が始まる。更にこのジュースを検査のみならず試飲等して、最終的ワインのイメージをさらに具体化していく。実際、カビの問題や酸の組成が舌で分析される。特にアロマになると熟練の鼻で判断するしかない。この時点で修正の必要があるか、それとも出来る限り手を加えないワインが出来るかが判断される。炭酸の挿入などで最小の修正をして、木樽での熟成期の新鮮味喪失を予め補填する。この時点までの分析と判断でワインの質と品格が可也決ってしまいそうである。リースリングワインは木樽に移されて、これから壁を通して呼吸しながらの熟成が木樽の中で始まる。密封された樽の上に発酵管というガラスのループがつけられる。そこからガスが抜けるのでループの溜まり水がプクプクと地下蔵内の何処彼処から音を立てる。そしてそれぞれの樽にスロートを差込み熟成が絶えず監視され、同時に最新システムによって樽内の温度が一定に保たれる。こうして亜硫酸の注入(元来は樽を硫黄で燻らした)時期や量などが慎重に決定され、フィルターリングされて、更に樽の中で来るべき瓶詰めの時期までゆっくりと寝かされる。問答を終え地下蔵から上がってくると、そこは薄っすらと雪が広いスクウェアーに、室内の明かりを跳ね返して白く光っていた。今冬初めての光景であった。

一連の作業や詳細は、醸造の基礎知識として然るべき資料にある通りだ。唯この問答で知り得た事は、理論に対する実地だけでなく、幾度の岐路に直面した時の判断の様子とその決断である。その判断こそが、太陽の恩恵を受けたこの大地の収穫を自然の黄金の蜜の泉へと変えるのである。

必要なのは創造力である。正解は何処にも存在しない。この若いマイスターが四代目の親方から学んでいる具体的な詳細は知る由もないが、その片鱗を感じる事が出来た。それは家訓のように代々と受け渡される虎の巻でなく口移しで伝えられた何かである。彼は、彼の仕事を奇しくも「芸術のようなもの」だといった。

人間の数多の活動はすべて同じである。理論があり経験則があり、そして最後は自らで判断していかなければならない。論理と経験があっても未だ何も起こらない。そして其の決断の過程と方向に少なからず興味を引かれる。

我々の創造力も光の如くその留まる所を知らないと、クリスマス二日目の今日思うのである。
コメント (2)

イヴの風景

2004-12-25 | 
家に居ながらも様々なクリスマス風景を楽しめる。TVを点けたままにしておくのはオリンピック以来久しぶりだ。既にザールランドでの祭典の中継が始まっていた。零時の法王のミサのヴァチカンからの中継でクライマックスを迎える。そして翌25日の夜にかけて予め録画された英国女王の挨拶を初め各国元首等の挨拶が中継される。

連邦大統領を、IMF総裁にドイツ政府からゴリ押し推薦された事ぐらいでしか良く知らなかったが、その挨拶は上出来である。「今、惜しむらくは不幸な境遇に居る人も来年は間違いなく慰めと連帯の中で幸せを摑んでいく。」という言葉に励まされる人は多いことであろう。一年で一番大事な時点で、社会的・心理的弱者に対して彼の立場を利用して語りかける事は意義がある。政治より民意への信頼を示したという明日の正式な挨拶の中継はこれで見る必要が無い。いずれにせよ新教徒にありがちな観念的なものに一線を画しているのが良い。ABBAのFridaとDeep PurpleのJon Lordを交え式典は終わる。

途中ヘンデルのオペラセリアを流して、映画「将軍」のアンジンさんが大阪城で謁見するシーンも束の間観る。

新旧両教の式典の第二放送の中継はポーランド国境に近いゲルリッツから。素晴らしい教会とカメラアングルとマイクロフォンセッティングである。光の注す部屋、窓枠暗く空き家のままのリニューアルした住居と東ドイツらしい説教である。そしてルカスの福音第二章へと導かれる。

その他各第三放送局は地元のミサ中継をするが、同時刻なので全てを追えない。

第一放送の方は、東独のイエナからの両教ミサ中継。キリエから始まり、クレド。聖書朗読を入れて、「等身大の尊厳をもった人間像へ」の説教。その間、両派の十字架が変わりがわりに映される。南アメリカへの献金お願いに続いて、聖餐式。サンクトス。それで法王の名前が出るとこで、バイエルン放送局へ。

小雨交じりのヴァチカン。法王の不自由な発声は殆どポーランド語の響きに聞こえるが、周りの者の導入のラテン語のイントネーションは流石に柔らかい。ホザンナ、聖餐式へと続く。このとき衛兵は敬礼する。ルブリンの学生合唱団がポーランド語を響かせる。
コメント (2)

風邪熱の民間療法

2004-12-24 | 生活
クリスマスイヴを控えて風邪熱が引かないとき、試してみる価値のある民間療法を較べる。温かくして寝て汗を掻く等は余りに一般的なのでそれ以外で珍しいところを挙げる。

• 寝る前に熱い風呂に入る。
• 酢を使ったシップを脹脛に巻く。
• 湯煎したビールを飲む。

最初のは30分以上経ってから布団に入っても効果があるが、基本的には汗掻く事と変わりない。一種のショック療法的な要素もありそうだ。

二つ目はタオルを絞ったり巻いたりなど手間を厭わないだけの効果への期待が必要。これを成功に導くには愛情溢れる看護人が必要。

最後のは標準のビール飲みには何よりも清涼感が惜しまれる。ビールの苦味が薬の苦味のようになり、神妙な顔で飲酒出来る。ビールかけをした肌のように胃がちくちくとするので効果を一足早く内臓で実感出来る。
コメント (4)

古の象牙の笛

2004-12-23 | 
更新世(洪積世)後期、今から約35000年前の話である。旧石器後期、ウルム氷河期のシュヴェービィシェアルプ洞窟遺跡から発掘された笛のことである。余談ながら、ウルム氷河期は、近くのウルム市からではなくシュタルベルガーゼーのヴュルム川から名づけられたのでヴュルム氷河期が正しい。

さて此処から見つかった出土品を資金が集まるのを待って、時間をかけてパズルしていった結果、最も古いが見つかった。ピレネーの発掘の鳥の骨製ものに比べると、当時も貴重であった象牙を削って、穴を開け、つなぎ合わせていることから低音域でその使用価値がさらに明白らしい。形態としては、現在もエジプトの牧童が使っている笛に似ているようだ。穴の開け方が広い間隔を持っている事からそこで奏でられる音楽は全音階的音階よりも五音音階の可能性が高いという。中国の9000年前の笛が全音階的音階を持って、その後この地域は五音音階になるのと正反対である。

この象牙の笛から知れるのは、当時の穴倉暮らしの狩人が、知られている造形美術分野だけでなく、非常に緻密な手作業とともに繊細な音楽を持っていた事である。生存のための食料採集と繁栄のための生殖活動以上に、音楽に貴重な素材が使われて文化活動が営まれていた事に驚かされる。彼らが氷河期の厳しい生息状況の中で如何なる世界観を持って生活していたかを想像するだけで興味尽きない。我々よりも全ての感覚が発達していたような気がする。
コメント (10)   トラックバック (1)

ハリース デューティー

2004-12-22 | 歴史・時事
残念ながら後を絶たない子供誘拐殺人鬼が、取り調べの警察を拷問で訴えた。ヘッセン州の地方裁判決は、副所長を執行猶予付きの有罪に処した。賛否両論あるにせよ一般の健全な市民感情を大きく揺さぶる。お楽しみ刑事ドラマでは、「口を割れば子供の命が助かる」と云うケースは決まって正義感を持った刑事の心の葛藤として描かれる。サンフランシスコ市を舞台とするダーティー・ハリーシリーズなどは正面きってこの問題を描く。

さてこの判決は、「如何なる理由にせよ拷問等の超法規的処置を認めない」と同時に「そしてこの状況を量刑で特に酌量」している。つまり超法規的暴力行為は、如何なる状況においてもそれが「釈明」とはならない。この判決がドラマと違うのは、敢えて解釈すれば決して再犯を抑止出来ない凶悪殺人者と殺害された子供の生命を同等に扱っている事であろう。ここでは人権と云う言葉でなく「人間の尊厳」が使われる。この女性裁判長を含め心情的な軽重は誰にも必ず存在するが、それは許されないという大前提である。違った見方をすれば、「多くの性的加害者は往々にして性的被害者であった」という因果応報の暗い人間界が顕れてくる。

さらにこの話題が善良な市民を不安にさせるのは、我々に向けられている直接の暴力だけではない。我々は大なり小なり「警察官のモラル」、「犯罪人のモラル」、「市民のモラル」と云うものに立脚して生活している。そしてここで残念ながら実体のない「モラル」の現実を突きつけられて狼狽する。新聞の社説などもどちらかといえば寓話として扱ったりギリシャ神話の裁きをもって対象化する。ドイツ第二放送TVのアンケート調査では、視聴者の三分の二が警察の無罪を主張した。司法の判断と一般市民の感覚のずれが何よりも憂慮される。
コメント (3)

レバー団子/Der Leberknoedel

2004-12-21 | 料理
2004 01/24 編集

レバーをすりつぶしたものを団子にしたものである。通常、蒸すか、切って炒めるか、スープに入れるかして食べる。玉ねぎ炒めか甘目のソースを添える事もあるがレバーなので味覚は苦みに傾く。という事は、スモークしたソーセージ類/geraeucherte Wuersteや魚類/-Fischeと同じくリースリングも含めた白ワインで楽しめる。
コメント

嬉しい贈り物

2004-12-21 | 料理
先週の疲れが出て久しぶりに熱を出したので、積極的に水分補給・排出するためにハーブティーを飲む。そしてこのような時こそワインコーディネイトの腕の見せ所である。スッキリ感と優しさでモーゼルの半辛口を開ける。食事はレバー団子を薄切りにして卵焼きの上に載せて焼く通称プェルツァー・ピッツァを食べる。それにはビールを合わせ、食後にワインを注ぐ。卵料理とワインは少しタブーなのだが、食後に飲む半辛口は素晴らしい。レバーとビールの苦味が口に残っているので甘味が何とも快い。食事をした事もあり体が温まり一時的に熱が飛んで気持ち好い。

卵料理にタイムを入れた。ギリシャから態態持って来てくれた茎である。そして今日偶々もらったベリーのリキュールを開ける。普通なら甘くて好ましくないのだが咽喉に柔らかくて風引きにとても良い。両方とも決して大したものではないのだがとても嬉しい贈り物だ。
コメント (2)

バロッサ渓谷

2004-12-20 | ワイン
オーストラリアのアデレイドの北、バロッサ渓谷からのワインが今日のキッチンワインである。元々この谷の大手は、近隣の地域からワインを集めて醸造しているようである。其のうちの古い名門は1840年頃に創業して、多くは六代目のオーナーと云う。今回の一本1,99ユーロの赤ワインは、カベルネ・ソーヴィニョンとシラ種から出来ている。前者はメドックやサンテミリオンのベースとして、後者はカリフォルニアのブラックベリーのような赤ワインとして有名である。2002年のこのワインは、一般のボルドーワインのような味覚と香りにチリワインのような果実味が特徴である。輸送や税金を考えると欧州の業者が樽で大量に買い込み其々に瓶詰めして流通したものと思われる。この価格では質の高さは期待できないが、上級製品になると中々魅力があるのだろう。
コメント

発育・成長・老化の中で

2004-12-19 | 数学・自然科学


医学的な考察をと言いたいが残念ながらその生物・医学の素地が無いのでカモミールティーを飲みながら適当にお茶を濁してみる。「男性医」の概念と免疫反応への考察、引いてはその自然治癒力の発想が面白くてアンチ・エージング書を借りてきて時々読んでいる。決してハウツー本ではないので其れほど多くの新情報は含めれていない。それだけに現在の臨床内科の視点が垣間見えて面白い。勿論免疫学や内分泌学の最新の視点が網の目のように織り込まれる。例えば普通は疾病ではない「肌乾燥・皺」、「腰痛・骨粗鬆症」、「老眼」、「脱毛」や「物忘れ」など典型的な老化現象を内科的に検討する。性ホルモンの作用を発育・成長・老化の中で捉える。栄養素としての食物も其の摂取の有効性を挙げるのではなくて、必要な栄養素として挙げる。また一般に行われているホルモン治療や投薬等の対症的な方法もその有効性と留意点を纏める。ストレスの影響と抵抗性も免疫学の見地として扱われる。専門内科医としての立場を逸脱しないのが良い。外科が臨床の花形である事に異論は無いが、内科的な思考態度は、最も医学らしい体系の中での観察と推論の自然科学者としての立場を良く示している。

其れに比べ病理学や薬学の方は遥かに遺伝子工学的な発想が席巻しているのかもしれない。残念ながらそこでは「木を見て森を見ず」の議論が横行していて、さらに倫理という大きな壁が立ちはだかり抽象的な議論を難しくしているようだ。それゆえに天下の宝刀である遺伝子による議論になると、逆に先入観念をもって結論が出される例が多いようである。合衆国の多くでは、人種別の新薬のスクリーニング試験が実施され新薬の認可基準にもなっている。社会・経済的な背景を鑑みた処置ではなくて、遺伝子上の人種別の差異が根拠となっているようである。しかしこの根拠は、遺伝子学の見地から個人差に比べ人種差を云う意味が無いとして否定されている。これなどは、非科学的な研究者という子供に遺伝子工学という武器を持たせて遊ばせているようで大変危険な状況を示している。脳神経学などの一流研究者にも似たような傾向が見られ、其の積み重ねられた研究成果に関わらず十分に客観視出来るだけの位置に到達していない。臨床内科のような研究の体系化へは、その技術的進展だけでなくある程度の時間と歴史と選ばれた才能が必要なようである。



参照:
<Mens sana in corpore sano> [ 数学・自然科学 ] / 2004-12-31
現代人の断食 [ 数学・自然科学 ] / 2005-02-11
コメント (15)   トラックバック (3)