Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

400人規模演奏会の準備

2020-05-28 | 生活
次のコンサートの連絡が入った。序でに出かけるつもりだったが、前後のケルンでのコンサートが流れた。つまり宿も取り直して一か所へと態々出向かなければいけない。それほどの意欲はなかった。そもそもワイン祭りの喧騒を避けるために避難の旅行だった。ヴァインフェストも無くなり、態々出かける必要もなくなった。しかし、今回も大劇場を四分の一の入場者にして開くために先行予約をした人を優先的に選んだ様だ。つまり私は最初のお客さんの数人である。どんなに場所が変わってもいい席を与えてくれることは予想がついている。要するに席の場所は最初の予約時と殆ど変わらないであろう。但し会場の音響は変わる。

何と6月に400人を入れるという。これは再開後の最大規模のコンサートではないかと思う。席の間隔もあり、恐らく空調も強力なのだと思う。勿論是席に着くまではマスク着用だが、そこで外すことになっている。当然である。しかし、これだけの規模の人数を二群に別けて二百人づつにしても大変な苦労が掛かると思う。先ずはそれを観て来たいと思った。

そこで宿を探すと新たに出て来ていた。郊外の適当なところを予約しておいた。朝食付きで49ユーロだが、写真にあるようなビッフェも無いとあまり嬉しくはない。写真を見るとテラスでも朝食が可能ならば喜ばしい。夕食なども考えると結構鬱陶しいが、何年か経つとなぜあんなところであんなことをしていたのかなと不思議に思うこともあるかもしれない。コロナ以降外泊するのは初めてであり、何事も経験かなとも思う。燃料代はまだ落ちているのでその点は助かる。

走行距離はホテルへ寄るとしても330㎞に達しないのでミュンヘンよりは近い。ルツェルンに行く感じで往復も出来るが慣れていないルートなので写真撮影が怖い。ゆっくりと走れるように出かけて、ゆっくりと食事をして、ゆっくりと宿泊したいものである。

元々の入場料金は二回分で38ユーロと格安で購入したが、今回の処置の会場側の努力を考えると適当に返す気にもなれなかった。300㎞を走行してでも聴きに行く価値はあると思った。手頃のコンサート予定などを見れば、とても簡単には捨てる気にはならなかったというのが偽らざらない気持ちである。バーデンバーデンは仕方がないとして、アルテオパーも到底出来るような態勢ではない。バーデンヴュルテムベルクもバイエルンと同様に100人までの入場となっている。到底採算が取れない。それでも室内50人制限から始めるバイエルン州よりはマシである。バイエルン州はどうも州知事にマスク信仰があるようで劇場内でもマスク着用という近郊公共交通機関の扱いをする。

なるほどバイエルンが最初に手配していればイタリアでの感染も避けられたかもしれない。当然の事ならら詳しい情報を持っていて恐らく自責の意味もあるのだろう。第二波は避けられないので装備を六週間分先二年間は準備すると言っていたが、何か大雑把な掛け声だけでポピュリズム政治家らしさを示している。バイエルン州での催し物にはあまり期待できなくなった。だからバイエルン州知事は教会での感染などヘッセン州を批判するが、バイエルン州の特性というものがその背後にはあって、オーストリアのやり方をそのまま踏襲できないのでさぞ悔しいことだろう。



参照:
ニューヨークタイムズの報道 2020-05-20 | 音
ザルツブルクの突破口婆 2020-05-26 | 女
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ヤマ場に溜まったもの

2020-05-08 | 生活
古新聞のヤマを捨てた。コロナ第一波ヤマ場中に溜まったものだ。体調も悪く目を通すこともならず、復活祭中止など緊張感もまだ続いていた頃の新聞である。ざっと必要なところらしきを捲って、引き抜いて残りを捨てた。これで漸く次へと向かえる。初夏を迎える気持ちである。

デジタルコンサートホールのヨーロッパコンサートに挟まれたインタヴューを初めて観た。先日地元の放送局rbbで流れたものとは異なっていた。マーラーに関しては私と同じような言い方をしていたが、その通り欠けるものはあるかもしれないが、その音響に慣れるとより深くこの曲の本質が分かる名演になっていた。

キリル・ペトレンコのマーラー解釈はあくまでも作曲家自身が居たその音楽環境を見据えての再現がなされていて、丁度オペラ演出で言えばその初演時の社会が舞台の設定となるのに近いかもしれない。実際にインタヴューでもエリヴィン・シュタインの室内楽編曲に関してもその環境に近いところにいたものとしている。そもそものその室内楽演奏のシェーンベルク協会自体が最初のマーラー協会だったという言及はとても大切である。またこの四番と最も新ヴィーン学派に影響を与えた六番を続けて演奏する筈だったのもまさしくそこに視点がある。

アムステルダムのマーラーフェスティヴァルは再び開催を試みるようだが、さてどうなるか。色々な意味でここ一二年の変化は大きく。当初予定されていたような企画ではもう既に時代遅れになっている感がする。来年はライプチッヒでも開かれる予定にもなっているがさてどうなるだろうか?

シャワーの足拭きを敷く時に気が付いた。掛けてあるその後ろにカビが生えていた。カビ取りをしてから大分期間が立つが、また陽が明るくなったからだろうが、この冬の間に黒くなったのだろう。早速自慢のカビ取りを序でにシャワーの下にも吹きかけた。シリコンの黒カビは取れないがそれ以外のものは吹くだけで落ちたがこれはなかなか取れない。理由は分からないが、もう少し翌朝まで時間を掛けて浸食させてみよう。黴の種類が違うこともあるが不思議である。

同じように体調が悪くなると以前と同じような感じで歯茎が病めてその奥へと意識が広がる。ブリッジを入れたところだが、ブリッジと削った歯の間にコロナがいるようで気持ちが悪い。そのような状況になると神経にも来てふら付き感が出る。まだコロナに居座られているかと思うと不快で、コロナは中々抜けないのが正しい。ヘルペスはDNA型のようだがどこか似ているのだろうか。



参照:
浴室のカビ取りのあじ 2015-08-17 | 生活
黒い森の女への期待 2017-09-06 | 女

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理髪師協会のコロナ対策

2020-05-06 | 生活
床屋に出かけた。前日から準備をしていて、先ずは開店前に様子を窺ったら、照明が点いていて、急いで中に入った。爺さんが髪を洗っていて、もう一人お客さんがいた。通常より一時間前に店を開けた様だ。遣りて婆が一時間後の予約を入れてくれた。

肉屋に寄って、戻って念のために洗髪した。そして結局もう一度洗髪することになった。法律で散髪前の洗髪を義務付けたようだ。マスク選びに苦慮した。ご愛用のKN95は不織布に髪が付きそうなので他の方法を考えた。スカーフは後ろで括るので駄目だ。アベノマスクは耳に引っ掛けるだけだがそれだけでは横が切り難い。結局FFP3の二段の紐を一挙に首に掛けて鼻の所で押さえることにした。すると首から上は全くフリーになる。

手元にあるものがヴェンティールがついていて対人への保護には駄目らしい。しかし正面を向いて接しないので前からの呼吸などはあまり関係が無い。どうもアベノマスクをしている人には濡れるので使い捨てを渡しているようだが、こちらは問題が無い。思ったよりも上手く行ったのでこれを床屋マスクにする。あと何回ぐらい使うのだろうか?

それでもかそれゆえにかもみあげの長さが違ってしまったが直ぐに髪が伸びると分からなくなる。今回は二人体制で上手なおばさんが切ってくれたので、もみあげ以外はとても上手く行った。とても気分がよい。上手な人はドライであろうとウェットカットであろうと上手だ。20ユーロきっかりで充分に払おうと思ったが、洗髪代が二ユーロ程嵩んでいたので、その分チップも減った。遣り手婆さんまでが今までの文句いいよりも、社会的基幹職業としての自負からかシャキシャキと仕事をしていた。初心を思い出したのだろうか。

椅子の前には理髪師協会が作ったであろうコロナ対策手順が置いてあった。当然の飲み物など出さないとか、雑誌類も置かないとか以外に洗髪の事や間隔の事や予約の事、そして消毒の事が書いてあったが実際には置いていなかった。ディスペンサーを買わないといけないからだろう。まだどこでも見たことが無い。いつも以上に電話が掛かって来て、直接に訪れるお年寄りなどもいたが、来週に回されていた。だから私は前夜から準備をしていたのだ。予約などと言っていたら二週間ほど遅れてしまうと思っていたからだ。朝早めに覗いておいてよかった。これで天一坊の紛い物にならなくて済んだ。

何かSFか何かのように、街が急に動き出したような感じさえする。兎に角漸く正常化した感が強い。長い冬が明けた感じだが、今年は珍しい程肌寒い。光は強いが、陰った朝の森は冬並みの寒さだ。マスクに関しては二種類と、スカーフを使い分けたが、これからの予定ではサージカルタイプと色を揃えたい。眼鏡使用者にはやはり曇るのが評判が悪い。そして報道などを見ると、どうしても店内でマスクとなると売れないのは衣料品らしい。出かけるところも無ければ売れないのだろう。余程いいマスクを衣服につけてプレゼントするぐらいでないといけないか。

月曜の夜にはゲルハーハーのリーダーアーベントの中継があった。ドヴォルジャークは改めないと判断できないが、シューベルトはやはりよかった。フーバーとのピアノと改めて観たい。

先週はケルンからアーカイヴとしてクーベリック指揮のスタバ―トマーテルが流れた。これも詳しくはスークなどの曲と比較しながら聴きたいが、番組冒頭でヘレン・ドーナートのクーベリックへの賛のインタヴューがよかった。カラヤン、ベームや様々な人と比べてクーベリックだけは歌手を尊重して声を荒げることが一度も無かったという。奥さんが歌手で歌手心理がよく分かっていたからだというのも事実かも知れないが、結構芸術至上で小喧しい小父さんという印象があるが、そのような証言を聞くとまた印象が変わる。亡くなってからああいう風に言われるのは矢張り人徳だ。



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タブレット無しの日々 2020-02-07 | 生活
コロナ対策違反罰金表 2020-03-30 | 暦
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最高品質のメードインシナ

2020-04-30 | 生活
手配していたマスクが二種類届いた。スーパーでの買い物は時間が掛かるので頭に巻くやり方では外れそうで使い難い。アベノマスクでは顎が出ていて罰金対象になりそうだ。そこで無駄に顔に布をつけるよりもと思ってN95若しくはFFP2以上のものを所望した。これならばコロナウイルスが殆ど通らない。

そして受け取ったの一つはマンハイムで出荷されているFFP3で本格的な安全マスクである。しかしその立体的な裁断よりもヴェンティールがついていて、正確にはこれだけ大層なものでも他者を守らないとされる。要するに今回は全く使う意味が無い。いつか使えるだろうと思うの火事現場で逃げる準備をする時ぐらいか?

もう一つはKN95と称する中共基準のマスクだ。最初若干小さ過ぎるかなと思ったが、鼻を塞ぐだけなので充分に顎まで被る。密閉性は高く同時に必要なだけの通気性はある。使ってみないと分からないが、其の侭上から鼻が押さえられているよりも、息苦しくないと思う。どちらにしても30分以内の事である。

なによりもこれが優れているのは鼻筋で半折りになっているので持ち運びに閉じれる。上下も対象型の割に結構しっかり収まって隙間が出来にくい。余りにも簡素なのだが正真正銘メードインチャイナの高品質の様だ。調べてみるとこれはまだネットで発売されていることになっている。

ルツェルンからの夏の音楽祭中止の情報が入った。最初から敢行は難しいと思っていたが、九月も断念したのにはそれなりの事情があるだろうと思った。八月中も千人以下ならば開催できたので、あとは人数とその払い戻しなどが問題だったろう。大ホールの椅子の間隔を見ると一列づつ空けても隣通しが近すぎる。つまり二列に一列で三席に一人、1800人の六分の一即ち300人しか入場できない。更に大交響楽団が舞台に乗るためには小編成の曲を中心にプログラムを変更するしかなかったろう。それでも300人ならば赤字となる。中止は仕方がないだろう。

関心のあるベルリンでのオープニングツアーはメーデーのように少人数で演奏して数百人しか入れられないだろう。ザルツブルクはオペラが開かれないとなると訪れる人も少ないので難しかったが、九月に入ってからのルツェルンとロンドンはやり方次第であろう。何かをやるにしても晩秋としているのだが、何らかの方法は出来るようになる筈だ。少なくとも昨年までやっていたようなピアノを大ホールで演奏するのは問題が無い。

チューリッヒのトーンハレもシーズン終了宣言をした。同時に2021年春にこけら落とし予定だった改造中のトーンハレも工事が遅れて2021年9月に延期になった。そのお蔭でシーズン後半のプログラム変更に伴って新シーズン発表も遅れる。但しマークの会場を更に長く使えるようになって喜ばしいということだ。もう一度ぐらい行く機会があるだろうか。

N95でスーパーに行った。実質三十分ほど居たのだが、幾らかは鼻が敏感になったが、息苦しさは無かった。但し咳などは逆にし難かった。おばさんが同じマスクを使っていたように見えた。流石にパーソナルも皆マスクをしている。していなければ文句を知事に書いてやろうかと思った。たとえグラスで保護されていても食品に唾を掛けられては仕方がない。因みにその前に立ち寄ったガソリンスタンドはなぜかマスクが要らないことになっていた。どうも強盗の方を恐れていることになっているのだろう。

兎に角、現在市場に出ているマスクの中ではこのコロナ禍に対しては最も優れたマスクは正真正銘の中共産だろうということだ。やはりコロナウイルスを作ったのは習のお友達のマスク業者の為だろうか?



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吟味した暫定的なマスク 2020-04-24 | 生活
橋を架けた長い道程 2020-04-29 | 女
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吟味した暫定的なマスク

2020-04-24 | 生活
月曜日からのマスクが気になった。本格的なN95とFFP3は手配してある。スーパーにも使うかもしれないが、この先の事を考えるとお出かけ向きと日常向きの両方を準備しておきたい。そこに遊びは要らない。本気で被感染をも防ぎたい。しかし、パン屋に寄って、森に出かけて、肉屋に寄るにはそんなものは要らない。衣服も汚れていて、汗を掻いているときに一張羅を汚す訳にはいかぬ。色々と考えていたが、代用の絹のショールこそは無かったが、大きなチーフを見つけた。通常のバンダナの大きさでは顎の下に三角巾になってしまって咳も出来ない。しかし、50センチ四方であると三角にしても頂点を襟元に挟み込める。パン屋や肉屋の中での二三分間ほどで全く問題が無いだろう。絹であるからそう頻繁には洗わないが、そもそもマスク自体がそれ程衛生的に優れている訳ではない。形だけのものである。ショーツの上に長いパンツを履いているのと意味が変わらない。

そのパン屋に掘っ冠り無しに行くのもあと一回。先ずは違う売り子もマスクをしているのを確認したが、こちらが咳を抑えるのに苦労した。飛び出ようかと思ったぐらいだが、何とか苦労して買い終えたら、やはり久しぶりに不審な顔をされた。隣に婆さんが居たので注意も促された。婆さんの方が気が付いていないからだが、こちらも明らかに様子がおかしい。走ってみても花粉症なのだが、それでも結構辛かった。そのハッキリしない感がコロナで、とてもマスクぐらいで片付くものではない。

故フォン・ヴァイツゼッカー氏の文化に対する言葉が出ている:

文化は、余裕があれば出来たり、好きなように諦めたりする贅沢ではなく、私たちの内的な生き残りを保障する精神的な土台なのです。

ヴュルツブルクのモーツァルトフェストのホームページの第一面に載っている。勿論簡単にはフェスティヴァルを中止には出来ないというモットーである。引き続き注目したい。

先日再放送されたブルックナーの交響曲九番を何回か流した。ズビン・メーター指揮ヴィーナーフィルハーモニカーの演奏だ。色々とあってなかなか複雑なところもあるのだが、対位法的な反行なども綺麗に出ていて、この管弦楽団の演奏としてとてもいい。若い時から指揮しているようで熟知していることでは第八と変わらないようだが、初めてその解釈を聴いた。一楽章がとても難しいことになっていて、楽譜を前に聴き返してみないと判断は出来ない。とても聴きごたえがあってまさに内容がぎっしりと詰まっている。そしてとても重要なスケルツォの響きこそメータ氏の言うようにヴィーンのブルックナーの響きを実現させている。メータ氏の指揮で聴くと八番などよりも遥かに聴き甲斐のある作品であることがよく分かる。

まだ冬タイヤを履いている。電話を貰っていたが出れなかった。そこで外出禁止一部解禁と店舗の再開で電話した。すると電話は掛からずネットで予約できることが分かった。元々のシステムと変わらないのだろうが、こちらから直接見れるようになった。便利は便利だ。要するに今までそのような仕事をしていた人が不要になるという事に尽きる。これは今迄の雇用の一部が無くなり、パーソナルが異なるところに移ることを意味している。技術的には今まででも出来たことだが、この機を境にして明らかに社会が変わる。



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難しい実効再生産数減少 2020-04-23 | 生活
コロナ聖土曜日の並び方 2020-04-11 | 暦
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難しい実効再生産数減少

2020-04-23 | 生活
北京で感染が広がっているらしい。愈々第二波が訪れる。中共も韓国も苦しむのはこれからだ。

沢沿いを走っていて、爺さんとすれ違いざまに「元気そうだ」と声を掛けられたが、コロナの場合はそうではないのだ。強く深く呼吸していれば可成り排出する。実際には感染力があるかどうかは分からないが、爺さんなどは気を付けた方が良い。余程ネット等で情報を集めていないとそこまでは考えないのは当然かと思う。

日本の専門家会議の会見を聞いていると、自宅で待機する人の死が続くと早速言い逃れをしていた。裁判沙汰になるかもしれない。そもそも四日間の高熱は肺炎の症状から出てきているのだろうが、二日で死んでしまう中でよくもそんな基準を作れたものだと思う。

そして今まで2mとしていた距離を半分にして、記者会見で長机に何人も座っていた。あの専門家なら絶対八割減などは出来ない。まさに彼らこそ本格的なマスクかも知れないがロベルトコッホ研究所が言うような誤った安心感に陥っている人たちだ。今までの個人的経験からして、あの距離感でやっていたら実行再生産数は限りなく2に近いと思う。彼らが指導している限り絶対日本は感染が減少しないだろう。

そして感染状況も充分な数が無いところで、死者数や重症者の数から帰納的に数字を出していくという。それどころか終息へと逆へと其の侭進めていくというから、流石天晴れの専門家である。実効再生産数と呼ばれるどれだけ更に感染させていくかの数で1であれば減少しないが、1を割れば減少する。

ドイツにおいて一度は0.7へと下がったが、再び0.9へと上がった。バーデンヴュルテムベルクでは0.6へと下がった。州によっても時差があるからだろう。この数字のあり方は間違いなくそのソーシァルディスタンスィングに依存する。

水曜日13時にマスク派のラインラントプファルツ州のトライヤー知事が記者会見した ― 彼女の真意は義務化では無かった。そして全連邦的に来週の月曜日までには近隣公共交通機関と買い物にはマスクを義務付けと出来て良かったと語った。勿論街を歩く時にもという事では無くて最大公約数的なものでの統一となった ― ベルリンは買い物には自由と緑の党が頑張ったようが、効果はどうだろうか。我々マスクなどしたことが無い者からすれば要らぬことをしてくれたと思う反面、「バスなどでどうしても距離が取れない時の手段」としていて飽く迄も距離だがと再三に亘って繰り返した。

しかしこの発言は注目に値する。そうである、時間の制限つまり近郊交通機関の程度三十分ぐらいならば、音楽会も開けるということになる。彼女の説明も今後の自由化のための手段であると力説していたので、解決方法として重視したい。そして流石に法律家であり、各州ともまだ具体化していないが罰金を法制化するとしていた。そして、学校でのマスク義務は学則で扱って法制化しないという事だった。この辺りの歯切れの良さは気持ちが良い。そしてどこでも買えるように留意するが、手作りの仕方も紹介してあり、応急的にショールでも何でもよいとした。

週末の会合で先の旅行の自由化などへの見通しが話されるであろう。その一方免疫額の専門家は学校の再開に警告を発している。どの辺りで妥協して行くかの政治的な判断もあり、出来るだけ後戻りし無いような方法が望まれる。先ずは暑い夏を涼しく過ごせるような進展が望まれる。噴水などの活用、また公衆のプールの再開なども検討されている。

スーパーに夜掛けした。マスクなしでの買い物だ。入り口を再び左右に別けたままになっていた。但しパーソ-ナルはマスクをしていなかった。手袋はゴムのもう少し違うものがあった。汗を掻くが使いやすい。そして三か月ぶりにトイレットペーパーを購入した。それも安い商品だ。先週は高価なものしかなかったが、やっと流通するようになった。



参照:
方舟の縁に右手で掴まる 2020-03-09 | 雑感
内心びくびくの今日この頃 2020-01-30 | 生活
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幻の「フィデリオ」中継録音

2020-04-19 | 生活
週末の咳き込みは不安にもなった。まさか悪化はしないとは思ったが、こじれると救急車搬送だと考えた。二月以上もコロナとはお付き合いさせて頂いているが、未だに知らない面をみせるかと思うと、また味覚異常があった。異常と言っても完全に壊れるというよりも痺れたりするもので、このコロナ感染による症状に共通する軽微なものだ。本当にこ奴が高度な知性で世界制覇を考えているとすれば実に正しい攻め方をしている。地球外生物だとしたら地球制覇に塞がるものはもうないだろう。相手の正体が今一つ分からない間に侵略が進んでいる。昔のサイエンスフィクション映画のようにインヴェーダーが表切って攻めて来ても実はそれほどの価値が無いのだ。潜り込むことで思いの儘に人間を動かすのは容易で、他の生物も上手に支配できるであろう。そして人間の労働力を思うままに使える。

兎に角花粉症か何かも紛らわしく、目が乾くのも花粉症なのだが、実はコロナも同じように湿疹などに現れるので良く分からない。耐性が落ちていると本当にどんな症状でも出て来そうである。

週明けから少しづつ社会が変わって行く。それに合わせて、こちらもちょこちょこと準備をしていかなければいけない。旅行が自由になるのにはまだ時間が掛かるかもしれないが、車中のラディオは接触を避けるような宿泊所などは可能だろうと話していた。昨年スイスで泊まったところも本当はセルフチェックインが出来るところだったが、面倒だったのでゲストハウスにしている会社の事務所で世話になった。あそこなら誰とも接触せずにチェックインとアウトが可能だった。

六月のワイン祭りは当然中止であり、第一週の方はヴュルツブルクのモーツァルトフェストだからすべて旅行は取り止めになるだろう。第二週の方で開催可能なのはエベーヌとベルチャ四重奏団の合同べートンヴェンマラソン演奏会ぐらいである。どれぐらい売れているかは分からないが、今でもお任せで発注すると最前列とかが宛がわれるので、まだまだ席が残っているのだろう。万が一これだけが開催されるとなると態々出かけるのも大変になるが、まあ、もう少し様子を見てみよう。

新聞の放送欄を見るとペトレンコ指揮の「フィデリオ」全曲が117分と出ていた。一体何かと思って調べると本来放送予定の枠だった。つまり13日月曜日の中継録音を放送する予定だった様だ。生放送はARTEとDCHが流している筈だった。一瞬、まさか録音だけしていかたとも考えたが、まだそこまでの準備も出来ておらず、ニューヨークのポレンザーニの名があるので、それはないと思った。次にミュンヘンでも録音していた筈がないのにとも思った。

今こうしてその予定だったものを見ると、本当に中止になったのだど改めて現実を思い、三月半ばからここまでは緊張の間真っ只中にいたのを改めて感じた。この間多くの家庭内暴力が発生して、社会心理的にも問題が出てくるという指摘があったが、やはり非常事態はそれほど長続きはしない。

まだまだ先が見えないが、先ずは音楽関係の催し物は月曜日に多くの情報が発せられると認識している。それを待ってコメントするしかないと思っている。



参照:
演奏会の今後の解決課題 2020-04-18 | 音
日常の生活への架け橋 2020-03-15 | 文化一般
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投げ入れるワイン瓶

2020-04-17 | 生活
二日続けて走った。復活祭と歯医者が挟まったので少しでも取り返す。何となく街の雰囲気が変わった気がする。月曜日からの開放への第一歩の報を受けてほっとした感じである。あまりにも緊迫感が続いていたからだ。それでもルールが守られていれば問題が無い。

今年から空き瓶の回収が無くなったので走りに行く山道に入る前のコンテナを初めて使った。以前のコンテナよりも色分けが三種類になっていて若干素早くやる必要がある。気が付いたのはワインなどが下に溜まって腐った匂いでそれほど良くない。こうした時にはあまり衛生的ではないと思うので、次からは手袋をしてやろう。偶々バスの回転場所なので上手くバスが来ない時刻に手早くやらないとまた面倒だ。

その前のパン屋は誰も居なくて気持ちよかったが、奥でまた私と同じ咳をしていた。パン屋のおかみさんだ。彼女は私の二度目と時期を同じくしていて、そして今度も同じ咳。どちらからうつしているのか分からないが、職人のお姉さんは咳をしていない。最初の熱の時にはこちらを調子がおかしいと覗き込んでいた売り子が一人休んでいた。しかし彼女は実は近所の肉屋横でも見かけたので近所に住んでいる。どこでうつったかは分からない。

ラインラントプファルツ州の老人ホーム等への規制が厳しくなる。ホームの中に隔離室を作って、病院からの出入りに備えるというものだ。要するに老人ホームよりも病院の方が汚染されているということになる。恐らくそれは正しく、ドイツにおける院内感染ももう抑えられなくなっているということだろう。

ザルツブルク音楽祭は、五月末に発表されるように何かをやるらしいが、記念行事的なものでオペラを主とした大規模なものは無理とされる。国境が開いて旅行の自由となればドイツからのお客さんを迎えるのだが、その規模からすれば先ずは国内の聴衆だけとなるようだ。海外からの聴衆はワクチンが出来てからとしているのでそれならば来年もどうなるか分からないだろう。

シューベルティアーデなどは七月中旬から始めてそれ以前のプログラムは九月に回すとしている。つまりブレゲンツ音楽祭が開催の方向で動いている事に準じている。勿論ドイツとスイスからの聴衆が重要だが、その開催方針とザルツブルクの話が合わない。国外からの聴衆を除くと充分な客席間の間隔は取れるだろうが、経済的に合わない筈だ。

バイエルンに目を向けるとヴュルツブルクのモーツァルトフェストも来週月曜日に結論を出すとしている。こちらは会場からすると距離を取るのは難しいのではないかと思われる。音響は変わってもレジデンスのもっと大きなスペースはないのだろうか?

兎に角、ベルリンもこの週末が全てで、そこまでの当局との交渉でほぼ決まるだろう。そこで目算が立たなければ、来シーズンも定まらないまま進んでしまうことになる。今一番注目されているのは来週二十日からの一週間ほどの感染の具合である。

復活祭にゴッテスフース2014年を開けた。まだ瓶熟成は充分ではないと思ったが、エティケットをナメクジにやられていて悔しく、2014年というとても無難な年度なので開けた。やはりその当時のフォムフォルクセム醸造所の造りは糖が残り過ぎている昔風のザールリースリングだった。だからもう一つミネラルの出方がハッキリしない。それでもバランスはとても良く、酸も欠けない。二日以降になってようやくこれまたバランスの取れた幅の広いミネラルを愉しめた。2015年はオイリーでナッツ風味のコクがあると思うので甘みは感じないだろう。まだ本格的なグローセスゲヴェックスではないのだが素性はとても良い。

ワイン業界は、飲食業での需要が無いために売り上げが落ちているようだが、その分自宅飲みが増えていて郵送が伸びているらしい。この面倒な時にの配達は控えていたが、来週あたりからお試しパックなどを発注しようかと思っている。

その為の軍資金にキャンセルになった券の払い戻しを申請をさっさと進めた。先ずは四枚で230ユーロ戻ってくる筈だ。またミュンヘンのシーズンとオパーフェストのキャンセルが決まったので三百数ユーロも戻る筈だ。お試しパックを四件で取り寄せてもそれで何とかなる。週末にでも纏めよう。



参照:
行ったり来たりの話し 2020-04-12 | マスメディア批評
復活祭のヤマへと差掛る 2020-04-03 | 歴史・時事
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ここが辛抱どころ

2020-04-04 | 生活
木曜日時点では大分増加が鈍っている。この調子で行けば州平均で十万人に百人の陽性、つまり来週は千人一人程度で収まるかも知れない。地元が150で上位二番目だが、モーゼルの方も直に落ち着いて来るだろう。

さて週末からの復活祭休みは。バーデンヴュルテムベルクではアウトバーンでパトロールを強化して、基準に反しているものを探すらしい。つまり家族連れで動いているものがターゲットになるが、子供を連れて両親の所に行くなど以ての外だろう。その他では家族以外が同乗していてはいけない。また友人家族と分乗して休憩所で屯していたら罰金に違いない。徹底的にやるようだ。

更に観光地などに立ち入るのは禁止だが、同様に森の中でも人気ハイキング道などは混むので週末には行かないように要請している。個人的にはそこが気になる。現在まで平日のいつもの経路には見慣れぬ顔は少ないが、週末は多いのかもしれない。こちらは週末はパン屋と肉屋の関係で朝起きしてしか行かなくなったので、誰もいない。そしてそれを続けるしかないであろう。

ケルンからの放送を聴いた。特別番組で、カルロス・クライバーがWDRの楽団を振った録音だ。そもそもケルンで振っていたのを知らなかった。話しによると一度だけ父親エーリッヒとそこの音楽部長コッホとの個人的な関係で客演となったようだ。1972年5月27日の放送センタ-ホールでの演奏会だったようだ。ハイドンなども中々いい感じで振っていて、また二曲目の「ヴォツェック」からの断章は父親の初演作品というだけでなくケルンでも振ったことがあるらしい。そしてカルロスが集中して振った作品というのは全て父親の総譜が残っているか録音が残っているものに限られるという話しだ。可成りのファザーコムプレックスだったことが分かる。実際に父親は間違いなく大指揮者だった。

ベートーヴェンの七番も中々魅力的だと思って、生で聴いたミュンヘンの座付よりもいいのではないかと思っていたらやはり汚い音楽になって来た。そして日本公演で聴いたその時の印象を思い出した。録音では綺麗に整えられているヴィーナーフィルハーモニカーの録音なのであの生演奏の感じは中々思い出さなかった。世界中で人気はあったが、総合的には矢張り父親の方が偉大な所以である。



参照:
復活祭のヤマへと差掛る 2020-04-03 | 歴史・時事
更にKAIZENの毎日 2020-04-02 | 雑感
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屹度忘れられない春

2020-04-01 | 生活
花が咲いていた。今年初めて愛でる花だ。いつもはアーモンドの花盛りで気が付かないが、山桜だろうか。この春は忘れられない年となるに違いない。

パン屋では相変わらずマスクもせずにぺちゃくちゃ喋っていた。教育もなっていない、客も程度が低い。パン屋の女将も今何が大切かが分かっていないのだろう。入り口も閉まっていた。こちらは外で待たなくて済んだので構わないのだが、感染の要になるだろう。

森では今一つ調子が悪く最後に子供の自転車とその親父に抜かれてしまった。寒さで風邪気味になっている。元の感じに油断すると戻りそうになるのがこのコロナの特徴の様で、エイズのようだと言われる所以だ。つまり抗体が出来難いのか再び感染した様になってしまう。

細かなことを言えば色々とあるのだが、今やることは一つしかない。車中のラディオはこの禁止期間の効果についてのコッホ研究所の見解について報じていた。それは慎重ながらも楽観的な結果だったということで、復活祭明けまでこのまま経過を見るという事だった。つまり市民が真剣に対応していることが表れているという評価だった。

また今までは軽症でもテストをして陽性が出ていたので死亡率が低く出ているが今後は老人ホームなどに感染して行くので死亡率は高くなるとの見通しを示した。また今後はテスト回数を増やすことでの潜在的な感染数を把握したいということだったが抗体テストでは十分な精度が得られないという話しだった。同時に質問を受けて、韓国のようなトレースはドイツでは無理で、彼の国でそれが功を奏したならそうですかという話しだった。

これらを総合して浮かび上がるのは、フランスの外出禁止令も出さずに市民がコンセプトを理解することで感染率が下がっって来たということになる。実際ラインラントプファルツでも前日比で5.5%、5.7%と一週間前の15.2%から大きな変化となっている。この先数日の様子で効果がハッキリ見えるということだ。少なくとも地元の印象からすると明らかに集団抗体が出来上っていて頭打ちになってきた感もある。その証拠に十万人中128人はバーデンバーデンの152人に追い抜かれてしまった。

要するに連邦共和国内では時間差が可成りあるが、もしこれで医療崩壊を招くことなく、コントロールされた中で、国全体で早めに抜けきって仕舞えるとコロナ後のドイツ社会には大きな夢と希望が溢れることになるだろう。明らかに一ランク上の社会が形成されていくと想像できる。もう一息だ、光が見えてくるには。

バイロイトの音楽祭は予定通り真っ先に中止になった。衛生上の問題があり、音楽監督もコロナ感染が危ういとすると当然の判断だったろう。ザルツブルクの方は休み明けに云々と話していたが、結局五月末のデットラインまで繋いでいく様だ。延期の話しも出ているようだが、オペラが主体の音楽祭は日程調整が全く容易ではない。

ルクセムブルクからも5月10日までの中止のお知らせが入っていた。こちらはニューヨークフィルがシーズンを終えていたので分かっていたが、ヴィーナーフィルハーモニカーを入れて三日分の返金をして貰うことになる。残念至極である。



参照:
大戦以来のドイツの危機 2020-03-19 | 歴史・時事
コロナ対策違反罰金表 2020-03-30 | 暦
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感染拡大を止める手袋

2020-03-21 | 生活
月曜日に買えなかったものを物色。先ず入り口の入場規制は無かった。だから結構人々は近寄る。ざっと見て行った。果物や野菜類の品揃えは変わらずバナナも普段通りだ。その他気が付いたものは無く、スペイン産など全く変わりなく入荷している。価格も通常通り安売りにもなっている。

魚なども入荷状況は悪くなかった。お目当ての安物米は入荷していた。更にレンズ豆も買っておいた。キドニーは忘れたので来週物色しておこう。麺類はもう一つ欲しいものなかった。所謂ハムスターカウフにはなっていない。今回口中の消毒液をもう一瓶購入した。

但し、石鹸は殆ど売り切れていただけだが、トイレットペーパー、キッチンペーパー、鼻噛みの棚は完全に無かった。ビールも購入、レジが空いているのを見て並ぶ。足元には二メートル一メートルほどの黄色い枠が書いてあった。これは中々いい。レジはマスクはしていないが、手袋はしている。見ると前に並んでいるおばさんも同じ手袋をしていた。

手袋で感染の拡大を止めるのは売り子とかそういったことをする時ではないか。マスクに関してはお客さんどころか売り子でも見たことが無い。本当にマスクに感染を抑える効果があるかどうかは日本で感染の拡大状況から証明されることになるだろう。

車中の放送はYouTubeが需要の増大から流すヴィデオの質を落とす予定だとのニュースがあった。ネット放送とかに期待していた向きにはそれも徐々に絞られていくという事である。つまり到底ライヴのそれに代わるようなものには成り得ないという事を示している。

また、フライブルクでは既に公共空間への立ち入りを禁じていて、準外出禁止となっている。土曜日にはメルケル首相が外出禁止のあり方について決定するというが、実際に自粛が守られていないということで仕方がないという見方と同時に、一律の外出禁止などはすべきでないという地方自治団体辺りからの声も強い。そもそも初期において地方自治毎の外出禁止に踏み切っていれば、大事なことにならなかったのではないか。隔離する人数や地域を限定すれば全面的なサポートが可能だが全土になると何もできない。

地元は54人になった。即ち十万人当たりに42.2人の感染率だ。もう少し増えると死者が出るかもしれない。因みに州で二人目が亡くなったところの感染率は49人で迫っている。11人の死者を出しているバーデンヴュルテムベルクでの最高感染率の地域で137人なので可成り悪い。

我が市にも老人ホームがある。我が市も最初の三人が見つかった時にもう一つ強い対処をしておけば広がりを抑えられたのではないか。隣町などは陽性の子供が通っていたバレー学校も其の侭営業されていた。そのような事では伝染病は抑えられないのは当然だ。

2017年産の「ゲリュンペル」を開けた。まさに「ごみ箱」の通りの土壌であるが、まだ二年経っていないので酸も適当に立っていてよかった。マグナム瓶のオファーも受けたが、長く寝かしてという感じでもない。適当な果実風味とのバランスもよい。複雑過ぎない飲み飽きしない酸である。

ルツェルンの音楽祭からの知らせでは、コロナ騒動での万が一の場合の入場券の引き取りに言及してある。こうして先に言及されるとそれはそれでなんとも遣る瀬無いものがある。



参照:
肺癌のようなコロナ空咳 2020-03-20 | アウトドーア・環境
まさにコロナ陽性症状 2020-03-18 | 生活
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まさにコロナ陽性症状

2020-03-18 | 生活
週明けから体調が良くなった。二か月半ぶりだ。そして気温が上がり街でも空咳が増えた。咳が急に出て開放性になった。これがコロナウイルスならば間違いなく爆発的に感染する。バーデンヴュルテムベルクでも養護ホームで17人の感染。どんどんと問題のあるグループへと感染が広がっている。亡くなる人が増えると思う。

地元でも感染者18人だ。それでも十万人に14.3人ペースなので国内水準の中程度である。我が市に限れば上位になる筈だが。そしてパン屋でも入り口を開けたままメートルほどの距離を取って並ぶようになった。やっと徹底してきたようだが、おかみも空咳をしていた。そして肉屋に寄るとメートルの間隔を空けて入り口から列が食み出していた。並ぶつもりはないので店仕舞い前に立ち寄る。情報番組などで告知が徹底したのだろう。

しかしそういう時は近所ではもう終わったと思う。同じ空咳を皆がし出した。シュトッガルトからの会見生中継でも記者席からもクレッツィマン知事からも同じ咳を聞いた。思いの外早く感染が広がっている。しかし死者数は抑えられている。

車中の放送は、日常生活の制限は正しい方法でここ二週間ほどで成果が出るだろうとしていた。またフランスへと国境を超えることを禁止すべきだと同じ専門家の主張を紹介していた。二週間で成果が出るならば、同じような事をシュトッツガルトでも語っていたので、心配は要らない。コッホ研究所は、ドイツ全土を危険度ハイにして、最高のヴェリーハイのハンスベルクへの手前となっている。つまりこのままならば成果と言ってもコッホ研究所が言うような医療の能力の倍の百万人の患者数を抑えられるという事か?つまり感染上昇率を下げるかどうか?

勿論狭いところでこれだけ同じ空咳をしているのだから流行り病には違いない。そこでSWRのページを見ると症状について詳しく載っていた。

先ず、空咳と熱、前者は十日ほど前から、後者に二月の始め、三つ目にのどの痛み、息苦しさ、頭痛、関節痛、疲労感が並ぶ、最初のは今現在、息苦しさは十日前に二日間、その他はこの二カ月続いていた。間違いなく感染したのだが、場合によっては陽性のまま二月も抗体が出来るのに時間が掛かったのだろうか。そして紛らわしいインフルエンザと風邪の特徴を洟啜りや下痢とクシャミとして峻別している。前者の特徴も後者のそれも全くこの二カ月に無かった。

兎に角今開放性になって気分が良くなった。感染力も強くなっているのだろうか?しかし近所の多くの人がそうだ。外出禁止になれば確かに更なる感染は防げる。そして感染の速度が落ち着いてきたところで今度は危険グループの隔離と保護を最重要点に考えればいいのだろうか?

車中のSWRに今回のコロナ騒動での対応をした二人のインタヴューが流れていた。一人はフライブルクのバロック管弦楽団のマネージャーで、年間売り上げが六億円ほどで、シーズンを終えたが本来ならば稼げた七月までの八千万円ぐらいが消えたとあった。そしてネットでの放送で到底その売り上げが上がる訳ではなく、そもそも場合によっては五十人を超える楽団規模での集会は禁止されているのでネットでの中継は考えないとしていた。当然の判断であろう。

もう一人はバーデンバーデンのスタムパ支配人で、電話でのインタヴューは聞き辛かった。内容は表面的な質問で我々が聞きたいことはついていなかった。よく分かっている人でないとインタヴューも儘ならない。復活祭を順延したらどうかという質問には、日程が詰まっているので出来ないと語っていたが、どの時点でこの真っ暗なトンネルを抜けるかでガラガラポンが出る可能性は有り得る。

その意味からはミュンヘンからの放送は、当初の管弦楽演奏会からリーダーと四重奏曲とピアノソロ、コムボと上手に内容を作っていた。この場と出し物に関してはいつも指揮者のロート氏が語っていることでこの間に何か気の利いたプロジェクトを準備してくれると期待している。



参照:
日常の生活への架け橋 2020-03-15 | 文化一般
胸に痞えが残る日々 2020-03-11 | 歴史・時事
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鏡を覗くとそこにゾンビ

2020-03-13 | 生活
森に出かける前にパン屋に立ち寄った。丁度人がいなかったのでおかみさんに「コロナ、数が出ているね、そこでもあそこでも」とその街の名前を出していうと「気をつけないといけない」と答えた。「実際はかなり感染していると思うよ、症状が無くて感じていないだけで」、「お年寄りや弱者だけが問題なので」とだけ言っておいた。

多くの人はそんなに語っていない。疑心暗鬼だからだ。情報を中止していると最早通常の感染数では無い事が肌身で感じられる。皆気が付かづにゾンビになっているかのようだ。そして私自身もそうだが、おかみさんも振り返ると真っ白い顔をしているかもしれない。完全にホラーの世界である。そして、一寸おかしいなと思っても、誰も語らない。隔離されたりしたら、お店も強制的に二週間休みだからだ。何となくその感じを皆が持っている。サイレント感染者で、ゾンビは街中に蔓延っている。

そして子供たちは級友にうつしていく。級友は家庭に持ち帰る。そのような連鎖からハレの免疫の教授は独第二放送でメルケル首相にも呼びかけた。教育は州の裁量なので各州の知事は来週からの学校閉鎖を準備した。冬休みの終わる前に閉鎖しておけば更に効果があっただろうが、今からでも直ぐに閉鎖することで雪崩的感染が止められると警告を発した。

近所で発生して六人の感染者が確認されたことからその背後の舞台がよく見えた。八割方の感染者には自覚症状が無い。通常のインフルエンザよりも軽いかもしれない。だからである、軽く症状が出ても知らない顔で過ごす。しかしその間に誰かにうつしている可能性は少なくない。マスクなどしてもしなくてもドアの手すりや至る所で感染する様だ。子供の感染は防ぎようがない。金の受け渡しだけでも危ない。感染は止められない。自らが感染源になっている事すら気が付かない人が沢山いるのだろう。感染者が運ばれるような病院の医者でさえ感染しているのだから、感染を引き留めることなどできないようだ。

国境を締める指示が出た。全面的に閉じる訳ではないが、フランス・スイスのより汚染の厳しい地域への国境のコントロール強化を指示した。今までは30㎞内の警備であったが、流れを滞らせる。反対にチェコはドイツへの列車を国境までで折り返し運転するようになった。既にラインラントプファルツ州は、フランスの危険地域への通勤を止めるように要請して、フランス側で働いていた教師などは二週間の自宅待機を命じていた。そこからの従業員も自宅待機させるように要請した。

感染したかもしれないカールスルーヘの美術館での特別展示「ハンス・バルテュンク・グリーン」展での写真から一枚と言えば、騎士の連れられ行く娘のドレスの裾を曳く舎利頭だろうか。娘の顔は見えないが肉付きのよい尻などが印象的で、その若さはよく分かる。

ベルリンからの「カルメン」を流していたが、管弦楽は典型的な座付管弦楽の様で全く冴えなかった。耳を引いたのは、休憩時間に録音の流れていたカルクという歌手で、メーデーに行く予定になっているオイロ―パコンツェルトでのイスラエル公演への抱負を語っていたところだ。そのイスラエルはもはやコロナ感染国からの入国を許可しない。その時までにベルリナーフィルハーモニカーが健康証明を出して入国できる可能性は少ないと思う。その後の本番のマーラーフェストが中止になる可能性が強く、とても厳しい状況である。歌は充分に聴けていないが、少なくとも話し声を聞けただけでも良しとしよう。



参照:
出口の見えない洞穴 2020-03-12 | 雑感
胸に痞えが残る日々 2020-03-11 | 歴史・時事
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鏡の前に裸で立つ

2020-03-03 | 生活
歯医者の予定がある。繰り上げで一っ走りしておいた。天気が良ければなんだかんだ気持ちが良い。目が覚める。最後の一発勝負で美術館で開催中の特別展に行きたい。

先ずは歯の治療がうまく進むか?仮と本ブリッジへの移行が上手く進むのか。先ずは慣れもある筈だが、思っていたほど抜いたところが不自由ではない。しかし噛む能力が半分以下の落ちていて具合が悪い。要するに噛み合わせとかが重要になるところでそれ以外の違和感は少ない場所なのだろう。流石に抜歯して穴の開いたところは盛り上がって来ている。どのように上手く嵌め込むのだろうか?

歯科の費用見積もりを再度作らせた。理由は材料費や調整料などが逐一書かれていなかったからだ。日本のサイトなどを見るとセラミックは特別高価なことになっている。それで再度出させて、詳しく見ると型取りとかモデル作りとか仮ブリッジだとか専門学校に行かないと分からないほどの無いようになった。ある程度分かったのが、一体どれがブリッジの価格か分からないので電話した。

結局本体価格は最高の材質とかというのだがそれほど高くないのである。これならば眼鏡の方が高価である。あれもメガネ屋というよりもレンズを一つ一つ切るのが高価なのだ。そして眼鏡枠も可成り高価である。

2015年産リースリングを開けた。先日のプフェルツァ―が思い掛けなくよかったからで、ザールのリースリングである。このファンフォルクセムの2015年のグランクリュはオイリーでアーモンド香味で素晴らしいことは知っているのだが、下位の「アルテレーベン」がどうかと思った。意外に新鮮のみでそれほど濃くはなく甘みが残っていたが決して悪い熟成へと進んではいなかった。これはまだまだグランクリュは寝かせなければと思った次第である。

新しいスポーツ下着一丁で鏡に向かうと身体つきが変わっている。前日に脇腹が出ていてショックを受けたが、どうももみほぐせる状況になってきていて、実際は脂肪が落ちてきているのかもしれない。恐らくジョギング以外の運動をしなくなって落ち方が変わってきたのだろう。要するに今までに無い程筋肉質に近づいてきているようだ。必要な筋肉を再びつけて行かなければいけないのだが、先ずは脂肪を分離しておくと無駄が無いような気がする。

日曜日には一月に演奏されたフィラデルフィアでのラフマニノフの交響曲三番をメインにした中継録音が流れた。先日あれだけ研ぎ澄まされた交響的舞曲を聴いた耳にはネゼセガン指揮の演奏はとてももどかしい。既に一番から取り上げていて、恐らく録音が全集として発売されるのだろうが、読み足りていないところが沢山あるように思う。明白に読み取れていないとどれだけ念入りに演奏してもフィラデルフィアの管弦楽団の演奏もとても美しいのだが芯をつかない。ベルリンのダイシンとここのキムとの力の差もある。しかし一番違うのは矢張りネゼセガンのゲイ的な音楽だろうか。ラフマニノフってゲイ?



参照:
祝祭劇場からの電話 2020-02-26 | ワイン
あまりにも壊れ易い世界 2020-02-23 | 音
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ケルンへ避難の準備

2020-02-21 | 生活
六月のワインフェスト中の避難のためのティケットを購入した。一週末はケルンへ避難するが、そこで訪ねるのは先ずは初めてのフィルハーモニーである。今回のベルリナーフィルハーモニカーの演奏会もツアー三日目に組み込まれていて、出かけるのを検討していた。しかしハムブルクから帰宅して、翌日は厳しく、更に翌日がフランクフルトなので断念した。エルフィーとケルンのフィルハーモニーを天秤に掛ければエルフィーの方に興味があったからだ。そしてそれほどではないがフランクフルトのアルテオパーよりは大分高価になる。同じ価格ではまともな席は買えなかったのも断念の理由だ。

先ずは、そのフィルハーモニーで地元の放送管弦楽団が演奏するブゾーニの長大なピアノ協奏曲が演奏される。恐らく今年のコンサートの一つの大きな話題だと思う。指揮はペトレンコの代わりにコンセルトヘボーを指揮した常任指揮者のマセラウで、その為一度は券を捨てたことのある指揮者だ。しかし世界的にシカゴなどいいところで振っていて、ベルリンにも出てくる人材なのだろう。ピアノはイゴール・ヨベットで前半のベートーヴェンの幻想曲も演奏するので楽しみである。結局価格が予定よりも上がっていてその週末にも購入したようなカメラ席に近いところにした。

左右の下手の方はいつものように鍵盤を見たい聴衆が買い占めていたので反対側の比較的低い位置にした。合唱団の前方にも座りたく、ピアノに蓋を付けてもなんとかなる位置だと思う。私が購入した後に回りが売れて行った。大体事情通の選び方は同じだと思う。

要するに無暗に高価な席を所望する聴衆は藤四郎が多く、そのような席に座って回りが喧しい、臭いだ何だかんだという中途半端な聴衆が一番馬鹿なのだ。そのような文句を言うぐらいなら天井桟敷を選ぶべきなのである。そして空いている高価な席に移動すべきなのである。

ハムブルクからの帰路、ビスピンゲンのスキーホール拡大工事中の写真を撮った。行きに気が付いていたので車中から上手く撮れた。昨年は気が付かなかったので拡張工事中だから見えたのだろう。北欧の人にとってはアルパインスキーの練習をするには喜ばれるに違いない。

さて木曜日のアルテオパーでの公演はどうなるか?とても楽しみにしている。その前にざっと新聞評などを見てみたが、評者が楽譜に眼を通しているかいないかは見えてくる。今回のプログラムでしっかり取り寄せなければいけないのはツィムマーマン作「アラゴアーナ」であるが、やはり十分にお勉強できていない感が強い。まあ、私の様にショットのネットからサムプルを内職するのも時間が掛かるので大変だ。

興味深い記述は、ベルリンの何日目かは分からないが、ラフマニノフの銅鑼が鳴った後に会場がざわついたのが残念だったというものだ。まさにエルフィーでも同じことがあったのだ。アルテオパーでもそのようになるのか?「悲愴」の三楽章の後の拍手とかと同じように効果があるのか?勿論その前のコーダの音楽の進め方が影響している。

もう一つは「アラゴアーナ」の三楽章「サウダージ」の後の空間認識に関してで、これは放送ではよく分からなかったことだ。ベルリンのフィルハーモニーでもある程度の効果があったとみられる。さて、アルテオパーの音響は如何に?



参照:
伴う技術的な興味も 2019-05-09 | 雑感
こんなことあるのか! 2020-02-20 | 音


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