Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2011年5月

2011-05-31 | Weblog-Index


消し去ることの出来ない無理 2011-05-30 | 雑感 TB0,COM0
ここでも効率から質への転換 2011-05-29 | 試飲百景 TB0,COM0
Ehec付有機野菜の付加価値 2011-05-28 | 歴史・時事 TB0,COM0
眠気眼で英断の政治猿芝居 2011-05-26 | 文化一般 TB0,COM0
創造者を持たない日本人 2011-05-25 | 文化一般 TB0,COM0
中継のネット配信の面白さ 2011-05-23 | マスメディア批評 TB0,COM0
克服が容易でないものも 2011-05-22 | 生活 TB0,COM0
原子力明るい日本の行政組織 2011-05-21 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
歴史に残る宰相 菅直人 2011-05-20 | 雑感 TB0,COM0
奇岩の上を散策する 2011-05-19 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
汲みつくせない放射能 2011-05-18 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
あげているのはおてて 2011-05-17 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
予想してガスを注入する前に 2011-05-16 | 生活 TB0,COM0
適当に行程表などを作成して 2011-05-15 | マスメディア批評 TB0,COM0
「生活」などある訳がない 2011-05-14 | 生活 TB0,COM0
テントの中から月見も出来る 2011-05-13 | アウトドーア・環境 TB0,COM0
水棺で安らぐことのない苦しみ 2011-05-12 | 雑感 TB0,COM0
急上昇の温度に伴う危うさ 2011-05-10 | 雑感 TB0,COM0
ハードの問題、ソフトの問題 2011-05-09 | 雑感 TB0,COM0
冷却装置のように機能しない 2011-05-08 | アウトドーア・環境 TB0,COM4
下卑た振る舞いの日本人 2011-05-05 | 雑感 TB0,COM2
越えてはいけない収束への道 2011-05-03 | 雑感 TB0,COM0
何もかも水に流す文化的特性 2011-05-02 | マスメディア批評 TB0,COM0
重要な歴史的証言となる事件 2011-05-01 | 雑感 TB0,COM0
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消し去ることの出来ない無理

2011-05-30 | 雑感
週末の試飲会でパッサウなどバイエルンから来た二夫婦と話していた。二年ほど前に日本旅行をしたことがあるということで、日光や京都、広島に新幹線の話をした。もちろん福島関連はいつものとおりである。ARDのシェーラー氏の話をしたのだが、バイエルンの土壌とCSUの緑の運動などとの関連は中にいるのでもうひとつ客観的な視野は得られていないようだった。それでも日本における緑の運動への動きへの期待感は強いのだが、さてどうだろうという話となった。

日本人の凄さは、広島長崎でモルモットとなり、先の東海村の臨界事件ではモルモットを排出して、そして福島の特に子供たちを世界の人体実験の道具にしようとするその非人道的な判断だろう。なぜそうしたシナ人顔負けの蛮行が可能なのか?人道教育や啓蒙の欠如なのだろうか?

安定化への作業工程を盾にして ― その工程も東電幹部によって当然ながら「無理との見解」がドイツでも報道されたが ― 政府行政は時間稼ぎをしているのは分かるのだが、未だに原発全廃への期日どころかその意志すら示されていない。それとも二酸化炭素排出現象を軸とするための改正された計画を
示すかといえばそれも示されていない。そのような状況下で再生可能エネルギーへの寄与をG8で謳っても誰にも相手にされなかったのは当然の帰着であったのだ。

そしてそれ以上に福島の子供たちへの具体的な援助すら発表されていない。事件直後の枝野や菅の寝ぼけたような政府発表を見ていれば期待するほうが間違っているのだろう。しかし、これからの福島原発の不安定状態とは無関係に、児童や青少年の地域的な疾病率は行政や経済のみならず政治的な課題となって立ちはだかることは明らかであって、出来る限りそれを軽微にするためにあらゆる施策が必要となる。未だに子供手当て等のばら撒き行政を廃止して全てを福島周辺へと投入することすら出来ていない。

しかし行政や政治家がどんなに苦労しても被曝の事実やその量を消し去ることは出来ないのである。不可逆な事象だからである。だから政治家は出来ることを今するしかないのである。それが責務であり、少なくとも最大の謝罪の方法に違いない。



参照:
昨日「やさと温泉 ゆりの郷」で購入した食材です。 (saarweineのワインに関して)
Strahlendes Erbe von Tschernobyl: Verseuchte Lebensmittel (Greenpeace)
福島なんて取るに足りない事故 2011-04-12 | アウトドーア・環境
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ここでも効率から質への転換

2011-05-29 | 試飲百景
今朝腰が痛かった。ここ数日状態が悪い。理由は分からないが無理をしたのだろう。反面、体がとても軽くなっているような感じは素晴らしい。体重比筋肉の割合がとてもよい。少し食が細くなっているのは天候のためと思われるが、同時に筋肉の効率も高くなっているように感じる。どうも交感神経が刺激されたようだ。

ラインガウに試飲に出かけた。例年ならば晩夏に開かれるのだが、木樽導入工事のために春となったようだ。ステンレスから木樽への移行はこうした最先端の醸造技術を駆使したロベルト・ヴァイルのような醸造所でも進んできている。要するにグランクリュなどの高品質で長持ちさせるリーズリングのためには欠かせない醸造技術として歴史的な醸造法が不可欠となってきているのである。

さて2010年のキードリッヒのリースリングは昨年会った人々とも口を揃えて、2009年とは異なり通常の年度となったという印象である。つまり、特別にアロマが豊かで殆どビュルクリン・ヴォルフ醸造所を髣髴させるようなテュルムベルクのそれはなくなったが、クレ-フェンベルクはやはり尻上がりに良くなっている。木樽の割合が上昇してきていることとも関係しているに違いない。

耕地面積の遥かに大きなビュルクリン・ヴォルフがGCからPCへと木樽率は増えてきているが、小規模でいながら価格も高いヴァイルのような醸造所がこれからまだ増やして百パーセントに近づけるのは当然であろう。その微炭酸のステンレス醸造・熟成リースリングを直接非難してから十年も経っている。

ステンレス百パーセントであろうグーツリースリングも購入した。価格対品質ではなんとも言い難いが、2010年産で十ユーロのリースリングで十分に満足できる商品は限られているから仕方が無い。PCである三種類とも辛口が21ユーロであるから、やはり甘口やサマーワインも含めてグレーフェンベルクしか今年は無かったというのが結果で、シャルタワインやグランクリュワインが出ていない今の時点では購入できるものは限られている。

サマーワインはなるほどアルコールが少ないので水代わりに飲む人もいるかもしれないが、味覚に拘るとやはり割高でしかない。いづれにしてもまた秋に出かけなければいけないだろう。
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Ehec付有機野菜の付加価値

2011-05-28 | 歴史・時事
せっせと安いきゅうりを齧っている。不安は消えない。スペイン産やオランダ産のそれから食中毒が起きているからだ。現時点ではハムブルクから以北の地域での被害状況であるが、輸入物ならば直ぐにでも身近で広がってもおかしくはない。検疫体制を強化してもその流通ルートや感染ルートが分かっていない限り、いくらロベルト・コッホ研究所がフル活動しても駄目なのである。

スペインの業者の方は輸送経路で事故が起こって、輸送パレットから落ちたきゅうりが汚染されたのだろうとしているが、ハムブルクの市場で流通したその数や患者数とその経過は全く合わないようで、むしろハムブルクの卸の倉庫などの方が怪しい。それゆえか北ドイツの農家への注文は止まり、多くの野菜は廃棄されているようだ。

こうした事件が起こると他所以上に国粋的なのがドイツであり、国内よりも国外での信用できないずさんな体制を皆が疑う。成田からの放射能まみれの飛行機が危ない以上に、いまやWHOはドイツへの旅行は制限しないが手などを洗うなどの注意を勧告している。

さて安いので二本も買ってすべて生で食している。購入してから一週間ほど経っているので通常でも危ないので恐る恐るであるが、今のところ下血などはない。

さまざまな情報を集めると所謂有機野菜が問題となっているようで、高価なそうしたものを買わないわれわれは安心である。もしくは地元で朝取りしたものを購入するので、訳の分からない付加価値のみならずEhecバクテリア付の商品は買っていないだろう。その反証として、病院に運ばれる重症患者には健康志向の若い女性が多いというのである。
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眠気眼で英断の政治猿芝居

2011-05-26 | 文化一般
海水注水問題で危機管理が注目されている。そもそも今回の福島事故で日本がうまく対応できず大惨事を収束できない理由として、日本の政治中枢だけでなくその社会での決定機構に問題があると事故の起こったその週末には世界中で話されていた。

そうした前提で日本政府の発表などを世界の市民は耳を傾けていたものだから、今日本で問題となっているような事象は全て裏を読み込んでいた。素直に日本のメディアに踊らされていたのは日本で被曝した人たちだけだろう。

たとえば海水の注入に関しては廃炉を前提としているので、オンタイムでは日本のネットでは東電が渋っているような情報が流れていて、それを総理大臣の英断で強く申し入れたとなっていた。その一時間二時間の遅れのようなものは注目していた者は皆オンタイムで感じていたのだった。

すでにその時点で総理大臣が政治主導をアピールしようとして海水注入の命令を下すというような政治ショーが批判されていたのだった。そうした意味では、現在このことを問題としているマスメディアこそがそこに加担していて、全てが猿芝居であると懸命な市民は皆分かっているに違いない。

結局、人道に反する犯罪を犯したのは政府や行政組織だけでなく、その片棒を担いでいるマスメディアなので、その責任を誤魔化すために再び猿芝居を打っているようにしか思われない。

今頃、そうした危機管理体制を検証とか何とかいい加減なことを抜かしているが、世界にすべて筒抜けに知られていた日本の組織文化を自らが知っていなかったとは言い訳にも何にもならないのである。如何に自らのことはそれ自身が見えないとしてもなのである。愚かである。



参照:
福島一号機制御室の英雄たち 2011-03-26 | マスメディア批評
東電は真実を隠している 2011-03-12 | アウトドーア・環境
福島の最終作戦に固唾を呑む 2011-03-12 | アウトドーア・環境
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創造者を持たない日本人

2011-05-25 | 文化一般
昨日の朝のラジオニュースのトップ二つ目は福島のメルトダウンの確認であった。新事象や新事実が少なくなったとはいいながらそれでも世界が福島に固唾を呑んでいる。

そして晩は、1999年から2004年までドイツ第一放送のただ一人の東京特派員であった現在ワシントンの特派員クラウス・シェーラーの講演会を行った。特に我々にはカムチャッカ半島から北方領土を通って函館までの取材旅行の番組で有名である。その内容はここでも一度触れたが、改めて一部分を見てもなかなか感動的な内容で、函館のドイツのパン屋さんなどの取材裏話をしていた。あとは長良川の鵜飼いの裏話などで、講演としては若干散漫な印象が強かったが次の点だけは特筆しておこう。

つまりこの南プファルツのピルマセンス出身のジャーナリストがなかなか本質をついた解析をした。それはここで私が「なぜあれほどまでに日本人はロボットが好きか」との疑問に丁度反対側から答えている。次のように読み替える。

なぜ特にドイツ人は緑の運動に熱心なのか?それは宗教的な背景があって、新旧教の間でも大分異なるという見解である。要するに創造者の創造物に対しての畏敬の念が特に強いという見解である。これに対しては様々な異論があるだろうが、流石に海外滞在が多い人独自の鋭い観察眼から生まれたものだろう。

つまりこれを裏返すと、日本人はそうした創造者をもつこともなく一般的に思われているような自然への畏怖つまり環境への覚醒がないからこそ、なんでも適当に拵えてその環境の中で暮らしてしまうというのであろう。放射能もみんなで浴びれば怖くない。しかし、シェーラー氏の意見では福島で日本人も少しづつ変ってくるだろうというのだが、さてどうだろう?

韓国と台湾と日本を比較して、そこでの街頭インタヴューにおける反応の違いを語っていたが、今でも都内でマイクを向けられても素直な気持ちを率直に述べられる人はどれぐらいいるだろう。多くが東電の社員の気持ちで、もしくは官僚の配慮でしか発言できないような、その教育が問題なのだと氏は示唆していた。



参照:
観れば、その違いが判る 2007-04-08 | マスメディア批評
辺境のとても小さな人々 2007-04-11 | マスメディア批評
ライク・ノー・アザー 2006-04-05 | マスメディア批評
ミニスカートを下から覗く 2007-09-17 | 文化一般
痴漢といふ愛国行為 2007-11-26 | 雑感
大衆文化に混ざるもの 2008-12-18 | 文化一般
ハイエナ経済のバベルの塔 2011-03-18 | 歴史・時事
前近代に生きる日本の自己欺瞞 2011-04-03 | 文化一般
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中継のネット配信の面白さ

2011-05-23 | マスメディア批評
本日の参議院行政監視委員会の中継は反響が大きかったようである。いまや引っ張りだこの小出助教が孫氏などと並んで参考人として招聘されていた。その後に国会内で開かれた「福島の子供を守る会」の文部科学省への「陳情者の集会」にも顔を出した。

国会中継のネット配信の面白さもあるが、それでもその内容が興味深いかどうかが問われていて、こうしたマスメディアにのり難い話題や意見が国会という場からネット配信されることで国会のあり方にも影響を与えるだろう。

ほとんどがマスメディアでは御幣があり過ぎてカットされる内容であり、いつもの「官僚刑務所行き宣告」の小出のその主張や、地震学者の若狭原発の名指し警告やその他のきわどい内容が中継生且つ録画放送されている。岩上氏の統合会見のネット生中継配信や国会内の集会中継の配信などとあわせて、如何に大メディアと呼ばれるものが中立といいながら自分勝手な都合で情報を流し続けてきたかが良く分かるのである。

そうしたマスメディアがもはや不要なことは誰でも分かるので、そうしたメディアはその伝える内容のジャーナリズムとしての質が問われ、オピニオンリーダーとなりうる論者を記者として契約もしくは養成していく必要があるのは自明なのである。要するにマスメディアであるからこそ、大衆向きでなければ、やはりその質が問われることとなる。

たとえば「子供たちを守る会」の人たちの発言をどのように読者に伝えるかはやはり重要な課題であって編集者の腕の見せ所だろう。しかし年間20ミリシーベルトの放射線を許容させられた子供たちの親御さんたちを含む大人たちの、少しでも被曝量を下げるために、何かをしなければいけないという切実な願いには何一つ付け加えることもない。

文部科学省に「人の鎖」が出来たというが、こうした行動はどんどんと鎖の輪を広げてもらいたいものなのである。特に従来の政治運動経験もないと思われるような人たちにおいても単刀直入な挨拶がなされて、殆ど西欧の「緑の党」の集会を見るような、ある意味民主党のそれよりも当然のことながら市民活動としての民主主義的な主張がそこではなされている。
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克服が容易でないものも

2011-05-22 | 生活
初めてのクーパーテストは意義があった。所期の目的は達成できなかったが、それ以上に得ることがあったかもしれない。

兎に角、五十を遠に過ぎた親仁達のテンポについていけなかった。そもそも平地でならともかく若干の上り勾配が続く中で十二分間2800mのペースにはとってもついていけないことは最初から分かっていた。さらに摂氏二十六度超えの森の中であるから、2000mをいくらか超えて如何に2400mに近づくかが自身の目標値であった。なので、ある意味800mほど七分ほどのウォーミングアップに続いて、直ぐに走った結果としては決して悪くはなかった。これまでのトレーニングの成果は示せたであろう。

しかし、そうした記録よりも興味ある数値があった。それはパルスオキシメーターで走る前に測った誰よりも低めのSpO2数値とその後の上昇した数値の差であり、走った後に急に出てきた鼻炎である。それらを総合すると、先日の60KM走行時に問題となったヘモグロビン由来と思われる酸素供給不足らしき状態と、呼吸との関係もしくは鼻との関係に思いは至る。

そもそもスロースターターでいながら最後に結構堪えてしまう傾向がこれで説明できる。これを改善する方法は直ぐには浮かばないが、先に考えていたように20KMを入れるなども方法だろうか、再検討しなければいけない。それ以上にどうしても海抜高度が高くなると高度に敏感になるので、それに対処する高度順応以外の方法も考えていかなければいけないのかもしれない。弱点が見つかれば、それは大きな前進で最も近道なのだが、トレーニングという意味ではなかなか複雑であり、克服が容易でないものも少なくはない。
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原子力明るい日本の行政組織

2011-05-21 | アウトドーア・環境
「原子力 明るい未来のエネルギー」双葉町のゴーストタウン化した商店街に今も掲げられている。FAZは18日に大きな写真入で福島の苦難を伝えている。

これをして経済的に原子力に依存して、そして賠償金を巻き上げる地元住民たちを貶めるような日本の大衆新聞紙のような立場はとらない。

しかし、上の記事を読んで昨日の読者の声欄には次のような意見が載っている。それによると、クロンコ女史の13日付けの現地からの報告は臨場感が溢れていてわかりやすいが、なぜが実証的な放射能の高さに関する情報が欠けていると批判している。そして、「今現在もどれほどの放射能が環境に放たれて、食物を汚染しているのか?」との大きな疑問に正確に答えられない限り、平常時とどれほど異なるかか判らないというのである。もっともな意見を書き綴っている。

まさにこの点が菅政権が犯した最大の誤りなのである。実際に公表されている数値に信頼性が全くなくなってしまったのである。それであるのに、グリーンピースなどに観測を許可すると偉そうなことをいって、もっとも民生側に立っている世界的権威である環境団体の観測数値と付き合わせることで初めて信頼性を得ることが分かっていないのである。

民主主義とか科学的な実証性とかは議論があってこそ始めてなされるものであって、ましてや権力を持った行政がクレジットを出すものではないのである。まさにそこがその党名が示すように民主党というのは官僚主義の権化のような政治結社なのである。

本日の統合会見で厚生労働省の高級官僚が答えたように、「水際での検疫体制の基準の方が国内での食料品の安全基準よりも厳しいのは当然である」と、「それは国内生産消費をどこの国も基本としているからである」と回答していた。しかし常識的に考えればこの矛盾は誰でも分かるのである。

地産地消が基本ならば国内生産消費の基準が輸入物よりも厳しくない限り、さらに汚染と健康被害は高まるのである。汚染したところにより厳しく輸入品を水際で止めてどうしようというのだ。同じぐらい危険な商品ならば輸入しても価格が安いときなどだけに自然に物流が開かれるのが、自由主義経済の基本なのである。より健康に危険でも国内産を消費したいと、福島県人が福島産を消費することを止めさせることが行政の義務ではないのだろうか?日本のそれはその程度の行政機関なのである。厚生労働が農林のことなど一切考慮する必要はないのである。



参照:
Die Sehnsucht nach der Heimat wächst stetig, Petra Kolonko, FAZ vom 18.5.2011
Wie hoch ist die tatsächliche Strahlendosis, Erich Dieter Walkenhorst, FAZ vom 20.5.2011
なにが嬉しくて被爆したいのか 2011-03-29 | 雑感
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歴史に残る宰相 菅直人

2011-05-20 | 雑感
菅首相にはあと二十年ほどは官邸に留まっていただきたい。そのころには福島原発の作業工程の第二、第三ステップがもしかしたら終了しているかもしれない。そして、三十歳を迎えずに甲状腺障害などで若くして世を去っていく若者をしっかりと送ってほしいのである。責任などどんなに金を積んでも取れない。しかし、それを黒い眼でしっかりと見届けてほしいのである。逃げてはいけない。

東電をその労働組織を、その原子力発電の産業や合衆国の意思や、官僚システムを護るために犯した罪は、メルトダウン公表云々の話どころではないのである。

未だに、蓄積した放射性物質の中で子供たちを被曝させ、関東一円の人々を被曝させ、自らだけはSPEEDIを使って最小の被曝に抑える卑怯で非人道的な宰相は、必ずや東条英機と並んで歴史に残るに違いない。

市民活動政治家と称する挙句の果てが、極悪非道の権力者として君臨する姿は、やはりどこか国家社会主義労働者党のヒトラー総統などにも共通するパラドクスに違いない。

まだ進行中の事故で更なる被曝者を排出するのは、まさに敗戦間近にして、ユダヤ人をガス室に送り続けたナチスとまた帝国陸軍の玉砕政策とどれほど違うのだろうか?



参照:
政治課題としての環境認識 2011-01-07 | マスメディア批評
地震を感じて目が醒めた一日 2011-03-11 | マスメディア批評
「生活」などある訳がない 2011-05-14 | 生活
倫理委員会初会合の召集 2011-04-05 | 文化一般
割れ窯に慰めなどあるのか? 2011-03-31 | アウトドーア・環境
首都圏に退避勧告が出た時 2011-03-24 | マスメディア批評
福島なんて取るに足りない事故 2011-04-12 | アウトドーア・環境
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奇岩の上を散策する

2011-05-19 | アウトドーア・環境
昨日は晩も早くから南プファルツのトリフェルツに近い奇岩に出かけた。さすがに平日なので登るのが難しい岩場では我々が独占して愉しめた。その分、四本を登ったが、頂上へ続くルート以外は全て難易度六級超えで、フランスのそれと比べても全く遜色はなかった。

日差しは眩しかったが比較的乾燥していて気持ちよい空気も功を奏した。やはり奇岩の頂上に立つ気持ちは格別で、それがたとえ独立峰の茸の上でなくても同じように気持ちがよい。

かなり難しい場所でも息が上がらなくなったのは、筋力強化と同時に心肺系の鍛錬にもよるのだろうが、総合的な技術の向上でもあるに違いない。

そして暗くなるまでいたので、谷の町アンヴァイラーのホテルのガルテンで食事を始めたのは十時に近かった。帰ってきたのは十一時過ぎである。そして今朝は往復24分ほど走って、上体を解した。これから風呂にでも浸かって床に入りたいところだ。
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汲みつくせない放射能

2011-05-18 | アウトドーア・環境
福島の地下埋蔵水量は興味深い。これは予想される干上がり問題とも関係するからである。汲んでも汲んでも減らないことから、地下水系があるかもしれないという仮説も東電の考え方を示しているようで面白い。

基本的には、注水している淡水としていた海水、さらに津波で溜まった水などが、溜まれ切れずに海に流れ出していて、まだ流れ切れていない分と汲み出した分が埋蔵量である。東電はもちろん技術者らしく試した試し注水量などを変化させてその流れをつかもうとしているようだが、実際には絶えず海に流出している伏流については敢えて無視しているのだろう。これが東電方式である。

さてそうした都合の良い試算が今回の事故を起こして、以前からその事故隠しの技は世界的に悪名高いのであるが、今回はこの後どのような影響を与えるかである。

常識的に考えれば、水を一定量加えて書け流ししないことには冷却が出来ない状況で、どこに穴が開いていて、どこに大量の崩壊した核燃料の大部分が留まっているかは別にして、全体の注水量よりも多くの排水量を得ることで水嵩が減っていく。その水量を演算するために注水量を絞ったり増やしたりしていたのであろう。要するに東電は漏洩水量は把握しているに違いない。

いずれにしてもその水を循環させようとしているようだが、打たせ風呂の部分だけでなく、その気化熱冷却自体が環境に水蒸気が放射能として出るのでテントを張るのだろう。そしてそのテント内部の空気を浄化する。また地下からは大量の漏洩水が土壌から海へと流れ込むシステムが計画されている。それゆえに実際の水の浄化処理量は注入する水量よりもかなり少なくなるのだろう。

重要なのは、十分に気化させて冷却することなのだが、その量と溜まりを期待できない打たせ風呂のシステムで安定冷却まで持ち込めるとは思えなく、その間に放射線量が十分に弱まっていくならばいいのだが、まさに永遠の時と干上がりすら予想される。
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あげているのはおてて

2011-05-17 | アウトドーア・環境
そもそも工程表などと立派なものを作れる筈がないのである。お手上げでは具合悪いので政府が面子を保つために作成させたのだろう。

冷却が進んでいると威張っていたが、水が溜らなくなれば何時でも加熱する。三号機などはまだまだ上がっている。温度計がふらついているなら低めにふらついているのだろう。

底が開いている状態で冷却するということは、外部環境を汚染し続けることでしかない。地下水を遮蔽するなども結局は付刃の対症療法でしかなく、どうも東電の主張を聞いているとそもそもそうした仕事しか出来ない会社機構にしかなっていないようで、経営陣の体質というか社風というものなのだろう。

それでも彼らの考えていたことがおぼろげながら浮かんできた。要するに水をはることで、炉に近づけるようになるので穴などが開いていてもそれを修理しながらごまかしごまかし工程を先に進められると思っていたようだ。そうした中で水が抜けていくとなると、こうした大枠の計画自体が水の泡と化す。

それでも「直ちには」工程に影響が出ないとして言い張ったのが今日の会見内容だった。もともとであたりばったりで、出来ることからやってみようという趣旨がこの工程表で、そもそも出来ないことは出来ない訳で、その可能性を導くために空気清浄機をつける作業などをしてお茶を濁すというものでしかったのである。最大の問題点は、冷却のための水で更に汚染を拡大していることに他ならない。当初からこのような連中に付き合ってきて今だに工程などとほざいている政府は正気ではなかろう。

それゆえにここ数日も三号機由来と予想されているセシウム137が都内に降り注いでいるではないか。このまま推移してもチェルノブイリにおける欧州の汚染の程度を上まりそうで、今でも日本産の牛乳が市場に出ているようで、野菜なども不足していないのは、中国からに輸入品に頼っているからなのだろうか?とにかく、政府がどうしようもなく無責任なのは、こうした寡占企業が存続していることでもわかるのである。

話題は全く異なるが、ベルリンのフィルハーモニー管弦楽団が2013年シーズン復活祭週間から、ザルツブルクでやっていたような音楽祭をバーデン・バーデンのそれでの軸になることが先週報じられた。どのようなプロダクションになるかはわからないが、オペラでの交響楽団として特別な公演が再びバーデン・バーデンで示されるのだろうか。夏の音楽祭は続けられているが、芸術的な成果をここ十年来殆ど示していないザルツブルクの地盤沈下は今後も進行するような様子である。バーデン・バーデンにも殆どそうしたものは期待できないながらも、日程だけは挙がっているのである。

今日の本音、東電松本代理「放射能がどのような形で出て行くかだけ」、つまり首都圏大避難だけを避ければよい。海の水や福島などどうでもよい。
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予想してガスを注入する前に

2011-05-16 | 生活
週末にはクーパーテストというのをやらされそうである。初めて聞いたがクーパー氏とはアエロビクスの創始者らしい。つまり有酸素運動の耐久力を試すためのテストで、以前はFIFAの審判に課されていたようだ。

さてその内容は十二分間でどこまで走れるかというもので、本来は年齢によってハンディーキャップがつけられているようだが、容赦のない世界ではそんなものは存在しない。ドイツでは、スポーツ・アビテューアに課されていて、トラックと時計さえあれば容易に出来るのでギムナジウムの授業でも使われているという。特に軍隊や警察では義務付けられているようだ。

もちろんティーンエイジャーが強く、つまり二キロからはるか遠くまで走れるのだが、経年によって段々と距離が落ちるらしい。丁度、そうしたトレーニングから切り替えようと思っていたところなので幸いである。いつもの川沿いの道は往路復路を入れると四キロになるので到底十二分では走れない。しかし往路は十一分で走れるようになっており、復路も十二分なので、平地の場合は二キロからどれぐらい延びるかである。因みに五千メートルの世界記録保持者ケネニサ・ベケレが十二分少々で走るので、換算すると十二分で4750M走れることになるらしい。つまり時速23.750KMである。平素のトレイルランニングで8KMであるからその三倍の早さである。通常の者は一時間当たり10KMから15KMの速度の間にこのテストの意味があるだろうか。

天候さえよければ、十二分で三キロは到底無理だがある程度計算は出来る。これは二月ほど前の往路十三分台掛かっていたときならば、あまり参加資格はないが、早くなった成果が出ているのである程度は走れるだろう。急に早くなった理由はわからないが心肺機構がかなり安定してきたことは確認している。

本日は助走のウォーミングアップに十一分以上かけてみた。要するに三割方遅く走ってから、残りの三キロほどを走り抜けた。十二分は途中で経過したが、平地ならば十分に最後の五百メートルぐらいはガスを入れることが出来るだろう。そもそも走ることなどには興味もないのだが、然るべきトレーニングを考えるとまさにこうしたトレーニングとなってきていたのだった。ここ数ヶ月比較的走っているので、走ることにはあまり抵抗がなくなった。それだけにトレーニング法を変えようと思っていたのだった。もともと整腸作用を考えてジョギングの真似事をしたのだが、一年半位で走ることが出来るようになったのは喜ばしい。まさかこの歳になって運動のテストを受けるとは思わなかったが、所謂中高年の健康テストなんかよりも遥かに健康的な感じがする。

本日の統合会見は昼飯時に流していたが、予備蓄電が津波ではなくて地震の影響を受けており、まさに先月岩場で疑問を投げかけた人のように、電源車の緊急配置とかそうしたバックアップだけでは事故を防げなかった理由がわかってきた。確か当初はその電源車を繋げるターミナルとかの問題だと説明があったような気がする。緊急停止前の緊急作動の前に機械的な不具合がすでに起こっていたように思われる。それが判ればさらに現状が予想出来る筈だ。



参照:
収容所送りとなる人たち 2011-04-04 | 雑感
冷却装置のように機能しない 2011-05-08 | アウトドーア・環境
適当に行程表などを作成して 2011-05-15 | マスメディア批評
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適当に行程表などを作成して

2011-05-15 | マスメディア批評
朝のトレーニングから帰ってきて東電の午後の実況を流しておいた。細野補佐官が東電が一号機にまつわる事故の見解を示すとした会見である。TEPCOとして悪名が世界に知られるこの悪徳業者の真相を見た感がして気分が悪くなった。そしてその報告を受けていただろう政府がこうした報告を許すその背景には吐き気がした。

そもそも運転停止を起点とするその分析自体が東電の希望的な経過報告であってこうしたものをそのまま容認する政府だけでなくて、会場に集まる大マスコミの程度の低さには改めて驚愕する。大マスコミにはもう少し能力のある記者がいる筈だが敢えて役立たずを送り込んで大スポンサーである電力会社と一緒にアリバイを形成しているとしか思えない酷さである。

大新聞などというのは要するに大衆紙のことであり読者層の知識も意識も低いだけでなくて記者の質も低い。高級紙では、こうした自称の記者会見の場合には京大の小出さんのような立場の人を記者として書かせて、またその会見にも送り込むのが普通である。どうも日本の大新聞の場合は、大企業化していてお抱えの記者を労働者として使う方法で企業体としての形を整えているだけとしか思われない。そうなれば当然のことインデペンデンスでいることが編集者にとっても困難になるのは言うまでもないことである。許認可権を得たTV局などについては触れるのもあほらしい。

結局ごまかしが効かなくなったところで都合のよいように後付で屁理屈を並べているようで、ほとんどはじめから内部では判っていたことをひた隠しにしながら、適当に工程表などを作成して、賠償や援助の道筋を探っていたかのようにしか思われない。

そうした狂言のようにのっかかる形で政府が国民を愚弄しながら、被曝を推し進めていたとなるとただの政治責任とか人道的な責任では済まされないことは明白である。そうした政府の立場は、最も国民側に立っている環境団体であるグリーンピースなどに対して圏外での「調査を許可する」などというとんでもない姿勢に現れている。国民の健康や安全に対して対抗しても護る何かがあるということなのである。

今朝は、今後の二十キロトレイルランニングのコース取りがあるので、時計回りコース八キロ超えを試した。往路となる川沿いを十一分の記録的早さ、そして山登りが二十二分、そこから水平道を七分、そして下りを十五分走り、〆て五十五分で戻ってきた。走る時間二十八分、歩く時間二十七分で、ちょうどよい配合となった。もはや坂道をゆっくり駆け上がるのではなくて早く歩くことと走ることのメリハリをつけたインターヴァルトレーニングを洗練化させたいので、なかなか満足の行く状況であった。
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