Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2005年9月

2005-09-30 | Weblog-Index



序盤戦の駒の動かし方 [ 雑感 ] / 2005-09-29 TB0, COM0
肉食をするなと主張 [ 料理 ] / 2005-09-28 TB0, COM0
仏ピッザ・フラムクーヘン [ 料理 ] / 2005-09-27 TB0, COM4
倹約のレンズマメ [ 料理 ] / 2005-09-26 TB1, COM8
原理主義のアンチテーゼ [ 文化一般 ] / 2005-09-25 TB0, COM6
ワイングラスを皆で傾けて [ 歴史・時事 ] / 2005-09-24 TB0, COM1
交通量増加と交通整理 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-09-23 TB0, COM2
政治的棲み分けの土壌 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-09-22 TB0, COM0
深く沈むと立てない腰掛 [ 雑感 ] / 2005-09-21 TB0, COM7
ワイン三昧 三話'05年III [ ワイン ] / 2005-09-20 TB0, COM0
三色スカラとベクトル合成 [ 文学・思想 ] / 2005-09-19 TB0, COM3
2005年選挙投票前予想 [ 歴史・時事 ] / 2005-09-18 TB1, COM6
議席配分の原則とは [ 雑感 ] / 2005-09-18 TB0, COM0
バイリシュ蒸しパンと餡饅 [ 料理 ] / 2005-09-17 TB0, COM4
雇用が無い事が失業か [ 文学・思想 ] / 2005-09-16 TB2, COM4
点火プラグの閃光 [ 歴史・時事 ] / 2005-09-15 TB1, COM3
今年の花火は去年より [ 生活・暦 ] / 2005-09-14 TB0, COM2
終焉後の政治地図 [ 文学・思想 ] / 2005-09-13 TB0, COM2
多数連合と少数の不可侵権 [ 歴史・時事 ] / 2005-09-12 TB0, COM2
三十五年前からの使者 [ 歴史・時事 ] / 2005-09-11 TB0, COM2
夏の終わりの外食あれこれ [ 料理 ] / 2005-09-10 TB0, COM4
市場でなく、自然に合わせろ [ ワイン ] / 2005-09-09 TB2, COM4
SWR TV出演者募集 [ Weblog ] / 2005-09-08 TB0, COM4
ICEとTGVの相互乗り入れ [ テクニック ] / 2005-09-08 TB0, COM0
打ち寄せ、打ち返す漣の様 [ 雑感 ] / 2005-09-07 TB0, COM0
ニューオリンズを聞いたボブ [ 歴史・時事 ] / 2005-09-06 TB1, COM0
悪は滅びて、善は光り輝く [ 歴史・時事 ] / 2005-09-05 TB3, COM4
素朴で悠長なポロネーズ [ 女 ] / 2005-09-04 TB1, COM6
終わり無き近代主義 [ 文学・思想 ] / 2005-09-03 TB0, COM3
ポストモダンの貸借対照表 [ 歴史・時事 ] / 2005-09-02 TB1, COM3
悪夢の特命潜入員 [ 雑感 ] / 2005-09-01 TB0, COM6

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序盤戦の駒の動かし方

2005-09-29 | 雑感
将棋指しの実演をするという話があった。将棋は、その昔お下げ姿の女の子に簡単に敗北して以来、ご無沙汰になっている。要するに子供の時以後、関心を持つ事がなかった。チェスも事情は違うが同じようなものだろう。

将棋とチェスとの比較に興味を持って調べてみるが、良くまとまったサイトは見付からない。余り関心をもたれる事ではないのだろうか?しかし其々のサイトをサーチしてみると面白い。

初心者にとっても簡単にその極意が分かるようなサイトが多い。以前ならば、初心者の本では決してお目にかかれないような高度な戦略情報や定石が記されている。

これらと源を同じくするゲームは世界中にあり、ある程度の腕を持っていないと詳しくは比較出来ない。それでも、代わる代わり駒を進める限り、幾つ先を読む事が出来るかは大切であろう。

手詰まりなどの状況が出てくることも読み込んである。駒の交換は一般的であるので、各々の駒の価値を吟味する。また、持ち駒を使えるか使えないかのルールでも状況が変わってくる。

ベルリンの新政府組閣は年内一杯掛かりそうである。すると全く序盤戦が始まった所で、本格的な戦に向けてお互いの駒の動きに注目している。それどころか、盤外の動きにこそ新局面が予想出来るかも知れない。

ダイムラー社の人員整理が発表された。幾らか株価も回復するのだろうか。大事な政治に較べれば投機的な株式相場などはどちらでも良いと言い切る政治学者がまでが居るので、これまた面白い。
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肉食をするなと主張

2005-09-28 | 料理
ルードヴィッヒ一世の夏の離宮の前で、チラシを見つけた。その主張は、肉食するなと激しい。理由として、様々な病気の原因として肉食を挙げて、更に環境破壊の元凶とする。「糞尿や水肥が土地を、水を汚す」と読むと、その生態系への認識の特異さが見える。そして、13億頭の牛の排気するメタンガスが地球の温熱化に影響していると言う。動物の飼料の多さを嘆き、世界の耕作地の80%をそれに使っていると告発する。非常に過激である。

ここでは、四百三十万の牛肉と四千四百万の豚に続いて、四十万羽のガチョウや千六百匹のほろほろ鳥の年間のドイツ国内の屠殺数が挙げられている。狩の収穫数も四百七十万匹の野兎や三百五十万羽の雉と其々記されている。

こうして読んでみると、希少価値のホロホロ鳥に食欲が湧き、その他の珍しい鳥獣の美味かった事を思い出してしまう。出来るだけ肉食を避けて生活しようとは思うのだが、これからの時期には狩猟された肉が特に美味い。

工業化されると肉の味が益々悪くなって行く。ポーランドの選挙で22%を締める農民層などは、これを知っているのでグローバル化に反対する。何時でも、空腹が最高の調味料と言う事でもある。


菜食の勧め?!
2004 02/28 編集

また身近に菜食者を確認した。若い女性のなかでこの比率は可成高いようだ。男性よりは遥かに多い。拒食症と根元を同じくする精神的症状というより、多くは幼児期からの食習慣に基づいているようだ。なるほど子どもにとって肉以上に効果的な栄養素源は容易に見付かる。

近世ヨーロッパまでは、肉食は魚に比べて限られていた。屠殺などが工業化されてから初めて肉の消費が伸びた。特に都市肉体労働と肉食の量は比例したかもしれない。三年ほど前のBSE騒動、それに続く豚コレラ騒動は、大きな転機だった。機械化と合理化で物理的負荷の少ない都市生活者の食生活も、それに対応して変化して然るべきだったのかもしれない。

肉食への戒律は、古くは多くの、今でもいくつか宗教で厳しく定められている。そのアンチテーゼとしての菜食主義は、古くは清教徒などの一派も含め現在も「自然保護・動物保護運動」に受け継がれているようだ。よって「菜食主義者」と菜食者を区別する必要がある。

肉食を押え菜食を進めると、冒頭に述べた女性のように「ヨガを習う」と言うような「肉体の内外に敏感になる」傾向がある。これは、肉食を進めると「無神経・無節制に暴飲暴食、排泄」となる傾向の逆説である。食事の量とアルコールの摂取量もある程度比例するようだ。飽食になればアルコールで食前酒といいながら食欲を出して、食間酒で流し込み、腹こなしと称して強いアルコールを摂取する。成人病の危険因子である。

肉食の持つ闘争的で力強く生産的なイメージや、菜食の粘り強く温厚で受動的なイメージなどは一般的だ。ドイツ第三帝国のヒットラーの正統後継者であったハインリッヒ・ヒムラーは、朝から温野菜を食べた。彼は、ユダヤ人大殺戮の最高直轄命令者であり、孫から愛される好好爺さんであり、自決までナンバー2のポストに居座った菜食主義者だった。数年前、ハイデルベルクのハーゲン博士は、「人体プラスティック工芸展」の世界巡業を成功させた。それをマンハイムで見学した。その出口で、どちらからともなく二人は「肉でも食べに行きましょうか」と口を揃えて言った。やはり、これなども肉食主義者と呼ばれるべきなのだろうか。
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仏ピッザ・フラムクーヘン

2005-09-27 | 料理
昨日は、ハイキング途上に玉葱ケーキと甘い濁酒ワインを昼に、フラムクーヘンとヴァインショーレを夜に楽しむ事が出来た。前者については改めて書くとして、両者とも共通点があり同時に扱われる事が多いようだ。

フラムクーヘンは、アルザス地方の農家が薪のオーヴンでパンを焼く時に、手頃な炎に落ち着くまでの間、パンを入れる前にこの火の中に木のヘラに乗せて投げ入れ、簡単に焼いた物が発祥らしい。勿論、ピッザとの共通点もある。今でもアルザスからライン地域の名物で、ドイツではライン谷向かいの「黒い森」では殆んど見ないが、双子文化地域のプァルツでお目にかかれる。それもアルザス国境に近い地域に多い。

薄く延ばしたパン生地の上に、サワークリームの代わりにクヴァークを塗る事もあって、チーズにベーコンや玉葱の刻みがトッピングしてあって、白ワインに素晴らしい。クヴァークについても、改めて扱わなければなるまい。



参照: 涙の出るようなケーキ [ 生活・暦 ] / 2005-10-02
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倹約のレンズマメ

2005-09-26 | 料理
一度何処かで書いたのだが、久しぶりに食べたので覚書をして措こう。語弊があるかもしれないが、レンズマメは貧民の食べ物であった。豆といっても、レンズのような形をして米粒よりも少し大きく、カメムシよりも薄っぺらい。たんぱく質に溢れているが、見た目からして貧相である。

普通は、煮てからスープの具の代わりにするオートミールのような食べ方をする。実無しのスープよりはマシと云う事である。だからレンズマメスープが好物だというような人は居ないだろう。

そのレンズマメだが、シュヴァーベンの倹約精神に掛かるとさあなんとも素晴らしい食材になってしまう。絶食の時期に食べるからといって、贖罪の入力間違いではない。これを煮て名物のヌードルシュペツェレに付け合せる。

精々、ベーコンや玉葱を入れて油に掻けて騙すが良い。そして、酢と芥子を入れると些か納豆のぶっかけ飯のようになる。芥子を幾らでも入れてしまうので注意しよう。

安物のリースリングワインで十分に楽しめる料理である。
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原理主義のアンチテーゼ

2005-09-25 | 文化一般
101匹の犬も白雪姫もトムとジェリーも出てこないアニメを見るのは辛い。それでも、最初の30分ほどを飛ばして、話題の「千と千尋の神隠し」のTV放映を初めて観た。

正直最後まで見るのは辛かったが、劇場で凝視しただろう子供たちの事を思うと居眠りするわけにもいかない。宇宙戦艦もハイジも殆んど観ていない人間にとっては、これ以上に遥かに精密な画像のアニメ映画を知っているといっても、このようなアニメの新スタンダードへの初めて遭遇である。

TVの画面と云う条件では、画像や描かれる表情には全く感心しなかった。先入観念を大きく裏切ってくれたのは、その物語の展開だろうか。日本の中世からの伝説とか云われても全く見当すら付かなく、「家無き子」や「おしん」やら「ハイジ」しか思い出さないのは教養の貧困だろうか。

何よりもスカトロジーなどのイメージは、子供たちに受ける要素であるのは確認できた。大人がこれら物の怪やグロテスクを見るのと、子供たちが感じるものは大分違う。子供の感性の方がそれら根源的なものに近く、教化・啓蒙されるに従って伝統的なモラルや美意識に縛られるようになる。

社会の小児化が語られる事が多い。先日も今話題の意固地な同性愛者である若い独自由党首の「若くても、馬鹿とは限りません」と首相に噛み付いた発言が挙げられていた。平均寿命の伸長にも依るのかもしれないが、様々な現象が例として挙げられるらしい。しかし、これは上のように考えてみると、伝統的なものからの解放にも起因している。

序でに云えば、同性愛の社会的公認も伝統からの逸脱に当たり、小児化だけが顕著な現象とはいえない。これらは全て原理主義へのアンチテーゼであって、それらがジェンダーのようなイデオロギーとならない限りは広く社会に受け入れられる素地がある。マルチカルチャーが主義として捉えられる時には、それは広くは受け入れられないが、社会認識としては誰も否定しない。

これが本題のアニメ映画が世界の観衆に受け入れられた理由であって、その支持があってこそ幾多の映画賞に輝いたと思われる。それなくしては、作者のパシフィスト的な言動や作品の出来上がりだけではここまで評価されなかっただろう。子供たちの支持があってこそである。

そして日本のアニメが日常世界中の茶の間で観られている地盤があってこそ、それらが文化の記号となって理解されている背景がある。ハイジのアニメを見る人が居るからこそ、ハイジの故郷が観光対象になるようにである。同じ白黒映画の実写の世界は、たとえそこでロケをしても、何処にも存在する村だから、その特定の村は何処にも存在しないのと同じとなる。

特定の象形にデフォルメするアニメの世界の方が、現実の村よりも遥かに記号化されていて同定され易い。何かを表現する時に文化の記号を使う本歌取り自体は、至極当然である。しかし、ここにはプログロマチスティックと云うものに代わって、折衷と云う主義が横たわっている。または、所謂言語を土台としたロゴス中心と云うものに代わって、象形文字中心と云う主義が存在する。アニメ通は、これらに多くの解を発見する事が出来るであろう。

ベルリンの賞の賛辞の内容は知らないが、至る所にミヒャエル・エンデを発見したりするのもそのような作業である。しかし写真で見る道後温泉その他のイメージを抱いた人は少ないであろう。

その意味から、この映画は相対的でありポストモダーンであることには間違いないが、観衆は絶えずプロジェクターのこちら側にいて、現実の定まった所に生きている事も忘れてはならない。

しかし、寧ろハリウッド映画の予告編にあるような、海賊のホックでもないのに腕が伸びたりする昨今流行の人造人間の映画の方が、勧善懲悪の現実のようで大変気になる。



参照:
漫画少女の能動的プレイ [ 雑感 ] / 2006-04-10
魔除けの見下ろす教会塔[文化一般] / 2005-07-06
固いものと柔らかいもの [文学・思想] / 2005-07-27
バロックオペラのジェンダー [ 音 ] / 2005-02-20
現代人の断食 [ 数学・自然科学 ] / 2005-02-11
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ワイングラスを皆で傾けて

2005-09-24 | 歴史・時事
有線TVで、公共放送局が取材する重要な記者会見などは全て編集無しで流される。ドイツのニュースに関しては特に政局に関しては、CNN系の放送局などとは較べられない情報量である。

左派党の首脳部の再選や西側東側の党の合弁が伝えられたが、まだ全体で受け入れられるかどうか分からない。東側PDSの活動家と西側の元SPD母体の組合WASGの合体は簡単ではないだろう。政府は、本日今回当選のPDS党員の当選者から7人の東独諜報局の活動家を告発して、議会第四党を揺さぶる。左派党が安定して欧州スタンダードになるには時間が必要だろう。

記者会見では、シュレーダーの宿敵ラフォンテーヌ氏が、首班指名の秘密投票の方針について答える時、ギジー氏が遮ったのは面白かった。最後のカードは伏せておかなければならない。

何れにせよ大連合になった折に、左派党とSPDが非常時の部分政策協力をするとなると、保守党の目論見を打ち砕くだけの政治力を持つ事が予想されている。これなども、一般に信じられているように大連合が上手く政局を安定させるどころか爆弾を抱える要素になる一例である。

午前中に行われた保守党と自由党と緑の党によるジャマイカ連立は、可能性を疑う発言が多いが、FAZ紙のHPを見ると57%を超える支持が集まっている。一方、昨日のニュースでは、一斉にワイン街道バッド・デュルクハイムのジャマイカ連立が鑑として取上げられた。世界最大のワイン祭り「ヴルストマルクト」以上に注目を集めて、一週間時期がずれていたら一気に盛り上がっていただろう。「歩行者天国か否かが現在の政局を左右する問題」のようだが、ベルリンでも同じようにこうしてグラスが傾けられるかどうか。
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交通量増加と交通整理

2005-09-23 | アウトドーア・環境
情報量の増加は、ネットが齎した最大の特徴である。それは世界中から中継されているWEBCAMSも同じである。咋9月5日にオーストリーアルプスで起きた9人死亡の氷河スキー場のゴンドラ事故もそうであった。

世界的に有名なオッツタールのゾーデンで午後の二時ごろに事故が発生した。第一報は、発生後15分も立たないうちに世界中に流された。偶々、RSSリーダーを調べていたので、早速同スキー場のWEBCAMSを覗くと救助作業中であろうヘリコプターの飛び交うのが確認出来た。流石にインターアクティヴのカメラ操作で救助作業そのものは見れなかった。カメラは事故の起きたゴンドラの頂上駅の柱の上に付いている物であった。

工事現場へと資材を運ぶヘリコプターが750KGと言われているコンクリートブロックを空から落とし、それがゴンドラに直撃して、ゴンドラは50M下の氷河の上へと滑落、他のゴンドラに乗っていた者も激しい揺れに外へ投げ出されたと言われている。カールスルーエから夏の合宿に来ていたグループの大人3人子供6人が犠牲者となった。

ゾーデンのスキーリゾートは、通年スキー場であるだけでなく毎年早い時期にアルペンスキーワールドカップの試合が組まれ、ボーダーやスキーヤーには御馴染である。それにしても昨今の設備の増築による拡大は甚だしかった。数年前までは、氷河スキー場へは車で行かなければならなかったのが、今では全てが町の中から繋がって、町外れの違う谷筋からでもスキーを履いたまま移動出来る。欧州で最も発達したスキー場となっている。

今回の事故は、昨年の秋に矢張り同じ場所で起こった吹雪の中のゴンドラ救助劇共々、管理体制が過剰な設備投資に追いつけなかった事が遠因しているようである。スキー場の事故は、飲酒後の骨折や立ち入り禁止場所での雪崩などの本人に起因する例も多いが、過剰な開発も絶えず事故の原因となる。

アルプスで起きたゴンドラ事故としては、南チロルでカヴァレーゼで起きた1976年の42人の犠牲者に続いて、1998年2月4日に米軍機のロープ切断事故で20人が犠牲になって以来の大事故となった。そして、2000年11月11日のカプランの氷河急行ケーブルカー火災での155人の犠牲者が思い起こされる。当時もそこへと出かけることも考えていただけに、他人事ではなかったのを思い出す。

今回の事故でも、落下した次のゴンドラに乗っていて命拾いした女の子は、昨年の救助騒ぎの時にザイルで懸垂下降をしたというから、いつも同じような顔ぶれの熱心なスキーヤーが訪れているのだろう。
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政治的棲み分けの土壌

2005-09-22 | アウトドーア・環境
バイオワインについての関心が高まっているようである。簡単にその定義を見てみる。何故ならば、バイオ栽培は10年以上も一般的になっていたので、改めて調べる機会がなかったからである。

ドイツワインにおいてバイオワインを強調する場合、そのバイオワイン協会の存在がある。それは、VDPと言うドイツ高級ワインの団体に対するバイオワイン農家の団体である。そこに書いているガイドラインをざっと見ると、ブドウ栽培時の環境、醸造時の環境、資材や梱包などの環境が大きな柱になっている。

栽培の段階での土壌、害虫駆除、古い株の利用、その他の環境資材については、VDP加盟の多くの醸造所が大分以前から取り組んでいて、化学肥料や害虫駆除薬品などは締め出されている。その徹底振りには差があるかもしれないが、それを謳っている醸造所のほうが普通である。

資材や梱包も絶えず改良されて、発泡スチロール入りのワイン輸送用の箱を探す事は難しく、それぞれの醸造所の努力と言うよりも資材の供給元の努力が実って来ている。

さて、醸造であるが、高級ワインと言われる醸造所は元々、最小限のケミカルを用いて自然食品を醸造してきた。それに対して中小の一等栽培地から外れた醸造所や農家がケミカルを入れて手っ取り早く飲み口の良いワインを醸造していたのが、有名な独墺ワインの不凍液スキャンダルであった。

このような事から、ドイツワインに関しては中小の農家などが集まって団体を作りバイオワインを実践すると言うのは、新しい市場の開拓であると共に消費者に一定の価値判断を与える事になるのだろう。

言うなれば、ノーブランドと言うブランドに近いもので、商業活動としての価値も認めねばならない。反面、ドイツの高級ワイン市場においては今後も殊更バイオワインを謳う必要は無くて、伝統を推し進めていけばよいのである。

厳密に言うと、醸造時の酵母や品種改良において、今後バイオテクノロジーの暴走を管理出来なくなるのを防ぐ事が必要である。我々は、飼料の工業化でブリオンというたんぱく質が犯すBSE騒動に襲われた。このようなことは、今後も幾らでも起きる可能性がある。

BSE騒動で複数の大臣の首が飛んで、代わりに急遽就任した緑の党のレナーテ・キューナス農林消費者保護担当大臣は、昨日のTVショーで所謂ジャマイカ連立について各党の政治家と有意義な議論をしていた。

特に注目されたのは、CSUのバイエルン内務大臣ベックシュタイン博士との会話である。何故ならば、氏はプロテスタントで左翼からはナチとも言われるほど右翼であり、「外国人はドイツ語を喋り考えるように再教育をしなければならない。だから子供以外の外国人労働者の自動的な家族呼び寄せは止めろ。」とドイツ文化主義を持論としているからである。今回のジャマイカ連立でも緑の党の環境大臣トリティン氏と如何して席を同じく出来ようかと言われる関係である。

それでも、バイエルンの農業問題への地道な取り組みなどは流石に地元に密着して啓蒙している。今回は、トップダウン式の連立が模索されているが、実は小さな町単位の議論は絶えずこのようなものである。其々の旗印を挙げて、問題を解決して行くだけなのである。

普段の生活に、工業団地やバイパス道路や噴水は必要でも原理主義は必要ないのである。このような政治構図をボトムアップして行く事は全く不可能ではない。先ずトップダウンで、その 方 法 を 示 す 事 だけが肝要である。

バイオワインから農政、そして地方政治へと話題が移ったが、地方分権と言うのは、決して地方のボスがブクブクと肥りながら、首都のボスに成っていくと言うものではないことに留意しなければいけない。ドイツワインの市場の棲み分けもこれに非常に似ている。
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深く沈むと立てない腰掛

2005-09-21 | 雑感
世界中に伝えられている映像にもコメントしなければいけないのかもしれない。

与党の首班や挑戦者がその結果にも関わらず、勝利宣言するのも政治であるが、幾つかの事象にドイツらしさも表れる。

特に批判された開票後でのTV出演における首相のメディア批判の鷹揚な態度は興味深い。対抗馬を押さえつけて視聴者に勝利を印象付けるまでは良かったが、それを逸脱して反感を与えたようだ。流石に海千山千の政治家といってもふてぶてしく芝居を打つのは、あの状況では容易でなかったのだろう。本人の手が震えていたと言う証言もあるぐらいで、逆に人間らしさを曝け出してしまったようだ。

対抗馬の女性党首の勝利宣言も幾分顔が強張っており、TV出演でも自分の不人気へのショックは隠せなかった。しかし、そのようなナイーヴな人間性だけでは、リーダーシップは取れない。

政治戦略として、首相サイドは統一会派の保守政党を二つの公党として、自分の与党を第一党とする論拠を展開している。それに対して、外務大臣バイエルン首相の方は幾らか傍観出来るので落ち着き払っている。結果に責任があると自覚していると、人は余裕を失い赤裸々な姿を見せる。

首相の態度であるが、日曜日の午後からは結果が大体分かっていた筈なのだが。このような姿勢は準備して居たのだろうが、メディアを利用する意識が強過ぎて演出過剰となった。

初入閣時には大臣椅子に座り、子供のようだったと外務大臣は評されている。首相の方は、解散の決断やこの政治進展を見ると、権力の椅子が如何に心地良いかがを教えてくれる。ヘルムート・コール在任晩年の横暴も有名だが、どのような分野でも、どのような人間でも、その椅子の快楽には克己出来ないのは古今東西変わらないらしい。

それだけに普段の権力を、首脳外交の場でも示せる政治家の立場は世界に数えるほどしか居ないので、外交では虚勢の塗装が剥げてその人間性を曝し出してしまう事が多いようである。

どこかに「新聞記者は出て行け、TVだけにしてくれ」と言った首相が居たが、映像はそのままの人間を映し出すことも出来るので、重要な情報源ともなる。



参照:
アトリエのアルブレヒト・デューラー [ 文化一般 ] / 2005-01-10
公共堆肥から養分摂取 [ 女 ] / 2005-01-11
素裸が雄弁に語らないもの [ 文化一般 ] / 2005-04-21
固いものと柔らかいもの [文学・思想] / 2005-07-27
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ワイン三昧 三話'05年III

2005-09-20 | ワイン
名前
ミュラー・カトワール

場所
ノイシュタット アン デア ヴァインシュトラーゼ

特記
フランス名前から分かるようにカルバン派ユグノーの家系。 1744年以来の九代目。中小規模高品質の醸造所としても近年脚光を浴びた。その後の品質も安定している。

履行日時
2005年9月16日

試飲ワイン
2004年ハルター・ブュルガーガルテンの辛口リースリングキャビネット、
2004年ギメルディンガー・マンデルガルテンの辛口シュペートレーゼ、
2004年ハルター・ブュルガーガルテンの辛口シュペートレーゼ、ゲーレン、
2004年メンヒガルテンの辛口ヴァイスブルグンダー シュペートレーゼ、
2003年シュペートレーゼ 辛口アウスレーゼ、
全五種類。

感想
ブュルガーガルテンのキャビネットは、先ず香りが蜂蜜風味で少し甘いが素晴らしい。香りの要素が特別集中していないが広がりがあり複雑である。味も香りと同じく当たりが良く、ミネラル風味を感じる。しかし、まだまだ広がっていない感じで、「お花畑の味」であってもまだ蕾のようにである。時間が経って味が開いた時に蜂蜜風になって単調にならないかが気になる。丸みの分角が落ち過ぎる感じがする。マンデルガルテンは、まるで木樽で作られたような味があったが全てステンレスらしい。酵母の種類や使い方でこのような味が出てきたと思われる。それでも昨今の流行を反映して軽みを大切にしているようだ。プリミエー・クリュクラスのゲーレンは、上のカビネットと非常に良く似ているが、今の時点でも既に時間軸に沿って次から次へと違う味の断面が表れる。それに胡椒の様なピリ感がアクセントを添える。ヴァイスブルグンダーは、傾向としてはリースリングと同じだが香りや味が単調なのでそれ以上のものにはならない。食事に簡単に飲むのは確りし過ぎている。赤ワインは、記録的な2003年夏の暑さが高いアルコールにしている。グラスに垂れる筋がとろとろとしていて、辛味と深みが良い。

総論
赤ワインはそれ自体は素晴らしいが、他所のものと価格共々比較してみないと判断は出来ない。2003年の物はこれからが出頃である。ここのプリミエールクリュを飲んだのは初めてだったが、これも価格との比較になるだろう。価格設定は、最高の所にあるがそれ程に高価に感じさせないのは質が高いからだろうか。それでも冷静に考えると、現在のドイツワインの価格設定は高い。インフレ傾向があるわけではないが、高級リースリングは特別な飲み物になりつつある。日常消費ワインと特別なワインとが、一軒の醸造所でも棲み分けるような傾向にある。



参照:
ドイツワイン三昧 第三話 '05年II版 [ワイン] / 2005-05-14
ドイツワイン三昧 第三話 2005年版[ ワイン ] / 2005-03-08
ドイツワイン三昧 第三話 [ ワイン ] / 2004-11-07
1998年の辛口リースリングワイン[ ワイン ] / 2004-11-07
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三色スカラとベクトル合成

2005-09-19 | 文学・思想
選挙結果は大変興味深い。二つの大政党が小さくなり、三つの小政党が連立の決定権を握る事になった。政党同士の交渉はこれから進むが、このような多彩なパズルの組み合わせの可能性があることは幸運である。

言うなれば、議会政治の世界でもイデオロギーの独善の支持・否定から政治の哲学的傾向の選択へと向っているということではないか。つまり、各政党は政治を定めるのではなくて、その議席数に応じたベクトルを与えるだけなのである。基礎数学の二次元でのスカラーとベクトルを考えれば良い。もしくは、三原色のスカラーを其々に足して新しい色にすればよい。

保守連合の歴史的敗北の理由は、党首がアデナウワー風、プロシア風の過去の保守像の影を追いかけて、メディアや知識人ばかりではなく広く有権者に嫌悪された事、またネオリベラル税制案のようなアカデミックな政策が否定された事、社会民主党においても、その労働法案が示すように高圧的な新社会主義思想に東独を中心に反発が強かった事であったのが明白に読み取れるのではないか。ネオ原理主義などは、巷の有権者には関心が無い。

現在の連立パズル出題状況こそ求められたもので、ここで連立が出来ない政党は必要ないだろう。ベルリンは嘗て無いほど政治的にダイナミックに活性化して行く。非常に民主的で進歩的な政治環境を大小の政党は生かして行くべきであり、政治学的にも瞠目に値するだろう。

偶々、社会層環境に購読紙・誌毎を重ねたディアグラムを見つけた。それがそれ程正しいとは思わないが、政党の支持の方向もこのように重なりもあり、多数派工作の連立によって新たな集合を以って、魅力的な政府を作る事が出来る。

再び、スカラーの大きさを見ると、どれほどに方向が違っても ― 違えば違うほど ―、連立によってベクトルが合成された魅力的なディアグラムを描く事が出来る。



参照:
多数連合と少数の不可侵権 [歴史・時事] / 2005-09-12
議席配分の原則とは [雑感] / 2005-09-18
三十五年前からの使者 [歴史・時事] / 2005-09-11
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2005年選挙投票前予想

2005-09-18 | 歴史・時事
さて、いよいよ大胆予測をしてみよう。金曜日の放送等では、未だに決断していないという有権者がかなり多く、嘗てない事の様である。その反面、投票率は前回の80%超えると予想されるので、全体が流動的と言えよう。この中には、其々の票を異なる政党に投じる者もいる筈で、金曜日の演説会も小党は第二票に重きを置いていた。比較的予想のし易い比例代表区に重点のある小党から考える。

調査で左派党が8%の第二票に相当する数字が出ているので、今回は大躍進で50議席位の会派になるのだろうか。しかし社会民主党に得票が食われる傾向にもある。

自由党は、保守党との連立過半数が危ぶまれて蚊帳の外になった感があるが如何だろうか。調査時よりも目減り気味と言う事で、現議席の47(得票率5.7%、7.6%)を守れるとは限らない。ここも大分前から第二票を重点に切り換えていた。支持が死票になるというのが最も否定的なイメージである。

さて政権与党の緑の党であるが、コソボ参戦などを通して従来のパシフィストや急進的な党員は袂を分けたが、最も人気ある政治家ヨシュカ・フィシャー外相への第二票を期待している。選挙戦最終週に途中ニュウヨーク国連本部へと寄り道して、大きな顔写真入バスで動き回っていたようである。下野しての党の成長と若返りに向ける反面、左派党支持は死票になると訴え対抗している。支持の裾野と政策分野を広げたので、第二票で現状維持を図れるか。

調査では、「政治家個人は関係ない、政策だ」と殆んどの人が答えるが、これも百パーセントは信用出来ない。これがキリスト教民主同盟では、大きな要素になるだろう。つまり、ジャーナリストや知識人が何と言おうが関係ない。焦点は、アンゲラ・メルケルの人気次第で、保守の基礎票にどれほど上積み出来るかであろう。その意味から前回並みの得票率ならば敗北であろう。メルクル女史以上の人気者が居れば批判票諸共楽勝していたと巷の噂である。それでも30%を越える支持は確実で、爆発的な支持もありえないことは無いから最も計算辛い。

バイエルン州のみ選出のキリスト教社会同盟は、前回はシュトイバー党首が首相候補であったので強かったのだが、今回は前々回並までの落ち込みは避けられないのではないだろうか。すると地元では9%前後となる。その落ち込み分をメルケル人気は埋め合わせるだろうが、その筋では昨今シュトイバー氏の方が良かったとか言う。

社会民主党は、あれほどに失策を犯しながらも、回復傾向にある。最大手民間土木会社が倒産間近と聞くと、自らが延命策の為に夜中にでもフランクフルト本社へと駆けつけて、官民の越境をして経済原理や社会秩序を犯すような行動を取ったシュレーダー首相であったが、そのような行動力が若干見直されて来ている。

大雑把に比例代表区で前回並みの39%に支持率を上げるような状況を考えてみよう。これはどうしても党首同士の人気投票の要素も無視出来ない。そのような投票動向では、各選挙区でも有力な代議士を以って善戦して、数ヶ月前の州知事戦ノルトライン・ヴェストファーレンの敗北から立ち直れる可能性もありえる。

そうなるとメルケル人気次第だが殆んど第一党となる可能性がある。そのようなケースでは、左派党からと自由党から十分に議席を奪い取る可能性があるだろう。シュレーダー首相再選のシナリオは、それほど高い確率で上演されるとは思わないが、有り得ないと言うことではない。

速報:
DEUTSCHE WELLE
-予想・グラフィック
PHOENIX TV
-Text Ver.(ARD・ZDF予想)
N-TV(CNN)予想グラフィック
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議席配分の原則とは

2005-09-18 | 雑感
大胆選挙予想と言いたいが、各選挙区毎の調査資料もないので、先ずは選挙制度について見てみよう。多数得票者当選制と比例代表制の是非は、代議制の原則に基づいて19世紀中ごろから議論されて来たと言う。この二つの要素を比較するだけで様々な功罪があり結論は永遠に出ない。比例代表に置いても様々な条件を加味する事が出来る上に、多数得票者当選制を選挙区毎に行う直接指名は更に複雑である。絶対多数制や比較多数制、複数選挙区制などヴァレーションに事欠かない。

ドイツ連邦共和国の代議士選挙においては、前者は、299地域に分けられた単数比較多数選挙区制である。これにて半数の代議士が選ばれる。後者は、ヴァイマール憲政時のナチスこと国家社会主義ドイツ労働党の国政進出を許した反省から5%条項もしくは三選挙区における選出を議席への条件としている事は有名である。連邦州毎に各党が代議士名簿を公開して、議席の半分がこれに割り当てられる。

こうして有権者は、其々に一票づつ入れるので各々が二票有する事になる。前者を第一票、後者を第二票と呼ぶ。

両者の差異を配慮して、細かい微調整などの特例もあるが、これは両選挙制度の併用でも補えない票数と議席数の不一致を埋め合わせる為にある。つまり、有権者の票が十分に生かされることを第一儀として、法的には政党の得票数に値する議席の確保が保証される。

少なくとも二つの政党が其々全州総計で第一票が50%と5%、第二票が48%と8%の得票率と獲得する時、議席数でも其々に相当する比率が10対1と6対1の間の後者に近い結果となる。逆に選挙区で総合して十分な支持を集めた場合は、これが剰余票として比例区に加味される場合もある。

前回の2002年選挙結果の第一、第二票の其々の得票率を見ると、与党SPDに42.6%、38.3%、野党CDUに32.4%、29.8%、CSUに11.0%、11.0%、更に連立与党GRUENEに6.1%、9.4%となっている。実際の議席数は、其々249議席、247議席、55議席となって粗納得できる配分ではなかろうか。この議席配分の原則がある限り、少数の民意も議会に反映するどころか、小党の緑の党が堂々と政権入りを果し、重要な大臣ポストを議席に見合うだけ占めた。(大胆予測をしてみよう…に続く)



参照:多数連合と少数の不可侵権 [歴史・時事] / 2005-09-12
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バイリシュ蒸しパンと餡饅

2005-09-17 | 料理
南ドイツの特にバイリシュ語の地域でポピュラーなのがダンプヌーデルと呼ばれる蒸しパンである。バターや塩を混ぜて蒸し焼きするので、油気も多くカロリーも高い。これの焼き立ては美味い。特に底の焦げ目に塩水の塩が焼きあがり、カリカリする所が殊の外美味い。冷えてくると油が浮いてくるが、それ程悪いものでもない。

これに似たゲルムクネーデルと言うのはヴィーンの名物らしいが、オーストリーのスキー場でのホカホカの饅頭として有名だ。肉や餡ならずプラムジャムが真ん中に入っていて、ケシの実をタップリ、熱々のヴァニラソースをタップリかけての季節ももう間近である。

昨日開けたワインは、ムスカテラーと言う葡萄種である。フェニキア人によって小アジア(参照:コメント欄)からもたらされて、ローマ人によって広められたという。九世紀にはカール大帝に賞賛されていて、十二世紀にはドナウ河畔バッハウでの栽培が承認されている。

今回飲んだものは2002年産であったが、アルコール度も12度と高く、十分に力強かった。香りがマスカットのように素晴らしいが、それ自体に甘みがあるので、どうしても食事を選ぶ。残念ながらダンプヌーデルも手元に無かった。どうも上手くいかない。
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