Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2006年09月

2006-09-30 | Weblog-Index



人身御供の啓蒙主義 [ 音 ] / 2006-09-30 TB0,COM0
イドメネオ検閲の生贄 [ 音 ] / 2006-09-29 TB1,COM0
鉄扇でござる [ 雑感 ] / 2006-09-28 TB0,COM0
貧しい村と産業基盤 [ 生活 ] / 2006-09-27 TB0,COM2
管弦のリアルな黄昏の音 [ 音 ] / 2006-09-26 TB2,COM8
ネット世界における検閲 [ 雑感 ] / 2006-09-25 TB1,COM0
ノーパートナー・デモグラフ [ 女 ] / 2006-09-24 TB2,COM4
こねこねクネクネ [ 料理 ] / 2006-09-23 TB2,COM8
捩れた物乞いの教会 [ 雑感 ] / 2006-09-22 TB0,COM0
市と鉄道と歴史的建造物 [ 歴史・時事 ] / 2006-09-21 TB1,COM6
Kタウン日本庭園の価値 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-09-20 TB0,COM0
雑食砂岩の日本庭園 [ 文化一般 ] / 2006-09-19 TB1,COM10
教皇の信仰病理学講座 [ 文学・思想 ] / 2006-09-18 TB1,COM8
思いがけない見もの [ 生活 ] / 2006-09-17 TB0,COM2
皇帝のモハメッド批判 [ 文化一般 ] / 2006-09-16 TB2,COM8
テヘランからの恋文 [ 文学・思想 ] / 2006-09-15 TB1,COM0
合理主義に慄く第三世界 [ 生活 ] / 2006-09-14 TB0,COM2
腕は壁の方へと靡く[ 試飲百景 ] / 2006-09-13 TB0,COM0
あの時のイヴェント [ 歴史・時事 ] / 2006-09-12 TB0,COM2
ラインの穏やかな中庭 [ 試飲百景 ] / 2006-09-11 TB0,COM2
良いワインには良い料理 [ 試飲百景 ] / 2006-09-10 TB0,COM2
新興地の無い普遍性 [ 生活 ] / 2006-09-09 TB0,COM2
影の無い憂き世の酒歌 [ 音 ] / 2006-09-08 TB2,COM12
何一つ出来る事は無い [ 雑感 ] / 2006-09-07 TB0,COM8
イタリア人より始末が悪い [ 料理 ] / 2006-09-06 03 TB0,COM9
民族差別と同化 [ 文化一般 ] / 2006-09-05 TB0,COM2
チロル東西南北 [ 生活 ] / 2006-09-04 TB0,COM0
石灰岩の大地の歌[ テクニック ] / 2006-09-03 TB0,COM0
1953年のクラシック [ アウトドーア・環境 ] / 2006-09-02 TB0,COM0
愚連隊が飲み干す [ アウトドーア・環境 ] / 2006-09-01 TB0,COM4
前夜際から始める [ 生活 ] / 2006-08-31 TB0,COM0
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人身御供の啓蒙主義

2006-09-30 | 
イドメネオの生贄の余波を記す。

その中でも最も呆れるのは、ベルリンで開かれている内務大臣主催のイスラム賢人会議においての、主催者の次の発言であろう。

「出席者揃って三十人で、イドメネオを劇場に観に行く。」

上半身が不随なのか?「再演の可能性も無きにしも非ず。」とは劇場支配人付きのスポークスマンが、「劇場の安全を保障されるという条件で」と、全ての責任をSPDのベルリン内務相ケルティングに投げ返した。

ケルティングの判断は、プリミエーの二年後にも拘らず不意に警察に寄せられた匿名の電話による。その危険を、急いで休暇中の支配人に電話でしらせたのは八月と言われる。匿名電話の真相は判っておらず。これを指して内務大臣はこの政治家を「頭が無い」と評した。

頭が無いのは問題の演出で、ご存知の通り、ネプチューンであり、ブッタであり、キリストであり、ムハンマドなのである。典型的なドイツ名物の罪の譲り合いと言うか、官僚主義的責任転嫁の嵐である。

再演中止を警備上の理由とした手前、オペラ劇場は芸術上の自主・自由を放棄した。幾ら賢者とはいえ、上の演出のオペラ上演をイスラム教徒が雁首を並べて観劇する事はより一層拡大されたスキャンダルであり、内務大臣が言うような 政 治 的 利 用 はいかなる場合でもオペラ劇場は避けなければいけない。

しかし、こうした責任の放棄状態となれば、劇場の文化的な自主性は木っ端微塵に破壊されて、万が一この演出が再演となった暁には本格的な破壊活動も予期せなければいけないであろう。このままの演出では、再演は不可能であろうと予想される。さもなくば注目されてしまった以上、永遠にお蔵入りとなるかもしれない。政治家如きが先日のローマ教皇を真似て知識人然と、文化的メッセージを発しようとするのが間違いである。

同時にベルリンの歌劇場の合弁統合問題が決着がついていない現在、政治的な介入は死活問題であり、こうした痴態を曝して、いよいよ西ドイツを代表した歌劇場消滅へのカウントダウンは一挙に加速した。

クレタ王イドメネオは不条理な神のもとに苦しみ、息子のイダマンテは自ら進み出て生贄になろうとする。その間に入って人身御供となろうと身を投じるイリアの救済劇となる。バロックオペラの牧歌的なギリシャ神話劇でも悲劇でもなく、有名な四重唱の複雑な心理描写に示されるような古典派オペラゆえに、当時のナポリ風のイタリアオペラやグルックを代表とするラシーヌ劇のフランスオペラを内容的に遥かに超えている。

このオペラは、続くモーツァルト独自のオペラ芸術への始まりとされ、心理劇としての大オペラに違いない。元来、最晩年の作「皇帝ティトゥスの慈悲」とは、啓蒙主義という点では大きく異なり、さらにこうして演出されたオペラは啓蒙を超えて挑発する。だからこそ、内務大臣が選りすぐって賢人会議に挙げた大フリードリッヒの啓蒙の言葉は、大変なお門違いなのである。

芸術や文化における誤解は、特に政治的に利用されるとき、甚だ重大な結果となりえる。現時点では、ビスマルク大通りの旧西ベルリンの劇場にデモ行進が突き進んだと言う情報は入っていないようだ。如何に旧東ベルリン市民が、社会主義リアリズムと外貨稼ぎの輸出品化した伝統芸能に麻痺して芸術文化に音痴になっているかをよく示しているのではないだろうか。



参照:
御奉仕が座右の銘の女 [ 女 ] / 2005-07-26
半世紀の時の進み方 [ 文化一般 ] / 2006-02-19
本当に一番大切なもの? [ 文学・思想 ] / 2006-02-04
開かれた平凡な日常に [ 文学・思想 ] / 2005-12-30
シラーの歓喜に寄せて [ 文学・思想 ] / 2005-12-18
街の半影を彷徨して [ アウトドーア・環境 ] / 2005-12-11
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イドメネオ検閲の生贄

2006-09-29 | 
「気がふれたか、断じて受け入れられん。」がワシントン訪問中のドイツ連邦共和国内務大臣ショイブレ博士の第一声だったようだ。ドイツオペラベルリンで再上演される予定だったオペラセリア「イドメネオ」は、モーツァルトイヤー最大のオペライヴェントとなった。

プリミエールで評価の高かったハンツ・ノイエンフェルツの演出は、今シーズン11月に再演されることが決っていた。それが、モスリムの予期不可な攻撃を恐れて、上演中止となった。劇場長キルスティン・ヘルムスは、テロ攻撃を恐れて、演出の修正を演出家に申し入れたがならず、警察や警備当局の憂慮を受け入れて自主規制の検閲として中止に踏み切った。この旧西ベルリンの劇場にしては、珍しく多数の報道陣が詰め掛けたようだ。

この女性の決断を聞いた、自ら銃撃により下半身不随となった保守政治家の反応が冒頭の言葉である。特にCSU&CDUの保守系政治家の批判は痛烈である。左派党が「決断は理解できる」としたのに対し、SPDは起こりうる脅しに前もって跪くようで受け入れられないとしている。

さて問題の演出では、オペラの後で態々タイトルロールのイデメネオが登場して、仏陀、キリスト、モハメッドとネプチューンの首を血みどろになりながら切り取る。2003年3月のプリミエー会場ではブーイングが凄かったが、評価は高かったようだ。なぜならば、フランス風オペラにイタリア語の歌詞をつけたモーツァルトの音楽と自らも関与した台本はフランス革命の無神論が基礎になっていると言うコンセプトがくっきり見て取れたからのようである。因みにシラーの「盗賊」と同年の作品である。

クレタ王イドメネオが嵐に会い、最初に出会った人間を生贄にするとして海神ネプチューンに無事な帰還を許されたが、島で出会ったのは自らの息子イダマンテであった。生贄になるまでは世界は荒れ続ける。イデメネオのみが理由を知っている。モーツァルトとしては始めて作家と共同して真剣に取り組んだ台本で、修正を重ねながら晩年も「大オペラ」と呼んで熱心に上演をしている。ミュンヘンに移ったカールデオドール候の依頼でキュヴェリエ劇場で1880年に上演されている。

このオペラの素晴らしさは、そうした時代背景があるからこそ、観衆を挑発するような態度はある程度認められるとしても、けっしてそうした演出に顕在するのでは無く人間描写の音楽的充実に内在しなければいけない。演出家自身も、現在の社会情勢ならば、違った演出をしただろうと言うが、これはこの数年の時の流れを考えれば、つまらない言い訳で、こうした演出をする資格があるのかどうか疑わしい。

該当の演出の価値がモハメッドのカリカルチャー程度とは思わないが、すくなくとも辞任したこの 女 性 支 配 人 にとってはそれほどの価値しかなかったのであろう。それならばなぜその程度の価値の演出を再演する必要があったのだ。こうした人間が文化マネージメントをしているオペラと言うものは、今更社会の税金で賄われるべきものでは無い。

ショイブレ博士が「ドイツのモスレム」に呼びかけるように、モスリムがこの舞台を観て何かを得るものでなければ何の価値も無い。今更、切り取られた神のを並べてどうする。現在のドイツにはそうした偉大な芸術文化は存在しないと皆が認める。

大フリードリッヒ王が言った、「モスリムを受け入れよう。我々の法に準拠する限り、モスクも作ってあげよう。」とする啓蒙主義の寛容精神が繰り返される。

世界メディアや安物メディアが言うような「表現の自由」云々の問題では決して無いのである。必要なのは表現なのである。モーツァルトイヤーなどと宣のがおこがましい。(人身御供の啓蒙主義 [ 音 ] / 2006-09-30 へと続く)



参照:
教皇の信仰病理学講座 [ 文学・思想 ] / 2006-09-18
皇帝のモハメッド批判 [ 文化一般 ] / 2006-09-16
ネット世界における検閲 [ 雑感 ] / 2006-09-25
政教分離の無為と有為 [ ワールドカップ'06 ] / 2006-07-10
リベラリズムの暴力と無力 [ 歴史・時事 ] / 2004-11-06
キッパ坊やとヒジャブ嬢ちゃん [ 歴史・時事 ] / 2004-11-06
固いものと柔らかいもの [ 文学・思想 ] / 2005-07-27
海の潮は藍より青し [ 文学・思想 ] / 2005-08-28
言葉の意味と響きの束縛 [ 音 ] / 2006-04-15
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鉄扇でござる

2006-09-28 | 雑感
知り合いの刑事が日本の古武道の道場を開いている。その道場主がテッセンが欲しいと言うので調べてあげることにした。テッセンとは鉄扇と言うもので、どういったものか分かる人や実物を持っている人は少ないであろう。

ネットで見ると合気道などにも使うとあるが、元々は二本差しが出来ない殿中などで、速攻一撃を避けるための防具として発達したようだ。織田信長が使ったとかも書いてあるが、近世江戸時代の太平天国時代にファッションとして流行った気配もある。

通常の扇子の様に使えるように、主の骨は鉄で、副の骨は竹で出来ていて、紙が貼られている。だから、閉じた扇子は十手のように刀の攻撃を避ける。しかし、一振り必殺の刀は刃こぼれするかもしれないが、それを扇子が跳ね除ける事が出来るのか?

「殿中で御座る。」と叫びながら一撃を本当に食い止めたのか、それとも下級武士までが古の侍のような気持ちになって小物のおしゃれを楽しんだのかは分からない。

様々な質や価格の商品があるようだが、本人が希望するものを信用が置けて海外へと送付してくれる業者を探してあげなければいけない。
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貧しい村と産業基盤

2006-09-27 | 生活

ここにも貧しい村があった。だから、かのクーゼルのように米国へと楽師として出稼ぎに行っていた。そうした楽師がこちらへと帰国するときに、ミシンを修理のために持ち帰った。そしてミシンのGeorg Michael Pfaff社の歴史に繋がるようだ。

カイザースラウテルンのお当地ものを示すフィギュアが噴水を飾っている。そうした産業基盤が現在のオペル工場にも寄与している。テキスタイル関係の企業も多かった。

現在は、米軍基地のお膝元となっているが、因縁のようなものが感じられる。
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管弦のリアルな黄昏の音

2006-09-26 | 
ソヴィエトを代表する作曲家ショスタコヴィッチの生誕百年である。それを記念して、交響曲作曲家の全集が発売される。十年近く掛かって録音されたものの再発売である。十枚組みで35ユーロと格安なので、ベートーヴェン交響曲全集のように一家に一セットと促販したいところだろう。その価値があるのかどうか、二週間以上前の新聞評を読んでみる。

十五曲もの交響曲を書いた有名交響曲作家は、ハイドンやモーツァルトの時代を除くとベートーヴェン以降はほとんど存在しない。この作品量は交響曲の歴史に深く関わっているのだが、一家に一セットの録音なのかどうかもここに関わっている。今回発売の全集は実力派指揮者ヤンソンスが世界の一流楽団を指揮して完成させたものである。交響曲以外に、幾つかの管弦楽曲もカップリングされている。

さて、新聞批評では、シュスタコーヴィッチは「社会主義リアリズム」に翻弄されて、気難しい顔をしながらも共産党当局に決して跪いていたのではないとする見解がこの全集で語られると言う。

具体的には第九交響曲のソヴィエトの勝利は、冒頭で指パッチンのおかしなブリキの兵隊の行進となって、いつもの ば か 者 音楽に昇華されるとして、ボルシェヴィキの理想はグロテスクに歪められて、公に嘲られていて、当局が作曲家を拘束しなかったのが不思議であるとする。

こうした評を読むと、真っ先に思い出すのが冷戦下に持て囃されて映画化された、西側に持ち出された「ショスタコーヴィッチの証言」と題された書籍の内容を思い出す。しかし、なぜまたこのような「リアリズム」が1945年にはソヴィエトで問題とならなかったのかの疑問は残る。

同じようにプラウダ批判後に発表された第五交響曲の暗黒から勝利の光への行程が、その大行進曲がこの演奏では忘我と破局の間を彷徨い崩壊する、生の野蛮なぎくしゃくした音楽になっているとする。既に、中立的なフランス序曲風の冒頭が恐怖でいきり立つ風情を以って丁寧に文節されると言う。

ヴァイオリンに現れる主要主題は、ただ嘆くのみならず、死体のように色あせて、初めから 美 学 的 な思考を成立させない。フィナーレの行進曲は、最初から先行きを予備する差異を表現している。ヤンソンスの指揮は、トランペット、トロンボーン、チューバの引きずり重々しい導入とアッチェランドの鞭打つ主部とのテンポ指示のコントラストを初めて明確にして、その崩壊に追い立てるとする。バーンスタイン指揮の明快な情感に満ちた演奏と比べると二分も長いと言う。

ヤンソンスの指揮は、気づかないような対旋律を描いて、アゴーギクと色彩の影を微妙につけながらの演奏なので、特別精妙に解釈されていると言う。作曲家自身後年この曲について、「これは賛美するものではなく、これが判らなければ完全にばか者に違いない」と語っているようだ。

この新聞評を追って行くと、「証言」における解釈の手助けがどうしても思い出される。それとは反対に、ここに1950年代終わりの、ドイツARD特派員ゲルト・リューゲの名言が「迷言」として掲載されている。それは、「気難しい顔は表面だけで、実は当局がフォーマリズムから救ってくれたお蔭で作曲家は大変満足している。」と言うような主旨の発言である。

これは、現在から見るとかなり要を得ているように見えるがどうだろう。交響曲で言えば第四番以後の変遷を見れば理解出来るのではないだろうか。今回の全集が、言うように当代唯一最高のシュスタコーヴィッチ指揮者の解釈であるとするならば、確かにその演奏の嗜好や解釈の仕方が、作曲家の音楽そのものに当てはまるような気がする。

リトアニア人であるマリス・ヤンソンスは、高名な指揮者アルヴィド・ヤンソンスの子息であり、大指揮者ムラヴィンスキーの弟子である。子供のころから、三人でショスタコーヴィッチの作品について語り合ったと言うから、その作曲家直接の薫陶は最も受け継いでいるかもしれない。この指揮者が、コンセルトヘボーオーケストラや西側での交響楽演奏で見せる食い違いと物足りなさはまさにここに源泉があるような気がするがどうだろう。

もう一つこの批評の中で面白い注釈は第十番の批評にあって、三楽章の謎に満ちたホルンのパストラール風のエコー主題に*ウラディミール・カーブジツキーとベルリオーズのイデー・フィックスの合体をヤンソンスは刻印していて、それは作品に頻繁に現れる作曲家自身を示すD-Es-C-H(DSCH)動機に呼応しているとする。その主題(独仏混合音名でE-La-Mi-Re-A)は、ショスタコヴィッチの恋人Elmiraの名前に由来しているらしい。

このシリーズの第十五交響曲の録音のみ手許にあるが、交響曲の幕引きどころか、どうしようもなく薄っぺらい響きと音楽を聞いていると、大管弦楽文化の幕引きをここに示しているような印象が強い。なれば黄昏を奏でる其々の交響楽団の演奏を十枚組みセットで聴いてみようと思う。

ショスタコーヴィッチの作品は、どのようなプリズムを通したにせよリアリズムそのものであるようだ。


*Vladimir Karbusicky博士は、プラハの春で失脚した構造主義の音楽学者で、ボヘミア音楽の研究家として、亡命後はハンブルクなどで教鞭を取った。
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ネット世界における検閲

2006-09-25 | 雑感
先日、中国のインターネット検閲の件が話題となっていた。米国などが異議を唱えたと言うものである。しかしこうした同様の規制処置はドイツ連邦共和国にも存在する。

そこで、法律に抵触するものはネオナチ関連と児童ポルノ関連とされる。主な検閲と遮断の方法は、サーチエンジンのフィルターを通して行われている。つまり、フィルターで遮断されてしまえば、そのようなサイトが存在することも判らない。

これは、中国で行われている方法と余り変わらないであろう。しかし、サーチエンジンへの圧力と指導は、ドイツにある機構に対して行われるのみである。欧州内でも国によって規制が大幅に異なる。

実情は何とも言いがたいが、一体どれほどの熟練サーファーが自国のサーチエンジンしか使わないだろうか?そして、ファイルターの有る無しの判断不可能な情報遮断の方法は、研究家にとっては大変な弊害となる。

個人的な経験から言えば、その始まりからしてネットにおいては英語以外の情報には重きを置いていなかったので、今でも米国のサーチエンジンが検索の主力である。必要や絞込みが初めから可能ならば、その該当言語のサーチエンジンを使うことによって的確な情報を素早く得ることが出来る。

だから、各地域の法律によって元来国境の無いヴァーチュアルな内容が規制出来るのかは司法判断の必要な部分であるらしい。こうした実情から、なにが問題で何が問題でないかなどは最終的には個人の判断によるものである。実際にサーチエンジンなどは自主的な判断を下していると言う。西側先進国においては、これらの規制は二の次のことで、如何にして犯罪に結びつくのか、それとも犯罪が発生しているかの判断や調査の方が遥かに重要であろう。そうでなければ本末転倒である。
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ノーパートナー・デモグラフ

2006-09-24 | 
女性首相のお膝元メックレンブルク・フォアポメルンで極右政党NPDが議席進出した。一部の町では高率の得票を得ている。その分析として、人口統計学的に評価されている。青年層の男性得票が突出しているのは、同年代の女性がいないからだと言う。彼らには、職にも結婚にも希望が無い。なぜならば、職も教育も無く、同年輩の女性は西側へと出て見捨てられてしまっているからである。

このBLOGでも、何人の東ドイツ人女性が登場したことだろう。残された男たちは、両親などと住み、職も無く、酒を飲み暴力沙汰を起しているのかもしれない。

こうした野郎の世界に、上手くNPDが入り込んだと言うよりも、ヴァイマール憲章下のならず者達をナチが取り込んだ状況と変わらないと言う。これをバイオポリティックと呼ぶ。人口問題は簡単に解決できないと新聞は結ぶ。

先日のバイエルン首相シュトイバー博士の発言「今回のトルコ政府の教皇批判で、トルコは我々とは考え方を分かち得ない事がはっきりした。」と言うものに続いて、連邦首相メルケル博士は更なるEU加盟国は無いと言明した。ルーマニアやブルガリアの加盟については他国の推薦があるので判らないが、トルコのEU加盟に関しては今回の事件は大きな契機となった。

EU国民は東方への拡張に懐疑的で必要を感じていない。トルコの取り込みこそが、EUの安定に繋がるとする戦略はすっかりと影を潜めた。今後は、教皇のトルコ訪問でのムードやイランと西欧との駆け引き次第で、再び戦略的な議論がなされるのであろう。
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こねこねクネクネ

2006-09-23 | 料理
クネーデルことドイツ団子が、写真エッセイ&工房「木馬」のロードスターさんが先ほど訪れた旅先の思い出として紹介されている。典型的なドイツ料理として挙げられる写真である。焼き豚と赤キャベツと団子は、南ドイツの普通のお食事処で、焼きソーセージやトンカツにならんで定番である。

問題は食べ方である。小笠原流にはこの食し方は含まれていない。生まれて初めて食卓に着くようになってから、自然と覚えることである。もちろんそれは、家庭の躾けの一部であって、どうしたら美味いかと同時にどうしたら食事を楽しめるかが、身を持って体得される。謂わば、カオスにならずに最後まで食べ終えることが出来れば良いのである。

こうしたことから、食べ方の決まりは無いので、せっかく丸く作ってある団子を切り刻んで、潰してソースに絡める仕草も人其々だろうが、そこにその人の生い立ちや性格に依拠するある種の流儀が感じられるのが面白い。

団子類は、予め拵えて、場所を食うことなく置いておいて、いつでも簡単に使えるようにしておくのが目的であろう。これを潰してくちゃくちゃとするのだから、そこに妙がある。

ぶっかけ飯の大家エンテツ先生のサイト「ザ大衆食つまみぐい」に、この辺りの面白さの専門的話題は譲りたいが、その粘り気とかソースを絡ます感覚は、加工品でもある餅やきりたんぽなどにも通じるものがある。穀物や炭水化物類は、最終的には何処かで油やソースに絡めないといけないと言う基本があるように思われる。胃袋では時遅しなのである。

反対にこれを最終工程の口の中で混ぜ合わせようとするほうが、一寸芸当と言うか、不思議な感じもする。

さて、なんだかんだのつまらない考察はさておき、このクネーデルを最も多く日本語で扱っていると思われるサイト「MOMOの台所」を紹介しておかなければいけない。ご主人のクネーデル好きが反映していると思われるが、旅先で、家庭でとクネーデルは頻繁に登場する。主な、ジャガイモ系とパン粉系の両方を手作りする以外にも、おおきなフォームのものも家族名産となっている。リンクは、鴨の足と赤キャベツ、パン粉系の団子と茸のクリーム黒ビールソース煮、その特製布巾団子のレシピー。

後者のゼンメル・クネーデルは、主にバイリッシュの食文化と言われており、その植民地であるプファルツで実際に食事処で常時提供される事は少ない。この事実も、バイエルン地方の料理は、玉ねぎ甘さなどのソースが多くここプファルツ地方ではソース類はそれほど多くは無いことを証明している。
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捩れた物乞いの教会

2006-09-22 | 雑感
フランシスコ会の修道所跡がカトリック教会になっている。このザンクト・マルティン教会の珍しいのは、船先が曲がっていることである。祭壇が曲がっているのである。

こうしたケースはどれ程あるのだろう。理由は、土地不足である。右側に回廊が無いだけでなく、曲がって建てられた。右の壁の外にあったのは、修道会の建物で溜池との間に挟む形となっていたのである。つまり溜池を使わなければいけないので、然るべき建築を断念したのである。

もちろんそれは同時にフランシス会の物乞いの気風が現れていて、質素を重んじる結果となっている。実際この町から大掛かりな物乞いのツアーが旅立っていったようである。

形式よりも実質を選択したこの空間がかえって何か良い感じがしたが、どうだろう。



参照:
聖フランシスの壁画 [歴史・時事] / 2005-07-04
世界最古のガレージ [歴史・時事] / 2005-07-09
破壊された偶像 [文学・思想] / 2005-07-05
市と鉄道と歴史的建造物 [ 歴史・時事 ] / 2006-09-21
Kタウン日本庭園の価値 [ アウトドーア・環境 ] / 2006-09-20
雑食砂岩の日本庭園 [ 文化一般 ] / 2006-09-19

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市と鉄道と歴史的建造物

2006-09-21 | 歴史・時事
カイザースラウテルンは、先の大戦で歴史的建造物の多くを失っている。ルネッサンス期の城や民家が含まれるが、木造梁作りの民家は、近代になってから貧しい住まいとして駆逐されていった歴史もあるようだ。つまり、裕福な民家や商屋などは競って、クラッシック調の建造物へと立て替えていった事実がある。

現在でも旧市街に珍しく残る木造梁作りの家屋が、旅籠「紡ぎ車屋」スピンレードルである。また、近代を象徴する建造物として、フルヒゥトハレと呼ばれるフローレンスのルネッサンス期の建物を真似た市がある。

名前が示すように農産物の市場でもあったのが次第に、工業化に伴ってザールラントから運ばれた石炭や鉄、加工品などが売られるようになる。そのうちに、ルートヴィッヒ鉄道がザールランドからノイシュタットを通ってルートヴィヒスハーフェンへと開通して、本格的な集積地となっていくらしい。

1846年にルートヴィヒス一世によって開会した市場は、同時に集会場としても構想されていた。1849年5月にはハムバッハーフェストの革命派は、ここに暫定政府を樹立したが、6月にはプロイセン軍に制圧されている。

労働運動と社会主義運動を考えると近くのマルクスの生地トリアーでの組合運動も無視出来ないようだ。これらは余り話題とならないが、最近中国人観光客がトリアーに集結していることを考えれば、再び歴史の中で脚光を浴びることもあるのかもしれない。

再びここの町の近代史へと戻るならば、町の中のあるデパートの建物が目に入る。地上階の上に天井が低く設置されているのが倉庫なのである。こうした市内の発展に平行して工業化が進んでいった。

もう一つここの町の道路の番号表示は色分けされている。これは大変珍しいようで、火災の際の消化水槽組別の色分けになっているらしい。
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Kタウン日本庭園の価値

2006-09-20 | アウトドーア・環境

日本庭園の表口は、役所の裏の路地にあって趣はあまり無い。大通りのラウテルシュトラーセに面した裏口の方は一寸良い。広さは四千坪であるから数十年前ならば日本の豪邸の前栽の広さである。現在ならば温泉宿程度の広さだろうか。そのこじんまりとした広さが、こうした日本国外にある日本庭園としては成功している大きな要素となっているだろう。

元々は石切り場を背に地元の繊維加工会社のオーナーの屋敷があったという。この庭を改造して、日本庭園へとする計画が持ち上がったのが、1993年で比較的新しい。姉妹都市である文京区の力添いなどを受けながら、四年間の準備期間を経て、具体的に庭園作りと管理のための非営利団体が出来たのが1997年である。現在も公共の土地と資金援助を受けて運営されている。

大きな池がこの庭園の中心に居座っている。ここの土地は元々、四方にため池がありこの水が大きな役割を果たしている。もちろん水はフィルターで洗浄されてポンプアップされている。それでも2003年の熱気による蒸発や水漏れで水道代は大分の額に上ったようだ。鯉もすくすくと育っているが、まだまだこれからだろう。米国キャンプの関係でこの町はケータウンと呼ばれるらしいが、何れはコイタウンと呼ばれるのだろうか?

何よりもの特徴は、ところどころに目立つ雑食砂岩の色合いと風情がここの土地らしく、日本の樹木が集められた庭に良いアクセントを与えている。反対にその他の石や灯篭などは、どうしても違和感があるが、何れ苔むして来ればしっとりとして来るのかもしれない。いずれにしても、土地を生かした庭園作りをさらに目指してもらいたい。残念ながら写真は無いが、雑食砂岩の括れを流れる前栽の水の息吹はなかなか素晴らしい。一つには、この地方に滝らしい滝が少ないことによるのかもしれない。

日本の樹木といっても同じ種を気候に合うようにこちらで品種改良したもので、よく見ると違いはあるのだろう。季節にもよるがどれ程開花する樹木があるのかは分からない。日本庭園の価値は、手入れの手間に比例すると思うが、ここの程度は個人の大庭園の域を出ないであろう。寺院の有名庭園のレヴェルは到底無理としても温泉宿程度は維持して貰いたい。

コケが生えるのを待っていると言うが、庭園作りには限が無い。予想するにこのままで推移すると英国庭園と日本庭園の中間の線に落ち着くのではないかと思う。

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雑食砂岩の日本庭園

2006-09-19 | 文化一般
噂に聞いていた日本庭園である。期待していなかったが、大変良かった。地元の九百人以上の非営利団体によって管理されている。そこの代表のヴスト教授がガイドに付き合う。非常に感心しているので氏も喜んでくれる。特に、パファルツの土壌の雑色砂岩に感心して、それを誉める。「日本には無い土壌と色彩が珍しく、これは間違いなくドイツの日本庭園文化。」と嬉しく思う。

滑り滝なども自然の感じが良く出来ていたが、一箇所だけカッセルのキャッスルの階段滝のようになっていて興醒めである。

ガーデン内にある東屋は、関東地方の道場の離れを持ってきていて、鄙びた民家の感じが良く出ていた。池畔にあるので、なんとなく腐った匂いと感じで、決して快い風情ではないが、日本家屋とはこんな感じなのだろう。日本には畳み磨きと言うような商品が売られていて、初めてそうしたものを見せて貰う。畳の間へ上がる用意をして、靴下を点検しておいたので良かった。慣れないと靴を脱ぐのは大変抵抗がある。

狭い縁側で滑って、そのまま行けばガラスの入った引き戸を打ち破り池に落ちそうになるが、フェルトの内履きは危険である。関東間の畳は何とも小さ過ぎてミニチュアの世界のようだ。

その後、歓迎のシャンペンとケーキ菓子をご馳走になり、石庭へと歩みを進める。石庭は龍安寺のようだが、一方の壁が有刺鉄線の生えた刑務所を借景としていて面白い。毎日のように波を整えていると言う。

最後に通った滝つぼの飛び石と砂岩の岩がやはり目を引く。
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教皇の信仰病理学講座

2006-09-18 | 文学・思想
ベネディクト16世のモハメッド発言への世界の反響は大変興味ある。一つはトルコのような国家としての抗議で、11月に教皇訪問が予定されていることから、政府として先手を打ったのであろう。つまり、教皇の講演は、学術的なもしくは宗教的な発言として受け取られた訳ではなくて、政治的な発言として騒動を引き起こした。その聖職者としての立場ではなくその発言内容に既にこうした要因があったのは確かである。

過激な反応を起こした、パキスタン、インド、アフガニスタン、インドネシアにおいて、扇動やデマゴークが存在したのか、原理主義者と呼ばれるような宗教団体が抗議行動へと進む過程など興味ある。

これらはミサにおいてアジアとして、クウェートやモロッコなどはアフリカとして定義されたものに含まれる。そして、理性を持ってこれらとのお互いの対話を教皇が語っている。

改めてその講演の内容について語る必要性は無く、ヴァチカンのスポークスマンが謝罪説明をした以上の事は無い。そしてそこには情報や一般教養としては特別に新たな内容は無いとは言え、手の込んだ修辞法だからこそ、その内容が世界メディアを通す内に歪曲して正しく伝わらないのは仕方が無い。

新教皇の知的業績についてその傾向を把握出来ているとはいえないが、講演内容の評価を試みてみたい。神学者ラッチンガー教授のレーゲンスブルクでの講演の真意は、ミサでの西洋・非西洋と二極化した叙述の中に据えられている。そして、アジア・アフリカとして挙げたそれぞれの地域と民族文化を考えてみるが良い。それはきっと紛争地域であったり、西洋社会においてテロリズムの震源地として挙がる地域で、それに対照して西洋も定義されている。

ここでキーワードたるサブカルチァーの意味を把握しなければいけない。それは、一義に未だに実証主義的理性と哲学形式が宇宙であるとする西洋文化を指す。そうした文化が、未知の神を深く懐に抱き強硬に合理性を主張する文化との対話など出来る筈が無いと説く。

その対話すべき文化たるものがイスラム文化であるのは明白だが、決してそれを限定していない。そして西洋側からの処方箋を提議している。文化的実蹟を神学上の関係へと強引に持ち込んだその方法が、他宗教の信仰を美学的に捕らえたとする非難がある。これは、未知の神を理解する方法の一つでしかないとも思われる。だからこそ同様にキリスト教のアイデンティテーを探るギリシャ文化の影響を挙げているのが注目される。そしてついでながらここで「合成された文化は、ギリシャ文化」であると限定していることも留意しておかなければいけない。

とにかく、そのギリシャのロゴスを基礎とした理性の世界を、中世神学発展を踏まえた論拠としていて、且つまたヘレニズムとまた啓蒙の議論へと立ち戻っている。そして、三度目の脱ヘレニズムと同時に啓蒙の弁証法を越えての回帰と言うことがありえないことを明白にしている。

こうして行き着く先は、提示可能な認識出来るものと、同時に認識不可能なものとの「理のある関係」が可能となるに違いないと言う思考プロセスを論じることになる。これは講演の中でカントが与えた信仰の理性や人間化したイエスにおける哲学からの解放の二度に渡る脱ヘレニズムの現象として列記されている。それは、哲学的な思考に重点を置くのではなくて、自己自身の定義への問いかけとして、上述のヘレニズムの問題として、もしくはカトリック教会のまた教皇自身の欧州自体の自然な特性の基盤への喚起ともども叙述される。

些か複雑であるが、これを今西洋で求められている問いかけとするならば、非西洋においても同様な問いかけがなされるべきで、その方法は異なっても民族や文化の源を探って、ある姿を認識しようとすれば、同様な知的作業が必要になることを語っている。

そしてこれを思い切って世俗の話題として取り上げてしまえば、現在のイスラム社会の不穏に対して西洋が対応出来るとすれば、こうした世界観を持った西洋でしかなく、決してホワイトハウスのようなものではないと言うことである。それは、イラン大統領が示した手紙の中身にも対応していて、とってもではないが西洋サブカルチャーが太刀打ちできるものではないと言う警鐘である。ベネディクト十六世の演説が、何かを生み出すとすれば、それは決してイスラム圏の暴動ではないのである。



参照:
矮小化された神話の英霊 [ 文学・思想 ] / 2006-08-21
豊かな闇に羽ばたく想像 [ 文化一般 ] / 2006-08-20
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思いがけない見もの

2006-09-17 | 生活
独日協会の催し物で、カイザースラウテルンの日本庭園と旧市街を見学した。小雨が予想される曇天で、実際に決行されるかどうか危ぶまれたが、八人以上が参加して盛況であった。

皆さんはマンハイムで列車に乗り合わせて、ローカル線のワイン街道のノイシュタット経由にて現地に11時半前には到着した。ここからは山越えで四半時、またルートヴィヒスハーフェンからは高速で現地入りする。

日本庭園は、1960年代後半の市役所ビルから道を隔てた石切場にある。この辺りの風景は日本の地方の市のようで余りぱっとしない。

町の中には、ワールドカップの名残りが方々に残されている。鯉のぼりの話や、前夜祭のことなども聞いた。この町にとっては、永く語り継がれることとになるのだろう。

日本庭園でのガイドと歓迎を受けて、昼食をガーデン展示会場の裏側で摂り、市役所で町のガイドと落ち合って、旧市街を観光する。

ガイドが言うように思いがけなく見るものが残っていると言うのは正しかった。それぞれについては改めて書き留める。

結局、終日少々むしむしするが雨に降られることも無く、無駄足とはならなかった日曜の行楽であった。



参照:
ライヴカメラを覗いてみる [ ワールドカップ'06 ] / 2006-06-13
ブルコギ鍋のおじや [ 料理 ] / 2005-12-16
蹴球愛国主義と文化水準 [ 雑感 ] / 2006-06-12
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