Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2013年2月

2013-02-28 | Weblog-Index


棒にも箸にもかかる? 2013-02-27 | 女 TB0,COM0
お話にならない東京の文化 2013-02-26 | 文化一般 TB0,COM0
プリングスハイムバイロイト詣で 2013-02-25 | 文化一般 TB0,COM0
アイスクライミングの醍醐味 2013-02-24 | アウトドーア・環境TB0,COM0
ストレス続きで次の一手 2013-02-22 | 生活 TB0,COM0
日本社会の文化的後進性 2013-02-21 | マスメディア批評TB0,COM0
やくざの赤旗締め出し 2013-02-20 | アウトドーア・環境TB0,COM0
もはや期待薄の2011年物 2013-02-19 | ワイン TB0,COM0
少し咳き込んでの不安感 2013-02-18 | アウトドーア・環境TB0,COM4
我が市のエネルギーミックス 2013-02-17 | アウトドーア・環境TB0,COM0
日本への値千金の愛の告白 2013-02-16 | 女 TB0,COM3
熱を出して寝込んだ 2013-02-15 | 生活 TB0,COM0
岩登りの五輪競技化の可能性 2013-02-14 | 雑感 TB0,COM0
欠ける夾雑の自然さ 2013-02-13 | ワイン TB0,COM0
第三波の寒気団に寄せて 2013-02-12 | アウトドーア・環境TB0,COM0
GEWA' GEWA' PAPA PAYA 2013-02-11 | 文化一般 TB0,COM0
二晩続けの寝不足で昼寝 2013-02-10 | 生活 TB0,COM0
手塩にかけて育てる 2013-02-09 | アウトドーア・環境TB0,COM0
揺さぶられて起こすお腹痛 2013-02-08 | 雑感 TB0,COM0
フルクサスからフラッキング 2013-02-07 | 女 TB0,COM0
破瓜する死の恐怖の興奮 2013-02-06 | 文化一般 TB0,COM0
個人で態々訪れる価値 2013-02-05 | 生活 TB0,COM0
初めてのソフトシェル 2013-02-04 | 雑感 TB0,COM0
会えなくて、寂しかったよ! 2013-02-03 | 女 TB0,COM0
アンチウイルスの自己防衛軍 2013-02-02 | テクニック TB0,COM0
ジャーナリズムのエコ視線とは 2013-02-01 | BLOG研究TB0,COM2
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棒にも箸にもかかる?

2013-02-27 | 
手元にお土産用の塗り箸が二組あった。確か語学学校に来ていた法学の日本の弁護士事務所の若様が使ってくださいと置いて行ってくれたものである。十五組ほどあったかもしれないが最後の二組で、和紙に包んであるのがミソだ。

愛しの彼女とその女友達に渡して使ってしまうのが良いと思いついた。それほど価値のあるものにも見えそうにもなくて、それでいながら若い女性には一寸嬉しい贈り物に違いない。しかし、今まで誰にあげたのかも全く記憶に残っていないのである。如何にものにならない試みの多くが繰り返されているかが分かるというものである。

それでもこれという女性にはこの箸などをあげた覚えが無いので、つかもうとする目的がそもそも異なっていたのだと改めて反省の今日この頃である。ランデヴー目的の食事に連れ出すのが目的ならば態々箸を差し出すなどと言う七面倒なことはしないのである。自らも分からないうちに自然に魂胆と言うか、目的へと帆先が向いてしまっているのである。嘘はつけないものである。

その点、今回はこちらに心理的な余裕がある分、要らぬ出費や社交儀礼的なことは考えなくとも、また彼女を無理して連れ歩く必要もないのである。寧ろ彼女の女友達を懐柔させることが重要なのである。

シーズン42日目は眼鏡親方とも登った。早々に五級から六級を片っ端から片づけるのだと息巻いていたので、「五級の登りを見てあげる」と五級マイナスのオヴァーハングを二本登った。病上がりで少し息が上がるが、それでも今まで以上に完璧に登れる。さて親方の方は二本目の核心部で危なくなったが、左足の足場を先に乗せることを教えたので解決できた。

いよいよ垂壁の五級プラスである。右へ右へと天井まで登っていくので距離も長く、横への二か所は核心部であり、登るほどに下が中空になってくるので高度感もある。そして本当の核心部は横への一手を過ぎた後の次のカラビナまでの比較的長い五手ほどである。二回目であったが、核心部の前ではザイルにぶら下がって足掛かり手がかりの順序を頭で練る。流石に上についたときには病上がりの疲れが押し寄せた。

さて、次には親方の息子が軽快にトップロープで登る。そしてパパである。二回の横への移動は上手に熟したと思ったが、そのあとの長い数手を二度ほど繰り返して、何時もの如く断念する。横への動きがあるから、五級でなくてプラスなどだよと説明するが、他の手掛かりを使ってでも最後まで登れないようではどうしようもない。要するに自信が無いのである。「自分の出来ないことをいつまでも修正できないマイスターなんて信用できるか」と若い指導員に話すが、とても残念なことである。悪態ばかりついていて、自分の体の動きを少しも修正できない眼鏡親方。

そのあと推奨しようと思っていた五級プラスも熟せない眼鏡親方。我々の強化施設でも五級までは力で克服できるのだが、それ以上は梯子登りでは突破できないようになっている。指導員の多くが時間を割いて彼を指導者に育てようとしているのだが、彼はまた一年を棒に振りそうである。あの態でいくと、外壁では三級でも登れないところは続出する。要するに、嘗て日本の大学の山岳部というものがやっていたような岩登りの域を一歩も出ずにスポーツクライミングに一歩も踏み入れていないのである。今更VIDEO撮影して分析しても、冬シーズンに室内で基礎的な体勢を会得する時間はもはや皆無であろう。



参照:
MAY I HAVE A KNIFE? 2007-07-13 | 料理
近代終焉交響楽 2005-06-17 | 文化一般
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お話にならない東京の文化

2013-02-26 | 文化一般
指揮者サヴァリッシュの訃報記事を読んだ。それまではプリングスハイムの日記から「ジークフリート」の場面に興味をもってCDを鳴らしていた。そしてマーラーの初演などを日本で繰り返したクラウス・プリングスハイムの影響などに想いを寄せた。そして、その後釜となるサヴァリッシュとN響との演奏などについて想い、氏の晩年の成果を示すストコフスキー編曲集を鳴らしている。

とても素晴らしい演奏である。勿論フィラデルフィアのオーケストラの実力は東京のそれどころかミュンヘンの座付やヴィーンのシムフォニカーやロンドンのフィルハーモニーカーとは比較しようがない高品質である。ドイツへの凱旋公演でも主に管弦楽団の優秀性は見出しとなったが、そもそもプログラムがどうしようもなく興味薄で我々とは別世界の出来事でしかなかった。それでもこの1996年の録音を聴くとさぞかし故人ご自身も満足いく仕事を晩年にしていたに違いないと確信する。

当然のことながら新聞記事は、あれだけ長期に渉って、カイルベルトの急死を受けて、音楽監督芸術監督として君臨したミュンヘンの劇場での成果と挫折を中心に扱っている。それが指揮者サヴァリッシュのドイツ本国での評価のすべてに違いない。そこでの在り方によっては間違いなく州葬になるくらいの立場であり、バイエルン首相はもとよりベルリンから閣僚が駆けつけるほどの文化的な立場であるからだ ― チェリビダッケ狂想曲とのなんたる違い!。作曲家リヒャルト・シュトラウスでさえもその地位があったからこそのドイツ第三帝国音楽監督であったのだ。

つまり、ああした土地柄の難しさとは別に、前任者アウグスト・エファーディンクと読むと、さぞかし何か新たに加えることが難しかったのは理解できる。芸術的に荷が重すぎたのかもしれない。音楽面においても最近高く再評価されている指揮者カイルベルトと比較するとこれまた明らかだろう。戦後にイタリアでの捕虜生活を終えて、音大を卒業資格を得て、デヴューした極限られた若いドイツ人の音楽家であった訳だ。

もう直ぐ九十歳の音楽家人生を記事は、Cで始まるカペルマイスター人生としてKで始まるそれよりはもう少し上のものとして評するが、正直現在のKのカペルマイスターなどに卒業資格試験以上の意味があるのかどうか考えたてみたこともすらなかった ― 何処の誰が座付ピアニストなどに興味があろう?、昔のようにショルティなどがそこで働いているなどと言うことは長く無い。まさしく、ここに故人のドイツでの音楽家としての評価が詰め込まれている。

いつもいつも耳にタコができるほど聞かされる「最後のカペルマイスター」と言う言葉は全く似つかわしくなく、新しいそれでもないというのは如何にドイツ出身の音楽家などは今後ともほとんど生まれずということを示しているに過ぎない。東京では素晴らしい演奏を残したのは記憶に確かであるが、その後のN響の演奏などを聞いていると全く何も遺産として遺すこともなく、決して芸術家ではなかった故人が本当の管弦楽団トレーナーでなかったことも明白である。その風貌の示す通り気が向けば熱心な指導をしたのだろうが、どこまで行ってもあくまでも小役人的で決して職人的な熱意などはなかったに違いない。そうした音楽家が、政治力もなくごてごてとドイツ語を語っていても、小姑のように煙たがられても人を惹きつけて大成果をもたらすということが無いのはドイツの一般的な社会性なのだろう。まあ、世界中どこでもそれは変わらないだろうが、共産圏ならばクルト・マズーアのような例もないことはなかっただろうか。

それにしても、フィラデルフィアサウンドの素晴らしいこと、1918年11月に当地で行われた演奏会のプログラムなどを覗くと、如何に合衆国が経済力と優秀な移民から高度な芸術文化を構築していたかが窺い知れるのだ。そして、日本の百年を其処にずらして重ね合わせると全くお話にならないことがよくわかる。ストコフスキーの素晴らしさは言うまでもなく、プリングスハイムどころかサヴァリッシュからでさえ十分に積み重すら出来ない日本社会のお山の、裸の大将ぶりにはただただ呆れるのみである。



参照:
Der vollkommenne Maestro ist ein alter Capellmeiseter, G.Rohde, FAZ vom 25.2.13
サヴァリッシュ死去! (TARO'S CAFE)
プリングスハイムバイロイト詣で 2013-02-25 | 文化一般
眠りに就くとき 2006-08-07 | 女
非日常の実用音楽 2005-12-10 | 音
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プリングスハイムバイロイト詣で

2013-02-25 | 文化一般
アルフレート・プリングスハイムの日記発見が話題となっている。おそらくヴァークナー記念年最大の話題となるのであろう。数学者アルフレートは、日本で活躍した指揮者クラウスの父親で、カティヤを通してトーマスマンと義理の兄弟となる。父親はヴァークナーのパトロンの一人で、本人も当初からのバイロイトの会員である。

そうしたことから、指輪の初演の稽古風景がそこに詳しく描かれているだけではなく、ヴァークナーとの毎夜のごとくの会食の風景など、当時のサローン風景が、1876年7月5日から21日までの日記にも描かれている。五月に発刊されるマン全集の一部にこの日記が初公開されるのに先立ってFAZに掲載されている。

誰もが感じるように、大旦那風の巨匠の振る舞いやユダヤ人でも使えば使えるという当然の伝統的な態度も読み取れていて、実際にプリングスハイム家の大きな支援を喜んで受けていたのは当然であろう。面白いのは作曲も覚えのある数学者アルフレートの方が巨匠よりもピアノに卓越していて、巨匠自らは出来る者にピアノを弾かせてもっぱら歌声を披露している。自曲はもとよりレーヴェの歌曲が持ち歌だったようだ。

是非読みたい日記ではあるが、興味のありどころは巨匠やバイロイトの裏風景よりも、当時の熱心な彼らの在り方で、既に読んだ分においても細かなところが聞き取れない音響への疑念や歌詞の不明瞭さ、洗練されていない管の強奏等の批判に本日においても全く変わらない批判が聞かれていることだろう。そうしたものを含めて、当時の文化事情が見えてくるととても面白い。

日本におけるプリングスハイムに関しては柴田南雄著に詳しいが、クラウスの父親のバイロイトでのこの日記は、更に歴史的な面の考証などに、貴重な資料ともなるであろう。当然のことながらマンの「ファウスト博士」に描かれるアルフレート像などにも新たな光が当たるのかもしれない。

マンの義理の母親にあたるヘドヴィック夫人がミュンヘンの邸宅を追われチューリッヒに亡命しているときに焼却したとされる巨匠からの手紙類は今回も発見されていないが、この若きアルフレートのバイロイト訪問の日記はリヒャルトとコジマの最初の娘であるイゾルデビューロの孫娘にあたるダクネー・バイトラーが父親であるフランツ・ヴィルヘルム・バイトラーの遺産を整理中にヴィンターテュールの自宅で発見したようだ。その入手経路は分からないながら、アルフレート・プリングスハイムのチューリッヒでの埋葬式の答辞を述べるなどしていた故人がマン家から贈られたとする推測が正しいようだ。



参照:
Und Cosima grinst freundlichst, FAZ vom 22.2.2013
本物のモンタージュの味 2007-04-15 | 生活
在京ポーランド系ユダヤ 2006-10-08 | 雑感
交響詩「彼岸の入り」 2006-10-05 | 音
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アイスクライミングの醍醐味

2013-02-24 | アウトドーア・環境
二週間続いた寒気であった。まだ抜けない。それでも零度を窺う日も間に挟まれていた。氷柱が発達している予想で滝場に出かけた。残念ながら今シーズンは大氷柱を登るには至らなかったが、三回の中で最も良い条件には恵まれた。

積雪のためか水量は多いが、気温は最も低く、なによりも氷の量も最も多かった。氷の発達状況で毎回同じ場所を登っても全く異なるのが、アイスクライミングの醍醐味である。

最もよかったのは真ん中の柱で質量ともに文句はなかった。向かって最も左側の滝壺の上あたりからも試してみたが、一部は雪で、結局ドライツーリングになってしまう。約二十五メートルを一気に登るだけが良さか。真ん中の小さな滝筋は、ソルベ状の氷で水が流れているので、かき氷のピックでかき回すような状況であった。一度は岩を叩いて火花を散らした。

向かって左端も雪が載っていて、そこに如何にアイスバイルでグリップを効かせるかが勝負であった。右端は最後の薄氷は毎回のように楽しめて、ミックスクライミングの練習は十分にできた。

大分、身体のブロックが身についてきたので、アイスクライミングで次の手掛かりを求めて落ち着いてアックスを古い氷を落とすように、フリークライミングでも綺麗にクリップしたり手掛かりを試す練習にもなった。

好き嫌いでアイスクライミングを避ける中途半端な者も多いが、スポーツクライミング志向の者にもとても良い練習になることは明らかで、また反対にまともにスポーツクライミングの出来ない者がアイス云々を論じるのも腹可笑しい。まさしくA姿勢の三点支持は、アイスクライミングやシュタイクアイゼンで登ってこそ実感できるのである。

パートナーの若い指導者は、今回は立て爪のシュタイクアイゼンを使っていたので、大分足元が安定していた。それでも次の動作に行くときにその上側の足掛かりが高すぎるのか、捏ねてしまう傾向があって、何度か外した。基本の立ち姿勢が甘いと今度はアイスバイルを的確に打ち込むこともできなくなる。逆に良い立ち姿勢だと、最も都合のよい角度で手掛かりを求められるので、今度は足の荷重方向を出来る限り内側へと持ってこれて、絶対踏み外すことが無い。



参照:
想定以上のアイスに遊ぶ 2013-01-27 | アウトドーア・環境
なにはともあれ氷柱を登る 2013-01-20 | アウトドーア・環境
予想していたよりも、寒気の流入・方向が悪くても最終チャンスを生かしました。 (NEXT DREAM 記憶と記録)
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ストレス続きで次の一手

2013-02-22 | 生活
インフルエンザは殆ど治った。それでも体力が中々回復しない。それどころかストレス続きで腹具合まですっきりしない。痩せる一方であろう。なんとか週末には気分転換を図りたいが、さてどうなることか?

今ここで積極的に動くことはとても大切である。個人的には、愛しの彼女との再会などとても素晴らしいことも含めて、病気など可成りここ暫くなかったような生活を感じている。

もはや突き進んでいくしかないのである。如何に次から次の一手を用意して行けるかというところであろう。

さて、明日のアイスクライミングがどうなるか?



参照:
日本社会の文化的後進性 2013-02-21 | マスメディア批評
少し咳き込んでの不安感 2013-02-18 | アウトドーア・環境
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日本社会の文化的後進性

2013-02-21 | マスメディア批評
安倍政権での死刑執行のニュースが世界に流れる。同じように前政権でそれが実施されていたとしても谷垣法相のものとでのそれは違い意味を持つからだろう。浅原彰晃死刑囚への執行など政治犯的な死刑にも繋がるとみられるからである。巧妙な統治機構の一つとして死刑制度は、先進国唯一の合衆国の例とも大きく異なり、人道的な観点から今後とも批判の対象となる強権的な制度に他ならない。

そうした守らなければいけない統治機構にマスメディアや法曹界のみならず広く学会が加わっていて、日本の文化的な水準が如実に表れる統治機構なのである。そうした後進的な社会構造や制度の中で、文化とか芸術とか言っても始まらないことで、そもそもそのような社会はますます退行していく二他ならない。円安によってしか売れる商品が無いというのもそうした文化的な後進性の証明である。

今頃シェールガスなどと、環境破壊の大問題を抱えていて、フラッキングの文字が大見出しとなって踊らないような国の情報の流通や隠蔽体質はもはや救いようがない。ジャーナリズムの存在しない文明国などはあり得ないのである。

シーズン41日目は、若干発熱の後遺症を感じて、息苦しさなどを感じたが、短いながらも最高域へと再び挑戦できる切っ掛けは掴めた。相棒は十分に技術を身に着けてきていて、もう少しで六級マイナスをマスターしそうである。独日協会の総会があったので出かけてが、そこで発熱と運動から倒れて、二三日ICUに寝込んでいた話を聞いた。運動の継続性からどうしても焦り、無理をするととんでもないことになるという好例であった。



参照:
Japan executions resume with three hangings (the guardian)
破瓜する死の恐怖の興奮 2013-02-06 | 文化一般
口無し死人に安倍の人でなし 2013-01-24 | マスメディア批評
人命より尊いものは? 2007-12-06 | 生活
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やくざの赤旗締め出し

2013-02-20 | アウトドーア・環境
久しぶりに東電会見を観た。新たな福一見学での赤旗締め出し問題が議論となっていた。赤旗ほどの発行部数があっても「広く一般に知らせる」媒体とは東電は考えていないようだ。その実は反共思想がそこにあって、ただ唯一大手マスメディアの中では赤旗が排除され続けている。

流石にその対応が明らかになると時事通信などもそれを問題として訂正を求めるのは当然のことであろう。まさしくこうした広報の態度は一貫して東電の伝統であるようで、半国営化した会社にそれを認めるとなるともはや日本の報道の自由はないことになる。中共なみである。

なるほど、日本共産党自体が戦後日本において活動停止とならずに存続していて、僅か数パーセントの支持率を保持しながら共産主義を標榜続けていることは不思議でしかない。フランスなどにおける社会主義活動などが冷戦下においてガス抜きとして、合衆国などの統治政策として支援されていたのと同じように、日本共産党自体にもそうした統治機構の任務があり、その機関紙である赤旗がそれなりの日本統治の任務を追っていることは分かる。

それゆえに赤旗外しが明白になっても大きな抗議行動として、東電解体へと動くことはなしに、適当に対応しているとしか思えないぐらいである。実際の購読数は分からないが、少なくとも公称の発行部数からして、赤旗外しをするような企業が存続している方がおかしいのである。

東電の組織には、公安やその他のやくざな天下りの連中が吐き捨てるほどいて、やくざを使って人夫を調達しているに過ぎない日本の統治機構を代表するようなやくざ組織なのである。いい加減に健全な市民は、こうした統治構造に目覚めるべきなのである。



参照:
考えろ、それから書け 2005-12-19 | 音
緑の党京都のイヴェント 2012-08-06 | マスメディア批評
ベルリン、原子力の創世と終焉 2011-07-07 | 歴史・時事
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もはや期待薄の2011年物

2013-02-19 | ワイン
2011年物を改めて試した。昨年の初冬には面白かったボーェリックなども酸が弱り甘くなってしまっている。むしろランゲンモルゲンなどの方がよくなってきているだろう。

一年を通して高いアヴェレージを保ちそうなのは、シェーンレーバー醸造所やフォルクセン醸造所のナーヘやザールのリースリングで、前者のグーツリースリングは八ユーロ以下で最高であるのは全く変わりなく、後者のザールリースリングも未だに素晴らしい。

前者の「ミネラル」も2011年産リースリングとしては印象に残った筆頭の一つで、後者のシャルツホーフベルクなどもこれからの成長が楽しみなワインである。

そのランクを過ぎると、ロベルト・ヴァイル醸造所の20ユーロクラスか、最低もう一年は寝かさなければいけないレープホルツ醸造所の雑食砂岩Sとか、グランクリュクラスになってしまう。

2011年産は、2012年産と同じように酸が弱かったとしなので、今後の熟成にはあまり期待できない。それでも質の良いグランクリュクラスのワインは分解された酸が十分に効くように造ってあるからである。

2008年から2011年へとワインの購入量が増える一方であったが、2012年になって2011年産の購入を絞ったので初めて量が落ちた。2012年産は2011年産よりもよくはないので、更に消費購入とも減少する予定である。暫くは2010年産をちょびちょび開けては楽しみとの按配のワイン生活となりそうである。2011年産はこの調子でいくと2009年産より平均で上回る保証も全くない。これほど酸の腰が弱いとつまらないばかりだ。

それにしても先日最後から二本目を開けたビュルクリン・ヴォルフ醸造所のヴァッヘンハイマーアルテンブルクの成長には驚かされた。いつものペトロールな土壌感が、酢酸的な酸のくせと相まっていて決して素直な味筋ではなかったのだが、二年目を迎えるにはまだ早いこの時期に完全に綺麗なバランスとして素晴らしい飲み物になっていた、六本購入して初めて最後の一滴まで満足して飲み干せるリースリングとなっていた。

2010年は生産量が限られていたので、市場の流通量も限られていたが、一般的には減酸などの野蛮な方法で高品質なリースリングは指を数えるほどしかなかったのである。その中でもこの醸造所は、石灰を沈めることなく潜らせるさせることで最小限度の減酸処置をして成功していた。それでも多くのラーゲンリースリングには酢酸的な酸の特徴が残った。それがこのように成果として如実に表れてきた。

2010年度産のグローセスゲヴェックスは少々無理をして軒並み手を出したのだが、もはやこれで何の心配もなく、先二十年以上は楽しめることが証明された。オークション価値を付ければ、優に三倍の価値になっている。これほど投機的な価値のあったワインは、ボルドーの最高級シャトーにもないと思われる。門外不出の2010年物だ。



参照:
重くなく軽やかにいきたい 2012-07-04 | 試飲百景
香りだけではないのだが 2012-10-07 | 女
大量生産ビオ商品市場で 2012-08-26 | 試飲百景
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少し咳き込んでの不安感

2013-02-18 | アウトドーア・環境
未だに風邪が治らない。多くの人が同じ風邪を病んでいる。少し咳き込んで、体温調整が出来ないようになる。仲間も罹って、週末のアイスクライミングは断念した。しかし今週末に期待が出来る。

熱は下がって大分気分が良いために動く意欲も出るのだが、暫くすると体温調整が出来なくなって、寝つきも悪くなる。とても厄介な症状だ。

そのような状態で何も進まない。寝ていたいが、寝ても体温の調整が難しく、熟睡していても、室温の調整が分からない。そのような不安定な感じで、いつまでも倦怠感が取れないような微熱感覚が続く。

実際に、外気温は低いので、室温を落としてしまうとまた風邪をぶり返しそうな不安が強いためだ。



参照:
熱を出して寝込んだ 2013-02-15 | 生活
熱は下がり、気温は上下 2013-01-23 | 生活
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我が市のエネルギーミックス

2013-02-17 | アウトドーア・環境
昨年の電気料の清算書を精査した。当然のことながら今年も昨年より使用量2300kWhで一割以上落ちていたが、それでも一人所帯としては最高限界で使用量が多過ぎるということだ。900kWhで良く出来ましたということらしいが、夜はほとんど家にいない人でも電気調理器がある限り難しいだろう。 事務所としての利用があるので仕方がないが、四人所帯でも同じ程度の消費を狙うとなると、PCも音楽も何もなしに夜は電気を消して寝るしかない。朝も陽が昇るまでは寝床にいてとなると通常の通勤や通学は不可能である。気に食わないのは、還付金の66,39ユーロに対して、先払いの分割料金が安くならずに64ユーロと据え置きで、一月分以上を先に納めさせる見当になることで、これには異議したいところだ。

それ以上に興味深いのは地元自治体のエネルギーミックスに関する説明であろう。連邦共和国全体との比較がしてある。人口六千人程度の市であるが、毎日フィリップスブルク原発の水蒸気を見て生活している半径50KM圏内のハイデルベルク市と同じようにその恩恵を受けているとなるのだろう。比率は、31,80%と連邦全体17,70%をはるかに超えている。これを恩恵とみるか、来るべき被害のあまりにも少な過ぎる先払いとみるかだ。勿論こんなものはいらないが、毎日見ていながら少ないのもおかしい。

そして何よりも目に付くのが石炭依存度だろう、地元でも30,30%、全体で41,70%は国策とは言いながら、石油よりも高い筈だ。天然ガスの按分が少ないのは北海から遠い事情だろう。法律準拠の再生可能エネルギー比率24,50%は悪くなく、6,60%も地元で調達しているように読み取れる。

興味深いのは、二酸化炭素排出が、ワットアワー辺り312Gと原発のおかげか連邦全体よりも半分以下である反面、核廃棄物は倍も出している。


参照:
排出零の節約ライフスタイル 2012-02-04 | アウトドーア・環境
脱原発の経済への負荷 2012-07-17 | 雑感
漸く歩みだした廃炉への道 2011-09-03 | アウトドーア・環境
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日本への値千金の愛の告白

2013-02-16 | 
病明けで彼女に出会った。丁度学校の試験が終わったところであろう。ヴァレンタインということで何かあるのかなと思っていたのだが、そういうこともなさそうなので、またこちらから声をかけた。

自己紹介をしていなかったったのでそれを果たすと、一体出身は何処だということを聞いてきた。勿論、自由党の党首レスラーのように戦災孤児には見えないだけではなく、ドイツ語を聞いていると一目瞭然なのは当然だろう。そこで、日本出身であると話すと、「日本に行ったことがあってね」と声を弾ませて予想外の言葉が戻ってきた ― 彼女が天真爛漫に声を弾ませるとまるで世界の環境が変わるように千金の値以上である。「どれ位、何処に」と聞くと、十日ぐらいの東京への交換高校交流のようであった。

「タイと日本に行ったけどとても印象に残って、日本はぜひ再訪したい」と言う。

そこまで聞くと、それほど驚かなかった。まさしく彼女の控え目な性格と話し方など、そのお淑やかな性格は、日本やタイの文化を表象するものの一部である。こちらが殊に気に入った面もそうした美点に準拠するものなのだ。しかし、そうした美点はややもすると西洋社会では、自己主張の不明確さとしてとしか捉えれないので、恋愛関係を発展させない壁作りになっているのだろう。

実際に今回の再会劇においても、こちら側が彼女の意向を可成り事細かに汲み取らないと何一つ起きないのである。それもほとんど幼稚園の異性愛のような雰囲気だから、現在の西欧社会の女性から予想されるようなものではなく、通常の特に大人の男性ならばそうした信号は容易に見落としてしまうに違いない。我ながら、最初からの経緯とその時間経過があったにしても、よくもここまで先方の意向を汲み取りつくして行動に移しているものだと、感心する。

しかしながら、彼女の性格を思うにつけ、かなりこちゃこちゃとした「女の話」を頻繁に聞かされることになりそうだと覚悟している。こちらが押しが強く、好きなように話し切ってしまうことには彼女も気が付いたに違いないが、そうした世知話の内容を、お付き合いしていくことで、その関心の矛先を徐々に変えていかなければなるまいと、皮算用ならず取り越し苦労が先に立つ。

さて十日間の日本滞在とは、交換留学生にも満たないが、京都見物もしたようで、2009年だったということは、今年二十二歳になるだろうか。しかしそうなると、日本の若い男性などが私のライヴァルとなり、これはこれで気が揉める。彼女がセーラー服やミニスカート制服姿で長いブロンドを都内でたなびかせることのなかったことだけでも、まあ良しとしよう。

しかし父親はともかく彼女の母親は、私と殆ど同年輩ではないだろうか?もし僅かに上の同年輩の女性ならば、苦手であり扱い難いなとこれまた思案する。



参照:
会えなくて、寂しかったよ! 2013-02-03 | 女
破瓜する死の恐怖の興奮 2013-02-06 | 文化一般
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熱を出して寝込んだ

2013-02-15 | 生活
また熱を出して寝込んだ。シーズン40日目にして初めての病休である。明らかに子供にうつされた風がお母さんを媒体に私に感染した。少しの咳だが、熱が下がらない。土曜日に走り、日曜日に登り、火曜日に走ったのは多過ぎた。

普段の布団では寒くてひざ掛けをかけて寝た。食欲はないものの食べれるだけ食べてビールを飲んで寝る。電話以外は一日中寝ていたが、寝苦しむことはなくて、腰にもあまり来ていない。矢張り普段のトレーニングで体力がついていることを証明している。ただ単に安静にしているだけである。

目がぐりぐりしてまだまだ本調子ではないが、いくつかの約束があるので、本日は平常通りだ。さて夜になったら、回復しているのか、更にひどくなっているのか、どうだろう。週末まで時間が無いので、なんとか回復したいのだが、寝ている訳にはいかないので仕方ない。

洗面の時鏡を見ると、更にスポーツマンのような顔立ちになっている。思いがけなくシェープアップになったのだろう。もともと肉付きが良い方なので、顔が痩せていくと、十年以上は若く見える。



参照:
熱は下がり、気温は上下 2013-01-23 | 生活
久しぶりに熱を出して寝込む 2013-01-22 | 生活
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岩登りの五輪競技化の可能性

2013-02-14 | 雑感
ブエノスアイレスで開かれるIOCの総会で新競技が決まるようだ。そしてその前に提案される新競技の候補に挙がっているのは、今回落ちたレスリング、野球、ソフトボール、クライミング、空手、ローラースケート、スカッシュ、ウェイクボード、太極拳らしい。

レスリングは、米国をはじめ東欧諸国で盛んで、特に2020年の開催を目論むトルコにとっては唯一メダル獲得の可能性がある国民スポーツのようだ - そうした客観的な事実にかかわらず、まるで日本が狙われているかのように報道するには理由がある。こうした国民に被害者意識を植え付けることで、日本の支配層は馬鹿な日本の大衆を手の内で転がすことが出来るからなのである。当然のことながら、官政経界が被害妄想の朝鮮人のように日本人を誘導するのである。これはアヘン戦争の史実を重視するシナの支配層もあまり変わらない。

野球とソフトボールは一般的ではないだろう。何と言ってもアメリカの競技は道具が多すぎて、広く青少年には向かない。復活はあり得ないだろう。スカッシュも中途半端な競技の感じで、あり得ないだろう。空手と太極拳は、最終的には競技人口の多さがものをいうのではないか?柔道に続いて空手が来ることもあり得ないだろう。それに日本の格闘技は、家元では全く合理的な話が通じない輩が牛耳っているようなので青少年の教育に害がある。それに比較するとシナ人の智慧の方が興味深く、一度試してみる価値はあるのかもしれない。

クライミングとウェークボードというのがいい勝負になるのだろうか?両方とも陸海のアウトドーアの競技を如何にTV映りよくエンターティメントできるかが問われているのだろう。前者の競技も見たこともなくあまり関心もないのだが、知る限り必要最小限の装備で運動能力を問うことが出来るのは間違いない。特に青少年への影響や活躍は既に証明されているので、可成り有力かもしれない。

しかし、現在のクライミングの養成選手のそれなどを見るとまだまだ運動技能としては低いように思われる。もしオリムピック競技化するとなると、やはり個人的にも影響を受けそうである。現在使っているホールは、既に連盟の強化施設であり、更に子供たちなどが増えるとなると、時間割り当てなどの制限を受ける可能性も出てくるのだろうか。今シーズンに地元支部に加盟しておいてよかった。

競技スポーツ化が進むと益々我々の意識とは変わってくるだろうが、技術的な可能性などが探求されるので、追々我々のところにも影響を及ぼしてくるに違いない。そもそも嘗ての岩登りが現在の五級(5a)越え辺りから、スポーツクライミングの域に入り、もはや手袋と山靴や荷物を担ぐと著しく制限されて、恐らく六級上越え(6b, 5.10)辺りが、競技スポーツとしての基本線になるのではないだろうか。今後は最低その辺りを克服していないと、広く話が通じないことになりそうである。



参照:
意識が低い子弟ゴリラ回し 2013-01-05 | 雑感
昨日の雪は昨年の雪 2012-12-08 | 雑感
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欠ける夾雑の自然さ

2013-02-13 | ワイン
ドイツの名匠と誉れの高かったシュヴァルツ醸造親方の赤を開けた。2005年産であり、ボルドータイプであったので、試飲の機会に本人から購入したものである。白ワインの醸造と赤ワインのそれは全く正反対のことやるなどと語っていたのが印象に残っている。

それはそうだろう。特に氏の場合はステンレスでの培養酵母の醸造に腕を発揮したので、現在の天然酵母と木樽のリースリングとも全く異なり、当然のことながら木樽や酵母が大きな意味を持つ赤ワインとも違うのは当然である。それでも試飲した時に筋が通った良さを感じたので購入したのだった。

そろそろ飲み頃と感じたので開けてみた。このところの冷え込みで一口目は完全に冷え切っていたのだが、その酸などで「美味過ぎる」と感じた。ヒーターの横において時間が経つと案の定開いてきて可笑しな風味とあまりにも透明過ぎる味筋がはっきりしてきた。赤ワインの名人と言われているバニラ味のクニプサーなおとは正反対に如何にそうじた夾雑味を落としていくかに精力が注がれている感じがする。

反面、ボルドーの膨らみ感が無いのは当然としても、不自然さを感じさせるのは、キュヴェーの配合や樽の使い方が出来ていないからに違いない。なるほど筋が一本通っている感じは名器のヴァイオリンのようであるが、どうもそれの複製のようにしか感じられないのである。

冒しなもので、清潔すぎて、その高いアルコールとともに悪酔いしそうな予想がしたのだが、やはり酔い心地はあまりよくなく、喉の渇きを覚えた。あまりにも可笑しな方法で手を加えすぎたのだろう。



参照:
熟成の秋を待つ初夏の日 2009-05-18 | ワイン
俗物図鑑のための閻魔帳 2009-04-21 | 試飲百景
ファンデルスワールス感 2011-11-09 | 試飲百景
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