Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2005年11月

2005-11-30 | Weblog-Index



世界の災いと慈善活動 [ 文学・思想 ] / 2005-11-29 TB0, COM2
リストとRSSリーダー [ Weblog ] / 2005-11-28 TB0, COM0
求めなさい、探しなさい [ 文化一般 ] / 2005-11-27 TB0, COM2
開かれた口元と心で歓迎 [ 女 ] / 2005-11-26 TB0, COM4
BLOG版「伝言ゲーム」 [ 雑感 ] / 2005-11-25 TB1, COM2
糠漬け味のヌーボー2005 [ ワイン ] / 2005-11-24 TB1, COM9
心の鏡に映される風景 [ 音 ] / 2005-11-23 TB0, COM8
バイエルンの雪景色 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-11-22 TB1, COM13
一杯飲んでタミフル要らず [ その他アルコール ] / 2005-11-21 TB1, COM9
再生旧市街地の意義 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-11-20 TB0, COM8
鳥の肢で薬禍を制す [ 雑感 ] / 2005-11-19 TB1, COM7
元祖ケーゼクーヘン [ 料理 ] / 2005-11-18 TB1, COM9
根気強く語りかける [ 文化一般 ] / 2005-11-17 TB0, COM4
観想するベテラン芸術家 [ 文化一般 ] / 2005-11-16 TB0, COM0
生への懐疑の反照 [ 雑感 ] / 2005-11-15 TB0, COM4
遥かなるラ・マルセエーズ [ 生活・暦 ] / 2005-11-14 TB0, COM4
正統的古楽器演奏風景 [ 音 ] / 2005-11-13 TB0, COM4
月も星も燃えあがれ [ 生活・暦 ] / 2005-11-12 TB0, COM2
尾頭付の燻製食文化賛 [ 料理 ] / 2005-11-11 TB0, COM4
チーズ黴とケーキのショコ [ 料理 ] / 2005-11-10 TB0, COM4
終焉の引導を渡す使命 [ 歴史・時事 ] / 2005-11-09 TB0, COM6
ワイン三昧 第一話 '05II [ ワイン ] / 2005-11-08 TB0, COM4
キルケゴールの考え方 [ 雑感 ] / 2005-11-07 TB1, COM0
平均化とエリートの逆襲 [ 文学・思想 ] / 2005-11-06 TB0, COM0
情報管制下の娯楽番組 [ 歴史・時事 ] / 2005-11-05 TB0, COM4
ワイン三昧 第二話 '05II [ ワイン ] / 2005-11-04 TB0, COM5
権力抗争と自浄作用 [ 文学・思想 ] / 2005-11-03 TB0, COM0
麻薬の陶酔と暴徒の扇動 [ 生活・暦 ] / 2005-11-02 TB0, COM0
収穫終えて、それから? [ ワイン ] / 2005-11-01 TB0, COM5
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世界の災いと慈善活動

2005-11-29 | マスメディア批評
クリスマスの待降節が始まり、各地で慈善鍋などの寄付活動が寒波の中繰り広げられている。パキスタンの地震では、津波被害時のような充分な援助が集まらないとアナン事務総長が溢している。前者の方が寒冷で厳しい冬を忍ぶ事が出来ない人が更に多く居るに違いない、後者のように全貌がメディアで伝えられて先進国からの多くの観光客が犠牲になったのとは大きく異なる。メディアの影響力の強さであると共に、平素からの交流やコンタクトの少なさが、このような不公平を生んでいる。

ここのところの寒波の到来で欧州の各地で被害が出ている様で、何も厳しい環境の中で危険な状態の人々が居るのはアジアの被災地だけではない。公的な社会の力の及ばない所は、世界の何処にでも存在するのである。行政は出来る限りの手を打たなければいけないのは当然であるが、そのような手落ちを放任している社会構成員其々に責任があるのも事実なのである。これは、なにも地域の問題ではなく地球規模の問題である。

先ごろ、以前に纏めた中国政策に関するコールハンマー氏のFAZ紙掲載の記事を、また其れに対する在ベルリン中国大使館抗議文章を、メールで転送するために整理した。

「中華人民は侵略戦争の被害者であり、平和の重要性を知っている。日本を含む近隣諸国との共存に全力を挙げている。…この編集は、このような平和へ向けての我々の希望を無視して平和な協力関係への我々の努力を誹謗した。編集者の視点においては、被害者への侵略者と債務への苦悩者が、我々が決して受け入れる事の出来ないものとなっているのである。」

上の抗議は、9月2日付けでなされて、今回はその編集者の一人でありここでも紹介した張本人の一人ジーモンス氏が北京から記事を投稿している。「中国人から我々は何を学べるのか」と副題をつけている。中国の資産格差は世界で有数の域に達しているのだろう。中間層が育って来つつある一方、最高級乗用車が世界で一番売れて、その一方その日の生活も儘ならず人身売買する貧民も数知れず居る。北京の文化状況も「ビル・ゲートとレイ・フェン」が現象を定義付けるとする。前者は、ハイテクの将来とその経済的成功が自分身らの生活の希望の鑑として映っている。後者は、「日本帝國の修身の本に載っていた死んでもラッパを離しませんでしたの木口小平」の赤軍における同僚で、社会の歯車や螺旋となることを良しとする人民の鑑として映される。両者を立ち並べたところに中共が存在するという。実際に、DVD等の正式版が発売される前に店頭に並ぶ1ユーロ相当の海賊版のコピーの山に混じって、「レイ・フェンに学ぼう」のTVゲームが発売されているという。

二十年代の「抗日5月4日運動」と八十年代の「天安門広場虐殺で終焉を迎える民営化」の始まる時代を対照させて、後者の時代を真の現代としている風潮が多いようである。また文化革命を時刻0秒とするのは思想的に解放された後継者が初めてなせた事であって、逆に九十年代の理論家や芸術家が好んで試みるように、「文革を行き過ぎた現代」としてその後の「対極化の中で乗り越えた」と理解するべきであろうか?と大きな疑問符が呈される。これは、九十年代を成り行き任せの時代とする論調に対応しているようだ。

実際の問題は、中共がアジアを個別外交によって制して、イスラム圏を多く抱える第三諸国とも 伝 統 的 に強い関係を築いて居り、アフリカ諸国では経済援助と経済投資で新植民地主義の政策を採っている事である。特に最近では、アフリカ人を奴隷のように10時間以上働かす中国人企業家が批難されている。中共は、グローバリズムの掛け声の下、国内の貧民層を底上げする為に発展途上国で搾取を繰り広げているらしい。それ故に、先ごろロシアにおいてネオナチのごろつきがアフリカ人留学生を襲っているとして、プーティン大統領がTVスタジオに呼び出されていたが、これなども中国の国際戦略を考慮すると、クレムリンが決して放っておけない政治問題なのである。

これは、国際的な人権問題としてだけではなく、国内の汚職や拝金主義への思想・規律問題と並んで、中共のエリート層に懐疑を引き起こしている。その社会システムは、ポストモダーンの非西洋文化圏を抱擁する思潮においても、テクノロジーとセットにして与えられるものである。中国の問題は、共産党の支配が依然として強いながらも、その思想的裏づけが弱まり尚且つ民族主義的な風潮を鼓舞していかなければならない事にあるのだろう。これが、官僚などのエリート層や知識人層と高学歴化していく一般民衆などの社会の様相として、本年の対日デモの時に見られたものではなかろうか。

中国政府にとっては南北問題は明らかな政治戦略であって、中国人が慈善などの精神行動を理解して、与えられたテクノロジーの恩恵からの富を公平に分け与える社会システム構築に、その精神を率先して生かして行く事は考え難く、今後も期待薄である。しかし、そこにしか国内のみならず国連などの国際機関の根拠と土台は無いのである。思想的方向性も議論も生まれない所では、六千年の歴史を繰り返していくだけしか能はない。これが、中国が対外的に中華思想を根拠とした覇権主義を、その先進の技術力と合理的な経済運営方法で強化した軍事力と経済力を以って、展開していくとしか思われない理由である。

大使館が抗議したコールハンマー氏の論調自体が、ポストモダーンの歴史観と言われるもので事象を極化させることで、それらを実体化させる多少の影の強調は致し方が無い。極東の民族主義者を吊るし上げて、彼らに扇動される利己的な民衆に問うているのだろう。「一体何のための合理化と効率化のシステム」なのだと。

それは恰もヴァーグナーの楽劇「神々の黄昏」で、その魔法の指輪を手に入れた者に「世界の災いが宿っているのです」と警告する様にである。



参照:
ポストモダンの貸借対照表 [ 歴史・時事 ] / 2005-09-02
終わり無き近代主義 [ 文学・思想 ] / 2005-09-03
根気強く語りかける  [ 文化一般 ] / 2005-11-17
三角測量的アシストとゴール [ 歴史・時事 ] / 2005-07-01
新年の門付け [ 生活・暦 ] / 2005-01-06
連帯感膨らむ穏やかな午後 [ 歴史・時事 ] / 2005-01-03
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リストとRSSリーダー

2005-11-28 | SNS・BLOG研究
リストの更新が今回は二月ほど遅れた。理由は、RSSリーダーを使うようになって以降、このリストを自分で使う事が殆んどなくなって疎かになってしまった。それでもその該当期間内の交流をピックアップして表示する事は大切であると銘じている。今回は、遅れたが10月までの期間に絞る事で辛うじて限られた場所が確保出来た。実は、更に二件ほど場所が欲しかった。結局、計二件の新たなサイトのリストアップと一件の旧知のサイトの再ピックアップとなり、喜ばしい限りです。

既に10月以降のリストも一部準備されている。期間限定の期間を短くして行き回転を早くする事で、同様の方法での作業を今後も続けていけるかもしれない。何れにせよ嬉しい悲鳴である。

RSSリーダーの方もコメントを頂いたら直ぐにリーダーに登録して定期観覧しているので、件数は342件に達している。更新頻度が其々違うので、更新された記事のタイトルに目を通して、興味ある記事を読む事は可能である。この件数と訪問者数が殆んど近似している。

以前に比べてこちらからTBを張る件数が減少したのは、限られた時間の中で訪問するサイトの数に限りがあるということでしかないだろう。反対に、こちらの記事数も多くなると何もこちらから働きかけるだけではなくて、先方からコンタクトをして頂ける回数も増えて喜ばしい。

書きたい事や紹介したい写真などは数あれど、調査推敲する時間も充分にないので、キーワードの寄せ集めのような文章になってしまうが致し方ない。更新の数を減らして内容豊富に質を充実させても同じように時間が掛かると、これを言い訳にしている。



参照:「常連コメンテーター」リストについて [ Weblog ] / 2005-01-24
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求めなさい、探しなさい

2005-11-27 | 文化一般
舟屋としか言葉が浮かばない。湖の畔にはいくつもの舟屋が並んでいて、近くには有名な魚のレストランがある。そこで昼食を摂る為に朝早くから出発したのである。

9時にワイン街道を出て13時にはレストランに座っていた。湖から釣り上げた様々な魚が食べられる。今日のお勧めは、ベルカという平べったいフナのような魚である。これにも赤と白の二種類あり、初めて白のヴァイスバルシュというのを食す。フィレとして出されるので、その赤と白の違いは分からない。それでも、今まで赤を食べてきた印象からすると、より淡白な感じである。ジャガイモと野菜を付け合せに小さなフィレが二枚であるので、一皿20ユーロの満腹感は求めようが無い。しかし、思いがけず初めての魚を食せて満足である。フランケンワインを注文するほどのこともないのでヘレスビーアで愉しみ、チップを入れて25ユーロの昼食でまずまず希望が叶う。

ここのシュタルンベルガー湖には、機会があれば度々立ち寄る。其の度に、この湖に身投げしたルートヴィッヒ二世の魚を食す。1886年のことなので、作曲家ブラームスがここに滞在してから十年以上後の事件である。楽匠ヴァーグナーが死んで既に三年経っている。時は、産業革命から不況を向かえたビスマルク体制末期である。そして第二帝國は、落日へと突き進んだ。社会主義の台頭とSPDの創立も近い。レアリズムや自然主義華やかりし頃で、これを以ってこの国王のその狂気の沙汰と取り巻きの様子が良く分かる。先月偶々ベルリンで廻りあった森鴎外もそのスキャンダラスな大衆ジャーナリズム報道を見て「うたかたの記」のために態々取材に来ているようだ。

魚で思い出したので忘れないうちに、先ごろダーウィンの亀が175歳の誕生日を祝った事をメモしておく。ガルパゴス諸島から、ビーグル号に乗せられて1835年にロンドンに連れられてきた亀は、気候を考えて1842年には更にそこからオーストラリアに送られた。ダーウィンの生物学・医学的な範疇に留まらない影響を齎した「種の起源」は、1859年に著されている。その後も1882年の死まで数多くの論文は書かれ、議論が展開されている。

さて、淡水魚の世界も思いのほかその種や亜種が多く興味深い。舟屋に掛かっていた大きな看板を見て、記憶に残っているのは、ロートアウゲンがプランクトンなどを食べて、カマスの餌食になる食物連鎖の図である。ロートアウゲンといえばなるほど小骨が多いが身離れが良かった。恐らく種の進化の中で、これは食べられやすい体質を持っているのだろうか。

「求めなさい。そうすれば、神がくださる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば神が開いてくださる。」(マタイオスによる福音第七章7)、「あなたたちの中に、自分の子供がパンを欲しがるのに、石をやる者がいるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇をやる者がいるだろうか。」(マタイオスによる福音第七章9、10)



参照:
新たな郷土の淡水魚 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-07-25
ドイツ鯉に説教すると [ 文学・思想 ] / 2005-03-14
お宝は流れ流れて [ 文学・思想 ] / 2005-03-15
心の鏡に映される風景 [ 音 ] / 2005-11-23
お休みの所をお邪魔して [ アウトドーア・環境 ] / 2005-02-17
湿気た文化政策 [ 文学・思想 ] / 2005-10-24
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開かれた口元と心で歓迎

2005-11-26 | 
バイエルンの女というと胸を大きく開けたディルンドルという民族衣装が目に浮かぶ。それをEUが規制しようと言う 暴 挙 に対して、バイエルンは「 開 か れ た 心 での歓迎は今後とも変わらない」と言う。当然の事だ。さてバイエルン方言を喋ると、口元が崩れやすい。序でに言うと先日SWRラジオで聞いたピアニストの内田光子のインタヴューは、強くは無いがヴィーン訛りで、「ヴィーンに住んでいたらとってもでないけど音楽家としてチャンスが無かったので、本場者の居ないロンドンに移住した」と語っていた。同様の口元の開きがバイエルン方言にもある。

さて、今回泊まった旅館で給仕をしていた女は、比較的細身でロングヘアーでフェミニンな語り口をしていたので気になった。給仕の男たちは小柄でも、皮の半ズボンなどが似合うタイプであったので、この対比が目立ったのだろう。

給仕の男に、ヘレスビーアを頼んで「暖めれるか」と凍えた口で尋ねると、傍の机に座ってタバコをふかしていたその給仕女が「ヴァルメスビーアっていうことでっしょ。」と口を挟む。「そうそう、試したくて」と注文する。家ではこれを試した事も、バイエルンで老人が常連席で飲んでいるのも見た事ががあるが、自分で注文したのは初めてである。こうして出て来たのが写真のビールで、湯洗の湯が中味と殆んど同量なので熱量としては温くもならず冷たくも無くで丁度良かった。それほどに外は雪がちらつき寒かった。

相変わらず常連席では、男達がカード遊びに興じている。その中の比較的年配の男が犬を連れていた。その犬が常連席を離れ給仕の女に近づくと、女は犬を制した。犬はお座りをして、コマンドを待つ。すると女は、「私は今までこんな犬は見たこと無いよ。私は、今まで人間でもこんなに気持ちが通じた男もいないんだから。」と訊ねるも無く辺りに聞こえるように言い放った。そして、興味津々と聞いているこちらの方の表情を伺うようにちらちらと覗く。暫くすると飼い主の親爺がカウンターに遣ってきて内輪話を始める。カウンターの中にいた女は、これじゃ話辛いと言って、外へと廻ってくる。親爺は、「ひゃひゃひゃ」と野卑な笑い声を立てて、御姉ちゃんと話を続けた。

翌日朝食を済まして、車の雪下ろしも済ませて、レセプションに部屋の鍵を返しに行く。そこには、上の女がいた。そして彼女の顔を初めて繁々と見る。そして「完璧なドイツ語をお喋りになって」と言われて「永いからね」と答える。なるほど、温かいビールを注文するとはこういうことである。そして彼女の訛りがテューリンゲンから北のそれか東欧のそれではなかったかと雪の降るワイン街道で思い起こすのだ。



参照:風邪熱の民間療法 [ 生活・暦 ] / 2004-12-24
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BLOG版「伝言ゲーム」

2005-11-25 | 雑感
映画バトンを頂いて、質問を列記すると以下のようだ。これを以前頂いた音楽版と比べてみる。大分違うので調べてみると、英語では音楽版と殆んど変わらなかった。映画は、普通PCに保存されている事は少ないので、質問の内容が伝言されるうちに都合に合わせて変わってしまったのであろうか。音楽産業に比べると映画産業はこれで一安心である。部分的に質問が不完全になっているのも面白く、質問や指令の仕方も不明瞭になっていて調査などの利用には適さない。


1. 初めて映画館でみた映画

ディズニー映画の複数が記憶に上る。それらの質や内容を逐一振り返る事は出来ないが、メリーポピンズなどは印象に残っているのかもしれない。今でもテームズ河を遡りながらヒースローに着陸すると、独特な感興があるからだ。


2. 最後に映画館でみた映画

北野武監督「ソナチネ」、若しくはジャパニーズ・劇画アニメ。前者はドイツ語字幕付き、後者は英語ドイツ語字幕付き?双方に共通しているのは、ハリウッドのニュー・アメリカン・シネマとか「タクシー・ドライヴァー」への流れに通じるような暴力シーンと乾燥した雰囲気作りであった。殺伐とした社会を投影しているのだろう。


3. 心に残りつづける映画

映画館ではないが会場で最後に観た、アーノルド・ファンクの「山との戦い-氷と嵐の中で」が最も印象深い。1920年代のノイエザッハリッヒカイトの芸術運動を語るときには欠かせない映画。その表現力は、永遠に色褪せない力強さがある。これに比べると第三帝国下の宣伝名作映画が如何に陳腐で月並みな表現に終始して、独創性がないかが判る。


4. 愛する人とみたい映画

チャップリンやジャック・タチの映画よりも、映像の美しく且つ会話が美しいフランス物が良さそうである。情愛の機微の表現に秀でた物が良いが、芝居やオペラでは気にならないドラマティックな筋運びが、往々にして映画を大雑把にする。現実の日常に感じられるような細かな機微を劇映画が十分に表現出来ていないことが多い。

作曲家のヨハネス・ブラームスがオペラを作曲しない事について語った、「ドラマの全てを作曲する必要は無いのです。…本来演劇的である対話に、各幕を通して音楽の伴奏付けをつけようとするのは、音楽にとっても野蛮な要求だ。」と言うのは映像表現にも当てはまらないだろうか。融通の利かないカメラワークは、折角の台詞や一瞬の値千金の表情を壊してしまう事が多そうである。

山田洋次監督「男はつらいよ」シリーズには、そこで切り取られる空気が湿っぽいとは言いながら、そのような感情描写に成功している場面がある。要は監督の腕次第か。小津安二郎映画には、このような繊細な恋愛感情は描かれていない。反対に黒澤明の羅生門などは、描写は面白いが余りに懐疑的過ぎて映像も余り感心しないので、この目的には合致しない。


5. ホラー映画

質問の趣旨をその定義とすると、SF系、サイコ系、パニック系、ポルターガイスト系、アンチキリスト系、殺人鬼系、異文化系、伝説系と数限りない。TVで観るには手軽で、つい目が離せなくなる。しかし映画館で観ようとは一切思わない。


6.バトンをお願いします。

何本でも好きなだけ持っていってください!


参照:
BLOG版「幸福の手紙」 [雑感] / 2005-06-24
映画監督アーノルド・ファンク [ 文化一般 ] / 2004-11-23
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糠漬け味のヌーボー2005

2005-11-24 | ワイン
2005年ボジョレーヌーヴォーの印象は、酸が強く、酵母臭さが強く出ている感じである。漬かり過ぎの糠漬け味と言えるか。何よりも不満なのはアルコールが13度に達していない事である。糖価が充分でなかったのである。風味も悪く、ここ数年で最も良くないのではないだろうか。アルコール度が低ければ香りも低いのは当然であるが、絞り汁のような出来上がりになってしまって、後味も悪い。どうも、果実が充分に健康ではなかったと推測出来る。

反面、アルコール度が低い分飲み易い。料理用に使うには良さそうである。早速、ワイン煮にする為に値崩れしている鳥の足を準備した。

ワイン一本が1ユーロ69のボジョレー・ヴィラージュ・プリミューに、先ずは1ユーロ29の冷凍ピッザを食す。数セント違うスペインのワインと比べて、決して悪くは無いので、今後売切れるまで売り上げに貢献するであろう。



参照:子供たちの期待と大人たちの楽しみ [ 生活・暦 ]/ 2004-11-28
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心の鏡に映される風景

2005-11-23 | 
中欧の風光明媚な場所に行くと、ブラームスの足跡をしばしば見かける。百年以上前にブラームスがヴァカンスを過ごして作曲に集中した場所の多くは今でも滞在型の旅行者の目的地や高級別荘地となっている。その一つミュンヘン郊外のシュタウンベルガーゼーは、ドイツの裕福な層が居を構えるところとして最も有名である。ブラームスは、1880年にミュンヘンにヴァーグナー楽劇の観劇の際、この湖を訪れて思っていた以上に気に入り、三年後に再びやって来て夏の間の四ヶ月近くをここで過ごす。そしてこうした人脈がルートヴィヒ二世から名誉を授かる切っ掛けとなった。現在も二階に間借りしたその建物は湖畔に残り、湖畔に石碑が建てられている。

そこでは三曲が作曲されたとあるが、ハ短調とイ長調の二曲の弦楽四重奏曲の各々作品51-1,2を完成して、歌曲作品59を作曲後にそこの湖に突き出るパビリオンで初演した。ハイドンの主題による連弾曲作品56bも作曲完成した。第一番の四重奏曲は長年にわたって試みていただけあって、ミュンヘンの宮廷劇場のメンバーが試演する中で完成したとあり、作曲と云うよりも校正に近かったかもしれない。交響曲第一番ハ短調の生みの苦しみの先例である。作品51の両曲とも友人でヴィーンの皇帝付き医師テオドール・ビルロート博士に献呈されている。しかし、このイ長調の曲の主題には、ヴァイオリニスト・ヨアヒムのFAEと自身のFAFと云う「自由しかし孤高」と「自由しかし喜ばしい」の音名が与えられており、明らかに途中で心変わりをしたようである。

ヴィオラを弾くビルロート博士にブラームスが書いた手紙には、「君が夜な夜な想像力を羽ばたかせようと云うならば、二つ目の曲の方が良いだろう。」と記した。このイ長調の曲は、ハ短調のものとは打って変わって、同じ作曲家の初めの二つの交響曲に相当するような気分の違いがある。この曲において、この作曲家の一般的で殆んど俗な気分は、ここではファンタジーと云う言葉で示されるような「明白に定義された情緒」となって、あくまでも認知された閉じた世界として描かれている。その音楽の歩みには、知らない町外れまで散歩しに行っても、必ずや湖畔の道に沿って戻ってくると云う様にオリエンテーリングに欠く事が無い。そして結構な水を湛えた湖が横に広がり、遥かに続く 有 限 の風景を写し出している。この認知を危うくしない作曲手法や様式が新古典主義と云うものであろう。

嘗てのビルロート博士の夏季の邸宅などに泊まりブラームスの訪れた世界を辿ると、それは、その音楽の風景のように風景画家であろうとも決して容易に切り取り出す事の出来ない情景であり、風景が作曲家に投影された感興であって、その作曲技法に反射する造形である事が知れる。あえて云えば、そこの雰囲気は、ヴォルフガングゼーやテュナーゼーやシュタウンベルガーゼーの湖面に時折反射する対岸の緑や青い空そして高嶺に反射する雪である。それらは、紛れも無く作曲家の心の鏡に映し出されて固定されている。しかしそれが歴史の中で心象風景と云うような閉じたものにならず、今でも一般性を持ちえているのがこの作曲家の作品の魅力である。



参照:影に潜む複製芸術のオーラ [ 文学・思想 ] / 2005-03-23
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バイエルンの雪景色

2005-11-22 | アウトドーア・環境
例年ならば10月から4月の半年間は、冬タイヤを装着する。しかし今年は、10月には全く必要なく、乗り心地や騒音、燃費等で劣る冬タイヤを出来るだけ使わずに夏タイヤで過ごしたい意思もあって、結局11月17日までは夏タイヤで走行した。現在付いているタイヤは、高級車用メーカーのコンチネンタル製であるにもに関わらず、甚だ居住性が悪い。走行音が道路上での転がり音に代わって、エンジンのローリングのような唸り音になったのですこぶる気分が悪い。燃費を謳っているだけあって、加速感などは大変良く、コーナーリングなども良いが、雪道ではどちらも役に立たない性能である。

曇り空のワイン街道を出発する時には、朝九時過ぎても未だ氷点下のままで、バイエルンでの雪は当初から予期されていた。例年ならば当然の事ながら、翌朝ミュンヘン郊外のシュタルンベルガーゼーで本格的な積雪の朝の情景に遭遇した。

地元の人は慣れているとは言うものの、方々で出勤の足に障害が出たという。ホテルの窓の下では、除雪車が車にぶつかる事故が朝6時前から起きていた。空が明るくなって来てからギムナジウムの生徒達が、次々とバスに乗り込んで行く。二台ほど遅れて女の子が急いでバス停に向っているのを見かけた。足元に気を付けながらも、慣れたその所作が可愛らしい。朝寝坊をしたのか、雪の処理を手伝わされて遅れたのだろうか。

車を出すため、屋根に積もった15センチ以上の雪を落とすのに時間を掛けた。しかし見る見るうちに、新たな降雪にガラスは塞がっていく。案の定、幹線道路に出るまでは横滑りしながらの走行となり、緊張を強いられる。どうも今使っているタイヤは横ずれしやすい。幹線道路も渋滞しており、高速道路もなかなか飛ばせる状態ではなかった。
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一杯飲んでタミフル要らず

2005-11-21 | その他アルコール
インフルエンザで一週間ほど寝込んだ者が身近にいた。その経過を聞くと可なり初期症状に近い感じがする。次は咽喉が腫れるとか言われると、昨晩の耳鳴りに続いて、何となく咽喉がガラガラしてくるのである。昨日食した、ガチョウが原因ではなかろうがインフルエンザである。

流石に色々と鳥インフルエンザについて調べたり、教えて貰うと知恵が付く。冷えるので朝風呂に入ると案の定一気に疲れが来て、一寝入りする。

ミュンヘンへと車を走らせなければいけないので如何しようかと考えていると、業者が郵便封筒に宣伝のオマケにビタミンC 粉末を送り付けていたのを思い出した。ノーべル賞のポーリング教授のヴィタミン信仰ではないけれど、予防を兼ねて早速これを溶いて蜂蜜を入れて飲む。さらに知り合いのその女友達が、南米から自ら切り出してきたシナモンの皮をお裾分けして貰っていたのを思い出した。これを鍋に掛け煮込むと良い匂いがしてくる。そこで気が付いたのが、安物の赤ワインで、これを入れて砂糖やら蜂蜜を混ぜ、更に蜜柑の皮を投げ入れる。これを焚いて飲むと俄然気分が良くなった。

鳥インフルエンザで有名なタミフルが中国の六角とは聞いていたが、それがスターアニスと知って、勝手にお馴染の飲み物がヴィールスを押さえ込むものと確信した。良く考えるとなんでもない、クリスマス市などでお定まりのグリューヴァインこそがタミフルの代わりになるのではないかと気が付いたのだった。偶々居合わせたバイオ学会の入り口で、この話をしていると主催の女医さんが聞き耳を立てていた。これならば、ドイツは鳥インフルエンザを恐れる事は無い。厳しい自然に培われた生活の知恵がある。

訂正:ウイキョウのアニスとシナモン(桂皮)を取り違えていたが、元々スターアニスとアニスは違うので、後者で作ったギリシャの酒ウゾがインフルエンザに効くとは限らない。しかしこのシナモンが効かなかったら、ウゾを試す事にする。またアニス関係でAnis del Toroと云う酒がヘミングウェーのHills Like White Elephantsに出て来るそうだ。

追加訂正:グリューヴァインには本物の六角を入れる事が判明。そのものずばりでオールインワンなのである。



参照:
ライキョウ‐白ワインのご相伴 [ 料理 ] / 2005-02-26
スイススキー事情 [ アウトドーア・環境 ] / 2004-12-16
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再生旧市街地の意義

2005-11-20 | アウトドーア・環境
都市環境への関心が高まっている。先日のフランスでの騒動も町作りから議論する人も多い。ドレスデンの教会の復興なども大きな関心を集めた。ここでも、商業活動を含んだ町作りを、グローバリズムと地方自治の問題として取り上げている。

欧州の町は、教会を中心に集落が広がっているのが普通である。そしてその教会は、元来一番背が高い。ドイツの町ならば、カトリック教会に対抗して、更にプロテスタントの鋭塔が天を突き刺している事が多い。中世からルネッサンスへの移り変わりで徐々に席を譲って行くが、大きな商館などがそれよりも高く聳えることは無かった。教会の制空権を初めて脅かすようになったのは、エッフェル塔を代表とするような近代技術の顕示であったろう。その後は、新大陸のエンパイヤーステートビルのような超高層建築からTV塔等に至るまでの近代文明を象徴する建造物等が建てられる。その後、旧大陸でも徐々に高層ビルが建てられるようになった。現在のフランクフルトの高層ビルのように、それは銀行や見本市タワーとなって時代を象徴している。

高層建造物がその実質的な合理性よりもある種の権威を示している事は明らかで、建造物の制空権を見ていくとその時代の様相が知れる。だからこそ、ニューヨークのワールドトレードセンターを一瞬にして瓦解させた行為は、象徴以上の意味合いを持っている。イスラム教の鋭塔やTV搭などは何らかの意味を失い、金融ブローカーの足元に跪いていた世界を、瞬時に天地顛倒させたのがビン・ラーデンの仕業と言われる九月十一日事件であった。

嘗ての高層建設であった教会を中心とした旧市街のあり方が今フランクフルトで問われている。そこには、ローマ人の遺跡の横にカール大帝の戴冠を始め皇帝の戴冠を行って来たドームがそそり立っている。戦後の復興期には顧みられなかった復古再建である。1970年代に建てられた評判の悪かったドーム前の現代的な建物を買い取り、取壊した後の計画には、後期モダーンなプランが提出されていた。それが猛烈な反発を呼びその様式は否定された。そしてここに来てドレスデンやベルリンの回顧運動の風潮に影響されて、旧市街を取り戻す市民の気持ちを刺激したらしい。

ここの場合、戦争前にはルネッサンス風の立派な商館や多くの木組みの家が並んでいた。それを新たに建てようと言うのだ。このような市民の運動を復古主義とするかどうかは、来年の春まで細部に至って詳しく討議されて、初めて結論が出せる。少なくとも新たに建てられたものが観光目的でなくコンセプトを持って充分に使いこなされる限りは、博物館展示やディズニーランドにはならない。19世紀末にアルプスの少女ハイジが登ったドームの光景を、戴冠式にチャンスを求めてやって来たモーツァルトが見た旧市街を復興しようと言うのが正しいのだろう。

この運動がフランクフルトの1848年の三月革命から近くのパウリス教会で開かれた初の国民会議の機運にも繋がっていて、市長を初め市民の五分の三の支持を集めているという。まさにそれこそが、ヴァイマール憲章の元となったモダーンの始まりでもあったことから、そこに自己矛盾を含みながらもポストモダンの高層ビルが立ち並ぶ金融都市のシルエットに何らかの新しい価値を与えられる事が可能だろうか?丁寧な検討と仕事が要求される所以である。

(都市環境を考える第一話)
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鳥の肢で薬禍を制す  

2005-11-19 | 雑感
ガチョウを食べる聖マルティンの日からは一週間も経ってしまった。レストランでお決まりの肉と赤キャベツに芋団子などを食べ逃した。ドイツの固い赤ワインが良く合う。まだ機会はあるので楽しみにしたい。何故ならば、既に買え控え、食べ控えが顕著で徐々に値崩れするからだ。それでもBSEの様に20ヶ月未満の牛は判定出来無いのとは違い、鳥は感染すれば直ぐに弱って死ぬ。健康な鳥だけが流通すれば安心である。

そんな事を考えていると、ガチョウの肢が鶏と同じ値段で手に入った。一脚が1ユーロしない。先ずは、これをザウワークラウトの上に豚の腹肉と乗せて食した。これにリースリングワインを合わせた。大変満足できたので、改めてガチョウの肢を今度は、赤キャベツの上に乗せて、安物のスペインの赤ワインに合わせた。

このワインが通し番号が入っている逸品で料理ワインとしても欠かせない。肢一本とワインと赤キャベツで〆て、4.5ユーロに満たない。マルクに換算すると9マルク未満で決して安くはないのだが、諸物価高騰の折、比較的経済的である。明らかに肢が残されて放出されたと言う感じである。鳥インフルエンザの危機が迫っており何時まで鳥類を食せるか分からないので今の内に思う存分安く食べておきたい。

既にバーゼルのロッシュ・タミフルやグラクソのレレンツァなどは、ジュネーヴのWHOが唯一価値のある薬としてあげたので、通常の2.5倍ほどの売り上げとなっているようである。実際にそれはワクチンではないので突然変異したヴィールスの感染を予防出来ないが、通常のインフルエンザの蔓延や発症を抑える事が、鳥インフルエンザとの混合合体の可能性を下げるようである。激増する死亡数からすると薬品で発症を充分に押さえ込むのは無理な様である。風邪引きには注意しましょうというキャンペーンもインサイダー取引をするとなると興味ある情報となる。何れにせよ、ワクチン開発までの期間を短くする改善された方法が年内には完成するという。食べた後の肢の食べ残しの骨を煮込むと、今度は温かく美味なスープになり、抵抗力をつけてインフルエンザ予防が出来るか。

暫くすると遥かなブルゴーニュから新酒が届く。来週ぐらいにはスーパーに直送されて店頭に並ぶだろう。安くてアルコール度の高いこのワインもクリスマスには欠かせない。勿論これを最も喜んで買うのは、アルコール度と価格を値踏みして、温まる事をモットーとする計算高い酒飲みである。救世主鍋の救援活動のようなものだ。こうして、聖マルティンが貧しい訪問者にコートを裂いて分け与えたという恩恵の如く、我々に安いワインと食べ物として与えられる。差し詰めスーパーが聖人で我々がキリストと言う事になろう。



参照:
子供提灯行列 [ 生活・暦 ] / 2004-11-12
コマンタレヴー, Mme? [ 雑感 ] / 2005-10-11
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元祖ケーゼクーヘン

2005-11-18 | 料理
現代のチーズケーキの一つの源は、その原料のクヴァークを使うドイツ語圏で、それもハイデルブルクのプファルツ選帝侯のコック長が作ったものとされる。17世紀初頭のプァルツの選帝侯は、ボヘミアに新教徒として出兵して、三十年戦争を捲起すフリードリッヒ五世である。それが事実とすると、その妻の祖母に当たる英国メアリ・スチュワートの家にもチーズケーキが伝わったかもしれない。何れにせよ、フランスではチーズケーキはあまり食されないと聞いて、またカスタードプリンは疎まれてドイツでは食されないので、独仏の文化の差が食後にも如実に表れている。

マンハイムにあるプファルツ選帝侯の宮廷付きケーキ屋で、機会があれば何時も「現在最高」のブロチェンを買うのだが、この歴史を知ってから今回心してチーズケーキを買った。少なくともこのお店は宮廷キッチンの流れではなく、コンディトライなので本家ケーゼクーヘンではなくて、元祖としておこう。

材料のクヴァークが海外では手に入らない事があるときは、ヨーグルトのように自分で摂氏30度で30時間掛けて作れと書いてあった。本物を作るにはそれなりに努力が必要らしい。

以前食べた印象とは変わらないが、丸の儘売るように小さな形のケーゼクーヘンが置いてあったのを買おうとしたら、其の儘しか譲って貰えなかった。パン屋でも売られる事の多いチーズケーキだが、名門のケーキ屋で大きな場所をとってあることからすると、謂われがあるのかもしれない。主人が居なかったのでインタヴュー出来なかったが、一度訊ねてみたいものである。



参照:
朕強クリースリングヲ欲シ [ 歴史・時事 ] / 2005-03-30
ヨーグルトとトッペン [ 料理 ] / 2005-10-05
チーズと甘味とワイン [ 料理 ] / 2005-12-07
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根気強く語りかける

2005-11-17 | 文化一般
中華人民共和国のフウ・ジンタオ主席が先週末三日間のドイツ訪問を終えた。ケーラー大統領の歓迎の挨拶は大変厳しかった。「中国はその経済力に見合っただけの責任を持って、我々の国際社会に受け入れられるべく、人権を尊重しなければいけない」と言うのをTVの生放送で聞いた。非常に良く作文されているので、内政干渉でもなく、反論を許さない歓迎の辞となっていた。欧州の対中国の姿勢は、人権を楯にとってその覇権主義の政策を囲い込む。それでも、流石に中国側も好き勝手に言わせてはおかず、他のレセプションの席では「何処そこの辺境の地域では新たに大量の職場を作った」と、低成長下に喘ぐドイツの政治家をその数字で唸らすのである。何れにせよ、中国の政治姿勢を根拠に対中国武器輸出凍結には変化は無く、中国側も話題にはしなかった。寧ろ、六カ国協議での中国の役割を評価して、国際社会での役割を自覚させる事に主力が置かれた。

先に伝えた北京での「指輪」上演やベルリンやシュトッツガルトの交響楽団の北京や上海での公演は、他のポゴレリッチやタベア・ツィンマーマン等の出演と並んで、欧州音楽文化紹介の活況の呈をなしている。サイモン・ラトルとベルリナーフィルハーモニカーの二十五年ぶりの訪中公演のチケット価格を見ると最高の券が400ダラーほどしているので、海外公演とは言えザルツブルクよりも高価である。その二つのプログラムは、その後のソウル、香港、台北!や東京での全12回の今回の極東公演の根幹を成している。

トーマス・アデー作曲の「アジーラ」(難民の複数形)なども、北京公演の様子が撮影されたようなので、そのタイトルからして重要な役割を果したのだろう。「英雄の生涯」と「英雄交響曲」の対応も良く、「海賊序曲」というのも大いに気になるところだ。何れにせよ、繰り返し繰り返し文化的メッセージを送っていく事が肝要である。それ以外にも「マーメールロワ」のパゴタの塔などにオリエンタリズムが混ぜられているのにも気が付く。

SWRの公演の方は、当たり障りの無いプログラムで、指揮者ノーリントンの特徴は二曲のブリテンとエルガーの英国の曲に出ているのだろうか。CDの売り込みとの兼ね合いもあるのだろう。指揮者の芸術的意図から、中国で待ち望まれていたようなオーケストラサウンドではなかったようだが、その意図が充分に理解されたのか、示されたのかどうかも、そのプログラムを見る限り不明である。しかし日本のような集中した聴衆でもなく、当地の不慣な聴衆にも、パリ在住の中国人作曲家の新曲などが概ね好意的に受け取られたとある。

何がどの様に解釈されて理解されるかは、皆目分からない。受け取り手に投影されるものは計算出来ないので、素直にオープンに根気強く語りかけるしか方法はない。



参照:
麻薬の陶酔と暴徒の扇動 [ 生活・暦 ] / 2005-11-02
終わり無き近代主義 [ 文学・思想 ] / 2005-09-03
無料情報の客観主義 [ 文化一般 ] / 2005-08-10
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観想するベテラン芸術家

2005-11-16 | 文化一般
新発見のモーツァルトの最後の肖像の真偽は未だに定まらないようである。それよりも確かなる最後の像として有名なのが1789年の春にドレスデンで描かれたもので、ザルツブルクの財団が二十五万ポンドで購入した。銀板へのエッチングで詩人のテオドール・ケルナーの姪のドリス・ストックによるものである。多くの肖像がこれを元に描かれているという。

ライピチッヒのペータース社のオーナーのヘンリー・ヒンリックセンの所有であったが、本人がアウシュヴィッツのガス室送りとなって、戦後は音楽図書館の所有となっていた。無事に家族に返されて、今回競り落とされたようである。ドロテア・ストックの作品としては、ゲーテやシラー、ノヴァリスの奥さんや更にプロイセン王などが有名らしい。独身の彼女の作品は、ケルナー家によって伝えられたとある。

勿論ポートレートは、その作者である芸術家の目を通した表現である。だからそこに投影されるのは、「同時代の芸術家が見られていた肖像」と作者の個人的な印象である。少し違うかもしれないが同様な例は、BLOGによる人間像である。それは公開されているサイトやコメントやTBを通して作られた像であって、更にそれは受け手の取り方によっても違ったように投影される。このBLOG人間像を使って、その実際との差異を観察してみるのも面白い。文章等による表現の人物像は、その表現が如何に稚拙であろうとも、実際の人当たりとは違ったものを伝えるのだろうか?それとも初対面の実際の印象と近いものを語るのか?視覚的な外見以外の所作や付き合い方や話し声や肌触りや発散する体臭は、ポートレートにどの様に反映するのだろう。

1789年の4月にプラハからドレスデンへと廻って来たモーツァルトは、そこでニ長調のピアノ協奏曲K537をザクセン選帝侯アウグスト三世の前で演奏して多額の謝礼を受け取り、それを臍繰りとした。その後、ライプチッヒの聖トーマス教会でオルガンを即興して、5月12日に当地のゲヴァントハウスで、同じくロ長調とハ長調の其々K456とK503 を演奏している。一週間後には、ベルリンのジャンダルムマルクトの王立劇場で「後宮よりの逃走」を公演して、ヴィルヘルム二世から弦楽四重奏曲プロシアセットの依頼を受け、その三曲(ニ長調K575、変ロ長調 K589、 ヘ長調K590)の一部を作曲している。これらの曲では、以前のように天才が子供の頃からの英才教育の蓄えで筆を滑らすと言うような按配から、曲の構成や主題の発展を多声への興味の中で推敲した曲想となっている。実際、その苦労が本人から語られてる様に、王女のためのピアノソナタとこの二つの曲集を完成する事はなかった。プロシアセットに関しては、注文主のチェロの扱いの困難を巡る解説が良くなされるが、その観想する表情や丁寧な筆運びは、この時期の他の曲に見られるところである。

この旅行も経済的な要求から音楽的な貴族に取り入る事にあった。この時期を境に経済的な状況はますます困窮して行ったにも拘らず、当時の芸術家としては名誉に輝いていたには違いない。だからこそ、実年齢よりも大層経験豊富なベテラン作曲家モーツァルトが、当時の趣味や時代の変化に取り残されていこうとする姿をポートレートに見ることも出来るだろう。



参照:達人アマデウスの肖像 [ 音 ] / 2005-01-19
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